この虚夜宮は、一日見てまわっても足りなくて、どれだけ広いんだろう、といつも首を傾げる。
それに迷路のように入り組んだ通路は、方向音痴の私には少々辛いものがあった。
「あれ…部屋どっちだっけ…」
シャウロン達に修行に付き合ってと頼んだ後、一度部屋に戻ろうと思ったのに、何だか知らない通路に出てしまった。
「また迷っちゃったかな…」
こんな事なら一人で平気、なんて言うんじゃなかった。そう思いながら辺りを見渡す。
ここの通路は注意して歩いていても、突然、知らない場所へと出ることがある。
それはまるで一瞬の夢を見ているような、そんな感覚だ。
「はあ…参ったなぁ…シャウロンに霊圧飛ばしたら気づいてくれるかな…」
そう思いながらゆっくりと歩いていく。が、角を曲がった瞬間、意外な人物がこっちへ歩いて来た。
「やあ、。どうしたんだい?こんなところで」
「藍染さま……っ」
いきなりの登場にギョっとして足を止めた。彼の隣には見たことのない人物が一人いる。
その人物はニコニコしながら私を見ると、「もしかして迷子なん?」と首を傾げた。
「あ、はい…部屋に戻ろうと思ったんですけど…気づけば知らない場所に出ちゃって」
「あぁ〜そら誰かが回廊操作したんかもしれへんなぁ」
「か、回廊…操作ですか?」
「そや。ここには、そういったシステムがあるし、誰かのイタズラかもなぁ」
その人物はクスクス笑いながら私を見つめている。この怪しい人は誰なんだろう、と思いながらも、彼の話す京弁にハッとした。
「あ…貴方がもしかして…市丸ギン隊長…?」
「ボクの名前、知ってるん?」
「はい。尸魂界でも有名でしたから…」
「そうなんや!まあ、でもそれは裏切りモンとして、ちゅう事やろ?」
市丸ギンはそう言って苦笑いをしながら、後ろにいる藍染さまを見た。藍染さまも困ったように微笑みながら私の方へ歩いてくる。
「君の部屋は、こっちと反対方向だよ。この通路を真っ直ぐ行って、角に出たら右に曲がりなさい」
「あ…はい。ありがとう御座います」
親切に教えてくれる藍染さまにお礼を言うと、軽く頭を下げる。が、顔を上げた時、藍染さまと目が合い、ドキっとした。
「もう、ここでの生活には慣れたかい?」
「…あ、はい。だいぶ」
「それは良かった。ここへ来た時よりも顔色もいいみたいだ。皆は親切にしてくれてるかな?」
その問いに一瞬、言葉に詰まった。先ほど自分をなじってきた女の破面たちの顔が頭に浮かぶ。
「どうした?誰かに何か――」
「い、いえ…そんな事ないです。皆、親切ですよ?」
慌てて首を振ると、藍染さまはニッコリ微笑み、「ならいいが…」と私の頭に手を置いた。
「もし…君に危害を加えるような輩がいたら…すぐにグリムジョーか私に言いなさい。ここにいるギンでもいい」
「え…でも…」
「君はすでに我々の仲間だからね。それを無視して己の感情だけで手にかける者は私には必要ないんだ」
「……藍染さま…」
その優しい言葉に一瞬、戸惑った。話で聞いていた感じと違う気がする。
ここに来た時も思ったけど、何でそこまで私に親切にしてくれるんだろう。私なんか何の力も持ってないのに…
そんな私の心を見透かしたように、藍染さまは笑った。
「君は近いうちに必ず、役に立つ存在だ。いや今でも…十分、役に立ってくれているよ」
「…私が…ですか?」
「そう。君はこの世界に飛び込んできた異質な存在だ。でもそれ故に齎してくれるものも多い」
「……はあ」
言っている意味がよく分からなかったが、とにかくこんな自分でも役に立つかもしれないと思うと、それはそれで嬉しかった。
「ああ、そう言えば…何か足りないものはないかな?」
「え?あ…いえ…」
「何か必要なものがあれば、ギンに言うといい。彼が色々と調達してくれるからね」
「色々…」
ふと市丸隊長を見ると、彼はニッコリ微笑んだ。何だか胡散臭い人だと思いながら(!)私もニコッと微笑み返す。
「服でも本でも食べもんでも何でも言うてや。現世のもんでも手に入るしな」
「あ、はい。ありがとう御座います」
「可愛ええなぁ。こんな可愛えぇ子、尸魂界におったんなら、もっと早ように知り合いたかったわ」
「………え」
ニコニコしながら私の頭を撫でる市丸隊長に、若干頬が赤くなる。
それを見ていた藍染さまも苦笑交じりで肩を竦めた。
「あまりからかうなよ、ギン。真っ赤になってるじゃないか」
「そら、すんません」
市丸隊長も苦笑しながら手を離すと、ふと思い出したように何かを取り出し、私の手をそっと持ち上げた。
「これ現世のオヤツ、あげるわ」
「へ?」
「なかなか美味いで?ほんまはルピくんにあげよう思っててんけど、もう必要ないし――」
「…ギン。余計な事は言わなくていい」
「はいはい」
藍染さまの言葉に、市丸隊長は笑いながら口を押さえると、まるで親が子供にオヤツをあげるように私の手に飴を握らせた。
「あ、ありがとう…御座います」
「こんな事くらいで畏まらんでもええて」
呆気に取られ、頭を下げる私に、市丸隊長は人懐っこい笑みを浮かべた。さっき感じた胡散臭さはもう感じない。
「じゃあ…もう迷わないようにね」
「あ…はい。ありがとう御座います」
市丸隊長を連れて歩いていく藍染さまを見送りながら、ホっと息をつく。が、ふと思い出し、慌てて藍染さま、と呼び止めた。
「何かな?」
「あの…」
呼び止めたはいいが、何となく言いにくくて言葉に詰まる。そんな私の気持ちを察したかのように、藍染さまは優しく微笑んだ。
「気にせずに言ってごらん。何だい?」
「あ、はい…実は……グリムジョーの…腕のことなんですけど…」
「……ああ」
「元に戻す事って…出来ませんか?」
「…元に?」
「はい…。藍染さまなら……えっと…た、例えば腕が生えてくるような薬を作れるかなぁって思って……」
私のその言葉に藍染さまは一瞬、目を見開き、市丸隊長は派手に噴出した。
「ぷ…ぁはははっ!ほんま、オモロイ子やねぇ。ちゃんは」
「ギン。笑ったりしたら失礼だよ」
笑われて真っ赤になっている私を見た藍染さまは、そう言って、「優しい子だね、君は」と微笑んだ。
「グリムジョーの事が心配かい?」
「…心配っていうか…初めて会った時みたいに、強気でいて欲しいかなぁって…思います」
真っ直ぐ藍染さまの目を見つめながらそう言って、少しだけ照れ臭くなった。
でもそう願う心は本当だ。
藍染さまは黙って私を見つめていたけれど、不意に笑みを零した。
「…心配しなくていい。グリムジョーは大丈夫だよ」
「…え?」
「気をつけて…部屋へお帰り」
「あ…はい…」
藍染さまはそれ以上何も言わず微笑むと、市丸隊長と一緒に廊下の奥へと歩いて行った。
姿が見えなくなり、ホっと息をつくと、今の言葉はどういう意味だったんだろう?と首を捻る。
「大丈夫って……腕がなくても十刃に戻れるって事かな……」
でもグリムジョーのNOだった6は、今ルピとかいう破面が持っているはずだ。
「…っと、いけない!時間ないんだった…っ」
ハッと我に返り、藍染さまに教えてもらった通路へ走る。
これからシャウロン達に修行に付き合ってもらう事になっているのだ。
この世界で生きていく為に、私が彼らにそう頼んだ。
そして、この時の私はまだ知らなかった。グリムジョーの腕が、井上織姫の手によって、復活していた事を―――
の気配が遠のいていくのを感じながら、ギンはふと振り返った。
「…教えてあげはったらええのに。もうグリムジョーの腕が治ったこと」
静かな廊下を歩きながら、ギンが苦笑いを零す。
藍染もひそかに笑みを浮かべると、ゆっくりと後ろを振り返った。
「それじゃつまらないだろう?実際に見て、驚いてもらわないとね」
「相変わらず、意地が悪いお人や」
ギンが困ったように笑う。
その一言に藍染も苦笑いを浮かべながら、「ギンに言われたくなかったな」と言った。
「でも…ほんまオモロイ子やわ。真っ直ぐで…純粋やし。あのグリムジョーを手なずけたて聞いた時は、どんな子やろ思てたけど」
「そうだね。本当に、面白い存在だよ。ここにはいないタイプだ。一度、死を選んだ彼女は、誰の事も恐れない。力の差で誰にこびへつらう事もない…」
藍染は静かに話しながらも、どこか楽しそうだ。
「ここは力が全てで強い者に恐怖を抱き、それに付き従うのが通常だ。だがにはそれがない。だからこそ力を持つ者は戸惑い、興味を抱く」
「ボクも興味が沸くなぁ」
「だろう?きっとグリムジョーも同じだろうね。今は自分だけのペットのように思ってるかもしれないが…」
「あんな可愛ええペットならボクも欲しいなぁ」
「ギンはダメだよ。大事なものは手放してしまうクセがあるからね」
藍染の言葉に、ギンも困ったように頭をかく。
「黒崎一護や井上織姫の元クラスメート…か。グリムジョーも本当に面白い子を連れて来てくれた…」
そう言いながら藍染は意味深な笑みを浮かべる。
「予想以上に役に立ちそうだよ。は……。今はまだ、平穏な時間を過ごしてもらおう――」
(我らの手の中で、甘い夢を――)
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番外編は藍染&ギンギンで。
第7話の終わりから8話の最初くらい?の流れで書いてます。
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