また
破面の数が減った。
そして、また新たに生まれて、再び闇に還るのだ。
ここは、いつでも死の香りがしている。
あなたの素敵な世界――――
物心ついた頃から自分の命に、価値など見出せなかった。
この世に生まれたくもなかったし、この先を生きていきたくもなかった。
どうして私は生きる事を強制されなくちゃいけないんだろう。
私はただ、自分という存在を消してしまいたかっただけ。
この世はそう――ひどく退屈。
「――お前…オレの姿が見えるのか…?」
綺麗な満月の夜。
突然、視界に飛び込んできた妙な格好の男は、訝しげな顔でそう呟いた。
見えるのか、と言われても、これが幻でもない限り、二つの瞳には水浅葱色の髪の男がシッカリと映っている。
夜中に忍び込んだ学校の屋上。
こんな場所で出逢いなんか、あるはずないと思った。
「応えろ、ガキ。オレが見えるんだな」
「…うん。見えるよ」
(ガキって何よ。これでも16歳のピチピチギャルなのに)
退屈な日常を蹴飛ばしたいと常々思ってる私でも、性格は結構、楽観的で呑気な方だ。
そんな不満を心で呟きながら、目の前の怪しい男を見つめる。
話が出来るとなると、どうやら夢でも幻でもないようだ。
でも、やっぱり普通じゃない。
こんな時間、こんな場所、それらを引いても、目の前にいる男は普通じゃない。
「お前、オレが怖くないのか」
宙に浮いている、その得体の知れない男はどこか楽しげに口元を歪めた。
不思議と恐怖は湧いてこない。
信じられないものを見ているのに、今の私にとったら、彼が幽霊でも、死神でも、どちらでも良かった。
もうすぐ、この世界から、いなくなる私にとったら。
「怖くない」
「…へぇ」
男は珍しい生き物を見るような目つきで、ニヤリと笑った。
「こんなところで何してる」
「別に。こっから飛んだら気持ちいいかなぁって」
「はあ…?――お前、ガキのクセに死にてぇのか」
「ガキじゃないわよ。ほら、胸だってあるでしょ?レディに向かって失礼よ。浮遊霊さん」
「ああっ?!てめぇ…誰が浮遊霊だ、コラ!!」
男は気に入らないと言わんばかりに、目を吊り上げる。
どうやら浮遊霊と言ったのがいけなかったみたいだ。
「違うんだ…じゃあ…あなたは私を迎えに来た死神?」
「はっ!死神なんて、あんなゴミどもと一緒にすんじゃねーよ」
男は忌々しげに、そう吐き捨てると、「ついでに幽霊なんてゴミ以下だ」と舌打ちをした。
何だ、違うんだ、とガッカリすると、男はいきなり私の首を片手で掴んだ。
その素早い動きに避ける事もかなわない。
その男に触れられた瞬間、ビリビリと肌に感じた事のない痛みが走る。
「……っ」
「苦しいか?」
「…………」
男は私の首を掴んだままニヤリと笑った。
絞められてるわけでも、力を入れてるわけでもないのに、この全身に走る痛みは何なんだろう。
目に映るこの男を人間ではないと頭で感じているのに、私に触れる事が出来るんだ、と漠然と思っていた。
「苦しく…ない」
電流の如く、私の体を何か得体の知れない力が駆け巡る感覚に、息苦しくなってくる。
でも、この世に生きてる事の方が、遥かに苦しいから。
そう…だからこの息苦しさも、心地いいものに思えてくる。
「…私を殺すの?」
この男の正体が何であれ、私を迎えに来たものならいい。
そう思ってたのに、男は無言のまま、あっさりと私の首から手を離した。
「死を覚悟してる奴なんか殺しても楽しくも何ともねえ」
――泣き叫んで、殺さないでと頼む奴を、いたぶって殺すのが趣味なんでね。
男はそう言って笑った。
私は、目の前の正体も分からない男を黙って見上げる。
その水浅葱色の髪と同じ色の瞳は、とても強気でいて、この世のどんなものより自由奔放に見えた。
この男が私に死を齎すものであれば良かったのに。
「早く死ねよ」
「……」
「そこから一歩、踏み出せば…お前の行きたい世界に行けるぜ?」
男はそれだけ言うと、私に背を向けた。
「あなたの世界は…楽しい?」
何者かも分からないのに――この世の最後に私の傍にいる、この男の世界を知りたくなった。
そこへ行けば、私も彼のように、自由に輝けるだろうか。
彼のように、強い意思を宿した瞳で、世界を見れるだろうか――
「―――お前の世界よりは数倍な」
少しづつ離れていく男の背中。
その背中を見ていると、退屈で死にそう、という常にあった不満が綺麗に消えていく。
それよりも、彼の世界を見たくなった。
足を一歩、踏み出せば、この世界を飛び越えて、彼の世界への扉が開かれるかもしれないのだ。
「―――そう…じゃあ…」
私は――――。
「…あなたの世界に行きたいな」
男を追うように、柵に掴まっていた手を離すと。
静かに男が振り返った。
「――女…名前は?」
「…。…」
「…また――オレを見つけてみろ」
"お前がこっちの世界に来れたならな"
男のその言葉を聞いたのと同時だったと思う。
一歩、足を踏み出した先には何もない。
当然、私の体は男のように宙に浮くわけもなく、そのまま空気の中を、ただ、落ちていった――――
(貴方の世界は何処――?)
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BLEACH、破面夢、ボソボソと書いてたんですけど、とうとうアップしちゃいました;
破面では、やはり本能むき出しのグリムジョーが好きです。
でも書きたいキャラは山ほどいすぎて困る漫画だわ(笑)
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