× story.01 死への衝動は満月の夜に






また破面アランカルの数が減った。
そして、また新たに生まれて、再び闇に還るのだ。
ここは、いつでも死の香りがしている。


あなたの素敵な世界――――





物心ついた頃から自分の命に、価値など見出せなかった。
この世に生まれたくもなかったし、この先を生きていきたくもなかった。
どうして私は生きる事を強制されなくちゃいけないんだろう。
私はただ、自分という存在を消してしまいたかっただけ。


この世はそう――ひどく退屈。




「――お前…オレの姿が見えるのか…?」

綺麗な満月の夜。
突然、視界に飛び込んできた妙な格好の男は、訝しげな顔でそう呟いた。
見えるのか、と言われても、これが幻でもない限り、二つの瞳には水浅葱色の髪の男がシッカリと映っている。
夜中に忍び込んだ学校の屋上。
こんな場所で出逢いなんか、あるはずないと思った。

「応えろ、ガキ。オレが見えるんだな」
「…うん。見えるよ」

(ガキって何よ。これでも16歳のピチピチギャルなのに)

退屈な日常を蹴飛ばしたいと常々思ってる私でも、性格は結構、楽観的で呑気な方だ。
そんな不満を心で呟きながら、目の前の怪しい男を見つめる。
話が出来るとなると、どうやら夢でも幻でもないようだ。
でも、やっぱり普通じゃない。
こんな時間、こんな場所、それらを引いても、目の前にいる男は普通じゃない。


「お前、オレが怖くないのか」


宙に浮いている、その得体の知れない男はどこか楽しげに口元を歪めた。
不思議と恐怖は湧いてこない。
信じられないものを見ているのに、今の私にとったら、彼が幽霊でも、死神でも、どちらでも良かった。
もうすぐ、この世界から、いなくなる私にとったら。

「怖くない」
「…へぇ」

男は珍しい生き物を見るような目つきで、ニヤリと笑った。

「こんなところで何してる」
「別に。こっから飛んだら気持ちいいかなぁって」
「はあ…?――お前、ガキのクセに死にてぇのか」
「ガキじゃないわよ。ほら、胸だってあるでしょ?レディに向かって失礼よ。浮遊霊さん」
「ああっ?!てめぇ…誰が浮遊霊だ、コラ!!」

男は気に入らないと言わんばかりに、目を吊り上げる。
どうやら浮遊霊と言ったのがいけなかったみたいだ。

「違うんだ…じゃあ…あなたは私を迎えに来た死神?」
「はっ!死神なんて、あんなゴミどもと一緒にすんじゃねーよ」

男は忌々しげに、そう吐き捨てると、「ついでに幽霊なんてゴミ以下だ」と舌打ちをした。
何だ、違うんだ、とガッカリすると、男はいきなり私の首を片手で掴んだ。
その素早い動きに避ける事もかなわない。
その男に触れられた瞬間、ビリビリと肌に感じた事のない痛みが走る。


「……っ」
「苦しいか?」
「…………」


男は私の首を掴んだままニヤリと笑った。
絞められてるわけでも、力を入れてるわけでもないのに、この全身に走る痛みは何なんだろう。
目に映るこの男を人間ではないと頭で感じているのに、私に触れる事が出来るんだ、と漠然と思っていた。


「苦しく…ない」


電流の如く、私の体を何か得体の知れない力が駆け巡る感覚に、息苦しくなってくる。
でも、この世に生きてる事の方が、遥かに苦しいから。
そう…だからこの息苦しさも、心地いいものに思えてくる。


「…私を殺すの?」


この男の正体が何であれ、私を迎えに来たものならいい。
そう思ってたのに、男は無言のまま、あっさりと私の首から手を離した。


「死を覚悟してる奴なんか殺しても楽しくも何ともねえ」


――泣き叫んで、殺さないでと頼む奴を、いたぶって殺すのが趣味なんでね。
男はそう言って笑った。
私は、目の前の正体も分からない男を黙って見上げる。
その水浅葱色の髪と同じ色の瞳は、とても強気でいて、この世のどんなものより自由奔放に見えた。
この男が私に死を齎すものであれば良かったのに。


「早く死ねよ」
「……」
「そこから一歩、踏み出せば…お前の行きたい世界に行けるぜ?」


男はそれだけ言うと、私に背を向けた。


「あなたの世界は…楽しい?」


何者かも分からないのに――この世の最後に私の傍にいる、この男の世界を知りたくなった。
そこへ行けば、私も彼のように、自由に輝けるだろうか。
彼のように、強い意思を宿した瞳で、世界を見れるだろうか――


「―――お前の世界よりは数倍な」


少しづつ離れていく男の背中。
その背中を見ていると、退屈で死にそう、という常にあった不満が綺麗に消えていく。
それよりも、彼の世界を見たくなった。
足を一歩、踏み出せば、この世界を飛び越えて、彼の世界への扉が開かれるかもしれないのだ。


「―――そう…じゃあ…」



私は――――。



「…あなたの世界に行きたいな」



男を追うように、柵に掴まっていた手を離すと。
静かに男が振り返った。


「――女…名前は?」


「…


…また――オレを見つけてみろ」


"お前がこっちの世界に来れたならな"


男のその言葉を聞いたのと同時だったと思う。


一歩、足を踏み出した先には何もない。


当然、私の体は男のように宙に浮くわけもなく、そのまま空気の中を、ただ、落ちていった――――







(貴方の世界は何処――?)



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BLEACH、破面夢、ボソボソと書いてたんですけど、とうとうアップしちゃいました;
破面では、やはり本能むき出しのグリムジョーが好きです。
でも書きたいキャラは山ほどいすぎて困る漫画だわ(笑)





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