× story.02 蒼の旋律






嘘つき―――この世界は、あなたのいる世界じゃないじゃない。




現世を離れ、月日が経って、気づけば死神となるべく修行をしてても。
胸の奥の孔を塞ぐものは、ここにはなかった。
尸魂界に来ても、水浅葱色の髪の男はいなくて、少しだけ私をガッカリさせた。
人間だった頃の記憶は、いつしか薄らいでいって、なのに……最後の夜の事だけは、何故かはっきりと覚えている。


「この場所…だったっけ…」


現世――人間だった自分が最後に見た光景を、私は再び見ていた。
日に日に薄らいでいく記憶を頼りにやってきた、その場所に、ほんの少し懐かしさを感じる。
多分、人間だった頃の私は、この学校に通ってた。
何歳だったっけ?――もう、その辺は曖昧になっていて、良く思い出せない。


最後に立ったはずの場所に腰をかけ、空中に足を投げ出す。
今はもう、ここから飛び降りても命を落とす事はない。


「あいつ…破面だったんだ」


ふと冷たい目をした男の顔を思い出す。

尸魂界に行って、最初に聞かされた事。
それは数ヶ月前に、ある隊長が起こした事件。
そして、それによって生み出された化け物、破面が、今最大の、死神の"敵"。
それらを目にした事のある死神が教えてくれた特徴を聞けば、あの夜に会った男と一致していて驚いた。
あの時、人間だった私が破面を見る事が出来たのだから、私もそれなりに霊力があったのかもしれない、と今更ながらに思う。


「…どうやったら見つけられるんだろ」


尸魂界に来て、真央霊術院生になった今でも思う事。
でも私は何かを思い残して死んだわけじゃない。
だから虚にさえならず、尸魂界に来てしまった。


「はあ…退屈」


現世にいた頃も、尸魂界にいる今も、たいして変わらないものなんだ、と小さく苦笑いを零した。
誘われるまま、死神の学校に入ったけど、そこも私の心を満たすほどでもなかった。
それも死神になれば退屈しないですむかもしれない、と思っただけ。
時々、虚は見かけるけど、破面には未だ、対面した事がない。
前に実習に来てくれた阿散井副隊長が教えてくれたっけ。
破面は"虚圏ウェコムンドってとこにいる"って。
そこはどうやったら行けるんだろう、なんて言ったら、凄い怒られたけど。


「お前が行ったら秒殺されるぜ?」


阿散井副隊長は、そう言いながら少しだけ心配そうな顔をした。

私はあいつが"ゴミ"だと言っていた死神になってしまったから、きっと見つけられないんだろうな。
見つけられたとしても、出逢った瞬間に、今度こそ殺されそうだ。


「それでも…いいのにな…」


そう呟いた瞬間だった。

目の前の空、いや空間が、二つに割れた―――




「…あ…」

その光景を見た時、あの夜の事が鮮明に思い出された。

そうだ……思い出した。あの夜もこんな風に空が割れて、そして気づけば―――


「――何だぁ?こんなとこに死神かよ」


あの男が現れたのだ。


水浅葱色の髪の―――破面アランカル




ビリビリと男の霊圧が私の体に伝わる。
あの夜とは比べ物にならないほどに、男の力をその肌に感じた。


「あ…あなた…」
「苦しいか?すぐ楽にしてやっからよ」


男はニヤリと笑いながら、私の目の前に掌をかざす。
でも、やっぱり彼を怖いとは感じなかった。
それよりも、記憶の中に鮮明に残っていた彼に、また会えた事の方が嬉しくて―――
真っ直ぐに男を見据える私を見て、彼は訝しげに眉を寄せた。


「てめぇ…命乞いしねぇのか?」
「…しない…殺しても…いいよ」
「…あ?」


あの夜、あなたが殺してくれなかったから…私は遠回りをしたんだ。
何かを期待して死んだって、見つけられるはずなんかなかったんだよ。


「けっ!つまんねぇ…よく見りゃガキじゃねぇか」


男はそう言うと不意にかざしていた手を下ろし、私に背を向けた。


(またガキって言った…)


そんな事までハッキリと思い出す。
男の霊圧に意識がボーっとしていたけど、でもその背中を見たら、あの夜みたいに、無性に寂しさを感じた。


「――待って…!」


気づけば叫んでいた。男が振り返る。


「何だよ…死にてーなら勝手に死ね、クソガキ」


そう言って私を見た瞬間、男の表情が僅かに驚きの表情へと変わった。
私の顔を無言のまま見つめながら、訝しげに眉を寄せている。
まるで、過去の記憶を手繰り寄せるように――


「思い…出した…?」
「…てめぇ…あの時の…ガキか…?」
「…やっと…見つけ…た…」


そう言ったのと同時に、私の意識は深い闇へと落ちていった―――







誰かが…傍にいる
この霊圧は誰…?
感じるのは呼吸の音……強く、それでいて儚い、透き通るような蒼い旋律――――

意識が薄っすらと戻って来た瞬間、私はさっきの事を鮮明に思い出し、ゆっくりと目を開けた。


「あれ…」


まず最初に見えたのは綺麗な夜空、そしてそこで光る青白い月だった。
――あいつと会ったあの夜のような、青くて綺麗な、まんまるの月……
ガバっと体を起こし、振り返ると、そこはあの屋上。
そして、そこで仰向けになって空を眺めているのは……。

「…助けてくれたの?」

あの場所で意識を失えば、当然体は下へと落ちるはず。
なのに、こんなところに寝ているのは、目の前で私を睨みつけている、この男が私をここへ運んだ、という事だろう。


「誰が助けるか。お前がオレにしなだれかかってきたんだろうが」
「…そのまま…落としても平気だったのに」


――私はもう、人間じゃないんだから。
そう付け足すと、男は怖い顔をして体を起こし、「今から突き落としてやってもいいんだぜ?」と凄みを利かせてくる。
第一印象通り、粗忽な男らしい。
だが、出逢った時とは明らかに変わっている、男を見て、私は声をかけた。


「ねえ」
「あ?」
「腕…どうしたの?」
「……てめーには関係ねーよ」


男は忌々しげに怒鳴ると顔を反らした。
どうやら触れられたくなかったらしい。
それでも私は懲りずに声をかける。


「ねぇ」
「…何だよっ?」
「思い出してくれたんだ」
「チッ…さっきまで忘れてたよ」
「でも思いだしてくれた」
「死にたがってる奴と会うのなんて、これで二度目だからな。でも―――」


まさか死神になってるとは思わなかったぜ、と言って、男は笑った。
それには私も自分で笑ってしまう。


「まだ見習いだよ。あなたは…破面…なんでしょ?」
「ああ。だったら何だよ。仲間を呼んでオレを殺すか?そんな事しても皆殺しにしてやるけどよ」
「まさか。探してたのよ?」
「……オレを?」


男が訝しげに眉を寄せる。


「うん」
「何でだ?」
「あの時、殺してくれなかったから」
「…はあ?」


私の言葉に、男は心底呆れたような声を上げた。


「お前、まだ死にたいのかよ」
「今はそうでもない。あなたに逢えたし」
「………」
「でもあなたは死神のこと、嫌いなんでしょ?」
「…ああ」
「だったら…死神にはなりたくないな…。あ、もう一度死ねば私はあなたの世界に行けるのかな」
「……変な女」


男は小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
そう言えば、さっきまでの物凄い霊圧が今は何も感じない。


「ねえ、もしかして霊圧、抑えてくれてる?」
「…勘違いすんな。話してる最中に何度も意識飛ばれちゃ困るからな…」


煩わしいといった顔で男は舌打ちをすると、私に背を向けた。


「もう帰っちゃうの?」
「別に遊びに来たわけじゃねえ…」
「じゃあ何しに現世に来たの?破面は殆ど姿を見せないって、先輩が言ってたけど」
「…探してる奴がいんだよ」
「誰?死神?」
「…ああ」


男はそう言うと、忌々しげに舌打ちをした。
私が死んだ後、何かがあったらしい。
彼の左腕がなくなっている事と、何か関係あるのかな。

「お前…オレが怖くないのか?」

不意に男が私を見た。


「怖かったら探さない」
「…はっワケ分かんねえ」
「あなたこそ…何で私のこと殺さないの?死神、嫌いなんでしょ?」
「…言っただろ。死にたがってる奴殺したって面白くも何ともねえからだって」
「そっか…じゃあ…また会える?」
「あぁ?」
「だって、あなたが言ったのよ?オレを見つけてみろって。私はあなたを見つけた」
「そうだっけ?覚えてねーよ。それにお前、今はオレの敵だろ」


男は呆れたように私を見る。
―――敵。
その言葉が何となく胸に突き刺さった。


「敵じゃない…」
「敵だろ?こんな風に呑気に話してていい相手じゃねえ」
「でも敵だなんて思ってない」


――好きで尸魂界に行ったわけじゃないもの。
そう言った私を、男は驚いたように見つめた。


「命を与えて欲しい、なんて頼んでもいないのに、勝手に人間に生まれたり、死神の世界に行ったり…理不尽だと思わない?」
「……お前…何言ってんだ?」
「どうせなら行きたいと願ってる場所で生まれたかった。例えば、あなたがいる世界とか」
「……………」
「そんな莫迦を見るような目で見ないでよ」
「…莫迦だろが。何でそうオレに拘る?」
「分からない。でも…」
「でも?」
「人間として最後に会ったのは…確かにあなたなの」


男の言うとおり、どうして私は彼に拘ってるんだろう、どうして覚えてたんだろう。
人間でいた頃よりも、少しは生きやすい世界にいるというのに。
それなりに友達も出来たりしたのに。
目の前の男の、私を射るような瞳が、鮮やかな蒼が、忘れられなかった。


「あなたの…名前を教えて?」


本当に会えるなんて思ってなかったけど、こうして会えた時、聞こうって、ずっと思ってたこと。
男は呆れたような、困ったような、そんな顔で私を見た。


「……グリムジョー」
「グリ…?」
「グリムジョー・ジャガージャックだ」


男は名乗ると、水浅葱色の髪をクシャリとかきあげた。


「…変わった名前…覚えづらい」
「うるせぇな…」
「私の名前は――」
「知ってる」
「…え?」
「あの夜、聞いたからな」


あの夜、私は名乗ったんだったっけ。
そんな事を思っていると、


…だろ?クソガキ」


グリムジョーはそう言って、ニヤリと笑う。


現世の風が心地よく吹いて、彼の鮮やかな色の髪を、フワリと浚っていった―――











(何が待ってる?この出会いの先に――)




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最初グリムジョーの名前を見た時、グリム童話を思い出した(ベタすぎ)
ジャガージャックってプロレスラーっぽいけど、でもカッコいい。
グリムジョーが虚だった時の姿って、凄く見たいんですけど(笑)




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