「――また来たのかよ」
「そっちこそ」
そう言って隣に座った死神――見習いらしいが――のガキを見る。
ここは現世。
オレの探している人物が、多分この近くに住んでいるはずで、また虚圏を抜け出してやって来てみれば。
この前、再会(?)したガキが、あの屋上に座っていた。
「ここに来れば会えるかなあとは思ったけど、ホントに来た」
「…あのな…」
「何、その嫌そうな顔。これでも必死に尸魂界を抜け出して来たのに」
「チッ…オレもだよ」
「ふーん。グリムさんも抜け出してきてるの?」
「な、グリム…さんだぁ?」
「だってあなたの方が数倍、年上でしょう?だったら"さん付け"しないと」
とかいう死神は、どこか楽しそうに笑いながら、オレを見上げた。
こっちは戦闘モードで来てるっていうのに、変な呼び方をされて一気に気持ちが萎えてしまった。
「座らないの?グリムさん」
「うるせぇ!つか、その呼び方やめろ!」
「何で?」
「気持ちわりーんだよっ!」
空中から屋上へ降りると、オレをアホ面で見上げてくる女の頭を小突いてやった。
「いったぁい…何で怒るのよ、せっかく年上を敬ってるのに」
「どこがだよっ。バカにされてる気分だぜ…」
軽く舌打ちすると、をジロっと睨む。
それでも、こいつはビビる事もなく、平然とした顔でオレを見上げた。
目を反らす事もなく、真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳。
オレにビビる事なく、こんなに真っ直ぐ見てくる奴は初めてだ。気軽に言葉をかけてくる奴も初めてだ。
ナメてるわけじゃない。もちろん怯えた様子も見せない。
その表情はどこか嬉しそうで、こっちが怒ってるのに、何が楽しいんだかクスクス笑ってやがる。
「何、笑ってんだ…?」
「だって楽しいし」
「…楽しい?」
「うん。何か凄く楽しい」
「…ホント変な奴…」
コイツと話していると、調子が狂う。
狂うついでに、さっきまで僅かに感じていた、奴の霊圧も分からなくなった気がする。
オレは溜息交じりで、隣に腰をかけた。
現世は今、夜中で、少し雲の多い夜空に細い三日月が顔を覗かせている。
こんな時間じゃ、あの死神もどきも、今頃はお寝んねの真っ最中だろう。
なら少しの間、寄り道すんのもいいかもしれない。
ここ、現世は暑かった夏も終わり、秋を迎える心地いい風が吹いていた。虚圏にはない、四季が、ここにはある。
とっくに忘れたと思っていた人間の頃の記憶なのか、ふと懐かしい匂いを感じた。
たまには、こういう夜を楽しむのもいいかもしれない。まあ、現世の空気はちょっと霊子が薄すぎて、息がしづらいのは気に入らないが。
「あれ、探しに行かなくていいの?会いたい死神がいるんでしょ?」
「…さっきまで感じてた霊圧が消えた。多分寝たんだろ」
「ふーん…。なら、もう少し話せるね」
「…オレになつくな。何なんだ?てめーは…」
「死神見習い」
「普通に答えんな」
間髪入れずに応えてきたに、オレは溜息をついた。
そんなオレをマジマジと見つめてくる真っ直ぐな瞳が、やけに大人びて見える。
死神特有の死覇装を身にまとい、黒く長い髪を腰までたらしているは、最初に会った時は気づかなかったけれど、とても綺麗な顔立ちをしていた。
「お前…いくつだったんだ?」
「え?」
「オレと最初に会った時」
何となく…そう、何となく尋ねると、はキョトンとした後、嬉しそうに笑った。
「私の事、知りたくなった?」
「…あ?そんなんじゃねーよ」
「私は知りたいよ?グリムさんのこと」
「てめっ、だからその呼び方はやめろっつってんだろっ?」
そう怒鳴ると、「グリムさんは短気だね」と言って、また笑っている。
とことんムカつくガキだ。
「あの時は多分…16歳くらいだったんじゃないかな」
「…16?そんな歳で死にたかったのかよ?」
「別に死にたかったわけじゃないと思う」
「…思う?」
「人間だった頃の記憶って、凄く曖昧なの。変だよね」
はそう言って苦笑いを零した。
「私はきっと退屈な世界から逃げ出したかっただけなんだよ」
「何だ、それ」
「自由にこの空を飛んでみたかっただけのような気がする。それに…」
はそこで言葉を切ると、真っ直ぐにオレを見つめた。
「あの時、グリムさんのいる世界に行けると思ったから」
「…オレのせいかよ」
まあ確かに"早く死ね"とは言ったような気がするけど。
もそこは忘れてるのか、「そんなこと思ってないよ」と微笑んだ。
それは見た事がないくらい、眩しい笑顔で、そんな感情なんて皆無のオレが、少しだけドキっとするくらいの威力を持っていた。
オレの周りには、こんな笑顔で笑う奴なんか、一人もいない。
「…つか、お前、尸魂界に行って、どのくらいで死神になろうと思ったんだ?随分と早いじゃねぇか。よく知らねーけど、死神なんて簡単になれねーんだろ?」
らしくもない心の動揺を隠そうと、オレはいつになく、おしゃべりになった。
オレの質問には軽く首をかしげている。
「そうだよね。あれから、どれくらい経ったのか分からないけど私ってまだ気分は十代だし」
と、呑気に笑った。
限りある命で生きてる人間と、オレ達や死神達の"時間"は違う。
人間にとっての一年は、虚を含めたオレ達や、コイツのような死神達にとったら一週間ほどの時間だろう。
人間の時とは比べ物にならないくらいの長い年月を、オレ達は生きてる。
「でも気づけば私は流魂街にいて…すぐにスカウトされたの」
「はあ?スカウト?」
「うん。私の霊圧が高かったらしくて、それに気づいた人が私を学院に誘ってくれて」
「へぇ…まあ確かに、見習いにしちゃ霊圧はあるようだけどな…」
「ホント?」
「…ああ」
そう言うとは嬉しそうな顔で微笑んだ。
って言うか、人間だった頃にオレの姿を見れた時点で、相当な霊力は持ってたに違いない。
あの時、オレの霊圧に中てられても、途中まで意識を保っていられたんだから――。
「じゃあ次はあなたのこと、教えてよ」
「…あ?オレのこと?」
「そう。グリムさんって今、何歳なの?見た感じ20歳前後だけど、虚って何百年って生きてるのもいるんでしょ?」
「…だろうな。オレだって自分の歳なんか忘れたよ」
「そうなんだ。じゃあ忘れるくらい生きてるってこと?」
「ああ。オレとお前は、人間だった頃には絶対に会えねーくらいの開きがあんじゃねーの?」
俺の言葉には複雑な顔をしたが、それでもすぐに笑顔を見せた。
「じゃあ会えたのは奇跡なのかな」
「……奇跡?」
「そう。グリムさんが生きてた時代には、きっと私は存在すらしてない。なのにあの夜、グリムさんに会えたんだから、それは奇跡だよ」
キラキラと瞳を輝かせ、奇跡などと、たやすく口にする。
あの夜の、おかしな出会いが、オレの今後を大きく変える事になろうとは、今のオレには分かるはずもない。
「…お前に霊力があっただけだろ」
「じゃあそれも良かった」
はそう言って、やっぱり笑顔を見せる。
それはあの日の夜には見られなかった、笑顔だ。
あの時は笑う事すら忘れてたんだろう。
何があったのか知らねーけど、死んだ後の方が元気なんて、笑い話にもならねぇ。
まあ、コイツにとって良かったなら、あの時、出した答えが正しかったんだろうがな。
「グリムさんのいる世界のこと…聞いてもいい?」
ふとが伺うようにオレの顔を覗き込んできた。
虚圏の事は尸魂界でも全貌は明らかにされてないんだろう。
「…スパイでもしようってのか?」
「違うよ…っ!私は…ただ興味があるだけ。ここで聞いた話だって、誰にも話す気はないよっ。グリムさんに会った事だって言ってないもん」
オレの言葉にムキになるに、少しだけ戸惑った。
コイツはオレの、いや、オレ達の敵だ。
なのに、いつの間にか心のどこかで気を許している自分がいて、それがオレを動揺させる。
「ふん…どーだかな。知りたきゃお前が虚圏に来ればいいだろ」
「行けるものなら今すぐにだって行きたいよっ!でも…それは出来ないんでしょ…?」
縋るような目。
どうやらは本気らしい。
本気で尸魂界や、死神、という立場を捨てて、あろう事か、敵である破面の世界に行きたいと言っている。
――何がコイツを、そんな風に駆り立てているんだ?
「…グリム…さん?」
「…オレの一存じゃ決められねぇんだよ。んな事は」
「そっか…」
は分かりやすいくらいにへコんだ顔で溜息をついた。
そんなにへコまれると、何となく可愛そうに思えてくる。
って言うか、そんな感情すら芽生えているオレが気持ち悪りぃ。
「じゃあ…虚圏で一番、偉い人は誰?」
「…あ?」
「やっぱり…藍染って元隊長さん?」
「…ああ。お前、知ってんのか?アイツのこと」
「知らない。私が瀞霊廷に行ったのは、あの騒ぎの後だったから。でも…皆に慕われてたって」
「へぇ。ま、オレも尸魂界でのアイツの事はよくは知らねーけど…今、虚圏を支配してるのは、確かに藍染だ」
一死神だったアイツが、どれ程の力を秘めているのかは知らないが、オレ達、破面を作り出すほどの奴だ。
オレ達に逆らう術など初めからないに等しい。
それに例え逆らったとして、きっとアイツはオレ達を一瞬で消滅させられるだけの力は持ってると見るべきだろう。
まあ目的が同じなんだから、逆らう気も、今は…ねぇけどな。
オレは力を得た事と引き換えに、自分のプライドをアイツに売ったんだから。
「その藍染隊長にお願いすれば…私を虚圏に迎えてくれるかな…」
「…はあ?」
「だってその人、元死神なんだし私一人くらい受け入れてくれるかもしれないじゃない?」
「……………」
いきなり突拍子もない事を言い出したに、さすがのオレも呆れた。
「バカじゃねーのか?お願いって、どうやって会う気だよ」
「だからグリムさんが私を連れてってよ。藍染隊長の下に」
「バカ言うな。んなこと出来るかっ」
「どうして?」
「オレが死神なんか連れて戻ってみろ。お前も、オレも、一瞬で殺られちまう」
「……そんなに怖い人なの…?」
が目を丸くして訊いて来た。
いくら藍染を知らないからって、なんて呑気な奴なんだ、と本気で溜息が出てくる。
「怖いっつーか…命令なしで、そんな事したら、アイツはきっと笑顔でオレ達をなぶり殺しにするだろうな」
「な、なぶり殺し…?じゃあやっぱり怖い人なのね」
「…お前、ホントに分かってんのか?呑気な顔しやがって」
感心したように頷いているの頭を軽く小突くと、小さな体がコロンと後ろに転がった。
――どんだけ軽いんだよコイツ。ちょっと力を入れて小突けば、アッサリ殺してしまいそうだ。
「痛ーい。何するのよ、グリムさんっ」
「だから、その"さん付け"やめろ!あと変なとこで区切るな、気持ちわりーっ!」
「だって長ったらしい名前だし、言うのも大変なのっ」
「長くねーよ!つ〜かフルネームで呼ぼうとすっからだろがっ」
「あ……あれ、一つの名前じゃなかったの…?」
「はあ?」
本気で訊いて来るに、ちょっとだけ血管がキレそうになった。
が、大きな瞳をクリクリさせて見てくるから、何となくおかしくなって、思わず噴出してしまう。
「あ、何で笑うの」
「…クックック…ほんっとお前、バカじゃねぇの…?」
「な、何それ、失礼!」
子供のように唇を尖らせるを見て、オレは久しぶりに笑った。
何の欲もなく、ただおかしいってだけで、こんなに声を上げて笑ったのなんか、どれくらいぶりだろう。
その記憶は、遥か昔にまで遡るかもしれない。
ギリアン、アジューカスの頃よりも遥かに遠い昔…まだ、オレが『人』だった頃…もしかしたら楽しくて"笑う事"を知っていたのかもしれない。
「お前といると…飽きねーよ…」
「…む。どういう意味よ」
「退屈しねぇって言ってんだ」
闇の世界にいる事が当たり前になりすぎてて、こんな些細な事で笑うって事すら、忘れていた。
自分が何を欲して、どこへ向かおうとしているのか、漠然とした世界で生きている自分が、一体何者なのか。
そんな事を考えた事すら、ない。
だけど、確かにオレを突き動かす物が、心の奥で燻っている。
止まってしまえば死んでしまう気がして、どんな物でも、欲しいと思ったものは全て手に入れてきた。
高みを目指して――それが今のオレだ。破面、十刃で第6の数字を与えられし者……いつか、奪い返してやる。
ふと失った腕が痛んだ気がして、小さく息をつく。
そんなオレを、隣にいる死神は心配そうな目で見た。何も聞いてはこないが、この左腕の事を、気にしているようだ。
自分以外の奴が、オレの事を心配している。それは少し、変な気持ちがした。
でも、自分の事を心配してくれる。そんな存在が傍にいる事は、それほど悪くない。ふとそんな事を考える。
「お前…本当に虚圏に来たいのか…?」
「え…?」
「お前は今の仲間を裏切る事が出来るのかよ。尸魂界でのもの全てを……捨てて来れるのか?」
は黙ってオレを見つめている。
そして、静かに口を開いた。
「――捨てれるよ」
もともと、いらなかったものだもの、とは言った。
――それほどの覚悟があるなら、オレが浚ってやろうか。飽き飽きしているんだろう?今の世界に。
そう言ったオレに、は瞳を輝かせた。
「そんな事…出来るの?」
「さあな」
どっちに転ぶかなんて分からない。
この女を仲間に引き込む事に、アイツが価値を見出してくれるなら、それも許されるだろう。
「やっぱり、運命なんだよ」
がどこか誇らしげに呟いた。
「運命…?」
「そう。あの日、あなたと会えた事が、私の何かを変えたの」
――だから、責任もって、私を浚ってよね。
楽しげな笑顔を見せながら、彼女は言う。
運命なんてもん、オレは信じてなかったけど、でもその笑顔を見ていると、ホントにあるのかもしれねーな、と、ふと思った。
「どんな覚悟も出来てるか?」
「もちろん」
「…ったく…ホント、変な女だな…お前」
やっかいな事を引き受けちまった、と思いながらも、コイツが傍にいれば、退屈だったオレの世界も少しは変わるかもしれない、なんてバカな事を考えた。
――そう。オレもコイツと同じように、退屈な世界に嫌気がさしてたのかもしれない。
本当に運命なんてものがあるならば、そうする事で…
あの夜、一人の少女を死へと誘ったオレも、少しは許されるんだろうか――
そんな、らしくない事を考えた。
どこに運命が転がってるか、誰にも分からない――――
(だから浚ってもいいよ――)
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何か暗い感じで始まったグリム夢(グリム童話みたい;)ですが、
まだ続きまふ。
破面では一番、グリムジョーが好きです。それ以上にギンギンが好きです。(お)
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