× story.04 答えのない魂で









「――どんな覚悟も出来てるか?」


そう訊かれた時、私の中で一切の迷いはなかった。


あれから私と彼は、約束をして別れた。
二日後、あの時刻に、あの場所で。
彼はそう言って、また空間の裂け目へと帰って行った。
きっと藍染隊長に私の事を話してくれる気だろう。
どうして気が変わったのかは分からない。
もしかしたら殺されるかもしれない、そんな危ない橋を、彼がどうして渡ってみようと思ったのか。


"藍染の事だ。もしかしたら、もうすでにオレとお前の事を知ってるかもしれねえ"


別れ際、そんな事を言ってはいたが、なら何故、藍染隊長は黙認しているのか。
そんな事はまだ分からないけど、でも。
やっと、この退屈な世界から抜け出せるチャンスかもしれない、と思うと、やっぱりドキドキしてくる。
何が私を駆り立ててるのか分からない。
でも、私が人間だった時の最後の記憶が、どうしても消えない。


彼の持つ、独特の空気に強く惹かれた記憶が―――






尸魂界ソウル・ソサエティに戻った時、ちょうど皆が目覚める頃だった。
いつもなら、もっと早くに戻ってくるけど、今日ばかりは彼と話しこんでしまって、遅くなってしまったのだ。
私は急いで自分の部屋へと戻り、学院へ行く用意をする。
これから、また退屈な授業を受けなければならない。
でも、それも今日で終わると思えば少しは気も軽くなる。
チラっと隣のベッドを見れば、同室の死神の子の姿がなかった。
マジメな子だから、すでに先に出かけたのか。
それとも朝食をとりに食堂へ行っているのか。
どっちにしろ、私がいなかった事を、後で聞かれたら、どう誤魔化そうかと、考えていると、突然ドアの開く音がした。


「あれ…!さん?」
「あ…野上さん…おはよう」


同室の死神が突然、部屋に戻ってきてドキっとした。
すでに死覇装に着替えている彼女は、私の顔を見るなり、普段なら見せないような笑顔を向けて、「おはよう」と返して来る。
その様子に、多少の違和感を感じた。
彼女はどっちかと言えば不真面目な私の事を、普段から嫌っていたはずだ。


「どこ行ってたの…?」
さんこそ。起きたらいないから驚いちゃった」


私はたいがいギリギリまで寝ている方で、いつも彼女が私を起こす役目だった。
そんな私が、自分より先に起きていたら、確かに驚くだろう。


「私は…たまたま早く目が覚めちゃって、ちょっと散歩」
「そう…。私は…食堂に行ったんだけど、忘れ物しちゃって…」


その言葉の通り、彼女は何も持ってはいない。
いつも食堂に行ってから、そのまま学院に行くから、教科書等の持ち物も全て持って出ていく。
普段、きちんとしている彼女がそれらを全て忘れたなんて、珍しい事もあるものだ、と、自分の机の方に歩いていく彼女を見ていた。


「シッカリしてる野上さんが忘れ物なんて珍しいね」
「そ、そう?」


私の言葉に、彼女がドキっとしたように振り向いた。
彼女の机の上には、今日使うはずの道具が揃えて置いてある。


「それ全部忘れたわけ?」
「え?あ…まあ」


彼女は気まずそうに視線を反らした。
その態度に嫌なものを感じ、彼女の方へと歩いていく。
いくら何でも、手ぶらで部屋を出たら、すぐに気づくのではないか。なのに食堂に行くまで気づかなかったなんて…


「野上さん―――」


そう言葉を発した瞬間、突然、それはやって来た。
ドタドタと廊下を歩く足音が聞こえて、辺りが騒がしくなる。
何事かと開いたままのドアの方へ目を向けると、その人たちは姿を現した。


「…あ…阿散井あばらい…副隊長…?」


顔を出したのは、護廷十三隊・六番隊、副隊長の阿散井恋次、そして彼の部下たちだった。
彼は時々学院に卒業生として、特別指導をしに来てくれているから、何度か言葉を交わした事がある。
護廷十三隊の中でも比較的、気軽に話せる、数少ない席官クラスの人だ。
彼は真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。そして彼の部下は入り口を塞ぐようにして立った。
これは、ただ事じゃない――
そう思っていると、阿散井副隊長が目の前に立った。


、お前に聞きたい事がある。オレ達と一緒に来い」
「―――っ?」


そこで私は野上さんの方へ顔を向けた。
彼女は気まずそうに視線を伏せていて、そこで全ての事が理解できた。


彼女は知っていたのだ。
夜な夜な私が部屋を抜け出している事を―――


私は、護廷十三隊の隊員達に、そのまま身柄を拘束されてしまった。








「私、どうなるんですか」


勝手に抜け出し、現世に行っていたことがバレた私は、事情を聞かれた後、牢屋へ入れられた。
命令もなしに現世へ赴く事は、例え隊長クラスでも厳重に処罰される。
ただの学院生の死神見習いが、気づかれないよう、どうやって現世へ行ったのか散々訊かれたけど、あの藍染隊長の暴動から尸魂界は何かとゴタついている。
抜け出す道くらい、いくらでもあった。
あんな穴だらけの警備をしているクセに、そんな事も分からないなんて、先輩達は莫迦だ、と思った。


「お前は規則を破り、単独で何度も現世へと行っていた。それなりの罰が下る」


私の心配をして、様子を見に来てくれた阿散井副隊長は、溜息混じりで床の上に胡坐をかいた。
彼は、特進クラスの私を「オレの後輩だな」と言って、よく可愛がってくれていた。
ムラはあるが、覚えが早いと、よく誉められたりしたものだ。
特に鬼道は彼よりも私の方が上手く、阿散井副隊長には感心された事がある。


「罰かあ…それ学院をクビになるって事ですか」


何気なく、そう言うと、阿散井副隊長は黙って私を見つめた。


「お前は優秀だ。出来ればきちんと卒業させたいと、オレは思っている」
「…副隊長…」
「勝手に現世に行ってた件では、オレが口ぞえすれば謹慎処分で済むかもしれない」
「……現世に行ってた件、では?」


その言い回しが少しだけ気になって顔を上げると、阿散井副隊長は厳しい目で私を見つめた。


「…お前、まだ隠してることがあるだろう」
「…え?」


ジっと私を見つめる、阿散井副隊長の瞳は真剣すぎて怖い。
普段の彼はもっと気さくで、笑うと可愛いのに…
そんな呑気な事を考えた。


…お前…破面アランカルと会ってたな?」
「………」


その問いに私は答えなかった。
現世に行ってた事がバレてるなら、きっとその事も調べればすぐに分かる事だ。
それに私の体からは多分、破面の霊圧の名残が出ている。
少し集中して気を探れば、阿散井副隊長ほどの人なら、きっと分かるはずだ。


「答えろ、。オレはお前の口から聞きたい」
「………」
…!お前は破面と会って何をしていた?!何を言われた?脅されてたんじゃねぇのか?!本当の事を言え!」


黙ったままの私に、阿散井副隊長は声を荒げた。
だけど私は、グリムジョーとの事を話したくはなかった。
もし話してしまえば、色々と聞かれるだろうし、それ以前に彼との事は、何故か知られたくないと思ったのだ。
頑なに口を閉ざしている私に、阿散井副隊長は小さく息をつき、立ち上がった。


「話す気はない、というなら…お前は破面と通じていた、と解釈するが…いいのか?」
「………」
「そうなれば…お前は尸魂界を裏切ったとして、第一級、重禍罪じゅうかざいで裁かれる事になる…分かってんのかっ?それは極刑を意味するんだ!」
「………」


彼の顔には焦りの色が見えていた。
こんな私の事を心配してくれてるみたいだ。
でも、それでも何も応えない私を見て、深い溜息をついた。


「――そうか…。なら仕方がない……、お前をスパイ容疑で……処罰する」


阿散井副隊長は、それだけ言うと、最後に私を見つめ、そして静かに出て行った。
牢屋は再び静けさを取り戻し、私は小さな窓から見える青い空を眺め、深々と溜息をついた。
今頃、学院では午後の実習が始まってる頃だろう。
きっと私の事で大騒ぎしているに違いない。――特進クラスの子が破面と密会してたなんて話題性としては十分すぎる。


「スパイ容疑、かあ…」


いまいちピンとこない。
でも確かに尸魂界を抜け出し、現世で破面と密会していたとなれば、そう思われても仕方ない。
しかも、その説明をせず、黙秘を通したのだから尚更だ。
藍染隊長たちの裏切りで、尸魂界は未だピリピリしているし、破面の事はまだよく実態が知られておらず隊長たちも警戒している存在だ。
きっと私は山本総隊長に――四十六室しじゅうろくしつは藍染隊長に殺されて未だ不在だし――審議にかけられ、そう…多分、処刑されるんだろう。
尸魂界、全ての者を騙し、裏切り、虚圏ウェコムンドへと逃げた藍染隊長。
その藍染隊長が作り出した破面と通じた死神もまた、裏切り者だ。
生かしておくはずがない。


「はあ…約束の場所…行けそうにないなあ…」


空を見上げながら、グリムジョーとの約束を思い、溜息が出た。
もし私が行かなかったら、彼は私が口先だけの奴だったと思って怒るのかな。
それとも呆れる?――どっちにしろ嫌われちゃうか。
やっとチャンスが巡ってきたかと思ったのに、そんな時にバレて捕まってしまうなんて…ホント私ってツイてない。
だけど…私だって好き好んで尸魂界に来たわけじゃないのに。
私は初めから、彼の世界に行きたかっただけ。自分の心に素直に行動したかっただけ。
何で、自分の心に従っただけで処刑されなくちゃならないんだろう。
この世界も、私にとったら窮屈なだけだった。

恐怖はない。ただ、あるのは―――





「………っ」


不意に温かいものが頬を伝っていった。
そっと指で触れてみると、それが涙だと分かる。
悲しいのか、それとも悔しいのか、どっちの涙なんだろう。


「あーあ…もう少しだったのにな…」


独り言のように口から零れた自分の言葉が、痛いくらいに胸に突き刺さった。









闇にポッカリと浮かぶ細い月。
その月明かりの下に、虚夜宮ラスノーチェスはある。
どこか外国の宮殿を思わせるような、それでいて地獄のような、異質な物。
ここでオレは生まれ変わった。
そして今夜も、きっと破面となる虚が次々に生まれているんだろう。
静かな廊下を歩いて行くと、あちらこちらで破面の霊圧を感じる。
そして、目の前の扉の向こうからは、静かだが、確実にオレの存在を待ち構えている強力な霊圧が、一つ。

藍染は宮の中央に聳える王座に腰をかけ、いつもどおりの冷笑を浮かべてオレを見下ろしていた。


「どうしたんだい?グリムジョー。君の方から私に会いに来るなんて珍しいね」
「……あんたに話がある」
「話…?」


藍染は、顎に手を当て、意味深な笑みを浮かべた。
そして僅かに身を乗り出すと、


「それは…君が仲良くしてる、可愛い女の子の事かな?」
「―――ッ」


ハッとして顔を上げると、藍染はニヤリと笑い、「何を驚いてるんだい?」と軽く肩を竦めた。
――コイツはやっぱり侮れねえ。
もしかしたら、とは思っていたが、やはりオレの行動はお見通しって事か。


「何も驚く必要はないよ。前回の君の勝手な行動のせいで、だいたいの動きは知っておく必要があると判断するのは当然の事だろう」
「…チッ。じゃあ…オレの言いたい事も分かってるってわけか」


そう呟くと、藍染の顔から、ふと笑みが消えた。


「私はね、グリムジョー。君が裏切った、とは思っていないんだ」
「………」
「まあ君に、そんな感情があるという事は、私も少し驚いたがね」
「…そんな感情…?」
「君はその死神に、同情したんだろう?生きてる意味が見出せず、絶望すら感じていた彼女にね」
「…そんなんじゃねえ…」
「そうかい?まあ、どちらでも構わないが……いいだろう。その死神を虚圏に招待しようじゃないか。話はそれからだ」
「…何?」
「君の話とはそういう事だろう?」


(コイツ…どこまで知ってやがるんだ…?)


自分の行動が筒抜けというのは、あまり気分のいいものではない。
藍染が腹の中でオレの行動をどう思っているのか、考えるだけで不気味だ。
どういうつもりで、あのガキを受け入れようと思ったのか、それすらも。


「いいのかよ…」
「いいも何も。君はあの死神を自分の傍に置いておきたいと、思ったんだろう?」
「…退屈しのぎになると思っただけだ」
「退屈、か。まあ、それだけの事で、君が私の怒りに触れるかもしれないと思っていながら、頼みごとをしようとしたとは思えないんだけどね」
「…何が言いたい」


真っ直ぐに藍染を見上げる。
だが藍染はその問いに答えようとはせず、ふと思い出したかのように、「その死神と次に会うのはいつかな?」と微笑んだ。


「……明日、現世で会う」
「明日…か。では急いだ方がいいね」
「…何?」


意味深な言葉を呟き、藍染は楽しそうな笑みを零した。


「その死神が―――今、どこにいると思う?」
「…どこ…?」


藍染の言っている意味が分からず、眉を寄せる。
そんなオレを、藍染は楽しげに眺めながら、背面に手をかざす。
するとそこに、あるビジョンが映った。
それは切りだった崖の上に、大きな鉄塔のようなものが聳え立っている風景。
これは何だと問うように藍染を見れば、彼は「…懐かしい風景だ」と笑い、ゆっくりとオレに視線を向けた。


「これは双極だ」
「……そうきょく?」
「死神を処刑する時、使う」
「――何っ?」


藍染の言葉にドクン、と鼓動が跳ね上がる。


死神を処刑…?まさか――


一瞬の動揺を見抜くように、藍染が怪しい笑みを浮かべる。その瞬間、ビジョンは消えた。


「尸魂界にいるスパイからの報告があってね。破面と通じていた死神が、明日の正午、ここで処刑されるらしいんだ」

「―――ッ」

「さあ、グリムジョー。君はどうするんだい?その死神を見捨てるか、それとも――」


藍染はゆっくりと立ち上がり、「君の好きにするといい。今回に限り…私は何も反対しないよ」と、だけ言って、その場から姿を消した。



「―――クソっ」


一人残されたオレは、何ともしがたい苛立ちに、舌打ちをした。
破面と通じていた死神が処刑だと?そんな莫迦ばかはアイツしかいねぇ。
……と言う事は、あのガキも、オレと会ってたのがバレちまってたのか。


(――ったく、ドジ踏みやがって…って、オレもアイツのこと言えないか…)


こっちは何とか許しを――藍染の真意は分からねぇが――もらえたってのに意味ねぇじゃねーか。
いや、それとも…これすら藍染の奴には分かっていた事なのか?
元々、あのガキを仲間に入れようなんて、これっぽっちも思ってないのかもしれねえ。
アイツを処刑させ、それをオレに見せて、警告するつもりか?
いや―――違う、そうじゃない。
藍染は「好きにしろ」と言っていた。
今回に限り、反対はしない、と。その言葉の意味は―――


「ケッ。何考えてんだ…?藍染の奴…」


奴の言っていた言葉の意味を考え、オレは失笑した。
オレがアイツを助けに行くと思っているのか?
いくらオレでも、一人で尸魂界に行けば、ただじゃ済まねえ。
たかだかガキの死神一人、助けに、そんな危ない橋を渡るとでも?
いくら退屈しのぎとは言え、さすがにそこまでする必要性はねーだろっつーの。
それに、あんな約束なんざ、破っちまえばいいだけの話だし、そもそもアイツは捕まった時点でとっくに諦めてるだろう。
そうだ、アイツも今の自分の世界にウンザリしていたはずだ。
また死ねる、と喜んでいるかもしれねえ………初めて会った時のように。


「…………」




"やっぱり、運命なんだよ"



――どこか誇らしげに、そう呟いたアイツの顔が、脳裏をかすめる。



"…グリムさんの世界にいけると思ったから…"



――アイツの笑顔が何度もオレに微笑みかけてくる。



"だから、責任もって、私を浚ってよね――"




「――クソ…!何だってんだ、気持ちわりぃ!オレに責任なんてもん、押し付けんじゃねーよ!」


オレは誰にも、何にも束縛なんかされねぇ。
今までそうやって生きてきた。
気に入らない奴は殺す。オレをナメた眼で見る奴は、人間だろうと、死神だろうと、破面だろうと、一人残らず叩き潰す。
そうして血肉を喰らい、生きてきた。
オレを動かせるのはオレだけだ。
オレ以外の奴に動かされてたまるか。こんなワケの分からねぇ感情で、振り回されてたまるか。
オレは……オレは――


モヤモヤとしたものが胸の奥から湧き上がってくる。
それが気持ち悪くて、軽く舌打ちをすると、静かな部屋を飛び出した。
初めて感じる、得体の知れない感情に戸惑いながら、頭の中に浮かぶアイツの面影を消し去ろうと、オレはただ、ひたすら走って行く。
長い廊下を突っ切り、迷路のような虚夜営から飛び出せば、そこは枯れ木の生えた一面の砂漠が広がっている。


何だろう――心が、急く。


頭で考えるよりも、俺の中の何かが急げと告げている――奥底で燻っている、魂が。


オレはこれまで、それに従って生きてきたはずだ。
そう思いながら、一歩、前へ踏み出す。
その時――自分以外の霊圧を感じて、足を止めた。


「―――ッ?」


ゆっくりと振り向く。


そこには、よく見知った顔が、笑みを浮かべて立っていた――













「――ほんまにええんですか?あんなこと言わはって」


虚夜宮を飛び出していったグリムジョーを、コッソリ見ながら、市丸ギンが振り向いた。
その問いを受けた藍染は、窓から見える綺麗な三日月を見上げ、ただ怪しく微笑む。


「いいんだ。彼の好きにさせよう」
「でも…その死神の子、ほんまに仲間にしはる気ですか?」
「ああ。あのグリムジョーが頼みに来るくらいなんだ。面白いだろう?」
「はあ…。やっぱり何か考えがあらはるんやなあ…」


意味ありげな笑みを浮かべる藍染を見て、ギンは苦笑いを零しつつ、頭をガシガシとかいた。


「破面に感情などない。なのにグリムジョーは一人の少女と出会い、真意はどうであれ、心を動かされた」
「…そらボクも驚きましたけど」
「そうだろう?」
「でも…グリムジョーの事や。ほんまに"オモチャ"が欲しかっただけかもしれへんし…」
「それでも…手に入った"オモチャ"は、傍におけばおくほど、代わりのきかない宝物になる可能性もある」
「…どういう意味ですのん?」


訝しげに首を傾げるギンに、藍染は以前と同じような柔らかい笑みを浮かべ振り向いた。


「宝物になった"オモチャ"は…歯止めの利かなくなった持ち主を止める為の…ブレーキにもなる、とは思わないかい?ギン」
「ブレーキ…?」
「私は出来るだけ野蛮な方法はとりたくないんだ。それが例え暴走する彼らを止める為でもね」


そう言って再び三日月を見上げる。
月明かりの下は、緑もなく、ただ枯れた木が転々と立っているだけの、何もない世界。
ギンも同じ景色を眺めながら、クック…と嘲笑を零すと、「なるほど…」と呟き、掌をポンと叩いた。


「相変わらず、意地悪なお方や」
「……ギン、君にだけは言われたくなかったな…」
「そら、すんません」


悲しげに呟く藍染の言葉に、ギンは笑いを噛み殺すと、「さて…グリムジョーはどないするんかなあ」と腕を組んで壁に凭れかかった。


「もし…見捨てるなら、彼はやはり、ただの心を失った虚だった、というまでの事だ」


そう言うと、藍染は久しぶりに、楽しげな笑顔を浮かべていた。


「それに……ギンも興味があるだろう?理由が何であれ、グリムジョーの心を動かしたと言う、その少女に」
「…そら大いに」
「まあ……どうなるか少し様子を見よう…。もしかしたら、破面の進化が見れるかもしれないよ?」


藍染はどこか楽しげに呟くと、黙って細い三日月を見上げた。











「――覚悟はいいか」


黙ったまま頷くと、解放された双極の磔架たっかに、私の手足は繋がれ、一気に宙へと浮かび上がった。
本来なら、まだ死神でもない私が双極で処刑されるわけがない。
けど今回は破面と通じていた最悪の裏切り者として、見せしめにする為、この極刑がふさわしいと、山本総隊長が決めたらしい。
今では噂に尾ひれがついて、私が震央霊術院しんおうれいじゅついんに入れたのは藍染隊長が口ぞえしたからだ、とか、
その頃から藍染隊長は自分の部下に育てるべく、私をマインドコントロールしていた、だとか、とんでもないものが流れているようだった。
藍染隊長がいた頃、私はまだ流魂街るこんがいに住んでたというのに、いい加減な噂が広まるものだと失笑が漏れる。
それもこれも、藍染隊長がまだ護廷十三隊の隊長だった時、霊術院で書道の特別講師をしていたから、
そんな根も葉もない噂がたったらしい。私は書道なんか、選択科目にも入れてなかったというのに。
一番上まで上がりきると、遥か下には各隊の隊長や副隊長がズラリと並んでいるのが見える。
双極での処刑は席官が立ち会う事になっているようだ。
死神でもない、ただの学院生の私の為に、隊長クラスが顔を揃えている光景が、何だか不思議だった。
――気持ちいい…
空の真ん中にいると、強い風が長い髪を浚っていく。
そこで、不意に人間だった頃の思い出がフラッシュバックのように脳裏を掠めた。


これ何かに似てると思ったら…子供の頃に行った遊園地にあった乗物に似てるんだ。
何て言ったっけ…あの乗物…
ああ、やっぱり思い出せない…


処刑されようとしている時に、そんな事を考えてるなんて呑気にもほどがある。
でも不思議と怖くはなかった。
今度こそ完全に消滅できると思えば、心のどこかでホっとしている。
そもそも私みたいな奴が、この世に"生"を受けちゃダメだったんだ。
生きる事に何の執着もなくて、意味も見出せなくて、いつも消えてしまいたい、と願ってるような私が。


ううん――アイツと会ってから、ほんの少しだけ意味を見出せたような気がしたのに。
でも罰が下ったんだ。
本気で願うものが出来た途端、こうして処刑されるのは、あの夜、自らの命を捨てた罪への罰…
それが、少しだけ胸を痛くさせる。
でも、もう終わった。
あの不思議な出会いも、突然の再会も、アイツと交わした小さな約束も、全て消えてゆく…。



「――。何か言い残す事はあるか?」


「……ありません」


「では刑を執行する――!!」



双極が解放される。
激しい風が舞い、目の前の矛に炎がまとう。
それは少しづつ鳥の形に姿を変え、私の頭上に現れた。
それは双極の真の姿にして、極刑の最終執行者……
この火の鳥が私を貫けば、極刑は終わり、永遠に全ての世界から、私は消滅、する――


サヨナラ、グリムジョー。アンタトアエテ、スコシダケ、タノシカッタヨ――


私は、ゆっくりと目を瞑った。










「――なーに、辛気くせぇ顔してんだぁ?」

「――――ッッ?」


幻聴かと思った。
最後に思い出していたから。

すぐ傍で聞こえたその声が、現実のものだと気づくのに数秒かかった。


「――グ、グリム……さん…?」
「よぉ」


目を開けて、最初に見えたのは真っ赤に燃えている火の鳥。
そして次に視界に映ったのは……
ここ、尸魂界にいるはずもない、水浅葱色の髪をなびかせた、目つきの悪い――破面アランカル


「な…何…してるの?ここで…」
「あん?何しにってマヌケにも処刑されそうになってるお前を笑いに来たんだよ!」


グリムジョーは楽しげに笑った。
でもそう言いながらも、言葉とは裏腹な事をしてる…
だって…私を貫こうとしていた炎を、彼は素手、しかも片手一本で止めていて、それが激しい音を立てている。
炎をまとった矛は止められた事を怒るように、低い唸り声のようなものを上げ、彼を一緒に貫こうとしているようだ。


「…チッしつこいな、コイツ…バカ力出しやがって」


炎の勢いが増していく。
双極の矛は斬魄刀、百万本に値する破壊能力を持つものだ。
いくら彼が強くても、片手一本じゃ、そろそろ限界かもしれない。
このまま行けば彼は私と一緒に心中するハメになる。
処刑される私を笑いに来ただけなら、彼はその手を今すぐ…離すべきだ。


「…グ、グリムさん…手、離して!じゃないと一緒に――」
「ああ?オレがこんなのに負けるわけねぇだろ!――それより全然ビビってねぇーみてーだな、
「……ビビる?そんなわけないでしょ?私は別にこんなとこ未練もないし――」
「…そう言うだろうと思ったぜ」
「え?」
「お前は死ぬ事なんか恐れてねぇ。――大した女だ」
「……グリム…さん?」


そう言ってニヤリと笑う彼に、目を見開いた。


そこから後の事はあまり覚えていない。
彼が炎を何かで弾き飛ばしたように見えた瞬間、激しい爆発音と、死神たちの叫び声が耳を劈き、気づけば私は処刑台の磔架から解放されていた。


「な……何して――」
「見りゃ分かるだろ。ぶっ壊したんだよ」


恐る恐る目を開ければ、いつの間にか私は彼の腕に抱えられていた。
辺りは煙に覆われていて、何が起きたのかサッパリ分からない。
グリムジョーは得意げに笑うと、


「死にたがってる奴、助けるのは趣味じゃねぇが…お前とは約束してたからな」
「……え?」
「"お前を浚ってやる"――今日が……その約束の日だ」
「や、約束って……」
「何だよ。忘れたのか?オレが虚圏に連れてってやるって行ってんだぜ?」
「……じゃあ…」
「ああ……許可が下りた。まあ…真意は分かんねーけど、一応な」


その言葉に唖然とする。
全て諦めたはずだったのに、今更そんな事を聞かされれば、また小さな期待が生まれてしまう。


「敵襲ーー!!敵襲ーー!!」


その時、遥か下方で集まっていた死神たちが大声で騒いでいるのが見えた。
そこでハッと現実を思い出す。
ここは尸魂界、しかも死神達の住む瀞霊廷内だ。
こんなところに破面が飛び込んで来たとなれば、それこそ隊長クラスが全員、彼を殺しに来るだろう。


「ちょ、ちょっとグリムさん!!いいから私を離して逃げて!」
「あぁん?」
「一人でこんなとこまで来て無茶だよ…!逃げ切れるわけないじゃない!ここには隊長がわんさか――」
「バーカ。誰が一人で来たっつったよ」
「―――え?」


その言葉に驚いて、もう一度下の騒ぎを見てみた。
やっと煙が晴れ、視界がクリアになって来た時、下で騒いでいた死神たちが誰かと戦っている事に気づく。
剣を交えている相手は死神の着ている死覇装とは違う、真っ白な装束、頭には剥がれた仮面……あれは――


「……破面…?」
「ああ…オレの同胞だ」
「え、じゃあ仲間と一緒に来てくれたの?」
「……つーか…面白そうだから連れてけってせがまれたんだよ!ったく暇な奴らだぜ…」


呆れたようにグリムジョーは頭をかいている。
そこへ白装束を身にまとった破面の一人が、凄い速さで目の前に現れた。
頭に大きい帽子のような仮面を乗っけている。


「グリムジョー!そろそろ行こうぜ。手に入れたんだろ?」
「…ディ・ロイか…ああ。こいつだ」
「え………コレ?」
「―――(カチン)」


ディ・ロイと呼ばれた破面は、人を物みたいに指差すと、マジマジと私を見て首をかしげている。
その態度にも腹が立った。


「ちょっとアンタ!女の子を指さして"コレ"って!失礼じゃない!」
「……ッ!」
「……おい…暴れるな!落とすぞっ?……ったく、ついさっき処刑されそうになってた奴とは思えねぇな…」


抱えられたままギャーギャー文句を言う私に、グリムジョーは溜息をついた。


「コイツはディ・ロイ。――ディ・ロイ。コイツは。あんま刺激すんな、うるせーから」
「わ、分かった……ゴメンね、ちゃん。グリムジョーが女を助けに行くなんて言うから、もっとボンキュボンのグラマーな美女かと――」
「な…どういう意味よ!私だって脱げば凄いんだから!顔だって、もう少し成長したら、とびっきりの美人になる予定、、なの!」(!)
「おい!うるせぇ!ディ・ロイも、ワケ分かねぇーこと言ってねぇで行くぞ!」
「お、おう……(脱いだら凄い…マジで?)」 (そこに反応)


私の迫力に圧倒されたのか、ディ・ロイとかいう破面は顔を引きつりながらも後ろからついてくる。(全く失礼な奴だ)
グリムジョーは、まるで瞬歩のような速さで処刑台から離れると、未だ死神と交戦している仲間に向かって、「行くぞ!」と声をかけた。
見れば破面はあと3人いて、彼らも素早く私達の後を追ってきた。


「……この辺でいいか」


丘の外れまで来ると、グリムジョーはやっと私を下ろしてくれた。


「怪我ねぇかよ」
「う、うん……あ、あの…ありがとう……来てくれて」


だいぶ気持ちも落ち着いてきて、改めてお礼を言うと、グリムジョーは渋い顔でそっぽを向いた。


「別に礼言われる事じゃねぇ。約束は約束だからな…」
「でもあんな口約束だけで、ここまで来るなんて思ってなかったし…」
「うるせぇな…。せっかく藍染からOK出たのに、みすみす処刑される事もねぇと思ったんだよ!」
「でも私が処刑されるとこ笑いに来たんでしょ……?」
「…………」


私の突っ込みに、グリムジョーは僅かに目を細めると、


「笑ったついでに助けたらわりぃかよ…」
「悪くないよ…だからお礼言ったんじゃない。グリムさんって素直じゃないのね」
「うるせぇ!!!ディ・ロイも笑ってんじゃねーよ!!」
「うぎゃっ」


突然、顔を真っ赤にして怒り出したグリムジョーは、後ろで笑いを噛み殺しているディ・ロイのお尻をドカッと蹴飛ばしている。
こんな彼は見た事がないから、何となくおかしくなった。


も笑ってんじゃねぇ!」
「――何を呑気にケンカしてるんです?」
「――わ…っ」


そこへ追いついたのか、音もなく彼の仲間が姿を現した。
細長い顔をしたオジサンと、大柄のオジサン、そして……あ、一人だけロン毛のイケメンがいる。
イケメン破面は長い髪をかきあげると、深々と息を吐いた。


「サッサと逃げないと、すぐ追っ手が来るだろ?カスの相手はもう疲れた」
「全くだぜ…退屈しのぎで来たのによぉ……って、その女か?今度、藍染さまが虚圏に迎えるって死神は…」


大柄のオジサンが訝しげな顔をしながら、私の事を見下ろしてくる。
グリムジョー以外の破面を見るのは初めてで、ちょっと感動した。


「は…初めまして、と言います…」
「…お、おう。オレはエドラドだ……」
「私はシャウロン。以後お見知りおきを」


細面のオジサンは丁寧に挨拶をすると、私の手を取りそこへ軽くキスをした。
そのジェントルメンぶりにギョっとして手を離すと、シャウロンと名乗ったオジサンは「シャイなお方だ」と笑みを浮かべている。
……破面って、色んなキャラがいるんだ、と、そこで初めて分かった。


「しかし何だって死神の女を虚圏へ?藍染さまや市丸さん、東仙さんは分かるが、この女を呼ぶ必要があるのか?」
「いちいち、うるせぇぞ、イールフォルト。それにコイツは死神じゃねぇ。ただの死神見習いだ」
「はあ?」


イールフォルトと呼ばれたイケメンさんは、呆れたように首をかしげている。
彼らは私を助けに来たわりに、事情をよく知らないみたいだ。(まあ殆ど退屈しのぎに遊びに来た感じだけど)


「それより…ここから虚圏までどうやって行くの?早く逃げないと、そろそろ追っ手が来るかも…」
「分かってる。虚圏はここからでも行けんだよ」
「え、ここからでも…?」
「ああ…そろそろかな…」


グリムさんはそう言いながら、空を見上げている。
その時、大きな霊圧を感じ、その場にいた全員が一瞬で戦闘態勢に入った。
この霊圧は―――


「――へっ。まだいてくれて助かったぜ……破面さん達よぉ…」
「………」
「……逃がさねぇぞ」


その声に息を呑んだ。
瞬歩で現れたのは、六番隊の阿散井副隊長、そして一緒にいるのは三番隊、副隊長の吉良イヅル…
そしてその後から来たのは十番隊の隊長だった。
十番隊長の日番谷冬獅郎は遠目で見たことはあるけど、実際こんな間近で見たのは初めてで、噂通り、銀髪の美少年だ。


「……だったな。お前が呼んだのか?コイツラを…」
「…日番谷…隊長」
「やっぱりお前、スパイしてたのか?…!」
「阿散井副隊長……」


怖い顔で阿散井副隊長は私を睨んでいる。
彼らを呼んだのは私じゃないけど、こうなれば、そう思われても仕方がない。
その時、グリムジョーが私を押しのけ、一歩前に出た。


「何言ってやがる……コイツは元々お前らの仲間でも何でもねぇ」
「…貴様は?」


日番谷隊長が前に出た阿散井副隊長を抑えるように、前へ出た。


「破面NO6セスタ…グリムジョー・ジャガージャックだ」
「……何?NO6セスタだと…?まさか貴様――」


日番谷隊長の顔色が変わり、後ろにいた阿散井副隊長と吉良副隊長も息を呑む。
それがどうしてなのか、この時の私にはよく分からなかった。
だいたいグリムジョーが言っていた番号の意味すら知らない。
そうこうしているうちに、次々に隊員たちがやってくる。
このままじゃ虚圏に行くどころか、この場で全員処刑されそうだ。


「グリムさん…私の事はいいから、皆で逃げてよ」
「あぁ?!てめぇ、何言ってんだ?人がせっかく尸魂界くんだりまで来てやってんのにっ」
「だ、だって…この人数じゃ勝てないってば…。隊長は他にもまだいるんだし…」


そう言ってた矢先、大きな霊圧を感じた。
一瞬で気が遠くなり、私はその場に崩れ落ちる。


…!おい!どうした?」
「あ…グリムさ……この…霊圧…」
「チッ…かなりでけぇな。お前じゃキツイ」


「――お前は平気なのか?破面」


「――――ッ」


その声に顔を上げると、そこには大きな男が一人立っている。
尖った毛先には鈴が飾られ、右目には黒い眼帯………彼の噂も嫌というほど聞かされていた。


「てめぇは?」
「十一番隊・隊長…更木剣八だ」


物凄い霊圧だ。
噂以上の力に、私は体全体が痺れて立つ事が出来ない。
そんな私を支えると、グリムジョーは、「ディ・ロイ。を頼む」と後ろにいる彼に声をかけた。


「オレ達で時間を稼ぐ。お前はコイツを抱えて下がってろ」
「OK!」


グリムジョーの頼みに、ディ・ロイはニヤっと笑って私を抱えた。
一人で大丈夫だと言いたいけど、更木隊長の垂れ流し状態の霊圧は、かなりキツイ。
この時、初めてグリムジョー達、破面が今まで霊圧を抑えていてくれたんだと分かった。

最初に会った時…グリムジョーも物凄い霊圧を放ってたはず……
でも今は半分以上に抑えてくれてたんだ…。それって……


「――大丈夫?ちゃん」


少しだけ後ろに下がったディ・ロイが、私の頭を軽く撫でる。
小さく頷くと、「もう少しの辛抱だぜ?」と言って二ッと笑った。――お調子もんみたいだけど思ってたよりはいい人そうだ――


「ご、ごめんね…私のせいで……」
「別にいーよ。これからは仲間だろ?まあ最初は死神を助けに行くなんて聞いてビックリしたけど…」
「…そ、そうだよね…それにボンキュッボンじゃないし…」
「…い、いや!それはいいんだって!あはは……!」


私の一言にディ・ロイは顔を引きつらせ笑っている。
苦しいながらも、そんな彼を見て、私も苦笑した。


「グリムジョーがそこまで自分以外の奴に固執するなんて初めてだし…それも女を助けるなんて、マジでビビったけど、ま、これから面白くなりそうだな」


ディ・ロイはそう言って笑うと、「お、始まるぜ」と言って空中へと浮いた。
見れば、イールフォルトと吉良副隊長、エドラドと阿散井副隊長、シャウロンと日番谷隊長が今まさに戦おうとしている。
そしてグリムジョーは、更木隊長と向かい合っていた。


「……グリム…さん…」
「何、心配?」
「だ、だって…更木隊長はハンパじゃなく強いって噂だし…」
「大丈夫だよ。グリムジョーだって、めちゃくちゃ強えーから。何て言っても元十刃エスパーダだし…まあ今は腕のせいで落ちてっけど――」
「……えすぱーだ…って、何…?」
「え…?」


ディ・ロイは私の問いに唖然とした顔。
何かおかしな事を聞いたかな?


ちゃん…ホント何も聞いてないんだ」
「……何を…?」
「オレ達の…その…階級とか?」
「…破面にも階級があるの?隊長と、副隊長とか?」
「い、いや……いいよ…無事に虚圏に帰れたら詳しく説明する…」


ディ・ロイがそう言った瞬間、下で戦闘が始まった。
あちこちで激しい音が鳴り響き、土煙が上がる。
時々小石や折れた木の枝が飛んできて、ディ・ロイはそれを素早く叩き落してくれた。


「もう少し離れた方がいいかな。誰かが虚閃セロなんて撃ったら巻き込まれそうだし」
「……で、でも…」
「大丈夫だって。アイツらも危ないと思ったら、ちゃんと引くから。今日は戦いに来たわけじゃないからさ」


「――へぇ。そうかよ。じゃあ嫌でも戦いに参加してもらおうじゃねぇか」


「―――ッ?!」


その時、突然、強い霊圧を感じた。
目の前に現れたのは、十一番隊、第三席、斑目一角まだらめいっかくだ。
彼も遠目から見たことがある――何て言っても目立つ頭だし――
更木隊長を崇拝し、"更木隊"として副官補佐を勤める彼も、ハンパじゃなく強いという話だ。
強い男は好きだから、そういった話は、よくミーハーな子達から聞いていた。
次から次に現れる席官クラスの死神に、私は不謹慎ながらも、少しだけワクワクしてきた。
学院生の私では、口も聞けないくらいの人ばかりだったし、もちろん彼らの戦う姿など、実際には見た事がない。
それを今、目の前で見ているなんて、かなり貴重だと思う。
でもその反面――彼ら、破面が傷つかないかと心配になる。
破面がどれほど強いのか知らないけど、これだけの席官クラスが相手となると…いくら何でも無傷では帰れないだろう。
それだけは避けたかった。
こんな事に巻き込んだのは、まぎれもなく私なのだ。


「…チッ!」


一撃を交わし、ディ・ロイは私を抱えなおすと、斑目三席の斬魄刀ざんぱくとうを素手で捕らえた。
が、その瞬間、「――延びろ!!鬼灯丸ほおずきまる!!!」


始解が叫ばれ、一瞬にして剣が槍のように長く延びる。
その切っ先がディ・ロイの腕に突き刺さり、彼は短い叫び声を上げた。
刹那――彼の腕の力が緩み、抱えられていた私はといえば――


「きゃ―――」


当然のように空中をまっ逆さまに落ちて行った。
「――ちゃん!」というディ・ロイの声が聞こえたけど、それもすぐに聞こえなくなる。
色んな霊圧にあてられていた私は、力を出す事も出来ない。
私は成す術もなく、凄いスピードで地上まで落ちて行った。その時――


「――大丈夫かっ?」


「…………ッ?!」


もう少しで地面に叩きつけられると思った瞬間、体が何かに包まれ、ハッと目を開けた。
目の前には、水浅葱色の鋭い瞳が、私を見下ろしている。
どうやら私の体を彼が受け止めてくれたようだ。


「グ、グリムさ…」
「ったく……ディ・ロイの奴、何して――チッ!」


物凄い勢いで振り下ろされた剣を、グリムジョーはギリギリで交わし、後方に飛びのいた。
気づけば目の前には更木剣八が、薄ら笑いを浮かべて立っている。


「おいおい……女なんか抱いてて殺し合いが出来んのか?片腕しかないお前によぉ」
「うるせぇ。てめーなんか、これくらいのハンデがあるくらいでちょうどいーぜ」
「ケッ。言ってくれるじゃねぇか、破面さんよ…。―――だったらその女ごとぶった切ってやるぜ!!」
「――きゃっ」


何と言う迫力だろう。
更木隊長は笑いながら剣を振り下ろしただけなのに、その風圧ですら、息が苦しくなる。
グリムジョーはそれを何とか交わしながら、私を抱えて逃げている。
片腕がない彼にとって、それは攻撃できない事を意味していた。


「グ、グリムさん!私を離して…!自分で逃げるから――」
「あぁ?!バカ言ってんじゃねぇ!!てめーはアイツの霊圧に中てられただけで動けねーじゃねぇか!」
「で、でも、これじゃグリムさんが戦えないじゃない…!いいから早く私を置いて――」
「うるせぇっっ!!」
「………ッ」


物凄い勢いで怒鳴られ、ビクっとした。
グリムジョーは瞬歩のようなものを使い空中へ逃げると、怖い顔で私を見下ろしている。


「オレはお前を見殺しに来たわけじゃねぇ…助けに来たんだ!」
「…グリムさん…?」
「お前だってオレの世界に行きてーんだろ?!!だったら簡単に諦めんじゃねぇ!!」


その叫びに、体中に電気が走った気がした。
彼は真剣に怒ってくれてる。
口は悪いけど、でも…それが彼の優しさのような気がして、胸の奥が熱くなった。
こんなにも心が震えた事はない。
それは生まれて初めての感覚だった。

その時、グリムジョーがふと顔を空へと向けた。


「――けっ何だ……そろそろ時間だぜ…」
「え……?」


彼のその言葉に顔を上げると、青い空が少しづつひび割れはじめた。
そして、その隙間から眩しいくらいの光が降りて私と彼を包んだ。
それを見た更木隊長は、ハッとしたように身を引いて、後ろへと飛びのいた。
見れば他の破面たちも、その光に包まれ、阿散井副隊長や吉良副隊長、そして斑目三席も、彼らに手を出せないでいる。


「チッ…また反膜ネガシオンかよ……」


更木隊長でさえ、剣を収め、忌々しげにこっちを睨んでいる。
私は何が何だか分からず、グリムジョーを見上げると、「もう大丈夫だ…」と彼が呟いた。
その瞬間、私達の体が宙に浮き、まるで光に吸い込まれるように空へと上がっていく。


「な、何これ……」
「これは反膜ネガシオンだ。大虚メノスが同族を助けるために使う」
「…じゃあ死神は…」
「認められた者しか触れることができねぇよ。心配すんな」


その一言にホっと息をついた。
知らないうちに随分と緊張していたらしい。
あまり恐怖とかを感じたことのなかった私には珍しい事だ。


「良かった…皆、無事みたい」


他の破面たちに目を向けると、彼らも殆ど大きな怪我もなく済んだようだ。
今は光に包まれて上に上がりながらも、下で悔しそうな顔をしている隊長たちに手を振ってからかっている。
それを見て、心底ホっとした。
理由はどうあれ、私を助けに来たせいで、彼らが傷つくのは嫌だと思った。
自分だけならいい。
でも…関係のない人が傷つくのは………


――ああ…そうか。今までの私になかったものは、これなんだ…


私はグリムジョーを見上げた。
自分以外の人を、大切に思い始めた事に気づいて、少しだけくすぐったい。
これまでの私は、何にも執着なんかした事がなかったから。
それは自分以外の人を、仲間と思えた証……


「……グリムさん…」
「あ?つーか、てめぇ、その呼び方やめろって言ってんだろ?」
「……ありがとう。助けてくれて」
「…けっ」


彼は視線を反らし、そっぽを向いた。
でも、それは彼の照れ隠しなんだろう、と今は何となく分かる。


「何で…こんなにまでして助けてくれるの?あんな約束なんか破る事も出来たでしょ…」
「あ?知るか。別に深い意味なんかねぇ」
「で、でも一歩間違えてたら、殺されてかも――」
「てめぇ…オレが死神ごときに殺られるって言いてぇのか?」


ムっとしたようにグリムジョーは舌打ちをした。


「ごめんなさい……」
「…何だよ…やけに素直で気持ちわりぃな…」
「き、気持ち悪いって何よ。人がせっかく感謝してるのにっ」
「ふん…感謝なんかいらねぇ…別に助けた事にも意味なんかねぇ。オレの魂に従っただけだ…」
「……魂…?」
「……考えるより、体が勝手に動いてた。それだけの事だ」
「……でも…やっぱり感謝してる。ありがとう、グリムさん…」


そう言って彼を見上げると、グリムジョーは僅かに目を細めた。


「…さっきは置いて逃げろって言ってたクセによ」
「…あれは、だって――」
「もう二度と、あんな事は言うな」
「……グリムさん?」
「助けに来たオレがバカみたいだろーが」


グリムジョーはそう言って、面白くなさそうに目を細めた。


「それと―――虚圏に行ったら、もっと貪欲になれ。弱い奴はすぐに殺られる」
「…う…うん」
「――ま、その時はまた助けてやってもいいぜ?オレの気が向いたらな」


と言ってニヤリと笑う。
でも不意に真剣な顔で私を見下ろすと――


「意味もなく死にたがるな……」
「……うん」


彼の言葉は素っ気ないけど、優しく耳に届く。
素直に頷いた私に、普段はあまり見せてくれないような笑みを、彼は浮かべた。


でも、もしまた死にたくなった時はオレに――








(救いを求めろ、と貴方は言った)






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最近、一グリ(一護×グリムジョー)の関係がツボです。
ケンカするほど仲がいい、的な男の友情がいつか芽生えそうで萌えます。うふふ。
これは次回からは虚圏でのお話になりますー
あとディ・ロイとか、この時すでに殺されてますけど、この話では生きてる設定です☆(何気に彼らは気に入ってる)





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