温かい―――
意識がゆっくりと戻る中、かすかな温もりを感じた。
心地いい…何だろう、ひどく落ち着く。こんな気分は初めてだ―――
「――っっ!」
目を開けた瞬間、ギョっとする。
最初に見えたのは長い睫、そして綺麗な形の眉。
一瞬、連れ込んだ女かとも思ったが、すぐにそれが誰であるか認識した。
――ああ、そうだ。オレは昨日、尸魂界へ乗り込み、一人の死神を助けたんだった。名前は……そう、だ。
そこまで思い出し、寝ぼけた頭で目の前の少女の寝顔を眺める。
が、がオレに寄り添うようにして眠り込んでる事に気づき、ガバっと体を起こした。
「な…何してんだてめぇっ」
そう文句を言ってみたが、は全く起きる気配はない。
スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているの寝顔を見ていると、一気に溜息が零れた。
「…つーかオレも何やってんだ…」
呑気にコイツの前で眠りこけていた自分に腹が立ち、舌打ちをする。
これまで、こんな事は一度もなかっし、誰かの傍で眠り込んだ事は一度もない。
女を呼んだとしてもヤる事をヤった後は部屋から追い出していた。
――いつ寝首をかかれるか、分からない。
誰にも気を許さず、心を開かない。例え同じ破面だったとしても、それは同じだ。
そうしてオレは今日まで生きてきた。
なのに、よりにもよって死神の前で無防備にも眠ってしまった。
これまでの自分を考えたら、ありえない事だった。
「チッ…気持ち良さそうに寝やがって…」
こっちに体を向けて、丸まって眠っている姿は、まるで猫のようだ。安心しきっているその姿に思わず苦笑いが零れる。
は今まで寄り添っていたオレがいなくなったせいなのか、少しだけ寒そうに背中を丸めた。
ったく、しょうがねぇなぁとボヤきつつ、上掛けをかけてやろうと手を伸ばした。
その時、短いスカートから覗いている白い太腿に目がいき、ドキっとして手が止まる。
ちょっとでも動けば中身が見えそうで、男の本能が微妙に疼く。
見れば大きく開いた胸元からも、かすかな胸の膨らみが覗いてて、こうして見ると妙な艶っぽさがあった。
「――って何考えてんだ…ありえねぇ…」
少女独特の色気を感じ、慌てて否定する。
それでも男の性なのか、つい目がそっちへ向いてしまう。
さっきは散々ガキだ何だとバカにはしたが、目の前で無防備に眠っている少女が、凄く綺麗だという事に、オレは気づいていた。
「…こうしてると…少しは色気もあんだな…」
そっと手を伸ばし、シーツに広がっている艶やかな黒髪に触れる。
それはサラリと指から滑り落ちるくらい、柔らかい。
「ったく無防備に寝やがって…このまま犯すぞ」
そんな悪態をつき、そっとの顔の横に手を置いた…。
「ん…」
何か触れたような感覚に、次第に意識が戻ってくる。
――何だろう……
そう思いながら寝返りをうとうとした。
が、何故か体が動かず、私はゆっくりと目を開けた。
「――うぎゃっ!」
およそ乙女らしかぬ叫び声が、自分の口から零れた。
「よぉ、起きたかよ」
叫び声の原因となった奴が、至近距離でニヤリと笑う。
グリムジョーの顔が、これ以上近寄れないだろうと思うほど、近くにあった。
「な…何してんの…っ?」
「何って…言って欲しいのか?」
「―――(きゃーっ)」
グリムジョーは鼻で笑うと、私の胸元のジッパーをゆっくりと下ろしていく。
その行動にギョっとして逃げようとしたけど、やっぱり体が動かない。
見れば私の両手は縛られ、ベッドに固定されていた。
ここまで来れば、自分の身に何が起きているのかくらい、私にだって分かる。一瞬で顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待って!!ガキには興味ないんじゃないのっ?さっき散々そう言ってたじゃないっ」
「あ?別にいーだろ、んなこたぁ。ヤりたくなったからヤるんだよ。ありがたく思えよ?オレが初めての男になるって事をよぉ」
「な…!は、初めてって…ちょ、やめてよバカ!ひゃっ」
徐々に近づいてくるグリムジョーの顔。
体の前にファーストキスまで奪われる!
そう思った私は、懇親の力を込めて両腕を振り回した―――
「…きゃー!!変態!ロリコン!!グリムジョーの最低男ーー!!」
ボカッ!!
「――ってぇ!!!」
右手に何かが当たった感触と叫び声。
それに驚いて慌てて起き上がった。
「…あれ…?」
自分の胸元を見て首を傾げる。
さっき下ろされたはずのジッパーはきちんと止まっているし、縛られていた両手も自由だ。
確かな衝撃があったのを、右手が覚えているけど、もし本当に縛られてたのなら、相手を殴れるはずがない。
という事は……
「…何ぁーんだ…夢かぁ……良かったぁ…」
さっきの恐ろしい出来事が夢だったと気づいて、ホっと息をつく。
が、その瞬間「良くねえ!!」という怒鳴り声に、思わず飛び上がった。
その声に振り返れば、グリムジョーが鼻を抑えて怖い顔で私を睨んでいる。
しかも彼の鼻は微妙に赤くなっていた。
それを見て首を傾げたものの、すぐに事態を飲み込めた私は、一瞬で青くなった。
今のは全て夢だと思っていたけど、でも…手に何か当たったのは覚えている。
だって右手が微妙にジンジンしてるし……って、まさか――
ジンジンしている右手→グリムジョーの赤い鼻→物凄い目で私を睨んでいる……という事は……。
「あ、あの…その鼻…」
「てめぇ…いきなりオレの鼻っつら殴りやがって、良かったとはどういうつもりだっ!」
「――ひゃっ」
グリムジョーの怒鳴り声に亀のように首を窄める。
どうやら嫌な予感は当たっていたようだ。
寝ぼけた私は実際に彼を殴ってしまったらしい。
「ご、ごめんなさい!ちょっと寝ぼけてて…!」
「ごめんで済むかてめぇ!」
「だ、だってビックリしたのよ!いきなり目の前に顔があるから!」
「寒そうにしてたから布団かけてやろーとしたんだろーが!それをいきなり目ぇ開けたかと思えばオレの顔面殴って大声で騒ぎやがって!」
「…ご、ごめんってば…!わざとじゃないのよっホントにごめんなさいっ」
「…………」
両手を合わせ、必死に拝み倒すと、グリムジョーは軽く舌打ちをして溜息をついた。
恐る恐る顔を上げると、彼は苦虫を潰したような顔で壁に凭れかかっている。
「ったく…凶暴な女だぜ…」
「…ご、ごめん…」
これは確かに私が悪い。
シュンとして謝ると、グリムジョーがジロっと私を睨んだ。
「……どんな夢、見てたんだ?」
「えっ?」
「さっきオレの事、変態とかロリコンとか言ってたよなあ……どういう意味だコラ」
「う…それは…その…」
怖い顔で睨んでくるグリムジョーに、思わず返事に困る。
まさか"あなたに襲われそうになった夢です"、とは言いにくい。
言えば絶対、今以上に怒る事は目に見えている。
「よ…よく覚えてない…かな?」
「あぁ?あんだけ思い切り殴っといて覚えてねぇだぁ?」
「……だ、だからごめんなさい…悪気はなかったっていうか…まさか目の前に顔があるなんて思わなかったし…」
「悪気があったら今すぐ殴り倒してる」
「………!(きゃー)」
…彼なら本当にやりそうだ。
冗談じゃない。あの大きな手に、しかも十刃の彼に殴られでもしたら、ほんの少しの力でも顔の骨が砕けてしまう(!)
そうなったらお嫁にいけない顔になるだろうし、この粗暴な男が責任を取ってくれるわけがない。
イコール、私は一生一人身のまま寂しく生きていく事に………(飛躍しすぎ)
「あ?何だよ、その顔…」
「な、何でもない…」
殴られた事を想定してジトっと見ている私に、グリムジョーは訝しげに眉を寄せている。
慌てて首を振ると、「鼻、大丈夫?」と訊いてみた。
「…もう何ともねぇ。お前くらいの力じゃ大した事ねぇよ」
「…何よ。だったらあんなに怒らなくたって――」
「あ?」
「い、いえ…ホントにすみませんでした」
ジロっと睨まれ、慌てて頭を下げる。
どっちにしろ、寝ぼけてたとは言え、殴ったのは私だ。ここは素直に謝っておくに限る。
グリムジョーはもう怒ってはいないのか、「次にやったら倍返しだぜ?」と言って、私の頭を軽く小突いた。(二度とあんな夢見てたまるか)
その時、部屋のドアがノックされ、グリムジョーは軽く舌打ちをするとベッドから飛び降りた。
顔を出したのはシャウロンとかいうオジサンで、「藍染様がお呼びですよ」とグリムジョーに告げている。
「藍染が?」
「大広間に来るように、と」
「あ?何でだよ」
「彼女の事を皆に紹介するようです」
「チッ。メンドくせーな」
「まあ、そう言わないで。新しい同胞が加わった時は、皆に紹介するのが通例です」
シャウロンはそう言うと、私に視線を向けて優しく微笑んだ。
「どうですか?ゆっくり眠れました?」
「あ…はい。さっきまでグッスリと…」
「なら良かった。では行きましょう」
グリムジョーを見れば、こっちに来いというように顔で合図をした。
私は慌てて身なりを整えると、彼らと一緒に部屋を出る。
仲間に紹介、と聞いて、少しだけワクワクした。
「ね、皆っていうのは、もしかして十刃のメンバー?」
「十刃だけじゃありません。私のように11以降の数字を持つ者もいますよ」
グリムジョーの代わりに、シャウロンが応える。
という事は破面が勢ぞろいという事なんだろうか。ますます楽しみだ。
「ね、破面ってどれくらいいるの?」
「さぁな。20体くらいじゃねぇのか」
と、欠伸を噛み殺しながらグリムジョーが言った。
「ふーん。結構いるんだ…何か楽しみ」
「ま、せいぜい目ぇつけられないようにしろ。危ねぇ奴ばっかだからよ」
「…うん?」
ニヤリと笑うグリムジョーに首を傾げる。
危ない奴ならグリムさんだって相当危ないよ、なんて思っているとシャウロンは小さく苦笑いを零した。
「さあ…ここです」
長い廊下を何度か曲がると、大きな扉が現れた。
シャウロンの説明によると、そこが大広間らしい。主に藍染隊長が皆を集める際に使う部屋だという事だった。
グリムジョーとシャウロンに続いて、中へと入ると、そこは確かに広い空間で、何本もの大きな柱が立っている。
そして奥中央には高い壁があり、見上げると藍染隊長がその上に座っているのが見えた。まるで王座のようだ。
「おはよう、。よく眠れたかな?」
「おはよう御座います。藍染隊長。おかげさまで久しぶりにグッスリ眠れました」
「そうか。それは良かった。ああ…"隊長"はやめてくれないか。私はもう"隊長"ではないからね」
「あ…はい。すみません、藍染さま」
そう言いなおすと、彼は満足げに微笑んで、「では我らの同胞を紹介しよう」と言った。
気づけば、前方に、いくつもの影が見える。いや前だけじゃなく、後ろにも数十体はいるようだ。
少しづつ前に進むと、それが全て破面だという事が分かった。
皆、黙って私を見ている。どうやら突然、現れた死神に戸惑っているようだ。
「我が同胞達よ。彼女はだ。今日から彼女も我々の仲間となる」
静かながら、よく通る藍染さまの声に、破面たちが少しだけざわついた。
興味津々で見てくる者、嫌悪感丸出しで睨んでくる者、特に表情も変えず見ている者…どれも様々な反応を見せる。
そして、その中で、特に面白くないといった顔をしているのは、女の破面たちだ。
怖い顔でジっと私を睨んでいる。その中の二体が突然、藍染さまを見上げ、傅いた。
「藍染さま!本気で、この死神を我々の仲間にする気ですか?」
「危険すぎます!もしかしたら尸魂界のスパイかもしれないのに…っ」
彼女達の言葉に、藍染さまは僅かに眉を上げたが、すぐ元の笑顔に戻った。
「ロリ…メノリ…それはないよ。彼女はスパイなんかじゃない。純粋に我々の仲間になりたくて、命を危険にさらしながらもここへ来てくれた」
「しかし藍染さま―――」
「……それとも…君達は私が彼女の本心を見抜けない愚か者、とでも言いたいのかな?」
「――――ッ」
彼の顔から一瞬で笑みが消え、苦言を唱えた女破面たちは表情を強張らせた。
「し、失礼しました!」と跪く二体に、藍染さまはやっと笑顔を見せる。
やはり彼は破面にとっても恐ろしい存在なんだ、という事を見せつけられた気がした。
「はまだ来たばかりで、この世界には不慣れだ。皆も彼女の面倒を見てやってくれ」
それだけ告げると、藍染様はゆっくりと立ち上がり、最後に私を見た。
「―――、何か困った事があればグリムジョーに言うといい」
「は…はい」
藍染様はニッコリ微笑むと、静かに奥の方に歩いて行った。
その瞬間、その場の空気が一瞬で軽くなる。
この部屋にいた破面たちは、かなり緊張していたようだ。
「チッ、やっぱオレがお守りするのかよ…」
隣でグリムジョーが呟く。
それにはムッとして、「私は子供じゃないわ」と文句を言った。
固まっていた破面たちは、藍染さまがいなくなると、何体か部屋を出て行った。
が、何体かはこっちへ歩いてくる。
それを見て、グリムジョーは小さく舌打ちをした。
「さっそくお出ましだぜ」
「え?」
その言葉に顔を上げた瞬間、「よぉ」と声をかけてきた破面がいた。
かなりの長身で長い黒髪に変な襟をつけたコスチューム。鋭い目つき。
グリムジョーは彼の事を、「ノイトラ」と呼んだ。
「何でてめぇがその女の世話、任されたんだ?」
「うるせぇよ。てめぇには関係ねぇ」
「何だよ。教えてくれたっていいだろ?」
ノイトラと呼ばれた男は楽しげに笑いながら、グリムジョーの後ろに隠れている私を見た。
「ど、どうも……初めまして。ノイトラさん、と言います」
「可愛いじゃねぇか。死神にしとくのはもったいないぜ」
一応これから仲間になると思って挨拶をした私を見て、彼はニヤリと笑った。
彼も十刃?と尋ねたら、グリムジョーは気のない顔で「ああ」とだけ応えた。
そこへ、また新たに一体、歩いて来る。
頭に仮面を乗せ、その顔は無表情だったけど、挨拶をしようと前に出た私を、チラっと見た。
「あ、あの…宜しくお願いします」
「ああ…」
彼は特に表情も変えず、そのまま歩いていこうとする。
霊圧を探ってみれば、彼も十刃なんだろう、という事が分かった。――恐らく、この霊圧はかなり上位の者だ――
「何だよ、ウルキオラ…どこ行くんだ?」
「お前には関係ない」
「チッ。相変わらずスカした野郎だぜ」
ノイトラが面白くなさそうに呟く。
ウルキオラ…そう呼ばれた彼は、そのまま静かに部屋を出て行った。
グリムジョーも彼を見る目つきが何気に冷たい。
十刃って仲が悪いのかな?と思っていると、グリムジョーがふと思いついたかのように、私を見た。
「お前は先に部屋へ戻ってろ」
「え…何で…?グリムジョーは?」
「ちょっと用事を思い出した。――おいシャウロン。を部屋に連れてってやれ」
「分かりました」
「え、ちょっとグリムジョー」
サッサと歩いて行くグリムジョーに驚いていると、彼は不意に「おい、ノイトラ」と振り向いた。
「ソイツにちょっかい出すなよ?」
「あん?どういう意味だ?」
ノイトラは楽しげな笑みを浮かべ、グリムジョーに視線を向ける。
その問いに応えないまま、彼は部屋を出て行った。
「チッ。何だあの野郎…偉そうにオレに命令してんじゃねぇよ。なあ?ちゃん」
「え?あ…はあ」
突然話しかけられ、笑顔で頷く。ノイトラはニヤリと笑いながら私の方へ歩いてくると、
「で…ちゃんとグリムジョーはどういった関係だ?」
「か、関係?」
「藍染さまがアイツに任せたのは何でなんだ」
「あ…それは私がグリムジョーに虚圏に連れてってってお願いしたからだと…思います」
素直にそう説明すると、ノイトラは訝しげな顔で眉を寄せた。
そして隣にいるシャウロンに、「お前は何か知ってんのか?」と睨んだ。
「詳しい事は訊いてませんよ。ただ彼が彼女をここへ連れて来たというのは間違いありません」
「…へぇ。珍しいじゃねぇか。アイツが死神に興味示すなんてよぉ。もしかしてアイツにヤられちまったか?」
「な…ヤ、ヤられてませんっ」
彼が十刃だという事も忘れて、そう言い返す。
ノイトラは特に怒った様子もなく、逆に楽しそうに笑い出した。
「ひゃはは!可愛いねぇ…気の強い女は好きだぜ。ま、今後とも仲良くしてくれよな、ちゃんよぉ」
ノイトラはそう言いながら、「行くぞ、テスラ」と言って歩いて行く。
すると、どこにいたのか、右手に眼帯をした破面――ちょっとアイドル顔――が、音もなく現れ、ノイトラの後を着いて行った。
彼がノイトラさんの部下なんだろう。――十刃はNO11の破面を部下に持てる特権があるらしい――
それを見送っていると、隣にいたシャウロンが小さく息をついた。
「どうしたの?シャウロンさん…」
「いえ。彼は危険な男ですので、もしさんに何かしたら、と心配だっただけです。もしそうなれば私の力ではお守りできない」
「え…彼はそんな怖い人なの…?」
「ええ、まあ」
「ふーん…まあちょっと怪しい感じがしたけど…。グリムジョーとは仲悪いの?」
私の問いに、シャウロンはふっと苦笑いを零した。
「グリムジョーに仲のいい破面などいませんよ」
「え、でもシャウロンさんやディ・ロイは?昨日だって一緒に私を助けに来てくれたでしょ?イールフォルトやエドラドだって――」
「私達は昔からの知り合い、というだけです。目的が一致しているから一緒にいる。ただそれだけの事ですよ」
「そうなんだ…。でもシャウロンさんはグリムジョーを気にかけてるようだけど…」
思った事を口にすると、シャウロンは少し視線を外した。その表情はどこか遠い昔を思い出しているかのように優しい。
「私は…彼に憧れてるんですよ」
「憧れ…?」
「ええそうです。彼の……強さに」
シャウロンはそう言って微笑むと、「さ、部屋へ戻りましょう」と私を促した。
それに素直について行く。ホントは、まだ他の破面にも挨拶した方がいいかな、とも思ったが、どうも残っている破面たちは好意的な感じではない。
特に先ほど私の事をスパイかもしれない、と藍染さまに言っていた女破面たちは、未だ怖い顔でこっちを睨んでいる。
「ね、シャウロン…彼女達は私の事、よく思ってないみたい」
「…ああ。彼女達は藍染さまを崇拝している者どもですので…藍染さまに認められた貴女の事を気に入らないんでしょう。ただでさえ死神嫌いが多い場所です」
「そっか。やっぱ死神って嫌われてるのね。グリムジョーも"死神なんてゴミだ"って、最初に会った時、言ってたし」
ここへ来れたけど、結局のところ私は破面にはなれない。
それが少し寂しい気もしたが、仕方のないことだ。いくら藍染さまが『崩玉』を所有していても、私を破面にする事なんか不可能だろう。
なら時間をかけて、理解してもらうしかない。
「あ、シャウロン。部屋に戻る前に連れてって欲しいところがあるんだけど…」
廊下を歩きながら、ふと思い出し、彼の腕を掴んだ。
「どこですか?ここから勝手に出る事は許されてませんが……」
「あ、違うの。外とかじゃなくて…。ディ・ロイのところ。さっき来てなかったみたいだから」
「ディ・ロイの?何故です?」
と、シャウロンは訝しげな顔をした。
「あ、ほら。昨日私を助ける為に怪我をしたでしょう?お礼も言いたいし、怪我の具合も心配だから」
「…………」
「シャウロン?」
無言のままジっと私を見ているシャウロンに、首を傾げる。
でも彼はすぐに苦笑を漏らし、「貴女は不思議な方ですね」と言った。
「…不思議?」
「ええ。我々、虚や破面の中には、そんな風に自分以外の者を気にかけるような奴はいない。欲はあっても心はないのです」
「…そっか。でも私は破面じゃないから…やっぱり助けてもらった相手には感謝する気持ちくらいあるよ」
――もちろんグリムジョーにも凄く感謝してる。
私の言葉に、シャウロンは笑みを零すと、
「グリムジョーが何故、貴女を助け、ここへ連れて来ようと思ったのか、少し分かった気がします」
「…え?」
「彼も元は虚です。欲や本能以外の心はない。でも…私もですが…破面に生まれ変わって、以前よりは多少、感情の種類が増えたように思います」
「…感情の種類?」
「そうです。以前は食欲だけだったものが、破面となり力を得た事によって、更に高みを目指す為、強さへの欲求、そして自分以外への興味が強くなった」
「自分以外の…?」
「我々の中にも嫉妬という感情はある。自分より強い者への憧れや嫉妬は常につきまとうのです。それが昔よりも遥かに強い感情となって、失ったはずの心を支配している」
なかなか厄介なものです、とシャウロンは苦笑した。
「だが、その他人への興味が、もっと別の形で現れる事もあるようですね」
「別の形って?」
「自分が理解出来ない者への興味、と言いますか」
「…興味…」
「グリムジョーは貴女の心が理解出来ない。だから気になる。知りたくなる。だからこそ傍に置いておいてみたい、と強く思った」
「………そ、そうなのかな」
「まあ、これは私の勝手な憶測ですが…。貴女といるグリムジョーは何となく楽しそうですよ。これまであんな顔は見たことがなかった」
「た、楽しそうって…いつも私の事、怒鳴ってるかバカにして笑ってるだけだよ?」
「楽しそうに笑ってるだけでも凄い事ですよ。我々は戦いでしか、楽しさを見出せない者ばかりですから」
シャウロンはそう言うと、「貴女はグリムジョーの進化を引き出せるかもしれませんね」と微笑んだ。
「進化…?」
「ええ。今まで知らなかった感情を貴女といる事で引き出せるかもしれません。心を失った破面が、心を取り戻す…それもまた面白い」
「……ふーん。私にはよく分からないけど…グリムジョーにとっていい事なら私は嬉しいよ?」
「いい事…でしょう、多分。それによって彼は更に強くなる…心がなければ限界もある、と私は思っています」
「…限界…」
「ええ。私は遥か昔、まだアジューカスだった頃、それを経験してますので」
アジューカス…それは虚の中でも真ん中くらいの位置にある者達。
学院で教わった事がある。更にその上が生体でもあるヴェストローデ…グリムジョー達はこれに当たるんだろう。
皆、最初はただの虚だった。そして少しづつ進化を遂げ、今は恐ろしいくらいの力を身につけている。
虚の世界はそれほど詳しくはなかったけど、奥が深い、とシミジミ思った。
シャウロンはそれ以上、何も語る事はなく、お願いしたとおり、私をディ・ロイのいる場所へと案内してくれた。
そこは先ほどの広間よりも少しだけ小さい、中庭のような場所で、ディ・ロイは暇そうに隅っ子で座っていた。
「あれ…?お前…」
私に気づくと、ディ・ロイは驚いたように立ち上がった。
見れば左肩から腕にかけて、包帯が巻いてある。
「こんにちは、ディ・ロイ。怪我の具合はどう?」
「え?」
「さんはディ・ロイの事が心配だとおっしゃって様子を見に来たんだ」
「え、心配って……オレの?」
シャンロンの言葉に、ディ・ロイは驚いたように私を見た。
やっぱりシャウロンの言っていたように、彼らは他人に心配される事に慣れてはいないらしい。
「あの…ごめんね。私のせいで怪我なんかさせちゃって…」
「え?あ、いや別にどうって事ねぇけど…。た、大した事ねぇよ、こんな傷!」
「ホント…?痛くない?」
「い、痛くねぇって!」
ディ・ロイは慌てたように首を振ると、どこか不機嫌そうに視線を知らした。
破面は強さに拘ると言ってたし、こんな事で心配されて弱く見られたと、怒ったんだろうか、とふと心配になる。
でも彼の頬がかすかに赤いのに気づき、もしかしたら照れているのかもしれない、と思った。
グリムジョーもそうだけど、破面っていうのは、かなり素直じゃないらしい。
照れると怒るところなんか、ソックリだ。
「それより……もう他の奴らとは顔、合わせたのか?」
と、ディ・ロイは思い出したかのように振り向いた。
「うん。たった今。何か迫力あったわ。あれだけの破面が揃ってると」
「…大丈夫だったかよ」
「え?」
「オレ達はグリムジョーのやる事に反対はしねぇけど…他の奴らは死神を仲間にするなんて言われて、快く賛成する奴なんかいねぇしな」
ディ・ロイは溜息交じりでそう言うと、元の場所に腰を下ろした。
私も並んで座ると、
「そうみたいね。藍染さまに私がスパイかもしれないって言ってた破面もいたし」
「やっぱなぁ。それ女どもじゃねぇの」
「うん。藍染さまはロリとメノリって呼んでたかな」
「ああ〜あいつらね…」
ディ・ロイは苦笑しながら肩を竦めると、「あいつらには気をつけな」と言った。
「あいつらは藍染さまを崇拝してっからなぁ。自分達を差し置いて藍染さまに近づく奴は許せねぇって思うような奴らだ」
「そうですね。彼女達は私も気をつけて見ておきましょう」
そこでシャウロンも頷いた。
どうやら嫌な予感は当たったようだ。ここでも、そう言った仲間同士のいざこざがある。
あれだけ強い者達が集まっているのだからそれも仕方ない事だろう。
特に私みたいなよそ者は目をつけられやすい。それに元々死神と破面は敵同志なのだ。
すぐに打ち解けるのは難しいかもしれない。
「あれ?ところで…グリムジョーは?」
「さあ…。何か用事思い出したとかで、どっか行っちゃった」
「用事?何だそれ」
「さあ…?部屋に戻ってろって言われただけなの」
「そっか…。また退屈しのぎになるような事でも探しに行ったかな」
ディ・ロイは苦笑しながら呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「んじゃちゃんも部屋に戻ってた方がいいぜ?まだ慣れるまではウロウロしない方がいいしさ」
「うん。そうだね。じゃあ…またね、ディ・ロイ」
「…ああ。この怪我が治ったら、色々とオレが案内してやるよ」
「うん。楽しみにしてるね」
「ああ、それと――その服、すげぇ似合ってる」
少し照れ臭そうに呟くと、ディ・ロイはそのまま歩いていく。
ありがとう!と叫ぶと、ディ・ロイは片手を上げて歩いていってしまった。
シャウロンが「さ、部屋に戻りましょう。私が送ります」と優しく微笑む。
さっきは他の破面たちの様子を見て、ちょっと落ち込んだものの、彼らがいてくれて良かった、と心から思った。
受け入れてくれる者がいてくれるだけで、私も頑張ろうと思える。
それは尸魂界ではなかったものだ。
尸魂界では、いや、特に学院では、優秀な者達だけが認められる場所だった。
周りは皆、ライバルで、表向き仲良くしていても、心の中では舌を出している。そんな死神達が多かった。
私はそんな上っ面だけの関係が嫌で、誰とも深く関わる事もなく、ただ退屈な日々を誤魔化して生きてたような気がする。
でも、ここは違う。ハッキリと自分の感情を露にする者たちばかりだ。
それはそれで、さっきみたいに悪意を向けられる事も多いけど、それでも、あんな上辺だけ愛想のいい死神達よりはマシだ。
私はどんなものであろうと、本心をぶつけあえるような、そんな関係を望んでいたのかもしれない。
グリムジョーと話してて楽しいのは、彼が凄く自分に素直だからだ。遠慮も嘘もない。思ったことを口にしてくれる。
「どうしました?ボーっとして。疲れましたか?」
「え?あ、ううん。ここは霊子も濃いから疲れもすぐ取れるみたい。居心地もいいなぁって」
「そうでしょうね。死神も多少なりともそれに肖っている存在です。我々破面にとっては力の源」
「それだけじゃなくてね。何か…破面の皆は自分の感情に凄く素直でしょ?そういうのって何か楽で」
「楽…?まあ、我々は先ほども言いましたが、貪欲なだけですよ」
「うん。でもそれでも思ってもいない事、平気で口にしないでしょ?だから分かりやすいって言うか…」
私がそう言うと、シャウロンは僅かに眉を寄せ、そして苦笑いを零した。
「尸魂界では分かりにくい者ばかりでしたか?」
「うん。でも…私も身構えちゃって心を開かなかったから…それも良くないのかも。よく学院の子に何考えてるか分からないって言われたし…」
「自分以外の者の気持ちを理解するのは難しい事ですよ。自分を理解してもらう事も」
「そうだね…。でも…グリムジョーはこんな私を理解してくれた。彼にとっては敵だった私を…助けに来てくれた」
「彼は本能のままに生きてますから。きっと貴女に自分と似たようなものを感じたのかもしれませんね」
「似たような…もの?」
「ええ。求めているもの、とでも言うのか…互いに惹かれあったんでしょう」
「ひ、惹かれあったって、私は別に…っ」
「そんなに必死に否定しなくても…」
赤くなった私を見て、シャウロンは楽しそうに笑った。
彼らに"欲"はあったとしても、"愛情"というような感情はない。
だから、シャウロンがそういう意味で言ったんじゃないと分かっているけど、何となく恥ずかしくなった。
――最初に会った時も思ったけど、シャウロンはどこか言う事がキザだ――
「でも…尸魂界では貴女の理解者は誰もいなかったんですか?」
不意に尋ねられ、言葉に詰まった。
あそこは私が元々望んでいた場所じゃない。そんな存在は誰もいるはずなんかなかった。
でも……
"へぇ、お前なかなかやるじゃねぇか!大したもんだ。オレより才能あるぜ"
そう言われた時、それまで退屈だった修行も、少しだけ楽しくなった気がした。
「一人…いたかな。私を認めてくれた死神が」
「そうですか。でも…その死神は貴女が虚圏へ来る事を止めなかったんですか?」
「止めようと…してくれてたわ。でも……私は彼の気持ちを裏切った」
「彼…?」
「彼は…護廷十三隊の副隊長だった。ほら、最後、追いかけて来たでしょ?赤い髪をした…」
「ああ…彼ですか。確かエドラドと戦っていましたね。なかなか強かった」
シャウロンは思い出したかのように微笑むと、「でも…」と言葉を続けた。
「彼は処刑されそうになっていた貴女を助けようとはしなかった」
「…うん。でも仕方ないの。副隊長が、極刑の私を助けられるはずないし」
そう、それに…そんな事、望んでもいなかった。
尸魂界の住人には、最初から何も期待なんかしていない。
全てを諦めた私を救ってくれたのは、グリムジョーだ。だから私は彼のいる世界に、どんな事をしてでも来たかった。
「ここに来て…良かった」
「そうですか。そう言ってもらえると…尸魂界まで行った甲斐があります」
「うん。シャウロンもありがとう」
「いいえ。私は退屈だから参加したのですよ。お礼を言われるまでもありません」
静かに微笑むシャウロンは、それでも少し嬉しそうだった。
破面でもこんな顔が出来るのかと思うほど、それは優しいものだ。
「…ん?」
その時、シャウロンが訝しげな顔で手を耳に当てた。
「どうやらグリムジョーが呼んでるようです。行かなくては」
「え、そんなの分かるの?」
「ええ。彼の霊圧が私の方へ向かって強くなっています。こういう時は大抵、こっちに来いという事ですから」
「へぇ~!凄い便利なんだ。破面って」
「いえ…多分、死神でも出来ると思いますけど」
「え、そうなの?!じゃあ私も覚えよう。便利だし。覚えたらグリムジョー呼びつけられるもの」
私の言葉に、シャウロンは笑った。
「貴女はホントに面白い方だ。あのグリムジョーと臆することなく話せるのですからね」
シャウロンはそう言って苦笑すると、部屋の前で立ち止まった。
「では貴女はここにいて下さい。私はグリムジョーのところへ行って来ます」
「うん。分かった」
「くれぐれも一人で出歩かないように。他の連中は少なくとも、貴女の事を快く思っていないかもしれない」
「分かってます。大人しくしてる。暇そうだけど」
「グリムジョーに早めに戻るよう、伝えておきますよ。ではこれで…」
そう言った瞬間、シャウロンの姿が一瞬で消えた。
死神で言う所の"瞬歩"だろう。破面では"
響転"というらしい。
「私の瞬歩と、どっちが早いかな。今度グリムジョーと競争してみよ」
部屋の中に入り、鍵をかけると、そんな事を思いついてほくそ笑む。
これでも瞬歩は最初に覚えたほど、得意なのだ。
「はあ…でもやっぱり暇かも…」
ベッドに寝転がりながら溜息をつく。
シャウロンの説明だと、この建物の中には一応、色んな娯楽部屋があるらしいけど、勝手には出歩けない。
書庫もあると言ってたし――破面の勉強用に作ったらしい――グリムジョーが戻ってきたらそこに案内してもらおう。
「グリムジョー早く戻ってこないかなぁ…」
天井を眺めながら、もう一つ溜息をついて、私は目を瞑った。
虚夜宮の奥深く。そこの廊下を二体の破面が静かに歩いていた。
「…ウルキオラ、入ります」
「来たね…。ウルキオラ、ヤミー。――今、終わるところだ」
静かに振り向いたのは、この宮の主でもある藍染惣介。
そしてその周りには数体の破面たちがいる。揃っている顔ぶれは全て十刃だ。
「…崩玉の覚醒状態は?」
ウルキオラが問うと、藍染は目の前にある小さな玉を、透明の箱に入れた。
「五割だ。予定通りだよ。尸魂界にとってはね。当然だ。崩玉を直接手にした者でなければ判るはずもない。
そして恐らく、崩玉を開発して、すぐに封印し、そのまま一度として封印を解かなかった浦原喜助も知るまい」
藍染は崩玉に手をかざし、ニヤリと笑った。
「封印から解かれて睡眠状態にある崩玉は、隊長格に倍する霊圧を持つ者と一時的に融合する事で、
ほんの一瞬。完全覚醒状態と、同等の能力を発揮するという事をね」
藍染の力で少しづつ崩玉から放たれていた光が一気に大きくなり、透明の箱が粉々に割れた。
「…名を…聞かせてくれるかい。新たなる同胞よ…」
煙が晴れると、粉々に割れた箱の中に、一体の破面が座り込んでいた。
ひどく細い身体で、虚ろな目。頭の中央に、虚だった頃の名残でもある仮面が乗っかっている。
「…ワンダーワイス……ワンダーワイス・マルジェラ…」
藍染の問いかけに、その破面はか細い声で答えた。
それを満足げに眺めると、藍染は後ろに控えているウルキオラに視線を戻し、
「一ヶ月前に話した指令を…覚えているね?ウルキオラ」
「…はい」
「実行に移ってくれ。決定権を与えよう。好きな者を連れて行くといい」
「……了解しました」
「…ああ…そうだ」
そこで戻りかけた足を止め、藍染は上の方に座っている一つの影に目を向けた。
「――君も、一緒に行くかい?グリムジョー」
「――え?現世に?」
驚いて顔を上げると、グリムジョーは「ああ」と一言だけ呟いた。
部屋で大人しく待っていると、グリムジョーが戻って早々、「これから現世に行ってくる」と言い出したのだ。
あまりに急な話で、私もちょっと驚いた。
「何しに?あ…もしかして、前に言ってた死神を探すの?」
私達が現世で会ってた時、グリムジョーは確かそんな事を言っていた。
何でも、人間のクセに死神代行をしている変な男らしく、そいつともう一度戦いたいらしい。
グリムジョーの胸についている傷は、その死神代行の男につけられたようだ。
――じゃあ左腕は?とは聞けず、それは未だに謎のままだけど。
「まあな。ま、でも表向きは…藍染の命令で行く」
「藍染さまの?どんな命令?」
「お前には関係ねぇーよ。大した仕事じゃねぇしな」
「ふーん。でも十刃で行くんでしょ?だったらすぐ終わりそうね」
「ああ…あんな野郎、今度こそ即効で倒してやるよ」
グリムジョーはそう言うと、面白くなさそうにソファへと寝転がった。
よほど、その死神代行という奴が気に入らないらしい。
グリムジョーを、そこまで怒らせた、その死神代行という男に、多少興味が沸いてきた。
私はベッドから下りると、グリムジョーの横へと立って、その場にしゃがんだ。
「ねぇ」
「あ?」
「私も一緒に行っていい?」
「はあ?」
私の言葉に、グリムジョーは呆れたように上半身を起こした。
「お前、何言ってんだ?」
「だって一人で待ってるの凄く暇だし…」
「ダメだ。足手まといになるだろーが」
「大丈夫だってば。遠くで見てるだけ。ね、お願い」
「お願いだぁ?つーか、もし死神の奴らに見つかったらどーすんだよっ?今、現世には隊長クラスがウヨウヨいんだぞ?」
「そうなの?何で?」
「オレ達の警戒してんだろ。尸魂界から援軍呼んだらしい。ご苦労なこったぜ」
そう言ってグリムジョーは苦笑いを零した。
隊長クラスがウヨウヨ…その言葉に、暫し考える。
そうなれば、グリムジョー達と、また戦闘になるかもしれない。
それはそれで見物のしがいがありそうだ。(強い者同士の戦いを見たいのが本音)
「絶対邪魔しないから連れてって。ね?お願い!」
「お前なぁ…んなの勝手に決められねぇんだよ。藍染が許すかどうか分かんねぇだろが」
「じゃ私から頼んでみるから。藍染さまはどこ?」
「…………」
私の言葉に、グリムジョーの目が半分に細められた。どうやら完全に呆れてるようだ。
それでも苦笑いを浮かべると、グリムジョーは身体を起こし、目の前にしゃがんでいる私を見下ろした。
「…分かったよ。そこまで言うなら仕方ねぇ。そんなに行きてぇならウルキオラに頼め」
「……ウルキオラ…?ああ、さっき会ったクールな破面」
「あいつは今、藍染からこの件の決定権をもらってる。あいつがOKと言えば大丈夫だろ」
――ま、あいつが言うわけねぇけどな。
と、グリムジョーは笑った。(多分こっちが本音だ)
どうせOKというはずがないと思って、グリムジョーは彼の名前を出したんだろう。
でも彼がどんな性格なのかは知らないけど、一か八か、聞いてみる価値はある。
「分かった。じゃあ…そのウルキオラはどこにいるの?私、聞いてくる」
「…マジで行くのかよ」
「行くわよ。だって退屈でしょ?グリムジョーがいないんじゃ」
「………はあ。ホントしょーもねぇな、お前」
苦笑交じりでそう言うと、グリムジョーは私の頭をクシャっと撫でた。
「ウルキオラなら、この先の部屋だ。ナンバーは"
4"――――」
「分かった!ありがと!」
「あ?おま…おい!一人で行くな!!」
それを聞いて、すぐに部屋を飛び出す。後ろからグリムジョーが何か叫んでいたが、この際かまってられない(!)
廊下を奥に歩いて行くと、目的の部屋が見つかった。確かに先ほど会った彼の霊圧を感じる。
「ここね…」
私はドアの前に立ち、軽く深呼吸をした。そしてノックをしようと手をかざした瞬間―――先にドアが開いた。
「…あ、あの」
「何か用か?」
まるで私が訪ねてくる事が分かっていたかのようだ。
ウルキオラは相変わらずの無表情で私を見ていた。どこか得体の知れないものを感じるけど、恐怖は感じない。
「実は…グリムジョーが現世に行くって聞いて…」
「それが?」
「出来れば……私も同行させてもらいたいんです」
思い切って切り出してみる。これでダメだと言われれば、仕方がない。諦めよう。
ここにもルールはあるだろうし、ここで生きるのなら、それを守った方がいい。
そう思いながら、目の前の破面を見つめた。
が、ウルキオラは特に表情も変えず、ただ私を見ながら、「いいだろう」とアッサリ答えた。
「え…いいんですか?」
「何だ?現世へ行きたいんだろう?」
「は、はあ。まあ」
ドキドキしていた分、かなり拍子抜けで、思わず聞き返してしまった。
そんな私を見て、ウルキオラは初めて訝しげな表情を浮かべた。
「変な女だ。行きたいから頼みに来たんだろう?なら行けばいい」
「は、はい。ありがとう御座います」
ここで彼の気が変わっても困る。慌てて頭を下げると、ウルキオラは「礼などいい」と呟いた。
「だが行くなら他の者の邪魔にはなるな。分かったか?」
「はい。気をつけます。これでも逃げ足だけは速いんですよ、私」
「……十分だ」
ニッコリ微笑んだ私を見て、ウルキオラは僅かに目を細めて――多分呆れてる――いる。
その時、背後にグリムジョーの霊圧を感じ、私より先に、ウルキオラが声をかけた。
「…だそうだ。お前がこの女の面倒を見ろ。なるべく時間をかせげ」
「……んなこたぁ分かってるよ」
「ならいい、勝手にしろ。――話はそれだけか?女」
「あ、はい。宜しくお願いします」
「…………」
ペコリと頭を下げる。
一応、今回の仕事――内容はよく知らないけど――の決定権を持ってるのだから、挨拶くらいはと思っただけだ。
でもウルキオラは訝しげな顔をしたまま、「変な女だ」と呟き、部屋へと戻って行った。
「……変な女だって」
「当然だろ」
「……(むっ)」
「ったく…。お前、マジでバカか」
グリムジョーは呆れ顔で私の額を小突くと、「サッサと用意しろ」と廊下を引き返していく。
その態度には多少ムっとしたけど、私を心配してきてくれたんだと分かるから、素直についていった。
それから10分後、私とグリムジョーは、他の十刃と一緒に、現世へと来ていた。
この薄い空気も、今となっては何だか懐かしい。
つい先日、ここでグリムジョーと密会してたのが、何年も前に感じる。
「はぁ…ったく、いつ来ても霊子が薄くて息がしづれぇ」
来て早々、文句を言っているのは、十刃のヤミー。階級は
NO10らしい。
「でーもさぁ。よくウルキオラが許したね〜。その死神連れて来るの」
私を見ながらクスクス笑っている、女の子みたいな破面の名前はルピ。彼の階級は
NO6。
グリムジョーの後にその番号をもらったらしく、グリムジョーはさっきから何となく機嫌が悪い。
ルピの性格――よく知らないけど――を見ても、きっとグリムジョーとは火と油みたいなものなんだろう。
私もきっと合わない。腹の中じゃ何を考えてるか分からないような奴はあまり好きじゃない。
「う〜。あ〜。ぁう〜」
そして最後に赤ちゃんみたいな喋り方をしている男の子(?)は最近生まれた破面らしい。
藍染さまが様子見に連れて行けと言ったようだ。
ハッキリ言って、どんな能力があるのかも分からないし、言葉も通じないみたいで、他の破面たちも戸惑っている。
「…」
「え?」
「オレは奴を探しに行く。お前はオレから離れんな」
ヤミー達に聞こえないように、グリムジョーは囁いた。
「う、うん。でも…いいの?私、足手まといなんじゃ…」
「ここにいたって同じだろ」
「むっ」
「あいつらはお前が危険な目に合っても守る事はしねぇ。そう言う奴らだ。そんな奴と一緒に置いて行くよりは足手まといだろうが連れて行く」
「……グリムジョー」
「現世に来てるのは少なからず、オレ達がこの前尸魂界で戦った奴らだ。奴らに見つかったらお前もヤバイだろ。今じゃ尸魂界のお尋ね者だからな」
その言葉にドキっとした。グリムジョーは私の事を心配してくれている。
ああ、そうか。だからさっきも反対したんだ…なのに私は強引にくっついて来てしまった。
「ありがと…グリムジョー」
「あ?何がだよ……行くぞ」
プイっと顔を反らし、サッサと歩いていくグリムジョーに、私はちょっとだけ噴出した。
今のは絶対照れ隠しだ。だんだん彼の事が分かってくる。それが何となく嬉しかった。
「オウ?い〜い場所に出られたじゃねぇか」
ふとヤミーが呟いた。その言葉に、遥か下の方へと視線を向ける。
そこに数人の死神の霊圧を感じ、ドキっとした。
この霊圧は……やっぱり彼らだ。
十番隊、日番谷隊長、そして副隊長の松本乱菊。他にも
斑目三席や五席の
綾瀬川弓親までいる。
「なかなか霊圧の高そうな奴がチョロついてやがる。手始めにあの辺からいっとくか」
「何言ってんの。アレ死神だよ。アレが6番さんの言ってた"尸魂界からの援軍"じゃないの?ね?」
「…………」
ルピはそう言ってニヤニヤしながらグリムジョーを見た。
「ア!ごっめーん。"元"6番さんだっけ」
「…な」
ニヤっと笑ったルピに、私はムッとした。
でもグリムジョーは特に何を言うでもなく、怖い顔でルピを睨んだ。
「あの中にはいねぇよ。オレが殺してぇヤローはな!――行くぞ、!」
「あ、うん」
グリムジョーが飛び出したのを見て、私も急いで後を追う。
後ろではヤミーが何か叫んでいたけど、すぐに聞こえなくなった。
「い、いいの?こんな風にバラバラになって」
「かまわねえよ!元々あんな奴らと手を組む気はねぇ!藍染の仕事はあいつらがやるだろ」
「なら、いいけど…。…っ」
そう言った瞬間、物凄い勢いで近づいてくる霊圧に全身の鳥肌が立った。
グリムジョーもその霊圧に気づいたのか、更にスピードを上げていく。
「――奴だ!」
「―――ッ?」
その一言で、この霊圧がグリムジョーの探していた人物だと分かって、私もスピードを上げた。
「いいか、。オレが奴と戦ってる間、お前は少し離れたところにいろ。手加減抜きで戦いてぇからな」
「分かった…」
「奴は多分、お前に手出しはしねぇ……死神でも代行だ。お前が尸魂界を裏切った事も知らないかもしれねぇしな」
「あ…そっか…って、だから私を連れてきてくれたの?」
「はあ?言ったろ!ヤミー達の相手は隊長クラスだって。そっちの方がお前の顔知ってるしヤバイ」
「うん。でもさっき…もしかしたら見つかったかも――」
「大丈夫だ。追ってはこれねぇ。ヤミー達が相手じゃそんな余裕はねぇはずだ」
グリムジョーの言葉は確信に満ちていた。何だかんだ言って、仲間の腕を多少は信じてるようだ。
あの憎たらしいルピも、多分、言うほどには強いんだろう。
「――来るぞ!」
「うん」
その時、グリムジョーが止まった。刹那――すでに、その人物が遥か下方に立っているのが見えた。
それを見てグリムジョーがニヤリと笑う。
「……よぉ。探したぜ、死神」
「…こっちの台詞だぜ」
黒い死覇装、オレンジ色の髪、背中には大きな大刀……この男が、グリムジョーの探し続けていた死神――
少し遠くて、良く顔は見えないが、まだ高校生くらいに見える。
こいつが本当にグリムジョーと戦って彼に傷をつけたんだろうか。
「…見せてやるよ。この一ヶ月でオレがどれだけ変わったのかをな!!」
「、離れてろ!」
「うんっ」
物凄い霊圧を男から感じ、私はグリムジョーの傍から離れた。
「――
卍解!!」
男が叫んだ瞬間、ゴォォっという不気味な音と共に風が舞い上がった。
思わず上に飛びのいて、巻き込まれないよう、距離をとる。
「――ハッ!卍解かよ。それがどうした。忘れたのか?てめぇはその卍解でオレに手も足も出なかったんだぜ?」
「そっちこそ忘れたのかよ?てめーは卍解したオレの技で…その傷をつけられたんだぜ!」
よく聞き取れないけど、やっぱりあの傷はあの男がつけたんだ、と分かった。
確かに霊圧を探ってみても、かなり強い。死神代行らしいけど、力は隊長クラスと互角……
グリムジョーは大丈夫だろうか。以前の彼ならまだしも、今は……
「一つ聞きてぇ。グリムジョー」
「…………」
「お前……腕はどうした?」
「―――ッ」
その言葉に息を呑んだ。――あの腕はこの男がやったんじゃない!
男の問いに、グリムジョーは軽く笑った。
「捨ててきたんだよ。てめぇを殺すのに、腕二本じゃ余計なんでな」
「……そうかよ。それじゃ手加減は必要ねぇな!!」
「そうしろ!死にたくなけりゃな!」
「―――ッ」
グリムジョーが叫んだのと同時だった。男が額に手をかざした瞬間、恐ろしい霊圧が辺りを包んだ――
「な……ッ」
こんなに離れていても分かる。この禍々しい霊圧はこれまで感じたこともない。
そしてそれ以上に、男の姿がさっきと明らかに変わっていて、息を呑んだ。
黒い死覇装、手には黒の斬魄刀…それは変わっていない。だけど……男の顔には不気味な仮面――!!
「…な…何だそりゃ…?!」
「わりぃな……説明してる暇はねぇんだ…」
男の変化に、グリムジョーも明らかに驚いている。この不気味な力はグリムジョーでも知らなかった。
――危険だ。
そう本能で感じた時、男が物凄い速さでグリムジョーに向かっていった。
目で追えるはずもない。気づいた時には、男の斬魄刀と、グリムジョーの斬魄刀がぶつかり合っていた。
凄まじい力がぶつかり合い、激しい衝突音が耳に響く。
見れば明らかにグリムジョーが男の力に圧されていた。
「――
月牙天衝!!」
「―ー――ッ?!」
「……グリムジョー!!」
思わず叫んでいた。
男の斬魄刀から黒い光が放たれた瞬間、ドォォン!という凄まじい爆音が響き、一瞬で辺りは黒煙に包まれていた。
――何という威力……!これじゃグリムジョーでも無傷ではいられない……!
「……グリムジョー!!!」
姿の見えなくなった彼に、心臓が早鐘を打つ。
瞬歩で彼らの元へ向かった。グリムジョーの霊圧は消えてはいない。
生きている。そう分かっていても、抑えようのない恐怖が私を飲み込んだ。
「―――来るな!!」
「………ッ」
煙が晴れて来た時、彼の怒鳴る声が聞こえてビクっとなった。
「グリムジョー!!」と彼の名を呼ぶ。
その時、真っ黒な煙が切れて、そこには血まみれのグリムジョーの姿が現れた。
「…あ……グリム…ジョ…」
「…はっ……はっ…はっ……」
血まみれのグリムジョーは肩で息をしながらも、何とかそこに立っていた。
その姿に心臓が更に早くなる。――あのグリムジョーが、ここまでやられるなんて……!
「…この…力…っ死神のもんじゃねぇな…てめぇ…この一ヶ月で一体何しやがったっ?!」
グリムジョーが叫んだ瞬間、男が動いた。その顔にはまだ、あの不気味な仮面がついている。
――あれは…何?あいつは本当に死神なの?あれじゃまるで……
「説明してる暇は――ねぇって言ったろ」
「…危ない…っグリムジョー!!」
気づいた時には男はグリムジョーの背後に回っていた。
黒い斬魄刀が振り下ろされる。
「いやぁぁあ!!グリムジョー!」
ぶわっという音と共にグリムジョーの身体が地上へと弾き飛ばされたのを見て、私の身体は勝手に動いていた。
真っ直ぐに落ちていく彼だけを目で追う。その私の横を、物凄い速さで男が追い越していった。
「やめて…!!」
男がとどめを刺そうとしている事が分かり、必死に追いかけていく。
体全体が痺れていた。でも今は、グリムジョーを失うかもしれない、という恐怖の方が勝っている。
どうして、こんなにも彼に惹かれるのか分からない。でもやっと見つけたのだ。
こんなところで失ってたまるか――
その気持ちだけが今の私を動かしていた。
「…く…そ…がぁ…っ!!」
「―――ッ」
グリムジョーを視界に捕らえた瞬間、彼が自分を追ってくる男に手をかざした。
その掌が一気に赤く光っていく。
(――
虚閃!!)
巻き込まれる、と一瞬、軌道を外し、横に飛びのいた。
それと同時に、グリムジョーの掌から、真っ赤な虚閃が弾き出される。
それが男に直撃した。
「う…ぉぉおおおっっ!!!!」
ドォォォ!という凄まじい音と共に、虚閃が男を圧していく。
斬魄刀をかざし、虚閃を受け止めた男は、それでも両腕で虚閃を弾き飛ばした。
その隙を狙って、グリムジョーが男の背後に回る。が、グリムジョーの斬魄刀を、男は何とか受け止めた。
「…チッ!!」
「…終わりだ、グリムジョー」
「―――ッ」
――いけない!
そう思った瞬間、私は瞬歩で移動し、男の背後に回ると、手刀で思い切り首を弾いた。
「ぐぁ――ッ」
「……っ?!」
まさか他から攻撃が来るとは思っていなかったのか、男の力が一瞬、緩んだ。
グリムジョーが驚いた顔で私を見ている。
その時―――男の顔を覆っていた仮面が一瞬で割れて弾き飛んだ。
「な…っ」
男が目を見開く。至近距離で目が合う。男の瞳は、更に大きく見開かれた。
「………っ?」
男の顔を見た瞬間、私の頭の奥で何かが警鐘を鳴らした。
男は地上へと落ちながら、それでも視界の端に、私を見ている。
「―――ッ?!!」
「何してんだ!!向こう行ってろっ!!」
「で、でもグリムジョー、そんな怪我じゃ――」
「うるせぇ!!あいつの仮面は剥がれた!あれが何かは知らねぇが、あの力はもう出せねぇ!!」
「あ、グリムジョー!!」
落ちていく男を、物凄いスピードで追っていく彼に、慌ててついていく。
確かに仮面は剥がれたけど、何が起こるか分からない。
例え足手まといになっても、あんな傷を負っているグリムジョーを放っておけるはずはない。
――でも…何なの…?あの男の、さっきの目……
二人を追いかけながら、先ほど見せた男の驚愕の表情を、私は忘れていなかった。
あれは予想外の攻撃を受けたからというものじゃない。
明らかに、私を見て驚いていた。あの男……仮面の事もそうだけど、一体何者なの?
男だけじゃない。私もさっき、あんなに近くで男の顔を見た時、頭の奥で何かが小さく弾けた気がした。
「――終わりだ、死神!!!」
グリムジョーが斬魄刀を振り上げる。それは男に直撃し、男はそのまま抵抗する事もなく、地上に落ちていった。
「どうやら今の力…随分ムリして使ってたらしいな!仮面外れたら途端に息が上がってんじゃねぇか!」
「……くっ」
「終わりだ、死神。オレも随分喰らっちまったが、結局はてめぇの力じゃオレには勝てねぇって事だ!!」
グリムジョーの一撃が、再び男を襲う。男は激しく吹き飛ばされ、思い切り地面へと叩きつけられた。
ドゴォォン!!という衝突音、そして土煙が上がり、辺りの建物が壊されていく。
「……はっ…はっ…っ」
「どうした?やたらと動きが鈍いじゃねぇか。抵抗する気力も使い果たしたかぁ?」
「て、てめぇ……」
私が地上へ下りた時には、男は地面に手をつき、肩で息をしていた。
が、男の視線が、目の前のグリムジョーではなく、私に向けられ、ドクンと鼓動が跳ねる。
「おい、どこ見てやがる!!」
「…ぐぁぁっ!!」
グリムジョーが男の腹を蹴る。それでも男は私から目を離さない。
まるで何かを確かめるように、ただ真っ直ぐ、私を見ている。
少し寂しげな、影のある眼差し……その瞳に、私の中の何かが反応した。
私は……この瞳を知っている―――
「…!離れてろっつったろが!!」
「……っ」
不意に私の気配に気づいたグリムジョーが、怖い顔で怒鳴った。
でもその声に反応したのは、私だけじゃない。地面に這いつくばっている男もまた、驚いたような顔で私を見ていた。
「お…お前……」
「………ッ?!」
「……………か…?」
「な……っ」
男が私を見て名前を口にした瞬間、グリムジョーが息を呑んだ。
いや、私もまた、驚いて声が出ない。
何で?どうして?そんな問いだけが、ぐるぐると頭を回っている。
理由は分からない。でも、私も…この男を……知っている…?
「な…何でが…グリムジョーと……?その…格好も……お前…破面なのか…?」
「…な…何言ってんの…?私はあんたなんか知らない…!」
男の言葉に戸惑った。明らかにこいつは私の事を知っている。
でも…私の記憶の中に、こんな死神なんて―――
「おい!…!お前、こいつと知り合いなのかよっ?まさか尸魂界で――」
「ち、違う…知らないわよ、こんな死神…!尸魂界でも会った事ないものっ」
「じゃあ何で…」
そう、尸魂界でも会った事なんかない。
この男は死神だとしても、代行をしているだけで、普段は人間だ。
そんな人間が気軽に来れるような場所じゃない。
「―――ッ」
そうだ…前に噂に聞いた事がある…
藍染さまが死を装って身を隠す少し前、尸魂界に現世からの旅禍が侵入した。
その中に、オレンジ色の髪の死覇装をまとった男がいたって…その後、その死神もどきは、尸魂界からの許可を得て、"死神代行"になったらしい。
それがこの男………
じゃあ私はその時、こいつとどこかで……ううん、それはない。
もし会っているならば覚えているはず。それにあの頃は私もまだ流魂街にいた…会ってるはずはない。
でもじゃあ何で……何でこの男は私の名前を知ってるの?どうして私は、この男を知ってるような気がするの…?
「…尸魂界…だと…?…お前…尸魂界にいたのか……?じゃあ…死神…?って、そういや仮面が…ねぇ…」
「やめて!あんた誰よ!何で私の名前知ってるの?!私はあんたなんか――」
「お…前こそ何言ってんだ…?オレだよ…黒崎一護……」
「だから知らないってば!そんな人!」
頭が混乱してきた。グリムジョーも訝しげな顔で私を見ている。
だけど…こんな男、本当に……記憶にない。
「………ッ」
記憶……?記憶にない……私の記憶が曖昧なのは……人間だった頃……でも、まさかそんな事は――
「……オレは……お前の…クラスメートだった…覚えてねぇのかよ……」
「―――ッ」
「お前は……オレのクラスにいた…………だろ…?」
「…クラス……メート…?」
その言葉に頭の奥がビリビリと痺れてくる感覚に襲われた。
ぐるぐると回るような気持ちの悪い感覚。色んな映像が脳の中に流れ込んでくる。
学校……教室……男女の笑い声……あれは…クラスメート…?
「お前は……いつも一人…で屋上に…いた…寂しそうな顔をして――」
「いや…知らない…やめて……」
「…!!」
頭を抱えて崩れ落ちた私を、グリムジョーが抱きしめる。
それでも流れ込んでくる映像が消える事はなく、それが少しづつ鮮明になっていった。
学校、教室、皆の笑い声……私は…あの場所が嫌いだった――でも一人でいる屋上は好きだった。
誰もいない時間に一人、屋上で空を眺める。
どこまでも続く青空を見ていると、いつしか、あの青に溶け込んでしまいたいと思うようになった。
"よぉ。こんなとこで何してんだ?"
その男は気づけば傍にいて、いつも他愛もない言葉で、私に語りかけてくる。
それが煩わしくて、少しだけ嫌だった。
私は一人でいたいのに、そう言う時に限って姿を見せる。
普段から愛想なんかよくないクセに、他人には興味も示さないクセに、何故か私の前に現れる。
そういう時のアイツは、何故かいつも……笑顔だった。
"…お前、あっちには行くなよな"
"あっち?あっちって何?"
"いや……何でもねぇ"
"…何それ。黒崎って前々から思ってたけど……ちょっと変だよね"
"そうかぁ?オレから言わせりゃ、お前も相当、変わりもんだぜ?いつも生気のない顔してるしよ"
"……もうすぐ死ぬからかな"
"笑えねぇ冗談だな、それ"
"冗談か…。だよね"
"ま、でも仮に本気だとしても…その時は、オレが助けるぜ?"
"なんで?"
"何でっておめぇ…。クラスメートだしよ"
"それだけ?意味わかんない"
"うっせぇ。つか、死ぬとか言うな。皆、泣くぞ!井上とか"
"泣かないよ。私がいなくなったって……何も変わらない。また普通の生活にすぐ戻る"
"お前ホント、寂しい事言うな…だから友達出来ねぇんだよ"
"いらないもん。私は一人が好きなの!"
"あっそ。んじゃ邪魔したな…つかチャイム鳴ってるぜ?戻らねーのか?"
"後で戻るよ"
"バーカ。次、あの山崎の授業だぜ?遅刻なんかしたら、ゲンコツ一発だ。おら行くぞ!"
"い、いいよ…"
"いーから!今なら、まだ間に合うって。一緒に戻ろう"
"…………分かったわよ。ホント、黒崎ってウザい"
"ウザいだぁ?てめっ人が親切で言ってやってんのにっ!"
"い、いたたっ痛いってば!グリグリしないでよっ"
"これで脳みそスッキリしたろ。おら、サッサと戻るぞ"
"はいはい…"
"はいは一回!"
"…ウザ…"
あの日……私は授業を受けたんだっけ……?よく、覚えていない…
でもあれは……私がグリムジョーに会う、前の日の出来事……それだけは…よく覚えてる。
あの日の風が、いつもより少しだけ、心地よかった事さえも――
(君が差し伸べる
手の温もりさえも)
BACK
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ちょっと長くなってしまいました;
これもそろそろ原作よりになってきたかなぁ(好きだなお前)
この作品にも、励みになるコメントを頂いております!ホントにありがとう御座います<(_
_)>
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
■深いお話になりそうで・・・今後の展開がとても楽しみです。(大学生)
(何だか少しづつ原作よりになっていく辺り…(;^_^A楽しみだなんて言ってもらえて凄く嬉しいです!)
■グリムジョーの何気ない動作がカッコイイ!(大学生)
(そう言って頂けると嬉しいです〜!(*ノωノ)
■グリムジョー素敵でした!あたしも助けられたいです!(笑)(大学生)
(ありがとう御座います!グリムジョーいいですよね♪)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆