× story.10 鼓動の理由を教えて









静かな廊下に靴音が響く。それは一つ、二つと増えて行った。



「侵入者らしいよ」
「侵入者ァ?!」
「…22号地底路が崩壊したそうだ」
「22号ォ?!また随分と遠くに侵入したもんじゃな!」
「全くだね。一気に玉座の間に侵入してくれたら面白くなったんだけど」
「…………」
「ヒャッハァ!!そりゃいい!!」
「…ウルセーなぁ…。こっちは眠みーんだ。高けぇ声だすなよ…」

それぞれの思惑を口にしながら、一斉に腰を下ろす。長いテーブルには十刃全員が顔を揃えていた。
それが合図だったように正面の扉が開く。そこからは藍染、市丸、東仙の三人がゆっくりと歩いて来た。

「おはよう。十刃諸君……敵襲だ」

藍染は落ち着いた様子でそう言うと、静かに上座へと座った。

「まずは紅茶でも淹れようか」

ニッコリと微笑み、全員の顔を見渡すと、どこからともなく下僕が現れ、皆の前に紅茶の入ったカップを置いていく。

「―――全員に行き渡ったかな?さて……飲みながら聞いてくれ」

頬杖をつきながらそう言うと、藍染はニヤリと笑った。

「要、映像を」
「はい」

藍染の命令で、元九番隊、隊長でもあった東仙要が壁にあるスイッチを入れる。
その瞬間、皆の前のテーブルの上に大きな丸い穴が開き、そこに外の映像が映し出された。
虚夜宮の外部、砂漠を走り抜ける三人の侵入者の姿に、それぞれが見入った。

「侵入者は三名。石田雨竜。茶渡泰虎……黒崎一護」
「――――ッ?!!」

藍染の言葉に、グリムジョーは息を呑んだ。そして改めて映像を見てみる。
確かにそこには見覚えのあるオレンジ色の髪をした死覇装をまとう少年が映っている。

「…コイツガ敵ナノ?」
「何じゃい。敵襲じゃなどと言うからどんな奴かと思うたら、まだ餓鬼じゃァないか」
「ソソられないなぁ。全然」
「………チッ」

十刃の面々は映像に映る少年達を見て、明らかにバカにしたように笑い出した。だがヤミーだけは面白くなさげに顔を背けている。
藍染は十刃の反応を見て、ニヤリと笑みを漏らした。

「侮りは禁物だよ。彼らはかつて"旅禍"と呼ばれ、たった四人で尸魂界に乗り込み、護廷十三隊に戦いを挑んだ人間達だ」
「…四人…?一人足りませんね。残る一人は…?」

藍染の話を聞いて、十刃の一人が訝しげな顔をする。その問いに答えたのはウルキオラだった。

「井上織姫だ」
「仲間を助けに来たってわけかよ。いいんじゃねぇのォ?弱そうだけどな」

ノイトラが楽しげに口を挟む。だが隣にいた女の十刃が冷めた視線をノイトラに向けた。

「聞こえなかったのか?藍染さまは侮るなと仰ったはずだ」
「別にそういう意味で言ったんじゃねーよ。カリカリすんなよ。ビビってんのか?」

目を細め、女を睨むノイトラの顔には明らかに苛立ちが見えていた。そのやり取りを藍染は特に気にする様子もなく見ている。
だが、その時、突然立ち上がった者がいて、皆の視線はその人物へと注がれた。

「どこへ行く。グリムジョー」

東仙が部屋を出て行こうとするグリムジョーに、厳しい目を向ける。

「殺しに行くんだよ。入った虫を叩くのは早いに越したこたねぇだろ?」
「藍染さまのご命令がまだだ。戻れ」
「その藍染さまの為に、アイツラを潰しに行くんだろうがよ」

東仙の言葉に振り向き、グリムジョーが殺気だった目で睨みつける。
そんな二人を、それまで黙っていた藍染は、ふと笑みを零し、静かに口を開いた。

「グリムジョー」
「…………はい…」
「私の為に動いてくれるのは嬉しいが…話が途中だ。今は席に戻ってくれないか?」
「……………」

藍染の言葉にグリムジョーは動かなかった。表情は明らかに不満だと言いたげに目を細めている。
だがその時、藍染がゆっくりと振り向き、冷たい目でグリムジョーを見据えた。


「どうした?――返事が聞こえないぞ。グリムジョー・ジャガー・ジャック」


「―――くっ」


それは突然襲ってきた。見えない力で頭から押さえ込まれるような強烈な霊圧――。
指一本、動かす事が出来ず、グリムジョーはその場に膝を着いた。

「――そうか。解ってくれたようだね」

膝を突き、呼吸を荒く乱しているグリムジョーの姿に、藍染は満足そうな笑みを浮かべて、静かに立ち上がった。

「十刃諸君。見ての通り、敵は三名だ。侮りは不要だが騒ぎ立てる必要もない。各人、自宮に戻り、平時と同じく行動してくれ」

その藍染の言葉を、十刃のメンバーは黙って聞いている。

「おごらず逸らず、ただ座して敵を待てばいい。恐れるな。例え何が起ころうとも、私と共に歩む限り―――我等の前に、敵はない」











その頃、虚圏に侵入した黒崎一護たちは、後を追ってきた朽木ルキア、そして阿散井恋次との再会を果たしていた。

「…ルキア…恋次…」

虚夜営に向かう途中、砂の化け物に襲われそうになった時、突然現れ助けてくれた二人を見て、一護は笑顔になった。

「お前ら、どうして――はぶ…っっ

そう言って二人に近寄った際、ルキアの拳が一護の顎にヒットした。
そして休む間もなく、今度は恋次の拳が頬にヒット。

ぶぉ…っっ!!

その何のためらいもない二人の拳をまともに受け、一護はその場にバッタリと倒れた。

「…無事か?黒崎…」

高校のクラスメートで、一緒に虚圏まで同行してきた石田雨竜が、恐る恐る尋ねる。
が、その瞬間、ルキアが怖い顔で怒鳴った。

「たわけっ!!何故勝手に虚圏へ入った!!何故私が戻るのを待てなかった!」
「だってあのまま戻ってくるかどうかなんてわかんねぇじゃ…」
「必ず戻る!!どんな手を使ってでもだ!!私も!恋次も!最初からそのつもりだった!何故、貴様はそれを待てぬ!何故、貴様はそれを信じられぬ!」

顎をさすりながら顔を上げた一護に思い切り怒鳴ると、ルキアはそっと膝を突いて一護の目を見つめた。

「我々は―――仲間だろう?一護…!」
「……………ッ」

ルキアの一言に、一護もハッとした。そして軽く笑みを浮かべると、

「あァ……そうだな……」
「…フン。解っておればよいのだ。二度とこんな下らぬ事を、私の口から確認させるな。行くぞ!モタモタするな…って、わぁぁっ!!」

一人先を行こうとしたルキアは、そこで初めて目の前の物体を見て悲鳴を上げた。

「なななな何だ貴様たちは!!」
「ぅひゃぁぁっっ。また死神だぁっ悪い奴だぁっ」
「ああ。ルキア…。そいつらさっき会ったんだけどよ。虚夜宮まで案内させてたんだ。まだガキの破面だし」
「な、何?破面…?そ、そう言えば仮面が……」

ルキアは目の前で怯えた顔をして自分を見ている子供の破面を、マジマジと眺めた。
そこに恋次も歩いてくると、「こんなガキまでいんのかよ…」と苦笑いしている。

「貴様…名は何という」
「……ネ、ネルっす…。あっちはペッシェで、こっちがドンドチャッカ…あの大きいのはペットのバワバワだす」
「……変わった連れ合いだな…」

ルキアは後ろの三体を見て、目を細めた。

「どもー☆ネルの兄貴のペッシェです」
「ドンドチャッカでヤンス」
「……い、いい。近寄るな…」

昆虫顔の破面と、巨大な顔の破面を見て、ルキアは顔を引きつらせると、死覇装についた砂を払っている一護を見た。

「あそこに見えているのが奴らのアジトか」
「ああ…そうみてぇだな。まあ、かなりの距離があるから、こいつに乗っていこうぜ」

そう言いながらバワバワの背中に皆で上がっていく。が、ふと一護がルキアの格好を訝しげな顔で見た。

「…そういやお前ら…そのマントどうしたんだ?どっかで拾ったのか?」
「これは……虚圏は砂埃がひどいから持っていけ、と渡されたのだ…」
「誰に?」
「……………」

薄っすら頬を染めて顔を反らしているルキアに、一護が振り返る。
するとルキアは更に頬を赤く染め、視線を左右に泳がすと、一言、小さな声で、「兄さまに…」と呟いた。
それには一護、そして雨竜や茶渡までが、"ムンクの叫び"状態になった(!)。

「じゃ…じゃあお前らをコッチに送ったのって白哉かよっ?!!」
黒腔ガルガンタを開いてくれたのは浦原さんだけどな。現世に来れたのは隊長のお陰だ」

恋次の説明に、一護の額から変な汗が流れる。知っている限り、ルキアの義兄である朽木白哉はそんなタイプじゃない。
その気持ちを察したかのように、ルキアは軽く目を伏せた。


「兄さまは……"私が受けたのはお前達を連れ戻せという命だけだ。連れ戻した後どうしろという命までは受けていない。好きにするがいい"――と…」
「うおおおぉぉ………」

聞けば聞くほど寒気(!)の走る話に、一護はアルマゲドンじゃなかろうか、とふと思う。(でもルキアの前では言えない)

「へ、へぇ…そっか…。あの白哉がなぁ……ズイブン丸くなったもんだ――」
「それから。"あんな薄汚い小僧に一人でウロつかれても虚圏側も不愉快だろう…"と」
「――――ッ!!(野郎!!!)」

そのメッセージに一護は怒りに任せ、拳を叩きつける。が、そこはバワバワの背中であり、「バワゥっ?」と変な悲鳴が上がった。

「それにしても……こやつ等を信用していいのか?一体何者なのだ」

ルキアはさっきから興味津々な顔で自分達を見ている、三体の破面を睨んだ。

「な、何者だとは失礼な!それにネルたつは一護と友達になったっスよ!すんよう出来るっス!!」
「わ、解ったから、あまり近づくな……せっかく兄さまにもらったマントが汚れる」

唾をぺっぺと飛ばしてくるネルに、ルキアは顔が引きつった。が、その時、後ろでボーっと景色を眺めている恋次に気づき、「どうした?恋次」と声をかけた。
その声に一護、そして雨竜たちも気づき、視線を向ける。声をかけられた当の本人は皆の視線を一斉に浴び、一瞬戸惑うように苦笑いを浮かべた。

「いや…ここが虚圏かと思ってただけだ」
「恋次……」
「…何もねぇ…ただ砂漠が広がってるだけの、寂しい場所だよな」

恋次の言葉にルキア、そして一護も、目の前に広がる景色を眺める。そこにあるのは果てしなく続く砂漠と、枯れた木々だけ。
空にはただ、細い三日月が、まるでオブジェのように浮かんでいる。

「あいつ…ホントにこんな場所にいんのかよ…」

ポツリと呟いた恋次の言葉に、ルキアと一護はハッとしたように顔を上げる。
恋次の言いたい事は、二人も痛いくらいに解っているからだ。

「恋次……お前が今回、尸魂界の命令に背いてまでも、ここに来たのは…あいつの為か?」
「……………」
「……お前の後輩…だったんだってな。尸魂界では…」
「ああ……」

一護を見ようともしないまま、恋次は小さく呟いた。その横顔はどこか寂しげに見えて、ルキアが心配そうに恋次を見つめている。
一護も後からルキアに全てを聞いた。が裏切り者として処刑されそうになった事、そして恋次との関係…
ルキアも現世でに再会するまで、彼女が恋次から聞いていた"裏切り者"だと知らなかったのだ。
まさか自分が人間に化けて通っていた時の高校のクラスメートが、尸魂界に来て、しかも敵と通じたなどと、信じられるわけもない。
皆、それぞれと繋がりがあると知って、ルキアは不思議な思いを抱いていた。

は…なかなか優秀だったんだぜ?オレなんかより全然鬼道も上手かった…まあ…剣の腕はいまいちだったけどよ」
「そうか…。何か変な気分だな。あいつが死神の学校に通ってたなんて……あいつ、尸魂界では元気だったか?」
「ああ。まあ……周りの奴となかなか馴染めなくて、いつも退屈そうな顔はしてたけどな。だから余計に気にかけてたんだが…」
「…そっか。あいつ、尸魂界行っても同じだったんだな。オレもあいつが本気で笑った顔なんか見たことなかったし」

一護と恋次は、互いに知るの記憶を思い出しながら、苦笑いを零した。
それを聞きながら、雨竜や茶渡も、同じような顔をしている。

「…オレはあいつを…救えなかった」
「恋次……」
「いや…救うどころか、あいつが処刑されそうになっているのに、何も出来なかった…」
「恋次!お前は悪くない!あやつが尸魂界の掟を破ったのだ」

ルキアは恋次の肩を掴み、真剣な顔で言う。それでも恋次は静かに首を振り、その手をそっと外した。

「死神としては合格でも……男として…失格だ」
が自ら望んだ事だったのだ。虚圏に来る事も…あの破面を選んだのも…全てあやつの意思だ」
「……ルキア…」

の意思…そう言われて、恋次は軽く目を伏せた。何も出来なかった自分への歯がゆさと、何故が破面などと通じたのか。
色んな思いが交差する。その時、一護が小さく苦笑いを零した。

「でも…オレも恋次の気持ち、分かるぜ」
「一護…!」

その言葉に、ルキアが厳しい顔をする。

「ルキアだって覚えてるだろ?いつも学校で一人でいたあいつの事」
「…ああ。時間は短いが同じ教室で同じ時間を過ごしてたのだ。私も少し気にはなっていた」
「あいつ…昔のオレと少し似てたんだ。自分にバリアを張って、誰も近づく事を許さないって顔してさ…だから放っておけなかった」
「でもは……自らの命を絶ったのだ…それすら罪は深い…我々ばかりじゃなく、あやつは自分の事も裏切ったのだ」

ルキアの言葉は重く、その場に居る皆の上に圧し掛かるようだった。
だがその時、ふと一護が明るい声で言った。

「でもよ…。あいつ、この前会った時、すげぇ明るくなってたんだよな」
「一護…」
「何つーか…あの顔見たら、あいつが望む所へ行けて良かったんじゃないかって、そう思えた」
「…莫迦を言うな!死神が破面と行動を共にするなんて許されることではない。それでは藍染たちと同じだ」

ルキアは拳を固め、一護を睨みつける。それでも一護は笑顔で首を振った。

「藍染とあいつは違う。求めてるものが違うんだ。同じであるわけねーよ」
「一護…」
「それに…ちゃんと話してみねーと解んねーしよ。井上の事だってそうだろ?ま、オレは井上が自分から虚圏に来たなんて信じちゃねーけどな」

明るく笑う一護に、ルキアも、そして恋次や雨竜たちも、やっと笑顔を見せる。

「とにかく…ここまで来たんだ。後は…井上とを探す事に集中しようぜ」
「……貴様。やはり井上だけではなく、の事もあって、虚圏に来たのだな」
の事がなくたって来たさ。でも…あいつともう一度会って話がしてみてぇ。――恋次も同じ気持ちだろ?」
「……ああ。あいつはオレが目をかけてた大事な後輩だからな…。破面なんかにゃ渡せねぇ」

キッパリと言い切る恋次に、一護もニヤっと笑う。が、ルキアだけはジっと目を細めて恋次を見ていた。

「な、何だよ、その目は…」
「別に〜?ただ大事な後輩…というところが引っかかっただけだ」
「な、何が言いてぇんだっルキア!」
「いや何…以前からよく話に出ていたから、私はてっきり、恋次の想い人なのかと思っていたのだ。それに今の台詞じゃ破面というより、あの男に彼女を渡したくないと聞こえるが―――」
「あぁぁっ?!何だそりゃ!!んなわけねぇーだろ!!」

ルキアの突っ込みに、恋次の顔が真っ赤になって、それを見ていた一護や雨竜たちも思わずギョっとする。
そしてすぐにそれはニヤリとした怪しい笑みに代わり、茹蛸のようになった恋次の顔を皆で覗きこんだ。

「へぇ…そうか。知らなかったな。君がくんにそんな想いを抱いてたなんて。普段あまり女の気配もしなかったし―――」
「だよなぁ?まあは黙ってりゃ結構可愛い方だったしなぁ。そういや入学当初はクラスの男連中も騒いでたっけ」
「田中だろう。オレは振られた現場を目撃した事がある」

雨竜、一護の言葉に、ついには茶渡までが加わり、ニヤニヤした顔で恋次を見てくる。
ついに耳まで赤くなった恋次は、怒ったように立ち上がった。

「な、何なんだてめぇら!オレをからかって楽しんでんのかぁ?!!」
「そんなに怒るな。別に恥ずかしい事ではないだろう?孤独な影を背負った可愛い後輩に、恋心を抱く事は」
「抱いてねぇ!!!」

ルキアの冷静な突っ込みに、恋次は肩を震わせて怒鳴った。普段こんな顔を見る事がないからか、皆は楽しんでいるようだ。
その時、話の分からないネルが、恐る恐る、その輪の中に入って来た。

「話中のとこ申ス分けねっスが、そろそろ虚夜宮に到着するっス」
「……お!!ホントだな!サッサと行くぞ、おらぁ!!」

ネルが助け舟になったのか、恋次は大げさに声を張り上げると、一人先に飛び降りて、虚夜宮の方へ一目散にかけていく。
一護たちはそれを唖然として見ていたが、互いに顔を見合わせ、一斉に笑い出した。

「ぶははっ恋次の奴、すげぇ焦ってら。こりゃルキアの勘が当たったんじゃねぇのか?」
「恋次は昔から単純な奴だからな。ちょっと突付けば、すぐにボロが出る。だいたい恋次の口から女の話を聞くこと事態、初めてだったからピンときたのだ」
「確かに彼ほど単純なら、さんの雰囲気に惹かれてしまうかもね。どこか守ってあげたくなるような儚げなとこがあったし――」
「お?何だよ、石田までのこと―――」
「ッバ、バカ言うな!僕はただ、彼女がいつも一人でいるから…!って、そういう黒崎だって、いつも彼女にちょっかいかけてウザがられてたじゃないかっ」
「ウザがられてたは余計だ、コラ!オレはあいつが皆の輪に入れるようにだな―――」
「……あ、あの……到着したっスけど……」

顔をくっつけ合って言い合いをしている一護と雨竜に、ネルがまたもや恐々と声をかける。
その様子を見ながら、ルキアは呆れたように溜息をつくと、もう一人、困っていた茶渡と二人、先に下へと飛び降りた。

「おい行くぞ、二人とも!急がないと敵が現れるかもしれない」
「お、おう!」
「わ、解ってる!」

一護と雨竜は一旦ケンカを止めると、急いで地面へ飛び降りた。
それに続いて、ネルたちも慌てて降りてくる。
その時、先に下りたはずの恋次が、ゼェハァ言いながら走ってきた(!)

「お、お前ら……」
「恋次……何だ、今来たのか?先についてるかと思ったぞ」
「…無駄に体力使ったな、恋次」
「う…うるせぇ!!何がもう少し、だ!めちゃくちゃ遠いじゃねぇか……」

皆に追いついた恋次はその場に倒れこむと、呼吸を整えるように深呼吸をした。

「よく頑張ったっス、バワバワ、!よく頑張った!」

ネルはそう言いながら、ゼェハァ息をしているペットのバワバワを撫でてあげている。
それを見て一護はネルの方に歩いて行くと、「送ってくれてサンキュな」とネルの頭をグリグリと撫でた。

「一護…ホントに行くっスか…?」
「ああ……助けなくちゃならねぇ仲間と…会わなくちゃならねぇ友達がいるからな」
「…そうっスかぁ……その人たつは同じ人間っスか?」
「ああ。一人はな。もう一人は元人間で今は死神らしい」
「死神……男っスか?女っスか?」
「あ?ああ…女だけど…なんでだ?」

一護の言葉にネルが「あ」という顔をして、ペッシェたちの方に振り返っている。

「その死神というのは…先ほど我々が出会った可愛い女の子ではないのか?」
「あ?会ったって…」
「そうっス!ネルたつは、さっきあの辺で可愛い女の子とバッタリ会って、そすたらバワバワが追いかけちまってその子は―――」
「ちょ、ちょっと待てネル!もっと整理してから話せっ!ついでに息継ぎしろ!呼吸困難で死ぬぞお前」

息もつかずに一気にしゃべりまくったネルは酸欠になったのか、青い顔でゲホゲホと咽ている。
その背中を擦りながら、一護はもう一度、ネルに尋ねた。

「で、お前が会った女って…どんな奴だ?」
「えっとぉ…破面の服着て、それもこーんなミニスカートはいてるから、ペッシェが覗こうとしたんスよ。でもネルがそれを止めて―――」
「ああ、そうか……っておぉlい!!オレはそんな事聞いてんじゃなくてだなぁ!」
「あ、そんで黒くて長い髪が綺麗だから羨ましいなぁって思ったっス。ネルも黒髪だったら、あんな風に伸ばすて―――」
「ああ〜もういい!解った!」

どんどん脱線していくネルの話に、一護は頭をかきながら、まだ話そうとしているネルの口を塞いだ(!)
そして振り返ると、他の皆も今の話でだいたいの事は分かったのか、小さく頷いている。

「黒くて長い髪……死神…ってトコでに間違いないな。まあミニスカートってのもこの前、会った時の格好とも一致してる」
「やっぱアイツ、ここにいるんだな…」

恋次はそう呟くと、目の前の大きな白い壁を見上げた。遠くからでも、あれほど大きく見えたのだ。
実際、この近さで見ると、建物の全貌はまるきり見えない。

「しかしこの壁……どうしたものか…どうやら殺気石ではないようだが…」
「殺気石じゃねーんなら力ずくでイケるって訳だ……行くぜ、恋次!」
「仕切ってんじゃねぇーよボケ!」

そう言いないながら互いの斬魄刀を抜く。それを見て、ルキアは一歩、後ろへと下がった。
思い切り振り上げられた二つの斬魄刀が、巨大な壁をぶち抜く。ドゴォォンっという派手な音が響き、砂埃が舞い上がった。

「…貫通したか?」
「らしいな。風が抜けてる」

自分達のあけた穴を覗き込みながら、慎重に中へと足を踏み入れる。中は薄暗く、視界が悪い。
その時、後ろで全てを見ていたネルがガタガタと震えだした。

「な……なんて事するっスか!門なら向こうに三日ほど歩いたトコにあるスよ!!」
「アホ。友達ん家じゃねーんだぞ。正面から入って行けるわけねーだろ」
「三日も歩くほど暇じゃねーしな」

一護と恋次の言葉に、ネルは言葉に詰まった。その様子に気づいた一護は、そっとネルの頭を撫でると、

「…ネル…。アリガトな。ここまで連れて来てくれて。これ以上関わると、お前らまで裏切り者にされちまう……お別れだ」
「い、一護…」
「じゃあな!」

すでに全員、穴の中に入ったのを確認し、ネルに向かって手を上げる。そして一気に奥まで走って行った。
だがそれを見送っていたネルは慌てたように走り出し、前を行く一護たちを追いかける。

「ま、待つっス!!」
「ああっネル!!」

一護たちを追いかけて虚夜宮に入っていくネルを見て、ペッシェとドンドチャッカも慌てて追いかけた。


「ネルたつはもうルヌガンガ様に見つかった時点で裏切り者っス!いや…もしかスたらそれよりずっと前から、藍染さまはお見通しだったかもスれねっス!
藍染さまはそれを決してお許しにならねぇお方っス!もし藍染さまがお許しになっても十刃のヒトたつがお許しにならねっス!!
連れてってくんなきゃネルたつはここで殺されるだけっス!連れてってくんなきゃ…連れて…っ泣くっスよ〜!ぶえぇぇぇっ!!!!」


「…………………」


後ろで豪快に泣き出したネルに、一護は思い切り半目になり足を止めた。
前を行く皆も、その騒ぎに何事かと足を止め、振り返っている。


「い…一護のアホ〜!!ハゲ〜〜!!うんこたれぇ〜〜!!」


「わ、分かった!分かったから泣くな!!」


「インポ〜〜!!」


「イ…インポじゃねぇ!!」


「…大声で何を叫んでおるのだ」


一護の悲痛な叫びに、ルキアが冷静に突っ込む。だがネルの攻撃(?)はやむ事はなく…


「一護の童貞〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」

「うるせぇッつってんだっっっ!!!!!(赤面)」


「何だ、あいつ…童貞だったのか……」
「阿散井くん………そんな真顔で言わなくても…」


石田の突っ込みに、全てを聞いていた恋次は笑いを噛み殺している。
そして渋々ネルを連れて真っ赤な顔で戻ってきた一護にニヤリと笑うと、徐に肩を組んだ。

「一護…お前童貞だっ―――」
「それ以上言うと殺ス……」

恐ろしいほどの殺気を感じ、恋次は顔を引きつらせながらパッと手を離した。

「サッサと行くぞ!!いつ敵が来るか分かんねーしな!!」

一人プリプリと怒りながら先を行く一護に、後ろの皆はやっぱり笑っていた…


「しっかし分厚い壁だな…いつまで続くんだよ…暗くて何も見えやしねー」

左右の壁を見渡しながら、一護がぼやく。すると恋次は得意げな顔で、

「ふっ…しょうがねぇな……オレに任せとけ!」
「何だよ…何か手があんのか?」
「黙って見てな!ちょっとヒネれば鬼道だってこんな使い方も出来るんだぜ?」

恋次はニヤリと笑い、両手を使って円を作った。

「破道の三十一!赤火砲!!」

その瞬間、バフッっという音と共に、一瞬辺りが明るくなった。
が、次第にそれは小さくなっていき、皆の視線は恋次の手元へと向けられる。

「へぇ。随分、小さい明かりだな。君がそんなに控えめな奴だとは思わなかったよ」
「………………」

眼鏡を指で直しながら、真顔で言う雨竜の言葉に、恋次の顔が赤く染まり、半目になった。

「たわけっ!下手なくせに格好つけて詠唱破棄なんぞするからだ!だいたい後輩に負けてる時点で情けないっ」
「………………」

続いてルキアからも手厳しい言葉がぶつけられ、ますます顔が赤くなっていく。

「…気にすんな。赤い髪で明るさはフォローできるって。ホラ、よく言うじゃねぇーか。トナカイさんが真っ赤なお鼻で―――」
「うるせぇよっ!!」

一護の嫌味なフォローに、とうとう恋次がキレた。
だが、その瞬間、洞窟のようだった壁が変化し、綺麗な通路が現れ、皆は足を止めた。

「……抜けたみたいだね」
「…やはり、ここも暗いな…」

雨竜と茶渡は辺りを見渡しながら、慎重に前へと進んでいく。
そして恋次は自分の掌で小さく光っている炎では全く役に立ってない事に気づき、軽くへコんだ。

「…ここは…」

そのまま更に奥へ歩いて行くと、急に明るい部屋へ出た。

「…分かれ道か…」
「面倒なところに出ちまったな…」

通路が5箇所ほどに分かれているのを見て、溜息をつく。だが一護だけは通路の奥から感じる"力"に気づき、無言のまま振り返った。

「ネル…やっぱりお前らとはこの辺でお別れみてぇだ……」
「一護…?」
「…こっから先の霊圧は…お前らが耐えられる重さじゃなさそうだ……」
「……っ」

一護の言葉に、ネルはぎゅっと服を握り締める。

「…道は五つ…」
「しらみつぶしに端から当たっていくしかないか…」

雨竜は通路を見渡してそう言った。一護もそうだな、と頷く。
だがルキアだけは軽く首を振ると、「…いや…」と、皆の方に歩いていった。

「五人同時に、別々の道を行こう」
「…それは…」

さすがに雨竜も躊躇する。一護も驚いたように振り返ると、「何言ってんだっ」と怒鳴った。

「相手は十刃だぞ?!全員一緒に動いた方がいいに決まってんだろ!向こうだって一人で来るとは限らねーんだ!コッチがバラバラになったら―――」
「…止めとけ」
「恋次…!」

静かに腕を掴む恋次に、一護はハッと振り返った。

「戦場での命の気遣いは…戦士にとって侮辱だぜ」
「…………ッ」

恋次の言葉に、ルキアも頷くと、一護を見つめた。

「全員で動く…か。お前は私の身を案じてそう言ってるのだろうが…らしくない台詞だ、一護」
「…ルキア」
「言ったはずだ。"私の身など案ずるな"と。私は貴様に護られる為に、ここへ来たわけではない」
「………ッ」

ルキアの厳しい言葉に、一護は言葉に詰まっていたが、深く息を吐き出すと静かに頷いた。

「…分かったよ…五人別々の道を行こう」

一護の言葉に、雨竜と茶渡も納得したように息を吐いた。
その様子に、恋次は軽く深呼吸をすると、「よおし」と一歩、前に出る。

「そんじゃ出発前に一つ、まじないをやっとこう」
「まじない?」
「おう。大きな決戦の前にやる、護廷十三隊、伝統の儀式みてーなモンだ。今じゃ廃れちまってやってる隊なんて殆どねぇが、今こういう時にやるモンだろうと思ったんだよ」

恋次はそう言うと、自分の手を前へと差し出した。

「オラ!手ぇ重ねろ!…つかイヤそーにすんな!!オレだってイヤだ!!」

嫌そうに目を細める一護に向かって怒鳴ると、恋次は気持ちを切り替え、静かに息を吸い込んだ。五人の手は全て重なっている。


「我等!今こそ決戦の地へ!信じろ!我等の刃は砕けぬ!信じろ!我等の心は折れぬ!たとえ歩みは離れても!鉄のこころは共に在る!
誓え!我等、地が裂けようとも!再び生きて―――この場所へ!!」











「あ、グリムジョー!」

部屋に戻ってきたグリムジョーを見て、は思わず走り寄った。
「オレが戻るまで、絶対に部屋から出るな」、と言われていたせいもあり、大人しく彼が戻ってくるのを待っていたのだ。

「…藍染さまは何だって?」

仏頂面でソファへ座るグリムジョーを見て、も隣に座ると心配そうに尋ねた。

「別に。侵入者が来るまで大人しく待機、だとよ。ケッ!呑気なこったぜ」

グリムジョーは面白くないというように舌打ちしながら横になる。そして突然の膝の上に頭を乗せた。
それにはも驚いて、グリムジョーの顔を覗きこむ。

「ど、どうしたの?」
「あ?何が」
「何がって…その……お、重たいんだけど……」
「あぁ?!お前は居候なんだから少しくらい役に立て」
「な、何よそれ…そ、そりゃ居候ってのは当たってるけど―――」

グリムジョーの言い草に、も僅かに唇を尖らせる。
そんなを下から見上げると、グリムジョーは苦笑いしながらゆっくりと目を閉じた。

「…こうしてると落ち着くんだよ…。少し我慢しろ」
「………お、落ち着くって…」

その言葉に何となく頬が赤くなる。同時に膝にはグリムジョーの体温と重みを感じ、鼓動が勝手に早くなっていく。
男の人に膝枕をした事なんて初めてで、はどんな顔をしていいのか分からなかった。
今日まで特にグリムジョーを意識してきたわけじゃない。でも、こんな風に無防備に密着されれば、少しは意識もしてしまう。
所在なげに両手をソファに置くと、は石のように固まりつつ、上からそっとグリムジョーの顔を見下ろした。
こうして見ると、本当に綺麗な顔立ちをしている。
いつもは眉間に皺を寄せてばかりいるから、分かりにくいが、切れ長の目を瞑ると、睫が長くて羨ましいくらいに綺麗だと思った。

(髪…目にかかって邪魔そうだな…)

ふと、そこに気づき、は右手をそっと動かして、グリムジョーの髪に触れようとした。
が、その瞬間、「なあ」と声をかけられ、慌てて手を引っ込める。

「な、何?」

鼓動が一気に早くなり、ドキドキとうるさいながら、なるべく普通に聞き返す。
グリムジョーは目を瞑ったまま、息を吐くと、静かに口を開いた。

「さっき言いそびれたが……お前、あの女のところに行く途中でウルキオラとノイトラに会っただろ」
「え?あ、ああ……うん」
「ノイトラの奴が何故あの辺をウロついてたのかは何となく分かるが……ウルキオラは何でお前のとこに行ったんだ?」
「ああ…」

その問いにふと机の上に置いたままの本へ視線を向ける。先ほどウルキオラから受け取ったものだ。

「私が読みたかった本をね。彼が借りてたの。で、読み終わったからって持ってきてくれて」
「……本?ああ…あれか…」

そこで僅かに目を開けると、グリムジョーは読みかけの本を見て苦笑した。

「で…ウルキオラの奴があれをお前に持ってきたのか…わざわざ?」
「あ、書室の係りのヒトにメモ頼んでおいたの。読み終わったら私のとこへ持ってきて下さいって」
「…ふん…それで来たってわけか…ウルキオラも案外、暇なんだな」

グリムジョーは面白くなさげに呟くと、再び目を瞑った。
話した事で一瞬、気が紛れたが、再び静かになると、何とも気まずい。
黙って目を瞑っているグリムジョーを見下ろし、はどうしたものかと思いながら、居心地の悪さを誤魔化すようにモゾモゾと腰を動かす。

「…おい…あんま動くな。寝れねーだろ」
「…ちょ…ここで寝る気?寝るならベッドで寝てよ」
「ゴチャゴチャうるせぇなぁ…。いいだろ別に…」
「よ、よくないよ…足だって痺れるし、グリムジョーってば自分の体重知らないでしょ。結構、重たいんだから」
「あ?てめぇ、オレが太ってるって言いてぇのかっ?」
「そ、そうじゃなくて…グリムジョーは体も大きいし筋肉質だから―――」
「乗っけてんのは頭だけだろ?」
「あ、頭だって重たいのよ。どうせグリムジョーの事だから脳みそも筋肉で出来てるんじゃないの?」
「ああ?んだとコラ!」

の言い草に、グリムジョーもさすがに頭に来たのか、突然目を開けて僅かに上半身を起こした。
だがが下から彼を見ていた為、体を起こした事によって互いの顔が思い切り近いところに来た。
しかも至近距離で目が合い、は自分の鼓動が跳ねたのが分かった。

「な…何だよその顔…」
「な、何が?」
「何がって……」

かなりの至近距離で目が合い、さすがのグリムジョーも多少は動揺している。
あげく本人は気づいていないが、の頬が真っ赤に染まっていて、グリムジョーは困ったように頭をガシガシとかいた。

「…んな顔されると変な気起こすだろーが…」
「え?何?」
「…何でもねぇ!お前の顔がブスになってるっつったんだよ!」
「な、何よそれ!」

それにはムっと口を尖らせると、思い切りグリムジョーの体を押しのけた。

「ってぇな!」
「だって邪魔なんだもん。私は本の続きを読むんだから、寝るならベッドで寝てくださいっ」

テーブルの上に置いてある本を取ってプイっと顔を反らすに、グリムジョーもムッと目を細める。

「だったらお前もベッドで本読めばいーだろが」
「は?」
「オラ、来いよ。オレは寝るからてめぇは勝手に読書でもしてろ」

そう言って立ち上がると、グリムジョーはの腕を無理やり引っ張った。
どうしても膝枕で寝るつもりらしい。

「や、やだってば!本気で寝られたら足が痺れちゃうーっ」
「知るか!高さがちょうど良くて寝やすいんだよ。いいから座れ」

がどれだけ抵抗しようと、グリムジョーにかかっては軽い体も軽々抱えられてしまう。
そのままベッドに放り投げられ、は慌てて捲れたスカートを手で直した。

「お前のパンツ見たって勃つモンも勃たねーよ」
「な…っ」

失礼な言い草に顔が赤くなる。だが言った本人は当たり前のように再びの膝の上に頭を乗せた。
その様子に、逆らっても無駄だと悟ったは、溜息交じりで項垂れる。

「…ちょ、ちょっと…あんまり動かないでよ」
「あ?一番、寝心地いい場所探してんだよ」
「ちょ…くすぐったいってば…」

モゾモゾと頭を動かされ、その度にグリムジョーの髪が太腿に触れる。その感触に、何故か恥ずかしくなってきた。
そもそも藍染にもらった服はスカートがかなり短く、膝枕をするには、どうしても直接、肌に触れてしまうのだ。

「…おい…動くなって」
「だ、だって、くすぐったいし…」
「あんま動くとパンツ見えるぜ?」
「う…み、見ないでよっ」

楽しげにからかってくるグリムジョーに、も顔が赤くなる。
確かに今、グリムジョーは上を向いているが、お腹の方に向かれれば、スカートがめくれてしまいそうなのだ。

「こんな短いのはいてるからだ」
「だ、だって藍染さまがくれたんだもの…」
「チッ…あいつも案外ムッツリかもな…」

そんな失礼な事を言いながら、グリムジョーは苦笑いを零し、小さく欠伸を噛み殺した。
何だかんだ言って本当に眠たいらしい。

「…ホントに寝るの…?」
「あ?起きてたってする事ねぇだろ」
「……グリムジョーも本、読めば?」
「…んなモン、だるくて読めるか。ウルキオラの気が知れねぇ」
「面白いのに……。あ、この本、人間の頃も読んでて――」

そう言いかけた時、不意に黒崎の事が頭を過ぎり、言葉を切った。
その様子に気づいたのか、グリムジョーも黙ってを見上げている。
彼の前で過去の話はまずかったかな、とは少しだけ後悔した。

「……えっと……何でもない」

そう言って笑顔で誤魔化す。だがグリムジョーは黙ってを見つめると、小さく息を吐き出した。

「……気づいてんだろ?」
「え…?」
「ここに侵入した奴らが誰なのか、だよ」
「…………ッ」

その言葉に、小さく息を呑むと、グリムジョーは軽く笑った。

「やっぱな…」
「で、でも別に気にしてないよ…?黒崎はあの子を助けに来ただけだと思うし…」
「だろうな…。でも……奴はもしかしたらお前の事も探してるんじゃねぇのか?」
「……ま、まさか…。私が浚われたんじゃない事はアイツも知ってるし…。それに人間の頃の顔見知りってだけだから」
「そのわりに……アイツの事はすぐに思い出したじゃねぇか」

それが面白くないというような顔で、グリムジョーは目を細めた。

「それは……顔見た瞬間、何かが弾けるように一気に色んな映像が見えて…そしたら目の前にいた黒崎と重なって…」

弱々しくなっていくの声を、グリムジョーは黙って聞いていた。何故か胸の奥が軋むように、静かな怒りが込み上げてくる。
でもそれは目の前にいるへのものじゃない事だけは、グリムジョーにも分かっていた。

「…もし…またアイツに会ったらどうすんだよ」
「…どうって…別にどうもしないよ?それに今は敵でしょ?」
「…本当にそう思ってんのか?」
「…お、思ってるもん。藍染さまがこれから何をしようとしてるのか分からないけど…でもグリムジョーの敵は………私の敵だから」

はそう言うとそっとグリムジョーの髪に触れた。髪に指を通され、グリムジョーも気持ち良さそうに目を瞑る。

「私、グリムジョーと一緒にここへ来た事、後悔してない。毎日刺激があって楽しいし…シャウロンやディ・ロイとか、友達も出来たから」
「……あいつらが友達かよ」

嬉しそうに微笑むから視線を反らすと、グリムジョーは苦笑いを零した。
はそんなグリムジョーを見て笑いながら、彼の目にかかった前髪を指で払う。

「皆といると自然に笑えるの。それだけでも私にしたら凄い進歩なんだ」
「……………」

その言葉に、グリムジョーは静かに目を閉じた。それは自分も同じなんだと、ふと心の中で思う。
戦いに明け暮れてばかりいた自分に、そんな部分があったなんて、と自分でも驚くが、それは事実なのだから仕方ない。

(オレはコイツといると………楽しいんだ…)

命をかけた戦い以外で、そう思えるのは初めてだった。

「オレはこの先…アイツと戦う時が必ず来る…。お前は…それを見てられるか?」
「…え…?」
「あの人間の女だけじゃなく……お前をも連れて行こうとしたら、オレは迷わずアイツを殺すぜ?」

さり気なく紡がれたグリムジョーのその一言に、は息を呑んだ。その言葉が本気なのだと本能で感じ取ったのだ。
それは破面として生を受けたグリムジョーの、初めての"執着"だった。
女だとか、死神だとか、そんな形に縛られず、ただその存在だけを欲している。まるでそれは宝物のように。

「…私は……グリムジョーの役に立ってるのかな……」

自分が自分以外の存在に、求められてると感じ、は胸が熱くなるのを感じた。

「…たってるだろ。今だって」
「ひ、膝枕の事じゃないもん」

グリムジョーのとぼけた答えに、は思わず彼の肩を叩いた。
グリムジョーは苦笑しながらも寝返りを打つと、の腰を強く抱きしめる。

「ちょ、ちょっと―――」

いきなりグリムジョーの顔がお腹の方を向いてドキっとした。
思わず立ち上がろうと腰を浮かしたが、そこに腕が巻きついていて動けない。
いくら何でもこの体勢は恥ずかしい、とはグリムジョーの肩を軽く押した。

「…あ、あの―――」
「…細せぇな……」
「…え?」
「…力入れたら折れちまいそうだ」
「い、入れないでね…」
「…バカか。んな事でお前を壊すかよ…」

不安げに言うに苦笑しながら呟くと、グリムジョーはのお腹に顔を埋めた。それには「ひゃっ」と変な声が出る。

「ちょ、ちょっとグリムジョー」
「……ぁ?」
「う、動けないってば……」
「……動かなきゃ…いいだろが…」

グリムジョーの声は掠れていて、半分、寝かかっているように見えた。それにはも本気で焦ってくる。
この体勢で寝られては読書をするにも、気になって仕方がない。それに若干、足も痺れてきた。

「…ちょ、ちょっと…」
「……あった…けぇな……」
「え……?」
「…女の身体って……こんな…温かかったか…?」
「グリムジョー?」

小さな声で話すグリムジョーに、は耳を近づけた。が、その時、腰を抱きしめていた手がゆっくりと動き、ドキっとする。
グリムジョーの手がの身体の線をなぞるようにしながら、次第に下へとおりて、お尻の膨らみを撫でていく。

「きゃ、ちょ、どこ触って……っ」
「………柔らけぇ…」
「ひゃっ」

寝ぼけているのか、それとも確信犯か、グリムジョーはボソっと呟くと、お尻を撫でていた手をスカートの中へと入れてきた。
これにはもギョっとする。

「ちょっと!どこに手入れてるのよっ」
「……う…るせぇ……」
「きゃ…ひゃっ」

グリムジョーの手が動くたび、変な悲鳴が上がる。下着越しにお尻を撫でられる感触に、顔が真っ赤になった。
グリムジョーは半分眠ったまま、甘えるようにを抱きしめている。

「ちょ、寝ぼけてるの?やだってばっ」
「……うっせぇ…って…」

眠れそうなのによ…と呟きながら、グリムジョーは更にの腰を抱きしめる。

「ちょっと…私は抱き枕じゃないんだから…っ…ひゃっ」

文句を言いかけたその時、グリムジョーの指が下着の中へ吸い込まれていくのを感じ、ビクっと身体が跳ねた。
直接お尻を撫でるその感触に、耳まで真っ赤になる。

「コ、コラ!触らないでよっエッチっ」

溜まらず思い切りグリムジョーの頭をグーで殴る。
それにはさすがに目が覚めたのか、「ぃってぇ…」というボヤきがかすかに聞こえた。
最初からこうしておけば良かったと思いながら、は懇親の力を込めて、グリムジョーをお腹から引き剥がした。

「ちょっと起きてよっこのスケベっ」
「……あぁ?ってぇなぁ……今、オレの頭殴ったろ……」

の怒鳴り声に顔を顰めながら、グリムジョーは薄っすらと目を開けた。
だが腰を抱いている腕を離すことはなく、ずるずると膝の上に頭を移動させただけだ。

「当たり前でしょっ私のお尻触っといて…っ」
「…あ?尻だぁ……?」

眉間に皺を寄せながら、グリムジョーは煩わしげに顔を動かした。そのせいで短いスカートが捲れ上がり、白い太腿が露になる。

「お…」
「ぎゃっ!お、じゃないっ!もうどいてってば…っ」

目の前に太腿が来て、反応しているグリムジョーには真っ赤になった。どうでもいいから、この体勢をどうにかしたい。
そんなの気持ちに気づかず、グリムジョーは小さく欠伸をすると、頭をガシガシとかいて、僅かに身体を起こした。
そして未だの腰を抱いている自分の腕を見て、僅かに目を細めている。

「…チッ…」
「え?」
「………勃っちまったじゃねぇか…」
「――――ッ?!!」

スカートの中に自分の手がある事に気づいたグリムジョーは、そう呟くと深く溜息をついている。
それにはも真っ赤になって口をパクパクさせた。(怒鳴りたいが怒りと恥ずかしさで言葉にならない)

「ふぁぁぁあ…。何か柔らけぇもん触ってて眠れそうだったのに……ギャンギャンうるせぇし完全に目ぇ冷めちまった…」
「な…なに…っっ」
「って事でよ……コレ、どうしてくれんだよ」
「…な……は?!」

上半身を起こし、自分のモノを指差すグリムジョーに、は自由の身になったわりに思い切り固まっている。

「てめぇのせいで勃っちまっただろ?ったく……何でこんなガキに……最近ヤってねぇしな…」
「……な…」

一人ブツブツと文句を言っているグリムジョーに、は首まで赤くなった。その半分は怒りだ。

「そ、そっちが勝手に触ってきたんでしょっこのスケベっ」
「あぁ?男なんだからしょーがねぇだろっ!」
「破面に何で性欲なんかあんのよっ」
「関係ねーよ!だいたい虚は欲にまみれて生まれたもんだ!性欲くらい普通あんだろーがっ」
「う…そ…そっか…」

グリムジョーの言葉に、何故か納得し、は言葉に詰まってしまった。
そんなを見てグリムジョーはニヤリと笑う。

「な、何よ…」
「…ま、お前でもいいか」
「は?」

いきなり近づいてくるグリムジョーに警戒し、は後ろに逃げようとした。
だがその前に腕を掴まれ、思い切り押し倒されてしまう。

「きゃ、ちょ…な、何?!」
「こうして見ると……案外、可愛いかもな…」
「……はっ?」

優しく頬を撫でられ、ビクっとなりながら、近づいてくるグリムジョーの顔を見つめた。

…」
「な……何……?」
「お前……キスもした事ねぇんだったな…」
「……な…っ」
「オレが……してやろうか?」
「……い、いいっ遠慮しますっ」

首をブンブン振りながら必死に叫ぶ。そんなを見て、グリムジョーはどこか楽しげだ。
そして固まっているの唇へ、ゆっくりと自分のそれを近づけた。

「遠慮すんな」
「…………ッ」

キスされる!と怖くなり、強く目を瞑る。
それは一秒にも満たないくらいだったのかもしれないが、にとっては一時間はあったんじゃなかろうかというくらいに長い時間だった。だが一向にその瞬間は訪れず、は恐る恐る、目を開けてみた。

「……グ、グリムジョー?」
「……ぶはっ」
「――――ッ?」

いきなり至近距離で噴出され、は目が丸くなった。グリムジョーは横に転がり、腹を抱えて笑っている。
何がどうしたのか分からず、は慌てて身体を起こした。

「お…お前の顔……っ」
「な…何がおかしいのよ…っ」

あまりに笑っているグリムジョーに、何だか無償に腹が立って来た。

「…すげぇ顔になってたぜ?お前…ったく、ガキじゃあるまいし……ってお前はガキか…」
「な…何それ!勝手にキスしようとしたクセにガキって何よ、ガキってっ」
「冗談に決まってんだろ?誰がお前にキスすんだよ……はあぁ…お前のせいですっかり萎えた」

そう言って笑うと、グリムジョーはそのまま寝転がった。
それにはも頭に来てベッドから飛び降りると本を片手にドアの方へと歩いていく。

「おい…どこ行くんだ?」
「…書室!そこの方が落ち着いて読書が出来るもの」
「…とか言って、アイツ探しに行く気じゃねぇだろうな」
「…行かないわよ…」
「…ならいい。勝手にしろ」
「じゃあねっ!グリムジョーは一人でゆっくり寝ててよ」

はそう言うと「べぇぇ」っと舌を出して、そのまま部屋を出て行ってしまった。
ドアが閉まると、途端に静かな空間へ戻る。
だが一人になったグリムジョーの顔に、笑顔はなかった。

「…ったく……危ねぇ…」

ゴロリと寝返りを打ち、深く息をつく。そして胸の奥の衝動を抑えるように、強く目を瞑った。

「無防備すぎだろ…あのバカ…」

舌打ちしつつ、そうボヤくと、グリムジョーはぎゅっと拳を握り締めた。
未だ手に残るの肌の感触に、また鼓動が早くなる。同時に感じた事もない感情が込み上げ、グリムジョーは唇を噛んだ。

さっき…からかうだけのはずが本気でキスしてしまうところだった。冗談が冗談じゃなくなるところだ。
まるで自分が自分じゃないみたいにアイツの存在で癒されていた。だからかもしれない…あれほど気が緩んでしまったのは。
アイツを女だとか意識した事もなかったはずなのに……ちょっと肌に触れただけで強烈に異性だと感じてしまった。
折れそうなほどに細い腰を抱いた感触が、今も腕に残っている。オレが少し力を入れれば、それはすぐに壊れてしまいそうなほど…
ムキになって怒るアイツを見るのが楽しくて、ただそれだけだったはずなのに…自分の所有物と同じだと思っていたのに、何でこんなにも苦しいんだ?
傍に居なければどこか不安で、今も追いかけたい衝動に駆られている。バカらしい、と一笑に付してしまう事は容易いはずなのに。
が他の破面と一緒に居ると無償に腹が立つ。その時も決まって、この苦しさが襲ってくる…
それはアイツがオレの、オレだけのものだと思っていたからだ。それだけのはずだ。
なのに、この胸のずっと奥に響くような音は何だ?


「……クソ…。ムカツク女だ…ガキのクセに…」


そう思えば思うほど、逃れられない胸の音に、グリムジョーは戸惑っていた―――











「ハァ…ハァ…」

グリムジョーの部屋から一気に書室まで走り抜けたは、胸の苦しさに顔を顰め、思い切り息を吐き出した。

「…もう……何なのよグリムジョーのバカ…」

いつものようにからかわれた自分に、学習能力がないと呆れつつ、憎たらしい顔を思い出して文句を言う。
廊下の壁に凭れかかり、フラつく足でその場に座り込んだ。幸い今は他に誰もいない。

(ホントに…キスされるかと思った……)

ふと、先ほどのグリムジョーの真剣な瞳を思い出し、鼓動が早くなる。
いつもと同じようでいて、少し違う雰囲気だったから尚更だ。
強烈にグリムジョーを異性なんだと意識してしまった自分に、顔が赤くなった。

「あんなこと言うから悪いのよ…何、勝手に反応してるんだか…。しかも侵入者がいるってこんな時にっ!ホントやらしいんだからっ」

さっきのグリムジョーの状態を思い出し、ボっと音がするくらいの勢いで赤くなる。
別にもろに見たわけじゃないが、押し倒された時、かすかにソレが触れたのを感じたのだ。
冷静になってみて、アレがその状態なんだ、と気づき、ますます顔に熱が集中した。

「…ダメダメっ!あんなのに驚いてたら、ここじゃ生きていけないし…!あんなのグリムジョーにとったら普通の事なんだから意識しちゃダメよ私っ」

少し間違った方へ納得しながらも、ドキドキとうるさい鼓動を抑えようと深呼吸をする。
なのに一向に収まらず、は火照った頬をそっと手で包んだ。
先ほどグリムジョーに撫でられた頬が妙に熱い…胸の奥も苦しくて、いつもより苦しい気がする。

「…グリムジョーのせいで最悪……何か心臓も苦しいし………まさか心臓病とか…?」

自分の鼓動の異変に、ふと不安になる。それにかすかに手も震えていて、それを包むようにぎゅっと握り締めた。


「……ホント……ムカツク…」


そう思いながらも、体中でグリムジョーを感じている自分に、は動揺を隠せないでいた。










(この旋律の名前はなぁに?)









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グリムジョーにならセクハラされてもいいという人、手をあげて(オイ)
むしろ抱き枕でもいい(待て)
アニメで解放状態のグリムジョーが動く所を見て耳とか、耳とか、耳とか…めっちゃ萌え(笑)可愛い♡


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