皆と別れ、長い廊下を走りながら、一護は異様な足音が近づいてくるのを感じていた。
(何だ…?敵か?)
そう思いながら、足音が近づいてくる背後に視線を向ける。
「…い゛っ」
「―――ッ?」
「…い゛い゛っ」
「…な…」
「い゛ぢごぉぉぉっぉっっ!!」
「ネッネル…っ?!!」
その存在に気づいた一護はギョッとした。先ほど置いてきたはずのネルが、涙と鼻水を垂らしながら必死に追いかけてきたのだ。
「…お…お前、何しに来たんだ!!帰れっ!!」
「会いたかったっス、一護ぉぉ〜〜!!!」
「聞けよ!!」
一護の叫びも空しく、ネルは思い切り両手を広げながら飛び掛ってきた。
それを見て一護は仕方なく、受け止める体勢に入ると、「くそっ!よし来い!キャッチ&リリースだ!」と叫ぶ。
だがその瞬間、ネルが"超加速"をして、一護に抱きついて……いや、腹に頭から突っ込んできた(!)
「
ごほぅっ?!」
ドスっという音と共に、一護は後ろへ吹っ飛んだ。それでもネルは一護にしがみ付き、「会いたかったっス〜!」と再会を喜んでいる。
「て…てめぇ…っゴホッ」
今の衝撃で顔を引きつらせながら起き上がると、一護は困ったように頭をかいた。
「…しょうがねぇな…。他の連中はどうした?」
「バワバワならお外に置いて来たっス!あの子は常に砂を食ってねぇと生きてられねぇもんで」
「そうじゃなくて…ホラあの、ドン…何とかっていう…」
「ドンドチャッカとペッシェなら、ホレ!ネルの後ろから……」
そう言いながらクルリと振り返る。だが後ろから追いかけてくる者はなく、シーンと静まり返っていた。
「い…いないっス!迷子っス!!ドンドチャッカとペッシェが迷子になったっス〜〜っ!!!」
「イヤ…どっちかっつーとお前が迷子だろ…」
そう言った瞬間、不意に何かの気配を感じ、一護は素早く振り返った。
「い、一護…どうしたっスか…?」
「黙ってろ…!」
一護はネルに怒鳴ると、気配を感じる方へと視線を向けた。廊下の天井から、異様な殺気を感じるのだ。
「出て来いよ…!そこに隠れてる奴…!」
「……………」
「――出て来いって言ってんだっ!!」
一護の声が静かな廊下に響き渡る。その時、突然、天井の柱が崩れ落ちてきて、隠れていた人物が移動したのが分かった。
「クソ…!逃がすかよ…!」
相手の気配を探りながら走って行く。その時、頭上から声が聞こえてきた。
「フン…!誰が逃げるもの………かっ?!!」
ズルっという音がして一護がふと顔を上げる。
すると上の柱を移動していた人物が足を滑らせ、そのまま勢いよく一護の前に落下してきた(!)
「
ほごぁ!!」
「………………………」
ガラガラガッシャーン!と派手な音を立て、天井から瓦礫が降り注ぎ、落ちてきた人物はアっという間に瓦礫の下敷きとなった。
その見事なコケっぷりに、一護とネルの目が思いきり細められる。敵とはいえ、あまりに不憫だ…と思った一護が恐る恐る声をかけた。
「えっと……おーい…大丈夫かぁ…?」
もうもうと煙が舞う中、ゆらりと人影が動く。すると突然その煙の中から、手が現れた。
「…ジャーン!!」
「「――――(ビクゥッ)」
変な叫び声&いきなり指をさされ、一護とネルが驚いて後ずさる。その時、何とも調子の外れた声が響き渡った。
「ジャンジャジャン、ジャジャンジャーン!ジャジャ…ゲッホ!!ジャーンジャ…ゲホッゲホッ!ゲーッホゲホ…ジャハーン!
ヘイ…っ!」
煙が少しづつ晴れた時、変なポーズをつけて、大柄でヒゲ面の破面が姿を現した。
あれほど咽ていたクセに、その破面は自分の登場に酔いしれているようだ。その破面を見た瞬間、一護とネルの目が更に細くなる。
「………………………」
「………………………」
男はまだポーズをとって動かない。一護とネルも半目のまま動かない。暫しの沈黙が続く。
だがその沈黙に耐えられなくなったのは、変なポーズを取り続けていた破面の方だった。
「ちょっと待てい!!何だ、そのリアクションはァ!!」
「イヤ……だって…」
「何だそのリアクションは!!何だそのリアクションはーーーっっ!!」
「ウルセーな。何回も言うなよ…」
その破面のウザさに、一護は半目のままボソっと呟いた。それでもその男はムっとした顔で一護に詰め寄る。
「このドルドーニ様の華麗な登場シーンを目にしてなお!」
「華麗って、お前今、足踏み外したじゃねーか…」
「そのような平静さを装うとは!!」
「装ってねーよ。ガチで平静なんだよ」
「っていうか、横のちっこい奴!せめて視線を我輩に合わせろ!!」
一護の隣で、半目のまま、あさっての方向を見続けているネルを指差し、その破面は目を吊り上げた。
それでも視線を合わせてもらえず、ヒゲ面の破面は「フン…」っと苦笑いを零す。
「…まあいい。その辺は我輩と貴様のセンスの差というやつだ…これから倒される貴様には関係のないこと…」
どこかキザったらしい顔でそう言うと、破面は二人の前に仁王立ちした。
「さァ!覚悟せよ死神!破面NO.103!このドルドーニ様が貴様をここで潰してくれる!!!」
「……103…?何か…えらく数字が多くねぇか?」
「そッスね…」
「数字持ちは2ケタとかって言ってなかったか?」
「そッス!2ケタのはずっス。3ケタなんて聞いたことないっス」
「コレェ!!何コソコソしとるかァ!!!」
全く構ってくれない二人に、ドルドーニという破面がムキになる。が、一護とネルの顔を見て、一気に顔を赤くした。
「………………………」
「………………………」
「ああっ!!何だその気の毒そうな顔は!!」
今まで会った事のないタイプの破面に、一護は深々と溜息をつき、斬魄刀を肩に乗せた。
「何か…お前スゲー弱そうだな……」
「なにおうぅ?!!弱いかどうか試してみるがいいわ!後でホエヅラかくなよ、
二ーニョ!!」
一護の態度に怒ったドルドーニが、怒りながら向かってくる。それを見て、一護は斬魄刀を構えた―――
「……なんや…覗き見かいな」
その声と共に部屋のドアが開き、薄暗い部屋に廊下の明かりが差し込んでくる。
「あんまり、エエ趣味やないなァ。東仙さん」
その声に、見えない目を向けると、東仙は深々と溜息をついた。
「心外だな…。君も奴らの動きが気にかかって、ここへ観に来た口だろう?市丸」
その静かな声に、ドアに寄りかかっていた市丸ギンは、ニヤリと笑った。
「いややなあ。冗談やないの。そない怖い顔せんといて―――」
言いながら、部屋の中へ入ろうとした市丸の服の裾を、ぎゅっと掴む者がいた。
市丸が視線を下へ移すと、足元には先日生まれたばかりのワンダーワイスが座っている。
その虚ろな目は、どこか市丸を警戒しているかのように見えた。
「東仙さぁん…何とかして、この子」
「ワンダーワイス!」
「…ウ〜」
その一言で、ワンダーワイスは、ギンの裾を掴んでいた手を素直に離す。そして恨めしそうな顔でギンを見ると、自分の親指を軽く噛んだ。
「…何や、あの難しい子が、あんたにはえらい懐いてるなァ」
「…純粋なものはそれ同士、惹かれあうものだ。その子が何について純粋なのかは、まだ量りかねるがな」
「なるほどなァ。どうりでボクに仲良うしてくれへんはずやね」
「まともな者なら誰でも君に警戒心は抱くさ。―――そんな事より、見ろ」
東仙はそう言いながら、モニターの前に立つ。
「奴ら、五人に別れたぞ」
「あらら、ほんまや…。バラバラんなったら勝率落ちるで。あの子ら自分の実力、分かってんのかいな」
ギンも後ろからモニターを覗くと、映っている一護たちを見て、薄く笑う。東仙も「…ああ」と相槌を打つと、
「…しかも奴ら、面白いところを通っている」
「あァ…"
3ケタ"の巣やね」
ギンはそう言いながら、ニヤリと笑う。その言葉に反応したのは、床に座り込んでいるワンダーワイスだった。
「……トレース…?」
その声に気づいた東仙は、ふと笑みを浮かべた。
「ああ…お前はまだ"
虚夜宮"へ来たばかりだから知らんだろうな。教えておいてやろう」
東仙はドルドーニと戦っている一護が映るモニターへ顔を向けながら、
「"3ケタの数字"は"剥奪"の証。それが示すのは"階級を剥奪されし者"。つまり――3ケタの数字を持つ者全てが…"
十刃落ち"だ」
東仙がそう説明している間に、モニターの中の一護は、ドルドーニから思わぬ反撃を喰らっているようだ。
"十刃落ち"とはいえ、実力はその辺の破面よりも数倍、上。多少は一護も苦戦するだろう、と東仙は思っていた。
「…ん?」
その時、東仙が他のモニターに映る人物に気づき、小さく溜息をついて、ギンの方を振り返った。
「…また迷い込んでるぞ」
「あ、あれ…」
ギンも一番端のモニターに視線を移し、そこに映る少女を見て、苦笑いを零した。
「あちゃー。また誰かが回廊操作したんかなァ…。迷子になってるみたいや。ちょっと助けに行って来るわ」
頭をかきつつ、ギンが歩いていこうとする。それを見て、東仙は「市丸」と振り向いた。
「あの少女をここへ連れて来てくれ」
「え、何で?」
「あの子は、この黒崎とかいう死神と知り合いらしいな。ちょっと反応を見てみたい」
「……了解。ボクも興味あるし」
ギンはそう言って笑うと、静かに部屋を出て行った。
その頃、はまたしても道に迷い、途方にくれていた。虚夜宮に来てからは、こんな事がしょっちゅうある。
「…どうしよ…。見たことない場所に来ちゃったかも…」
辺りを見渡し、溜息をつく。いつもは迷っても少し経てば知ってる通路に出て戻れたりするのだが、今日に限って、なかなか知ってる場所へ出られない。
いったい、この中はどういう作りになってるんだろう、と思いながら、ふと以前、市丸ギンから言われた事を思い出した。
(そう言えば…前に迷った時、偶然会った市丸隊長が言ってたっけ…。回廊を操作するシステムがあるって…今回もそうなのかな…)
あの時はたまたま藍染とギンが通りかかって助かったが、そんなに都合よく、今日も出会えるとは限らない。
もし本当に回廊操作をされてるのなら、そんな中、一人で戻れるだろうか、と不安になる。
「はあ…何か疲れちゃった…」
歩き回ったせいで、何気に足が痛い。溜息交じりで歩くのを止め、壁に寄りかかった。
「こんな事なら、まだ書室にいれば良かったかなぁ…」
あの後、暫く書室で本を読んでいたものの、気づけばかなり時間が経っている事に気づき、あまり居座るのも何だし、と出てきたのだが、その帰り道に迷ってしまったのだ。
だいたい部屋に戻ろうにも、あんな状態で出てきてしまったから、グリムジョーとも顔を合わせづらい。
「まだ寝てるのかな…」
はあっと溜息をつきながら、ふと呟く。が、その時、「誰が?」という声が聞こえて、はドキっとした。
「あ…い、市丸隊長…?!」
「ギンでええよ」
そう言いながらニコニコ顔で歩いてきたのは、先日も迷った時に会った、市丸ギンだった。
都合よく現れるわけがない、と思っていた人物が通りかかって、は思わず笑顔になった。
「そんな…名前でなんて呼べません。私も一応、元死神見習いですから」
尸魂界の真央霊術院生にとって、護廷十三隊の隊長は雲の上の存在だ。いくら今は違うと言っても、こうして言葉を交わすには、やはり多少の緊張はする。
まして名前で呼ぶ、なんて出来るはずもない。
「ここでは、もう関係あらへんのに」
ギンはそう言って笑うと、「それより…」と少しだけ身を屈め、の顔を覗きこんだ。
「もしかして、また迷てるん?」
「え、あ……」
「やっぱりなぁ。ああ、今日は侵入者もおるし、きっと誰かが回廊操作して、奴らが近づけんようにしてるんかもしれへん」
「…あ…そっか…」
「まあ、多分ザエルアポロあたりやと思うけど…」
ギンはそう言って苦笑いを零すと、の頭にポンと手を乗せた。
「それよりちゃん、今時間ある?」
「え…?」
「ちょっと付き合おーて欲しいねんけど…アカン?」
「い、いえ。大丈夫です…。どうせ戻っても暇だし…」
ギンが自分に何の用事かは知らないが、戻らなくてもいい口実が出来て、は内心ホっとした。
グリムジョーに怒られても、彼の名を出せば、きっと大丈夫だろう。
素直に頷いたを見てギンはニッコリ微笑むと、「ほなボクについてきて」と廊下を歩いていく。もその後から続いた。
「あ、あの…どこに行くんですか?」
「ん〜。まあおもろいモン見せたるわ」
「…おもしろいもの…?」
その意味が分からず首をかしげながらついて行くと、ギンは部屋の前で足を止めた。
「ここや」
ギンはそう言って中へと入っていく。も恐る恐る中へ足を踏み入れた。
「――やあ。よく来たね」
「あ……」
中に入って驚いた。そこには先日一緒に現世へ行った、あのワンダーワイスという、よく分からないキャラの破面。
そして目の前には、目隠しをするように目を覆っている、長身の男が立っている。
その男の格好や、どこにも仮面がついていない事から、彼が破面ではなく、ギンと同じ死神だと、は気づいた。
(もしかして彼が藍染さまや市丸隊長と虚圏に来たもう一人の……)
「あなたは……東仙隊長…ですか?」
「ああ、そうだ。だが今は"隊長"ではない。ここの統括官だ」
東仙はそう言いながら歩いてくると、「君に見てもらいたいものがあってね」と言った。
その言葉に、後ろにいるギンに目を向けると、ギンは無言のまま、微笑んだ。
「こっちに来てくれ」
東仙に促されるまま、はコンピューターの前に立った。そして、モニターに映る人物たちを見て、ハッと息を飲む。
「彼らを知ってるね」
「…………」
その声に顔を上げると、東仙は黙ってを見つめている。
目は白い布で覆われ、見えないはずなのに、は何となく、彼には自分の表情が見えている気がした。
「はい…黒崎一護…ですよね。前に現世で―――」
「いや、それ以前から、君は彼らを知っているはずだ。違うかな?」
そこまで知ってるんだ、と思いながら、は小さく頷いた。大方、ウルキオラにでも報告を受けていたんだろう。
「でも…黒崎以外の人は覚えてません」
モニターを見ながら、そこに映る、二人の少年を見つめる。ヒョロっと細く、眼鏡をかけている少年と、もう一人は大柄の男。
二人とも、よく顔は見えないが、は見覚えがないように感じた。
東仙はそんなを見つめながら、
「他の奴のことまでは記憶が戻ってないようだな。では……この二人はどうかな?」
「………ッ?」
東仙が画面を切り替えると、そこには懐かしい顔が映し出され、思わず目を見張った。
「彼らを知ってるだろう?」
「はい……」
モニターに映る、阿散井恋次、そして朽木ルキアを見て、は小さく頷いた。
ルキアは先日現世に行った時に顔を合わせているし、恋次は当然、よく知っている人物だ。
真央霊術院生の時に、何度も顔を合わせているし、その頃に恋次には色々な指南を受けた。グリムジョーと密会していたとバレた時、を拘束したのも恋次だった。
「私も彼らの事はよく知っている。元仲間だからね」
「…で、でも何で彼らが黒崎と……」
「黒崎達が以前、尸魂界に乗り込んできた事は知っているか?」
「あ、はい…。その後に噂で…」
「阿散井とはその時に知り合い、親しくなったらしい。今回も井上織姫を救出しに来たんだろう。黒崎一護と一緒にね」
東仙はそう言うと、モニターを切り替え、一護を映した。一護は斬魄刀を手に、誰かと戦っているように見える。
「…戦ってるんですか?」
「ああ。彼が戦ってる相手は十刃落ちの者だ。それでも、その辺の奴よりは強い。―――気になるか?」
「い、いえ…別に」
そう言いながら、苦戦している一護に視線を戻す。東仙の言うように、一護の相手はなかなかのツワモノらしく、何度か壁に叩きつけられ、額から血を流している。
「あらら…悲惨やなァ。卍解もしないで勝てる相手とちゃうで」
「市丸隊長…」
不意に隣に立ったギンを見上げると、「隊長はいらんて」と、苦笑いを浮かべている。
「このままやったら、この子、ほんまに殺されるかもしれん。それでもええの?ちゃん」
「え…?」
「元クラスメート、なんやろ?心配なんとちゃう?」
ギンはそう言いながら、笑顔を崩さない。東仙もの様子を伺うように、観察しているようだ。
ギンの問いに、は一瞬、戸惑いつつ、再びモニターを見つめた。
一護は確かにギンの言うとおり、苦戦しているようだ。も一護の戦っている相手が、簡単に勝てる相手だとは思えなかった。
「…別に心配なんかじゃありません。昔はクラスメートでも…今は敵ですから」
のその言葉に、ギン、そして東仙は互いに視線を合わせた。は未だモニターを見つめながら、
「私、何をすればいいんですか?」
「………………」
その問いに、東仙がゆっくりとの隣へ立つ。
ギンはいつものようにニヤリと怪しい笑みを浮かべると、そんな二人を黙って観察していた。
「どうして、そう思う」
「…私に彼らの映像をわざわざ見せるのは、何かさせたい事があるからだと思って…」
そう言って真っ直ぐに見つめてくるの視線を感じ、東仙はふっと笑みを零した。
(なるほど…なかなか勘が鋭い…頭のいい子だ…)
霊圧を探ってみても、動揺は感じられず、本当に東仙の命令を待っているようだ。そのひたむきな態度に、東仙は好感を持った。
「…君に…やってもらいたい事がある」
「はい」
「これは藍染さまのご意志でもある。分かるな?」
「はい。私は何をすれば?」
「彼らに……会って来て欲しい」
その一言に、は僅かに目を見開いた。
「会う…私がですか?」
「ああそうだ。彼らがここへ辿り着く前に…」
「…会って…何をすれば…」
「君が出て行けば…彼らも多少は動揺し、隙も見せるだろう?運が良ければ無防備になる。そんな彼らを―――君は殺せるかな?」
「――――ッ?」
東仙の言葉に、初めての顔に動揺が浮かんだ。
それに気づきながらも、東仙は更に言葉を続ける。
「もちろん…我々同胞…そして……藍染さまの為に、だ」
「藍染さまの……為…?」
「出来るか?」
もう一度、問われた時、はすぐに返事が出来なかった。
相手が顔見知りという事を覗いても、実際、戦闘で誰かを傷つけた事はない。
今の自分に、彼らが倒せるかどうか分からなかったのだ。
「どうした?…やはり敵とは言え、知り合いを殺すことは出来ないか?」
「…い、いえ…そんな事より……今の私では力不足だと…。一度、黒崎、そして朽木ルキアの戦闘を見た事がありますけど…彼らは強いです。私なんかよりずっと…」
「そうだね…。まともに戦闘を行えばそうかもしれない。でも君には唯一、彼らと知り合いだという武器がある。必ず隙は出来るさ」
東仙はそう言って、の肩にポンと手を置いた。
は言葉に詰まったが、これは藍染が自分を試そうとしているのかもしれない、とふと思った。
「…分かりました。やってみます」
「ひゃぁ〜大丈夫かいな、ちゃん…。一人で敵に会いに行くなんて…」
そこで今まで黙って二人のやり取りを聞いていたギンが口を挟んだ。
「…大丈夫です。黒崎なら私に会えば必ず油断すると思いますし…彼を殺せば後は簡単でしょう?」
「そらそうやけど……」
そう言いながら東仙を見る。そのギンの視線に、東仙はふっと笑みを零した。
「合格だ。」
「…え?」
その言葉に東仙を見上げると、彼は優しい笑みを浮かべ、の頭へ手を置いた。
「彼らを殺せ、というのは嘘だ」
「…嘘…?」
「たとえ彼らが油断したとしても、君が倒せる確率は非常に少ない。そんな危ない事をさせると思うか?今は君の忠誠心を試しただけだ」
「……忠誠心…」
「実際に殺さなくても、その気持ちを見せてくれただけで、君の忠誠心は伝わった。もう十分だ」
「…はあ」
東仙の言葉に思わず頷いたが、それでも本当に戦闘をしなくていいと分かり、内心ホっと息をついた。
「では…私は…何もしないでいいんですか?」
「…ああ。君は大人しく、彼らが十刃にやられるさまを見ていればいい」
東仙はモニターに映る一護たちを見ながら、ふと恋次を指差した。
「君を処刑する為、連行したのは彼だったね」
「……はい…」
「そうか…。彼はもしかしたら…君の事を討ちに来たのかもしれない」
「え…?」
「尸魂界から、まんまと逃げられたんだ。そう命令されてきたとしても不思議じゃない。彼は副隊長だからね。でも…心配しないでいい」
東仙がモニターの一つに触れると、そこには何か地図のようなものが映し出された。
「これは…?」
「虚夜営の中の地図だよ。回廊操作によって多少は変わってくるが、今はこの通りに設定されてる」
「…凄い…広いんですね…」
建物の一部だが、その地図を見て、は唖然とした。こんな広い場所ならば、迷ったとしても不思議じゃない。
「今、阿散井が通っているのがこの通路…この先には……あの男が待っている」
「あの…男…?」
東仙の言葉に、ふと顔を上げると、後ろで一緒にモニターを見ていたギンが、ニヤリと笑った。
「ああ…こら、阿散井クンも難儀やろなぁ……彼が一番、苦手なタイプの男やし」
「…苦手…?」
「そうや…。一本気な阿散井くんには、ちょっと荷が重たいかもしれへん」
ギンは苦笑しながら、の頭を撫でると、ふと思い出したように指を鳴らした。
「そや…ちゃんにはグリムジョーを見張ってておいてもらおかな」
「…え、見張るって…」
「ほら、一番、暴走しそうやろ?今は大人しく部屋におるようやけど…そのうち退屈んなったら、すぐ飛び出していきそうやん」
「あ…ですね…」
「せやから、ちゃん、見張っててくれる?もしグリムジョーが暴走しそうになったら、色仕掛けでも何でもして引きとめて欲しいねん」
「…な、い、色仕掛けって…ッ出来ませんッ」
ギンの言葉に赤くなりながら、ムキになって言い返す。それを見てギンは思い切り噴出した。
「ぷっあはは…ほんま可愛えぇなぁ。純情なんやねちゃんは」
「…か、からかわないで下さいっ」
「あらら…そない真っ赤にならんでも…。ああ、でもその様子やと…もしかしてグリムジョーとは…まだしてへんの?」
「……は?」
キョトンとした顔でギンを見上げると、ギンはまたしても小さく噴出した。
「何やァ、まだかァ…。そらグリムジョーも可愛そうに…」
「な、何がですか?」
「何って……まだセックスしてへんのやろ?せっかく可愛い子ぉと同じ部屋やのに、男として同情するわァ」
「……セック……す、するわけないじゃないですかっ!私とグリムジョーは別に何の関係も―――」
「何の関係がなくても、男と女が同じ部屋に寝泊りしとったら、そのうちセックスくらいするやろ?」
「な…し、しませんっっ」
ケロっと答えるギンに、は目を吊り上げて怒鳴った。すっかり相手が元三番隊の隊長だと言う事を忘れているようだ。
それを見かねて、東仙は溜息をつくと、「からかいすぎだ。市丸」と苦言を呈した。
「あァ、そやな。ゴメンゴメン。ちゃんは純真無垢やのに」
「……………」
いつもの胡散臭い笑みを浮かべながら、グリグリと頭を撫でてくるギンに、は思わず目が半目になった。
そして、ふと先ほど、グリムジョーにからかわれた事を思い出す。
私とグリムジョーがそんな……関係になるわけないじゃない。いくら同じ部屋に寝てても、いつも子ども扱いするんだから…
だいたい男と女が同じ部屋にいるからって、皆がそんな関係になるわけじゃ………って、言っても言うほど男女の事に詳しいわけじゃないけど…
これまで異性を好きになった事などないは、その辺の微妙な心理がよく分からなかった。
(市丸隊長と、グリムジョーがエッチだっていうのは分かるけど)(!)
内心、そう思いながら、目の前でニコニコ微笑んでいるギンを見た。
「あ、じゃあ…私そろそろ部屋に戻ります。グリムジョーも起きてるかもしれないし…」
「ああ、頼むよ。通路は戻りやすいように操作してあげよう」
「あ、はい。それじゃ…お願いします」
はそう言って二人に頭を下げると、その部屋を出て廊下を歩き出した。
「…良かったん?ちゃんに頼まなくて」
無言のままモニターを見ている東仙に、ギンは苦笑いを浮かべた。
モニター内では黒崎、石田、茶渡の三人が、十刃落ちの破面と戦っている。
他の死神二人は、未だ誰にも遭遇していないのか、今もひたすら通路を進んでいた。
「あれはの気持ちを確かめただけの事。本当に殺させろ、とは藍染さまも言ってはいない」
「ふーん…。まあ、でもちゃんがあの子らの前に姿を現すだけでも、かなり油断させる事は出来る思うけどなァ。おもろそうやし見てみたいわ」
「…大丈夫だ」
「大丈夫?」
「は…必ず、彼らと出会う。その時、見せた隙をついて、十刃をぶつけるさ」
東仙は回廊操作をしながら、無表情のまま、ギンを見た。
それにはギンも肩を竦め、溜息をつく。
「ほんまゲーム好きやなァ。あのお人は…」
「それは君もだろ」
「まあ否定はせぇへんけど」
東仙の言葉に、ギンもニヤリと笑みを浮かべ、モニターの前に立つ。
すると、一護がちょうどドルドーニを倒したところが映って、ギンは僅かに眉を上げた。
「何や……この仮面…」
ドルドーニの傍らに立ち尽くした一護の姿に、ギン、そして東仙は訝しげな顔で、それを見つめていた。
「はぁ…やっと知ってる通路に出たぁ…」
さっきはいくら探しても見つからなかった、十刃居住区に繋がる通路を見つけて、は嬉しそうに走り出した。
きっと東仙が上手く回廊の操作をしてくれたんだろう。は急いでグリムジョーの部屋へと走って行った。
何だかんだ言って、先ほど部屋を出てから数時間は経過している。いくら何でもグリムジョーだって目を覚ますかもしれない。
「はぁ…まだ寝ててくれたらいいんだけどなぁ…」
そう言いつつ、静かに部屋のドアを開けると、そっと中を覗きこんでみた。
「あれ……?」
ベッドで寝てたはずのグリムジョーの姿がなく、は慌てて部屋の中へ飛び込んだ。そして念のため、布団をまくってみるが、やはりそこは蛻の殻だった。
そっと手を置いてみれば、まだかすかに暖かく、先ほどまでグリムジョーが寝てた事を物語っている。
「嘘…どこ行ったんだろ…」
キョロキョロしつつ、一応バスルームも覗いてみたが、そこにもグリムジョーの姿はない。
"そのうち退屈んなったら、すぐ飛び出していきそうやん"
ふと先ほどギンが言っていた事を思い出し、は一足遅かった、と溜息をついた。
こうなれば宮の中を探すしかない。グリムジョーが勝手に黒崎たちのところへ行ってしまえば、それこそ東仙に怒られそうだ。
「せっかく頼まれたんだから止めなくちゃ…」
そう呟くと、は急いで部屋を飛び出し、グリムジョーの霊圧を探りながら、廊下を走っていった。
「…あれ…あんまり感じないなぁ…」
さっきから探っているものの、グリムジョーの霊圧が小さすぎて居場所がハッキリしない。
もしかしたら霊圧を抑えて移動してるのかもしれない、とは唇を噛んだ。
「もう…まさかホントに黒崎のところに行ったんじゃ……」
そこで先ほど一護がいた辺りがどこだったか、を考える。確か十刃落ちの破面と戦っていたはずだ。
(まさか…グリムジョーはあそこに向かってる…?でも…かすかにだけど感じる霊圧は、何となく方向が違う気がする…)
そう思いながら再び歩き始めた。その瞬間、視界が回るような感覚に襲われ、ハッと息を呑む。
そして、その違和感の正体に気づき、は思い切り溜息をついた。
「嘘……また通路が変わってる…」
後ろを向いても今歩いて来た廊下ではなく、僅かにだが装飾品が変わっている。きっと回廊操作をされた通路に迷い込んでしまったんだろう。
「そう言えば…侵入者を惑わすのに誰かが操作してるって言ってたっけ…」
この宮に長年住んでる破面たちなら、急に通路が変わっても迷う事はない。でものように来たばかりの者に、この急激な変化は迷子になるには十分だ。
「ま、いっか…。近くに何個か霊圧を感じるし…いざとなれば誰かに助けてもらおう…」
気を取り直して歩き出し、先ほど東仙に見せてもらった宮内の地図を思い出しながら、ここはどの辺りだろうと考える。
回廊の操作をすれば、どのくらいの距離を移動するのかも分からない。
「とりあえずグリムジョーを探さないと……」
軽く息を吐いて、再び霊圧を探ろうと意識を集中させる。
が、その時、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。
「…何…何の音…?」
遠くから、ドドドド…っという変な音が近づいてくる。慌てて意識を集中してみれば、大きな霊圧と小さな霊圧を感じて足を止めた。
そして、それが誰のものであるのか分かったのと同時に、その人物はの視界に捉えられていた。
「…何で逃げるでヤンスかァ〜〜!!」
「反射だよ!オメーが追っかけてくるからだろうが!!オメーの顔はなんつーか根源的な恐怖を煽るんだよ!!」
「止まってくれでヤンスよ〜!こっからいいとこ話すでヤンスからぁ〜!」
「オメーがまず止まれ!つーかネルって子を探さなきゃいけね〜んだろ?引き返せよっ!」
「………………」
あまりに突然、現れた、かつての先輩に、の目は半目になった。
長い通路を走って、コッチに向かってくる恋次は、何やら巨大な顔の破面に追いかけられているようだ。
その追いかけている破面は、も見覚えがあった。
あれは…確かネルって子供の破面と一緒にいた顔のデカイ………名前なんだっけ?(オイ)
っていうか何であの破面が阿散井副隊長と一緒に……
いや、その前に、ここに阿散井副隊長がいるって事は私ってば十刃の居住区から随分と離れてしまったみたいだ。
無事に戻れるかな…っていやいや。もっとそれ以前にこの場をどう切り抜けたらいいんだろう?参ったな…まさかこんなとこで会うなんて思ってもいなかった…。
あれこれ思い悩みながら、それでもは自然と斬魄刀を抜いていた。
今、自分の方へ近づいてくる人物は、かつての"優しい先輩"ではない。今は"敵"なのだ。
地響きのような足音が徐々に近づいてくる。
だが、足音が近づくよりも先に、目の前には驚愕の表情を自分に向ける、阿散井恋次がいた。
「――お久しぶりです。阿散井副隊長…」
思いも寄らぬ再会なのにも関わらず、は何故か冷静になっている自分に気づいた。
「……っお、お前…っ!!」
の存在に気づいた恋次は、息を呑んでその場に立ち尽くしている。
冷静なとは違い、恋次は、この突然の再会にかなり驚いているようだ。
そこへ先ほどの地鳴りのような足音が聞こえてきた。
「わぁぁぁ急に止まらないでくれでヤンス〜〜〜っっ!」
「あ…っ?!うわ…っ」
後ろから追いかけてきたドンドチャッカは、急に立ち止まった恋次に気づかず、そのまま思い切り激突してしまった。
ドシーンっという派手な音と共に、二人が重なり合うようにして倒れこんだのを、は半分、溜息交じりで見ていた。
(何してるんだろ、このヒトたち…。っていうか今のうちに逃げちゃおうかな…)
ここで恋次に捕まれば、そう簡単には逃げられない。
その前に、東仙が言うように、尸魂界を裏切り、逃げ出した犯罪者である自分は殺されてしまうかもしれない。
いや、最悪、尸魂界に連れ戻され、あの極刑に再びかけられてしまうかもしれないのだ。
(尸魂界なんて冗談じゃない…)
そう思っては急いで踵を翻した。いくら新参者でも、恋次よりはこの中の事を知っている。
上手くすれば逃げ切れるかもしれない。
そう思って走ったが、逃げた事に気づいた恋次が、「おい待て!」と、すぐに追いかけてくる。
ついでに「置いてかないで欲しいでヤンス〜!!」とドンドチャッカまでが追いかけてきた。
は必死に走り、通路を右へ左へと曲がりながら、記憶にある限り、元来た道へと戻って行く。
だが、やはり女の足では限界があり、すぐに恋次に追いつかれてしまった。
「……待てって!」
「きゃ…」
とうとう腕を掴まれ、引き寄せられる。その力の強さに、は顔を顰めた。
「…………」
「…………」
壁に背中を押し当てられ、顔を上げると、そこには懐かしい顔が自分を見下ろしている。
互いに呼吸を乱しながら、暫し見つめ合った。
「ホントに……なんだな……?」
恋次は確かめるかのように、を見つめていた。その表情に戸惑いながらも、は軽く唇を噛む。
「…離して下さい、阿散井副隊長………腕が…痛いです…」
「え?あ…わ、悪りぃっ」
の一言に、恋次は意外にも素直に手を離した。
まさか本当に離してくれるとは思っていなかったは内心、少し驚きながらも、掴まれていた手首を擦る。
見た感じ、恋次からは殺気は感じられない。それでも斬魄刀は握り締めたまま、少しだけ恋次から距離を取った。
「……元気そうですね。まさかこんな所で会うなんて思ってもみなかった」
「…お、俺もだよっ!つか何だその格好…まるで破面じゃねぇか!」
「可愛いでしょ?死覇装なんて地味な服より気に入ってるんです」
余裕で笑顔すら見せながら、が言うと、恋次は僅かに顔を顰めた。
「……お前とは…話したい事が山ほどある…」
「申し訳ないですけど、敵に情報は流しませんよ」
「て、敵ってお前なぁっ」
プイっと顔を反らすに、恋次は若干ショックを受け、「俺はお前の敵じゃ―――」と言いかけた。
その時、スッカリ忘れていた存在が、二人の方に走ってくる。
「恋次〜〜〜!!置いてくなんてヒドイでヤンス〜〜!!!」
「げっっ!!忘れてたっ!」
デカイ顔を涙で濡らして走ってくるドンドチャッカに、恋次は思い切り斬魄刀を構えた(!)
「な、何するでヤンスかぁ〜!」
「お前、今俺に飛びかかろうとしたろ……」
「飛びかかろうとしてないでヤンス!抱きつこうと―――」
「俺には飛び掛ってくるように見えたんだよ!!」
ハァハァと息を切らして怒鳴りながら、斬魄刀をドンドチャッカの鼻先に突きつける。
それを見ながらは小さく溜息をついた。
「どうでもいいですけど…何で阿散井副隊長が破面と一緒にいるんですか?随分親しいみたいですけど」
「し、親しくねぇ!!コイツが勝手にくっついて来ただけで―――」
「ああっ!君はちゃんじゃないでヤンスかぁ〜!」
「は?」
ドンドチャッカが初めての存在に気づき、大きな声を上げると、恋次はギョっとして二人を交互に眺めた。
「お、お前ら知り合いか…?」
「さっきちょっと。その破面とネルって子供の破面がいませんでした?」
「あ、ああ…いた事にはいたが…どうやらコイツ、はぐれちまったみてぇで……」
「〜〜!ネルを知らないでヤンスかっ?!一護について行っちまったみたいなんでヤンス〜〜!!」
今度はに泣きつこうとするドンドチャッカに、少し距離を取り、は顔を引きつらせた。
あんな顔で泣きつかれても怖いだけだ。
「知らないけど…。何、ネルって子、黒崎とも知り合いになったの?」
「そうでヤンス〜外で出会って、ここまで案内してあげたでヤンス!それでネルが一護が心配だーって言って、一護の後を追いかけたから、オラも慌てて追いかけたら何故か赤い髪の旦那が―――」
「ストーップ!!一気に捲くし立てないで…分かったから」
ドンドチャッカの勢いに、は溜息をつくと、隣で耳を塞いでいる恋次を見上げた。
「…いきさつは分かりましたけど…阿散井副隊長はどこに行く気だったんですか?」
「あ?俺は…5つに別れた通路の一つに来ただけで…どこに続いてるなんて知らねぇよ…。まあ…お前に会えたんだし正解だったな」
「どうしてですか?」
「だってお前、ここに住んでるんだろ?だったら案内しろ。俺たちは―――」
「井上織姫を探しに来た、ですか?」
「………ッ」
その名を聞いて、恋次が息を呑む。は苦笑交じりで肩を竦めると、
「私が教えると思いますか?」
「……っ」
「さっきも言ったでしょう?今、私達は敵同士なんですよ?」
「ふざけるな!いったいどうしちまったんだよお前!!何で俺たちを裏切るようなマネ―――」
カッとなった恋次がの腕を掴む。それでもは笑顔のまま、その腕をそっと外した。
「皆、勘違いしてるみたいですけど…私は裏切ったなんて思ってないんです…」
「何?」
「私は別に尸魂界にも行きたくなかったし、死神にだってなりたいと思った事もなかった。私は最初から、ここに来たかったんです」
そう言っては真っ直ぐに恋次を見つめた。
「自分が行きたいと望んだ場所に来て……何が悪いの?」
「………」
恋次の顔がかすかに歪むのを見て、は小さく息を吐いた。そんな二人を、ドンドチャッカはハラハラしたように見ている。
「阿散井副隊長も…あの朽木ルキアって人も、黒崎も……何か勘違いしてる」
「…勘違い…?」
「裏切りって最初は仲間だった相手に対して使うものでしょう?私は最初から皆の事を、仲間だなんて思ったことは一度もない―――」
そう言いかけた瞬間、パンッという鈍い音が響いた。が驚いたように目を見開く。
「…ふざけんな…。俺がどんな思いでお前の極刑を受け入れたか……知らねぇだろ……」
「……阿散井副隊長……?」
悔しげに唇を噛み締める恋次に、は戸惑いながら、未だジンジンとする頬へ手を添える。
「俺だって…どんな事してでも助けてやりてぇって思ってたんだよ…でも…出来なくて……俺は―――」
恋次がそう言っての肩を掴んだ。その瞬間、今まで黙っていたドンドチャッカが突然恋次に向かって体当たりをかました(!)
ドォンっという音に混じり、「ぅぎゃっ!」という悲鳴が上がり、はギョっとした。
恋次はいきなりの攻撃に成す術もなく、壁に激突したようで、床の上に崩れ落ちている。
そしてフラフラと腰を擦りつつ、起き上がると、目の前に仁王立ちしているドンドチャッカを睨み付けた。
「て、てめぇ…何しやがる!もう少しで俺の繊細な腰骨が折れるとこ―――」
「ダメでヤンス!!」
「あぁ?!」
「どんな理由があろうと、女の子に手を上げるなんて男の風上にもおけないでヤンスよ!!」
「う……」
いきなりドンドチャッカにまともな説教をくらい、頭に来ていた恋次もさすがに言葉に詰まった。殴られたでさえ、それには唖然としている。
「親に教わらなかったでヤンスか?!女の子は護ってあげるものでヤンス!優しくしてあげなきゃダメでヤンス!」
「うっせぇ!俺に親はいねぇんだよ!」
「……開き直るでヤンスか?」
「う…わ、分かったよ!!分かったからこれ以上、その顔、近づけんな!!心臓に悪い!!」
ぐぐっと迫ってくるドンドチャカに、恋次は青い顔でその巨体を押しのけた。
納得した恋次を見て、ドンドチャッカも「分かればいいでヤンス」と、偉そうに胸を張る。
その一部始終を眺めていたは、叩かれた事など忘れたように、噴出してしまった。
「あはは…何だかいいコンビ」
「コンビじゃねぇ!!」
恋次がの言葉に、ムキになって言い返す。だが赤くなっているの頬を見て、ハッと息を呑んだ。
「…つか…悪りぃ…。痛かったか?」
「…え?あ……別に…何ともありません」
「ホント…悪かった……ついカッとしちまって…」
そう言いながら、恋次はの赤くなった頬へそっと触れた。その感触にがドキっとしたように視線を上げると、恋次はつらそうな顔で見つめている。
そんな顔を見るのは初めてで、は僅かに息を呑んだ。
「…平気だって言ってるじゃないですか…。別に気にしてません…。怒らせるような事を言った私も悪いし……」
がそう言って俯くと、恋次はホっとしたように手を離した。
そして小さく息を吐くと、もう一度を見つめる。
「お前ホントに……ここへ来たかったのか…?」
「え…?」
「あの…破面とお前……いったいどういう関係なんだよ…」
「あの破面…?」
「お前を…尸魂界まで助けに来た…青い髪の奴だ」
グリムジョーの事を聞かれ、ドキっとした。それと同時に、自分が何をしに来たのかという事を思い出す。
「別にどういう関係もないです…」
「…じゃあ何でお前は虚圏に来たいだなんて思ったんだ?あいつにそそのかされてるからじゃ―――」
「グリムジョーはそんな事しない!」
「…」
「グリムジョーは…私を救ってくれたの…。空っぽだった私に希望を与えてくれた…居場所を与えてくれた…だから私は―――」
そこまで言って言葉を切った。
言っても無駄だ。死神と破面は敵同士。理解なんてされるはずもない。
「…もういいです。これ以上、話しても無駄だし…」
「おい…どこ行くんだ?」
「戻ります。やる事があるんで…。阿散井副隊長はこの中を好きに探せばいいじゃないですか」
「あ?つーか、それでいいのかよ…。お前は俺の敵なんだろ…?」
「私の力じゃ阿散井副隊長を止められないし…。それにこの中、結構複雑なんですよね。だから簡単に井上織姫を探せないと思いますよ?」
そう言いながら歩き出すと、その後を恋次も追いかけてきた。
「おい待てよ」
「離して下さい。どんなに聞かれても私は彼女の居場所を教える気はない―――」
「いや…そっち道がねぇぞ…?」
「……………」
そう言われ足を止める。確かに曲がった先は壁になっていて、行き止まりとなっている。
そこに気づき、は無言のまま、頬を赤くした。
「……お前……実は迷子―――」
「ま、迷子じゃありません!!ここに住んでるんですよっ?迷子になるはずがないじゃないですかっ」
疑いの目で見てくる恋次に、がムキになって言い返す。その様子を見て、ますます恋次の目が細くなった。
「……でもお前、さっき俺に会った時、一瞬だけ驚いた顔してたよな…。俺はてっきり待ち伏せしてたのかと思ったが…もしかして道に迷ってたんじゃ…」
「だ、だから違います…!いいから早く探しに行って下さい!言っときますけど私についてきても無駄ですからねっ」
プリプリ怒りながら、再び踵を翻すと、恋次は笑いを噛み殺しながら着いて行った。
「……何がおかしいんですか」
「いや……何か…随分と明るくなったなぁと思ってよ」
「……悪かったですね。昔は根暗で」
「根暗なんて言ってねぇだろ。ただちょっと無愛想で、明るい方じゃなかったってだけで―――」
「…同じ事でしょ……っていうか、ついて来ないで下さいっっ」
後からついてくる恋次と、何故か一緒にいるドンドチャッカに、は思い切り怒鳴った。
このままついてこられて、もしグリムジョーなんかとバッタリ会ってしまったら、それこそ大変な事になる。
「あのな…偶然にもお前と会えたのに、このまま行かせるはずねーだろ」
「…何でですか…。阿散井副隊長は井上さんを助けに来たんでしょ?」
そう言って振り返ると、恋次は苦笑いを浮かべ、の方へ歩いて来た。
一瞬警戒して身構えたが、恋次からは特に殺気も感じられない。
恋次はそのままの頭にポンと手を乗せると、昔と同じようにグリグリっと撫で回した。
「井上だけじゃねぇ。お前もだ」
「……は?」
「お前も連れて帰るつもりで、虚圏に来たんだ」
「…な…何言って………そんな事、私は望んでないわっ」
恋次の言葉に驚いて、は頭に乗せられた手を振り払った。それでも恋次は真剣な顔で、を見つめている。
「お前の気持ちはそうかもしれねぇ…。けど、こうして会ったのに置いていっちまったら一生後悔するからよ」
「勝手なこと言わないで!それに私は戻ったってどうせ処刑されるだけじゃないっ」
「させねぇよ」
「…………っ?」
「お前を処刑なんて…俺がさせねぇ…。どんな事してでも止めてみせる。だから…心配しないで一緒に―――」
「やめて…!」
恋次の思惑が分からず、はカッとなった。
「…もう放っておいて…。私に構わないで…私はここで生きていくって決めたの…っ」
「藍染に利用されてもか?」
「……っ?」
その言葉に息を呑み、顔を上げると、恋次は深く息を吐き出した。
「何故、死神になってもいねぇ、何の力も持たないお前を、藍染はここへ呼んだんだ?何か企んでるに決まってるだろうがっ」
「…だから…?」
「…!」
「別に利用されたっていい。ここにいれるなら利用されて、それで死ぬ事があっても私は―――」
そう言いかけた瞬間、不意に腕を引き寄せられ、気づけば恋次の腕の中にいた。
それには後ろで見守っていたドンドチャッカも、慌てて二人に背を向けている。
「ちょ…阿散井副隊長…?!」
急に抱きしめられ、はビックリしながら、腕の中でもがいた。だが恋次の腕の力が強すぎて、逃げる事も敵わない。
「…俺が嫌なんだよ…」
「…………ッ?」
「利用されて死んでもいいだと?ふざけんな……そんな事、させるかよ…」
を強く抱きしめながら、恋次は小さく呟いた。その恋次の言葉に、も困惑しつつ、顔を上げる。
「……な…何で……そこまで私に構うんですか……阿散井副隊長にとって、私はただの後輩じゃないですか…なのに―――」
「後輩じゃねぇ……」
「……っ?」
「お前が処刑されそうになった時……どんなに助けたかったか分かるか…?」
「……阿散井…副隊長……?」
恋次の声と一緒に、抱きしめる腕がかすかに震えているのを感じ、は言葉を失った。
「あの破面が……お前を助けに来たのを見た時……敵を目の前にして…どれだけホっとしたか分かるか……?」
「………ッ」
「あの時から…俺は副隊長失格だって思ってる…だけど……あの時と同じ後悔だけはもうしたくねぇ…」
恋次はそう言うと、を真剣な顔で見つめた。その瞳が熱くてドキっとする。
それは先輩だとか、副隊長といったものではなく、一人の男の目だった。
「阿散井……副隊長……」
恋次の眼差しに、戸惑いを感じながらも、は視線を反らせず、見上げた。
そっと髪を撫でる手が優しくて、鼓動が自然と早くなる。
こんな風に、優しく抱きしめられたのは初めてで、は顔が赤くなっていくのが分かった。
「俺は……お前の事が―――」
「――――ッ」
ドキっとしての体が強張る。それを優しく抱き寄せながら、恋次はゆっくりと口を開いた。
「……好―――」
「恋次ぃぃ〜〜!!!!」
その瞬間、甘い空間を裂くような叫び声が上がり、恋次、そしてもその場で飛び上がった。
見れば少し離れて大人しくしていたはずのドンドチャッカが、半泣き状態で走ってくる。
それを見て、恋次の額にくっきりと怒りマークが浮かんだ。
「何なんだテメーはぁぁ!!!!俺ぁ、今ちょっとカッコいい事、言おうとしたんだぞコラァ!!」
を抱きしめた状態で、思い切り振り返る。が、その瞬間、視界が恐ろしい顔で埋め尽くされた。(!)
「来るでヤンス〜〜〜!!!」
「はぁぁ?!!つ、つーか顔がちけぇ!!」
凄い勢いで目の前にデカイ顔が来た事で、恋次は顔が引きつった。
腕の中にいるも、ドンドチャッカのアップが怖いのか、ギョっとしたように首を窄めている。
それでもお構いなしで、ドンドチャッカは慌てながら、通路の奥を指差した。
「来るでヤンスよ〜!!」
「だから何がっっっ?!」
「おっきい霊圧を感じるでヤンス!!早く逃げねーと危ねぇかもでヤンス〜!」
「あ?おっきい霊圧だぁ…………ッ?!!」
と、その時、ビリビリと肌に突き刺さるような霊圧を感じ、恋次はを抱きかかえたまま、一気に後ろへ飛び跳ねた。
その瞬間、ドゴォォォン!!!という爆音と共に、通路の壁が弾け飛び、天井からも瓦礫が崩れ落ちてくる。
それを避けるように避けながら、恋次はをかばうように、抱きしめた。
「…チッ!何だぁ…?」
「………あ……」
バラバラと落ちてくる瓦礫を手で弾いていると、が、恋次の腕の中で小さく跳ねた。
それに気づき、声をかけようとしたが、すぐ近くに大きな霊圧を感じて、恋次は思わず息を呑む。
「…てめぇは……」
土煙が晴れて来た時、目の前にいる破面を見て、恋次は目を見開いた。
「よぉ…………なかなか戻ってこねぇと思ったら…こんなトコで死神と何してんだぁ?」
「……グ…グリムジョーっ」
煙が消え、そこに姿を現したのは、水浅葱色の髪をした破面―――グリムジョーだった。
「………クックック…」
モニターを眺めながら、薄く笑みを漏らす一つの影。その時、不意に扉が開き、暗い室内に光が差し込んだ。
「…やっぱ君かぁ。操作してはったん」
「……市丸さま…っ」
モニター前に立っていた男は、その姿を見て慌てたように頭を下げた。
それを見ながら、ギンはいつものように笑みを浮かべながら、モニター前へと歩いていく。
「おかしい思ってん。東仙さんが戻した回廊が、またおかしな事になっとるし……」
「…いけませんでしたか?」
ギンの言葉に、ふと顔を上げた男は、ニヤリと怪しい笑みを漏らす。その顔には先ほどまでの動揺は見られなかった。
ギンはそれに気づきながらも、笑みを浮かべ、「別に…」とモニターを覗き込んだ。
「この区域は君に任されてるんやし、かまへんよ?ザエルアポロくん♪」
「……ありがとう御座います」
ギンの言葉に、ザエルアポロは軽く頭を下げて微笑んだ。
だが眼鏡の奥の瞳は、怪しく光ったまま、モニターに映る人物たちを捉えている。
「…おもろい事になってるなぁ…。やっぱちゃん、阿散井くんと会ぉーてもーたんや」
「僕がそう、操作をしました」
「何でなん?」
「この男のデータは全て僕の手元にあり、調査済みです。なので罠を張って待ち構えてたんですが…ちょっとした余興も欲しくなりましてね」
「へぇ。余興…ねぇ。それでちゃんをぶつけたん?」
「彼女が死神と一緒ならば…必ずグリムジョーが気づいてここへ来ます。僕とやる前に、多少痛めつけておいてもらった方が、僕としても楽になりますから」
「悪いなあ。仲間まで利用するやなんて…」
ギンの言葉に、ザエルアポロは苦笑すると、モニターに映るグリムジョーを見た。
「僕は彼ほど、腕っぷしがあるわけじゃないですからね。少しでもハンデをもらいたいんですよ」
「またまた…。自信はあるくせに」
ギンはそう言いながら笑うと、ザエルアポロと一緒にモニターに映る恋次とを見た。
どうやらグリムジョーが虚閃を放ったらしく、回廊の壁や天井が見事に崩れ落ちている。
恋次はをかばうように抱きしめながら、どうにか、それを回避したようだ。
「グリムジョーもかなわんなぁ…。あんな場所で虚閃やなんて…また君の仕事が増えるんちゃう?」
「大丈夫ですよ。あれくらいの崩壊、すぐ修理できますから。それより……先ほどから見ていて思ったんですが」
「ん?何なん?」
「これから一波乱ありそうですよ」
「そら、死神と十刃が顔合わせばな」
「それだけじゃなく……この死神とグリムジョーが連れて来た女…ちょっとワケありのようですから」
ザエルアポロの言葉に、初めてギンが興味を示した。
「ワケありて……何のこと?」
「この死神にとっても……この少女は大切な存在のようでして」
「……へぇ…ほんまに?」
ちょっと間延びした声でそう言うとギンの顔から笑みが消えた。これでも驚いているらしい。
そんなギンにザエルアポロは苦笑いを零すと、モニターの音声を少しだけ引き上げた。
「まあ…少しの間、見物させてもらいましょう……護廷十三隊の死神と……十刃の戦いを、ね」
そう言ってニヤリと笑うザエルアポロに、ギンの顔にもまた、笑みが戻った。
「その手ぇ、離せよ。死神……」
床に散らばった瓦礫を蹴飛ばしながら、グリムジョーはゆっくりと恋次の方へ歩いていく。
恋次は少しづつ後ずさりながら、を抱える腕に力を込めて、「こんな時に十刃かよ…」と軽く舌打ちをした。
「ちょ…阿散井副隊長…私を離して…っ」
「バカ言うな…!やっと会えたんだ…。みすみす渡せるか…っ」
「阿散井副隊長こそバカ言わないで下さい…!私は敵ですよ?人質にしたって、逆に危険ですってばっ」
なかなか離してくれない恋次に、も必死にもがき続ける。そもそもグリムジョーの登場でその場が濁されたが、先ほど恋次が言いかけた事を忘れてはいない。
ハッキリ聞こえたわけじゃないが、何となく"お前が好きだ"と言いかけた気がする。それを思い出しただけで、は顔が熱くなるのを感じた。
「お前を人質にする気はねぇ……このまま連れて帰るつってんだろっ」
「………ッ?」
その力強い言葉に驚いて顔を上げる。が、不意にグリムジョーの殺気を感じ、ハッと息を呑んだ。
「その手ぇ離せっつってんだろ!そいつは俺のもんなんだよ…死神さんよぉ」
グリムジョーのその一言に、恋次が息を呑む。はで、その意味深な言葉にドキっとした。
「…ちょ…私はものじゃない―――」
「うるせぇ!テメーは黙ってろ!!」
グリムジョーは相当、苛立ってるのか、いつも以上に迫力がある顔でを睨んだ。
それにはも文句を言いかけた口を閉じる。
「…おい死神…敵地まで乗り込んできた勇気は誉めてやる…。だが俺のもんに触れたのだけはいただけねぇなあ」
「うるせぇ!は誰のもんでもねぇだろ!!」
「あ?」
恋次の一言に、グリムジョーの顔つきが変わった。目が釣りあがり、今にも攻撃を仕掛けそうなほど、殺気だっている。
「そいつは俺のもんだ!今すぐ、その薄汚ねぇ手を離しやがれ!!」
「ちょ、待ってグリムジ―――」
それは一瞬だった。目の前にいたグリムジョーが消えたと思った瞬間、恋次の背後に回り、凄いスピードで蹴りを仕掛けてくる。
を庇ったせいで回避の遅れた恋次は、その蹴りをまともに受け、通路の奥まで吹っ飛ばされていった。
ドゴォォンっと大きな音が響く。その音に驚いて目を開けた時には、の体はグリムジョーの腕に抱えられていた。
恋次に蹴りを入れる瞬間、グリムジョーがの体だけ自分の腕に引き戻したのだ。
「グ、グリムジョ……」
何もかも一瞬の出来事で呆気に取られていると、グリムジョーが怖い顔でを見下ろした。
「…テメーは何やってやがったんだ?」
「な…何って……」
「俺が寝てんのをいい事に…黒崎って死神でも探しに来たのかよ…」
「ち、違うわよっ!」
「だったら何でその仲間と一緒にいたんだ?」
「ぐ、偶然に会ったのよ…私はグリムジョーを探してて…」
「あぁ?俺を探しに来て、あんな男に抱きしめられてたのかよ?!ふざけんなっ!」
「あ、あれは……!!っていうか何でそんなに怒ってんの?!そっちが部屋にいないから悪いんじゃないっ」
「テメーが戻ってねぇから、また迷ってんのかと思って探しに来てやったんだよ!!つーかお前は黙ってろ!」
散々怒鳴った後で、グリムジョーはを後ろに押しやると、恋次の吹っ飛んで行った方へ歩き出した。
それを見ては慌てて後を追うと、「何する気?!」と腕を引っ張る。
「あ?何ってトドメさすんだよ!あいつは侵入者だろうが!」
グリムジョーはそう言いながら、の腕を振り払う。―――その時、土煙の向こうで黒い影が揺れて、始解の句が聞こえてきた。
「―――
吼えろ、
蛇尾丸!!」
「――――ッ?!」
その声と共に、長く延びた刃節が煙の中から飛んでくる。
それを見たグリムジョーは、を突き飛ばし、素早く回避すると恋次の方へ
響転で移動した。
「グリムジョー!!」
恋次の攻撃で目の前の壁が崩れ落ちてくるのを避けながら、は何とか立ち上がった。
このままだと二人の戦闘が始まってしまう。だからといって、に止める術はなく、気持ちだけが焦っていた。
(って、何を悩んでんのよ…阿散井副隊長は敵で侵入者なのよ…?しかも私を尸魂界へ連れ帰ろうとしてる…そんなヒトを庇ったってグリムジョーを怒らせるだけだ…)
その時、少し離れた通路の方で派手な音が聞こえてきた。どうやら二人の戦闘が始まったらしい。
周りの壁が崩れるたびに土煙が上がり、よくは見えないが、グリムジョーの方が恋次を圧倒しているようだ。
無理よ…いくら阿散井副隊長でも、十刃のグリムジョーに敵うはずない…まだ本気の戦闘は見てないけど…
以前、黒崎との戦いを見た限りでは相当な強さだった。しかもあの時は片腕がなかったのに、あれほど強かったのだ。
「阿散井…副隊長……」
"お前が処刑されそうになった時……どんなに助けたかったか分かるか…?"
さっき言われた言葉が胸に響く。
護廷十三隊・六番隊の副隊長でもある恋次が、まさか自分の事をそんな風に想ってたなんて気づきもしなかった。
「関係ない……私は……決めたんだから…」
「……何をでヤンスか…?」
「きゃっ!!」
突然,変な声が聞こえて、はその場に飛び上がった。振り返ると、何故か傷だらけで埃まみれのドンドチャッカが瓦礫の下から這い出てくる。
「あ、あなた…………いたの?」(!)
「い、いたのってヒドイでヤンス〜〜!!ずっと瓦礫に埋もれてたのに何で助けてくれないでヤンスかぁぁ!!!」
「きゃ、ちょ近寄らないでよ…!」
いきなり飛び掛ってきそうな勢いのドンドチャッカを見て、は慌てて逃げ出した。
それを見て、「逃げるなんてヒドイでヤンス〜!」と、ドンドチャッカが追いかけて行く。
が、目の前で戦っている二人を見て、ギョッとしたように足を止めた。
「あ……あれは……
NO6十刃・グリムジョー様……っっっ!!!!」
一気に青ざめるドンドチャッカに、はホっと息をついて胸を撫で下ろす。これ以上、近寄られては心臓に悪い(!)
「な…恋次がやられてるでヤンス…!」
「あ、ちょっと…!今そっちに行ったら危ない………って聞いてないか…」
突然、二人の方に走り出したドンドチャッカに、は深々と溜息をつく。
その時、再び派手な音が響き渡り、ドキっとして顔を上げた―――
「それで終わりか、死神!!」
「…く…っ」
「卍解もしねぇで敵うとでも思ってんのかァ?甘ぇーんだよ!!おらぁ!」
「ぐぁ!!!」
フラついている恋次を殴り倒すと、グリムジョーはゆっくりと掌を翳した。
それが赤く光るのを見た瞬間、恋次の目が見開かれ、驚愕の表情に変わる。
「この距離から受けりゃ残骸も残らねぇ……もその方がいいだろ」
「…テ、テメェ………を…どうしようってんだ…?」
「あ?どうも何も……あいつは俺のもんだ…。テメーごときが触れていい女じゃねぇ」
「……な…に…?」
「あいつに触れていいのは俺だけなんだよ……テメーはその報いを受けろ、バカが」
「――――ッ」
グリムジョーの掌に熱が集中し、目の前が赤く染まっていくのを感じながら、恋次は斬魄刀を握り締めた。
―――ここで卍解しなければやられる!!
「――――卍か」
「
恋次ぃぃ〜〜!!!危ないでヤンスーー!!!」
「あぁ?!」
今まさに卍解をしようとした瞬間、突然ドンドチャッカが飛び出してきて、目の前のグリムジョーに体当たりした。
この不意打ちにグリムジョーも思わず、体勢を崩し、上に飛びのく。その時だった。
恋次とドンドチャッカがいた床が突然開き、その空洞の中へ二人は落下しっていった(!)
「わぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁ………」
恋次の悲鳴が木霊しながら、次第に小さくなっていく。その光景に、グリムジョーも呆気に取られた。
「な……何だァ?」
「……グリムジョー!」
そこへが走ってきた。だがも床に開いている穴を見て、慌てて足を止めている。
「な…何これ……っていうか………二人は……?」
訝しげな顔をしながら空中に浮かんでいるグリムジョーを見上げる。
グリムジョーは溜息交じりで飛び降りると、「下に落ちた」とだけ言って、肩を竦めた。
「チッ!これからって時に……」
「お、落ちたって…何で?二人はどこ行ったの?あの破面を追いかけてきたら、いきなり消えたしビックリするじゃないっ」
「るせえなあ!知らねーよ!どーせ、また別の場所に出るだろ」
「別の場所って…」
そう言いながら、床に開いた穴を覗き込む。が、その瞬間、床が元通りに塞がり、はギョっとした。
「し、閉まっちゃった……」
「どーせこんな事すんのはザエルアポロくらいだろ……ヒトの獲物、横取りしやがって―――」
グリムジョーがそう言いかけた時、突然、『心外だな。あれは僕の獲物だよ』という声があたりに響き、は更に驚いた。
「…テメェ…また覗き見か?」
『それも心外だよ。観察といってもらいたいね』
「え、ちょ、誰?誰と話してるの?」
普通に話しだすグリムジョーに驚いて、がキョロキョロと辺りを見渡す。だが周りはすでに瓦礫の山で、誰もいる様子はない。
「うるせぇ…。モニター室のマイクでしゃべってんだよ…」
「マ、マイク…?あ……もしかして回廊操作してるっていう――」
『その通り。初めまして、可愛いお嬢さん。僕は
NO8十刃、ザエルアポロ・グランツだ。最初の挨拶がこんな形ですまないね』
「へ?あ、い、いえ……は、初めまして……」
いきなり声だけで挨拶をされ、は戸惑いつつも頭を下げた。どうせこの様子もモニターで見てるんだろう。
「あ、あの……阿散井服j隊長たちは……」
『今の死神なら、そのうち僕の張った罠にかかるだろうね。まあ心配しなくてもいい。グリムジョーの手を煩わせる事なく、僕が片付けてあげるから』
「は、はあ……」
「チッ!俺に前座やらせやがって……今度会ったら覚えとけよ、ザエルアポロ」
グリムジョーはそれだけ言うと、「行くぞ」との手を引っ張っていく。
ザエルアポロは笑いながら、『通路は戻しておいてあげよう。観察も、ここまでにするよ』とだけ言って、通信を切ったようだ。
「あ、あの…グリムジョー?どこ行くの…?」
グイグイと腕を引っ張るグリムジョーに、は必死について行きながら尋ねる。
ザエルアポロの言ったとおり、通路は元に戻ってるようだ。
「あ?部屋に戻るに決まってんだろ」
「え、あ…部屋…」
「何だよ?他にどこか行きてぇとこでもあんのか?」
グリムジョーはそう言って不意に立ち止まると、の腕を引っ張って、壁に押し付けた。
そこはいつの間にか十刃の居住区で、辺りは相変わらずシーンと静まり返っている。
「……グリムジョー?」
「あの死神が心配か?」
「……え?」
その言葉にドキっとして顔を上げると、グリムジョーの冷たい視線と目が合う。
さっきほどではないが、今も多少はイラついているようだ。
「そ、そんなこと言ってないじゃない……」
「…フン……どうだかな。ホントはあいつを助けに行きてぇんじゃねぇか?」
「…何でそんなこと言うの…?そんなこと思ってない!」
疑われてる気がして、見下ろしてくるグリムジョーにしがみつく。その瞬間、腰を抱き寄せられ、鼓動が跳ねた。
「グ、グリム…ジョー?」
「……あんな奴に触れさせんじぇねぇよ、バーカ」
「……え?」
「お前に触れていいのは…俺だけだ……」
「…な……どう…したの…?変だよ、グリムジョー」
「うるせぇ…!ムカツクんだよ!!テメーが他の奴の腕にいんのは!」
「………ッ?」
の腰を抱きしめる左手に力を入れながら、グリムジョーは壁に右手をつき、深く息を吐き出した。
次から次に溢れてくる、このイライラが何なのか、よく分からないから余計にイラつく。
それでも、腕の中に戻ってきたの存在を感じ、心のどこかで安堵している自分にも、グリムジョーは気づいていた。
「……お前は……俺のもんだ……」
(この腕だけに縋ればいい――)
BACK
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ちょっと久々?に本編をアップ。ギンギンも本編では初登場?他にも東仙やザエルアポロなんかもお初ですかね。
アニメの方が、グリムジョーとの戦いを終えた辺りでいきなりオリジナルになって、かなりショックです…;;
あれ、暫く主人公サイドの話は出てこないのかも。なんと三番隊に新しい隊長がやって来たって話なんですけど、
何で三番隊なんだぁーー!!五番とか九番隊でもいいじゃないかぁ…。
あの隊長が羽織る白い羽織り(3番)を他のキャラが羽織ってるのを見ると無性に寂しさを感じました…クスン。
この作品にも、いつも励みになるコメントを頂いております。ありがとう〜(*TェT*)
■番外編が更新されていたので読ませていただきました!いろいろなキャラの日常みたいなのが読めて楽しいです♪これからも無理をせず、御自分のペースで頑張ってください。(高校生)
(番外編も読んで下さったようでありがとう御座います!温かいお言葉も嬉しいです!欲張りなので、今後も色々なキャラと絡めていきたいですね(´¬`*)〜*
■こちらのグリムジョー夢がとても楽しみです!ドリーム小説、サイコーです!!グリムジョー大好き♪(その他)
(ありがとう御座います!徐々にブリーチ夢にもコメントが増えてきて嬉しい限りです〜(>д<)/
■凄く好みなグリムジョー夢何で、いつも楽しく読ませてもらってますv段々とグリムジョーの特別になっていくヒロインちゃんが可愛くて大好きです^^*(その他)
(好みだなんて嬉しいです!グリムジョーの特別になりたい願望だけで書いております(オイ)これからも頑張ります〜!)
■更新されていたので読ませて頂きました。私もグリムジョーになら何されても構いません!このサイト様のグリムジョーが一番好きです。これからも頑張ってください。(高校生)
(ですよね!グリムジョーになら何でも許しちゃいそうです(え)当サイトのグリムジョーが一番好きだなんて感激です!!(*TェT*)
■グリムジョーにならセクハラだろうが抱き枕だろうが、全然OK、もうドンとこい!です。(社会人)
(セクハラなんて是非!って感じですよね(笑)抱き枕……なりたい(*ノωノ)
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