覚えている―――出逢ってしまった夜の事を。
覚えている―――あの夜、オレを真っ直ぐに見つめたアイツの瞳を。
他愛もない、小さな出逢い。オレにとったら、たったそれだけのものだったはずなのに。
一緒にいると退屈しない。面白いオモチャを見つけたような、そんな感覚。
なのにアイツはいつもオレの心を揺さぶる。無邪気な顔でオレの失った全てのものを引き出させる。
失ったはずの心を―――与えてくれる。
オレが見つけた。オレが助けた。だからアイツはオレのものだ、とどこかで思っていたのかもしれない。
だからこそ、がオレ以外の奴らと次第に打ち解けていくのを見て、それまで以上の独占欲が生まれた。
それが少しづつ、あるはずもないオレの心に揺さぶりをかけてきて、必要以上にかき乱す。
が黒崎とかいう死神と、過去に知り合いだった事で、それは一気に爆発した。
オレの知らないを、あの黒崎は知っている。たったそれだけの事が、オレの癇に障った。
あの赤髪の野郎がアイツに触れていた時、それ以上に怒りが込み上げた。
ワケの分からない怒りが爆発し、オレの中でがどれほど大きな存在なのか、という事を、思い知らされた気がした――
アイツは言った。オレと会うのは運命だったんだ、と。
あの言葉を、今度はオレが言う番なのかもしれない。
お前と出逢ったのは―――運命なんだ、と。
「――シャウロンか?」
全開にしている
探査神経に、よく知っている霊圧がかかり、グリムジョーは静かに目を開けた。
同時に部屋のドアが開き、シャウロンが顔を出す。その表情は少し険しいものだ。
「さんは連れて行かれたようですね…」
「…ああ」
「藍染さまは何をお考えなのか…」
「…知らねぇよ。ただ……の事を利用しようとしてるのは確かだ。侵入者は全てアイツの知り合いだからな」
面白くなさげに舌打ちをするグリムジョーに、シャウロンも小さく息を吐く。
それに気づいたグリムジョーが、僅かに笑みを零した。
「お前も心配なのかよ」
「…もちろん。彼女は…いい子だ。危険な目に合わせるのは忍びない」
シャウロンはそう言って静かに目を伏せた。その脳裏にの明るい笑顔が浮かぶ。
「気づけば…彼女は我々にとっても…大切な仲間になっていた。あなたにとっては我々以上に…」
「…………」
その言葉に何も答えないまま、グリムジョーは窓から見える三日月を見上げた。
この虚圏には昼がない。いつまで経っても夜のまま。日にちの感覚さえ、掴みにくい場所だ。
が出て行ってからどれくらいの時が経ったのだろう。そんな感覚さえ鈍ってくる。
ただ言えるのは、例え一分だろうと、一秒だろうと、が傍にいないこの空間が、グリムジョーにとっては苦痛でしかなかった。
「…オレは…変わったか?」
不意にグリムジョーが口を開いた。その目は今も三日月を見つめながら、独り言のように呟く。
シャウロンも同じように外へ視線を向けながら、ほんの僅か、その顔に笑みを浮かべた。
「ええ…そうですね」
「…そうか」
「気持ちに変化が…。さんと出会ってから少しづつ…我々も失ったものを再び取り戻したような、そんな気分です」
「…オレもだ」
そう一言、呟いてグリムジョーはシャウロンを見た。その瞳の鋭さは変わっていない。
ただそこに見え隠れする動揺の色は、前のグリムジョーに見られなかったものだ。
「に何かあれば……オレは…」
拳を握り締めながら、グリムジョーは声を震わせた。
そんな姿を見た事がないシャウロンは僅かに息を呑み、そしてその拳にそっと自分の手を乗せる。
「…その時は我々も一緒です」
その言葉に、グリムジョーは軽く目を見開き、そしてすぐにその手を振り払う。
「ケッ…バカかテメー。アイツはオレが守るんだよ」
そう言った表情は意外にも優しいものだった。シャウロンも笑いを噛み殺しながら、そうですね、と呟く。
それ以上、何も言わなくても互いの気持ちが理解できた。
元々仲間意識など皆無だった破面が、を通じて少しづつ変わっていく。
グリムジョーにも、それは分かっていた。
心を失った虚が、破面として生まれ変わり、理性を取り戻した。そして一人の少女と出会い、心をも取り戻す。
そんな自分も悪くない…
グリムジョーは今の自分に戸惑いつつも、それを受け入れようとしていた。
――と、そこへ再びドアが開いた。
「オレたちもいるけどね〜♪」
「…フン」
「…ディ・ロイ…。イールフォルト…」
顔を出した同胞に、シャウロンは苦笑いを浮かべ、グリムジョーは呆れたように溜息をつく。
「お前らがいても足手まといだろーが。特にディ・ロイは」
「ひでぇ!オレだって少しは役に立つと思うぜー?!」
「今まで役に立った事が一度でもあったかよ」
「うわ更にひでぇ。シャウロンも笑ってないで何とか言ってくれよ〜!」
ディ・ロイの声が静かだった部屋に響く。煩わしげに顔を顰めながらも、少しだけ皆の心が和んだ気がした。
静かな廊下に、二人の足音だけが響く。
さっきから何も話さないウルキオラの後ろを気まずそうに歩きながら、は部屋に残してきたグリムジョーの事を思った。
"――オレは……お前以外に大切なモンなんて何もねえからな…"
その一言が、今も耳に残っている。胸の中が熱くなって、それが少しづつ心に沁み込んでいくような感覚。
誰かからハッキリと"愛情"を感じたのは初めてで、は未だにドキドキしていた。
恋愛をして、その人とキスを交わし、セックスをする。
話でしか聞いた事のない、そんな世界を、まさか虚圏で体験するとは思ってもいなかった。
誰かを好きになると、その人のことで頭がいっぱいになる。ずっと傍にいたいと思う。触れたいと望む。触れて欲しいと願う――
昨日の自分とはまるで違う、その心の変動に、は戸惑いながらも、前には感じた事のなかったものを確かに感じていた。
――生きている実感。
求められている自分の存在すら愛しく思う。そんな感情を、今までのは知らなかった。
現世にいた頃も、尸魂界に行った後も、どこか心は冷めていて。何かが足りなくて、退屈で、仕方がなかった。
でもグリムジョーと出逢ってから今日までの時間。自分は確かに満たされている。
空っぽだった心が、今は溢れ出しそうなほどの想いで埋め尽くされている。
それは、どうして今まで気づかなかったのか、というほどに確かな愛情だった。
もしかしたら私は……グリムジョーと出逢った、あの夜から、ずっとグリムジョーに惹かれていたのかもしれない……
ううん、それよりもずっと前から…グリムジョーと出逢うのを待っていたのかもしれない。
ふと、そんな事を思いながらは笑みを零した。が、その瞬間、目の前を歩いていたウルキオラが不意に立ち止まる。
ドキっとしても足を止めると、ウルキオラが静かに振り向いた。その顔は相変わらず無表情だ。
「…、だったな」
「は、はい」
「…お前は…グリムジョーに何をした」
「えっ?!」
突然のその問いに、はドキっとした。
――もしかして、さっきキスしてるとこ…見られてた?
内心、焦りつつ、目の前で自分を見つめてくるウルキオラを見上げる。
グリムジョーとは少し違う、綺麗なブルーグリーンのウルキオラの瞳は、何もかも見透かしてしまいそうなほどの強さがある。
「あ、あの…何かって…」
(何のことだろう?グリムジョーに何をした、なんて聞かれても……っていうか何かされたのは私の方だし…)(!)
まさかヴァージンをあげました、と言えるはずもなく。その前にウルキオラが何の事を聞いているのかすら、には分からない。
そのまま言葉を濁していると、ウルキオラは小さく息を吐き出した。
「お前が来てから…アイツは少し変わった。お前がアイツを変えたんだろう?何をした」
「え、えっと……私は別に何も…」
に分かりやすく説明してくれたようだが、それでも深い意味のところまでは分からない。
特に何をしたというわけでもなく、ただは傍にいただけだ。ウルキオラが何を思って、そう訊いて来るのか、にはサッパリ分からなかった。
「…あの…グリムジョーはどう変わったんですか?」
今度はが質問してみた。ウルキオラがグリムジョーの事を、どう変わったと思ったのか、知りたくなったのだ。
自分が来る前のグリムジョーはどうだったのか、どんな風にここで過ごしていたのか。
好きになればなるほど、自分の知らないグリムジョーの過去を知りたくなってしまう。
「………」
の問いに、ウルキオラは僅かに眉を上げた。自分が質問していたはずなのに、いつの間にか立場が変わっている。
視線を反らすことなく、十刃である自分に対し臆する事なく、真っ直ぐ見つめてくるを見ながら、変わった女だ、とウルキオラは思っていた。
「…前のアイツなら…女の事でいちいち突っかかってくる事もなかった」
「え…」
「グリムジョーが手を出した女など腐るほどいる。その中には他の破面と寝る女もいれば、死神に殺された女もいた」
「………ッ」
「それでもグリムジョーが、その女どもの為に怒る事など一度もなかったはずだ」
淡々と話すウルキオラとは裏腹に、はぎゅっと拳を握り締めた。
今の話を聞いただけで、重苦しいものが足元から這い上がってくる嫌な感覚に、軽く唇を噛む。
――分かっていた。過去にグリムジョーが自分の知らない女たちと何をしてきたか、なんて。
それでも実際に聞かされると、いい気持ちはしない。
は生まれて初めて嫉妬、という感情を知った。
「……さっきのように怒りを露にしてきたのは初めてだ。女の事でムキになるグリムジョーを初めて見た」
ウルキオラはそう言うと、俯いてしまったを黙って見つめた。
「お前がアイツを変えたんだろう?答えろ、」
「わ…私は……ただ…」
「ただ…何だ?」
「……ただ…好きになっただけ」
「何?」
「グリムジョーのこと…好きになっただけだよ…」
震える声で呟いたに、ウルキオラは思い切り目を見開いた。まるで信じられないと言いたげに。
暫く沈黙が続いた。それに耐え切れなくなったが恐る恐る顔を上げると、ウルキオラは無言のまま、再び歩き出す。
「……下らん。好きだの何だのと。そんな感情など、オレ達には不要だ」
そう言い捨て、先を歩いていくウルキオラに、さすがのもムッとして追いかける。
「それ…どういう意味ですか。破面は誰の事も好きにはなれないって事?」
「好きになる必要などない。オレ達にあるものは、敵か味方か。殺すか生かすか、しかない」
「…な…どうしてそう言いきれるの?少なくともグリムジョーは違うもん」
そう言ってウルキオラの腕を掴む。足を止めたウルキオラは、必死に訴えてくるを無言のまま見下ろした。
頬を上気させながら睨んでくるその姿に、の本気が伺える。
「…グリムジョーがお前を抱いて本気になった、と言いたいのか?」
「…………ッ」
「抱かれたんだろう?アイツに」
その言葉にの頬が赤くなる。それでは図星だと言っているようなものだ。
ウルキオラは初めて苛立ちを見せると、の手を振り払った。
「下らん。そんな事でアイツが――」
「ウルキオラさんは今まで誰の事も好きになった事はないの?」
「何?」
顔を赤くしながらも、ムキになって言い返してくるに、ウルキオラは顔を顰めた。
「破面にでも性欲はあるんでしょ?グリムジョーが言ってたもの。だったらウルキオラさんにだって、そういう女性が――」
「いたから何だと言うんだ?性欲があるからといって、その女に愛情を抱くとでも言いたいのか」
「だって……特別なものでしょ?肌と肌をあわせるって……いくら破面でも情くらいわくんじゃ…」
「それが下らないと言っている。欲から生まれた俺達が、自分の欲に従い女を抱いたからといって、それが愛情になる?ありえない」
キッパリと否定され、は言葉に詰まった。でも、それでも信じていたい。
グリムジョーの心を、言ってくれた言葉の一つ一つを。
好きな人に触れられると、どれだけ幸せなのか、という事を、初めて分かったから――
「…ウルキオラさんには分からないだけだよ…。もしかしたら、抱いた女の人の中に、ウルキオラさんの事を本気で好きだった人だっているかもしれないのに」
はそう言い捨てると、そのまま廊下を歩いていく。
ウルキオラの言葉に無償にイライラして、自分でもよく分からない感情が込み上げてきたのだ。
だがすぐに「待て」という声がして、はムッとしながらも振り返った。
「何ですか」
「方向が違う。そこを曲がるんだ」
「…………」
真っ直ぐ歩いていたは、その言葉に顔を赤くし、大人しくウルキオラの方へと戻る。方向音痴なのは直っていないようだ。
が戻ってくると、ウルキオラは再び歩き出した。も仕方なく、その後からついていく。
「……グリムジョーが変わったのは…やはりお前が原因のようだな…」
不意にウルキオラが呟いた。がドキっとして顔を上げる。その瞬間、思い切り壁に押し付けられ、背中に軽く痛みが走った。
「ウ、ウルキオラ…さん?」
突然のその行為に驚き、目の前のウルキオラを見上げると、すぐにブルーグリーンの瞳と視線がぶつかり、ドキっとした。
「…お前を抱いて…アイツが変わったのなら…お前を抱けば、その理由が分かるのか…?」
「…は?な…何…言って…」
その言葉に目を見開く。何の冗談かと笑いたいのに、意外にも真剣なウルキオラの瞳に、それも出来ず、は小さく喉を鳴らした。
「あ、あの…」
ウルキオラはゆっくり身を屈めると、指での顎を軽く持ち上げた。ウルキオラに至近距離で見つめられ、思わず体を硬くする。
「……ウ、ウルキオラ――」
「冗談だ。お前のようなガキは趣味じゃない」
「な…っ」
冷めた目でそう言われ、顔が赤くなる。
腕を拘束していた手が離されホっとしたが、それでも今のウルキオラの一言にカチンときた。
「…ガキじゃないわよっ」
「どう見てもガキだろう。よく、あのグリムジョーが抱く気になったな」
「……!!(むかぁっ)」
「…何、口を尖らせている。サッサと行くぞ」
例によって淡々とした顔のまま、ウルキオラが歩いていく。
は握り締めた拳を震わせながらも、殴りたいのを我慢して後を追いかけた。(どう考えても力では敵わない)
(全くどうして破面って失礼な男が多いの?!グリムジョーだって最初はガキだの何だのバカにしてたし…!)
内心プリプリ怒りつつ、前を歩くウルキオラをジトっと睨む。
(そりゃ破面に比べたら、私なんかまだ子供かもしれないけど――生きてる年数が違うし――でもだからってバカにされるほど……)
そう思いながら、ふと自分の体を見下ろしてみる。そして小さく溜息をついた。
細っこくてどう見てもセクシーとは言いがたい体つきに、自分でもガックリくる。
確かに…破面の人たちは皆、グラマーだったもんね…私に嫌味を言ってきてた破面も、言うだけあるって感じで色っぽかったし…
っていうか……グリムジョーって、あんな色っぽいお姉さまがたと今までエッチしてたのかな…………で、何で私???
初めてだったからよく分からないけど、グリムジョーってばやたらと慣れてた感じだし、
きっと百戦錬磨並みのテクニックがあるはず…(!)
それも全て、あんなナイスバディな破面のお姉さまがたと日夜励んでいたから……よね(ォィ)
だったら相手だって、それなりのテクニックを持ってらっしゃったんだろうし(!)
私みたいな"ど素人"なんて物足りないんじゃ…(ガーン)
っていうか………グリムジョーとエッチしたお姉さまがたって、どれくらいいるんだろ……なんか…やだな…その人たちと一緒に暮らしてるのって…
一人あれこれ考えながら、はどんどん落ち込んでいった。初めて味わう嫉妬の感情は、感じた事のない痛みを連れて来る。
意識してなかった時は、グリムジョーにガキだの色気がないだのバカにされても、頭にはきたが今ほど気にはならなかった。
色気なんて歳を取れば出てくると思っていたし、胸だってそのうち大きくなると信じて(?)疑わなかった。
でも今は違う。グリムジョーは好きな男であり、その男に抱かれたのだ。イヤでも気になってしまう。
(しかも関係ないウルキオラにまでバカにされたし……)
前を静かに歩くウルキオラを見ながら、ははあ、と溜息をついた。
「何を溜息なんかついている」
「…ちょっと…落ち込んじゃって」
そのの言葉に、ウルキオラは片方の眉を上げ、訝しげな顔をした。
「落ち込む?何故だ」
「何故って……ホントに私って子供だなぁって…」
「何を今更」
「……むっ」
「そんな事で何を落ち込む必要がある」
しれっとした顔で言い放つウルキオラに、は小さく息をついた。元々ウルキオラの一言にも原因はある。
「だって…グリムジョーにもガキだとか色気がないとか散々言われてたのに、ウルキオラさんにまで言われたから」
「そんな事か」
「そんな事って…コレでも私だって女の子ですから、少しくらい気にします…。特に今は…」
「…何故だ?グリムジョーはそれでもお前を選び、傍に置いているだろう。今までのアイツなら考えられない」
「そ、それは……」
まさかウルキオラからそう言われるとも思っていなかったは、思わず言葉に詰まった。
「そこまでアイツを変えたのはお前だ。オレには理解出来ないがな」
ウルキオラはそれだけ言うと、再び歩き出した。その後ろ姿を見ながら、は軽く苦笑いを浮かべる。
(もしかして……慰めてくれたのかな…)
相変わらず表情は変わらないが、以前に比べてウルキオラもよく話すようになった。
その変化には気づいている。なのに当のウルキオラはグリムジョーが変わった事に気を取られ、それに気づいていないようだ。
(ウルキオラさんだって…変わってるのに)
内心そう思いながらも口にはしない。
本当は…口で言っているよりも、もっとずっと優しいのかもしれない、とは思った。
(グリムジョーほど争いごとが好きなようにも見えないし…)
本人が聞けば、激しく反論しそうな事を思いながら、はウルキオラの背中を見つめていた。
その時、不意にウルキオラが足を止め、後ろを振り返る。もハッとして足を止めた。
突然頭の中に映像が流れ込んできたのだ。
「な、何?これ…っ」
まるでフラッシュバックのように流れ込んでくる映像には、知らない場所が映し出されていた。
そこには、あの朽木ルキア、そして見た事もない男が気持ち悪く変形していくさまが見える。
その男の刃が、ルキアの胸を突き刺すところが、ハッキリと見えた。
「…これは…朽木…ルキア…?」
「……アーロニーロの奴がやられたようだな」
ウルキオラが小さく呟く。最後の映像には、確かに相討ちとなった破面の意識までもが、頭の中に流れ込んできた。
ウルキオラの言葉に、彼もまた同じ映像を見ていた事を知り、は軽く首を傾げた。
「……何ですか…これ…。凄く気持ち悪い」
「認識同期。これが
第9・十刃であるアーロニーロの能力だ。奴は自分の戦った敵の情報を瞬時に同胞に送る事が出来る」
「…
第9…十刃…。戦った相手は……朽木ルキア…?」
「そうだ。だが朽木ルキアも死んだ。まずは一人、といったところか」
ウルキオラはそう言うと、廊下奥に歩いていく。前方には小さな扉が見えた。
「お前は知り合いだったんだろう?あの朽木ルキアと」
が追いかけていくと、不意にウルキオラが言った。
その言葉にすぐには返事が出来ず黙っていると、「ショックか?」とウルキオラが振り向いた。
「別に……知り合いってほどでもないから」
「そうなのか?」
「初めて会ったのは……この前皆で現世に行った時だし…尸魂界にいた頃は噂だけ……って、どこ行くの?」
が慌てて尋ねる。目の前にある扉を、ウルキオラが開けたのだ。
「この下に……黒崎一護が来る」
「………ッ」
黒崎…その名前を聞いて、はハッとしたように顔を上げた。
この向こうに一護がいる。そう思うと、少しだけ不安になった。藍染はいったい自分に何をさせようというのか…
「どうした?」
「…私は…何をしたらいいんですか」
歩きかけたウルキオラに問いかける。着いて来たはいいが、まだ何をすればいいのかは聞かされていないのだ。
ウルキオラは無言のままを見つめると、すぐに視線を反らした。
「別に何もしなくていい」
「え…?」
「お前を同行させたのは、お前がこちら側の者だと、黒崎に分からせる為だ」
「分からせる……?」
「黒崎はお前に固執しているようだ、と藍染さまが言っていた…他の仲間も同じ…。それを断ち切ってもらう」
「断ち切る……」
「何だ。不満か?」
呆気にとられているを見て、ウルキオラが目を細めた。
「別に…っていうか私はてっきり黒崎を殺せって言われるのかと思ってたから…」
「そうしてもらっても構わないが…お前と黒崎一護の力は違いすぎる。いいから行くぞ…」
ウルキオラはそう告げると、ゆっくりとドアを開け放った――
「…ルキア…ッ?」
十刃落ちのドルドーニを倒した後、廊下を走っていた一護は、ハッとしたように足を止め、振り向いた。
遠くで感じていたルキアの霊圧が、急激に小さくなっていくのに気づき、思わず踵を翻す。
だが突如、背後に感じた大きな霊圧に、その足も止まった。それには大人しく一護の腕に掴まっていたネルも顔を上げる。
「――気づいたか」
「――――ッ?」
「力ばかりの餓鬼だと思っていたが…存外。まともな感覚もあるらしいな」
「て…てめぇは……」
聞き覚えのある声に、一護はゆっくりと顔を上げた。
「久しぶりだ。死神」
「…ウルキオラ!」
思ったとおりの姿がそこにあり、一護は目を見開いた。
「オレの名を覚えているのか。お前に名乗った覚えはないんだがな……まあいい」
ウルキオラはそう言うと、一護の目の前に聳える階段を、ゆっくりと下りていく。
「朽木ルキアは死んだ」
「――な……何…だと?」
「正確には第9の十刃と相討った。全身を斬り刻まれ、槍で体を貫かれた。生きてはいまい」
「適当なこと言うなよ…。ルキアの霊圧が小さくなったのは今だ…。戦ってもいねぇ、てめえがそんなこと――」
「認識同期…第9十刃の能力の一つであり、奴の役目の一つでもあった能力だ。奴は自分の戦った敵の、あらゆる情報を瞬時に、全ての同胞に伝える事が出来る」
淡々と答えるウルキオラに、一護は言葉を失った。だがそのまま背中を向けると、元来た廊下を歩いていく。
「どこへ行く」
「…ルキアを助けに行く」
「死んだと言ったはずだ」
「…信じねぇ…」
その言葉に、ウルキオラが顔を上げた。
「…だそうだが……お前も見ただろう?――」
「…………ッ?」
その名を聞いて息をのみ、一護はゆっくりと振り返った。長い長い階段の上。そこに一つの影が現れる。
「…………」
「…久しぶりね、黒崎」
はそう言いながら、階段をゆっくりと下りてくる。一護はそれを黙って見ていた。
「私も見たの。朽木ルキアは死んだわ」
「……何…っ?」
一瞬、空気が張り詰める。だが、その張り詰めた空気の中、一人だけ能天気な声を上げた。
「〜!!じゃないっスかぁ〜!」
「………ッ」
その声に足を滑りそうになりつつ、が視線を向けると、修行中に砂漠で会ったネルが一護の腕の中で無邪気に手を振っている。
思わず目を細めると、ウルキオラが「知り合いか?」と冷めたように言った。
「別に…ちょっと会ったってだけで――」
「そんな!ヒドイっス!ネルたつは友達じゃねぇっスか〜!」
「……う」
一護の腕の中でジタバタと暴れながら叫び倒すネルに、は思わず、後ずさった。
多分、今一護が手を離せば、ネルはに飛び掛ってくるだろう。その危険を本能で感じ取りながら、慌ててウルキオラの後ろに隠れる。
一護はネルの暴れっぷりに辟易しながらも、「暴れるな!」と一喝した。そして再びに視線を向けると、
「……お前……そいつと何してる…。どうして――」
「何って…彼は仲間だもの。一緒に行動してても不思議じゃないでしょ?」
「…グリムジョーは…?」
「……さあ?今頃、黒崎をどうやって倒すか、考えてる最中じゃないかな」
黒崎だけはオレがやる…そう言っていたグリムジョーの言葉を思い出し、は微笑んだ。
一護もグリムジョーとは何らかの因縁を感じているみたいだ。
「…フン…今すぐ呼んで来いって言いてぇところだが……オレは行かなきゃならねぇ」
「…朽木ルキアって死神のとこ?それなら言ったでしょ。彼女は死んだわ」
「…嘘つくな!まだルキアは死んじゃいねぇ!」
一護はそう言うと、を真っ直ぐに見つめた。
「…お前も…オレと一緒に来ないか…」
「…え?」
「一緒に…尸魂界へ戻ろう…。処罰の事ならオレが何とかしてやる。恋次だってそう言ってるんだ」
「……イヤよ。せっかく尸魂界から逃げてきたのに…戻るなんて冗談じゃない」
「………!お前……本気でオレ達の敵になるつもりか…っ?」
悲痛な叫びが辺りに響いた。一護の言葉に、は何も答えようとはしない。そんな二人を、ウルキオラは黙って見つめていた。
「…つもりも何も…もう敵じゃない」
「………ッ」
肩を竦め、そう言ったに、一護は目を見開いた。
「ふざけんな!オレはお前の敵じゃねぇ!」
「…何言ってるの?私は――」
「あーもう!今は時間がねぇ!その話は後だ!」
一護は頭をクシャクシャとかきむしり、に背中を向けた。
「オレが戻ってくるまでそこで待ってろ!」
と言って歩いていこうとする。その時、それまで黙っていたウルキオラが静かに口を開いた。
「どこへ行く。黒崎一護」
「…ルキアを助けに行くつってんだろっ!死んだなんて信じちゃいねぇんだよっ」
「
捐介だな…オレを殺していかなくていいのか?」
「……てめえと戦う理由はねえ」
「…どういう意味だ」
その問いに、一護は足を止めた。
「てめえは敵だが……てめえ自身はまだ誰も、オレの仲間を傷つけてねぇからだ」
「―――そうか」
歩いていく一護を見つめながら、ウルキオラは顔を上げた。その瞳はやけに冷めていて、の鼓動がドキリと跳ねる。
「虚圏に井上織姫を連行したのが――オレだと言ってもか」
冷たい声が零れ落ちたのと同時だった。
一護の斬魄刀がウルキオラに振り下ろされる。だがウルキオラはそれを右手一本で軽々と止めた。
「やっぱり井上は…自分の意思で虚圏に行ったんじゃなかったんだな…!!」
「意外だな。助けに来た仲間といえど、少しは疑心があったらしい」
ギシギシ…っと一護の斬魄刀とぶつかり合う音が辺りに響く。それでもウルキオラの表情は変わらない。
「分かってんのか?!てめえのせいで、井上は裏切り者呼ばわりされてんだぞっ!!」
「だろうな。そうなっていなければ、こちらの計算ミスという事になる」
「てめえ…っっ!!」
あくまで冷静なウルキオラを前に、一護は強く歯を噛み締めた。
「オレと戦う、理由は出来たか?」
ウルキオラの挑発的な言葉に、一護は思い切り斬魄刀を弾いた。二人の間に一気に距離が出来る。
「ネル…も…もう少し離れていろ…」
「い…一護…」
「どうやらコイツは…オレをこのまま通す気はなさそうだ…。だが…わりぃな…こっちも急いでんだ…全力で行くぜ」
一護がそう言った瞬間、爆発的に霊圧が上がり、周りの空気が急に重たく感じた。
「卍解か…」
頭上に飛び上がった一護を見上げ、ウルキオラが呟く。
だが、斬魄刀を振り上げながら降りてくる一護の、その姿に、ウルキオラは目を見開いた。
ガン…!!という派手な音と共に、再び一護の斬魄刀がウルキオラの腕に振り下ろされる。
だが一護の姿は、先ほどまでとは違い、顔に不気味な仮面をつけていた。その異様な姿に、も息を呑む。
(あれは……前に現世でグリムジョーと戦った時と同じ…!!)
黒い死覇装、黒い斬魄刀。それらは一護だと示しているのに、その仮面だけが異質だった。
ウルキオラも初めてその姿を目にしたのか、一瞬だけ驚愕の表情を見せると、腕に振り下ろされた斬魄刀を思い切り弾いた。
その衝撃に一護は物凄い勢いで吹っ飛ばされた。柱にぶちあたり、何本も破壊しながら飛んで行く。
それを見て、は思わずウルキオラに駆け寄った。
現世で見た時、片腕がなかったとはいえ、あの仮面をつけた一護に、グリムジョーはかなり手ひどくやられたのだ。
あの姿になった時の一護は危険…の本能がそう告げていた。だがウルキオラは駆け寄ってきたの腕を掴むと、反対側へと押しやり、階段の方へと連れて行った。
「来るな。離れていろ」
「待って!黒崎のあの仮面…危険だわっ」
「…問題ない。いいから離れていろ。傍にいると気が散る」
「ウルキオラ…っ」
一護の方へ歩いていこうとするウルキオラの腕を、は思わず掴んだ。
どこか不安で、でも引き止めて何を言いたいのかよく分からない。
ウルキオラはそんなを見つめると、「離せ…」とその腕を解いた。
「オレの傍にいると怪我をするぞ」
「…え?」
「お前に怪我をさせれば、グリムジョーがうるさいからな…」
「……っ」
ウルキオラはそれだけ言うと、響転を使ったのか、一瞬で姿を消した。
は言われた言葉に頬を赤くしながらも、ウルキオラが向かった先へ視線を向ける。
その時、土煙の中から、黒い霊圧が刃の姿に変化していくのが見えて、は思わず目を見開いた。
「終わりだ――――月牙天衝」
「…ウルキオラ!!」
真っ黒で大きな刃が、一護に向かって行ったウルキオラに放たれる。ウルキオラはそれを避ける事はせず、再び片手で受け止めた。
ドドドド…っという重苦しい音が響き、黒い刃がその勢いを増していく。
その時ウルキオラは初めて、もう片方の手も使い、完全に防御へとまわった。
それでも刃の勢いは止まらない。それどころか力を増幅させ、ウルキオラの体ごと、貫こうと圧迫してくる。
その得体の知れない力を前に、ウルキオラは初めて自分の力が圧されている事に気づいた。
「――馬鹿な」
そう呟いたのと同時だった。地鳴りのような音と共に、ウルキオラの体が完全に黒い刃へと飲み込まれてゆく。
何かが爆発したような衝突音を聞きながら、は呆然として、それを見ていた。
「う…そ…」
はその場に膝を着き、思わず呟いた。ウルキオラが実際に戦ったところは一度も見たことはない。
でも十刃内で、どの位置にいるかはグリムジョーから聞いている。その序列はグリムジョーよりも上だ。
そのウルキオラが一瞬にして消滅したように見えた…
「…何なの…アイツ…」
土煙の中、フラリと立ち上がる一護に、ゆっくりと視線を向ける。その顔には未だあの不気味な仮面があった。
が、その仮面が突然ひび割れ、バリン…っと音を立てながら崩れ落ちていく。
その下から現れたのは、間違いなくの知ってる黒崎一護だった。
「………」
「黒崎…あんた……何者なの…?」
目が合った途端、悲しげな顔をする一護に、は声を震わせた。
一護は何も答えないまま、ゆっくりとの方へ歩いてくる。それを見ながらも、はその場から動けなかった。
「…怪我…ねえかよ…」
「………っ?」
「立てるか…?」
一護はそう言うと、昔と同じように皮肉めいた笑みを浮かべ、に手を差し出してくる。
思わず掴みかけた手を、は慌てて引っ込め、一護の手を振り払った。
「バカじゃないの…?この状況で敵の心配する?」
「…言ったろ…お前を敵だとは思ってねえ」
「まだそんな事…って、何するのよっ」
突然、腕を掴まれ、グイっと引き寄せられたは、ギョッとして一護を押しやろうとした。だが力で敵うはずもなく、アッサリその腕に抱き寄せられる。
「ちょ、黒崎…!」
「ゴチャゴチャうるせーんだよ、てめえは!オレが敵だと思ってねーんだからいーだろ別に!」
「よ、良くない!離してよっ」
「こうでもしねーと、お前すぐ逃げそうだしな…」
「は?ちょ、ちょっと何する――」
「このまま連れて行く」
一護はそう言うと、必死にもがいているを軽々と持ち上げ、肩に担いだ。それにはもギョッとしたように暴れだす。
「何するのよ!離してってば!」
「うるせえ。このまま連れてくつったろ」
「勝手に決めないで!私はどこにも行きたくなんか――」
「…いぢご〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
その瞬間、瓦礫の中から大きな塊が一護の顔面めがけて飛んできた(!)
「おべっ!」
「うわ〜〜〜〜〜〜〜んっっ!!!」
泣きながら飛び掛ってきたネルは、一護の顔に張り付いて、わんわんと泣き出した。
その勢いに圧されて、一護の体は勢いよく、後ろに壁に激突する。
当然、抱えられていたもその被害にあい(!)その衝撃で床へと落とされてしまった。
「し…死んじゃうかと思ったっス、一護〜〜!!」
「あ、ああ……今な…」
今の激突で、額から血を垂らしつつ、一護は目が点になっていた。
それに気づかないネルは、泣きながら一護の胸をポカスカと殴っている。
「そんなボロボロの体で、またあんなデタラメな力使って、ムチャっス!ダメっス!ネル、もう凄い心配したっス!もう…もうしちゃダメっスよ!!」
「ネル…」
そこまで言うと、ネルは一護に抱きつき、「ぶえぇぇっっ」と派手に泣き出した。
そんなネルを見て、一護も苦笑いを零すと、「わりぃ、ネル…」と頭を撫でている。
が、一人だけ納得のいかない人物が、ゆっくりと体を起こした。
「……何で私まで巻き添え……?」
「あ………つかお前……だ、大丈夫か?」
フラフラと立ち上がる、を見上げ、一護は顔が引きつった。
は体中、土埃で汚れ、腕や足があちこち擦り切れている。
それも全て、ネルの飛び掛り攻撃のせいだ。
「大丈夫なわけないでしょ!あちこち痛いわよ!」
「わ、わりぃ…」
「ホント黒崎に関わると昔からろくなことない――」
「ご、ごめんなさいっス!今のはネルが悪いっス!一護は悪くないっス!!」
服の埃を払っていると、ネルが慌てたようににしがみ付いた。それにはも小さく息をつく。
「…別にいいよ。ネルのせいじゃないし……それにおかげで解放されたから」
そう言って一護に向かって舌を出す。それには一護も、「え?あ!!」と慌てて立ち上がった。
「…お前…!」
「今、黒崎に捕まるわけにはいかないの。あんたのその変な力……報告しなくちゃならないし」
「………ッ」
「それに……ウルキオラに手をかけたあんたは…やっぱり私の敵だわ…」
ぎゅっと拳を握り締め、は一護を睨み付けた。
「……」
「彼は…今、私にとって仲間なの…なのに――」
「アイツは井上をさらった張本人だ!許せるわけねーだろ!」
「でも殺したわけじゃない!あの子ならピンピンしてるわよ!」
その言葉に、一護がハッと息を呑む。そしての腕を引き寄せた。
「お前…井上に会ったのか…?」
「痛…っ離してよ…っ」
「答えろ!井上はどこにいる?」
「…教えるわけないでしょっ!いいから離して!朽木ルキアのとこに行くんでしょ?サッサと行ったら?」
の言葉に、一護は思い出したように舌打ちをした。あまり時間もない。
そう思った一護は、再びを肩に担ぎ上げた。
「きゃ、ちょっと――」
「お前も連れて行くつったろ…」
「や…やだ!私はグリムジョーのとこに戻るの…!」
「奴のとこには後で案内してもらう。いーから今は大人しく一緒に来い!」
「やだって言ってるでしょ!っていうか、あんたホントに勝手な男ねっ!そんなんじゃ井上さんに愛想つかされるわよ?!」
「あぁ?!何でオレが井上に愛想つかされるんだよっ」
手足をジタバタしているに顔を顰めつつ、一護は怒鳴り返した。ネルは足元でそんなやり取りを楽しそうに見物している。
だが一護はハッとしたように言葉を切ると、「お前、全部思い出したのか…?」と呟いた。
「別に全部思い出したわけじゃ……ただ彼女の事は顔見た時に何となく…っていうか、どこ触ってんのよ、黒崎のエッチ!」
「な!別にこれはそう言う意味じゃ…つかケツ支えないと落ちんだろーが!」
の突っ込みに、一護は一気に赤くなった。だがはそれまで以上に足をバタつかせ、「下ろしてよ!」と叫んでいる。
その時、今まで黙って見物していたネルが、ニヤニヤしながら一護の前に立った。
「パンツ…見えてるっスよ♡」
「は?」
「………ッ」
「のパンツ、スカート短いから足バタバタしたら丸見えっス♡」
ネルのその一言に、は暴れるのをピタリとやめた。一護は一護で固まりつつも、視線だけを横に向けている。
落とさないようお尻を押さえているのは、もちろんスカートの上からだが、確かにネルの言うように、短いそこからかすかに下着が見えている。
それに気づいた時、一護は「ぶっ」っと噴出し、顔が真っ赤になった。
「あー!一護がのパンツ見て鼻血出したっス!」
「ぎゃ!何してんのよ黒崎の変態!スケベ!」
「つか出してねえ!!だいたい、てめえが短いスカートはいてんのがわりーんだろ!」
再び暴れだしたに、一護が慌てて釈明する。ネルは楽しげにそれを眺めながら、「一護、顔が真っ赤っス」と笑っていた。
「それに一護がスケベなのは仕方ないっスよ。だって一護は童貞――」
「わーーっわーーっわーーっ!!!」
ネルが何を言わんとしているのかが分かり、一護はギョっとしながら大声を出した。その声のでかさに、思わずも耳を塞ぐ。
「てめえ…ネル…今、何言おうとした…」
「へ?だから一護は童――」
「言わんでいいっっ!!」
「ちょ、黒崎うるさい!どうでもいいから早く私を離してよっ」
「いでっいででっつか、おま…髪引っ張んな!!」
足を動かせないと思ったが、思い切り一護の髪を引っ張る。ここで逃げ出さないと、本気で連れて行かれてしまう。
焦ったは必死に一護の後頭部を殴っった。
「いだっ!!殴ンなってっ」
「だったら早く下ろしてよ!」
「うるせえなあ!一緒に連れてくつってんだろっ?お前を恋次にも会わせてーんだよっ」
「…な、何それ…何で阿散井副隊長?」
一護の言葉にドキっとしたは、ひとまず殴るのをやめた。それには一護もホっとしたように息をつく。
「お前と恋次…知り合いだったんだってな、尸魂界で…。それ聞いた時は驚いたけど…何か不思議な縁もあるんだなって思った」
「…………」
「…恋次も…お前のこと心配してんだ。だから無事な顔、見せてやりてぇし――」
「もう会った」
「…あ?」
「さっき…。阿散井副隊長に会ったって言ったの」
「何だと?」
それには一護も驚いた。は軽く息をつくと、
「偶然だけど…会って、少し話したの。でも……阿散井副隊長も黒崎と同じだった。私の気持ちなんてまるで分かってくれない…」
「………」
「言ったでしょ?私は戻るつもりはないって。ここで生きていたいの…ここが私の居場所なのよ」
溜息交じりでそう告げるに、一護はギュッと拳を握り締めた。いつか見た、あの男の冷酷なまでの瞳が、一瞬脳裏に過ぎる。
「…お前は藍染に利用されたいのかよ…」
「……黒崎も阿散井副隊長と同じこと言うんだね…」
「だってそうだろうがよ!お前は知らないんだ!あの男の冷酷さを――」
その時だった。一護の肌にビリビリと刺すような痛みが走る。同時に重苦しいほどの霊圧を背中に感じ、一護は息を呑んだ。
もそれに気づいていた。目線の先に、ゆらりと一つの影が揺れる。それが何かを理解した時、は思わず笑顔になった。
「…その女を離してもらおうか…」
その声にゆっくりと振り向いた一護は、土煙の晴れたところに立っている人物を見て、目を見開いた。
「ウルキオラ!無事だったのね」
がホっとしたように息を吐き出す。ウルキオラは無表情のまま、を見ると、もう一度、一護へ「女を離せ」と言った。
「その女はグリムジョーから借りている。怪我をさせるわけにはいかない」
「…ちょっと!借りたって何よ!私はモノじゃないんだから!」
「………いちいちうるさい女だ」
が口を尖らせて文句を言う姿に、ウルキオラは深々と溜息をつく。
そのやり取りを見ながら、一護は軽く喉を鳴らした。このまま逃げ切れる相手じゃない。戦闘になるのは明らかだ。
だがこの状態ではを巻き込んでしまう……。
「……黒崎…?」
不意に下へおろされ、は驚いたように顔を上げる。
「……お前は離れてろ…」
「…言われなくてもそうするもん…」
軽く目を細め、はすぐに一護から離れた。が、ふと振り向き、
「…逃げれば…?」
「……バカ言うな」
「あっそ。でも…ウルキオラ、無傷だよ?それがどういう事か分かるでしょ」
「何…っ?」
「多分…彼の方が黒崎よりも強いわ」
の言葉にハッと顔を上げ、ゆっくりと近づいてくるウルキオラを見る。
「……やれやれ」
「な――――ッ」
そんなはずはない、と思いながら、自分に向かって歩いてくるウルキオラを見て、小さく息を呑む。
「な…何…だと…っ?」
傷一つないその姿に、驚愕の色を浮かべる一護を見て、ウルキオラは立ち止まった。
「…両手を使っても止めきれんとはな……少し驚いた…」
驚いた、という割りに、全くの無表情で言い放つと、ウルキオラは未だ言葉を失っている一護を見つめた。
「今のが――全力か?」
「…………ッ」
「どうやら、そうらしいな」
服の埃を軽く払いながら、ウルキオラはへ「離れていろ」と言うと、ゆっくり人差し指を一護へと向ける。
その動作を見て、は軽く息を呑んだ。あの構えは―――
「…残念だ」
「―――ッ」
――虚閃!!
ウルキオラの指先が赤く光り始めたのを見て、は思わず、「黒崎!!」と叫んでいた。
その瞬間、虚閃が放たれ、その場の空気が震えたような振動がを襲う。
ズ…ン…ッと歪むような音と共に、目の前の壁が虚閃で弾かれたのを、信じられない思いで見ていた。
「……ゴホ…ッ…嘘…でしょ…ゲホッ」
今の衝撃で、辺り一面が土煙に包まれ、は咽ながらも何とか体を起こした。
土煙と砂埃が混ざり合っているせいで、視界がはっきりしない。仕方なく、は二人の霊圧を探ってみた。
「…外…?」
すでに近くにはウルキオラや一護、そしてネルの霊圧はない。
慌てて穴の空いた壁から外へ出ると、砂漠の向こうを走る一護の姿、そしてその横を走るウルキオラが見えた。
「…嘘…あの瞬間、外に…?いつの間に…」
二人の動きの速さに驚きつつ、は急いで後を追いかけた。このままでは一護がウルキオラに殺されてしまう。
敵なのだから心配しているわけじゃない。
グリムジョーが一護との戦いを望んでいるからだ。死なないで欲しいと思っているわけじゃない。
そう言い聞かせながら、は必死で二人の下へ走った。
「黒崎のバカ…!私に構ってるからこんなことに…っ」
あの時、放っておいてくれたら、あるいは一護も逃げられたかもしれない。
そして時が来れば、グリムジョーは一護の元へ出向くだろう。もちろん、過去の決着をつけるために…
男同士のそんな感情を、はよく分からない。でもグリムジョーがそう望んでいるのなら、その望みを叶えてあげたかった。
「あ……」
もう少しで追いつく。そこまで来た時、ウルキオラの蹴りが一護を弾き飛ばすのが見えた。
弾き飛ばされた一護は、虚夜営の端の建物に激突したようだ。
「…黒崎…」
それを見て慌てて走り出す。砂に足をとられ、何度も転びながら、それでも必死に建物へと辿り着いた。
上の方に穴が開いているのが見えて、すぐにそこへと移動する。
壁が崩れ落ちたせいで、未だ土煙の上がる中、目の前にはウルキオラの後姿が見えた。
「…ゲホッ……ゴホッ」
ガラ…っと瓦礫の崩れる音がして、ハッと奥を見れば、そこには一護が蹲っている。
はボロボロのその姿を見て、短く息を呑んだ。
今の攻撃だけで、あそこまで怪我はしない。もしかしたら先ほどウルキオラの放った虚閃にかすったのかもしれない。
そう思っていると、ウルキオラがゆっくりと一護の方へ歩いて行った。
「虚閃を防御する瞬間…。一瞬さっきの仮面を出したな。大した反応速度だ」
「……ゴホッ」
「だが今回は一瞬で砕けた。次はもう出せまい…。諦めろ」
一護の前に立ったウルキオラが、そう言った瞬間だった。蹲っていた一護が素早い動きで斬魄刀をウルキオラの左胸に突き刺す。
それを見て、は思わず足が動きかけた。だがウルキオラの方は表情すら変えず、目の前の一護を見下ろしている。
「…誰が…諦めるかよ…てめえが十刃のトップだろ…だったら、てめえを倒しゃこの戦い……勝ったも同然じゃねぇか!!」
「………っ?」
一護の叫びを聞いて、は驚いた。一護はウルキオラを十刃のトップだと勘違いしている。
「…黒崎…やめ…」
「こっちに来るな」
「……っ」
駆け寄ろうとしたに、ウルキオラは背中を向けたまま、そう告げる。
その時、ウルキオラが胸に突き刺さっている一護の斬魄刀を、素手で掴んだ。そしてそれを抜いて、横へ引くように動かしていく。
「オレがトップ…そうか……そいつは残念だったな」
「………ッ?」
斬魄刀の切っ先で服が破れ、ウルキオラの胸元が露になったその瞬間、一護は驚愕の表情を浮かべ、ウルキオラを見上げた。
「…4……だと…?!」
「ああ…。
第4十刃・ウルキオラ・シファー。―――十刃内での力の序列は…4番目だ」
「―――――」
ウルキオラの左手が、一護の胸を貫くさまを、は言葉もなく、ただ見ていた。
「黒崎一護…お前がオレを斃す事はない。例え斃せたとしてもオレの上には更に三体の十刃。お前が千度、立ち上がろうと――」
ウルキオラが一気に腕を引き抜くと、一護は静かにその場へと崩れ落ちた。
「…お前らの前に…勝利はない」
足元に崩れ落ちた一護を、ウルキオラは冷たく見下ろした。もその場に座り込み、ぴくりとも動かない一護を見つめる。
「…どうやら…オレはお前を買いかぶっていたらしい。お前の進化は、オレの目論見には届かなかった…ここまでだ」
ウルキオラの声にも反応しない一護に、は力が抜けたように動けなかった。
あれほど強いと思っていた一護でさえ、ウルキオラを前に一撃で倒れたのだ。
「お前が未だ動けるなら、すぐに
虚夜宮から立ち去れ。動けないなら、そこで死ね。お前の道は――ここで終わりだ。死神」
ウルキオラはそう言うと、一護に背中を向けた。同時に一護の卍解が解かれ、元の姿に戻っていく。
(これほどまでに……力の差があるんだ…)
そんな事を思いながら、目の前に歩いて来たウルキオラを見上げる。
ウルキオラは、座り込んでいるを見下ろし、そっと手を差し伸べた。
「…立てるか?」
「…どうして…」
ウルキオラの問いに首を振ると、は軽く唇を噛んだ。目の前に斃れている一護は、すでに何も見てはいない。
「どうして殺したの…?」
「何…?」
「…ウルキオラが手を出したなんて知ったら…グリムジョーが怒るよ…」
「…………」
その一言に、ウルキオラは溜息をつくと、の腕をグイっと引っ張った。
「勝手に怒らせておけ。それより……怪我をしてるな。こっちの方がやっかいだ」
「…べ、別にかすり傷だし…」
掌や腕、太腿や膝と、あちこち擦りむいているのを一つ一つ確認していくウルキオラに、は顔が赤くなった。
そんなを見上げると、ウルキオラはゆっくりと立ち上がり、頬の傷へも手を伸ばす。
「…だ、大丈夫だってば…」
「グリムジョーに文句を言われるのはオレだ」
「………ッ」
そう言われると何となく恥ずかしくなり、は目を伏せた。が、その瞬間、顎を持ち上げられ、ドキっとする。
「ここも切ってるな…瓦礫の破片が当たったのか?」
「た、多分…」
唇のすぐ下が多少ヒリヒリする事に気づき、は頷いた。
さっきは夢中で追いかけてきたから気づかなかったが、体中のあちこちが痛む。
あれだけ大きな虚閃を放った、すぐ近くにいたのだから、多少の怪我をするのは当然の事だろう。
でもそれは生きているから感じる"痛み"だ。そう思いながら、すでに動かなくなった一護を見た。
「……気になるのか?」
「…べ、別に…」
「なら、そんな顔はするな。あれはお前の敵でもある」
「わ、分かってる…」
真っ直ぐ、心の奥まで見透かすような目で見つめられ、は慌てて視線を反らした。
だが、不意に顎の傷に触れられ、ビクっと肩が跳ねる。
「…血が出てるな。痛むか?」
「…だ、大丈夫…」
顎を更に持ち上げられ、は頬が熱くなるのを感じながら、そう呟いた。
その瞬間、生暖かいものが傷に触れ、ドクンと鼓動が跳ねる。
ウルキオラに舐められたのだと気づいた瞬間、耳まで赤く染まった。
「な……っ」
「…どうした?顔が赤い」
「だ、だって…」
「血を舐め取っただけだ。いちいち反応するな」
さらりと言われ、また別の意味で赤くなる。そんなを見て、ウルキオラはかすかに目を細めた。
「…あ、あの、そろそろ離して――」
と、が視線をウルキオラに戻した時だった。ブルーグリーンの瞳が、視界いっぱいに映り、頬を両手で包まれた。
「……ん、っ」
驚いて発しようとした言葉は、ウルキオラの唇に塞がれ、そのまま飲み込まれてしまった。
一瞬、何をされたのか分からず、大きく目を見開く。
だが薄く開いた唇から、ゆるりと入り込んできた舌に、体全体が跳ね上がった。
「ん…ンっ」
舌先で内側をぬるぬるとなぞられ、体中に震えが走る。絡め取られた舌が強く吸い上げられる感覚に気が遠くなる。
それでもは必死に体を捩り、ウルキオラの胸元を力いっぱい押し戻した。
「な…何する…の…っ」
呼吸が乱れ、頬が燃えるように熱い。
目の前のウルキオラはいつもと同じ無表情ながら、その瞳には妖しい光が宿っているように見えた。
「お前が物欲しそうな顔をしてたからだろう」
その一言にカッとなり、は思わず手を上げる。パンっという乾いた音が響き、ウルキオラはかすかに唇を舐めた。
「……よく殴られる日だ」
「……?」
叩かれても、特に怒った様子も見せず、ウルキオラは小さく呟いた。
でもすぐに訝しげな顔をするを見ると、その小さな唇にそっと指先を伸ばす。
「触らないで…っ」
その手から逃げるように後退するを、ウルキオラは無言のまま見つめた。
「そういう事したいなら他を当たって!私はウルキオラの遊び道具じゃないっ」
真っ赤な顔で、瞳に涙を溜めつつ叫ぶに、ウルキオラは僅かに目を細める。
そして小さく息を吐くと、「そんなつもりはない」と一言、言った。
「じゃあ、どういうつもり――」
「その傷は……井上織姫に治してもらえ」
の言葉を遮り背を向けると、ウルキオラはそのまま一人、外へと出て行ってしまった。
残されたは一瞬、呆気に取られた顔をしたが、全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。
今のキスがまるで夢のようだ。でも鼓動の激しさで現実のものだと実感する。
「…どういうつもりよ…」
そっと唇に触れ、呟く。グリムジョーのキスしか知らなかった唇が奪われ、そう思うと余計に頬が熱くなる。
「何なのよ…破面って皆、ああなの?人の気持ちもおかまいなしで……っ」
驚きが収まると、今度は無性に腹が立って来る。は深く息を吐き出すと、何とか立ち上がった。
今の衝撃で忘れていた痛みが、冷静になった瞬間戻ってくる。
「…痛ぁ…」
腕を擦りながら、顔を顰めると、は斃れたままの一護を見た。もう死んでいるのか、それとも、まだかすかに息があるのか。
ここからではよく分からない。気づけばあの子供の姿も見えなくなっていた。
(戻らなくちゃ…戻って…この事をグリムジョーに教えないと…)
動かない一護を見て、かすかに胸が痛むのを感じながら、はそれに気づかないフリをした。
だが、ふとある事を思いつき、再び一護を見る。
(井上織姫……そうだ…あの子の力でなら黒崎を助けられるかも…)
グリムジョーの失った腕を元に戻したくらいだ。ウルキオラの傷くらい治せるかもしれない。
(そうよ…ウルキオラが倒したと思っている黒崎を助ければ、少しは鼻を明かせるかも…)
キスの恨みではないが、ふとそんな事を考える、いや、もしかしたら、そんな言い訳を作ってしまいたかったのかもしれない。
この世界、弱いものは敗者となり、死んでいくのが当たり前だ。でも…
「…あんたが死ぬのはまだ早いよ…」
(グリムジョーとだって決着ついてないんだから)
はそう思い立つと、急いで一護の元へと駆け寄った。だが、うつ伏せで倒れているせいで、傷の具合はよく分からない。
「待ってて、黒崎……井上さんを連れて来てあげる」
そう呟くと、一護の髪をそっと撫でて、はすぐに建物を飛び出した。
「…遅せぇ…っ」
イライラとしたように呟くと、グリムジョーは軽く舌打ちをした。
周りにいた破面たちはそれに気づき、少しづつグリムジョーから距離を取っている。
グリムジョーの機嫌が悪いと、とばっちりを受ける事がある、とよく分かっているからだ。
そんな同胞の気配を感じながらも、グリムジョーは苛立ちを隠す事なく、何してやがる、とブツブツ言いながら、同じ場所を何度も行ったりきたりしていた。
部屋でただジっと待っていても落ち着かず、シャウロン達と広間へやって来たはいいが、どっちにしろ大した変わりはない。
周りのビクついた視線も重なって、グリムジョーの苛立ちが更に上がっていく。
「…少しは落ち着いたらどうですか」
と、見かねたようにシャウロンが苦笑した。それに続くようにディ・ロイが身を乗り出し、楽しげに笑う。
「そうだよ〜。そんな冬眠前の熊みたいにウロついたって仕方ないだろ?」
「うるせぇ!ディ・ロイ!!誰が熊だ!」
「ひっ」
額に怒りマークがくっきり浮かんだグリムジョーに怒鳴られ、ディ・ロイは思い切り首を窄めた。
それを横目で見つつ、言わなきゃいいのに、とイールフォルトは苦笑いを浮かべた。
が、近づいてくる霊圧に気づき、顔を上げる。
「グリムジョー」
そこへ女の破面が歩いて来た。
「……ミリヤ…」
「久しぶりね」
ミリヤと呼ばれた女は魅力的な笑みを浮かべると、グリムジョーの肩にそっと手を乗せた。
それを見ていたシャウロン達は、互いに顔を見合わせ溜息をつく。ミリヤはが来る前、グリムジョーと関係のあった女だ。
「…何の用だ」
肩に乗せられた手を振り払うと、グリムジョーは顔を背けた。それにはミリヤも面白くなさそうに目を細める。
もともと気位が高く、美人というのを鼻にかけていた。十刃のグリムジョーと寝たいだけで近づいてきたような女だと、その場にいる全員が知っている。
「冷たいのね。前は結構上手くいってたじゃない?私達」
「あぁ?テメーと上手くいってた、なんて記憶にねぇなあ。ほんの三発ほどヤっただけだろ」
鼻で笑うグリムジョーに、ミリヤの顔色が一瞬で変わる。
当然、その場の空気が悪くなり、シャウロン達以外の破面たちは面倒に巻き込まれたくないといったように、早々に広間から退散した。
「あーあ…皆行っちゃったよ」
「仕方ないでしょう。仲間同士の揉め事は見て見ぬフリが一番楽だ。特に男女の問題は」
グリムジョーとミリヤの様子を伺いながら、シャウロンが肩を竦め、苦笑いを浮かべる。
ディ・ロイもそれに頷きながら、横になっていた体を起こすと、未だグリムジョーに馴れ馴れしくしているミリヤを横目で見た。
「でもミリヤもよくやるよなー。グリムジョーが十刃落ちしたら即効でノイトラに寝返ったクセに。んでノイトラに相手にされなくなったらスタークだろ?十刃なら誰でもいいって感じじゃん」
「まあ、あれほどの美人だ。来る者拒まずといった破面の習性に合ってるんでしょう。そういうディ・ロイも、最初はナイスバディだ何だと騒いでいたのでは?」
「…それは…さあ。まあ…目の前に美味しそーな体がありゃ反応すんだろ…男としては」
シャウロンの突っ込みに、ディ・ロイも苦笑いを浮かべて鼻先をかいている。その横でイールフォルトが呆れたように笑った。
「オレ達は欲が満たされりゃいいからな。誘われりゃ、よっぽど酷くない限り、ヤるだろ」
「まーね。でもオレ、最近は絶対、性格重視かなー」
「はあ?ヤる相手に性格求めてどーすんだ?バカ」
「いーじゃん。何かちゃんみたいな子なら、ずっと一緒にいても楽しそうかなって思うようになったし」
「…本気か、ディ・ロイ…」
思わず目を細めるイールフォルトに、ディ・ロイは何だよその目は、と唇を尖らせている。
「ヤるだけの関係より、オレとしてはそういう方が楽しいと思うようになったぜ?グリムジョーとちゃん見てて」
「グリムジョーはヤるだけだろ……」
「前はそーだったけど今は違うよ。ちゃんのこと、大切にしてるじゃん。今だってミリヤの誘惑に負けてねーし」
その言葉に、イールフォルトはぐっと言葉に詰まり、相変わらず素っ気ない態度で接しているグリムジョーを横目で見た。
確かに最近のグリムジョーは変わったと思う。一人の女に固執するようなタイプでもなかったし、女の事であれほどイラついているグリムジョーを見た事がない。
それは確実に、の存在が大きいといえるだろう。
「フン…まあ……グリムジョーが一人の女に執着してるのは物珍しくて観察のしがいはあるけどな」
「だろ?まあ振り回されるちゃんも可愛そうだけど、でも、とりあえず浮気の心配は…って、あれ?どこ行くんだ、グリムジョー」
ディ・ロイの言葉に、シャウロンとイールフォルトも振り返る。するとミリヤと二人で広間から出て行くグリムジョーが見えた。
「…って、早速誘惑に負けてんじゃん!!」
「はあ…」
「…仕方ねーだろ…それがオレ達、破面の習性だ。人間や死神みたいに"貞操義務"なんてモン、持ち合わせてねーんだよ。ヤりたくなったらヤんだろ」
イールフォルトはそう言うと、呆れたようにその場に寝転がった。ディ・ロイもシャウロンも顔を見合わせつつ、深い溜息をつく。
「変わった、と思ったんですがね…」
「でもオレらはイールフォルトの言うように、相手を一人だけって決める習性なんてないし…」
「しかしさんは違う。もしこの事がバレたら……"破面の習性"だ、という説明で納得しないと思いますがね…」
「そっか…だよな…うわ、オレ、知らね!何も見なかったことにしよ」
ディ・ロイはそう言うと、そそくさと寝たフリを決め込む。それを見送りながら、シャウロンは再び深い溜息をついた。
その頃、グリムジョーは広間奥の通路で、ミリヤから長いキスを受けていた。
十刃落ちしたすぐ後に、ノイトラに乗り換えた事は気に入らないが、あまりにしつこいのと、この苛立ちを誤魔化そうと、誘われるままついて来たのだ。
もちろん、これが浮気だとか、そんな深い事は考えていない。
イールフォルトたちが話してたように、グリムジョーにはそういった感情はないのだ。
ただ本気でミリヤを抱きたいとかではなく、が傍にいない苛立ちが、目の前の女とヤる事で少しは晴れるなら、それでいい。
それくらいの気持ちだった。
だが、どれほど濃厚なキスを受けても、豊満な胸を押し付けられても、グリムジョーの体が熱くなる事はなかった。
「…ぁん…もっと集中してよ…」
グリムジョーの下半身に手を伸ばしながら、ミリヤが不満げに眉を顰めた。
以前ならキスもそこそこに抱き合っていたはずが、今のグリムジョーはどこか心ここにあらず、といった顔だ。
「…うるせぇなあ…。あまりくっつくな…」
「何よそれ…くっつかないで、どうやってするの?その前に反応すらしてないじゃない。グリムジョーのここ」
下半身を擦りながら不満げに目を細めるミリヤに、グリムジョーは軽く舌打ちをした。
「ヤりたきゃ、てめえが勃たせろ」
「もう…横着ね…」
そう言いながらもまんざらではない顔で、ミリヤはその場にしゃがみこんだ。そしてグリムジョーのモノを取り出し、徐に口へと含む。
唇と舌を使い、ねっとりと舐め上げてくる感覚に、グリムジョーの体がピクリと反応した。
それを見て、ミリヤは満足そうに、それを口内でしごいていく。
だが体は反応しても、頭だけはどこか冷めていた。
自分のモノにしゃぶりついている女を見下ろしていると、ただのメスにしか見えない。
以前の自分ならそれで興奮し、己の欲を吐き出すだけで良かった。それだけの行為に何の感情もいらない。
けど今は…その行為にさえ夢中になれない。何の欲情も湧いてこない。
ただ与えられた刺激に体が反応しているだけで、何の快感も感じなかった。
逆に心のどこかで罪悪感にも似たものを感じていた。
そんな事は初めてで、この重苦しい気分が何なのかさえ、グリムジョーには分からない。
「…く…っ」
ミリヤの舌使いに、絶頂が近くなってきた。行為に夢中になっていたミリヤも、それに気がつき、慌てて口を離そうとする。
だがグリムジョーはそれを許さず、ミリヤの頭を押さえつけた。
「…んんっ」
「…ぅ…出すぞ……」
快感には程遠い絶頂を前に、この息苦しさから早く逃れたくて、グリムジョーも自ら腰をミリヤの口に叩きつけた。
「ん…っ…ゴホっ…ゴホッ」
口に出された事で、ミリヤが激しく咽る。それを冷めた目で見下ろしながら、グリムジョーは深く息を吐き出した。
いつもなら快感を覚える行為が、今はただ解放された、という安堵感でしかない。
その瞬間、胸の奥が痛み、言いようのない空しさが溢れてきた。
「ちょ…っと…ヒドイじゃない!何で出すわけ?」
まさか出されるとは思っていなかったミリヤは、口を拭いながら怒ったように立ち上がった。
だがグリムジョーは無言のまま身なりを整えると、「消えろ…」と一言、言い放ち、そのまま通路を歩いていく。
その態度にミリヤはカッとなった。
「何よそれ!何様なの?!私に口でさせておいて、自分だけいい思いしないでよ!」
「うるせえ!てめえとじゃヤる気も起きねーんだよ!どっかに消えろ、メス豚!」
「何ですって…っ?何なの、その態度…!十刃に戻れたからっていい気にならないでよ!あんな死神の女なんか連れて来て、いつからロリコンになったわけ?」
悔し紛れにミリヤが叫んだのと同時だった。
グリムジョーは恐ろしい形相で振り向くと、ミリヤの首を絞めてそのまま壁に思い切り叩きつけた。
その力の凄まじさに、ミリヤの喉から声にならない悲鳴が上がる。
「…売女のテメーが二度との名を口にするな……次は本気で殺す」
「…ひ…っ」
グリムジョーの放つ恐ろしいほどの殺気に、ミリヤは全身の力が抜けていくのが分かった。
首を解放された瞬間、その場にへたり込むと、口からボタボタとヨダレが垂れる。
それを冷たい目で見下ろすと、グリムジョーは「二度とオレに話しかけんじゃねえ」と呟き、そのまま広間の方へ歩いて行った。
「あ、戻ってきた」
広間へ戻ると、シャウロン、ディ・ロイ、そしてイールフォルトが驚いた顔でグリムジョーを見ていた。
その様子に気づき、グリムジョーが訝しげに眉を寄せる。三人とも、何故か呆れたような目で自分を見ている事に、軽く首を傾げた。
「何だよ…」
「べ、別に」
「……何でもありません」
「…ああ」
「…何だよ。気持ちわりーな!」
全員に視線を反らされ、グリムジョーは皆の方へ歩いていった。
「何か言いたい事でもあんのかぁ?」
「べ、別にないって」
「そう…ですね。ないと言えばない…」
「……ああ」
またしても似たような答えが返ってきて、グリムジョーは次第にイライラしてきた。
ただでさえワケの分からない罪悪感を感じてイラついているのに、追い討ちをかけるかのような三人の態度に、グリムジョーは思い切り目を細めた。
「…テメーら…何か言いたそうだな…」
「い、いえ…大した事じゃ…」
グリムジョーの怒りが伝わり、素早く目を反らしたディ・ロイとイールフォルトの代わりに、シャウロンが顔を引きつらせながらも答える。
「あ?大した事じゃねーっつーんなら言えんだろ……何だよ」
「え、いえ、あの…ミリヤは?」
「あ?知るか。今頃、漏らしてんじゃねーか」
「…も、漏らす…?!」
鼻で笑うグリムジョーとは対照的に、シャウロンが何故か頬を染める。(ちょっとキモイ)
他の二人も何を勘違いしたのか、気まずそうに視線を泳がせた。
「で?ミリヤがどーかしたか?」
「い、いえどーかした、というか……グリムジョーは彼女とその……」
「何だよ…モゴモゴと気持ちわりーんだよ」
「で、ですから、彼女とほら…その…いたしてきたというか…」
「あ?」
シャウロンはどうもこの手の話に弱いらしく、ハッキリ「ヤってきたのか」とは聞けないようだ。
それを見かねたイールフォルトが、深々と息を吐きながら、代弁してあげた。
「だから…ミリヤとヤってきたのかって聞いてんだよ」
「あぁ?!ヤるわきゃねーだろが。あんな女、ヤる気がおきねえ」
「「「え」」」 (前に三発もヤったクセに?)
吐き捨てるように言ったグリムジョーの言葉に、三人同時に言葉を発した。
それにはグリムジョーもギョっとしたように目を細める。
「何だよテメーら…ミリヤとヤりたかったのか?」
「ち、違います!」 「違うよ!」 「違う!」
同時に否定され、更にグリムジョーの眉間に皺が寄った。このトリオはいったい何を聞きたいんだ、と言いたげだ。
「だったら何だよ……いつもなら、いちいち聞かねーだろ。んな事は」
「そ、そうなんですが今は……そのさんの事もありますし…」
「………?」
その名を聞いて、初めてグリムジョーの顔に動揺の色が浮かんだ。
「が何だよ……」
「ですから…彼女は我々と違って、その……自分以外の女性とそうなるのを悲しまれるんじゃないか、と思っただけですよ」
「…………ッ」
シャウロンの言葉に、グリムジョーはドキっとした。その目に見えて動揺しているグリムジョーに、三人もギョっとしている。
「…言うなよ…?」
「え?」
「にミリヤのことは…言うな…言ったら殺す」
「…………い、言うわけないじゃないですか」
今まで見た事もないような、迫力の一切ない(!)顔で脅してくるグリムジョーに、シャウロンの顔が引きつり、他の二人は怯えたように後ろへ後ずさった。(本気モードのグリムジョーより、どこか弱気なグリムジョーの方が怖いのは何故?)
そんな三人を見て、グリムジョーはどこか疲れたように頭をかきながら、深々と溜息をついている。
が、その瞬間、ハッと息を呑み、振り返った。
「…この霊圧は……ウルキオラ…!」
シャウロン達もそれを感じたのか、今は真剣な顔でペスキスに集中している。
「…どうやら…虚閃を放ったようですね…」
「……チッあの野郎……に何かあったらタダじゃ――」
そう言いかけた時、グリムジョーは目を見開いた。
今までウルキオラの傍にあった、もう一つの大きな霊圧が、一気に小さくなっていくのを感じたのだ。
「…クソ…!!」
「あ、グリムジョー!」
シャウロンの声を振り切り、グリムジョーは広間を飛び出した。
――まさか、これほど早くウルキオラが手を出すなんて…
予想もしていなかった展開に、グリムジョーは思いきり握り拳を固めた。
(アイツはオレの獲物だ……テメーなんかにやるかよ!!)
移動している霊圧を探りながら、グリムジョーは一気に廊下を走り、その後を追う。
先ほどまで苦しめられていた苛立ちは、この時、すでに消えていた――
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キリのいいところ、と思いつつ書いてたら、何だか長ーくなってしまったので、前編後編に分けます;;
今回はウルキオラが出張ってしまいました(苦笑)
いつも励みになるコメントをありがとう御座います<(_
_)>
■「世界が終わる歌を」のグリムジョーが大好きです。いつも楽しく拝見してます。更新がんばってくださいね。(大学生)
(この作品を気に入って頂けて嬉しい限りです!時々疲労困憊のためスランプにもなるんですが、皆さまのコメントにいつも励まされております(*TェT*)
■このサイトのおかげでグリムジョーがより好きになりました!これからもちょくちょく遊びにこさせてもらいます。頑張ってください!(高校生 )
(ヲヲ;当サイトの夢でグリムジョーが好きになったなんて嬉しいです!それを励みにこれからも頑張りますね!)
■グリムジョーとヒロインがくっついて良かった♪これからの展開がとても楽しみです。これからもHANAZO様を応援していきます!!(高校生)
(何とか無事に(?)くっつく事が出来ました(笑)でもまだ試練はこれから…?今後とも頑張りますので、また遊びに来てやって下さいね☆)
■すっごく楽しいです!!!!かっこいい(高校生 )
(喜んで頂けてるようで嬉しいです!これからも頑張りますね!)
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