一気に走った。何かに追われるかのように通路を駆け抜けて、気づけば織姫のいる部屋の前には立っていた。
そこで、ふとここに来るまでに、今回は一度も迷わなかった事に気づく。今回は回廊操作はなかったようだ、と内心ホっと息をつき、目の前の扉を見上げた。
井上織姫…黒崎の仲間で、私の元クラスメート…。まさかこんな風に再会するなんて思ってもみなかった相手だ。
いきなり会いに来て、黒崎を助けてと言ったら、驚くだろうか…でも…多分、さっきの霊圧は彼女も感じてるはずだ。
はドアの前に立ち、軽く息を吸い込むと、思い切ってノックをした。返事はない。そのまま数秒待ってみたが結果は同じ。
どうしたものか、と考えたが、はとりあえずドアを開けてみようと、軽く押してみた。
その時、中から「ウルキオラ…?」という、小さな声が聞こえてきた。どうやら織姫はいるらしい。それにはホっとして、は中へと入った。
「私よ」
「あ…さん…!」
織姫はの姿を見ると、驚いたように立ちあがった。そして不安げな顔で駆け寄ってくる。その表情を見て、は彼女が一護の状態に気づいている事を察した。
「黒崎くんは…」
「気づいたなら分かるでしょ。かなりの重症。っていうか瀕死?」
「………ッ?!」
言葉を選んでいる時間はない。がハッキリ言うと、織姫の顔が真っ青になった。
「だからあなたの力を借りたいの」
「――え?」
「グリムジョーから聞いてるわ。あなた、不思議な力を持ってるんでしょ」
「…で、でもどうしてさんが…今はこっち側についてるんでしょう…?」
「そうよ。でも黒崎に死なれちゃ私も困るの――誤解しないでね。別にあなたが思ってるような事じゃない」
一瞬、嬉しそうな顔をした織姫に、は冷たく言い放った。いくらクラスメートだったと言われても、それだけで助けたいなんて甘い情は持ち合わせていない。
これはグリムジョーのためだ、と自分に言い聞かせるように、織姫を見つめた。
「今からあなたを黒崎のところへ連れて行く。だから彼の傷、治してやって」
「…さん…」
「でも逃げようなんて思わないでね。そうなったら私まで罰を受けちゃうから」
「……言ったでしょ。逃げる気なんかないって」
織姫はそう言うと、「ありがとう」と微笑んだ。その笑顔は記憶の中に、確かに残っている。一瞬、懐かしい感覚に襲われ、は頭を軽く振った。
こうしていると、全てではないが人間だった頃の記憶が戻ってくる事がある。楽しそうに笑うクラスメート達の顔が、おぼろげに脳裏に浮かんで、それを退屈そうに眺めている自分。
どこか違う場所から、クラスメートを見ていた気がする。――疎外感。そう、そんなものを感じていたのかもしれない。
――ココハ ワタシノイルベキ バショ ジャナイ。
「黒崎くんはどこにいるの?」
「あ、ああ…。案内するわ」
かすかな記憶に気を取られていたのか、織姫の言葉でハッと我に返る。今は過去と向かい合ってる暇はない。
一刻も早く一護の元へ戻らなければ、確実に死んでしまう。
「…行きましょう」
と。が織姫を促した時だった。ドアの方で音がしたかと思うと、クスクス笑う声が聞こえてきて、は小さく息を呑んだ。
「ほーら、ね?オヒメサマが二人ーきゃはは!」
「よそ者同士で仲良く遊んでるわぁ〜」
ギギ…っと重たいドアの開く音。そこから顔を出したのは、を目の敵にしていた女の破面、ロリとメノリたちだった。
「あ…あなた達…」
「一緒にあーそびましょー」
と織姫が後ずさるのを楽しげに見ながら、ロリとメノリは部屋の中に入るとドアを閉め、鍵をかける。
それに気づいたは小さく息を呑み、織姫をかばうように後ろへと押しやった。ロリとメノリの様子はどう見ても友好的なものじゃない。
「…何の用…?」
「あら、よそ者同士でつるんじゃってるから仲間に入れてあげようと思ってきたんじゃない」
「弱い者同士でいたいなら話は別だけどー」
クスクスと楽しげに笑うロリ達に、は嫌なものを感じた。元々普段から殺気丸出しでを敵視していた二人だ。何をするか分からない。
織姫も気づいているのか、不安げな顔でを見ている。
「ここに来る事…ちゃんと許可取ってるの?勝手に来ちゃいけないはずだけど」
「自分だって来てるじゃない」
「よそ者同士の絆で、あんたがその女を逃がすかもしれないからさあ。私が様子を見に来たのよね」
「逃がすはずないでしょ。私だってここの住人よ。それに私はウルキオラに言われてここへ来たの。あんた達とは違う」
危険だ。そう本能で感じた。力では到底敵わない。だがウルキオラの名前を出せばあるいは…そう思ったのが甘かった。
の態度は、逆にロリとメノリの癇に障った。ウルキオラの名前に顔色を変え、ロリがの腕を掴んだ。
「…痛っ」
「あんた、グリムジョーだけじゃなくウルキオラにまで取り入ってんの?!」
「ムカつく…!十刃の周りをちょろちょろと…!だいたい藍染さまも何でこんな死神を目にかけるのよっ!」
「…きゃっ」
メノリに髪を思い切り引っ張られ、は痛みで顔を顰めた。それを見ていた織姫が慌てて駆け寄ってくる。
「さん!――彼女を離して…!」
「人間はすっこんでな!!」
「きゃっ」
メノリに頬を平手で打たれ、織姫は床に転がった。それを見ては慌ててメノリの腕を振り払う。
ここで織姫を攻撃されれば、一護の傷を治すことが出来なくなってしまう。
「彼女には手を出さないで!藍染さまに言いつけるわよっ!」
織姫の前に立ち塞がり、は必死に叫んだ。こんなところで足止めを食っている暇はない。
だがその時、メノリの手がの頬を弾き、は壁に思い切り激突した。その痛みで一瞬、気が遠くなる。
「藍染さまに……何だって?」
「死神ごときが藍染さまに近づくなんて生意気なのよっ!!この、売女がっ!!」
「―――うっ」
どすっという鈍い音がして、は思わず咽た。腹部を思い切り蹴られ、息も出来ない。織姫が短い悲鳴をあげて駆け寄ったが、ロリがそれを阻止した。
「あんたも同罪だよっ!」
「…きゃぁっ」
髪を引っ張られ、勢い良く床へ投げつけられる。ガタンっと音を立て、織姫はテーブルにしたかか身体を打ちつけた。
「キャハハハ!!ざまあないわね!人間が破面に勝てるわけないでしょ!」
甲高い笑い声を上げながら、ロリは床で蹲っている織姫の髪を掴んで無理やり立たせている。
その状態で何度も殴っているのを視界の端に捉えながら、は痛む身体を何とか起こそうとした。
「や…めてっ!彼女には手を出さないで…っ」
「うるさいんだよ!あんたも同じ目に合わせてやろうかっ?!」
「………ッッ」
起き上がろうとしたを見て、ロリが再び腹部を蹴り上げる。その強烈な痛みに、は言葉もなく飛ばされ、口から胃液を吐き出した。
「きゃぁぁ!さん――」
「お前もうるさい!!」
「…きゃぁっ」
ロリは興奮したように織姫の頬を殴り、床に倒れた身体を足で踏みつけた。
視界が霞む中では声も出せず、震える手で身体を起こそうと動く。
その間も、ロリは織姫を殴り続け、メノリはそれを楽しげに見ていた。が、に気づき、ゆっくりと歩いてくる。
「あんたはそこで寝てな!」
「う…っ」
背中を踏みつけられ、悲鳴にならない声が漏れる。声さえ出せれば鬼道で隙を突くことが出来るが、出るのは咳ばかりで、その苦しさに涙が浮かんだ。
――グリムジョー助けて…
腹部への圧迫で、呼吸もままならない中、は必死に声を出そうともがいた。
「元々お前のことは気に入らなかったんだ…。グリムジョーがわざわざ連れて来るなんて…どうやってモノにしたのさ!」
「……っゴホッ…ッ」
「その貧弱な身体で誘惑したんだよねぇ?随分とずーずーしいじゃない」
「……ち…違……」
「グリムジョーだけじゃなく、ノイトラやウルキオラにまで媚売って…あんたもミリヤと同類のアバズレだよね」
の髪を引っ張り、顔を上げさせると、メノリは意味深な笑みを浮かべながら言った。その意味が分からず、は僅かに目を細める。メノリはの様子を見て、「やだ、知らないの?」と声を殺して笑った。
「グリムジョーにはミリヤって顔と身体だけのアバズレがくっついてんのよ。あいつがあんたみたいなガキに本気になるとでも思った?あんたは物珍しいから連れてこられただけ」
「………っ」
「グリムジョーが突っ込んだ女なんてここには腐るほどいるし。あんたを相手にしたのだって、単に死神の女とヤってみたかっただけの事よ。あははっ」
驚愕するを見て、メノリは楽しげに笑っている。その笑い声がやけに耳について、は髪を掴んでいるメノリの手を思い切り振り払った。
の態度にメノリはカッとなった様子で、更に顔面を殴りつける。
「ちょっとメノリ…!やりすぎだって!その女は一応、仲間って事になってんだから――」
「冗談じゃない!こんなアバズレが仲間?認めるわけないじゃない!」
そう言ってメノリはの腕を掴み、無理やり引きずっていく。それを見たロリは織姫を離して、慌てて追いかけた。
「ちょっと、どこ連れてくの?!」
「…この女は男どもの相手でもしてればいーのよ」
「え?」
「ザエルアポロにでも引き渡せば、喜んで受け取るわ。性処理の道具になるってね」
「ちょ、本気?あいつに渡したらグリムジョーが――」
「大丈夫よ。グリムジョーがたかが死神の女一人に拘ると思う?もう散々ヤって飽きてる頃だって」
そう言ってメノリは笑うと、弱っているを見下ろした。その殺気のこもる視線に、も小さく息を呑む。
「あんたも十刃の男とヤりたいんでしょ?だったら私が紹介してあげる。あいつの手下に散々ヤラれた後は実験道具にでもされればいーのよ」
「――――ッ」
メノリの言っている意味が分かり、は朦朧としながらも必死で身体を捩った。
(……グリムジョー!助けて…!)
体中の痛みに意識が飛びそうな中、必死で霊圧を飛ばそうと集中する。でもその間もメノリに引きずられ、集中する事が出来ない。
「…やっぁ」
「暴れるな!じゃないと、両手と両足ふっ飛ばすわよっ」
「ちょっとメノリ――」
メノリがもう一度、を殴ろうとした時だった。ビリビリと全身に痺れが走ったように感じた瞬間――ドゴォォンっという物凄い音と共に、部屋のドアが吹っ飛んだ。
「――――ッ?!!」
「な、何――」
その爆音にその場にいた全員が固まる。だがだけは、その霊圧に気づき、顔を上げた。
「あ……ああ…っ」
ロリとメノリにも気づいたのか、その大き過ぎる霊圧と殺気に、声もなく、ただ呆然と立ち尽くしている。
一瞬で空気が重くなり、メノリ達は体中にそれを感じながら、肌に刺すような霊圧に震え上がった。
「グ……グリムジョー!!」
土煙が晴れていくと同時に、姿を現した一体の破面に、驚愕の声を上げる。グリムジョーは無表情のまま、ゆっくりと歩を進め、メノリ、そして彼女が引きずっているを見下ろした。
「よォ……ウルキオラのいねえ間に入り込んで随分と派手に遊んでるじゃねぇか……」
「く…っ」
「離せ…その女が誰のモンか、分かっててやってンのかァ?」
「な、何よ!関係ないでしょ!あんたが飽きた女を処理してあげようと――」
メノリが叫んだ瞬間だった。グリムジョーは無言のままメノリの腹部を凄い勢いで蹴り上げた。
「―――ぐぁっっげぇ…っゴホッ」
その一撃でメノリが後方へと吹っ飛び、壁に激突したのを見て、ロリは青ざめた。メノリは口からボタボタと胃液を垂らしながら、床に這いつくばっている。
冷めた目でそれを眺めながら、グリムジョーはゆっくりと歩き出した。
「誰が飽きたっつったよ?あァ?テメーらみてぇなゴミとを一緒にすんじゃねぇ…」
「…くっ…」
「テメーはオレの大事なモンに手ぇ出した……死んでから後悔しろ」
酷く冷めた目だった。何の躊躇いもない、怒りの感情だけが燃えている。はそれを肌で感じとり、止めようとしたその時。グリムジョーの掌が真っ赤に染まった。
「―――ッ!!」
一瞬だった。ドォォっという音が響いた後に、残った下半身だけがゆっくりと倒れていく。
至近距離で虚閃を受けたメノリの上半身は、木っ端微塵に破壊され、それを目の前で見ていたロリは、青ざめた顔で後ずさった。
「や…やめ…て…っ」
「テメーもに手ぇ出したのか?」
「わ…私は…何も…」
何かを言おうとしたその時、グリムジョーの蹴りがロリの身体を弾き飛ばした。
「う…っ…げぇぇ…っ」
「…テメーも同罪で消滅するか?」
「グ…グリム…ジョ…」
殺気のオーラをまとったグリムジョーを見て、何とか止めようと、は掠れる声で呼んだ。でもその小さな声は、怒りで我を失っているグリムジョーには届かない。
その間にも、グリムジョーは床で吐いているロリの前に立ち、その体を再び蹴り上げた。
「…ッガハッ!…ゲホッ……あ……あんた…私…達にこんな…事して……藍染さまが…黙っちゃいないよ…っあんた…なんか…」
「……………」
開き直って睨みつけてくるロリを、グリムジョーは冷めた目で見下ろすと、無言のままロリの身体を踏みつけ、片方の足をグイっと持ち上げた。
その行動にロリは青ざめ、目を見開いている。
「ちょ…と待ってよ…何してんの…ちょっと…!やめて!」
必死で哀願しても、グリムジョーは無表情のまま、持ち上げた足に自分の足を乗せると、凄まじい力を入れて行く。
そこからメキメキッという骨の軋む音が響いてきて、も織姫も思わず目を反らした。
「やめてよ…やだ!やめて!!ねぇ…やめてくれたら、ほら!今度ナイショでしてあげるから――」
ロリがそう言って顔を上げた瞬間、ゴキっという鈍い音と共に、その足が引きちぎられた。
壁一面に血が飛び散り、ロリの悲鳴が響き渡る。
その声にはビクっと肩が跳ね、織姫はそんなをぎゅっと抱きしめた。
「こ…殺す!あ…あんたなんか殺されちゃえ!!藍染さまに…ガハッ」
「…バカが。テメーらごときの為に藍染が動くかよ」
ロリの身体を踏みつけながら、グリムジョーはボソっと呟き、そのままの方を振り返った。
を抱きしめていた織姫はドキっとしたように肩を竦めたが、グリムジョーは構わず二人の方へと歩いていく。
「……大丈夫か?」
「………ッ」
その声にビクっと肩を揺らし、が顔を上げた。その目には涙が浮かんでいる。それを見て、グリムジョーはゆっくりしゃがむと、織姫の腕からを引き離した。
「グ…グリムジョー…」
「悪かったな……遅くなって…」
かすかに震えているを優しく抱きしめ、グリムジョーは小さく呟いた。も全て終わったかのように身体の力が抜け、グリムジョーにしがみ付く。
声を殺して泣いているを愛おしそうに抱きしめているグリムジョーを見て、織姫の顔にもやっと笑みが零れた。
「…ウルキオラは?」
がだいぶ落ち着いてきた頃、ふとグリムジョーが呟いた。その言葉にもゆっくりと顔を上げる。
「…知らない。先に戻ったと思う」
「チッ…守れって言っておいたのによ…」
面白くさなげに顔を顰めると、グリムジョーはゆっくりとを離した。その表情は先ほどの冷めたものではなく、以外にはあまり見せた事のない優しいものだ。
「傷…痛むか?」
「…少し。でも平気だよ」
グリムジョーの指がそっと頬や切れた唇に触れ、は恥ずかしそうに目を伏せた。何度も殴られ、蹴られたのだから痛みはある。
でも今はグリムジョーの腕の中で癒されていた。でもふと、気になっていたことを思い出し、グリムジョーを見上げる。
「でもどうしてグリムジョーがここに?」
「…ウルキオラがあの死神をやっただろう」
「あ…気づいたの?」
「当たり前だ…。だからこの女に傷の手当てを頼もうと――」
「え、嘘!私も!」
「はあ?」
互いに同じ事を考えていたことが分かり、は小さく噴出した。グリムジョーも呆れたような顔で笑っていて、そんな二人を見ていた織姫は、よく分からず首をかしげている。
だがグリムジョーはすぐに目を細めると、
「つーか…。テメーは何であの死神を助けようとしてんだよ…。やっぱり気になってんじゃねぇのかァ?」
「ち、違うってばっ。グリムジョーの為だよ…。黒崎とグリムジョーの決着はまだついてないんでしょっ?なのにウルキオラが勝手に手を出すから――」
「…フン。どーだかなぁ」
「ちょ…疑ってるの?私が黒崎のこと気にしてる、なんて」
むぅっと頬を膨らまし、がグリムジョーを睨みつける。その顔を見て、グリムジョーは小さく噴出すと、「色気のねー顔すんな」と額を突付く。
だがふと目を細めてを見下ろした。
「な…何よその目……」
「つーか…ウルキオラは何でお前を置いてったんだ?」
「……そ、そりゃ黒崎を倒したから…」
「で、お前だけここへ来たのか」
「う、うん…。私もちょっと怪我しちゃったから…ウルキオラがそれ見て、井上さんに治してもらえって…」
「へえ…。随分と優しいこったな…。あの男が」
「…や、優しい?」
「お前ら、いつからそんな打ち解けたんだ?」
「べべ、別に打ち解けてなんかないよ!っていうか打ち解けたくもない、あんなヤツっ」
何気に鋭いグリムジョーの突っ込みに、は先ほど、ウルキオラにされたキスを思い出し、慌てて顔を反らした。
その慌てぶりに、ますますグリムジョーの目が鋭くなる。元々は隠し事が出来るほどずる賢くもなく、どっちかと言えば単純な性格だ。
言葉とは裏腹に、その動揺が顔に出ているのを、グリムジョーは見逃さなかった。
「…あんなヤツって…言えるほど打ち解けてんじゃねぇか。前は"何気に優しいと思う"とか何とかぬかしてただろ」
「…う」
「…何か怪しいなぁお前ら」
「あ、怪しくなんかないってばっっ!そ、それより早く黒崎のところに戻らないと…!」
一人ドキドキしながら立ち上がるを見て、グリムジョーはフン、と鼻で笑った。そして徐にの腕を引き戻すと、強引に腕の中へと収める。
その行為に驚きつつ、顔を上げた瞬間、唇を強引に塞がれる。そして今まで二人の会話を黙って聞いてた織姫は、慌てて後ろを向いた。
「ん…ちょ、や…っ」
人前でキスをされた事では真っ赤になりながら身を捩る。その暴れっぷりに苦笑しつつも、グリムジョーは意外にもすんなりとの唇を解放した。
涙目で睨んでくるは、グリムジョーにしてみれば、ただ可愛いだけで、それ以上の効果はない。
「…忘れんなよ?お前はオレのモンだ。ウルキオラだろーが、黒崎だろーが、誰にも渡さねぇ……分かってンだろ?」
「………グ、グリムジョー?」
強引なキスの後、至近距離で見つめられた挙句、そんなオレ様発言(にはそう聞こえる)を言われ、それでも嬉しいと感じてしまった自分の思考回路を、は呪った。
初めて恋をした相手が破面で、しかもこんなオレ様でいいんだろうか、と不安になりつつも、彼のペースに流されるのは悪くないと思うのは完璧にグリムジョーの策略にハマってる気がした。
それが少しだけ悔しい。嬉しいけど悔しい、そんな感じだ。そこでおかしな矛盾を感じたが、は敢えて追求しないでおいた。
グリムジョーは赤くなったの頬にキスを一つ落とすと、やっと腕から彼女を解放した。
「…お前も傷、治してもらえよ」
「え…?」
「顔中、傷だらけでブスに磨きがかかってっから――」
「悪かったわねブサイクで!!!」
グリムジョーの言葉に若干かぶり気味で怒鳴ると、はすぐに身体を離した。
そしてプリプリ怒りつつ、織姫に傷の手当てを頼んでいる。――織姫はいつ振り向いていいのか、とモジモジしていた――
そんなを見ながら、グリムジョーは笑いを噛み殺すと、の傷を治している織姫の前に立った。
「…を治したらお前も自分の傷を治せ」
「え…」
「そんな顔の女、連れまわす趣味はねぇんだよ…」
「………あ、あの…」
「助けてやったんだ…。今度はこっちの用事に付き合ってもらうぜ」
グリムジョーのその言葉を、織姫は信じられない思いで聞いていた――
「……何もシーツに包んで担ぐことはないんじゃない?」
「あァ?」
織姫を担いでいるグリムジョーの隣を歩きながら、は呆れたように言った。
手当てをしてもらったおかげで、今は足取りも軽い。だがその恩人はグリムジョーのせいで、息苦しい思いをしているかもしれない、とは溜息をついた。
「グリムジョーって、ソレ以外に女の子の抱き方知らないんじゃないの」
「ウルセーな。コレが一番楽なんだよ。それに……」
グリムジョーはそこで意味深な笑みを浮かべると、僅かに屈んでの耳元へ口を近づけた。
「女の抱き方、知らねーわけねーだろ。お前だって知ってんじゃねーか」
「そ、そう言う意味じゃないってばっ」
若干セクハラ発言のグリムジョーに対し、はムキになって言い返す。当然のように赤くなったを見て、グリムジョーは楽しげに笑った。
またからかわれた、と内心悔しく思いつつ、ふと、先ほどメノリ達が話してた事を思い出した。
「…わ、私以外にも知ってる女がいるんでしょっ」
「あ?」
「…グリムジョーが手をつけた女がいっぱいいるって、さっきメノリ達が言ってたもん…今はミリヤって女なんでしょ…」
「…な…何?」
の突っ込みに、グリムジョーはギョっとした。珍しく視線を泳がし、明らかに動揺している。その顔を見て、本当だったんだ、とは痛む胸をぐっと押さえた。
「…チッ!やっぱアイツら助けるんじゃなかったぜ…」
グリムジョーが忌々しげに呟く。――ロリとメノリも織姫の能力で助けてある――
その動揺ぶりに、は思い切り目を細めた。色々と話には聞いていたが、実際に名前まで聞かされては、やっぱり気になってしまう。
「そのミリヤって女と、今もエッチなことしてるんだ…」
「あぁ?!し、してねーよ!」
の言葉にギクっとしながらも、何とか誤魔化そうとした。だがそうすればそうるほど、不自然な態度になってしまう。
セックスはしてないものの、先ほどの自分の行為を思い出して、グリムジョーは内心ヒヤヒヤしていた。
こんなに焦ったことは今まで生きてきて一度もなかっただろう。らしくねえ、と思いつつ、ミリヤの事をどう誤魔化そうかと考えた。
「…嘘ばっかり。メノリたちは今もその破面がグリムジョーとくっついてるって言ってたもん…」
「てめぇ…あいつらの言うことを信じんのか?オレにはお前が――」
「わ、私のことだって、死神の女とヤりたかっただけだってメノリも言ってたし――」
そこまで言いかけた瞬間、グリムジョーはカッとなっての肩を押し、壁に押し付けた。
いきなりの行動に驚く間もなく、唇を塞がれ、は目を見開いた。何度も舌を絡めながら、深く口付けられ、頬が熱を持っていく。
すぐそばに織姫もいるのに、と恥ずかしさを感じながらも、グリムジョーの腕から逃れることも出来ないまま、はぎゅっと目を瞑った。
口内を暴れまわる舌に、身体が勝手に熱くなり、舌が絡められるたび、くちゅくちゅと耳を刺激する。その甘い刺激に、漏れそうになる声を必死で堪えた。
「…グ、グリムジョ…」
互いの呼吸が乱れる頃、やっと唇を解放され、は潤んだ目をゆっくりとあけた。瞬間、視界に映る熱を含んだグリムジョーの瞳にドキッとする。
その瞳は、欲望と、怒りと、色々な感情が溢れていて、は言葉を失った。
「ふざけんな…。オレはお前のことをそんな風に抱いたつもりはねぇ…っ」
怒ったような口調で、グリムジョーはそれだけ言うと、すぐにを離し、一人先を歩いていく。
その後姿を見て、の頬に涙が零れ落ちた。今の言葉が、グリムジョーの本心だと分かり、胸の奥が次第に熱くなっていく。
「……サッサと来いっ」
「う…うん…」
慌てて涙を拭き、はグリムジョーの後を追いかけて行った。隣に並び、そっと見上げると、「…ゴメンね」と小さく呟く。
グリムジョーは何も応えなかった。ただ無言で空いている方の手をの頭にぽんっと置く。それだけで通じ合えている気がした。
「……ここか」
「うん…」
穴の空いた建物を見上げると、グリムジョーは一気に飛び上がった。その後からも続く。上にはまだ、一護がうつ伏せのまま倒れていた。
そして傍には先ほど姿の見えなかったネルが、泣きながらすがり付いている。それを見て、は慌てて駆け寄った。
「ネル…あんた今までどこに…」
「…〜〜!!いぢごが…いぢごが死んじゃうっス〜!」
「だ、大丈夫よ…?手当て出来る人を連れて来たから…」
抱きついてきたネルの頭を撫でながら、はそう言うと、後ろに立っているグリムジョーを見た。だがネルはその姿を見て、急に震えだすと、にぎゅっとしがみ付く。
「あ……あのお方は……第6十刃……グリムジョーさ…まっ」
「…何だァ?このガキは」
「あ…黒崎の知り合いらしいの。っていうか私もね。だから苛めないで」
「…フン、そんなガキ、放っとけ」
グリムジョーは呆れたように言うと、倒れている一護の前に立ち、その体を足で仰向けにした。
「…チッ。やっぱりそうかよ…」
目を見開いたまま倒れている一護の胸に、穴が開いているのを確認し、グリムジョーは顔を顰めた。
そして肩に担いでいた織姫からシーツをとると一護の前に放り投げる。織姫は急に視界が明るくなった事で目を細めたが、目の前に倒れている一護を見て、言葉を失った。
「く…黒…崎…くん……?」
開いているのに、どこも見ていないその瞳に、織姫は一瞬で青ざめた。
「治せ」
「―――ッ」
不意に呟いたグリムジョーに、織姫も驚いたように振り返る。敵である男が一護を治せ、というからには理由があるはずだ。
そしてその理由は、先ほどの二人の会話で何となく察しはついていた。
――決着がついていない。
はそう言っていた。という事は、このまま治せば一護とグリムジョーはまた戦うハメになるだろう。そう思うと織姫は迷った。
とはいえ、このまま放置しておけば、一護は必ず死ぬ。もうすでに死に掛けている。
「…どうした?早くしろ」
イラついた様子のグリムジョーに、織姫は小さく頷いた。
ここは一護を助ける為に傷の手当てをしなければ…。色んな心配はあったが、今は一刻の猶予もない。
そう思いながら、盾舜六花の言霊を唱えた。一瞬で淡い光が一護を包む。その様子を、ネルは驚いたように見ていた。
そしてフラフラと一護に近づき、途中で足を引っ掛け転んだ。ネルの大きな瞳に涙が溢れ、治療している織姫を見上げている。
「…い、一護は…ネルをかばって虚閃の直撃を受けたっス!一護はネルをかばってキックをまともに喰らったっス!ネルが一護の足ひっぱりだったっス!ネルがいなけりゃ一護はきっと大丈夫だったっス!ぜんぶ…っぜんぶぜんぶネルのせいなんス!!お願いだから一護を助けて欲しいっス〜!!」
「うるせぇ!!!」
ネルの哀願する声に、グリムジョーがキレた。ネルはビクンとして一瞬で泣き止むと、恐る恐るグリムジョーの方に振り返る。
グリムジョーは座っていた場所から、ゆっくり立ち上がると、「ギャァギャァ、うるせぇぞ、ガキ」と舌打ちをした。
「次に騒ぎやがってみろ。消し飛ばすぞ…!」
「……………はい…」
グリムジョーの迫力に、ネルは消え入りそうな声で頷いた。それを見てさすがにも溜息をつくと、震えているネルをぎゅっと抱きしめる。
「もう…相手は子供なんだから凄まないでよ」
「…うるせぇ。黙ってても治る……静かにしてろ」
グリムジョーはそれだけ言うと、再び同じ場所へ腰を下ろした。織姫の能力をその身で感じたグリムジョーは、静かにその時が来るのを待っているようだ。
は小さく息を吐くと、治療に専念している織姫を見た。彼女の額にはかすかに汗が浮き出ている。
(…物凄い霊圧が…黒崎くんの傷を覆って渦巻いている……拒絶…出来ない…)
傷口の穴から、黒い霊圧の名残がゆらゆらと浮き出ているのを見ながら、織姫は唇を噛み締めた。
「一体――誰がこんな事を……」
「…ウルキオラだ」」
「―――ッ?」
グリムジョーの言葉に、織姫は僅かに息を呑んだ。ゆっくり振り返ると、グリムジョーは俯きながら深く息を吐き出した。
「ヤツのやり口だ…ヤツ自身気づいてるかどうかは知らねぇがな…。気に入った獲物には自分と同じ場所に穴をあける…」
「………っ」
「――思い知らせてやるさ。ヒトの獲物に手ェ出す事が、どういう報いを受けるのかをな」
怒りを込めた目で、グリムジョーが呟くのを、織姫は黙って見ていた。もネルを抱きしめながら、軽く目を伏せる。
ここまで来たらもう彼を止められない。それを実感した。後は一護とグリムジョー、どちらかが生き残るだけだ。
ふと、その事を実感した時、は怖くなった。もしもグリムジョーがいなくなってしまったら、と思うと、胸の奥が締め付けられる。
やっと見つけた大切な存在…男とか、女とか、死神とか、破面とか、そんなものを超えて、心から求めた存在。それは後にも先にもグリムジョーだけだ。
やっと出逢えた。やっと見つけた。なのに、もしも傍からいなくなったら…そう思うとは急に怖くなった。
(大丈夫…グリムジョーが死ぬはずない…)
ぎゅっとネルを抱きしめながら、は静かに治療が終わるのを待っているグリムジョーを見つめた。その横顔には、どこか戦う前の厳しさが伺える。
こんなグリムジョーは初めて見た気がした。
「………ッ」
その時、一護の指先がかすかに動いた。続いて小さく呻くと、色の失くした瞳に、生気が戻る。その瞳は、と目の前の織姫に向けられていた。
「……とネル…それに……井…上…?」
「黒崎くん!!」
「いぢごっ!!」
意識を取り戻した一護を見て、織姫とネルの顔に笑みが浮かんだ。だがすぐにドンっと足を踏み鳴らし、グリムジョーが立ち上がる。
「うるせぇぞ!!喚くヒマがあったらサッサと治せ…!」
「お前…グリムジョー!」
グリムジョーの存在に気づいた一護が驚いたように目を見開く。
「何でてめぇが井上と…」
「てめえも黙って治されてろ!オレは無傷のてめえとケリつける為にここに来たんだ…っ」
「…グリムジョーあなたやっぱり――」
「うるせえって言ってんだ!!死にかけてんのを治させてやってんだ!文句言うんじゃねえ!」
グリムジョーはイライラしたように叫んだ。その表情はどこか焦りが見える。は嫌な予感がしてネルを離し、ゆっくり立ち上がった。
「急げよ!いずれ気づいたウルキオラがここへ戻ってくる!!その前に――」
そう叫んだ刹那――グリムジョーの背後から、突然大きな霊圧を感じ、はその姿を目にして息を呑んだ。
「ウル…キオラ…」
「何をしている。グリムジョー」
その存在に、一瞬その場の空気が凍る。ウルキオラは壊れた壁のところに立ち、冷たい目でグリムジョーを睨んでいた。
「…どうした。訊いているんだ」
「……………」
「俺の倒した敵の傷を、わざわざ治して何のつもりだ、とな」
「……………」
「…答えないのか」
グリムジョーは無言のまま、ウルキオラを睨んでいる。は動くことも出来ずに、小さく喉を鳴らした。全身で感じる霊圧は、痛いくらいだ。
ウルキオラとグリムジョーの殺気をまとったそれは、にとってかなりきつい。
「――まあいい」
誰も何も答えないのを見て、ウルキオラは小さく息を吐き出した。
「ともかく、その女は俺が藍染さまから預けていただいたものだ。渡せ」
「断るぜ」
「…何だと?」
不意に口を開いたグリムジョーに、ウルキオラは僅かに眉を上げた。その緊迫したムードに、は心臓が苦しくなった気がして、祈るような目で二人を見ている。
互いに十刃同士、ここでぶつかれば大変な事になる。その時、グリムジョーの周りの空気が変わったのを感じ、は小さく声を上げた。
「…どうしたよ。今日はえらくしゃべるじゃねぇか、ウルキオラ!!」
「グリムジョー!」
先に動いたのはグリムジョーだった。掌を振り上げ、それをウルキオラに思い切りたたきつける。ウルキオラはそれを片手で受け止めたが、互いの力がぶつかり合い、ギシギシと空気を震わせている。
「…分かってるぜ、ウルキオラ…てめえはオレと戦るのが怖ぇんだ……オレと潰し合うのがなっ!!!」
一瞬でグリムジョーの掌が赤く染まり、大きな虚閃がウルキオラに直撃したかのように見えた。だがウルキオラはそれを片手で弾き、素早く空中に飛び上がる。
「はっ!弾いたかよ!さすがに一撃じゃ……」
言った瞬間、頭上にウルキオラの気配を感じ、グリムジョーは舌打ちをした。ウルキオラの指先が光り、再び虚閃が放たれる。
が、今度はグリムジョーがそれを片手で受け止め、その衝撃で辺りは大きな爆音に包まれた。一瞬で建物が砕け、崩れ落ちる。
織姫たちは身を屈めてその光景を見ていたが、だけは擦り傷だらけの身体で、二人の方へ走って行く。
さっき感じた恐怖が足元から這い上がってきて、鼓動が一気に早くなるのを感じながら、は空中にいるはずのグリムジョーの姿を探した。だが今の爆風で巻き上がった砂塵で、どちらの姿も確認できない。
「やだ…グリムジョー!!」
壁が全て崩れ去った塔の上で、は思い切り叫んだ。もしもグリムジョーに何かあれば、と思うといても経ってもいられない。
その時、かすかに煙の中から動く影が見えた。
(そんな……あれはウルキオラ…っ?)
その姿を視界に捉えた時、はその場にへたり込んだ。まさか…と想像したくもない光景が脳裏に過ぎる。
と、その時、ウルキオラの背後からヌっと手が現れるのを、は信じられない思いで見ていた。
「―――ッ?」
後ろに姿を現したのはグリムジョーだった。ウルキオラも気づき、すぐに振り返る。
それよりも早く、グリムジョーの腕が、ウルキオラの前方に入り込み、首元の孔に何かを放り込んだ。
その瞬間、ウルキオラの胸元が物凄い光に包まれ、その光の帯がウルキオラを包んでいく。
「…くそっ」
光の中に吸い込まれる瞬間、ウルキオラが小さく呟いた直後、その光は一瞬にして消えた。
「グリムジョー…」
そこに残ったのはグリムジョーだった。彼の無事な姿に、ホっと息をつき、は瓦礫の上に力なく座り込んだ。
死んでしまったかと思った。そんなはずはないと思いながらも、相手がウルキオラなら分からない。その恐怖が、の身体を震えさせた。
「…怪我ねえか?」
そこへグリムジョーが何事もなかったのような顔で下りてくると、すぐにを抱き寄せる。そして放心状態のに気づき、ふと笑みを零した。
の小さな手は、膝の上で細かく震えている。その手をぎゅっと握り締め、額に口付けた。
「…あ……グリム…ジョー…」
「…何、放心してんだよ」
「…だ…だって…」
「てめぇ、まさかこのオレがやられたと思ったんじゃねぇだろうな」
いつものように目を細め、皮肉めいた笑みを浮かべると、はやっと笑顔を見せた。
「そ、そんなこと思ってない……っていうか…ウルキオラは?さっきの何だったの?」
「ああ…オレ達十刃は藍染から部下の処罰の為に"
反膜の匪"てのを渡されてる」
「カハ…ネガシオン…?」
「そうだ。そいつを使った。その辺のヤツなら永久に閉次元に閉じ込められる代物だ。だが元々十刃用に作られた道具じゃねぇ。ヤツの霊圧を考えると、もって2・3時間てとこだろう」
グリムジョーはそこまで言うと、の身体を支えながら立ち上がり、治療を中断している織姫を睨んだ。
「分かっただろう。だからサッサと治せ」
「……嫌です」
「……っ?」
織姫はぎゅっと手を握り締め、首を振った。息を吹き返したのだから、もう大丈夫だ。ここで完全に治してしまえば、また戦いになる。
織姫はそれを知った上で、一護の治療を拒否した。だがグリムジョーはそんな織姫にイラついたのか、素早い動きで彼女の首を締め上げる。
「治してぇかどうかなんて訊いてねえんだよ…!治せ!!」
「だって…!治したらまた黒崎くんに怪我をさせるんでしょ…?絶対イヤ…っ」
「てめえ……」
頑として首を縦に振らない織姫に、グリムジョーの目が釣りあがった。いくら何でも織姫に怪我をさせちゃマズイ。
は慌てて止めに入ろうとしたが、それよりも先に動いたのは――
「…離せよ」
「………ッ?」
グリムジョーの腕を掴んだのは、一護だった。フラフラの状態で織姫からその手を振り払う。
「…黒崎く…」
「井上……治してくれ」
「え…」
「治してくれ…オレの傷を…。それから――」
一護はそう言うと、目の前にいるグリムジョーに視線を向けた。
「そいつの傷も」
その言葉には驚いた。気づけばグリムジョーの右腕は黒く焼け焦げている。先ほどウルキオラの虚閃をまともに受けたのだ。無事であるはずがなかった。
「グリムジョー!その腕――」
「大丈夫だ…んな顔すんな!」
駆け寄るにそう怒鳴ると、グリムジョーは一護を睨んだ。
「止めろ…てめえに情けをかけられる覚えはねえ」
「オレだってねえよ。だけど…対等の条件で戦いてぇんだろ?それとも――敗けた時の言い訳に、そのキズだけでもとっとくか――」
一護がそう言い終わるのと同時だった。グリムジョーが物凄い速さで斬魄刀を抜き、一護に振り下ろす。
互いの斬魄刀がこすれあい、甲高い金属音が当たりに響いた。
「…上等だぜ…。対等の殺し合いと、いこうじゃねえぇか!!」
グリムジョーはそう叫ぶと、一護の斬魄刀を思い切り弾き、自らの剣を元に戻した。本気で今、戦う気はないようだ。
一護も同じで、すぐに斬魄刀をおろすと、織姫にグリムジョーの腕の治療をさせた。その後は一護も残りのキズを治すため、静かに横になる。
織姫は不安げな顔をしながらも、一護の治療を再開した。といって、ウルキオラから受けたキズはそう簡単に完治しない。それでも一護のため、織姫は力を集中させる。
「大丈夫か?井上…」
「う、うん…これくらい平気…」
「悪かったな……こんなことさせて」
一護の言葉に、織姫は涙を堪えながら首を振ると、いつものように微笑んでいる。その二人の様子を見ながら、グリムジョーは舌打ちをすると、隣に座っているの腕を掴んだ。
「ちょ、グリムジョー、どこ行くの」
「治るまで少しかかりそうだからな…。それまで二人でいよう…」
「え…で、でも目を離して逃げられたら――」
「あいつが逃げるかよ……あいつは戦う為に、ここへ来た。そういう目をしてる」
グリムジョーはそれだけ言うと、の手を引っ張り、瓦礫の中を歩いていく。が、ふと立ち止まると、徐に顔を顰めた。
「…その腕にいるガキは置いて来い」
「え、」
その言葉に思わず視線を下げると、ネルが「エヘへ♪」と恥ずかしそうに笑っていた。
「ネル、邪魔しないっス!一護んとこ行ってるっス!」
「じゃ、邪魔なんて事ないけど――」
「邪魔だ」
「―――ッ」
グリムジョーの容赦ない一言に、、そして何故かネルの顔が赤くなった。そしてネルはあたふたとの腕から下りると、「失礼すますたぁーっ」と慌てて一護たちの方へ走って行く。
ネルがいなくなり、急に静かになった気がして、は何ともいえない空気に顔が赤くなった。まさか、グリムジョーに二人でいよう、などと言われるとは思ってもいない。
あんな緊張感のあった中で、不意に静かな時間が来た事で、は急に緊張してきた。
それでもグリムジョーはの手を引き、一護たちから見えない場所まで歩くと、完全に見えなくなった辺りで足を止め、崩れた壁の上に腰を掛けた。
「何、突っ立ってんだ?」
「べ、別に…」
グリムジョーに手を引っ張られ、は目の前に立った。いつもなら見上げるはずのグリムジョーの顔も、今は同じくらいの位置にある。
存在がやけに近くなった気がして、何となく照れ臭い。今更こんな事で照れなくてもいいのに、と自分に呆れながら、グリムジョーの手に引かれるまま、腕の中に納まった。
「…もう震えは止まったようだな…」
「え…?あ…うん。もう大丈夫…」
「…んな事でこれからの戦い、ちゃんと見てられるのかよ」
を抱きしめ、肩越しに顔を埋めながら、グリムジョーが呟いた。それにはも言葉に詰まる。一度感じてしまった恐怖は、なかなか消えてくれない。
「…?」
何も応えないに、グリムジョーが僅かに身体を離した。そうすることで、より視線が近くなる。
の黒い瞳が真っ直ぐ自分に向けられてる事で、グリムジョーはかすかに鼓動が跳ねた気がした。こんな事すら初めてで、本気でこいつにイカレたな、と内心苦笑する。
吸い込まれそうな瞳には、薄っすらと自分の顔が映っていて。グリムジョーは自分の表情に気づき、僅かに目を反らした。
「……珍しい」
「あ…?」
「グリムジョーの顔、ちょっと赤い」
「赤くねーよっ」
いつもとは逆の立場になり、グリムジョーはの突っ込みに思わず怒鳴った。はそれでもクスクス笑っている。
「ね、グリムジョー」
「あ?赤くなんかねぇって――」
「………死なないでね」
「…………ッ」
「敗けてもいいから……死なないで」
いつもなら、そんな事を言われた時点で怒鳴り返している。でもそれが出来ないくらいにの瞳は真剣だった。
応える代わりに、グリムジョーはの腰をそっと抱き寄せ、僅かに顔を傾けると、その小さな唇にキスをした。触れるだけの優しいキスに、もゆっくりと目を閉じる。
そのまま啄ばむように、何度も角度を変えながら口づける。こんなにも優しいキスをしたのは、初めてだった。
グリムジョーから受ける口付けに、の緊張も少しづつほぐれていく。が、その時、身体に異変を感じた。
「……ん、?」
腰を抱いていたはずのグリムジョーの手が、徐々に下へと下がり、太腿を撫で上げる感触に、慌てて目を開ける。
それでも手は止まらずスカートの中へと侵入し、のお尻までゆっくりと撫で上げて行った。
「ひゃ、ちょ、ちょっと何してんのっ」
溜まらず唇を離し、抵抗を試みたが、グリムジョーは悪びれた様子もなく、「何ってケツ触ってんだろ」と言いのけた。
それには一瞬で顔が赤くなり、「触るなっ」と怒鳴る。そして体まで離そうとグリムジョーの肩を手で突っぱねた。
それでもグリムジョーは不満そうな顔で、目を細めている。
「何だよ…いーだろ別に触るくらい…」
「い、いーわけないでしょ!エッチっ」
「あァ?今更かよ…。何もここでヤろうとか言ってねーだろが」
「あ、当たり前だっ」
全く反省の色がないグリムジョーに、は真っ赤な顔で怒った。
せっかくいいムード――この場合、甘い空気――だったのに、グリムジョーの方はどうしてもそっちに気が行くようだ。
これって男女の違いというやつかしら、とは内心呆れながらも、目の前で苦笑いを浮かべているグリムジョーを睨んだ。
「…ったく。せっかく二人きりになったのに何も出来やしねえ…」
「し、しなくていいっ」
「ま、後でゆっくりさせてもらうからいーけどよ」
「ちょ、ヒトの話、聞いてるっ?」
「足腰立たなくしてやるから覚悟しとけ」
「…な」
ニヤリと笑ったグリムジョーは、真っ赤になって文句を言いかけたの唇を、今度は強引に塞いだ。
その行為に、軽い眩暈がする。グリムジョーの唇の熱さに胸が焼けるように熱い。
――出来れば、このまま二人で消えてしまいたい
そう思いながら、これから先の見えない戦いの事を思った。やっぱり大切な人が傷ついていくのは見たくない。
ずっと探してた。やっと逢えた。あなたのいない世界に生まれた私は、きっと生まれてくる場所を間違えただけ。
今はこうしてあなたのいる世界で生きてる。
あなたと逢う為に生まれて来た私を、もう一人にしないで―――
(あなたのいない世界は、
生きる意味もないから)
BACK
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
久々連載更新しました☆グリムジョーと一護の戦いは、原作でもアニメでも泣ける(*TェT*)
特にネルが織姫に、一護のことを泣きながら訴えるシーンが号泣ものでした(感涙)
■グリムジョーかっこ良すぎですっ!ここの夢は全て好きなんですが・・・やっぱ一番はこれかなってことで投票です。(高校生)
(当サイトの夢が全て好きなんて感激です(*TェT*)グリム夢も気に入って頂けて本当に嬉しいですよ〜!これからも頑張ります!)
■最近、更新が早いのでうれしいのですが、あまり無理をなさらないように御自分のペースで頑張ってください!いつでも応援しています。(高校生)
(暖かいお言葉ありがとう御座います!応援、凄く嬉しいです(*TェT*)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆