× story.15 裏切りの代償 








飢えていた。どうしようもなく飢えていた。

その心の乾きを癒すように、頂上を目指しては戦いの中に身を置き、生きる意味を見い出していた。

目の前の男と戦う理由は、そんなモンで十分だ。








――どれくらい、そうしていたんだろう。


遠くで一護が動く気配を感じ、グリムジョーはの体を抱きしめていた腕をゆっくりと解いた。



「…そろそろ時間だ」


を抱きしめていた腕を離し、グリムジョーが言った。
少しの平穏を与えられていたは不安げな顔で彼を見上げ、小さく頷く。
振り向くと、遠くに怪我を治してもらった一護が歩いてくるのが見えて、またの胸がかすかに痛んだ。


「少し離れてろ」
「…うん」


の額に軽く口づけると、グリムジョーは一護の方へと歩き出す。その後ろ姿を見て、は「グリムジョー!」と叫んだ。


「…気をつけて」


そんな事くらいしか言えない自分の無力さに涙が浮かんでくる。それでもグリムジョーは優しい目でを見ると、僅かに微笑んだ。
まるで安心しろ、と言っているかのように見えて、も涙を拭きながら笑顔を見せる。


「大好きだよ、グリムジョー」
「…知ってる」
「忘れないで…。私はグリムジョー以外に、大切なものなんてないから」


のその言葉に、一瞬、グリムジョーが息を呑む。それは以前、グリムジョーがに言った言葉でもあった。


「だから分かってるっつーんだよ」


苦笑いを零し、そう呟くと、グリムジョーは目の前に立つ一護を見つめた。――因縁の対決。
ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。過去の戦いも含め、一護がいる限り、この心の靄は晴れない。


(そう――こいつがの周りをうろついている限り、あいつは過去を断ち切れねえ…)


「オレが断ち切ってやるよ……」


拳を握り締め、一歩前に出る。それを見て、一護は空を見上げた。


「場所を移すぜ、グリムジョー」


一護はそう言うと、上空へと飛んで行く。グリムジョーもすぐにその後を追った。


「…グリムジョー」


移動していく二人を見上げ、は手を握り締めた。グリムジョーの本気の戦いを初めて見る。
どっちが勝つかも分からない、真剣な殺し合い。は軽く唇を噛んだ。その時――遥か上空で、大きな力がぶつかり合う、凄まじい音が辺りを劈いた。





「…さん!」


音のする方へ走り出した時、名前を呼ばれ、振り向いた。そこには織姫、そして地面に蹲って泣いているネルの姿があった。


「…何してんの?そんなところにいたら巻き込まれるわよ」
「…どうして彼を止めなかったの?」


そのまま歩いていこうとしたに、織姫が言った。その問いに、の胸がまた音を立てる。


「いいの?黒崎くんと彼が戦っても…」
「バカじゃないの…。いいも悪いもない。あの二人がそう決めた事じゃないの」
「でも…っ」
「うるさいな…あんたは自分の心配でもしてなさいよ。黒崎がグリムジョーに負けたら、あんたは虚圏から逃げられないんだから」
「…それは大丈夫」
「……え?」


ニッコリ微笑む織姫に、は振り向いた。


「黒崎くんが勝つっていう時は必ず勝つもの…」
「…グリムジョーが黒崎に負けるって言いたいの?」
「……さん…」


怖い顔で織姫に詰め寄る。そんなを見て、織姫は軽く目を伏せた。


「グリムジョーが黒崎なんかに負けるはずないでしょ。バカなこと言わないで」


そう言い捨てると、は空を見上げた。二つの影が何度もぶつかり合い、そのたび辺りにある建物を壊していく。
互いに牽制しあっているのか、どちらもまだ解放状態ではない。


「グリムジョーが勝つに決まってる…」


まるで祈るように唇から零れ落ちた言葉は、衝撃波の音にかき消され、風の中へと舞って行った――










ドォォン、という派手な音と共に、グリムジョーの放った虚閃が建物の壁に穴を開ける。
一護はそれをすんでのところで避けたが、かすかに頬を掠った。


「いいぜ!これを待ってたんだ!!てめぇを全力でブッ潰せる時をな!てめえもそうだろ?!あァ?!――黒崎一護!!」


煙が晴れ、一護が姿を現す。その額からは血が滲んでいた。


「…オレはてめぇを潰す為に戦ってんじゃねぇ…」
「ぬりぃこと言ってんな!言えよ!オレを殺してえってよ!てめえの仲間をズタズタにしたオレを!!引き裂いて殺してえんだろ?!」


グリムジョーは冷たい目で一護を見下ろすと、胸に残った傷を指した。


「オレは許さねえぞ…オレがこの傷を残してる意味を…てめえは知らなきゃならねえ…。てめえの喉を掻っ切って、どっちが上か解らせてやるぜ!!」


そう叫んだ瞬間、グリムジョーは頭上へと飛び、近くにある建物の壁に突き刺したままの自分の斬魄刀を、引き抜いた。
だが一護は微動だにせず、そんなグリムジョーを見上げている。その様子がグリムジョーをイラつかせた。


「…何だ?そのツラは…」
「……………」
「どうやら本当にオレに殺意はねえらしいな…。情けないヤツだ」
「…何だと?」


一瞬だけ睨み合う。が、次の瞬間、物凄いスピードで攻撃を仕掛けたのはグリムジョーだった。
斬魄刀を振り下ろし、ギリギリで避けた一護の体を再び、攻撃する。そのまま空中で、二人は斬魄刀を交えた。


「…訊くが黒崎…てめえは何のために虚圏へ来た?」
「そんなもん決まってんだろ!井上とを助ける為だ!!」
「…はっ!だったら何で二人を見た瞬間、連れて逃げる素振りさえねーんだ?!」
「―――ッ?」
「見た目が無傷で安心でもしたか?内側はどうなってるかもしれねえのによ…!!」
「……てめえら……井上とに何かしたのか?だからもお前なんかと――」


グリムジョーの言葉に挑発され、一瞬だけ一護が殺気を放つ。それに気づいたグリムジョーは軽く鼻で笑った。


「いい顔だぜ、黒崎…。だが勘違いすんな。は望んでここにいんだよ!このオレの傍にな…!」
「…何…」
「二人を助けに来たって言ったな…解ってねえようだから教えてやる」
「………ッ?」
「違うぜ。てめえは虚圏ここに戦いに来たんだ。てめえには見えてんだよ。本能の示す道筋ってやつがな!」


グリムジョーはそう叫ぶと、一護の斬魄刀を思い切り弾いた。


「てめえは死神!オレは虚!負けた側は皆殺し!!千年も前からそう決まってんだ!!戦う理由が他にいるか?!来いよ!最後まで立ってた方が生きて戻れる!それだけの事だ!」


再び斬魄刀を交えながら、互いに刀を弾く。その隙を見て、グリムジョーは虚閃を放った。一護も月牙天衝で応戦し、二つの力がぶつかり合う。
僅かに虚閃が押し勝ち、黒い衝撃波を貫くと、一護は慌ててそれを回避した。だがすぐに背後に回っていたグリムジョーが一護に斬魄刀を振り下ろす。


「……くっ」


一護の肩から血が噴出す。それを見て笑みを浮かべると、グリムジョーは地面に下りて、斬魄刀を砂に突き刺した。


「…いい顔になったぜ…黒崎…だが…」


そう言いながら、自らの指を斬魄刀の刃にあてると、そこからジワリを血が滲み出る。その手を空中にいる一護へと翳した。


「――まだだ」
「―――ッ?」


虚閃の構えをしたグリムジョーに、一護の目が見開かれる。空中にいれば回避は難しい。だがグリムジョーの視線は一護には向いていなかった。


「オレが本当に戦いてえのは、そのてめえじゃねえ……喰らいやがれ。こいつが…十刃だけに許された最強の虚閃だ…!!」
「―――ッ!!」


その時、一護はグリムジョーの翳す手が自分へではなく、遠く後ろで見守っている織姫に向けられている事に気づいた。




「――待て、グリムジョー!!!」


王虚の虚閃グラン・レイ・セロ!!!!」




一護が叫んだのと同時に、凄まじい光が、グリムジョーの左手から放たれ、辺りは真っ白い煙に一瞬にして包まれた――











その時、は目の前に立ちはだかる一護を、唖然とした顔で見上げていた。

「な…何なの今の……」

二人の戦いを見守りながらも、さっきから泣いているネルを宥めようと抱き上げた瞬間、凄まじい衝撃波を感じ、その場に固まってしまったのだ。
何が何だか解らないまま立ち上がると、一護はチラリとの方を見た。その顔にはあの不気味な仮面がつけられている。

「大丈夫かよ…」
「黒崎……」

一護が今の攻撃から守ってくれた事を察したは、同時にグリムジョーの姿が見えた時、今の衝撃波が彼の放った虚閃だったんだと理解した。そして自分も近くにいたにも関わらず、危険な攻撃をしたグリムジョーに怒りが沸々と沸いてくる。

「……ちょ…グリムジョー!!危ないでしょ!私まで吹っ飛ばす気っ?」
「あァ?!って、何でテメーがそこにいんだ!!離れてろっつったろが!!」

も織姫の近くにいた事に気づき、さすがのグリムジョーもギョっとしている。もし一護が仮面をつけて飛び出さなければ、今の攻撃でさえ消滅していたかもしれない。

「まさかこっちに撃ってくるなんて思うわけないでしょ!!少しは考えてよ!」
「うるせえ!いちいち考えて攻撃できっか!危ねえからあっち行ってろ!!死にてえのかよ!」

理不尽なその言い草にムっとしたが、グリムジョーの心配そうな表情を見て、小さく頷いた。

「解ったわよ…邪魔しないようにする」
「…当たり前だ…。お前が近くにいると思うと戦いに集中できねえ」

その一言に、の頬が赤くなる。すると二人の会話を聞いていたネルが「ラブラブじゃねえっすか」と、ニヤニヤしだした。

「べ、別にそんなんじゃ……っあ、危ないからあっち行くわよ」

ネルにからかわれ、は顔を赤くしたまま歩いていこうとした。
その時、織姫と一護の様子がおかしいことに気づき、ふと足を止めた。



「黒…崎くん……?」

織姫は一護のその姿を初めて見たのか、驚愕の表情で、空中に浮かんでいる一護を見ている。
一護は悲しそうな顔をしながら、小さく息を吐き出した。

「……わりぃ。怖いか?このカッコで安心しろっつっても難しいだろうな…。でも…言わせてくれ」
「…………」
「安心しろ。すぐに終わらせるから」

そう言いきった一護にはムっとして、言い返そうとした。だがその瞬間、黙って聞いていたグリムジョーが突然笑い出した。

「…く…ははっはは!!!いいぜ……待ってたんだ、この時をよ…!」
「グリムジョー…」

グリムジョーを取り巻く空気が一瞬で変わった事に気づき、は小さく息を呑んだ。


「軋れ―――」


グリムジョーは再び斬魄刀を抜くと、左手でその刃を引っかくように、滑らせた。



「―――豹王パンテラ!!!!!」



ズ…ン…という衝撃と同時に一瞬にして周りの空気が重くなり、は初めて感じるグリムジョーの解放状態に言葉を失った。

(何て……重い霊圧……息を吸うのがやっとだ…)

本気になったグリムジョーの霊圧は、普段と比べ物にならない。は溜まらず、その場に膝を着いた。
それを見ていた一護は視線を織姫に向けると、

「――井上。ここから先、自分達の前に三天結盾を張って、一瞬も消すな」
「黒崎くん……」
「解ったな…。もそこから動くな」
「……うるさいわね…自分の心配したら…?」

そう言いながらも、は苦しそうに息を吐き出した。それを見た織姫は、一護に言われたとおり、三天結盾を張った。

(グリムジョーってば手加減なしだ…非難しようにも動くのがつらい…)

ならば織姫の傍にいた方が安心かもしれない、とはその場に蹲った。
その時、耳を劈くような声が辺りに響き、は目を見開いた。一護の向かった先に目を向けると、そこには解放状態のグリムジョーが見える。
その姿は、さっきまでのものとは大きく異なった。

「あれが……グリムジョーの解放状態……」

顔にあった仮面が消え、短かった髪がまるで鬣のように伸びている。
グリムジョーはそのしなやかな肢で地面を蹴ると、一護に向かって飛び掛って行った――










物凄い力のぶつかり合いで、あちこちで大きな爆発音が上がる。その戦いを見ながら、はただ必死に祈っていた。

(グリムジョーってば凄い……仮面をつけた状態の黒崎を圧している…なんて強さなの……)

駆け引きも何もない二人の真剣勝負は、の心配をよそにグリムジョーの方が僅かに上回っている。
その力は強大で、その場の空気が歪んでいる。二人の大きな霊圧は、すでに十刃同士の戦いのようだ。
そして、それに混じって、かすかにだが遠くの方からも、大きな霊圧をいくつか感じる。

(阿散井副隊長も、どこかで戦ってるみたいね…同時に変わった霊圧もいくつか感じる…黒崎についてきてた人間かな…私の元クラスメートだっていう…)

乱れる呼吸を整えながら、は遠くで戦っているであろう、恋次たちの事を考えていた。

色々あったから忘れてたけど……他の侵入者にも十刃がぶつけられてるみたい…
この霊圧はその辺の虚じゃない…ただの数字持ちでもない。
……なんて私には関係ないか…。

そう思いながらは、青い顔のまま戦いを見ている織姫に視線を向けた。
一護も、恋次も、皆がこの織姫を救おうと必死に戦っている。なのに織姫が少しも嬉しそうな顔をしていない事が、は気になった。

「……黒崎の事、応援してあげないの?」

未だに信じられないようなものを見る目で一護を見ている織姫に、そう声をかけた。だがそれに応えることなく、織姫は小さく唇を震わせると、

「黒崎くん……?あれは……本当に……黒崎くんなの…」
「え?」

その言葉に顔を上げた時だった。グリムジョーの攻撃がたちの方向へと飛んだのか、凄い勢いで一護が飛んできた。
ドドドドっと全ての攻撃が一護の背中に命中する。その光景に織姫だけじゃなく、も驚いて目を見開いた。
だが一護はダメージを受けた体で、再びグリムジョーの下へ飛んでいく。その時――

!!てめえ何してやがんだ!」
「…グリムジョー」
「そいつらから離れてろつったろ!!」

一護の攻撃を片手で受け止めながら、グリムジョーが叫んでいる。だが動こうにも霊圧にあてられて動けないのだ。

「…足に力が入らないの…!誰のせいだと思ってるのよ…っ」
「……チッ」

の状態に気づいたのか、グリムジョーは軽く舌打ちすると、一護の斬魄刀を弾いた。

「……よそ見してるヒマあんのかよ、グリムジョー」
「うるせえ!てめえこそ、わざわざ助けに行くなんてご苦労なこったな…」
「…………」
「どうした?息が上がってるぜ?まあ……」

そこまで言うと、グリムジョーは左腕を近くにある建物へと向ける。その瞬間、エネルギーの塊が放たれ、一瞬にしてそれが破壊された。

「こいつを五発も喰らってんだ。無事な方がどうかしてるがな…」

一護は無言のままグリムジョーを睨んでいる。だがその時、一護の仮面に僅かにヒビが入った。

「…仮面の方も限界か」
「限界だと…?」

一護が仮面に手を翳す。その瞬間、ひび割れた仮面は元に戻っていた。

「誰がだよ」
「……しぶといな…そうでなきゃいけねえ」
「…お前こそガタがきてるように見えるぜ」
「…わりぃな……そいつぁは見間違いだ!!!」

そこで再び二つの力がぶつかり合い、激しい衝突音が響く。互いに一歩も引かず攻撃をしかけ続けた。
途中、一護の仮面が半分ほど割れ、僅かながらグリムジョーが圧し始めた。

「……か、仮面つけた一護が…押されてるっス…」

ふとネルが呟き、は視線を向けた。織姫は相変わらず、青い顔で二人の戦いを見ている。

「ドルドーニ様の時も…ウルキオラ様の時も…仮面つけてた時は一護が圧倒的に勝ってたっス…。仮面つけてる一護は無敵だったっス…その一護があんなにやられちまうなんて……」
「…………ッ」

ネルの言葉に、織姫は強く手を握り締め、二人から視線を反らした。
そんな織姫を見たネルは、ぎゅっと唇を噛み締めると、突然大きな声で叫びだした。

「が…頑張れ一護ぉ!!!」
「……ネルちゃん…?」

いきなり応援しだしたネルを見て、織姫は驚いたように顔を上げた。

「ほれ!何をスてるスか!!あんたも応援するッスよ!」
「え…」
「え、じゃないッス!一護はあんたの為に戦ってるッスよ!なのに何であんたが一護を怖がってるッスか!」
「―――ッ」

ネルの言葉に、織姫は僅かに息を呑んだ。その様子をも黙って見ている。

「あんた言ったッスよね!一護は優しい人だって!その通りッス!ネルもそう思うッス!その優しい一護が、あんたの名前を聞いて、ウルキオラ様に飛び掛っていったッス!
一護は人間ッス!それなのに死神ンなって、仮面までかぶって、あんなデタラメな力つかって!一護が苦しくないわけないッス!苦しいに決まってるっス!
だけど一護はあんたの為にそんな力つかって…血まみれンなって戦ってるっス!あんたが…っあんたが一護を応援スねえで…どうするっスかっ!!」

ネルの必死の叫びに、織姫は再び一護たちの方へ視線を戻した。血まみれになって戦い続けているその姿に、強く手を握り締める。

「…ネルの言うとおりだよ」
「…さん…」

不意にが口を開き、織姫は振り返った。はただ真っ直ぐ、二人の戦いを見つめている。

「黒崎は敵だし、私はグリムジョーが勝つって信じてる。だけど…黒崎があんたの為にあんなになって戦ってるって言うのに…あんた、さっきから何て顔してんのよ…」
「………ッ」
「あんた、黒崎の事が好きなんでしょ…?…好きな男が自分の為に戦ってるのに目を反らしてどうするのよ。バカじゃないの」

はそう言うと、強い視線で織姫を見つめた。

「私は絶対に目を反らさない。どんな姿になっても、どんなに恐ろしい力を持っていても、私はグリムジョーを怖がったりしない」
さん……」
「彼が好きだから……大切だから」

真剣な顔でそう言い切ったに、織姫の瞳から涙が溢れてくる。その時、グリムジョーの攻撃で、一護が建物の壁に激突した。

「…黒崎くん…!!」

崩れ落ちる一護の姿に、織姫が悲鳴をあげた。

「…どうやら本当に限界らしいな…。終わりだぜ、黒崎」
「……くっ」

崩れ落ちる一護の前に、グリムジョーがゆっくりと歩いていく。その時、織姫は涙を拭いながら走り出した。


「死なないで、黒崎くん!!」

「――――ッ」


「勝たなくていい…頑張らなくていいから……もうこれ以上…怪我しないで…」


織姫の祈るような訴えに、一護が目を見開く。その瞬間、グリムジョーの攻撃を片手で止めた。

「……ッ?」
「わりぃな…グリムジョー…。どうもオレは…これ以上やられるわけにはいかねえらしい……」

そう言い終わらないうちに、一護の斬魄刀がグリムジョーの体を斬っていた。

「グリムジョー!!!!」

その光景を見ていたは、動かない足を無理やり動かして立ち上がった。だがすぐにフラついてその場に倒れる。
ネルが慌ててに駆け寄った。

「ダメっス!霊圧にあてられた体で無理に動いちゃ――」
「ほっといて!!グリムジョーがいなきゃ私がここにいる意味なんてないのっ!」
さん――」

よろけつつも、再び立ち上がろうとした、その時――グリムジョーの腕が、一護の斬魄刀を掴んだ。

「…ふざけんじゃ…ねえぞ…!!」
「…グリムジョー…」
「こんな……こんなもんで…勝ったつもりか…?!この……オレによ!!」

グリムジョーの拳が、一護の体を貫く。その光景に、も、そして織姫やネルも言葉を失った。

「………がはっ…」

グリムジョーが手を引き抜くのと同時に、大量の血が砂漠を赤く染めていく。

「…は…っ…は…っ」
「何だ…その眼は……」
「……………」
「てめえはいつもそうだ…。どんだけオレにやられても…どっかでオレに勝つ気でいやがる…オレより強いと思ってやがる……」

怒りで声を震わせるグリムジョーは、傷ついた体で一護に飛び掛った。

「気に喰わねーんだよ!!」

一護の顔を殴りつけ、よろけた一護が斬魄刀を構えた。

「は…っ何が気に喰わねーんだよ…人間ごときに対等な顔されんのが気に喰わねえか?!――ごぁっ…!」

肘が一護の体を貫くのと同時に、グリムジョーはその体を物凄い力で蹴り上げた。

「関係ねえ!!てめえが人間だろうが死神だろうが破面だろうが――オレをナメた眼で見やがるヤツは一人残らず叩き潰す!!!」

脚力を使い、グリムジョーは上空へと飛び上がり、一護よりも更に上へと上がった。

「…その手始めが……てめえだ、黒崎!!!」

グリムジョーの両手の爪が、空間を縦に切り裂く、その光景を見て、一護は息を呑んだ。

「な…何だよ、そりゃ……?!」
「いくぜ……」

鋭い爪の痕は光の太刀筋となって、一護の上に振り下ろされた。



豹王の爪デスガロン―――オレの  最強の  技だ!!」



大気が震え、凄まじい光の刃が一護の斬魄刀に振り下ろされ、たちはその眩しさに目を細めた。

「グリムジョー!!」

何本もの刃が一護に向かっていくのを見て、はフラつきながらも歩き出した。
十刃であるグリムジョーの最大の技は、体中の血が沸騰するようで、一歩、前へ進むのがやっとだ。
でも、この一撃が決まれば決着はつく…そう信じて、はグリムジョーの無事だけを祈っていた。

(お願い…!これで決まって…!!)

これ以上、グリムジョーが傷つくのは見たくない。そう思いながら、一護が圧されていく光景を見つめる。
だが次の瞬間、一護が何かを叫び、斬魄刀でデスガロンを弾いたのが見えた時、は思わず目を見開いた。
一護がグリムジョーめがけて斬魄刀を構える。思いがけない攻撃に、グリムジョーの回避が一瞬だけ遅れた。
それを見ていたは、頭で考えるよりも先に、体が動いていた。


「…やめて、黒崎!!!」
「…さん?!」


動かない体で、無理に瞬歩を使い、二人の戦う方向へと移動する。その速さに、織姫もを止める事は出来なかった。


「いやぁぁ!!さんっっ!!」


一瞬の静寂が戻ったその場所に、織姫の悲鳴だけが響き渡った――













――我らを喰っていけ、グリムジョー


――じゃあ会えたのは奇跡なのかな


過去の記憶が蘇る。何十年、何百年と虚圏を彷徨い、殺戮を繰り返してきた。
死臭の漂う何もない、殺伐としたこの世界で、自分の存在理由を探しながら――ただ高みを目指し生きてきた。

その理由を教えてくれたのは――








デスガロンを撃った瞬間、視界の端にの姿が映った。

勝つこと以外に執着したものなど何もないこのオレが、唯一執着した存在…
目の前の男を倒さなければ、この手から奪われてしまうかもしれない…脆く儚い夢のように消えてしまうかもしれない。
あいつのいない世界で王になったところで、何の意味があるんだろう―――



目 の 前 の 男 を 倒 さ な け れ ば  王 に さ え な れ な い



懇親の力をこめて、一護を追い詰めていく。


「終わりだ、黒崎!!!」



――反吐が出る…どいつもこいつも腰抜けだ。



「てめえはオレに敗ける!!」



――喰い尽してやる……オレの血肉となってその先を見ろ。




「オレが……オレが王だ!!!」




そう叫んだ瞬間、一護の斬魄刀がグリムジョーの攻撃を受け止めた。


「―――ッ?」


一護の斬魄刀がデスガロンを弾いたのを、グリムジョーは信じられない思いで見ていた。

「てめえが……てめえだけが…勝ちてえわけじゃねえんだ…!」
「……何だと?」
「てめえ、言ったよな?オレが…手始めだって…。――オレもそうだ」

空中でデスガロンを粉砕した一護は、そのままグリムジョーに向かって飛び上がった。

「――ちィッ!」
「てめえの言うとおりだ…オレは虚圏にてめえと戦いに来た…てめえを倒すためにだ、グリムジョー!!」
「………ッ?!」
「てめえを倒す!ウルキオラを倒す!藍染を倒す!――そしてルキアを!チャドを!石田を!恋次を!井上を!を連れ戻す!!」
「……てめえ…!!」
「てめえ一人に…敗けるわけにはいかねえんだよ、グリムジョー!!」
「…上等だァ、黒崎!!」

攻撃を受ける前に、反撃しようと手を翳したその時、グリムジョーの視界に、何かが過ぎった。


「―――ッ」


「な………」



一護の手が、自らの斬魄刀から、ゆっくりと離れる。グリムジョーの瞳が大きく見開かれ、声にならない声を上げた。


「…………っ!!!」


一護の刃が貫いたのは、グリムジョーの体ではなく、二人の間に飛び込んだの体だった――








一瞬、何が起きたのか分からなかった。グリムジョーを守りたい。
ただその気持ちだけで二人の霊圧にあてられ固まった体を動かした。
そして気づけば、安心する腕に抱きしめられていて、これは夢の中なのか、と本気で思った。


…!!!」
「…グリム……ジョー?」
「てめえ……何してんだっ!!」


彼の怒鳴り声がはるか遠くで聞こえてるようで、私はかすかに微笑んだ。
怒鳴れるって事は無事なんだ、と朦朧とした意識の中で思った。
ぼやける視界の中、グリムジョーの青ざめた顔、そして驚愕の表情をした黒崎の顔がかすんでは消える。
ああ、私はこのまま死んじゃうのかな、と思いながら、今では何も感じない指先を、必死で動かそうとした。

グリムジョーに触れたい……でも…それが出来ない…


「グリムジョ……」
「しゃべんな!!」
…」

黒崎ってばなんて顔してるの…?あんたは敵の一人を倒しただけ。そんな顔する事ないのに。
私は、あんたの敵なんだから…
ああ…何でこんなに痛いんだろう……
仲間だなんて思った事もなかったのに、黒崎も阿散井副隊長も、こんな私の事を迎えに来たなんてバカな事を言うから…
まるで自分が本当に皆を裏切ったように思えて、少しだけ…つらかった。
そんなこと、思ってもいなかったのに。グリムジョーと一緒にいられれば、それだけで幸せだったのに。
あんた達が来てから、ホント、ろくなことないよ。
この痛みが裏切りの代償なら、全て受け止めるから、だからせめて私を、グリムジョーの傍にいさせて――







(あの人の傍にいれるなら――
どんな痛みでも受け取りましょう)








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久しぶりに本編を更新。
戦うシーンって何気に大変ですよね…_| ̄|○;
アニメもそろそろ本編に戻るかなぁ☆
昨日新刊(35)を買って読みましたが、原作も凄い展開になってきてますねえ;;
私の好きな剣八とノイトラがガチンコ勝負!わぉ。





■グリムジョーがめっちゃカッコよくて、大好きです☆彡(高校生) 
(ありがとう御座います〜(´¬`*)〜*

■どのお話も好きですが、1番すきなのは『世界が終わる歌を』です!大好きです!(高校生) 
(一番だなんて嬉しいです!ありがとう御座います(*ノωノ)




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