× story.16 獣のように










皆の声が私を呼んでいる。分かっているのに、聞こえているのに、応えることが出来ない。声が…出ない―――







…!!てめぇ、目を開けろ!!!」

赤い液体がゆっくり、ジワジワとオレの腕を赤く染めていく。やめろ…これは悪い夢だ―――


「オイ、――」
「触んなっっ!!!」


に触れようとした黒崎の手を力いっぱい振り払う。――誰も触れるな。誰にも触れさせやしない。
グッタリと動かないを抱え、地上に下りると、胸に刺さったままの斬魄刀を引き抜く。そこへ人間の女、井上織姫が走ってきた。
――そうだ…まだコイツがいる。は絶対に死なせねぇ…。


さん――」
「女ァ!!を治せ!!早くしろ!!」

駆け寄ってきた女の腕をちぎれんばかりに引っ張る。だが井上織姫は理解していたのか、逆らう事なくの治療に入った。

「どうだ?は治るのかっ?!」
「……ひどい傷…心臓を貫いてる…」
「御託はいいから必ず治せ!!」

そう叫んだのと同時に、黒崎が青い顔をしながら目の前に下り立った。その場に膝をつき、の血が着いた己の斬魄刀を震える手で持ち上げている。
その姿にカッと来て、オレは黒崎の横っ面を思い切り殴り飛ばした。

「てめえ!!にもしもの事があれば……てめえを今度こそ八つ裂きにして殺してやるっっ!!」
「……グリムジョー…」

馬乗りになって黒崎の顔面を何度も殴り続けた。でも黒崎は一度として殴り返してこない。戦意喪失―――まさにそんな顔をしていた。


「……やめるッス!!一護は悪くねぇッス!!」


そこへあのガキが泣きながら走ってきた。
泣きじゃくりながら、黒崎をかばおうと小さい体で飛び込んで来るその姿も、オレの癇に障る。

はグリムジョー様をかばったっス!一護のせいにするのは違うと思うっス…!!」
「うるせえ!!消し飛ばすぞ!!!」

ガキを片手で殴り飛ばすと、簡単に地面へと転がった。それでもオレの気は晴れない。足元から感じた事もない恐怖がオレを侵食し始める。
こんなにも恐ろしい思いをしたのは初めてで、がオレの前からいなくなるかもしれないという不安が、オレの理性を狂わせていた。

「…やめ…ろ…グリムジョー。ネルには…手を出すな…殴るならオレを…殴れよ…」
「…てめえは殴るだけじゃすまさねえ!てめえだけは――」

黒崎の胸倉を掴んだ瞬間、先ほどの戦闘で受けた傷口が酷く痛み、オレはその場に膝を着いた。
ついでに解放状態もとけ、元の姿に戻った時、全身が一気に重くなる。
怒りのせいで忘れていたが、体へのダメージは相当なものだ。
がいなければ、あの一撃を喰らい、オレは力尽きていたかもしれない―――
そう感じた事で、更に怒りが増した。


「クソ…!!てめえなんかに敗けるかよ!!このオレが―――」


そう叫んだ刹那―――でかい霊圧が一瞬でオレを包み、体は鋭い刃で切り裂かれていた―――






「…往生際が悪りィんだよ」


「…ぐ…っノイ……トラ…!!」






その聞き覚えのある声に、最悪な状況になったと思った。
奴の、この全てを威嚇するような霊圧が傷口に染みて、起き上がろうとするだけで全身が痛み出す。



「サッサと死ね。死神そいつと女は―――オレがもらう」



その言い方に、何の事を言っているのか、すぐに理解した。ノイトラが何かとの傍をウロついていたのはシャウロンに聞いて知っている。
心が一気にざわついた。

「…ノイトラ…てめえ…ッ!に指一本触れたら―――」
はてめえのせいで死にかけてんだろが」

オレを見下ろしながら、ノイトラは冷たい口調で吐き捨てた。そして黒崎と、の方へ視線を向ける。

「何だ…?てめえは……十刃か…?」

黒崎がノイトラを見て驚いたように立ち上がる。その問いに答えようともせず、ノイトラは殺気のこもった目で黒崎を睨みつけた。

「……………あの女ァ、傷つけたのは…てめえか?死神」
「あァ?!何もんだって訊いてんだよっ!!答えろ!!」
「…や…めろ、黒崎…そいつは――」
「何だよ。まだ動けんのか?」

起き上がろうと動いた瞬間、ノイトラは斬魄刀を振り上げ、オレに向けて一気に振り下ろす。
避ける間もない。やられる――そう思ったその時、黒崎の斬魄刀がノイトラの大刀を止めた。

「…あ?…何してんだ、てめえ…」

自分の剣を止められた事で、ノイトラの目つきが変わった。

「…それはこっちのセリフだ…。動けねえ奴に何斬りかかってんだよ…!」
「…はっ!」

ノイトラは一笑すると、黒崎の斬魄刀を力任せに弾いて、後方へと飛んだ。

「目も当てられねえなあ!グリムジョー!あァ?!ばかりか、敵にまで命守られてよぉ!!」
「…う…るせえ…」
「いーから黙ってろ。動けねーんだろ?てめえはオレが後でゆっくりと嬲り殺してやるよ」

鼻で笑うと、ノイトラは黒崎と向かい合い、殺気丸出しの目で黒崎を見ている。こういう時の奴はヤバイ、とオレは知っていた。

「名はなんてんだ?死神」
「……黒崎一護」
「黒崎か…。覚えとくぜ―――てめえが死ぬまでの、ちょっとの間だがなァ!!」

ノイトラの霊圧が一気に上がり、振り上げられた奴の斬魄刀で辺り一面、土煙に巻かれた。
ギリギリで避けた黒崎は空中へと逃げたように見えたが、すぐに追いつかれ、ノイトラと剣を交えている。
それをかすかに感じながら、オレは遠くで治療を受けているへ視線を向けた。
消えかかっている彼女の霊圧を肌で感じながら、何とか傍へ行こうと、手を伸ばす。
が、その瞬間、全身に激痛が走り、オレの意識はそこで途切れた。


―――頼む、助かってくれ。


薄れていく意識の中、神なんか信じちゃいないオレが、初めて祈りを捧げた瞬間だった―――











「おらおらァ!!どうしたよ、死神!!」
「ぐ……っ」

三日月形の大きな斬魄刀を振り回すノイトラに、一護は押されていた。

(こいつ…細せぇ体してるクセに…とんでもねぇ腕力だ……重い…!)

何度も振り下ろされる剣を受け止めながら、一護はギリギリそれを弾いて、後ろへと飛びのいた。
それでもノイトラの攻撃は休む事なく襲ってくる。
その時、はるか下の方で治療を受けているが目に入り、一護は場所を変えようと意識を一瞬だけ背後に向けた。
瞬間、再び一護の上にノイトラの斬魄刀が振り下ろされる。

「―――くっ」
「よそ見してんなよ!」

ノイトラが楽しそうに笑う。


「黒崎くん…!!」


その時、下から織姫の声が聞こえてきた。


「バカ、井上、来るな――」


二人の戦闘に気づいた織姫が治療の手を止め、駆け寄ろうとしたのをノイトラは見逃さず、すぐに自分の直属の部下である男を呼んだ。


「テスラ!!」
「―――はい」


逃げる間もなく。テスラは一瞬のうちに現れ、織姫を拘束し、その細い首に手をかけ、地面へと引き倒した。

「井上!!」
「どこ見てんだ?」

一護が織姫の状況に気づいたが、容赦ないノイトラの攻撃に、助けに行くことも出来ない。

「井上を放せ!!」
「おもしれえセリフだ、そいつは!"女さえ自由ならてめえに勝てる"と思ってる奴のセリフだぜ?」

あざ笑うように吐き捨てると、「教えといてやる」、とノイトラは自らの舌を出し、そこに刻まれた自分の階級を表す数字を見せた。

「――――ッ!!!」

一瞬、一護が小さく息を呑む。『NO.5』――それは今の状況では絶望的な数字だった。

「オレの階級だ。分かるか?てめえがそこまでボロボロになって、ようやく勝ったグリムジョーより、オレの方が上なんだよ。てめえは終わりだ―――」

そう言ってニヤリと笑うと、ノイトラはゆっくりと一護の方へ手を伸ばした。


「―――悪りィ。名前、忘れた」














次第にゆっくりと意識が戻る中、最初に聞こえてきたのは、激しい爆音と、剣を交える時の金属音だった―――




「……ん…」

体に感じる暖かい光。の視界に最初に飛び込んできたのは、何度も見てきた、井上織姫の作る治癒の壁だった。

「何…これ…私、何…で…」

ボヤける視界と、かすかに動く程度で全身に走る痛み。
それらのものが不快で、は顔を顰めながらも、先ほどの出来事を思い出していた。

(そうだ…私、グリムジョーを助けたい一心で二人の間に飛び出して……それで黒崎に胸を―――)

あの時、確かに心臓を貫かれた。その感触まで思い出し、はゾっとしながらも恐る恐る傷口を見てみた。
だが相当深かったはずの傷も、今は織姫の力で塞がりつつあるのを確認し、ホっと息をつく。
同時に、その治療をしてくれているはずの本人が近くにいない事に気づき、どこにいるんだろう、と思ったその時、

「やめて!こんなの…黒崎くんは怪我してるのに!!」
「―――ッ?」

甲高い声がの耳に届いた。

「井上…さん…?」

意識が朦朧としながらも声のする方へ、は何とか視線だけを向けてみた。

「うるせえぞ!!バカか?!怪我してるから何だ!!」

(…ノイトラ…さん?それにテスラも…)

空中にはノイトラ、そしてそのすぐ下には織姫と、その織姫を拘束しているテスラがいる。その事に気づき、は驚いた。

(何これ…さっきまで黒崎はグリムジョーと戦ってたはずなのに…なんでノイトラさんと…?っていうかグリムジョーはどこなの…)

ワケの分からない状況に混乱し、動けない体で必死に視界の中にグリムジョーを探す。だが今自分がいる場所からは確認できない。その事がを不安にさせた。

(まさか…まさか黒崎に…?)

そんな想像をして、すぐに打ち消す。もう一度織姫の方を見ると、は僅かながらに手を動かした。
近くに織姫がいなくても、この光に包まれているだけで傷が癒えていくようで、痛みも少しづつではあったが和らいでいくのを感じる。

(もう少し…もう少し動ければ…)

は痛むのを堪えながら、織姫がいる方へと手を伸ばした。だが手足が痺れて上手く動かない。
いくら治療されているとはいえ、心臓を貫かれたのだから、すぐに完治するはずもない。その間も、ノイトラと一護は激しく衝突しあっていた。

「敵の本拠のど真ン中で、あんだけ派手に戦って、誰にも狙われねえなんて、悪い冗談だぜ死神!」
「……………ッ」
「来いよ。てめえとグリムジョーの戦いは頭っから見てた。てめえの手の内は知れてるがな――っ?」

そう言ったのと同時に、ノイトラは視界の片隅でが動くのを捉えていた。

「……?気づいたのか」

そう呟くと、一護が反応すら出来ない速さで、織姫を捕らえているテスラの元へと、響転で移動する。

「ノイトラ様…?」
「女、の治療の続きをやれ」
「……え…?」

急に自分の前に来たノイトラに、織姫は一瞬戸惑うように目を見開いた。
そして言われた意味が分からないとでも言うように目を細める。その態度がノイトラを苛立たせた。

「聞こえなかったのかァ?の怪我を早く治せつってんだよ!」
「あ…さん意識が…!」

そこで織姫も、が意識を取り戻している事に気づき、戻ろうとした。だがテスラに後ろ手で手首を掴まれているために動けない。

「テスラ、もういい。女を離せ」

それに気づいたノイトラが言った。いつもならそれでテスラも命令を聞く。でもこの時のテスラは少し困ったように息を吐き出した。

「ノイトラ様…今は彼女の事よりも、あの死神を――」
「オレのいう事が聞けないのか?あァ?!」
「……分かりました」

ノイトラはいつも以上に苛立ちを露にした。その様子を見て何を言っても無駄だと感じたのか、テスラは言われたとおり、織姫を放す。
自由になった織姫は一瞬、ノイトラの様子を伺うように見たが、すぐにの元へと走って行った。

「…さん、大丈夫?」
「…あんた…」

織姫が傍に跪くと、はホっとしたように息を吐き出した。

「ちょうど良かった…。あんたに聞きたい事があるの…」
「何…?怪我なら、もう少し時間がかかるけどちゃんと――」
「そうじゃない…。グリムジョーは…彼は…どこ?」

心配そうに尋ねてくるに、織姫も言葉に詰まる。その様子では更に不安げな顔をした。

「まさか黒崎に――」
「グリムジョーなら、向こうで休んでるぜ」
「ノイトラさん…っ」

そこにノイトラが歩いてきて、は目を見開いた。

「黒崎と戦ってたんじゃ…」
「あんな奴、五分でカタがつく。それよりお前は自分の傷を治すことに専念しろ」
「…でもグリムジョーが――」
「だからあいつは向こうで休んでるよ…。怪我はしてるけどなァ」
「怪我…っ?ひどいの…?なら私より先にグリムジョーを――」

怪我という言葉に過剰反応し、は痛む体を無理に起こそうとした。それを織姫が慌てて静止する。
ノイトラも苦笑交じりで頭をかくと、

「お前の方が重症だ。いいから黙って治されてろ…つっても、こんな場所じゃそうもいかねえか…」

そう言った瞬間、ノイトラはの体をそっと抱き上げた。それには本人、そしてそれを見ていた織姫ですらギョっとして目を見開いた。

「ノ、ノイトラさん?あの――」
「ここじゃゆっくり治療できねえだろ?静かな場所に連れてく」
「し、静かな場所って、でも――」
「テスラ!そっちの女はお前が運べ」

の言い分など聞かず、ノイトラはテスラに声をかけた。テスラも今度はすぐに命令をきき、オロオロしている織姫の体を片手で抱える。
そして二人の苦情も聞かぬまま、響転で宮の中へと移動した。見慣れた十刃の居住区にある一室。そこはシンプルで、ベッド以外、何もない部屋だ。
ノイトラはそのベッドの上にを寝かせると、後ろから着いてきていたテスラに、織姫を離すように言った。

「お前はここで治療してろ」
「え、ちょ、ここって…」

事情が飲み込めないは、訝しげな顔で部屋の中を見渡した。
その何もない空間に、グリムジョーの部屋よりも素っ気ない部屋だと思った。

「ここはオレの部屋だよ。何か文句でもあんのかァ?」
「え、ノイトラさんの…部屋…?」
「他の部屋だと邪魔が入るかもしれねえからな…」

ボソっと呟くと、ノイトラはベッドの傍に屈んで、の前髪をそっと指ではらった。

「ノ…ノイトラ…さん?」
「さんはいらねえよ。何回も言ってんだろ」
「…で、でも――」
「ゴチャゴチャうるせえ。いーから傷を治せ。お前の仇はオレが取ってきてやる」
「…仇…?」
「あの死神にやられたンだろォ?見てたんだよ」

舌打ちをして忌々しげに吐き捨てるノイトラに、は目を丸くした。確かに死ぬかもしれない傷を負ったが、コレは言ってみれば自分のせいだ。
一護に故意にやられたわけじゃない。それに何より、一護はグリムジョーの獲物だ。ノイトラに手を出されたら困る。

「ちょ、ちょっと待って、ノイトラさん!これは私が自分で――」
「だからそれも知ってるっつーの。見てたって言ってンだろォが。まあどんな理由にせよ、お前が死に掛けた。それは事実だ…」
「…ノイトラさん…?」

普段は冗談くらいしか言葉を交わさないノイトラに、心配そうな顔で見つめられ、は首を傾げた。
頭を撫でるその手の優しさにも戸惑いを覚えつつ、どこか気恥ずかしい。

「…あの死神はオレが殺る。グリムジョーになんか任せてらんねえよ」
「ちょ、ノイトラさん?」

不意に立ち上がったノイトラに、は慌てて起き上がろうとした。だが傷が痛み再びベッドへ倒れこむ。
その姿に、ノイトラは苦笑いを浮かべ、の頭にポンと手を置いた。

「バーカ。傷は深いんだ。無駄に動くな」
「そ、そんな事より、ホントに黒崎と戦う気なの?彼はグリムジョーの…」
「そのグリムジョーが怪我で動けねーんだろが。それにあいつはもうオレの獲物だ。お前はここで待ってろ」

ノイトラはそう言い放つと、後ろで控えているテスラに、目で合図を出した。
それを見てテスラは捕まえていた織姫をベッドの傍へと連れて行く。

「お前はを完全に治すまでここで治療してろ」
「…それは言われなくてもやります。でもせめて黒崎くんも治させて…あの怪我じゃ戦うのは――」
「うるせえ!!んなもんオレには関係ねーんだよ!何度も言わすな!」
「………ッ」

その剣幕に、織姫はビクッと肩を震わせた。そんな織姫を無視して、ノイトラはに視線を向けると、「オレが戻るまでここにいろ」とだけ告げて、テスラと共に部屋を出ていく。
は仕方ないと言わんばかりに息を吐き、閉じられた扉を見つめた。あの様子じゃ何を言っても無駄だろう。
理由は分からないが、ノイトラは何故か怒ってるように見えた。

(…でもどうしよう…グリムジョーは何してるの…?怪我ってどれくらいのものなんだろ…動けるならノイトラさんと黒崎が戦ってるのを黙ってみてるはずないし…)

あれこれ考えながら窓の外を見てみる。そこは相変わらずの夜空で、細い三日月が浮かんでいるだけだった。

「……痛…」
「…あ…ご、ごめんね。すぐ治療の続きするから」

の苦しげな表情に気づき、織姫がすぐに盾舜六花の言霊を唱えた。その目には涙が光っている。
それに気づいたは小さく溜息をつくと、静かに天井を見上げた。

「…黒崎が心配?」
「…え?」
「グリムジョーとの戦いでボロボロになってる今の黒崎に、ノイトラさんの相手はキツイかもね。彼が戦ってるのは見た事ないけど、相当強いはずだし」
「…………」

の言葉に、織姫は無言のまま目を伏せた。そんな織姫を横目で見ながら、はまたしても溜息をつくと、「ねぇ」と声をかけた。

「グリムジョーと黒崎の戦い、どうなった?」
「…え、覚えてないの?さん…」
「…二人の間に飛び出したことだけは覚えてるけど…その後は曖昧なの。あれからどうなった?もしかして私が邪魔しちゃったせいで、グリムジョーが怪我したとか?」

それだけが心配で尋ねる。織姫はその問いに少しだけ笑顔を見せると、安心させるように軽く首を振った。

「確かにさんが飛び出した事で、二人は動揺しちゃって戦うどころじゃなくなったみたいだけど…彼の怪我は黒崎くんがつけたものじゃない」
「…どういうこと…?」

その言葉の意味が分からず、は首を傾げた。織姫は少し言いにくそうに目を伏せると、月明かりの入る小窓を見上げた。

「さっきの…ノイトラさんだっけ。彼が突然現れて、黒崎くんと戦おうとしてたグリムジョーを自分の斬魄刀で――」
「…な…」
「致命傷ではなかったけど、その傷のせいで動けないんだと思う…」
「……嘘…!ノイトラさんは仲間なのに…そんな事するはずないでしょっ」

織姫の説明に、はカッとなった。破面同士、それほど仲がいいわけではないが、まさか斬魄刀で傷つけるなんてあるはずがない。それにノイトラはこうして自分を助けてくれているのだ。
そのノイトラがそんな事をするとは思えない。そう思いながら、は織姫を睨みつけた。

「でも…本当なの。私も驚いたけど…彼は確かにグリムジョーの事を攻撃した。その後も致命傷を負わせようとしたとこに黒崎くんが止めに入って――」
「嘘…!何でノイトラさんがグリムジョーを攻撃するの?意味が分からな……痛…っ」
「あ、動かないで…!傷に障っちゃう…」
「…あんたが変なこと言うからでしょ…?もういい、後でグリムジョーに聞くから」

はそう言うと、織姫から視線を反らした。
どこかイラついているその様子に、織姫もそれ以上何もいう事が出来ず、黙って治療に専念する。
この部屋では、外でのあの戦闘が嘘のように、いつもの静寂が続いていた――。











「ノイトラ様…彼女をどうするおつもりですか?」

再び一護の元へ戻るため、響転で移動しながらも、テスラは心配そうに尋ねた。前を行くノイトラは何も応えない。
その背中を見つめ、テスラは小さく息を吐いた。

「グリムジョーから奪う気ですか?」
「……………」
「そんな事をすれば藍染さまが――」
「藍染は別にが誰のモンになろうが何も言わねえだろうよ」

不意にノイトラが口を開き、テスラは訝しげに眉を寄せた。

「……どういう意味ですか」
「どうもこうもねえ。あの変わった女が虚圏にいるだけで、奴の目的は遂げられる」
「藍染さまの…目的…ですか」
「あァ…奴は変化を求めてる」
「変化…とは?」

更にスピードを上げるノイトラについていきながら、テスラは首をかしげ、尋ねる。
ノイトラは薄く笑いながらも、僅かに視線をテスラへ向けた。


「――オレ達、破面のだ」


そう言ったのと同時に、ノイトラは一気に一護のところまで移動した。
十刃の居住区からこの場所まで、ほんの五分しかかかっていない。

「てめえっ!!どこ行ってやがった!!」

大きな怪我を負っている一護に、消えたノイトラ達を追える力などなく。
その場で探し回っていたのか、一護は二人の姿を見つけると斬魄刀を構え、ノイトラめがけて突っ込んで来た。
どこにそんな力が残っていたのか、と迎え撃つ体勢をとりながらノイトラは内心、苦笑した。

「――遅せえ」

一護の斬魄刀を片手で受け止めると、刀の刃が掌を滑っていく。それをものともせず軽々と傾け、ノイトラは笑った。

「何だよ。斬れそうなのは見かけだけかァ?避けて損したぜ」

そう嘲ると、一護の顔面に思い切り頭突きを喰らわせる。その衝撃で一護の体は瓦礫の山に吹っ飛んで行った。

「おォい!少しはやる気出せよ!これじゃ食後の運動にもならねえぜ?!」
「…くってめえ………と井上をどこに連れて行ったっ!!」
「心配しなくてもちゃんと安全な場所で治療してんだよ」
「…治療…?本当か?」
「何だよ、疑ってンのかァ?これでもオレ達は同胞だぜ?」

楽しげに笑うノイトラに、一護は唇を噛み締めた。そこへノイトラの拳が飛んでくる。

「他の奴の心配してる暇あんのかァ?!おらァ!」
「…ぐぁっ」

一護の口から血が飛んだ。ノイトラの大刀が一護の体を弾き飛ばす。それでも一護は何とか体勢を立て直すと、斬魄刀を握り締め、残った力を集中させながら大きな一撃を狙う。それを見てテスラが動こうとした。が、ノイトラがすぐさま一喝する。

「てめえは手を出すな、テスラ!!」
「…しかしノイトラ様…!」
「…そいつはオレの獲物だ…」

ノイトラはそう言うと、ふと後方へと意識を向けた。かすかに感じる霊圧。僅かに弱っていたはずが、今は少しづつ強くなっている気配に軽く舌打ちをする。
――この感じ…グリムジョーか。
先ほど、グリムジョーを攻撃した時、手を抜いた覚えはない。本当に殺すつもりで剣を振るった。
だがさすが十刃だけあって、あれほどの怪我を負っても回復するのが早い。ノイトラは何か考えるように長い指を口元へと持って行った。

「…テスラ」
「はい、ノイトラ様」
「てめえは達を見張ってろ」
「…は?ですが――」
「いいから言われたとおりにしろ!オレが戻るまで見張ってるんだ」
「…はい」
「もしに近づく奴がいたら……皆殺しにしろ」
「………ッ」
「それが例え同胞、でもな」

ノイトラの命令にテスラは何かを言いたげに視線を泳がせたが、仕方なく頷くと、すぐに響転で姿を消した。
それを確認すると、ノイトラは安心したように再び一護へと近づく。


「さあて……お遊びの時間だぜ?死神」
「……くっ」


地面に転がっている一護の元へと近づき、ノイトラはニヤリと笑みを浮かべた。
先ほどの戦いで殆ど霊圧の残っていない一護に、逃げる術などないに等しい。
それを瓦礫に隠れて見ていたネルは、祈るように小さな両手を握り締めた――











静かな部屋。その中では我慢ならないといったように深い溜息をついた。

「ねぇ…何か話してよ。そんな辛気臭い顔で黙られたら、私まで不安になってくる」
「…え?あ……ごめんねっ」

治療に集中しながらも織姫は慌てて顔を上げた。そんな織姫を見て、は苦笑いを浮かべると、

「黒崎の事が心配なのは分かる。私の治療が終わったら、あの場所にまた連れてってあげるよ」
「え…?いいの?」
「私もグリムジョーの事が心配だし……でも…どんな結末になってるかなんて…分からないよ?」

その言葉の意味を理解し、織姫は小さく息を呑む。それでも、自分が戻る事で一護の怪我を少しでも治せたら…と織姫は思っていた。

さんの傷、だいぶ塞がったの。あと10分くらいで治ると思うから……」
「…うん。ありがと」
「……………」

その一言に、織姫は少し驚いたように顔を上げ、横になっているを見た。

「何よ、その顔」
「だって……さんが私に優しい言葉かけてくれるの初めてだから」
「……そうだっけ?」

素っ気ない言葉で顔を背けるに、それでも織姫はニッコリ微笑んだ。

「そうだよー。何か嬉しいな」
「前にもグリムジョーの事でお礼は言ったでしょ。そこまで喜ぶなんてバカじゃないの」
「そうだけど…役に立ててる気がして嬉しいんだもん」
「……はあ…相変わらず天然っ子だよね、井上さんて」

かすかに覚えている現世でのこと。目の前で嬉しそうに笑う織姫は、その記憶と何も変わっていない気がした。

「―――ッ」

その時、不意に近づいてくる霊圧を感じて、は僅かに体を動かした。

「あ、さん、動いちゃダメだよ。もう少し――」
「もう痛みはないから平気…それより…誰かがこっちに来るわ」
「え…?」
「治療はいいから、もう戻りましょ」
「でも――」
「いーから!あんたも黒崎のこと心配なんでしょ?」

のその言葉に、織姫も渋々頷いて、治療するのをやめる。双天帰盾がとかれると、もすぐにベッドから起き上がり、傷口を確認してみた。

「凄い。ホント服まで再生するんだ」

一護の斬魄刀でつけられた傷も、服の上からじゃ分からないが、すでに塞がっているのか、痛みもない。
織姫の力を自らの体で感じ、は改めて感心した。ただ傷をつけたのは一護が解放状態の、それも仮面をつけてた時のものだ。
あの状態の斬魄刀で受けた傷だからか、完全に治ったとは言えず、手足がかすかに震え、上手く歩く事が出来ない。そのの様子に、織姫も気づいていた。

「でもまだ無茶はしないでね。傷口も今は塞がってるけど、無理に動いたりしたら、また開いちゃうかもしれないし…」
「…分かってる。私だって出来れば痛いのは嫌だもん。でも…グリムジョーが死ぬ方がもっと嫌だから…さっきのような事があれば私はまたきっと同じ事すると思う」
「…さん……」
「…それより行きましょ…。あっちが気になるし」

そう言ってドアの方に歩きかけた。その瞬間、の足がフラつき、織姫が慌てて支える。

「やっぱり、もう少し休んだ方が…体力だって完全に戻ってないわ」
「…そんな事してられない…。ここに向かってるのが誰なのか分からないし、とにかく私はグリムジョーのところに行きたいの!」
「でもさん、歩くのも辛そうじゃない」
「大丈夫よ、このくらい…。あの場所までなら瞬歩で何とか行ける――」

そう言ってドアを開ける。その瞬間――


「どこへ行く気です?」
「――――」


目の前には、テスラが立っていた。

「…テスラ…さん…」
「ノイトラ様がここで休んでいろ、と言ったはずです。勝手に出歩くのは許しません」

冷たい声で言い放つと、テスラはを部屋の中へと押し戻し、織姫を睨みつけた。

「治療はもう終わりましたか?」
「あ、あの…」
「終わったわ?だからさっきのところへ戻ろうと思っただけなの」

織姫の代わりにが答える。だがの状態を見たテスラは、静かに首を振った。

「ダメです。ノイトラ様が戻るまで、貴女達にはここにいてもらう」
「どうして?!私の怪我は治ったわ!だったら――」
「ダメだと言ったはずです!ノイトラ様の戦いの邪魔になる!いいから大人しくここで待っていて下さい」

冷たく言い放つテスラに、は戸惑うように瞳を揺らした。

「そんな…邪魔はしない…!ただ私はグリムジョーのところに行きたいのよ…それくらい、いいでしょう?彼は怪我してるのよ?放っておけない!」

最後に見た光景を思い出しながら、は叫んだ。一護との戦いでボロボロに傷つき、それでもなお戦おうとしていたグリムジョーの姿が目に焼きついている。
ノイトラの言った事が本当なら、あの後に、動けないほどの怪我を負ったはずだ。治療が遅れれば万が一という事もあるかもしれない。
そんなの心の奥を見透かすように、テスラは小さく息を吐いた。

「グリムジョーなら我々の呼んだ医療班が連れて行きました。今頃、治療を受けているはずです」
「え…医療班って……ホントに?」
「ええ。だから何も心配する事はない。それよりも貴女は自分の傷を治して下さい。まだ完全に治ってはいないんでしょう?」
「私は…大丈夫…。でもホントなのね?グリムジョーはちゃんと治療を受けてるのね?」
「……くどい。そう言ったでしょう」

テスラは煩わしいといったように顔を顰めたが、は心底ホっとしたように息を吐き出した。

「良かった……」
「…………」

その様子を黙って見ていたテスラは、壁に寄りかかると静かに腕を組んだ。

「そんなに大事ですか。彼の事が」
「…え?」
「尸魂界を裏切ってまで、何故それほどまでに彼に拘るんです?」
「…それは…」

テスラの問いに戸惑いながら、は口をつぐんだ。この感情は上手く言葉に出来ない。それに破面のテスラに言ったところで理解されるとは思えなかった。
グリムジョーや、グリムジョーの従属官フラシオンであるシャウロン達とは、考え方や感じ方も違うだろう。
そう思っている事を、テスラは察したように苦笑いを浮かべた。

「どうせ僕に話しても意味がない、と思ってるような顔ですね」
「…………だってそうだもの」
「まあ…否定はしません。死神の貴女が敵であるグリムジョーに、何故そこまで入れ込んでいるのか理解できない。それに…」
「それに?」
「あのグリムジョーが貴女にあそこまで入れ込んでいる事も」

その一言に、の頬が赤くなる。それを見ながらテスラは複雑な気持ちになった。
最初はグリムジョーだけだったはずが、今ではノイトラまでもがに興味を持っている。これまで戦い以外に依存などした事がない二人が、何故そこまでに興味を持つのか。

(そうか…だから藍染さまでさえ、この少女に興味を抱いた…)

そこでテスラは先ほどノイトラが言っていた言葉を思い出した。


"奴は変化を求めてる"  "オレ達、破面のだ"


変化……破面の変化、か…確かに面白い。
あの藍染さまが興味を持つように、食欲以外なかった虚が、仮面をはがし、感情を持った。そして次に起きる変化は―――心。

心のない破面達が心を取り戻す。それはテスラにとっても想像もした事がない世界だった。


「…テスラさんは…私がここにいる事をよく思っていないのね」

はテスラの態度に溜息をついてベッドに腰を掛けた。

「そうじゃない。僕はただ貴女と関わる事でノイトラ様が変わって行くことが嫌だっただけですよ」
「…え…ノイトラさんが変わるって…どういう意味?」
「…話せば長くなります」

そう答えながら、テスラは窓から見える夜空を見上げた。

――あれからどれほどの月日が経ったのか、それすらも覚えてはいない。
でも今も目に焼きついているのは、"あの方"に挑んでいくノイトラ様の姿…
ノイトラ様が願って止まないのは、戦って、戦って、戦っていくこと――
情けも、同情も、何もない。
ただ強さを求めて戦い続けること…そして僕の望みは、その姿を傍で見続けること。それを――邪魔されるのが嫌だった。


情けなどいらない。優しさなど、必要ない。   非情に、ただ貪欲に、戦い続ける。 


獲物を追う獣のように、その誇り高い姿に――







(どうしようもなく惹かれるんだ)








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来週からアニメが虚圏編に戻るそうでウッキウキ♡
という事で、このドリでもノイトラが出張りました。エヘ。(そしてどこへ行くオレ)


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■グリムジョーやばいです。素敵過ぎ・・・。おもしろかったです。これで彼のファンになりました。(社会人)
(素敵だなんてありがとう御座います!面白かったと言って頂けて凄く嬉しいですよー゜*。:゜+(人*´∀`)

■お忙しいのに更新ありがとうございます!ヒロインとグリムジョーの関係がものすごく大好きです♪これからも応援しています!(高校生)
(ありがとう御座います!二人の関係が大好きなんて感激です(*TェT*)


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