初恋の
王子様









"――――――――これ…やるよ"




おかしいくらい、素っ気なく差し出された綺麗な花。

今も覚えている甘い香り。

あれは何歳の時だったっけ。

両親に連れられて行った、遠い親戚でもある道明寺家のお屋敷の庭に、たくさん咲いてた真っ赤な薔薇。

そこで出逢った一人の男の子。

あれは私の―――――――――今、思えば初恋、だったかもしれない。








それはクリスマスを一ヵ月後に控えたある冬の夜に聞かされた。
父の経営していた会社の倒産。
普通の人より贅沢をしてきた私の、人生最悪の日であり、その後に訪れる、不幸(?)の始まりだった――――――――――




父の会社が倒産して半月もしないうちに、私たち家族はバラバラで暮らす事になった。
父は借金を肩代わりしてくれた人の命令で、その人が経営するホテルの支配人という仕事をもらって母と大阪へ。
私も一緒に行くつもりだったけど、高校一年の半ばで、いきなり環境を変えるのは大変だろう、と
父が母の反対を押し切って私を親戚の家に預けると言い出した。


「今日からお世話になります」


それがここ――――――――小さい頃にも来た事のある超豪華なお屋敷、道明寺家だ。
遠い親戚とは言え、道明寺財閥と言えば世界的にも有名で、世界中でホテルやレストランを経営をしているらしい。
そして今回、父の作った借金を肩代わりしてくれたのも、父に仕事を世話してくれたのも、この道明寺財閥の社長さんだった。
父は字の如く感謝感激雨あられ、といった喜びようで大阪へ飛んでいき、私をそれほど親しい付き合いをしていたとは思えない、
この家に平気で預けてしまった。
当然のように高校も転校するハメになり、明日からは超金持ち名門高校で有名な、英徳学園への転入も決まっている。
もちろん、その学費も道明寺の社長が出してくれるらしかった。
一応、それまでお嬢様学校に通っていた私も、英徳学園は憧れの高校だったから、それはそれで楽しみではある。

でも…この至れり尽くせりの状況に、私は何となく納得出来ないまま、今、その道明寺財閥の女社長と向き合っている。

「そんな堅苦しい挨拶はいいのよ?」

目の前で微笑むのは道明寺楓おば様。
上品に微笑んではいるものの、子供の頃に感じた威圧感はちっとも変わってない。
この人がここまで会社を大きくした、泣く子も黙る道明寺財閥の女社長だ。

「今日から、ここはちゃんの家でもあるんだから」
「…はあ」

広すぎるリビングに通され、ふかふかのソファに座らされた私は、何となく落ち着かなくて辺りをキョロキョロと見渡した。

「どうしたの?紅茶、お嫌いだったかしら」
「い、いえ。頂きます…」

目の前に置かれたロイヤルコペンハーゲンのティーカップからは、暖かそうな湯気が昇っている。
緊張で余裕もなかったけど仕方なくカップを持って口に運ぶと、おば様は嬉しそうに微笑んだ。

「ホントに嬉しいわ?ちゃんが来てくれて。椿が結婚して家を出てからは何だかこの家も殺風景で…」
「椿さん…?」
「ええ。覚えてないかしら。昔、ちゃんがこの家に遊びに来た時、一緒に寝たでしょう?」
「あ…そう言えば…」

そう言われて思い出す。
私を妹のように可愛がってくれた綺麗なお姉さんがいたっけ。
それに……

「あ、そうそう。それと司なんだけど…」
「…は、はい」
「今、学校の行事でハワイへ行ってるの。今週には帰ってくる予定だから、その時に紹介するわね」
「…はい」

それを聞いて幼い頃に会った、あの男の子を思い出した。
今では顔も思い出せないけど、あの優しい雰囲気は覚えている。
私が薔薇を見ていると、その一本を取って、私にくれたのだ。
あれ以来、会う機会もなかったけど、元気なのかな。
これから高校卒業まで一緒に暮らすなんて、ちょっと緊張しちゃう。

「そう言えば…司にもお会いした事あったわよね」
「あ、はい。前に来た時に…」
「あの時は確か…司の誕生日か何かで来てもらったんだったわ」
「そうでしたっけ…。すみません、その辺は覚えてなくて」
「いいのよ。ちゃんも小さかったし。あの時は大変だったわ?司と総二郎くんがケンカして…」
「…総二郎…?」
「ええ、あの日は司の幼馴染の3人も来てたのよ。覚えてない?」
「え、えっと…」

そう言われて必死に考えたが、何となくしか思い出せない。
あの日は私たち以外にもたくさんのお客さんが来てたはずだ。
その中に同じ歳くらいの男の子がいた事は覚えているけど、ハッキリ覚えているのは、お花をくれた男の子だけだ。

「そう言えば…何人かいたような…」

そう言って誤魔化すと、楓おば様はクスクスと笑った。

「あの子達、未だに仲がいいのよ?同じ英徳学園だからちゃんも心細くないわね」
「…そ、そうですね…」

そう言いながら紅茶を口に運ぶ。
こうして思い出話をしているうちに、少しづつ緊張がほぐれてきた。
そこで、会ったら聞いてみようと思っていた事を尋ねてみた。

「あの…おば様」
「なぁに?」
「その…こんなこと聞いて失礼なんですけど…」
「いいわよ、何?」

おば様が優しく微笑んでくれた事でホっとして、軽く深呼吸をした。

「あの…どうして、ここまで良くしてくれるんですか…?親戚といっても遠いし、普段から付き合いがあったわけでもないのに…」

思い切ってそう言うと、一気に汗が出てきた。
恐る恐るおば様を見ると、少しだけ驚いたような顔をしている。

「あの…」
「そんな水臭い。理由がなきゃ助けちゃいけないの?」
「え?」
「遠いと言っても…ちゃんのお父様とは私が子供の頃から仲が良かったのよ」
「え?お父さんと…おば様…が?」

そんなの初耳だ、とかなり驚いた。
でもだったら…何で同じ東京にいるのに普段から付き合いがなかったんだろう。
それとも私の知らないところで、道明寺家と交流があったのかな…?

あれこれ考えていると、おば様は苦笑しながら、静かに身を乗り出し私の手を握った。

「確かに…お互い忙しくなって付き合いもなくなったけど…私で良ければ力になりたいと思ったのよ」
「でも父の仕事ばかりか、私までお世話になっちゃって…」
「いいのよ。それにちゃんを預からせてと言ったのは私の方だもの」
「え?おば様が…?」
「ええ。だって今は大事な時期でしょう?私が紹介したとは言え、そんな時に関西なんて慣れない土地に行ったら大変じゃないの」
「はあ…」
「だったら、うちで預かるわって言ったの。迷惑だった?」
「い、いえ!そんな…!私は…助かりましたけど…」

慌てて首を振ると、おば様はホっとしたように微笑んで私の手を握った。

「良かったわ。あ、そうそう。ちゃんのお部屋、もう用意してあるの。案内するわね」

おば様はそう言うと、お手伝いさんを数人、呼んで私の荷物を部屋まで運ばせた。
かすかに覚えてるけど、この家は広すぎて迷子になりそうだ、と子供心に不安に思った事を思い出す。
そのまま私は、とてつもなく広い部屋へと案内された。

「どう?ここなら日当たりもいいし、過ごしやすいでしょ?」
「はい…あの何から何まで…ありがとう御座います」

居候の身でこんな豪華な部屋を与えてもらっていいのかと、恐縮したが、ここまで来たらおば様の好意に甘える事にした。

「いいのよ。今日からちゃんは私の娘みたいなものなんだし…。何でも好きに使ってちょうだい。
あ、クローゼットに洋服も入ってるから。あと、これは困った時に使って」

そう言ってお手伝いさんが持っていた封筒を取ると、私に差し出した。
それを受け取り、何だろうと中身を出してギョっとする。

「こ、これ…」
「現金とクレジットカードよ?好きに使ってくれていいのよ?」
「で、でも困ります…これは…」

現金で100万円の束とキラキラ輝くゴールドカードを見て、私は慌てて封筒にしまった。
確かに前も普通の子よりは多いお小遣いをもらってはいたけど、帯つきの現金はもらった事がないし、
カードだって普通のカードだった。
だいたい、おば様にここまでしてもらうわけにはいかない。

「それに自分の荷物もありますし…服ももらうわけには―――――――――」
「何を言うの、ちゃん…。遠慮なんかするものじゃないわ?いいから使って。ね?」

おば様はそう言うと強引に封筒を私に押し付け、腕時計を確認した。

「あら、いけない。私、これから仕事でニューヨークに飛ばないといけないの」
「えっ?」
「ごめんなさいね?来てくれたばかりなのに…。でも使用人頭のタマさんにもちゃんの事はお願いしてあるし大丈夫よね?」
「は、はあ…」
「あ、あと高校の制服もクローゼットに用意してあるから安心して。それじゃ…行って来るわね」
「あ、あの…!」

言いたいことだけ言って部屋を出て行くおば様を慌てて追いかけると、廊下にはすでに秘書らしき男の人が立っている。

「社長。少し急ぎませんと間に合いません」
「そうね。あ、ちゃん。司が帰ってきたら仲良くしてやってね?」
「え?あ、はい。あの――――――――」
「あ、あと言い忘れたんだけど…ちゃんがこの家に住む事、司はまだ知らないの。あの子ったら連絡がつかなくて…」
「…そ、そうです…かって、えぇぇっ?!」

確かに、こうなったのは急だったけど、こんな大事な事を話してない、と聞いて、私はギョっとした。
けど、おば様は呑気に笑いながら、

「でも大丈夫よ?あの子、人見知りはしない方だし、きっとすぐ打ち解けられると思うわ?」
「え、で、でもそんな―――――――――」 
「じゃあ行って来ます。―――――――――行くわよ、西田」
「はい」
「お、おば様―――――――――」


私は颯爽と歩いていく、おば様を呆然と見送りながら、手の中にある封筒を見て深々と溜息をついた。

(想像以上だわ…道明寺家…)

全て自分のペースで話すおば様に、少しだけ疲れて、私はそのまま部屋の中へと戻った。

「はぁ…何だか落ち着かない…」

だだっ広い部屋の中にでーんと置かれている大きなソファに倒れこみ、大きく息を吐き出した。
私の住んでた家も相当、大きかったけど、こことは比べ物にならない。
超がつくほどの上流階級と中流階級の差が、これだけあるんだな、と素直に思う。
父の会社の倒産で、一時は一家心中か?と悩んでたのがバカらしいくらいの贅沢が、この家にはあった。

「いいのかなぁ…私だけ、こんな贅沢してて…」

両親も大阪で住む家は用意してもらったらしいけど、ここほどじゃないだろう。
後で電話してみよう、と思いながら時計を見れば午後5時。
おば様も今からニューヨークだなんて、ほんとに道明寺財閥の社長をしてると、眠る暇もないくらいハードなんだ。

「それにしても…これ、どうしよう…」

テーブルに置いた封筒に目をやり、また溜息をつく。
本当は自分のお小遣いくらい、バイトをして稼ごうとすら思っていたのに。(まあバイトなんてした事ないから少し楽しみだったともいう)

「はあ…あの調子じゃ…バイトもダメって言われそうだな…」

でも…色々とお世話になってる上に、お金までもらったら…情けない気がする。
いくらおば様の好意とは言っても…そこまではなあ…

そんな事を考えながら寝返りを打って軽く目を閉じると、少し疲れてたのか、いつの間にかウトウトと眠ってしまっていた。








バン!ドタドタドタ…






「…ろっ!……!!」






バン…!










(…ん…何…?)

朦朧とする意識の中で、何だか騒々しい音が聞こえた気がして、私はゆっくりと寝返りを打った。
瞬間……



ドサッ



「ぃたっ!」


いきなり体に痛みが走り、一気に目を開ける。
が、部屋の中は真っ暗で、一瞬自分がどこにいるのかすら分からなかった。

「あいたた…何、私なんで…」

腰をさすりながら何とか立ち上がると、窓から入る月明かりで僅かに部屋の中が見える。
そこで自分がどこにいるのかを思い出した。

「あ…いけない!私、寝ちゃったんだ…」

ソファに横になったまま眠ってしまった事を思い出し、急いで部屋の電気をつけ、時間を確認すると、午後8時になるところだった。

「何だ…夜中じゃなかった…」

何となくホっとすると、両腕を伸ばして、もう一度ソファに座る。
これから荷物を片付けて、明日の準備もしなくちゃいけない。

「はあ…良かった。朝まで寝ちゃわなくて…って言うか…お腹空いた…」

ぐぅぅという音が響き、ふと朝から何も食べてなかった事を思い出した。
今日は引越しという事でランチもとれなかったのだ。

「どうしよう…食事って誰に言えばいいのかな…」

誰も知ってる人もいないし、やっぱり少しは心細い。
おば様はああ言ってくれたけど、どう頑張っても初日から自分の家とは思えるはずもなかった。

「…お手伝いさんに頼めばいいのかな…」

こうしていてもお腹が減るだけ、と立ち上がり、部屋の中を見渡す。
そこで小さな冷蔵庫を見つけて、中を覗いてみた。

「わ、凄い…」

中にはジュースやミネラルウォーターといった飲み物や、数種類のミニケーキが入っている。

「これ食べてもいいんだよね…」

お腹が減ってた私はケーキを一つ出して、一口食べつつ、立ち上がって改めて部屋の中を見渡した。
奥にはキングサイズのベッドがあり、カーテンで仕切れるようになっているし、テレビやDVDプレイヤーといったものが全て揃っている。
それに…

「大きなベランダ…」

カーテンを空けたままの大きな窓から、青白い月が見えることに気づき、私は外へと出てみた。
初冬の風が少し肌に冷んやりとしたが、下に見える大きな庭園は思わず溜息が出た。

「ちっとも変わってない…あの頃のイメージのままだわ…」

かすかに覚えていた記憶と、その風景が重なり、嬉しくなった。
よく注意をはらってみると、ほんのりと薔薇の甘い香りが漂ってくる。

そう…あの日は確か…誰かに連れられてこの庭に出たんだっけ…
それで…自分の身長よりも高い薔薇を見上げて、一生懸命とろうとした。その時―――――――――


"これ、やるよ"


後ろから伸びてきた手が一本の薔薇をとり、それが私の目の前に差し出された。
驚いて顔を上げると、そこには優しそうな男の子が顔を真っ赤にして立っていて…
"ありがとう"と言った私に、照れ臭そうに微笑んでくれたっけ。
顔はもう覚えてないけど…あれがきっと司くんだったのよね。
だって一つくらいしか変わらないのに蝶ネクタイして、パーティの主役みたいな格好だったし。

「今は…どんな風に育ってるのかな…」

顔すら思い出せないけど、きっと優しい男の子になってるんだろうな。
かっこ良かったって事は何となく記憶にあるから、きっと今はもっとかっこ良くなってそう。
早く…会ってみたい気がする。

何となく、月を見上げながら、そんな事を思っていると、急に廊下の方が騒がしくなってきた。
ドタドタと人の歩く音がせわしなく続いてるし、何だか騒ぐ声が聞こえる。
でも今はこの家、私以外だと使用人の人しかいないはずなんだけど…

(おば様が不在だからって使用人がハメを外してるわけじゃないわよね…)

そう思いながら、ちょっとだけ様子を見てみよう、とドアを開けて廊下を覗いてみた。
すると下の方でその声が聞こえてくる。

「…何だろ…」

軽く首をかしげ、そっと廊下に出ると、階段の方に歩いていった。
そこから下のエントランスを覗いてみると、思ったとおり、お手伝いの女の人たちがせわしなく動き回っている。

「もしかして…夕飯の支度?」

皆がトレーを持っていて、その上には料理が乗せられてるのを見て、今から夕食なのかもしれない、と思った。

「ちょうど良かった…お腹ペコペコだったし」

もう少しで夕食が食べられると、少しだけホっとすると、そのまま階段を下りて行った。
相変わらずリビングの方は賑やかで、ちょっと気にはなったが、今夜は私一人だしダイニングじゃなく、
リビングに用意をしてあるのかも、と、深く考えず、そっちに足を向ける。
その時、若いお手伝いさんが慌てたようにキッチンから歩いてきて、私とぶつかりそうになった。

「あ…お嬢さま…申し訳ございませんっ」
「あ、いいの…私こそごめんなさい」
「あ、あのどちらへ…?」
「え?あ…もしかして夕食かと思って下りて来たの…まずかった?」

お手伝いさんの顔が強張ったのを見て、少し心配で尋ねると、彼女は何故か視線を左右に動かした。

「い、いえ…あの夕食でしたら、もう少し時間がかかりそうなので…良ければ先にお風呂でも。この先にお風呂場がありますので…」
「あ、そうなの?じゃあ…そうしようかな…」

何となく彼女が困ってるように感じ、素直に頷くと、彼女はホっとしたように微笑んだ。

「すみません!すぐ用意してお部屋の方へ運びますので」
「え?部屋?って…」

(リビングに用意してくれてるんじゃないのかな…?)

彼女はそれだけ言うと、すぐにキッチンの方へ走って行ってしまった。
その慌てぶりに少し変だとは思ったが、用意に時間がかかってる事を気にしてしまったのかも、と思った。

「やっぱり呼ばれるまで待ってれば良かったかなあ…」

何となく急かしたような気がして申し訳なく思う。

「はあ…それじゃ言われた通り、お風呂でも入ろ…」

さっき起きたばかりだから目覚ましにはちょうどいい、と思いながら、教えられたとおり、奥へと歩いていく。
するとバスルームと書かれたドアがあり、その中を覗いてみた。

「わ…綺麗なお風呂…」

想像してた以上に大きなお風呂に、思わず口が開く。
中に入ると全てガラス張りで、奥には浴槽がある。
周りはどう見ても大理石だろう。
すでにお湯は溜まっていて、かすかに湯気で曇っていた。

「これだけ広いと…少し落ち着かないな…」

タオルやバスローブといったものも全て用意してあり、私は服を脱ぎながら辺りをキョロキョロ見渡してしまった。
裸になると、奥へ続くガラス扉を開けて中へと入る。

「わ、薔薇が浮いてる…」

お湯の上に薔薇の花弁が浮かんでいて、つい笑顔になった。

「やった!こんな風にして入ってみたかったんだ〜」

軽く手でお湯を浚うと、そっと足からお湯に浸かる。
温度もちょうどよく、そのまま体を沈めると、薔薇の甘い香りが鼻をついた。

「はぁ…気持ちいい〜」

薔薇の香りに包まれてお風呂に入っていると、何となくお姫様になったような気分になる。

「うちのお風呂じゃ、こんな事も出来なかったものね…。お母さん、お花嫌いだし」

やっぱり道明寺家は相当なセレブ生活なんだと実感しつつ、掌に薔薇の花弁をすくって香りを楽しむ。
食事の前にお風呂って正解だったな、と肩までお湯に浸かりながら、そこで、ふと思い出した。

(あれ…でもじゃあ何でリビングに料理を運んでたんだろ…)

さっきのお手伝いさんの言葉に疑問を感じ、首を傾げた。
それを見て、てっきり夕飯だとばかり思ってたけど…私の分はこれからだと言う。
それなのに確かにリビングからは人の声が聞こえてたような…
あれって使用人の人たちが準備をしてるから騒がしいのかと思ったのに。

そこでまた疑問を感じた。

そうだ…それに、いくらなんでも夕飯の準備をしてるからって、あんなに騒がしいのもおかしい。
あのおば様なら、そんな事は許さない気がするし、さっきの子もどこか様子が変だった。

「何だろ…気になる」

ちょうど体も温まったところで一気にお風呂から上がると、かけてあったバスタオルを手に取る。
が、その瞬間、バン!と勢いよくドアが開けられ、ギョっとした拍子にバスタオルが床へと滑り落ちた。





「――――――――――風呂、溜まってるだろうな…―――――――って、うわあぁっっ!!」





「き…きゃぁぁっぁ!!




男の声に驚いて思わず叫ぶ。

湯気の向こうには、見たこともない男が、目を丸くしたまま突っ立っていた――――――――――





「で、出てってー!!!!」


バシャッと勢いよくお湯をかけると、男は「あちぃ!!」と叫びつつ慌てて廊下へ飛び出していった。
それを確認してから急いでバスタオルを体に巻きつけると、すぐにドアの鍵を閉める。
廊下では何やら怒鳴り声が聞こえてきて、相当な騒ぎになっているようだ。

「な、何なの、あの男…誰?!泥棒?!」

湯気でハッキリ見えたわけじゃないけど、若い男だった、というのは声で分かる。

「嘘でしょ…っ?」

知らない男に自分の裸を見られたのかと思うだけで、顔の熱が上がっていく。

い、いやでも!これだけの湯気だったら、あの男からもこっちが見えにくかったはず…!
だったら全貌は見られてないかも…(!)

「って、言うか…誰〜〜っっ?!」

この家には私以外、使用人しかいないはずなのに…って、まさか息子?!
いやでもまさか…そうよ、それに楓おば様も言ってたじゃない…
息子の司は今、ハワイに行ってるって……だから彼はおば様の息子じゃない、イコールあの時の男の子でもない…
だいたい、あの男の子はあんなガサツな男なんかじゃないものっ
でも…だったら…あいつは誰っ?

同じ疑問ばかり浮かんで、一向に答えなんか出ない。
まだ少し動揺はしていたが、すぐに体を拭くとバスローブを羽織って、さっき脱いだものを腕に抱えた。
男にお湯をかけたせいで、私の服までビショビショだ。

このまま部屋まで行って…着替えてこなくちゃ。
あの男の正体は分からないけど、もし不法侵入者だったら警察に連絡しないといけないし!

そう決心してドアをそっと開けると、廊下に顔を出した。
幸い人の気配はなく、私はそのまま一気に階段の方まで走って二階へと駆け上がる。
そして、もうすぐ自分の部屋につくと思った瞬間、

「いいから早く警察に電話しろっ!!」

という怒鳴り声と共に手前の部屋のドアが勢いよく開いて、誰かが飛び出してきた。

「うわ!」
「きゃ!!」

危ないと思った時には、すでに遅く…ドンッとぶつかったあげく、私は相手の方に倒れこんでしまった。

「いったぁ…」
「…ぃ…ってぇ…」

その声に私が相手の上に覆いかぶさってる事に気づき、パっと顔を上げた。
すると、そこには怖い目をした男の顔が目の前にありギョッとする。

「て、てめぇ…!まだいたのか!コソ泥女めっ!」
「な…誰がコソ泥よ!そっちがでしょっ?」

その男の声でさっきの奴と同一人物だと確信した。
それにお湯をかけた名残か、目の前の男は頭からぐっしょりと濡れている。
すると男は下から私を見上げた瞬間、いきなり顔を真っ赤にして怒り出した。

「バッッバカヤロ!早くどけろ!」

またしても怒鳴られ、カチンときた。

「何よ!そっちがいきなり出てくるからでしょ?!それにさっきだって勝手にお風呂に入ってきて―」
「うっせぇ!てめぇが勝手に入ってたんだろが!そ、それより、お、お、おま…お前!!み、み…」
「はあ?何言ってるのっ?」

次第に耳まで赤くしながら口をパクパクさせている男に、そう怒鳴ると、男は口を真一文字にして視線を左右に泳がせた。

「…だ…だ、だから…み、見えてんだよ!」
「見えてる?!何がよ…っ?」
「だ、だから、お、お前の……お…」
「…お?」

そこで男は視線を反らしながら私の胸元をそーっと指差し……


「ぉ……ぃ?」


「は―――――――?」


その言葉に胸元を見ると、ぶつかった拍子に前が肌蹴たのか、胸の谷間がギリギリまで見えていてギョっとした。

「きゃぁぁぁ!!エッチ!!変態!!」
「ああっ?!オレは変態じゃねぇ!!つか、てめぇが勝手に見せたんだろ!!」
「きゃっ」

男は上に乗っかってる状態の私を押しのけると、すくっと立ち上がった。

「ってか、お前誰だよ!勝手に風呂に入ってるわ、バスローブ着てるわ、勝手にオッパイ見せて人を変態呼ばわりするわ…ずーずーしい女だな!」
「な…何ですって?!そっちこそ誰なの?!不法侵入じゃない!」
「はあ?不本意に親友?!バッカじゃねーの?誰がお前の親友だよ!」
「は?!何言ってるの?あんたこそバッカじゃない?」
「―――――――――――ぐっ!オレはバカじゃねぇ!!」

私の言葉に男は真っ赤になって怒鳴りだした。
そこへ騒ぎを聞きつけたのか、慌てたように数人のお手伝いさんが走ってくる。
その時、年配のお手伝いさんが信じられない事を口にした。


司坊ちゃん!その方は奥様が引き取られたお嬢さんです!」


「な……はあっ?!」


「―――――――――ッ?!!」


そのお手伝いさんが呼んだ名前を聞いて、私は自分の耳を疑った。

つ、つ、つ、司…っ?!!(どもりがうつった)
今、司坊ちゃんって言った?!
つかさ…司って言ったら…あの楓おば様の息子で…この道明寺財閥の跡取りで………それで…私の……


「何だよ、んな話、聞いてねぇぞ?あのクソババァ!!」



初恋…の男の子―――――――――?!







"――――――――これ…やるよ"



あの時の言葉と、照れ臭そうな笑顔が頭の中をぐるぐるとまわる。


あの男の子の優しい面影なんかひとかけらもない、目の前の凶暴な男に、幼い頃の夢が無常にも崩れ去っていくのを感じていた――――――――――














書いてしまいました;
前から描いてみたいなーと思っていた花より男子!
ちょうど「花より男子・リターンズ」の放送も始まった事だし、ついでに読みたくなるんです原作も。
なので、これはドラマと原作を混ぜ合わせたような感じですかね。
原作では社長は司の父親ですね、確か。
でもこれはドラマと同じ女社長でいきます(笑)
あと申し訳ないですが私の描く花男には"つくし"は登場しません。
司のドリームなのでお相手はあくまで読み手さんです。
という事で…(何が)原作と似た感じで逆ハーっぽく描きたいと思います。