胸が痛むような夜
この16年と11ヶ月、それなりに色々あった。
中学の時、憧れてた先輩に告白されて付き合ったけど、最後は浮気され、破局。
高校で出来た彼氏にも、父の会社の倒産を理由に振られ、また破局。
こんな薄情な男が好きだったのか、と自分に呆れたし、凄く惨めな思いもした。
しかも私に内緒で進めてたお見合いの話(冗談じゃない)もあったらしいけど、それも当然の如く白紙。(お父さんが泣いてたっけ)
だから、だからこんな若さで恋愛とか結婚とか、その前に男という生き物に夢も希望も抱けなくなったし、
子供の頃に憧れた"王子さま"が実際にいない事も、もう分かってる。
でも…それでも"初恋"の人だけは、綺麗な思い出のまま、心の奥にしまっておきたかった。
それなのに―――――――
(―――――――何なの?!この展開!!)
着替えた後、使用人頭のタマさんに連れてこられたリビング。
目の前には、ズラリと揃ったイケメンが3人、興味津々で私を見ている。(ちょっと迫力ありすぎ)
そして、てっきり不法侵入者だと思っていた男、道明寺司はフテ腐れたように一人がけのソファにふんぞりかえってビールを煽っていた。
聞くところによれば、ハワイからの帰国は明後日のはずが、この"司坊ちゃん"の、
「つまんねぇから帰る!」
…の一言で、急遽、4人だけ日本に帰って来たらしい。
それで帰宅早々、リビングで酒を飲んで騒いでたのを、私が耳にしたようだ。(どおりで、うるさかったはずだ)
皆が慌てて料理を運んでたのも"坊ちゃん"の「腹減った!」という一言から、フルスピードで用意してたかららしい。
この家の使用人の人達は相当、この司坊ちゃんにビビっているようだ。
「へぇ〜君が司の親戚ねぇ」
ニヤニヤしながら身を乗り出したのは、この道明寺司の幼馴染だという西門総二郎。
軽そうに見えて彼は伝統ある茶道の次期家元。
私も一応名前くらいは聞いたことがある。
「つか、そんな話、聞いた事ないぞ?こんな可愛い子がお前の親戚にいたなんてさ」
素直に驚いてる彼も道明寺の幼馴染で美作あきらと名乗った。
彼も総合商社、社長のお坊ちゃまらしく、上品で綺麗な顔立ちだ。
「それで…ホントに一緒に住むの?」
最後の一人は他の3人と違って、何となくほんわかした(ボーっとした?)感じで名前は花沢類。
彼も花沢物産の社長の一人息子だ。
花沢物産とは私の父も取引をしていたから名前はよく知っている。(まさか、ここで息子と会うなんて思わなかったけど)
彼も珍しいものを見るように、大きな瞳をくりくりさせて私を見ていた。
――――彼らは巷で"F4"などと呼ばれ、かなり有名人だ。
それにしても…こうして4人、揃ってるのを見ると、本当に美形ばっかりで圧倒される。
その辺のアイドルやモデルにも引けをとらなさそうだ。
この4人の噂なら、私がいた高校にも届いてたっけ。
英徳で"F4"と言えば知らない人はいないくらい有名で、うちの学校の女の子も大騒ぎしてた。
特にリーダーの道明寺司は私の遠い親戚、という事で友達からは良く「紹介して〜!」と言われたし、私も初恋の相手と思ってたから少し気になってたりして。
…とは言え、実際に会ってみれば、この道明寺だけは、いくら美形でも苦手なタイプである事は間違いない。
「誰が一緒に住むか、こんな女!クソババァが帰ってきたら、すぐ追い出してやるっ」
「私だって、あんたみたいな男と一緒に住むなんて嫌だわ」
「何だとぅ?だったら今すぐ出てけよっ!ブス!!」
「ブ…ブスぅ…っ?」
生まれてこの方、そんな酷い言葉、言われた事がない。
いくら親戚とは言え、会ったばかりの男にこれほど侮辱されたのは初めてで、だんだん腹が立ってきた。
「最低……」
「あっ?」
「何よ!あんただってそんな変なパーマかけてるクセにっ!」 (外見的にそこしか攻めどころがないのが悔しい)
「ぐ…変な…パーマだとぅ…?!誰に向かって、んな口利いてんだよ!早く出てけ!」
「な…」
何なの?!この男!!
違う…こいつはあの子なんかじゃない。
こんな乱暴な奴が初恋のあの子だなんて信じられない。
きっと私は勘違いしてるだけなんだ。
そうよ、きっと誰かと間違えてるだけ。
こんな口が悪くて最低の男、初恋の人なんかであるもんですか。
そう思いながらソファから立ち上がる。
その時、花沢類と目が合った。
「…どこ行くの…?」
「…え?」
「ここ出てったら行くとこないんでしょ?」
「そ、それは…」
何だか淡々と話す彼に、つい言葉に詰まる。
すると他の二人が苦笑しながら立ち上がった。
「まあまあ、司も落ち着けよ。彼女を追い出したりしたら、おば様にどやされるだろ?」
「関係ねーよ、あんなクソババァ!」
「だから落ち着けって。いいじゃん、女の子がいた方が家の中も華やぐしさ♪」
「うるさいぞ、あきら…お前んちと同じにしようとすんじゃねぇっ」
道明寺がプイっと顔を反らすと、美作あきらがムっとしたように目を細めている。 (彼の家と同じって、どういう意味だろう?)
「何だよ、その言い草…。だいたい彼女のどこが嫌なんだよ。可愛いだろ?」
「はあ?どこがだよ!この女、オレ様に風呂の水ぶっかけたんだぞ?!」
「ちょっと…!それはあんたが勝手に入って来たからでしょっ?!」
「勝手にじゃねぇ!ここはオレの家だ!」
「う…っ」
ドンっとテーブルを叩きながら睨んでくる道明寺司にカチンときたけど、確かにコイツの言うとおりだから言い返せない。
すると西門さんがニヤニヤしながら、私を指差した。
「でも司、彼女の裸、見ちゃったんだろ〜?」
「なっ!!!」 「……ッ?!」
「あ〜そうそう!さっきだって彼女の胸、見たんだってなぁ?や〜らし〜♪」
「あ、あきら、てめぇまで…!!」
その会話に私の顔が一気に赤くなった。
さっきの事は思い出すだけで恥ずかしくて死んでしまいたくなる。
(こんな男に裸を見られたなんて悔しい…!)
…が、以外にも道明寺司の顔までが見る見るうちに真っ赤になっていってギョっとした。
「…べべ、別に見ようと思って見たわけじゃねぇ!!」
「でも嫁入り前の女の子の体、見ちゃったら、やっぱ責任取らなくちゃいけないんじゃねぇーの〜?」
「は―――――?」
「ちょ、ちょっと西門さんっ責任って―――――」
「そうそう!そうだよなぁ?やっぱ、ここは司が大人になって彼女を家族と認めて、仲良く暮らすとか――――――」
そこで美作さんが唖然とした顔で言葉を切った。
彼の視線の先には道明寺がいて、今の今まで青筋たてて怒っていた顔が耳まで真っ赤になっているからだ。
「お、おい司…どうした?顔が茹蛸みたいになってるぞ…?」
「せせせ、責任って…?」
「は?」
「や、やっぱ…け、け、結婚…とかかよっ?」
「はあ―――――ッ?」
いきなり結婚とか言い出した道明寺に、その場にいた全員が唖然とした。
「ま、まあ…オレの好みじゃねぇけどよ!お前が謝るなら家に置いてやるくらいは―――――」
「「「「……………(顔赤いぞ、司!)」」」 (類×総二郎×あきら)
「ちょ…あんた、何言ってるの?冗談じゃないわ!何で私があんたに謝らないといけないの?!」
「…あ…?!てめぇ…人が甘い顔してりゃ調子に乗りやがって…!」
「別に調子になんか乗ってないわ?だいたい置いてやるって、あんたに言われたくないっ」
「…んだと、コラッ!!生意気な女だな!だったら出てけよっ」
「おば様に言われたらそうするわよ!でもあんたに言われる筋合いはないわっ」
「何ぃ〜?!」
「あ〜まーたケンカになったよ…」(総二郎、溜息)
「ったく司も聞き流せばいいのに…」(あきら、ガックリ)
「でも司、久々に楽しそうじゃない?」(類、ニコニコ)
「「類…お前…呑気だなぁ…」」(総二郎×あきら、シミジミ)
後ろの3人がそんな会話をしてるとも知らず、私は目の前の男を睨みつけた。
(まさか道明寺家の一人息子がこんな奴だったなんて…来るんじゃなかった、こんな家!)
道明寺は私を見上げると、鼻で笑いながら肩を竦めた。
「ふん、責任なんか取る事もねぇだろ?お前の裸見たくらいで!」
「な…っ」
「聞けばお前のオヤジは自分の会社を倒産させるしかなかった能無しだって言うじゃねぇか」
「…ッ!…何ですって…?」
「しかもうちが借金肩代わりしてやってんだから、普通お前も感謝して"置いて下さい"って頭下げるのが筋じゃねぇの?」
「………ッ」
「―――――おい、司!それはお前、言いすぎだって…」
「うるせぇ、あきら!こういう生意気な女には自分の立場ってもんを―――――」
パンッ
「―――――――ッ?」
「「…げっ!!」」
「わ…私の事だけなら何を言ってもいい…!でも…親の事まで侮辱するなんて…許せないっ!」
「て、てめぇ…!何すんだよっ!」
「おば様にはいくらだって感謝するわ…。でもあんたは違う。自分が稼いだお金でもないのに偉そうなこと言わないでよ!!」
怒りに任せて怒鳴ると、そのまま部屋を飛び出した。
あいつを殴った掌がじんじんする。 怒りで体が震える。 悔しさで…涙が溢れてくる。
おば様には悪いけど…あんな…あんな男となんか、一緒に暮らせない―――――!!
「はぁ…はぁ…」
外に飛び出し庭先まで来て立ち止まる。
肩で息をしながら目の前の豪邸を見上げた。
今日、ここへ来た時、不安もあったけど少しはドキドキしながら、これからの生活を想像したりもした。
父の会社の倒産から、嫌な事ばかりが続いてたから、ここに来たら何かいい事でもあるんじゃないかって、ほんの少し期待もした。
なのに…
「何よ…何なのよ、あいつ…」
人をバカにしたような目で見る、あいつの顔を思い出し、怒りが込み上げてくる。
「最低最悪のバカ男!!お前なんか初恋の相手も何でもないんだからーっ!!」
家に向かって大きな声で叫ぶと、思い切り息を吐き出した。
その時、甘い香りが鼻をついて、ふと目の前の庭園を見ると、そこには幼い頃に私の胸をときめかせた無数の薔薇の花が咲いている。
こんな時期に綺麗に咲いてるなんて、よほどお金をかけて世話をしてるんだろう。
「…悔しいけど…この庭だけは最高…」
零れそうになった涙を拭いて、ゆっくりと薔薇園の小道を歩きながら甘い香りに浸ってみる。
そうする事で、あの時の光景が脳裏を掠めた。
立ち止まって目の前の薔薇に手を伸ばす。
あの時もこうして綺麗な薔薇を手に取ろうとして――――――
「え…?」
その時、不意に後ろから手が伸びて、目の前の薔薇を、いともたやすく奪い取っていった。
「へぇ、いい香り」
「あ…あなた…っ」
ドキっとして振り返ると、そこには一本の薔薇を手にして微笑んでいる、綺麗な顔立ちの男の子、花沢類が立っていた。
「はい、これ」
「……あ…ありがと…」
目の前に差し出された薔薇をつい受け取ってしまった。
それと同時に頭の中でフラッシュバックが起こる。
優しい声と、照れ臭そうな笑顔。
その光景が、目の前の彼と重なり、あの子の面影と一体になる。
(まさか…)
「あの…あなた…」
「類だよ。それにしても…相変わらず凄い庭」
花沢類はボーっとした様子で庭を見渡すと、ガシガシと頭をかいた。
何となく独特の空気を持っている人だと思いながら、マジマジと彼を見つめる。
もしかしたら…彼があの時の男の子なんじゃ…
おば様も言ってたじゃない…
あの3人もあの日、パーティに来てたって…
「ねぇ」
「…?…わっ」
あれこれ考えてると、いきなり目の前に花沢類の顔がアップで現れ、ギョッとした。
「な、何―――――」
「君の初恋って…司だったの?」
「――――――ッ?!」
「さっき叫んでたでしょ」
「ぅ……っ」 (き、聞かれてたの?!)
顔が一瞬で真っ赤になった。
「ち、違うわよ…!あんな奴…初恋でも何でもないわっ」
「ふ〜ん」
(な、何なの、この人…)
花沢類は大して興味もなさそうに視線を屋敷に移すと、小さく欠伸をした。
だいたい何しに、この男は出てきたんだ?
道明寺やさっきの2人と同じでボンボンのクセに、何だかこの人だけムードが違う。
「あの―――――」
「あいつさぁ」
「…え?」
「口も態度も悪いけど…いい奴だよ」
「は?」
「ここ出てっても行くとこないんでしょ?」
「………」
いきなり痛いトコをつかれ俯くと、不意にポンと頭に手が乗せられドキっとした。
「ここにいなよ。ね?」
「……ッ」
この時―――――
"これ、やるよ"
柔らかく微笑んだ花沢類を見た時、あの時の男の子だ、と、何故か、そう何故か分からないけど、そう確信した―――――
「おーい、司ぁ〜?大丈夫かぁ?」
「ダメだ、こりゃ。完全にあっちの世界に行ってるよ…」
総二郎とあきらは目の前でビシっと固まったまま動かない司を見て、思い切り溜息をついた。
「姉ちゃん以外の女に殴られた事ねぇーからなぁ、司は」
「だね。オレも驚いたよ。あの子って見た目、お嬢様なのに凄ぇーのな。相手は司だぞ?」
「ま、でもさっきのは完璧に司が悪いぜ?」
総二郎はそう言って苦笑いを零すと、ふと部屋の中を見渡した。
「あれ…類の奴…どこ行った?」
「…さあ…あいつの事だし、どっかの部屋に潜り込んで寝てんじゃねぇの?」
「あーありえる。つか…ちゃん追いかけてったんじゃねーよな?」
「まさか!」
「そうだよなぁ…。あいつ、静以外の女には興味示さないしな」
そう言って笑った瞬間、今まで固まっていた司がヌっと立ち上がった。
「うぉ!な、何だよ、司〜!驚くだろ?」
「…寝る」
「は?」
「お、おい司…今日は朝まで騒ぐって―――――」
あきらの言葉も無視して、司はそのままリビングを出て行ってしまった。
「何だぁ?あいつ…どうしたんだ?」
「さあ?殴られて脳みそ零れたんじゃね?」
「あー。つか相当ショックだったんだなぁー。女にぶん殴られたのが」
苦笑交じりで肩を竦めると、二人は互いに顔を見合わせた。
「で…これからどうする?」
「どうするっつっても…今から帰るのもダリぃし…」
「最初の予定通り、朝まで飲むか!」
「そうだな」
そう言いながら勝手にリビングにある棚からワインやシャンパンのボトルを次々に出していく。
「お♪これ12年もんだぜ?」
「こっちは20年!」
「全部飲もうぜ」
「もち!ああ、類も探してくる?」
「そのうち起きてくるだろ。それよりチーズ出してもらおうぜ」
総二郎はそんな勝手なことを言いながら、勢い良くシャンパンのコルクを飛ばした。
「あ…シャンパン抜いた…」
「え?」
二人で屋敷に戻る途中、花沢類がボソっと呟いた。
「今日、皆で朝まで飲む予定だったんだ。寒いし…そろそろ戻ろうか」
不意に足を止めて振り向く花沢類にドキっとして慌てて首を振った。
「い、いい。私は…部屋に戻るから」
「何で?」
「何でって…」
あんなバカ男のいる場所になんか戻りたくない。
そう、それにどんな理由があろうと、私はお世話になったおば様の大切な一人息子を殴っちゃったんだから。
冷静になって考えてみると、とんでもない事をしたんじゃないか、と少しだけ不安になる。
でも…
"お前のオヤジは自分の会社を倒産させるしかなかった能無しなんだろ?"
「………」
さっきの言葉を思い出して、また怒りが込み上げてきた。
確かにそうかもしれないけど…でも許せない。
お父さんだって最後の最後まで頑張ってたのを、私は見てきた。
あんな働いた事もないような、お坊ちゃまに言われる筋合いは、ない。
「…どうしたの?怖い顔」
「え?あ…何でもない…。私…やっぱり部屋に戻るね」
庭先からリビングの方に歩いていく花沢類にそれだけ言って踵を翻す。
明日は新しい学校にも行かなくちゃいけないのに、まだ準備も何もしてない。
(お腹は空いたけど…今更頼むのもなぁ…)
そんな事を考えながら玄関のドアを開けようとした。
その時、いきなりツンと服を引っ張られギョっとして振り返る。
「お腹…空いてない?」
「…は?」
「そんな顔してるから」
花沢類はそう言うと、「キッチンに行けば何かあると思う」と中へ入っていく。
「ちょ、ちょっと…勝手に食べていいの――――――」
そう言いながら彼を追いかけ、キッチンに入れば――――――
「おー類!どこ行ってたんだよ〜!」
「ありゃ?ちゃん?」
「…………」
キッチンに入ると、そこには西門さんと美作さんが、勝手に大きな冷蔵庫を開けて中を漁っていた。
そう言えばこの人たちは幼稚舎時代からの付き合いだって言ってた。
きっと普段から我が家のように振舞ってるのかもしれない。
「大丈夫?ちゃん」
「…えっ?」
「司が悪かったね。あいつ…女嫌いっつーか…ちょっと屈折してっとこあるからさ」
西門さんはそう言いながらニッコリ微笑んだ。
あまりに整った顔で、思わずドキっとするくらい、カッコいい。(でも何だか女慣れしてそう)
「さすが、総二郎…素早すぎ」
そこで美作さんが呆れたように笑った。
「ちゃん、気をつけなよ?こいつ、女に手が早いんだから」
「え?」
「うるせぇよ、あきら。ってか今回は類にそれ言った方いいんじゃねぇ?」
「あー言えてる」
言って二人は後ろでボーっと立っている花沢類を見ると、ニヤリと笑った。
「何が?」
当の本人はキョトンとして目をくりくりさせている。
「類〜お前、珍しいじゃん」
「何、さっき彼女追いかけて行ったわけ?」
「…別に…外の方が涼しそうだったから」
相変わらず淡々と答える花沢類に、西門さんは口をあんぐりと開けた。
「じゃあ何で二人は一緒に戻ってきたわけ?」
「庭に行ったら彼女がいて…お腹空いたから戻って来ただけ」
「「あ……そう…」」
またしても淡々と答える花沢類に、二人が同時に目を細めた。
「あ、あの…」
「あれ、その薔薇…」
西門さんは私が持ってる一本の薔薇に目をやり、そのまま花沢類を見た。
「ふーん…そういう事、か」
「え、あ、これは―――――」
「まあまあ!とりあえず…乾杯しない?」
「え?」
そこで美作さんがシャンパンのボトルを持ち上げた。
「俺たちの出会いと…ちゃんの英徳入学祝いしよーぜ」
「おー♪それいー!」
「え、いや、あの…」
「でも司は…?」
「バカやろ、類。あいつ呼んだらちゃん部屋に戻っちゃうだろ?あいつは先に寝たから放っておけよ」
西門さんはそう言うと勝手にグラスを出してシャンパンを注ぐと、それを私に持たせた。
「はい。んじゃー今日の出会いと、ちゃんが俺たちの後輩になる明日に…乾杯!」
チンとグラスが鳴り、彼らは一気にそれを飲み干した。
私は私で、勝手にどんどんと話を進める彼らに、少しだけ戸惑いながらも、それをゆっくりと口にする。
道明寺家の広すぎるキッチンで、今日初めて会った男の子3人と、シャンパンで乾杯してる、この状況に何だか変な気持ちになった。
今日から、私はこの中で生活する事になるんだ。
あの、凶暴な道明寺財閥の跡取り息子と一緒に…
「でもさ、さっきは凄かったなー?」
「え…?」
「司に一撃!あいつ、相当ビックリしてたみたいだぜ?」
「………」
西門さんと美作さんの二人は、そんな事を言いながら楽しそうに笑っている。
「あいつ、今までずっと姉ちゃんと二人きりで生活しててさ。その姉ちゃんが結婚してロスに行ってから結構、元気なかったんだよな」
「やっぱ寂しかったんじゃねぇの?子供の頃から一緒だったし。だからイライラしてたっつーか…」
(へぇ…あんな奴でも落ち込むことなんかあるんだ。って言うか、それってシスコンなんじゃないの?)
「だから気にする事ないよ。おば様が認めてるんだから、ここに住んでなよ」
「…でも…おば様も暫く帰って来ないみたいだし…毎日、あいつと顔合わせるかと思うと憂鬱…」
シャンパンのせいか、素直に本音を言えば、二人は困ったように顔を見合わせた。
「まあ、あんな事があればそうかもしれないけどさ!司はいないもんだと思って住んでりゃいいよ」(!)
「おい、総二郎…そりゃ無理だろ。あんなデカイ男がいたら嫌でも目に入るって」
「それもそうだな…人の事いえないけど、あいつも無駄にデカイし」
真剣な顔でそんな事を言い合ってる二人に、思わず噴出してしまった。
「あ♪やっと笑った!」
「……っ?」
「ちゃんは笑顔の方がいいぜ?ま、俺たちもなるべくフォローするし、司の事は大目に見てやってよ」
そう言ってまたグラスにシャンパンを注いでくれる。
あの男の幼馴染だから、彼らもろくなもんじゃないかと思っていたけど、皆、いい人のようだ。
「ありがとう…」
「お礼なんていいって!俺たちは可愛い子の味方だから」
「おい、総二郎…司の親戚を口説くなよな?」
「うっせぇ。そう言うお前こそ、目つけてんじゃねぇの?」
「アホ。オレは年上のお姉さま以外、口説く対象じゃないって知ってるだろ」
「………」
その会話に、やっぱりこの二人は相当、女に軽いんだ、という事だけは分かった…。
(でも…)
ふと先ほど貰った薔薇を見て、キッチンカウンターのスツールに腰をかけている花沢類を見た。
彼は会話に加わる事もせず、淡々とシャンパンを飲みながらも、何故か欠伸を連発している。
花沢類だけは、彼らの中でも少しムードが違う。
それに…この花をくれた時、あの男の子とイメージが重なった。
もしかしたら…本当に彼があの時の…?
「何?」
「あ、あの…」
「……?」
不意に視線が合って花沢類が訝しげに首を傾げた。
そこで思い切って、「前にも…会ってますよね?」と聞いてみる。
すると、西門さんが軽く口笛を吹いた。
「うっそ、ちゃん、類と知り合い?」
「え?い、いえ…知り合いと言うわけじゃ…。でも昔子供の頃にこの家のパーティで会ったような気がして」
「子供の頃のパーティ?」
「はい。おば様は…息子の誕生日パーティだって言ってたんです。その時、皆さんも来てたって」
「あーはいはい。昔から司の誕生日には派手なパーティやってっからなぁー」
「え、そこで類と会ったって?」
そこで美作さんに聞かれ、言葉に詰まる。
「えっと…会ったって言うか…」
「オレ、知らない」
「…え…?」
不意に今まで黙っていた花沢類が口を開いた。
「君に会ったのは今日が初めてだけど」
「え…でも昔、あの庭で私に薔薇をくれなかった…?さっきみたいに…」
思わずそう告げると、花沢類は無表情のまま、「覚えてない」とだけ言った。
その一言で何故か体の力が抜けたような気がして目を伏せると、西門さんが苦笑いを零した。
「まあ…昔の類なら…知らない女の子に花をやるなんてありえないよな」
「何だよ、それ」
西門さんの言葉に花沢類は少しだけムっとした顔をした。
「だってあの頃は類も今以上に人見知り激しくて、いつも静の後ろばっかくっついてたじゃん」
「…静…?」
「ああ…ちゃんは知らない?藤堂静って言って、藤堂商事の令嬢だよ」
「…藤堂商事…」
名前だけは聞いたことがある。
そこの社長の一人娘で、容姿端麗で色々と凄い経歴を持った女性として有名な人だ。
「類は静にしか心開かなかったもんな?」
「うるさいな…そんな事ないよ」
「そーじゃん!まあ、お前も静がフランス行ってから元気ないよなぁ?」
「違うって言ってるだろっ?」
わ、顔真っ赤だ、花沢さん。
きっと図星なんだろうなぁ…
でも…じゃあ違うんだ、あの時の子は…
確かに社交的とは言いがたい感じのイメージではあったけど、さっきは絶対そうだって思ったのに。
何となくガッカリして薔薇の花を見ていると、美作さんが思い出したように私を見た。
「そう言えば…ちゃんって何となく静と雰囲気、似てない?」
「…え?」
「そうかぁ?オレとしては司の姉ちゃんかなーと思ったんだけど」
「え、あの」
「いやいや静だろ。見た感じ柔らかそうで」
「でもお前、司を殴ったんだぞ?やっぱ椿さんだろ」
「あ、あのちょっと――――――」
「いや静だって」
二人はそう言いあいながらジロジロと私を見てくる。
だいたい、その二人を知らない私は何も言えず、どうしようかと思っていると、花沢類がいきなりグラスをドンっとテーブルに置いた。
「全然似てないよっ」
「「「――――――ッ?」」」
少し怒ったような顔をした彼は、そのままプイっとキッチンを出て行ってしまった。
「お、おい類!」
「何だぁ?あいつ…」
二人は訝しげに首をかしげながら、「ごめんね、ちゃん」と何故か私に謝ってきた。
「い、いえ別に…気にしてません」
「あいつ、静の事になるとムキになるからなぁ…」
「ったくガキなんだから」
そんな事を言いながら、二人は別のシャンパンを開けて、再び飲み始めた。
「ほらちゃんも飲んでよ」
「あ…はい」
言われるがままグラスに注がれるのを見てると、いきなり後ろで「あれ?」という美作さんの声が聞こえた。
「…司?何、お前そんなとこで覗いてんの?」
「……っ?!」
その言葉にドキっとして振り返ると、入り口に道明寺司が気まずそうな顔をして立っていた。
「べ、別に!眠れないから寝酒でもって思っただけだよっ!それより類が寝るって行っちまったけど何かあったのか?」
そう言いながらも道明寺司はジロっと私を睨んだ。
「…お前まだいたのかよ」
「………」
「ま、まあ…さっきのこと素直に謝れば許してやってもいいけどよ」
「…は?」
「そしたら、ここに住むのも認めてやるぜ?」
「……っ?」
(な…何なの?この男…!何でこんなに上からものを言えるのよ?)
「お、おい司…もういいだろ?ケンカはやめようぜ?せっかく楽しく飲んでたのに」
「うっせえな、総二郎!お前は女だと甘い顔しすぎるんだよっ」
「何だと、コラ」
「あの」
「「……っ?」」
二人が険悪になってるのを無視して、私は溜息をついた。
「私、もう寝ます」
「え?あ、ちゃんっ?」
西門さんと美作さんに、「お休みなさい」と軽く頭を下げると、私は道明寺を無視してキッチンを出た。
「…おい!待てよ…っ!」
後ろからはあいつの怒鳴る声と、それを宥める美作さんの声が聞こえたけど、そのまま足を速めて自分の部屋へと戻る。
これ以上、あんな男のせいでイライラしたくなかった。
「はぁ…何なのよ、あいつ…」
おば様には悪いけど、育て方が間違ってると思った。
私だって甘やかされてはきたけど、あんなに他人を見下すような育てられ方はしなかった。
きちんと自分以外の人間にも敬意をはらうよう、しつけられてきたし、私だってそうしてきたつもりだ。
確かに私はあいつにとったら今までの生活を少しでも狂わせる居候かもしれないけど…
私はあいつに引き取られたわけじゃない。
「あいつにだけは遠慮なんかしないんだから…」
と言って、このまま見下されたまま毎日を過ごすなんて嫌だ。
そんな事を考えながら部屋に入ると、思い切り息を吐き出した。
すきっ腹にシャンパンなんか飲んだから、少しボーっとしてしまう。
結局、何かを食べるどころじゃなくなってしまった。
「はぁ…疲れた」
時計を見れば午前1時。
明日は7時には起きないと…
「もう準備は朝やろう…」
眠気には勝てず、小さく欠伸をする。
着替えようとして、ふと手にしていた薔薇に目が行った。
"オレ、知らない"
先ほどの花沢類の言葉を思い出し、少しだけ切なくなった。
時々ふと思い出す、あの日の事は私の心の中で淡い思い出だったから。
ここへ来ると決まった時、やっぱり少しはドキドキしたりして。
でも初恋の相手だと思ってた道明寺司はあんな奴で、この人かもしれない、と思った人は覚えてないって言う。
何だか私の中の大切な思い出がポッカリと抜け落ちてるみたいで胸が痛い。
でも、だったら…あの男の子は誰なんだろう。
花沢さんが忘れてるって事もあるけど…子供の頃は今以上に内向的だったみたいだし、
あんな風に見知らぬ女の子にお花なんか取ってあげたりしないか…
「はぁ…何だか最初から空振りしまくり…」
溜息交じりで花をテーブルに置く。
明日からの生活を考えると、本気で憂鬱になりながらクローゼットを開けた。
素早く着替えてパジャマになると、お酒臭いのが気になり部屋にあるバスルームに行って歯を磨く。
「あ〜もうダメ…限界…」
一日の疲れと緊張、そしてさっきの出来事、全ての疲れが出て、私はフラフラとベッドまで歩いていった。
電器を消して、すぐにベッドに潜り込むと、フカフカのスプリングがギシっと揺れる。
軽く寝返りを打ちながら、ふと月明かりが部屋に差し込んでるのに気づいた。
(あ〜これじゃ朝、眩しくて起きちゃうな…)
何となくそう思いながら、重たくなった瞼を僅かに開けると、カーテンを閉めようと手を伸ばす。
「――――――え」
そこで視界に入ったものが信じられなくて、思わず固まってしまった。
「…ん…」
「×△○…ッッ?!!」
寝ぼけ眼の視界に入って来たのは、私の隣でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている、花沢類の寝顔だった――――――

第二弾〜(*・∀・`)ノ
やぱし司は第一印象、最悪、という事ですね(笑)
夕べは原作の後半を読んで、やっぱ泣いちゃいました〜(*TェT*)
司とつくしで泣くのはもちろんの事だけど、花沢類とつくし、んで優紀ちゃんと総二郎あたりで泣ける…
でも何故か、この漫画のヒロインつくしには、あんま同調できないと言うか。
そんなに好きじゃない私です。(ドラマのつくしは可愛いから大好きだけど)
原作の方はありえないほど鈍感過ぎたりして、きっと司に同情しちゃうからかもしれない(苦笑)
私は後半の優紀ちゃんとか桜子が大好きですねー
女として可愛いし、健気。あ、終わりの方で少し登場した海は大嫌い(笑)
それにしても…花沢類はやっぱりフルネームで呼んでこそ、花沢類って感じがします。