バカ男と
お笑い芸人、
時々王子様A








熱で浮かされながらも、まるで揺りかごのように優しい腕に、安心して身を任せている私がいた―――――――






「おい!すぐに医者呼べ!」
「司坊ちゃん?!」


昼にやっと学校に出かけたと思った矢先、いきなり戻ってきた司を見て、屋敷の使用人たちは驚いて集まってきた。
そして司の腕に抱かれ、グッタリしているを見て、更に驚いている。


「「「「お嬢様?!」」」」
お嬢様…!どうなさったんですかっ」
「おう、タマ!ちょうどいい。コイツ、熱あるんだ!すぐにベッドの用意してくれ!」
「熱…ベッドメイクは済んでます。早くお部屋に。――――――ほら!お前達もサッサと医者呼ぶなり、冷やす物を用意するなりしな!」
「「「「 は、はい!」」」」


60年もの長い間、道明寺家で働いている使用人頭、タマの一喝で、集まっていた使用人が一斉に屋敷へと散っていく。


「全く…今の若いもんは動きが鈍くて嫌になるよ…」


タマはブツブツ言いながらも、廊下の掃除をしている部下達にまで、「床拭きくらい早く済ませなっ」と怒鳴っている。
それを尻目に司はそのままを部屋まで運ぶと、綺麗にメイクされてるシーツを捲り、そっとベッドへ寝かせた。
そしての額に手を置くと、慌てたように叫んだ。


「…タマ!体重計・・・はっ?」
「―――――――は?何に使うんですか?そんなもの…」
「あ?!熱測るんだよっ決まってるだろが!」
「……坊ちゃん…それは体温計、です。今、お嬢様の体重を量っても意味ないですから」
「う、うるせぇ!いちいち口ごたえすんなっ!早くそれ持ってこい!」


タマの突っ込みに顔を真っ赤にしながらも、司はに布団をかけてあげた。
そんな司の姿を見てタマは少し驚いた顔をしたが、「はいはい。全く人使いが荒いったら」と苦笑気味に部屋を出て行く。
司は司で、ベッドの脇に椅子を運んでそこへ座ると、の苦しげな顔を見て溜息をついた。


「このバカ…具合悪いくせに学校なんて行くんじゃねぇよ…」


小さく呟きながら額についている前髪をはらうと、そのまま熱で火照っている頬を掌で包む。
その時、がかすかに動き、司はドキっとしたように腰を少しだけ浮かせた。


「…ん…」
「……ッ」


小さく呻き、僅かに頭が動くと、司のいる方に顔が傾いた。


「おい……?」


気がついたのか、と声をかけたが、何の反応もない。
ホっと息を吐き出すと、再び椅子へと座りなおした。
が、の顔が自分の方に向いた事で、つい唇に目がいって一人で顔を赤くし、コホンっと咳払いをしている。


「…ん…」
「……?」


その時、苦しそうに顔をゆがめながら浅い呼吸を繰り返すに、司は慌てて顔を覗き込んだ。


「おい…大丈夫か?」


そう声をかけるが、は苦しげな呼吸をするだけで意識はないようだ。


「ああ…そうだ…」


ふと制服のまま寝かせてた事に気づき、すぐにボタンとリボンを外し、首のまわりを楽にしてあげる。
その時、背後から、「…坊ちゃん?」と声がして、ビクっとなりながら立ち上がった。
振り向けば、タマが洗面器とタオルを大量に持ちながら、目を細くして立っている。


「あ、タマ…っ」
「何してるんです?まさか―――――――」
「バッ!バカやロ!ちげぇよ!苦しそうだから首元を緩めただけで決して変な意味じゃ――――――――」
「あたしゃ、何も言ってませんけどね」
「う――――――――」


いひひ、と笑うタマに、司の顔が一瞬で茹蛸のように真っ赤になる。


「と、ところで持ってきたかよ、たい…体重じゃなくて…?」(!)
「体温計。これくらい知ってて下さい…。持って来ましたよ、ほら。さ、熱測るんで坊ちゃんはどいてて下さい」
「お、おう…」


タマに押しやられ、司はベッドから少しだけ離れた。
後ろから様子を伺うと、タマはの胸元のボタンを数個ほど外し、そこをガバっと開いて体温計を脇へと入れている。
その拍子にの綺麗な鎖骨や下着がチラリと見えて、司は慌てて顔を反らした。


「坊ちゃん」
「な、何だよ!オレは見てねぇぞ!」(!)
「…誰もそんなこと言っちゃいませんよ…。そこのタオルを氷水で冷やして絞って下さい」
「あ?ああ、これか…」


ベッドサイドのミニテーブルに置かれたタオルと水を見て、司は言われたとおりタオルを濡らし、ぎゅっと絞る。
生まれてこの方、こんな作業をしたこともないからか、司の手つきは妙にたどたどしい。


「これでいいのか?」
「ああ…ちょっと絞りすぎですよ…。これは水が染み出ない程度に絞って下さい」


タマは苦笑しながらも、絞りきってしまったタオルを軽く濡らし、の額に置いた。
は相変わらず、呼吸が荒く、頬もますます赤みを帯びている。
司は心配そうにを覗き込むと、「医者はまだなのかよ…っ」と軽く舌打ちをした。


「もう来ますよ。まあ…風邪だと思いますけど…これから夜にかけて熱も上がるし、今夜は苦しいでしょうね」
「だったら医者に注射打ってもらえばいいじゃねぇか。熱下がるやつあるだろ?」
「いいえ、タマは何でもかんでも薬で熱を下げるのは反対です」
「何でだ?」
「熱が上がるのは身体に入り込んだ菌を殺すためです。それを薬で抑えちゃ、菌は残るし長引きますからね…今日は点滴くらいの方がいいでしょう」
「で、でも苦しんでるし――――――――」
「ある程度、高いようなら抗生物質をもらいますが…」


その時、ピピッという音がして、タマが体温計を取り出した。


「38度8分…」
「んなあんのかよっ?」


タマの言葉に司は驚いて体温計を奪う。


「げ…かなり上がってんじゃん…」
「この子は元々、普段の体温が低いようですね。だから37度くらいでもフラついてたはずですよ」
「だ、だったら38度越えてるし、もっとやべぇって事だろ?」
「そうですねぇ…。せめて今朝くらいに気づいていれば良かったんですが…坊ちゃん気づかなかったんですか?」
「オ、オレは…寝てたし今朝は会ってねぇよ…。さっき学校で会った時に気づいたんだし…」
「昨日は元気だったんですけど…」


タマはそこで言葉を切ると、僅かに目を細めて司を見上げた。


「そう言えば…夕べは二人して帰るのが遅かったですね。どこ行ってらしたんです?」
「え、え?!あ、いや別に…ヤバイ事はしてねぇし……」


タマの追求に司の視線が左右に泳ぐ。
その態度がますます怪しい、と言わんばかりにタマは背筋を伸ばした。


「坊ちゃん…坊ちゃんは男だから、それほどうるさくは言いません。ですがお嬢様は女の子で、奥様が様から預かっておられる大切なお嬢さんです。 変な夜遊びにつき合わせたらいけません。慣れない生活に入って、ただでさえ精神的にも疲れてたでしょうしね」


タマのその言葉にハッとして、司は苦しげに呼吸をしているを見た。
そして夕べの事を思い出し、少し飲ませすぎたかな?と軽く息を吐いた。


「そうだよな…確かに昨日は寒かったし…コイツも慣れない酒いっぱい飲んではしゃいでたから――――――」
「酒?!坊ちゃん、夕べはお嬢さまに酒を飲ませたんですかっ?」
「やべ…!」


つい口を滑らし、手で塞ぐも、時すでに遅し。
タマが怖い顔で司の前に立った。


「いいですか、坊ちゃん!お酒を飲むなとは言いません(!)タマも子供の頃からイケる口でしたしね」 (待て)
「…あ?」
「でも精神的にも疲れてる時に飲みなれてない大量のアルコールなんか摂ったら、風邪引くのは当たり前ですよ」
「そ、そうなんか?」
「新しい生活でのストレスで免疫力低下してたかもしれません。それにアルコールは身体の熱を外に逃がす要素がありますから身体を冷やすんですよ」
「マジかよ?だって飲んだら身体、あったまるのに?!」
「それは最初だけです。まあ少量ならいいですけど、泥酔くらいまで飲んだなら最後には身体の体温は結構下がってたでしょうねぇ」
「…あ…」


そう言われて、昨日、を部屋へ運んだ時、火照っている顔とは裏腹に手は酷く冷たかった事を思い出した。


「…わりぃ…今度から気をつける」
「タマに謝ってもらってもね。さ、それより坊ちゃんは学校に戻って下さい。今から行けば午後の授業は間に合います」
「あぁ?何でだよ!」
「何でも何もないでしょーが!お嬢様は私が見てますから、坊ちゃんは学校に――――――――」
「んなもん行ってられっか!オレはここにいるぜ?」
「ダメです!!坊ちゃんにまで風邪が移ったら大変ですからね!ささ、出てった出てった!」
「お、おい、タマ!コラ!」


タマに背中を押しやられ、司は廊下に追い出されてしまった。
「オイコラ!開けろ!タマ!」とドアを叩いても、ガチャっと鍵をかけられ、その場に立ち尽くす。


「チッ!あんのクソババァ…早く引退しろ!」 


ドアに向かって中指を立てながら、司は舌をべえっと出した。


「ったく…何が学校だよ…別に授業なんて受けねぇのによ…!」


面白くねぇとブツブツ言いながら歩き出す。


(まあでも…タマに任せておけば…大丈夫か…)


開けてくれる気配のないドアを振り返りながら、司は軽く息を吐くと、エントランス前に止めてある車の方へと歩いていった。












「…22日の午後、成田に迎えに行くよ。うん…うん…。じゃ、来週…バイ」


そこで通話を終えると、すぐに後ろからニヤケた声が聞こえてくる。


「類〜やーっと静に会えるな〜」
「良かったじゃん。クリスマスまでに間に合ってさ」


総二郎とあきらは、そんな事を言いながらオレの肩に腕を回した。
どれだけ隠そうと、この二人にはオレの気持ちなんて、とっくの昔にバレてしまっているらしい。


「じゃあ今年のクリスマスも…皆で司んちの別荘に集まってパーっとやりますか


そんな事を言いながら、お祭り好きの総二郎がニヤリとしながら顔を覗き込んでくる。
迷惑そうに顔を顰めて見せると、あきらが楽しそうに笑い出した。


「何だ、その露骨に嫌そうな顔は!まさか類、お前…静と二人きりで過ごそうと思ってたわけ?」
「うるさいな…。そんなんじゃないよ。静だって皆に会うの楽しみにしてたしね」
「ふーん。類はそれでいいのか?」
「いいも何も…皆で毎年どっか出かけるのは恒例だろ?最初から二人きりで過ごそうなんて思ってないよ」


それだけ言うと、総二郎やあきらも納得したように苦笑を零した。
ムキになってしまった自分が恥ずかしくて、何となく居心地が悪い。
とりあえず二人についてカフェへと足を踏み入れながら、非常階段に逃げようか、と考えていると、そこへ司が戻ってきた。


「あ、司!」
「何だ、戻ってきたのか。あのまま戻ってこないかと思ったぜ」


総二郎とあきらが驚いたように立ち上がった。


「おう…とりあえずタマに任せてきた」


言いながら司はテーブルにつくと、「ああー腹減った!」とメニューを広げている。
でも心はここにあらずといった感じに見えて、オレは軽く溜息をついた。


「司、メニュー逆さまだけど」
「えっ?あ、あれ?そ、そうだなっ!ぁははは…!」


オレの突っ込みに顔を真っ赤にしながら笑って誤魔化している司は、やっぱりちょっとおかしい。
まあその原因も何となく気づいてはいるんだけど。
それをオレが聞く前に、総二郎がさっさと切り出した。


「ってオイ、司!何、呑気にメニュー眺めてんだよっ。ちゃんは大丈夫なのか?」
「あ?あーまあ…大丈夫っつーか…」


総二郎に詰め寄られ、司はう〜んと腕を組みつつ首をかしげている。
そんな司にイライラしたように、総二郎は、「どうなんだよ?」ともう一度尋ねた。


「どうって…苦しそうだった―――――――」
「そりゃそうだろ!熱あったんだから!オレが聞いてるのはそういう事じゃなくて、もっとこう具体的なことだよっ」
「あぁ?!に、肉体的?!何聞こうとしてんだ!ヤラシイぞ、総二郎!」


真っ赤になって、いつものボケをかます司に、さすがの総二郎の額にも怒りマークが浮かんだのを見て、オレは内心ふき出した。


「ふさけんな!!どういう耳持ってれば、そう聞こえんだっつーの!!つか、ヤラシイのはお前だっ司!」
「な、何だとう?!だいたい、うるせぇんだよ!アイツなら大丈夫だって言ってんだろ?まあ…熱がちぃっとばかり高かったけどよ…」
「高いって…何度くらいだよ?」
「…さ、38度…とか言ってたな…」
「げ、結構あんじゃん…。大丈夫かなぁ、ちゃん…」
「うちのかかりつけの医者呼ばせたし、大丈夫に決まってんだろ。って、何でお前がそんな心配してんだよ」


総二郎の態度を見て、司が訝しげな顔をしてる。
司はホント鈍感っていうか、何も分かってないみたいだ。


「何でってオレがちゃん狙いなの知ってるだろ?」
「ああ?何言ってんだ、てめえ…。お前の遊びの女にする気か?あれでもオレの親戚だぞっ?」
「親戚っつっても遠いんだろ?なら、いいじゃん。ああいうお堅い子ってホントは苦手なんだけど、ちゃんは何だか口説き落としたいっていう意欲が沸くんだよ」
「はあ?ふざけてんのか?そんな意欲だけで口説いて、他の女と同じように捨てる気かよっ?」
「何怒ってんだ?お前、あんなウザがってたじゃん」
「そ、そうだけどよ…!アイツは…だから…ババァが預かってる奴だし、その…オレにも責任ってものがだな…」


司はしどろもどろになりながら説明してるけど、あれだと一度、その気になった総二郎を止める事は出来ないと思う。
全く、どうして司は素直じゃないのかな。


「あ、おい、類。どこ行くんだ?ランチどーすんだよ」


立ち上がったオレを見て、あきらが首を傾げた。


「…昼寝するし、いらない」


それだけ言うとオレはその場を後にした。
どうせ皆も、またかよって言いながら、いつものような時間を過ごすだけ。
オレがいてもいなくても、それが変わらぬ日常だ。


そのまま足を非常階段へと向ける。
その間も、知らない子から挨拶されたり、遠巻きに騒がれたり、何かと賑やかだ。
皆といると楽だけど、それを一人で受け止めるのは結構、疲れるから足早に非常階段へと急ぐ。


高等部へ入った時、見つけた、とっておきの場所。
この階には、それほど使われる事が多くはない教室ばかりだからか、不思議な事に、この場所に誰かが来る事なんか殆どない。
一人になりたい時には最高の場所だった。


ふと外に出て空を見上げると、白い雲がゆっくりと流れていく。
軽く深呼吸をして冷たい空気を吸い込むと、眠気でボーっとしてた頭がスッキリする気がした。


(そう言えば…久しぶりに一人でここにいるかも)


そんな事を思いながら、いつも隣で司の愚痴を言っている彼女を思い出す。
くるくると表情を変える彼女は、見ていても飽きないし、何となくオレまでつられて元気になってしまうんだ。
最初に会った時、あきらが言ってたように、どことなく静に似た雰囲気を持つ彼女に少なからずドキっとしたっけ。
淡いブラウンの柔らかそうな長い髪に、髪の色と同じような薄茶の大きな瞳。
なのに司を殴る姿は想像以上に勇ましくて、ちょっとビックリもした。
だって、あの司を殴る女なんて、椿さんしか知らなかったし、見た目と違って何て気が強いんだろうと呆気に取られた。


でも庭先で細い肩をかすかに震わせ、泣くのを我慢してる彼女を見て、気が強いわりに弱い子なんだ、と気づいて。
泣いてる女の子を慰める術なんか知らないから、彼女が手を伸ばした先にある薔薇を、つい取ってしまったんだ。
話すとホントに素直ないい子で、気取らないし、やっぱり静に似てるって感じた。
まるで妹みたいで、きっと静と会わせたら気が合うんだろうな、と思う。


「………」


そこで、熱は大丈夫かな、と心配になり、携帯を取り出すと、先日教えてもらったアドレスにメールを送る。
こんなの苦手で、それこそ普段は静にしか送らないものだ。


送信して携帯をしまうと、その場に寝転んで青空を見上げる。


いつも聞こえる彼女の明るい声、(司の愚痴だけど)が聞こえない今日は、少しだけ寂しくも感じた。










「ん……」


何だか冷んやりとした物が顔に当てられ、私は朦朧とする意識の中、それが何なのかを考えていた。
手足も重たいし頭もボーっとする。
何で、こんなに身体中が熱くて気だるいんだろう、と思っていると、静かだった部屋の中に騒音が響いた。



バンッ


「おい、様子はどうだ?タマ」
「…坊ちゃん!静かに入ってらして下さい!」


うるさい声…今入って来たのは司だ。
それにタマさんの声がすぐ近くで聞こえる。
何で二人が私の部屋にいるんだろう…


「わりぃ…。で、どうだ?は…」
「まだ眠ってらっしゃいます」
「熱は…」
「今は37度ほどに下がりましたよ」
「そっか…」


ホっと息をつく様子が伝わってくる。
二人の会話を聞きながら次第に意識がハッキリしてくるのを感じて、息を吸い込んだ。


(息苦しい…)


そう思いながら僅かに頭を動かそうとしたけど、それすら力が入らない。


(ああ…そう言えば…学校で熱出して…)


そこまで思い出し、この身体のダルさの原因が分かった。


「…オレがついてるし…タマは仕事に戻っていいぜ」
「そうですか?じゃあ…夕飯の用意でもしてきます。私がいないと、サボる子もいますからね」


そう言いながらタマさんが出て行く気配がした。
その代わり、すぐ近くに人の気配を感じる。


「…はあ」


(小さな溜息……司だ…)


そう思った瞬間、額にあった冷たいものが取られ、代わりに暖かい体温をそこに感じた。


「まだ…熱いな…」


小さく呟かれた声。
今、額にあるのは司の手なんだ。
何で司が私の部屋に…?


そう思いながら、だいぶ意識がハッキリしてきて、ゆっくりと目を開けた。


「うわっっ!!」

「……ッ?」


目を開けた瞬間、目の前に司の顔がアップで見えて驚いた。
けど私以上に驚いたのは司のようで、いきなり叫んで後ろへ飛びのいたと思えば、顔を真っ赤にしてこっちを見ている。


「ななな何だよ…目ぇ覚めたのか…?」
「…司…?何して…んの…?」


やっぱり目を開けると、視界がボヤっとするくらいには熱があるようで、話すだけで呼吸が苦しい。
乾燥した空気に乾いた喉が張り付くようで、声すらも掠れている。


「な、何って…お前が熱出してっから…ちょっとその…様子見に来たんだよっ」


赤い顔のまま、そう言うと、司はバツの悪そうな顔で頭をかいている。


「様子って…大丈夫だよ…私――――――」
「あ、おい!まだ無理すんな!37度もあるんだぞ?」


身体を起こそうとすると、司が慌てて立ち上がり、私を再び寝かせようと肩を抑えた。
その行動すら驚いたけど、確かに熱のせいなのか、身体が思うように動かず、頭がぐわんと回る。


「ご、ごめんね…家まで運んでくれたのも…司なんでしょ…?」


かすかに覚えている。
私を守るように抱き上げてくれた、強い腕を。
こんな奴に借りを作ったのかと思うと悔しい気もしたが、一応、「ありがと…」と口にすると、司は更に耳まで赤くして、椅子から立ち上がった。


「お、おう…ったく参ったぜ、重くてよ…っ」
「わ…悪かったわね…だったら…放っておいてくれて良かったのに…」
「んな事できっか!!つか、いいから、てめえは大人しく寝てろよっ。今、タマが食事の用意してるからよ…」


司はそう言いながら私の方まで来ると、肩まで布団をかけてくれた。
言葉は乱暴でも、その優しい行動に驚いていると、司はそのまま椅子に座って、タオルを濡らしはじめ、更にビックリさせられる。


「な、何してるの…?」
「あ?何って…熱あんだから冷やさないとダメだろ。――――――ほらよ」
「え?あ、ちょっと…」


徐に額にタオルを置かれて、ギョッとした。
あの横暴で凶暴でオレ様気質の男がそんな事をするなんて、もうすでに驚きの域を越している。


「…何だよ?人を珍しい動物見るような目で見やがって…」
「…だ、だって…気持ち悪いくらい優しいし…」
「あぁ?気持ち悪いって何だよっ」


ムっとしたように身を乗り出してくる司に、ビクっとなって肩を竦めると、額にあったタオルが落ちてしまった。
すると、それを見て、司は「バカ、動くな」なんて言いつつ、再び額に乗せてくれる。


「ったく…病人の、しかも女を殴るわけねぇだろが」
「ご、ごめん…」


いつものように口は悪いのに、やっぱり、どことなく優しい。
よく考えれば、こんな風に二人きりでいる事も初めてだ。


「そそ、それより…具合どうだ…?」


まだ、ほんのり頬を赤くしたまま、司が聞いてくる。
そんな顔されると、何だか私まで赤くなってしまいそうで嫌だ。(と言っても熱で赤いからバレないか…)


「ん…頭がボーっとする…かな…」
「そ、そっか。まあ…熱あんだし仕方ねぇな…。腹は…?減ったか?」
「…食欲ない」
「そ…そうだよな…。点滴してるし…まあ大丈夫か…」
「…うん……」
「…………」
「…………」


いきなり司が黙りこみ、部屋の中がシーンとなると、気まずい空気が流れ始めた。


(って、何で急に黙るのよ…。私が何か話さなくちゃって思うじゃないっ。って言うか、私は熱あって苦しいのにっ)


具合が悪いのに何で気を遣わなくちゃいけないんだ、と思いながら、ふと視線を上げると、司と目が合ってドキっとした。


(…認めたくないけど…司って、こうして見るとホントにカッコいい…)


今まで見た事もないような、優しい眼差しで私を見るから、不覚にも熱以外のもので頬が熱くなる。


「な、何よ…ジロジロ見ないで…」


精一杯の苦情(?)を口にすると、司はまたしても頬を赤くしながらプイっと顔を反らした。


「べ、別に見てねえよ、んなブス顔!」
「…な…何よ、その言い方…。私は具合が悪いの…イライラさせるなら一人にして…っ」
「なにぃ〜?」


私の言葉にムっとしたように立ち上がった司は、「人がせっかく看病してやってんのに」と偉そうな台詞を吐いた。


「看病…ってどこがよ…怒らせてるだけじゃない」
「オ、オレは別に怒らせようなんて……」


そこで言葉を切ると、司は大きく溜息をついた。


「まあいい。お前は熱が下がるまで寝てろ」
「そう…させて頂きます…」
「…ぬ。 い、いいか?今週中に治せよ?」
「…はあ?」


またしても勝手なことを言い出す司に、更に熱が上がった気がした。


「何それ…そんな、いつ治るとか分からないもの…」
「う、うるせえ!いいから早く治るよう、今週は大人しくしてろ!」
「…だ、だから何で――」
「来週のクリスマスはオレんとこの別荘に皆で集まるんだよっ」
「……え?」
「お前も連れてってやるって言ってんだ。ありがたく思えよなっ」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないで…私、いいわよ、行かない…っ」


言いたい事だけ言って出て行こうとする司に慌ててそう言ったものの、アイツの耳には届かなかったようで、無常にもドアは閉ざされてしまった。


「な、何なの…?いったい…」


司の言動にグッタリ来て、私は大きな溜息をついた。
ホントにこの間から、どうしちゃったんだろう、アイツ…


「ああ…また熱出てきたかも…」


一人になった途端、全身の力が抜けてくようで、私は思い切り、息を吐き出し布団へともぐった。










「まあ、36度5分…熱は下がったようですね」
「…ホント?良かったぁ…」


タマさんに体温計を見せられ、私はホっと息をついた。
夕べの気だるさもスッカリ抜けて、今日は身体も少しは軽くなっている。


「熱は下がっても今日一日は無理しちゃいけませんよ?また上がってしまうかもしれませんからね」
「はい…。今日は大人しく寝てます」


そう言って片手を上げると、タマさんは楽しそうに笑った。


「何だか…久しぶりですよ。こうして女の子のお世話をするのは」
「え…?」
「前は椿さまもおられましたしねぇ。それなりに、このお屋敷も明るかったんですが、結婚されてロスに行かれてからは…」


タマさんはそこで言葉を切ると、小さく息をついた。


「特に最近の司坊ちゃんは前よりも楽しそうで、あたしゃ嬉しいですよ」
「…た、楽しそう…?」
「はい。椿さまがいなくなってからは、ますます荒れて、ケンカ沙汰なんてしょっちゅうでしたしね。学校にだって殆ど行かないで遊んでましたし…」
「今だって同じじゃないですか?」
「いえいえ…今日だって起こす前に起きてきてて、私は驚きましたよ」


そう言った矢先、ドアをドンドンと叩く音が聞こえた。


「ほら、噂をすれば坊ちゃんですよ。女の子の部屋なんだからノックくらいしろと怒ったんですけど、ちゃんと守ったようですね」
「…え」


タマさんは何だか楽しげに含み笑いをしながらドアの方に歩いていく。
その時、バンと勢い良くドアが開き、司が顔を出した。


「お、タマ。の調子はどうだ?」
「熱は下がりましたよ」
「何?そっか!」


そう言いながら司がこっちに歩いてくるのが見えて、慌てて布団の中に潜った。


「おい、何してんだよ?」
「べ、別に…。そっちこそ何よ、こんな朝から…」
「何って…様子見に来たんだろ?いいから顔出せよ」


呆れたように苦笑している司に、仕方なく顔だけ出してみると、いきなり目の前に真っ赤な薔薇の花束が差し出され、唖然とした。


「ちょ…何…?」
「いい香りだろ?今朝、摘んできたばっかりだぜ?タマに飾ってもらえ」


そう言いながら私に花束を押し付けてくる。
驚きながらも、それを受け取ると、薔薇独特の甘い香りが鼻をついて、過去の思い出がまた頭を過ぎった。


「これ…私に…?」
「お、おう…。お前…薔薇、好きだろ?」
「好き…だけど…」


(――――――――って、何でコイツ、赤くなってるの?)


こんな薔薇とか持ってきてくれちゃうし…ホントに分からなくなってきた。


「何だよ、嬉しくねぇのか?」
「う、嬉しいって言うか…」


さっきまでの笑顔が一転、急に怖い顔をする司に、若干怯んでいると、いきなり賑やかな声が部屋に響き渡った。


「グッモーニン、ちゃん!」
「よーっす!司、ちゃん!」
「……ふあぁぁ」 (欠伸で挨拶)


「な、何しに来たんだ、てめえら!」


いきなり部屋に現れたのは、F3の面々で、司も思い切り驚いている。


「何しにって、もちろんちゃんの見舞いに決まってるだろが」
「…って朝っぱらから、総二郎がうちに迎えに来たから、類も巻き添えにしてやろうと、無理やり連れてきた」


美作さんがそう言いながら、後ろで欠伸を連発している花沢類を親指で指し示した。
それには司も顔を顰めながら、「来んじゃねえよっ」と怒鳴っている。


「別に司に会いに来たわけじゃねーよ!オレは麗しのちゃんに会いに来たんだ」
「あ?ここはオレんちだぞ、コラ」
「今はちゃんの家でもあるだろ?」
「何ぃ〜?コイツは居候してるだけで―――――――」
「ちょ、二人とも――――――――」


「おやめ下さい!!」


「「――――――――ッ」」


言い合いを始めた二人を一喝したのは、今の今まで静かに薔薇の花を花瓶に活けてくれてたタマさんだった。


「全く朝っぱらから女の子の部屋でギャースカと!お嬢様は体調を崩されてるっていうのに何してるんです?」
「い、いや、だってコイツらが…」
「いいですからサッサとダイニングに行って下さい!朝食の用意が出来てます。あと他の方々も一緒にどうぞ」
「え、でもオレ、ちゃんの見舞いに―――――――」
「何です?」
「…い、いえ…何でもないです…(こぇー)」


タマさんの貫禄のある睨みで、西門さんと美作さんは慌てて部屋を出て行ってしまった。
司もまた、タマさんに背中を押されつつ、「お、おい!大人しく寝てろよっ?」なんて言って、部屋を出て行く。
一気に静かになり、軽く溜息をつくと、ふと飾られた薔薇を眺めた。


(それにしても…この薔薇…どういうつもりなんだろ、司ってば…)


先ほど司が持ってきてくれた薔薇を、タマさんが花瓶に生けてベッドサイドの棚に置いてくれたのだ。
それを眺めながら、司の真意が分からず軽く首をかしげる。

(それに…どうして私が薔薇を好きなこと…知ってたんだろ…)


そんな事を考えながら、薔薇をとろうとそっと手を伸ばした、その時―――――――



「…ふあぁぁぁ……」


「―――――――ッ!!」



いきなり欠伸をする声が聞こえてきて、ビクっと手が止まった。


「は…花沢…類…?」


声のする方へ視線を向けると、ソファからゆっくりと花沢類が立ち上がって両腕を伸ばしている。
それには、かなり驚いた。


「な、何で…」
「…あれ?今…ちょっと寝てたかも…」
「は?」


そう言いながらゴシゴシと目を擦る花沢類に、一瞬呆気にとられる。


寝てたって…来た瞬間にソファに座ってそのまま寝ちゃったって事?!
ああ、だから静か過ぎてタマさんも気づかないまま出てっちゃったんだ…


何だか花沢類らしい行動に、つい噴出してしまった。


「何笑ってんの…って言うか…司たちは?」
「ぷ…ふふ…皆、もうダイニングに行ったわ?花沢類も食べてきたら?」


そう言って背もたれにしている枕に寄りかかると、花沢類は頭をガシガシかきつつ、こっちへ歩いて来た。


「オレはいい…。お腹空いてないし…」
「そ、そうなんだ…」


目の前まで歩いて来た花沢類から視線を外して俯くと、ギシっとスプリングの軋む音がしてドキっとした。
すぐに顔を上げれば、目の前に花沢類の綺麗な顔があって、更に鼓動が早くなる。


「熱…下がったみたいだね」


ベッドの端に腰掛けながら、花沢類はニッコリ微笑んだ。
その笑顔も、朝日に透けてキラキラと光る柔らかそうな髪も、何て綺麗なんだろう、と、つい見惚れてしまった。


「あ、あの…」
「あ、来週のクリスマスの件、司に聞いた?」
「…え?あ…まあ…」
「毎年恒例なんだ。司んとこは別荘があちこちにあるし…皆で集まって朝までドンちゃん騒ぎのパーティ」
「そ、そう…。花沢類も…行くの?」
「うん。も行くよね?」
「え?あ、えっと…」


さっき司にその話をされた時は行くもんか、なんて思ったのに…
今、こうして花沢類から誘われると、行っちゃおうか…なんて思うのはどうしてだろう。


「行かないの?」
「あ、だから…」
「ああ、もしかして…クリスマスだし誰かと約束あるとか…」
「えっ?ま、まさか!」


いきなりの言葉に慌てて首を振る。
何でこんなに焦ってるんだろ、私…


「じゃあ、おいでよ。静、紹介したいんだ」
「…え?静…さん?」
「うん。この前話したろ?来週に帰国するって」
「あ…」


言われて思い出した。
…花沢類が一緒にクリスマスを過ごせるって喜んでたっけ。


「そっか。良かったね!会いたかったんでしょ?」


私の言葉に、花沢類は柔らかく微笑んだ。
その笑顔はとても幸せそうで、静さんに会えるのが待ち遠しいみたいだ。



…バン!!



「おい!」

その時、ドアが勢いよく開いて、司が怖い顔で入って来た。


「な、何よ、ビックリするじゃない…」


突然の乱入で驚いていると、司は花沢類を見て、「やっぱ、ここにいたんかっ」といきなり怒り出した。


「いるよ?ちょっとソファで寝ちゃって」
「ったく…気づけばいねーし、まさかと思えば…。お前ら…まさか示し合わせて―」
「バ、バカ言わないでよっ、いつそんな事する暇あったのよっ」


相変わらずのバカ発言に怒ると、司はムっとしたように目を細めた。


「い、いいから類も早く来い!総二郎がうるせえし」



そう言って顔を反らす司に、花沢類はニヤリと笑った。


「ふーん。総二郎だけ?」
「あ?どういう意味だ?」
「別に。じゃあ…朝食…サラダだけご馳走になろうかな」


言って花沢類は立ち上がると、私の頭をクシャリと撫でた。


は安静にしてて」
「う、うん…」


花沢類の優しい手にドキっとしつつ、笑顔で答えると、彼はそのまま部屋を出て行った。
仏頂面の司も何か言いたそうな顔をしてたけど、「今、タマが来るから大人しく寝てろよ」とだけ言って出て行ってしまい、急に部屋の中が静かになる。


「はあ…まだ朝の8時なのよね…。ホント元気な人たち…あ、花沢類は別だった」


さっき大あくびをして起きて来た花沢類を思い出し、軽く噴出す。
彼は本当にどこでも眠れてしまう体質のようだ。


「クリスマス、かあ…」


花沢類には、ああ言ったけど…正直、気乗りはしない。
何だか打ち解けてる感があるけど、それはF4が勝手に思ってるだけで、私は皆と打ち解けてるわけでもないし、まだ良く皆の事を知らない。
なのに、そんな人たちと旅行まがいで司の別荘に行って、クリスマスパーティだなんて…
それに花沢類は紹介するって言ってくれたけど…静さんという人だって知らないもの。
皆にとっては幼馴染かもしれないけど、私にとったら…初めて会う人で、やっぱり緊張もする。
どういうつもりで司が誘ってきたのかは知らないけど、後でちゃんと断った方がいいかもしれない。


それにクリスマスなんだし…出来れば大阪の両親の元に遊びに行きたい、とふと思った。



その時―――――――コン、コン…という音が聞こえてドキっとした。


ドアをノックした音かと顔を上げたが、その音は何故か横から聞こえることに気づき、視線を向ける。
そして本気で唖然とし、思わず口が開いた。




「よ、起きてて大丈夫なん?」



「――――――――大和!」




二階にあるテラスに、何故か大和がいて、爽やか笑顔で私に手を振っていた―――――――――













今回長くなりそうだったので、ちょい分けます(;^_^A
地味にオリキャラの大和へのコメントもあったりして凄く嬉しいです♡





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●花男、司との絡みが、とっても大好きです!
(ありがとう御座います!大好きと言って頂けてホントに嬉しいですー♪)


●デスノも好きですが、花男夢も最高です!!花男大好きなので管理人様が書いて下さって幸せですvv!!頑張って下さいね!!
(最高だなんて感激ですっ!私も花男大好きなので頑張りますね♪もちろんデスノも(>д<)/オー