雪の魔法―
優しい告白







心まで冷えそうになった雪の降る異国の地、アイツの声で少し温まった気がした。





「ふぁぁぁ…」


花沢類か?と問われるようなほど、大きな欠伸をした途端、ジロっと怖い視線が突き刺さる。
それを見て慌てて口を閉じた。


「テメー夕べはすっぽかして一人、眠り込んでやがったクセに朝から大欠伸とは随分な態度だな」
「だ、だからそれはさっき謝ったじゃない…!なかなか車が戻って来ないし、外で待ってたから体が冷えたの!あっためようとしたら―――――――」
「そのまま寝ちまったって?ケッ!どうだかな。わざと来なかったんじゃねえのかー?」


司は不機嫌そうに、そう言うと、コーヒーをグビっと飲んで私を睨む。


今はダイニングで朝食をとっているところ。
と言っても西門さんや美作さんは、すでに食べ終わって、一足早くゲレンデへと行ってしまったので、実際にダイニングにいるのは、私と司だけ。
花沢類は例の如く、まだ寝ているようだし、静さんは西門さん達と一緒に滑りに行ってしまった。
今朝、静さんと顔を合わせた時、ドキっとしたけど、彼女は何事もなかったかのように笑顔で「おはよう」と言ってくれた。


――――――あの後…二人はどうしたんだろう。


そんな事を考えると、やっぱり胸の奥がチクチクと痛む。


私は司に話したように、大和との電話を切った後、別荘には戻らず、本当に外で車を待っていた。
でも運転手の人は一度戻ってきてたらしく、私の姿が見えないと、またスキー場へと戻ってしまったようだ。
それを知らなかった私は、なかなか来ない車をずっと待っていたが、寒さに耐え切れず部屋へと戻って――
体を温めてるうちに、そのまま寝てしまったというわけ。


「オイ、今日はぜってー来いよ」


食事も終わり、席を立つと、司が怖い顔で振り向いた。


「行くわよ…。あ、もしかして…見張るつもりで残ったの?」
「あ?んな暇人じゃねーよ。今朝、ババァの秘書から電話が来て、この時間にババァから―――――――」


そう言った時、ちょうどリビングの方で電話が鳴り出した。


「噂をすれば、だ」
「え、おば様から?」
「ああ…。まあ何の用か知らねーけど、どーせ大したこっちゃねーだろ。ああ、その間にお前は用意しとけよ」
「うん…分かった」


司が電話の方に歩いていくのを見ながら、私はそのまま自分の部屋へと戻った。
今日こそはスキー場へ行かないといけない。


「ま、でも気が紛れていいかな…」


と言って、滑れないのには変わりない。
向こうで一人、何をしよう…いや司の事だから無理やり滑らされそうだな…なんて考えながら部屋の前に立つ。
その時、はす向かいの部屋のドアが開き、花沢類が廊下に現れた。


「あ…」
「あれ…、おはよう」
「お、おはよ…」


彼の笑顔を見て、ドキっとした。
何となく幸せそうな、満たされた顔。
頭の中で、昨日の彼の告白が、かすかに響いた。


「まだ出かけてなかったんだ」
「う、うん…今から行くトコ。花沢類は…?やっぱり行かないの?」


言ってから気づいた。
花沢類がスキーウエアを着ている事に。


「え、その格好…」
「ああ…オレもちょっと行こうかなーと思って。今から行くなら一緒に行くよ。司は?」
「あ…今…電話してる。おば様からみたいで…」


一緒に行く、という彼の言葉に少し動揺しながらも笑顔で答えた。
多分かなり引きつってはいただろうけど…
花沢類は小さく欠伸をしつつも、「へえ…こんなトコにまで何の用だろうね」なんて苦笑している。


「あ、じゃあも着替えるんだろ?オレ、下で待ってるよ」
「う、うん…じゃあ…後で」


言って部屋の中へ入ると、軽く息を吐き出す。
少しだけ心臓がドキドキしていた。
あんな笑顔を見せられたら、何となく素直に笑えない。


「何だ…花沢類も来るんだ…」


それは静さんが行ってるから?
きっとそうだろう、と納得する。
そして私は一日中、二人の仲のいい姿を見せられるんだ。


「はあ…」


仕方のないことなんだ、と納得しつつ、溜息一つ、ついて、私はクローゼットを開けた。









「…………………」


スキー場へと向かう車内の中。
妙な静けさが漂い、何となく気まずい空気が流れている。
電話を終えて戻ってきた司は、どことなく機嫌が悪かった。
車に乗った後も、何かを考えるように黙り込む司に、話しかける事も出来ず、かと言って眠そうに欠伸を連発している花沢類にも話しかけづらい。
リムジンは普通の車よりも音が少ないせいか、余計にこの静けさが気まずくなってくる。
何かBGMでもかかればいいのに、と思った、その時、車がスキー場へ向かう道から反れて、大通りの方へと曲がった。


「あれ…道、違うんじゃない?」


最初に気づいたのは意外にも眠そうに目を擦っていた花沢類だった。
そして彼の言葉に反応したのは、今まで黙りこくっていた司だ。


「ああ…ちょっと寄ってくとこあんだよ」
「ふーん。どこ行くの?」


花沢類がそう尋ねた、ちょうどその時、車が静かに停車した。
外を見れば、そこは大きなスポーツ用品店らしき店の前だった。


「何、司、買い物?」
「ああ、いや…コイツ、何も持ってねーからよ」
「え?」


不意にクシャクシャと頭を撫でられ、顔を上げると、司は「行くぞ」と素っ気ない言葉ながらも私の手を引っ張った。


「ちょ、司?」
「オレ、ここで待ってるねー」


無理やり引っ張られていく私に、花沢類は笑顔で手を振っている。
そんな彼に助けを求めても無駄のようだ。


「ちょっと司…いいってば…」
「うるせえ。なきゃ困んだろーが」
「で、でも私、全然滑れないし…買ってもらっても、もったいないってばっ」


司を止めるように足に力を入れると、店の入り口で、司が訝しげな顔のまま振り返った。


「もったいない?」
「そ、そうよ!ド素人なのにマイウエアとかマイスノボとか、あっても仕方ないでしょっ?」
「あー?んな事ねーよ。オレが教えてやるから滑れるようになればいいだけの話だろ。やる前から諦めてんじゃねーよ」
「な…教えるって、だって…」
「あーグチャグチャうっせーなー!いいからサッサと買って行くぞ!時間がもったいねーだろ」


司はそう言うと私の腕を引っ張りながら、店内へと足を踏み入れた。


「Hello!May i Help you?」


瞬間、愛想のいい笑顔を浮かべた店員が、揉み手よろしく近づいてくる。
多分、大型リムジンで乗りつけた私達を見て、絶好のカモ(日本人観光客)が現れた、と内心ほくそえんでいるんだろう。
でも、コイツに英語が分かるはず――――――――




「Please show the skiing wear that suits this woman」


「OK!Yes. Here please!」


「…………(えっっ?)」



すぐ横で流暢な英語を話す司に、目が点になった。




「ちょ、ちょっと!司、英語話せるの?」
「あ?」


店員について行きながらも、慌てて尋ねると、司が眉を寄せながら私を睨んだ。


「当たり前だろ。道明寺家の跡取りだぞ?こんくらいの英語はガキの頃から習わされてるっつーの。類や総二郎、あきらも話せるよ」
「嘘!そりゃ他の三人は分かるけど、司が英語って…」
「ああっ?どーゆー意味だ、テメー!」
「だ、だって…」


あんなに普段はバカなのに…とは、さすがの私も面と向かって言えなかった。
でも、じゃあコイツは日本語が一番、不自由って事?(!)


「ったく。テメーはホントにムカつく女だな…」
「ご、ごめん…」


不機嫌そうに怖い顔をする司に、素直に謝る。
そう言えば、さっきから機嫌が悪そうだったし、ここは刺激しない方がいいかもしれない。
なんて思っていると、店員が女性用のウエアが並ぶ場所まで案内してくれた。


「おら、好きなの選べよ」
「え、好きなのって…私、よく分からないもん」
「あ?んなもん洋服選ぶのと同じでいいだろが。好きなデザインと色で決めろよ」
「そんなこと言っても…」


困りながらも、目の前に並ぶ数々のウエアを見ていく。
どれもこれも華やかで、これだけあると選ぶのだけでも大変だ。


「どれになさいますか?試着してみてくださいね」


更にニコニコと声をかけてくる店員に、私の笑顔は引きつるばかりで。(私も一応、少しは英語が出来るのだ)
縋るように司を見ても、「早くしろよ」と文句を言われるだけ。
何となく気ばかりが焦ってくる。


「おい、まだか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」


後ろで、ふんぞり返っている司に怒鳴り返すと、目の前に並ぶウエアを見渡す。


だいたい私が好きで来た訳じゃないのに、どうしてこんなに焦らないといけないのよ!
ホントだったら失恋したばかりなんだし、こんなトコで司と言い合いしてる場合じゃないんだからっ
出来れば、一人静かに浸りたいくらいで――――――――


「おい!早くしろよっ」
「…分かってるわよっ」


ブ〜ブ〜言って来る司を睨みながらも、目の前のウエアを適当に選んでいく。


(これじゃあ落ち込む暇もないわ…っ)


ハッキリ言って、どれがいいのかなんて分からない。
それでも選ばなければ後ろにいるバカボンは延々と文句を言って来るだろう。
それだけはゴメンだ。


「ええい…じゃあ、これ!」


パッと目に付いた好みの色のウエアを手に取ると、店員がすぐに近づいて、「試着なさいますか?」と聞いてくる。
それに「YES!」と勢いよく答えて、促されるままにフィッティングルームへと入っていった。


そして3分後――――――――




「ぶっ――――ぁははははっっ」




司のバカ笑いが、店内に響き渡った……。







「ぷ…くくくっ」
「…ちょっと!!いい加減、笑うのやめてよねっ」


車に戻った後も、司はゲラゲラ笑っている。
あまりに頭に来てバシッと殴っても、それは止まる事がない。


「だってよー!お前、あのサイズは笑うだろ!つか普通、気づかねえ?自分のサイズより大きいってよー」
「うるさいなあ!司が急かすからサイズまで見る余裕なんかなかったのっ」


言い返して睨んでも、司はバカみたいに笑っている。
それには腹が立ったが、まあ一通りセットを買ってもらった手前、あまり強くも言い返せない。(私がねだった訳じゃないけど)
だいたい外国人用のサイズで売ってるんだし、最初からそう言ってくれてもいいのに。
おかげで私が試着したウエアは手も、もちろん、足だって殆ど出ずに、それを見た司、そしてその場にいた店員にまで笑われるハメになった。


「それで…ちゃんと自分のサイズは買えたの?」


バカ笑いしている司を尻目に、花沢類はにこやかに聞いてきた。
この笑顔を見ると、この腹立たしさも少しは和らぐから、やっぱり不思議な人だ。


「うん。一応…これなの」


そう言って着ているウエアを指差すと、またしても司が笑い出した。


「ぶはは…それがよー!聞いてくれよ、類!店員が持ってきたのが、こっちのガキが着るウエアだったんだぜ?笑うだろっ?」
「え?」
「うるさいわねっ」


司の言葉に真っ赤になる。
花沢類は一瞬キョトンとした顔で私を見たが、司につられたのか、小さく吹きだした。


「子供用?」
「ち、違うわよっ。って言うか…そうだけど…でも中学生くらいのサイズだって店員さんが――――――」
「同じ事だろーが。ったく、ホント体もガキサイズかよ」
「あんたが無駄に大きいだけでしょー?」
「あぁ?…んだと、テメー」


ジロっと睨んでくる司を無視して、思い切り顔を背ける。
そんな私達を見て、花沢類がクスクス笑い出した。


「ホント仲いいね、二人とも」
「え?」 「あっ?」


私と司、同時に目を細めた。(変なトコで気が合うのも腹立たしい)


「別に仲なんかよくないわっ」 「良くねーよ!!」
「でも気が合ってる」
「「…………っ」」


連続で同時に言葉を発して、私と司は同時に顔を見合わせた。
司は何となく頬を赤くしてたけど、私が「ふんっ」と顔を反らすと、「テメー!何だ、その態度はっ」と怒り出す始末。
そんな私達を見て、花沢類はクスクス笑っている。
その笑顔を見ていると、やっぱり胸が痛むけど、今はあまり考え込まないでいられた。
それもこれも―――――――


「おら、ついたぞ!」


車がスキー場の駐車場スペースへ入っていくと、司がサッサと降りて手を差し出す。
私も外に出ると、そこは一面銀世界で、思わず溜息が零れた。


「おい、サッサと準備して―――――――」
「…司」
「あん?」


スノボーを担ぎながら振り向いた司に、「ありがと…」と呟くと、司は驚いたような顔をして、足を止めた。


「ななな何だよ…いきなり…」
「だ、だから色々って言うか…これも…買ってもらっちゃったし…」


そう言いながら着ているウエアを見下ろす。
でも――――――ホントはそうじゃない。
司のおかげで…嫌な事を一瞬でも忘れられたから。


「べ、別に礼なんかいらねーよっ。んな事くらいで」
「でも凄く高かったし…これブランドものでしょ?」
「だからいいんだよっ。連れてる女が貧相じゃオレのプライバシーにかかわるからなっ」
「……それ言うなら…"プライド"でしょ?」
「う…うっせぇ!行くぞ!」


相変わらずバカを発揮して、私の突っ込みに真っ赤になった司は、サッサとゲレンデの方へ歩いていく。
そんな後姿を見ながら、つい苦笑が零れた。


「変な奴…」


だけど…今は私に少なからず、元気をくれる存在だ。
顔を合わせばケンカだけど、今はこんな関係も嫌じゃない。


「オイ!サッサと来いよ!!」


すでにリフトのあるところまで上がっていた司が、イライラしたように怒鳴ってくる。


「ホント、偉そう」


私は苦笑気味に軽く息を吐き出すと、そのまま司のところまで歩いていった。












「―――――――行くのか?」


自宅の部屋で荷造りをしていると、不意に声が聞こえ、振り向けば、合わせたくない顔がそこにあった。


「オヤジ…」


ちょうど荷物を詰め終えたトランクを閉めると、軽く息をついて、それに腰をかける。
オヤジはまだ喪服姿だった。


「何とかしろて、あのおばはんから、せっつかれてるしな」
「それも分かるが…今夜くらいは泊まっていったらどうや?何も向こうの言う事ばかり聞くことない」


渋い顔のオヤジを見て、軽く髪をかきあげると、苦笑いが浮かぶ。
他人にいいように振り回されるのが嫌いなのは、親譲りなのか、オレだって同じだ。


「分かっとる。でも、それだけとちゃうねん。オレが…アイツのこと、放っておかれへんだけや」


それだけ言うと、オヤジは眉間を寄せ、溜息交じりで笑った。


「相当、本気なんやな、お前も…」
「当たり前や。でなけりゃ、あんな申し出、受けるかいな。そうせざるえを得なかったのも全部オヤジのせいやろ」
「しゃあないやろ。何の利益も生まへんもんを、お前と一緒にしてどないするんや」
「は…っ。またそれや…。それでも今回の件が上手く行けば、それ以上の利益を生むやろ?」
「上手く行けば、な」
「いかせてみせるわ。その時んなって反対したら…オレにも考えがあるしな」


トランクから腰を上げて、睨みつけると、オヤジは不適な笑みを浮かべた。


「分かっとる。それだけは好きにしたらええ」
「その言葉、忘れんなよ?」


それだけ言うとトランクを持って部屋を出て行く。


「大和」


その声に立ち止まり、振り返れば、オヤジはふと寂しげな顔を見せた。


「お前が彼女に拘ってるのは…海斗のためか?」


その質問にピクっと反応したオレに、オヤジはもう一度、「そうなんか?」と聞いた。


「…もし、それだけなら…アホやろ」


言って軽く苦笑すると、オヤジも一緒に笑ったようだった。


「まあ…オレの息子やからな」


久しぶりに見る、オヤジの笑顔。
二年前のあの日以来、初めて見せた優しい顔に、ガラにもなく胸が熱くなる。


「ほな…行って来るわ」
「ああ」


その声を背に、オレはそのまま裏口から家を出た。
表のエントランス前には親戚の車が多数並んでいて、これから来る奴らも多いんだろう。
皆、オヤジの機嫌を取るためだけに、この日、うちに集まってくる寄生虫みたいな奴らばかり。
将来、オレがまず最初にあしらわなければならない連中だ。


「はあ…オヤジも大変やな」


そう呟きながら、オレは用意してある車に乗り込み、行き先を告げた。














ドシンッという派手な音と共に、私のお尻が雪に埋まった(!)


「ぃったぁ…」


かぶった雪を払いながら上半身を起こす。
その瞬間、後ろから大笑いする声が聞こえてきた。


「あははっ!ダッセー!何回目だよ、お前」
「う、うるさいわねっ。目の前でスイスイ滑らないでよっ」


雪に埋もれてる私の前を、司は優雅に滑っていく。
だいたい、スキーすらダメな私が、スノボーなんて、更に無謀ってものだ。


「ちくしょう…スイスイ滑ってくれちゃって…スケートなら負けないのに…っ」


足がふらつきながらも何とか立ち上がる。
こんな初心者コースでも、私より上手い人は沢山いるから、余計に恥ずかしい。


「何がスノボよ…冗談じゃないっつーの…!」


ブツブツ文句を言いながらお尻の雪を払う。
こんなに派手に転んだのなんか、子供の頃以来で、元々それほど、おしとやかでもない方ではあったけど、
道明寺家に来てからは、どんどんガサツになっていく自分に何となく溜息が出た。


「バカ、早くどけろよ。危ねーだろ」
「い、いちいち、うるさいってば!だいたい司が何で初心者コースにいるわけ?!そんなに滑れるんだから皆と上で滑ればいいでしょっ」


板を外して戻ってきた司をキッと睨みつける。
何故かコイツはさっきから私と一緒に初心者コースばかりを滑っていて、一向に上にある上級者コースに行こうとしないのだ。


「バーカ。初心者一人を置いて行けっかよ。オレが教えてやるっつってんだろ?」
「だ、だからいいってばっ。司に迷惑かけるつもりないし」


そう言いながら歩いて来た司に背を向ける。
我ながら可愛くないなあと思ったけど、コイツはスノボーを楽しみにしてたのは知ってるし、
だからこそ簡単なコースよりも、もっと難しいコースに行きたいはずだ。
なのに私にかまって、こんなトコで滑っている司に、申し訳ないという気持ちくらい、私にだってある。
私のせいで、人が何かを我慢したりするのは嫌なのだ。


「ほら、我慢してないで上級者コースに行きなさいよ。私なら大丈夫だから。コツはつかめそうだし…」


そう言って振り返ると、司が転んだ時に落とした私の帽子を拾って歩いて来た。
そして、それを私にかぶせると、呆れたように息をつき、


「迷惑とも思ってねーし、我慢もしてねーよ」
「…え?」
「んなこと言ってる前に、テメーは上手くなるよう、オレに教えてもらっとけばいーんだよっ」
「ひゃっ」


わしゃわしゃと頭を撫でられ、帽子がズレるのを慌てて押さえると、司がニッと笑った。


「ほら、行くぞ。もう一度やってみろよ」
「……っ」


日の光を浴びて微笑んでくる司は、悔しいけど、やっぱり凄くカッコ良くて。
不覚にも胸がかすかに鳴ってしまった。


「なーに赤くなってんだよ」
「な、何でもないっ」


キョトンとしながら顔を覗き込んでくる司に、慌てて顔を反らすと、私は何とかスノボーを足から外し、上へと上がっていく。
意地悪のクセに、時々こんな風に優しくするから、そう言う時はいつもみたいに軽く交わせない。


「おい!あまり一人で進むなよ。また転ぶぞ?」
「大丈夫だってばっ。人をどんくさいみたいに言わないでよっ」
「当たってんだろーが」
「む」


目を細め、思い切り振り返ると、司は楽しそうに笑っている。
そんな姿を見てると、文句も言えなくなってしまった。


「…何だよ。そのツラ」
「別に。―――――――もう機嫌も直ったみたいね」
「あ?」
「さっき…不機嫌だったじゃない?」


少し上がった後、しゃがみこんで再びスノボーを装着しながら司を見上げる。
ここへ来る途中、司はスポーツ店に着くまで、一言も口を開かなかったのが、少しだけ気になっていた。


「もしかして、おば様とケンカしたとか」


何も言わない司をからかうように言えば、ムっとした視線が上から降ってきた。


「んなの、いつもの事だよ」
「ふーん…でも…わざわざカナダまでかけてくるんだから大事な用だったんじゃないの?」
「…別に。大した事じゃねえ。グダグダうっせぇから切っちまったしよ」


司はそれだけ言うと、「用意出来たか?」と私の腕を引っ張って立たせてくれた。


「テメーはケツが出すぎなんだよ!もっと腰を引いて滑れっ」
「きゃっ!な、何すんのよっ」


バシっとお尻をはたかれ、真っ赤になると、司は笑いながら私の手を引いた。


「そんな元気あんなら、まだまだ出来んだろ?最初はゆっくり進め」
「わ、分かってるわよっ」


文句を言いつつも、司の手が離せない。
転ばないよう、おどおどしてると、どうしても腰が出てバランスが悪くなる。
そこを何度も注意されながら、司と二人、スノボーの練習をした。


そして数時間が経った頃――――――――






「わっ出来た!見た?司!」


「おまっ危ねーっ」


「…きゃっ」



ドシャッ


数メートルだけど転ばずに滑れた事が嬉しくて、思い切り振り返ってしまった私は、またしてもバランスを崩して、見事に顔から雪に突っ込んでしまった。


「冷たぁ…」
「バーカ!滑ってる途中で振り向くなっつーのっ」


綺麗なフォームで滑ってきた司は、呆れ顔のまま私に手を差し出した。


「だ、だって…嬉しかっただもん…」
「だからって…あ〜あ。こんなに雪乗っけて…」


司は苦笑しながら、私を立たせると、頭にかかった雪を綺麗に払ってくれた。


「あ、ありがと…」


そう言って、ふと顔を上げると、司も私を見下ろしていて、至近距離で目が合ってしまった。
すると司はパッと視線を反らし、「べ、別に礼なんていいよ」と素っ気ない態度で離れていく。
その時だった。




「「あーーっ何でそこで離れるかなっ」」


「え?」 「あ?」




賑やかな声が響いたと思った瞬間、木々の陰から、西門さん、美作さん、そして花沢類と静さんまでが現れ、私と司はギョっとした。


「な…何で…」
「何だぁ?お前ら…んなトコで何してんだよ」
「午後も過ぎた事だし、そろそろランチでもって思って、二人を呼びにきたのよ」


そこで静さんがにこやかに答えた。


「そーそー。んで二人見っけたから、どんな感じかと思って覗いてたってわけ」
「はあ?サッサと声かければいいじゃねーか。ったく暇人め」


司は呆れたように言うと、すぐにスノボーを外してしまった。
私もそろそろ休憩したいなと思ってたので、サッサと外すと、司が不意にそのスノボーを持ってくれた事にギョっとする。


「い、いいよ」
「うるせえな。どーせ持てねーだろが」
「で、でも司、自分のもあるのに―――――――」
「これくらい屁でもねーよ。おら、行くぞ。腹減った」


相変わらずの物言いだけど、どことなく優しい司に、ちょっと首を傾げていると、そこへ西門さんが歩いて来た。


「ここは司に任せて俺らはとっととレストランに行こうぜ、ちゃん」
「え?あ、ちょ、ちょっと西門さんっ?」


グイグイと腕を引っ張っていく西門さんに驚いていると、それに気づいた司が、「おいこら!待てよ!」と怒って追いかけてくる。
それを西門さんは楽しむように、更に足を速めた。
他の皆は、ただ笑ってるだけで、そのまま後ろからついてくる。


「コラ、!人に持たせて、テメーだけ先に行くなっ」
「だ、だって―――――――」


司の抗議に困ったように西門さんを見上げると、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、私に小さくウインクをした。


「いいの、いいの。放っておけば」
「で、でも」
「アイツは楽しんでっから平気だって。ちょっと協力してよ」
「へ?協力って…」


言ってる意味が分からず、首を傾げてみても、西門さんは楽しそうに後ろから怒ってついてくる司を見て笑っている。
それはどう見ても、わざと怒らせてるようにしか見えなかった。


結局、そのままスキー場のレストランへと到着し、その頃には司もかなり疲れてるようだった。


「テメェ…人に重たいもん持たせて、自分だけサッサと行きやがって…」
「だ、だって仕方ないじゃない…。西門さんがどんどん歩いて行っちゃうんだもん…」


それに私が頼んだわけじゃないし…とブツブツ言ってると、司は額に怒りマークを浮き上がらせて「あ?」と睨んでくる。
少しは優しくなったかと思えば、こういうところは、ちっとも変わってないらしい。


「わ、悪かったわよ…。行く時は自分で持つから!」


そう言ってレストランへと歩いて行くと、司が慌てて追いかけてくる。
そして隣に並ぶと、「別にそういう事じゃねぇよ」と呟きながら、私の頭をクシャリと撫でた。
どういう意味だろう、と思っていると、席を確保した美作さんと西門さんが、「早く早く」と手を振って呼んでいる。


「はぁー腹減ったー」
「何食う?」
「オレ、ラムのステーキがいいな」
「ああ、んじゃオレ、この霜降り和牛ステーキ」


西門さん達の会話を聞いてるだけで胸焼けしそうだ、と思いながら、メニューを開く。
このスキー場はバカンスを楽しむ高級別荘地にあるからか、かなり高そうな料理が多い。


「私、このセットにするわ」
「え、静、それだけで足りる?」
「ええ。今朝はしっかり食べたもの。類は?」
「オレは…じゃあ同じのにする」
「え、でも類、朝食食べないで来ちゃったでしょ?そっちこそ足りるの?」
「うん。普段もそんな食べないしね」


目の前で繰り広げられる、そんな二人の会話が、何となく耳に入ってくる。
気にしないでおこうと思えば思うほど、聞こえてくるんだからタチが悪い。
さっきまでは忘れていられたのに、やっぱり目の前に二人がいると、胸が痛くなってきた。


「おい」
「…え?」
「お前は何食うんだよ」


ボーっとメニューを眺めていると、隣にいる司が頭を小突いてきた。
自分はすでに決まったのか、「あとはお前だけだぜ」と言いつつ、ウエイターに手招きしている。


「あ…うん。じゃあ…私も…このセット」
「あ?パンとスープだけじゃねーか。足りるのかよ」
「た、足りるわよ。サラダもあるし…私はあんたみたいに大食いじゃないの」
「誰が大食いだよ、コラ」
「まーた、そこモメてるっ」


一瞬、言い合いになりそうだったのを、すぐに美作さんが止めてくれる。
でも内心、私も良かった、とホっとしていた。
このままだと関係ない司に、八つ当たりでもしてしまいそうだったから。


(はあ…昨日は大丈夫と思ったのになあ…情けない)


司が注文してくれてるのを聞きながら、小さく溜息をついた。


それから皆でランチを取りつつ、他愛もない話をして時間が過ぎた。
西門、美作コンビが今日も夜まで滑ろう、なんて話で盛り上がっている。


「司は?午後はどうすんだ?」
「まだ初心者コースで滑るのかよ」


二人はそう言いながら私の方を見て、ニヤリと笑う。
司もチラリと私を見て、「コイツ、もうちょっとで滑れそうなんだけどよー」と頭をかいている。
それを見て、やっぱり司も皆と滑りたいのかな、と思った。


「あ、あの司っ」
「あん?」
「私、もう一人で大丈夫だから…午後は皆と上で滑ってきたら?」
「…何でだよ」


私の言葉に司は目を細め、睨んでくる。(そんな急に怖い顔しなくても…)


「だ、だから…コツもつかんだし、後は一人で練習できるって言うか…それに少し疲れたから、まだここで休んでたいし」
「バカ。一人で滑って怪我でもしたらどーすんだよ」
「大丈夫だってば…そんな無理しないし…ね?だから皆と上で滑って来てよ」


精一杯の笑顔を向けると、司は困ったように頭をかいた。
司はかなり上手いし、やっぱり私と一緒に緩い坂で滑って満足なんか出来るはずない。
これ以上、司に気を遣わせるのは嫌だった。


「あの…ありがとうね。私に付き合ってくれて」
「…んな事いーけどよ…。ホントに大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫!午後は滑らないかもしれないし…ここでノンビリ考えるわ」
「そっか…。まあでも無理すんなよ?あと、何かあったら携帯鳴らせ」
「うん、そうする」


司もやっと納得してくれたようで、内心ホっとしていると、せっかちな西門さんが食後のコーヒーを飲み干し、早速立ち上がった。


「んじゃ、そろそろ行こうぜ。早くしないとリフト混みそうだし」
「そうだなー。じゃあ…静は?」
「そうね、私も行くわ」


言って静さんも立ち上がる。
そして花沢類も……


「類?」


静さんが声をかけても、花沢類はまだ紅茶を飲んでいて、立ち上がろうとしない。


「ああ、オレもう少しここにいるよ。あんなに滑ったの久しぶりで疲れたし」
「え、花沢類…?」


思ってもみない言葉に驚いていると、立ち上がりかけた司が、渋い顔で振り向いた。
そんな司に、花沢類は笑顔を見せると、


とノンビリ休んでるし、司は滑っておいでよ」
「お、おう…」
「んじゃ決まり。おら、行こうぜ、司!」


すでに歩き始めていた西門さんに呼ばれ、司は渋い顔のまま立ち上がると、「んじゃあ行って来る」とだけ言って皆の方へ歩いていく。
静さんは何度かこっちを振り返ったけど、花沢類が笑顔で手を振ると、彼女も手を振り返し、皆と一緒に行ってしまった。
思ってもみない展開に、一気に緊張するのと同時に、目の前で呑気に紅茶を飲んでいる花沢類を見る。
窓から入る日差しのせいで、彼の顔に長い睫の影が出来ていて、思わず見惚れてしまった。


(…って、ここで見惚れてる場合じゃないわよ、私っ)


花沢類が残ってくれたのは嬉しいけど、でも静さんはきっと変に思ったと思う。


「…ねえ、花沢類」
「ん?」
「ホントにいいの?皆と行かなくて…」


何となく心配になり、そう尋ねると、彼は不思議そうな顔で私を見た。


「いいから、ここにいるんだけど」
「で、でも静さん、何か寂しそうにしてたよ?一緒に滑りたかったんじゃない?」
「さっきも沢山滑ってきたし…皆もいるから大丈夫でしょ」
「…そ、そうかもしれないけどっ!そういう問題じゃないって言うか…」
…?」


(こ、この人、ホントに呑気!って言うか、天然?普通、自分の彼氏が他の女と残るなんて、嫌に決まってるじゃない)


そう思いながら紅茶を一気に飲み干すと、花沢類は更に不思議そうな顔で首を傾げている。


「何怒ってんの?」
「べ、別に怒ってないわ」
「そう?あ、それともも滑りたいなら、行ってきてもいいけど。オレ、ここで待ってるし」
「い、行かないわよ…」


行ける訳ないじゃない。
ううん、行きたいわけないじゃない。
せっかく二人きりになれたんだし…
って、こんなこと思うのもいけないんだろうけど。


紅茶のお代わりを頼みながら、チラっと花沢類に目を向ける。
彼は時折、小さな欠伸をしつつ、窓の外に見えるゲレンデをボーっと眺めている。
そんな彼を見て、どうして一緒に残ってくれたんだろう、なんて考えた。
この人の事だから、本当に疲れただけかもしれないけど…
でも…やっぱり嬉しいのにはかわりはない。


お代わりをした紅茶を飲みながら、静かな時間を彼と過ごす。
これは私が憧れていたものだ。
何も会話がなくても、花沢類とだと苦痛じゃない。
むしろ、癒される…


「ん?」
「……っ」


暫し目の前の綺麗な横顔に見惚れていると、不意に花沢類がこっちを見て、ドキっとした。


「何?」
「え?あ…ううん…」


何だろう、前のように気軽に話せない。
ハッキリ自分の気持ちに気づいてしまった今となれば、どうしても心臓がドキドキして、思考回路が働かなくなる。


「こ、この紅茶美味しいねっ」


何か話さなくちゃ、と意味もない言葉を言えば、花沢類は訝しげに眉を寄せた。


「そう?ちょっと薄いと思うけど…」
「へ?あ、そ、そうねっ。言われてみれば…」


思わず赤面しつつ、紅茶をスプーンでかき混ぜる。
普通に、普通に、と思えば思うほどに緊張してくるのが分かった。
同時にクスクス笑う声がして、花沢類がテーブル越しに身を乗り出してきた。


「な、何笑って―――――――」
「どうしたの?今日、少し変」
「そ、そう?そんな事ないけど…」


いきなり綺麗な顔が近づいてきて、更に顔が熱くなる。
すると花沢類は、そんな私をジっと見ながら、「あ」っと何かを思いついたように口を開いた。


「司と何かあった?」
「…へ?」


思ってもみない言葉に、思わず声が裏返る。
何でここで司の話になるの?
今、アイツの事なんて、これっぽっちも思い出してなかったのに(酷)


「な、何かって…何?」
「ああ、いや…別にないならいいけど」
「???」


意味深な笑みを浮かべている花沢類に、今度は私が首を傾げる。
だいたい司と何かあるとしたら、いつものケンカくらいだ。


その時―――――――


「あれぇ?…?」


という声が聞こえて、ドキっとした。


「あーやっぱじゃん!」
「…え?」


その言葉に顔を上げると、隣の席に座ろうとしていた4人組が一斉にこっちを見ていた。


「…光…輝…?」
「何だよ、お前も来てたのー?」
「うーわ、?嘘ぉー」
「マジかよ!すげぇー偶然じゃんっ」
「あ…」


そこには前の学校のクラスメートだった白木唯しらきゆいとその彼の堺くんが立っていて、
先ほど声をかけてきたのは元彼でもある、橘光輝たちばなこうきだった。


「何してんだよー。あ、オレらは冬休み利用して、オレんちの別荘に来てんだけどさー」
「そ、そう…」


思わず顔が引きつる。
そんな私に、花沢類は「誰?」と訝しげな顔で聞いてきた。


「あ、あの…」
「ああ、どーもー初めまして!オレ、橘光輝。君は?」
「………」


人見知りしないのは相変わらずのようだ。
でも逆に花沢類は、目の前に出された光輝の手を、ジっと見ているだけで、私は慌てて立ち上がった。


「あ、あの、こちらは花沢類さん…」
「花沢…?」
「…どーも」


私が勝手に紹介すると、花沢類は素っ気ないながらも挨拶をした。


「あ、花沢類、あと…彼女が前の学校のクラスメートで…白木唯さんと、その彼で堺英明くん…で、えっと――――――」


そこで、もう一人女の子がいることに気づいた。


「ああ、んで、彼女は友坂由梨絵ともさかゆりえは知ってるっけ?」


と、ここで光輝は見た事のある女の子を紹介した。


「え?え、ええ…隣のクラスだったし」


そう言って彼女を見ると、私の方にチラっと視線を向けて、可愛く微笑む。
彼女は、きっと今の、 、光輝の彼女なんだろう。


「どーもー♪花沢さん、白木唯です」
「ヨロシクー花沢くん」
「…ども」


唯と堺くんに対しても花沢類は素っ気ない挨拶をして、チラっと私を見た。
私の様子で彼には何もかもバレてそうだ。
唯と堺くんは気にもしてないようで、そのまま隣の席に座った。
光輝と由梨絵さんも隣の席に座りながら、光輝はなお話しかけてくる。


「しっかし驚いたなー!まさかお前と会うなんて。元気だった?」
「…う、うん、まあ…」
「で…花沢くんはの今彼?」
「えっ?!ち、違うわよ!彼は…友達って言うか…」


果たして友達と言っていいものか困ったが、他に言いようがない。
幸い、私の言葉に花沢類は何も言わなかった。
すると光輝は少し考えるような仕草をして、まじまじと花沢類を見ている。

「ってかさ…花沢って…もしかして花沢物産の…?」
「……っ?!」


ドキっとしたのが顔に出てしまったようだ。
ううん、その前に…光輝なら、きっとそう言うことに詳しいはず―――――――


「類って名前、どっかで聞いたことあると思ったんだ。な、そうだろ?」
「あ、あの…」
「――――――そうだけど」


不意に彼が返事をした。


「あーやっぱり!」


光輝が得意げに指を鳴らす。


「オレんち、橘物産なんだ。まあ花沢物産の足元にも及ばないけどさあ」


ケラケラと笑いながら、そんな事を言う光輝に、花沢類は大して興味もないような顔で「へえ」とだけ呟いた。
光輝はちっとも変わってない。
あの頃、度胸がいいように思えた彼の態度は、今はただの無神経にしか見えなくなっていた。
出来れば、こんなところで……花沢類と一緒の時に、会いたくはなかった。


「でももすげえなー!花沢物産の跡取り息子と知り合いなんて。こっちには遊びに来てんのか?」
「…まあ」
「へえー。じゃあ他にも連れがいんだろ?オレの知ってる奴?」
「…さあ。どうかな…」


そう答えたものの、名前を言えば、きっと彼には分かるだろう。
でも何となく言いたくなかった。なのに――――――


「あ、そう言えばさ!お前、あの道明寺グループの家に世話になってるってマジ?」
「…え?」
「そんな噂流れたんだよなー。ほら、お前、道明寺の遠い親戚っつってた事あるじゃん?」
「それは…」
「あ、もしかして、道明寺グループの坊ちゃんも一緒とか?」
「…え、あの…」


何と答えていいか困っていると、唯が思い出したように声を上げた。


「あ!もしかして…光輝の言うとおりかも!」
「あ?何で?」
「ほら、だって有名じゃない?英徳のF4!」


その言葉を聞いてドキっとした。
そうだ、前の学校でも確かにF4の名前は広まっていて、クラスの女子が騒いでた事があった。
そして唯はその中でも特にミーハーで、私に一度、「道明寺さんと親戚なら紹介してよ」と言ってきたことがある。


「F4のメンバーに花沢さんが入ってるもの。だったら他に一緒なのは道明寺司さんじゃないの?!」
「……っ」


さすがミーハーなだけあって、メンバーの名前をよく調べてある、と感心した。
というか、感心してる場合じゃない。
光輝たちは興味津々といった顔で私を見ていて、どう答えようか言葉に詰まる。
その時…不意に花沢類が立ち上がった。


、もう行こうか」
「え…?」
「オレ、眠い…別荘に戻ろう」
「う、うん…」


呆気に取られつつも素直に頷けば、花沢類が私の手を繋いだ。
ドキっとして見上げると、彼はいつものような淡々とした顔で光輝たちを見る。


「そういう事なんで」
「あ、ああ…残念だなあ、もっと話したかったのに」


光輝も少し驚いたように引きつった笑顔を見せると、「もまだいるだろ?近いうちに一緒に飲もうぜ」と言ってきた。
よくそんな平然と誘えるものだと思いながら、花沢類には気づかれたくなくて、「そうだね」とだけ答える。
それでも、つい彼の手をぎゅっと握ってしまい、慌てて離そうとした。
そんな私の手を強く握り返す花沢類にドクンと鼓動が跳ね上がる。


「行こう」


それだけ言うと、花沢類は挨拶もそこそこに、私の手を引きながらレストランを出て行く。
すると後ろから、光輝の「またなー」という明るい声が聞こえてきた。










「あ、あの…」
「………」
「花沢類…っ」
「………」


レストランを出てから、黙々と歩いていく花沢類に、私は何とかついていく。
それでも足の速さに息が切れてきた頃、ようやく彼が立ち止まった。


「…花沢類…?」


不意に立ち止まった事に驚きつつ、恐る恐る声をかけると、静かに彼が振り向いた。


「道…」
「え…?」
「間違えたかも」
「…へ?」


どこか困ったような表情で呟く花沢類に、思わず口が開いた。
見れば確かに逆の方向へと歩いてきていた事に気づく。


「あ…ホント…」


別荘へ帰るのなら、車が待っている駐車場へ行かないといけない。
なのに花沢類が歩いて来た方向は、ちょうど上級者コースの下に辺り、上から優雅に滑って来る人たちがチラホラ見える。
そんな彼の天然さに、つい笑ってしまった。


「やだ…自信満々に歩いていくから分からなかった」
「…つか何も考えてなかったし」


言って花沢類も苦笑いを浮かべた。


「ボードも置いてきちゃった」
「いけね…オレも」


そう言いながらぺロっと舌を出す花沢類に、また笑ってしまう。
そうする事で、さっきの動揺が少しだけ和らいだ。
やっぱり彼は、私の安定剤みたいだ。


「ごめん…気を遣わせちゃって…」


そう言って見上げると、花沢類は「別に…」とだけ言って、近くにあった大きな木の下にしゃがんだ。


「一気に歩いたら疲れた」


その言い方が何だか子供のそれと似ていて、つい笑ってしまう。


「私も」


そのまま自分も花沢類の隣に座る。
暫く二人で雪の上に座り、上から滑ってくる人たちを眺めていた。
少し離れている場所から、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
司達もあの辺りに下りてくるのかな、と思いながら、僅かに目を細めて上を見上げた。


「さっきの人…前、付き合ってた事があるの…」
「……………」
「あ…最初に話しかけてきた橘って人なんだけど…」


不意に、そんな言葉が口から零れ落ちた。
どうして、そんな事を話そうと思ったのか、自分でも良く分からない。
ただ何となく、今まで誰にも言えなかった気持ちを吐き出したくなっただけなのかもしれない。
彼なら、黙って聞いてくれるんじゃないかって、そう思ったから。


花沢類は何も答えず、ただ黙って青い空を見上げていた。


「さっきの唯って子の彼の友達だったんだけど…今年の春くらいに紹介されて、気づけば、いつも彼のペースで…いつの間にか…好きになってた」
「……………」
「でもね…お父さんの会社が倒産した後くらいに…突然別れようって言われて…驚いたけど…でも何となく分かってたの」


冷んやりとした風が吹いて、花沢類の髪が柔らかく揺れている。
白い雪に反射して、栗毛色の髪がキラキラと輝いているから、それが眩しくて私はかすかに目を細めた。


「ほら、彼も跡取り息子だし…って言っても花沢類とか司の足元にも及ばないかもだけど…。だから…私、分かってたんだ」


苦笑しながらかぶっていた帽子をとると、冷たい風が、私の髪をもさらっていく。
それに隠れるように、顔を帽子へと埋めた。
とっくに忘れたと思っていたのに、あんな風に再会して、こんなに動揺してる自分に驚く。


だって…私は悲しかったのに。
分かってたとはいっても彼と別れて、少なくとも隠れて泣くくらいには好きだったのに。
なのに…何事もなかったかのように、普通に話しかけられても、素直に笑えないよ――


(やだ…泣きそう)


悲しいのか、それとも悔しいのか、よく分からないけど、涙が浮かぶ。
でも花沢類の前で、泣くなんて絶対にしたくない。
今、好きな人の前で、他の人の事でなんか泣きたくないもの。


ぎゅっと唇を噛んで必死に涙を堪える。
サッサと新しい彼女――――それも同じ学校だった子――――を作っていた、あんな薄情な男の事で、泣く事さえ今は悔しい。
我ながら意地っ張りだと思う。


その時、ふわりと頭を撫でられ、ドキっとした。




「アイツ、頭悪そうだったよね」


「――――――――っ?」




その思ってもみない一言に、ガバッと顔を上げる。
すると花沢類は、クスクスと笑いながら、私の鼻をぎゅっとつまんだ。


の鼻、トナカイみたいだよ」
「えっ」


いきなり、そんな事を言われて涙も引っ込んだ。


「そう言えば…明日はクリスマスイヴだっけ」
「…あ…そっか…」


言われて思い出した。
日本にいると、街のあちらこちらでクリスマスという事を大々的に宣伝しているから忘れないけど、こうして海外に来ると、どうも日本のようにミーハーなノリではないらしい。
そう言えば、今年のクリスマスは、光輝と泊まりで旅行に行こうか、なんて話してた気がする。
でも…その相手は私ではなくなり、あの子になったんだ、と思った。


(嫌な事、思い出しちゃった…)


もう想いはないはずなのに、そういう事では少しだけ腹立たしい気がしてくる。


「…どうしたの?」
「んーちょっと嫌なこと、思い出しちゃって」
「嫌な事…?」
「うん。今年のクリスマスは…二人で旅行に行こう、って話してたなぁ、なんて」


肩を竦めて溜息をつく。
もう涙は出ない。
あんな男に心を残すなんて、バカなこと、しなくて良かった。
花沢類の隣にいると、そう思えてきて、何だかスッキリしてきた。
花沢類には私の想いは届くはずもないし、とっくに失恋してるようなものだけど、でも。
この人を好きになった私は、光輝を好きだった頃の私よりも、ずっと何倍も輝いてると思う。


「やっぱバカだよな、アイツ」
「…ん?」


花沢類が不意にクスクス笑い出す。
首を傾げる私に、彼はもう一度、「バカだよ」と呟いた。


を振るなんて、もったいなくない?」
「…え?」


その言葉にドキっとして顔を上げると、花沢類は得意げな顔で微笑んだ。




「オレは…さっきの女より、の方が数倍、可愛いと思うけど」


「――――――――ッ?!」




そう言って、柔らかく微笑む花沢類に、私は一気に赤くなった。


…茹蛸みたい」
「かか可愛いって…からかわないでっ」


赤面した私を見て笑っている花沢類から顔を反らすと、彼はひょいっと覗き込むようにして目の前に現れる。


「ひゃ、な、何よ…っ」
「ぷっ…」


驚いて木にベッタリ背中をつける私に、花沢類はまたしても噴出した。


「からかってないよ」
「……っ?」
「そういうとこ、可愛いって思うし」
「な…」


ふわりと吹いた風に、吹かれた髪を手で抑えながら、花沢類は天を仰ぐ。




「オレ、といると、何か楽しくてさ」




ああ――――――この言葉を、ずっと耳の奥に留めておけたらいいのに。



そんなバカみたいな事を、本気で願うほど、彼の優しい告白は、私の乾いた心に深く沁み入って、綺麗な水を与えてくれた気がした。












ヒロインの元彼(チャラ男)登場ですね(笑)
私も花沢類の持つ柔らかい独特の雰囲気とか空気が大好きな一人です。
実際にあんな人いたら惹かれちゃう。
あ、でも司のようなオレ様なのにおバカというキャラにも弱いじゃない(ハイハイ)


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●花男最高です!続きがすごく気になります。大和好きvv(高校生)
(最高だなんて、ありがとう御座います!しかも大和が好きなんて感激(*ノωノ)何だか長くなりそうな予感ですが、今後も頑張りますね!)


●一人一人のキャラがとても良く表現されていて、ヒロイン・オリジナルキャラの大和もとても惹きつけられる性格の持ち主で素敵です^^
小説にしづらそうな花男をあんな綺麗な文章で夢小説に出来てしまう管理人さまには憧れの一言です。
今後も楽しい+切ない花男夢を期待しています!(高校生)
(ひー;;何だか凄く素敵な感想で感動してしまいました゜*。:゜+(人*´∀`)
そこまで読み込んで下さった事が本当に嬉しいです!
憧れなんて、とんでもなく恐れ多いお言葉ですよー;;
どっぷり花男にハマってしまったおかげで、こんなドリームを描いちゃってますが、
今後も楽しんで頂けるような話を何とか頑張って書いて行きたいと思っておりますので、
どぞ、これからもヨロシクお願いします(●´人`●)



●道明寺との今後の展開が気になります!!(社会人)
(ゆるゆると進んでおりますが、今後どーんと司との絡みを描いてく予定ですので待ってて下さいね!)


●花男、すごく面白くて続きが気になります。大和が、カッコ良くて大好きです!!(高校生)
(面白いなんて言って頂けて感激です!ひょー★しかも大和が大好きだなんて嬉しいお言葉(*ノωノ)ありがとう御座います!)


●早速、見させて頂きましたvドキドキですね!!(高校生 )
(ドキドキしてもらえて嬉しい限りです!何だか長くなりそうな予感…;;)


●花男大好きです!ドキドキしながら楽しませていただいています♪(社会人)
(大好きなんて嬉しいお言葉ありがとう御座います!今後も頑張ります!)


●花男夢がとても楽しくて大好きです!キャラでは特に大和が好きです。実際にいたら惚れてしまいそうなくらいステキです!(大学生)
(うひょー;大和が何故か人気あってビックリしてるんですが、実際いたら惚れちゃいますか?!何だか感激で御座います!)