招かれざる
来訪者@
雪の降る寒い夜、花沢類の体温が、いつまでも私の右腕に残っていた――――――――
「――――――おい」
「……………」
「コラ、起きろ」
「……………」
「おい、コラ!!」
「んーぅるさ…」
凄くいい場面なのに、何だか耳障りな声がする。
静かな雪の降る夜に、隣には花沢類がいて私に微笑んでいる。
寒いはずなのに、とても暖かくて、心の奥がドキドキしてた―――――――はずなのに。
「おい!いつまで寝てんだ、コラァ!」
「――――――ひゃっ」
突然、寒い空気に体が触れて、私は思い切り現実に引き戻された。
「な、何…っ?!つ、司…?」
たった今まで隣には花沢類がいたはずなのに、現実に目の前にいたのは、怖い顔をした司だった。
しかも布団をはいだのか、ベッドの隣で仁王立ちして私を見下ろしている。
「…こ、ここで何して…」
「あ?てめーが起きてこねーから起こしてやってんだろがっ」
「って…勝手に入ったのっ?!」
「電話してもノックしても返事しねーからだよ!ニヤケながら眠りこけやがって」
「な…っ」
その言葉に顔が赤くなる。
「…女の子の部屋に勝手に入ってくるなんて最低っ」
いきなり起こされた事よりも、そっちの方に頭に来た。
私だって、コレでも一応、年頃の女の子なのに、と司を睨みつける。
すると司はぶっと吹き出して大笑いし始めた。
「ぶははっ!だーれが女の子だよっ!てめーなんか、まだガキだろがっ」
「な、何ですって?!どっちがガキなのよっ」
「あぁ?んだと、てめー!オレがガキだって言いてーのかよっ」
「ガキじゃないのっ!やる事なす事、落ち着きないし、こんなんで道明寺グループの跡なんか継げるわけっ?」
「てめー!ケンカ売ってんのかっ」
「売ってるのはそっちでしょー?!」
ボフッ
「―――――――うぉっ!」
言いながら枕を投げると、司の顔面に直撃した。
司は真っ赤になった鼻を押さえながら驚いたような顔。
「て、てめぇ…何しやがるっ」
「いいから出てって!着替えるんだからっ」
「ぅお!お、おいっ」
グイグイと背中を押して司を部屋から追い出すと、ドアを閉めて鍵をかける。
廊下では司が「おいコラっ」と騒いでたけど、無視してバスルームに飛び込んだ。
「ったく…何なのよ、アイツ!朝からホントに腹の立つ…っ」
ブツブツ文句を言いながらシャワーを浴びる。
お湯の熱さで、少しづつ体が温まっていくのを感じながら、ふと右腕の感触を思い出した。
「はあ…せっかく、いい夢見てたのに…」
目覚めて司の顔を見た瞬間、余韻が吹っ飛んでしまった。
夕べあれから花沢類と少しだけ話してたけど、寒さも限界に来て、二人で部屋へと戻った。
少しの時間だったけど、花沢類と二人だけの時間を持てて、幸せな気分のまま寝たから、あんな夢を見たんだろう。
それなのに…
「司のバカボンのせいで台無しじゃない…。何がガキよ…自分だってガキじゃないの」
シャワーを止めると、軽く水気を拭いてバスローブを羽織る。
濡れた髪をバスタオルで拭きながら、部屋へと戻り、時計を見れば、まだ午前8時だった。
「嘘…まだこんな時間だったの?」
夕べ寝たのは午前2時頃だったから、まだ少し眠い。
「はあ…何でこんな早くに…また寝ちゃおうかな…」
そう呟きながらバスタオルをソファに引っ掛けベッドへ向かおうとした、その時、携帯の着メロが鳴り出した。
「メールだ…」
急いでテーブルの上にある携帯を開くと、そこには"大和"と表示されている。
大和からは、あの夜以来、連絡がなかった。
すぐにメールを開くと、"雪あるとこはやっぱ寒いなぁあー(>_<)"という一言だけのメッセージと共に携帯カメラで写したのか、
写真が一枚添付されていた。
「何これ…大和もスキー行ってるのかな…」
写真にはスキー場を背に自分で写したのか、大和が笑顔でピースをしている姿が映っている。
ゴーグルをしてるとこを見ると、大和もスキーかスノボをしてるんだろう。
「大和も冬休みを堪能してるみたいね」
大方、地元の友達と遊びに行ってるんだろう、と苦笑しながら返信を押そうとした。
その瞬間、今度は部屋の電話が鳴り出し、大きな溜息が洩れる。
「もう…また司かな…」
放っておけば、出るまで鳴らしそうだ。
仕方なく携帯を閉じると、部屋の電話をとった。
「もしもし?!今度は何よっ」
出た瞬間、怒鳴れば、受話器の向こうで息を呑む気配がした。
『あ、あの…ちゃん…?』
「…へ?」
司とは似ても似つかない優しい声色に、思わずドキっとした。
『あの…静ですけど…』
「えっ!し、静…さん…っ?」
思ってもみなかった人からの電話に、私は思わず直立不動になってしまった。
「ご、ごめんなさい!てっきり司かと思って…」
ハッと我に返り謝ると、受話器の向こうからはクスクスと笑う声が聞こえてくる。
『いいのよ。ちょっと驚いたけど…』
「す、すみません、ほんとに…」
(昨日の花沢類にに引き続き、司と間違えて今日は静さんに何て口を…!あぁぁ私のバカちん…っ)
アイツのせいでろくな事がない、と心の中で文句を言いつつ、どうして静さんが私に電話をくれたんだろうと、ふと思った。
「あ、あの…どうしたんですか?」
『ああ、あのね。今日はイヴでしょ?だからケーキを焼こうかと思って…』
「え、ケーキ…ですか?」
『ええ。料理はシェフが作ってくれるんだけど…ケーキくらいは私が焼いてあげたくて…それでちゃんにも手伝ってもらおうかと思ったの』
「えっわ、私に?」
『ええ、どうかしら』
ど、どうかしらって言われても…と、その突然の申し出に驚いた。
でも――断る理由もない。
いや、あの皆が憧れている静さんと二人でケーキ作りなんて、それだけで緊張するのはあるけれど。
「あ、あの…私でよければ…お手伝いします」
『ホント?』
「はい。ケーキは前に焼いたこともありますから」
『良かった!助かるわ。あ、じゃあ早速いいかしら。今から準備するんだけど…』
「はい。じゃあ、用意してすぐに行きます」
『ありがとう』
そこで電話を切ると、私はすぐに着替えて用意をした。
髪を乾かし、軽くメイクをすると、急いで部屋を出る。
その時、花沢類の部屋に視線がいき、ちょっとだけ気になった。
でも、さっきの静さんの様子だと、いつもと変わらない気がしたし、夕べはホントに酔っただけだったのかもしれない。
花沢類にあんな風に心配される静さんが、やっぱり羨ましく思う。
「花沢類は…まだ寝てるか」
夕べ部屋に戻る時、何度も欠伸をしてた事を思い出す。
私は軽く笑みを零すと、そのまま一階へと向かった。
キッチンへ向かうと、静さんはすでにスポンジの準備を終えていて、オーブンで焼いているところだった。
「私は何をすれば…」
手際よく、次の準備をしている静さんに、恐る恐る尋ねれば、「チーズクリーム作って頂けるかしら」と微笑まれた。
言われた通りにクリームチーズを柔らかく練り、ふるった粉砂糖を加え混ぜ、8分立てにした生クリームを加えて混ぜる。
その作業を何度か繰り返している間、静さんはケーキに飾る苺をカットしていった。
そんな姿もさまになっている彼女に、つい見惚れてしまう。
薄茶の柔らかそうな長い髪も、細い肩も、綺麗な指先も…どれもが女らしくて、綺麗で、あんなに憧れる女の子が多いのが分かる気がした。
「…どうしたの?ちゃん」
「あ…」
ボーっと見ていると、不意に静さんが顔を上げて微笑んだ。
なんて綺麗に微笑むんだろう、と、自然と鼓動が早くなる。
こんな素敵な女性が傍にいれば、女の私でもドキドキするし、花沢類があんなに好きになるのも分かる気がする。
「いえ…静さんってホントに綺麗だなあと思って…」
「…え?」
そう言って笑うと、静さんは驚いたように私を見た。
この人は、きっと女の子が憧れる全てのものを持っている。
「あ、ご、ごめんなさい…急に。でも…私の前の学校の友達も…皆、静さんの噂をしてて…憧れてる子が多かったんです」
「まあ…それは嬉しいわ」
ニッコリ微笑む静さんに、やっぱりドキドキしてしまう。
この笑顔を、花沢類はいつも見てるんだ。
私なんかじゃ、到底敵わない。
そう思っていると、静さんが不意に口を開いた。
「でも…ちゃんも凄く素敵よ?」
「……え?」
「あなたには…皆を元気にする力があるみたいね」
その言葉にドキっとして顔を上げる。
静さんはカットした苺をお皿に移しながら、思い出すように口を開いた。
「類から話は聞いてたの。司の家に親戚の子が住むことになったって」
「あ…」
「家の事情も…聞いてるわ。大変だったわね」
「…いえ…」
言って軽く首を振ると、静さんはふっと微笑んだ。
「類が言うの。"あんな事があってもは笑ってるんだ"って」
「…え?」
「"オレなんか、もし同じ状況になったら不安で不安で、あんな風に笑えない"ってね」
「…そんな…私だって不安で凄く…怖かったです。でも楓おば様に助けてもらって…」
「…でも…ちゃんは強いと思うわ。それまでの立場を失っても、強く立っていられるんだもの」
「楽観的なだけです。今回の件で…離れていった人がいても、おば様にみたいに手を差し伸べてくれる人もいるんだなって思ったら、この先も何とかなる気がして」
そう言って笑うと、静さんも楽しそうに笑った。
「そうね…ちゃんは一人じゃないわ?司もいるし、類も総二郎もあきらも…皆、心配してるのよ」
「…司は…私をイジメてるだけですよ?」
思わず顔を顰めると、静さんはクスクス笑いながら、
「そう?でも…ちゃんといる時の司はホント楽しそうで、あんな司見たの、初めて」
「そ…そんな事は…。司とはケンカばっかりで」
「ふふ…司は昔から素直じゃないから。あんな態度してるけど、ホントはちゃんのこと、凄く大事にしてるんだと思うわよ?」
「え、ま、まさかっ!アイツは凄く意地悪ですよ?今朝だって部屋に勝手に入って来て早く起きろって怒鳴るし…」
慌てて首を振ると、静さんはクスクス笑いながら、
「だから素直じゃないのよ、司は。あの司が自分から女の子をかまったり、昨日みたいに何かを教えてあげてるとこなんか初めて見たもの」
「…あ、あれは…私があまりにヘタだから見かねてだと思います…」
確かに前よりは優しくなった気がしたりもするけど、司はきっと私の事を自分の使用人くらいにしか思ってないに違いない。(ムカツク)
「そのてん…花沢類は優しくてホントに素敵だと思います」
「…え?」
「…静さんとも…凄くお似合いだし」
「ちゃん…」
こんな事、自分で言うのもツライけど、素直に思ったことを口にすると、静さんは僅かに目を伏せた。
「ちゃんは…類の事が好き?」
「……は…ぃ…って、えっ?!す、す、好き…?!」
いきなりの質問にドキンと鼓動が跳ねる。(ってつられて"はい"と言いそうになっちゃったじゃないのっ)
静さんは私を見ながら、もう一度、「類の事…どう思う?」と訊いて来た。
「ど、ど、どうって…べ、別に私はその…や、優しい…人だなあと思いますけど…」
(ダメじゃない、私!思い切り動揺が出てるしっ)
ジっと見つめてくる静さんに、何とか笑顔を作る。
私の心の奥を、この人に悟られちゃいけない。
そう思っていると、彼女は突然、「ぷ…」っと吹き出し、「ちゃんって面白いわね…可愛い」と笑い出した。
「類が可愛がるのも分かる気がする」
「え?!あ、あの…」
「…類も…ちゃんのこと、凄く気に入ってるみたい」
「…ぇっ?!」
その言葉に、あまりに驚いて顔が真っ赤になった。
そんな私を見て、静さんは優しく微笑むと、
「ちゃんの前だと…類はあんなに自然に笑うのよね」
「え?あ、わ、笑うって…いうか…。あ、あれは笑われてるだけで…っ」
少し寂しげな静さんを見て、何か誤解してるのかもしれない、と慌ててそう言うと、静さんは小さく首を振った。
「類は…あんな風に明るく笑う事なんか、殆どなかったの」
「え…静さんの前でも…ですか?」
彼女の言葉に驚いて、つい聞いてしまった。
私の問いに、静さんは苦笑いを零すと、
「ええ…そうね。いつもどこか…不安げな顔をしてる気がするわ」
その言葉にドキっとした。
夕べの花沢類を思い出す。
もし静さんにそう見えるんなら、それは…その理由は一つしかない。
私には痛いくらいに分かる。
「……そ、それは…きっと静さんの事が好きだからだと思います…」
「…え?」
「だから…些細な事でも不安になるんだと思います…」
「…ちゃん…?」
言ってしまってからハッとした。
「わ…す、すみませんっ!私、余計なこと…」
「ううん、いいの。ありがとう…」
真っ赤になった私に、静さんは優しく微笑んでくれた。
その笑顔は本当に優しくて、やっぱり素敵だなって思う。
「ちゃんは…私と類のこと、知ってるのね…」
「…あ…あの…昨日…聞いたんです…」
「そう。司達には…」
「い、いえ。言ってません。司のバカに話したら、また大騒ぎしそうだし…」
そう言うと、静さんは楽しそうに笑った。
「ホントちゃんて飾らなくて…そういうところが素敵だわ」
「え、も、もったいないです、そんな…」
「そんな事ないわよ。素直で…真っ直ぐで…眩しいくらい」
「……っ」
あの静さんから、そんな風に言われ、私は真っ赤になってしまった。
彼女の方こそ、こんなに素敵なのに、それを鼻にかけず、こんなに優しくて、やっぱり敵わない、と感じた。
(そう…それに同じお嬢様でも、あの浅井さんとか、ミーハーお嬢まっしぐらの唯とは大違いだわっ)
ふと嫌〜な顔が頭に浮かんだ。
その時、チンという音がして、オーブンが止まる。
「あ、いけない…焼きあがったわ」
「あ、クリーム…半分は出来たんですけど…」
そう言って続きをやろうと思い、材料を見た。
が、肝心のクリームチーズが足りない。
「あ…静さん、これ足りないみたいなんですけど」
「え?!やだ、ホントだわ…。これがないと困るのに…」
「じゃ、じゃあ私が買ってきます。近くにマーケットあるみたいだし」
「え、でも…」
「大丈夫です。運転手さんに頼めば車ですぐですし…静さんは他の準備進めてて下さい」
そう言ってエプロンを外すと、静さんは、「そう…?ありがとう、じゃあお願いするわ」と必要なクリームチーズの種類を書いたメモをくれた。
「じゃあ行って来ます」
「お願いね」
笑顔で手を振る静さんを残し、私は急いでリビングへと歩いていった。
まだ静かなところを見ると、お昼前だし、司以外のメンバーは寝てるようだ。
「―――――――司?」
リビングを覗くと、そこにはソファにふんぞり返ってテレビを見ている司がいた。
先ほどキッチンへの出入りを、静さんに禁止されたようで、相当暇だったのか、私が覗くと、慌てて立ち上がる。
「お、おう、もう終わったか?」
「まだ、これから」
「あ?まだかよっ」
「言うほど時間経ってないじゃないの。それより…運転手さんに車頼めるかな」
私がそう言うと、ムスっとしてた司が、訝しげに眉を寄せた。
「何だよ。どこ行くんだ?」
「静さんに頼まれて買い物!ケーキに使うクリームチーズが足りなくなっちゃったの」
「で…お前が買いに行くのか?」
「うん。でも街に下りるなら車がないと…」
そう言った瞬間、司がニヤリと笑った。
「オレも行くよ」
「…えっ?」
「暇だし…お前一人じゃ危なっかしいからよ」
「ど、どこがよっ。別に一人で全然平気だし――――――――」
「うるせえ!いいから行くぞ!」
「あ、ちょっと!」
私の言い分も聞かず、司はサッサとリビングを出て行く。
それを見ながら、急いで後を追いかけた。
「別に来なくていいのに…」
マーケットに着いた早々、余計なものをカゴに入れていく司に内緒で、こっそりと呟く。
せっかく一人で出かけられて気分転換にもなるかと思ったけど、これじゃ何も変わらない。
「おい、!これも入れとけ」
「え、ちょ…」
ポンと放られたものを慌ててキャッチすると、それは高そうなコーヒーの豆だった。
そんなの別荘にも腐るほどあるのに、また違うのを買う気ね、と溜息交じりでカゴに入れる。
ホント、金遣いの荒い奴だ。
「おい。あと、いるもんあるか?」
「もうないと思う。クリームチーズも買ったし…」
「そっか。まあ酒は一流のものを届けさせるからいいとして…おい、」
そこで司がこっちへ歩いてくる。
こいつは無駄にでかいから、目の前に立つと、どうしても見上げる形になって首が痛い。(ああ…私も静さんくらいの身長があれば…)
「何よ」
何だか楽しげな顔の司を見上げると、司は得意げな顔でニヤリと笑った。
「今夜パーティだぜ?」
「知ってるわ?だから何よ」
「お前、着るドレス持ってきたかよ」
「……へ?ドレス…?」
「はあ…その顔じゃあ忘れたってとこか…」
呆れたように溜息をつく司にムっとした。
「何でドレスなの?数人でするパーティだし、しかも私達しかいないのに何でドレスアップの必要があるのよ」
「かー!これだから中流セレブは困るぜ」
「むっ。悪かったわね!どーせ、うちはあんた達みたいに、おき楽な超ーセレブじゃありませんよっ」
頭に来て顔を反らすと、司は「やっと分かったか」と偉そうだ。
嫌味で言ったってのに、まるで分かってない。(やっぱバカね)
「俺たちはパーティってくりゃ身内だけだろうが、どれだけ少人数だろうが、それなりのドレスアップはすんだよ。その方が気分も違うだろ」
「…ふーん…。でも私そんなドレスとか持って来てないし…いいよ、普通の格好で」
そう言ってレジの方にスタスタ歩いていくと、司が慌てて追いかけてきた。
「アホ!てめーだけ普段着じゃ、オレのメンチョ丸つぶれだぜ!仮にもてめーはオレの親戚なんだからなっ」
「…それは鼻の真ん中にできるオデキじゃない…潰したら跡残るわよ?…それ言うなら"メンツ"でしょ?はあ…」(呆)
「むっうるせえ!と、とにかく!てめーも何かドレス着てもらうからな!静もいるんだし、少しは見習えっ」
「な、何よ!勝手なことばっかり言って…っ」
「ぉうっ?な、何だよ、これっ」
頭に来て持ってたカートを司に押し付けると、見た目に分かるほど慌てている。
「どーせ司は自分で買い物とかしたことないんでしょ?せっかくだから体験してみたら?」
「な、なにぃ〜?!」
「簡単よ。レジに持っていって、お金を払うだけだし…。司、英語も出来るんだからやってみれば?」
「な、何でオレが…!てめーの買い物付き合ってやってんだろーが。てめーが行けっ」
「ふーん。やっぱり御曹司は買い物すら出来ないんだ。そんなんじゃ庶民の生活も分からないし、将来困ると思うけど」
そう言ってサッサと歩いて行くと、司はギョっとしたようにカートを押して追いかけてきた。
あの道明寺司がマーケットのカートを押してる姿なんか、きっと英徳の人間なら想像もつかないだろう。(携帯のカメラで写して、皆に送ってやりたい)
「て、てめーサッサと行くんじゃねーよっ」
「いつも司だって私を置いてくじゃない。それより…結構似合うわよ?カート、そのままレジに持っていけば?すぐ目の前なんだし」
「あぁ?だから何でオレが――――――――」
「Do not you make it early? (あなた、早くしてくれない?)」
「うぉっ」
そこで後ろから来た主婦に文句を言われた。
それも無理はない。
司がレジ前にいるせいで、他の客が通れないのだ。
「ほら、早くした方がいいわよ?私、向こうで待ってるから」
「な、おい、!!」
そこでサッサと司を置いて入り口の方に歩いていく。
後ろで怒鳴る声が聞こえたけど、司も観念したのか、カートをレジ前へと運んだようだ。
でもホントに買えなかったら面倒だと、私はレジを通過したとこにある出口の方へと歩いていった。
「あ、て、てめー」
私が近くに行くと、司は真っ赤な顔で睨んできた。
それでも何とかカードで支払いをしているあたり、問題なく買えたようだ。
「いい勉強になったんじゃない?」
そう言って笑ってると、司の額に怒りマークがピキッと浮かんだのが見えた。
これじゃ後から凄いイジメられそうだ…と、内心ちょっと後悔していると、レジを打っていた中年の女性が、私を見てニッコリ微笑んだ。
「Relations are good. Newly married couple?(いいわね。新婚さん?)」
「「えっ?!」」
いきなりの言葉に驚いて、「NO、NO!」と慌てて首を振った。
が、何故か司は顔を真っ赤にして、ニヤニヤしながら歩いてくる。(しかもちゃんと買い物袋を持ってるあたり)
「お、お、おい。い、今のきき、聞いたかよ」
「…え?ああ、凄い勘違い――」
「お、オレとお前…し、新婚に見えるってよ」
司はそう言うと、そのままニヤケながら車の方へと戻っていく。
てっきりカートを押し付けた事で文句を言われるかと思えば、アッサリ通り過ぎていかれ、私は呆気にとられてしまった。
「何、アイツ…気持ち悪い」 (酷)
何気に鼻歌なんか歌いながら、すれ違う外人に、「Have Nice day!」なんて声をかけていて、更に私を唖然とさせた。
(あ、あの司が……Have Nice day?!)
「やだ…今夜、猛吹雪かな…ううん、アルマゲドンかも…!今頃、ノストラダムス?!」 (更に酷)
どっちにしろ、何か悪い事が起きそうな気がする。
鼻歌交じりで荷物を運転手に預けている司を見ながら、私はかすかに嫌な予感がして、背中に悪寒が走ったのだった…
「静?」
目が覚めて、隣に静がいない事に気づき、ゆっくりと体を起こした。
一度大きな欠伸をすると、途端に涙目になる。
ゴシゴシと目を擦りながら、ベッドに腰をかけ、時計を確認した。
午後12時。
普段なら、またベッドに潜り込むところだ。
「ふぁ…」
また欠伸が出て、オレはそのまま後ろに寝転がった。
その時、枕元にメモが置いてあるのに気づき、それを指でつまむ。
"お寝坊さん。私は先に起きてパーティ用のケーキを焼いてくるわね"
そのメッセージの後、PS.夕べはごめんなさい、と書かれていた。
ふと笑みが零れ、そのメモをベッドのボードに置くと、再び体を起こして大きく伸びをする。
もう一度寝ようかと思ったが、少し目が覚めてきた。
シャワーにでも入れば完全に覚醒できるだろう。
「ごめん、か…」
正直、夕べの静はいつもと違った。
しきりに「類は変わった」と言われたものの、自分ではそんな風に意識した事もない。
そこで、ふとの顔が浮かぶ。
夕べ、先に寝てしまった静を見てると、何となく寂しくて、眠れなくなった。
そこへが来てくれて、話を聞いてくれた。
一生懸命、励ましてくれるその様子に、落ち込んでる自分がバカみたいに思えて…
本当に何でもない事なんだと吹っ切れたような気がする。
といると、本当に元気になるから不思議だ。
親があんな事になって、かつお世話になる家の息子(司)は何気に冷たくて、普通の女の子なら泣いて暮らしそうなものなのに。
(実際、司は女の子には冷たくて、何人も泣かせてるのを見てるし)
でもはそうじゃなくて。
あの司をいきなり殴って、怒鳴って、立ち向かっていった。
そんな彼女に驚いたけど、凄く新鮮だった。
弱そうでいて、強い女性。
そんな印象だった。
静とは、また違う、もっとこう、身近な存在のような、そんな空気のある女の子。
気が強いわりに、時々真っ赤になって照れてる姿とかを見ると、色々な顔があるんだと気づいて、もっと他の顔も見てみたい欲求にかられた。
だから、つい傍にいるとかまってしまう。
"ちゃんの前だとよく笑うのね"
静に夕べ言われた言葉。
意識してたわけじゃないけれど、でも彼女といると楽しいのは本当で。
だから静がそう思うなら、きっとそうなんだ。
それは静を想う気持ちとは違うもの。
静はガキの頃から皆の憧れで、オレは彼女だけ傍にいれば良かった。
静だけはオレの味方で、今も昔もそれだけは変わらない。
ただ想いが強すぎて…想いが叶ったからこそ、今度はそれを壊したくなくて、酷く怯えてる自分がいる。
そんな時、と話してると、凄く安らぐんだ。
まるで…妹みたいな、そんな存在だと…思う。
静は少し疑ってたようだったけど。
オレは…こんなにも静が好きなのに、彼女に伝わっていないのかと思うと、やっぱり悲しくなってくる。
小さく溜息をつくと、簡単にシャワーを浴びて、服を着替えた。
そのまま下に下りると、まだシーンとしていて、皆がいる気配がない。
でもすぐにキッチンの方から、甘い香りが漂ってきた。
「あ、類、もう起きたの?」
キッチンを覗くと、静が笑顔で振り向いた。
その笑顔にホっとして、彼女の方に歩いていくと、後ろからそっと抱きしめる。
僅かにピクリと反応した静が、顔を上げた瞬間、口づけると、心にあった小さな不安もすぐに消し飛んだ。
「おはよ、静」
「おはよう、類」
唇を離すと、すぐに優しい笑顔を浮かべる彼女は、いつだってオレの心を熱くしてくれる。
「皆は?」
「総二郎とあきらは、まだ寝てるわ。司とちゃんは買い物よ?」
「え、司が買い物…?」
「ええ。材料が足りなくてちゃんが行くって言ってくれたんだけど…司も一緒に行ったみたいよ?」
そう言って軽くウインクする静に、思わず口が開いた。
「どこに?」
「近所のマーケット」
「…ヤベ…今日、猛吹雪かも」
「え?もう、類ったら…」
僅かに目を細めて呟くオレに、静はクスクス笑っている。
「司はちゃんが気になって仕方ないのよ」
「…それは…知ってる」
言ってから軽く苦笑した。
司自身、気づいてるのかどうか知らないけど、が来てからの司は、本当に以前とは変わったように思う。
あんな態度でも、あれは司の照れ隠しであって、本気で彼女をイジメようとか思ってるわけじゃない。
そもそも司は嫌いな人間など、相手にしない奴だ。
ムキになる事もなく、上手く立ち回れる術を、司、それにオレたちはガキの頃から叩き込まれてる。
そんな事が当たり前の中に生きてきた、あの司が、たった一人の少女の出現で、ああも変われるなんて、オレは正直驚いていた。
「総二郎がどうにか司とちゃんをくっつけようとしてるみたいね」
「え…?そうなの?」
「ええ。夕べ見ててそう思ったわ?何だかんだ彼女にちょっかい出してたけど…あれは総二郎の計算ね。ああして司の反応を楽しんでるみたい」
「ふーん…そう言うこと…」
「あら…何か面白くなさそうね、類」
「…え?」
意味深な言葉を言って顔を覗き込んでくる静に驚いて眉を顰める。
「何でオレが?」
「んーそう見えただけ。あ、それより…類、朝食まだでしょ?軽く何か作ってあげる」
「…うん」
静はそれきり話題を変えて、大きな冷蔵庫の中を覗き始めた。
オレはどうもシックリこなくて、そんな彼女の後姿を眺めながら、夕べも感じた違和感をまた感じていた。
その時――別荘のチャイムが鳴り響いた。
「あら…もう帰ってきたのかしら」
訝しげに静が振り返る。
「二人ならチャイムなんか鳴らさないだろ」
「そうね…。今、お手伝いさんもパーティの準備で出てるし…私、出てみるわ」
そう言って静はエントランスの方へと歩いていった。
オレは目の前にあった苺をつまみながら、こんな別荘に来る人間なんているのかと気になり、顔を出してみる。
「静、誰だった―――――――」
声をかけようとした、その時、「どちら様?」といった静の戸惑うような声が聞こえてきて、オレはすぐにエントランスへと向かった。
「ふぁぁ…」
小さく欠伸が出た瞬間、司にジロっと睨まれた。
「てめーは類か」
「な、何よ、それ…。こんなに眠いのも司に早く起こされたからでしょっ」
「何言ってんだよ。夕べはサッサと部屋に戻ったじゃねーか。オレより寝てるのはてめーだ」
「…そ、そうだけど…」
まさか、その後、眠れなくて花沢類と話してたなんて言えない。
「それとも…寝たフリして実は夜更かししてたのか?」
「えっ?ま、まさか…ちゃんと…寝たわよ」
こういう時だけ勘の良さを発揮する司に驚きながらも、何とか誤魔化して視線を反らす。
そんな私を訝しげにジトーっと見てくる司に、だんだん頬の筋肉が引きつってきた。
が、車が停車した事で、私はあわててドアを開けた。
「ほ、ほらついたわよ?静さん待ってるし早く行かなくちゃっ」
「わーってるよ!ったく…だいたい、こんな早く戻らなくてもよ〜」
司はブツブツ言いながらも車を降りて、う〜んと両腕を伸ばした。
ホントは途中でカフェに寄ろうとしたり、服を買いに行くなどと言い出したりで大変だったのだ。
それを静さんを待たすわけにはいかない、と無理やり司を車に押し込んで帰ってきた私は、ハッキリ言って疲れていた。
「静さんは皆のためにケーキ焼いてくれてるのよっ?待たせちゃ悪いじゃない」
「…チッ。もう静になつきやがって…」
「…何ッ?!」
「何でもねーよ!いちいち、でけー声出すな……って、何だぁ?この車…」
そこで司が初めて気づいたというようにエントランス前に止まっているベンツを見た。
「え、これも司んちのじゃないの?」
当たり前のように止まっているから、てっきりそう思って尋ねると、司は「知らねーよ、こんな車」と訝しげな顔。
でもすぐにハッとした顔をして、慌てたようにエントランスの方へと走っていく。
「ちょ、ちょっと!待ってよ、司!荷物―――――――」
まだ荷物を下ろしてる最中だったのに、司が行ってしまい、私は唖然とした。
「もう何なのよ!手伝ってくれてもいいでしょーっ」
怒鳴りながら重たい荷物を持つと、運転手さんが急いで車を降りてきた。
「わ、私が運びますので、お嬢様は先にどうぞ!」
「え、い、いいです、そんな…半分持ちます」
そう言って一つを持つと、運転手さんは驚いたように顔を上げた。
「な、何ですか…?」
「い、いえ…あの…そんな風に気遣って下さった方は初めてですので…」
「…はあ…そ、そうですか…」
何やら感激してる運転手さんに笑顔が引きつりつつも、エントランスまで運んでもらう。
すると、開け放たれたドアの中から、司の怒鳴る声が聞こえてきた。
「ババァ、こんなとこにまで何の用―――――――って、誰だ、てめーら!!」
その声に驚いて、私も運転手さんもビクっと立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
「――――――――どうしたの?司…」
恐る恐る、司の方に歩いて行くと、その後ろからひょいっと中を覗いてみる。
瞬間――――――――持っていた荷物がドサっと床に落ちてしまった。
「お、やっと帰ってきたなー!」
「やほー♪」
そこには、ニコニコしながら手を振ってくる光輝と、前の学校のクラスメートの白木唯が立っていた。
「な…何してんの…?」
唖然としたまま尋ねると、光輝はあっけらかんとした顔で肩を竦め、
「遊びに来たんだよ。この前飲もうぜって言ったろ?この近くに道明寺家の別荘あるって知ってたし、きっとお前ここにいるだろうと思ってさ」
「だ…だからって何で来るのよっ?」
「おい!オレを抜かしてしゃべんな!」
「…あ…」
そこで司が面白くないといった顔で怒鳴った。
「こいつら、てめーの知り合いか…?」
「え、あ…まあ…」
「前の学校、山の手女子学院のクラスメートだったんです〜♥ あ!もしかして、あなたが道明寺さん?!」
そこに唯がぶりぶりの笑顔を見せながら歩いて来た。
唯は昔から男の前だとぶりぶりになる子で、まあ確かに見た目はモデルのバイトもした事があるくらい可愛いしスタイルもいい。
それを鼻にかけるところがあって、そういうところは苦手だった。
「あ?何だ、てめーは」
「私、の親友で、白木唯って言います」
「―――――――は?!(し、親友っ?)」
ヌケヌケとそんな事を言い出した唯に一瞬目が点になる。
そんな私を無視して、唯は必殺スマイルを見せつつ、後ろにいる光輝を紹介した。
「あ、彼は永林学園の橘光輝くんで、彼もの友達なんですよ」
「どーもー♪」
「………」
唯に続き、光輝までが愛想よく笑顔を浮かべているのを見て、言葉すら出てこない。
司は訝しげな顔をしながらも、光輝と握手を交わしている。
「わぉ、天下の道明寺さんと握手なんて感激っすよ♪」
「そ、そうか?」
光輝の言葉にすっかり気を良くした司は、「まあ遊びに来たなら茶くらい出すぜ」なんて言いつつ、二人を奥へと案内している。
それには私も慌ててついて行った。
「あら、お帰り、ちゃん」
「あ、静さん!って…それ…」
リビングの前で静さんが紅茶を運んでいるのを見て驚く。
「あ、あのね、ちゃんの友達がさっき遊びに来て…」
「え、じゃあ…唯たちを入れたのって…」
「ええ、私よ?いけなかった?」
静さんにキョトンとした顔で微笑まれ、私は笑顔が引きつってしまった。
「い、いえ…その…」
「あ、今、紅茶を出すとこなの。ちゃん、ケーキ作りはいいから、お友達の相手をしてあげたら?」
「…い、いえそんな――」
その言葉に顔を上げると静さんはリビングの中へと入っていってしまった。
それにはガックリ項垂れつつ、どうしようと思っていると、
「、おかえり」
「あ…花沢類…」
キッチンの方から花沢類が歩いてきた。
彼は唯一、光輝たちの事を知っている。
「ごめん」
「え…?」
「司もいないしダメだって言ったんだけど…静がの友達なら帰すわけにいかないって言って入れちゃったんだ…本当のこと言おうと思ってたら司帰ってきちゃって」
「え、あ…い、いいの!そんな花沢類が謝るようなことじゃないし…」
「でも…嫌だろ?」
困ったような顔で私を見つめてくる花沢類にドキっとする。
心配してくれてるんだ、と思うと、それだけで嬉しかった。
「だ、大丈夫。上手く帰すわ?あの二人、興味本位で来ただけだと思うし…」
「じゃあオレも追い返すの手伝おうか?」
「え…?」
そう言ってニヤリと笑う花沢類に、ちょっと驚きつつ、ぷっと吹き出してしまった。
「ありがと。でも…花沢類がそんな事したら司も怪しむだろうし、アイツにバレると、またうるさいから」
そう言って笑っていると、噂をすれば何とやら…でリビングの方から司の声が響いた。
「おい、!友達、放っておいていいのかよ!」
その声に溜息をつくと、花沢類は苦笑しながら肩を竦めた。
「今、総二郎たちも相手してるんだ」
「え、そ、そうなの?もう…」
その言葉に慌ててリビングに向かう。
花沢類も一緒についてきてくれた。
「あ、ー♥ ほんと凄い別荘よね〜!」
「…唯…」
わざとらしく私の方にやって来て腕を組んでくる、かつての友達に、つい顔も引きつる。
「あ、こちら花沢類さんよね!」
「………」
唯のぶりっ子スマイルにも反応せず、花沢類はそのままソファへと腰をかける。
その態度に唯の顔が一瞬、引きつったのが分かり、内心苦笑した。
「やだーシャイなんですね♥ 花沢さんって」
唯は昔から、自分に自信のある子だったし、どんな男も自分を気に入ると思ってるところもあった
それだけに、花沢類の態度でプライドが傷ついたのか、口元をひくひくさせている。
そんな彼女を見て、私は小さく溜息をついた。
「ちょっと唯。こっち来て」
そう言って彼女を廊下に連れ出す。
「何よ」
廊下に出た瞬間、得意げな笑みを浮かべて私を見る。
そうだ……父が倒産したと話した時も、こんな顔してたっけ。
「どういうつもり?」
「何がぁ?」
「何しに来たのよ」
綺麗にカールをした髪を指でいじっている唯を睨みつける。
見ればブランド物のワンピースを着て、ネイルもメイクもばっちり決めて、まるで合コンにでも行くような気合の入れようだ。
「何って、昔の友達に会いに来ただけじゃない。いけなかった?」
「友達…?さっきも親友なんて言ってたけど…私はそう思ってないから」
「あら、お言葉ね。それが友達に向かっていう言葉?」
「友達じゃないわよ。お父さんの会社が倒産した時、平気で裏切ったじゃない」
「そうだっけ?」
「……っ」
またしてもシラっとした態度の唯にムカっときた。
父の会社が倒産した事を、クラスメートに言いふらしたのは、この唯だった。
「皆で私を……笑いものにしたでしょ?」
「心配して皆に相談しただけじゃない。誤解しないで欲しいわ?」
「よくもそんな事…っ」
「それより…ホント素敵よねえ、この別荘も…道明寺さんも」
「…え?」
辺りをぐるりと見渡して意味深な笑みを浮かべる唯に眉を寄せる。
「結果的に倒産して良かったんじゃない?道明寺さんの施しを受けられたんですもの」
「何ですって…っ?」
「ホントってズルイわよね。F4の皆、それに、あの藤堂静さんとも知り合いになれるなんて。私が代わりたいくらいだわぁ」
「唯…あんた、それで来たわけ…?」
彼女が前からF4に興味を持ってた事は知っている。
司をしきりに紹介してと言ってきた事も何度かあった。
当時は道明寺家との交流なんかなかったから、その都度、断ってたけど、かなりしつこかった事を思い出す。
「ってば嘘つきね。道明寺さんとは疎遠だって言ってたくせに、ホントはお世話になるくらいの仲なんじゃない」
「そ、そうじゃないわ?あの頃はほんとに――」
「もしかして…、F4の誰かと付き合ってるわけ?」
「…は?何で私が…」
「そんなわけないわよねえ?今じゃお嬢様でも何でもないんだし…相手にされるわけないもの」
「……っ」
ムっとして顔を上げると、唯は嘘臭いほどの笑みを浮かべた。
「私、道明寺さんと仲良くなりたいの。邪魔しないでね?」
「な…唯には堺くんがいるでしょっ?」
あまりに頭に来て怒鳴ると、彼女は思い切り顔を顰めてリビングの方を見た。
「ちょっと…大きな声出さないでよ。せっかく堺くんと由梨絵を誤魔化して光輝と来たってのに道明寺さんに聞かれたら元も子もないわ」
「…最低…光輝も同じなわけ…?F4の誰かと知り合いになりたくて来たの?」
「ああ…光輝は…そうじゃないと思うわ?」
唯はそう言って笑うと、呆れたような顔で肩を竦めた。
「アイツはに会いたくて来たみたいよ?」
「…え?」
「私が誘う前に…アイツが言って来たんだもの。二人で行こうって」
「…何を今更…」
「いいじゃない。だって光輝のこと、好きだったんでしょ?だったらヨリ戻せば――――――――」
「―――――――あんな奴、には似合わないよ」
「「――――――――ッ」」
その声にドキっとして振り返れば、そこには花沢類が立っていた。
「花沢…類…」
彼はこっちに歩いて来ると、唯の事を睨みつけた。
「さっさと帰りなよ。あんた程度じゃ司は落とせない」
「…な…」
「司は頭の悪い女は嫌いなんだ。昔から」
唯の顔から血の気が引いた。
「花沢さん、酷い…」
「どっちが?のことを散々侮辱してたあんたは酷くないの?」
「…花沢類…聞いてたの…?」
驚いて見上げると、彼は黙ったまま私の頭にポンと手を置いた。
そんな私達を見て、唯は悔しそうに唇を噛み締めている。
「花沢さん…と付き合ってるんですか…?」
「ちょっと唯――」
「だったら何?」
「え…?」
いきなり肯定する花沢類にギョっとして離れると、彼は怖い顔で唯を見下ろした。
「あんたのツレの男に言っておいてよ。は渡さないってさ」
「………っ」
花沢類の言葉にドキドキして、息苦しくなった。
唯は悔しそうな顔をしながらも無言のままリビングへと戻っていく。
「…大丈夫?」
「…え?わ…っ」
ボーっとしてると、不意に目の前に花沢類の綺麗な顔が現れ、ドクンと鼓動が跳ねた。
「あ、あの…大丈夫…ありがと…」
「いいけど…」
「それに…唯に言ってくれた事も…あの…」
「別にお礼なんていいよ。オレが腹が立っただけだから」
「で、でも…あんな嘘までついてもらっちゃって…」
さっきの言葉を思い出し、私を気遣っての嘘だと分かっていても、だんだん顔が熱くなってくる。
そんな私を見て、花沢類はキョトンとした顔をした。
「嘘?」
「だ、だから…その…」
「別に嘘じゃないけど」
「えっ!」
ギョっとして顔を上げると、花沢類は少し怒ったように目を細めた。
「を振った男だろ?なのに今更渡したくないよ、そんな奴に」
「…花沢類…」
そ、そっちか…と思いながらも、心臓がドキドキとうるさいくらいに鳴っている。
嘘でも付き合ってるの?と聞かれ、否定しなかった事は、やっぱり嬉しい。
「それより…もし、あれでも帰らなかったら、ホント追い返そうか」
「い、いいよ…。あれだけ言われたらそのうち帰ると思うし…」
「ならいいけど…司は単純だから、の友達と信じてたら、今夜のパーティにも誘っちゃうかも―――――――――」
「おい!、何してやがるっ!」
「…………っ」
そこに司の怒鳴り声が聞こえて、私は思い切り溜息をついて、困ったように微笑む花沢類を見上げた。
"を振った男だろ?なのに今更渡したくないよ、そんな奴に"
花沢類の言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
「ちゃん…?どうしたの?ボーっとして…」
「えっ?あ…」
ハッと顔を上げると、静さんが心配そうな顔で私を見ていた。
「ご、ごめんなさい…」
「別にいいのよ、謝らなくても」
静さんはクスクス笑いながらも、私の髪を綺麗にアップにまとめると、「さ、出来た」と言って微笑んだ。
「あ、ありがとう御座います…。ドレスも貸してもらっちゃって…」
「いいのよ、そんな事」
鏡越しに微笑まれ、胸の奥がかすかに痛む。
花沢類の彼女は静さんなのに…浮かれてる自分が、何となく悪い事をしてるように思えた。
「それより…友達を放っておいていいの?」
「え…?」
「あまり話してないみたいだし…彼女も何となく様子がおかしかったから…」
静さんはそう言って私の肩に手を置いた。
「さっき…廊下で彼女と話してたようだけど…何かあった?」
「え、あ…」
その問いにドキっとした。
まさか聞かれてたわけじゃないと思うけど…
「べ、別に何も…ただ急に来たから驚いて話してただけです…」
「そう?類も出てったみたいだったから」
静さんはそう言うと、
「司がパーティに招待しちゃってたけど…もし気まずいようなら、と思っただけなの」
「あ…いえ…そんな事は…」
そう言いながらも、内心確かに困ってはいた。
光輝と唯はしっかり司に媚を売って、何も知らない司が、今夜のパーティに誘ってしまったのだ。
さすがにそれは困ったけど、反対するのも変に思われると、何も言えなかった。
唯は甘えた声で司にベタベタするし、光輝は光輝でしつこく話しかけてくるしで、ホントにイライラするけど、今日だけの辛抱だ。
「さ、じゃあ下に戻りましょうか。もう皆、酔ってるかもしれないわね」
「あ、はい…」
光輝と唯がいるから、あまり気乗りはしなかったけど、仕方なく立ち上がる。
静さんと二人、廊下に出ると、案の定、下から賑やかな声が聞こえてきた。
「お!ちゃん、可愛いー♥」
リビングに顔を出すと、そこへ西門さんと美作さんが歩いて来た。
二人ともビシッとスーツを着こなしていて、さすがにカッコいい。
「似合うじゃん、そのドレス」
「あ、ありがとう御座います…」
「ほーんと、可愛いよ。なあ?司!」
美作さんの言葉に司がこっちを見た。
何気に顔が赤くなっている気がする。(シャンパンの飲みすぎ?)
「お、おう…にに似合うじゃねーか…」
「……っ?」
視線を反らしながらも目の前に歩いてくる司にギョっとして顔を上げた。
まさか誉められるとは思わなかったのだ。
司はチラっと私を見ると、軽く咳払いをした。
「ま、まあ…あれだな!馬にも衣装ってやつだけどよ!」
「………馬子にも…でしょ」
思わず目を細めると、司が更に顔を赤くした。
「う、うるせーな!誉めてやってんだろっ」
「…そんなの誉めたうちに入らないもん」
「なにぃ〜?!」
「まあまあ!ってか馬に衣装着せちゃマズイよなあ?」
「うっせぇ、あきら!」
「…ぐふっ」
間に入って笑い出した美作さんに司がパンチした。
すると、そこへ唯がシャンパンに酔ったのか、頬を赤くして歩いてくると、
「もうー道明寺さん、あっちで一緒に飲みましょうよ〜」
「あ?」
唯は私をジロっと睨むと、司の腕をグイグイと引っ張っていく。
司は訝しげな顔で私の方を見て、「てめーもこっち来いよ」と言ってきた。
「な、何で私が…」
そう言いかけた時、今度は光輝がニコニコしながら歩いてくると、不意に私の手をとった。
「な…」
「も久しぶりに飲もうぜ?」
「ちょ、ちょっと―――――――」
光輝は私の抗議はお構いなしでソファに座ると、私にシャンパングラスを差し出した。
西門さんや美作さんは呆気に取られたように顔を見合わせている。
二人も光輝と唯は私の前からの友達と聞いているようだったけど、少しおかしいと気づいたのかもしれない。
「おいおい、我らが姫を独り占めか?」
「に、西門さん…?」
「そうそう。いくら友達とはいっても、今はオレ達のだから気軽に触れてもらっちゃ困るんだよね〜」
「み、美作さん…っ?」
二人はそう言いながらこっちに歩いて来た。
美形、二人が揃うと、さすがに迫力がある。
でもその瞬間、唯が凄い目で私を睨んできた。
光輝は光輝で、わざとらしくニッコリ微笑むと、
「嫌だなぁ〜皆で仲良く飲もうと思ったのに」
そう言いながら、二人のグラスにシャンパンを注いでいく。
その堂々とした態度に思わず呆気にとられた。
西門さんも美作さんも拍子抜けしたのか、軽く肩を竦めている。
「凄いな。F4のお姫様かよ」
「…え?」
二人が司たちの方に行ったのを見計らって、光輝が小声で呟いた。
「べ、別にあんなの冗談よ…」
「ふーん。でも結構あの人たち、目が怖かったぜ?」
「…そうね。F4は全員、ケンカは負けなしみたいだから光輝も怒らせない方がいいわよ?」
「こわ。まあ唯は知らねーけど、オレはに会いに来たんだし、あの人たちに必要以上に近づこうとは思ってないよ」
「…は?」
白々しく、そんな事を言ってくる光輝をムっとして睨みつける。
それでもケロッとした顔で私の耳元に口を近づけると、「後で二人で抜け出して、どっか行こうぜ」と囁いた。
驚いて目を見開くと、背中に回していた腕が肩へと乗せられる。
「ちょっと…っ」
一度は好きだったはずの人なのに、そうされただけで不快感を覚えた。
「やめて…っていうか、ちょっと来てっ」
サっと光輝から離れると、私は彼の手を掴み、皆に気づかれないよう廊下へと連れ出した。
それでも光輝はニヤニヤしている。
「何だよ。待てなかった?」
「ふざけないで。早く帰ってよ」
この男はまだ私が自分の事を好きだと思ってるのか、「またまた強がって。会いたかっただろ?」なんて、とんでもない事を言っている。
それには呆れて溜息が零れた。
「その前に、もう忘れてたけど?」
「そういう気の強いとこ、変わってねーな」
そう言いながら近づいてくる光輝は少し酔っているのか、かすかに頬が赤かった。
「こんなとこまで、よく来れたわね。早く唯を連れて帰ってよっ。彼女が待ってるんでしょ?」
「ああ…まあ…唯に紹介されて付き合ってはいるけど…アイツ、なかなかさせてくれないんだよねえ」
「何言って…」
「そのてん…はキス、させてくれたろ?」
「…ちょ、やめてっ」
だんだん近づいてくる光輝に後ずさると、背中に壁が当たった。
「大声出すわよ…?」
「そう言うなって。オレ、ホントは別れたくなかったんだよ…」
「ちょ、触らないでっ」
顔を近づけ、髪を触る光輝にゾっとした。
「何でだよ。前は触らせてくれたじゃん。オレ、の綺麗な髪、好きだったんだよね」
「…やめてよ…あんたみたいな奴、好きになった私がどうかしてたわ」
そう言って睨むと、光輝の顔から笑みが消えた。
「…ふーん。言ってくれるね。あーもしかして…F4の誰かにヤラれちゃった?」
「な…っ」
「あの手の早そうな西門さんとか…。ああ、それともこの間、一緒にいた花沢さん、だっけ?」
「いい加減に――――――――」
「オレにヴァージンくれると思ってたんだけどなあ〜」
「―――――――――ッ?」
ニヤリと笑う光輝に、カッとなった。
でもその瞬間…凄い勢いで光輝が私から離れ、それと同時にガツっという鈍い音が響いた――――――――
「――――――――つ、司?!」
驚いて顔を上げると、そこには司が怖い顔で立っていて、床には光輝が尻もちをついていた。
「てめぇ…誰に断って、そいつに触れてんだよ…っ!!」
「……くっ…何すんだよっ!!」
殴られたのか、光輝の口元からは血が流れている。
それでも司は光輝の胸元を掴んで、無理やり立たせた。
「何するだあ?そりゃこっちの台詞だよっ!!」
「ちょ、ちょっと司!やめて――――――」
またしても光輝を殴ろうとしている司に驚いて叫んだ。
が、いきなり肩を掴まれ、振り向くと、
「放っとけよ。ああなった司は誰にも止められないって」
「そうそう。ああいうバカは殴らないと分からないってね」
「え、ふ、二人とも…」
そこにはいつの間にか、西門さんと美作さんがいた。
「ホント…仕方ないわね…」
「え、静さん…?」
二人の後ろから静さん、そして、いつ下りて来たのか、花沢類が苦笑しながら立っていた。
「類から聞いたんだ。アイツ、ちゃんの元彼だって?」
「な…えっ?」
「まあ、ちょっとおかしいとは思ったけど…よくツラ出せるよなあ」
西門さん、美作さんはそう言って呆れたように、司に殴られている光輝を見ている。
という事は…司も花沢類から、その話を聞いたんだろうか。
「あ…あの唯は…?」
そこでふと思い出し尋ねると、花沢類が黙ったまま肩を竦めた。
「そういや、さっき司が怒鳴りちらして吹っ飛ばしてたなあ」
「……は?ふっとっ飛ば…?」
「ああ、腕振り払ったら凄い勢いでソファから転げ落ちて頭打ってたし…今頃、夢の中じゃん?」
「ゆ、夢の中って…」
西門さんの言葉に慌ててリビングに戻ると、確かに唯は床の上で、気を失っているようだった。(!)
あまりの光景に唖然としていると、後ろから苦笑する声が聞こえて、
「仕方ないよ。司、ああいう女、すげー嫌いだから」
「は、花沢類…っ」
西門、美作コンビも、「うんうん」と頷いている。
「の親友だって言うから我慢してたみたいだよ?」
「…え?」
「ま、でもオレがホントのこと話したら…。見ての通りだけどね」
「……花沢類…」
「勝手に話しちゃってごめんね」
唖然としている私の頭を撫でて、花沢類は優しく笑った。
その時、廊下の方から凄い音がして、バーンとドアを開け放つ音が響いた。
「お、そろそろフィニッシュかな〜?」
「んじゃあオレらも魔女を退治するとしますか」
「え…え?!ちょ、ちょっと二人とも何を…」
いきなり倒れてる唯を担ぐ西門さんに驚くと、花沢類は顔を顰めて私を見た。
「いつまでも、ここに寝かせておく義理はないでしょ」
「…は?あ、ちょっと!」
唯を担いだまま歩いていく西門さんに慌ててついて行くと、エントランスのドアが開け放たれていて、外に司がいるのが見えた。
何気に外は予想通りの猛吹雪だ。(アルマゲドン、大当たり)
「おら、司!そいつの忘れもん」
「おう!―――――――おらよ、二度とうちの敷地内に入んじゃねえぞっ!!」
西門さんは抱えた唯を司に渡すと、司は悪魔のような笑みを浮かべ、外にボロボロな姿で倒れている光輝めがけて唯を放り投げた―!
「ぎゃっ!」
飛んできた唯に押しつぶされ、光輝がそのまま後ろへ倒れるのを、私は言葉もないままに見つめていた。
「嘘でしょ…」
「はあ…やっちゃった…」
「あ…静さん…っ」
気づけば隣に静さんが立っていて、困ったようにクスクスと笑っている。
あんな光景を見て驚かない彼女に、こっちが驚いた。
「あ、あの」
「あれでも、まだマシな方ね」
「…は?」
「司が本気になったら…あの子達、今頃病院送りじゃない?」
「…な…」
「そうそう!手加減した方なんじゃねーの?」
「に、西門さん…っ?」
「そうだよ。司は気に入らない奴がいたら、女だろうと手加減しねーで、めちゃくちゃやってたからなあ…」
「美作さんまで、そんな…」
後ろで苦笑している皆に、私は思わず口が開いてしまった。
って、前はあんな事、しょっちゅうしてたの?
いったい、どんなけ凶暴なのよ?
光輝は慌てたように唯を担ぐと、自分のベンツまで走って逃げて行く。
それを尻目に、司は平然とした顔でドアを閉めてこっちへ歩いて来た。
髪をかきあげながら、ネクタイを緩めている司と、ふと目が合い、ドキっとする。
「あ、あの…」
「………」
あの暴れっぷりを見せ付けられて、思わず後ずさる。
だいたい何でコイツが光輝にまで、あんなにキレてたのかが分からない。
馴れ馴れしい唯に怒ってたのは分かるけど…
ど、どうしよう…あんな奴ら呼びやがって、とか私まで怒られたら―――――――
そう思いながら、いつ怒鳴られるかとドキドキしていると、司が小さく息をついて歩いて来た。
「おい」
「は、はいぃ?」
「…??何だよ、変な声出して」
思わずビビって声が裏返ると、司が訝しげに眉を寄せた。
「つか…大丈夫だったかよ」
「……へ?」
少しスネたように見下ろしてくる司に拍子抜けして、またしても声がひっくり返る。
すると司はムっとしたように目を細め、私の目線まで屈むと、顔を覗き込んできた。
「だから!何もされなかったかって聞いてんだよ!」
「…あ……う、うん…大丈…夫…」
「そっか。なら…いいけどよ」
「……え?」
そう呟くと、司は軽く息を吐いて、私の頭をクシャリと撫でた。
「おら、パーティの続きやんぞ!やーっと美味い酒が飲める」
「あ…うん…」
首をコキコキと鳴らしながらリビングに戻っていく司を、呆然と見送っていると、花沢類が小さく噴出した。
「はあースッキリした」
「つか、オレも一発殴りたかったんだけど。同じ男として、ああいう奴は許せねーし」
「言えてる!ちゃんも別れて正解だったね」
「…はあ」
美作さんに頭を撫でられ、思わず頷く。
花沢類は笑顔でピースをすると、皆に続いて中へと入って行った。
「私達も飲みましょうか」
「あ、はい」
そこへ静さんが来て、私の肩を優しく抱いた。
やっと少し落ち着いてくると、今度は重苦しい溜息が零れる。
「何か…皆に迷惑かけちゃったかも…」
「そんな事ないわ?」
「でも…せっかくのイヴなのに嫌な思いさせちゃって」
そう言って溜息をつくと、静さんは小さく首を振って肩を抱き寄せてくれた。
「まさか。見たでしょ?皆、スッキリした顔してたもの」
「…ス、スッキリって…」
「私もスッキリしたわ?」
「…え、静さんが…?」
それには驚いて顔を上げると、静さんはふふっと笑った。
「ちゃんに酷いことする男なんて、殴られて当然よ」
「…静さん…」
「…次は…いい恋をしてね」
静さんはそう言って優しく微笑んだ。
その笑顔に胸が痛むのを覚えながら、何もいう事が出来ない。
私は…静さんの好きな人を…
その時、リビングから司が顔を出した。
「何してんだ、女二人で。早く来いよ」
「はいはい。じゃ、ケーキでも切りましょうか」
静さんはそう言って中へと入っていく。
その後姿を見ながら、小さく息をついた。
「どうしたんだよ」
「…え?」
ふと顔を上げれば、司が心配そうな顔で私を見ていた。
「何でもないよ…?」
「…ほんとか?」
「う、うん…」
今の胸の奥を、誰にも知られちゃいけない。
そう思って笑顔を作る。
すると司は、軽く咳払いをして、私の頭に手を置いた。
「ま、まあ…あんな奴、どってことねーよ」
「…え?」
その言葉に顔を上げると、司は照れ臭そうに視線を外した。
「だ、だから…あれだよっ」
「…??」
「その…お前には…もっといい男がいるっていうか…」
「…司…?」
珍しくハッキリしない司に首を傾げると、司は思い切ったように私を見つめた。
その見た事もないような真剣な瞳にドキっとする。
「だ、だからよ…お前にはオレが――」
「おーい!!司ーー!!ちゃーーん!!ドンペリ抜くから早く来いよー!!」
「――――――――ぅぐっ」
突然、美作さんがそう叫びながら顔を出し、司が前につんのめった。
「……って、わりぃ…。オレ、邪魔だった…?」
向かい合ってる私達を見て、美作さんは"しまった!"という顔をした。
その意味が分からずキョトンとしてると、司がぷるぷると肩を震わせながら顔を上げる。(地味に真っ赤)
「べべ、別に、そんなんじゃねーよっ!!おらぁ!ドンペリ何本でも抜きやがれ!!!」
いきなり怒り出した司は、そのままリビングに戻っていく。
その豹変振りに首を傾げつつ、あとをついて行くと、静さんが焼いてくれたケーキが、テーブルに飾られていた。
「お、ご両人もそろったところで…そろそろ抜きますか♪」
西門さんが手馴れた手つきでシャンパンナイフを片手に、ドンペリの栓をポンっと弾く。
その瞬間、泡が吹き出し、綺麗な弧を描いた。
「メリークリスマース!!!」
西門さんの掛け声を合図に、司がもう一本のドンぺリの栓を指で飛ばす。
「メリークリスマス!!」
「うわ、バカ!止めろよ、司!!これアルマーニのスーツだってっ!!」
シャンパンがけよろしく、皆に吹き出したシャンパンをかけていく司に、リビングが騒然となる。
それでも、それぞれ楽しそうに笑っていて、花沢類までが普段とは違う、笑顔ではしゃいでいた。
その隣には静さんがいる。
「おら、!!」
「きゃー!!」
いきなり飛んできた冷たいシャンパンから逃げながら、今はこのままの関係を大事にしたいと、そう思っていた。
花沢類と同じくらい、静さんが好きになったから。
波乱含みだった一日が、もう少しで終わりを告げる。

まだまだ招かれざる客が…来るかもね(* ̄ー ̄)-☆
という事で、今回はヒロインの元彼登場(多分バカ)
少しは皆と打ち解けてきたかなぁ。
ってか、司にもいい場面をあげないとね…(;^_^A
いつも投票処にコメントありがとう御座います!<(_ _)>
ホント励みになっておりますー!!
↓レスです♡
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
●花男のキャラ同士(オリキャラも)の会話をいつも楽しんで読ませていただいています。(高校生)
(ありがとう御座います!楽しんで頂けて、ホントに嬉しい限りです(*TェT*)
●hanazoさんの小説はいつもとても楽しみに読んでいます。スラダンの寿さんがすきなんで是非書いて欲しいです(中学生)
(いつも読んで下さってるなんて、ありがとう御座います!おぉう、これはスラダンへのコメントですかね?またスラダンも書くと思いますので待ってて下さいね♪)
●ヤバイくらい管理人様の花男にハマってます!!管理人様が花男夢を書いてくれて凄く幸せです…vv
ヒロインがもっと類と絡むのを期待しつつ、大和や司などにも頑張ってもらいたいですvvマイペースに頑張って下さい〜♪(高校生)
(ひゃーそんなハマって頂けて感激です!昔からある漫画だと言うのに、学生の頃は読んでなかった花男ですが今頃ハマって夢まで書いちゃいました(苦笑)これからも色々と絡んでくると思いますので、待っててやって下さいね!(*・∀・`)ノ
●花男ドラマからハマってしまって夢まで見ちゃってます。類くん大好き、総二郎も大好き。毎日通ってます。(その他)
(ヲヲ、ドラマからですか!この夢はほぼ原作の方で書いちゃってますが、読んで下さってるようで嬉しい限りです!
ぎゃー;毎日ですか!それはありがとう御座います!)