記憶の中の
少年











スーツを着た大和は、いつもより少し大人っぽくて、何となく知らない人のように思えた。



「紅茶でいい?」
「あ、うん…」


頷きながら差し出されたカップを受け取る。
司の別荘とは、また違う雰囲気のリビングを見渡しながら、「急にゴメンね」と隣に座った大和を見た。
大和はもう、いつもの笑顔に戻っていて、「別にええよ」と言いながらネクタイを緩めている。


「遊びに来て、言うたんはオレやし。まあ、こんなすぐ来てくれるとは思わへんかったけど」
「…ご、ごめん。出かけるとこ…だったんでしょ?」


もう一度謝ると、大和は一瞬言葉に詰まったように視線を反らし、それでも軽く笑ってくれた。


「別に…ええねん。結果的に会えてるし…」
「え?」
「いや何でもない。それより…どうしたん?何かあったんか?」
「あ…」


大和は紅茶を飲みながら、チラっと私を見た。
そこで私も、ここへ来た理由を思い出し、急に口が重くなる。
目の前の大和を見ていたら、どうしても嘘をついたとは思えなくて、唯の方が勘違いしてるんじゃないかと思ってしまう。


…?」
「う、うん…えっと…」


何から話していいのか、頭の中であれこれ考える。
ここは単刀直入に聞くべきか、否か。


「何や?ああ、"司坊ちゃん"に何か意地悪でもされたんか?」
「ち、違…って言うか…司が意地悪なのはいつもの事だし…偉そうだし?」
「そら道明寺家の跡取りともなれば、多少は偉そうに育つんちゃう?」


大和が笑いながら肩を竦める。
本題ともいえる"跡取り"の話が出て、内心ドキっとした。


「多少じゃないわ?司は凄〜く偉そうよ」
「あははっそうなん?まあ、でもオカンがあれじゃあ、しゃ〜ない思うで?」


呑気に笑いながらそんな事を言う大和に、私は首を傾げた。
オカン…とは母親、つまり楓おば様の事を言っているんだろうか。


「…大和…楓おば様、知ってるの?」
「え…っ?」


素朴な疑問を口にすると、大和は目に見えて驚いたような顔をした。


「ああ、まあ…時々パーティとかでも顔を合わせた事あるし…」
「あ、そっか。そうよね。ライバル会社の社長なんだし…。え、でも楓おば様って…そんなに偉そう?」
「え?ああ、いや…」
「司は分かるけど…おば様は凄く優しい人だったのよ?」
「そら…そうやろなあ…」
「…??」


ポツリと呟いた大和の言葉に、私は軽く首を傾げた。
が、今はこんな話をしに来たんじゃない。
大和が嘘をついたのかどうか…それを聞きに来たんだ。


「あ、あのね、大和…」
「…ん?」
「大和の…お兄さんの…事なんだけど…」
「兄貴の…?」


大和が訝しげな顔で私を見る。
それはそうだろう。
どっちかと言えば、大和のお兄さんの話題を避けてきたのは私の方だ。
どういうわけか、大和のお兄さんは、まだ私を諦めてないと言うし、大和はその手助けをしに英徳に転校した、なんて事まで言っていた。
でも私は今更、白紙になっている見合いの相手と、なんて考えてもいなかったし、また、見合いの話を復活させられても困るから、
なるべく、その話題は触れずにきていた。
本当は…昔の話を聞きたかったりもしたんだけど…
とにかく、今はその事よりも、あの話の方が先だ。


「兄貴が…どうしたん?ああ、興味沸いてきたん?」
「…きょ、興味って言うか…」
「…それとも…オレに興味ある、とか」
「…は?」


その言葉に思わず顔を上げると、大和は意味深な笑みを浮かべながら、私の肩を掴んだ。


「兄貴の事を聞きたい言う事は少なからずオレの事も気になってる、言う事やろ?」
「な…ち、違うわよっ」
「んなハッキリ否定しなくてもええやん…何やめっちゃ傷つくわあ」
「ふざけないでよ…私が聞きたいのは、そういう事じゃなくて…」


おどける大和に呆れつつ、そう言うと、スネたような目で私を見る。


「ほなら…何?の聞きたい事って…」
「だから…」


そう言って軽く深呼吸をした。


「じ、実は今日…前の学校の友達と話して…その子、かなりセレブ好きな女の子なの…」
「…ふーん。の前の学校言うたら山の手女子やろ?やっぱお嬢様でもそうなんや〜。今度誰か紹介してぇな」
「ちょ、ふざけてないでマジメに聞いてよ…」
「はいはい」


茶化す大和を睨むと、彼は苦笑しながら肩を竦めた。
私はもう一度、話すべき言葉をまとめながら、軽く息を吸い込んだ。


「で…さっきスキー場で私が大和と話してるとこ見たらしくて…」
「へえ。そうなん?」
「その子…大和のこと知ってたらしくて…その時に大和のこと…"結城グループの跡取り息子"だって…言ってたの…」
「……っ」


そこで初めて大和の顔に動揺の色が浮かんだ。


「…オレのこと…知ってるって…?」
「え、ええ…私は…大和は跡取りじゃなくて、それは彼のお兄さんでしょって言ったんだけど…その子は…」


そこで言葉を切った。
大和の顔からは笑みが消えている。
やっぱり触れちゃいけない事だったような気がして、言葉に詰まっていると、大和が突然、吹き出して私を見た。


「―――――――で?」
「え…?」
「こう言われたん?――"彼のお兄さんは、もう死んでるわよ"って」
「…大和…」


彼の言葉に驚いて顔を上げる。
大和はいつもとは違う、真剣な顔で、私を見つめていた。


「ホント…なの?」


立ち入った事を聞いてしまって後悔していた。
大和は軽く息をつくと、髪をかきあげ、


「うん、ほんま」
「……っ」


アッサリと認める彼に、言葉を失った。


「なーんや、バレても〜たんかあ。まあ、でも…そのうち話そう思てた事やし、手っ取り早くてええけど」
「大和…」


クスクス笑いながら、ソファに凭れる大和に、私は愕然とした。


「どうして…どうして?何でそんな嘘…」
「嘘…か。でも半分はほんまの話や」
「…え、どういう…意味?」


私が訪ねると、大和は溜息をついて、軽く天井を見上げた。


「兄貴とが…婚約してたのは嘘やない。ほんまの話や」
「え、でも…」
「兄貴が死んだんは、ちょうど二年前の今頃や。この前実家に戻ったんは三回忌があったから」
「…三回忌…」
との婚約は…兄貴が生きてる時に決まってた事やから」


そう言われると、お父さんから聞いた話もそんな感じだった。
私には知らせず、親同士で決めてたって事だった。
でもお父さんの会社が倒産したのは、ついこの前だ。
だったら、その時に婚約解消になったんじゃなく、お兄さんが亡くなった時に、すでに解消されてたはず…


私の考えてる事が伝わったのか、大和は軽く苦笑すると、


「兄貴が死んでも…との婚約は解消させなかったんは…オレや」
「…っ?…え、な、何それ…どういう事…?」
「オレが…オヤジに頼んだんや」


そう言って大和は私を見つめた。




「兄貴の代わりに…オレとを結婚させてくれって」


「――――――――ッ?!」




大和は今まで見せた事もないくらいに、真剣な眼差しで、そう呟いた。













「ご無沙汰してます。おば様」
「静さんもいたの?お久しぶりね」


楓はそう言いながら、冷ややかな目で総二郎やあきらを見ると、


「あなた達は席を外して下さる?司と大事な話があるの」
「あ?何勝手に押しかけてきて勝手なこと言ってんだよっ」
「い、いいよ、司。オレら上にいるからさ」


険悪なムードの中、あきらはそう言うと、総二郎、類、静らと共に、リビングを出て行ってしまった。
昔から楓は彼らの事をよく思っていない事は、本人達もよく知っている。


「てめー勝手なことすんじゃねえ!こんなとこまで来やがって…」
「司…あなた、まだあんな人たちと付き合ってるの?静さんまで巻き込んで…」
「関係ねーだろ!それより何しに来たんだよ」


人の話を聞こうとしない楓に苛立ち、司はソファに腰を下ろし、テーブルの上に足を乗せた。
そんな司の態度に、楓は冷たい視線を送ると、向かいのソファへ静かに座った。


「日本に帰れと言っても聞かないから来たのよ」
「ああ?何で帰らないといけねーんだよ。この時期の旅行なんか毎年の事だろが」
「あなただけなら道明寺グループの顔を潰さない限り、何をしようといいの。ただ今回はちゃんまで連れ出したでしょう」
「…っだよ。わりーのかよ?連れてこなきゃ、あいつは家に一人だったんだぜ?仲良くしろっつったのは、てめーだろーが」


面白くなさげに怒鳴ると、司は楓を睨みつけた。
それでも楓は慣れているのか、顔色一つ変えずに、出された紅茶を口に運ぶ。


「仲良くするな、とは言ってないでしょう?でも色々と日本で手続きをしなくちゃいけないの。だからちゃんだけでも連れて帰ります」
「あぁ?!勝手なこと言ってんじゃねーぞ、コラ…っ」


そう言ってから司の頭に小さな疑問が浮かんだ。


「…おい…手続きって…何のだよ…?」


訝しげな顔をする司に、楓は初めて笑顔を見せた。


「その事も話そうと思って…来てるのよ?」


そう言って微笑むと、




「早く、ちゃんをここへ呼びなさい。話はそれからよ」




楓の言葉に、司はゆっくりと立ち上がった。














「オヤジがの父親のさんと仕事をするようになって…兄貴も時々打ち合わせをかねた食事の場に借り出されてたようや。
将来のためとか言われてな。それで…さんから娘の話を聞いて、写真を見せられて気づいた言うてたわ。あの時の子やって」


大和はそう言いながら、優しい目で私を見た。


「あの時…?」
「そう。道明寺家のパーティで出逢った…初恋の女の子」
「…あ…」
「で…久しぶりに大きくなったを見て…会いたいってオヤジに頼んだ。
オヤジも最初は渋ってたけど、あまりに兄貴が頼むから、さんに話をしたみたいや。
でもその時、には付き合ってる男がいたし、さんもには言いにくかったみたいやな…。
それでも兄貴はに拘った。そこで…オヤジとさんは酒の上での話で、いっそ婚約でもさせるか、なんて冗談で言ってたらしいねん」


大人は勝手やろ?なんて言いながら、大和は笑った。


「そこから仕事がらみの婚約話が徐々に本格化してきてん…さんの会社もこれから上場する勢いがあったしな。
オヤジも将来を見込んで、政略結婚なんて馬鹿な事を考えたっちゅうわけや。
その話には兄貴ばかりじゃなく、さんも乗り気やった。まあ、うちと合併でもすりゃ、更に会社が大きくなる思たんやろうけど…でも…」


大和はそこで言葉を切った。


「兄貴は事故にあって…あっけなく死んじまった」
「事故…?」
「ああ。よくある話や。うちのオヤジに切られた関連会社の社長が、酔っ払い運転で、オヤジと兄貴の乗る車に突っ込んできた」
「…な…それって…」
「オヤジを道連れにしよう思て、わざとぶつけた上での事故や…。でも…オヤジは助かり、兄貴とその時の運転手が…運悪く死んだ…」
「…ひどい…」


大和のつらそうな顔に、私は唇を噛んだ。


「そうやな…。でもその社長もその時、即死してるし…怒りのぶつけどころがなくて困ったわ…」
「大和…」
「オヤジも暫くは見た事もないくらいに落ち込んでた。大切な跡取りである前に、オヤジは兄貴のこと、めっちゃ可愛がってたからな…」


そう言いながら少しだけ寂しそうな顔をする大和に胸が痛む。
きっと大和も、お兄さんの事が大好きだったんだろうな、と思った。


「そやし…ほんまは…婚約の話もの耳に入る前にそこで消えるはずやった。でも…」


大和が優しい目で私を見つめてくるからドキっとした。


「さっきも言うた通り…オレが…させなかった」
「ど…うして…」
「好きやったから」
「…な…っ?」
「兄貴から色々聞いてるうちに…オレも…に興味が沸いて…会いたいって思うようになった」
「………」


その言葉に唖然とした。
でも大和の顔は真剣で、嘘を言っているようには見えない。


「で、でも私のこと、よく知りもしないのに――――――――」
「知らんで?でも…知ってる」
「……?」
「兄貴がさんからの話を色々聞いてて、オレにも教えてくれたから…会った事がなくても、ずっと前から知ってるような、そんな感覚やった」
「大和…」
が初めてサッカー観戦に行った時、、家に帰ってからも興奮冷めやらずにその試合の話を遅くまで話して聞かせてた、とか」
「……っ?」
「お花も舞踊も出来るのに、料理は苦手で、オムレツが何故かスクランブルエッグになってもーた事とか」
「…ちょ、それは…」
「父の日にケーキを焼いてくれたけど、そのケーキが膨らまず、ぺしゃんこだった事とか…」
「…な…お父さんってば、そんな事まで…」
「いっぱい…教えてもらった」


真っ赤になっている私とは対照的に、大和は楽しそうに、そんな事を言っている。
私の知らないところで、色々話されていたなんて思うと、本気で恥ずかしい。


「だから…兄貴が死んで、オヤジがオレに跡を継げと言って来た時…なくなりかけてたとの婚約話を…条件に出した」
「…え…?」


大和は溜息をつくと、困ったように笑いながら、


「元々…オレとオヤジの仲は最悪やった。優秀な兄貴と比べて…オレは落ちこぼれやったから。オヤジはいつもオレと兄貴を比べてた。
それが悔しかったわ。どれだけ頑張っていい成績とっても、誉めてもらった事なんか一度もないねん。
"お前が今更勉強しても会社は継がさへん"って何度も言われた。
でも…兄貴が死んだ時、オヤジは初めてオレにものを頼んできた…。会社を継いでくれ、と頭を下げてきた…。
内心…オヤジは兄貴やなくて…オレの方が死ねば良かったんやと…思ってるかもしれんと思てたから、それには正直驚いたわ…」


大和の声が震えてる。
それだけで、お父さんとの確執が辛かったんだという事が分かる。


「でもオレの気持ちはそこで決まった…。だからオレはオヤジに言うたんや…。"オレととの婚約話を了承してくれたら、会社を継ぐ"って」
「……っ?」
「オヤジは驚いてたようやったけど、元々そのつもりやったんやから、アッサリ許してくれてん…でも…さんの会社が倒産して、さすがにオヤジも考えたようやった…」


そこで言葉を切ると、大和は小さく息をついた。
今の話が真相なんだろう。
お父さんの会社が倒産したせいで、結城社長は、この婚約に利益は生まれないと踏んだ。
でもじゃあ…私が婚約破棄された相手というのが大和だったんだ。


「私の知らないとこで…そんな話してたのね…」
「…ごめん…でも高校卒業する頃にはさんも、きちんと話そうとしてたんやと思う」
「…お父さんたら…後で文句の電話かけなくちゃ」


そう言って唇を尖らせると、大和は軽く吹き出しながらも、不意に私の頭に手を乗せた。


「でもオレは…まだ諦めへんから」
「…え?」


その言葉にドキっとして顔を上げると、大和はいつもの皮肉めいた笑みを浮かべていた。


「前に言うたやろ?兄貴もやけど、オレも諦め悪い男やねん」
「…大和…」
「ここまで来たら意地や。絶対にと結婚したるわ」
「ちょ…!ちょっと!そんな意地で決められても私の気持ちってものも―――――――」
「せやから、もオレにはよ惚れろ。うんと大事にしたるしな」
「…な…っ何言って…」


いきなり、そんな事を言われて真っ赤になった。
だいたい、今の今まで大和の事をそんな風に見た事なんかないのに、急に好きだとか結婚だとか言われても困る。
それに私は花沢類が好きなんであって、今は他の人の事なんか考える余裕もない。


「と、とにかく…事情は分かったけど、私はそのつもりないし…だいたい大和のお父さんだって反対してるんでしょ?だったら―――――――」
「言うたやん。諦めへんって」
「…!」


ニヤリと笑う大和に言葉を失う。


こ、こいつ…元々強引なところもあったけど、何だか更にパワーアップしてる気がする…!
それに気づけば大和のペースに流されてるけど、大和に聞きたい事があってやってきたのは私の方で―――――――


「あ…っ」
「何や?」


キョトンとしている大和を私はジロっと睨みつけた。


「そんな事より…どうして嘘ついたの?」
「…嘘?」
「そうよ。最初に会った時…私と婚約してたのはお兄さんだって…」
「嘘とちゃうで?元々婚約してたんは兄貴の方やってんから」
「そ、そうだけど!どうして本当のこと言わなかったの?さも自分は跡取り息子じゃない、みたいに言ってたじゃないっ」
「ああ、そら会ったばかりで、いきなり"僕、結城グループの跡継ぎで、あなたの元婚約者ですねん"なんて言えるか?言えへんやろ?」
「な…」


おどけたように、そう話す大和に、つい目が細くなる。


「それに最初からオレがそんなん言うたらも警戒するやん」
「そ、そりゃ…そうだけど…」
「それに…兄貴の事を知ってもらいたかったってのと…の前では…跡取り息子とか関係なく、昔の…オレでいたかったんや」
「…っ?」


兄貴のおった頃の自分で出会いたかった、と大和は照れ臭そうな顔で笑った。
そんな顔を見てしまうと、もう何も言えなくなる。


「じゃあ…大和は将来、結城グループを継ぐの?」
「ああ、そうなるやろな。まあ今は社会勉強中やけど」


呑気に笑う大和に、思わず溜息が出る。


「何が社会勉強よ…。よく結城社長が英徳への転校、許したわね…」
「まあ、いっぺん東京に住みたいねーーん!って最大級の我がまま言うたからなあ。あはは!」
「…はあ…何が"あはは"よ…」
「しゃーないやろー?と劇的な再会を果たすためには
「何が劇的な再会…ちょ…近寄らないでよ…」


いきなり体を寄せてくる大和に、慌てて体をのけぞらす。
が、ふと気になった事を訊いてみた。


「って言うか…再会って何?」
「んー?ああ、だってオレもあん時、道明寺家のパーティに行ってたし」
「…パーティ…って…。え、ええっ?もしかして…」


驚いて顔を上げると、大和はニヤリと笑った。


「そう…"あの"パーティ。兄貴が…に一目惚れした、な」
「え…大和もいたの…っ?じゃあ…って、ちょ…何する気…っ?」


気づけば大和の綺麗な顔が目の前にあり、ギョっとした。
そんな私に、大和は意味深な笑みを零すと、


「何て…キスしよーかなあ思て」
「―――――――はっ?」
「何もかも話したら何やスッキリしたし、もうおバカな二男を演じる事もないかなあって」
「な、何言って…ちょ、待ってっ」
「嫌や。もういいだけ待ったし、我慢も出来ひん」


そう言いながら大和は唇を近づけてくる。


「会った時から…こうしたかった」
「ちょ!…ちょっと…っ」


思い切り背中をソファの背もたれにくっつけながら、大和の肩を押そうとしたけど、ビクともしない。
キスされる!と思い切り目を瞑った時、脳裏に花沢類に言われた言葉が浮かんだ。


"一応アイツも男だろ?二人きりになったら何されるか分からないじゃん"


(ああ…花沢類の忠告を聞いておけば良かった…!)


そう思いながら後悔していると、突然、目の前で「ぷっ」っと吹き出す声が聞こえた。


「…ぷっぁはは…っ」
「―――――――――ッ?」


その笑い声にパチっと目を開ければ、大和はお腹を抱えて笑っている。
拘束されていた体が自由になっている事に気づいて、顔が真っ赤になった。


の…今の顔!殺される〜みたいな顔になってたで?ぷはは…っ」
「な、あ、当たり前でしょッ!大和のスケベ!」


からかわれた事を知って頭にきた私は近くにあったクッションで彼の頭をぼふっと殴った。
それには大和も、「ギブギブ!」と言いながら頭を抱えている。


「暴力反対ー!」
「な、何が暴力よ!私が暴力なら、そっちはセクハラでしょーがっ」


そう怒鳴って顔を背けた瞬間、ちゅっという音と共に頬に柔らかな感触がしてドキっとした。


「な、何すんのよっ…う…っ」


頬にキスされたと驚いて振り向けば、目の前に大和のニヤリとした顔があり、更にギョっとする。
大和は悪びれた顔もせず、


「だって真っ赤で可愛えし。ほんまはさっきもキスしちゃおうか迷ってんけどなあ」
「な…い、いい加減に――」
「ちょ、嘘!ジョーダンやって!」


真っ赤になりながらクッションを持ち上げると、大和は慌てたようにホールドアップをした。


「ったく…怖いなあ…は…未来の旦那になるかもしれん相手捕まえて…」
「だ、誰が旦那よ、誰がっ」
「オレやオレ♪」
「……っ!!」


ニッと笑ってピースをする大和は、スッカリいつもの調子を戻したようだ。
私は何を言っても無駄だ、とそこで溜息をつくと、大和は楽しげに笑っている。


「やっぱといると楽しいわ。このまま、ここで一緒にクリスマス過ごそか?」
「…お断り!そろそろ帰るわよ…」
「えぇえ〜?!帰んの?!そんな…クリスマスの夜にオレを一人にする気ぃか?!」
「ちょ…何でそんな驚くのよ…。それに大和だって出かけるとこだったんじゃないの?そんなスーツなんか着ちゃって…あ、デートとか」


おどけてそう言うと、大和はスネたように目を細め、「ちゃうわ、アホ」と顔を反らした。


「じゃあ…何でそんなスーツなんか着てるのよ…」
「そ、それは…あれや…その…半分ビジネス言うか…」


大和は視線を反らしながらブツブツ言っていて、よく聞こえない。


「何言ってるのよ…。もし約束あるなら早く行ったら?」
「約束言うても…相手が勝手に言うとっただけやし…」
「ほら、やっぱり約束してるんじゃない。やっぱりデートなんだ」


そう言ってからかうと、大和は再び目を細めて私を睨んだ。


「あんなぁ。オレはお前に惚れてんねんで?なのに何で他の女とクリスマスデートせなあかんねん」
「…………っ!」


ハッキリと言われて顔が赤くなる。
やぶへびだった、と後悔しながら、それでも何となく嫌な感じはしない。
大和には悪いけど、こんな風に馬鹿を言い合いながら友達として付き合っていけたらいいのに、と、ふと思った。


「そ、それより…私そろそろ帰らなくちゃ…司に見つかると何かとうるさいし…」
「えぇ〜ほんまに帰るん?」


大和は子供みたいに唇を尖らせている。
格好は十分、大人なのに、そのギャップがおかしくて、思わず笑ってしまった。


「だって…元々大和だって予定あったんでしょ?」
「別に行きたかったわけとちゃうし…帰ってきたらに電話しよー思ててん」
「…何のために?」
「何のためて…クリスマス一緒に過ごすためやん」
「……っ」


ケロっとした顔で応える大和にドキっとしつつ、「無理だよ」と言った。


「何でぇ?あ、もうスケベなこと、せぇへんし今夜は一緒に―――――――」
「そ、そういう問題じゃなくて…っ」
「じゃあ何の問題や?あ、もしかして…オレのこと嫌いとか…」


いきなりシュンとした顔で私を見る大和に言葉が詰まる。


「き、嫌いじゃないよ?でも…」
「好きでもない、か…。まあ…分かってたけど」
「…いや、あの」


溜息交じりで呟いた大和は、苦笑しながら肩を竦めた。


「まあ、でもええわ。それならそれで振り向かせる楽しみもあるし」
「…な…」
「さっきも言うたけど、ここまで来たら意地や。絶対、オレに惚れさせてみせるしな」
「……あのね…」


勝手に決めてる大和に文句を言おうと口を開きかけたが、そこでふと、さっきの話を思い出した。


「あ、ねえ…そう言えば…大和も子供の頃、あのパーティに来てたって…言ってたわよね」
「え?あ、ああ…そりゃ兄貴と一緒に行ってたからな」
「って事は…私と会ってるって…事?」
「……まあ…会ってるって言うか…」
「そっか…じゃあ…やっぱりあの時の男の子は大和の―――――――」



「……………っ」


そこで突然携帯の着歌が鳴り響き、ドキっとした。
慌てて携帯を開けば、そこには"バカ男"の文字があり、ギョっとする。


「いけない…部屋にいないのバレちゃったかも…っ」
「何や…内緒で抜け出してきたん?」
「だ、だって…大和のとこに行くなんて言えば、また色々うるさいと思うし…」
「ああ…そうやろなあ…」
「え?」


意味深な笑みを浮かべながらニヤリと笑う大和に首を傾げると、大和は「何でもないから、はよ出た方ええで」と手をひらひらと振っている。


「分かってるわよ…」


そう言いって携帯のディスプレイの名前を見ながら、何て言い訳しようかと考えた。


「も、もしもし…?」


恐る恐る通話ボタンを押して電話に出ると、案の定、受話器の向こうから『何してんだ?』という不機嫌そうな声。
私はゴクリと喉を鳴らして携帯を握り締めた。


「え、えっと…ちょっと街まで出てきたら道に迷っちゃって…」


もう少しマシな嘘はないのか!と自分で自分に突っ込む。
隣で聞いている大和も吹き出しながら、自分の口を手で抑えている。(ムカツク)
きっと司も信じないだろうな、こんなベタな嘘、と思いながらドキドキしていると、意外にも受話器の向こうから驚いたような声が聞こえてきた。


『え、道に迷ったのか?大丈夫か?』
「え?!え、ええ…まあ」
『バカ!何ですぐ電話しねーんだよ!今どこら辺だ?迎えに行く』
「えっ?あ、だ、大丈夫!えっと…今マーケット見つけたから、ここからなら分かるし…」
『うるせえ!そっから歩いてきたら時間かかんだろ!今すぐ行くから、お前はそこ動くな!分かったな?』
「え?あ、あのちょ…司!」


そこで電話が切れてしまって私は溜息をついた。


「司坊ちゃんからか?」
「え、あ、うんまあ…」
「何て?」
「あ…迎えに…来るって…」
「へぇ〜優しいやん♪」
「や、優しいって言うか…」
「優しいやろ。あの唯我独尊男が迎えに来てくれるなんて」
「…そ…そうだけど…よく知ってるね、司の性格…」


溜息交じりで携帯をしまうと、私はソファから立ち上がった。


「まあ…道明寺家の坊ちゃんは何かと有名やしな」
「ふーん…やっぱりそうなんだ」


そう言いながら腕時計を見る。
別荘から、あのマーケットまで車で約20分。
そして、この別荘から坂を下りて、あのマーケットまで歩いて行くと…約…


「ここからの言うマーケットまで、徒歩やったら20分以上はかかるで?」
「え、嘘!」


大和の言葉にギョっとすると、私は慌ててバッグを持った。


「ご、ごめん大和!いきなり来ておいて何だけど、私、もう行くね?」


迎えに行って私がいなかったら司はまた怒るに違いない。
何としてでも先についてなくちゃ…!


そう思いながらエントランスへと走っていく。
すると後ろから大和が追いかけてきた。


「待てって、!」
「何…?悪いけど私、今日は―――――――」
「アホ。お前の足で20分以内につくか。うちにも車っちゅうもんはあるんやで?」
「…え?」


その言葉に振り向くと、大和は車のキーをちらつかせ、ニヤっと笑った。








「ちょ、ちょっと!大和、免許持ってるの?!」


大和の別荘にあったベンツに乗り込んだはいいが、かなり荒い運転に、私は必死にシートベルトを掴んだ。
大和は大和で楽しそうにスピードを上げながら、意味深な笑みを浮かべて私を見る。


「嫌やなあ。オレ、まだピチピチの17歳やで〜?」
「―――――――は?!って、事は…」


恐る恐る私が大和を見ると、満面の笑顔でピースをされた(!)


「…ぃ、いやぁーッ!あんた無免許じゃないのよ!止めて!下ろしてー!」
「まあまあまあ♪これでもガキの頃から運転してるし大丈夫やって!」
「だ、だいじょばないってば!ちょっと!きゃ、スピード出さないでよっ」


細い坂道をスピードを上げながら走っていくベンツは、何気に左右に揺れている。
それが怖くて必死に叫んでも、大和は呑気に鼻歌なんか歌っている。


「雪道は慣れてへんし、ちょい滑るけど気にせんでも大丈夫やで?」
「だ、大丈夫なわけないでしょっ?何考えてんのよっ!」
「だってトロトロ走っとったら、道明寺クンに先越されてまうし」
「い、いい!別に怒られてもいいから止めてーっ」


私の悲痛の叫びも空しく、ベンツは夜の雪道を凄いスピードで駆け抜けて行く。
そしてマーケットについた頃、私は叫びすぎてグッタリしていた。


「ジャスト10分!間に合おーたやん」
「………」
「お、何やその目ぇは」


楽しげに時計を見ている大和をジロっと睨む。
この10分が一時間のような、そんな気分だった。
これじゃヘタな絶叫マシーンより怖いかもしれない。


「…もう二度と大和の運転する車には乗らない…」
「まあまあ、そう言うなって!ちゃんと免許取ったら、一番最初に乗せてあげるしやなぁ」
「結構ですっ」


そう言ってドアを開けると外に出る。
さすがに夜は気温が低くて、軽く首を窄めた。
ふとマーケットの前を見てみたが、司はまだ来ていないようだ。
良かった、と息をつくと、ドアを閉める前に少しだけ屈んで中を覗いた。


「あ、あの…とりあえず、ありがと。何とか間に合ったみたい…」
「…ああ。ええよ、別に」
「…大和の約束…間に合いそう?」
「別にええ言うてるやん」


大和はそう言うと、「と一緒におった方が楽しいからな」と微笑んだ。
そんな事を言われると、どう応えていいのか分からず、目を伏せる。


「あの、私…」
「今は…返事はいらんで?」
「…え?」
「オレもホントの事、隠してて、にそう思われてないの知ってるし」
「…大和…」
「それに…オレ、何となく分かっとんねん」
「……?」


その言葉に首をかしげると、大和は苦笑しながら視線を反らした。


…あの花沢いう奴のこと、気になっとるんやろ?」


「…え…っ?」


いきなり、そんな事を言われ固まっていると、大和は困ったように笑った。


「ったく…は分かりやすいな…」
「な、何言って…」
「隠さんでもええよ。見てて…そうかもしれんなあって思ってたし」
「ち、違うってば。花沢類には彼女が――――――――」
「ええって。それでも好きやから」
「…………っ」
「ま、とりあえず…頭の隅にでもオレの気持ちは覚えといてくれればええし」
「…大和…」
「ほんじゃ、また時間あったら遊びに来てな!」
「あ…」


大和はそう言ってドアを閉めると、笑顔で手を振り、帰っていった。
それを見送りながら、その場に暫く立っていると、小さな粉雪が空から降ってくる。
夜空を見上げると、それは次第に大きな結晶となって風に舞った。


"――――――それでも好きやから"


大和の言葉が何度となく頭に響く。
それは私の花沢類に対する気持ちと、まるきり同じで、だから余計に胸が痛くなった。


(でもまさか…大和が…)


蓋を開けてみれば思ってもみなかった話に、私は少し戸惑っていた。


"兄貴から色々聞いてるうちに…オレも…に興味が沸いて…会いたいって思うようになった"


あんな真剣な顔の大和、初めて見た気がする。
随分と前から、私の事を…
私は何も知らなかったのに、向こうは私の事を色々知っている。
そう思うと少し変な気分だった。


そう思いながら、マーケットの方に歩き出そうとした時、前方から見覚えのあるリムジンが曲がってくるのが見えた。


「あ…来た…」


かなりのスピードで曲がってきたからか、キキキッとブレーキ音が響く。
あの運転手さんにしては珍しく運転が荒い。


「もしかして…司が急がせたのかな…」


呆れつつも、急いで迎えに来てくれた事に、つい苦笑が洩れる。
いつも意地悪なのに時々こんな風に優しい司が、前ほど嫌いではなくなっていた。
その時、マーケット前で停車したリムジンの窓が静かに開いた。


!!」
「…あ…」


顔を出したのは司ではなく、花沢類だった。


「な、何で花沢類が――――――」


車に駆け寄り、中を覗く。
そして運転席を見た瞬間、唖然とした。


「おう、迎えに来たぜ。早く乗れ」
「な…何してんの、司…」


運転席にいたのは、いつもの運転手ではなく、司だった。
さっきの悪夢が再び襲ってきたようで、軽い眩暈が私を襲う。


「もう…司の奴、自分が運転するって聞かなくて…」


花沢類は後部座席に乗りながらも、青い顔でドアを開けてくれた。
でも私は乗る気にはなれず、その場に立ち尽くしていると、司が訝しげな顔で振り返る。


「何してんだよ。早く乗れ」
「で、でも…司…まだ誕生日来てない…でしょ?」
「だから何だよ」
「………」


(だから何と言われましても…)


自分が免許を持っていない、という事は、この男にとって、それほど重大な事じゃないのか?
しかも何で花沢類も普通に乗ってるの?(青い顔してるから普通じゃないんだろうけど)
って言うか、どこの国でも御曹司だけは無免許で車に乗っていいって法律とかあるわけ?!


「おい、早くしろ!サッサと戻らねーと」
「わ、分かったわよ…」


イライラしている司に仕方なく車に乗り込む。


「ったく…勝手に出かけてたと思えば道に迷ったなんて…」
「ご、ごめん…」
「ホント、お前はオレがいないと何にも出来ねぇんだからよっ」
「……は?」


その言葉に顔を上げると、司は何だかニヤニヤしながら車を発車させた。


「何…アイツ…」


怒ってるのかと思えばニヤけてみたり。
変な奴だ、と思っていると、花沢類が笑いを噛み殺していた。


「何笑ってんの?」
「いや…さっきが部屋にいないって分かった時の司の慌てっぷり思い出したら、おかしくてさ」
「…慌てる…?怒ってたの間違いじゃなくて?」


キョトンとして聞き返すと、花沢類はまた吹き出して、クスクス笑っている。
一体何なんだ、と思いながら、「で、何で花沢類が一緒に来てるの?」と聞いた。


「いや…それがさっき別荘に司んとこのおばさんが来てさ。怖いから逃げてきた」
「…えっ?おばさんって…楓おば様?!」


それには驚いて大きな声を出すと、司が運転しながら、「お前に話があるみたいだぜ」と、顔を顰めている。


「話って…楓おば様が私に…?でも…何でわざわざカナダまで…」
「…オレがババァに言われたこと無視して日本に帰らなかったからだろ」
「え、日本にって…どういう事?」


何の話か分からず尋ねると、司は軽く舌打ちをして、


「この前…ババァから電話があったんだよ。今すぐお前を連れて日本に戻れってな」
「え、でも…何で?」
「知らねー。まあ、どうせろくでもない用だと思ったから無視しといた。なのに、いきなり来やがってよ」
「…じゃあ…大事な用だったんじゃ…」
「さあな、興味ねーよ。でも…お前呼んで来いってうるせーから呼びに行ったら部屋にいねーし」
「…ご、ごめん」


もう一度謝ると、花沢類がチラっと私を見た。
彼は事情を知っているから苦笑いを零している。


「ま、でもあれだ。どーせ下らねー事だと思うし、ババァの言う事なんか無視していいぜ」
「そ、そういうわけには…とりあえず…話を聞くわ」


それだけ言って窓の外に目を向ける。


雪がどんどん深くなって、街のイルミネーションがぼやけて光っているのが見えた。










「え、帰った?」
「ええ。急におば様の携帯に電話がかかってきて…それからすぐに」
「チッ。何だよ、それ…急いで戻ってきたってのによ」


司はそう言うと溜息をついてソファに腰を下ろした。
私も何となく肩の力が抜けて、司の隣に座る。


「せっかくのクリスマスの夜に押しかけてきたクセに、勝手に帰りやがって」
「まあ、いんじゃん?正直、帰ってくれてホっとしたぜ」
「オレも。つか来た時はビビったよ、マジで」


西門さんと美作さんはそんな事を言いながら、早速シャンパンを抜いている。
この二人は何故かおば様の事を恐れているようだ。


「そんなこと言わないの。それよりお腹空いたでしょ。料理はさっきシェフが届けてくれたから、すぐ運ぶわね」
「手伝うよ」
「ありがと、類」


静さんはそう言いながら、花沢類とキッチンへと歩いていった。
私はそれを見送りながら、軽く息をつくと、西門さん達とシャンパンを飲んでいる司に声をかけた。


「司、私、部屋に戻ってる」
「あ?何だよ。これからだぜ?」
「うん…でもちょっと…疲れちゃって…少し休んでくる」


そう言ってリビングを出ると、私は自分の部屋へと戻った。


「はあ…」


息を吐いてベッドへ倒れこむ。
今日は朝から早起きしたせいで少し眠気もあったが、色々あって頭は冴えていた。


大和の話は聞けたものの、肝心の事は聞けなかったし…
…あの男の子は大和のお兄さんだったのかな。
今度聞いてみなくちゃ。


それと…おば様の用事というのも気になる。


「話って何だろ…」


おば様とは道明寺家に引っ越した、あの日以来会っていない。
とくに今まで連絡もなかった。
なのに急にカナダまで来るなんて…



コンコン



その時、ノックの音がして体を起こした。


、オレだ」
「…司…?」
「入るぞ」


言った瞬間、ドアが開き、司が入ってくる。
私は溜息をつきながらベッドから降りた。


「もう…すぐ入ってこないでよ。着替えてたらどうするの?」
「な…い、今は着替えてねーだろ?」


顔を赤くしながらも勝手にソファに座ると、司は軽く咳払いをした。


「で…大丈夫かよ」
「…え?」
「疲れてるって言ってたけど…具合、悪いのか?」
「…そ、そういうんじゃないけど…」


(何、司ってば心配して来てくれたのかな…)


やけに優しい気がして、私は隣に座ると、司をチラっと見てみた。
司は何となく落ち着かないような様子で膝に置いた手を組んだり離したりしている。


「司…いいの?下に戻らなくて。また飲むんでしょ?」
「ああ…別に…いーよ。どーせ騒ぐだけだしな。毎年同じだ」
「…ふーん。ならいいけど…」
「それより…よ」
「…何?」


司は軽くソファに凭れると、黙って私を見た。
こうして見ると司はやっぱり美形で、こんな近くで見つめ合ってると少なからず心臓には良くない。


「何よ…」


何となく照れ臭くて視線を反らす。
すると司は小さく溜息をついた。


「お前…ババァが何しに来たか…知ってるか?」
「…は?何で私が知ってるのよ」


その問いに驚いて振り向くと、司は困ったように頭をかいた。


「いや…ババァがこんな風に来たのは初めてだしよ。それに…お前に話があるだけで来るのもおかしい」
「…それは…そう思うけど」
「だから少しはお前も事情とか知ってんのかと思ってよ」
「…し、知らないわよ。私だってさっき聞いて驚いたんだから…」
「そっか…なら、いいけど…」


司はそう言うと、天井を見上げて、


「あのババァは気まぐれだから…何を言い出すか分からねえ」
「え…どういう…意味?」


私の問いに、司はふとこっちを見た。
普段とは違い、真剣な顔の司に、不覚にもドキっとした。


「いや…特に意味はねーよ。気にすんな」
「…??」


ポンと頭に手を乗せ、微笑む司は、いつもと少し様子が違う気がした。
ホントにコイツは優しかったり意地悪だったり、よく分からない。
そんな事を考えていると、不意に司が立ち上がった。


「んじゃ…オレは下に戻るけどよ。お前は寝るのか?」
「え、あ…ううん。少し休んだら…私も行くわ?せっかくのクリスマスなんだし」


そう言って立ち上がると、司は「そうしろ、そうしろ。一人、部屋で迎えるクリスマスほど空しいもんはねーぞ」と笑っている。


「分かってますよっ」


べぇっと舌を出すと、司の口元が引きつった。


「ったく、てめーはよぉ…」
「何よ」
「…別に。んじゃな」


そう言って片手を上げると司はドアの方に歩いていった。
が、ふと立ち止まったのを見て、「どうしたの?」と声をかける。


「いや…」
「???」


司は開きかけたドアから手を離し、再び私の方を見た。
そして何やらゴソゴソとジャケットのポケットを漁っていたかと思うと、小さな箱を取り出し―――――――



「…これ、やるよ」


「…え?」



その言葉を聞いた瞬間、体に電気が走ったような感覚になる。
それでもポンっと放られたその箱を、条件反射で受け止めた。
手に掴んだのは、綺麗なラッピングをされた小箱で、シャレたリボンが巻かれていた。
そのリボンには見覚えがある。


「な、何これ…ブ、ブルガリじゃない」
「ああ」
「ああって…」
「開けてみろよ」
「…は?」


何を言ってるのか分からなくて聞き返すと、司は赤い顔をして睨んできた。


「開けてみろっつってんだよっ!」
「な、何よ…分かったわよ…」


さっきまで優しかったかと思えば、すぐに不機嫌そうに怒鳴る司に理不尽さを感じつつ、私はリボンを解いて箱を開けてみた。


「…な…何これ…」
「…見りゃ分かんだろ。ネックレスだよ」
「そ、それは分かってるわよ!でも何で私に――――――――」


そこまで言って言葉が切れた。
目の前に歩いて来た司を見上げる。
その光景が頭の芯を熱くして、何かの面影と重なった気がした。


「それ、お前にやる」


「……っ」


司はもう一度そう言うと、箱の中からネックレスを取り出した。
小さな花の形のヘッドに、キラキラと光るダイヤがいくつも、散りばめられている。


「つ、司…?」
「つけてやるから後ろ向け」


そう言って司は私を後ろに向けさせた。
何で司がこんな高価なものを私にくれるのか分からない。
それよりも気になってるのは…
さっきの台詞と、司の面影が、私の頭の中で一つの形となって蘇ってくる。


「ついたぜ」


気づけば司は私の髪をよけて、ネックレスを首につけてくれていた。
自分の胸元に光る輝きに、暫し呆然とする。


「な…何で?」


振り返って見上げると、司は困ったような、照れ臭そうな顔をしながら、私から視線を反らした。


「何でって…理由なんかねーよ。つか…ク、クリスマスプレゼント…?」
「……え?」


司の言葉に驚きながらも、目の前で顔を赤くしている司を見上げる。


この顔、私、前にも見てる…
やっぱり…さっき頭に浮かんだ光景は――――――――




「ねぇ…司…」
「…な、何だよ…気に入らねーってのか?」
「そうじゃない…私が聞きたいのは…」


どうして司が私にクリスマスプレゼントをくれたのか、とか、今はそこまで考えられない。


「司…前にもこうやって…私に何かくれなかった?」


私の言葉に、司は驚いたような顔をして、そして―――――――





「ああ……あの時は…確か薔薇の花だったよな…」





その照れ臭そうに顔を反らすところも、手持ち無沙汰にズボンのポケットに手を入れるところも、あの日の少年と、まるで同じ。


「…まさか……司…だったの…?」


唖然としている私を、司は赤い顔のまま睨んで、「やっと思い出したかよ…」と、スネたように呟いた――――――――















やっと動きがありましたかね。
どっちの謎も少しづつ明らかに〜
と言う事で、いつも素敵コメントをありがとう御座います!
ここのページを個別に分けたのと同じく、投票処でも花男夢独立させてみましたw
今度からは「花より男子・司夢―君に、花束を」に投票下さいませ(●´人`●)
スラダン他は前と同じく「ETC」で受け付けてます。


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●花男夢読ませていただきました 他には無い設定でとても楽しかったです とくにオリキャラの扱いがうまいなあと思いました(高校生)
(ヲヲ…他にはない設定ですか?そう言ってもらえると嬉しいです!しかもオリキャラの扱いがうまいなんて感激…(*ノωノ)


●司夢、とても面白かったです。鈍いヒロインが可愛くて、司は何時ヒロインに気付いてもらえるのか、頑張ってほしいです。これからも応援しています。頑張ってください。(高校生)
(面白いと言って頂けて凄く励みになります!司はジワジワと…という感じになりますが頑張りますね!応援ありがとう御座います(´¬`*)〜*


●デスノも好きなんですが最近はココの花男夢にはまってますww(高校生)
(ひゃー;ハマって頂けて嬉しい限りです!ありがとう御座います!)


●花男夢最高におもしろいです!こんなに完成度の高い小説はなかなかないと思います!!(高校生)
(ぎゃふ;;か、完成度高いですか?!そんな、もったいないお言葉…(*ノωノ)凄く励みになります!ありがとう御座います(>д<)/)


●花男夢素晴らしいです〜vvもうオリキャラの大和もいいし、類との関係もいいです!!ちょ、この先どうなるかドキドキハラハラしてます!!素敵夢をいつも有難うございます!!!(高校生)
(素晴らしいだなんて、もったいないです;;大和も誉めてもらえて嬉しいですよー!もどかしいのが大好きなので、これからもドキドキハラハラで頑張ります♪)