優しい貴方
"これ、やるよ――――――"
笑っちゃうくらいに素っ気ない台詞。
キラキラと、私の胸元で花弁の形をしたネックレスが揺れる。
あの時の男の子は、やっぱり――――――――
「ったく…オレは会った瞬間から分かったってのに、お前はどれだけ鈍感なんだよ?」
「だ、だって…」
何だかありえない告白に、私は驚きを隠せないでいた。
だって、あの時の男の子が、まさかこの唯我独尊男だったなんて、誰が信じられる―――――?
「何を勘違いしたんだか、てめーは類にその話してるしよ」
「あ、あれはだから…優しそうな面影が重なったって言うか…」
「てめ、んじゃオレが優しくねーってのか?!」
「や、優しいと思ってるの?!あれだけ意地悪な態度しておいてっ」
売り言葉に買い言葉で、つい言い返すと、司も思い当たったふしがあったのか、「う、」っと言葉を詰まらせた。
思い出せば今でも殴れるくらい(!)腹の立つ事だって言ってきた司を、あの時の子だと思うはずもなかったのだ。
「そ、それは…あれだよ…」
「何よ…」
「その…いきなり家にいてビビったっつーか…引っ込みつかなかったって言うか…」
「司?」
今まで見せた事もない困った顔でボソボソと話す司に首を傾げると、彼は頭をかきながら、ふと私を見た。
「その…わ…悪かった…よ…」
「…え?」
「あの時、言った事は…取り消す。あんなこと言う気はなかったんだ」
「…司…」
いきなり素直に謝られて、今度は私の方が言葉に詰まった。
こんな司は見た事がない。
「べ、別に…もう気にしてない…」
それに…司が、ホントは優しい奴だって事は、もう気づいてる。
「ホントか…?」
私の言葉に、司は確かめるような顔で訊いて来た。
その顔を見れば、さっきの謝罪の言葉は心から言ってくれたんだって分かる。
やっと、心の奥にあった蟠りが、綺麗になくなった気がした。
「うん、ホント」
「そ、そっか…」
司は心底ホっとしたように微笑むと、照れ臭そうに視線を反らした。
司が素直になれないのも、不器用なのも、きっと普通とは言えない環境で育ったせいだって、今なら分かる。
それでもさり気なく見せてくれる優しさは、子供の頃と変わってないのかもしれない。
(…って!じゃあ…私の初恋の男の子って言うのは…やっぱり司って言う事?!)
そこで大事な事に気づき、改めてギョっとした。
最初はそう思ってたものの、あの第一印象の悪さから絶対にありえないと思ってたのに。
(でも…じゃあ大和のお兄さんは…?お兄さんが私に花をあげたって、言ってたみたいなのに…)
新たな疑問が出て、考えていると、不意に司が私の前に歩いて来た。
「おい」
「え?」
「何ブツブツ言ってんだよ」
「…え、な、何か言ってた?!」
「言ってただろ?お兄さんがどうのって」
「あ、な、何でもないよ?あははっ」
しらないうちに口に出ていたらしい。
笑って誤魔化すと、司は訝しげな顔をしたまま部屋のドアを開けた。
「んじゃ…オレ、下に戻ってるけど…お前もあとで来んだろ?」
「あ、う、うん」
「んじゃ先に戻ってるし早く…来いよ?」
「わ、分かってる…って、ちょ、待って、司!」
出て行こうとする司の腕を掴み引き止めると、司は驚いたような顔で振り向いた。
「何だよ、ビックリすんだろ?」
「そ、それより、コレ!」
「あ?」
「このネックレス…受け取れないってば」
「は?何だよ、今頃…」
「い、今頃じゃないわよ。こんな高価なもの、受け取る理由もないしっ」
さっきは驚きのあまり、プレゼントの事まで頭が回らなかった。
でもよく考えれば、司からこんな物をもらう理由がない。
だいたい、何で司は私にネックレスなんてくれたんだろう。
「てめー人がせっかく急いで作らせたのにいらねーってのか?」
「な…作らせたって…ブルガリで?!」
「ったりめーだろ?」
「な、何で?」
「…何で?」
私の問いに不思議そうに首を傾げる司を見上げる。
「そうよ。そこまでして、何で私にプレゼントなんか…」
「だ、だからクリスマスプレゼントだって言ってんだろっ?深い意味は…ね、ねーよ、別にっ」
「で、でも特注なら、それなりに高いだろうし―――――――」
「あーっもうゴチャゴチャうるっせぇ!!人がやるっつってんだから、ありがたくもらっとけ!」
「な、何で怒鳴るのよ…っ」
「てめーが人のやったもんにケチつけっからだろ?!」
「ケ、ケチなんかつけてないもん!ただ司が―――――――」
「……??」
そこで言葉を切った。
司が急にプレゼントだなんて、今夜からアルマゲドンなみの氷河期が来るんじゃないか、なんて言えば、凍る前に司に殺される(!)
「何だよ、急に黙って…」
「な、何でもない…」
「あ?」
「そ、そうね。今夜はクリスマスだし…ありがたく受け取っておく…」 (本音を言えばブルガリは大好きなブランドだし…)
引きつりながらも笑顔を見せると、司はどこかホっとしたように息をついた。
「何だよ、急に素直になりやがって」
「だ、だって…嬉しいじゃない?クリスマスにプレゼントもらえるのって」
まあ、それが花沢類だったら、もっと嬉しかったりするけど、とは口が裂けてもいえない(!)
「ケッ。女って単純だな…。そんなもんで大喜びしやがって」 (顔がニヤケてる)
「……(む)」 (かすかに半目)
自分でくれたクセに、そんな事を言うと、司はそのまま部屋を出て行こうとした。
が、そこでハッと気づき、「司!」っと廊下に顔を出すと、司は怖い顔で振り返った。
「何だよ…まだ何か――――――」
「ち、違う。あの、私何もプレゼント用意してないの…」
自分だけもらっておいて、私は司に何も買ってない事を思い出し、何となく申し訳なくなった。
でも司は苦笑いを零すと、「んなもん、いらねーよ」と肩を竦める。
「でも…」
「いらねーっつってんだからいーんだよ」
「だけど何か私だけもらうのは気が引けるよ…」
彼氏でもないのに、ブランド物のネックレスをもらうには、やっぱり考えてしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、司はふっと笑って、
「ったく…ホントおかしな女だな、お前」
「…え、何が…?普通の事でしょ?」
「普通じゃねーよ。今まで周りに寄ってくる女なんて、そういったもんが一番喜ぶような奴ばっかだったしよ」
自分だけもらえばそれでいいって女なんか腐るほどいるぜ?と司は苦笑した。
それを聞いて、へえ、司ってそんなプレゼントするような彼女がいたんだ、と思ったけど、いつか朝帰りをした時、司の体から香水の匂いがしてた事を思い出す。
「そう…なんだ」
「ああ…(総二郎やあきらの取り巻き見てたら分かる)」
「でも…私はそんな風に思えないもの」
「…だからお前は変わってるっつってんだよ」
「だから普通だってば。あ、じゃあ…遅くなっちゃうけど私も何か司にプレゼント買って来るね」
「…はぁ?」
思いつきで言った事だったけど、このままもらいっぱなしじゃ立場が弱くなったみたいで嫌だ(オイ)
だったらお返しじゃないけど、私も司に何かあげればいい。
そう思って提案したのに、司はどことなく不満げな顔だ。
「何だよ、それ」
「何だよって…だから私も司に何かプレゼントを――――――」
「いらねーよ。さっきも言っただろ?」
「司が良くても私の気がすまないの!ね、何か欲しいものない?」
私が訪ねると、司は溜息交じりで頭をかいた。
「別に欲しいもんなんてねーよ」
「嘘。何か一つくらいあるでしょ?」
「だから、ねぇって…」
私が詰め寄ると、司は顔を顰めつつ一歩だけ後退する。
が、何故かジっと私の顔を見つめてきて、一瞬ドキっとした。
「な、何?」
「ああ…いや…」
ガシガシと頭をかきながら、司は視線を反らすと、「あったよ、一つだけ」と呟いた。
「え?何?車とか言わないでよ?」
「言うか、バーカ。んなもん自分の小遣いで買えるしよ」
「…やな奴…」
目を細めながら、そう言うと、司はちょっとだけ笑って、
「あれ…作ってくれよ」
「…あれ?」
「ああ。昨日、ケーキと一緒に食った奴。あれ、美味かったし、もう一回食いてぇ」
「…え…それって…」
そう言われて私は夕べの事を思い出した。
確か静さんが焼いたケーキと一緒に出したのは……
「もしかして…バ、ババロア…?」
「おお、それそれ。すげぇ美味かった」
「………」
それを聞いて私は固まった。
と言うのも、あのババロアを作ったのも静さんなのだ。
それも司はケーキより、ババロアとかいったデザートの方が好きだからっていう理由で。
あげく夕べ、ケーキを食べながら、西門さん達が、「は何を作ったの?」なんて聞くから、言葉に詰まっていると、
静さんが気を遣ってくれたのか、「このババロアはちゃんが作ってくれたのよ?」なんて言ってしまい、結局、本当の事を言えずじまいだった。
「物なんか買わなくていいし、あれ、また作ってくれよ」
「い、いや、あれはその…」
「お前、ぶきっちょそうなのにデザート作れるなんて驚いたけどな」
「う……」
この雰囲気であれは私じゃなく、静さんが作ったの、とは、ますます言えなくなってしまった。
でも、ちゃんと説明しない事には、料理が苦手な私としてはホントに困ってしまう。
「あ、あのね、司――――――」
「ああ、そうだ。んじゃ明日のランチ後のデザートはお前に任せるよ」
「えっ!」
「あ、それと総二郎たちの分なんかいいからな?オレだけに作れよ?」
「え、ちょ、」
「んじゃ、そう言うことだから、も早く着替えて下に来いよ」
「司…っ」
言いたい事だけ言って歩いて行ってしまった司に、私はその場でガックリと項垂れた。
こ、この私がババロアなんて高度なデザート(!)作れるわけないじゃないっ
自慢じゃないけど、デザート作りなんか何度か挑戦してはいるものの、一度も成功したためしがないんだから!
それを全部、お父さんに食べさせた事はあっても、赤の他人に作ってあげた事なんか一度もない。
「はあ…困ったなぁ…」
溜息をつきながら部屋へと戻り、ソファに寝転がった。
こんな事になるなら何かあげる、なんて言わなきゃ良かった。
そう思いながら、首元で光っているネックレスを指で摘む。
キラキラと光るダイヤが、その高価さを物語っているようだ。
「でも…ホント、あの司がネックレスくれるなんて…意外…」
とてもじゃないけど、最初の頃、「出てけ」と騒いでいた奴と同一人物とは思えない。
やっぱり今夜、氷河期に突入?なんて思いながら軽く身震いした。
それに…司があの時の男の子だったなんて、まだ信じられない気分だ。
「司が初恋の人…?嘘みたい」
あんなに会いたいと思ってた張本人と、とっくに再会してたなんて。
やっと正体が分かって、ホっとしたような、少しだけガッカリしたような(!)そんな気持ちになった。
「でも…じゃあ大和のお兄さんは何だったんだろ…」
大和には、私に花をあげたのは自分だって言ってたらしいけど…正体は司だったんだから、
大和のお兄さんが言ってた事は当然、嘘だという事になる。
「ん?待てよ…?」
そこで体を起こし、私は一つの答えに辿り着いた。
大和のお兄さんは私と司の間にあんな事があったことは知らないかもしれない。
もし知ってたとしても、そんな嘘、つくはずもないし、大和に言っても意味がない。
となると…
「アイツ…また嘘ついたわね…?」
一瞬、頭にあの調子のいい笑顔が浮かび、私は思い切り目を伏せた。
「ったくぅ…大和の奴、今度会ったらとっちめてやるんだから」
携帯を取り出し、メールボックスを開くと、私は一言、『嘘つき。お兄さんは初恋のあの子じゃないんでしょ?゛(`ヘ´#)』とだけ打って、すぐに送信した。
何だか色々な事が一度にきて、少しだけ混乱している。
「はあ…何か疲れた…」
そう呟いて再びソファに寝転がった。
大和のこと、司のこと、頭の中でぐるぐると回っている。
そして、ふと明日のことを思い出し、深く溜息をついた。
「ババロアかあ…どうしよう」
憂鬱になりながら、それでも最後に、おば様の用事は何だったんだろう、と少しだけ気になっていた。
「お、司、ちゃんはどうした?」
ニヤニヤしながら戻って来た司を見て、あきらが声をかける。
が、司はそれには応えず、ニヤリと笑うと…
「あの女…オ、オレに惚れてるな…」
「「はあ??」」
「……………」
司の一言に、総二郎&あきらが綺麗に声を揃える。
類だけは黙ってシャンパンを飲みながら、ニヤついている司を呆れ顔で眺めていた。
「何言ってンの?お前…」
「ってか…とうとうちゃんと?」
二人の問いに、司はニヤニヤしたままソファに座ると、目の前にあったシャンパンを一気に飲み干した。
「ア、アイツ…明日、オレの為にもう一度ババロア作りてぇってよ」
「え、何それ…どう言う事だよ?」
「だからオレに…ク、クリスマスプレゼント?のつもりっつーか…」
「マジで?クリスマスプレゼントに何でババロア?何かあったの?お前ら」
あきらは興味津々で尋ねるが、司はそれ以上、何を言う事もなく、ただニヤついているばかり。
それには総二郎とあきらも顔を見合わせ肩を竦めた。
「なあ、総二郎」
「あ?」
「司がちゃんを意識してたってのは分かっけど…ちゃんが司を…って…思った事あるか?」
「「ない」」 (!)
そこで何故か類までが参戦し、総二郎と綺麗に声をそろえた。
「だよなあ…オレもそう思う」
「ってかババロアって何だよ?意味分かんねぇ」
「……二人、何かあったのかな」
「何だよ、類。珍しいじゃん?こんな話に入ってくるなんて」
「…だって司のあんな顔、見た事ないし」
「まあ…そうだよなあ…。アイツ、マジでちゃんに惚れてんじゃねぇの?」
あきらは苦笑気味にそう言うと、一人シャンパンをグイグイ飲んでいる司を見る。
総二郎と類も司に視線を向けながら、首を傾げた。
「ま、それならそれで二人が上手く行けば、司も人間らしくなっていいんだけどよ」
「…けどは司のこと、そんな風には見てないと思うし難しいんじゃないの」
不意に類がそう言って自分のグラスにもシャンパンを注ぐ。
それを見ていた総二郎とあきらは顔を見合わせた。
「何、類、何か怒ってねえ?」
「ああ…何か機嫌悪くなってる」
「…何?」
二人がコソコソ話してるのを見て、類はシャンパンを飲みながら顔を顰めた。
それには総二郎とあきらも作り笑いを見せつつ、
「まあ…どっちにしろ司が素直になって頑張らないと、あの二人はなかなかくっつかねぇだろうな」
「言えてる…。あの司が、素直に女口説いてるとこなんか想像できねぇーし…なぁ?類」
「…え?…ひ…っく」
「「………」」
類を見れば、ほのかに赤い顔をして、すでに酔っ払っていた…
♪〜♪
メールが届いたのを知らせるメロディが鳴ると、すぐに音を消してメールを開く。
そしてメッセージを読むと、大和はふっと優しい笑みを零した。
「何?」
「ただのメールですよ」
それだけ言って顔を上げる。
目の前には、何でも見透かすような挑戦的な瞳。
そこへウエイターがやって来て、二人の前に紅茶のカップを置いて行った。
「で、何なの?急に電話なんかしてきて。貴方が来るのを待ってたのよ?」
静かにカップを口に運ぶと、楓はチラリと視線を向ける。
楓と目が合った大和は、困ったように肩を竦めてみせた。
「ちょっと急なお客が来てもーて出れへんかってん」
「客?」
「そ。可愛らしい客」
「まさか…ちゃん?」
そこで楓は初めて笑みを浮かべた。
「そうや。でもあんたが考えてるような事は一切なし。ってゆーか、アッサリ振られてん」
「振られた…?」
大和の言葉に、楓は眉を僅かに上げた。
それを見た大和は苦笑しながら、「気に入らんとでも言いたそうやな?」と紅茶を口に運ぶ。
楓は静かにカップをソーサーに置くと、テーブルの上で両手を組んだ。
「上手く行ってるんじゃなかったの?仲良くなったんでしょう?」
「そうやけど…まあ小さな嘘がバレてもーて、それを問い詰められてん。そんな時にこの話を出したって、もええ顔はせんやろ思てな」
「何、甘いこと言ってるの。もう準備は整ってるのよ?今更、予定変更なんて出来ないの。これはビジネスなのよ」
「…分かってる。オレかて変更する気はないで?」
「だったら―」
「まあ、でも焦ってもしゃーないやん。それにちゃん、オレより気になってる奴が他におるみたいやしな」
そう言って苦笑すると、楓は驚いたように大和を見た。
「まさか…」
「ああ。言うとくけど、あんたの息子ちゃうで?"司坊ちゃん"とは険悪な仲みたいやから」
「なら、いいわ。で、誰なの?」
楽しげに笑う大和を睨むと、楓は怖い顔で詰め寄った。
大和は唇の端を上げながら椅子へ寄りかかると、「花沢物産の…跡取り息子や」と両手を頭の後ろで組んだ。
その言葉に楓の顔色が一瞬で変わる。
「それは本当なの?」
「ああ。確かめたしな。ま、は否定してたけど、あの顔やと図星やろ」
「そう…それは困ったわね」
「そうやろ?オレも困っててん。そんな奴がおるのにオレが何を言うてもがその気になるとは思えへんしな」
「貴方らしくもない。結城グループの跡取りという立場を手に入れたクセに、随分と弱気ね」
「自分で手に入れたもんとちゃう。兄貴の犠牲があってのことや。あんたに言われる筋合いもない」
今までの笑顔は消え、楓を睨みつける大和に、楓はふっと笑みを零した。
「よほどお兄さんを愛してたのね。それでちゃんまで手に入れようとしてるの?」
「あんたには関係ない。あんたかて、オヤジの会社を手に入れたいんやろ?」
「ええ、もちろん。そのためには手段も選ばないわ?今回の計画は予定通り進めます」
「…の気持ちはどないすんねん」
「関係ありません。ちゃんは絶対に断れない。それに…花沢物産の息子には素敵な恋人がいるようですしね」
「藤堂静、やろ?でも分からんで?花沢クンも何かとにかまってるようやし」
「…何が言いたいの?」
大和の言葉に、楓は初めて苛立ちを見せた。
「あの見るからに完璧なお嬢さんが…いつまで花沢クンを傍に置いておくか…。ああいう女は自立心が強い。
年下の恋人くらい、平気で捨てて、自分の夢を追いかけてくタイプやで」
大和はそう言いながら紅茶を一気に飲み干すと、静かに席を立った。
「まあ無理に進める言うなら別に反対もせぇへんけど。オレかて早くを手に入れたいしな」
「それは、貴方次第でしょ?私はお膳立てをするだけ」
「分かってますよ〜。んじゃ予定は最初の通りっちゅう事やな?」
「ええ、もちろん。でも…貴方の事は日本に帰ってからにするわ」
「やっぱ、そうきたか。まあ…その方がええかもな。今ならオレも自信ないし」
「ふふ…やっぱり弱気ね。それだけ…本気という事かしら」
「……ほな、オレは帰るわ。せっかくのクリスマスに、あんたと過ごすっちゅうのも滅入るし一人の方が気楽やから」
「言ってくれるわね。まあ、せいぜい頑張る事ね。期待してるわよ?」
楓の言葉に、大和は答える事もせず、無言のままラウンジを後にした。
「えっ?いないの?!」
「ああ。何か今日は二人で出かけるっつってたな…さっき出てったみたいだぜ?」
西門さんは欠伸をしながら、頭をガシガシかいてソファから起き上がった。
夕べ散々飲んで騒いだ後、西門さんは部屋に戻る前にリビングで寝てしまったらしい。
司と美作さんは、ちゃんと自分の部屋へ戻って寝たようだ。
「嘘…どうしよ…」
時計を見れば午前11時。
ランチの時間まで、もうすぐだし、そろそろ司も起きてくる頃だろう。
「何…?静に何か用事だったの?」
西門さんはやっと目が覚めたのか、そう言いながら立ち上がると、ミネラルウォーターを口に流し込んでいる。
夕べのシャンパンが残っているのか、「う〜頭いてぇ…」と小さく呟いた。
「よ、用事って言うか…」
「何?オレに出来る事なら何でも言って」
そう言いながら普通の女性なら、すぐに落ちてしまうであろう微笑を見せる西門さんに、私は笑顔が引きつってしまった。
二日酔いだろうが、寝起きだろうが、何て爽やかな笑顔なんだ、この人は。
って言うか、そんな綺麗な顔を、あまり近づけないで欲しい。
「い、いや出来る事って言われても…」
「ん?何?言うだけ言ってみてよ」
「や、ちょ、…近い…」
ググっと顔を近づけられ、私は後ろへのけぞってしまった。
そんな私を見て、西門さんは楽しげに笑っている。
でもこうなったら西門さんにもダメもとで聞いてみよう、お茶とかやってるんだし、もしかしたら料理とかも出来るかも…。(?)
そう思いながら、目の前で優しく微笑む西門さんを見上げた。
「あ、あの…」
「ん?」
「西門さんって…」
「うん」
「バ…」
「バ?」
「…ババロア……作れます?」
「…は?」
案の定、私の問いに西門さんは目を丸くした。
昨日の司との無謀な約束に、私は困った挙句、静さんに助けてもらおうと思っていたのだ。
なのに朝、起きて部屋に行ってみても、静さんの姿はなく、聞けば花沢類と二人で出かけてしまったとの事。
私はハッキリ言って途方にくれていた。
「ババ…ロア?」
「い、いえ何でもないです…すみません。寝てたとこ起こしちゃったし…」
「そんなのいいけど…ホント大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です…けど…あの、近いですってば」
気づけば私はどんどん壁に押しやられ、最後には両腕で左右囲まれてしまった。
壁に手をついて私を逃がさないようにすると、西門さんはクスクス笑っている。
「可愛いー。真っ赤になっちゃって」
「か、からかわないで下さいっ」
「からかってはないんだけどなあ」
「ちょ、ちょっと――――――」
「まだ司もあきらも起きてこないし…今日は二人きりでデートでもしない?」
「は…?」
ゆっくりと綺麗な顔が近づいてきて、ギョッとした。
が、西門さんは、ふと私の胸元を見て、僅かに眉を寄せると、それを手に取り、マジマジと眺めている。
「これ…ブルガリじゃん」
「え、あ…」
「どうしたの?昨日までつけてなかったよね」
「え…と…こ、これは…」
「…ははーん。誰かに…プレゼントされた、とか?」
「えっ?いや、だから、えっと…」
壁に押しやられ、西門さんの体も密着している状態の中、胸元のネックレスに触られてると、妙に恥ずかしくなってきた。
しかも、一発でプレゼントと見破られ、何て応えようかと悩んでしまう。
正直に司からもらった、と言ったら、マズイんだろうか。
そんな事を考えていると、西門さんはニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「ちゃんって…思ってたよりも、ずっと細いんだね」
「…へっ?」
「華奢で可愛い。何か守ってあげたくなるな」
その言葉にドキっとして顔を上げると、至近距離には整った顔。
「やっぱマジで口説こうかな、オレ」
「……っ?」
そう言ってニッコリ微笑む西門さんに、思わず顔が赤くなった。
その瞬間――目の前の西門さんの体が少しだけ浮いた(!)
「―――――――っ」
「てめぇ…何してやがんだ…っ?」
「ぅげ!つ、司…!」
その声に顔を上げると、司が西門さんの首根っこを掴んで持ち上げているのが見えて、思わず口が開いてしまった。
「てめぇ、何、にちょっかいかけてんだよ、コラ!」
「わ、分かったから離せ、司!」
「コイツをお前の取り巻きと一緒にすんな、バカ」
司はそう言うと、西門さんを掴んでいた手を離し、驚いている私に目を向けた。
「…大丈夫か?」
「へ?あ…う、うん…まあ…何もされてないし…」
「何かされてからじゃ遅いだろーが。あんまコイツに近寄るな」
「ひでぇー!司!」
「ホントの事だろっ」
スネる西門さんを睨むと、司は欠伸を噛み殺しながらソファに座り、「あぁー腹減ったぁ…」と呟いている。
そんな後姿を見ながら、ふと司はいつも何気なく私を助けてくれてる気がした。
「あ、そうだ。、後で楽しみにしてっからよ」
「え、え?」
「…てめー、忘れたのかよ」
ボーっとしていると、司に睨まれ、私はハッとした。
(そうだ!ババロア!)
「あ、あの…大丈夫…よ」
「ホントかあ?ランチの後だかんな」
「う、うん…」
何とか笑顔で頷くと、司は嬉しそうな笑顔を見せて、テレビの電源を入れた。
その後ろで小さく溜息をつくと、西門さんが訝しげな顔で私と司を交互に見ている。
「何、何の話?」
「う、ううん。何でもない…」
そう言って誤魔化すと、私は仕方なくキッチンの方へ歩いていった。
そこには毎日、届けられる料理がすでに用意されている。
「はあ…このランチを食べた後…か…どうしよ」
溜息をつきながら冷蔵庫を開けてみる。
幸運な事に、材料はあるようだ。
だけどハッキリ言って自信がない。
「…この前…静さんが作るとこ見てたんだけどなあ…」
そう、少しだけど、お手伝いもしたし…
材料を次々に出しながら私は必死に手順を思い出していた。
「あ、そうだ…どっかに料理本があったっけ」
それを思い出し、目の前の引き出しを開けてみる。
そこには何冊かの色々な料理本や、デザートのレシピが載っている雑誌があった。
「ババロア…ババロア…あるかなあ…」
デザートの本を手に取りペラペラと捲ってみる。
すると、真ん中辺りにババロアの作り方が、ちゃんと載っていた。
「わ、あった!」
少しホっとして、ザっと作り方を見てみる。
そして材料が全てあるかを確認してみた。
「ゼラチン…生クリーム…バニラエッセンス…はあるか」
一つ一つ確認すると、運がいいのか悪いのか、全て揃っていた。
まあ、ないと言っても、司の事だからマーケットに買いに行く、なんて言い出しそうだけど。
「これで…何とかなるかな…」
とは言え、今までの料理だって、きちんと本を見て作った物だ。
それでも悉く失敗して、お父さんを泣かせてきた(!)前科がある。
「で、でもババロアくらいなら…何とかなるかも」
ケーキのように焼いたりするものじゃないし、膨らまなかった、というような事は起きないだろう。
そう自分に言い聞かせ、私はババロアを作る決心をした。
胸元に光るネックレスを見ると、やっぱり出来ない、とは言い出しにくい。
「まあ…私がねだってもらったわけじゃないけど…さ」
これも、ある意味、司の優しさなのかもしれない、と思い直した。
あんな態度でも、少しは私と仲良くしよう、なんて思ってくれてるなら、私だって歩み寄らないと。
人と人が分かり合うには、それ相応の時間が必要だって、お父さんもよく言ってたし。
「えっとまずは…ゼラチンに水、か」
私はレシピを見ながら、おぼつかない手つきながらも、ババロアを作る準備を始めた。
本には分かりやすく載っており、これなら私でも上手く作れるかもしれない。
それから下ごしらえをして、生クリームを作ったり何とか下地を作ること50分。
それを型に流し込み、冷蔵庫へとしまった。
「これで、よしっと」
あとは固まるまでの間、ランチでも食べながら待てばいい。
そう思って一息ついていると、そこへ司が顔を出した。
「おい、終わったか?」
「あ、司…うん、今、冷蔵庫へ入れたとこ」
「そっか。んじゃ、あきらも起きて来たしランチでも食おうぜ」
「そうだね」
今日は花沢類も静さんもいないから、4人分のランチをダイニングへと運ぶ。
「あ、オレも手伝うよ」
そこへ西門さんがやって来て、運ぶのを手伝ってくれた。
「ありがとう御座います」
「いつも静やちゃんにやってもらってばっかだしな」
そう言いながら料理を次々にトレーに乗せていく西門さんは、さすがフェミニストといった感じだ。
西門さんはちょっとエッチで危険な時もあるけど(!)こんな風に堂々とした優しさを持ってる人だと思う。
「そう言えばさ」
「え…?」
人数分の飲み物を用意していると、不意に西門さんがこっちを見た。
「さっきから…って言うか、夕べから司の奴、機嫌いいんだけど…夕べ何かあった?」
「…えっ?な、何かって…」
「だから…司が機嫌のよくなるような事」
「…?さぁ?」
私が首をかしげると、西門さんは呆れたように溜息をついた。
「何かなかった?夕べ、司、ちゃんの部屋に行っただろ」
「え…あ…」
「その時…何を話した?」
西門さんは興味津々といった顔で訊いて来る。
そこで思い出したのは、初恋の男の子のこと。
そして……このネックレスだ。
「何で…そんなこと聞くんですか?」
「えっ?あ、いや…ただ何となく?司があんなに機嫌いいのって珍しいからさ」
「そう…なんですか?」
「うん。前に言わなかったっけ。司の奴、ちゃんが来るまでは、とんでもなく理不尽で、いつもイライラしてたっつーか…」
「司は今も十分に理不尽ですけど…」
つい思ってる事を口にすると、西門さんはぷっと吹き出して笑っている。
「た、確かにね。でも前はもっと横暴で酷かったんだよ。女の子にもすっげぇー冷たかったし」
「…そうなんだ…。あ、でも…彼女とか…いるんじゃないんですか?西門さんや美作さんみたいに」
ふと、思い出したことを口にすると、西門さんは驚いたような顔で私を見た。
「彼女?司に?ないない!」
「え…で、でも朝帰りした時って、大抵、女物の香水とかプンプンさせて帰って来てたけど…」
キッパリ断言する西門さんに驚いて、そう言うと、彼は苦笑交じりに肩を竦めた。
「ああ、そりゃ飲む時はだいたい、女の子がいっぱい来るからね。でも彼女じゃないし」
「…遊びの子って事?」
思わず目を細めると、西門さんは困ったように笑った。
「まあ…真剣に付き合ってないんだから、そうなっちゃうだろうけど…司はそんな取り巻きの女と、そうなった事は一度もないと思うぜ?」
「…へぇ意外…」
「そう?司はあれで、かなりモテるけど、深い関係にはならねーんだよな。知らない女とはヤれるか!なんて古いこと言って」
「それって普通の事だと思うけど」
西門さんの言葉に思わず溜息をつく。
そんな私を見て、西門さんは苦笑いを零した。
「そっか。まあ…オレにしたら未だ女とまともに付き合った事のない司の方が普通じゃねーけどな」
「えっ!そ…そうなんだ…それも意外…」
「そう?」
「うん。司も西門さんみたいに、とっかえひっかえなのかと思ってた」
「ちょ、それって心外だなあ」
私の言葉に西門さんはスネたような顔をした。
「男と女が出会えば、必然的にそうなるだろ?」
「そうですけど、西門さんの場合、一人の子と恋愛には発展しないんでしょ?」
「まあ、一人に決めるには、いい子が多すぎるって事もあるし」
「ありえない…」
「そう?オレはありだと思うけど」
私が顔を顰めて首を振ると、西門さんは優しい笑顔でそう言った。
「ちゃん、一期一会って知ってる?」
「一期一会…?」
「そう。茶道の世界で使われるんだけど…"今この瞬間を逃したら二度とお目にかかれない"って意味合い」
「この瞬間を逃したら…二度と…?」
「うん。だからオレはそれを逃さないようにしてるだけ…って、まあ、そう言って口説いてるんだけどね」
そう言って西門さんは笑った。
でもその顔は少しだけ寂しそうに見えて、いつもの彼らしくないなあ、なんて漠然と思っていた。
昔、逃した出会いでもあったんだろうか。
「ま、でも司はオレやあきらと違って、女遊びとか殆どしてねーし。あれでマジメなんだよ、うん」
「…そっか。でも司はあれだけ横暴で理不尽だし女の子だって本性知ったら逃げちゃうかも―――――――」
「誰が理不尽だって?」
「「――――――――ッ」」
その言葉にギョっとして振り向くと、そこには司が怖い顔でドアに寄りかかるようにして立っていた。
「つ、司…」
「遅いと思って来てみれば…何の話だよ、総二郎」
「い、いやオレは何も…!ってか、お前のフォローを――――――」
「余計なんだよ。とっととメシ食おうぜ」
「お、おう」
西門さんはそう言うと慌てた様子でキッチンから出て行ってしまった。
残された私は入り口に司がいるから出るに出られず、トレーを持ったまま黙っていると、司がジロっと私を睨んでくる。
「てめ…誰が理不尽だよ、誰が」
「…だ、だって…いつもそうじゃない」
「あ?」
「そ、それより…早く食べよ。私もお腹空いちゃった」
そう言って司の横を通り抜けようとした。
が、その時、不意に腕を掴まれ、
「待てよ」
「な、何?」
顔を上げると、いつになく真剣な司の顔があって、ドキっとする。
「それ…つけてくれてんだ」
「え?あ…うん、まあ…」
司の視線が胸元のネックレスに向いたのを見て、何となく照れ臭い。
でも司は、「そっか。やっぱ似合うな、それ」と嬉しそうな笑顔を見せた。
そんな無防備に笑う司はあまり見た事がない。
不覚にもドキっとしてしまった。
「あん?どうした?」
「べ、別に…早く行こ。二人が待ってるし」
赤くなった顔を見られたくなくて、私はそのまま歩き出そうとした。
それでも何故か司は私の腕を掴んだまま動こうとしない。
「…司…?」
「……いや…あのよ」
「…え?」
何か言いたそうに視線を外す司に、首を傾げた。
「こ、…今夜…二人でどっか行かねーか…?」
「…え?今夜?」
「…おう」
「どっかって…どこ?」
また買い物にでも付き合わされるのか、と思いながら尋ねると、司は照れ臭そうに視線を外して頭をかいた。
「だ、だから…映画…とかよ」
「ええ〜映画ぁ?嫌よ。どーせ司の好きなアクション物でしょ?そんなの西門さんとか誘えばいいじゃない」
「て、てめ、アッサリ断ってんじゃねーよっ!」
「な、何でそんなに怒るのよ…」
いきなり真っ赤になって怒り出した司に驚きつつ、「やっぱ理不尽だ」と言ってやると、ますます怖い顔をした。
「あのなあ!オレが誘ってやってんだぞ?普通の女なら泣いて喜ぶぜ?」
「…何言ってんのよ…映画くらいで。だったら、その子たち誘えばいいじゃない」
「よく知りもしねー女、デートに誘えるかっ!」
「あっそ!だったら――――――」
そこで言葉を切った。
って言うか…今、コイツなんて言った?
「デート…?」
そう言って顔を上げると、司はまだ視線を反らしている。
でもその耳は真っ赤で、何故かつられて私まで赤くなった。
デートって…何よ。
今の映画の話は付き合えって事じゃなくて…デートって意味で誘ってたの?(鈍)
って言うか…デート…私と司が………デートォ?!!!(遅)
「な、何だよ。アホヅラしやがって」
「…な…何がアホヅラよ!そっちだって!っていうか…何で私が司とデートしなくちゃいけないわけっ?」
「うるせぇなあ!どーせデートする相手もいねーんだろ?だったらオレに付き合えって言ってんだよっ」
「し、失礼ね!私だってデートする相手くらい―――――――」
「い…いるのかよ…?」
言葉に詰まった私を、司はどこか不安げな顔で見てくる。
でも悔しい事に、目下私は花沢類に片思い中の身…
結局のところ、デートする相手なんかいやしないのだ。
と言って、司と"オレが付き合ってやる"的なデートをするのもちょっと悔しい。
「い、いるわよ、それくらい」(!)
大見栄を切って、つい口走ってしまうと、司はギョっとしたような顔で、「誰だよ?」と訊いて来る。
その時、ふと大和の顔が浮かんだが、すぐに打ち消した。
ダメダメ…司に大和の名前出したら、また怒り出すに違いない。
それに好きだとか言われたけど、アイツの事だし、これもどこまで本気なんだか、よく分からなかった。
だいたいお兄さんに話を聞いてたからって、会った事もない私をそんなに好きになれるのかすら疑問だ。
「おい」
そう、それに私は今、花沢類が好きなんだし、大和の事をそんな風には見られないっていうか。
「おい、」
今のまま友達…みたいな関係がいいって言うか…
「おい!!無視すんな!!」
「え、え?!」
頭の中であれこれ考えていると、司が真っ赤な顔で怒鳴ってきた。
「ご、ごめ…」
「てめー今、誰の事、考えてた」
「…え?!」
「ってか…デートする相手って誰だって聞いてんだ」
「だ、だからそれはえっと…」
そうだ、その話してたんだった(!)
「…もしかして…アイツじゃねぇだろうな…」
「え…アイツ?」
司が突然怖い顔で私の事を見下ろした。
「アイツだよ。結城グループの…」
「……っ(げ)」
「そうなのか?」
ドキっとしたのが顔に出たのか、、司は更に目を細めて睨んでくる。
それには慌てて首を振った。
「ま、まさか違うわよ…」
「…どうだかな…。アイツ、やけにお前にちょっかいかけてたし…」
「か、関係ないってば!だいたい何で大和に拘るの?」
「…別に拘ってるわけじゃねぇーよ」
司はそれだけ言うと、プイっと顔を反らした。
「それより…夜、どうなんだよ」
「…え?」
「別に用事も何もないだろ?」
「…そりゃ…ないけど…」
「だったら…出かけようぜ?」
「…え」
司はそう言うと、いつもとは違う真剣な目で私を見た。
それを見ると、冗談じゃなく、デートに誘われてるんだ、という事に気づき、顔が赤くなった。
な、何で急にこんな話になるの?
って言うか…どういうつもりなんだ、司はっ
「おい、分かったのか?」
「え、あ…」
「今夜出かけるからな。それに…昨日、お前が言ってただろ?何か欲しいもんあるかって」
「だ、だってそれはババロアがいいって…」
「それもいいけど、やっぱそれだけじゃ足りねえ」
「な、何よそれ!」
「うるせえなあ…とにかく今夜だ。分かったな?」
「ちょ、司っ」
勝手に言いたい事だけ言うと、司はサッサとダイニングの方へ歩いて行ってしまった。
「もう…!勝手なんだからっ」
取り残された私はブツブツ言いながらも料理を運ぶ。
だいたい何で私が司とデートしなくちゃいけないのよ。
ワケ分からない、あいつ…
そこで、ふと浮かぶ、司の真剣な顔。
何で急にそんな顔するのよ。
やっぱり…夕べからアイツ、少し変…
そう思っていると、ダイニングの方から、「サッサと来い!」と言う、司の怒鳴り声が聞こえてきた―――――――
「で、出来てる…」
ランチを終えてキッチリ二時間後。
冷蔵庫から、先ほど作ったババロアを出した。
かなり不安だったけど、ちゃんと固まってるのを確認して、少しだけホっとする。
「味は…大丈夫よね…きっと」
お皿に盛り付けてから軽く深呼吸をすると、それを持って、司の待つリビングへと向かった。
「お、来たか」
「お、お待たせ…」
何だかワクワクしたような顔をされると、緊張してくる。
一緒にいた西門さんや美作さんも、興味本位で寄って来ると、テーブルに置かれたババロアを見て首をかしげている。
「何、これ。この前作ってたババロア?」
「う、うん…」
「へえ、何だ、さっきのババロアってこの事だったんだ」
西門さんはそう言って笑っている。
でも私がホントはババロアなんか作った事もなかったって言う事までは気づいてないだろう。
「え、で司だけなの?」
「オレたちの分は?」
「え、あ、それが…」
イジケたように私を見る二人に困っていると、司がニヤリと笑いながら、
「お前らにはねーよ。これはからオレへのプレゼントだからな」
「「…プレゼント?」」
「ああ。だから、コレを食えるのはオレだけだ」
「何だよ、それ。ずりぃ〜」
「そうなの?ちゃん」
二人に睨まれ、私は小さく頷いた。
ホントはカットすれば二人の分くらいあるんだけど、きっと司がそうはさせないだろう。
今だってそのままの大きさを食べようとしてるし。
「やんねーからな」
司はそう言いながらスプーンを持った。
そして、「い、いただきます」と私に言うと、(らしくなくてビックリした)そのスプーンを、いざババロアへ――――――――
ぼよん…
「………」
「………」
「………」
「………」
一斉に皆の視線がテーブルの上にあるババロアへ注がれた。
「何だ…これ」
「今…スプーンを跳ね返さなかった?」
「ああ…妙に弾力あったな…」
「………」
皆の言葉に私は耳まで真っ赤になった。
「ご、ごめ…ゼ、ゼラチン多すぎたかも―――――――」
そう言った瞬間、
「あ、おい司…」
司は再びスプーンをババロアへと突き刺した。
「ん、美味い」
「…え?」
かなり弾力感のあるババロアを口に入れると、司はそう言って私を見た。
「まあ…この前のよりは、ちょっと弾力あるけど…味は同じだぜ?」
「司…」
呆気に取られている私や、西門美作コンビなどお構いなしに、司は私が作ったババロアを残さず綺麗に食べてしまった。
「あー美味かった!」
司はそう言うと立ち上がると、私の頭を撫でた。
その顔が妙に優しくて、思わずドキっとしてしまう。
「サンキュ。今日は一人で大変だったろ」
「…え、あ…ううん…そんな事は…って言うか…ごめん。硬かったでしょ…?」
「別に。杏仁豆腐だと思えば同じだろ」
「あ、杏仁豆腐って…」
「美味かったって言ってんだろ?ごっそさん」
そう言って司は私の髪をクシャクシャと撫でると、「そろそろ出かける用意しようぜ」と言ってリビングを出て行く。
私は何も言わないで、綺麗に片付いたババロアのお皿を下げた。
「司の奴、結構いいとこあるじゃん」
「…西門さん…」
「まあ一人で全部食っちゃったけどねー」
「…でも…きっと不味かったのに…」
なのに全部食べてくれた事が、何だか嬉しくて、胸の奥が少しだけあったかい。
あの司が文句も言わずに食べてくれた事だけでも驚きだ。
お父さんでさえ、失敗した時、全部は食べれなかったのに…
「でもスプーンがぼよんって押し戻された時はヒヤっとしたよ〜」
「美作さん…」
「ほーんと。また司の奴、ブツブツ文句言うのかと思ったし」
「ま、でも司も少しは大人になったんじゃね?」
「そうかもなー。でも…どんだけ弾力あったんだ?あのババロア!」
「あはは、ほんとだな!」
「ちょ…そんな笑わなくても…」
顔を赤くすると、二人は楽しそうな顔で微笑んだ。
「今度オレらにも作ってよ」
「え…?」
「そうそう。司に何のプレゼントか知らないけど…次はオレたちが司に食わさねーし」
そんな事を言っている二人に思わず噴出していると、廊下から司の「早くしろ」と怒鳴る声が聞こえてきた。
さっきは戸惑ったりして少し憂鬱だった司とのデートも、今日くらいは付き合ってやるか、という気分になってくる。
「つか、二人でどこ行くの?」
「まだ決めてないから分からないけど…司は映画が見たいって」
「わお、もしかして…デート?」
「ち、ちが…そんなんじゃ…ありません」
からかってくる二人を残し、自分の部屋に戻ると、司が部屋から顔を出した。
でも普段のカジュアルな格好ではなく、いきなり黒のスーツ姿で、思わず驚いて足を止めた。
「司…」
「やっと来たのか。何モタモタしてんだよ。早く用意しろ」
「ちょ…って言うか…何よ、その格好…」
「あ?」
スーツ姿を見て驚いていると、司は訝しげに顔を顰めつつ、
「デートなんだから、これくらい普通だろが」
とシレっとした顔で応える。
それには、またしても顔が赤くなった。
「デ、デートって…」
「何だよ。そう言っただろ?」
ジャケットを羽織りながら歩いてくる司は、やっぱりある種のオーラが出ていて、認めたくないけど、凄くカッコいい。
どこかのモデルさんみたいに絵になると思った。
「あ、あの私…普段着しか持って来てないよ…?」
「お前は何でもいーよ。ジーンズじゃなけりゃな」
そう言いながら楽しそうな笑顔を見せる司に、自然とドキドキしてくる。
いつもと少し様子が違うから、どんな顔をしていいのか分からない。
「おい、…?早く用意しねーと映画、始まるぜ?」
「あ…う、うん…分かった…」
ハッと我に返り、私はすぐに自分の部屋へと歩いていく。
その時、廊下に携帯の着信音が響いた。
「チッ。ババァからだ…」
「え、おば様?」
その声に振り向くと、司は顔を顰めながら携帯を開いた。
「無視してるとうるせぇからな…」
司はそう呟くと溜息交じりで、「もしもし?」っと電話に出た。
が、すぐに目を吊り上げると、「あ?ふざけんじゃねーよ!誰が行くか!」と怒鳴り始めて、私は部屋に入る足を止めた。
「あぁ?何でだよ!あ、おい、ババァ!――クソっ!勝手に切りやがった…」
司は舌打ちして悪態をつくと、深く息を吐き出し、携帯を閉じた。
「司…おば様なんだって…?」
この前尋ねて来た件かと思って尋ねると、司は面白くなさそうな顔で、視線をこっちに向ける。
その表情を見る限りでは、楽しい話ではなさそうだ。
「…ババァが…今すぐホテルに来いだとよ…」
「…え?ホテルって…」
「ババァが滞在してるホテル。ここにもババァが経営してるホテルがあるからな…」
「あ、そっか。じゃあ…やっぱり夕べの用事かな」
「さあな…まあ…も一緒にって言ってたし…そうかもしれねぇな…」
司は腕時計を見ると、「チッ、間に合わねえか…」と呟いた。
「あ…映画?」
「ああ…どーせすぐ終わるような話じゃねえだろ」
「じゃあ…映画は今度でいいじゃない。私、ちゃんと付き合うから。アクションでも何でも」
そう言って笑うと、司は驚いたように顔を上げた。
「何だよ…さっきと随分、態度が違うじゃねーか」
「そ、そんな事ないよ…?たまには見ないジャンルも見ていいかなって思っただけ」
「…ふーん」
「な、何よ…」
突然ニヤリとする司に、ドキっとして睨むと、司は軽く苦笑いを零した。
「別に…今日見に行く予定だった映画はアクション物じゃねーよ」
「…え?」
「特に決めてねーんだ。の好きな映画でいっかって思ってたしよ」
「…司…?」
「まあ、でもババァがうるせーんじゃ気が散るし…映画は今度だな」
司はそう言って両腕を伸ばすと、そのままエントランスへと下りていく。
その後姿を見ながら、コイツってこんなに優しかったっけ…?と首を傾げた。
「おい、、早く行こうぜ。嫌な用事はとっとと済ませねーと」
「あ…うん。じゃあ着替えてこなくちゃ…」
「あ?いいよ、そのまんまで」
「で、でもジーンズにセーターだし…」
「いいって。ババァに会うだけなんだし」
そう言ってこっちへ戻ってくると、司は私の頭にポンポンと手を置いた。
その仕草がやけに優しくて、いつもとは違う司に、また、私の心臓が小さな音を立てて、早くなっていった。

弾力のあるババロアを作ったのは私の親友です(笑)
それを好きな人にあげたんですけどね。
あのスプーンを弾き返す弾力には笑わせえてもらいました(´¬`*)〜*
いつも励みになるコメントをありがとう御座います<(_ _)>
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●主人公と道明寺の掛け合いが楽しいです!花沢類や道明寺やオリキャラとの絡みもサイコーです!!(高校生)
(ありがとう御座います!そう言って頂けて凄く嬉しいです!これからも頑張りますね(´¬`*)〜*
●司が花束の人だったんですね。これからの展開が凄く楽しみですv(フリーター)
(初恋の相手は…やっぱりと言うか、司で御座いました♪これからも頑張りますね(>д<)/
●素敵すぎます!!とにかく大和の真剣な場面にドキドキしました!オリキャラなのに好きです(笑)この先司とどうなるのか…はたまた類とどうにかなっちゃうのか(希望!)とても楽しみです!!(フリーター)
(素敵だなんてありがとう御座います!しかも大和にまで反応してもらえて嬉しい限りです☆何だか長くなりそうですけど頑張りますね!)
●司と類と大和の間で揺れるヒロインvオリキャラ大和くんどっちもイケてます!!!(中学生)
(どっちも気に入って頂けて凄く嬉しいです!ありがとう御座います〜!\(●~▽~●)У