想いの
交差









まさか司が夜中に日本へ向けて発ったなんて事も知らず、私は大和の案内で、父と母が住んでいるマンションへとやって来た。



「何や、やっぱ近所やったな」


マンションを見つけた大和はそう言いながら建物を見上げた。
そのマンションには"DOMYOJI"の名がついている。


「あ、あの…ありがとう」


一応、案内してもらった手前、そこは素直にお礼を言う。
大和はそんな私を見て、「別に礼なんてええ言うたやん」と、苦笑いを零した。


「ご両親はが来るの知ってるんか?」
「ううん。連絡する間もなく来ちゃったし。ホントは空港から電話するつもりだったんだけど」
「えぇー?ほな何も知らんままなん?ほんま無茶すんなぁ」


大和は呆れたように笑うと、腕時計を見た。


「もう帰ってるん?おらんかったら、、家に入れへんやろ。オカンも一緒に働いてるんやった?」
「うん。お父さんが働いてるホテルで受付けしてる。でも、こんな時間だし、きっと帰ってると思うわ」
「そうかー?なら、ええけど…」


大和は軽く息をつくと、「ほなオレは帰るし、何かあれば携帯鳴らしてや」と言って私の頭をクシャっと撫でた。


「ああ、そうや。大阪はどのくらいおんの?」
「…うーん、多分、正月明けまではいると思う」
「そうか。オレもや。ほなが時間ある時に大阪でも案内したるわ」
「え…?ホント?」
「ああ。大阪も東京に負けへんくらい、おもろいとこあるしな」
「ありがと。じゃあ…お言葉に甘えようかな」
「おう、甘えろ、甘えろ」


大和はそう言いながら笑うと、


「んじゃー帰るわ」
「あ、うん。ホント、ありがとね」
「何回もええよ。ほな、またな!」


大和が手を振りながら、もと来た道を戻っていくのを見送りながら、私も軽く手を振った。
大和と話して何となく気分もスッキリした気がする。
何かいっつも大和に元気もらってるみたい。
ホントに、いい人だなって思う。


「さて、と」


軽く息をついてマンションロビーへと入る。
時計を見れば午後8時を過ぎたところだった。


「お父さんとお母さん、驚くだろうなぁ」


やっぱり電話くらいしとくべきだったか、と思いながら、インターフォンの前に立つ。
メモを確認し、部屋番号を入力すると、深呼吸をしてから呼び出しのボタンを押した。


ピンポーン、ピンポーン


二度、呼び出し音が鳴り響き、少し緊張しながら返事を待つ。


「………」


が、一向に出る気配もなく、私はもう一度、ボタンを押した。





シーン





「あれ…」


やっぱり誰も出る気配がなく、私は呆然とその場に立ち尽くした。


(もしかして、二人とも、まだ仕事が終わってない…とか?)


そんな不安が込み上げてくる。
すぐに携帯を取り出し、お母さんの携帯にかけてみたが、やはり留守電になっている。
一応、お父さんにもかけてみたけど同じ状態で、私はガックリと肩を落とし、その場に蹲った。


「はぁ…やっぱ連絡くらいしとくべきだったなあ…」


ボヤキながら時計を見て、また溜息をつく。
この時間にいないなら、もしかしたら今夜は夜勤なのかもしれない。
ホテルの支配人や受付という仕事は夜勤が多いって前にも言っていた。


「どうしよう…」


二人が働くホテルに行って、家の鍵を受け取ってこようか。
そうしないと私はこの寒い中、外で夜を明かさないといけない。
バッグから手帳を出し、二人の働くホテルの電話番号を見ながら、携帯でかけてみる。
とにかく私が大阪に来てることを伝えないと。
そう思いながら待っていると、すぐに通る声で、『メープルホテル大阪で御座います』と聞こえてきた。


「あ、すみません。支配人をお願いします」
…で御座いますか?』
「私、の娘のと言います」


そう名乗ると、受話器の向こうから、『失礼致しました』と丁寧な受け答えが返って来る。
が、すぐに『支配人は本日、お休みとなっておりますが』と言われ、私は驚いた。


「え…休み…ですか?」
『はい。昨日から奥様と二人で休暇を取られております』
「えっ?お母さんも…っ?」


思わず叫んでしまい、慌てて口を押さえる。


「す、すみません…。あの…家にいないようなんですけど…どこへ行ったか分かりますか?」
『確かお二人で温泉に行く、と申しておりましたが』
「お、温泉…?え、えっと…休みはいつまで…」
『昨日から3日間の休みになってるようです』
「え…っ!そんな…」


それを聞いて、私は途方にくれてしまった。
と言う事は、明日にならないと戻ってこない、ということだ。
仕方なく、お礼を言って電話を切ると、私は深々と溜息を着いた。


「もう〜何でこんな時に、呑気に温泉なんか行ってるのよ…」


そう文句を言ってみたところで、連絡もせず来たのは自分だ。
久しぶりの休暇に、どこへ行こうと二人を責められない。


「はあ…困った…」


家にも入れず、行く所がなくなってしまった。
そう思った瞬間、何だか疲れが一気に襲ってくる。
カナダから殆ど眠らずに来て、先ほど着いたばかりなのだから当然だ。
今から泊まるところを探すのさえ、どうしていいのか分からない。
メープルホテルへ行けば部屋はあるだろうか。
それを聞いておけば良かった。
と言って、そこへの行き方も知らないし、これから駅前まで行ってタクシーに乗るしかない。


「もう…疲れちゃった…」


行かなくちゃ、と思うのに、しゃがんだまま足が動かない。
お腹も空いたし、何しろ眠い。
ボーっとしてると、うっかり眠ってしまいそうになる。


(ダメダメ…こんなマンションのロビーなんかで寝ちゃったら風邪引いちゃう…それ以前に住民の人に通報されちゃうかも)


そう思ってはみても、ホントに体が動かず、どうしよう、という言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
と、その時、ウィーンと自動ドアの開く音が聞こえて、ハッとした。
誰かマンションの住人が帰ってきたのかもしれない。
こんな所に蹲っていたら怪しまれる、と、私は何とか立ち上がろうとした。
が、突然グイっと腕を引っ張られ、私は誰かの手によって体を支えられていた。





「アホ。こんなとこで寝てたらアカンやろ」




「…や…大和…っ?」






その声に驚いて顔を上げると、そこには呆れ顔で溜息をついている大和が立っていた―――――――







「ったく…何ですぐ連絡せぇへんねん」


ロビーのソファに私を座らせると、大和は呆れ顔のまま隣に座った。


「だ、だって別に連絡するほどの事じゃないし…」
「アホ。行くトコなくなってんから、連絡するほどの事やろ。ほんま意地っ張りやなぁ、は」
「な…意地なんか張ってないわよっ」


プイっと顔を反らすと、大和はクック…と笑いを噛み殺している。
それはちょっとムカつくけど、でも、まさか戻って来てくれるとは思わなかった。


「帰ろう思ってんけど、もしかしたら思て、引きかえしてみたんや。正解やったわ」
「わ、私なら大丈夫だってば…どっかホテルに泊まるし」
「アホか。こんな時間から、どこにチェックインするん?今時期はどこもいっぱいやで?」
「え…ホントに…?」
「ああ。大きいホテルは一ヶ月前からやないと予約は受け付けてへんし、小さいビジネスホテルなんかも満室やろなあ」
「う…ど、どうしよ…」


その現実に途方にくれていると、大和はニヤリと笑いながら、私の顔を覗き込んできた。


「ここに頼る相手がおるやん
「―――――――は?」


顔を上げると、くいくいっと自分を指差す大和のアホヅラ――――――もとい、ニヤケヅラ。
訝しげに眉を寄せると、大和は不満そうに目を細めた。


「ほんま鈍いなあ。せやからオレが泊まるとこ世話したる言うてんねん」
「…え?ホント?!」
「ほんまや」


思わぬ救いの手に、つい身を乗り出すと、大和はニカッと笑ってみせた。


「何、結城グループもホテル経営とかしてるの?」
「そりゃーまあ。でも、今夜はさすがに、うちのホテルも満室やろ」
「…何よ、それ。じゃあ…どういうこと?」


ガックリして溜息をつくと、大和は私の荷物を持って立ち上がった。
その突然の行動に私も慌てて立ち上がる。


「ちょっと、どこ行くの?」
「戻んねん」
「…え?戻る、って…」
「せやからー今夜はオレんちに泊めたるさかい、はよ来いって」
「…はっ?!と、泊めたるって、ちょっと大和!」


その言葉に驚きつつも、スタスタ歩いて行ってしまう大和を慌てて追いかける。


「いいわよ、そんな!大和の家に泊めてもらうなんて悪いってばっ」
「何が悪いねん。しゃーないやん?行くとこないねんから。遠慮せんでええ」
「え、遠慮するわよ!私なら何とかホテル探すし大丈夫だから――」


追いかけながら、そう言うと、大和が突然足を止め、その不意打ちに私は彼の背中にドシンっとぶつかってしまった。


「いったぁ…。もう…急に止まらないでよ…」


鼻を押さえつつ顔を上げると、大和はムスっとした顔で肩越しに私を見下ろしている。
そして大きく溜息をつくと、ゆっくりと振り向いた。


「あのなあ…。この時間に好きな女が行くトコないってのに、放ったらかして帰れる思うか?」
「……え?」
「心配で一睡も出来へんっちゅーねん。ええから素直について来い。ええな!」
「…は、はい…」
「よし!ほな行くで?オレ、腹ペコペコやねんから」


素直に頷いた私の頭を満足げに撫でると、大和は再び歩き出した。
大和の迫力に思わず頷いてしまった私は、仕方なくその後からついていく。


…って言うか、今さり気なく"好きな女"とか言わなかった?!
あんなこと言われたら頷くしかないじゃないの…っ。
もしかして…大和ってば確信犯…?


頭の中であれこれ考えながら、前を歩く背中を見る。
さっきの大和、いつもより少し違う、マジメな顔だった。
大和は…本気で心配してくれたんだ。


「…りがと…大和」


前を歩く背中に、小さく呟くと、大和は「あー腹減った」と、聞こえないフリをしてくれた。
そういうところが凄く優しい、と思う。


彼の…お兄さんは、どういう人だったんだろう…
出来れば、会ってみたかったな。


そう思いながら、私のスピードに合わせて、足取りを緩めてくれた大和を、そっと見上げた。











その頃――――――――司ははるか上空にいた。



「おい!まだつかねーのか?!もう8時間は過ぎただろっ」
「つ、司さま!コックピットは立ち入り禁止です!」
「うるせぇ!サッサと日本に戻れ!オレは急いでんだっ」


スタッフを怒鳴りつけながら、イライラと席に座り、シャンパンを煽る。
そんな司にビクビクしながら、スタッフの女性は急いでパイロットの下へと向かったようだ。


「チッ!ホントにこれジェット機か?遅いったらないぜ…」


窓の外を眺めながら、文句を口にしてみても、一向にイライラは収まらない。
あれから別荘を飛び出し、夜中に自家用ジェットを飛ばしたはいいものの、カナダから日本へは約10時間はかかってしまう。
何度も来てる司だって、それくらいは分かっているが、どうしても無理を言わずにはいられなかった。


「クソ…!バカ女…勝手に帰りやがって…」


何も黙って帰ることね−じゃねーか。
そりゃ…オレだって悪いことをしたかもしれねぇーが……いやいやいや!
オレに限って悪いなんて事はねぇ!(理不尽)
アイツが鈍いからいけねーんだ。 そうだ!オレは絶対に悪くねーぞっ

内心、あれこれ考えながらブンブンと首を振る。
今まで他人に謝った事もなければ、自分が悪いと認めたこともないから、どうしても素直になれない。
ただの前では、そんな意地を張ってるからこそ、上手くいかない、という事だけは分かっているけれど。

(せっかく…あの日の事を思い出してくれたってのに…何してんだろうな、オレ…)

その時、司の脳裏に、あの日の可愛らしい笑顔が浮かんだ。



"これ、やるよ"


"…ありがと…"



たった一本、花を取ってやっただけなのに、アイツは凄く嬉しそうな顔をしてオレを見てたっけ。
それだけの事なのに、何となく忘れられなくて、ずっと記憶の中にあった。
再会した時は驚いたけど、でもやっぱり、あの笑顔は変わってなかったな…
まあ…気の強いとこも変わらずってとこだったが。

あの日、パーティで最初に会った時のを思い出し、司はふっと笑みを浮かべた。

「あんな女…そうそういねーよな…」


そう呟いた時、ジェット機はゆっくりと下降を始めた。













「この部屋、使って」
「…ありがとう」


食事をご馳走になった後、客室に案内してもらった。
あれから大和と一緒に戻った私に、梅さんは驚いていたけど、大和が事情を説明したら渋々ながら納得してくれたようだった。


「今日は疲れたやろ?ゆっくり休まなアカンで」
「…うん。ホントに、ありがとう…助かった」
「また礼かいな…。そんなんええて…」


照れ臭そうに、そう言いながら部屋に入ると、「バスルームはここやし好きに使って」と教えてくれる。


「ああ、ご両親にも、ちゃんと電話しとけよ?」
「うん。じゃないと明日も何時に帰ってくるか分からないし…」


そう言いながら荷物を置き、ベッドに腰をかける。
食事もした事で、油断するとこのまま眠ってしまいそうだ。


「おーい。寝たらアカンでえー?」
「…え?あ…」


不意にスプリングが軋んで、ハッと顔を上げると、隣に大和が座り、私の顔を覗き込んでいた。


「私…寝てた?」
「一瞬、目ぇ瞑ったし危なかったな」
「はぁ…何だかお腹いっぱいになったら急に睡魔が襲ってきて…」
「分かる分かる。オレも今、めっちゃ眠いも…ふぁぁあ…」


言った矢先に、大きな欠伸をする大和に、軽く吹き出した。
確かに二人して、カナダから殆ど眠らず帰国したんだから、眠くて当たり前だ。


「アカンわぁ…飛行機内で緊張しまくったせいで、時差ぼけもヒドイ…」
「うん…大和ももう寝て?私もそろそろ―――――――」


そこで言葉を切った。


「…何、ニヤニヤしてるの…?」
「ん?いや…」


何故か一人、ニヤついている大和に気づき、首を傾げると、大和は苦笑いを零しながら私を見つめた。


「何や…がうちにおるのが変な気ぃして」
「…え?」
「…何か…嬉しいなあ思て」
「………っ」


いきなり、そんな事を言われてドキっとした。
普段のように大和と話していると、一瞬忘れてしまいそうになるけど、彼は私を女として好意を持ってくれている。
それを知ってから、何となく気まずい気持ちもあって、私は視線を反らした。


「んな困った顔せんでもええやん」
「だ、だって…」


返事に困って俯くと、大和が小さく息をつくから、またドキっとした。
傷つけたかと思って顔を上げると、大和は悲しそうな顔をして私を見ている。


…オレのこと、嫌いか?」
「…え…?」
「やっぱり…迷惑か?」
「大和…」


何と言ったらいいのか困っていると、大和はふっと目を伏せた。


「まあ…そうやろなあ…。よく知りもしない奴に、好きや言われても困るだけやし…迷惑に思われてもしゃーない―――――――」
「そ、そんな事ないよ?私は…大和のこと、好きだもん…ただ…」
「……友達として、やろ?」
「…大和…」
「ええねん、分かってるし。どーせオレはいつも"いい奴"どまりやから」
「…え…?」
「"結城くんて面白いのねー"とか、"結城くんって友達タイプやねー"とか、そんなんばっか言われんもん…」
「あ、あの大和…?」
「…人として、いい奴、なんて、男にとったら誉め言葉とちゃうねんけどなぁ…」
「ちょ、ちょっと…」


自分で言って、ドンドン落ち込んでいく大和に、私はどうしようかと困ってしまった。
ガックリ頭を項垂れている大和は、深々と溜息をついている。


「や、ちょ…そ、そんな事ないよ?大和、凄くモテるじゃない!あ、ほら!英徳でもキャーキャー言われてたし!」
「…あんなん最初だけやん…。仲良うなったら、結局、"いい奴"で終わんねん…」
「う……で、でも、ほら!大阪には大和のファンが沢山いるって言ってたじゃない!ね?」


必死にフォローしていると、大和がやっと顔を上げてくれた。


「…ええねん。そんな慰めんといて」
「え、で、でも」
「オレは他の女なんていらんねん…。さえおってくれれば」
「…大和…」


不意に真剣な顔でそう言われ、ドキっとした。


「オレにとって、女はだけや。嘘やない」
「………っ」
「オレは…本気や」


大和の真剣な言葉に鼓動がどんどん早くなっていく。
普段、お茶らけている姿からは想像できないほど、真剣な瞳で見つめられ、頬が赤くなった。


…オレ―――――――」
「で、でもっ。私は…やっぱり…まだ大和のこと分からないの…。そ、それに…気になる人もいる…」
「……チッ。泣き落としもアカンか……」
「し…って………大和?今…なんて?」


必死に話してると、大和が顔を横に反らして何か小さく呟いた。
私が眉を顰めて、顔を覗き込むと、大和はいたずらっ子のようにぺロっと舌を出して笑った。


「真剣なって、ほんまは可愛いーなあ」
「な…って…あーーっっ!」


その一言に一気に顔が赤くなった。


「だ、騙したの?」
「騙したわけちゃうやん。まあ、ちょっと脚色したけどな」
「もおー信じられない!人が真剣に聞いてたっていうのにっ」
「いたっ!そんな怒らんでもええやんかーっ」


パシっと背中を叩くと、大和は苦笑いをしながら、私の頭をクシャクシャと撫でてくる。


「しかし、あれやな…何でアカンかったんやろなあ…。ああ…関西弁がアカンのか。標準語で言えば良かったか?」
「何言ってるんだか!…って、な、何…?」


いきなり肩をガシっと掴まれ、ビクっとなる。
見れば、大和は真剣な顔で私を見つめていた。


「や、大和…?」
「オレにとって女はだけだ…。嘘じゃない。オレは…本気だよ」
「―――――――――ッ」


いきなり標準語でそんな事を言われ、顔が熱くなる。
すると今まで真剣な顔をしていた大和がニッと笑った。


「ほーら、赤なってる!」
「…な…っ」
「やっぱ標準語の方がウケがええんかなぁ。まあ臭い台詞も何気にビシっと決まるもんな―――――――っぃてっ!!」
「いい加減にして!!」


またしても、からかわれ、私は思い切り大和の腕を叩いた。
大和は泣きそうな顔で、「そない親の敵みたいに殴らんでもええやん…」と殴られた腕を擦っている。


「大和が悪いんでしょ!散々人をからかってっ」


そう言ってプイっと顔を反らし、大和に背を向ける。
いちいちマジメにとる私も何て単純なんだと自分で呆れたけど、だからこそ、余計に腹立たしい。
大和は大和でそんな私の服をツンツンと引っ張りながら、「ごめんてぇ…」と謝っている。


「知らない」
「知らないて…そんな怒らんでも…これでもマジで言うてんから…」
「嘘ばっかり。もう引っかからないもん」
「嘘とちゃうよ。言うた事は大真面目や」
「……っ」


その時、不意に後ろからぎゅっと抱きしめられ、体がビクっと跳ね上がった。
徐々に大和の体温が伝わって来て、一瞬で顔が赤くなる。


「や、大和…?」
「オレは…いつでも本気やし、嘘も言わへん。が好きや…」
「………っ」


髪に口付けられる感触に、鼓動が一気に早くなって、体に力が入る。
でも、それは長くは続かず、大和の腕がゆっくりと離れていった。
そしてポンと頭に手が乗せられ、そっと振り向けば、そこには、いつもの大和の笑顔があった。


、顔真っ赤やん」
「な…そっちこそっ」


私の顔を見て、ぷっと吹き出した大和に、思わず言い返す。
が、てっきり言い返してくると思った大和は、恥ずかしそうに頭をかいて、視線を反らした。


「何や…言い馴れないこと言うと照れ臭いわ」
「…え?」
「オレも根っから二枚目キャラには向いてへんねんなあ…」
「…ぷ…何それ…」


シミジミと、そんな事を言っている大和に、思わず噴出してしまった。
でも大和は結構、マジメだったらしく、少しスネたような顔で私を睨んだ。


「これでも結構、悩んでんねんけど」
「何で?大和はかっこつけなくても、そのままでいいのに」
「そう言うけどやなあ。やっぱ憧れるやん?話しても二枚目っちゅう…そやなあ…花沢クンみたいなタイプに」
「…な…なんでそこに花沢類が出てくるのよ…」


いきなり彼の名を出され、ドキっとした。
すると大和はますます目を細くして、ベッドの上で胡坐をかいている。


「その反応…やっぱも、ああいうタイプが好きなんや」
「す、好きって、だからそれは…。そ、それに花沢類は話したら二枚目とかじゃないし…」(!)
「そうなん?でも、どう見ても二枚目やろ。あんな顔で口説かれたら、女もイチコロちゃうん?」
「イ、イチコロって…。って言うか、大和だってジャニ顔じゃないの。英徳の女の子達だって騒いでたんだから」
「でもはジャニ顔より、モデル顔の花沢クンがタイプなんやろ。まあ…ちょっとボーっとしとる時もあるけど」
「タ、タイプって何よ…別に私は顔で誰か好きになったりしないもの…。それに花沢類はホント、ボーっとしてるしっ」(酷)


そう、花沢類だって、どっちかと言えば、天然ボケタイプ…(って、こんなの本人には言えないけど)
ああ、大和と組んだら、異色の漫才コンビでも出来そうじゃない?(オイ)


こんな時に花沢類の事を思い出したせいで、何だか鼓動が勝手に早くなって、体の熱が上昇していく気がした。
大和はそんな私を横目で見ながら、「何で顔、赤くしとんの?」とスネたように睨んでくる。


「べ、別に…」
「はーあ。やっぱは花沢クンに惚れとるんかぁ…」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよっ」
「まあ、それでもええけどー。オレ、諦める気、ぜーんぜんないし」
「…な…っ」
「さて、と。そろそろ寝ようかなー」


言い返そうとした時、大和はすくっと立ち上がり、ベッドの下にポンと飛び降りた。


もはよ寝えよ?疲れてるんやから」
「え、あ…うん…」


アッサリ引き下がる大和に拍子抜けしながらも、そう言えば疲れてたんだ、と思い出し(!)頷いた。
すると、大和がニヤリと笑って、私の前まで屈むと、「寂しい?」と得意げな顔で訊いて来る。


「な、何が?」
「そら、もちろん一人で眠るのが」
「…べ、別に――」
「寂しいなら、オレ、添い寝してあげてもええけど?」
「…ぬ。い、いりません!」


そう怒鳴って顔をプイっと反らす。
が、その時、頬に軽くちゅっとキスをされて、一気に顔が赤くなった。


「ちょ、」
「お休みのキスやから怒らんといて。ほな、お休み、
「…お、お休み…って、何がお休みのキスよ!」


そう言って素早く逃げていく大和に、近くにあったクッションを投げつける。
が、それが当たったのは閉じられたドアで、大和は一秒早く、部屋から出て行ってしまったようだ。


「も、もう〜!」


悔し紛れに、もう一つのクッションをボフっと殴る。


「お休みのキスなんかしなくていいわよっ」


そう言ってクッションに顔を埋めた。
何だか顔が熱くて、少しだけドキドキしている。
よく考えると、最近、大和のペースに流されっぱなしだ。


「はあ…私も学習しないなあ…」


ベッドに倒れこむと、苦笑いを零し、溜息をついた。


「ん〜〜。眠い…」


だいぶ疲れた手足を思い切り伸ばすと、全身が一気にダルくなる。
体が鉛のように重くなって、起き上がるのさえ面倒になった。


「いけない…着替えて…シャワー浴びなきゃ…」


そう呟いてみるも、全く体が動かない。


次第に瞼も重くなって、そっと目を閉じる。


気づけば、私は深い眠りの中に、引きずり込まれていた。













「もしもし…?ああ…今、オレの家におる…」


そう言いながらベッドに寝転がる。
時差ボケのせいで、少し頭が重い。


『そう。よくやったわ。そうなるよう動いたのよ』
「へぇ…やっぱアンタか。の両親に休暇を与えて、から遠ざけたのは」
『まあ…私からのプレゼントよ。おかげでちゃんとゆっくり話す時間が出来たでしょう?』
「…ま、でも別に進展もしてへんけどな」


大和の言葉に、受話器の向こうからは溜息が零れる。


『…何をしてるの?女の子の扱いくらい慣れてるでしょう?結城グループのご子息なら』
「…そら、まあ多少はな。でもはオレの周りに群がってくるような女とちゃう」
『それでもその気にくらいさせないと、今後困るのはあなたも同じなのよ?』
「…分かっとる。それより…あんたの計画の方もダメんなったら…それ以前の問題やで?」
『ええ…承知してるわ。私にも考えはあります』
「あっそ。ま、よろしゅう頼むわ。ほな、もう寝るし切るで?」
『…急な帰国で疲れたでしょう。ゆっくり休んで、また明日から頑張りなさい。それじゃ』


そこで唐突に電話が切れた。
大和は思い切り息を吐き出すと、携帯をベッド横の棚に置いて、両腕を思い切り伸ばす。
カナダから一睡もしてない状態での帰国は、かなりキツイものがあった。
それも楓からの連絡があっての事だ。


「はあ…ほんま勝手なおばはんやわ…おかげでボロボロやっちゅーねん…」


ゴロリと寝返りを打って溜息をつく。
だが、と少しでも一緒にいれる事は、大和にとっても嬉しかった。


「そんな簡単に口説けたら、苦労はせぇへんよ…」


そんな事をボヤきつつ、ゆっくりと目を閉じる。


その数秒後には、小さな寝息を立てつつ、夢の中へと落ちていった。















「―――――――――え、いないんですか」
「はい。ただいま、は休暇中で御座います」
「……休暇…」


そう呟いた瞬間、ボーっと何かを考え出した少年に、フロントマンは訝しげに目を細めた。


「あの…お客様…?」
「…ああ…すみません。えっと…今夜から部屋を取りたいんですけど」
「…今夜から、ですか。申し訳御座いませんが、今夜は当ホテル、全室予約で埋まっておりまして――――――――」
「お、おい君!」
「え?あ、副支配人」


そこへ少し後頭部が禿げ上がった細身の男性が慌てたように走ってきた。


「どうしたんです?そんなに慌てて…」


フロントマンは副支配人の様子に首を傾げた。
が、副支配人と呼ばれた男は、目の前で未だボーっとしている少年に、満面の笑みを浮かべ、


「申し訳御座いません。花沢様。お部屋の方は只今ご用意させて頂きますので、少々あちらでお待ち頂けますか?」
「え、ああ、はい」


ロビーのソファを勧める副支配人に言われるがまま、花沢類は欠伸を噛み殺しながら歩いていく。
それを見て、今まで対応していたフロントマンが驚いたように目を丸くした。


「え、花沢って…もしかして…」
「バカもん!あの方は花沢物産の跡取りだぞ。顔くらい覚えておけ!前に、司坊ちゃんと一緒に何度か来た事があるだろう」
「え、あッそう言えば…」


副支配人の言葉に、フロントマンはサっと青くなった。


「いいから、とっととスイートルームを用意しろ!VIP用に空けてある部屋があるだろう」
「は、はい、今すぐ!」


副支配人に怒鳴られ、フロントマンは急いでパソコンをいじり、その部屋を確保しておくと、奥にキーを取りに走った。
この道明寺グループの跡取り息子、司の、子供の頃からの親友では、そうせざるを得ない事を、彼も知っている。


「花沢様、お待たせ致しました。お部屋の方がご用意出来ましたので、私がご案内いたします」


わざわざ副支配人がキーを受け取り、花沢類を直に部屋へと案内していく。
一高校生でもある少年に、副支配人が直々に案内をする、というのは、そうあるものではない。
ホテルのスタッフは、それを眺めながら、もしかしたら"あの"暴れん坊の司坊ちゃんまでが来るのではないか、と暫くビクビクしていた。






「こちらで御座います」
「…ありがと」


だだっ広いスイートルームに通され、類はガシガシと頭をかきながら部屋の中を見渡した。
その後ろで副支配人が営業用スマイルを惜しみもなく見せている。


「あ、あの花沢様…」
「はい?」
「失礼ですが…今夜はお一人でお泊りでしょうか」
「…うん、まあ。だから普通の部屋でも良かったんだけど」
「い、いいえ!とんでも御座いません!花沢様を、そんな普通の部屋へなんかお通ししたら、司坊ちゃんに怒られますので」


大げさに首を振りながら説明する副支配人を見て、類は内心、あんなに頭振って、よくクラクラしないな、と思っていた。(呑気)


「そ、それで、ですね。その司坊ちゃんなんですが…」
「司?」
「は、はい。ええと…この後、当ホテルに来る予定とかはあるのでしょうか。お待ち合わせとか…」
「いえ、司は今、カナダにいるし。待ち合わせてもいないですよ」
「そ、そうで御座いますか…」


類の説明に、副支配人は明らかにホっとしたような顔をして、息を吐き出した。
大方、司が来たら、また何か騒ぎを起こすんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしていたんだろう。
前回、来た時は、スイートルームで大宴会をして、後片付けが大変だったのだ。


「で、では、本当に花沢様、お一人で…」
「さっきから、そう言ってるじゃん。誰も来ないよ」
「さ、さようで御座いますか…。では…観光か何かで?」
「………」


根掘り葉掘り訊いて来る副支配人に、類はウンザリしたように息をついた。


「そうじゃないけど…。一つ聞いていいかな」
「は、はい。何でしょう?」


もみ手よろしく嘘くさい笑みを浮かべる副支配人に、類は内心、苦笑しながらも、気になっていたことを尋ねてみた。


「今日…ここにっていう女の子、来なかった?」
「…は、さん、ですか」
「うん。このホテルの支配人の娘さんなんだけど…」
「…ああ、支配人の…。いえ…私はお見かけしておりませんが…さんのお嬢さんがお見えになる予定なんですか?」
「いや…それは分からないけど…」


そこで言葉を濁し、類は溜息をついた。
真っ先に、ここに来てると思っていたけど、外れたようだ。


「ああ、でしたら他の従業員に確かめてみますけど」
「…じゃあお願いします」
「はい。畏まりました。では、何か御用の際はフロントにお電話下さい」


副支配人はそれだけ言うと、そそくさと部屋を出て行った。
やっと一人になれてホっとすると、類は窓際まで歩いて、外に見える大阪のネオンを眺めた。


「どこ…行ったんだろ…」


カナダを一人で経ち、一度東京に戻った類は、一旦は家に戻ろうとリムジンに乗り込んだ。
が、先に日本へ帰ってしまったの事が気になって、そのまま空港へ引き返し、大阪行きの飛行機へと乗り込んだのだった。
養子の件で親と話しに行くと、置き手紙に書いてあったのを手がかりに、このホテルへとやって来たが、の来た形跡がない。
しかもの親すら、休暇でいないと聞いて、類は、これからどうしようかと考えた。


「……あ、そうか。携帯にかければいいんだっけ」


時差ぼけの頭で、やっとそれに気づき、類はすぐに携帯を取り出しの番号を押してみた。
だが、無常にも、携帯は繋がらず、すぐに留守電に切り替わってしまう。



「…留守電…」


どうも留守電にメッセージを残すのが苦手な類は、そこで電話を切ってベッドに寝転がった。
カナダからの移動で、かなり疲れている。
飛行機内では殆ど眠ってきたはずなのに、今なお、欠伸が出る始末だ。


「ふぁぁぁ…ま、いっか…明日、またかけてみよ…」


そう言った瞬間、再び欠伸が出て、類はそのままベッドに潜り込んだ。


そして、二秒後には、夢の世界へと旅立ったようで、その数時間後に携帯が鳴り出したのを、類が気づく事はなかった。













「クソ!留守電かよ…!」


機械の音声を聞いて司は舌打ちすると、すぐに他の番号を出すべく、アドレスを開いた。
そして、"類"と書かれたところで止めると、すぐに電話をかけてみる。
が、こっちは繋がってはいるものの、一向に出る気配がない。


「チッ。何で出ねーんだ…」


イライラしながら呟くと、次に自宅へとかけてみる。
すると、こっちはすぐに使用人が出た。


「ああ、オレだ。司。ちょっと聞くが…はそっちに帰って来たか?ああ、そうか。分かった」


は帰ってない、と聞いて、司はすぐに電話を切ると、窓の外を眺めた。
遥か下降には滑走路を照らすライトがキラキラと輝きを放っている。
空港の方でOKが出れば、すぐにでも着陸出来るはずだ。


「…クソ…早くOK出しやがれってんだ…っ」


さっきから待たされている司は、イライラも頂点に達してきた。
そして携帯を見ると、再びの携帯へ電話をしてみる。
が、またも留守電で、司は携帯を隣の椅子へと放り投げた。


「ったく…アイツ、何してやがんだ…」


あの置き手紙だけを見れば、が真っ直ぐ大阪に来た事は間違いない。
今頃、親の家で寝てるのか、それとも…


「まさか…類と一緒…なんて事、ねぇ…よな…」


小さな不安が過ぎり、司は軽く息を吐き出した。
まさか、という思いと同時に、が類にだけは皆と違う態度で接している事も、薄々だけど気づいている。
そして類もまた、何故かには優しいという事も。


「チッ…らしくねーな…」


そう呟いて、シートに凭れかかる。


それと同時に、着陸態勢に入ったというランプが、赤く光った。












続々と帰国ですね!
今回は繋ぎといった感じです。
殆ど大和との絡みになってしまいました…;;


いつも励みになるコメントを、ありがとう御座います<(_ _)>

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●花男は見るたびに物語に引き込まれてしまいます。キャラひとりひとりの個性がとても出ていてステキです!(中学生)
(ありがとう御座います!そう言って頂けると励みになります!(>д<)/


●書かれるキャラクターがみんな素敵で、物語につい引き込まれてしまいます!(社会人)
(キャラが素敵だなんて嬉しいお言葉、ありがとう御座います!これからも頑張りますね♪


●る、類!!!そのままヒロインを追いかけてくれ!!(違います)…何だかもう愛しすぎる連載です。大和良いキャラですし、
強引且つ変な所で真面目な司もいいし…いつも素敵な花男夢を有難うございますvv(フリーター)
(い、愛しすぎるだなんて感激です!自分では似非だと思いつつ修正出来ない状態ですので、そう言って頂けると励みになります(*TェT*)