かけがえの
ない時間
ここはカナダじゃない、浪速の街、大阪。
…のはずなのに…何でカナダにいるはずの花沢類が、うちに来てるの?!
この突然の訪問に混乱しつつ、オートロックのロックを解除した。
「―――――――久しぶり」
恐る恐るドアを開けると、本物の花沢類が笑顔を見せながら立っていた。
花沢類は唖然としている私に苦笑しながらも、「入っていい?」と訊いて来る。
その言葉に頷いたものの、すぐに大和の存在を思い出し、「あ!」と大きな声を上げた。
「…何?」
「ま、待って!今はその――――――」
「どうも〜♪」
「………ッ」
花沢類を慌てて引きとめようとしたものの、後ろから能天気な声が聞こえて振り返れば、リビングから大和が顔を出していた。
「あれ…君…」
当然のように花沢類はキョトンとした顔。
そして私の方を見ると、「何で彼がここに?」と訊いて来た。
「え、いやその…」
「いや〜オレ、この近所に住んでんねん。で、遊びに来たっちゅーわけで」
「…こんな朝早くに…?」
「それ言うなら花沢クンも同じやろ?何でカナダにいるはずの花沢クンが、こんな時間に大阪におるんやろ」
「ちょ、ちょっと大和…」
混乱しつつも、間に割ってはいる。
花沢類は軽く息をつくと、「どういうこと?」と私を見た。
「と、とにかく…入って」
この状態じゃどうしようもなく、私は彼を中へ通すと、紅茶を淹れて、リビングに戻った。
「何やーお茶いらん言うたのに」
「………」
未だ呑気にそんな事を言ってくる大和を軽く睨みつつ、ソファに座る。
向かいには大和、そして花沢類が並んで座り、何だかこうして見ると変な構図だな、と思った。
「あ、あの…花沢類、どうしてここに…?カナダにいたはずじゃ…」
「…オレもが帰国したすぐ後に、東京に戻ったんだ」
「え…どうして……静…さんは?」
「……静は…まだカナダだよ」
「…じゃあ…置いてきたの?何で…」
「……静はカナダからパリに帰るって」
「え…パリに…?何で…」
「…その話は後でいいよ。それより…」
花沢類は困ったように言葉を濁すと、隣にいる大和を見た。
「どうして君がここにいるの?」
「え?オレ?オレは…休みに実家に帰省してるだけや」
「それで、どうしての家に?」
「あ、あのね、花沢類…大和とは空港で偶然会って…ここまで案内してくれたの。それで…」
「そうそう♪ちゃんは大阪は右も左も分からんようやったしな〜。んで元気なかったし、今日は様子を見に来たっちゅうわけ。な?ちゃん」
「…う…うん…」
ちょっと違うけど、詳しい事を話すのもなんだし、そこは素直に頷いておく。
花沢類は黙って聞いてたけど、「ふーん」と言って、ソファに凭れかかった。
「まあいいけど…君、にやたらと近づいてくるよね。何か目的でも?」
「は、花沢類…っ?」
「目的ってイヤやなぁ。オレは転校先で仲良ぅなったちゃんが心配なだけ。何や色々と悩んでるみたいやったし?」
「………」
「そういう花沢クンこそ、やたらとにかまっとるみたいやけど…何でなん?」
「や、大和…っ」
いきなり、そんな事を言い出した大和に慌てて立ち上がる。
でも花沢類は大和の言葉に顔色かえるでもなく、
「オレも同じだよ。が心配なだけ。だから今日も来たんだ」
「…花沢類…」
「ふーん。カナダから、わざわざ、ねぇ…。ええなぁ、ちゃんは。こんなええ男二人に心配してもろて♪」
「な、何言ってんのっ?」
大和の意味深な言葉に顔が赤くなる。
花沢類の気持ちは素直に嬉しかったけれど、でも何となく、この状況が気まずい。
別に浮気現場を見られたわけでもないのに(そもそも二人とは関係ないし)何で、こんなに焦ってるんだろう、と自分でおかしくなった。
花沢類を見れば、彼は大和の言葉に何故か楽しそうに吹き出して、
「それもそうだね」
「ちょ…花沢類…?」
「せやろ?普通、こんなええ男が心配で駆けつけたら、女はいちころやん?なのにちゃんはなかなか落ちてくれへんねん」
「大和っ」
「へぇ、君、やっぱりの事、口説いてるんだ」
「そやねん。まあオレとしてはちゃんと、きちんとお付き合いっちゅうもん、してみたいなぁと思てるんやけど、結構、手強いねんなあ」
「…や、大和!いい加減に――」
「へぇ。まあ、でも…難しいだろうね」
大和の余計な発言に真っ赤になったけど、花沢類は何故か意味深な笑みを浮かべて肩を竦めた。
その態度に大和は苦笑しながらも、「何でなん?」と首を傾げている。
「…は、あの司が大事にしてる。うかつに手を出したら危険だってこと」
「…な…」
今度は花沢類の言葉に驚いた。
あの司が私を大事にしてる?ありえないってば!
普段のあの人をバカにしたような態度、花沢類だって知ってるくせに、何でそんな嘘、言うの?
内心そう突っ込みつつ、言葉を失っていると、今度は大和が楽しそうに笑い出した。
「あー道明寺クンね。やっぱ、そうなんや。まあ、でも彼はちゃんの、ただの親戚やろ?それよりオレが宣戦布告したいんは……」
「………?」
そこで一旦言葉を切ると、大和は真っ直ぐに花沢類を見据えた。
「君、や。花沢クン♪」
「………っ?」
「……オレ?」
大和の爆弾発言に、一瞬眩暈がした。
花沢類はキョトンとした顔で、大和を見ている。
これ以上、大和に好き勝手言われたら、この私の気持ちさえバレてしまうかもしれない。
そう思って、慌てて口を挟んだ。
「いい加減にして、大和っ。何言ってるの?」
「何て、宣戦布告してるんやん。どう見ても、オレのライバルは彼やからなぁ」
「な…そんなわけないでしょっ?変なこと言わないでよっ」
真っ赤になって反論する。
すると大和は仕方ないといったように溜息をついた。
「…分かった。オレも今日は誤りに来ただけで、ちゃんを怒らせよう思てきたわけやないし…今日のところは引き下がるわ」
「大和…?」
突然立ち上がった大和に驚いていると、彼は花沢類を見下ろし、ニヤリと笑った。
「花沢クンって、やっぱ少し鈍いなぁ」
「……(む)」
「まあええわ。それならそれでオレも楽やし」
「何の事?」
「分からんなら尚更ええ。ほんじゃ、邪魔したな。後は二人でゆっくり再会しなおしてや」
「ちょ、ちょっと大和!」
言うだけ言って大和は玄関の方に歩いていく。
慌てて追いかけると、大和は靴をはきながら、溜息混じりに振り返った。
「あれくらい言わな、アイツ気づかへんで?」
「…え?」
「の気持ち」
「………っ」
「オレは鈍くないから、すぐの気持ち気づいたけどな」
「…な…私は別に…」
「…素直になったらええやん。まあ…アイツには彼女がいるみたいやし…振られたらオレんとこ来い。慰めたるし」
「…何言ってんの…?私は―――――――」
「オレは心広いから、好きな女が他の男に惚れてても、寛大な気持ちで待ってられるしな」
「…大和…」
「ほんじゃ…今日は帰るわ。またな?」
大和はそう言って微笑むと、私の頭をグリグリ撫でて、出て行ってしまった。
暫く閉じられたドアを眺めてたけど、ハッと我に返り、リビングに戻る。
花沢類は紅茶を飲みながら、私を見ると、「アイツ、帰ったの?」と、呑気だ。
「う、うん…」
さっきの話の流れのまま、花沢類と二人きりの状態というのは、かなり気まずい。
大和の発言で、私の気持ちがバレたんじゃないか、とヒヤヒヤしながら、ソファに座った。
「え、えっと…あの、ごめんね…大和が変なこと言って…」
「いいけど…ホントに変な奴だね」
「……う、うん…」
何を聞かれるかと思えば、普段と変わらない花沢類に拍子抜けした。
普通、あんな事を言われれば、もしかして?くらいは思うはずなのに、花沢類は特に気にするでもなく、美味しそうに紅茶を飲んでいるだけだ。
やっぱり大和の言うように、相当鈍いのかも(!)と思いながらも、内心少しホっとしていた。
「あ、あの…それでさっきの話だけど…」
「さっき?何の話だっけ」
「……」
その一言にガクッとなりそうなのを抑えつつ、「静さん置いて何で帰国したのって事!」と応えると、花沢類は思い出したように顔を上げた。
「ああ…その事…」
「どうして静さん残して帰国したの?それに大阪まで、わざわざ来てくれるなんて…」
「あんな置き手紙残されちゃ気になるだろ?それに…静とオレ、また前の関係に戻ったんだ」
「…え…?戻ったって……?」
「幼馴染って関係」
花沢類は溜息をつきつつ、天井を仰いだ。
私は意味が分からず、何て応えていいのか迷っていた。
花沢類は静さんの事を本当に好きだったはずだ。
だから想いが伝わった時だって凄く嬉しそうだった。
なのに何で、急にそんな事になったの?
そう思っていると、花沢類は苦笑いを零し、「驚いた?」と肩を竦めた。
「そ、そりゃ驚くわ…。だってついこの間…」
「そうなんだけどさ…。でも…静、またパリに戻るらしいんだ。今度は留学とかじゃなく、ホントに移住するみたいで」
「…え?移住って…向こうに住むって…事?」
「うん。向こうで勉強したいんだって。国際弁護士になるのが静の夢だから……」
「で、でもそれだけで別れるなんて…」
「…パリと日本だよ?そんな状態で付き合っていけるわけない」
「…花沢類…」
「いいんだ。静は決めた事は必ずやり遂げる人だし…静の夢を邪魔する事、オレは出来ない」
「でも…」
「だって…自分の夢があるから分かるだろ?静の気持ち…」
「それは…」
そう聞かれて言葉に詰まった。
確かに、夢を実現するなら行動しないと何も始まらない。
でも…だからって好きな人と夢を天秤にかけることも、私には出来なかった。
「…花沢類は…それでいいの…?後悔しない…?」
「…後悔ならとっくにしてる。でも引き止めることは出来ないし、納得するしかないだろ」
「そんな……静さんは…何て…?」
「静は…オレの出した結論を受け入れたよ。だからオレは先に日本に帰ってきた。あのまま静といたら、それこそ無理に引き止めそうだったから」
花沢類はそこで初めて寂しそうな顔を見せた。
きっと辛かったんだと思う。
好きな人が選んだ道。
そのせいで会えなくなるという事に、耐えられなかったんだろう。
彼女の意思をくんで、別れを選ばざるを得なかった彼の気持ちを考えると、私まで胸が痛くなった。
「…ホントはさ。そんな状態だったから…に会いにきたのかも」
「…え?」
「心配だったのもあるけど…でもオレの気持ちを理解してくれてると、こうして話したかったのかもしれない」
「…花沢類…」
少し照れ臭そうに笑う花沢類の言葉に、嬉しくて泣きそうになった。
そんな気持ちの時に、私の事を思い出してくれた事だけでも、こんなにも幸せになれる。
「一人で大阪来たの初めてで、どう探していいのか分からないから困ったけどね」
「え…あ…そうだ…。どうして、ここが分かったの?私、住所言ってなかったのに…」
「ああ、それは両親の仕事場聞いてたし。だからメープルホテルに行って聞いたんだ。オレもそこに泊まってる」
「そう…」
「ああ、ついでに言うと…夕べ…っていうか朝方だけど、司もこっちに来たよ」
「――――――――えぇっ?!」
思ってもみない、その言葉に、私は唖然とした。
カナダにいると思ってた人が、また一人大阪に来ているんだから驚くのは当たり前だ。
「何だか慌ててカナダから東京飛んで、そのまま車でこっち来たみたいでさ。今は爆睡してるから起こさず一人で来たんだ」
「な…な、何で司が大阪に?!」
「さあ?司も時々わけの分からない行動するからね。カナダに飽きたのかもしれないし」
「……そ、そんな理由で…」
「それとも…司ものこと、心配で来たのかもね」
「ま、まさか!」
その言葉に激しく首を振ると、花沢類は楽しそうに笑い出した。
思わず私まで笑いたくなってくる。
花沢類だけじゃなく、司まで大阪に来た、という、その事実が、あまりに驚きすぎて混乱してるのかもしれない。
だいたい司とはカナダでケンカしたきりだし、今は何となく顔を合わせづらい。
「あ、あの…」
「ああ、そうだ。ご両親と話した?」
「え?あ…うん…夕べ…」
「そう。で、どうだった?」
「……うん…」
本当に心配そうな顔をする花沢類を見て、私は素直に夕べの話を彼に話した。
「そっか…夢を優先に、ね」
「うん…お父さんもお母さんも…私の将来の事だけを考えてくれてるの。だからその気持ちを無視は出来ないなぁって…」
「じゃあ…養子の話、受けるの?」
「…まだそこまでは決めてない…。やっぱり大事な事だし…」
そう言って俯くと、花沢類は不意に立ち上がって、私の隣に座った。
ドキっとして顔を上げると、ポンと頭に手が乗せられる。
花沢類は優しく微笑んでいた。
「どんな答えを出しても、オレ達は変わらないんだし、ゆっくり考えなよ」
「…花沢類…」
「そりゃ司の妹になるわけだし、嫌な事もあるだろうけど」
「……ぷっ」
真剣な顔で、そんな事を言う花沢類に、思わず噴出した。
「そうだね。あんな兄貴、イヤかも」
「…だろ?まあ司もある意味、イヤだろうけど…」
「え?」
「何でもない」
花沢類はニッコリ微笑むと、ふと時計を見た。
「もう、こんな時間なんだ。何かお腹減ったね」
「え?あ…ホント…」
時計を見れば午前10時になろうとしている。
朝から何も食べてなかったし、その事を思い出すと、途端にお腹が空いてきた。
「花沢類も食べてないの?」
「うん」
「でも…よくこの時間に起きられたね。いつもならお昼頃まで寝てるのに」
ふと思い出して、そう言うと、花沢類は徐に顔を顰めた。
「それが…朝方、大阪に着いた司に無理やり起こされて…そのまま起きてろって言うから起きてたのに司は部屋戻ったきり来なくてさ。
仕方ないからまた寝たんだけど…その前に寝すぎてたから、朝一番で目が覚めちゃって…」
「ああ、それで朝早くにうちに来たってわけだ」
「うん。だって司の部屋に電話しても全然でないし…。一人で勝手に来たら怒るだろうなとは思ったんだけど起きるまで待ってられないし」
「ふふ…珍しい。普段は逆なのに」
「そうだっけ」
「そうよ」
そう言いながら笑っていると、花沢類がふとマジメな顔で私を見た。
「でも…司、一緒に来なくて正解だったかも」
「え、何で?」
「あの大和とかいう奴と司が顔を合わせてたら…またモメるだろーし…」
「あ…そっか…。司、大和の事、よく思ってないみたいだもんね」
いつか学校で顔を合わせた時も、司が大和にケンカを売りそうになってた事を思い出す。
あれじゃ花沢類が心配するのも無理はない。
さっきも顔を合わせてたら、ケンカになってたかもしれない。
「さて、と。どっかに食べに行かない?」
「…え?」
「それともが何か作ってくれる?」
「う…」
ニヤリと笑う花沢類に、顔が赤くなる。
料理が苦手な私が、食事を作ってあげられるはずもない。
特に静さんの美味しい料理を食べなれてるはずの花沢類には……
「う、うち、何も材料ないし…外で食べよ?」
焦ってそう告げると、花沢類は笑いながら「了解」と微笑んだ。
「オレ、大阪ってよく知らないし…が案内してよ」
「え、でも私も分からないよ…?」
「…じゃあ大阪来てすぐ、どうしてたの?ご両親いなかったんだろ?」
「だ、だからそれは……」
痛いところを突かれ、ドキっとしつつ、「大和に案内してもらって…」と正直に話した。
さっき大和が話してしまってるし、隠しても仕方がない。
花沢類は軽く目を細めると、「なるほどね」と苦笑いを浮かべた。
「じゃ大阪来てからアイツに世話なってたって事だ」
「せ、世話って言うか…色々案内してもらって…」
「ふーん。仲いいんだね」
「え、そ、そんな事ないってば…っ」
ニヤリと笑う花沢類に、誤解されちゃ困ると、慌てて否定した。
そんな私を見て、花沢類はクスクス笑っている。
「じゃ、行こうか」
「う、うん…」
次は何を言われるかと、ドキドキしてたけど、花沢類はそれ以上、大和の事は口に出さず、外へと出て行った。
私もすぐに用意して追いかける。
何だか、まだ夢の続きを見てるようだった。
「ここ、駅から近い?」
「あ…少し歩くけど…」
「そう、じゃあ天気いいし歩いて行こう」
「うん…」
前を見れば笑いかけてくれる花沢類。
冬休みが終わるまで会えないかと思ってたのに、今はこうして傍にいる。
二人で知らない街を歩いてる。
それが信じられなかった。
「オレ、お好み焼き食べたいな。大阪って本場だよね」
「お好み焼きって…何か…花沢類には似合わない」
「え、そう?何で?」
「何でって…」
キョトンとしながら私を見る花沢類に、思わず彼がお好み焼きを焼いてる姿を想像して吹き出してしまった。
「だって…花沢類って…というか、F4皆だけど…。レストランで食事って方が似合ってるもの」
「…そうかな…。でも…確かにお好み焼きって食べた事ないし…」
「えっないの?!」
「うん。おかしいかな」
「お、おかしいって言うか…。で、でもそうだよね…。あんな庶民が食べるもの、食べないよね…」
「そう言うわけじゃないんだけど…。でも食べた事ないから一度は食べてみたいって思ってさ。ダメかな」
照れ臭そうに笑う花沢類に、胸の奥が音を立てる。
「ダ、ダメじゃないよ。じゃあ…お好み焼きにしよっか」
「うん」
嬉しそうな笑顔を浮かべて、再び歩き出す彼の背中を見ていると、自然に顔が緩む。
こんな風に花沢類と出かけられるなんて思ってなかったから、やっぱり嬉しい。
でも、と先ほどの話を思い出した。
静さんの夢の為に、自分の想いを押し殺した花沢類…
彼の事は好きだけど…でも二人が一旦は別れることにした、と聞いても、何故か嬉しいとは思えなかった。
静さんの事を、嬉しそうに話す彼を、何度も見てきた。
そのたび胸の奥が痛くなって、切なくなったけど…でもそんな彼の事も好きだと思った。
好きな人が幸せそうな顔をしてると、私まで何故か嬉しくて。
例え、それが他の人へ向けられた笑顔でも、悲しそうな顔を見るよりは、よっぽどいい。
「ん?どうしたの?」
黙って花沢類の横顔を見ていると、不意に目が合い、ドキっとした。
太陽の光が、彼の薄茶色の髪を照らしてて、凄く眩しい。
「…花沢類…辛くないの…?」
「…え?」
「…静さんのこと…私が口出すことじゃないと分かってるけど、でも―――――――」
「…いいんだよ。何度も考えて出した結論なんだ。オレはいつ帰ってくるか分からない人を待ち続けられるほど強くないし…中途半端なまま別れて暮らすよりはキッパリ別れた方が――」
「だ、だったら…花沢類がパリに行くとか…」
「……え?」
言葉とは裏腹に、あまりに寂しそうな彼の横顔を見ていたら、つい、そんな事を口走っていた。
花沢類は驚いたように立ち止まり、私を見つめている。
「何言って…」
「だって…静さんがパリに住みたいなら…花沢類も一緒に住めばいい。そうじゃない?」
「………」
「離れて暮らすことが耐えられないなら…二人でパリに行けばいい…。静さんだって、それを待ってるんじゃないかな…」
「…静が…?」
「うん…彼女だって…いくら夢があるって言っても好きな人と別れてまでそれを叶える事は辛いと思うの…。でもきっと自分の夢のせいで花沢類の人生を変える事になるのが怖いから、一緒に来てって言えなかったんじゃないかな…」
そんな事を言いながら、私は何を言ってるんだろうと思った。
好きな人が恋人と別れたのに、それを止めるなんて…
でもバカみたいだけど、花沢類には、いつも最高の笑顔でいて欲しい。
そんな寂しそうな顔、見たくない。
「…ありがとう」
「…え…」
「オレ…静の夢を優先する事だけ考えてて…そんな事、考えもしなかった」
「…花沢類…」
「オレがパリに、か…」
そう呟きながら真っ青な空を見上げる。
その横顔には、さっきまでの悲しみの陰は、もうなかった。
「出かけた、だと?」
「は、はい…」
司がすごむと、目の前にいるフロントマンが怯えた顔で首を窄めた。
夕べ、うっかり寝てしまった司は、昼過ぎになるまで爆睡していたらしく、目が覚めると、すでに午後1時を回っていた。
慌てて類の部屋に行ったが、チャイムを何度鳴らしても出てこない。
また寝てるのか、と思ったが、一応フロントに来て聞いてみれば、朝、出かけたと言う。
それを聞いて、司は思わず握り拳を固めた。
「あ、あの司様…」
「類はどこに行くと言ってた?」
「え、あ…お車を手配しましたので、その運転手に聞けば分かるかと…」
「なら、すぐ呼んでこい!」
「は、はい!」
司が怒鳴ると、男は慌てたようにエントランスに向かって走っていった。
「ったく…類の奴、何、一人で出かけてんだ…っ」
自分が爆睡したせいだとも考えず、一人悪態をつく。
何でもかんでも先を越され、イライラも頂点に達しそうだ。
その時、フロントの男が運転手を連れて戻ってきた。
「司様!彼が今朝、花沢様を乗せた者です」
「おう。類の奴、どこまで行ったんだ?」
ビクビクした様子で帽子を脱ぐ運転手に尋ねると、運転手は恐る恐る顔を上げた。
「は、はい…大阪市住吉区…帝塚山です…」
「……???……どこだ、それ」
「え、あ、あの…どこと言われましても…大阪の街、としか…」
司の問いに困ったように答える運転手。
それには司も顔を赤くし、軽く咳払いをした。
「ま、まあいい。オレをそこまで乗せていけ」
「え、あ、はい!」
急いで車に戻る運転手について行き、タクシーに乗り込む。
その運転手の話しだと、類はどこかのマンション前で下りたという。
きっと、そこがの両親の家なんだろう。
「おい!もっとスピード出せっオレは急いでんだ!」
「は、はい!
イライラしながら怒鳴ると、運転手は青い顔をしてアクセルを踏んでいる。
大阪のおっちゃんよりも怖い客だ、と内心思いながら、猛スピードで、今朝行った場所まで向かう。
そんな運転手の様子を気にするでもなく、司は窓の景色を眺めながら、軽く舌打ちすると、携帯を取り出し、類の番号を表示させた。
「美味しかったね、たこ焼き」
「う、うん…でもお腹苦しい…」
「え、ホント?オレ、まだいけそうだけど」
「………」
お腹を押さえて苦しんでる私を尻目に、花沢類は爽やかな笑顔で振り向いた。
先ほど、大和に連れて行ってもらったお好み焼き屋に行き、散々食べた後、花沢類が、の知ってる場所でいいから案内して、というので、
これまた大和に連れてってもらった場所を回る事にした。
ジョイポリスや梅田のショップ、道頓堀など、色々案内すると、花沢類は楽しそうに歩き回った。
そのうち「大阪ってたこ焼きも有名なんだよね」と言い出し、お好み焼きを食べたばかりだと言うのに、たこ焼きを食べようと言い出したのだ。
まだお腹いっぱいだったけど、そんな無邪気な彼を見て、思わず頷いたのが運のつき。
「美味しい!」とたこ焼きの味に感動(?)した花沢類は、他の店のも食べたいと言い出し、たこ焼き屋めぐりをする羽目になってしまった。
そのせいで、何個食べたのか分からない。
暫くはたこ焼きを見たくない、と思うくらいは食べた気がする。
でも花沢類はあっちの店より、こっちが美味しい、などと言いながら一人ご満悦だった。
「はぁ〜喉乾いた」
「そ、そりゃ、あれだけソースたっぷりのたこ焼き食べまくったんだから、喉くらい渇くわ…」
「ああ、そっか。それでか」
花沢類は楽しげに笑うと、近くにあった自販機で、コーラを買って来てくれた。
「はい」
「あ…ありがと」
「ホントはビールでも飲みたい気分だけど」
「まだ昼間だよ」
「そうだね。あ、じゃあ、夜になったら飲みに行こうか」
「え?」
「あ、でもは両親と一緒にいたいか…」
「え、そ、そんな事ないよ?家にいても気まずいだけだし…」
そう言って首を振ると、花沢類はふっと笑みを零し、「じゃあ一緒に飲みに行こっか」と私の頭をクシャっと撫でた。
そんな事ですら嬉しくなってしまう。
「うん…。あ、でも司は…?いいの?放っておいて…」
「あ…忘れてた…」
「………」
花沢類は本気で忘れてたのか、口を開けると、困ったように苦笑した。
司にバレたらきっと物凄い怒るだろうな――――のけ者にされる事を極端に嫌うし――――と思いつつ、その忘れっぷりが花沢類らしくておかしくなる。
「じゃあ司も呼んで、3人で飲もうよ」
「え……」
「あれ、やだ?」
思い切り顔を顰めると、花沢類は笑いながらコーラを飲んでいる。
司の事なんか口にしなければ良かった、と思いながら、「イヤじゃないけど…」と口篭る。
すると花沢類は、私の顔を覗き込み、ニッコリ微笑んだ。
「司と何かあった?」
「え…?」
「いや…が帰国した時、司の様子も変だったし…ケンカでもしたのかなって思ってたんだけど…」
そう言われて、不意にあの夜の事を思い出す。
いきなりキスをされ、司を殴ってしまった事は、花沢類には死んでも言えない。
「な、何もないよ…?」
「じゃあ呼んでもいい?司もの事、心配してると思うし…」
「………うん、まあ…」
上手い言い訳も見つからず、仕方なく頷く。
ホントは花沢類と二人きりがいいのに、と思ったけど、それさえ言えるはずもない。
「じゃあ決まり!ああ…もうこんな時間か…。そろそろ起きる頃かな」
腕時計を見ながら花沢類が携帯を出す。
が……その瞬間、その携帯が鳴り出し、ドキっとした。
「わ…噂をすれば、だ」
「…え?」
「電話、司みたい」
「………」
どっちみち、この分だと司を避けることは出来ないようだ。
そう思いながら思い切り溜息をついていると、花沢類は呑気に「もしもしー司?」と電話に出てしまった。
『…○×◇▽…!!!』
「…う…っ」
出た瞬間、花沢類が顔を顰め、携帯を耳から離した。
その様子を見て、
「―――――――どうしたの?」
「司、オレが一人で出かけたの怒ってるみたい…」
と溜息をつくと、再び携帯を耳に当てる。
「うん、聞いてるよ。悪かったって…だって司に電話しても出なかっただろ?だから――――分かったよ…え?今?今は…と一緒だけど…。 え?家?違うよ。お腹空いたからご飯食べに……って、そんな怒鳴らなくても聞こえるよ…え?今は……どこか分かんない…」
花沢類は困ったような顔で辺りを見渡している。
どうやら司の機嫌は相当悪いらしい。
「え??ああ、ちょっと待って」
「…え?私?」
いきなり携帯を差し出され、ギョっとすると、花沢類は苦笑交じりで肩を竦めた。
「に代われって」
「い、いいよ…」
「でも司、怒ってるし…出ないと、またあとでうるさいよ?」
「う…わ…分かった」
花沢類にそう言われ、私は渋々携帯を受け取った。
そして思い切り深呼吸すると、「…もしもし」と電話に出る。
てっきり怒鳴り声が聞こえるかと思えば、『お、おう…ひ、久しぶりだな…』という、何とも拍子抜けの声が聞こえてきた。
「…久しぶりって…そんなに経ってないじゃない…」
『う…そ、そうだっけ?…ま、まあ…それより…オレ、今大阪に来てんだよ』
「知ってる。花沢類に聞いた」
『…そ、そうか…。お前も大阪にいるんだろ?奇遇だな!』
「……は?」
『オレもカナダに飽きたし、日本に戻ってきたんだけどよ…。久しぶりにお好み焼き食いたくなって大阪に来たんだよ』
「……司もお好み焼き…?食べた事あるわけ?」
『あ、当たり前だろ?オレの大好物はお好み焼きだ!』
「……へえ、意外」
そう言いながら、先ほど食べたお好み焼きを思い出し、思わず「うぇ」っとなる。
ハッキリ言って、粉系の食べ物は今は見たくもない。
『そ、それよりよ…。今、お前らどこにいんだよ』
「今?今は……アメリカ村だけど」
『何ぃ?アメリカ?お前バカか?ここは大阪だろが!ホントお前はマヌケだな!ははは!』
「…………マヌケはあんたよ」
『あ?何て言ったんだ?』
「何でもない…」
相変わらずの司に溜息をつきつつ、「これから難波に行くけど」と伝えた。
飲みに行くというので、この間大和に連れて行ってもらったプールバーを思い出したのだ。
なのに司は、『あぁ?ナンパしに行くだぁ?何考えてんだ、女のクセに!』と、またバカ発言している。
それには思わず、「ナンパじゃなくて難波!!大阪の街よ!」と怒鳴ってしまった。
花沢類はそんな私を見て、何か察したのか、ぷっと吹き出している。
『な、難波…?つか知ってるよ、それくらい!軽いジョークだろうが!』
「どこがジョークよ…。本気で間違えたくせに」
『う、うるせえ!つか難波に何しに行くんだよ』
「そこに"9"ってプールバーがあるの。今から向かうから司も来れば?」
『プルーバー?何だ、飲みに行くのか』
「うん。花沢類が行こうって言うし…」
『へえ…珍しいな。アイツから飲みに行こうって言うなんて』
「え…?」
『んじゃ、とりあえず、その店に行けばいいんだな?』
「あ…うん…」
『今ちょうどタクシーに乗ってるから、真っ直ぐ店に向かう。お前らは先に行ってろ』
「分かった。じゃね」
そこで電話を切ると、花沢類がクスクス笑いながら歩いて来た。
「司、何だって?」
「あ、うん。直接店に来るって」
「店?」
「あ…難波にあるプールバーなの。そこしか知らないし、その店でいい?」
「いいよ、どこでも。じゃあ司はそこに来るんだ」
「うん。タクシーに乗ってるって言うし、迷わないと思う」
「じゃ安心だね。で…司、怒ってた?」
「え?あ…ううん。そんなには。てっきり勝手に帰国した事、文句言われるかと思ったんだけど…」
「そう。何だよ…オレにはあんなに怒鳴っといて」
花沢類は苦笑混じりにそう言うと、飲み干したコーラの缶を近くにある公園のゴミ箱に捨てた。
私も残りを飲みながら、そう言えば普通に話せたな、とふと思う。
あのキス事件以来ぶりだったけど、司もいつもと変わらずバカだったし(!)特に構えず話す事が出来た。
あれはどういうつもりだったのか分からないけど、意識しない方がいいのかもしれない。
「じゃあ行こうか」
「あ、うん」
飲み干した缶をゴミ箱に捨てると、すぐに花沢類を追いかけていく。
辺りは次第にオレンジ色に染まりつつあった。
「ここ?」
「うん」
先日、大和に連れて来てもらったプールバーに着くと、ちょうど店がオープンしたくらいの時間だった。
二人で中にはいると、他に客はなく、あのマスターが笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃ…あれ…?君は…」
「こんばんは。マスター」
「やあ。確か大和の…」
「高校の後輩です。この間はどうも」
そう言ってカウンターに座ると、マスターは隣にいる花沢類をマジマジと眺めた。
「彼は…?」
「あ、彼は花沢類と言って…彼も大和と同じ高校なんです」
「へぇ、そうなんや。えらい男前やし、芸能人か思たわぁ」
「………」
マスターは笑いながら、そんな事を言ってるけど、花沢類は首を傾げつつ、「芸人さんと同じノリだ」と呟いた。
「で、今日はどうしたん?デートかな?」
「ち、違います!あ、あの…彼も大阪に遊びに来たって言うんで…案内しようと思ったんですけど、知ってる場所が少ないし、その…」
「ああ、それでうちに寄ってくれたんか。そら嬉しいなあ。大和は後から来るんか?」
「い、いえ…大和は今日は来ません。代わりに…ちょっと凶暴な人が後で一人…」(!)
「え?その人も英徳の生徒さんか?」
「はい…。あ、彼の幼馴染で…私の遠い親戚なんですけど」
「そうか。なら何か飲みながら待ってたらええ。何にする?」
メニューを見せられ、私は軽いフィズを頼み、花沢類はビールを頼んだ。
「軽いフードもあるけど、何か食べるか?」
「え、いえ…」
散々お好み焼きとたこ焼きを食べて来た後で、お腹は空いていない。
いや、どっちかと言うと、かなりお腹が苦しい状態だ。
なのに花沢類はメニューの中から、何かを見つけたのか、嬉しそうに顔を上げた。
「じゃあ…この"ねぎ焼き"下さい」
「…えっ?まだ食べるの?!」
「ほぉ、兄ちゃん、ねぎ焼き好きなんか」
「いえ、食べた事ないんで」
私の驚きは気にもせず、花沢類は笑顔で答えた。
するとマスターは、「大阪に来て、ねぎ焼き食わんかったら後悔すんで?ほんじゃ、すぐ出したるさかい」と張り切ったように奥へと向かう。
それにはガックリ項垂れてしまった。
「何でバーのメニューに、ねぎ焼きあるのよ…」
さすが大阪だ、とメニューを見ながら溜息をつく。
バーだと言うのに、フードのメニューの半分は大阪名物の食べ物が多く、当然お好み焼きからたこ焼きまで揃っている。
隣では花沢類が美味しそうにビールを飲んでいた。
「今日は元気だね…普段そんな食べないのに」
「うん。今日は何か楽しくて。といると元気になるからかな」
「………え?」
その言葉にドキっとする。
深い気持ちで言ったんじゃなくても、やっぱり、そう言われると嬉しい。
「わ、私だって…花沢類といると楽しいよ…?」
「え?」
何となく、今なら素直になれそうな気がして、つい、そんな事を呟いた。
でも彼は不思議そうな顔で首をかしげると、
「でもオレ、何も面白いこと言えないけど」
「そ、そういう意味じゃなくてっ」
大阪人じゃあるまいし!と内心突っ込みつつ、「一緒にいると…ホっとするの」と付け加えた。
花沢類は黙って私を見ると、嬉しそうな笑顔を見せる。
その笑顔が何より好きだ、と思った。
「はい、お待ちどぉさん」
「あ、ありがとう御座います」
そこへマスターが焼きたてのねぎ焼きを運んできてくれた。
私はそれを見て、思わず「う」っとなったけど、花沢類は興味津々で、それを見ている。
「これがねぎ焼きか」
「味はついてるし、そのまま食べてええで。ビールに合うし、美味いでぇ」
マスターはそう言いながら、お箸をくれた。
私の前にも小皿が置かれたけど、今は本気で食べられない。
「いただきます」
花沢類はお行儀良く、両手を合わせると、美味しそうにねぎ焼きを食べ始め、「ん、美味しい!」と笑顔で私を見た。
「も食べたら?凄く美味しいし」
「う、うん…。でも私、お腹いっぱいだから…」
「え、そう?」
「うん。だから花沢類が全部食べちゃっていいよ…?」
「じゃあ、そうする」
そう言いながら嬉しそうにねぎ焼きを食べる花沢類は、かなりレアだな、と思う。
きっと英徳学園の人たちが見たら、驚くに違いない。
その時、マスターの「いらっしゃい!」という声が聞こえて、何気なく振り返ってみた。
「あ………」
「あんた……」
店に入って来たのは、大和の友達の、あの女の子達だった。
「…あんた…何してるん?誰、その人」
「…別に関係ないでしょ?」
「…関係ないことあらへん。ここは、うちらの遊び場や」
「ほんま、ずーずーしぃわぁ。早速、男なんて連れてきて…それもめっちゃ男前」
トモカとサキという子が、怖い顔でこっちに歩いてくる。
その後ろから、ガラの悪そうな男が3人、歩いてきて、「おいトモカ。誰や?」と訝しげな顔で私たちを見た。
「大和の後輩や」
「へぇ、可愛いやん。で、こっちは?」
「さあ?この子、かなーり男好きらしいし、カモの一人やろ」
「ちょっと!変なこと言わないでっ」
花沢類の前で、そんな事を言われ、カッとなった。
けど花沢類は、キョトンとした顔で、「誰、この人たち」と訊いて来る。
「大和の…友達」
「ああ、アイツの…。その割りに…ガラ悪いね」
「え…?」
「何や、コイツ…今、オレらんこと、ガラ悪い言うたでぇ?坊ちゃんみたいな顔しゃーがって…生意気やなぁ」
男の一人が、ヘラヘラ笑いながら近づいてくる。
その雰囲気に嫌なものを感じ、慌てて席を立った。
「止めて下さい。私達の事は放っておいて」
「ひゃはは!聞いたか?止めて下さい、やてぇ!オレら何もしてへんけどなぁ?」
「この子、生意気やねん。気取ってるとこがムカツクわあ」
トモカという子はそう言いながら、私の前に歩いてくると、「はよ、東京に帰れ」と私の肩を掴もうとした。
けど、その手を横から出てきた手が掴み、強く握り締める。
「――――――痛っ」
「下らないことやめなよ」
「は、花沢類…っ」
見れば花沢類が、怖い顔でトモカという子の手首を掴んでいる。
それには驚いてしまった。
「おい!自分何してんねん!」
「そっちが先に手を出そうとしたんだろ?」
「何や、コイツ!なよっとした顔して、オレらにケンカ売る気か?」
「先に売ったのは君達だろ」
「は…花沢類、もういいよ…っ」
モメたら大変だと思って、慌てて彼の腕を取る。
すると、サキという子が驚いたように花沢類を指差した。
「あ…!この人…F4の花沢類やない?」
「…え?あ…そう言えば従兄弟が送ってきたF4の写真に写ってたかも…」
トモカと言う子も思い出したように、花沢類を見る。
そして私を睨むと、「やっぱ、あんたF4はべらかしてるやん」と掴まれた腕を振り払った。
「そんな事してへん言うてたけど…嘘つきやなぁ。大阪にまで呼んでたん?」
「ち、違うわ!彼は友達で――――――――」
「よう言うわ。お嬢さんみたいな顔して…それで大和も騙したんか」
「騙してなんかないっ」
「、こんな奴ら放っときなよ」
「花沢類…」
ムキになって言い返そうとした私を、花沢類が止める。
それを見て、男の一人が怖い顔で歩いて来た。
「何やお前…こんな奴らって、どういう意味やねん」
「そういう意味だけど」
「あぁ?!」
「おい、お前ら!ケンカすんなら外でせえ!店ん中でガタガタやるな、ボケ!」
そこで見かねたマスターが口を挟んだ。
「ほら、マスターに怒られてしもたやん」
と、目つきの悪い男が肩を竦める。
そして花沢類を睨みつけると、「表、出ぇや」と、店の外に出て行った。
「ちょ、花沢類!」
男について出て行こうとする花沢類を慌てて止める。
だけど彼は怒ったような顔で、「ここにいたらマスターに迷惑かけるし」と、そのまま外に出て行ってしまった。
他の二人の男も笑いながら後を追いかける。
3対1なんて危険だ、と私も追いかけようとした。
が、目の前にトモカという子が立ちふさがると、「あんた男のケンカに入る気なん?」とニヤニヤ笑っている。
「もとはと言えば、あんた達のせいでしょ?花沢類は関係ないはずよ!」
「関係あるやん。あんたに騙されてるなら、目ぇ冷まさしてあげんと。うちの従兄弟が憧れてるのって彼なんよ。せやから、あんた邪魔やねん」
そう言った瞬間、頬に衝撃が走った。
殴られたんだと気づき、頬を押さえると、そこは熱を持っていた。
「何すんのよ!」
「ムカツクねん。お嬢様ヅラして大和に近づいてきて…。その上、なにF4の一人と酒なんか飲みに来てんねん!」
「関係ないでしょ!そこどいて!」
「きゃっ」
あまりに腹が立ち、彼女を押しのけると、私は急いで外に飛び出した。
すると店の前で花沢類が男三人に囲まれている。
「F4か何か知らんけどなぁ…そんなもん大阪や通用せぇへんでぇ?」
「別にオレ、何も言ってないけど」
「はあ?何トボケたこと言うてんねん!ほんまムカツク奴やな!」
ガラの悪い男三人に囲まれてると言うのに、花沢類は普段のテンションと変わりなく、私は呆気にとられた。
でも男の一人が殴りかかったのを見て、ハッと我に返る。
「――――――――やめて!」
慌てて止めに入ろうとした時、花沢類は軽く相手のパンチをかわすと、その男を殴り倒した。
それを見て呆気にとられてると、突然、腕を掴まれ、後ろに転びそうになる。
見れば、あのトモカと言う子が怖い顔で私の腕を掴んでいた。
「離してよ!」
「うっさいわ、ボケ!お前もしばいたる!」
「きゃ…」
そう言って手を振り上げるのを見て、思わず目を瞑る。
それと同時に掴まれていた手がいきなり離れ、「きゃ!」という悲鳴が聞こえた。
ハッと目を開ければ、トモカという子は地面に尻餅をついている。
「やめろよ。女のケンカなんて醜いよ」
「は…花沢類…」
トモカという子を突き飛ばした花沢類は、「大丈夫?」と私の顔を覗き込んだ。
が、その瞬間、彼の後ろから、男の一人がビールの空き瓶を振りかざしてるのが見えた。
「危ない――――――――!!」
「………っ?!」
まるでスローモーションのように花沢類の頭めがけてビール瓶が振り下ろされるのを見ていた。
でもそれが頭に直撃しそうになった時、その男が一瞬で消えた――――――――いや、横に吹っ飛んだ(!)
「うわぁぁ!!!」
ガシャンっという派手な音が響き、ビール瓶を持っていた男は店の看板にぶつかり、倒れこんだ。
何が起きたのか分からず、花沢類と顔を見合わせる。
そこへ――――――――
「やーっと見つけたと思ったら…何、楽しそうな事してんだよ、類」
「つ、司?!」
顔上げた先には、司がニヤリと笑いながら立っていた。
「コ、コイツ……道明寺司!!」
「はあ?マジなん?トモカ」
「間違いないわ…うちの従兄弟が写真送ってきた事あんねん……この天パー絶対にあの道明寺や」
「マジ?道明寺言うたら…あの道明寺財閥の一人息子で…F4のリーダーやろ」
男達はその話を聞いて、一瞬ひるんだようだった。
でも司は、「誰が天パーだ、こらぁ!」と、変なところでキレている。
「てめーら…オレのダチに、随分ナメたマネしてくれたようだな……」
「ク…っうるさいわ、ボケ!道明寺が何ぼのもんじゃ!」
「あぁん?!てめー、本当に殺されたいらしいな」
額に怒りマークを浮かべた司は、指をバキバキ鳴らしながら、男達に向かっていく。
それには思わず、「司!止めて!」と叫んだが、一度怒ると手がつけられない司は、怖い顔で振り向いた。
「バカか、てめえ。こんなお笑い芸人にバカにされたんじゃ、オレのスプライトが許さねぇ…」
「…………それ言うなら"プライド"でしょ!バカ!」
「………うっせぇ!」(赤面)
相変わらず"天然ボケ"をかました司は、真っ赤になっている。
けど、そんな司を見て、男達が笑い出した。
「ぎゃはは!コイツ、アホやでぇ?ほんまに、コイツがあの道明寺なん?」
「天下の道明寺財閥の跡取りがこんなんやったら、大和さんの敵にもならへんわ」
「…何だと、コラァ!!てめーら、あのお笑い芸人の仲間か!」
「オレら、大和さんの後輩や!オレらは大和さんに憧れてんねん」
「へぇ、ならお前らもお笑い芸人目指してるのかよ」
「何やと〜?!ナメた口利くな!!」
男の一人が司に殴りかかる。
けど司は余裕の顔で、それを避けると、逆に男の背中に蹴りを入れ、不意打ちをくらった男は前のめりに倒れてしまった。
その拍子にゴミ置き場に突っ込み、男はそのまま伸びてしまったようだ。
それを見た仲間の男が、一瞬ひるんだものの、倒れた男を見て笑っている司に食って掛かった。
「……てめえ!!」
「何だよ。粋がってるわりにゃ弱ぇーなぁ?」
「クソっ!」
「ちょっと司、止めて――――――――!」
いくら司でも3人相手じゃ不利だと、間に入ろうとした。
でも花沢類は私の腕を掴んで、「危ないよ」と首を振っている。
「離して、花沢類。あれじゃいくら何でも…」
「司なら大丈夫だよ。あんなザコ、10人いたって負けないから」
「……で、でも…」
そう言った時だった。
派手な音が辺りに響き、男達の悲鳴が聞こえた。驚いて顔を上げると、男二人がうんうん唸りながら倒れている。
一瞬でカタがついたようで、思わず目を丸くした。
「ケッ!口ほどにもねぇなぁ……」
「ク、クソ……」
3人とも口から血を流して、倒れているのを見て、私は唖然とした。
司がケンカに強いのは知ってたけど、ここまで強いなんて思わなかった。
「オレ様にケンカ売ろうなんざ、100億光年早ぇーんだよ!」
司は意気消沈した3人に、そう怒鳴ると、ふとこっちを見て歩いて来た。
「…大丈夫かよ」
「え、ええ…私は別に…」
「司が来なくても勝てたけどね」
「チッ!よく言うぜ…。お前、ケンカ嫌いだろ?」
「自分で売るのはね」
花沢類はそう言って笑いながら立ち上がると、私の後ろでビクビクしている彼女達を睨んだ。
「君達も殴られたい?」
「……ひっ」
「あん?誰だ?コイツら」
「この子達がに絡んできたんだ。大和って奴の友達らしいけど」
「まーたアイツかよ!アイツ、ろくな友達いねーな!」
「……それは司もだろ?」
「あぁ?!」
「いたた!髪引っ張らないでよ!」
花沢類の突っ込みに司が顔を真っ赤にして髪を引っ張っている(子供のケンカか)
痛いなぁ、と顔を顰めながら引っ張られたところを擦っている花沢類は、再び彼女達を見た。
「コイツ、見た通り野蛮だから、君達も早く帰らないと同じ目にあうよ?」
「………ッ」
「これに懲りたら、二度とにちょっかい出すな。分かった?」
「わ、私達は別に――――――――」
「うるせえ!とっとと失せろ!このブス!!」
「「きゃぁぁ!!」」
司が怒鳴ると、トモカとサキという子は悲鳴を上げながら走って逃げてしまった。
殴られ、よろよろになった男達も、「おい待てよ!」と慌てて彼女達を追いかけていく。
それを見ながら、私はホっと息を吐き出した。
「…ったく。散々探しまわって、やっと見つけたと思ったら、お前ら囲まれてるし、何事かと思ったぜ…」
「オレもよく分かんないんだけどね」
「お前…分からないでケンカしてたのか」
「だってアイツら、をバカにするようなこと言ってたし…頭きちゃって…」
その言葉を聞いて、顔を上げると、花沢類が珍しく怖い顔をしている。
普段、滅多に怒らない彼が、私の事でケンカをしてくれようとしてた事が、不謹慎だとは思いながらも嬉しかった。
「おい、」
「え…?」
司がこっちに歩いて来た。
あの日以来ぶりの再会で、一瞬ドキっとする。
でも司は怒ってる風でもなく、「親と…話せたのかよ」と、心配そうな顔をした。
「う、うん…」
「で…答えは…?」
「ま、まだ決められないよ…大事な事だし…」
「そっか…そうだよな…」
司はホっと息をつくと、「ま、ゆっくり考えろ…お前の人生なんだし…」と、意外にも優しい笑みを浮かべた。
まさか司がそんな事を言ってくれるなんて思ってもみなかった。
それに驚いていると、花沢類が苦笑しながら、
「ねぇ、早く店に戻ろうよ。オレ、ねぎ焼き途中だったんだ」
「お、おう…。って…ねぎ焼きって何だ?」
「大阪名物の一つみたい。ここのマスターが作るフード、なかなか美味しいよ」
「マジか?ならオレ、お好み焼き食いてーな」
「……おぇ…」
「あん?何だよ、…その顔」
「………暫く、お好み焼き…見たくもない」
「はあ?」
またしても、その名前が出てきて、私は顔を顰めたのだった。

久しぶりの更新ですみません(;^_^A
今日でお盆休みも終わり…悲しみにくれてる管理人です_| ̄|○;;
そう言えば今、夏休みだからか、「花より男子」が朝から毎日再放送されてますね♪
以前の放送はビデオでしか録画できてなかったので、今はHDDで撮り直し中です。
「花より男子」そしてリターンズ、共に最初から録画しなおして、DVDに編集しちゃおう(笑)
久々に1の方を見ると、何だか懐かしかったです。
司の天然が笑えますね(笑)
いつも励みになるコメントを、ありがとう御座います!(*・∀・`)ノ
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■大和が大好きです!オリキャラをこんなにいきいきと魅力的に描ける事に尊敬してしまいます。司夢ですがこれからも彼の活躍を期待していますv(フリーター)
(大和が大好きなんて嬉しいです!何気に登場させたキャラなんですが、そう言って頂けると励みになりますよ(´¬`*)〜*これからも頑張りますね!)
■花男の夢、毎回ドキドキ、泣いたりしながらヒロインの気持ちになって読んでます。(社会人)
(感情移入して頂けて嬉しいです♪これからも頑張りますね!)
■花男最高です!!司が好きで読み始めたのに、うっかり大和にもトキメいてます。(社会人)
(ヲヲ、大和にときめいてもらえるなんて!感激ですよー♪これからも頑張ります!)
■内容もキャラも全部が好きです!!毎回更新すごく楽しみです!!(高校生)
(全部好きなんて嬉しいお言葉です!更新頑張ります!)
■ホントに見入っちゃいましたッ!!早く続きが見たいですッ♪お願いします♪(6∀<★)(高校生)
(ありがとう御座います!続きですが、管理人はマイペースなので自分が書ける状態の時しか更新出来ません。なのでノンビリ待って頂けると嬉しいです)
■今までいろいろな夢を見てきましたが、ここの司夢が一番大好きですっ!!私も同じ夢書きとして尊敬しますーw(高校生)
(当サイトの司夢が一番好きなんて、嬉しいお言葉、ありがとう御座います!同じ夢書きさんにそう言って頂けると、凄く励みになります(>д<)/