消えた少女





「――――――――道明寺がっ?」


驚いて振り返ると、トモカとサキは青い顔をしながら頷いた。
その後ろにいる後輩達も、怯えたような顔で項垂れている。


「そうなんよー!アイツまで、こっちに来てるなんてビックリしたわぁ」
「一哉たちのこと、一瞬でのしてもーて、めっちゃ強かったで?」
「…当たり前や…。道明寺はその辺のザコとちゃうで。それより…お前ら、何でケンカなんかふっかけてん」


オレの問いに、後輩の一哉が気まずそうな顔で俯いた。


「トモカとサキが…あの女が気に入らん言うて…オレは、あの花沢とか言う男にムカついたし―――――――――」
「ちょっと一哉!」


バカ正直に話してしまった一哉に、トモカの顔色が変わった。


「へえ…そうなん?」
「…や、大和…あの…」


オレがゆっくり近づいて行くと、トモカは慌てたように首を振りながら、一歩後ずさった。


に何かしよう思てんの?」
「だ、だから、それは…」
「…に何かしたら…オレ、マジで怒るで?トモカ……」
「………ッ」
「お前らもや。にも…道明寺にも…近づくな。お前らじゃやられるだけや」


それだけ言うと、オレは出された酒を煽り、立ち上がった。


「ちょ…どこ行くん?大和…」
「帰るわ…用事思い出した」
「……大和!」


サッサと歩き出せば、後ろからトモカの不満そうな声が追いかけてくる。
それを振り切り、ラウンジを出た。


「結城の坊ちゃん、もうお帰りですか?」


入り口に向かうと、すぐにマネージャーが走ってくる。
会員制の高級ラウンジ――
普通なら高校生のオレが入れるような店じゃない。
でも、こういう時、【結城】の名前は何かと役に立ってくれる。
ここはオヤジもよく使う店で、オレも時々、仲間と会うのに利用していた。


「…ああ。アイツらはもう少し飲ませてやって」
「はい、それは構いませんが…」
「今度はオヤジと一緒に来るわ」
「はい。お待ちしております」


その一言でマネージャーの顔がすぐ笑顔になる。
オヤジの影響力も大したもんだ、と今更ながらに感じていた。


「すぐにタクシーを」
「いや、タクシーはいらん。少し歩いてくし」
「そうですか。では、お気をつけて」


深々と頭を下げるマネージャーに、内心苦笑しながら、オレはその場を後にした。
高校生のガキに頭を下げなくちゃならない彼らに、少しだけ同情する。


「道明寺…か…」


ポケットから携帯を取り出し、ある番号にかける。
が、話中のようで繋がらない。
仕方なく、携帯を閉じると、夜の街をゆっくりと歩き、夜空に浮かぶ月を見上げた。
思い出すのは、くるくると、表情が変わる、彼女のこと。
周りにいる、どの女達よりも手強く、なかなか手に入らない存在…


「ま…簡単にいくとは思てへんけどなぁ…」


花沢類に道明寺司……か。
相手に不足はない。
まあ、多少はしんどい事になりそうやけどな…


いつも鋭い目つきで睨んでくる道明寺司を思い出し、オレは苦笑いを零した。













「――――――――何なん?!大和ってばっ!!」


トモカは力任せにソファを蹴飛ばし、カクテルを一気に飲み干した。


「おい…飲みすぎやで、トモカ…」


一哉が心配そうに声をかける。
それでもトモカは気が晴れないというように、また次のカクテルを注文した。
ここはビップルームだから、担当のウエイターがいて、すぐに飲み物を持ってくる。


「…あんな子のどこがええの?大した事ないやんっ」


奪うようにカクテルを受け取ると、トモカはイライラしたようにソファへと腰を下ろした。
その様子を見ていたサキは、吸っていた煙草を灰皿に押しつぶすと、横で項垂れている一哉を睨んだ。


「ほんま、簡単にやられるしガッカリやわ」
「そ、そんなん言うけど、アイツめっちゃ強いで?道明寺ゆうたら、その辺の奴じゃ敵わへんて話やったろ?」
「知らんわ。もう少しで、あの女、ボコれる思たのに…」
「…気に入らんわ…」


サキの言葉にトモカもそう呟くと、カクテルを煽る。
一哉は頭に血が上っている様子の二人に、オレも先に帰れば良かった、と内心、後悔していた。


「…でも何で大和先輩も、あの女に拘ってるんやろなぁ…まさか惚れてるっちゅう事ないやろ?」
「知らんわ!私は認めへん…あんな女…」
「そんな怒るなて…お前がムカつくのも分かるけど、あの子に手ぇ出すな言われたやろ?」
「関係あらへん…バレなければええねん…」
「は?お前まさか…」


トモカの言葉に一哉は顔を顰めた。
サキを見れば、彼女もトモカと同じ事を考えているようだ。


「一哉…あんた、怖そうな人たちと知りあいやろ?」
「滝沢さんの事か?」
「そうや。あの人らにやってもろたらバレへんのんちゃう?」


トモカは怪しい笑みを浮かべた。


「そら、そうかもしれへんけど…あの人らはあっちのスジの人やで?何の報酬もなくて動くわけないやろ」
「お金なら払うわ。パパに言えば何とかなるし。それに……ピチピチの女子高生とヤレるなら、喜んで引き受けてくれるんちゃう?」
「な…お前、滝沢さんにヤらす気かっ?」


一哉が青い顔で立ち上がる。
トモカに惚れている一哉としては、それだけは賛成できないと言わんばかりに、「アカンて」と首を振った。


「アホ。うちやないわ」


一哉の勘違いに、トモカとサキは声を上げて笑った。


「ほな…誰の事やねん…」


違うと聞いてホっとしつつも、一哉は首を傾げた。
トモカはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、一哉の隣に座り、耳元に口を寄せた。


「あの女に決まってるやろ?」
「は?」
「あの女、襲わせればええやん」
「マジ…?でも、それは―――――――――」


言いかけた時、トモカの唇が一哉のそれと重なった。
一瞬、目を見開いた一哉に、トモカはニッコリと微笑んだ。


「な、何すんねん…お前は大和先輩に惚れてるんやろ…?」
「…そうやで?でも一哉が言うこと聞いてくれたら……ヤラせてあげてもええねんけどなぁ」
「…………ッ」


トモカの大胆発言に、ゴクリと喉が鳴る。
一方的な片思いをしていた一哉にとって、これは願ってもみなかったチャンスだった。


「ねぇ…どうする?一哉…」


甘えた声を出して、一哉の膝に手を置き、身体を摺り寄せる。
自慢の胸を押し付ければ、一哉は二つ返事でOKした。


「……あんたも、ようやるわぁ」


滝沢に電話をかけに行った一哉を見ながら、サキが苦笑した。
トモカは煙草に火をつけながら、鼻で笑うと、


「あの女だけはムカツクねん…。清楚なお嬢さんぶって、大和やF4にまで媚売ってんねんから…」
「ほんまや…。ああいう女が一番ムカつく」
「ボロボロにしたんねん…二度と、男に肌、見せられんようにな…」


煙草の煙を吐き出しながら、トモカは楽しそうに笑った。


「でも大和にバレたら、今度こそ縁切られるんちゃう…?それは困るで。うち…」
「せやから外部のもんに頼むんやないの。あの滝沢いうチンピラなら、お金なんか払わなくても、女子高生とヤレるだけで喜んでやるて」
「…そやなぁ。前に会うた時も、うちらに一回ヤラせろゆうてきたロリコンやもんな。一哉も卒業したら、あいつんとこの事務所に行くんやろ?」
「ええ繋がりもってくれたわ、一哉も」
「…で、ほんまに一哉とヤル気なん?あいつ、マジになるで?」


クスクス笑いながら、サキが言った。
トモカも笑いながら、煙草を吸うと、


「まさか。そんなんして一哉が黙ってる思う?ペラペラしゃべられて大和にバレたら一環の終わりや」


と、煙を吐き出した。
サキは呆れたように笑いながら肩を竦めると、


「…やっぱなぁ。ほんま、悪い女やな、あんた」
「うちなんて可愛いもんやろ。ミアなんか大和に惚れてるクセに、相手にしてもらえへんからって、大学生とヤリまくりやで?あの女の方がしたたかやん」
「でも…あのとかいう女、襲わせて大和から引き離せたとしても、あんたが大和と上手くいくかは分からへんよ?トモカ」
「絶対、落としてみせるわ。大和は優しいから、いざという時は泣き落としでも何でもしたるわ…」


トモカはそう言うと、吸っていた煙草を、カクテルの入ったグラスに落とし、ニヤリと笑った。












「わ…凄ーーい」
「だろ?何てたって"プレジデンシャル・スイート"だぜ?色んな国の大統領なんかが泊まる部屋だ」
「わぁー見て見て、花沢類!可愛いソファ!」
「――――――――うぉぉい!無視すんなっ!!」


いつものように突っ込んでくる司を更に無視して(!)私は部屋の中を探索してみた。
ホテルのスイートは泊まったこともあるけど、要人クラスが泊まるような部屋は初めてで、豪華な装飾やその広さに唖然とする。
いったい一泊、いくらするんだろう。


「花沢類もこの部屋に泊まってるの?」
「ううん。オレはこの下のスイートルーム」
「そうなんだ。でも、ここ凄く広いのに一人で泊まるなんて、もったいない」


ぐるりと見渡しながら溜息をつく。
この広さ――――ベッドルームやバスルームなんかは三つづつある――――なら10人は軽く泊まれそうだ。


「…な、ならお前も…こ、ここに…と、泊まるか…?」
「え?」


そこへ司が歩いて来た。
何気に顔が赤い。


「い、いいよ…。両親が働いてるとこだし…それに、こんな高そうな部屋」
「そ、そういう意味じゃねぇっ」
「は?」
「ぷっ!…くっくっく…」
「…何、笑ってるの?花沢類…」


目の前で顔を真っ赤にして、いきなり怒り出した司と、後ろで肩を揺らして笑っている花沢類を見て首を傾げる。


「…可愛そう…司」
「え、何?」
「何でもない」


よく聞き取れず訪ねる私を見ながら、花沢類は一人楽しそうに笑っている。
何だろう、彼のツボはよく分からない。
今日一日、一緒に大阪の街を歩いたけど、彼の興味を示すものすら謎ばかりだった気がする。


ここは楓おば様が経営しているメープルホテルだ。
バーで少し飲んだ後、時間も時間だし、と帰ろうとした時、まだ付き合えと言われ、司に無理やりここへ連れて来られたのだ。
まあ、いざとなれば父も母もいる事だし――――今日は夜勤だと言っていた――――会いに行けばいいか、と思っていた。


「んじゃあ、飲み直すとするか!」
「え、司、まだ飲むの?」
「当たり前だろ?まだ7時だぜ?夜はこれからだろーが」


司は張り切ったように備え付けのワインクーラーから、高級そうなワインを出している。
それを見ながら、私は溜息をつきつつ、花沢類を見た。


「どうしたの?花沢類…時間なんか気にして」


彼は腕時計を見ながら、何やら考え込んでいる。


「……まだ、間に合うかな、と思って」
「…間に合うって?」


その言葉の意味が分からず、花沢類を見上げると、彼は優しく微笑んだ。


「オレ…やっぱり、もう一度、静と話してくるよ」
「……え…?」


真っ直ぐな瞳で、どこか吹っ切れたように笑う彼を見て、胸の奥がかすかに痛んだ。
でも、やっぱり花沢類には、自分の気持ちを誤魔化して欲しくない。


「カナダで話し合った時は…静の気持ちを分かってる、なんて物分りのいいこと言ったけど…半分意地もあったんだ…」
「…意地…?」
「うん。何かオレばっか静の事が好きで…静はオレと離れて暮らしても平気なんだって思ったら、傍にいるのも辛くて…だから…逃げてきたんだ…」
「…花沢類…」
「会えなくなって…もっと辛くなる前に…逃げ出したんだ。静から……。その事で彼女をきっと傷つけたと思う」


少しだけ悲しそうな顔をした花沢類はクシャと前髪をかきあげた。
それでも心配そうに見上げている私に微笑むと、そっと頭を撫でてくれた。


「けどに会って話したら…何か吹っ切れたって言うか…」
「え、わ、私…?」
「うん。、言ってくれたろ?"静がパリに住みたいなら…花沢類も一緒に住めばいい。離れて暮らすことが耐えられないなら…二人でパリに行けばいい…"って」
「あ……」
「静もそう言ってくれるのを待ってるって…」
「うん…」
「そう言われて…気づいたんだ。オレは目先の事ばっか考えてて、静が傍からいなくなる事がショックで…だけどオレが傍に行けば何も悩む事ないのにってさ」


そう言って笑顔を見せる花沢類は、本当にすがすがしい顔をしていた。


「だから―――――――オレ、行くよ」
「……そう」
「ありがとう。のおかげ」
「そ、そんな事なぃ――――――――」


そう言いかけた時、不意に花沢類が屈んだ。
同時に、頬に柔らかい感触。
キスをされたんだ、と分かった時には、一瞬で顔が真っ赤になっていた。


「な…何…」
「感謝の気持ち」
「か、感謝…って――――――――」


突然のキスに動揺して、耳まで熱くなってきた。
その時、「何してやがんだ!!」という、司の怒鳴り声が聞こえて、ハッと我に返った。(そう言えばコイツもいたんだっけ)(!)


「類!てめー今、何した!!」


手にワインボトルを持ったまま、すっ飛んでくる司に、花沢類は苦笑いを零した。


「ちょっとした感謝の印だよ」
「はあ?何ワケ分かんねーこと言ってやがるっ」
「…あ、いけね。時間がない」
「―――――――――あ、おい!どこ行くんだよ!」


時計を確認した花沢類は、慌てたようにドアの方へ歩いて行く。
が、ふと振り返ると、唖然としている司に、「静んとこ行ってくる」とだけ言って、部屋を出て行ってしまった。


「静ぁ?何バカなこと言ってんだアイツ…。静はまだカナダだろーが」
「…だから急いで行ったのよ。まだ最終便あるでしょ?」
「あぁ?」


そう言って司の手からワインボトルを奪うと、途中まで抜けていたコルクを抜いた。


「最終便って…まさかアイツ、今からカナダに――――――――」
「愛の力は凄いね。それより――――――――今夜は飲もうよ、司」
「な、何…?」
「何か飲みたい気分なんだ。このワイン、美味しそうだし」


ワイングラスに注ぎながら、それを司に渡すと、司は訝しげな顔のまま受け取った。


「じゃ、カンパイ!」
「お、おう……」


司は首をかしげながらもワインを飲んでいる。
私もそれを飲み干し、また新たに注ぐと、「これ凄く美味しい!司も飲みなよ」と、ムリに笑顔を作った。
胸の奥が痛くて、今にも涙が零れそうだったけど、何とか耐えながら司にワインを注いだ。


「おい、何かつまみでも取るか?」
「――――――――うん。何でもいーよ?」
「んじゃあ…チーズの盛りあわせに…フルーツだろ?それと……」


司は電話でルームサービスをかけながら、色々と注文をしている。
それを見ながら、私はテラスに出て、星一つない夜空を見上げた。
日本の空は、カナダみたいに星が散らばってるわけでもなく、どこか寂しげだ。
何か私の気持ちを表してるみたい……
そんな事を思いながら、ふっと笑みが零れる。


…頑張れ…花沢類…


呟いた言葉は、喉の奥で掠れて、言葉にならなかった。












「もぉ〜これカラだよ、司〜っ」
「げ、おま…もう飲んだのかよっ」


カラになったボトルを見て、司は唖然とした。
を見れば、顔は真っ赤でかなり酔っ払っている。


「ねぇ〜次は何飲むー?イタリア?スペイン?あ、これ美味しそう…」
「ちょ、お前、もう飲むな!」
「えぇ〜っ」


ワインクーラーを覗いて次のボトルを出そうとしているを見て、司は慌てて止めた。
は虚ろな目で司を見上げると、不満げに口を尖らせている。


「何よケチ〜!あんたのお小遣いなら、こんなワイン何本飲んだって余るでしょー?」
「あ、あのなぁ!ケチで言ってんじゃねぇ!飲みすぎだから言ってんだっ」
「飲みすぎてないもん。まだ飲めるー」
「ちょ、やめろって!」


ワインのコルクを抜こうとしているからボトルを奪うと、司は思い切り溜息をついた。


「ったく…酔っ払いめ…」
「酔ってないー」
「酔ってんだろっ!こっち来い」
「痛い…っ司のバカ力ぁー」


腕を引っ張ると、はジタバタと暴れだした。
それを見かねた司は徐に彼女の身体を抱えると、「きゃー下ろしてよーっ」と抗議の声が上がる。
それすらも無視して、司は奥にあるベッドルームへとを運んだ。


「――――――――きゃ」


大きなキングサイズのベッドの上に投げられ(!)は「痛いじゃないのー司のアホっ」と文句を言っている。
それでも酔いがまわって起き上がれないのか、ベッドの上でゴロゴロしだした。


「気持ちいい…」
「…はあ…何なんだよ、ったく…」
「ん〜?」
「…なんでお前はそんなに飲みたいんだって言ってんだよ」


ベッドの端に腰をかけ、司は息をついた。
最初は一緒に飲もうと言われ、喜んでいたものの、の飲むペースの速さを見て驚いたのだ。


「…いいじゃない…飲みたい気分だったんだもん…」
「だから何で――――――――」


そこで言葉を切った。
部屋のチャイムが鳴ったのだ。


「誰だよ、こんな時間に…あ、もしかして類か?」


さっきの話にはぶっ飛んだが――――よく事情を知らない――――どーせ飛行機に乗り遅れたんだろう、と司はドアの方へ歩いて行った。


「何だよ、やっぱ戻って――――――――」


ドアを開けた瞬間、司は目を丸くした。
そこにいたのは類ではなく、知らない男が立っている。
見た感じ、このホテルの支配人といった格好だ。


「や、夜分遅くにすみません…司坊ちゃん」
「…誰だ?」
と申します…の父です。前に一度、カナダ行きの件でお電話を頂いて話してるんですが…」
「え…あ…っ」


その言葉に驚いて、司は慌ててドアを閉め、廊下に出た。
まさか娘が酔っ払ってベッドルームにいる、とは言いにくい。


「――――――――あの時はどうも…」
「い、いえ…あ、あの…挨拶が遅れまして申し訳御座いません。こちらで支配人をさせて頂いてます」
「…母から聞いてます。よく働いてくれてる、と感謝してました」
「い、いえ、そんな…当然の事です」


の父は恐縮しながらそう言うと、少し緊張した面持ちで、「実は…」と言った。


「こちらに娘がお邪魔してると聞いたもので…」
「え?あ、ああ……まあ」
「娘が坊ちゃんに迷惑をかけてないかと心配になったもので、こうして様子を見に…。あの…娘は?」
「え?あ、いや…別に迷惑なんかかけてませんよ?その…もう遅いし、彼女はここに泊まらせますから―――――――――」
「えっ!!!」
「―――――――――ッ(ギョッ)」


司の言葉に、の父はビックリしたように目を見開いた。
その驚きように、司はまずかったか?と内心、焦っていた。
いくら社長の息子だろうと、自分の娘が男の部屋に泊まるなど、父親としては当然、驚くだろう。
が、の父はぶんぶんと首を振ると、


「ぼ、坊ちゃんの部屋に泊めるなんて、そんな失礼なことさせられません!」
「………っ?」
「あのタクシーで帰らせますので、娘にそう伝えてもらえませんか?私は夜勤でして一緒には帰れませんし―――――――――」


どうやらの父は男の部屋に泊まるという事より、"坊ちゃん"の部屋に泊まることが失礼だと思っているようだ。
それには内心苦笑しながら、


「いえ、彼女はもう眠ってますし、ここに泊めます」
「えっね、眠ってる?!」
「はい。ああ…でも部屋は別々ですので心配しないで下さい」


この部屋にはベッドルームが三つある。
支配人をしているの父も、それは分かるのか、「はあ…」と呆気にとられている。
そしてハッと顔を上げると、「い、いえ心配なんてしておりません…」と付け加えた。


「で、でもご迷惑じゃ……」
「いいえ。全然。僕だけだと広すぎるし、ちょっと寂しいですので」
「は、はあ…そう…ですか?」


司の言葉に、の父は驚いたように頷いた。
普段の司のキャラを知らない父は、その言葉を鵜呑みにしたようだ。



「…娘がいつもお世話になってるようですみません」
「…いえ…こちらこそ」
「小さい頃から甘やかして、何も出来ない娘ですけど…可愛がって頂いてありがとう御座います。今回はカナダまで連れて行ってくれて…」
「…いいえ。彼女はしっかりしてますよ?苦手な料理もしてくれたり…カナダでも彼女のおかげで僕の友達も楽しそうでした」
「え、そ、そうですか?というか…あの…娘の料理を……食べたんですか?アレを…?」


ギョッとしたように尋ねてくるの父に、司は首を傾げた。


「い、いえ…あの…前はいつも私が娘の作ったものを毒味する係りだったものですから……」
「…ど、毒味…?」
「ああ、いえ…あの…大丈夫でしたか?あの子は昔から料理が苦手で…」


汗を拭きながら恐縮している父親を見て、司はふと、カナダで作ってもらったババロアを思い出した。
この様子だと、この父親もああいった失敗作(!)を何度か食べされられた事があるんだろう。
司は笑いを噛み殺すと、


「…大丈夫も何も…美味かったですよ?」
「そ、そうですか?ならいいんですけど」


父親はホっとしたように息を吐くと、「…あの子のこと、これからも宜しくお願いします」と頭を下げた。
その言葉に、何故か司の顔が赤くなった。


「ま…任せて下さい」(!)


ニヤケた顔でそう言いきる司に、の父も笑顔で顔を上げる。


「で、では私は仕事に戻ります」


そう言って何度も頭を下げながら、の父は戻って行った。


「宜しく頼む、か…。親にそう言われるって事は…そういう事だよな」(?)


何を勘違いしたのか、司は一人ニヤケながらそんな事を言っている。
そしてベッドルームに戻ると、「おい、!今、お前のオヤジが――――――――」と言って、言葉を切った。
ベッドの上に寝転がっているは、何の反応も見せない。
先ほどと同じ体勢のまま、本気で眠ってしまったようだ。


「…チッ。ホントに眠っちまったのかよ」


そう言いつつベッドに腰をかけ、寝顔を覗き込んでみる。
は熟睡しているのか、少しだけ口が開いていた。


「ったく…色気のねー奴…ガキじゃあるまいし」


そっと前髪をよけて、司は苦笑した。
それでも優しい目での寝顔を見つめている。
ゆっくりと頭を撫でながら、カナダでプレゼントしたネックレスが首元で光っているのを見て、ふっと笑みを零した。


「まだ…してくれてんだ…」


少しホっとしながら彼女の頬を指でつつく。
すると、は「ん…」とかすかに動き、むにゃむにゃ言いながら寝返りを打った。
それを見て小さく噴出した司は、自分の方に顔を向けたの上にゆっくりと屈んだ。
そして薄っすらと開いた唇に、自分のそれをそっと近づけていく。


「……ん…」
「―――――――――ッ」


唇が触れ合いそうになった時、の口がかすかに開き、ドキっとした。


「…花……沢…類……」
「……あ?」


至近距離で聞いた、その寝言に、さすがの司も固まった。


「…類……?」
「…ん…ぅ…行か…なぃ……で…」
「………ッ」


耳を済ませなければ聞こえないようなトーンで呟かれた寝言は、またしても司の耳にはっきりと届いた。


「……………」


ゆっくりと身体を起こした司は、そのままベッドルームを出ると、床に転がったままのワインボトルを空けて、それをラッパ飲みした。
何だか胸の奥が焼け付くように痛い。
それを振り切るようにワインを煽ると、どかっとソファに腰を下ろす。


「……そういう事かよ…」


深い溜息をついて、司は天井を仰ぐと、強く唇を噛み締めた。














「…ん……まぶし…」


次第に意識が戻って来た時、明るい日差しに、思わず顔を顰める。
それと同時に、鈍い痛みが頭をかけめぐった。


「う…頭…痛ぁ……」


少し動くだけでガンガンする。
ゆっくり目を開けると、見慣れぬ天井が視界に入り、何度か目を擦ってみた。


「…って言うか……ここ、どこ?」


頭に響かないよう、身体をそっと起こすと、部屋の中を見渡してみる。
かなりの広さと豪華さに、一瞬、道明寺家かと思った――何となく雰囲気が似ている――


「あ…そうだ…私、夕べ司の部屋で……」


昨日の事を思い出し、溜息をついた。
それほど強くないお酒をヤケになって沢山飲んだ気がする。


(花沢類……今頃、空の上かな…)


時計を確認すると、午後1時になろうとしている。
最終便で経ったのなら、そろそろ向こうに着くはずだ。


元気のない花沢類を見ていたくなくて、静さんとパリに行けばいい、なんて行ったのは自分なのに。
いざ、花沢類が静さんのところへ行ったら、こんなにも傷ついている。
矛盾している自分に、本気で嫌気がさしてきた


(バカみたいにヤケ酒なんか飲んじゃって、あげくに二日酔いだなんて……情けない)


溜息をつきながらバスルームへと向かった。
ボーっとした頭をすっきりさせようと熱いシャワーを浴びる。
そう言えば、司はどうしたんだろう――?
ふと、夕べ一緒に飲んでいたはずの司を思い出し、私は簡単に髪を洗うと、バスルームを出た。
服を着て、そっとリビングを覗いたが、そこには誰もいない。
司も結構飲んでたはずだし、まだ寝てるのかな、と思いながら、テーブルの上に転がっているワインボトルを片付けた。


「…ってか、アイツ、何本飲んだのよ…」


テーブルの上に4本、床に3本のボトル。
それが全てカラになっている。


「それとも……これ全部、私とアイツで飲んだのかな…」


自分がどれほど飲んだのか、思い出せない。
と言うよりも、途中から記憶がポッカリ抜けていて、自分がどうやってベッドルームまで行ったのかすら覚えていない。


「はあ…ダメだ…。当分お酒は控えよう…」


少し後悔して、私は冷蔵庫からミネラルウォーターをとって、それを飲み干した。


―――――――――それにしても…静かだな。


ふと反対側にあるベッドルームへ目を向ける。
司がまだ寝ているなら、静かなのも当然だ。
でも、何となく違和感を覚え、ゆっくりとベッドルームの方へ歩いて行った。
いくら何でも静か過ぎない…?まるで誰もいないみたいに――――――――――


「…司?入るね?」


そう声をかけてドアを開ける。
中は薄暗くてカーテンが締め切ってあった。
やっぱりまだ眠ってるのかな、とベッドの方を覗いて見ると―――――――――


「あれ…?いない…」


私が寝ていたのと同じキングサイズのベッドには、誰もいなかった。
しかもベッドメークがされたままで、司が寝た痕跡すらない。


「やだ…どこ行ったの、アイツ…」


蛻の殻の部屋を見て、私は首を傾げつつ、リビングへと戻った。


「…何よ…起こしてくれてもいいのに」


いたらいたで、うるさい存在だけど、こんな風にいなくなられると気になる。


「…ま、いっか。どーせアイツとはケンカ中だったんだし――――――――」


夕べはつい一緒に飲んだりしちゃったけど、キスしてきたことだって、許したわけじゃないんだから。
そう思いながら、ソファへ腰を掛ける。
その時、突然部屋の電話が鳴り響き、ドキっとして立ち上がった。


「ビ、ビックリしたぁ…」


胸を撫で下ろし、ホッ吐息をつく。
鳴り止みそうにない電話に、一瞬迷ったが、もしかしたら司かもしれない、と急いで受話器を上げた。


「―――――――――もしもし」
『あ、か?』
「お…お父さん?!」


その声に驚いて、「どうして、ここに―――――――――」と言いかけたが、父はここの支配人だ。
司が来たことも、そして私と一緒に戻ってきたことも、他の人から聞いてるのは当然の事だ。


『部下に聞いたんだ。それより…まだ寝てたのか?』
「お、起きてたわよ…。あ、って言うか連絡もなしに外泊しちゃってゴメンなさい。ちょっと色々あって――――――――」
『ああ…それは別にいいよ。司坊ちゃんが一緒なら安心だ』
「…………」


どこが?と思ったけど敢えて口にしない。


『とりあえず…お前は一度、家に帰りなさい。いつまでも、そこにいたら司坊ちゃんに迷惑だろう?』
「う、うん…けど…その司がいないの。勝手に帰ったら、アイツの事だし怒りそうで」


そう言いながら部屋を見渡す。
荷物はあるから、一度ここに戻ってくることは間違いなさそうだ。


『ああ、坊ちゃんなら昼頃に出かけたようだよ?』
「――――――――へ…?」
『ああ、父さん、夜勤でね。ちょうどその時間は上がる頃でフロントにいたんだ。確か昼過ぎ頃、坊ちゃんがフラっと外に出て行くのが見えた』
「…どこ行ったのかな」
『さあ?声をかけようと思ったんだが間に合わなくてね』


その話を聞いて首を傾げた。
司だって、かなり飲んでたはずなのに、寝もしないで昼からどこに行ったんだろう。


『まあ、とにかくお前は家に帰りなさい。坊ちゃんが戻ってきたら、伝えておいてもらうから』
「うん。あ、お父さんは?夜勤は終わったんでしょ?」
『ああ。でも、これからちょっとミューティングがあるんだ。それに出てから帰るから、夕方になると思う』
「そう…大丈夫?」
『いつもの事だよ。ああ、母さんは先に帰ってるから』
「分かった。じゃあ…今、降りる」


そう言って電話を切ると、自分のバッグを手に部屋を出た。
キーが残っていた所を見ると、司は何も持たずに出かけたらしい。
キーはフロントに預けておけばいいだろう。


「あ、そうだ…」


ふと思い出し、バッグから携帯を取り出した。
見れば、メールが受信されている。
司かと思って開いて見ると、そこには"花沢類"と表示されてて、ドキっとした。



"今、離陸した。またついたらメールする。色々とありがとう"


時間を見れば、夕べのうちに届いている。
そのメールを複雑な思いで見ていた。


「ありがとう…か…」


本当は、どこにも行って欲しくはなかった。
けど、自分の気持ちに嘘をついている彼を見るのは、もっとイヤだった。


「これで…いいんだよね…」


エレベーターに乗り込むと、そっと携帯を閉じて壁に寄りかかる。
昨日まで、確かに隣にいたはずの花沢類の存在が、今はなくて―――――――――それが、ひどく寂しく感じた。







『留守番電話に接続します――――――――』


その音声が流れて、すぐに電話を切った。
家に帰る途中、何度か司に電話してみたけど、ずっとこの調子だ。


「アイツ、ホントにどこ行ったんだろ…」


駅からマンションまで歩きながら、冷たい風に首を窄める。
父はタクシーで帰れと言ったが、この二日酔い状態でタクシーに乗るのは勇気がいる。
結局、電車での帰り方を教わって、それで帰ってきた。


「ふぁぁぁ…」


住宅街を歩きながら、つい欠伸が出て目を擦る。
ちゃんと寝たはずなのに、何となく気だるい。
アルコールは抜けてきたものの、さすがに昨日一日は歩き回って疲れてるのかもしれない。


そうだ…昨日は殆ど寝ない状態で帰ってきて、二度寝しようと思ったら大和が突然来たんだ。
そしてその後に花沢類も…
結局、寝ることなんか出来なくて、そのまま二人で大阪観光して……大和の友達とケンカになりそうになった時、司が来た。
それでバーで飲んで、ホテルに戻ってからも飲んで………これじゃ疲れてて当然かも。まだ若干、時差ボケもあるし……


少しグッタリして溜息をついた。
色々と考えたい事もあるけど、今は思考回路が働かない。


(帰ったら、もう一回寝よ…)


何度目かの欠伸を噛み殺しつつ、マンションが見えてきたところで足を速めた。
その時、すっと黒塗りの車が横道から出てきた。
マンション前の通りは広いから、私は避けることなく歩いて行く。
が、体スレスレのところを通っていく車にギョっとして足を止めた。


「何なのよ…危ないなぁ…」


前を走っていく車に、ついそんなグチが零れる。
すると、その車はスピードを落とし、マンション前で静かに停車した。


何だろう…マンションの人かな。
だったら、あんなところに止めないで駐車場に入ればいいのに…



そう思った時、車のドアが静かに開いて、誰かがゆっくりと降りてきたのが見えた―――――――――














「―――――――――マスター同じもんくれっ」
「…大丈夫かいな、そんなに飲んで…」
「ちっとも酔えねーんだよっ」


司はグラスをドンっと置いた。
ここは昨日、や類と一緒に来たバーだ。
部屋で飲んでいても酔えず、しかも隣の部屋ではが寝ている状況に煮詰まって出てきてしまったのだ。
といって、大阪の街をよく知っているわけでもなく、つい覚えていたこの店に足が向いた。
ここはバーと言っても、昼はランチもやっているようで、司が来た時はちょうどオープンしたばかりだった。


「それにしたって…何で昼間から酒なんか飲んどるんや?」
「飲みてー気分なんだよ…」
「まあ、そういう時は誰にでもあるしええけど…ここは売るほど酒があるしな」


マスターはそう言って笑うと、司にカクテルを作って出した。


「そう言えば…あのちゃんゆう子は、まだ大阪におるんか?」
「あ?ああ…まだグースカ寝てんじゃねぇか?」
「そうなん?何や、あの子は君の彼女なんか?」
「か……彼女じゃねぇよ…っ」


マスターの一言に顔が赤くなる。
その素直な態度に、マスターは笑いを噛み殺した。


「いや最初はてっきり大和の彼女なんか思たけど…昨日は綺麗な顔立ちの男の子と一緒に来たし、後からは君も来たから、いったい誰の彼女なんか思て――――」
「おい…大和って…あのお笑い芸人か?」
「へ?お笑い芸人…?」


顔色を変えて訊いて来る司に、マスターがキョトンとする。


「結城グループの息子かって聞いてんだよっ」
「あ。ああ…そうや。何や、君も大和のこと知っとるんか」
「知ってるも何も…同じ高校だ」
「ああ…何や、君も英徳の生徒さんかぁ。なら、どっかの御曹司なんか?何気にいい腕時計してるし」


マスターはそんな事を言いながら笑っている。
司はカクテルを煽りながら、「ああ。道明寺グループのな」と呟き、カラになったグラスを置いた。
その一言に、グラスを拭いていたマスターの手が止まる。


「何やて…今、道明寺、言うたか?」
「ああ」
「…道明寺ゆうたら…結城グループと肩を並べるくらいの大企業やで?」
「ああ、そうだよ。つか、オレ的には結城なんて目じゃねぇけどな」
「……そ、そうか…君が…あの道明寺の…」


マスターは目を丸くしながら司をマジマジと眺める。
が、すぐにカラのグラスに気づいて、すぐに新しいものを作った。


「それより…さっき大和がを連れて来たって言ったか?」
「え?あ、ああ。まあね」
「…チッ。あの野郎…まだアイツにちょっかい出してんのか…」
「え?」
「何でもねぇ…。で…どんな感じだった?」
「え、どんなって…」
「二人の様子だよ!何か怪しい感じだった、とか何かあんだろ?」


イライラしたように司は身を乗り出した。
それにはマスターも後ずさりながら、


「怪しいってのはよく分からへんけど…何やちゃんが何か悩んでたようやなぁ。大和が励ましてたように見えたけど」
「…アイツが?」
「ああ、でも別にそれ以上の感じには見えへんかったけどな。先輩後輩といった感じやったし」
「…ホントか?」
「ほんまや。まあ……でも大和の方は…彼女に惚れてるんやろなぁ」


その言葉に、司の額がピクっと反応した。
それに気づかず、マスターは苦笑しながら、あの日、あった事を詳しく説明した。


「…大和のツレの女がに?」
「そうや。何やひどいこと言われたんちゃうかな。彼女は怒って出て行ってもーて…その後もトモカ…ああ、大和のツレの子やけど…プリプリ怒ってたわ」
「トモカ……」


その名前をどこかで聞いたような気がして、司は首を傾げた。
そして、ここの前で殴った奴らを思い出す。


「あの女か…」


ケバイ女が二人いた事を思い出し、小さく舌打ちをした。
マスターの話もあわせると、どうやらあの女どもは大和がにちょっかいかけてるのが気に入らないらしい。


「…あのお笑い芸人め…」


イライラしたように酒を煽ると、マスターが苦笑いをしながら、


「まあまあ。大和は悪くない。ええ男やで?」
「…あ?どこがだよ」
「昔はめっちゃ悪かってんけどなあ…。お兄さんが亡くなってからガラリと変わって。今はお兄さんの代わりに親の会社を継ごうと必死で頑張っとんねん。まあ、あの男前のせいで女の方から寄って来るから、時々そんなトラブルにもなるけどな」
「……亡くなった、兄貴?」
「大和には双子の兄貴がおってん。ひどい事故で亡くならはったみたいやけどな。そのせいで大和が代わりに跡継ぎになったゆうてたなぁ」
「……へえ。まあ、どっちにしろ、アイツが原因でが嫌な思いしてんのは変わんねぇ。今度会ったらぶっ飛ばしてやる」


再び酒を飲み干すと、「お代わり」とグラスを差し出す。
そんな司を見て、マスターは苦笑しながら、ミネラルウォーターをテーブルに置いた。


「飲みすぎや。もう水にしとき」
「あぁ?」
「何があったんか知らんけど…そんなに飲んで帰ったらちゃんが心配するんちゃう?大事な子なんやろ?そうやって大和に怒るくらい」
「…………」


マスターの言葉に、司は軽く目を伏せた。
そして出された水を一気に飲むと、深く溜息をつく。


「―――――アイツは…オレの心配なんかしてねぇよ……類の心配はしてもな」
「……色々、複雑みたいやな…」


マスターはそれ以上、何も言わず、「何か食うてけ、今、作ったるさかい」と、奥へと入って行った。
司はぎゅっとペットボトルを握ると、再びそれに口をつける。
気づかないうちに、結構なアルコールを取っていたようだ。
水が美味しく感じて、司は小さく息を吐いた。


「…もう…3時になんのか…」


店にかかっている時計を見て、ふと呟く。
そして思い出したように携帯の電源を入れた。
すると、すぐにディスプレイに"伝言あり"という文字が点滅しだし、司はドキっとした。


まさか、から――――


そう思ってすぐに伝言を聞いた。


『もしもーし。道明寺くん?』
「あ…?」


突然、流れて来た音声に、眉を顰める。
聞いたことのない声だ。


『何で電源切ってるかなぁ…まあええわ。またかけるし、これ聞いたら電源切らずに待っとって。やないと――――あんたの大事な親戚、どうなるか分からへんで?』

「―――――ッ?!」


ブツっという音がして、そこでメッセージが切れていた。
慌てて、もう一度繰り返し聞いてみる。
が、やっぱり聞いたことのない声だ。それに大事な親戚、というのは――――


…っ?」


ドクンと鼓動が鳴って、司はすぐにの携帯へと電話をかけた。
何度かプップップという音が鳴り、すぐに留守電に切り替わる。
それには軽く舌打ちをしつつ、次にホテルへとかけてみれば、フロントの人間に「さまは先ほどお帰りになられました」と言われた。


「クソ…!どうなってんだ…っ」


椅子から立ち上がり、思い切り蹴飛ばす。
その音に驚いて、マスターが奥から顔を出した。


「どないしたん?青い顔して―――――」
が浚われた!」
「……は?何やて?」
「クソ…!!!どこのどいつだ…!!」
「ちょ、道明寺クン、落ち着いて――――」
「落ち着いてられるかっ!」


どんどん頭に血が上っていくのが分かる。
が見知らぬ男に拉致されるところを想像して、司は唇を噛み締めた。


「…チッ…公衆電話かよ…っ」


念のため、着信履歴を確認したが、そこに相手の番号はない。
もし番号でも分かれば、警察でも何でも動かして、相手を調べられるのに、敵もなかなかバカじゃないらしい。


「…ま、まさか…あの子達が…」
「あ?」


不意にマスターが呟いた。


「誰だって?」
「あ、いや…せやし…さっきも言うたけど、昨日あんたが殴った子らや。トモカちゃんもちゃんのこと、かなり怒ってたし―――――」
「…そうか…!」


そこで司も納得した。
アイツらなら、昨日の報復にを拉致したとしてもおかしくはない。


「おい、アイツらの溜まり場、どこだ!」
「え?あ、溜まり場ゆうても……」
「どこでもいい!奴らが行きそうな場所、教えてくれ!!」
「そ、そんなん言われても、オレかて店以外で会うわけとちゃうし…それは大和に聞いた方が―――――」
「なら、お笑い芸人の連絡先は?」
「あ、ああ、ちょお待っとき」


マスターはそう言って慌てて奥へと走って行く。
司はイライラしながら、カウンターのテーブルをドンっと拳で殴った。


「クソ…アイツら、ただじゃおかねぇ……っ!!」


昔の自分が蘇ってくるように、激しい怒りが込み上げてくる。
その時、携帯が鳴り響き、司は息を呑むと、すぐに通話ボタンを押した。


『お、やーっと通じたやん』
「……てめぇ…ッ」
『―――――道明寺クンやな?』


相手はどこか楽しそうに、『はよ出てくれへんし待ちくたびれたわぁ』と笑っている。
司はギリッと歯を噛み締めた。


「てめぇ、昨日の奴らか?ああんっ?」
『何のこっちゃ?』
「とぼけんじゃねぇ!はどこだ!」
『ああ、君の可愛い親戚の子は、ここにおるよ?声、聞きたいか?』
「…………ッ」


受話器の向こうで何かヒソヒソと話す声が聞こえたと思った瞬間、


『…つ、司…』
「…!!」


思わず携帯を握り締めた。
今の声は小さくて聞きとりにくかったが、確かにの声だ。


、無事か?!今、どこだっ」
『――――おーっと!お話はそれくらいにしてや』
「……てめぇ……をどうする気だっ?!」
『さぁて…どうしよかなぁ…。可愛い子ぉやし…このまま頂いちゃってもええねんけどなぁ』
「てめぇ……ッッ」


司の声が怒りで震えた。
相手はあくまで楽しげに、『そない怒らんでも』と笑っている。


『この子を無傷で取り戻したいなら……方法がないわけでもないんやけどなぁ』
「……何?」


意味深な言葉を吐く男に、司は眉を顰めた。


『一千万』
「あぁ?ッ」
『用意してくれるか?簡単な金額やろ?道明寺家の御曹司なら』
「……目的は金か……」
『まあ…そういうこっちゃ。ああ、もちろん警察なんかに連絡したら―――――この可愛い顔が傷だらけになって帰ることになるし気ぃつけてや?』
「……ふざけんな!!てめぇ、ぶっ殺してやる!!」


相手の言葉にカッとなった。


『おーっと。そんなん言うてええの?脅すなら、こっちにも考えがあんでぇ?』
「――――くっ」
『…あんた、この子のこと、めっちゃ大事にしてるそうやん。こっちはちゃんと知ってんねんで?』
「………ッ」
『まあヘタなことしたら……あんたの大事な子は死ぬより辛い目に合う。それでもええなら、オレの事殺したらええ』


余裕のある声。
相手は何もかも見透かしている。


「………どこに金、持ってけばいい」


司は怒りを抑え、男に尋ねた。


『何や案外もの分かりええやん。ま、懸命やな、道明寺クン』


男はケラケラと笑うと、


『―――――今夜0時。大阪埠頭近くの海のふれあい広場に金、持ってこい』
「…大阪埠頭…海のふれあい広場だな…」
『そうや。ほな……楽しみに待ってるで?』
「待て!もう一度を―――――」


そう叫んだ時、すでに電話は切れていた。


「クソ…!!」


ガンっと椅子を蹴りながら、司はすぐに店を出た。
後ろから、「―――――道明寺クン!!どこ行くねん!」とマスターが追いかけてくる。


「マスター!わりぃけど、この事は誰にも言わないでくれ!オレが何とかする!!」
「あ、ああ…それはええけど…大和の連絡先――――!」


そう言ってマスターが携帯番号を書いたメモを投げてよこした。
それを上手くキャッチすると、「サンキュ!オッサン!」と礼を言って、ホテルへと引き返す。
といって、警察にも誰にも言えない。
言えば、道明寺の人間が浚われたという事で大騒ぎになってしまう。
そんな事になれば、が危険だ。


「クソ……待ってろよ――――!」


焦る気持ちを抑え、司は走りながらも、大和の携帯へと電話をかけ始めた――――。
















久々の更新です!
履歴を見たら、去年の8月が最後でしたよ……(汗)
その間もこの連載にたくさんのコメントを頂きまして、凄く励みになりました<(_ _)>
最近また読み返して、少し手直ししつつ、ストーリーを思い出してました(オイ)
これからトラブル続きになりそうな予感でごわす(待て)


いつも投票処に嬉しい感想やコメントをありがとう御座います!いつも読んで励ましてもらっております(*TェT*)



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



■花男のドリーム小説ってなんかあんまりないのと、司がピュアなのがいいですね。続き楽しみにしてます(大学生)
(続き楽しみにして頂けて嬉しいです!司は大好きなので、これからも楽しんでもらえるようなお話を書けるよう、頑張ります★)

■司の不器用ながらも純粋な想いや類の自覚の無い所などめちゃくちゃツボです!!大和もめちゃくちゃ格好いいです!!
オリキャラにこんなに嵌ったのも初めてです><これからの展開が物凄く気になります…!(高校生)
(司、類に続いて、大和にまでお褒めのお言葉を頂き、ありがとう御座います!オリキャラの人気が急上昇なんて変なドリになってますが;;これからも頑張ります!)

■司の不器用さにすっかりはまりました。主人公の心情描写もとても素晴らしくて、感情移入しまくりです。(小学生)
(描写が素晴らしいなんて、嬉しいお言葉ありがとう御座います!感情移入してもらえてホントに嬉しいです!これからも頑張りますね★)

■可愛いくてカッコいい司、大好きです。ヒロインの切ない心情もほんとうにリアルで、思わず胸がきゅんと締め付けられるよう…。
一気に読んでしまうほど、読み応え抜群で素晴らしいです!これからも楽しみにさせていただきます☆(大学生)
(一気に読んで下さったようで、ありがとう御座います!これからもカッコ可愛い司を描けるよう頑張りますね(´¬`*)〜*

■続きが気になる&おもしろいです。まさか花男(大学生)
(ありがとう御座います!)

■ドラマとも漫画とも違う展開で読んでいてとても楽しいです!!(高校生)
(ありがとう御座います!これからも頑張ります♪)

■花男夢ってなかなかなくて、うれしい。司好きだから、余計うれしい(社会人)
(喜んで頂けて嬉しい限りです!私も司が一番好きなので、ホント感激です(*ノωノ)

■大和すきです^^(中学生 )
(ヲヲ!大和を気に入ってもらえて感激ですー♪)

■花男大好きです!!(社会人)
(ありがとう御座います!)

■はまって、一日の時間全てを使って読破しました!!!!!私的には大和とくっついて欲しいですがオリキャラでは無理…ですよね;それでも大和が大好きです♪(高校生)
(ひゃー;一日で読破ですか!!ありがとう御座います!しかも大和を気に入ってもらえて感激です!くっつくかは分かりませんが、絡みは増やしていければと思っております♪)

■花男連載読ませていただきました!すごく面白くて夢中になって一気に読んでしまいました♪花沢類ファンなんですが、司も大和もカッコよかったです!!(大学生)
(一気に読んで下さったようで、ありがとう御座います!大和や司も気に入って頂けて嬉しいです(●ノ∀`)

■いつも大好きですっ!なんども読み返してしまってますーっ(高校生)
(ありがとう御座います!何度も読み返して頂けるなんて、感激しちゃいますよー(TДT)ノ

■「君に、花束を」を読んで、本当におもしろくてここのお話が好きになりました。他のジャンルの小説も読んでみようと思います!(大学生)
(面白いと言って頂けて凄く嬉しいです!他のジャンルまで気に掛けてもらえて、ホント物書き冥利に尽きますよ〜(*TェT*)

■「真昼の月」と悩みましたが、司くんに一票!(社会人 )
(ありがとう御座います!(´¬`*)〜*