繋がれた、手







―――――あったかい。



薄っすらと意識が戻る中、最初に感じたのはそれだった。
寝入ってしまう前、ウトウトしながらも布団をかぶってない事は気づいてて。これじゃ風邪を引いちゃうかも、と思った事は何となく覚えている。
なのに何でこんなに暖かいんだろう…まるで体を何かでくるまれてるみたい…
そんな事を寝起きのボケた頭で考えながらも、私はくっついてた瞼をゆっくりと開けた。

「………ぅ…っっっっ」

目を開けた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、部屋の天井でも何でもなく。
何も見えない状態…いや、"誰か"の胸に顔を押し付けている状態だった。
と言っても、驚きのあまり覚醒した時点で夕べの事を思い出し、この体温は司のもの以外考えられない、という答えに行き着く。
ただ胸板にぎゅっと押し付けられてるせいで、何がどうなってるのか理解できない。

(…な、な、何これ?!っていうか、どんな状況よ、これはっ!!ってちょっと待って…背中にある感触ってもしや抱きしめ……られてる?!)

胸に顔を押し付けてるどころか、背中にある強い腕の感触にも気づき、私は一人パニックになった。
こんなところを万が一、父や母に見られでもしたら何を言われるか分かったものじゃない。
私は必死に司の腕から逃れようと、体をもぞもぞ動かした。
が、それが裏目に出たのか、かすかに司の寝ぼけた声がして、思わずビクンと体が跳ねる。

「…ん…ぁ…?」
「…………っ」

すぐ頭の上でした司の声に一瞬にして固まる。
次の瞬間、「うぉっ!」という変な叫び声と共に、体の拘束が突然解けた。どうやら司が起き上がったようだ。

「な…っなっ何で――――――」

私と同じように動揺している司の様子に、今までの状態は不可抗力だった事を推測してホっとした。
多分、司に手を握られたまま離れる事も出来ずに私もここで眠ってしまったんだろう。
そんな私に、司もどう寝ぼけたのかは知らないが、抱き枕みたいに腕の中に収めたに違いない。

「おはよ…」

事情は把握した…といって、いつまでも隣に寝ているわけにいかず、私はすぐに司から離れ、とりあえず声をかけた。

「て、てめ、起きて…つか、おはよーじゃねえよ!何でお前がオレの横で寝て―――――」
「はあ?何言ってんのよ!そっちが私の手、放さなかったからでしょ」
「…な…なにぃ〜?!」

寝起き早々、顔を真っ赤にして怒鳴ってくる司にそう言い返すと、赤い顔が更に赤くなった。
そんな顔されるとこっちまで赤くなってしまう。(普段、西門美作ペアと一緒に遊んでるクセに、意外にシャイなとこもあるんだから変な奴)
そこで司も夕べの事を思い出したのか、「そういや…そうだっけ」とボケた顔で頭をかいている。

「…つか…ここお前んちだったな…」
「思い出した?」
「おう…」

欠伸を噛み殺しながら、司は部屋の中をキョロキョロと見渡した。

「何か…背中痛てえけど、めちゃくちゃ昏睡した気がするぜ」
「…………"熟睡"ね。昏睡って死にそうな人じゃないんだから」
「う、うるせえっ」

寝起きからバカっぷりを発揮する司に思い切り目が細くなりつつ、何時頃かと確認してみれば、まだ午前10時を少し過ぎたばかりだった。
父も母も夜勤明けだから、今日は家にまだいるだろう。正直、昨日の出来事を話すつもりはなかった。
言えば警察だの何だのと騒ぐかもしれないし、それも面倒だ。それに、そんな事になれば大和にも迷惑がかかる。
夕べはどこに行っていたと怒られた時は、司と一緒にいた事にしよう。それが一番いい。
そんな事を考えていると、司も気になったのか、ふと思い出したように顔を上げた。

「…そういや…お前の父ちゃんと母ちゃんは?」
「多分いると思う。夜勤明けの次の日は午後出勤だって言ってたから、そろそろ起きて来るとは思うけど…」
「そっか…。んじゃー昨日の事はオレから説明してやる」
「えっ!い、いいよ」

慌てて首を振る私に、司は訝しげな顔で眉を寄せた。

「何でだよ。夜中になっても帰って来なかった事で心配してるかもしれねえだろ」
「そりゃ…」

司の言うとおり、ホテルから家に戻ったのはお父さんも知ってるし、先に帰ってたお母さんだって私が戻るのを待っていたはずだ。
でも拉致された時に携帯も奪われ、あげく自分の手に戻ってきた時にはすでに電池が切れていたし、
そんな事が重なって、連絡がつかなかったのだから、二人が心配してたかもしれない、というのは分かる。
でも昨日の事を話して色々と面倒な事になるのが困るのだ。

「で、でもお父さん達に話して大騒ぎされても困るでしょ。せっかく警察沙汰にしなかったんだし…」
「それもそうだけどよ…って、まさかお前…」

不意に目を細め、司が不満げな顔で見てくる。その怖い顔にドキっとした。

「な、何よ…」

恐る恐る問いかける私に、司は更に目を吊り上げながら、

「…あのお笑い芸人の心配して、んな事言ってんじゃねえだろうな…」
「…えっ?」

思い切り顔に出してしまった私に、司は「てめえ、図星かっ」と怒りながら私の手首を掴む。

「…痛っ」

けど掴まれた瞬間、痛みで腕を引く私に、司は驚いた顔でその手をパっと放した。

「お、お前、ここ手当てもしてねえじゃねえかっ」
「え?あ…」

司に言われて見てみれば、手首にロープを外そうともがいた時に出来た傷がある。
夕べは司の方が重症だったから、自分の手当てをするのをスッカリ忘れていた。
血が滲んでいた場所は、すでに瘡蓋のようになってはいたけど、でもまだ痛みは残っている。

「…チッ!アホか、てめえは!オレの手当てより自分のしとけよっ」
「な、何よその言い方…!司の方が出血がひどかったから先に手当てしてあげたんじゃないっ。そしたら睡魔に負けて忘れてたのっ」
「ゴチャゴチャうるせえっ。いーから手ぇ、貸せ」
「ちょ、」

司は強引に私の腕を引くと、置いたままになっていた救急箱から消毒液を出した。

「い、いいよ…自分で――――――」
「両手首だぜ?自分で包帯巻けるのかよ」
「う…」
「いーから黙って大人しくしてろ」

痛いところを突かれ口を閉じると、司は溜息交じりで消毒液の滲み込んだ脱脂綿を傷口にあてる。
そして慣れた手つきで包帯を巻きだし、それには少しだけ驚いた。

「…巻くの上手」
「あ?ああ……ガキの頃から色々と格闘技とか習わされて、生傷絶えなかったからよ。しょっちゅう手当てしてもらう内に自然と覚えた」
「へえ…子供の頃から格闘技…。だから司って、あんなに強いの?」
「親はガキの頃から世界中飛び回ってていなかったしよ。まあ…自分の身は自分で守れっつー事でな。何度、誘拐されそうになったか分かんねえし」
「ゆ、誘拐…?!」

一瞬ギョっとした。
でも言われてみれば確かに道明寺家の跡取り息子を誘拐すれば、物凄い額の身代金を要求出来るだろう。(ソッコーで捕まると思うけど)
今回だって私を拉致したヤツラは最初の目的よりも、道明寺の名前=お金に目がくらんで、身代金要求をしてたくらいだ。
まあ、私としてはお金目当てに目的が変わったおかげで、無事に体を守れたんだけど…
それでも司が助けに来てくれなきゃお金を奪った後でアイツラに襲われてた。…ギリギリセーフだったんだと思うと今頃ゾっとしてくる。

「…ほらよ。出来た。人に見られたら怪しまれるから袖で隠しとけよ」
「うん、ありがとう…。ホント上手だね」

綺麗に包帯を巻かれた手首を見ながら感心していると、何故か司はジィっとこっちを見ている。
その目つきが何かを探るような感じに見えて、私は首を傾げた。

「どうしたの?司…」
「いや…何かゴタゴタしてて忘れてたけどよ…」
「忘れてた…?何を?」
「一昨日の夜…オレの部屋で飲んで、お前酔いつぶれたろ」
「えっ?!そ、そうだった?」

不意に言われ、ドキっとする。あの夜の事は殆ど覚えちゃいないのだ。
特に後半なんか全く記憶にない。
もしかして酔っ払って暴れでもしたのかと引きつっていると、司はまだ怖い顔のまま私を見ている。
その視線に耐え切れなくなり、笑顔を見せると――――引きつったままだけど――――私は思い切って口を開いた。

「ご、ごめん…酔っ払っちゃってよく覚えてないんだけど…私、何か――――――」
「お前さ」

した?と聞く前に、司がそれを遮った。

「…類と何かあんの?」
「えっ?!」

その不意打ちの質問に、思わず声が上ずり、司の目がますます険しくなっていく。

「なな…何かって…何がっ?」
「…思いっきり動揺してんじゃねえか…。やっぱあるのかよ」
「だ、だから何の事よ!だ、だいたい花沢類と私に何があるっていうの?!彼には静さんって、あんなに素敵な彼女もいるのに」

平静を装いたいのに、言えば言うほど早口になって不自然さが出てしまう。
そんな私の様子を見て、司は小さく溜息をついた。

「…寝言」
「…へ?」
「お前、寝言で言ったんだよ」
「な…何をよ…」
「……類の名前…」
「………ッ」

ドキっとして顔を上げると、司は真剣な顔で私を見つめて、静かな声で一言。

「…"花沢類…行かないで"ってよ…」
「……な、何それ…」

一気に顔が熱くなって声まで震える。
寝言なのだから言ったかどうかなんて覚えてない。でも、その言葉の意味は嫌でも分かってしまう。
自分の寝言の内容を聞いて、体中の血が顔に集中してるんじゃないかってほど熱くて、ついでに頭もクラクラして来た。

「……そりゃオレの台詞」

司は苦笑気味に言うと、胡坐をかいて頭を項垂れた。

「お前……類のこと、好きなのか?」
「………バッバカ言わないでよ。まさか――――――」

そう口では否定したけど、きっと顔には思い切り出てたと思う。
司は一瞬だけ目を伏せて、すぐに小さく噴出すと、髪をかきあげながら顔を上げた。

「…分かりやす」
「な…何が?違うって言ってるじゃないっ」

鼓動がどんどん早くなっていく。きっと顔は真っ赤だ。
そんな私を、司は怖い顔で睨みつけた。それは司が怒っている時の目で、それを見た時、司は何で怒ってるんだろう、と漠然と思った。
道明寺司の親友で幼馴染の花沢類に対し、私がそういう感情を持つ事すら気に入らないんだろうか。
どっちにしろ、この気持ちは知られたくない。
ここはちゃんと否定しないと―――――そう思った時、司が怖い顔で立ち上がって、私の事を見下ろした。

「…気に入らねえな…」
「え…?」
「そうやって自分の気持ち隠すくらい類のこと好きなクセに…何でアイツを静んとこに行かせたりした?」
「………ッ」
「昨日、類が言ってただろ…。"静がパリに住むなら一緒に行けばいいって言ってくれたのおかげ"だって。その後、感謝の印なんて言って頬っぺたにキスまでしやがって」
「あ、あれは…っっていうか、聞いてたの?」
「聞こえてきたんだよ!…あん時は何の話かよく分かんなかったけどよ…」

司は不機嫌そうに視線を反らして、ゆっくりとその場にしゃがむと大きく溜息をついた。

「あんまフットワーク軽い方じゃねえ類が突然カナダに戻るって言い出したのは……お前がアイツの背中を押してやったからだろ?」

真っ直ぐ射抜くような瞳。
司のその強い眼差しは、私の小さな嘘なんか全て見抜いてる気がした。強がりも、小さな意地も、全部…

「…ほ…本気なのかよ」
「……え?」

俯いて黙っていると、司が聞いてきた。思わず顔を上げると、目の前の司が真っ赤な顔のままそっぽを向いている。

「……オレに、しとけば?」
「はあ?」

更に耳まで赤くしながらワケの分からない事を言う司に、思わず声が高くなる。
それが気に入らなかったのか、司は突然立ち上がった。

「だ、だから静オンリーの類なんかやめてオレにしとけっつってんだよっ!光栄だろ?このオレさまが付き合ってやるんだからよ!」
「………つ、付き合…う?…何バカなこと言って…って、あ!!また人をからかって笑うつもりね?!そうはいかなぃ――――」
「バ!バカヤロ!ちげーよ!オレは本――――」

ー?帰ってるの〜?!」

「「―――――ッ」」

いきなりお母さんの呑気な声がドアの外からして、私と司が思い切り固まった瞬間、ドアは勢いよく開けられた。

「あなたってば、いつ帰って……って……こ、こちらは――――?」

一瞬お母さんはキョトンとしたように私と司を交互に見ると、突然、目をまん丸にした。

「ま、まあ司坊ちゃん!!来てらしたんですか?!」
「お邪魔してます」

お母さんは当然、司の顔を知っている。突然の事で一瞬だけ脳みそがフリーズしてたようだけど、すぐに復活したらしい。(でもかなり驚いてる)
そして司はと言えば、さっきまで真っ赤にしてモゴモゴしてたくせに、今じゃ"道明寺司"の顔に戻り、お母さんにきちんと頭を下げた。
その態度の変わりように内心ギョっとしたけど、今はそんな事を言っている場合じゃない。

「やだわ、ったら!司坊ちゃんが来てるなら言ってくれないと!もしかして夕べも一緒で遅かったの?」
「う、うん…実はそーなの。ほ、ほら、養子の件は司にも少なからず関係してくる事だからちょっと相談したりしてて…」
「まあ、そうだったの。―――――すみません、司坊ちゃん。がお世話かけまして」

咄嗟に口から出たデマカセだったけど、お母さんはアッサリ信用したようだ。
司はチラリと私を見たけど、余計な事は言わず話を合わせてくれている。

「じゃあ朝食でも食べて行って下さいな。私達は今から仕事に行くところなんですけど、良ければと一緒に」
「じゃあお言葉に甘えてご馳走になります」
「ちょ、ちょっと司――――――」

思わず服を引っ張ったけど、司は完全に無視を決め込んでお母さんの後からついていく。
出来ればお父さん達とホテルの自分の部屋に戻って欲しかったのに、と内心思いながら溜息をついた。

(もうお母さんてば余計な事をー!今、二人きりにされても気まずいじゃないっ)

まだ心臓がドキドキいってる。

"――――――オレに、しとけば?"

あの一言はしっかりと耳に残ってる。それに司が言いかけた言葉も。

"オレは本―――――――"

アイツはあの後、"本気だ"とでも言うつもりだったんじゃないだろうか。
そう思ったら、また顔が熱くなってきた。

(う、嘘でしょアイツ…何考えてんのよ…!)

次第にパニックになり頭を思い切り振る。それでも冷静に考えれば、さっきの司は少しおかしかった。
ううん、っていうか、ここ最近はずっと変だ。
最初はあんなに私の事を煙たがってたのに、今じゃさり気なく優しい気がする。
バラをくれたり、カナダでスノボー教えてくれたり、高価なネックレスをくれたり…突然キスをしてきたり。
今回の事だってそうだ。
急に帰国したかと思えば大阪に来て、誘拐された私のためにあんな大金をポンと用意してくれて、あげく危険を承知で助けに来てくれた。
家から出てけと言ってた頃の司だったら、こんな事ありえない気がする。そして極めつけが、さっきの台詞……

"だ、だから静オンリーの類なんかやめてオレにしとけっつってんだよっ!光栄だろ?このオレさまが付き合ってやるんだからよ!"

相変わらずの俺さま発言だったけど、もしかしてアレはアイツなりの告白というものじゃ…

「…まさかアイツ、私の事を好…………っって、ないないないない!!ぜえーったい、それはないっ」

一人ぶんぶん頭を振って、クラっとしたけど、この際そんな事はどうでも良くて、私は司の真意が分からず、途方に暮れた。
これまでの点を考えれば、そう見えなくもないけど、でも並の男ならともかく。アイツは天下の道明寺司だ。
私の事をからかって、こっちが本気にしたら「マジで本気にしたのかよ!バッカじゃねえの?オレさまがお前みたいな女に惚れるかよ」なんて爆笑する気かもしれない(!)
司にとったら、この高価なネックレスだって、一千万の身代金だって、私を信じ込ませようと本気で考えてるなら安いお金だと思う。

(まあ…私をからかう為だけに大金使って、そんな回りくどいやり方なんかしないだろうけど…いやでも待って……私を…追い出す為なら?)

ふと思いついてドキっとした。
最近はそんな風に感じた事はなかった。でも実は司が本気で私を家から追い出したがってるとすれば、やりかねないと思った。
ただ、いびっても効果がないなら、逆に誘惑して思い切り振って傷つけた方が、手っ取り早いもの。
司は女嫌いみたいな事を西門さんが前にチラっと言ってたけど、それだってどうだか分からない。
あの、女にめっぽう慣れた西門美作コンビの親友なんだし、司も実はかなりのやり手かもしれない。(!)

(そうよ!それに今回は養子縁組の話まで持ち上がったんだし、司は内心良く思ってないんじゃ…。だいたい妹になるかもしれない女に付き合おうとかフツー言わないわよ!)

だんだん妄想が広がってきて、私は勝手にムカついてきた。
思いがけない司の告白(?)にかなり動揺していたのもある。

「と、とにかく何を言われても信じなきゃいーのよね…。そうよ…平常心平常心…。そもそも私が好きなのは花沢類――――――」

「…へえ。やっぱ、そうかよ」

「――――――ッッッ!!!!」

その地獄からのような低ーーい声に、私は思わずその場に飛び上がった。
でも背中に感じる威圧感のせいで振り向けない。

「…つ、つ、司……?」
「てんめ、なかなか来ねえから何してんのかと思えば…何一人でブツブツ言ってんだあ?」
「な、何ってべ、別に私…」
「こっち向けよ」
「きゃっ」

グイっと腕を引っ張られ、司と向き合う。司はさっき以上に怖い顔で私を見下ろしていて、その顔を見るだけで鼓動が早くなった。

「あ、あの…お母さん達…は…」

何か話さなきゃと、ついそんな言葉が口から出ていた。
司は一瞬、片方の眉を上げただけで、「お前がモタモタしてるうちに仕事行ったよ」と素っ気なく答える。
こんな状態で仕事に出かけた両親を、ちょっとだけ恨みたくなった。

「そ、そっか…じゃあ司、朝食――――――」
「つーか、信じなきゃいいって何だよ」
「…えっ?」

場の空気を変えようと口を開いた瞬間、いきなり怖い顔で凄まれビクっとなる。
同時に、そんな事まで聞かれてたという事実に頭が痛くなってきた。

「え、だ、だから…」
「しかも、その後に言った台詞が、"好きなのは類"だと?バカにしてんのか、てめえ」
「違う…っ。私は別に――――――」
「うるせえ!こっちが真剣に話した事は真剣に聞きやがれ!このバカ女!!」
「な…バカ女って何よ!だ、だいたい司が変なこと言って来るからパニくっちゃったんでしょ!」

司のあまりの言い草に、私も久々に頭にきて怒鳴り返す。
それでも司は怖い顔で私を見下ろしてきた。

「変な事ってなんだよ?」
「だ、だから……オレにしとけとか…言ってたじゃない…。真剣なんて言ってるけど、どーせ私をからかってるだけなんでしょ?
だいたい司は私のこと嫌ってたんだし、いきなり、あんな事言われて信じろっていう方が無理――――」
「…………………」

―――――――――なんで黙るの?

不意に黙り込む司に、胸の奥がぎゅと掴まれたような気がした。

「………つ、司――――――」
「……そうかよ」

そこで掴んでいた腕を放すと、司は悲しげな表情で俯いた。その顔を見た瞬間、また胸の奥が痛くなる。

「……オレはどうでもいい女にあんな事は言わねえ」
「…………ッ」
「…好きでもねえ女に、こんなもんプレゼントする男がどこにいるよ」
「司…」

私の首に下がっているネックレスを掴むと、司は悔しそうな顔で呟いた。その言葉に胸の痛みが増していく。
ひどく傷つけたような気がして、思わず、ゴメンなさい、と言いかけたその時。
司がネックレスを思い切り引きちぎった。ブチっという嫌な音と共に、チェーンが切れる。
金属を無理にちぎったせいで、首の後ろが痛かったけど、そんな事すら気にならないくらいに唖然としてしまった。

「ちょ、ちょっと司、何して――――――」
「オレなんかにもらったもんなんか、どーせいらねえだろ?」

また怖い顔に戻った司は、引きちぎったネックレスを、思い切り部屋の床に叩きつけると、勢いよく玄関の方に歩いていく。
私は少し呆然としていた。それでもすぐに我に返り、慌ててその後を追いかける。
その時、玄関のチャイムが鳴り、ドキっとした。

「……誰か来たぜ」
「う、うん…」

すでに靴を履いてた司が振り向きもしないまま呟く。その後姿が怒っている気がして、私は何も言えないまま、ドアを開けようとした。

(ちょっと待って…。この展開…まさか大和じゃ…)

この間も両親が仕事に行ってすぐ、大和が尋ねてきた事を思い出し、ハッと手を止める。
機嫌の悪い司と大和が今、顔を合わせたら、と心配になったのだ。そんな私を見て、司は訝しげに首を傾げた。

「…出ねえのか?」
「え?あ…うん…いや勧誘かなーと思って……」
「…あ?嘘つくなよ。お笑い芸人じゃねえのか?」
「…な、何が?」
「誤魔化すなよ。類から聞いたぜ?アイツがここに来てたってな」
「………ッ」

(花沢類のバカー!余計なこと言ってくれちゃってっ)

心の中で思い切り叫ぶと、恐る恐る振り返る。司はいっそう不機嫌な顔で、私をドアの前から押しのけた。

「つ、司…?」
「アイツだったら一発ぶん殴ってやる」
「な、何で?!夕べ仲良く助けに来てくれたじゃない」
「仲良くなんかねえ!あれはアイツが勝手にくっついて来ただけだっ!」
「そ、そう…だったんだ…」

司の額に怒りマークが浮いているのを見て、思わず顔が引きつった。
もし本当に大和だったら、司を止める自信なんかない。

「…前から気に入らなかったんだ…お前の周りをチョロウロしやがって―――――――」
「そ、それ言うなら"ウロチョロ"――――――」
「う、うるせえ!どーでもいーんだよ、んな事ぁ!!」

私の弱々しい突っ込みに、顔を赤くしつつ全力で怒鳴る司は、ハッキリ言って猛獣そのものに見えた。(!)
凶暴だって聞いてたし、暴れてるところも多少は見たこともあるけど、このままじゃ大和の命が危ない。
そう思ってる矢先、司が思い切りドアを開け放った。

「てめえ、何しに来やがった――――――――」

「お!やっぱ、ここじゃーん!」

もうダメだ、と思って目を瞑った瞬間。聞きなれた明るい声が玄関に響き渡って、私はパチっと目を開けた。

「…あぁぁぁ!!に、西門さん…?!」
「ハローエブリバディ!」
「み、美作さんも!」

西門さんの後ろから、美作さんも顔を出し、私は本気で驚いた。
ドアを開けた司も一瞬金縛りにあったみたいな顔をしてたけど、すぐに「な、何しに来たんだ、てめえら!」と、後ずさっている。
てっきりカナダにいるものだと思っていた人たちの急な来訪に、またしても驚かされた。

「だってオレ達だけじゃ退屈じゃん?だから一日早めて帰って来たんだ」
「だ、だからって何で大阪に来やがんだ!」
「そりゃーみんな来てるからに決まってんじゃん。どーせ類も来てんだろ?どこだよ」

西門さんが司を押しのけ、玄関に入ってくる。それには司も思い切り目を細めて、何故か私を睨んだ。(感じ悪い)

「ケッ…類なら夕べの最終でカナダに戻ったよ」
「はあ?マジで!じゃあ入れ違いかあ。まあ静は予定通りだっつってたし今夜辺りには会えるだろーけど」
「あれ…でも二人は終わったんじゃなかったっけ?」

そこで美作さんが首を傾げる。
それでも大した興味がないのか、唖然としたままの私を見て、「どうした〜?放心しちゃって」と微笑んでくれた。

「い、いえ…何かビックリする事が多すぎて、ちょっと脳内が混乱を…」
「はあ?」

私のおかしな説明に、美作さん、そして西門さんまでが眉を寄せる。
でもただ一人だけ、顔を真っ赤にして怒鳴りだした。

「てめえ!ビックリする事が多いっつーのはオレも入ってねえだろうなあ?」
「と、当然でしょ!あんたのがNO1よ!ダントツ1位に決まってるじゃない」
「な…なにぃ〜?!」

私達の口論を見て、西門美作コンビは互いに顔を見合わせている。
そして、いつものように「まあまあまあ」と間に入ると、それより提案なんだけど、とニッコリ微笑んだ。

「今から大阪観光しねえ?久々に食いだおれとかさ」
「ああ?!んな気分じゃねえ!オレは東京帰るぜ!」
「…はあ?!ちょ、待てよ、司!」

またしても我がままを言い出し、出て行こうとする司を、西門さんが慌てて引き止める。
東京に帰る、と聞いて内心ホっとしたのもつかの間、余計な事をした西門さんに、小さく溜息が洩れた。

「帰るって何だよ。オレら来たばっかなのに」
「知るか。勝手に来たんだろ。なら二人で観光でも何でもすればいーじゃねえか」
「何だよそれー。せっかくみんながいると思って来たのに…つーか、もしかして…何かあった?キミ達」

さすが美作さん。なかなか鋭い。司も同じことを思ったのか、美作さんの突っ込みに、う、っと言葉を詰まらせる。
そんな司を見て、美作さんは答えを求めるように今度は私に視線を向けてきたけど、私も同じく言葉が出なかった。

「あれれー?何か変な空気が流れてない?二人」
「べ、べ、別に何でもねえよ!つーか!てめえもサッサと荷造りしろ!帰るぞ!」
「はあ?私も?!」
「ったりめえだ!それとも何か?オレを先に帰して、あのお笑い芸人と逢引でもしようってのか?!この淫乱めっ」
「そ、そんなわけないでしょっ!それに…い、淫乱って何よ!」
「つーか逢引って古!」

真っ赤になって反論する私と、後ろで突っ込む西門さんに、司は「うるせえっ!!」と、ますます不機嫌になっていく。

「とにかく、お前が大阪に残るっつーんなら、あのお笑い芸人と逢引するとみなすからな!」
「な、何よそれ!そんな事するわけないでしょっ」
「どーだかなあ。この前行ったプールバーだってアイツに連れてってもらったんだろが。知ってんだぞっ」

(そ、そんな事まで何で…!まさか…花沢類に聞いたのかな…)

そんな事を考えつつ、未だ「あんな奴と酒なんか飲んで何考えてんだ」とブチブチ言ってる司に溜息をつく。
だいたい司の彼女でもないのに何でこんなに文句を言われなくちゃならないんだ、理不尽すぎると思いながらも、
この調子じゃ何を言っても無駄なような気がして、私は仕方なく一緒に帰る事にした。

「分かったわよ…」
「あ?」
「…私も…東京に帰る」
「そ…そーかよ…。じゃ、じゃあ早く荷物をだな…」
「はいはい。今、用意するからちょっとだけ待ってて」
「な、"はい"を二度も言うんじゃねえっ」
「………………」
「まあまあ…落ち着けって司…」

あまりにうるさい司に見かねてか、美作さんが間に入ってくれたのを見て、私はサッサと自分の部屋へ戻った。
何だか寝起きからかなり疲れた気がする。

「はあ…何なの、この展開…」

大阪に来てからろくな事がない、と思いながら、着替えをトランクに詰めていく。
と言っても、ここへ来てから殆ど荷物は出してないので、数分で準備が出来た。

(大阪ついて早々大和の友達に嫌な事は言われるわ、あげく浚われて怖い思いするわ…最後は司の意味不明の告白ときたら…ホント東京に帰りたくなるわ)

本当は冬休み中、両親と過ごそうと思っていたけど、こんな調子じゃ落ち着きそうにないし、それに目的であった養子の件は話し合った。
とりあえず決めるのは自分だし、ここに思い残す事はない、と部屋を出ようとした時、

「あ…」

司に引きちぎられ、床に叩きつけられたネックレスを見つけて、私はすぐにそれを拾った。
念のため確認したけど、チェーンは留め金以外のところから切れていて、溜息が洩れる。
これじゃショップに持っていって直してもらうしかないだろう。

「…ホント、バカ力なんだから…」

何だかんだ言って、このネックレスは気に入っていたのもあり、悲しくなる。
そこへ「早くしろよっ」という司の怒鳴り声が聞こえてきて、私は今の気持ち同様、重たい足を引きずるように、玄関へと向かった。












5本目のビールを飲み干した時、スーツのポケットの中で携帯が震えた。
誰だ、と確認するのにサブウィンドウを見れば、そこには愛しい女の名前が表示されている。
ガラにもなく慌ててメールを開けば、そこには少なからずオレをガッカリさせる内容があった。

「…何や…帰んのか」
「大和、どないしたーん?えらい寂しそうな顔してー」

溜息混じりで頬杖をつくオレの腕に、自分の腕を絡めて来た女。童顔で若く見えるが年齢は確か26歳と前に言っていた。
彼女は愛という名で、このバーの経営者でもある。前に路上で逆ナンされ、誘われるまま着いて来たのがこの店だった。
愛さんはすでに酔っているのか、化粧で覆われた大きな目はトロンと潤んでいる。
童顔のクセに、愛さんには妙な色気があって、ここの客もそんな愛さん目当てで来る男も多いらしかった。

「女にでも振られたぁ?って、大和に限ってそんなはずないやんなぁ」
「そうでもないで。ほんま、上手くいかへん事ばっかりやしなあ」
「まったまたぁ。結城の御曹司が何、弱気なことゆーとんねんなぁ。金も女も思い通りやろ」

そう言いながらワイングラスを揺らす、愛さんの顔も、少しだけ寂しげに見えた。

「思い通りになる事なんかあらへんて。今回ばかりは最低最悪の展開や」
「何があったん?悩み相談、受け付けるし。前にいつでも聞くゆーたやろ」

愛さんは笑いながらオレの肩をポンポンと叩くと、隣のスツールに腰をかけた。
普段なら狭い店内が埋まるほど客が入ってるこの店も、今は年末休みに入った事でオレしかいない。
久々に連絡したら、オレのためだけに開けてくれるというので、その言葉に甘えてこうして飲みに来ている。

「悩み、ねえ…。まあ、一番の理由は友達と女がらみでモメたあげく…好きな子がなかなか手に入れられへんっちゅう感じやなあ」
「えぇーなになに?好きな子て、前にチラっと話してくれた子やろ?その子を友達とでも奪い合ったん?」
「ちゃうちゃう。友達ゆーんは女やし…」
「女…?女友達と女の事でモメたゆー事?」
「んー、まあ」
「あぁ…分かった!ほな、その女友達が大和の好きな女に何かしたんやろ」

ピタリと言い当てる愛さんに、オレは少しばかり驚いた。

「よぉ分かるやん」
「伊達に歳はとっとらへんもん。まあ推測するに…その女友達ゆーんは大和の事を男として好きやって事やろ?ヤキモチ妬いたんと違う?」
「…いや…それは分からんけど…とにかくソイツがオレの好きな子に酷い事しよって…」
「それでモメたん?」
「……さっき絶交してきた」
「絶交て、小学生か」

軽くふざけて放ったオレの言葉に愛さんはケラケラ笑うと、新しいワインをグラスに注いだ。
オレに付き合って飲み始めてから、コレで二本目だ。

「ほんで落ち込んでるっちゅうわけ?」
「…まあ。された事はほんまにムカついてるし、ソイツに言うた事も後悔はしてへん。けど後味が悪くて…」
「そらそうやろ。大和は優しいもん」
「……優しい、かあ。男としては、あんま嬉しない言葉やな」

苦笑しながらスツールを降りると、勝手にカウンターの中にある冷蔵庫から新しいビールを取り出す。
こんな事が許されるのも、愛さん曰くオレだけらしい。こんな高校生のガキに良くしてくれる愛さんの方が、オレはよっぽど優しいと思う。
まあ、それもこれも最初に会った夜、一度きりの関係を持ったからかもしれない。あの日は―――――兄貴が…海斗が事故で死んだ夜だった。
あまりのショックで病院を飛び出したオレは、気づけば夜の街をフラフラ歩いてて。その時、声をかけて来たのが愛さんだった。

「ビールでええの?ワインでもシャンパンでも飲んだらええのに」
「んー。いや、やめとく。今、泥酔したらオレ、嫌な飲み方しか出きへん気がするし」
「ええのに、それでも」

スツールに座ろうとしたオレに、愛さんは優しく微笑むと、静かにワイングラスを置いて、自分もゆっくりと立ち上がる。
そしてオレの頬にその白い手を添えた。

「…ほんま、大和は綺麗な顔してはるわぁ…」

愛さんがヒールを履いているせいで、180以上はあるオレと、ほぼ同じ目線になる。潤んでいる瞳が、今はハッキリと見えた。

「……でもこの綺麗な顔が……快楽で歪んでる時が、私は一番好きや…」

おかげで彼女は背伸びをする事もなく、鮮やかな色をした唇を、オレのそれに簡単に重ねてきた。

「……ん…ちょ」

焦らすように唇を啄ばむ。そしてゆっくりと口内に侵入してくる熱い舌が、オレのと絡み合った。
ゆるゆると絡み付いてくる舌に、自然と息が荒くなる。
愛さんの手がオレの中心に触れて、撫でるようにしながら、少しづつ奥のボックスシートへ誘導して行った。

「ちょ、ちょぉ待ってって、愛さん」

ボックス席に押し倒されるように座らされ、さすがにオレも慌てた。
そんな事はお構いなしで、愛さんはオレの固くなった中心を撫で上げる。
ついでに首筋にまで吸い付いてきて、強烈な刺激に体が自然と跳ねてしまう。

「…大和、最近してへんやろ。さっきから反応凄いもん」
「や、それはそうなんやけど…って、ちょ…っ」

慣れた手つきでオレのジッパーを下げると、固くなったモノを撫でていた愛さんの手が開いたそこへと進入しようとする。
それはさすがにマズイ、と咄嗟にその手首を掴んだ。

「アカン、て!最初に約束したやろー?あんな付き合いはあれきりやって…。オレもあん時はめっちゃ参ってたから――――――」
「ええやん…。今日かて似たような顔してるし…。それにコッチはして欲しいゆーてるで…?」

耳元でそう言いながらオレの反応している中心部を撫でてくる。その手つきすらエロくて、オレは思わず声が跳ね上がった。

「やめ…っってか、そ、ら…愛さんがエロい顔でエロい事するからやろ!オレも健全な男子高校生やし反応くらいするっちゅーねん」
「なら、ええやん。愛が欲しければいつでも私があげる言うたやろ?」
「ちょ、何する気やねんっ」

いきなり床に座ったかと思えば股間に顔を埋めようとする愛さんを必死で止めた。
愛さんは童顔のその顔を切なそうに歪めて、「…口でするのもアカンの?」と潤んだ目でオレを見る。
それには堪らずオレの体も更に素直に反応して、そこを見た愛さんは嬉しそうに目を細めた。
こんな可愛い顔で、そんなエロい事を言われたら、フツーの男は確実にお願いするだろう。一瞬だけどオレだって今ちょっと迷った(!)
いや、でも…今のオレは理性の方が全然勝っていた。

「…アカン。今オレ惚れてる女がおるゆーたやろ。なのに愛さんのこと、抱けるわけないやん」
「…それは聞いたけど…我慢するのは体に悪ない?まだ18なんやし出すもん出さへんと腐るんちゃう?」
「体には悪い……けど、それは自分で何とか――――――」(オイ)
「アカンよー!大和ほどのエエ男が自分でするなんて!やっぱり、ここは私が――――――」
「だあーー!!せやからアカンゆーてるやろっ」

何かのコントかと勘違いするような、やり取りをしながらも、オレは再び顔を埋めようとする愛さんの体を押し上げた。
ぶっちゃけ散々煽られて限界はきてる。でもここで負けたら男がすたる(何のこっちゃ)

「…愛さんの気持ちは嬉しいけど…オレは出来へんの!もう…遊びで女抱くんはしたないねん」
「……大和…あんた…」

真剣な顔で言えば、愛さんは潤んだ瞳をマジマジとオレに向けた。

「……私のこと、遊びやったんかいな!」
「…えっ?」

まさか本気だと?と突っ込みたいのに言葉が出ない。
でも一瞬呆気に取られたオレを見て、愛さんは「…ぷっ!」と噴出した。

「きゃはは!嘘やってー!いやぁ、ほんま大和は真面目やなあ」
「…はあ?!」

不意に体を起こし、ソファに座ると、愛さんは楽しそうに笑いながら髪をかきあげた。
その清々しい顔は、さっきまでのエロさは微塵もない。まさか…と嫌な予感が胸を過ぎった。

「…愛さん……もしかしてオレの事からかった……とか言う?」
「やっと気づいたん?そやけど一瞬でも嫌な事忘れたやろ」
「―――――ッ」
「まあ、大和の反応がめっちゃ可愛いから、途中から本気で抜いてあげようかと―――――――」
「ふざけんな!!反応しまくりのオレがアホみたいやろっ!」

真っ赤になりつつ突っ込めば、愛さんはまたしてもケラケラと大きな口を開けて笑う。
その、あまりに男らしい笑い方に、熱く昂ぶったものも徐々に萎えていった。(ホッ)
ったく、こういう状態が一番体に悪いという事を女には分からないんだろうけど。

「大和はほんま可愛いなあ」
「嬉しないわ!だいたい男に向かって可愛いなんて誉め言葉とちゃうで」
「でも可愛いんやもーん。まあ……落ち込んだら、またいつでも連絡してな。私が色々と仕掛けてあげるし」
「…もうええわ。次やったら、ほんまに押し倒したんねん」
「あら嫌やわぁ。出来へんくせに」
「…ムッカー。押し倒して10回はイカせたんで」
「いやん。たのもしー。さすがはピチピチの18歳!説得力ありすぎて濡れてきたわぁ」
「ぬ、濡れ…何て事をアッサリ…ってゆーか、もう少し恥じらいとかないんかー?何やオッサンと話してる気がしてきたわ……」
「誰がオッサンやねん!こんな美女つかまえて!」

普段のノリでふざければ、愛さんもバカなノリで返してくれる。
こんな下らない会話のおかげで、確かに憂鬱だった気持ちがスッキリした。

「さーて、と。オレそろそろ行くわ」
「えぇ、もうー?あ、分かったぁ。今、私をオカズにした欲望を、その惚れてる子にぶつける気やろー。私をオカズに他の女で抜くて、ほんま失礼な話やわー」
「アホか!オレがぶつけるんは欲望やなしに愛情やっちゅーねん」

そう言って立ち上がるオレを、愛さんは優しい目で見上げた。

「その子んとこ行くん?」
「いや…まずは今から東京に戻んねん。話はそっからやな…」
「そうなん?大和ほどのイケメンが追いかけても、なかなかオチへん女って、どんな子ー?そんなエエ女なん?高飛車女やったら私は反対やでー?」
「いや…めっちゃ可愛いけどなー。全然普通。まあ気は強いけど…そこが自然で可愛いねんなあ、は…ってヤバ」
「ふーん。ってゆーんやあ。へえー。何や清楚な感じの名前で羨ましいわぁー」

思わず名前を口走ってしまったオレに、ニヤニヤした顔で愛さんはからかってくる。

「で?そのちゃんはどんな男が好みやねん」
「…さあ。聞いたことあらへんけど…。でも彼女の周りには、めーっちゃエエ男ばかりが囲んどるからなあ…ライバル多しっちゅーとこや」
「何、そんなエエ男、はべらせとんの?!ええなあー私も混ぜて欲しい」
「………応援する気、ないやろ」

目を細めて睨むオレに、愛さんはまたしても大声で笑う。
そんな愛さんに辟易しつつも、オレなりに感謝はしていた。何も言わずとも理解してくれる…こういう大人の女性もやっぱり憧れるから。

「ほな、東京で頑張ってき」
「おう」
「その子、落としてモノにしたら、ここへ連れてきいな。3Pでもしよ!」
「するか!!!!」

最後の最後で落とされて(しかも下ネタ全開)オレはズッコケそうになりながら、愛さんの店を後にした。

今のオレに落ち込んでる暇はなくて。とにかく決めた事をやり遂げるしかない。たとえ、それが汚いやり方だと分かっていても。














司の荷物を取りに一旦ホテルへ戻り、そこでお父さんとお母さんに東京へ戻ることを告げた私達は、すぐに空港へ向かうと飛行機に乗り込んだ。
お父さん達は急に帰ると言った私に驚いていたけど、司の言い出した事だと分かると、あまりにアッサリ東京へ帰る事を許してくれた。

(…全く…少しは寂しそうな顔して引きとめてくれたっていーのに!)

"いやあ司坊ちゃんと帰るなら安心です。娘を宜しくお願いします"

にこやかな笑顔で司に頭を下げた父に、私は微妙に怒りを覚えた。
でも司が真面目な顔で"お嬢さんはオレが守ります"なんて言ってのけた時はズッコケそうになったのと同時に、耳まで赤くなってしまった。
何なの、あの変わりよう。何かが吹っ切れたみたいな顔しちゃって、いったい何を考えてるの?っていうか本気でからかってるとしか思えない。

そんな事を考えながら、隣に座る司を見る。すると雑誌を読んでいた司がふと顔を上げ、こっちを見たせいで目が合ってしまった。

「…何だよ、ジロジロ見やがって」
「別にあんたの顔なんか見てないもん」
「なにぉ〜?!」

プイっと顔を反らし、窓の外を眺める。夕方の便だったのに、外はすでに暗くなりつつあった。

「しっかし、オレらは何のため大阪くんだりまで飛んできたのかねえ」
「ホントだよなあ…。せめて美味しいもんくらい食いたかった」

通路を挟んで隣の席に座っている、西門美作コンビは、残念そうに…いや明らかに司への嫌味として、そんな事を言っている。
でも当の本人は全くと言っていいほど気にしてないのか、読み終えた雑誌を閉じると、そのままシートを倒して横になった。

「何だよ司ぁ〜寝んの?」
「疲れてんだよ…。誰かさんのせいで色々あってよ」
「…む」
「色々?っつーか、さっきから気になってんだけど…司のその傷、どうしたんだよ」
「そうそう、オレも聞こうと思ってた。もしや大阪のヤンキーにからまれた?」
「……まあ、似たようなもん。ヤンキーじゃなくてチンピラヤクザだったけどな」
「ヤクザかよ!相変わらず危ない橋、渡る渡る、司は」

西門さんはそう言って笑ってるけど、私は内心ビクビクしていた。
寝ると言ったくせに、司はジトッとした目で私を睨んでいる。
そんな顔で見られると、まるでこの怪我はお前のせいだと言われてるような気がしてきて、いたたまれなくなるのだ。

(まあ実際、司はそう思ってるんだろうケド…でも別に私から助けてって言ったわけじゃないし……いや、充分に感謝はしてるけど)

司がいなければ、きっと私の人生はあの小さな空間で終わっていた。
男数人に輪姦され、最後にはぼろ雑巾のように捨てられていたに違いない。運が悪ければ、顔を見たって理由で大阪湾に沈められていたかも…
たとえ命があったとしても体を汚された事で打ちのめされ、外に出るのも人に会うのも怖くなって引きこもり生活…なんて事にまでなってたかもしれないのだ。
そう思えば確かに隣で睨んでくるこの男に「ありがとう」と抱きつきたくはなるけど、でもそれはあくまで感謝の気持ちであって男女の愛情とかじゃない。
花沢類を想うように、司を好きとか思った事はないし、もしさっき言っていた事が本当なら………本当なら?

(私はどうすればいいんだろう…)

そんな事ばかりが頭の中で渦巻いていて、私は小さく溜息をついた。

「……疲れたのか?」
「え?あ、うん、まあ…」
「じゃあも寝とけよ。東京まで、あと1時間はかかる」
「え、ちょ、」

そう言って司は私のシートを勝手に倒した。
これじゃ強制的に眠るしかなくなるじゃない、と思いつつ、横になると意外にも睡魔が襲ってくる。

「ほら、これかけてろ」
「あ…ありがとう」

自分が寝る用に借りた毛布を、私にもかけてくれる司に、どういう顔をしていいのか分からなくなった。
言葉は乱暴でも優しい。さっきまで怒ってたくせに、今はさり気ない優しさをくれる。
そんな司を見ていると、さっき言っていた事も本気だったのかな、と少しは思えてくる。

「―――――――――ッ」

その時、毛布の下で一瞬、互いの手が触れた。ドキっとして離そうとした手を、大きな手が不意に包む。
その強さと体温に、思わず顔を向ければ、司は静かに目を瞑っていた。

「ちょ、ちょっと…」
「…何だよ」

西門さん達に気づかれないよう、小声で呼ぶと、司は目も開けないまま応えた。

「手、放してよ…」
「やだ」
「な……(即答?!)」

右腕を顔に乗せてるから表情がよく見えず、私はムっとしながら仕方なく目を瞑る。
でも握られた手に意識が集中して、さっき襲ってきた睡魔が吹っ飛んでしまった。

「……さっきの返事…よく考えろよな」
「……え?」

その時、司が小さく言った言葉に、ドキっとして目を開ける。でも司は未だに腕を乗せた状態で目を瞑っていた。

「……オレは…マジで言ったんだからよ。それだけは覚えとけ」

偉そうな言葉に態度。男と女のこれからの話をしてるとは到底思えない相変わらずの横暴さ。
でも、私は言い返す気もなれず、ただ素直に、「うん」という事しか、出来なかった。

「……まあ…養子の件とか…色々障害はあるけど、オレらはオレらだから、余計な事ばっか考えんなよ」

司はそう呟くと、不意に腕を避けて私の方に顔を向けた。
そして握っていた手を軽く引き寄せると、少しだけ傾いた私の額にそっと口づける。

「……ちょ、」

「………おやすみ」

一瞬の出来事に西門さん達は気づいていない。
私は顔が真っ赤になり、抗議しようと口を開きかけたけど、司はすぐに毛布を顔までかぶってしまった。
隠す時、少しだけ見えた司の顔は真っ赤で、それが今の言葉が本気だと裏付ける。
その事に気づいた時、胸の奥が妙にざわざわして、後で少しだけ、痛くなった――――――――












ホントーに久々の更新です!(-人-;)
最近、花男のコミックを読み返したら、やっぱり面白くて一気に36巻、制覇しちゃいました;;
テレビでも映画などが放送されて、久しぶりに花男ワールドに浸っております。
新年明けたんですが、起きた時に日記やらレスを書かせて頂きますね(>д<)/



いつも投票処に嬉しい感想やコメントをありがとう御座います!いつも読んで励ましてもらっております(*TェT*)



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::




■不器用な道明寺が大好きです!!(高校生)
(そう言って頂けて嬉しいです!司は私も大好きなので、これからも楽しんでもらえるようなお話を書けるよう、頑張ります!)

■あまりの面白さに夢中で読ませて頂きました!もどかしさっぷりがたまりませんv司の天然加減も最高だし、
類も大和もヒロインも、みんなとっても生き生きしてて、大好きですvvこれからもがんばってくださいね^^(社会人)
(面白いなんて言って頂けて感激です!しかもオリキャラまで入れてもらえて凄く嬉しいです!更新かなり遅くなってしまいましたが、完結できるよう今後も頑張りますね!)