彼女の決意
「A HAPPY NEW YEAR!」
楓おば様の掛け声と共に、会場が一斉にその言葉に包まれる。
道明寺家の庭先に設置されたまばゆいくらいのライト。そしていっぱいに並べられたテーブルの数々。
その上には豪華な料理が並べられ、その周りを使用人が忙しなく動き回っている。
会場内には紳士淑女が大勢来ていて、それぞれが知人に挨拶を交わし、乾杯していた。
「…はあ、さすが道明寺家のカウントダウンパーティ…。規模が違うわ」
新年の乾杯を済ませた後、私は料理を手に取りながら、目の前に繰り広げられている光景に、ただ唖然としていた。
このパーティは急遽、帰国した楓おば様が企画したらしく、招待されているのも、どこかの大手企業社長だったり、社長令嬢だったりするらしい。
他にも有名な芸能人までが招待されていて、女優やらモデルといった綺麗な人たちも何人か見かけた。
私も一応パーティドレスを着せられたけど、あんなナイスバディのモデルさん達を見ていると、自分が貧弱に見えて少しへこむ。
(…こーゆードレス着ると胸のない事が一発でバレちゃうから嫌いよ…)
少し卑屈になりながら会場を見渡すと、司、西門、美作といったF3が、綺麗なお姉さま達に囲まれているのが見えた。
英徳でも彼らに積極的に近づく女の子は滅多にない。でも、こっちの世界じゃ彼らと対等に向き合える女性が大勢いるみたいだ。
(デレデレしちゃって…。あれも仕事のうちってゆーのかな)
こういったパーティも半分以上はビジネスだ、とさっき司が言っていた。
司も道明寺財閥の跡取りとして、招待客に挨拶して回っているのを見た時は、かなり驚いたけど、
普段はバカばっかりやってるアイツも、いつかは道明寺グループを支えて立つ人間なんだ、と実感させられた気がして変な気分だ。
「なーに端っこでボケっとしてんだよ」
「…司」
不意にコツンと頭を殴られ振り向けば、司、そして西門さん美作さんが苦笑いしながら立っている。
もちろん三人とも普段の格好ではなく、ビシっとブランド物のスーツに身を包み、黙っていると、それなりにカッコ良く見えてしまうから怖い。
特に高身長で足も長い司は、イタリアのそのブランドスーツが悔しいくらいに似合っている。
女優やモデル達がこぞって話しかけていたのも、これなら分かる気がした。(まあ中身を知れば逃げ出すだろうけど)(!)
「食ってばっかいねえで、お前も道明寺家の居候として挨拶とかしとけよ」
「わ、悪かったわね、居候で!それに挨拶回りなら一通りしたもん。でも社長って肩書きのオジサンに挨拶するたびセクハラされるから嫌になったの!」
「…セクシー腹?何言ってんだ、てめえ」
「はあ?!あんたが何言ってんのか分かんない!」
どんなに外見がモデル並にカッコ良かろうと、コイツはしゃべるとバカ丸出しだから手に負えない。
そこへ見かねたのか、西門さんが助け舟を出してくれた。
「おい司……セクシー腹じゃなくてセクハラ!セクシャルハラスメントの略語だよ」
「なっなにぃ?!セクシャルハラスメント?!って、お、お前何かイヤラシイ事されたのかっ!」
「う…」
一瞬にして怒り出す司に一歩、引く。というか、英語で説明すれば分かるって、どんだけ日本語が不自由なんだ?
「何されたんだよっ言え!」
「ちょ、大きな声出さないでよ…恥ずかしいでしょ。司だって跡取り息子なんだから、もう少しお上品に―――――――」
「うるせえっ。オレはこんなパーティ、元々反対だったんだよ!それをババアが勝手に…つーか話を誤魔化すなっ。言え、何された?!」
「…だ、だから…お…お尻をさり気なく触られたり…」
「おっっ…尻…?!」
「む、胸とか……」
「む…っっっ」
司は赤くなったり青くなったりと忙しく顔色を変えながら、最後にはやっぱり真っ赤になって怒り出した。
「クソ!どこのスケベジジイだぁ?!オレがぶん殴ってやる!ついでに事業契約も打ち切ってやるっっ」
「ちょ、ちょっと司、いいってば!そのオジサン達、みんな酔ってたし――――――」
「バカヤロウ!酔ってんの言い訳にエロい行為をしていい事なんてねえだろが!てめえも触られて嫌だったんだろ?!」
「う…そ、そりゃそうだけど……」
司のあまりの剣幕に言葉が詰まる。でもこんな場で司が暴れでもしたら、おば様に迷惑がかかってしまう、と内心困っていた。
その時――――――
「お〜お〜。相変わらず熱いやっちゃなぁ〜」
「…や…大和?!」
聞き覚えのある能天気な関西弁に振り向けば、そこにはスーツを着た結城大和が苦笑いしながら立っていた。
「て、てめえ、お笑い芸人!!何でてめえがうちに―――――――」
「おーっと。オレにまでそんな熱くならんといてえなー。オレはオヤジの代理で来ただけやし」
掴みかかろうとする司に一歩引いて、大和はいつものようにヘラヘラと笑った。
それには司、そして西門美作コンビも、目つきが険しくなる。
「オヤジの代理だあ…?じゃあババアが招待したってーのかよ、結城のもんを」
「そゆ事〜」
「ヘラヘラすんじゃねえ!つーか何でライバルである結城の息子を、うちのババアが招待すんだよっ」
「あれ?聞いてへん?今年からうちと道明寺家で合同事業の計画があんねんて」
「はあ?!」
「マ、マジかよ…」
「合同事業…?!」
司、西門さん、美作さんは、大和の説明に一瞬にして顔色を変えた。
「う…嘘つくんじゃねえ!何で長年争ってきた結城とうちが合同事業なんて計画立てるんだよっ」
「いやあ、この不景気やしなあ。手ぇ組もういう話になったみたいやでえ?」
「な…」
「関東一の道明寺グループと、関西一の結城グループが手ぇ組めば、向かうところ敵なし、やろ?」
ニヤリと笑う大和に、司の額がピクリと動く。
西門美作コンビも、いつもの笑顔ではなく、怖い顔で大和を睨んでいた。
「ふざけんじゃねえ!道明寺グループは関東一でも日本一でもねえんだよ!世界一だっ!結城の手なんか借りなくてもなあ、元々敵なしなんだよ!」
「ひゃあ〜言うやん。さすが道明寺財閥を背負って立つ男やわ」
「ちょっと大和…!いい加減にして!」
司を煽る事ばかり言う大和の腕を思い切り引っ張る。
大和は相変わらずの笑顔で振り向くと、「明けましておめでとさん、ちゃん」といきなり頬にキスをした。
「ちょ―――――――」
「て、てめえ何しやがるっ!」
「何て…新年の挨拶代わりやん」
大勢の前で頬とはいえキスをされ、私は一気に赤くなった。ついでに司は怒りで顔を赤くして大和の胸倉に掴みかかる。
それを西門さんが慌てて止めた。
「やめろ司!こんなとこでキレてんじゃねえよ!」
「うるせえっ。放せ、総二郎!元々コイツは気に入らねえんだよ!一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまねえっ!」
「ちょっと司、落ち着いてよ!みんな見てる―――――」
「うるせえつってんだろ!はソイツから離れろ!」
「きゃっ」
司に思い切り腕を引っ張られ、私は前のめりになりながら大和から離された。
その勢いで司に抱きつけば、肩に腕が回され、司は自分の方へ私を更に抱き寄せる。
そのせいで一瞬周りがざわつき、私は顔が真っ赤になって行くのが分かった。
「ヒュ〜。やるなあ、道明寺クンも」
「あぁっ?」
大和の挑発に、いきなり殴らないかとヒヤヒヤしたけど、危険を察知した西門さんが司の腕をすぐに掴んだ。
なのに大和は楽しげに笑うと、目の前の司を射抜くように見る。
「その様子やとオレの勘も当たったっちゅーわけや」
「何言ってんだ、てめえ……」
司は私を後ろへ押しやると、怖い顔で大和の前に立った。
ドキっとしてスーツの裾を引っ張ったけど、大和も同じように司の前に立つのが見えてハッと顔を上げる。
「…ちゃんに惚れてるんやろ?道明寺司クン」
「……………ッ」
「ちゃんにちょっかい出すオレを、いつも凄い目で睨んでたもんなあ」
「……てめえ…」
「あれは嫉妬の目ぇやもん。すぐ分かったわ」
「ぶっ殺されてえのかよっ!」
「司…!!」
西門さんの腕を振り払い、大和の胸倉を凄い力で掴む司に、私も泣きそうになる。
そこへ、厳しい声が飛んできた。
「――――何の騒ぎですか、これは!!」
その声にざわついていた場所が一瞬でシーンと静まり返る。恐る恐る振り向くと、そこにはこの家の主、楓おば様が立っていた。
おば様が静かに歩き出せば、周りの人が一斉に道を開け、まるで一本の通路が出来たみたいだ。
「司さん、何してるの」
「……何してる?そりゃこっちの台詞だ!何で結城の息子を招待してんだよっ」
「口を慎みなさい!!」
楓おば様の迫力に、思わず私も固まった。司は怖い顔でおば様を睨んでいる。
「その手を放しなさい。その方は私が招待したゲストです」
「…こんな奴ゲストなんて思ってねえっ」
「司さん!」
「とにかくオレは、結城と合同事業なんて反対だからな!」
司はそう怒鳴ると、大和から手を離し、ズンズン歩いて行ってしまう。
それを見て慌てて追いかけようとしたけど、楓おば様に「ちゃん!」と呼び止められてギクっとした。
「は、はい…」
「後で話があるの。ちょっと私の部屋へ来てくれるかしら」
「話、ですか…?」
「お願いね」
楓おば様は今まで怒鳴っていたのが不思議なくらいの優しい笑みを浮かべ、再びどこかへ姿を消した。
それを呆然と見送っていると、不意に大和と目が合う。
「…大和…」
「はよ、追いかけた方がええんちゃう?相当、熱くなってるみたいやし」
「もう…誰のせいで…」
「オレ何もしてへんやん」
「嘘ばっか…散々挑発してたくせに」
「あれは親愛の証やん。これから協力し合う関係になるパートナーやし」
相変わらずトボケている大和に、こっちも苦笑いが洩れる。
確かに大和は手を出したわけじゃないし、先に暴力を振るおうとしたのは司だ。
「ちゃん」
そこへ西門さんと美作さんが歩いて来た。
「司、宥めてきてくんない?オレらが行ってもケンカになるだけだろうから」
「う、うん…でも何か怖いんだけど…今の司」
「ちゃんなら大丈夫だって。キレてっ時のアイツはマジでヤバイけど、ちゃんが相手なら大人しくなると思うから」
まるで猛獣扱いだ、と思いつつ、じゃあ私は猛獣使いか!と心の中で一人突っ込みなんてしてしまった。
これもこの大和の悪影響かもしれない。
「ほら、はよ行き。オレはもう帰るし」
そう言いながら私の背中を押す大和を見て、西門さんが不意に怖い顔をした。
「おい、結城の坊ちゃん。お前あんま司を挑発すんじゃねえよ。あんま調子こいてっと司の前にオレらがてめえをやるぜ?」
「それと…馴れ馴れしくちゃんに触んじゃねえ。彼女はオレ達F4のもんだからな」
「ちょ、西門さん!美作さんまで…!」
あまり怒っている所なんか見せない二人が、凄い目で大和を睨んでるのを見て、殴り合いのケンカにならないか心配になった。
でも言われている大和は軽く苦笑すると、
「おーこわ。F4を敵に回すんはオレもしたないし…。今日は大人しゅう帰るわ」
ほな、またな、と私に手を振りつつ帰っていく大和に、西門さんと美作さんは拍子抜けしたように顔を見合わせている。
「何だあ?アイツ…」
「調子狂うっつーか、変な野郎だな」
二人は頭をかきつつ、顔を顰めると、それでもすぐに私の方を見た。
「ああ、司なら多分、庭の奥にいると思うから」
「え?」
「優しく慰めてやって。あ…くれぐれもケンカしないように」
美作さんにビシっと指をさされ、私はう、と言葉に詰まりながらも、言われたとおり庭の奥へと向かった。
どんな事情にしろ、公の場でケンカを売った司も悪い。
でも、司をあんなにイラつかせた理由は少なからず私にも関係があるような気がして、胸が痛くなった。
あれから司と普通に顔を合わせてはいるものの、常に西門さんや美作さん、それに椿さんが一緒だから、二人きりで話はしていない。
時々司が何かを話したそうにしている事もあったけど、私は気づかないフリをしてきた。
私の中で考える事がありすぎて、これ以上はいっぱいいっぱいだから…
一日おきに父から電話がきては、『決めたか?』と聞かれる。顔を合わすたび、西門美作コンビからは、司と付き合えば?なんてからかわれる。
でも私の中でハッキリしてるのは、おば様への恩返しがしたい、そしてその為にも留学したいという強い気持ちと、花沢類が好きだという想いだけ。
全てを合わせれば、自然と答えが見つかりそうな気がする。
でも私を引き止めているのは……司のこと。これをハッキリさせなければ前には進めない気がしてた。
「…司?」
庭の奥まで走って行くと、あのバラばかりが咲いているスペースへと出る。
そこには西門さんと美作さんが言ったとおり、司が元気のない顔で立っていた。
「…おま…何しに来たんだよ」
私に気づいた司は少し驚いたように後ずさる。司の手には、あの日のようにバラの花が一輪握られていた。
「何、感傷に浸ってるのよ…」
「あぁ?!浸ってねーよ!」
「また怒る…。何で司はそう短気なの?」
「う、うるせえなっ」
私の言った一言に、司は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「…アイツは気に入らねーんだよ…。いっつもヘラヘラしやがって」
「…大和のこと?でも今度から合同で事業を展開するんでしょ?道明寺グループと結城グループ」
「ふざけんな!オレはぜってー認めねえからなっ」
その話を持ち出すと、司は怖い顔で睨んでくる。それには私も溜息をついた。
「でもおば様が決めた事だし反対したって無理じゃない」
「…ババアが決めたからって関係ねえ!だいたい将来はオレのもんになる会社だぜ?あんな野郎と手を組めるわけがねえだろ」
「でも…大人なら、そこは仕事と割り切るものなんじゃないの?大和だって、さっき司にあんな事されても怒りもしなかったじゃない」
そう言った瞬間、司の目が僅かに細められ、凄むように私を見た。
「てめえ…このオレがあんなお笑い芸人よりガキだって言いてえのかよ…」
「ガキじゃない。あんな大勢の前で怒鳴っちゃって…。司はおば様だけじゃなく、ゲストである大和にまで恥をかかせたのよ?」
「うるせえ!!あんな奴が恥かこうと知ったこっちゃねえんだよ!」
「…ゃ…っ」
不意にバラを投げ捨て、司が凄い力で私を引き寄せた。
長い腕が体に巻きつき、強く抱きしめられる。その力の強さに腰が折れるかと思って怖くなった。
「や…放してよ…痛いっ」
「お前は…何であんな野郎をかばうんだよ…」
「か、かばってなんか――――――」
「かばってんじゃねえかっ!」
その声にビクっとして顔を上げると、司は怖い顔で私を塀に押し付けた。その強さで背中に痛みが走る。
「…アイツのこと、好きなのかよ…」
「…や……司…怖――――――」
本気で怒っている司の目に足が震えた時、突然顎を持ち上げられ、無理やり唇が押し付けられた。
「……んんっ」
司の唇の感触が、触れ合っている場所から脳にまで伝わる。
肩を押さえつけてる腕の強さとはうらはらに、凄く優しいキスだった。
「…ゃ…っ」
触れては離れる優しい唇が、不意に首筋へと下りて。司の手が胸の膨らみを撫でる。
口付けられた場所と、触れられた場所からビリっと電気みたいな痺れが走り、全身が震えた。
「…やだ…っ―――――類…っ」
そのワケの分からない感覚に怖いと感じた時、不意に花沢類の笑顔が過ぎって、気づいた時にはその名前を呼んでいた。
その瞬間、肩を掴んでいた司の手が僅かに跳ねて、ゆっくりと離れていく。
「……っ…類…?」
「……あ……」
司が鋭い目で私を見下ろしていて、こんなに怖い顔を見たのは初めてだった。
「……お前…やっぱり類の事、好きなのかよ……」
「…っ…」
「こんな時に………名前、呼ぶほど類に惚れてんのかよ…!!!」
ガンっという音と共に、顔の真横の塀にひびが入る。素手で殴ったせいで、司の拳から血が流れていた。
「…か…関係ないでしょ…」
「……あ?」
「…私が誰を好きだろうと………司になんか全然関係ない!!」
悲しさと、悔しさと、怒り。色んな感情がごちゃまぜで、次から次へと溢れてくる。
「花沢類を好きで何がいけないの?!もう私の事は放っておいて――――――」
言った瞬間、パンッという乾いた音と共に、私の右頬が熱くなった。
「あ…ぅ…」
ゆっくりと顔を上げれば、司が戸惑うような顔で自分の手を見下ろしている。
叩かれたんだ、とそこで分かった時、言いようのない怒りが私の中で一気に爆発した。
「…叩いたわね……」
「い、いや…つい……はずみで―――――」
「こんな場所で無理やりキスして犯そうとしたあげく………女の子の顔を叩いたわねっ!!」
「ま…待て、話せばわか――――」
「何で私が司に叩かれないといけないのよっ!!このバカボンの変態男っ!!!」
「ちょ、待――――っ」
強く拳を握り締めた瞬間、過去の記憶が一瞬だけ蘇って。あの日と同じように私は思い切り司の顔面にパンチを入れた。
「…ぅっ!」
バキッっという鈍い音と共に、司の頬に拳が食い込む。そのまま勢い良く鼻っ面を殴りつけた。
「司なんか大嫌い!!死んじゃえ!バカっっっ!」
顔面パンチを喰らって地面にしゃがみこんだ司にそう怒鳴ると、私は一気に走った。
顔だけが妙に熱くて、殴った右手が痛くて、喉の奥までヒリヒリしてきた。
泣きそうになるのを必死で堪えながら、パーティ会場ではなく、屋敷に向かう。
でもその途中で「ちゃん!」と呼び止められ、ビクンと体が跳ねた。
「…あ…西門さん…美作さんも」
二人が走ってくるのが見えて足を止める。それでも心臓が壊れるんじゃないかと思うくらい早く動いていて息苦しくなった。
「司は…って、ど、どうした?その顔…!」
「赤くなってんじゃん!」
「………っ」
二人は私の頬を見て驚いている。そして顔を見合わせると、急に目を吊り上げた。
「まさか…司に?」
「……う……西門さん…」
「嘘だろ…?マジかよ、アイツ…信じらんねえ……」
二人は怒ったように舌打ちすると、私の頭を優しく撫でてくれた。
その優しさに、それまで堪えていた涙が一気に溢れてくる。
「あ〜泣くな泣くな…。あんなバカ、オレ達が後で制裁加えとくから」
「そうだよ…。女に、それもちゃんに手をあげるようなバカは男じゃねえ。がっつりイジメてくっから泣くなって」
「に、西門さん…美作さん…私……ひっく…」
一度溢れた涙はそう簡単には止まってくれず、二人は困ったように笑いながら色んな事を言って慰めてくれた。
「…泣き顔も可愛いなあ、ちゃんは。やっぱ司なんかに任せねえでオレが――――」
「って、オイ総二郎!スケベ心出してねえで真面目に慰めろって」
「だって今日のドレスアップしてるちゃんも、すげえ可愛いじゃん。いつもより胸元も大胆で、オレさっき見た時はマジで口説こうかと―――」
「……総二郎?」
不意に黙った西門さんに、美作さんが首を傾げる。
私は涙を止めるのに必死で会話なんか聞いてもいなかったけど、そのおかしな空気に気づいて顔を上げた。
「…こ、こ、これ…」
「……え?」
「おい、どうした?総二郎…何青くなって…」
「キ、キスマークじゃねえ……?」
「はあ?!」
「―――――ッ?」
震える指で私の胸元を指差した西門さんの言葉に、美作さんが固まる。
私は何の事か分からず首を傾げていると、それまで倒れそうな顔をしていた西門さんが拳を固めて「あの野郎!!」と怒り出した。
「ちゃん!教えてくれ!あのバカに何された?!」
「えっ?!」
「な…何かエロイ事でもされた?つーか、もしかして腕づくで押し倒されて、その時に殴られたとか………?」
「ち、違っそうじゃな――――――」
「あんの変態童貞野郎!!!今日という今日だけは許さねえっっっ!!」
「あ、総二郎!!待てって!」
「……………………(ど、童貞?!)」
何故か一人エキサイトしながら走って行く西門さんを、美作さんが追いかけていく。
それを唖然としながら見送っていたけど、二人のお陰で冷静になれた。同時におば様から呼ばれてた事を思い出し、慌てて屋敷へと戻る。
(っていうか、あの二人何か勘違いしてたような……?)
戻りながらふと思い出し、でもまあいいか、と溜息をつく。
西門さんの言ってた事もあながち嘘じゃない。
一度ならず二度までも無理やりキスしたあげく、今回は勝手に胸まで触ってきたんだから、あれは確実に強姦罪で訴えてもいいはずだ(!)
「もう一発、殴っておけば良かったっ」
不意にキスをされ、胸を触られた時の感触を思い出し、顔が真っ赤になる。
元彼にだってキス以外、触らせたりした事もなかったのに、付き合ってもいない司にあんな事をされた事実に悲しくなった。
「…最低…。絶対に許さないんだからっあの変態男!」
プリプリ怒りながら屋敷へ入ると、すぐにおば様の部屋へ行こうと足を向けた。そこへタマさんが驚いたように顔を出す。
「あら?お嬢様、パーティはどうされたんです?」
「あ、タマさん…。あの、ちょっとおば様に呼ばれて…」
「奥様に?そうですか…。って、ちょっとお嬢様!奥様のところに行くなら着替えた方がよろしい」
「え…?」
一階奥にあるおば様の部屋に行きかけた時、後ろからそう言われて振り向いた。
するとタマさんが慌てたように追いかけてきて、私の背中を指差した。
「そこ、ファスナーのところがほつれてます。それに少し汚れてる。そんな格好で奥様の前に行けば叱られてしまいそうですからね」
「え、嘘…ホントに?」
慌てて背中を見ようとしたが、当然見えるはずもなく。同時に何故そこがほつれたのかという理由が分かって、また腹が立って来た。
「どうしたんです?怖い顔して…」
「い、いえ…じゃあの…自分の部屋で着替えてきます」
「そうしなさい。ドレスならクローゼットにいっぱいあるでしょう」
「ええ…。ありがとう、タマさん」
お礼を言って、急いで自分の部屋へ行くと、すぐにドレスを脱いでみた。
見れば確かにファスナーを縫い付けてある箇所がほつれて、パカっと開いてる状態だ。
「司の奴があんなバカ力で壁に押し付けたからだわ…っほんっと最低!」
せっかく椿さんがディオールの新作をプレゼントしてくれたっていうのに、一晩…ううん、一時間もしないうちにダメにしてしまった。
「あとで謝らなくちゃ…」
ガックリしながらクローゼットを開けると、そこから似たような色のドレスを出す。
これもディオールだからデザインも似ている。上手くすれば他のゲストにも変に気づかれないかもしれない。
私は急いでそのドレスを身につけると、少しだけ乱れた髪を直すのに鏡を見た。(これも司のせいだわっ)
そして簡単にアップしなおすと、曲がっていたネックレスも直す。
その時、胸元が薄っすら赤くなっている事に気づき、ふと手を止めた。
「え…何これ…。虫にさされたのかな…って今は冬だしいないか…」
しかも痒くないし、と思いながら、マジマジと鏡を覗く。そして次の瞬間、思い出したくもない、さっきの記憶が蘇り、耳まで赤くなった。
「ま…まさかこれ…!司の……っ?」
赤く痣になっている場所は、先ほど司に口付けられた場所のような気がする。
首筋と、そして鎖骨の少し下辺りに口付けられて、羞恥のあまり体が跳ねた記憶があった。
「…う、嘘…。これって、まさか――――――」
そこでさっきの西門さんの言葉を思い出す。
"こ、こ、これ…キ、キスマークじゃねえ……?"
あの時は何の事やら分からなかったけど、もしかして西門さんはこれを見たから、あんなにエキサイトしてたのかもしれない。
そう思った瞬間、またしても顔が赤くなる。それと同時に司への怒り、そしてこの後におば様に会わなければいけない事を思い出し、拳を握り締めた。
「ど、どうしよ…ドレスなんか全部胸元開いてるのしかないのに…。もーこれも全部あのバカのせいなんだからっ」
文句を言いながらも何か隠せるものはないかと中を探る。そして色々なショールが置いてあるのを見つけて思わず手に取った。
「これ巻けば何とか…」
長いショールを首に巻きつけ、赤くなっている胸元を上手く隠す。とりあえず応急処置くらいにはなり、ホっと息をついた。
出来れば今すぐシャワーに入って体を洗いたい気分だった。でもそんな時間はない、とすぐにおば様の部屋へ向かう。
(司の奴……覚えてろ)
カナダでのキスを許してあげたばかりだというのに、そんなに日も経たないうちから、また同じ事をするなんて、ホント最低。
し、しかも今度は体にこんなのつけて…何だか本当に犯された気分…っ
頭の中に浮かんでは消えるさっきの光景にイライラしつつ、足早に廊下を歩いていく。
その時、おば様の部屋から秘書の西田さんが出てきた。
「あ、お嬢様」
「西田さん…おば様は中に?」
「はい、先ほどからお待ちです」
「すみません。遅くなっちゃって…」
「いいえ。どうぞ中へ」
西田さんはそう言うと、軽くノックをしてから、「お嬢様がお見えになりました」と声をかけた。
「どうぞ」
ドアを開けられ、促されるように中へ入る。そう言えばおば様の部屋に入るのは初めてかもしれない。
少し緊張しながら、奥へと進む。すると部屋の奥にある大きな机の前に、楓おば様が座っていた。
「ちゃん、そこに座って」
「あ、はい」
進められるまま、ソファに腰を下ろすと、部屋の中をチラっと見渡した。
まるでリビングのように広い空間と、その奥にはどこかの王室かと思うような豪華なベッドルームが見える。
これだけでもおば様の王国を垣間見た気がして、さらに緊張してきた。
「ワインいかが?これ気に入ってフランスで先日買って来たの」
「あ…い、頂きます」
「西田。グラスを二つね」
「はい、社長」
おば様の一言で秘書の西田さんはすぐに動く。
グラスを運び、手馴れた手つきですぐにコルクを抜くと、あっという間にワインを注いでくれた。
フランスワイン独特のいい香りがして、私は緊張をほぐす為、おば様と乾杯したあと、それを一気に流し込んだ。
「まあまあ、そんな緊張しなくていいのよ」
「…す、すみません…」
そう言ってる間に、西田さんがまたすぐにワインを注いでくれる。
今度は落ち着いて一口飲むと、ホっと息をついた。
「そう言えば司はどうしてるかしら」
「え…っ?つ、司、ですか」
まさか庭で鼻血出してました、とは言えず――――殴った張本人は私だし――――思わず顔が引きつった。
「さ、さあ…。あれから見てません」
「そう…。本当に困った子だわ…。結城の人間にあんな事するなんて」
「あ……あの…本当に結城財閥と合同で事業されるんですか…?」
「ええ、どうして?」
ワイングラスを上品に傾けながら、楓おば様は意味深な目で私を見つめた。
「い、いえ…ただの興味本位です。結城も大きなグループだから…」
「そうね。そう言えば…さっきの結城のご子息と知り合いなんですって?」
「え?あ…大和…さんですか?英徳の先輩で…」
大和に"さん"付けした気持ち悪さで思わず引きつったものの、おば様はそう、と嬉しそうな笑顔を見せる。
「これから私のビジネスパートナーになる方の息子さんだし、ちゃんも仲良くしてあげてね。なかなかの好青年だったし」
「えっ?あ…はあ」
(…ぷ。大和が好青年って、アイツおば様の前で猫弄ったわね…)
内心噴出しつつ、楓おば様にそう言われて、仲良く?と悩んだけど、ここで嫌ですとは絶対に言えない。
まあ仲良くといっても色々あるし、高校生活での事はおば様だって関知してないだろう。
ここは適当に返事をしておこうと、笑顔を見せた。
「それより…話というのはね」
「…あ、はい」
不意に本題に入るおば様に、また少し緊張したけど、ワインを一気に飲んだせいで、さっきよりはマシだった。
きちんと背筋を正し、正面に座るおば様を見る。そんな私に、おば様は優しく微笑んだ。
「急かすわけじゃないのだけど……養子縁組の件なの」
「あ……」
「ほら、ちゃんも、もう高校二年でしょう?来年はすぐに進路を決めなければいけなくなるわ。その前に…道明寺の家に入って、留学先を決めたら、と思ったのよ」
「…は、はい…そう…ですよね」
この時期からすでに受験戦争は始まっている。この時期に将来が決まると言っていい。
おば様はそんな話をしながら、私の反応を伺っている。でも私も同じ事を考えていたから素直に頷けた。
「…それで…ちゃんの気持ちを聞きたくて今日は呼んだの。どう?結論は出たかしら…」
「…え?えっと…」
「もちろんちゃんの将来を左右する大事な事だし、そんなに簡単には決められないと思うけど…」
おば様はそう言いながらジっと私を見ている。その視線の強さで、おば様が本気なんだという事を改めて実感した。
「あ、あの…」
「なあに?」
「一つ…お聞きしていいですか」
「ええ、もちろん。何かしら」
私は軽く深呼吸をすると、真っ直ぐにおば様を見つめた。
「私が養子になる事で…おば様に何か恩返し出来ますか?」
「え…?」
「私は…ご存知の通り、今は何も持っていません。でも…留学して、色んな国を見て、もし翻訳家になれたとしたら…
その時に少しでもおば様のお役に立てるよう、働きたいと思ってます。この道明寺グループで」
「ちゃん……」
「道明寺グループは想像もつかないほど大きな会社です。私個人の力なんて小さいものですけど…でもその中の一人として将来、道明寺グループを支えていけたら、と思って…」
全てを話し、小さく息をつく。これが今の私の精一杯の誠意であり、おば様に対する感謝の気持ちだった。
この世界規模の会社の中で、私の力なんて役に立つとは思っていない。
でも養子に迎えてくれる事で、少しでも力をつけられるなら、私は将来をおば様に捧げてもいいと思うくらいに感謝していた。
会社が倒産して、お父さんは暫く死んでるような状態だった。生気のない顔で、ただ私とお母さんに謝るばかりだったお父さんを、私は忘れていない。
そのお父さんを救ってくれたのだから、おば様には心から恩返しがしたいと思ってる。
もしそれを出来るなら…たとえ椿さんが言うように、おば様が何かを企んでいたとしても、私はかまわないと思った。
親の会社が倒産した時、私は一度死んでるようなものだ。あれ以上ひどい事はないはずだから。
(そう…それに私が養子に入れば…司だって、もうあんな事はしてこないはず…。兄と妹になるんだから)
ここへ来て本当に決心がついた気がして、何の迷いもなく、目の前のおば様を見つめる。
おば様は暫く黙っていたけど、不意に優しい笑みを浮かべ、私の隣に座った。
「もしかして…喜んでいいところかしら」
「……え?」
「ちゃん、決心してくれたの?」
「……はい」
「そう……嬉しいわ、本当に。ちゃんが私の娘になるのね」
楓おば様はそう言って微笑むと、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
その腕の強さに何となく照れ臭くなる。でもすぐにその腕は離れ、おば様はニッコリと微笑んだ。
「じゃあ…早速だけど書類にサイン、してくれるかしら」
「へ…?い、今、ですか?」
急な事に驚いて顔を上げると、おば様は困ったように微笑みながら、私の頬を両手で包んだ。
「私は明日にはニューヨークへ戻らなければいけないの。次に帰国するのは一ヶ月先だし、手続きだけでもしておきたくて」
「あ…わ、分かりました」
「そう。ありがとう。――――――西田」
その一声で、西田さんがすぐに書類を持って入ってくる。
そしてテーブルの上にそれを広げると、記入するところや署名するところを詳しく教えてくれた。
「あ、あの父と母には…」
「大丈夫よ。二人の了承を取った時に必要なサインは頂いてるから」
「そ、そう、ですか」
まさか、そんなところまで進んでいたとは知らず驚いたけど、二人とも反対してなかったのだから当然かもしれない。
「っと…こんな感じでいいですか?」
「ええ。大丈夫よ。本当にありがとう。全ての手続きはこちらでやっておくから安心して」
おば様は書類を西田さんに預けると、ソファから立ち上がった。
「私、これから人と会う約束があるの。ちゃんはみんなでパーティ、楽しんでね」
「あ…は、はい」
「…ちゃん、これからは椿も司も、あなたの兄と姉よ。仲良くしてね」
「は…はい、おば様」
「あら、お母様、でもいいのよ?」
「えっ、そ、それは…何か照れます」
「まあ、やだ」
おば様は楽しそうに笑うと、高級そうなフォックスのコートを羽織り、「じゃあ行って来るわね」と部屋を出て行く。
私も見送るついでに一緒に部屋を出ると、おば様はすでに仕事の話を西田さんとしていた。
「おば様、行ってらっしゃい」
「…行って来ます。また次に会えるのを楽しみにしてるわね」
私の声に振り向いたおば様は、ニッコリ微笑むと颯爽と部下を従え歩いていく。
その後姿は凛としていて、さすがは泣く子も黙る道明寺財閥の女社長だ、と溜息が洩れた。
同時に体中の力が一気に抜けて、その場にへにょへにょっと座り込む。
「……やっちゃった…サイン…しちゃったのよね…」
今頃緊張が蘇ってきて、何度か深呼吸を繰り返す。見ればかすかに手が震えていた。
「…私もこれで…道明寺家の人間になるんだ…何か実感ないけど」
何故かとんでもない選択をしたような気がして、手の震えが止まらない。
でもおば様と向き合った時に感じた気持ちは、養子縁組を受ける、というものだった。
「はあ……椿さんには怒られそうだけど…」
ふと、先日椿さんが言っていた事を思い出し、溜息をつく。
でも椿さんは私と司をくっつけたいような事まで言ってたんだから、こっちの方が良かったのかもしれない。
「そうよ…。おば様も別に何も言ってこなかったし…。本当に私を応援してくれようとしてるだけかも…」
"お母様、でもいいのよ?"
さっき言われた事を思い出して何となく赤くなった。
あんなにカッコいい母親なんて早々もてるものじゃない。
お母さんは美人で優しい人だけど、お嬢様気質で甘えん坊なところがあるから、時々お父さんや私が苦労させられる事もあった。
でも楓おば様は何でも全て自分で決めて動かしている。自立した強い女性、という面では憧れてしまうものを持っている。
あんな素敵な人が"お母様"なんて、何だかくすぐったい気分だった。
(椿さんはあんなこと言ってたけど…おば様は優しい人だし何も企んでるはずないわ…心配する事もない)
「さ…パーティ戻ろう」
昨日まで色々と悩んでた重たい荷物が一気になくなった気がして、私は体を伸ばしながら外へと向かう。
その時、庭先からは花火を上げる爽快な音が響いてきた。
「ぶぁっはっはっはっは!マジ、腹いてえーっっ」
「ほ…ほんと…懲りねえっつーか……ぶはっあはははっ!」
「うるせえ!!!いつまで笑ってやがる!!!」
真冬の花火の警戒な音に混じり、司の部屋に総二郎、あきらのバカ笑い、そして部屋の主の怒鳴り声が響く。
パーティに出る気分じゃねえ、という司について、二人もパーティを抜けてきたのだ。
「だ、だってよ…。庭でハニワ状態の司、見つけた時はマジでビックリしたっつーの!」
「オレらちゃんの代わりに成敗しに行ったのに、すでにやられてたんだぜ?そら笑うだろ!」
「うっせえ!!こっちは鼻が折れたかと思ったんだぜ?!ったく、あのバカ女、どんだけ凶暴なんだよっ昔と変わってねえじゃねえか!」
そう言いながら司は鼻に詰めたティッシュを新しいものと変えている。その姿も情けなくて、総二郎とあきらは再び笑い出した。
「つーかお前だって変わってねーじゃん!好きな女イジメて殴られてんだからさー」
「あぁ?!誰があんな女好きだっつったよ!!冗談じゃねえっ!」
「はあ?だって付き合うかもって、この前――――――」
「んなもん白紙だ白紙!!こっちから振ってやったっつーんだよっ」
「嘘つけー。無理やりチューしてセクハラしたあげく、鼻をグーパンされて放心してたくせに」
「う、うるせえっつってんだろがっ!!」(耳まで真っ赤)
ゴン!!!
「…い゛っっっ…ってえ……」
散々からかってくる総二郎の胸倉を掴んだ途端、司は懇親の力でヘッドバッドをお見舞いした。
そのあまりに痛そうな音に、一緒にからかっていた、あきらもピタリと笑うのを止める。
「あきらも喰らいてえか…?」
「…え…遠慮します…」
ゆらりと立ち上がり、恐ろしい形相で睨んでくる司に、あきらは真っ青な顔で首を振った。
総二郎は未だにオデコを抱えて、うんうん唸っている。
「…チッ!くそ面白くねえ!!酒飲むぜ!」
司はそう言って部屋の内線をかけると、ワインとシャンパン、そして、あるだけツマミを持ってこいと怒鳴って切った。
「…ってぇ…。つーか手加減しろよ、てめえは…」
そこで総二郎が復活し、呆れたようにソファに寝転べば、司は向かいのソファにふんぞり返ると、「したつもりだぜ?」と鼻で笑う。
その様子に、相当いかってんなあ、と総二郎は溜息をついた。
「…ってかよ…。一つ気になんだけど」
「あ?何だよ…」
「お前、何でそんな乱暴な事したわけ?あの子なら無理やりしたら怒るに決まってるじゃん」
「……ぐっ…」
「そりゃ言えてる。まあ、あの結城との合同事業の件でイラついてたのは分かるけど、何も心配して見に行ったちゃんを傷つける事ねえんじゃね?しかも軽くとはいえ、ひっぱたいたって最悪だぜ?」
総二郎、あきらに突っ込まれ、司は言葉に詰まった。
だが面白くなさげに、「…結城の件なんて関係ねえよ」と顔を背けた。
「じゃあ他にあんのかよ。無理やりヤっちまおうとした理由」
「う、うるせえな!言いたくねえんだよ!つ、つーかヤっちまおうとか思ってたわけじゃねえ!庭でヤるわけねえだろっ」
「じゃあ何でちゃんの胸元にキスマークなんてつけたんだよ!このスケベ!」
「し、知らねえうちについたんだろ?!わざとじゃねえっ!!」
司は耳まで赤くしながら動揺したように部屋の中を歩き回ると、窓の外に打ちあがる花火を見て急に笑い出した。
その姿に、とうとうおかしくなったか、と総二郎、あきらの二人はギョっとしたように顔を上げる。
「ふ、冬の花火っつーのもアレだな!オッツーなもんだな!」
「……オッツーじゃなくて"乙"ね。それだと略した挨拶だろ」
「…う、うっせえな!どっちでもいーだろ、んなもん!」
二人に背中を向けたまま司が怒鳴る。それを見て、総二郎は深々と溜息をついた。
「…司。オレはマジな話してんだ。結城の問題じゃなきゃ、何でちゃんにあんな事したんだ?惚れてんじゃねえのかよ」
「……あんなバカ女…惚れてなんかねえよ」
「嘘つけよ。お前のそんな顔、今まで見たことねえ」
「惚れてねえっつってんだろ!しつこいぜ、総二郎!」
「おい、二人までケンカすんなよ…。とりあえず、どんな理由があったにしろ司はちゃんに謝った方がいいって」
いつものようにあきらが間に入る。それでも司は「何でオレが謝らなきゃなんねえんだ」と目を細めた。
「やめとけ、あきら。コイツに何言っても聞きゃしねえよっ」
「でも、このままでいいわけねえだろ?ちゃんだって傷ついてるはずだし」
「あ…あんな無神経な女が傷つこうとオレには関係ねえっ」
「おい司…お前、ちゃんをあんなに泣かせて関係ないはねえだろ…」
「……え…?」
あきらが呆れ顔で言うと、司は驚いたように振り向いた。
「…泣いた…?が…?」
「あ?ああ…オレ達が駆けつけた時、急に泣き出して…」
「…………ッ」
「怖かったんじゃねえの?お前の事ぶん殴るくらい気が強くても、処女の子が司みたいなデカイ奴に力で押さえ込まれちゃフツービビんだろ」
総二郎も目を細めながら司を睨む。それには司も唖然とした顔で立ち尽くしている。
そこへコンコンとノックの音がして、間の悪い事に使用人が酒と色々な料理を運んできた。
「お待たせしました」
礼儀正しく頭を下げ、一人の使用人が入ってくる。それに気づいた司は、怖い顔でふらふらと近づいて行った。
「おい…」
「あ、司さま。料理はこんな感じで宜しい――――――」
「つーか、おっせえーんだよ!!」
「ひっ」
司にドカッと蹴られ、料理を運んできた使用人は慌てて部屋を飛び出していく。それを見ながら、総二郎とあきらはガックリ頭を項垂れた。
「ったく…理不尽な奴…。思いっきり八つ当たりじゃねえか」
「最近は大人しかったのになあ…。また昔に逆戻りかよ」
「おう、そう言えばちゃんがこの家に来た頃からだよな。司が急に大人しくなったのって」
「……ちゃんが司のブレーキだったのかもなあ…。はあ…出来ればくっついて司を調教して欲しかった…」(!)
あきらの一言に総二郎も「ぶっ」と噴出し、「言えてるな」と大笑いしている。
そこにイライラしながら戻ってきた司は、笑い転げてる二人を見て、訝しげに首を傾げた。
「で、でも調教って…サーカスの猛獣じゃねえんだから」
「だってその言葉がピッタリこねえ?アイツは猛獣だろ、トーゼン」
「そらそうだなーぶははははっ」
「て、てめーら何笑ってやがる!!酒運ぶの手伝えっ」
「お、来た来た。猛獣が」
「あぁ?!」
笑いながら振り返る二人に、司の額もピクピク動く。
その様子に、そろそろ止めとかないと本気で怒り出し暴れる事を知ってる二人は、「はいはい何でも運ぶぜー」と立ち上がった。
「どれ運ぶんだよ」
「廊下にワゴンがあんだろっ」
「ああ、あれね。つーか中まで運んでもらってから追い出せよな…何でオレが…」
あきらはブツブツ言いながらも、F4の中では一番マメな性格だ。
渋々ながら言われたとおり、廊下に置かれたままのワゴンを運ぼうとドアを開ける。
が、その時、足音がして、ふと顔を上げると、ちょうどが歩いて来たところだった。
「あれ、ちゃん、パーティ終わった?」
「あ…美作さん…はい、花火打ち上げてフィナーレで」
「そっかぁ。あ…そういやゲスト見送るのって姉ちゃんがやってた?」
「ええ、私も手伝いましたけど」
「そっかあ…フツーそういうのって跡取り息子の役目なんだけどな…。―――――後で姉ちゃんに怒られるぞ〜?司ぁ〜」
あきらがそう言って部屋の中を振り返ると、司は顔を赤くしたまま、廊下にいるを黙って見つめていた。
それでもは表情を崩さず、プイっと顔を反らす。
「あ、オレ達これから飲むんだけど、ちゃんも一緒にどお?新年会って事で」
「…あ…でもちょっと疲れちゃったし、もう寝ようかと…」
「そっか…。まあ、そうだよな。じゃあ、お休み――――」
「お、おい…」
そこへ司が歩いてきて、あきらは気を利かし、ササっと脇へ避けた。
「あ、あのよ…。さ、さっきはその―――――」
「じゃあ、お休みなさい。美作さん。西門さんも、お休みなさい」
「お、おう…」
「……………ッ」
司が謝ろうとしたのを無視し、はあきらと総二郎にだけ声をかけると、サッサと自分の部屋へ入ってしまった。
それには司も拳を握り締め、プルプルと震えている。そして総二郎とあきらは別の意味で身震いすると、急いで酒や料理をテーブルに並べた。
「お、おい司!今夜は飲もうぜ!」
「そうそう!女に振られた夜は飲むのが一番―――――ぎゃっ」
「ちょ、…うぐ…っ!!」
さっき以上に不機嫌になった司は総二郎とあきらを一発づつ殴ると、「振られたわけじゃねえっっ」と真っ赤になって怒鳴った。
そしてワインの注がれたグラスを掴むと、それを一気に飲み干している。
総二郎とあきらは、そんな司を見上げると、「こっちにまで八つ当たりかよ…」とボヤきながら頭をさすった。
とはいえ、今の司に文句を言う気にはなれず、互いに苦笑しながら肩を竦める。
「ま、とりあえず、あけおめっつー事で乾杯すっか」
「そうしようぜ」
二人はそう言いながらグラスをチンと合わせる。その間も司はボトルごとワインを飲んでいた。
「おいおい司…そんなんじゃすぐ酔いつぶれっぞー」
「そんなヤワじゃねえよ!」
「まあ…お前何気に酒豪だしな…類と違って」
総二郎がそう言って笑うと、司の額がピクリと動く。
そこに気づかず、今度はあきらが「類は量は飲めてもすーぐ酔うからなあ」と笑い出す。そこで再び司の額がピクリと動いた。
「類といやあ、年末年始、アイツがいないのって初めてじゃねえ?いっつも4人で飲んでたろ」
「おー。そういやそうだな。類は今頃、静とラブラブしながら新年迎える準備でもしてんじゃねえのー?オレの彼女なんて旦那と過ごすんだから寂しいぜ」
あきらが羨ましいと言うように笑う。その時、司がフラリと立ち上がった。
「…ぃ…い…言うな…」
「あ?何だ司…」
「…どうしたんだよ。もう酔っちまった――――――」
「類、類、言うなっつってんだ!!」
「「はあ?」」
またしても司がキレたのを見て、総二郎とあきらが顔を見合わせる。
でも何故そこまで怒っているのかが分からない。
「な、何だよ、司…。類が何かしたのか?」
「うるせえ!今はその名前、聞きたくねえんだよっ」
「はあ?何で……」
「うっせえ!いーからオレの前で類の話はするなっ」
司はそう言ってワインを一気飲みすると、次はドンペリを開けて飲んでいる。
そのヤケ酒っぷりに、総二郎とあきらは更に首をかしげ、「何だってんだ?」と溜息をついた。
「アイツ、類とケンカとかしてたか?」
「さあ…。オレらが帰国する前に何かあれば、ソッコーで言うだろ」
「だよなあ…。オレらが大阪行った時は何も言ってなかったし……つっても今は類、いねえんだからケンカできるわけもねえし…」
総二郎はそう言いつつ首をコキコキと鳴らす。それと同時に「あ」と小さな声を上げた。
「何だよ、総二郎…。何か気づいた?」
「つーかさ…。もしやちゃんがらみだったりして」
「え、何で?ちゃんと類って何かあんの?ねえだろ」
「いや二人の間は何もなくても…ちゃんが類を、って事ねえか?」
「……ああ…なるほど」
総二郎の言いたい事がわかり、あきらも頷く。
「オレ、前に気になったんだけど…ちゃんって類の話とか、よくしてたんだよな。あと聞いてきたり…」
「へえ…マジ」
「ああ。で、もしかして類に気があんの?って聞いたら顔赤くしちゃって必死で否定されたんだけど…」
「逆に怪しいな…それ」
「だろ?だから…もしかしてちゃん、類みたいのがタイプなのかなーって漠然と思ったんだけどさ」
「なるほど…。類が好みなら正反対の司じゃ無理だな…」
「…言えてる。つーか、さっき類が好きだから付き合えないとか言われて逆上したんじゃねえの?」
「ああ、なるほど!」
シックリくる答えに行き着き、あきらもポンと手を叩く。が、すぐ後ろで殺気のようなものを感じ、ゾクリとした。
「…何が"なるほど"なんだ…?」
「つ、司……」
「お、お前一人でドンペリ飲んだのかよ…」
ドンペリの瓶を片手に、虚ろな目で立っている司を見上げ、二人は顔が引きつった。
「二人でコソコソ、なーに話してたんだよ…」
「べ、別に…こ、この前ナンパした女の事だよ。なあ?あきら」
「そ、そうそう!なかなかイイ線いってたって話!司的には興味ないだろ?」
「……………」
引きつりながらも二人が必死に笑顔を見せると、司は思い切り目を細めた。
「……ホントか?類の話じゃねえだろうな」
「…ま、まさか!誰だっけ?ソイツ」
「し、知らないねえ、ボクも」
目の据わった司にビクビクしながら、総二郎とあきらは笑って誤魔化した。
完全に酔っている司、特に機嫌の悪い時は手に追えないのだ。
(司は酒乱の気があるからな…今怒ったらマジで暴れだしかねねえ…)
二人は嫌というほど知ってるだけに、必死で笑顔を保っている。
が、フラフラと歩いて、次にブーブークリコを開ける司に、思わずギョっとした。
「お、おい司…それ以上飲まない方が…」
「ああ?誰に言ってんだ?てめえは…」
「…う…」
ジロリと睨まれ、さすがの総二郎も後ずさる。司はそのまま新たに開けたブブクリをグビグビ飲み出すと、
「つーか、類なんかのどこがいーんだ、あのバカ女ぁ!!!」
「「――――――ッ」」
突然雄たけびを上げた司に、二人は驚いてその場に飛び上がった。
「つ、司…?」
「…クソ…オレの何がわりぃんだっつーんだよ……」
「お、おい……」
「…だいたい、類なんて三年寝太郎じゃねえか…いっつもグースカ寝てる男のどこが好きなんだつーの!なあ?そう思わねえ?総二郎、あきら!」
「「――――ッ」」
((マズイ…酔っ払った事ですでに理性がない…というより本能のままに怒ってる…))
司の据わった目を見て、総二郎とあきらの額から冷や汗が垂れる。
それでも、ここは話を合わせようと「だ、だよな!」と応えておいた。
「ふん、だよなあ?オレさまの方がよっぽどイイ男だろ」
「そ、そうそう!」
「司の方が何百倍もイイ男だぜ!」
「だろ?なのに、あのバカ女ときたら……何が類だ…クソ…!ムカツクっ!!」
「……お、おい、やっぱ総二郎の予想、当たってたんじゃねえ?」
「お、おう…この様子だと…ちゃんは類の事…って、あ……」
二人でコソコソ話していると、それまで怒っていた司が突然フラつき、ソファの上にドサっと倒れこんだ。
ギョっとしたものの、二人は顔を見合わせると、そおっと司に近づき、顔を覗きこむ。
「…ね、寝てるよ…」
「はや!」
ソファのクッションに埋もれながら、司はガーっといびきをかいて熟睡している。
それを見て二人もとりあえずはホっとした。
「そら、ワインやシャンパンを一気飲みすれば熊でもこうなるわな…」
「…でも珍しいな。司がここまで酔うの」
「ああ…。普段から跡取り息子として人目気にしてるから泥酔しない奴なのに…」
「まあ今はオレらしかいないから久々に酔いたかったんだろ…」
「だな…。惚れた女に振られた日くらい泥酔したいわな」
二人は苦笑交じりで言い合うと、やっと落ち着いて飲める、と息を吐き出した。
あきらはソファで爆睡してる司に毛布をかけ、司の飲み散らかした酒のボトルを片付けると、先に始めてる総二郎にワインを注ぐ。
「結局、二人だけになっちまったなあ」
「ああ…何か変な感じだよな。いつも4人だったし」
シミジミ言いながら総二郎とあきらはワイングラスを傾ける。
そして司の無邪気な寝顔を見て、小さく噴出した。
「寝てる時だけだな。大人しいの」
「さっき発狂して疲れたんだろ。怒るのって何気にパワー使うから」
「恋愛と一緒だな」
「言えてる」
男同士でしんみり飲みながら、窓の外の星空を見上げた。
「でも…この先どうなっちまうのかな」
ふと、あきらが呟いた。
「ん?何が?」
「いや…司はどう見てもちゃんに惚れてんじゃん」
「ああ。本人が必死で否定してたけど、ここまで来たら間違いないな」
「で…ちゃんは類が好きなんだろ?」
「…多分なあ…」
「だったら…F4ヤバくねえ?」
「分裂の危機ってやつ?」
そう言ってから二人はハアっと溜息をつくと、爆睡中の司を見た。
「…女の事でモメんのはカッコわりぃーだろ」
「まあ…類は大丈夫でも司がなあ……」
「ちゃんだって静のこと分かってて好きになったんだろうし類に告ったりはしねえんじゃん?とりあえずそれがなきゃ大丈夫じゃねえの」
「…まあ、そうだけど」
あきらは再び溜息をつくと、「男と女って、難しいよな」と呟き、夜空に光る星を見上げていた。
「サインはもらったわ」
そう言ってテーブルの上にバサリと落とされた書類を見て、オレはとうとう引き返す事の出来ないところまで来たと思った。
「…へえ。遂にって感じやな」
「そんな呑気にしてて大丈夫なのかしら。きちんと仲を深めてるの?」
そう言いながら、道明寺楓は、ワイングラスを揺らした。
「まあ…仲良うはなった思うけど…。ちょっと大阪で問題がなあ…」
「何があったの?」
オレの言葉に道明寺楓は怖い顔で睨んでくる。
(ったく、何でこのオレが元旦早々、こんなおばはんとホテルのスイートルームで密会せなあかんねん…)
内心そう思いつつ、大阪であった事を全て話した。
おばはんは寝耳に水だったのか、自分の息子が彼女の為に一千万用立てた事をかなり驚いている。
「…司は何を考えてるの…。今までそんな事をするような子じゃなかったのに」
「ああ…なかなか凶暴やったらしいなあ?自分にはむかう者は老若男女、関係なくぶん殴る。まるで猛獣やわ」
「黙りなさい。あなただって同じようなものでしょう?」
「…何がや?」
「ケンカに女、お酒に煙草…お兄さんが亡くなるまで相当遊んでたそうね。あなたのお父様がお兄さんに跡を継がせたがってたのが良く分かるわ」
「―――――――ッ」
一番触れられたくない場所に触れられて、一瞬にして頭に血が上る。昔の自分がまだそこに残っているような、どす黒い怒りが込み上げた。
「……うっさい、おばはん。兄貴の話はすんな言うてるやろ。ボケが……」
「………ッ」
オレの言葉に、道明寺楓の顔色が一瞬にして変わるのが分かった。
オレを睨んでくる目は、虫けらでも見るような目つきで、オレはコイツのこの目にいつも苛立たされる。
「……もう帰ってええか?養子の話が決まったなら後はオレが動くだけやろ」
「…そうね。そうしてちょうだい。あの話を進める前に少しでも好意を持っててくれてた方が説得しやすいわ」
「ほな、そーゆー事で」
早々にコイツの前から消えたかった。オレは徐に立ち上がると、そのままドアに向かって歩いていく。
その時、「待ちなさい」と呼び止められ、思わず舌打ちをした。
「…何やねん…」
「さっき…司と何をモメていたの?」
「……ああ。あれね…」
ふと先ほどの事を思い出し、小さく噴出した。
道明寺司がオレを敵視する理由を、今このおばはんに教えたらどない顔するやろなあ…
そんな事がチラリと脳裏を掠める。
「……どうしたの?早く答えなさい」
「…チッ…そうやって命令すれば他人が何でもあんたの言う事、聞く思てんのか」
「……何ですって?」
「母親が母親なら息子も同じやわ。あれじゃーちゃんも可愛そうや」
「何が言いたいの…?」
訝しげな顔で見てくる道明寺楓に、オレは思わず苦笑した。
「…あんたの息子が何でオレのこと嫌ってるか…教えたろか」
「……何なの?」
ドアに寄りかかり、こっちを見ている道明寺楓を真っ直ぐ見据える。
出来ればこんな女と仕事で絡む事なく、彼女に会いたかった。
「あんたの息子…道明寺司は………にベタ惚れや」
「――――――――ッ」
オレの一言に一瞬息を呑む。この女の、その驚愕の表情が死ぬほど見たかった。
「…せいぜいオレの邪魔せんように、自分の息子、押さえとき」
それだけ言うとドアを開け、オレはスイートルームを後にした――――――

またまた更新です。
とりあえず進められるだけ頑張ります。