偶然という
名の必然
「な……んて言ったの?お母様…」
朝っぱらから電話で呼び出され、本社の社長室に顔を出した道明寺家の長女である椿は、突然の報告に吃驚した顔でその場に立ちつくした。
そんな娘の言葉に、道明寺グループのトップである道明寺楓はゆっくりと振り向き、静かに社長の椅子へと腰をかける。
「何をそんなに驚いているの?椿さん」
楓は机に両肘をつくと、目の前で固い表情を崩さない椿を見つめる。
「あなたも前に可愛い妹が欲しいと言ってたじゃないの。願いが叶ったのよ」
「……道明寺家の養女になると、本当にちゃんが自分の意志で決めたんですか?」
「もちろんよ。夕べちゃんと自ら望んでサインをしてくれたわ」
微笑む楓に、椿は軽く唇を噛むと、ゆっくりと足を踏み出し、母の前に立った。
「あの子はお母様に深く感謝をしてるわ。お母様が強引に言わなくても、あの子なら何か役に立ちたいと思って養子縁組を承諾したのかも―――」
「ええ。夕べもそう言ってくれたわ。私としても嬉しい事よ」
「何が…目的ですか」
「目的…?」
「お母様が情に絆されてちゃんを養女に迎えたなんて、思っていません。何かメリットになるからじゃないんですか」
核心を突いて問う椿に、楓は表情を変えないまま肯定も否定もしない。
その様子に、椿はやはり何かある、と直感した。
「メリットならあるわ。可愛い娘が増えた事。そしてその娘の役に立てる事…」
「嘘!お母様はちゃんを利用しようとしてるんじゃ――――――」
「口を慎みなさい!いい?椿さん。私は無理にサインさせたわけじゃないわ」
「だからそれは感謝の気持ちを利用して…」
「でもちゃんだって自分のメリットになると思ったからこそサインをしたの。そうでしょう?自分の夢が最高の形で叶うんですもの」
「そういうものじゃないわ…ちゃんは自分の夢より、お母様に恩返しがしたいと思ってる……」
「それだけのはずがないでしょう。ちゃんと自分の事も考えての事ですよ」
厳しい顔で言い切る楓に、椿は何も言えず目を伏せた。この母には何を言っても通用しない。
全てビジネスとして考える楓には人間の情など、通用しないのだ。
「それに私の役に立ちたいというちゃんの気持ちも無下には出来ないわ」
「……何を…する気ですか」
「もちろん、彼女の気持ちを汲んで、私…いいえ道明寺家の役に立ってもらいます。それが将来、道明寺グループにも大きく関わってくる事になる」
「道明寺グループの…将来…?お母様、いったい何を―――――――」
「椿さん。私はこれからニューヨークに発ちます。東京にいる間の一ヶ月、家の事を頼みますよ。特に司とちゃんの面倒は一任しますから」
「お母様――――――」
「いいですか?すでに、あなたとちゃんは姉妹、司とは兄妹です。くれぐれも間違いなど起こさないよう、きちんと面倒みなさい」
「…………ッ」
楓の一言に椿が息を呑む。今言われたそのたった一言で、楓が何を心配しているのか分かってしまった。
「…行って来ます。楓さん。家のこと、頼みましたよ」
「行って…らっしゃい。お母様。お気をつけて」
椿が言い終わらないうちに、楓は颯爽とした足取りで社長室を出て行く。
その後姿を見送りながら、我が母親ながらに怖い人だ、と椿は思っていた。
「は…そうだ。早く帰らなくちゃ…」
一瞬、楓の迫力に呆然としていたが、今すぐ帰って、とりあえず本人にも話を聞かなくちゃと、社長室を飛び出す。
そして乗ってきたリモに飛び乗ると、急いで自宅へ戻れと告げた。
そう言えば…夕べはパーティの途中から少し様子がおかしかった気がする…
ドレスも違うのに着替えてたし…それは汚しちゃったから、と謝ってたけど、どこか動揺してた感じだった。
それにゲストを見送ってた時もどこか上の空だったわ…
ふと夕べのの様子を思い出し、椿はあれこれ考え込んだ。
そのうちに車は屋敷へと到着し、椿は急いでの部屋へと向かう。
だが何度ノックをしても返事がなく、仕方なしに部屋の中を覗くと、そこに人の気配はなかった。
「…いない。リビングかしら…」
そう思って下へ戻ったが、リビングやダイニング、そしてバスルームや庭を覗いても、の姿はなかった。
「…とすると…後はあのバカの部屋しか…」
そう呟き、二階に上がると、ドアの前に立つ。
「ったく…さっき釘を刺されたばかりなのに、もし二人が一緒に寝てたら…」
いや、私はその方が嬉しいんだけど(!)と内心思いつつ、椿は思い切ってノックをした。
「…司?起きてる…?」
そっと声をかけてみる。だが中からは何の応答もない。
まだ寝てるのかしら…と思いながらも、「司、入るわよ」と断って、静かにドアを開けた。
「――――――――うっ」
部屋の中に一歩、足を踏み入れた瞬間。椿は思い切り顔を顰めて、鼻をつまんだ。
「な…何よこれ…。酒くさ!」
部屋の中はアルコールの匂いが充満していた。
椿は堪らず、薄暗い部屋に入ると、すぐに重厚なカーテンを開け放ち、新しい空気を入れるため、窓も全開にする。
そして再度、明るくなった室内を見渡して、思わず顔が引きつった。
「こ、こいつら…」
司の広い部屋の中、何故か暖炉の前にだけ集結し、総二郎とあきらは絨毯の上で大の字になりイビキをかいていた。
そして部屋の主でもある司はソファの上で足を下へ投げ出し、これまたイビキをかいて爆睡している。
夕べのスーツを着たままアホ面で寝ている三人の醜態に、椿の額もピクピクと動いた。その時――――――
「う……さみぃ…」
窓を開けて冬の冷たい空気が入り込んだせいか、最初にあきらが目を覚ます。
そして次に総二郎がパチっと目を開け、「…さむ!」っと体を起こした。
「………おはよう」
「……ふわぁぁって、え?!」
「うおっ」
寝起きで大欠伸をかましていた総二郎、そしてボーっとしていたあきらは、その低音で聞こえた声に驚き、顔を上げた。
「「げ!姉ちゃん!」」
「げ!じゃないわよ!何なの、この汚い部屋は!」
寝起きから綺麗にハモった二人に、椿の目が釣りあがった。
「い、いや夕べはちょっくら新年会を……」
「いくら新年会でも、これは飲みすぎでしょ!いったい何本飲んだの?!」
「…や…つーか色々あって司も飲みすぎたせいか、むちゃ飲みしちまって…なあ?総二郎…」
同意を求めるよう、あきらも後ろで小さくなっている総二郎へ顔を向ける。
「お、おう」
総二郎も引きつった顔で頷きながら、未だソファで爆睡続行中の司を見た。
椿もそんな司にチラっと視線を向けると、またすぐ怖い顔に戻り、二人を睨みつける。
「色々って?何があったの?」
「え?!あ、いやそれ…は…」
「何よ。司がむちゃ飲みするほど何か嫌な事があったんでしょ?教えなさい。何があったの?」
「…う…」
椿の迫力に、総二郎もあきらも夕べの酔いなど一瞬で冷めたように顔が青くなる。
言えば司に殴られ、言わなくても今ここで椿に殴られる。いや、もしかしたら殺されるかもしれない(!)
どっちにしろ痛い思いをするならば、と二人の出す答えはかなり簡単に決まった。
「じ、実は夕べ……」
互いに顔を見合わせた後、夕べ起きたトラブルを、二人は詳しく椿へ説明しだした。
「……こんの…へタレ野郎……っっ」
「「…………っ(ひぃっ)」」
バキッっという鈍い音が、椿の手に握られていたシャネルのサングラスから聞こえて、総二郎とあきらは恐怖のあまり、後ろへ下がった。
「…これで全て分かったわ…。夕べちゃんが何故ドレスを変えてたかって事も…様子がおかしかった事も…」
「…ね、姉ちゃん…?そ、そんな怒るなって…」
「つ、司は司で色々辛かったっつーか…」
「お黙り!!どんな辛かろうと、理由があろうと、女の子に無理やりキスして、あげく殴るような奴は男じゃないっ!」
叫びながらドンっと足を踏み鳴らす椿に、総二郎とあきらは再びその場で飛び上がる。
そして未だソファで眠りこけている司を見ると、よくこんな殺気だった状況で寝てられるな…と変に感心した。
「…こいつだけは許さん…!!天誅!!!」
「「あ……」」
椿が思い切り拳を振り上げ、司のオデコを一撃する、その恐ろしい光景に二人は一瞬にして固まった。
ゴツッという鈍い音と共に寝ていた司が、「…うっっ」という呻き声を上げる。一瞬、目が覚めたらしい。
そんな事もお構いなしに、その後も椿はガッツンガッツン司を殴りつけ―――――途中で司は気絶―――――最後には「これでもくらえっ」と足で股間の間を思い切り踏んだ。
「…ぎゃっ!!」
「「う――――――(それは痛いってもんじゃねえだろ!)」」
猫が尻尾を踏まれた時のような悲鳴をあげた後、司はピクリとも動かなくなった。(死亡)
それを見て、総二郎とあきらの顔からは血の気が引いていく。ただ一人、爽快な顔をしている椿だが、二人には悪魔のようにしか見えなかった。
「あースッキリしたぁ!暴れたら何だか喉が乾いちゃった。あ、あんた達も何か飲む?どうせ二日酔いなんでしょ?」
「「…い、頂きます…」」
怖さのあまり素直に頷くと、椿は内線で「喉渇いちゃったから冷たいシャンパン持ってきてー」と使用人に頼んでいる。
それには二人も(酒かよ!)と内心突っ込まずにはいられない。
が、それを口に出しては言えず、気づけば運ばれてきたシャンパングラスを持って、乾杯するハメになっていた。
「はあ〜美味しい!やっぱりドンペリは喉がスッキリするわね〜」
「「はあ……(ぉえ)」」
一人ご満悦の椿に、総二郎とあきらは迎え酒の辛さを我慢してシャンパンを飲み干す。
さっきまで汚かった部屋も使用人に片付けてもらい、今はきちんと窓も閉め、三人で暖炉の前で寛いでいた。(部屋の主だけ死亡中)
「…ところで…ちゃん探してたんだけど知らない?どこにもいないの」
「え…いや…オレ達は見ての通り、さっきまで爆睡してたし…」
「夕べはパーティ終わった後にすぐ部屋へ戻ったようだったぜ?」
「そう…やだ。どこ行っちゃったのかしら…」
椿はそう言いながら心配そうな顔で溜息をつく。その様子を見て、あきらは首を傾げた。
「何かあったの?朝っぱらから探しに来るなんて」
「それが…大変なのよ!」
突然思い出したように慌てだす椿に驚く二人。そして何が大変なのかという説明を受けた後、更に驚愕した。
「マ、マジでっ!!」
「養子縁組の書類にサインした?!」
「…そうみたいなのよ…。それで驚いて帰って来たの」
愕然とする二人に、椿もはあっと深く息を吐き出し、シャンパンを口に運ぶ。
総二郎とあきらも唖然としたまま、固まっていた。
「…えっ?じゃあちゃんはすでに道明寺家の人間…って事か?」
「ええ…妹になってくれたのは嬉しいんだけど、こんな形じゃ手放しに喜べなくて」
「で、でも司の母ちゃんが何か企んでるって決まったわけじゃないんだろ?ならちゃんにとっては、だけど良かったんじゃ…」
あきらがそう言うと、総二郎は困ったように腕を組んだ。
「でもよー。そうなりゃ一番悲惨なのは司だろ。何てたってちゃんに惚れてるんだぜ?惚れてる女が今日から自分の妹ですって言われりゃ…」
「……発狂するな、間違いなく」
そう言いながら二人は顔を見合わせた。夕べの泥酔状態を思い出したのだ。
「類の事だけで、アレだったんだから」
「兄妹になったとあっちゃあ……あんなもんじゃねえな、こりゃ」
「でも、そう…そんなに荒れてたの、司」
二人の会話を聞きながら、椿が溜息をつく。司がの事をそこまで好きだったんだと知り、何となく昔の自分と重ねて見てしまう。
好きな人と結ばれない事は、いくら財閥の娘でも辛い事で、それがまた親のせいだと思えば、更に傷つく。
司も同じような思いをするんじゃないかと、椿は心配になった。
「…これじゃ前のキレてる司に逆戻りじゃねえの?」
「ああ…何か嫌な予感がするなあ…」
「…とにかくちゃんと話したいわ。どこ行ってるのかしら…」
「でも承諾のサインしちまったなら、もう何を言っても遅いんじゃん?」
「そりゃそうだけど…」
「それに、どっちにしろちゃんが惚れてんのは類なわけだし…妹にならなかったとしても司は振られてたっつーかさ」
総二郎の言葉に、椿は残念そうに溜息をついた。
「私もこの前、話してた時にちゃんは類の事が好きなのかしらって感じてたの。でも類は昔から静ちゃん一筋だし、それなら司にもチャンスがあると思ってたんだけど…」
「その小さいチャンスすら、夕べ自らぶち壊しちまったしなあ…司の奴」
「全く…ほっんとバカなんだから――――――」
そう言ってもう一発殴ろうかと振り向いた時、椿の顔が一瞬にして固まった。
「…………妹…?」
いつの間に起きたのか、ソファで倒れていた司が、今はきちんと座り、呆然とした表情で三人を見ていた。
「…つ、司…」
「「うぉっ」」
総二郎とあきらもその声に振り向き驚いている。だが司は無表情のまま、黙って椿を見つめた。
「………承諾のサインって何だよ…」
「あ…あんた、いつから聞いて――――――」
「いいから答えろ!!承諾のサインって何だっつーんだよ!」
その真剣な顔を見て、椿は小さく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり、司の隣に座った。
「…分かった。どうせすぐに分かる事だもの」
その一言で全てを察したのか、司は強く拳を握り締める。その手を椿はそっと包み込んだ。
「ちゃん…夕べ養子縁組の書類に、承諾のサインをしたそうよ」
「…………………ッ」
「これからは……私達の妹になるの。家族になったのよ」
その言葉をハッキリ言った瞬間、司の手がピクリと動く。
だがさっきのように怒り出すことはなく、深い溜息をついて項垂れるだけだった。
「そーかよ…」
「…司?」
不意に立ち上がる司に、三人はハッとしたように顔を上げる。司は意外にも笑顔を見せた。
「…ったく、あんなのが妹なんて最悪だぜ。凶暴でまるで姉ちゃん二号みてえじゃん」
「司……」
「ま…道明寺家に入るなら、あれくらい根性あった方がいーんだろーけどな」
司はそう言いながら笑うと、「腹減らねえ?って、スーツしわくちゃじゃねえかっ」と未だにスーツを着ている自分に驚いている。
「クソ!せっかくのアルマーニが…!あ〜もうオレ、シャワー浴びてスッキリしてくるわ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
バンっとバスルームのドアが閉まったのを、残された三人は見つめながら、誰からともなく互いに顔を見合わせる。
そしてはぁぁっと思い切り息を吐き出した。
「あ…暴れだすかと思った……」
「…だ、大丈夫だったな、意外と……」
「で、でも強がってんのよ、司は。私達の前じゃ素直にへコめないじゃない」
三人は一気に疲れた気がして、グッタリしながらも、バスルームから聞こえてくる司の鼻歌を聞いてギョっとした。
「あれが強がりなら相当、痛いな…」
「ああ…逆にショックがデカ過ぎて壊れたって感じじゃねえ?」
「…はあ。どっちにしろ、ちゃんが司のお嫁さんに来てくれる事はなくなっちゃったのよねえ…悔しい…」
椿はガックリしつつヤケ酒のようにシャンパンを飲み干した。
その姿を見つつ、総二郎も溜息をつくと、「司の初恋だったのになぁ…」と項垂れる。
それでも、あきらだけは何かを考え込むように、目を瞑った。
「でもさ…ちゃんの年齢からすれば、今回の話は普通養子縁組だろ」
「え?」
「特別養子縁組の方は知らねえけど、普通の場合は原則として自由に離縁ができるはずだぜ?養親と養子の合意の元、きちんと離縁の届出を出せば、だけどな」
「そっか…なるほどね」
あきらの説明に総二郎も指を鳴らす。でも椿だけは不満そうな顔で二人を睨んだ。
「でも結局は当人同士の意志って事でしょ?ちゃんが離縁したいと思わなければダメじゃない」
「まあ、そうだけど…ただ契約しちまったからって何もかも終わりじゃないって事だよ。これから、どうにでも動かせるだろ」
「…ちゃんの気持ちを変える…って事かしら?」
「っていうか…やっぱ司に惚れさせるしかないんじゃん?そうなっちまえば必然的に兄妹っていう状況がネックになってくるわけだしさ」
「なるほどー!やだーあきらってば頭いいじゃない!私は半分諦めてたもの」
椿は少し復活したのか、さっきよりは元気が出たみたいだ。
「よし、じゃあ手始めに昨日の挽回をさせないとね!司に」
「…え、でもどうやって?アイツ多分バカだから、離縁できるとかも知らねえだろうし、今頃、諦めの極地でそれどころじゃねえだろ」
「だからまずは今の話を聞かせて、やる気を取り戻してもらわないと!話はそこから!」
「だな。んで、後はゆっくりちゃんと仲直りしてもらおうぜ」
そう三人で一団結して、ハイタッチをする。
その時、バーンという大きな音がしてドアが開き、バスタオル一枚を巻いた状態で司がバスルームから出てきた。
「なあ!今から初詣に行こうぜ!!」
明るく叫ぶ司に、総二郎、あきら、そして椿の三人は、人の苦労も知らないで…と全員、同じタイミングで溜息をついたのだった。
「ひゃあ〜やっぱ人がぎょうさん、おんなー」
車を下りた途端、某有名神社に向かって歩いていく人並みを見て、大和はアホみたいな声を上げた。
今日は昨日みたいなスーツではなく、随分とカジュアルな格好だ。
ニット帽を目深にかぶり、ブラックジーンズにブルゾンジャケット―――――しかも上から下までバーバリー・ブラックレーベル―――――をお洒落に着こなしてる大和は、 やっぱりどう見ても某有名アイドル事務所に入っていても不思議じゃないくらいに目だっている。(デカイし機敏に踊れないだろうケド)
ついでに言うと、偶然にも私までバーバリーで統一してきてしまった事で、顔を合わせた瞬間、「お揃いやーん。仲良しカップルみたいやなあ」と言われて顔が赤くなった。
デザイン性は違えど、同じブランドを一緒に着てたら確かに、仲のいいカップルに見えてしまいそうで、何となく恥ずかしい。というか嫌。(酷)
「この人やったら何時間かかるか分からへんやん」
「…そりゃ元旦だもん、考える事はみんな一緒なんじゃない?」
「まあ、そらそーやなぁ。んじゃー行くとしますか。仲良く初詣!」
「……別に仲良くなくていい」
「まった冷たいこと言うてぇ…。もしかして迷惑やった?誘ったの」
そんな事を言いながら大和は悲しげな顔で私の顔を覗きこむ。その顔を見て、慌てて、「そんな事ないよ」と首を振った。
「迷惑なら初めから来ないし…」
私もちょうど気晴らししたかった時だから、今朝の大和のお誘いはナイスなタイミングだったのだ。
"初詣、行かへん?"
大和から、その、たった一言だけのメールが届いたのは今朝のこと。
人込みが苦手だから一瞬迷ったけど、あのまま司のいる家にいても気まずいだけだし、と思い切って出てきたのだ。
「そ?なら良かったけど」
「…家にいてもする事ないし…正直、居づらかったからちょうど良かった」
「何で?ああ…もしかして夕べあの後、道明寺クンとケンカしたとか?」
…何でこう鋭いんだコイツは。
憎たらしい笑みを浮かべている大和を見ながら、そう思う。
何も応えない私を見て、大和は「図星かいな」と楽しそうに笑った。
「わ、笑い事じゃない!半分は大和のせいなんだから…司が短気なの知ってるクセに」
「オレぇ?ああ…そういや道明寺クンの前で、ホッペにチューしてもーたしなあ。あ、あとは結城グループと合同事業の事で更に機嫌悪なってた?」
「…まあ。それだけじゃないけど」
言いながら、夕べの司の言葉を思い出す。
"……こんな時に………名前、呼ぶほど類に惚れてんのかよ…!!!"
アイツ、本気で怒ってた…それでいて傷ついたような泣きそうな目…あんな司、初めて見た。
怒りたいのは私の方だったのに、何故かあの顔を見た時、一瞬だけ胸が痛んだ。
ひどく…司を傷つけたような気がして。
酷い事されたのは私の方なのに…司があんな顔するから……
まあ結局、あんな事されて色んな事で頭がグチャグチャだったのと、売り言葉に買い言葉で怒鳴り返して、グーで殴っちゃったんだけど。
部屋の前で顔を合わせた時も、司の顔見たらまた腹がたって…何か言いかけてたのに無視しちゃった。
あの時もショックを受けたような顔をするから…おかげで変に罪悪感なんか感じちゃって、全然眠れなかったし…
……って、いやいやいや。おかしいわよ私!何で私が罪悪感なんか持たなくちゃいけないの?
あんな事されたのに…絶対バカボン司の方が罪悪感を感じるべきよ!そう、絶対そうに決まってる!
「おもろい顔…」
「――――――――わっ」
突然目の前に綺麗な顔がヌっと現れ、私は驚きのあまり後ろへ飛びのいた。
「ぶ…ぁはは!そない驚かんでも。てぇか、なーに百面相しとったん?」
大和は大笑いしながら私の頭をクシャクシャっと撫でた。
「ひゃ、百面相…?」
「泣きそうな顔してみたり、怒ったような顔してみたり。よう、こんなコロコロ表情変えられるわぁ思て見とったんやけど」
「…そ…そんな顔してた?私…」
「してたでえ。まあ見てて飽きひんよなあ、は」
そう言いながら大和は勝手に手を繋いできた。
「な…何それ……っていうか何で手を繋ぐのよっ」
「ええやん。めっちゃ混んでるし迷子にならんようにな。それにオレとの仲やん―――――――」
「ど、どんな仲よ!誤解されるようなこと言わないでよっ」
「おーおー真っ赤になっちゃってー。かーわいーなぁ、ほんまに」
「………な………っ…」
「照れんでもええやーん」
「て、照れてないしっ!っていうか顔近いっ」
大和はニコニコしながら、またしても私の頭を撫でまくり、嬉しそうな笑顔で顔を覗きこんでくる。
何がそんなに嬉しいんだと思いながら大和を睨むと、「怒ってる顔もかわええ」と、こっちが赤面するような台詞を言う。
会った時からちょっと思ってたけど、今日の大和は少しおかしい気がする。
「どないしたん?急に黙り込んで」
「…大和、今日なんか変。妙に明るいし」
「そぉかー?いつも明るいやろ」
「そうだけど……それ以上にハイテンションっていうか…」
「あー。まあ機嫌がええねんなぁ、きっと」
「は?」
「…浮かれてんねん。元旦からと二人きりで初詣やし」
また私が困るような事をサラリと言う。しかも真顔で。
どう応えていいのか分からず、「バ、バカじゃないの」なんて、いつもの憎まれ口しか出てこない。
「あーまたバカて…。関西人にはキッツい言うたやん」
「……じゃあアホ大和」
「何や、今日機嫌悪いなあ…。やっぱ道明寺クンとケンカした事、気にしてんの?」
「ち、違うわよ!あんな奴の事なんか……気にしてないわ。それより早く並ぼ?遅くなっちゃうし」
「オレは遅くなってもかまへんけどー」
「………私は困るもん…元旦早々、遅くなったりしたら、また司に何て言われるか―――――――」
言った後でハッとした。
別に司の事なんか気にしなくてもいいのに、知らないうちに習慣になってるみたいに自然とそんな台詞が出てしまったみたいだ。
「……ふーん」
大和は私を見て、ちょっとだけ不満そうに目を細めた。
「何やかや言うても気にしてるやん…」
「……き、気にしてるっていうか…文句言われるの嫌なだけで…」
「まあ…でも昨日の件もあるし、ここはあんま道明寺クンを刺激しない方がええかもな」
「…大和…」
「ほんまはディナーでも思ててんけど…今日は早めに送るわ」
大和はそれだけ言うと、急に無口になった。何か自分が悪い事をした気持ちになって、さっきみたいに話しかける事が出来ない。
繋がれたままの手が妙に熱くて、離すことも出来ず、ただ大和に引かれて歩いていく。
「――――――あらぁ?さんじゃなーい」
その声にドキっとして立ち止まる。この独特のねっとりした嫌な感じは―――――――
「……浅井さん…」
振り返ってクラスメートである彼女の姿を見た時、軽い眩暈がした。彼女も初詣なのか、艶やかな着物を着ていて、知らない男も一緒だ。
「明けましておめでとう。あなた方も初詣?」
「…まあ」
「そう。もしかしてさんてば、その人と付き合ってるの?元旦早々一緒にいるなんて」
「ち、違うわ。大和は別に―――――――」
「ああ…あんた確か、前にの靴隠してた意地悪女やん」
「――――――ッ(ちょっと!)」
「な…なんですって…?!」
浅井さん達を黙ってみていたかと思えば、大和は指をパチンと鳴らし、とんでもない事を口にした。
案の定、浅井さんは顔を真っ赤にしてぷるぷるしてる。
「あ、相変わらず失礼な人ね!」
「おい、百合子…誰だよ、こいつら」
その時、浅井さんのツレの男が私と大和をジロジロと見てきた。
着ている服や身につけている物は全てブランド物だけど、全く品やセンスが感じられない。
どこのボンボンを引っ掛けてきたのかは知らないが、見た目はチャラ男で頭も司以上に悪そうだ(!)
「…高校のクラスメートよ」
「へえ、結構可愛いじゃん。この子も英徳のお嬢様なんだー」
「まさか。この子はお嬢様なんかじゃないわ。親がたかが十億くらいの金で会社を倒産させて今じゃただの居候なのよ。しかも贅沢な事に道明寺家にお世話になってるの」
「………ッ」
父の事を貶された気がしてカッとなる。でもそんな私を浅井さんはニヤニヤしながら見ていた。
「遠い親戚だか知らないけど、道明寺さんも迷惑よねえ。こんな貧乏神みたいな子を引き取るなんて」
「へえ、道明寺財閥の親戚なんだ、彼女。すげえじゃん。道明寺グループは世界中にあるし、うちの親父もお近づきになりたがってたぜ?」
「さんもバカね。いくら同じイケメンの御曹司でも、道明寺さんの方がよっぽどイイのに。でもまあ道明寺さんの方が相手にしな―――――」
「…おい、そこのブサイク」
「………は?」
その温度の低い声がどこから聞こえたのか、と浅井さんはキョロキョロしている。
でも私は思わず隣にいる大和を見上げていた。
「これ以上、そのデカイ口開けたら、そのブサイク面、更にパワーアップさせたんで…」
「な…っ」
私をかばうようにして前に立った大和を見て、浅井さんが顔を真っ赤にして驚いている。
それも仕方ないかもしれない。
いつもの大和は何を言われても、笑いながら上手く誤魔化し、口は悪くても、どっちかと言えばからかって流す方だった。
こんな冷めた怖い顔で、ひどい事を言ってる大和は見た事がない。
「あ、あなた…失礼ね!誰がブサイクよ!」
「へえ…自分のこと知らんバカは怖いなぁ。綺麗な着物で着飾っても醜い心は着飾れへんで。なあ?兄ちゃんもそう思うやろ?」
「て、てめえ…人の女、コケにしてんじゃねえよ!」
止める間もなく、突然チャラ男がキレて、大和に殴りかかろうとした。
でも大和は身軽にチャラ男のパンチを避けると、凄い速さで自分の拳を男の顔面に突き出す。
でもその拳は男の顔に当たる事なく、ギリギリで止まっていた。
「…あ…」
チャラ男は顔面蒼白になりながら、へなへなとその場に座り込み、浅井さんも怯えた顔で大和を見上げた。
「…先にコケにしたんはそっちやろが…。自分でするのは良くて、されるのは嫌なんか?随分と勝手やなあ、東京のボンは」
「…わ…悪かったよ…。な?――――――お、おいっ百合子も謝れっ」
チャラ男は尻餅をつきながらも、怯えながら後ろへ下がっていく。それを見て浅井さんは助けを求めるように私を見た。
「あ…さん…助…」
「…おいおい。をコケにしたあんたが、コイツに助けを求めるん?ほんまに薄汚い根性しとんなあ…ブサイクな女は顔も心も最悪や」
「…や…来ないで……」
「…ちょ…大和、やめて!もういいからっ」
今にも泣き出しそうな浅井さんを見て、私も我に返ると慌てて間に入る。
でも大和はどこか冷めた表情のまま私を見下ろした。
「……何がええねん」
「え…?」
「あんなにコケにされて…何がもうええの?お前はお人よしか」
「……や、大和…?」
その目を見た時、怖いと感じた。何も信じていない、氷のような目…こんな大和は初めて見る。
「…こんなズベタにコケにされたら踏み潰せばええねん…。どーせ脳みそ空っぽで、金持ちの男を色仕掛けで釣るしか芸のないバイタやろ…」
「……っ……いい加減にして、大和!!」
「―――――――ッ」
思わず怒鳴ると、大和がハッとしたように私を見た。
その瞬間、浅井さんと男が慌てて逃げていく。でも今は彼女達の事など、どうでも良かった。
「……」
「……どうしちゃったの…?そんな大和なんか見たくない…」
何故か悲しくなって泣きそうになった。
いつもバカみたいに明るい大和の、あんな冷めた顔を見るのは怖かった。
誰も信用しない、全て敵だと言うような、あんな冷たい目は見たくない。
「…見たくないよ…」
「……ゴメン」
堪えきれず、涙が一粒零れ落ちた時、大和は小さな声で呟いた。
「…泣くなて…」
「だ、だって…さっきの大和…こ、怖かっ……」
「……ゴメンな…久々に頭に血ぃのぼってしもたわ」
大和はそう言いながら、私の濡れた頬を指で拭ってくれる。
「な、何か…違う人…みたいで……」
「せやからゴメン……ほんま、反省してますっ」
「…………」
突然、私の目線まで屈むと、大和は両手を合わせて頭を下げた。
いきなりの行動に一瞬固まったけど、さっきのケンカから周りの野次馬に注目されてた私達に、更に視線が集中する。
すれ違っていく時にクスクス笑っていく人、立ち止まって観察している人。
そんな視線にさらされて恥ずかしさで涙も引っ込んでしまった。
「この通り!オレが悪かったて!」
「ちょ…ちょっと大和、声大きい……みんな見てるよ」
未だ両手を合わせて頭を下げたままの大和に、顔が赤くなる。
すると大和はガバっと顔を上げて、「他の奴なんかどうでもええねん」と私を見つめた。
その目はいつもの大和で、さっきのような冷たさは消えている。
「オレが悪い思たら、すぐに謝る。場所も他人も関係あらへん」
「…大和…」
「嫌な思いさせて悪かった。ほんまゴメン!」
「い、いいよ、もう……。いつもの大和に戻ってくれたらそれで…」
何度も謝る大和に、慌ててそう言えば、パっと顔を上げた大和の顔にはいつもの懐っこい笑顔が浮かんでいた。
「…許してくれるん?」
「ゆ、許すも何も…最初から怒ってたわけじゃないし…。大和も私のために怒ってくれたって分かってるから…」
「………そっか」
私の言葉に、大和はホっとしたように微笑む。そして、ふと神社の方へ視線を向けた。
「……なあ。神社に行く前に、どっかその辺でお茶でも飲まへん?」
「え…?」
「何や、さっきより混んで来たし…オレも久々本気モードで怒ったら喉渇いてもーて」
「…分かった、いいよ」
はあ、と情けない顔で溜息をつく大和に笑いを噛み殺しつつ、私も内心ホっとしていた。
あのまま大和が二人を殴ったらどうしようって、凄く怖かった。
彼らが大和のどの地雷を踏んだのかは分からないけど、大和が本気で怒ったら怖いんだと実感させられた気がする。
普段は明るい顔で笑っていても、もしかしたら大和にあんな顔をさせるような辛い事があったんじゃないかって、そう思った。
「…はあ。何や少し歩いただけで疲れたわあ…」
近くにカフェを見つけて入ると、座った瞬間、大和がそんな事を呟いている。
その姿がとても高校生には見えず、軽く噴出した。
「…大和、何かオジサンっぽいよ」
「な…オジサンて!ボクはまだピチピチの高校生やっちゅーねん」
「ボ、ボクっ?!気持ちわるっ」
「気持ち悪いて何やねん!めっちゃ傷つくわあ…………ボク」
「…ぷっ…ぁははは…だ、だからやめてそれ!似合わないってば」
テーブルに突っ伏してへコんで見せる大和に、思わず大笑いしてしまった。
やっぱり大和はこんなノリがいい。バカ言って笑って、こういうのが一番似合ってる。
「…笑いすぎやで、ほんま…」
「だ、だって…今時ボクなんて誰も使ってないし」
「そうなん?東京の男は使う聞いてきたんやけどなあ」
「えぇ?だって英徳の男子で使う人いた?」
「ああ、確かおったで。同じクラスの眼鏡坊やが言うてたわ。"ボ、ボクのパパはハワイに別荘を二つも持ってるんだよ〜"って」
「ぶっ!もしかして、それモノマネ入ってる?」
「入ってる入ってる。こうすんねん、ソイツ。"結城くんジャニタレになる気ないかなあ?ボクのパパ、業界に知り合いいるから推薦してあげてもいいけどー?"」
眼鏡を指で上げる仕草で、妙に甲高い声を出す大和に、思い切り噴出した。
「き、気持ち悪い!高校三年にもなってパパだって…っ」
「そやろー?アホやねん、アイツ。いっつも"パパ"の自慢しかしよらへん」
大和も一緒になって笑いながら、「暖房あちぃー」とニット帽を脱いで、髪をクシャクシャ直している。
そこへ注文を取りに来たウエイトレスにアイスコーヒーと紅茶を頼んだ。
「………………」
「どないしたん?…。あのウエイトレスがどうかしたんか?」
歩いて行ったウエイトレスを振り返って見ていると、大和が訝しげに首を傾げる。
それを見ながら、本人には全く自覚がないんだなあと苦笑した。
「その眼鏡坊やに頼んで、ホントに推薦してもらえばいーのに」
「……は?」
「大和ならアイドル向いてるかもよ」
「……何の話や?」
ますます首を傾ける大和に、私はちょっと笑いながら、さっきのウエイトレスへ視線を向けた。
「今、あの子に大和が注文したでしょ?」
「…ああ。ご注文はー?聞かれたしな」
「その時ね。あの子、大和の顔見て視線が釘付けになってたの。何だか顔も赤くなったし、目なんかキラキラ輝いてた感じ」
「……………」
「あ、今度は大和の顔が赤くなった」
一瞬、照れ臭そうな表情をした大和に、いつもからかわれてる仕返しとばかりニヤければ、大和はプイっと顔を反らした。
「うっさいなあ…かて、しょっちゅう赤なっとるやん」
「それは大和が恥ずかしくなるような事ばかり言うからでしょ。でもそっかー。大和も意外とシャイなとこあるのね」
「…そうそう。ボクは繊細やからね」
「ぷ…っやめてよそれ…。ああ、でもじゃあ、その繊細さを活かしてアイドル、やってみれば?今の時代、関西弁のアイドルもいっぱい売れてるし」
「オレはすでにみんなのアイドルやっちゅーねん。それに18でオーディションとか今時遅いやろ。まず書類選考で落とされるわ」
「はいはい…。でもふーん。そうゆうもんなんだ」
まあ今の子達は小学生くらいからタレント目指して、スパルタ教育っていうのが普通みたいだもんね。
そんな事を考えてると、さっきのウエイトレスがいそいそと飲み物を運んでくるのが見えた。
「お、お待たせしました」
「あ〜おおきにー」
アイスコーヒーのグラスを置きながらも、そのウエイトレスはチラチラと大和の方を見ていて、私の方なんか見もしない。
そのまま、よそ見をしながらカップを置かれ、一瞬ヒヤっとした。
「関西の人なんですか?」
その時、不意にそのウエイトレスが話しかけてきて――――――大和にだけど――――――、ギョっとした。
「へ?ああ……まあ。関西の人です」
話しかけられた大和もちょっとだけ驚いてたけど、いつものノリで返事をしている。
「ぷ…やだ…面白い人ですね」
「…………………」
…っていうか、フツー客、それも女連れの男に話しかけないでしょ…。どうなってんの、この店は。
内心ちょっとだけ呆れつつ、目の前で可愛い笑顔を見せているウエイトレスを見上げた。
ここは中高生やら大学生といった若者が多い街だから、こういったカフェにはアイドル並に可愛い子や、実際にアイドルの卵のような子を店員として置いている店が多い。
今、大和に話かけてるウエイトレスも、細身のわりに出るとこが出ていて、かなりスタイルが良く、どこかの雑誌モデルをしてそうな雰囲気だ。
当然、顔も可愛い。
「ええ、大和くんって言うんだぁ。カッコいい名前!もしかして芸能人とか」
「まっさかー。オレみたいなんが芸あるように見えるー?」
「えーだって凄いカッコいいしジュニアでもやってるのかと思ったー」
「まあジュニアはジュニアやけど、意味がちょい違うし――――――」
「……………」
いつの間に会話が弾んでいる二人をジトっと見ていると、大和がギクっとしたようにこっちを見た。
「あ…えっと…そろそろ仕事に戻った方ええんちゃう?アヤちゃん」
「…………(しっかり名前聞いてるし)」
「えーでも今は初詣の人が多いから店も暇だしー。アヤ、もう上がる時間なんだー」
「……………(自分のこと名前で言ってるし、すでにタメ口だし!)」
「い、いやでもホラ。オレもツレが一緒やから」
「あ、そうですよね。すみませーん。アヤ、馴れ馴れしくってー。もしかして彼女さんですかー?」
語尾を延ばすその喋り方に、だんだんイライラしてくる。
仕事中なのに女連れの客とペラペラ話すって、どういう神経?と、思い切り顔を反らした。
と言ってヤキモチを妬いてると思われても困る。そう思いなおし返事をしようとしたその時、大和が先に口を開いた。
「ああ、この子は彼女とちゃうよ」
「あ、やっぱりー。二人、そんな雰囲気じゃなかったんで、つい話しかけちゃって…すみませ――――――」
「この子はオレの婚約者。めっちゃ可愛いやろ〜。オレ、ベタ惚れやねん、この子に」
「―――――――ッ」
「え…?」
大和の一言に私は目が点になったまま固まり、ウエイトレスは驚いた顔でこっちを見た。
「6月に学生結婚すんねん。ジューンブライダルっちゅーの?今日はその式場の下見もかねて東京来てんねんけどー」
「ちょ、ちょっと大和、何言って――――――」
「そ、そうなんだぁ…。どーぞお幸せにー」
「え?あ…ちょ…っ」
アヤというウエイトレスは笑顔を引きつらせ、サッサと奥へ戻っていく。
それに唖然としてると、大和が一人で笑い転げていた。
「あーおもろい。今の顔、見た?」
「な…何であんな嘘つくのよ。彼女、大和に気が合ったみたいなのに」
「知らんわ。仕事中に逆ナンするような女。どっかで落としたろう思てずっと狙っててん。ああ、落とす言うても違う意味やで」
「……また、そんなアホな事して…」
大和も楽しそうに会話してたから、てっきり可愛いモデル系の子にデレデレしてるのかと思えば……からかってたのか。
「アホ言うけどな。あの女、多分好みの男客が来たら、女連れだろうと構わず誘惑するタイプやで」
「えぇ?まさか…」
「いやいや…大阪のツレでそういう女がおったし分かる。今みたいに可愛く話しかければ男も彼女がいたとしても悪い気はせぇへんやん?
で…後で男だけが店に来るよう仕向けて、二度目に来たら、逆ナン成功っちゅうわけや」
「………ホントに?」
「ずーずーしいやろ?自分が可愛い言うの分かってて、それを武器に男を垂らしこもうとする女って根性悪いやん」
「でも、その根性悪い女の子が友達にいたんでしょ?」
「……まあ、友達いうか…。昔のツレや。今は連絡すら取ってへんし…」
そう言いながらも、大和の表情が暗くなった気がして、「…ケンカでもしたとか?」と気づけば訊いていた。
大和は応える事なく、アイスコーヒーを飲みながら、ふと窓の外を見る。
外は今も神社へ向かおうと大勢の人が歩いていた。
「…オレなあ。昔はめっちゃ悪かってん」
「…え?」
不意にポツリと聞こえた声に、ドキっとして顔を上げると、大和は少しだけ遠い目をして外を歩く人の流れを見つめていた。
「家に帰ればオヤジの説教…優秀な兄貴と比べられる毎日やった。それが嫌で殆ど帰らなくなった時期があって…」
「…そう…だったんだ」
「…まあ兄貴とはそれでも仲良かってんけど…前にも話したとおりオヤジとは色々あって。せやからツレの家を転々としてた」
大和はそう言いながら小さく息をついた。
「その頃やなぁ。悪い連中とも仲良うなって一緒にツるむようになったんは」
「悪い連中って……まさか暴走族…とか?」
恐る恐る尋ねると、大和は軽く噴出し「ちゃうちゃう」と手を振った。
「暴走族なんて可愛いもんや。今は仲間とバイク乗り回してる連中より、もっと危ない奴はぎょうさんおんねん」
「……危ない、奴…ってヤクザ…とか?」
「いや似たようなもんやけど、もっと独立したヤツラや。そいつらんとこで色々悪い事を教わった。酒も煙草も女も…そこで覚えた。薬以外は全部やったわ」
「………く、薬って…」
「周りはみんなドラッグ中毒みたいな奴ばっかやったけど…オレはオヤジというより兄貴に迷惑かけるのだけは嫌やったから絶対に手ぇ出さへんかった」
大和はそこまで話すと、一息つくように息を吐き出した。
「そこでは、だーれも信用してなかったしどうでも良かった。まあ今思えば、受け入れてもらえない寂しさっちゅーのを感じて荒れてただけなんやけど」
「…受け入れて…もらえないって…」
「うちの家族。兄貴以外からはオレ、邪魔者扱いやったから。ケンカで警察沙汰になるたび呼び出されるオヤジに、死んでくれって言われた事もある」
「そんな……」
「まあでも今はそんな事もなく上手い事やってるけどな…」
「…ホントに…?」
「ああ…兄貴がいなくなってからやけど…」
そう言って大和は一瞬だけ泣きそうな顔をした。
「オレは兄貴を…自分の分身でもある一番大切な存在を失った代わりに一番欲しいものを手に入れたっちゅうわけ。笑うやろ」
「……っ………笑わないよっ」
「…」
思わず私まで泣きそうになって、そんな言葉が口からついて出た。
大和はお父さんに死ぬほど認めてもらいたかったんだ。どうしても受け入れて欲しかったんだ。
でも上手く行かなくて――――きっと一人で苦しんでた。
あの冷たい目の意味を、私はこの時、初めて分かった気がした。
あんな目で、世の中を、自分の家族を見ていた時期が、大和にあるって事を。
「……泣かんといてえな」
「…泣いてないもん」
「…もう少しで泣きそうやん」
大和が泣いてないのに、関係のない私が泣くわけにはいかない。
必死で泣くのを堪えていると、大和は僅かに俯き、前髪をクシャリとかきあげた。
「……そんな顔、せんといて」
「…………っ?」
「今すぐ……抱きしめたくなるやん」
その言葉にドキっとして顔を上げた瞬間、テーブルに置いたままの手を、ぎゅっと握られた。
「や…大和…?」
「もう少しこのまま………今、オレの理性、総動員して、めっちゃ我慢してるし」
少し赤くなった顔を腕で隠しながら言った大和の言葉にまたドキっとさせられて、それ以上何も言えなくなった。
私の手を握る大和の手の強さに、少しづつ鼓動が早まって。どうしたらいいのかさえ分からなくなる。
どれくらい、そうしてたんだろう。不意に握られてた手が離れ、大和が立ち上がった。
「…出よか」
「う、うん…」
サッサと会計を済ませ、先を歩いていく大和の背中を見ながら、どう声をかけていいのかも分からず後を追いかける。
きっと大和は他人に触れられたくないものを、曝け出してくれたと思うから、気軽に声なんかかけられるわけもない。
そう思いながらもやっぱり心配で、少しづつ距離を縮めていく。
そして、もう少しで追いつきそうだと、大和のジャケットに手を伸ばした、その時―――――
「あれ?!ちゃん?!」
「―――――――ッ」
その声にハッと振り向けば、そこには驚いた顔で立っている西門さん、美作さん、そして司の姿があった。
「……あれえ?F4の皆さんやん!偶然やなあ」
西門さんの声で一緒に振り向いた大和も、この偶然に驚いたように歩いて来た。
でも西門さんも美作さんも、そして当然司も、怖い顔で大和を睨んでいる。(っていうかF3まで初詣にくるなんて!)
こんな神社の入り口で、デカイ男が4人も突っ立っていたら凄く目立つ。
とりあえず場所を移動しようと境内で一番人の少ない場所に歩いて行った。
「…で?何でアイツと一緒にいたの?」
「え…だ、だからそれは…」
「あーそれはオレが初詣行こう言うて誘ったからや」
「お前に聞いてねえし!つか誘うなよ!昨日言ったよなあ?オレらF4を敵にまわす気かよ」
「に、西門さん…っ」
何でこんな場所でF4に会うんだ、東京にはここしか神社がないのか?と内心文句を言いつつ、殴り合いにならないかヒヤヒヤしていた。
「……嫌やなあ。敵にまわす気ぃはないで。オレは平和主義者やから」
大和のその一言で、今まで黙っていた司が怖い顔で歩いて来た。
「ちょ…待って司」
まさか殴るつもりじゃ、と慌てて間に入ろうとした私を、司は思い切り後ろへ押しのける。
「ふざけんな!!てめえ、いっつもいっつもの周りチョロウロしやがって――――――」
「だ、だから、それ言うならウロチョロだってばっ」
「う、うるせえ!は黙ってそこにいろ!!」
相変わらず理不尽に怒り出す司に呆れる。でも今、いつも通りに言葉を交わせた事でホっとしている事に気づいた。
同時に、昨日はあれほど司に怒っていたはずなのに、普通に司と話せた事で安心している自分に、少なからず驚く。
「結城大和、お前に言っておく」
「……何?」
「金輪際、には近づくな」
「ふーん……そうくるか」
司の言葉に、大和は片方の眉を上げると、ニヤリと笑った。
「…ちょっと司、また勝手に―――――――」
「てめえは黙ってろっつったろ!」
「何よ!私の事でしょ!勝手に話、進めないでよっ」
大和の方に行こうとする司を何とか押し戻す。でもその手をアッサリ捕まえられて、ポイっと西門さん達の方に投げられた(やっぱムカつく)
「西門さん、司を止めてよ。このままじゃケンカに―――――」
「いーじゃん。殴り合いで気が済むなら」
「い、いいわけないでしょっ」
あっけらかんと言い放つ西門さんに、思わず怒鳴る。
それなのに西門さんも美作さんも困ったように笑いながら、「それより何で話してくれなかったの、養女になる前に」と頭を撫でる。
例の事を二人はすでに知ってるんだと思うとドキっとした。
「だ、だって私の問題だし…」
「まあそうだけど…。でもサインする前に司にだけは話しても良かったんじゃねえ?オレらはともかく、アイツはちゃんの兄貴になるわけだし」
「………それ、は…」
「まあ昨日の状態じゃ話す事も出来ないか」
美作さんはそう言いながら笑うと、西門さんも「言えてる」と笑い出す。
こんな時に何を呑気な、と思いながら、私は二人を睨んだ。
「その話は後で…今は司を―――――――」
「諦めねえってさ」
「……え?」
何が?と思いながら西門さんを見上げると、隣にいた美作さんがニッコリ笑う。
「ちゃんが妹になったとしても……司は諦めないって」
そう言われた時、何の話をしているのかが分かって顔が赤くなった。
「アイツに養子縁組の仕組みを教えたら、見る見るうちに復活しちまいやがってさ」
「…仕組み…?」
「そ。養子縁組は互いの気持ち次第でいつでも離縁できるってやつ」
「……えっ?」
「あれ…ちゃんと契約書、読んでない?」
美作さんに訊かれ、私が首を振ると、二人は呆れたように溜息をついた。
「ったく…。養子縁組も一応は契約なんだから、そこはちゃんと見ないとダメだろ」
「はあ…これじゃ簡単に詐欺とか合いそう」
「だ、だって楓おば様が用意してくれたものだし…信用してるもの」
「バーカ。司の母ちゃんだから怖いんだろ?」
西門さんはそう言いながら私のオデコを指で軽く押した。
「とにかく…司はちゃんを簡単には諦めない。よって……」
「邪魔者は意地でも排除する」
「な……また勝手に―――――――」
「まあまあ。あの意地っ張りの司が、やっとオレ達にも、ちゃんが好きだって認めたんだよ…」
「そうとなれば全力で応援するっしょ」
西門美作コンビの言い分に、軽い眩暈を感じる。
「それじゃあ……私の気持ちは…?」
西門さん達はそれでいいかもしれない。でも私にだって感情はある。
そう思って見上げると、二人はその綺麗な顔でニッコリ微笑み、
「報われない恋を続けるより」
「司の深ーい愛情で包まれた方がいーじゃん?」
「―――――――な、何で知って…って、まさか司が…」
二人にまで花沢類の事がバレていたことで顔が真っ赤になる。そして口の軽い司を睨むように振り返れば。
今にもつかみ合いのケンカになりそうな空気の中、大和と司は真剣な顔で向き合っていた。
「…ちゃんの彼氏でもない道明寺クンに近づくな言われる筋合いはないねんけどなあ」
「うるせえ。はすでに道明寺家のもんだ…。結城の息子と友達ごっこさせとくわけにはいかねえんだよ…」
「ああーと言う事は〜ちゃん、養子縁組の話、受けたんや」
「……何で知ってんだ、てめえっ」
「そらちゃんに相談されたからに決まってるやん」
「何ぃ〜?!お前に相談だあ?」
その事実を知って、司の額がピクリと動く。そして少し離れた場所にいるを睨んだ。(当然、本人は何故睨まれてるか分かってない)
「まあ道明寺クンよりオレの方が頼りになる思てんちゃうか?」
「うるせえ!とにかく事情知ってんなら今後一切、に近づくな!アイツはお前に絶対なびかねえ」
「…なびかへん…かぁ。何でそう思うん?」
「……………」
何も応えない司に、大和は軽く息を吐き出すと、「オレが言ったろか?」と笑みを浮かべた。
「…ちゃんは今、惚れてる奴がおるから」
「てめえ………」
「そしてその男は………道明寺クン率いるF4のメンバー内におる」
「………っ?」
「花沢物産の跡取り息子である………花沢類。そやろ?」
「……そこまで知ってて何でにちょっかい出すんだ?」
「同じ台詞、オレも道明寺クンに返すわ」
「…あぁ?!」
「まあ、それは置いといて…ちゃんも妹になったんやし、道明寺クンが先に諦めたらええやん」
「てめえっっ!!!」
大和の挑発に、司はブチ切れて思い切り胸倉を掴んだ。
それでも大和は顔色一つ変えず、背後の気配に視線を送る。司も当然それには気づいていた。
「……この続きはまた後でっちゅう事で」
「ああ………そうだな」
そう言葉を交わした瞬間、司は右へ、大和は左へ飛びのいた。
同時に、今まで二人がいた場所に、木刀が振り下ろされて、それを握っていた知らない男二人がギョっとしたように左右に分かれた二人を見る。
「誰だ?コイツら」
「ああ…やっぱコイツかあ…」
「誰だよ!」
「いやなあ。さっきオレがビビらせたボンボンみたいやわー」
「は?」
「仲間連れて仕返しに来るて、とことん小さい男やなあ」
そう言いながら大和は、目の前の二人を睨む。男の片割れは、先ほど浅井百合子が連れていたチャラ男だった。
だが相手は目の前の二人だけじゃなく、他に二人、後ろから歩いてくる。その手には、それぞれ木刀が握られていた。
「うるせえよ!さっきは女の前で恥かかせやがって……」
「ほんで逆恨みして仲間まで呼んでオレん事、探しまわってたん?やっぱ小さいなあ、お前」
「……あぁ?!てめえだって仲間呼んでんじゃねえか!その天パーの男、さっきはいなかったろ!」
「てめえ、誰が天パーだ、コラァ!!」
一瞬にして司がキレると、チャラ男が僅かに怯む。それを見て大和は苦笑すると、
「言葉に気ぃつけや?道明寺クンはオレより短気で凶暴やで」
「って、誰が強暴だ!!」
「まあまあ。今はオレより、コイツら先に追い払わないと。愛しのちゃんが心配そうに見てんで」
「チッ!面倒くせえなあ!何でオレがてめえの後始末、手伝わなきゃなんねえんだっ!」
「大阪で一緒にちゃん助けに行った仲やん?いわゆる戦友っちゅうやっちゃなー」
「…………はあ。てめえと話してると体中の力が抜けるぜ…」
「そら、ええこっちゃ。いっつも力入れとったら肩こるしなあ」
「……ま、とりあえず目障りだし、コイツら先に殺すか」
能天気な大和に呆れつつ、司は木刀を振り上げてくる男めがけて、思い切り拳を突き出した――――――――
とにかく私はパニくっていた。司と大和がつかみ合いになった時、止めに入ろうとした瞬間、二人の後ろから知らない男が現れて、
今じゃ二対四でケンカをしている。そしてそれを西門美作コンビは呑気に笑いながら見ていた。
「さ、さっきのチャラ男はともかく……な…何で知らない人まで来てケンカしてるの?!」
「さあなー。司も有名人だし敵も多いから」
「前はこんな事、しょっちゅうだったよな。街、歩いてたら奇襲攻撃かけてくる、かけてくる」
「ま、アイツらもソイツらと同じようなもんじゃね?それか…そのさっき言ってたチャラ男の仲間か」
その西門さんの呑気っぷりに唖然としつつ、「でも相手は四人じゃない!」と司達の方を指差した。
「あれじゃ危ないかも…」
「だーいじょうぶだって。司は一人でも平気な奴だし」
「見てると結城の息子もなかなか強いみたいだから、二人だけで大丈夫だよ」
「それにオレ達はちゃんを守らないと」
「…………」
そう言いながらウインクする西門さんに思わず半目になる。
それでも司と大和が一緒にケンカしてる光景に、何となくホっとしていた。
「…まあ…あの二人が殴りあいするより、よっぽどいいかも」
「…ぁははっ。ちゃん的にはそうだろうな。ま…多分このケンカが終わっても、あの二人、殴り合いはしないんじゃないかな」
「え…どうして?」
意味が分からず振り返ると、二人は楽しそうに笑っている。
そして司と大和を見ると、
「男同士だから」
「…は?」
「一緒に戦った奴とは分かり合えるって感じ?」
「………そんなもんなの?」
「全部じゃないけどね。よくある事じゃん」
その西門さんの言葉に、私は司と大和を見た。
初めて一緒にケンカするわりに息がピッタリだと笑う西門さんの言うとおり、二人は何だか楽しそうに見える。
「……ま、この偶然の初詣も、無駄じゃなかったようだな」
美作さんは独り言のように呟くと、優しく私の頭を撫でてニッコリ微笑んだ。

やっと中盤まできたような…。
花男モードで頑張っております。