告白
「…いってぇっ!…痛っ!てめえ…もう少し優しくやれよっ!」
道明寺家のリビングに、司のバカ声が響き、私はムっとした。
「う、うるさいわね!司が動くからでしょ!」
何でコイツの手当てをしなくちゃならないんだと思いながら、救急箱から湿布を取る。
と言っても相手に傷つけられたというのではなく、木刀を防御する際に出来た打撲や擦り傷だけで、他には殆ど外傷はない。
どんなけ強いんだ、この男は!と内心呆れつつ、それでも痛々しい打撲の痕に湿布を貼った。
「何や〜道明寺クンて案外へタレやんなあ」
司の痛がりぶりに、一人が笑う。その声に反応して、司が立ち上がった。
「…つーか何で、てめえまでオレんちにいんだよ!!」
「ひょー怖!」
隣で椿さんに同じく、湿布を貼ってもらってる大和は、おどけながら首を窄める。
その様子を、西門美作コンビが溜息交じりで眺めていた。
「仕方ないでしょ。あの状況で大和だけ置いて帰るわけにいかないんだから。ハイ、終わり」
「いてっ」
最後に湿布を貼った背中をパチンと叩き、救急セットを片付ける。
同時に大和の方も終わったようだ。
「はい、もういいわよ」
「おおきにー。いやぁ、世の女の子のカリスマである椿お姉さまに手当てされるなんて、元旦早々ついてるわあ」
「まあ、お上手ねぇ、大和くんは」
「いやいや!道明寺椿さんといえば、関西の女の子かて憧れてる子がぎょーさん、おるんですからー」
「あら、やだ。ホント?もう私なんてただの主婦なのにー」
大和に誉められ、椿さんもまんざらでもないという笑顔。
それを見た司は額に怒りマークを浮き上がらせ、「姉ちゃん、騙されんじゃねえ!」と怒鳴りだした。
「コイツ、口だけは上手いんだからな!なんて言ってもお笑い芸人だぜっ」
「あらあ、こんな美形なのに芸人さんなの?アイドルの方が似合ってそうなのに」
「いやいやいや…まさか!ボクはただの高校生ですやんー。いややなあ、道明寺クンはー」
「そのノリが芸人ノリだっつってんだよ!」
相変わらず軽い大和と、それに振り回される司の図に、西門さんと美作さんも呆れ顔だ。
最近気づいてきたけど、大和ってば司をからかうのが趣味みたいになってるような…気がする。
「もうケンカすんなって。今日のところは大人しくしとけ、司」
「そうそう。お互い怪我もしてる事だし」
「ケッ!こんなの怪我のうちに入るか!こっちの方が圧勝したんだからよ。こりゃ怪我っつーより、アレだな。"男の薫製"だな!」
「……………………」(溜息交じりで目頭を押さえる西門さん)
「……………………」(泣きそうな顔で項垂れる美作さん)
「……………………」(額をピクピクさせる椿さん)
「……………………」(キョトン顔の大和)
「あ?何だよ、てめえら、その顔はっ!」
みんなの反応に、訝しげな顔をする司に、私も深々溜息をついた。
「……それ言うなら"男の勲章"!薫製って煙であぶった乾き物でしょ!お酒のつまみじゃない」
「…いっ……?」
私の突っ込みに顔を真っ赤にする司に、椿さんが「知らないなら使うな!」と頭を殴る。
その時、大和も意味が分かったのか、いきなり大笑いしだした。
「ぶははっ!!ほんっま、おもろいなあ、道明寺クンは!」
「お、面白くねえ!!」
「いやいやぁ、やっぱコンビ組まへん?オレはツッコミやるし、道明寺クンは天然ボケっちゅー役割分担で」
「ふ、ふざけんな、てめえ!誰が天然だよ、コラ!つーか寛いでんじゃねえ!とっとと帰れ!!」
「ちょっと司…っ」
椿さんに注いでもらったシャンパンを呑気に飲んでる大和に、司の額がピクピクしている。
それには西門美作コンビも大きく頷いた。
「司の言うとおり。てめえは本来ここにいていい人間じゃねえよなぁ」
「ちゃんの優しさで連れて来ただけなんだからよ。手当てしてもらっただけ、ありがたく思え」
「そうねえ…個人的には大和くん嫌いなキャラじゃないんだけど…色んな意味でライバルだし…」
椿さんも仕方ないと言ったように首を振る。大和の事は西門さん達に色々と聞いたみたいだ。
「うーわ、何?何?このめっちゃアウェイなムード。怖いわぁ」
みんなの反応に大和も苦笑いを浮かべ、仕方ないというように立ち上がる。すると突然、司がムッとしたように叫んだ。
「てめえ、何が"アーイエイ"だ!この状況分かってねえのかっ!」
「「「「……………………(分かってないのはお前だ司…)」」」」(もはや誰も突っ込まない)
大和だけは司の言葉に一瞬キョトンとしたけど、またしても急に笑い出した。
「ぶ…っ…ぁははははっ!ほんまおもろいやっちゃなぁ!」
「て、てめえ、何笑ってやがる!!」
爆笑された事で真っ赤になって怒る司に、西門さんが見かねたように間に入った。
「いーから司は黙ってろ。――――――元々アウェイなんだよ、結城の坊ちゃんには。いいから今日は大人しく引けよ」
「はいはい…。ったくF4の皆さんはちゃんの最強のボディガードやなあ?」
苦笑気味に言いながら私を見る大和に、私はかすかに頬が赤くなった。本当にこの状況でも大和は呑気な男だ。
「まあ今日のところは引くけど、続きはまた後日っちゅう事で」
「後日だぁっ?てっめ、にちょっかい、かける気満々じゃねえかっ」
「そら、このまま簡単に引き下がるわけにはいかへんし。道明寺クンかて同じやろ?敵は一緒やん」
「…うるせえ!一緒にすんな!てめえは敵でも類は敵じゃねえ!」
「つ、司…!大和も、もうやめてってば!(その話は出さないでっ)」
こんなところで花沢類の名前を出され、すでにみんなにはバレバレでも私としては恥ずかしすぎる。
そう訴えるように大和を見ると、大和も「ゴメンゴメン」と苦笑いしながらジャケットを羽織った。
「オレがおったらケンカんなるし、今日は帰るわ。ま、あと何日かすれば学校やし、そん時またな。―――――お姉さん、手当て、ありがとう」
「どういたしまして〜イケメンくん」
椿さんも最後は笑顔で手を振っている。大和は軽く投げキッスをすると、ドアの方に歩いて行った。
「あ…大和…っ」
私が大和を呼び止めると、背後で司が「オイコラ!!」と叫ぶ。
それを無視して大和を追いかけた。
「あ、あの…車呼ぼうか?」
「あ〜いや。その辺でタクシー拾うし大丈夫や。それより…何やトラブルに巻き込んでゴメンな。結局初詣も出来ひんかったし…」
そう言いながら大和は困ったように頭をかいた。
「ううん…。元旦早々色々あって結構楽しかったよ。パトカーとか来ちゃって怖かったけど、初めての体験だったしドキドキした」
あのケンカで、司と大和があっさり4人を倒したまでは良かった。
けど、他の参拝客が若者同士がケンカをしてると通報してしまった事で、警察が来る騒ぎになったのだ。
でもパトカーの音に素早く気づいたみんなは――――ああいう状況に相当、慣れてるっぽかった――――警察が駆けつける前に、
近くに止めてあった道明寺家のリモに飛び乗り、捕まる事はなかった。(そういう事情で大和も一緒にリモに同乗)
「はは…っ。ドキドキて…何や、も案外、大物やなあ」
「だって何かドラマみたいでしょ。警察から逃げるなんて、今までの私からじゃ考えられないもん」
そう言って笑っていると、後ろから猛獣みたいな声が飛んできた。
「おいっそこ!二人でコソコソと何話してやがる!」
その声に振り返ると、ジタバタ暴れている司を、西門さんと美作さんが二人がかりで羽交い絞めにしている。
思わず半目になってると、その光景を見ながら、大和は小さく噴出した。
「ええなあ、道明寺クンは喜怒哀楽、素直に出せて」
「…司は単純バカなだけよ」(!)
「そこが彼のええトコや。単純でもバカでも絶対に揺るがない一つの信念と強さを持っとる。も知っとるクセに」
「…………っ」
その言葉にハッとして顔を上げると、大和は優しい顔で微笑んだ。
「ええ男やん」
「ど、どこが―――――――」
「はぁ〜オレもそろそろ本気出さへんと、一気に持ってかれそうやな」
「は…?な、な、何が…っ?」
「ライバルがF4の二人やで?強烈やん。それに他の二人もさっき言うた通り最強のボディガードやし」
「ラ、ライバルとかボディガードとか何言ってるのよ」
「ま、でも花沢クンがいてへん分、オレと道明寺クンが一歩リードっちゅう事やな」
「あのね…リードとかの問題じゃなくて、それに私と司はもう――――――――」
「兄妹なんやろ?」
ドキっとして顔を上げると、大和は「さっき聞いた」と後ろを指差した。
「というわけで、道明寺クンよりオレが更に一歩リードっちゅうわけや」
「だ、だからリードとかそんな問題じゃ―――――――」
「ま、とりあえず後ろで道明寺クンを抑えてる二人が大変そうやし、もう帰るわ。ほな、また学校でな」
「あ………うん。気をつけてね」
歩いていく背中にそう声をかけると、大和は振り向かないまま手を上げて、エントランスホールに歩いて行った。
一瞬、外まで見送ろうかと思ったけど、司が二人を殴り倒して(!)こっちに歩いてきたのが見えて、一瞬で固まる。
「ぉい!何コソコソ二人きりで話してたんだよ!」
「べ、別に大した話は……」
「嘘つけ!次のデートの約束してたんじゃねえだろうな?!」
「し、してないわよ!今日だってデートしてたわけじゃ…て、いうか今話してたのも司の話だし……」
「ああ?!まさかオレの悪口でも――――――――」
「や、大和が司のこと、"ええ男やん"って………」
「なん…っっ?!だよ…。よ、よく分かってんじゃねえか、お笑い芸人のわりには!ふはははっ」
一瞬怒りそうになった司の顔が一瞬にして赤くなっていくのを見ながら、内心溜息をついた。
何でこんなに単純なんだろう、この男は。
まあ、そこが司のいいところだって大和も言ってたし、最近じゃ私もそう思うけど…って、私は司に怒ってたんだっけ。
そう思い出しながら、目の前で得意げになっている司を見上げる。その顔を見てると、不思議と夕べの怒りは沸いてこなかった。
「いつまで調子に乗ってるの、司!」
「…いでっ」
そこへ椿さんが司に一発ゲンコツを喰らわし、不意に私の両手をぎゅっと握り締めた。
「ちゃん…ごめんなさいね、このバカが夕べはひどい事して…」
「えっ?(何で知ってるのっ?)」
「さっき私が天誅として死ぬほど殴っておいたしアソコも踏み潰しておいたから、それで許してやってちょうだい」(!)
「…は…?(…死ぬほど殴った?アソコ…?踏み潰したって……何が??)」
「ね、姉ちゃん、余計な事まで言うなっ!!」
そこで頭をさすりながらも復活した司が顔を真っ赤にして怒り出す。
しかも「潰れてねえし!」と更に耳まで赤くしながら叫びだし、後ろにいた西門美作コンビがいきなり爆笑している。
「嘘つけ。あの勢いじゃ潰れててもおかしくないぜー?司」
「あれはひどかったよな…男として同情するよ、司…。まあでもちゃんにした事を考えれば当然の制裁だぜ?」
「う、うるせえぞ、てめえら!!!の前でそんな話してんじゃねえっ」
からかうように笑う西門さんと、泣く真似をしながらも肩を震わせ笑っている美作さん。
そして今度は首まで赤くして怒る司に、私は思い切り首を傾げた。
「あ、あの何の事――――――」
「あーいいのいいの。ちゃんは知らないでいいのよ」
椿さんは真顔でそう言いながら、後ろで二人に怒っている司を睨んだ。
「ホラ!あんたからも誤りなさい、司!」
「な、何でオレが―――――――」
「さっきは謝るって言ったでしょ!それにそうしなきゃ今後の話も進まないわ」
「う…っ」
司は途端に顔を赤くして言葉を詰まらせる。
今後の話とか、進まないとか何の事だろう、と首を傾げていると、不意に司が目の前に来てドキっとした。
「あ…あのよ」
「…何?」
「き…き…き…昨日の事だけど…」
「………な、何よ」
真っ赤な顔で視線を反らしながら口篭る司に、私も何故か鼓動が早くなる。
「…だ、だから……オ…オレ…がその…わ…」
「………え…?」
「わ、わる……」
「…………???」
赤い顔が更に赤くなりながらモゴモゴする様子に、何を言いたいのかサッパリ分からない。
いつもは余計な事をベラベラ話すクセに、何で今日に限って言いにくそうにしてるんだろう。
そんな事を漠然と思っていると、後ろで聞いていた椿さんが怖い顔で司の後頭部をガコンっと殴った。
「さっさと言いなさいよ!」
「ってえな!今、言おうとしてんだろっ?!」
「………な、何?」
いきなり姉弟ゲンカを始めた二人に、更に状況が把握できない。
そこで西門さんと美作さんが笑いながらこっちに歩いて来た。
「無理だって、姉ちゃん」
「司はこれまで人に謝った事ねえんだからさ」
「う、うるせえぞ、てめえら!これから言うんだよっ」
二人のツッコミに司が怒鳴りだし、私はその会話を聞いて少し驚いた。
もしかして夕べの事を?と思いながら、目の前の司を見上げる。
「謝るって……私に…?」
「…ぐっ」
司はドキっとしたように振り向くと、気まずそうに目を伏せた。
その顔を見ただけで昨日の事を反省してるのが分かる。
「…だ、だからその…よ。昨日は…オ、オレが悪……」
「…もういいよ」
「…………ッ?」
気まずそうに視線を泳がせている司を見た時、何故か昨日の怒りは綺麗に消えてしまった。
確かに腹の立つ時もいーっぱいあるけど(!)司が悪いと思ってくれただけで、今日のところは許してやろうと素直に思えたのだ。
司はそんな私を驚いたように見ている。ついでに椿さんや西門美作コンビも戸惑うように顔を見合わせていた。
「…な、何がもういいんだよ…」
「だから昨日の事。全部いいっていうわけじゃないけど…今回は許してあげる。おば様にも家族として仲良くしてねって言われてるし…」
「……な…」
「でも、もう二度とあんな事しないで。聞いたと思うけど、私と司は兄妹になったんだから―――――――」
「ふざけんなっ!!」
急に怒り出した司にビクっとした。
「んな事より何がもういいんだよ!人がせっかく…謝ってやろうと―――――――」
「な…謝ってやるって何よ!司が悪いんだから謝るのは当然でしょ!」
「な…何ぃ〜?オ、オレは悪くねえっ!お前が無神経なんだろ!」
「私のどこが無神経なのよ!それは司じゃないっ!いきなり、あんな事して―――――――」
そこで突然夕べの光景が脳裏を過ぎる。
同時に目の前の司の唇に目が行き、キスをされた時の感触までハッキリ思い出して一気に顔が熱くなった。
そんな私を見ながら、何故か司も赤くなっている。もしかしたら司も同じ事を思い出してるのかもしれない。
「な、何赤くなってんだよっ!やらしい奴だな!」
「や…やらしいのはそっちでしょ!司だって顔赤いじゃないっ」
「………ぐ……っ…」
「………………」
不意に司が茹蛸みたいに真っ赤になって黙り込むから、私も何も言えなくなった。(コイツやっぱり思い出してる!)
そこへ美作さんが「まあまあ…」といつものように間に入る。
「今はケンカしてる場合じゃないだろ。司」
「…………分かってるよっ!でもコイツが――――――」
「コ、コイツって何よ!」
「はい、そこまで!もうケンカしないっ」
美作さんは私と司にビシっと指を指すと呆れたように笑った。
「…ったく。ホント二人は素直じゃねえんだから」
「う、うるせえっ」
「わ、私は別に―――――――」
「はいはい!言い訳はいーから。まずは二人きりで話して、きちんと仲直りして来い」
「あ?」
「えっ?」
美作さんの一言に驚いた瞬間、司は西門さんに、そして私は椿さんに背中を押され、リビングから追い出されてしまった。
「ちょ…」
「おい、てめえら!何しやがる―――――――」
「どっちの部屋でもいーから、とりあえず二人で話して来いよ。オレ達は姉ちゃんと新年会の続きやってるしー」
「は?」
「だからって司!あんた、またちゃんに変な事したら股間潰すだけじゃすまないからねっ」
「な…ね、姉ちゃん!っておい!!」
西門さんと椿さんは言いたい事を言ってサッサとドアを閉めてしまった。
廊下に取り残された私達は自然と互いの顔を見合わせる。でも急に二人きりにされても、かなり気まずい気がした。
「…だ、だってよ…。どーする…?」
「ど、どーするって……」
「だ、だから…どっちの部屋で話すんだよっ」
司はそう言いながらサッサと階段を上がっていく。その後を追いかけながら、ふと今朝の自分の部屋の状態を思い出した。
大和から急に初詣に誘われた事で急いで用意したから、脱いだ物がそのままになっていたはずだ。
あんな状態をいくら司とはいえ見せられるはずもない。
「じゃ…じゃあ司の部屋…で…」
「お、おう…」
言った瞬間、司の顔が僅かに赤くなって(何故)そのまま自分の部屋のドアを開けた。
「ってうわ!何だこりゃ!」
先に入った司の声に、私も「どうしたの?」と後ろから覗き込む。そして部屋の惨状を見て唖然とした。
「な、何でこんなに酒の瓶が…!」
「す、凄いね…」
司の部屋は私の部屋より凄い散らかっていて、特にお酒の瓶と料理の食べ残しがそのまま残されていた。
「くっそ、アイツらオレが寝てるのいー事に姉ちゃんと三人で飲んでたな」(混乱していた為、出かける時すでに散らかっていた事に気づいてない)
司はプリプリ怒りながら内線にかけてお手伝いさんに片付けるよう頼んでいる。
当然お手伝いさんは数分としないうちにやって来て、チリ一つ残さず片付けると、紅茶セットまで用意してから部屋を後にした。(さすがプロ)
「と、とにかく座れよ…」
「う、うん…」
司が綺麗に片付けられた暖炉の前に座り込んだのを見て、私も隣に座る。
といって、いきなりこんな状況になったのだから何を話せばいいのか分からない。
何となく落ち着かなくてクッションを抱きかかえながら隣を見ると、司も同じなのか無言のままだ。
そのまま二人で静かに暖炉の炎を見つめていると、先に静寂を破ったのは司の方だった。
「…あ…あのよ…」
「…え?」
不意に聞こえたその声にドキっとして顔を上げると、司は暖炉を見つめたままだった。
その綺麗な横顔が、炎の明かりに照らされて、影がゆらゆらと揺れている。
「…き、昨日はその……わ、悪…かったよ…」
「………司…?」
「お、お前はもういいとか抜かしてたけどよ…オレん中では全然良くねえっつーか……」
司はこういう事に慣れてないのか、視線を泳がせながらも顔を赤くしている。
でもあの司が自分から謝ってきたのを見て、私は少し驚いていた。
「…な、何が良くないの…?」
「だ、だから…オレだってお前を傷つけるつもりは…なかったつーか……」
「………っ」
そこまで言ってから司はふと顔を上げて私を見た。その真剣な顔にドキっとする。
「…殴ったりして……悪かったよ」
「…司…」
真っ直ぐに私を見つめる、司の真剣な目から視線を反らせない。
まさか司がこんなに真剣に謝ってくれるなんて思ってなかったから、想定外のこの状況に顔が赤くなっていくのが分かる。
そんな私を見て、司はギョっとしたように顔を反らした。
「お、お前なあ…っ。そんな顔すんな…っ」
「……え?」
「…んな顔されっと今すぐ押し倒したくなんだろーがっ!人がせっかく我慢してるっつーのに――――――――」
「がっ我慢て…なっ何言ってんの?!今、昨日のこと謝ったばかりじゃないっ」
「だから言ってんだろーがっ!いーから、そんな顔でこっち見んなっ」
「な、何よそれ…っ。だいたい司が…」
と、そこでハッとした。ここで言い合いしても、また同じ事の繰り返しになる。
こんな事をしてたら、きちんと話も出来ないし、いつまで経っても気まずいままだ。
私だって司とケンカしたいわけじゃない。ここは私が引かないと、どっちにしろ話は進まないだろう。
「な…何だよ。急に黙り込んで…」
「別に…」
急に静かになった私に気づき、訝しげに見てくる司に、何とか笑顔を作る。
そのせいで司はますます眉間に眉を寄せながら目を細めた。
「…お前…」
「え…?」
ドキっとして顔を上げると、司は不満気な顔で私を睨んでいる。
「アイツと…お笑い芸人と何かあんのかよ…」
「…な…あるわけないでしょ…。今日はたまたま誘われただけで――――――――」
「誘われたからって元旦早々二人で初詣行くのか?」
「い、行くわよ。友達なんだから」
「友達だぁ?アイツはそう思ってねえじゃねえかっ」
「…………ッ」
大和の気持ちを言ってるんだと分かって顔が赤くなる。司は更に機嫌が悪い顔で目を細めた。
「お前…類が好きだとか言ってたクセに…実はあのお笑い芸人にも気があんじゃねえのか?」
「な…そんなわけないでしょ!」
「とか言って、すでにヤってんじゃねえだろうな?あの神社の近くはラブホ街があるって、さっき総二郎が話してた――――――――」
「バ、バッカじゃないの!好きでもない男とするわけないじゃないっっ!私はそんなに軽くないの!司の周りにいる女と一緒にしないでよねっ」
その言い草に頭に来て、抱きしめていたクッションを司に投げつける。それは顔面に辺り、ボフッといい音がした。
「何よ、司はいっつも大和に絡んでばっかりで…もしかしてヤキモチ妬いてるんじゃないのっ?」
「…………………」
クッションで殴りながら何気なく言ったその言葉は冗談のつもりだった。
司の事だから、またいつものように"んなわけねえだろ!"とか"誰がてめえなんかに!"とか怒鳴ってくるかと思った。
なのに何一つ言い返してこない司にハッとして、殴っていた手を止める。目の前の司は真剣な目で私を見ていた。
「妬いてちゃわりぃかよ」
「……え?」
いつもの雰囲気とはまるで違う。司の目は、怖いくらい真剣に私を見つめていた。
「お前の心を奪った類にも、お前と仲良さそうに初詣に行ってたアイツにも…めちゃめちゃ妬いてる…」
「…………司…?」
「に近づく男、全員ブッ殺してやりてえくらい……………お前が好きだ」
静寂の中、司の声がやけに優しく耳に響く。思いがけないその告白に顔が一気に熱くなるのが分かった。
その時、不意に司の手が頬へ伸びる。ビクっとして後ずされば、司がゆっくりと顔を近づけてきた。
「な…何……ダメ――――――」
条件反射で司を止めようと手を前に出す。でもその手も容易く捕らえられて、私はぎゅっと目を瞑った。
その瞬間、額に口付けられ、肩が僅かに跳ねる。ゆっくりと目を開ければ、司は照れ臭そうに目を伏せた。
「…き、昨日の今日で無理やりするわけねえだろ…。また殴られてもたまんねえしな…」
「………………っ…」
「…あ、赤くなってんじゃねえよ。やりづれえな」
「つ、司だってタコみたいに赤いじゃない…」
至近距離で見る司は耳まで赤くしてるからか、私まで無性に恥ずかしくて、この状況にも可愛い台詞が言えない。
そんな私に、司は怒るでもなく、小さく息を吐き出した。
「……」
「な…何よ」
「言った事はマジだからな…。テキトーに考えんなよ」
「……で…でも私達はもう―――――――」
「兄妹とか…家族とか関係ねえ」
「か、関係ないって、でも……」
「血は繋がってねえんだ。それにいつでも契約を切る事は可能だって、あきらも言ってたしな」
その言葉に、さっき西門さん達が言ってた話を思い出す。一度養子縁組の契約をしたとしても、互いの意志で離縁するのは可能だと。
「だ、だからって私も軽い気持ちでサインしたわけじゃないもの…。こ、これでも一大決心をして―――――――」
「…分かってるよ。お前がどういう気持ちでサインしたのかって事も…姉ちゃんから聞いた」
「……だったら…」
「けどオレはお前とこの先、仲良く家族ごっこしてくなんて無理だからよ…。の事を妹とは思えねえ」
「…司…」
「留学の事もオレが何とでもしてやる。ババアに恩返しがしてえっつーんなら、オレも一緒に手伝う。だから……」
司はそこで一度言葉を切ると、大きく深呼吸をした。
「オレとの事、ちゃんと考えろ。その後の事はまた後で考えればいーじゃねえか」
「…………………」
…凄い単純明快。でも、これが道明寺司なんだ、と真剣に私を見つめる司を見て思った。
「一つ……聞いていい?この前から凄く疑問だったんだけど…」
「…何だよ」
「…な…何で私なの…?司の周りには家柄もいい綺麗なお嬢様がいっぱいいるじゃない…」
「あ?」
「き、昨日だってナイスバディの綺麗なモデルさん達に囲まれてたし……女の子に不自由なんかしてないでしょ?」
そう言った瞬間、司はムッとしたように立ちあがって驚いた。
「バカか、てめえは!あーいう女どもはオレじゃなく、オレの肩書きが目当てで近づいてくんだよっ」
「………っ」
「玉の輿に乗せてくれってのが見え見えの中身空っぽなバカ女、オレが相手にするわけねえだろっ!下らねえこと言ってんじゃねえっ」
「ご…ごめん…なさい…」
司の剣幕に思わず謝ると、司もハッとしたように顔を赤くした。
そしてそのまま座ると、気まずそうに目を伏せる。
「いや…オレも…その…怒鳴っちまって……わりぃ…」
本当に申し訳なさそうな顔をする司を見て少し驚きながらも、司は司なりに、きちんと考えて行動してるんだと思った。
道明寺の名を継ぐ事が決められている司には、自分に近寄ってくる人間全てが敵に見えてるのかもしれない。
「…つ、つーかオレ的には…お前しか考えらんねえし…お前はその…何てーか…しっかり自分を持ってるっつーか…」
「…え?」
「気が強いわりに情に脆くて泣き虫で…根っこの部分はバカみたいに真っ直ぐで…オレの事、殴れるくらい根性あるし、そんな女、姉ちゃん以外でくらいだぜ」
話の途中で、それが、さっきの質問の答えだと気づいた。
そう話す司の顔が凄く優しい表情だから、聞いてると自然に鼓動が早くなっていく。
司が私の事をそんな風に思っててくれたなんて、知らなかった。この家に来た頃は凄く嫌われてると思っていたのに。
私を好きだという司の本心を聞けた気がして、一気に顔が熱くなる。
「…だ、だから、そんな顔すんじゃねえ!犯すぞ!」
「………………(むっ)」
真っ赤になったまま目を細めて唇を尖らせれば、突然司が噴出した。
「ぶ…っ。おもしれえ顔…。ホント良くそんなにコロコロ表情変えられんな。だいたいオレの前で、んな顔する女もお前くらいだぜ」
「……わ、悪かったわね、下品で!っていうか、あんたの知ってるようなお嬢様と比べられても困るんだけどっ」
恥ずかしくて相変わらず可愛げない言葉が出てしまう。
なのに司は溜息交じりで私を見ると、僅かに目を細めた。
「そんなこと言ってねえだろ。出来すぎのお嬢なんかつまんねえ。オレはお前のそういうところも……可愛いと思ってるしよ…」
「………………っ?!(かわ…っ?)」
サラリと言われ、一気に顔が赤くなった。同時に慌てて立ち上がると、司に背を向ける。
いつも怒鳴ってばかりいるクセに、どうしたんだ?とビックリしつつ、こんな状況であんなこと言われると、どういう顔をしていいのか分からない。
これ以上、話してると心臓がもたない気がした。
「わ…私、もう戻るね!冬休みの課題、全然してないし」
「……」
「…っ………な、何?」
振り向かないまま応えると、司は小さく息を吐き出した。
「…さっきも言ったけど…オレはマジだからよ」
「……………」
「ちゃんと考えろよ…?」
「……う…うん…」
それだけ言って部屋を飛び出すと、隣にある私室に飛び込む。
そこで独りきりになると一気に体の力が抜けて、フラフラとベッドに倒れこんだ。
『お前が好きだ』
「―――――ッ」
さっきの司の台詞を思い出し、顔が真っ赤になる。
最初の告白の時よりも、ずっと真剣な告白を、どう受け止めていいのか分からない。
関係ないと司は言ってたけど、養子縁組を決めた今、司と私は兄妹である事に変わりはないし、その司と…と考えるのも何となく変な気分だ。
それに私が好きなのは花沢類で、今は他の人の事を考える余裕もない。
といって、あんなに真剣に好きだと言ってくれた司に、いい加減な答えを出せないとも思う。
「…あー!もうっ分かんないっ!」
そう叫んで枕に顔を押し付ける。
新年早々から色んな事が重なって、ホントに頭の中がグチャグチャだ。
年末から色々と悩みすぎて、そろそろ限界に来てるのかもしれない。
「最近、こんなのばっかり……癒されたいよ……」
頭の中も、胸の中もザワザワしっぱなしで何だか疲れた。
そこでふと思い出し、携帯を手にとって開いてみても、待っていたメールは届いておらず余計に悲しくなる。
「…花沢類…今頃、静さんと新年迎えてるのよね…。そんな時に返事なんかくれるわけないか…」
年が明けた朝、フランスも日付が変わった頃を見計らって花沢類に新年のおめでとうメールを送っておいた。
でも何の音沙汰もなく、少しだけ寂しく感じる。
(こんな時…花沢類の声だけでも聞けたら癒されるのにな…)
寝返りを打って天井を見つめていると、最後に見せてくれた笑顔が浮かんで、不意に目頭が熱くなる。
慌てて目を瞑ったけど、一粒、涙が頬を伝っていった。
それでも本当に疲れた時、花沢類のあの笑顔を思い出すと、重たかった心がスーっと軽くなった気がして。
司には悪いけど、無性に花沢類に会いたくなった。きっと彼ならこんな時、何も言わずに傍にいてくれるような気がして―――――――
次の日、朝起きたら司たちは軽井沢の別荘に行ったとかでいなくなっていた。
「司たちは冬休みが終わるまで向こうでスノボーして過ごすみたい。カナダで滑り足りなかったからって言ってたわ」
椿さんも事情を知ってるのか、私が司と何を話したのかと特に聞いてくる事はなかった。
私は、司が別荘に行ったと聞いて少しホっとして、同時に司も私と顔を合わせたくなかったのかなと思った。
と言うよりは、きっと私に考える時間をくれたんだろうけど。
「うるさい男どもがいなくなった事だし、休み中は女同士でノンビリ過ごしましょ」
椿さんは残りの休みの間、気晴らしだと言っては買い物に連れて行ってくれたり、食事に連れて行ってくれたりして。
まるで本当の姉妹のように接してくれる事が照れ臭かったけど、一人っ子の私としては何となくそんな関係が嬉しく感じた。
小さい頃はお姉さんのいる友達の話を聞いては羨ましいなと思ってたし、一緒に買い物をして洋服を選んでもらったり、映画を観に行ったり、たまには恋の相談に乗ってもらったり。
そういうのにずっと憧れてたから、椿さんと過ごした一週間は本当に楽しかった。
きっと椿さんなりに、色々悩んでいる私の事を元気付けてくれようとしたんだと思う。
「どんな事情にしろ、私はちゃんが妹になってくれたのは本当に嬉しいのよ。遠慮せず、これからは何でも相談してね」
最後に二人でディナーに出かけた時、椿さんがそう言ってくれて、独りでいっぱいいっぱいだった私の心に深く沁みわたった。
親にも相談できず、今では友達すらいなくなって。よく考えれば私にはこういう時、相談できるような人がいない事に気づいた。
(私の周りにはF4しかいないし、あの人たちは友達っていう感覚でもないもんなぁ…)
前の学校の友だちなど、父の会社が倒産した直後にみんな離れて行ったから今では連絡すらとっていない。
今年は友達…それも女友達を作ろう!なんて気張ってみても、あの英徳で出来るわけもないか、とすぐに諦めモードになる。
出来たところで上辺だけの付き合いだったら、そんなものは必要ない。本音を話せる女友達が欲しかった。
そんな毎日を過ごしていたら、あっと言う間に一週間が過ぎて。
花沢類からもメールの返事が来ないまま、冬休みも終わり、始業式の日を迎えた。
「…よぉ」
「あ……」
朝、制服に着替えてダイニングに行くと、そこでは司が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
夜になっても帰ってこなくて、まだ軽井沢かと思っていたから、普通に司と顔を合わせてしまった事で一気に鼓動が早くなる。
「お、お帰り…。いつ帰って来たの」
「…夕べ遅くにな。お前は寝てたみたいだし声、かけなかった」
「そ、そう……なんだ」
「…座れば?」
「う…うん」
新聞から目を離さないまま司はコーヒーを飲んでいる。でもよく見ると、新聞の文字が逆さまになっていた。
そこに気づいてしまった以上、突っ込まずにはいられない。
「…司…新聞、逆さま」
「………っ」
私の一言に顔を赤くして、司は新聞を放り投げた。
それを使用人がすぐに片付け、代わりにモーニングが運ばれてくる。
私もテーブルにつきながら、気分を落ち着かせるために、出された紅茶を一口飲んだ。
「…ス、スノボー楽しかった?」
「…まあまあ」
「ふーん…。あ、西門さん達は?」
「家に帰った。今頃寝てんじゃねえ?」
「そ、そっか…」
沈黙が耐えられず何とか話そうとするけど会話が続かない。
前なら何でも好き勝手言えたのに、今はやっぱり多少意識してしまう。
司も同じなのか、返事は素っ気ないけど、頬は薄っすらと赤くなっていて、あまり私の方を見ようとはしなかった。
そういう態度をされると、こっちまで照れ臭くなって、ますます話しかけづらくなる。
そんな状態でも何とか朝食を食べ終わると、それを待っていたかのように司が立ち上がった。
「一緒に…学校、行こうぜ」
「…え?」
そう言いながらコートを羽織る司にドキっとした。
「何だよ…。行かねえの?」
「い、行くわよ…」
「ならサッサとしろ」
司はそう言ってスタスタとエントランスホールまで歩いていく。
(何だ…司も始業式に出るのね…)
夕べ遅かったようだから休むのかとも思ったけど、どうやら司も学校には行くようだ。
そんな事を考えていると、外から司の怒鳴り声が聞こえてきた。
「!早く来いっ」
「ひゃ…ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てて走って行くと、ベンツが待機していて、司はすでに乗り込んでいた。
私もいつものように乗り込むと、車は静かに走り出す。
その時、司が窓の外を見たまま、「課題、終わったのかよ」と一言、呟いた。
「うん…何とか…。椿さんにも手伝ってもらったし」
「ふーん…。オレの留守中、何か変わった事とかあったか?」
「…別に」
「……お笑い芸人と会ったりしてねえだろうな」
「あ…会ってないよ」
不意に司が振り向いてドキっとする。ついでに大和の事を言われて思い出した。
ここ一週間、大和からもメールが一度も来なかったのだ。
「…連絡もないし」
「ホントかよ」
「ホ、ホントだもん」
目を細める司にムキになって言い返す。でも司は信じてくれたのか、「…ならいいけどよ」とまた窓の外に目を向けた。
何となく前とは違う空気で、学校に着くまでの間、やけに緊張した。
「行ってらっしゃいませ」
運転手さんが頭を下げてるのを尻目に、司はまたしてもサッサと歩き出す。
「あっ道明寺さんよ〜!」
早速その姿を目ざとく見つけた下級生の女の子達が黄色い声を上げながら、遠巻きについてきた。
その迫力に圧倒されて、つい歩く速度を落とせば、私がいない気配に気づいたのか、怖い顔で司が振り向く。
「おい、何してんだよ」
女の子が群がってくる中、あまり傍に寄らない方がいいと少し離れていた私を見て、司が訝しげな顔をする。
同時に女の子達のキツイ目線が当然のように私に向けられ、顔が引きつった。(これだから一緒に登校するのは嫌なのよ)
「…さ、さきに行っていいよ」
「あ?何でだよ。すぐそこだろーが」
あんたといると目立つのよ!と内心怒鳴りつつ、仕方なく司の後を追う。
そうでもしないと、司が怒り出しかねないからだ。公衆の面前で怒鳴られるのは私としても避けたい。
「ったく…何モタモタしてんだよ」
「…わ、悪かったわね。足が遅くて!司のコンパスと合うわけないでしょっ」
「うるせえ。いーから早く来いよ。遅刻すんだろーが」
「………………(どーせ始業式なんか出ないくせに)」
相変わらずの態度にムっとしながらもロッカーの前で一度、別れた。
「はあ……何か早くも疲れた気がする…」
朝から驚かされ、そこから緊張の連続と気まずい空気。
一気に疲労感を感じながらロッカーを開ける。それと同時にドキっとした。
「…何これ…」
荷物の上に白い封筒を見つけ、恐る恐る手に取る。まさか今時、ロッカーにラブレターなんて事もないだろう。
しかも封筒が少しだけ膨らんでいるから手紙とも思えない。何となく嫌な予感はしたけど私は思い切って封筒を開封してみた。
「……って、お守り…?」
中から出てきたのは、お守り一つ。そしてメモが一枚、入っていた。
『初詣、行けへんかったし、オレがの分もお守りもーてきた。オレとお揃いやし肌身離さず持っといてや。大和さまより』
「……大和…」
その名前を見て驚きながら、手の中にあるお守りをマジマジと見る。そして袋に書いている文字を見て思わず半目になった。
「………って、何で"縁結び"のお守り?!」
大和がくれたのは普通のお守りじゃなく、恋愛成就のお守りだった。
普通こういう時にくれるのって、この手のお守りじゃないだろう!とガックリ項垂れる。
どう考えてもふざけてるとしか思えない。
「はあ…ったく新学期早々アホなんだから――――――」
「誰が?」
「―――――――っ」
突然、背後で司の声がして鼓動が跳ね上がる。
そのまま無意識に封筒とお守りを鞄の中に突っ込むと、引きつった顔を直して振り返った。
「な、何でもない」
「……あ?何でもなくねえだろ。ロッカーの前でブツブツ独り言なんか言いやがって」
「や…っていうか…ホラ、課題せっかくやったのに忘れてきちゃって!で、私ってばアホだなあと…」
苦しい言い訳をしながら笑顔を見せると、司はあっさり信じたのか、呆れ顔で溜息をついた。
「…はあ?マジかよ。今から戻るか?」
「う、ううん!明日でも大丈夫だと思うし…」
「そうか?なら、いーけどよ…。じゃあ行こうぜ」
「う、うん」
思いついた事を口にして何とか誤魔化すと、司はそれ以上、追及してくる事はなくてホっとした。
そのまま途中まで一緒に行くと、司と別れて教室に向かう。朝から変な嘘をついて更に疲労が増した気がした。
「ったく大和の奴…後で文句言わなくちゃ」
お守りをくれたのは嬉しいけど内容が内容だけに持っているのも気まずい。
そう思いながら溜息をつきつつ教室に入ると、いきなり浅井さんと目が合ってドキっとした。
同時に元旦に会ってしまった事を思い出す。一緒にいる鮎原さんや山野さんも嫌な目つきで睨んできた。
「あーら、さん。おはよう」
「…………」
「何よ。挨拶も出来ないの?」
あの時の泣きべそ顔はどこへやらといった感じで、浅井さんはいつもの高飛車な態度で歩いて来た。
「仕方ないわよ、百合子〜。さんはイケメンの御曹司にしか愛想振れないんだものー」
「本当ね。元旦早々、あの結城の御曹司とデートしてたクセに、今朝は道明寺さんと堂々と登校してくるんだもの。最っ低!」
「あ、あれはデートなんかじゃ―――――――」
「あっちの男、こっちの男といいご身分ね。居候の分際で」
浅井さんは鼻で笑いながら私を見下したように見てくる。
元旦に会った時は大和の迫力にビビってたわりに、そんな事はすっかり忘れているみたいだ。
「浅井さんこそ…司の事が好きなくせに、あんな男と元旦からデートしてたんでしょ?」
「な…デートじゃないわよっ!それにあんな奴、あの後に即効で振ってやったわよ!私、お金はあっても弱い男って好みじゃないの」
そう言って真っ赤になる浅井さんを見ながら、噴出しそうになる。
あの後にチャラ男が友達を連れて大和に報復しに来た事までは知らないようだ。
「…あっそう。そうして正解ね。あんなチャラ男、浅井さんみたいな女性には似合わないもの」
「……………っ」
私が敢えてそう言うと、浅井さんは顔を真っ赤にして睨んでくる。
それを無視して席に着けば、後ろで「悔しいぃぃっ」と怒っている声が聞こえてきた。
でも私はもう負ける気なんかない。この前、司を殴ってスッキリしたせいか(!)色々と吹っ切れた気がする。
あんな下らないイジメしか出来ない人間には絶対に負けたくない、という強い気持ちが沸いてきたのだ。
お父さんの会社が倒産してから短い間に色んな事が起きて免疫が出来てきたのか、少しだけ強くなれた気がする。
それもこれも、司だったり、花沢類だったり、大和のおかげだと思った。
いろんな意味で強い彼らを見ていると、何だか励まされているような気持ちになるのだ。
(そうだ…始業式が終わったら…とりあえず大和のとこに行こう)
鞄の中に入っているお守りを見ながら、ふとそう考えていた。
「――――――!」
始業式も終わり、教室で短いホームルームが終わった途端、教室に司が顔を出し、ギョっとした。
そのせいで教室中に女子の黄色い歓声が響き渡る。
見れば司の後ろにも西門さんと美作さんの姿があり、突然のF3の登場に、教室は一気に色めき立った。
「きゃあ〜道明寺さんよー!今年も素敵ー!」
「西門さんに美作さんまでいるわ!やーん今日もカッコいいー!」
「新学期早々、お目にかかれるなんてツイてるわあ!」
「………………」
ギャーギャーと騒ぎ出すクラスの女子に思わず呆れていると、司が怖い顔で「おい!」と中へ入って来た。
そこで一斉に女子が左右に分かれたけど、司が傍に来た事で更に歓声が高くなった。
「あ、明けましておめでとう御座います!道明寺さん―――――――」
「うるせえ、ブス!気安く話しかけんじゃねえっ」
「やーん、怒ってる顔もカッコいいーっっ」
そんな事でも騒いでる女子に、ズッコケそうになる。
いったい、どういう脳みそをしてるんだと思いながら、目の前に歩いて来た司を見上げると、いきなり腕を掴まれた。
そこでまた「きゃあーっやだぁー」と女子が叫ぶ。
「オレが呼んだらサッサと返事しろよ」
「な、何よ…。ここ二年の教室なんだから勝手に入ってこないで」
「んなもんオレに関係あるか!いーから行くぞ」
「ちょ、行くってどこによっ」
グイグイ引っ張って教室を出て行く司に転びそうになりながらついていく。
背後では女子達が発狂していて、また明日から色々言われそうだと内心溜息をついた。
「六本木のプールバー。前にみんなで行ったろ」
「え…あ、ああ…あの店…」
前にF4のみんなと行った時、司にビリヤードを教えてもらった事を思い出す。
あれは終業式が近づいた前の週の寒い日で、あの時は花沢類も一緒だった。
「い、今から…?」
「家に寄るからは制服、着替えろよ」
「やほー久しぶり、ちゃん」
「元気だった?」
廊下に出たところで待っていた西門さんと美作さんは笑顔で手を上げた。
二人と軽く挨拶を交わしながら、ふと大和のところに行こうと思っていた事を思い出し、「私も行かなきゃダメなの?」と尋ねる。
その瞬間、司は怖い顔で私を睨んだ。
「何か用事でもあんのかよ」
「べ、別にないけど…」
「じゃあ、いーだろ」
「い、いーだろって、そんな勝手に―――――――」
「まあま!司の奴、一週間もちゃんに会ってなかったから一緒にいたいんだよなあ?」
「ちゃんと顔を合わすの照れ臭いからって急に軽井沢行ったくせに、一日目で機嫌悪くなってさ、コイツ」
「う、うるせえぞ、総二郎、あきら!」
「……………」
二人のツッコミに司が真っ赤になるから、何となく私まで恥ずかしくなった。
もしかしたら今朝、あんなに素っ気なかったのも、司は司で変に緊張していたからなのかもしれない。
「いーから行くぞっ!周りの女どもがうるさくてかなわねえっ」
司はそう言って顔を反らすと、私の手を引きながら車が待っている場所まで歩いていく。
その間も、女の子達が騒いでて、愛想のいい西門さんと美作さんだけは笑顔で女の子に手を振っていた。
(どこのアイドルよ…)
その光景を見ながら呆れつつ、司の後からベンツに乗り込む。
西門さんと美作さんは、このまま先にバーへ行ってる、と言って、そこで別れた。
(アイドルで思い出したけど……今日、大和の姿、一度も見かけなかったな…。始業式にも出てなかったのかな…)
そんな事を考えていると、不意に司がこっちを見た。
ドキっとして身構える私に、司は目を細めつつ、再びプイっと顔を反らす。
「…そういやアイツ、今日休んでたみてえだな」
「え…アイツって?」
「お笑い芸人」
「そ、そうなんだ」
やっぱり休みだったんだ、と思いつつ、さり気なく応えると、司がチラっと横目で私を見た。
「…何でも大阪帰ってるらしいぜ」
「え?大阪って…また?」
「アイツのクラスの奴がそう話してるの聞いたから間違いねえ。学校には暫く休むって連絡があったってよ」
「暫くって…ホントに?」
「お前こそ何か知ってんじゃねえのかよ」
そう言いながら司は疑うように見てくる。それにはムっとして「知るわけないでしょっ」と顔を反らした。
「あれから連絡ないもの」
「…ふーん」
「何よ。疑ってるの?」
「……アイツとコッソリ初詣に行くくらいだからな。いつ連絡取ってても不思議じゃねえし」
「………………(まだ根に持ってたのか…)」
スネたように窓の景色を眺めている司の横顔を見ながら、小さく溜息をつく。
そのまま会話もなく家に到着し、司を車で待たせて私は着替える為に部屋に戻った。
「はあ…見つからなくて良かった」
とりあえず部屋に戻ると、鞄の中からお守りを出す。
見つからないよう封筒ごと机の引き出しにしまうと、何となくホっとした。
「ったく大和の奴…大阪に帰ってるとかワケわかんない」
と言う事は行く前に学校へ寄ってロッカーにお守りを入れて行ったって事だろうか。
「でも…何で急に帰ったんだろ…」
この前会った時は何も言ってなかったのに。お正月は帰らないような事も言ってたはずだ。
そう考え出すと何となく気になってきて、メールを打った。
『大阪帰ってるんだって?っていうかあのお守りは何なのよー゛(`ヘ´#)』
そんな簡単な文面で送信する。
まあ大和も結城の跡取り息子なんだから急な用事で実家に戻ることもあるだろう。
でも何の連絡もないのがちょっとだけおかしい気がした。
「いけないっ。急がないと司に怒られる…」
車で待たせている司の存在を思い出し、急いで着替える。
同時に、司が怒っているのを現すかのように、携帯の着信音が鳴りだした。
「おー遅かったじゃん」
プールバーにつくと、西門さんと美作さんは、すでに飲みながらビリヤードをやっていた。
「…わりぃ。コイツが用意すんの遅くてよ」
「な、あれでも急いだんだから」
「どこがだよ。たっぷり10分は待たせやがってっ」
「た、たかが10分でしょっ。女は男より支度に時間がかかるのっ」
そう言って睨むと、何故か司は薄っすら頬を赤くしている。
「あ…あーそうか。オレと出かけるからお洒落したって事かよ」
「…は?そんなわけないでしょ」
「ああ?じゃあ、てめえは綺麗に化粧して他の男でも引っ掛けようって魂胆か!相変わらず男好きだなっ」
急に怖い顔をして怒り出した司の言い草にカチンとして、私は思い切り司の背中を殴った。
「ってえなっ何すんだよっ」
「司が誤解生むような言い方するからでしょ!メイクくらい女の子の身だしなみなのっ!ホント、バカなんだから」
「バ、バカだぁ?てめえ、オレの事バカ呼ばわりするとはいい度胸じゃねえか」
「だってホントの事だもん」
「ああっ?」
「お〜い、そこ!!久しぶりに会ったってーのに下らない事でケンカすんじゃねえよ」
司と言い合いをしていると、見かねた様子の美作さんが呆れ顔で歩いて来た。
「とりあえず酒でも飲んで落ち着きなさい」
そう言うと美作さんは以前来た時と同じように、顔見知りのバーテンに言ってカウンターの中へと入っていく。
そして慣れた手つきでカクテルを二つ作ると、それを私と司に出してくれた。
「これでも飲んで少しは落ち着け」
「…お、おう…」
「あ、ありがとう…」
その綺麗な色のカクテルを受け取り、司と顔を見合わせる。司も何となく気まずそうな顔をしながらそれを飲み干した。
「それ飲んだらビリヤードやろうぜ、司」
「…おう。は?やるか?」
「わ、私はこれ飲んで少し休んでる。後で行くし司はビリヤードやってて」
「……分かった。早くしろよ」
司はそう言うとカクテルの残りを一気に飲み干し、「よっしゃー久々に勝負しようぜ」と美作さんと一緒に台のある方へ歩いていく。
その後姿を見送りながら、ホっと息をつくと、私はゆっくりとカクテルを飲んだ。(以前はこれ飲みすぎて泥酔しちゃったし)
(そう言えばあの時、私ってば熱出したんだっけ…)
ふとそんな事を思い出した。
慣れないお酒で酔ったあげく、次の日には熱を出して寝込んでしまった事が、何だかずっと前のような気がする。
あの時は花沢類が初めてメールをくれて、熱で苦しいのに凄く嬉しかったっけ。
「…元気にしてるのかな」
携帯を眺めながら、そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
「新年の挨拶メールくらい、くれてもいーのに」
なんてボヤきつつ、便りがないのは元気な証拠、ともいうし、と気持ちを切り替えようとカクテルを口に運ぶ。
ビリヤード台の方では司達の騒いでる声がしていて、そろそろ向こうへ行こうかと残りのカクテルを飲み干した。
「…ケンジさん。この子に同じの、もう一杯」
「…………っっ?」
突然声がして顔を上げると、隣に見た事もない男の子が座っていて驚いた。
カウンターには私とその男の子以外、客はおらず、今の台詞が私に向けられていたんだと、そこで気づく。
「あ、あの…」
戸惑いつつ声をかけると、その男の子はニッコリと微笑む。マジマジと顔を見れば、かなりの美少年だ。
そこへ、いつもいるバーテンダーの男の人が歩いて来た。
「あー。その子のはオレが作ったんじゃないんだ」
「そーなの?んじゃあケンジさんのセックスオンザビーチが飲みたいなあ。あ、彼女の分と二つね」
「ちょ、ちょっと…っ」
勝手に注文する男の子に驚きつつ断ろうとした私を見て、その子は「一杯だけ」と懐っこい笑顔で言って来た。
それにはケンジと呼ばれていたバーテンの人も苦笑いしている。
「おい、ジュン…その子はお前の相手になるような子じゃないって。その子はあの道明寺クンが連れて来てる子で――――――――」
「へえ!道明寺って、あの大財閥の?じゃーあなたはそこの御曹司の彼女?」
「な…ち、違います!と、遠い親戚っていうか…」
すでに家族にはなってるけど、会ったばかりの、それも少し強引な男の子に話す事でもない。
少し警戒しつつ、身を引くと、ジュンと呼ばれた美少年はニコニコしながら私を見た。
「ふーん。親戚なんだー。じゃあ凄いお嬢様じゃん」
「…そんなんじゃなくて―――――――」
「ま、いーや。どっちでも。一杯だけ付き合ってくれたらオレはソッコーで退散すっから」
「…ったく、しょうがねえな、ジュンは」
ケンジというバーテンダーはそう言いながらカクテルを二つ作ると、私の前に置いた。
「リクエストの"セックス・オン・ザ・ビーチ"」
「サンキュー」
美少年はそう言いながらカクテルグラスを私に渡す。
どう見ても私よりは年下なのに、その仕草が慣れてる感じがした。
「はい。乾杯」
「え、ちょっと困るわ。私ツレが…」
「まま、いーじゃん。一杯くらい。それにさっきは独りで寂しそうに見えたからさ」
「よ、余計なお世話よっ」
「まあ一杯だけ付き合ってあげてよ、ちゃん。コイツ、そんな悪い奴じゃないし。幸い道明寺クンもビリヤードに夢中でこっちに気づいてないから」
バーテンの人にまで頼まれ、私は溜息をついた。
確かにビリヤード台のある場所から、カウンターは死角になっていて美少年の座っている席までは見えない。
でも司がいつこっちに来るかとヒヤヒヤした。といって、せっかく作ってくれたカクテルを無駄にするのも悪い気がする。
「…じゃあ…これ一杯だけ」
「やり!んじゃー乾杯!さん」
「……………(馴れ馴れしい子)」
バーテンの人が呼んだ私の名前を聞いていたのか、美少年はそう言いながらニッコリ微笑むとグラスをチンとあてる。
仕方なく私もそのカクテルを飲めば、いつも飲んでるより少しだけアルコールがキツイ気がした。
「あれ、美味くない?」
「お、美味しいけど…私にはちょっとキツイ、かな」
「あーまあ。ウォッカベースだしね、これ。でも何か名前がエロイ感じで好きなんだーオレ」
「…………あ、そう」
味より名前か、と呆れつつ、目の前の少年を見る。
笑顔を見た時も思ったけど、その横顔も隅から隅まで、全く隙がないくらいに整った顔立ちだ。
F4や大和とは、また違った意味で綺麗な顔をしてると思う。
「あなた、ここの常連さん?」
「順平」
「え?」
「オレの本名。順平でいーよ」
「…………(いーよ、と言われても)」
ニコニコ顔を崩さないまま私を見ている美少年に、何となく呆気に取られる。
そんな私を見て、バーテンのケンジさんは苦笑いを浮かべながら代わりに答えてくれた。
「ジュンは最近よく来るようになったんだよな。この店を撮影で使ってくれた後くらいだったっけ」
「撮影…?」
「ああ、ちゃん知らない?コイツ、ジュンって名前でトレジャーズっていう雑誌のモデルやってるんだよ」
「えっっ?!」
「ケンジさーん、しゃべりすぎ」
「いいだろ別に。隠す事じゃないさ。それにちゃんはその辺のミーハーな子じゃないから大丈夫だよ」
ケンジさんはそう言いながら笑うと、他の客が来た事で行ってしまった。
隣で困ったように笑う美少年は、「モデルって言ってもバイトだけどねー」と呑気にカクテルを飲んでいる。
まあ確かにこんなに綺麗な子ならモデルでもアイドルでも何でもやれそうだ。
「さんは英徳の二年だよね」
「………え…何で…」
突然言われ、驚いていると、順平と名乗った少年はニッコリ笑った。
「オレも英徳の一年だし」
「は?」
「だから有名なF4の事も知ってるし、去年転校してきたさんの存在も知ってたよ」
「な……」
あっけらかんと話す順平くんに更に驚いた。
なら、話しかけてきた時点で私が何者かというのも知っていた事になる。
さっきは、いかにも知らなかったというような態度をしていた事を思い出し、少しムっとした。
「あれれ……もしかして怒った?」
「…最初から知ってたくせに、随分とわざとらしい感じだったなあと思って」
顔を背けながらそう言えば、順平くんは苦笑交じりで「ごめんごめん」と誤ってきた。
「だって最初から知ってます、なんて言って話しかければ警戒されるじゃん」
「隠す方が警戒するわよ。何で話しかけてきたの?」
カクテルを飲みながらジロっと睨む。
司の事を知っていて近づいてくる人間なんて、普通じゃありえない。
特に英徳の生徒なら司に関わると色々と大変なのは分かっているはずだ。
どういうつもりかと問うように見れば、順平くんは困ったように頭をかいた。
「参ったなあ。そんな警戒されるような理由じゃないんだ」
「……どういう意味?」
「オレはただ……ちょっと話してみたかっただけ」
「…話?私と?」
「そ。さんと」
「……何で?」
更に警戒しながら睨むと、順平くんは爽やかな笑顔を浮かべて私を見つめた。
「F4のオヒメサマ的存在だから」
「……は?」
「英徳の人間の憧れの的であるF4が唯一、傍に置く女性であり、なおかつ、あの道明寺家の御曹司が、ただ一人、大切にしてる女性だから」
順平くんはそう言うと、赤くなった私を見て苦笑した。
「ホント自覚ないんだね」
「なな、何がっ?」
「自分がそういう存在だってこと」
「そ、そういう存在って―――――――」
「しかもF4だけじゃなく、あの結城家の御曹司までが追いかけまわしてると聞けば、誰だって興味湧くっしょ」
「…な…大和の事まで……知ってるの?」
その情報網に驚けば、順平くんは当然と言ったように頷いた。
「英徳に通っていればF4の近辺の事は嫌でも耳に入ってくるよ。もちろん結城大和の存在も有名だしね」
「そ、そうなんだ……」
改めてF4の人気や知名度に驚かされて、私は呆気にとられた。
そんな私を見て順平くんはクスクス笑っている。
「彼らと一番近い存在なのに感じてなかったの?」
「そ、そりゃある程度は感じてたけど…」
「じゃあさんの隠れファンがいるって事も知らなかったんだ」
「は?何それ…」
またしても、おかしな事を言い出され、ポカンとしている私に、順平くんは更に苦笑いを浮かべている。
「やっぱ知らないんだ。英徳の男子生徒の中に結構、さんのファンがいるんだよ?」
「な…何で…?」
「そりゃーF4にあんなに大事にされてりゃ、他の男どもだって放っとけないっしょ。ただ道明寺司が怖いから近づけないだけでさ」
「……………」
「あ、赤くなった。可愛いー」
「か、からかわないでよっ」
年下に言われると何となくバカにされた気分になる。慌てて頬を手で隠すと、順平くんはますます楽しげに笑い出した。
「さん、やっぱいーな。実はさっき話しかけるのもドキドキしちゃってさ。でも良かった、まともに話せて」
「……そ、そんな風に見えなかったけど?」
「そーお?これでも緊張してたのにさ。っといけね!んじゃーさん、またね!」
「…へ?あ、ちょっと――――――――」
突然、席を立ち、慌てたように行ってしまう少年に呆気に取られる。
その瞬間、背後から殺気のようなものを感じ、ゾクリとした。
「てめえ、誰だよ、今の男……」
「…っ…つ、司………」
その冷んやりとした声に振り向けば、額に怒りマークを浮かべている司が腕を組んで立っていた。
「…い、今の男って…?」
「いただろっ?何かチャラいのが隣に!」
「き、気のせいじゃない?飲み物、取りに来たお客さんだと思うけど」
必死に平静を装って誤魔化す。ここでナンパまがいの事をされたなんてバレれば、また何を言われるか分からない。
って言っても、ここまで司に気を遣う必要はない気もするけど、これも気づけば習慣になっているみたいだ。
「…本当か?お前はすーぐ男と仲良くなるからな」
「なっならないわよ!人聞きの悪いっ」
「なってンだろーが。お笑い芸人と」
「や、大和は…い、色々と事情があって……っていうか司、ビリヤードは?いーの?やらなくて」
これ以上、この話を続けているとケンカになりそうだと、話題を変える。
司は多少不満気な顔をしていたけど、同じことを思ったのか溜息交じりで私の腕を掴んだ。
「がなかなか来ないから慣れない酒飲んでまたぶっ倒れてんのかと思ったんだよ」
「…え…あ…だ、大丈夫…ごめんね」
「いーけど、別に。つーか、お前、また違うカクテル頼んだのかよっ」
テーブルカウンターの上にあるグラスに気づき、司が呆れたように睨んでくる。
ドキっとして見れば、いつの間にかあの少年の分のグラスはなくなっていた。
バーテンのケンジさんが気を遣って下げてくれたみたいだ。
「ああ、それはボクからのおごり。色が綺麗で飲んでみたいっていうから」
ケンジさんは軽くウインクしてそう言ってくれた。
司は一瞬、訝しげに私を見たけど、「ふーん。ならオレもそれ」と言ってカクテルを注文する。
「ああ、それ以外にあと二つ」
「了解」
ケンジさんはすぐにシェイカーを持つと、同じカクテルを人数分、作ってくれた。
「ほら、行くぞ。総二郎たちも心配してんだよ」
「あ…うん」
司と二人、手にグラスを持ちながら二人のところへ向かう。
とりあえず誤魔化せた事でホっと溜息をついた。
「遅かったじゃん。ナンパとかされなかった?」
西門さんはそう言いながら笑ったけど、私は内心ドキっとしつつ、笑顔を装った。
「だ、大丈夫……他のお客さんカップルばかりだし」
「ふーん。つーか、このカクテル"セックス・オン・ザ・ビーチ"じゃん。司のわりに洒落たもん頼んだな」
「…ぶっ」
美作さんの言葉にまたしてもドキっとしたけど、司がそのカクテルを軽く噴き出した事でギョっとした。
「セッ……!お前…そ、そんなエロい名前のカクテルなんか飲んでたのかよっ」
「え?!あ、ち、違……な、名前なんか知らなかったの!」
真っ赤な顔で睨んでくる司に慌てて言い訳すると、西門さん達は笑いながらそのカクテルを飲んでいる。
全くここへ来ても心臓に悪い事ばかりで、ちっとも酔えない、と私もカクテルを口にした。
瞬間、フラっと足がよろけて、司が慌てて支えてくれる。
「バ、バカやろう。お前すでにフラついてんじゃねえかっ」
「だ、だってさっきまで平気だったのに…」
「あーカクテルはそんなもんなの。口当たりが良くて、つい飲みすぎると足に来る。特にちゃんは慣れてないだろ?ウォッカベースなんて」
美作さんが苦笑気味に説明してくれて、何となく納得していると、司にソファへ座らされた。
「大丈夫かよ?」
「う、うん…頭は前ほどボーっとはしてないんだけど…」
「んじゃー少し座って休んでろ。つーか何も食ってねえからか」
「そう言えば…」
「じゃあ少し休んだらメシ、食いに行こうぜ」
「うん……」
司はそう言いながら水の入ったグラスを私にくれた。
「それ飲んで少し酔い覚ましとけ」
「ありがと…」
お礼を言いながら隣に座った司をふと見上げる。
長い足を組んでそっぽを向いてる司はやっぱり絵になるなあなんて、こんな時なのに考えていた。
(まあ…あの少年も綺麗だったけど…F4は全員モデルとか出来そうだもんね…)
そう思いながらビリヤード対決をしている西門さんと美作さんを見た。
ここに花沢類がいれば、更に圧倒される雰囲気になるだろう。
(前は…花沢類がこのソファで寝ちゃったんだっけ…。類はどこでも寝れるな、なんて西門さん達に笑われてたな…)
まだ一ヶ月くらいしか経ってないのに、随分と昔のような気がして寂しくなった。
ここにいるはずの存在がいないというだけで、こんなにも寂しいものなんだ、とふと思う。
「司ぁー。ビリヤードやらねえの?」
不意に美作さんがゲームを中断してこっちを見た。司は私に寄り添うようにして座っていて、時々小さく欠伸をしている。
「んあー。オレはもういーわ。コイツ、酔ってっから目ぇ離せねえし…」
「了解。んじゃオレらも、あと1ゲームで終わらせるし、どっかメシでも行こうぜ」
「おう」
「……………」
何度目かの欠伸を噛み殺している司を見ながら、ああ、私のために傍にいてくれてるんだと気づいて鼓動が早くなった。
普段、口は悪いクセに、こういう時は何も言わないでも優しい。司のそういうところは地味に嬉しかったり…する。
「…何だよ。ジロジロ見やがって」
「…べ、別に……眠そうだなあと思って」
「ああ…。まあな…夕べ帰って来たの朝方3時過ぎだし、あんま寝てねーんだよ」
「え…じゃあ何で早起きしてたの?もう少し寝てたらいーのに」
「……………」
そう言った私の言葉に、司は何故か顔を赤くした。
「…?別に始業式だからってわけじゃないんでしょ?だったら―――――――」
「うるせえな…。いーだろ、早起きしたって」
「だ、だっていつもは昼近くまで寝てたりするじゃない」
「…だ、だからあれだよっ」
「……アレ?」
気まずそうに顔を背ける司に首を傾げると、司は困ったように頭をかいた。
「ひ…久々だから…その…お前と…朝食食おうかと思ってよ…」
「な……そんな事で?」
「そ、そんな事って何だよ!独りで食うよりいーだろがっ」
司は真っ赤になって私を睨む。
でも疲れて帰って来たクセに、私と朝食を食べる為に早起きしたなんて聞かされれば少しは驚くってものだ。
というか恥ずかしい……
「…な、何だよ…急に赤くなんなっ」
「こ、これはお酒のせいだもん。そ、そっちこそ…!」
「……ふああぁぁ」
「……………(コ、コイツ!)」
言い合いの最中にも大きな欠伸をかました司に、一瞬目が細くなる。
でも散々スノボーで遊んできて、朝方帰って来たのだから、それなりに疲れてるのは分かった。
「もう…そんなに眠いなら今日真っ直ぐ帰って寝れば良かったのに…」
「…あ?もったいねえだろが。それに学校始まった日はこの店でビリヤード対決するっつー習性なんだよっ」
「…………それ言うなら習慣ね」
「う、うるせえ!どっちでもいーんだよっ!んなこたあ!」
私の突っ込みに真っ赤になった司は、それでも欠伸を噛み殺しつつ、不意に私を見た。
「な、何――――――」
「つーか、ねみぃ…。少し寝るから総二郎とあきらの対決が終わったら起こせ」
「は?って、ちょっと!どこで寝る気っ?」
突然私の膝に頭を置いた司にギョっとした。これは、かの有名な"膝枕"ってやつ?!
「いーだろ。減るもんじゃなし」
「そ、そういう問題じゃ―――――――」
「うるせえなあ…。少しの時間だろ?」
「って、いうか周りの目だってあるでしょっ。あんたが寝てる間、私が恥ずかしいじゃないのっ」
「……いちいち見てねえよ…ふぁああ……じゃ…そーゆー事で…」
「ちょ、ちょっと…っ」
司はそれっきり何も言わなくなって、数分後には寝息を立て始めた。
それには思わず拳を握り締めたけど、上から見る司の寝顔があまりに安心しきっていて、怒りも徐々に萎えていく。
(っていうか、せめて顔をあっちに向けて欲しかった…)
私のお腹の方に顔を向け、長い腕を持て余すようにソファに投げ出している司に、意識はするまいと思っても顔が熱くなっていく。
だいたい、ここでビリヤードをしてるのは司達だけじゃないのだ。
そう思いながらキョロキョロしていると、一番奥の端っこにある台のところに、若い男の子達、数人がゲームをしているのが見えた。
しかもその中の一人がこっちを見ている気がしてドキっとする。でも良く見れば、それはさっきの美少年で、無邪気に笑顔で手を振っていた。
(あの子…帰ったんじゃなかったんだ…っていうか西門さん達に見つかったら困るから手なんか振らないで欲しい…)
慌てて目を反らしながら、未だビリヤードを楽しんでいる西門さん達を見る。幸い二人はゲームに夢中で少年の存在には気づいていないようだ。
何となくホっとして息を吐き出した。その時、不意に腰の辺りに何かが巻きつき、ビクっとした。
「ちょ……っ」
「あれえ?司の奴、寝ちゃったのー?」
「に、西門さ…」
「っつーか、うわ、コイツちゃっかり膝枕とかしてもらってるぜ!しかも腰に腕なんか回しちゃって」
「み、美作さん…これ外してっ」
間が悪いというか、ナイスタイミングというか。ビリヤードを終えた二人が戻ってきて、この状況に苦笑いを浮かべている。
でも私は腰を抱きしめられてる状態で顔が真っ赤になっていく。
「外してって言われても…万が一起きたら困るし」
「こ、困らない困らない!だって二人がゲーム終えたら起こせって――――――――」
「でも司の奴、寝起きめちゃめちゃわりーから暴れるかもしれねえしなあ」
「あ、暴れる…?!」
「ま、もう少し寝かせてやった方がいいかも」
西門さんはそう言いながらニヤリと笑った。
その無責任な言葉に慌てると、美作さんも「そうだな」と笑っている。
「夕べも今日の朝に帰ろうつったのに、司のバカが夜中のうちに帰るなんて言い出しやがるから、オレらも寝不足だっつーの」
「え…そうなの?」
「そうそう。ま…それだけちゃんに会いたかったんじゃねえの?自分から行こうっつったクセに、ホント勝手な奴」
「……………」
二人はそう言って笑っていたけど、私はそれを聞いて更に赤くなった。
そこまでして司が朝までに帰って来たなんて、さっきも思ったけど、妙に照れ臭い。(しかも二人に迷惑かけてるし!)
「ま、そーゆー事だからオレら、もう1ゲームしてるし司の事、宜しくね」
「え…ええっ?ちょ、困る―――――――」
「まあまあ。寝てんだから襲ってくる事はないって。ああ、でも寝ぼけて変なとこ触ってきたら思いっきし、ぶん殴ってやって」
「な…西門さん…っ」
二人して勝手な事を言い残し、サッサとビリヤード台の方に歩いていく。
置いて行かれた私は、膝の上でスヤスヤ眠る司を見下ろし、本気で溜息をついた。
「ったく…私は司の彼女じゃないんだからね…」
そうボヤきつつ、腰にしっかりと巻きついた司の両腕に、また顔が熱くなる。
しかも、その体勢のせいで司は私のお腹に顔を埋めている状態で、ハッキリ言って恥ずかしい。
出来れば突き落としてやりたいとも思うけど、気持ち良さそうに寝ている司を見ていると、それもかわいそうな気がした。
「…はあ…もう…無理して帰ってこなくていいのに…」
そう呟きながら、そっと司の髪に触れた。ふわふわのクセッ毛が指に絡み、ふと笑みが洩れる。
「…柔らかい…」
普段はあんなに乱暴なのに、こうして寝ていると子供の頃の無邪気な面影が少し見え隠れするから不思議だ。
初恋の相手が司だと知った時はちょっとショックだったけど、でも不器用なりに想いをぶつけてくれる司に、前のような苛立ちは湧いてこなかった。
「…こうして見るとホント憎たらしいくらい綺麗な顔…。睫も長いし…羨ましい…」
いっそビューラーで巻いてやろうかしら、なんて思いながら、黙って司の寝顔を眺める。
花沢類の寝顔は何度も見たけど、こうして司の寝顔をじっくり見るなんて、滅多にない事だった。
「これが花沢類だったら…こんなに落ち着いていられないんだろうな…」
ふと以前、花沢類にもこうして寝られた事があったっけ、と思い出し、笑いを噛み殺す。
あの時は心臓が止まるかと思ったくらいにドキドキした。
(まあ、途中で司が部屋に来たから慌てて突き飛ばしちゃったんだけど……それでも起きないからビックリしたなあ)
シミジミと花沢類の寝顔を思い出しながら、小さく溜息をつく。
今頃、パリの青空の下で静さんと仲良く歩いてるのかな、と思うと、やっぱり胸が痛い。
「ダメダメ……花沢類が笑顔でいてくれるなら我慢しなくちゃ…」
あんな寂しそうな顔は見たくないから。そう思いながら、少しだけソファに寄りかかる。
その時、司がかすかに動き、ドキっとした瞬間……腰に回っていた手がスルスルと降りていき、最後に私のお尻を撫でて行った。
「き……きゃああ!!どこ触ってんのよ!!」
あまりに突然の不意打ちに驚いて、気づけば私は司の体を力いっぱい、突き飛ばしていた。
朝、起きてリビングへ行くと、司が不機嫌そうな顔で座っていた。
その額には一枚のバンソウコウが貼られている。
「……お…おはよ」
「………………」
私が声をかけると、司は怖い顔でジロリと睨む。う、と一瞬ひるんだけど、精一杯、笑顔を作った。
「…ご、ご飯食べた?」
「………食った」
「そ、そう…」
「……………」
司の不機嫌な様子に、笑顔も次第に引きつってくる。
すると急に司が立ち上がり、コッチに歩いて来た。
「な、何…ま、まだ昨日のこと怒ってる…とか…?」
恐る恐る尋ねると、司の目が一気に釣りあがった。
「当たりめえだろ!人のこと思い切り突き飛ばしやがって!おかげで床に落ちて顔面強打だぜ?!この傷見て何とも思わねえのかっ」
「だ、だから夕べ謝ったじゃない…。それに、そもそもあれは司が私のお尻を触るから――――――――」
「ふざけんなっ!んなのオレは知らねえんだよっ。つーか感触覚えてんだったら、まだ許せるけど全然覚えちゃいねえしな!」
「な…何が感触よ!司のスケベ!変態っ」
「ああっ?てめえ、人の顔、キズモノにしたくせに、変態呼ばわりかっ」
「そんな傷、大した事ないじゃないっ。ちょっと腫れたくらいでガタガタ言わないでよ、男のクセにっ」
「なにぃ〜?!」
「ちょっと!朝から何を騒いでるの?!」
二人で睨み合っていると、そこへ椿さんが驚いたように入って来た。
「もう…朝っぱらからケンカ?よく飽きないわねえ」
「だ、だってよ、姉ちゃん!の奴がオレの顔に――――――――」
「はいはい!いいから早く学校に行きなさい。遅刻しちゃうわよ」
「な、おい!聞けよ、人の話!」
ぐいぐいと背中を押され、司は必死で文句を言っている。その姿にべえっと舌を出すと、私はサッサと家を飛び出した。
「おい、、てめえ勝手に先行ってんじゃねえよ!」
背中越しに司の怒鳴り声が聞こえてきたけど、それを無視して車にも乗らず走って行く。
アレ以上、一緒にいると朝から無駄な体力を使う事になるのは分かりきっていた。
「…何よ…あれくらいでギャーギャーうるさいんだからっ。そ、そりゃ…落としたのは悪かったけど…」
あれから怒鳴り散らす司を、西門さんと美作さんが何とか宥めてくれて、結局食事も行かずに帰って来た。
一晩寝て少しは機嫌も直ったかと思ったのに、あの様子じゃ当分は文句を言われそうだ。
「あーら、今朝はお一人?しかも歩きで」
「………浅井さん…」
その朝から聞きたくない声に溜息が出る。
校門を抜けた途端、あの三人組が立っていて、一気に疲れた気がした。
「とうとう道明寺さんにも愛想つかされたの?かわいそうにー」
「まあでも居候は歩きで充分でしょ。道明寺さんとベンツで登校なんて生意気なのよ」
「…うるさいわね。そんな事を言ってる暇あるなら、司の出迎えでもすれば?」
「言われなくてもするわよ。朝からあなたの疲れきった顔なんて見たくないもの」
「じゃあ見なきゃいーのに」
「…………っ?」
いきなり、あらぬ方向から声が聞こえてギョっとした。慌てて振り向くと、そこには眼鏡をかけた知らない男の子が立っている。
「な、何よ、あんた。一年坊主じゃない」
「ダサいくせに生意気なのよ。あっち行ってて」
「ホント。ダサいの移っちゃうじゃない」
浅井さん、鮎原さん、山野さんの三人は顔を顰めながら手をシッシとやっている。
でもその男の子はクスクス笑い出し、いきなり私の方を見た。
「さん、ブスが移っちゃうから早く行きましょう」
「……へ?…(ブス?)」
「な、何ですってぇ?!」
男の子の言葉の意味を理解したのか、浅井さんが顔を真っ赤にして怒っている。
でもその子は怯むでもなく、ニッコリ微笑むと、私の手を掴んでいきなり走り出した。
「……行こう、さん」
「…え……なんで私の名前……」
そこで前を走る男の子をマジマジと眺める。でもこんな感じの子に知り合いもいない。
「ちょ、ちょっと君…!待ってよ…っ」
「もう少しだから」
その子はそう言って私の手を引きながら、学校の裏手に回ると、あの非常階段のところまで走って行った。
「ちょ、ちょっと離して……っていうか…君、誰…?」
階段の所でやっと手を離してくれた男の子に、息を整えながら尋ねる。
すると男の子はクスっと小さく笑いながら、眼鏡を外して振り返った。
「オレだよ、さん」
「え…?」
「夕べ、会ったでしょ?"セックス・オン・ザ・ビーチ"一緒に飲んだじゃん」
「…………っ?!」
髪をクシャリと崩し、爽やかな笑顔を浮かべるその男の子の顔を見て、私は思わず声を上げた。
「あー!あんた、昨日の……確かジュン……」
「学校では順平って呼んでよ」
「な……何その格好……ぜんぜん、気づかなかった…」
きっちり英徳の制服を着込み、坊ちゃんヘアーにがり勉風の眼鏡。
その一見、真面目そうな姿は夕べ見た今時の若者と全くイメージが違っていた。
「言ったじゃん。オレ、バイトでモデルしてるって。だから学校では正体隠してんの。バカな連中ばっかでうるさいだろ?」
「だ、だから見たことなかったんだ……。まあ一年じゃ顔を合わせる機会もないけど…」
「オレは知ってたよ。まあ昨日も言ったと思うけど」
順平くんはそう言って笑いながら、階段に腰を下ろした。
こうして見ると、確かに制服は着てても夕べの美少年と同一人物だと分かる。
「で、でも何で…」
「あーさっき?ちょうど通りかかったら、さんがあのブス三人に囲まれてるのが見えてさ。何となくイラっとしたから、ついね」
「…バカね。正体隠してるなら大人しくしてればいいのに…」
「だって、あんなブスに好き勝手、言われてムカツクじゃん。それに…せっかく昨日、お近づきになれたんだし学校でも仲良くしたいなあと思って」
「………お近づきって…」
あっけらかんと笑う呑気な順平くんに呆れつつ、私も隣に座る。
朝から走ってばかりで少し疲れてしまった。
「でもホント疲れた顔してるね。もしかして夕べ飲みすぎた?」
「そ、そんな事はないけど…ちょっとね」
「あー道明寺司のせい?」
「……っていうか…私のせいでもあるんだけど」
さっきの司の怒りようを思い出し、溜息をつく。
そんな私を横目で見ながら、順平くんも苦笑いを零した。
「結構大変みたいだね。道明寺家にお世話になってるのって」
「え?ああ…でも最初よりはマシかな…」
「そう?何か見てると、いっつも、あの我がままなお坊ちゃんに振り回されてるようにしか見えないけど」
「そ、そう…かな」
ギクっとして顔が引きつる。やっぱり周りにはそういう風に見えてるんだろうか。
そう思いながら、ふと周りを眺める。この場所に来ると、どうしても、今はいないはずの存在を感じてしまう。
「はあ…。でも久しぶり。この場所」
「え?」
「…ここ、落ち着くから、よく来てたの」
「そうなんだ…。独りで?」
「…うん。たまに二人の時もあったけど」
「ふーん。ああ、もしかして好きな人?」
「な、何でっ?」
ドキっとして顔を上げると、順平くんはニヤニヤしながら私を見ていた。
確かにコレだけ動揺すれば、誤魔化そうとしてもバレバレかもしれない。
「そんなの懐かしそうにしてる顔を見れば分かるよ」
「そ…そっかな…。そんなに顔に出てる…?」
「出てる、出てる。さんてば素直すぎー」
ケラケラと笑う順平くんに、顔が赤くなる。
やっぱり単純なのかな、と思いながら、まさか花沢類の前でも顔に出てたんじゃ、と少しだけ鼓動が早くなった。
「ねえ、その人は?ここに来てたって事はこの学校の人だよね」
「え…?あ…ま、まあ…」
「あーもしかしてF4の人?」
「……な、何がっ?」
「ぷ…!ホント分かりやす」
「……………」
私の動揺っぷりに、またしても笑う順平くんに、思わず目が細くなる。
そんな私を見ながら、順平くんは更にニヤリと笑った。
「我がままな司坊ちゃんじゃない事だけは確かだよねー。んでー、あの軽そうな二人でもない。でしょ?」
「な、何がよ…」
「さんが好きな人だよ」
「い、いいじゃない。誰でも」
「あー分かった!残りの彼だ」
「え…?」
「F4の中でも一番、ほら…ボーっとしてる…」
「…………っ」
それだけで真っ赤になってしまった時点で、順平くんの言ってる事が当たってると言っているようなものだ。
案の定、赤くなっている私を見て、順平くんは軽く指を鳴らした。
「花沢類!そう、確かそんな名前だったよね」
「……う……」
「当たってるでしょ」
ニコニコしながら顔を覗きこんでくる順平くんに、耳まで赤くなってしまった。
何でこう私の片思いは他人にバレやすいんだろう、と情けなくなる。
「し、知らない。順平くんには関係ないし」
そう言って顔を反らすのが精一杯なんて、これじゃあ、どっちが年上なんだか。
自分で自分に呆れていると、ホームルームが始まるのを告げるチャイムが鳴り響き、慌てて立ち上がる。
「そろそろ教室、行かなくちゃ――――」
その時、不意に腕を掴まれ、ハッとした。
「順平くん…?」
「関係あるよ」
「……え?」
腕を掴まれたまま順平くんを見下ろすと、彼はそれまでとは違う真剣な顔で私を見上げていた。
「関係…あるって何が…?」
意味が分からず尋ねると、順平くんは僅かに目を細めて私を見つめた。
「だってオレ、妬いてるもん。その花沢類って人に」
「……は?」
「さんに好きになってもらえてる彼に…妬いてる」
「な…何、言ってんの…?」
順平くんの真剣な瞳にドキっとして、慌てて腕を振り払おうとした。
でも強く引き戻され、あっという間に彼の腕に拘束される。
「ちょ…ちょっとっ」
「言ったでしょ…。さんのファンがいるって……」
「あ、あれは―――――――」
「オレはさ、ファンじゃなくて……好きなんだ」
「…………っ?」
「さんのこと。こっそり見てるうちに凄く好きになってた」
そう言って抱きしめてる腕を離し、順平くんは私の顔を覗きこんだ。
「…好きだよ。オレ、本気でさんのこと」
その突然の告白に、頭の中が真っ白になる。
彼の後ろには、秋に花沢類と眺めていた桜の木が見えて、蕾のまま風に揺れていた。

ちょっと原作も織り交ぜております。
花男モードはもう少し続くかな?。
やっぱり司はいい男だなあと漫画を読みつつ思う今日この頃(笑)