戸惑う心と
黒い嘘
――――――――好きだよ。オレ、本気でさんのこと。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
昨日会ったばかりの男の子に、一瞬でも抱きしめられた事で、頭の中が真っ白になって。
今、綺麗な瞳に至近距離で見つめられながら、何だか夢の中にいるような、そんな気分だ。
「…ぷ。さん、目がまん丸になってるよ」
どのくらい固まっていたのか。不意に順平くんが噴出して、私はハッと我に返った。
気づけば腕を掴まれたままで、体が密着している。そこでやっと自分の置かれている状況を把握し、慌てて彼から離れた。
「…ありゃ。今度は真っ赤になった」
「…ふ、ふざけないで!いきなり何するのよっ」
「何って…熱ーい告白?」
「………………ッ」
ケロっとした顔のまま順平くんは性懲りもなく、そんな事を口にする。
でも、いくら私でも会ったばかりの彼に好きだと言われて"ハイ、そうですか"と納得できるはずもない。
「あれれ…今度は疑いの眼差しってやつ?信用されてないのかな、オレ」
「あ、当たり前でしょ!昨日まで知らなかった人に告白されて誰が信用するのよっ」
「だからオレは知ってたって言ってんじゃん?」
順平くんはクスクス笑いながら手すりに寄りかかると、軽く髪をかきあげ、引き気味の私を見つめた。
「ファンって立場から本気になっちゃダメなの?」
「ほ、本気って、でも――――――――」
「あー好きな人がいるのは知ってるし、そんな事はどうでもいーんだ」
「…は?」
「実はオレ、ここで花沢サンとさんが話してるの見かけた事あるし、そん時くらいから、もしかして好きなのかなーって思ってたからさ」
「な…花沢類と会ってるのも知ってて…さっきもトボケてたの…?」
いかにも知らなかったような素振りをしていた彼にムッとすれば、順平くんは困ったように笑った。
「トボケてたわけじゃないけど…まあ確かめるのにカマかけたっつーか…」
「…っ…何それ…全て計算ずくってわけ?」
「ごめん…。悪気があったわけじゃないんだ…。オレだって…気になってたから確かめたかっただけで――――――――」
「…あっそ。じゃあ気が済んだでしょ!もう私の事は放っておいて…!」
ズカズカと心の中に入り込まれた気持ちになり、私は立ち上がると非常階段を一気に駆け上がった。
なのに順平くんは慌てて追いかけてくると、私の腕を強く掴んで引き寄せる。
「待ってよ、さん…!ごめん!怒らせるつもりじゃなかったんだって…オレはたださんが――――――――」
「離してよ…っ。どーせ、それも嘘なんでしょ?」
「嘘じゃないよ!」
「…………っ」
突然、声を荒げる順平くんにビクっとした。
その顔は真剣で、さっきまでの笑みも余裕も感じられない。
「そりゃ…さんからすれば急に近づいてきて好きだなんて言う男は信用できないかもしれないけどさ…オレはこれでも本気だから」
「…ほ、本気って…」
「さんが花沢サンを好きなのは分かったよ。でも…いーんだ」
「…い、いいって…何が?」
「オレはさんと仲良くなりたかっただけだからさ。さんが誰を好きでもいいって事。付き合ってもらおうとか、そんな大それた事は考えてないし」
順平くんはそう言いながら爽やかな笑顔を浮かべる。
誰を好きでもいい―――――――
それは私が花沢類を好きな気持ちと少し似ていて。だから何も言えず、掴まれた腕を振り解けなかった。
「だから友達って事でダメかな」
「………友達?」
「うん。こうして学校で話したり、たまには一緒にランチ食べたりとか…出来たらいいなあって」
「………………」
順平くんは可愛い笑顔を見せながら、私を見つめる。その従順な犬みたいな瞳に、何となく体の力が抜けた。
「あれ…呆れてる…?」
「そうじゃないけど…」
「じゃあOKってこと?」
「っていうか……私に関わるとろくな事ないよ?周りからあれこれ言われるだろうし…」
「ああ、オレ、全然平気、そーいうの。もちろんF4の人たちに睨まれるのは覚悟の上だしさ」
「……そんな簡単に覚悟されても…」
F4には、あの凶暴な司がいるって事を知ってて言ってるんだろうか。
どこまでも能天気な順平くんに、思わず溜息をつけば。彼はニッコリ微笑み、ピースをしている。
「大丈夫だって。オレがさんのこと癒してあげるよ」
「……え…?」
「何か新学期早々、疲れてるみたいだしさ。ホラ、今何気に流行りじゃん?"癒し系男子"って」
ニコニコ笑顔で何を呑気な事を…と呆れつつ、ガックリ項垂れる。
「……順平くんて癒し系って感じじゃないでしょ。モデルなんて派手な事してるし」
「別にモデルだからとか関係なくない?あーそれともさんは花沢サンみたいな人に癒されるとか」
「………べ、別に私は――――――」
「何だ、図星かあ」
「な、何も言ってないでしょっ」
目を細める順平くんに慌てて否定すれば、彼は呆れたように笑った。
「だって花沢サンの名前出すと、すぐ赤くなるしさ。さんってホント分かりやすいよね」
「…う…」
そんなに分かりやすいの?と恥ずかしくなりつつ、言葉を詰まらせる。
順平くんはそんな私を見てクスクス笑いながらも、思い出したように、「そう言えば…」と首を傾げた。
「…新学期になってから花沢サンだけ見かけないけど…どーかしたの?」
「あ、ああ…か、彼は…ちょっとフランスに…」
「へえ。旅行?あーもしかして彼女に会いに、とか?」
「……し、知らない」
彼女に会いに、と言われドキっとしたけど、慌ててそっぽを向く。
でもこれじゃ肯定したようなものだ。案の定、順平くんはニヤリと笑って「ふーん、そっか」と独り納得したように頷いている。
「な、何よ…」
「それじゃ尚更、癒してあげたくなるね」
「…何も言ってないでしょ」
「だって分かりやすいんだもん」
ジロっと睨む私に、順平くんはケロっとしたように言う。
何だかここまでバレバレだと、本気で自分が情けなくなってきた。
感情を出さない特訓でも受けようかな(!)とバカな事まで考える。
「と、とにかく!癒すとか、そんなのいーから腕、離して。教室に戻らないと」
「やだ」
「や、やだって…」
「友達になってくれるっていうまで離さないもんね」
(…こ、こいつ!)
爽やかな笑顔を浮かべつつ、少々強引な順平くんに、私は思わず目が細くなった。
「あのね…ただでさえ今日は朝から疲れてるの。これ以上、私のストレスを増やさないで。これじゃ癒すも何も逆じゃないの」
「えっオレ、さんのこと疲れさせてる?!」
「……や、だ、だから…」
突然、悲しげな顔をされ、思わず顔が引きつる。
「…オレもさんにストレス溜めさせてる?」
「そ、そこまで言ってないじゃない…」
ここで冷たく突き放せばいいのに、こんな顔をされると何も言えなくなってしまう自分の性格が嫌になった。
「…ごめん。オレ、そんなつもりなかったんだ…」
順平くんは何故かシュンとした顔で、掴んでいた腕を離した。
そんなに素直になられると、今度はこっちが悪い事をしたような気分になる。
せっかく自由になったにも関わらず、私はこの場から動けなかった。
「…さんがオレといても疲れるっていうなら…もう我がまま言わないよ。だから―――――――」
「わ、分かったから…。そんな顔しないでよ……」
「え、じゃあオレと友達になってくれるの?」
順平くんは私の言葉にパッと顔を上げ、嬉しそうな笑顔を見せた。
その笑顔を見た時、一瞬確信犯か?と思わないでもなかったけど、とりあえずこの場は渋々頷いておく。
「友達で…いいなら」
「ホント?ホントにホント?」
「で、でもホントに知らないからねっ。私に関わって順平くんが嫌な思いをするかも―――――――」
「大丈夫だって!オレ、こう見えても強いからさ。それにさんと友達になれるなら、どんな試練でも耐えれるよっ」
「し、試練って大げさな―――――――」
と、笑った瞬間。
「おい、!!」
「――――――――ッ(げ!司!)」
早速、最初の試練(?)が怖い顔で歩いてくるのが見えて、私は顔から血の気が引いた。
足早にズンズンとこっちに向かってくる司の顔は、どう見ても怒っているからだ。
「てめえ…サッサと先に行ったかと思えば……何コソコソ男と会ってんだよ…っ」
「コ、コソコソなんて―――――――」
「してんじゃねえか!誰だよ、コイツ」
「…………っ(目が据わってる…)」
このままじゃ順平くんが殴られるかもしれない。思った以上にキレている司に顔が引きつる。
その時、後ろにいた順平くんは、外してた眼鏡をパッとかけると私の前に出た――――――
「初めましてー。道明寺サン!ボク、たった今さんのボーイフレンドになったジュンペーでーす」
「「――――――――ッ」」
爽やかスマイル全開で、とんでもない事を言った順平くんに私はギョっとし、さすがの司も一瞬で固まった。
「ちょ、順平くん!そんな言い方したら――――――――」
「…ぼぉいふれんど…だあ?」
「ち、違うの、司!彼は…」
「えーどうして?男友達を英語で言ったらボーイフレンドじゃん」
「き、君は黙ってて!ややこしくなるでしょっ」
キレ気味の司の前であっけらかんとしている順平くんに眩暈すら感じながら睨む。
あんな言い方をされたら単純な司は思い切り誤解してしまう、と慌てて説明しようとした。
でもすでに遅かったようで、司はさっき以上に怖い顔で順平くんを睨んでいる。
「…てめえ、ふざけてんじゃねえぞ。コイツはお前みたいな野郎がチャラチャラ近づいていい女じゃねえっ」
「ちょ…司!」
完全にキレた様子で歩いてくる司を見て、慌てて順平くんの前に立つ。
でも、てっきり殴りかかるのかと思えば、司は怖い顔で私の腕を掴み、「…行くぞ」と、そのまま階段を上がって校舎へと歩き出す。
「い、痛いってばっ」
「うるせえっ」
「さん、まったねー!」
「……………っ」
順平くんは少しも懲りてないような笑顔で手を振っている。それを見て、司の額にまた一つ怒りマークが増えた気がした。
「…てめえ…今度に近づいたら、タダじゃおかねえからな!」
ニコニコ手を振っている順平くんを睨みつけると、司は私の手を引いたまま校舎の中へと歩いていく。
そして中へ入った瞬間、私の手を引き寄せ、壁へと押し付けた。
「…痛っ」
「何やってんだ、てめえは!」
凄い剣幕で怒鳴る司にビクっとする。
思わず首を窄めた私を見て、司は深い溜息をつくと、「…ったく」と小さく舌打ちをした。
「…そ、そんな怒らなくても…」
「あぁ?つーか誰だよ、アイツ…。ボーイフレンドってどーゆー事だよっ。あぁ?」
「あ…あれは違うってば!か、彼はここの一年生で…良く知らないっていうか…」
「んなの見りゃ分かる。まさかナンパされたのか?」
「う…ま、まあ……」
昨日バーで声をかけられたとも言えない。どっちにしろナンパと似たようなものだと、そこは頷いておく。
司は思い切り外を睨みつけると、もう一度私を怖い顔で睨んだ。
「お前なあ…知らねえ男に話しかけられたら逃げろよ。あんなとこでくっちゃべってんじゃねえっ」
「ご、ごめん…。でもそんな悪い子って感じでも―――――――」
「バカか、てめえっ!どっからどー見てもチャラいだろうが!あのガキ、ヘラヘラしやがって…。一発殴っときゃ良かったぜ」
「……………」
司の野性的勘なのか。あんなに地味にしてた順平くんの本性を本能的に気づいてるようだ。
これで彼がメンズモデルをしてるとバレたら何を言われるか分かったものじゃない。
「と、とにかく今は教室に行かないと…遅刻になっちゃう―――――――」
「……あぁ?もう遅せぇだろ」
「で、でも行かなくちゃ…」
そう言って見上げた私に、司は深々と息を吐く。
「…ったく。朝から変な心配かけんじゃねえよ…」
「…え…?」
司はガックリと頭を垂れて、両手を壁についている。
その手の間に閉じ込められた私は、逃げる事も出来ず、目の前の司を見上げていた。
項垂れていても、私の方が身長も低いから、視線を少し上げるだけで司が今、どんな顔をしてるのか分かってしまう。
少しイラついた、それでいて本気で心配してるといった不安げな表情…。司は視線に気づいたのか、ふと私を見て小さく息を呑んだ。
「………んな顔して見んな。またキスされてえのかよ」
「…な…っ」
司のその一言にドキっとして、反射的にしゃがみこむ。一瞬で顔が赤くなったのが分かった。
「…バーカ、冗談だよ…」
「………っ」
不意に司もしゃがみ、私の頭にポンと手を乗せる。
その声に恐る恐る顔を上げると、司は気まずそうに視線を反らしていて、その頬は薄っすらと赤くなっていた。
「…はー。何か最近こんなんばっかだな…」
司は髪をかきあげながら、口元を隠し、溜息をついた。
「…え…?」
「…いや。何でもねえよ」
司はそう呟くと、私の頭をクシャリと撫でて立ち上がった。
「…教室行くんだろ?早く行けよ」
「う…うん…。司は…?」
「…カフェテリア。総二郎とあきらが待ってるし」
「そ…そっか。じゃあ…」
私もゆっくり立ち上がると、司の後姿を見送る。その時、司が不意に振り向いた。
「…帰りは…先に帰んなよ?」
「……うん」
そこは素直に頷くと、司はそのまま歩いて行ってしまった。
司が見えなくなると、一気に体の力が抜ける。あの告白以来、司と前のように話しているようでいて、お互いにぎこちない気がする。
(司もそう思ってるのかな…)
ふとさっき司が言っていた言葉を思い出した。
"何か最近こんなんばっかだな…"
些細な事でケンカして、少し気まずくなって、またケンカ。同じことの繰り返し。
それも司が短気だからって気がしないわけでもないけど、司が怒る原因を作ってるのは…私なのかな、と思うと少しだけ落ち込む。
私なりに考えてるつもりなのに、ここ最近は周りがやけに騒がしくて。望んでもいないのに、環境が少しづつ変化していく。
今日だってそうだ。私が望む望まないに関わらず、よく知らない男の子が近づいてきて、勝手に好きだとか告白してきて私の心を乱す。
そのせいで司をイラつかせて、怒らせて。私だってそんな事したくないのに…結果、また気まずくなる。気持ちが沈む。
「はあ…。情緒不安定かな…」
何だか朝から色んな事に疲れて、私は深く溜息をついた。
「よぉ、遅かったじゃん」
「オレらより先についてたんじゃねえの?」
司がカフェテリアのいつもの席に行くと、総二郎とあきらがすでに待っていた。
そしてすぐに不機嫌そうな顔の司に気づき、二人で顔を見合わせる。
「どうしたんだよ。仏頂面しちゃって」
「またちゃんとケンカでもしたのか?」
「…………」
「「 図星かよ…」」
何も応えないまま、運ばれてきたコーヒーをがぶ飲みしている司を見て、二人も呆れたように目を細めた。
「今度の原因は何だよ」
「どうせ司が勝手に怒ってんだろ?」
「………男」
「「…は??」」
「さっきが知らない男と二人きりで話してた」
「「…何だよそれ」」
やっと口を開いたかと思えば、ケンカの原因が男、と聞かされ、二人はスピーカーよろしく声を揃えて驚いた。
「男ってどんな奴?」
「…眼鏡かけた一年坊だったな…。何かパっと見は真面目そうな奴だけど…しゃべるとチャラいヤローでよ…」
「何でそんな奴とちゃんが二人きりでいんだよ」
「知らねえよっ。ナンパされたって言ってたけど、どうだかな」
「「ナンパァ??」」
司の説明に、さすがの二人も真剣な顔になる。何だかんだ言いつつも、二人だって司との事は色々と心配してるのだ。
「F4の姫をナンパたあ、身の程知らずな野郎だな…。しかも一年だって?」
「これ以上ナメた真似できねえように赤札いっとくか?」
総二郎とあきらはそう言いつつ、身を乗り出す。だが司はどこか元気のない顔で溜息をついている。
その珍しい姿に、総二郎とあきらは揃って首を傾げた。
今までの司なら、"赤札"と聞いた時点でノリノリになっていたはずだ。
「どうしたんだよ、司…」
「何かへこんでねえ?」
「………別に」
「何だよ何だよ。らしくねえじゃん!」
「ちゃんとそんな深刻になるようなケンカしたのか?」
「そうじゃねえよ…。つーか…ケンカすんのって何か嫌な気分でよ…」
司はボソリと呟くと、再び溜息をついている。その姿に総二郎とあきらは唖然とした。
「つ、司…」
「お前……」
「……なーんかオレばっかイライラしててバカみてえ…」
そうボヤきながら、とうとうテーブルに突っ伏した司を見て、二人も困ったように顔を見合わせる。
司が何にイライラしているのかも、何故ケンカになるのかも充分に分かるだけに、総二郎とあきらも何とも言えない。
「つーか、の周りに変な男どもがウロウロしすぎだっつーんだよ…。お笑い芸人といい、さっきの一年坊主といい…」
司は面白くないといった様子で顔を上げると、ドンっとテーブルを叩く。
その素直な言葉に、総二郎も苦笑いを零した。
「まあ…そりゃあちゃんは司と話してる時以外は、おしとやかで可愛いし、モテモテなのは仕方ないんじゃねえ?」
「あ?そりゃどーゆー意味だ、総二郎!オレと一緒の時は何だってんだよっ」
「だって司といるとちゃんは常に怒ってるような感じだしさ。最近ますます司の姉ちゃん化してきたっつーか…」
「うるせえな!怒ってても何しててもオレにとったらは可愛いんだよっ。お前が分からねえだけ―――――――」
そこまで言って司は一瞬で顔を赤くした。目の前の総二郎とあきらがニヤニヤ見ているからだ。
「なるほどねえ。司もついに女が可愛いと思うようになったか…」
「いやいや…変われば変わるもんだよなあ…。あの司がねえ…」
「て、てめえら…ぶっ殺すぞっ」
肩を竦め、首を振りつつ感心する二人に、司はとうとう耳まで赤くなり、バンっとテーブルを叩いた。
それでも二人はニヤニヤしたまま、司の肩をポンポンと叩く。
「ま…そのお前が認めた女なんだし男が寄ってくんのは仕方ねえよな。それに恋愛にゃー嫉妬はつきもんだ」
「あ…?総二郎に分かんのかよ」
「どーいう意味だよ」
「てめえは本気で女を好きになってねえだろ。嫉妬なんかすんのかよ」
「あーそれ言えてるな」
「うっせえぞ、あきら!」
二人のツッコミに総二郎も顔を赤くしつつ、軽く咳払いをした。
「とにかく!嫉妬は仕方ないとしても…ちゃんの周りをウロつく男ってのは減らしていかねえとなあ」
「そうだな。ただでさえ司は出遅れてる感があるし、これ以上ライバル増えると危険―――――ぐぁっ」
あきらの一言に司が殴る。
「余計なお世話だ!」
「…ってえな!いちいちグーパンすんなっつーの!人が協力してやろうとしてんのにっ」
「まあまあ…ケンカすんなって。司は今イライラしてんだからよ」
いつもとは逆に、今日は総二郎が二人の間に入り、苦笑いを零す。
それには、あきらも赤くなった頬を擦りつつ、渋々頷いた。
「まあ、だから…ちゃんから"余計な男は遠ざけようぜ大作戦"っつー事で」
「あ?何だそりゃ」
「その一年坊主、ちょっと脅せばいーんじゃん?」
二人の言葉に、司は訝しげに眉を寄せたが、「あんなガキなんか目じゃねえよっ」と目を細めた。
「それにが相手にするわけねえ」
「…まあなぁ。ちゃんは類に惚れてるわけだし……って、悪い」
「……別に!ホントの事だしよ」
総二郎のうっかり発言に、司は一瞬ジロっと睨んだものの、スネたように顔を背ける。
そんな二人に、あきらも苦笑すると、ポットから熱いコーヒーを新たに入れて二人の前に置いた。
「ま、でも類には静がいるんだしちゃんとどうにかなる事はないんだから、そう悲観的になる事もないだろ」
「そうそう!そうだぞ、司!だから今のまま押しの一手で頑張れよ」
「お前ら……」
あきらと総二郎の励ましの言葉に、司は感動したように瞳を潤ませた。
だが……
((じゃねえと、いつまで経ってもオレらが司の面倒を見なくちゃなんねえしな…))
と、内心二人は全く同じ事を考えていただけだった。
「でさ。提案なんだけど…。司、お前ちゃんとデートしてこいよ」
総二郎が満面の笑みで言うと、司はふと顔を上げた。
「…あ?デート?」
「した事ないだろ?二人きりで、まともなデート。カナダの時だって映画、行き損ねてたしよ」
「なるほどね!総二郎、お前いいこと言うじゃん」
総二郎の提案に、あきらも笑顔で指を鳴らす。司は司でデート、と聞いて僅かに顔が赤くなった。
「デ、デデデートって………?」
「そんなもんオレらに任せなさい!」
「女がグっと来るようなデートコースをお膳立てしてやっから」
「お、おう……」(赤くなりつつ目が泳いでいる)
「どーせちゃんだって男に免疫ある方じゃねえんだし、司が優しくエスコートすりゃ、案外簡単に落ちるかもしんねえぜ?」
「お、落ちる…?!」(耳まで赤面)
「だな!二人はいつもムードがないから問題なんだよ。ここは一つ大人のデートをして、その気にさせるムード作りが必要だって」
「お、大人のデートでその気っ……」(エロい妄想して首まで真っ赤)
総二郎とあきらが盛り上がって、"大人のデート"プランをアレコレ考える中、当事者である司は一人動揺している。
そんな司を見ながら、二人も嬉しそうに顔を見合わせた。
「しかし司とこんな話をする日が来るとはねえ……」
総二郎がシミジミと呟くと、あきらも同意するようにウンウンと頷き、涙ぐむ。
「ホントだよな。いっつもイライラしちゃー学園内でのイジメごとばかりに熱くなってるし、異常だ異常だと思ってたけど…」
「あ?」
「司もやっと本気で惚れられる女が出来てオレ達は嬉しいよ」
「お、おう…」
「オレは司が女に本気になる事は絶対ないと思ってたしな。後はちゃんを口説き落として―――――――」
「脱・童貞出来れば、司も立派な大人の男――――――――」
「うるせえっ!その話はすんな!!」
「「…うがっ」」
真っ赤になった司に殴られた二人は、見事に後ろへひっくり返る。
そんな二人を無視して、司は奥のスペースにあるソファに寝転がり、フテ寝よろしく背中を向けた。
何とか起き上がった総二郎とあきらは、苦笑交じりで椅子に座り直すと、呆れたように溜息をつく。
「ったく…協力してやろうってのに…」
「まあでも、こうなりゃ意地だ。絶対司には大人の男になってもらおうじゃねえか」
総二郎がニヤリと笑えば、あきらも「だな」と怪しい笑みを浮かべる。
そして司はいつの間に眠ったのか、呑気にイビキをかいていた…。
「さーん。ランチ行こ!」
「―――――――ッ」
昼休みになった途端、教室に順平くんが顔を出し、私はギョっとして立ち上がった。
当然、クラス全員の視線が彼に向かい、その後で私に向く。
あの浅井さんも呆れた顔でこっちを睨んでいた。
「あーら。道明寺さんに相手にされなくなったからって、今度は一年坊やに手をつけたの?ホント男好きねえ」
「…な、そんなんじゃないわよ!浅井さんには関係ないわ」
「何ですってぇ?あー、やだやだ!何でこんな子が道明寺さんと一緒に住んでるのかしらぁ〜」
「ほーんとよねっ」
山野さんまでが笑いながら嫌味を言ってきて、さすがにムッとしたけど、とりあえず今は彼を何とかしなくちゃ。
私は浅井さん達を無視して、手を振っている順平くんのところへ急いで走って行った。
「ちょっと来て!」
「へ?」
順平くんの腕を掴むと、そのまま一気に廊下を突っ切り、何とか玄関ホールまでやって来る。
ここまで来れば、とりあえずF3の目には触れないだろう。
「何、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわっ。何で急に教室に来るのよっ」
キョトンとしている順平くんは私の剣幕に驚くでもなく、またしても綺麗な笑顔で微笑んだ。
「だって友達ならランチ誘いに行ってもいいかなあって」
「い、いいわけないでしょっ!一年生が二年の教室に来たら嫌でも目立つんだから。順平くんだって目立つのは困るはずじゃない」
彼はモデルをしている事を隠している。
だからこそ地味な変装をして学校に通ってるはずなのに、何で敢えて目立つような事をするんだろう、と私は疑問に思った事を順平くんにぶつけた。
でも、てっきりまたヘラヘラ笑うと思っていた順平くんは、いきなりシュンとした顔で俯く。
「…ごめんね。さんもいちいち嫌味言われちゃやだよね」
「そ、そういう事を言ってるんじゃなくて……」
「…でも…オレ、英徳じゃ友達いないし独りでランチするの、もう嫌なんだ…。だからさんと一緒に食べたいなあって思って…」
「…………(だ、だから、そんな切なそうな顔しないでっ)」
捨て犬みたいに瞳を潤ませて見てくる順平くんを見てしまうと、どうしても突き放す言葉が出てこない。
こんなとこを見られて、また司とケンカになる事を考えれば、私だって憂鬱になる。
だから、さっきの事でこの子と仲良くするなんて無理だと思っていたのに、どうして突き放せないんだろう。
―――――お前はお人よしか。
…なんて、この前大和にも言われたっけ。今ならホント、そう思う。
「…はあ。分かったから…そんな顔しないでよ…」
「え…?」
溜息交じりでそう言うと、順平くんはパッと顔を上げた。
「…言っとくけど…校内じゃ一緒にランチとか無理よ。司達にバレたら大変なんだから」
「分かってる…。オレ、近くのいい店知ってるよ!」
順平くんはもう復活したのか、そう言いながら私の手を引っ張っていく。
学校を抜け出すのは気が引けたけど、校内でもしF3に見つかったり、もしくは他の人に見られて告げ口をされた場合、さっきの二の舞になる。
それだけは避けたかった。
(まあ、ちょっとランチしに行くだけだし…)
そう自分に言い聞かせ、私は順平くんに言われるまま、彼の案内でランチの出来るお店に向かった。
「……って、ここ渋谷じゃないっ!」
学校の近くと言われてついて来たのに、途中からタクシーに乗るしおかしいと思ったけど、気づいた時にはすでに遅し。
私は何故かこんな昼下がりに、無駄に人が多い街へと連れてこられて軽い眩暈を感じた。
「そーだよ!この店、マジで美味いからさー。さんと一緒に来たかったんだ」
順平くんは悪びれもせず、そう言うと、慣れた様子で明るい店内に入っていく。
でも私はその店を見て、内心驚いていた。
(…ここ、元旦に大和と来た店じゃ…)
あの時の出来事を思い出し、多少気分が重くなる。あの、大和を逆ナンしてきたウエイトレスがいたらどうしようと溜息をついた。
中は思ったとおり、今時の若者達で溢れ、制服で来てる子も何組かいる。
「こっちこっち」
順平くんは窓際にある奥の席に向かうと、勝手にそこへ座った。
「ここ、オレの指定席なんだー」
「指定席って…いいの?こんなに混んでるのに勝手に座って」
「いいんだよ。ここの店長、友達だしさ。さっき電話して席、空けておいてもらったんだ」
「………随分と手回しがいいのね」
「そう?まあ、オレはよく学校抜け出して、ここで食べてるから。さっきも話したとおり学校じゃ独りだし。ここなら知ってる顔もいるからさ」
なるほどね、と頷きつつ、促されるまま私も座れば、すぐにウエイトレスが水を運んでくる。
その顔を見て、ドキっとした。
「ジュン、いらっしゃーい。って、何よー。今日は女連れなのー?」
「ちーす。アヤさん。彼女は学校の先輩なんだ」
「先輩…って、あ………」
「…………」
アヤと呼ばれたウエイトレスは私の顔を見て案の定、驚いている。というよりはギョっとしたような顔だ。
それもそうだろう。あの日からそう日にちも経っていない。
「どうもー。アヤでーす」
「……どうも」
顔が引きつったまま互いに挨拶を交わす。でもこの子だって内心、何で私と順平くんが一緒なのかと思っているはずだ。
(はあ…大和ってば変な嘘ついてたしなあ…)
あの日の事を思い出し、私はガックリ項垂れた。
でもアヤという子はその話を出すのは嫌なのか、私を知っている素振りは見せない。
ひたすら順平くんに愛想を振っているところを見れば、つくづく面食いなんだろう。
「店長、さっきまで待ってたんだけど、社長に呼ばれてランチに行っちゃったよ」
「ふーん。まあ別にいいよ。今日はさんもいるし」
「えー何か妬けるー。ジュンの彼女じゃないんでしょー?彼女、綺麗だし、とびきりイケメンな彼氏とかいそうだもんねー」
そう言いながら私の事をチラっと見てくる。その表情を見れば、どうやら大和のついた嘘を信じているようだ。
「彼女じゃないけど…少なくともオレはさんの事、好きだし誰と付き合っててもいーんだ」
「ちょ、順平くんっ」
何を言いだすの!と慌てて身を乗り出すと、アヤという子は更に顔を引きつらせて「ふ、ふーん」と私を睨んでくる。
「でも、そんなこと聞かれたらジュンのファンの子が泣いちゃうわよー。常連って聞きつけて今日だって結構来てるんだからー」
「この格好じゃバレないだろ?アヤさんも内緒にしといてね」
ニッコリ微笑みながら唇に人差し指を当てる順平くんに、アヤという子も薄っすら頬を赤めつつ、分かってるわよと笑う。
そして注文を聞いて厨房の方へと戻って行った。
「…順平くんって顔、広いのね。ここといい、あのバーといい」
「うん。あーここも撮影で使ってから店長と仲良くなって来るようになったんだ。オレ、男の人とすぐ仲良くなっちゃうんだよね」
「…ああ。言われてみればそんな感じかも。でも今の子は順平くんに気があるようだったけど」
「あーアヤさん?彼女は誰にでもあんな感じだよ?別にオレじゃなくてもいいっていうか」
「……へえ」
って、何だ。結構人を見る目はあるんだ。と内心思いつつ、運ばれてきた紅茶を飲む。
アヤって子はやっぱり面白くなさそうな目で私を見ていたけど、無視しておいた。
その後、軽くランチを取りつつ、他愛もない話で盛り上がる。
順平くんが何故モデルになったかという経緯や、これまで、どんな仕事をしてきたかという事。
そしてお互いの家族の話になった時、順平くんが自分と今の母親は血が繋がっていないと話してくれて、少しだけ胸が痛くなった。
「…小6の時、自分が愛人の子だと聞かされて、驚いたけど納得した。どうしてお母さんがオレよりも兄貴を可愛がるのか…やっと分かってさ」
「……そんな…」
「それからかなあ。家の中でオレの役割みたいなのが出来て…バカみたいにはしゃいで笑わせて…家族の中に余分な人間がいる事を悟らせないようにしてきた」
そう語る順平くんの横顔は、普段の明るい顔とは違う少しだけ寂しげな表情で。
でもあの性格はそんな複雑な家庭事情があったからなんだ、と私は感じていた。
「でも本当はそんな自分にウンザリしてて…ホントの自分を出したいっていつも思ってた。だからモデルにスカウトされた時、そのチャンスかなあって思ってさ」
「………そ、そっか…」
「…うおっ…って、何で泣いてるのっ?」
気づけば頬に涙がポロっと落ちてきて、私はハッと我に返りそれを拭った。
そんな私を見て、順平くんは見た事もないような顔で慌てている。
「ご、ごめん!暗い話しちゃって…さんには何も関係ないのに――――――――」
「…ううん…違うの…。ここ最近、色々ありすぎて…情緒不安定なのかな…涙腺もおかしいみたい」
お父さんの会社が倒産してから、自分だけでは対処しきれない出来事が重なって。
道明寺家に来てからも、また色んな悩みが増えて行った。
今だって解決してない事が山積みで。それも一番厄介な心の問題だ。
数学みたいにハッキリとした答えが出るわけでもなくて、誰の力も借りられない。
色んな事が重なり合って、神経が過敏になっているのが今の私だ。
会ったばかりの男の子の家の事情の事で、こんなに泣けるのも、きっとそのせい…。
「…ごめんね。急に泣いたりして…。もう大丈夫」
「…オレこそ…ごめん。でもオレも大丈夫だよ?モデルの仕事して少しは本当の自分っての出せるようになってきたし…」
「………順平くん…」
一生懸命、笑顔を見せてくれる彼に、健気だなあとシミジミ思えば、また涙腺が緩んでしまう。
そんな私を、順平くんは、優しい目で見つめていた。
「……さんは…やっぱり思ったとおりの人だった」
「……え?」
不意に言われ、ドキっとして顔を上げると、順平くんの顔に笑顔はなく、真剣な眼差しで私を真っ直ぐに見ている。
「他人の事で、そんな風に泣いてくれる…優しい人だって。オレは気付いていたよ」
「…順平くん……?」
「…英徳に通う女の人達は、みんな見た目だったり、地位だったりを気にして凄い見栄っ張りな人が多いのに…さんだけは違った」
順平くんはそう言うと、テーブルの上に置いたままの私の手をそっと握り締めた。その温もりにドキっとする。
「…親の倒産の事でイジメられても、それを恥じる事なく、堂々と立ち向かってて…強い人だなあって…ずっと思ってた」
「…………」
「この人だったら…オレが愛人の子でも、きっと色眼鏡で見ることはないんじゃないかなって…本当のオレを見てくれるんじゃないかって思ってた」
そう言った瞬間、順平くんはぎゅっと私の手を握り締めてくる。その手の強さにドキっとして、私は慌てて椅子から立ち上がった。
「も、もう学校に戻らないと…午後の授業が始まっちゃう…っ」
気づけば午後の授業が始まる時間が迫っている。
私がすぐにコートを羽織ると、順平くんも苦笑気味に立ち上がった。
「そうだね。じゃあさんは先に出て車、拾っといてくれる?ここはオレが払っておくから」
「えっ?ダメよそんな…ここは割り勘で―――――――」
「男に恥かかせる気?そもそもオレが誘って、こんな場所まで連れて来ちゃったんだし払わせてよ。ね?」
順平くんはそう言いながら伝票を持つとサッサとレジへ歩いて行ってしまう。
その後を追いかけていくと、「ホラ、タクシー拾っておいて」と外に出されてしまった。
「もう…割り勘でいいのに」
そう呟きつつ、振り返ると、順平くんはレジにいる女の子と親しげに話しているのが見える。あのウエイトレスとはまた違う女の子だ。
本当に人気があるんだなぁと思いつつ、私は交差点の方に視線を向けた。
急がないと午後の授業まで遅刻してしまう。
「そう言えば…司、またランチに誘いに来てないよね…」
司達が早退していなければ、だいたいランチの時間はカフェテリアに誘いに来る事が多い。
その事をふと思い出し、携帯を見てみる。でもそこには着信もなく、少しホっとした。
どこに行ってたと問われても言えるはずもないし、またクラスの子に私が順平くんと出て行ったなどと言われたら最悪だからだ。
(さっき帰りがどうとか言ってたし…今日は来なかったのかも)
そんな事を思っていると、通りの向こうから空車が来るのが見えて、私は慌てて駆け出した。
「………っ……っ」
その瞬間、視界がグラリと揺れ、体が傾く。平衡感覚を失っていくのが分かった。
「――――――さん!」
足の力が抜けるのと同時に、順平くんの声が遠くで聞こえた気がしたけど、私はそこでプツリと意識が途絶えた。
最後の授業のチャイムが鳴り響いてすぐ、司はを迎えに二年生の教室がある階へと足を向けた。
「ふあぁぁぁぁ」
特大の欠伸をしながら歩いていく司を見ながら、総二郎とあきらが呆れ顔でついていく。
結局、司はあの後も延々と寝続けて、ランチすら取らず、放課後になってやっと目を覚ましたのだ。
「ったく…司は学校に寝に来てんのか?類じゃないんだからさ」
「こっちが色々デートのプランたててやってるのに、横でグースカ寝やがって」
「あ?仕方ねえだろ?最近、あんま寝れねえんだよっ」
ブツブツ文句を言っている二人を睨みながら、司は二度目の欠伸を噛み殺した。
「ったく、呑気な奴だな…。そんなんで大人のデート出来んのかよ」
「大丈夫だって、総二郎。オレ達が練りに練ったプランだぜ?いくらムード作りの出来ない司でも、これならバッチリ決められる―――――――」
「うるせえ!オレだってやる時はやるんだよ」
「ホントか?ちゃんとちゃんに言えるか?さっきの台詞」
「……何だっけ?」
「「……オイオイオーイ」」
ふと首を傾げつつ足を止める司に、総二郎とあきらはズッコケそうになりながらも、先ほど書き記したメモを渡した。
「これだろ?これ!」
「お、おう……えーと、なになに……って、バ、バカか、てめえ!こんな恥ずい台詞…っ」
「恥ずくない。普通だから、こんなの」
「そうそう。ほら、最初のだけでも言葉に出して言ってみ?」
「う…」
二人の書いたメモを見つつ、司は顔を赤くした。
「…"きょ、今日…デデ、デート…」
「そこで、どもんな!最初の台詞は大事なとこなんだから」
「う、うるせえ!オレは今日まで一度たりとも、こんな台詞、吐いた事はねえんだよっ!!」
「だから童貞なんだろっ」
「てめえ!それを言うなっ!!」
「…ぐぉ」
その失言に司がドカッとあきらの腹を蹴る。あきらは腹を抑えつつ、その場に蹲り、「つ、司、腹を蹴るなっつーの…」と青い顔をした。
「はあ…ったく。いいか?今夜、決めるためには、まず最初が肝心なんだ。いいからちゃんにこの台詞を言え。まずはそこからだ」
「お、おう…分かってるよ」
総二郎に諭され、司はメモを見ながらブツブツと練習している。
そんなこんなでの教室前まで来ると、司の緊張度が一気に増した。
「…"きょきょきょ今日…デデデートし、しよ…しようぜ……"」(練習中)
「「………………」」
司のあまりの緊張振りに、総二郎とあきらは溜息交じりで頭を振った。
「何で、"今日デートしようぜ"っていう簡単すぎる台詞すら言えないんだ?司は」
「…そりゃ経験がないからじゃん?」
「それもそうか…。けど、誘うだけであれじゃ、到底ちゃんをベッドに押し倒すとか…」
「出来なさそうだな…。ま、感情のまま無理やりチューは出来ても、冷静な状態で密室に二人きり、となりゃオクテな二人じゃ難しいか?」
「…ま、そこは酒の力を借りてでも実行するしかねえべ。つーかオレ的には司よりちゃんの方がお堅いと思うけどな」
「言えてる。だって、まだお子ちゃまキッスしかした事ないような純情少女だかんなぁ、ちゃんは。オレが教えてあげたいくらいだぜ」
「…総二郎が手ほどきしたらちゃんが壊れちまうからヤメロ…」
あきらは溜息交じりでそう言うと、未だ台詞を練習中の司の尻をガンと蹴飛ばした。(さっきのお返し)
「サッサと行けよ!ホームルーム終わったみたいだぜっ」
「…う、うっせえな!分かってるよ!!!」
真っ赤になって吠えつつ、司は教室のドアの前に立つ。
そこで何度か深呼吸をしてる姿に、総二郎とあきらも内心(可愛い奴)と笑いを噛み殺した。
その時、突然ドアが開き、のクラスメート達がぞろぞろと出てくる。
そして目の前に司が立っているのを見て、すぐに黄色い声を上げた。
「キャー道明寺さん!」
「やだー!西門さんと美作さんまで!どうしたんですかー?」
「うるせえ、ブス!てめえに用はねえんだよっ」
「いやーん、もっと怒って〜」(!)
司の怒った顔に身悶えているのは、もちろん浅井百合子だ。
その様子に総二郎とあきらは呆れつつ、頭を項垂れた。
「つーかちゃんいる?迎えに来たんだけど」
痺れを切らし、総二郎が尋ねると、浅井百合子は訝しげに首を傾げた。
「さんならランチに行ったきり帰って来てませんけど」
「…は?マジで?」
「はい。あ…何だか一年生の男の子が迎えに来て二人で出て行ったまま、鞄も置きっぱなしで―――――――」
浅井百合子がそう説明した瞬間、司は「どけ、ブス!」と百合子を押しのけ、教室の中へと入っていく。
そこで残っていた女子から、またしても黄色い声が飛んだが、司は無視しての机の前まで歩いて来た。
「アイツ……!」
そこには百合子が言ったとおり、の鞄だけが残されている。
それを手にすると、司は凄い勢いで教室を飛び出した。
「ちょ、司!どこ行くんだよ!」
総二郎とあきらも慌てて追いかける。
司は外まで一気に走ると、「家に帰んだよ!」とだけ叫んで、自分の家のリモへと飛び乗った。
当然、総二郎とあきらも司に続く。
「家に急いで戻れっ」
運転手に凄い剣幕で怒鳴り、司は青い顔のまま、深く息を吐き出した。
「…クソ!あのバカ…っ」
「お、おい司…。ちゃんもしかして、さっき話してた一年坊主と一緒なのか…?」
「…そうみてえだな。もしかしたら先に帰ってるか…でも鞄が置きっぱなしっつー事はそれもありえねえが念のため家に戻る」
「これでいなかったら…二人でどこ行ったんだ…?」
あきらの言葉に、司が拳を握り締める。その顔にはハッキリと怒りの表情が浮かんでいた。
「落ち着けよ、司…。まだ別に何かあったってわけじゃ――――――――」
「何かあってからじゃ遅いだろーが!はすぐ知らない奴を信用しちまうとこがあっからな…!万が一って事も…」
「司…」
自分で言って青くなっている司に、総二郎も言葉を失う。
その時、リムジンが道明寺家に到着し、司はすぐに車を飛び出した。
「…タマ!タマはいるか?!」
エントランスホールに入った瞬間、司が大声で呼ぶと、慌てたように使用人たちが走ってくる。
その中で使用人頭のタマも驚いた様子で歩いてくると、「坊ちゃん、どうしたんです?そんなに慌てて」と呑気に笑った。
「…は帰ってるか?!」
「えぇ?坊ちゃんと一緒じゃないんですか?」
「…………ッ」
タマの言葉に司の顔から血の気が引く。
ちょうど入って来た総二郎とあきらも互いに顔を見合わせ、不安げな表情を浮かべた。
「…クソ!どこ行きやがった…っ」
「あ、おい司!携帯に電話してみろよっ」
「…あ…そうか、携帯!」
動揺していたせいで携帯の存在をスッカリ忘れていた。
司は言われたとおり自分の携帯でに電話をかけてみる。だがすぐに留守電へと切り替わり、強く唇を噛みしめた。
「…ダメだ。すぐ留守電になっちまう…」
「マジ…?つーか…ランチの時間から一年坊主とどこ行くってんだよ」
「どっか連れ去られたとか……」
「バ、あきら!司の前で滅多なこと言うなってっ!それに真昼間から一年のガキがちゃんを変なとこに連れ込んだりしねえだろ」
「まあ、そうだけど……でも今のガキも結構マセてるっつーか…今じゃ中学で脱・童貞は当たり前だからな」
「…ああ、そりゃそーだ。18にもなって童貞のままっつー司がむしろ貴重っつーの?」
「う、うるせえぞ、てめえら!」
二人の会話に青くなったり赤くなったりと司は忙しい。
だがその時―――――――
「…た、大変です…司さま!」
庭掃除をしていた使用人が慌てた様子で家に飛び込んできて、その場にいた全員が一瞬にして固まった。
「……ん…」
薄っすらと意識が戻りつつあるのを感じて、私は寝返りを打った。
やけに背中がフカフカするな、と思いながら、もう朝なんだろうか、と目を擦る。
その時、誰もいないはずの室内に、人の気配を感じ、はハッと息を呑んだ。
「気がついた?さん」
「―――――――ッ」
その声にドキっとして目を開ける。でも薄暗い上に寝起きでは視界がボヤけていて、よく見えない。
でも部屋の雰囲気や空気の感じで、ここが道明寺家の自分の部屋じゃないという事だけは分かった。
「……順平…くん…?」
声の主が誰かと気づき、小さく呼びかける。
すると不意に額へ手が乗せられ、ドキっとして視線を上げた。薄暗い中で私を見下ろしているのは順平くんだと分かる。
「大丈夫…?」
「え…私、何で…」
ボヤけた視界が少しづつ戻り、目の前にいる順平くんの顔もハッキリしてきた。
順平くんは困ったように微笑んでいて、私の頭を優しく撫でている。
「さん、急に倒れたんだよ。覚えてない?」
「え…倒れた…って……」
「タクシー拾おうとして走って行ったでしょ。でも急にフラついたかと思えば倒れるしビックリしたよ」
その話を聞いて、薄っすらと記憶が蘇る。
確かにあの店を出た後、タクシーを拾う為に走ったことも。でもその後からプッツリと記憶が途絶えている。
「…嘘…私、あの時…」
「多分、貧血だと思うよ。オレの母さんも時々そんな風に倒れるからさ」
「…貧血…?」
「最近寝不足だったんだろ。今朝も疲れた顔してたし……」
順平くんは心配そうに言いながら、私の顔を覗きこむ。
それにはドキっとして、すぐに体を起こした。一瞬クラっとしたけど、自分が今どこに寝かされているのかも気になった。
「……ダメだよ。急に起きちゃ…」
「う、うん…。っていうか…ここどこ?何かホテルみたいだけど……」
と言っても私が知ってるようなホテルじゃない事は確かで。
部屋の中は通常のシティホテルよりも狭く、綺麗ではあるがベッドの周りが青い光でチカチカと光っている。
部屋の奥の壁には変な形の十字架があり、その見た事もない装飾と雰囲気で、訝しげに部屋の中を見渡していると、順平くんが小さく噴出した。
「その様子だとさん、こういう場所に来た事ないみたいだね」
「……え…?」
その意味深な言い方にドキっとして顔を上げると、順平くんはベッドの脇に腰をかけて、私の顔を覗きこんだ。
「ここはラブホ。さんや、あのF4の皆さんが使うような豪華なホテルとは違うよ」
「………な…」
(ラブ…ラブホ…?!!ラブホって…あの…?!)
順平くんの説明に、一気に鼓動が跳ね上がり、心拍数が増えていく。
当然、使用した事などないが、何の為に来る所かという事くらいは知っている。
そんなホテルのベッドに寝かされていた事を知り、私は慌ててベッドから下りようとした。
「わ、私、帰る―――――――」
「ちょ、ダメだって!まだフラつくんだろ?」
「や…離してよ!」
無理やりベッドに寝かされ、私はそれでも体を起こそうと体を捩る。
そんな私の両手を押さえつけて、順平くんは上から私を見下ろした。その瞳が少し冷めているように見えてドキっとする。
「暴れんなって…また貧血で倒れちゃうだろ」
「…じゅ、順平くん…」
「別に変なことしようと思ってラブホに連れ込んだわけじゃないから。近くにここしかなかったからさ…」
「…………っ」
そう言われて顔が赤くなった。
順平くんは倒れた私を休ませる為に、仕方なくここへ連れて来てくれたんだと理解する。
「ご…ごめん。あの…迷惑かけちゃって…」
少しでも疑った事を含め、素直に謝った。でも順平くんは何も応えず、ただ黙って私を見下ろしている。
「…あ…あの、もう大丈夫だから…もう帰らなくちゃ…学校に鞄、置きっぱなしだし―――――――」
「クク……クック…」
「……順平…くん…?」
突然俯いて肩を揺らす順平くんに、私は少しだけ緊張した。
順平くんはおかしくてたまらないといった顔で、声を潜めて笑っている。
「…順平―――――――」
「……さんって、ホント、お人よしだね」
「な…何…?」
「…こんな状態でも、まだオレのこと、信じてるわけ?」
「………え?」
「言ったじゃん。ここはラブホ。いくらなんでも何しに来る場所かって事くらい知ってるでしょ?」
順平くんはニヤリと笑みを浮かべ、私を見下ろした。その表情は今まで見せていた無邪気な笑顔と全く違う。
「セックスする場所って分かってるよね。そんなホテルのベッドの上でオレに押し倒されてんのに、"帰らなくちゃ?"。結構呑気だね」
「な…何で…?私が倒れたから仕方なく運んでくれたんじゃ……」
「ぶ…あはははっ!そこがお人よしだって言ってんの!まあ貧血で倒れたのは本当だし、計画より少し早いけど、オレにとったらラッキーだったかな」
「………な…にそれ…計画って……」
彼の言っている意味すら分からない。それでも今、危険な状況だというのは本能的に感じていた。
「ごめんね。オレがさんに近づいたのは好きだからでも何でもないんだ」
「………っ」
「ああ言ってさんの周りをウロつけば、絶対にあの男が動揺すると思ってした事」
「…あ…あの男……って、まさか…」
「そう、そのまさか」
ニヤリと笑う順平くんを見て、私は小さく息を呑んだ。
「道明寺司。あいつを苦しめる為にオレはあんたを利用しただけ。嘘ついて、ごめんね、さん」
「――――――――ッ」
その言葉に愕然としながらも、全てを理解した。
順平くんは何もかも計算して私に近づいてきてたんだ。
あのバーで会ったのだって偶然なんかじゃない…。あの出会いも全て仕組まれていたんだ。
「…やっと気づいた?」
「……最低ね…」
「それは道明寺司の方だよ」
「……司に何の恨みがあるのか知らないけど……こんなやり方、卑怯よっ」
「……卑怯…?じゃあ恐怖で学園を支配して、逆らう者には平気で暴力を振るう道明寺は卑怯じゃないのかよ!!」
「……っ」
順平くんの言葉にハッとした。彼の瞳は怒りで燃えていて、司への憎しみが見て取れる。
こんな目をしていたのに、どうして気づかなかったんだろう。
改めて自分のバカさ加減に腹が立った。
「…私を…どうする気…?」
「さーて。どうしようかなあ…。あのF4のオヒメサマだし…アイツらが呆然とする顔が拝めるなら何でもしてやりたいと思ってるんだけど」
「…………っ」
「ま、その前に道明寺をおびき出すエサをまかせてもらうよ」
「―――――――ッ」
順平くんはそう言った瞬間、私の両手をベッドの上部にある何かで拘束した。
「や…何よこれっ」
慌てて手を動かそうとする私を見て、順平くんはクスクス笑っている。
そして私の顔の横に手を着くと、至近距離で見つめてきた。
「さっき言い忘れてたんだけどさ。ここ、普通のラブホじゃないんだよね」
「………っ?」
「SMって知ってる?そういうプレイが好きな人用の、ちょっと過激なグッズが一式揃ってるホテルでさ」
「な……何…?」
「だからベッドにも手枷がついてる……。女を監禁するにはいい場所だろ?」
「……ちょ…ちょっと外してよっいやっ」
顔より上にあるから気づかなかったが、確かに手首には冷たい金属のような感触がある。
そして動かすたびにジャラジャラと嫌な音がして、私は顔から血の気が引いた。
「あーそんなに足バタつかせても無駄だって。ホラ、足用の枷もあるから」
「や…やだってばっ!」
ジタバタと暴れる私の足を、順平くんはアッサリと拘束し、両足首にも枷がつけられ、一切動けなくなった。
自分の意志で逃げられない恐怖に、私は自然と体が震えてくるのを感じる。
「…やだ…お願い。私を帰して…っ」
「ダーメ。あいつを呼び出すための道具だって言ったろ?」
順平くんは苦笑混じりでそう言うと、ポケットから小さなナイフを取り出した。
「や…何するの……?」
「まだ何もしないって。ただ道明寺をつる為のエサをもらおうかと思ってさ」
「…や…やだ…っっ!!」
ナイフを手に、ゆっくりと近づいてくる順平くんにゾっとして、頭を思い切り振る。
空しい抵抗だとは分かっていても、そうする事しか出来ない。
顔の近くにナイフが来た時、私は恐怖でぎゅっと目を瞑った。その時、耳元でゾリゾリ…っという音がして強く唇を噛む。
「大丈夫。顔には傷つけないから。髪、ちょっともらっただけだって」
「……っ」
その言葉に目を開けると、彼の手には私の髪が握られている。切られたのだと分かって涙が溢れてきた。
「あれ…泣かないでよ…。そんなに切ってないからさ」
「…触らないで…」
頬に零れ落ちた涙を拭う順平くんの手を払うように顔を背ける。
そんな私を見て、順平くんは溜息をついた。
「ごめんね。女の子には髪は大事だよね…。でもすぐ伸びるだろ」
「………やっ何…するのっ」
いきなり馬乗りになってきた順平くんに、またしても恐怖を感じる。
順平くんは私のジャケットのボタンを全て外すと、中に着ているシャツのボタンも慣れた手つきで外し始めた。
それには全身に鳥肌が立つ。
「…やぁっ!」
「何もしないって。ちょっと写真撮るだけ」
「……しゃ、写真……やだっやめてっ」
どれだけ叫ぼうと、暴れようと、両手と両足を拘束されている私にはどうする事も出来ない。
シャツのボタンを全て外され、そこを開かれた時、私は恐怖と悔しさで涙がボロボロ溢れてきた。
「…へえ…やっぱ華奢な体だね…肌も凄い綺麗」
「…いや…っぁ見ないで…っやだっ」
男の目に肌を晒され、羞恥で体が震える。順平くんは上から見下ろしたまま、私の肩から紐を少しだけ下げた。
触れられた瞬間、ビクっと体が跳ねて、全てを見られる恐怖に怯える。
でも順平くんは紐を僅かに下げただけで、私の上から避けた。
「こんな感じ、かな?」
「…な…何する気……?」
「言ったじゃん。写真撮るんだよ。んで、髪と一緒に道明寺に届けるってわけ。これで信用するだろ?」
「……な…っ」
楽しげに話す順平くんは、ポケットから小さなカメラを取り出すと、それを私に向けた。
思わず顔を背けた私に、順平くんは「無駄だって」と笑っている。
「やめて…っ」
「大丈夫だよ。これ見るの道明寺だけだと思うから」
「………っ?」
「あいつ、あんたに惚れてんだろ?だったら絶対、他の二人には見せないよ。だから恥ずかしがる事ないって」
「……最低…。あんたなんか…異常よ!死んじゃえ、バカ!!!」
「…………………」
思わず怒りを口に出していた。でも順平くんは何も言わずカメラのシャッターを切っていく。
そのフラッシュが光るたびに、涙が次から次へと溢れ出た。
「…これポラロイドだからすぐ出来るよ。見たい?」
「……大嫌い!あんたなんか司にやられちゃえばいーのよっ」
「ぷ…あはは…。さんってホント、お嬢様だったの?全然そんな風に見えないよ」
「ち、近寄らないでっ」
再び覆いかぶさってくる順平くんにゾっとして睨みつける。悔しいけど今の私には睨む事しか抵抗する武器はない。
「分かってないなあ…。あんたがオレの手の中にある限り、道明寺司は敵じゃないんだよ。やられるわけないだろ?」
「…………っ」
「これから道明寺を呼び出して、オレの仲間がボコボコにする予定だし?」
「……仲…間…?」
「そ。あいつに恨みあんのはオレだけじゃないんだ。クラブで知り合った連中の中にも結構いてさ」
「…あんた……司に何されたの…?」
いくら司に恨みがあるとはいえ、ここまでするのはやっぱり異常だ。それなりの理由があるなら、何をされたのかくらいは知りたかった。
順平くんは私の問いに一瞬、黙ったけど、溜息交じりで隣に寝転んだ。
「…道明寺は…オレの大好きだった人に大怪我をさせた」
「……怪我…?」
「そう…。自分に逆らったってだけで、その人の腹を蹴って…その人の内臓は破裂。重症だったよ」
「―――――ッ?」
「まあ、あんたが英徳に来る前の話だけどね…。前の道明寺は手がつけられないくらい荒れてて…いつもイラついてた…。
オレの仲間もその頃、あいつにやられた連中でさ。利害関係が一致したから手を組んで…オレがあんたを引っ掛ける役になった」
順平くんは体を起こすと、私の方を見た。その目には先ほど見せた憎しみの色は浮かんでいない。
「…さんには悪いと思ってる。でも道明寺の事は許せない。内臓破裂した人は…オレの唯一の味方だった人だからさ…」
「…味方…?」
「さっき言ったろ?オレんち、そんな家庭だったからさ。その人がよく相談に乗ってくれてて…すっげえ優しくて正義感の溢れる人だった」
「…ホント…だったんだ。さっきの話」
「…全部嘘だと思った?って、これだけ嘘つけば信用されないか」
順平くんはそう言って笑うと、再び私の上に覆いかぶさった。
ドキっとして顔を上げると、怪しく燃えるような視線と目が合う。
「…出来れば…あんたの事めちゃくちゃにして…あいつが後悔する姿を見てやりてえよ…」
「………っ」
「ここで、あんたを抱いて…その映像を見せればあいつ、どんな顔するかな……」
「……や…やめ…て…っ」
脇腹を撫で上げる感触に、全身が総毛立つ。そのまま胸の膨らみへと滑る手が、下着を押し上げようとして、私は思い切りやめて、と叫んだ。
「――――――ッ」
その時、部屋の中に着信音が響き渡り、順平くんはハッとしたように手を止めた。
「…そろそろ時間かな…」
「…じゅ…順平くん…お願い、こんな事やめて…」
「…………」
ベッドを降りようとする彼の背中に向かって、そう呟く。順平くんはゆっくり振り向くと、冷めた目で私を見つめた。
「……あんたには何もしないから安心して」
「……え…?」
「さっきのは嘘。まあ、ちょっともったいないけどさ……」
「…な…」
「オレの事で…………泣いてくれたさんを…これ以上、傷つけるような事、オレにはやっぱ出来ないし」
「……………っ」
順平くんのその言葉は、かすかに声が震えていて。
その声を聞いた時、もしかしたら順平くんも後悔しているんじゃないか、と、ふと思った。
「…順平…くん…待っ…」
「…すぐ戻る」
順平くんはそれだけ言うと静かに部屋を出て行く。その後姿が、やけに寂しそうに見えて、私は強く唇を噛み締めた。

流れ的には原作と異なりますね。
そろそろ類も恋しいなあ…。