行動は愛情
その答えは?
「司…!待てよ!!」
突然、道明寺家に届けられた、ひと房の髪、一枚の写真。
そして一緒に添えられていたメモを見て、司が慌てたように走り出し、それを総二郎とあきらも追いかけて行く。
「ホントに一人で行く気かよ、司!」
「当たり前だろ!これにはオレ一人で来いと書かれてる!そうしないとが危ねえっ」
「でも敵の人数も分かんねえのに――――――」
「関係ねえ!相手が何人いようがはオレが助ける…!だから絶対ついてくんなっ」
「司、お前…」
司の剣幕に、総二郎、そしてあきらも立ち止まる。そして互いに溜息をつくと大げさに肩をすくめた。
こうなった時の司には何を言っても無駄だ、と二人も十分に分かっている。
「分かったよ…。司の思うようにやれ」
「だな。後の事はちゃんを取り戻してからだ」
司の気持ちも考えて、ここは好きにさせようと、総二郎とあきらも敢えてそう言った。
それにがどういう状況に置かれているのか分からない以上、迂闊には動けない。
「必ずちゃん助け出して来い」
「ああ…」
総二郎の言葉に頷くと、司はそのまま屋敷を飛び出していく。残された二人はその姿を不安そうに見送っていた。
「――――大人しくしてた?」
どこかへ出かけていた順平くんが戻って来たのを見て、私は思い切り顔をそむけた。
「…こんな状態なんだから大人しくしてるしかないじゃない」
両手と両足をベッドについている枷で固定され、身動きすら取れない苛立ちをぶつける。
といって私も黙って大人しくしていたわけではなく、何度も大きな声で助けを呼んだ。
でも元々こういったホテルは防音がキッチリされているのか、誰も気づいた気配はなく、順平くんも最初からそれを計算していたのかもしれない。
「ごめんね。でもさんに逃げられちゃ困るからさ」
「…さっきの写真…どうしたの…?」
「もちろん…道明寺クンに無事、届けたよ。案の定、呼び出した場所に一人で向かったって連絡が今入った」
「………っ」
「思ってた通り…道明寺クンの弱点はさんって証明されたね。素直にこっちの条件に従うなんてさ」
せめて西門さん達も一緒なら、と思っていたが、司が彼らの罠にハマった事を知り、悔しさで唇を噛みしめる。
でも司が私の為に彼らの条件に従ったという事は痛いほど分かっていた。だからこそ余計に悔しいのだ。
「…こんな事…もうやめて…!復讐なんて、その人も望んでないはずだよっ」
恩人に大怪我をさせられて頭に来るのは分かる。それは司が悪い。
でもこんな卑怯なやり方は、私も許す事は出来なかった。
でも順平くんは怖い顔で私を睨むと、無言のままベッドの方へ歩いてくる。
「うるさい…。望んでないなんて分からないだろ」
「順平くん…」
「もう遅いんだよ。計画は実行された。今更やめられない」
順平くんは冷めた目つきで私を見下ろすと、制服のポケットから小型のナイフを取り出し、私の頬へと当てた。
その冷たさに血の気が引いて行く。
「今からここに道明寺が来る」
「こ…ここへ…?」
私の問いに、順平くんは無言のままベッドへと腰をかけた。
「ここなら防音もきいてるしね。多少暴れても音は外に漏れない」
「……っ」
「さんのこんな姿を見れば、あいつも余計、抵抗出来ないだろ。さんはその為の人質でもある」
「順平くん…」
司の足手まといにはなりたくない。と言って、すでに司は呼び出され、ここへ向かってるようだし手遅れだ。
その時、部屋のチャイムが鳴ってドキっとした。
もしかして司が?とも思ったが、いくら何でも早すぎる。
「…だ、誰?」
「…オレの仲間が戻ってきたようだ」
順平くんはそう言って歩いて行くと、静かにドアを開けた。
「やっほージュン!」
「よぉ。お嬢さんはどんな感じ?」
「つーかヤっちゃった?」
「―――――」
突然部屋の中に入って来たのは、ガラの悪い男が三人で、手にはそれぞれ木刀のようなものを持っている。
男達はベッドに拘束されてる私を見て、楽しげに笑いだした。
「いーい眺め〜!」
「何だよ、ジュン。ヤんなかったの?」
「大事な人質だ。お前らも手は出すな」
「へいへい」
「真面目だね〜相変わらず」
男達は口ぐちに言いながら、それでも嫌な目つきで私を見ている。
この動けない状態で、男達に囲まれるというのは、かなりの恐怖だった。
「へぇ〜この子がアイツの親戚ねぇ。可愛いじゃん」
「もったいなくねぇ?ヤっちまえばいーじゃん」
そう言いながら男の一人が傍まで来て、私の頬を撫でる。その感触にゾっとして思い切り顔をそむけた。
「おい、触るな。目的は道明寺だけだ。彼女は関係ない」
怖い顔で順平くんが睨むと、男は苦笑しながら肩をすくめた。
「でもアイツが惚れてる女なんだろ?だったら目の前で犯しちゃうのが一番の復讐になんじゃねーの」
「それよか道明寺の代わりに、この女ボコボコにするとかさー」
「言っただろ?彼女は人質に利用しただけだ。傷つけるつもりはない」
「ちぇーつまんねえの」
そのやり取りを傍で聞いて、額にじっとりと汗が滲んでくる。
順平くんの気が変われば、私なんか簡単に傷つけられてしまうだろう。
でも順平くんはそこまでする気がないのか、怯えている私を見て、「言っただろ。さんには何もしない」と、素っ気ないながらも約束してくれた。
彼の目的はあくまで司一人らしい。
「――――お、来たんじゃね?」
その時、部屋のチャイムがけたたましく鳴り響き、男の一人がニヤリと笑いながら立ち上がる。
慌てて顔を向けると、順平くんがゆっくりと歩いて行って、ドアを開けた。
「いらっしゃい、道明寺クン」
「……てめぇ…」
順平くんが中へ促すと、怖い顔の司が入ってくるのが見えた。
「司…」
「……っ?」
司はベッドに拘束されている私を見て小さく息を呑んだが、他にも男が三人いる事を確認すると、深々と息を吐き出した。
「…まどろっこしい真似してくれたなぁ。クソガキが…」
「こうでもしないと、あんた凶暴すぎて手に負えないからさぁ」
「…はなっからオレが目当てか。んでを利用するつもりで近づいた…そう言う事か?」」
「その通り。あ、他にもあんたに恨みを持ってる奴、呼んどいたからさ」
順平くんはそう言って笑うと、他の三人を指差した。
「よーお。道明寺クン。オレの事覚えてるー?前にクラブで会ったよなあ」
男の中の一人が、手に持っている木刀を引きずりながら、司の方へと歩いて行く。
司は表情を変えないまま男を睨みつけると、「あ〜」と首を傾げた。
「オレに鼻の骨折られて泣いてた奴だっけ?」
「…てめえっ」
「前より少しは見れる顔になったんじゃねえの?」
「ふざけんじゃねえっ!お前より先にこの女、ボコにしてもいいんだぜ?!」
「きゃあっ」
男はそう怒鳴ると、私の髪の毛を思い切り引っ張った。その痛みで涙が出てくる。
それを見て司の顔色が変わった。
「やめろ!!!そいつは関係ねえ…用があるのはオレだろ?どうして欲しいのか言ってみろ!!」
「フン…そうだなぁ…。ま、お前はオレ達に手出しも出来ないまま、ボコボコにされてりゃいーよ!!」
男が持っていた木刀を振り上げる。司はそれを避けるでもなく、まともに額へくらった。
「きゃあっっやめて…!!」
鈍い音と共に、司の額から一気に血が吹き出たのを見て、思わず叫ぶ。
司が抵抗しないと分かった途端、他の二人も司に殴りかかって行った。
「…あん時はよくも病院送りにしてくれたなぁ!」
「オレだって、アバラ折られて、てめえはいつかボコってやろうと思ってたんだよ!!」
「F4だか何だか知んねえけど、いっつもイイ女ばっか侍らせてよぉ!!気に食わねえんだよっ!」
男達は司の顔や腹を殴りつけながら、それぞれの怒りをぶつけている。
順平くんは私の傍に立ちながら、それを黙って見つめていたが、何の抵抗もせず殴られている司を見て、私は「やめて!!」と何度も叫んだ。
「順平くん!やめさせて!こんな事したって何も――――」
「!!お前は黙ってろ!!」
「……司…?!」
その時、殴られながらも、そんな事を言う司に、はっと息を呑んだ。
「お前は…目瞑って大人しくしてろ…!すぐ終わるから…っ」
木刀や拳で殴られた傷から血が流れ出しても、司は未だに抵抗すらしていない。
その姿に涙が溢れ、唇を噛みしめた。
「ぷ…ぁはははっ」
その時、今まで黙って見ていた順平くんが、突然笑い出し、軽く手を叩きだした。
「そんなにボコボコにされてるのに余裕だねえ、道明寺クン」
「……うるせえっ。てめえもオレに恨みがあんだろ?!だったら気の済むようにしろよっ」
「…ふーん。少しも反省してないって感じだな」
「ちょ、順平くん…何するのっ?」
不意に傍にあった木刀を手にした順平くんに慌てて叫ぶ。
同時に順平くんは振り上げた木刀で、司の背中を殴りつけた。
「…ぐぁっ」
「痛い?そりゃ痛いよねぇ。でもこれまであんたに殴られてきた奴らも同じように痛い思いをしてんだよっ」
「…………」
「何だよその目…悔しそうだね。殴り返したい?でもオレを殴れば彼女はどうなってもしらないぜ?!」
自分を睨みつける司に、順平くんは忌々しげに私を指差した。
司は一瞬だけ私を見ると、「んなもん効かねえんだよ…」と鼻で笑う。
「てめえ…ぶっ殺してやる!!」
その態度に順平くんはカっとしたように司に殴りかかった。
「やめてよ!!やめて…!!」
四人に殴られている司を見て、涙が溢れてくる。
人から殴られた事なんかないクセに…普段はあんなにも強いのに、きっとやり返せば、こいつらより強いのに。
それでも手を出さないのは……きっと私のせいだ。
「…やめてぇぇ!!」
それが痛いほどに分かるから、止めずにはいられない。
「チッ、うるせえな…!オイ、この女も黙らせようぜ」
「―――――っ」
一人がこっちに歩いてくるのを見て思わず目を瞑る。
が、「やめろ!」という怒鳴り声が聞えてハッとした。
「彼女には手を出すな」
その声にそっと目を開ければ、順平くんが怖い顔で男を睨んでいた。
「…もういいだろ。これ以上、騒ぐとさすがにバレる」
司は血を流したまま床に倒れていて、それを見下ろしながら順平くんが言った。
仲間の男達も気が済んだのか、「そうだな…」と息を整え、倒れている司を笑う。
「これ以上殴るとこっちの手がいかれちまうし」
「こいつも少しは思い知ったろ」
「これに懲りたら二度とでけえ顔して歩いてんじゃねえぞ!」
「行こうぜ。今夜はクラブで祝杯だろ?」
「お、それいいねえ〜!」
男達は笑いながらそう言うと、次々に部屋を出て行く。
それでも順平くんだけは私の方に歩いてくると、涙で濡れた頬を指で拭った。
「触らないで…っ」
顔をそむけてその手を払うと、順平くんは少しだけ悲しそうな顔をした。
「最低よ、あんた達…!!こんなやり方でしかケンカ出来ないの?!」
「……や、やめろ……」
「…司!」
倒れていた司が小さく呻く。それを見た順平くんは小さく息を吐き出し、私の手足を拘束していた枷を外した。
慌てて起き上がると、倒れている司に駆け寄る。あちこちから出血していて酷い怪我だ。
「…司…」
その傷を見て声が震える。その時、順平くんが小さく「ごめん…」と呟いた。
「…さんを泣かせるつもりはなかったんだ…」
「…今更ごめん?そんな言葉いらないから早く出てって!!もう気が済んだでしょっ」
涙を堪えて睨みつけると、順平くんは無言のままドアの方へと歩いて行く。
「…もう二度とその顔見せないで」
そう言い放った時、最後に私を見た順平くんは何も言わないまま静かに部屋を出て行った。
瞬間、一気に静寂が戻る。その中で司の苦しげな息遣いだけが響いた。
「…司…司…!大丈夫…?!」
ピクリとも動かない司を見て、必死に名前を呼ぶ。すると僅かに目が開き、司は軽く咳込んだ。
「…だ、大丈夫なわけねえだろ…。肋骨…折れてやがる…」
「バカ!!!何でやり返さないのよ!!あんたなら四人くらい、あっと言う間にやれるでしょっ」
あれだけ強いのだ。いくら私が人質に取られてるからといって、何も一方的にやられなくても方法はあったんじゃないかと思ってしまう。
でも司は呆れたように息を吐き出すと、「バカか、お前は…」と呟いた。
「手ぇ出したら…オレの負けだ…。お前を守った事にはならね…」
「……司…」
傷ついた手で、そっと私の涙を拭く司に、胸の奥が痛くなる。
でも次の瞬間、その手がするすると落ちて、私は小さく息を呑んだ。
「司…?司…!やだ…目を開けてよっ」
どんなに揺さぶっても、名前を呼んでも反応しない司に、体中の血が一気に引いて行く。
「…やだ…司ってば……死んじゃやだっ!司―――――」
感じた事もない恐怖が頭の奥でぐるぐる回ってる気がして、私は必死になって司を呼んだ。
その後の事は記憶になく。気が付いたら私は病院のベッドに寝かされていた―――――
目が覚めた瞬間、私は思い切り起き上がった。
真っ白い天井と独特の匂いで、そこが病院だとすぐに分かったけど、同時にあの恐怖も思い出し、慌てて囲んであったカーテンを一気に開ける。
でも隣のベッドを見て一瞬、目の前が真っ暗になった。
「…司…?!」
そのベッドには誰かが横たわっていて、顔には白い布。
ベッドの傍には西門さんと美作さんが座っていた。
「…ちゃん…気がついた…?」
「美作さん…」
「一足遅かったな……最後は苦しまずに逝ったよ…」
「…西門…さん…?」
「…くっ…」
二人はいつもの調子じゃなく。声がかすかに震えていて。
ベッドに横たわる司から目を反らしている。
「司の奴…最後まで…ちゃんの名前を呼んでたよ」
「…うっぅぅ…」
「……嘘…」
二人が私に背を向け、肩を震わせる。その瞬間、恐れていた現実が目の前で起きてると気付き、涙が溢れて来た。
「…やだ…司、死んじゃやだ…!目を開けてよ…!」
ベッドから飛び降りて司の体を思い切り揺さぶる。
「私なんか助けに来たせいで…死なないでよ…っ司…!!」
何の反応もしない司の体に覆いかぶさり、大声で叫んでも、後悔ばかりがこみ上げて来て涙が止まらない。
こんな事になるなら、もっと優しくしてあげれば良かったとか、何で会うたび憎まれ口しか叩けなかったんだろうって次々に頭に浮かぶ。
「…ごめんね…。司の言う事も聞かないで順平くんと出かけたりして…。そりゃ文句言われた時は彼氏でもないのにうるさいなとか思ったけど、でも司の我がままなんか、たかがしれてたのに…」
「…………………」
「確かにこうなったのは司がバカだからだし、人から恨みを買うような、どうしようもない性格のせいだけど…でも死んじゃうなんて――――――」
「てめえ……」
「―――――っ?!」
「それが恩人に対する態度か……?」
「………司っ?!!」
突然、聞き覚えのある低音の声が聞こえ、私は慌てて顔を上げた。
目の前には死んでる司…ではなく。目を細めて額をピクピクさせてる、いつもの――機嫌の悪そうな――司がいる。
「……な、何で―――――」
「ぶぁっはっは!!…オレもう駄目…!」
「ぶははは!!大成功〜〜!!」
「に、西門さん?美作さんまで……」
死んだはずの司が目を開けてしゃべった、という事実に混乱したのと同時に、今度は後ろで泣いていたはずの二人が大爆笑しだして、私は一瞬、固まった。
が、すぐに騙された事に気付き、真っ赤になる。
「な…だ、騙したわね!!」
「どぁっはっはー!腹いてえーー!」
「ちゃんの今の顔…!」
「死んじゃやだ!って、かっわいいの!ぶははっ」
「…………(ぶちっ)」
いつまでも大爆笑している西門美作コンビに、さすがの私もキレた。
といって、その怒りは死んだふりをしていた司に向けられ、思わず目の前にある首に両手をかける。
「司ぁぁぁ!!」
「ぐえっ!」
「…ぁはは…って、ま、待て、早まるな!」
「やめろ、ちゃん!オレ達が悪かった!!」
「離して!!殺してやる、こいつなんかーー!!」
怒りのせいで司のお腹にまたがり首を絞める私を、二人が必死に止める。
本気で泣いた自分がバカみたいで、後になって凄く凄く恥ずかしくなった。
「…ったく!怪我人に何しやがる…!肋骨3本も折れてるってのに腹の上に乗るか普通?!」
「何よ…そっちが悪いんでしょ!顔に布切れなんかかけちゃって!!」
「ごめんね、ちゃん…。オレらが言いだしたんだ…悪ノリしすぎてホント悪かったよ」
西門さんと美作さんが顔をひきつらせて頭をかいてる姿に、私は思わず目を細めた。
確かに腹は立ったけど、司は怪我だけで済んだのは良かったと思っているし、助けてもらった事には変わりない。
「ま、って事でオレらは帰るけど…ちゃんは司についててやって」
「…え、西門さん達、帰っちゃうの?」
「ちょっとやる事あってさ」
西門さんはそう言うと、笑顔で立ち上がった。
「司。今回の事はオレ達に任せとき。ボッコボコにしてくれっからよ」
「おう。これ持ってけ」
司はそう言うと何かを書いたメモを二人に渡す。
そのやり取りを聞いていて、嫌な予感がした。
「え、ちょっと待ってよ…。もしかしてやり返す気なの?」
「ったりめえだろ。このまま済まされるか。お前だってムカついてんだろ?」
「そ、そりゃ…。でもこれじゃまた恨み買うし――――」
「大丈夫。もう二度と復讐しようって気にならないくらい、オレ達がやり返してくっから」
西門さんと美作さんはそう言って笑うと、「司は大人しくしとけよ」と言い残し、病室を出て行ってしまった。
「………」
二人が帰った事で急に静かになった気がして気まずくなる。
さっきの今じゃ、何となく司の顔も見づらかった。それに、いくら悪ノリしたからといって、死んだフリをされたのはやっぱり腹が立つ。
「おい」
「………」
「おい。何だよ。急に黙り込みやがって…。まだ怒ってんのか?」
「………(当然じゃない)」
と内心思いつつ司から顔を反らし黙っていると、司はムッとしたように目を細めた。
「おーそーかい。そーいう態度かい。上等じゃねえか、てめえ」
「………」
「余計な事したってわけかよ。今頃ボコボコにされて、最悪の処女喪失だったかもしれねえんだぜ?」
「……自分だって童貞のクセに」
「な…!何で知って―――っていうか、うっせえ!だいたい何だよ!いっつもいっつも、つっかかりやがって…怪我人に対して労りの言葉もかけられねえのかっ」
「―――――っ」
とうとう怒りだした司の言葉にドキっとした。でもさっきの恐怖が今も心の奥に残っている。
「な…何だよ…」
不意に涙が零れ落ち、それを見た司はギョっとしたように目を丸くした。
「だって…さっきホントに死んじゃったと思ったんだもん…。あ、あんな奴らに殴られるの我慢しちゃって…ホントに死んだと思ったんだから…なのにふざけてるし…」
「…………(すっげー可愛い…)」
言えば言うほど泣けてきて、司が真っ赤になってる事にも気付かず、私は必死に溢れてくる涙を手で拭いた。
「わ…悪かったよ…。謝るから、そんな泣くなって…(可愛すぎるっ)」
不意に頭を撫でられ顔を上げると、司は困ったような顔で私を見ていた。
「オレは…お前が無事なら良かったんだよ…」
「……司…」
「お前はオレが助ける…。これからもな」
「…………ぷ…包帯だらけでカッコつけないでよ」
「あのな…お前泣くか笑うかどっちかにしろよ。不細工になるぞ」
セリフと格好がミスマッチで思わず噴き出せば、司は呆れたように笑った。
確かに司は我がままで勝手でオレ様だけど、いつも私がピンチの時は、体を張って助けてくれる。
こんな私の事を守ると言ってくれる。それが何だか妙に心に響いて…司の不器用な想いがハッキリと伝わって来た。
「それよりお前、美容室に行かねえとな」
「え?あ…そうだった」
順平くんに切られた事で、髪の片方だけ短くなっている事を思い出し、がっくりと項垂れる。
切られた方の長さに合わせると、多少今よりは短くなってしまうのが少しだけ悲しかった。
「せっかく伸ばしてたのになぁ…」
「んなへコむなよ。また伸びてくんだしよ」
「そうだけど…」
そう言った時だった。不意に病室のドアが開く気配と同時に司がふと顔を上げる。
「どうしたの…?怖い顔して――――」
そう言いながら司の視線が向いている方へ振り返った。
「…なっ…何しに来たの…っ?」
病室に入って来たのは順平くんで、私は一瞬、司にとどめをさしにきたのかと思った。
「来ないで!これ以上、何をする気なの?!」
「どいてろ、」
「でも…」
「いーから」
司は冷静にそう言うと、順平くんを見て「何の用だよ」と目を細めた。
私はいつでも彼を止められるように枕を抱きしめていたけど、順平くんは拍子抜けするくらい明るい笑顔を見せる。
「別に何かしようと思って来たわけじゃないから安心してよ」
「わびでも入れに来たのかよ。まさかな」
「ぷ…っまさか!」
順平くんはそう言って笑うと、清々しい笑顔のまま司に微笑む。
「冗談でしょ?全然悪いと思ってないもん。あんたが中学の時、内臓破裂させた人間に比べれば、そんなのまだまだ」
「…っ?お前…あいつの知り合いか」
司は思い出したのか、少しだけ驚いたように順平くんを見た。
「…兄弟みたいなもんだった」
「……あいつ、今どうしてんだ」
「今は転校して神戸の学校にいるよ」
「そっか…生きてんだ。で?気ぃ済んだか?」
「まあね。あれだけ殴られたあんた見たらスッキリしたさ」
順平くんはあっさりと言い放ち、私は内心ホっと息をついた。
「なら出てって。もう用はないでしょ」
「…………」
「もう二度とこんな事しないで。順平くん自身の為にも言ってるの」
「うん…。さん…ボク、今日はあなたにきちんと謝ろうと思って来たんだ」
「…え?」
「あなたには申し訳ない事をしました。ごめんなさい」
「………っ」
素直にぺこりと頭を下げる順平くんを見て、やっぱり本当は素直ないい子なんだ、とふと思う。
最初のきっかけは何であれ、私に見せてくれてた無邪気な一面が、きっと本当の順平くんなんだと。
「い、いいから…。早く帰って」
「……もし…さんが道明寺の好きな人じゃなかったら、ボク達もっと違う形で友達になりたかった。凄く残念…」
「………」
順平くんはそれだけ言うと、静かに病室を出て行った。
最後に見せた顔は、少しだけ寂しそうで。つい優しい言葉をかけてしまいそうになったけど何とか堪えた。
確かにひどい目にはあわされたけど、でも司ももっとひどい事をしてるし、そのせいで順平くんも傷ついたのだから、彼の痛みも理解できる。
「えらく屈折した野郎だな。ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど気が失せたぜ」
「………(司も十分に屈折してると思うけど)」
なんて思っても口には出さず、改めて病室を見渡した。
広いとは思っていたけど、、どうやらここは特別病棟にある個室のようだ。
その中にベッドが二つあり、私はその片方の予備ベッドに寝かされていたらしい。
「それより。お前、体は大丈夫かよ」
「え?うん。怪我させられたわけじゃないし――――」
「そうじゃねえよ。さっき急に意識失ったろ。ったくマジで焦ったぜ。こっちは怪我して動くだけで痛いってのにオレが救急車呼んだんだからな」
呆れ顔の司の言葉を聞いて、私は倒れる前の記憶がかすかに蘇った。
あの時は司が死んじゃったかもしれないとパニックになっていて、頭の中も混乱していたはずだ。
「嘘…。じゃあ私また倒れたんだ…」
「また?またって何だよ」
「え、だから順平くんとランチに行って学校に戻ろうとした時にフラっとして…」
そこまで話してハッとした。司は怖い顔で私を睨んでいて、つい顔が引きつってしまう。
「ランチねえ…んで帰りに貧血起こして拉致られたってわけか」
「う…そ、それはその…。だ、だってあの時は順平くん強引で断り切れなかったっていうか、司に恨み持ってるなんて知らなかったし――――」
「バーカ!だから良く知りもしねえ男とは仲良くすんなっつったろうが!近寄って来ても無視しろ無視!」
「バ、バカって…それにまた勝手な事ばっかり…っ」
「うるせえ!とにかく、お前は貧血気味だって医者が言ってたから、今日は一日入院しとけってよ!」
「え、入院って大げさな…」
思わずそう言えば、司は怖い顔で私を睨んだ。
「お前は疲労で倒れたのも同じなんだよ。いいから寝とけ」
「……寝とけって…ここ司の病室でしょ」
「だからお前のベッドはそこに用意させてんだろーが」
「え、これ…」
「今は他の個室も満員らしいからな。は一日だけの入院だし同じでいいってオレが言ったんだ」
「な…え?って事は私は今夜この病室に……」
「何だよ。嫌なのか?」
私の態度に司は不満げな顔をした。
でもいくら親戚同士(今は義兄妹だけど)だからといって、男と女が二人同じ病室って微妙な気がする。
しかも相手は何故か私に好意を持っている男だ。一つの個室に一緒に入院となれば多少は考えてしまう。
(でもまあ…司は怪我人だし…別に危ない事もないか…)(!)
それに特等室だし、という答えに達し、私はニッコリ微笑んだ。
「別に嫌じゃないけど…」
「当たり前だ。この特別室と、知らない奴が大勢いるタコ部屋とじゃ比べもんにならねえだろ」
「………(やっぱ偉そう)」
ふんぞり返ってる司に思わず目を細めつつ、自分のベッドに寝ようと椅子から立ち上がった。
が、不意に手を掴まれドキっとする。
「な、何?」
振り返ると、司の顔はやけに真剣で、勝手に鼓動が速くなっていく。
司から好きだと言われて以来、今日まで何とか誤魔化しながら接してきたけど、こんな風に二人きりになる状況は殆どなかった。
だからこの状況でそんな顔をされると余計に意識してしまう。
「悪かったな…」
「…え?」
「昔の事とはいえ…オレのした事でお前を巻き込んじまって」
司はそう言った瞬間、私の手を強く引いた。
あっと思った時にはもう遅くて。気付けば私は司の腕の中、強く抱きしめられていた。
「ちょ、ちょっと…っ」
「お前が怪我しなくて…マジで良かった…」
「…………」
耳元でかすかに聞こえた司の声は少し掠れていて、どれほど心配してくれたのかが、腕の強さからも伝わってくる。
だから、いつものように怒れず、簡単に司の腕を振り解けなかった。
「私こそ…。助けに来てくれてありがと…」
いつもより少しだけ素直になって、さっき言えなかった言葉を口にする。
同時に司は驚いたように私を見た。そして困ったように笑うと、
「…言ったろ。お前はオレが守るってよ」
「……司…」
その言葉に、熱い眼差しに、顔が赤くなったのが分かる。鼓動がどんどん加速して、司の体温にさえドキドキしてきた。
こんなに近くで見つめられ、恥ずかしいのに目が反らせない。
だから自然と司の顔が近くなって、互いの吐息が交わるくらい唇が寄せられた時も、体が固まって動けずにいた。
「…っと、わりい…」
「…………っ」
「ここで、しちまうと正月の時と同じだよな…」
不意に司が離れ、そう呟いた時、やっと我に返った気がして顔が真っ赤になった。
「あ…当たり前でしょ…!何、普通にしようとしてんのよっ」
「あ?今はそういう空気だったろが」
「く、空気って…そんなわけないでしょっ」
いつもの調子が戻って、慌てて司から離れるとベッドから飛び降りる。
そんな私を見て、司は深々と溜息をついた。
「…んな警戒されたら何にも出来ねえな」
「…な、何よそれっ。何するって―――――」
「そりゃぁ…色々したいに決まってんだろ。オレはお前に惚れてるんだぜ?」
「――――――っ!」
普通の顔で、とんでもない事をケロっと言い放った司に、私は目が丸くなった。いや若干、飛び出したかもしれない(!)
(こ、こいつ…何言ってんの?!い、色々……したいって何よ!)
「わ、私はしたくない!」
何となく身の危険を感じて慌てて言えば、司は訝しげな顔で私を見た。
「お前も変な奴だな。男女が好き合ってたらトーゼンの事だろ。ま、総二郎みたいな不潔な奴もいるけどよ」
「……っ?!」
(好き合ってる?!)
その言葉にギョっとした。司の顔は至って普通で、冗談を言っているようには見えない。
「ちょ、好き合ってるって何よ…私は――――」
「知ってるよ。類が好きだってんだろ?」
「…………っ」
「だから今は何もする気ねえよ」
「い、今は…?」
その言い回しに少し引っかかって意味を問うように見れば、司は小さく息を吐いてベッドに寝転がった。
少し顔をしかめたところを見れば、折れた肋骨が痛むんだろう。
「お前が誰を好きだろうとオレは諦めねえ」
「……な…」
「だから…お前がオレを好きになるまで…待つっつってんだよ」
それは静かな、それでいて揺るぎない強さを持った言葉だった。
真っすぐに私を見つめる司の真剣な目が、それを証明しているような気がして、私は何も言えず自分のベッドに戻ると一気にカーテンを引く。
これ以上、司と向き合っていたら、自分でも分からない感情に流される気がしたのだ。
素直に司の気持ちは嬉しいし、助けてくれる事にも感謝している。最初の最悪だった印象も、今は全く違う形へと変わっていた。
でもだからといって、司を好きかと問われればハッキリと答えられる自信はない。
また、そんな曖昧な気持ちで応える事も出来ない。
「…」
ベッドに潜り込んだ時、カーテンの向こうから司の声がした。
「な…何…?」
「前にも言ったけどよ…。周りの状況がどうだとか…難しい事は考えるなよ?」
「……え?」
「きちんとオレだけを見て…考えろよな」
司の言いたい事は分かった。
今、私は道明寺家の養女で、司とは義兄妹だ。
でも司はそういった事で答えを出さないでくれ。そう言いたいんだ。
「……分かってる」
ベッドに潜り込みながらそれだけ答えると、「…サンキュ」という司の優しい声がかすかに聞こえた。
「うーっす!元気かよ!」
「楽勝!楽勝!」
次の日。西門さんと美作さんが元気よく病室を訪ねて来た。
でもちょうど私と司は下らない事で言い合いをしていて、その訪問に全く気付かなかった。
「だから毎日、見舞いなんて無理だってば!」
「何い?オレが誰のせいでこんな怪我したと思ってんだっ。それにどーせ暇だろうが」
「怪我の事は悪いと思ってるけど…って暇で悪かったわね!っていうか、これでも色々と忙しいの!これから習い事だって行かなくちゃいけないし!」
「ああ?習い事だぁ?!」
「そうよ。この前おば様に言われたの。道明寺家の養女になったんだから当たり前でしょっ」
「ふざけんな!ババァの言う事なんかほっとけよっ」
「……つか何してんだ?二人は…」
「さあ?まあ仲がいいっつー事でいーんじゃねえか?」
「「よくない!!」」
そこで思わず同時に突っ込む。ついでに西門さんと美作さんが来ている事に初めて気づいた。
「って、お前ら来てたのかよ」
「おう。つい今な」
「でも来たとたん二人が言いあいしてるし何かと思ったぜ」
「だって司が毎日見舞いに来いなんて言うから…」
思わず二人に愚痴れば、司が怖い顔で睨んできた。
「あったりめーだろ。誰のせいで入院するはめになったんだよ」
ああ言えばこう言う。さっきから、こんな状態で一向に話が進まない。
「だから一日おきにくるって言ってるじゃない…」
「やだね。その空いた一日が暇だろーが」
「だったら西門さん達に来てもらえば?」
あまりに勝手な事を言う司に頭にきてそう言えば、二人は笑いながら肩をすくめて歩いてきた。
「それより見てよ、これ」
「え?」
「こいつらだろ?司をボコボコにした奴って」
二人はそう言って一枚の写真を私と司に見せた。
そこには順平くんと一緒になって司に暴行していた三人が映っている。
しかもこの前とは少し違った風貌で。
「ぷっ!何これ!」
「ぶははっ!誰だよ、これ!!」
綺麗にバリカンで剃られたのか、先日まではドレッドだのロン毛だった男達が全員丸坊主になっている。
その姿に司と二人で大笑いした。
「笑うだろ?ちょっせーよ、こんな奴ら」
「しまいにゃ助けてくれって泣きだすしよぉ」
「弱いなんてもんじゃねえよ。激弱!司、マジでこいつらにやられたんか」
「やられたってもんじゃないの。もうボーコボコで雑巾状態」
「てめえ、!!」
ふざけて言えば、司がムッとしたように怒りだす。
それを無視して、美作さんが思い切り首を振った。
「しかしケンカ無敗の司がなあ…。このままだと、いつか犯罪者になると思っていたが…」
「女の為にやられてやるなんて――――――」
そう言いながら嬉し涙を流したかと思えば、二人は何故か私と司を見てニッコリ微笑んだ。
「「"愛"だよなあ」」
「――――――(げっ)」
なるべく避けていた問題をあっさり口にした二人に、ギョっとする。
これ以上ここにいれば間違いなく話はそっちに流れる気がして、私は慌ててカーディガンを羽織った。
「わ、私これから検査が―――――」
「ちゃん」
病室から逃げ出そうとした瞬間、目の前に西門さんが立ちふさがり、「う…」っと声を詰まらせた。
その目つきは、いつものふざけた調子ではなく。どことなく危険な香りがする。
「わー綺麗な顔…」
西門さんのドアップに引きつりつつ、ふざけて言えば、西門さんは更に顔を近づけて、ドアのところには美作さんが立って逃げ場を塞いでいる。
西門さんや美作さんがこういう態度の時は大抵ろくな事は言わない。私は嫌な予感がして、顔をひきつらせながら僅かに後退した。
「司はいいぞー。金持ってるし、資産数千億」
「…はい?」
「たぶんオレ達の中でも一番つえーし」
「………そ、それは良く知って――――」
「浮気は…多分しねーし」
「う、浮気…って…」
「そうそう。ちゃんが困った時は必ず助けに行くし」
「…………う、や…あ、あの」
いつになく迫力のある二人に、私は本気で顔が引きつって来た。
この流れはどう考えても……
「養女もいいけど、実際血は繋がってねーんだし肩身は狭いだろ?でも道明寺家の嫁になったら更にいいぞぉー」
「よ、嫁…?!」
「そうそう!何の遠慮もなく贅沢できるし、息子が生まれりゃ後継ぎにも出来る!誰もが憧れる上流クラスがそこにあるんだぜ〜」
「…アッパッパー?(むかっ)」
「まあ…ちょっとバカなのが玉にきずだけどよ」
「司…アッパッパーじゃなくてアッパーだって」
美作さんは苦笑交じりでそう言うと、西門さんと二人で私の目の前に立った。
美形二人が目の前に迫ってくると、かなりの迫力で少し怖い。
「ここは一つ、司で手をうたねえ?」
「…は?」
「きっと大事にしてくれると思うし!他の女に惚れてる男より数倍いいだろ」
それが花沢類の事を言ってるんだと分かり、ドキっとした。
でも今はこの窮地を逃げ出さない事には二人に押し切られてしまいそうだ。
「で、でも私、上流階級とかには興味がないって言うか…」
「いやいや甘いよちゃん!世の中、金と権力だって」
「そう!世間はそんな肩書で全てを見る奴ばっかだから。でも道明寺家の跡取り息子と結婚すれば誰もがひれ伏すぜ?」
「で、でも私、そんな権力とかもいらないし…穏やかに暮らしたいっていうか…」
「何言ってんの。穏やかに暮らす為の金と権力だろ」
二人はいつになく強引で、その迫力に本気で怖くなって来た。
といって上手い言い逃れも浮かばない。だいたい昨日の今日で答えなんか出るはずもないのだ。
(しかも結婚…?!飛躍しすぎだよ、二人とも…。まだ司が好きかどうかも分からないっていうのに…!)
司も昨日は私の気持ちが自分に向くまで待つと言ってくれた。きっと強引な方法は望んでないはずだ。
そう思って黙ってないで何とか言ってよ、と訴えるように司を見たが、司は何故か怖い顔で私を見ている。
その顔を見て助け舟を出す気はないと踏んだ私は、どう言い訳しようかアレコレ頭の中で考えた。
「で、でも、でも私――――」
「てめ、でも、何だよ!さっきから聞いてりゃ文句ばっか言いやがって…そんなにオレが嫌なのかっ」
「……っ」
とうとうキレたのか、司が怖い顔で怒鳴りだした。
そこで司の不機嫌な理由が分かり、私は慌てて首を振ると、
「ち、違…嫌とかそういうんじゃなくて…その…」
「じゃあ何だよ…!!」
「だ、だから……司ってほらその……何か…犬みたいで……」
「……犬ぅ?」
「はう…っ」
言った後でしまった、と思ったが口から出てしまったものは取り消せない。
ここ最近ずっと追いかけられてる気がしていて、だからそのイメージが何故か"犬みたい"という言葉で出てしまっただけなのに、司は思い切り勘違いしたようだ。
「オレが犬だぁ?!」
「ご、ごめ……っていうか、私、検査に行ってくるね…!」
司が怖い顔のまま固まったのを見て、私は急いで病室を飛び出した。
その後から、「わー!司!大丈夫かっ」という西門さん達の慌てる声が聞えたけど、それも無視してエレベーターへと向かう。
「…はあ…変なこと言っちゃった…」
静かな特別病棟の廊下を歩きながら、深々と息を吐く。
でも少しづつ追い込まれて行きそうで、それが少し怖かった。
(…それに…司とそんな関係になったらって考えただけで…)
"言ったろ。お前はオレが守るってよ"
その時、ふと昨日の言葉を思い出し、ドキっとした。
あの時は確かに嬉しくて、同時に心臓がドキドキしてた。
きっと…女の子なら誰もが嬉しくなるようなセリフで。それを口に出来る司は凄いと思う。
(でも…あいつが私の彼氏に…?いやいや…結婚すれば夫になるわけで…)
想像してみても猛獣使いになったような気分にしかならず、再び溜息が出る。
とはいえ、大阪の時も含め、助けてもらった時は感動したし、今回はあのエベレストよりもプライドの高い司が私の為に殴られてくれたって思うと胸が痛む。
(…って、傷んじゃ駄目じゃない。トキメかないと…!)
花沢類の事を考えたらドキドキするように、司にもあのトキメキが感じなければ、そんなのは恋愛じゃない。
「…恋愛かあ…。私は何を望んでるんだろ…」
司や、花沢類のように、誰かを真っすぐに愛したい。
そう願っているのに、今の私はどれもが中途半端で答えが何一つ出ない。
「私は…何が一番欲しいのかな…」
父親の会社が倒産してから、自分の感情を押し殺して我慢できるものは全て我慢してきた。
そのせいで、諦めるクセがついてしまったのかもしれない。恋愛も、夢も、何もかも―――――
こんな私は、司に好きになってもらえる資格なんかないように思えて、私はまた一つ、溜息をついた。

少し久しぶりに更新。
繋ぎとして、あの原作の流れを合間に入れてみた。
そう言えば花男、また再放送してますね☆
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■こんな素敵なサイトがあったなんて!私も少女漫画で夢を書いていますが、ここまで美しく、惹かれる描写を表現できる才能がうらやましいです!またお邪魔しますね☆( 社会人 )
(そう言って頂けて感激ですです!これからも楽しんでもらえるようなお話を書けるよう、頑張りますね!)