春の嵐、
到来E
「…そろそろ帰るぞ、総二郎!!」
そんな司の一言で、この日のダブルデートは即刻終了。総二郎としては何とも早いお開きとなった。
「あ〜あ。せっかくディズニーランド内にあるホテルのスイート予約してたのに」
帰りの車中、ブツブツ文句を言う総二郎を、司はムッとした顔で睨みつけた。
「うるせぇ!好きでもねえ女とスイートなんかに泊れるかっ!だいたい今日だってダブルデートなんて聞いてねえっ」
「仕方ねえじゃん。この前お前が勝手に帰ったおかげで俺達は散々だったんだから」
「けっ。うちの船で帰ってこれたんだから良かったじゃねぇか」
「あのな…ジェット機で一気に帰んのと、船と飛行機乗りついで帰るのとじゃ疲労感が違うんだよ!あの子達だってコンクール出るのやめて別荘に来てくれたんだぜ?」
「知るか、んなもん!俺が呼んだわけじゃねえ!あんな女の相手させやがって」
司はいっそう不機嫌になり、そっぽを向いて目を瞑る。その様子を見て、これ以上言ってもキレるだけ、と総二郎は気持ちを切り替えた。
「つーか、まだ5時にもなってねえし。どーすんの、これから」
「…あ?どーするって帰るに決まってんだろが」
「お、やっと家に戻る気になったのか?」
総二郎が身を乗り出すと、司は更に目を吊り上げ、「んなわけねぇだろ」と怒りだした。
「着替え取りに行くんだよっ」
「はあ〜?じゃまたクラブで朝までかよ…。ま、俺はいーけど…。んじゃ、あきらも呼ぼうぜ。人妻彼女とデートつってたけど呼べば来るだろ」
言いながら、総二郎は携帯を出し、あきらへメールを送った。
あの日以来、司は殆ど家に帰らず、朝まで総二郎達とクラブで過ごしている。
しかし朝には必ず着替えをしに家へと戻り、再び出て来る、といった毎日だ。
「つーか、まだ怒ってんのかよ、2人の事。類をF4から外すってのも今だけなんだろ?」
「……うるせえ。その話はすんな」
「そりゃ類だって悪いけど、ちゃんは仕方ないんじゃねえ?」
そっぽを向いて目を瞑っている司を横目で見つつ、総二郎は溜息をついた。
「ちゃんは前から類に惚れてたっぽいし、静の事で落ち込んでるあいつを放っておけなかったんじゃねえの?」
「…………」
「お前の気持ちも分かるけどさ…。男と女ってのはタイミング次第でくっついたりダメんなったりするんだよ。それに類がちゃんの事、受け入れたなら、それはそれで―――――」
「うるせえっ!その話はすんなって言ったろっ!」
「…んな、怒鳴るなよ…。男女の間には何が起こるか分かんねえって話だろ?」
「るせえ!それ以上ほざいたら車から放り出すぞ!」
カッとしたように総二郎の胸倉を掴む。それには総二郎も我慢の限界を超え、一瞬でキレた。
「上等だよ!やれるもんならやってみろ!だいたい、未練たらたらのクセに何をそんなに無理してんだ?」
「あぁ?!誰が無理してるんだよっ!」
「ちゃんに会いたいなら家に帰ればいいじゃねぇか!どーせ着替えだけの為に帰るなんて口実だろ?いつも買って済ませてたお前がよ!」
「てめぇ…本当に死にてぇらしいな!」
「図星さされたからってキレんなよ!ったく理不尽過ぎて呆れるぜ。だからちゃんにも振られるんだっつーの!」
「…………っ」
その一言に司は一瞬言葉に詰まり、唇を噛みしめた。怒りよりも、今は胸の方が苦しい。
不意に掴んでいた総二郎の胸元から手を外し、司はシートへと凭れかかる。
いつもなら本能のままに暴れるはずの司がいきなり大人しくなったのを見て、総二郎は唖然としたように眉をひそめた。
「ど、どうしたんだよ…急に」
「……けっ…うるせぇよ。また余計な事言ったらマジで車から叩きだすぜ」
「…司、お前…」
見た事もない幼馴染のその横顔に、総二郎はそれ以上何も言えず、ただ黙って司の肩を叩いた。
「…ま、今夜も飲み明かそうぜ。とことん付き合ってやるよ」
「…けっ。どーせ、すぐにバカ女引っ掛けて消えるクセに良く言うぜ」
総二郎の言葉に鼻で笑う。それでも、今だけは幼馴染の気持ちがありがたかった―――――――
「わぁ…凄い純和風の家…。時代劇に出てきそう…」
運転手にドアを開けられ、外へと出たは、目の前の門がまえを見上げ、目を丸くした。
そこへ類も降りて来ると、
「ほら、つかまって」
「あ…ありがとう…」
怪我をした足をかばうようにしていると、類が自分の腕を差し出す。
照れ臭かったが、は素直にその腕へとつかまった。
「そう言えば…は俺の家に来るの初めてだっけ」
「う、うん…。っていうか凄いお家ね。和風な感じが何か花沢類っぽくないというか…逆に似合ってると言うか…」
「…別に凄くないよ。オヤジのもんだし」
類はそう言いながらの歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く。そんな些細な気遣いも、今は嬉しく感じた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、類さま」
庭の中の長い歩道を歩いて行くと、着物を着たお手伝いさん達が出迎えに出て来た。
そして類の後ろに隠れるようにしているを見て、全員が少しだけ驚いた顔をする。
「あら、お客様ですか?」
「こ、こんばんは」
どこかの料亭に来たような出迎えの雰囲気に気遅れしながらも、が挨拶をした。
だがお手伝いさん達は一様に動揺した様子で、互いの顔を見合わせている。
「まあ、坊ちゃんが静さま以外の女性をお連れするなんて――――――」
「いいから早く通して」
遮るように類が言えば、皆が慌てて、「はい」と家の中へ案内してくれる。
「今、お茶をお持ちします」
そう言ってお手伝いさんは奥へと引っ込んだ。
「俺の部屋はこっち。足、大丈夫?」
「う、うん」
類の部屋は廊下奥を曲がったところにあった。
「どうぞ」
「お、お邪魔します…」
男の子の部屋に入った事のないは何となく緊張しながら、ゆっくりと足を踏み入れた。
「わ…凄いシンプル…。ベッドとテレビと鏡しかない」
「床は冷たいから、ここに座って」
類はを広い部屋の真ん中にある大きなダブルベッドへそっと座らせた。
ベッド、と聞いても一瞬ドキっとしたが、他にソファというものもない。
類も当然のように隣へ座り、はかすかに緊張しながら部屋の中を見渡した。
ベッドの前には巨大なテレビがどんと鎮座しているが、あまり生活感を感じない部屋だな、と思う。
「…何か花沢類らしい部屋だね」
「そう?――――――あ、そうだ」
何かを思い出したように、不意に類が立ちあがる、
そしての足元へ屈み、の膝へと手を伸ばした。それにはもギョッとして、
「な、何するの…っ?」
「…?何って…手当てだろ。これ剥がさないと。血が滲んでる」
「て…手当て…そ、そっか」
キョトンとした顔で見上げる類に、はかすかに頬が赤くなった。
一瞬、ほんの一瞬ではあるが、もしかして、と考えてしまった自分が恥ずかしくなったのだ。
「ちょっと待ってて。今、消毒してあげるから」
類はそう言って部屋を出ると、すぐに救急箱を手に戻って来た。
ついでにお茶を運んできたお手伝いさんも顔を出し、
「あらあら…お怪我されたんですか?包帯、巻きましょうか」
「いい。俺がやるから。それ床に置いといて」
「はい。それじゃ―――――」
お茶を乗せたお盆を床に置くと、お手伝いさんは未だに不思議そうな顔でを見てから、軽く会釈をして出て行く。
静以外の女の子を連れて来た類に、相当驚いている様子だ。
当の本人は、周りのそんな空気に気付いた様子もなく、淡々との膝のばんそうこうを剥がして、
「まだ血が滲んでるから、少し沁みるかもしれないけど…」
類は中から消毒液を出すと、それをガーゼに浸し、傷口へと当てた。
冷やりとした感触に少しぴリっとした痛みが走る。は僅かに顔をしかめたが、火照った傷口には丁度いい。
類はその上から上手に包帯を巻いて、軽く息を吐いた。
「これで良し、と。包帯きつくない?」
「う、うん。ありがとう」
「こんな事くらいでお礼なんていいよ。―――――はい、お茶」
類は苦笑気味に言うと、お盆からカップを取り、へと渡す。そして自分も再び隣に座ると、静かに紅茶を飲み始めた。
(な、何かベッドの上で2人きり…って緊張しちゃう…)
2人になれるところへ行こう、と言われた時、どこへ行くのかと焦っただったが、まさか家だとは思わなかった。
類が家に堂々と連れて来てくれた事は嬉しかったが、これはこれで逆に緊張するシチュエーションだと思う。
(ま、まさか花沢類に限って、そういうつもりで連れて来たわけじゃ…ないわよね…。司じゃあるまいし…)
花沢類に限って、とは思うが、先日成り行きでキスをしてしまっただけに少しだけ不安になる。
同時に、静さんもここへ来ていたんだっけ、と先ほどお手伝いさんが言っていた事を思い出し、胸がかすかに痛んだ。
――――――――この何もない部屋で、2人はどんな事を話してたんだろう。
ふと、そんな事を考えて、ハッと我に返った。今日何度こんな事を考えただろう。
(何であの2人の事ばかり頭に浮かんじゃうの?せっかく花沢類とのデートだっていうのに…。そうよ、初めて花沢類が誘ってくれたんだから)
脳裏に浮かぶ司や静の顔を打ち消し、はそっと隣にいる花沢類を見上げた。
何故か自然に唇へ目が行き、胸の奥がキュっと音を立てる。あんなに遠い人だと思っていた類が、こんなに傍にいるのが未だに信じられない。
…あの時のキスを思い出すと切なくなる。
"俺がいるよ"――――――そう言って重ねた花沢類の手が…死ぬほど嬉しかった。
ベッドに置いた手が、触れそうで触れない距離にある。
(手に…触れたい、なんて言ったら軽い子って思われるかな…)
そんな事を考えていると、不意に類がを見た。
「アルバムでも見る?」
「…きゃっ」
「…??」
いきなり目が合い、思わず驚いたが、キョトンとしている類に気付き、笑って誤魔化した。
「ア、アルバム?み、見る見る」
バカみたい…と、過剰反応してしまった自分に呆れて顔が赤くなったが、幸い類は特に気にした様子もなく、へアルバムを持って来てくれた。
「わ、これ幼稚舎の頃?」
「うん」
「へえー可愛い!ミニ花沢類だ。あ…これ司?凄い憎たらしい顔!この頃からふてぶてしかったのね」
「司は昔も今もあまり変わってないかな」
「だろうなあ。あ、これ西門さん?この頃から女の子に囲まれてる…。あの人の女好きは子供の時から変わってないんだ。――――――――わ、美作さんは面影ない!」
緊張をほぐす為、他愛もない感想を述べながら、アルバムをめくる。
そこには幼き日のF4が沢山写っていた。その中で、類と一緒に写る、ひときわ目立つ女の子の写真が目につき、かすかに鼓動が鳴る。
「あ…これ静さん…?凄く可愛い…」
「…ああ、あいつ、子供の頃からモデルのスカウト絶えなかったから」
「…うん、分かる。この頃から凄く綺麗でお人形さんみたいだもの」
言いながら、は写真の中の2人を見つめた。
こんなに小さい時から一緒に育ったんだ、と思うと、さっきまでのドキドキが苦しいものへと変わる。
花沢類はこの頃から…ずっと静さんを想ってたんだ…。私は一生…この歴史には勝てない…。
当たり前の事だけど、分かってた事だけど、同じように"類"なんて呼べない…
ふと切なくなり、次のページをめくる。そこには少し大きくなったF4が写っていた。
「あ…こ、こっちは中等部の頃?司、すっごい目つき悪ぃ――――――」
言いながら顔を向ける。その瞬間、至近距離に類の顔が迫って来て、は思わず後退した。
「ちょ、ちょっと待って…っ。い、家まで来ておいてなんだけど…つ、司の事もあったばかりで、まだ私やっぱり――――――」
どんどんと近づいて来る類にパニック気味に言い訳していただったが、体を離した途端、ずるりとベッドに倒れ込んだ類を見て一瞬固まった。
「あ、あの…花沢類…?」
そっと顔を覗き込む。良く見れば、類は気持ちよさそうな顔で眠っているようだった。
「ね…寝てる……」
子供みたいに眠る類の姿を見て、は思わず苦笑を洩らした。
「やだ…私ってば…凄い勘違い…」
思い切り恥ずかしい勘違いをした事で思わず赤くなる。
それだけ緊張していたのかもしれない、と自分に呆れながらも、はホッと息を吐いた。
「遊園地なんて慣れないとこ行って疲れたのかも…悪い事しちゃったかな…」
そっと類の髪に触れながら、まるで天使の寝顔みたい、と思った。類はピクリとも動かず、熟睡しているようだ。
このまま暫く寝かせておこう、と、暫く時間を忘れたように類の寝顔を見ていた。…が、しかし、一時間経ち、二時間を過ぎても一向に目を覚ます気配がない。
もう少し話したかったな、と思いながら、かといって起こすのも可哀想だと、は仕方なく帰る準備をした。
「…あの、すみません。類くん寝てしまったので何かかけてあげて下さい。私、帰りますから」
「え?あ、あらまあ、類さまったら申し訳ありません…!」
玄関で顔を合わせたお手伝いさんに、そう伝え、は一人、花沢家を後にした。
膝の怪我は消毒してもらったせいか、先ほどの痛みはない。
ここから道明寺家までは徒歩でも行ける距離の為、はゆっくりと歩き出した。
「はあ…何かアッという間だったなぁ…」
すっかり日も暮れた空を見上げながら、は溜息をついた。
今日一日、類と一緒に過ごした時間が、まるで夢のように思えて来る。
沢山、緊張もしたせいか、も何気にクタクタで、今すぐにでも寝れそうだった。
(花沢類といると、どうしても緊張しちゃう。司の前だとバカみたいに自分を出せるんだけど…)
類だけが持つ独特の空気感。それがを緊張させるのだ。
それでも、今日一日で少しだけ近づけた気がして、はそれだけで満足だった。
「あれ…何、この車……」
家に着き、エントランス前に一台の見慣れない車が止まっている事に気付いたは、訝しげに首を傾げた。
見ればポルシェだと分かるが、こんな車種は道明寺家の車の中にはない。
は誰かお客様でも来てるんだろうか、と思いながらドアを開けかけたが、ふと振り返り、もう一度その車を見つめた。
(ポルシェ…?それって誰かが乗ってたような……)
そう思いつつ、疲れの方が勝ったは考える事を諦め、サッサと家の中に入り、自分の部屋へ行こうとした。
その瞬間、リビングのドアが勢い良く開き――――――――
「ちゃん、お帰りなさい!」
「あ…椿さん、帰ってたんですか」
顔を出したのは、数日前から出かけていた椿だった。
「ただいま〜!元気にしてた?ちゃん」
「はい。椿さんは?」
「私は相変わらずよ。それより…司は一緒じゃなかったのね」
その名前を出され、ドキりとする。なるべく引きつらないよう笑顔を見せて、
「司なら…別に出かけてます」
「あら、そう。じゃあ、ちょうど良かった」
「え…?」
椿が意味深な笑みを浮かべる。
「あのね、ちゃんにお客さんが来てるの。まあ悩んだんだけど久しぶりだっていうし勝手にあげちゃった。リビングで待たせてるわ」
「え、客って…」
「行けば分かるわよ。私は部屋にいるから」
椿はそう言ってサッサと二階へ上がって行く。客とはいったい誰だろう?そう思いながらはリビングを覗いてみた。
すると、
「お、おっかえりぃ〜!」
能天気な声が響いて、少しだけ懐かしい顔が笑顔で振り向いた。
いつものカジュアルな服装ではなく、何故かスーツを着ている。
「や……大和?!」
「おう!久しぶりやーん。元気しとったか?」
「きゃ、ちょ、ちょっと!抱きつかないでっ」
いきなり両手を広げ、抱きついて来た大和の足を思い切り蹴れば、「酷いなぁ、蹴るやなんて」と、大和は苦笑しながら肩を竦めた。
「ったく相変わらず冷たいやん。久しぶりやってのに」
「そ、そんな何年も経ってないでしょ!それよりどうしたの?家まで来るなんて…」
「別に〜。東京戻って来たし、すぐちゃんに会いたなって」
「あ、あのね…。ここは司の家でもあるの。もし司と顔合わせたら、またモメるでしょ?」
「あ〜道明寺クンね。別に顔合わせても俺はケンカする気ないし」
「大和にその気がなくても、司はそう思わないじゃない」
能天気な態度に、はほとほと呆れたが、ここ最近は司も帰って来ていない。
特に今日はディズニーランドでダブルデートの真っ最中なのだから、すぐには戻らないだろう。
帰って来たとしても朝方だというし、少しくらいなら大丈夫かな、と溜息交じりでソファに座った。
「で…何か用?」
「せやから久しぶりに会いたなって来たゆーたやん。それに、こないだの電話でも言うたやろ?帰ったら食事しよーて」
「ああ…って、まさかその恰好……。今から食事に行こうなんて言うんじゃないでしょうね?」
「ピンポーン!大正解!豪華賞品は大和くんと行く、夜の横浜INディナーコースへご招待!」
「バ、バカ言わないでよ。いきなり来て…。その前に電話なりメールなりするもんでしょっ。私にだって都合ってものが―――――――」
「…っていうか、ちゃん、今日なーんかめかし込んでへん?もしかして……デートしてきたとか……」
「…う…っ」
いきなり核心をつかれ、は顔が赤くなった。その顔を見て大和は徐に顔をしかめると、
「マジで…?誰?まさか道明寺クンちゃうやろなあ」
「ち、違うわよ!っていうか、誰でもいいでしょっ」
「良くないやん。俺かてちゃんに惚れてる男の一人やで?俺のいない間に他の男とデートしてたなんて嫌に決まってるやん」
「………あ、あのね…そんな事言われても困る――――――」
相変わらずのペースに、も困ったように言葉を詰まらせる。―――――――が、その時、突然エントランスの方から大きな声が聞こえてきて、は心臓が飛びあがった。
「おい!あの邪魔な車は誰んだ!!!」
「――――――――――っ!!」
「お、道明寺クン、ご帰還やん」
司のその声に大和は呑気に笑ったが、の顔からは一気に血の気が引いて行く。
(嘘!さっきまでディズニーランドにいたはずなのに何で?!)
まさかあの後、強制的にデートを終わらせたなどと知らないは、こんな時間に帰って来るなんて!と焦りながら、目の前の大和を見上げ、その腕を強引に引っ張った。
「お、何?食事に行く気になった?」
「バカ!そんな事言ってる場合?今、司に見つかったら私もまずいの!いいから、早く隠れて!」
「隠れてってどこに?」
「そのテラスから庭に出れるから、そこから正面に回って帰ってよ」
「えー?何でー?別にええやん、見つかっても。俺はかまへんよ」
「大和が構わなくても私が構うの!いいから早く―――――――」
と、は大和の背中をぐいぐいと押す。しかし2人がテラスへ出る前に、リビングの扉が凄い勢いで開け放たれた。
「おい!!誰もいねえのか―――――――っ」
「………っ」
司がリビングに入って来たのと同時に、が振り返る。ばちっと目が合い、互いに一瞬だけ固まった。
「つ、司…」
「おー道明寺クン。お邪魔してますー」
は青い顔で後ずさったが、大和はいつものノリで挨拶をする。その光景に、司の口元が僅かに引きつった。
「…何してんだ、てめえら……」
「あ、あの違うの。これは―――――――」
「何が違うんだ?ああ?!てめえ、俺のいない間にそんな奴、家に連れ込んで何してんだって聞いてんだよッ!!」
「………っ」
司のあまりの剣幕に、もビクっと体が震える。だがそれを見ていた大和は軽く息を吐き、を自分の後ろへと押しやった。
「ちゃんに怒鳴るのやめてくれへん?今日は俺が勝手に来ただけや」
「あ…?てめえなんざに用はねえ!とっとと帰れっ!」
「俺はちゃんに会いに来てん。あんたは関係ないやろ」
「何だと、てめえ!!ここは俺の家だ!勝手に上がり込んでんじゃねえ!!出て行け!」
見た事もないような怖い目で大和を睨みつける司に、は足がかすかに震えて来た。
今まで何度もケンカはしたが、こんなに怖い司を見るのはも初めてだ。
しかし大和だけは落ち着いた様子で溜息をつくと、真っすぐに司の方へと歩いて行った。
「…ふーん。あんた、この数週間で随分と雰囲気変わってもーたやん」
「………知るか。てめえには関係ねー」
「そらそうや。でもまあ今日のところは俺も引き下がるわ。ケンカしに来たわけやないしな。でももし…ちゃんに乱暴な事したら…許さへんで」
不意に大和が真剣な目で司を見据え、はドキっとした。
今の大和はあの初詣の時と同じように、本気で怒っているようだ。
「あ…?許さないならどうするってんだよ」
司も大和の変化に気付いたのか、一瞬で顔つきが変わる。
このままではケンカになる、とが間へ入ろうとした。だが大和は急に笑みを浮かべ、
「ま、軽いお仕置きはさせてもらうっちゅーことで。お仕置きゆーても、お尻ペンペンくらいでは済まさんで?」
「はあ?!」
突然いつもの顔に戻り、大和はへらへら笑うと、戸惑っているの頭へポンと手を乗せた。
「ほな、俺は帰るけど…もし何かされたら、すぐ電話せえ。ええな?」
「な、何言って…そんなわけないでしょ…?」
「そぉか?ならええけど…。ま、また今度な」
「……う、うん」
そう頷きながらも、ちらっと司を見れば、今にも噛みつきそうな顔で2人を睨んでいる。
それでも大和は気にもしない様子で、「お邪魔しました〜」と、ひらひら手を振り、そのままリビングを出て行った。
一瞬、その場の張りつめていた空気が柔らかくなる。
といって、司は今もまだ怒っているのか、怖い顔での方へ歩いて来た。
「……お前…自分が何してるか分かってんのかよ」
「…え…?」
「この前は類で…今度はあいつか?俺がいないからって、男から男へ渡り歩いて、いいご身分だな」
「ち、違…!」
「何が違うんだよ!そんなめかしこんで…。今日、あいつとデートだったんじゃねえのかっ?」
「違う…っ!大和は関係ない!今日は花沢類と――――――――」
「あ…?」
思わず口にしてはいけない事を言ってしまい、は慌てて言葉を切ったが、司の目つきがさっきよりもきつくなった。
「…類と?類とデートだったのか…?」
「あ、あのそれは…」
「へえ…。もうそんな事してんのかよ。俺がいなくて気楽だったかっ?あぁっ?!」
「………っ」
近くにあった花瓶を、司が力任せに叩き落とし、ガシャンっと派手に割れる音が響く。その迫力に、はビクッと首をすぼめ、目を瞑った。
そんなの腕を、司は思い切り掴む。
「この目で類を見つめたのか?」
「……っ?」
「この唇でキスして…この腕で類を抱きしめたのか?」
「…つ、司……」
恐ろしいほどの視線に、は何も言えず司を見上げる。その瞬間、腕を掴んでいる司の手に力が入り、はあまりの痛みで顔をしかめた。
「人の気持ちを弄んで楽しいかよ」
「…………痛っ…」
「残念だな。俺はもう、お前の事なんて何とも思っちゃいねえよ―――――――――」
「――――――――っあ…」
司がそう言い捨てた瞬間、の視界に入ったのは――――――――――
どこっ!っという派手な音がして、司がの方へ倒れ込む。その後ろにいたのは椿だった。
どうやら背後から司の後頭部にとび蹴りを喰らわせたらしい(!)
「何やってんの、あんたは!!帰って早々、どなり散らしてちゃん怖がらせて…!お姉ちゃんはそんな子に育てた覚えはない!!」
「つ、椿さん…」
見れば司は今の一撃で完全に伸びている。しかし椿は更に司を何度も踏みつけると、
「大丈夫だった?ちゃん!何もされてない?」
「は、はあ……(怖い)」
「全くこいつも困った奴だわ…。どーせ、また下らない事でケンカでもしたんでしょ。あ、もしかして大和くんのせい?」
「そ、それも半分…」
笑顔が引きつりつつ応えれば、椿は「やだ、私のせい?」と急におしとやかな顔に戻った。
「私があの子、家に入れたから司の奴―――――――――」
「い、いえ…それも多少はあるけど、そうじゃないんです…。司があんなに怒ったのは…」
「え…?他に何かあったの?」
改めて問われ、は言葉に詰まった。
司との間にあった事を、実の姉に話すのは抵抗がある。何だかんだ言っても、椿は司を大事にしているし、はその弟を傷つけた立場なのだ。
しかし椿は何も言おうとしないの様子を見て、軽く息を吐いた。
「分かったわ。言いづらい事みたいね」
「…すみません」
「とにかく…こんなの放っておいて、ゆっくりお茶でもしましょ。私が話を聞いてあげる」
「え…え?」
椿は突然そう言うと、気絶したままの司を足で踏みつけ(!)そのままの腕を引っ張って行く。
その強引さは、さすが姉弟なだけあり、司にそっくりだ。
「あ、あの椿さ――――――――」
「あ、ちょっと!私の部屋にお茶…ううん、ワイン持ってきてちょうだい。グラスは二つね。あと何か適当に摘まむもの持ってきて」
「は、はい。すぐに」
部屋へ行く途中、すれ違った使用人にそう声をかけ、椿はを連れて自室へ向かう。
全く人の話を聞かない椿に、も仕方ないと諦め、着いて行く事にした。
「――――――――司は?」
少ししてワインを運んできた使用人に尋ねると、彼女は困ったような顔で、「さっき気付かれて、お部屋に戻られました」と応えた。
「非常に機嫌が悪いようで…」
「…と言う事は、また暴れて何か壊した?仕方のない子ね。すぐスネるんだから」
椿はワイングラスを揺らしながら、溜息をつく。
あれだけ蹴られたのだから司が怒るのは当然だろう。は内心そう思いながらも、注がれたワインを口に運ぶ。
「で…司と何があったの?」
使用人が下がり、二人きりになったところで椿が本題に入った。
はどうしようか、と悩んだが、ここは正直に話した方がいいと、軽く深呼吸をする。
道明寺家の養女になったのだから、この先、椿や司と一緒に暮らしていかなければならない。
にとっては気まずい話でも、状況を知らなければ、椿も対応に困ってしまうだろう。
「すみません…。私が…悪いんです」
そう言って切りだすと、椿は真剣な顔でを見つめる。
は覚悟を決めて、先日あの島であった出来事を、出来るだけ分かりやすく、椿に説明した。
「―――――――というわけで…司が怒るの、無理ないんです…。私が…酷い事をして傷つけたから…」
椿はが話し終わるまで、黙ってそれを聞いていた。
だが話し終えると軽く息をつき、長い髪を掻き上げながら、ワインをゆっくりと口に運ぶ。
その間、重苦しい空気が流れたが、はじっと両手を握りしめ、黙っていた。
「……そっか。そんな事がねえ…」
不意に椿が口を開き,はハッと顔を上げた。しかし椿のを見る目は、以前と変わらず優しいものだ。
「バカね…ちゃんは。一人で苦しんでたの?」
「……え…?」
「って、私も出かけてたしね…。ごめんね、そんな時に傍にいてあげられなくて」
「い、いえ…。それに私が悪いんだし…」
「何言ってるの。そんなの仕方ないじゃない」
「……っ?」
思いがけない椿の言葉に、は驚いた。
てっきり弟の気持ちを弄んで、くらいは言われる覚悟をしていたのだ。
そんなの気持ちを察したのか、椿は苦笑いを浮かべた。
「やだ。私がちゃんを責めるとでも思った?」
「……そ、それは…」
「そりゃ確かに2人が上手く行けばいいな、とは思ってたわよ?あの子、ちゃんが来てから随分と変わったし…ちゃんに司の傍にいてあげて欲しいと今も思ってる」
椿はそう言って立ち上がると、の隣へ座り、そっと手を取った。
「でもね…。肝心のちゃんが別に好きな人がいるなら…私はそっちを応援したいわ」
「え…?」
「だって私達、もう家族でしょ?ちゃんは私の妹。妹の恋を応援するのは当然よ。…やっぱりね、女の子は自分の好きな人と一緒にいるのが一番いいのよ」
「椿さん……」
ふと、遠い目をする椿に、は何も言えなくなった。
椿も過去に、家の事情で好きな人と別れる事になったと、以前ちょっとだけ聞いた事がある。
だからこその気持ちが理解できるのだろう。
「まあ…その相手があの類と聞いて、ちょっと驚いたけど」
「は、はあ…」
くすくす笑う椿に、頬が赤くなる。そんなを見て、椿は軽く微笑むと、
「でも…類は大丈夫なの?あの子、昔からボーっとしてるから心配だわ」
「え、あ…まあ…。でも…別に付き合うとか、そういうんじゃないと思うんですけど…」
「ええ?!だってキスもして今日はデートまでして、家にまで行ったんでしょ?!それで付き合ってないとか変じゃない?」
「そ、そうですけど…でも別に好きだとか付き合おうとか言われたわけじゃ…ないし…」
は自分で言って少し悲しくなって来た。成り行きで、ああなってしまったが、未だに類の本心が分からない。
これから、どうなって行くのかなんて、今のには想像すらつかなかった。
椿は椿でそれを聞き、プリプリと怒っている。
「ったく、何してんの、類に奴!それで男なのかしら。だいたい、ちゃんみたいな可愛い子と部屋で2人きりでいたってーのに寝ちゃうなんて!普通の男ならソッコーで押し倒してる場面よ?」
いきなり過激な事を言って怒りだす椿に、は真っ赤になった。
あれはあれで類らしい、とは思うのだが、椿の考えはどうやら違うらしい。
「今度、類をうちに連れてらっしゃい。私が上手くお膳立てしてあげるから」
「え…?!で、でもそれはちょっと…」
「大丈夫よ。その時は私が司を追い出すから。ね?」
「っと言われましても…」
何を一体お膳立てするんだろう、と思いながら、椿が一度言い出したらきかないというのは、だいぶ分かって来た。
ここは適当に流しておこうと、ワインを飲んで気持ちを落ち着かせる。椿も新しくワインを注ぐと、
「でも、そうねえ。子供の頃からつるんでた2人が、女の子の取りあいしちゃう歳になったのかあ。何かしみじみしちゃうわね」
「と、とりあうって…。それに司はもう私の事なんか嫌いになってると思うし…」
「あら、ちゃんを嫌うなんて司に限ってありえないわよ。それに、もしそうなら、さっき大和くんが来てたって、あんなに怒らないはずでしょ?」
そう言われてみれば確かにそうだ。しかし司はあの時ハッキリ言ったのだ。もうお前の事なんて何とも思ってない、と。
―――――――でもそう言われるような事をしたのだから、私に傷つく権利はない…。
あの夜以来、何故か司の事を考えると胸が痛い。はその痛みを振り切るように、ワインを全て飲みほした――――――――。
「――――――司、ちょっと来て」
イライラしながらシャワーを浴び、バスルームから出た途端、顔を出した椿に、開口一番そう言われた司は、軽く舌打ちをした。
「何だよ…。まだ殴り足りねえのか?俺、これから出かけんだよ」
「いいから来なさい」
反論を許さないという口調で言うと、椿は自分の部屋へ戻って行く。
その有無も言わさぬ命令に、司は濡れた髪を腹立たしげに掻きむしりながら、バスローブをはおり、椿について行った。
「……っ?」
部屋に入って僅かに息を呑む。テーブルの上に突っ伏すようにして寝ているのはだった。
椿は腕を組んで司を見上げると、
「ちゃんを部屋へ運んであげて」
「はあ?何で俺が――――――――」
「いいから運べって言ってんのよ、お姉さまが」
「う……」
理不尽な事では椿も負けてはいない。その迫力たるや、司よりも上だ。
椿の命令は絶対に拒否出来ない、という子供の頃からの習慣で、司は仕方なく眠っているを抱き上げた。
「優しく運んであげてね。乱暴したら次は蹴りじゃ済まないから」
「……わーったよ!そっと運べばいーんだろ?ったく…何でこんな女なんか…」
「何か言った?あんたの可愛い妹なんだから大切に扱うのは当たり前でしょ」
「…けっ。何が妹だ…」
司は面白くもないといった顔で呟くと、を抱えたまま歩いて行く。
苛立ちや怒りは今も心の奥に残っている。しかし、腕の中で安心したように眠るの顔に、司はその怒りが少しだけ安らぐのを感じた。
「…う…ん……」
「…………………」
かすかに腕の中で動くを、司はふと優しい目で見下ろした。
まともに顔を合わせたのは久しぶりだ。
「…チッ。呑気な顔で寝やがって…」
つい口から洩れる悪態も、さっきのような迫力もなく。腕に抱くの体温が、やけにハッキリと感じ、司は深い息を吐いた。
そっと抱き直すと、の部屋のドアを開け、ベッドへと向かう。
起こさないよう、寝かせる手つきは、とても優しいものだった。
「……ん…つ…かさ……」
「…………っ」
そっと頭を撫でた瞬間、不意に呟かれた自分の名に、ドキりとした様子で手を止める。
の瞳には、小さな涙の粒が溢れていて、司はそれを指で拭った。
「……前は類の名前、寝言で言ってたクセによ…。今度は俺か?ったく…冗談じゃないっつーの…」
悲しげな表情でそんな事を呟き、司は静かに立ち上がった。
「それでも……あいつが好きなんだろ…?」
今でも脳裏に焼き付いて離れない光景――――――が類に抱かれ、キスをしている。
あの時の痛みが、今も胸に残ったまま。それとは違う痛みを、こいつも抱えてるんだろうか。
そんな事を考えながら、司は静かに、の部屋を出た――――――
次の日、が目を覚ましたのは昼近くになってからだった。
慌てて起き上がり、自分がきちんと部屋で寝ている事に気付いたは、どうやって戻ってきたんだろう?と軽く首を傾げた。
―――――――夕べは椿さんの部屋で飲んでいたはずなのに…。
と言っても酔った時、こういう事は何度かあったし、夕べは同じ家の中での事だ。
は特に気もせず、目を覚ます為、軽くシャワーを浴びた。そしてバスルームを出た時、ちょうど、携帯が鳴りだし、
『おはようさん』
電話は大和からだった。夕べの今日では何となく気まずい気持ちのまま、「おはよう」とベッドへ腰を下ろした。
『何や、元気ないなあ。夕べ、あれからモメたんか?』
「うん、ちょっと…。でも大丈夫。椿さんが間に入ってくれたから」
『そっか。ならええけど…。でも道明寺クン、ちょっと様子がおかしかったやろ。何かあったん?』
大和も本能的に司の異変に気付いたのだろう。しかしは説明する事も出来ず、何にもないよ、と言うしかなかった。
『何もないならええけど…ただのケンカっちゅう感じでもなかったし心配やってん』
「…ごめんね。大和にまで嫌な思いさせて」
『…何や…今日はえらい優しいやん。ちょっと怖いねんけど。今日は槍でも降るかもしれへんわ』
「し、失礼ねっ。私だってたまには―――――――」
『優しくしてくれる?ほなら今日デート――――――』
「何でそうなるのよっ」
大和のいつものノリに、いつものように突っ込みながら、これが大和の優しさだと、は気付いていた。
事情は知らなくても、を元気づけようと明るくふるまってくれているのは、空気で分かる。
『やっぱアカンかぁ…。まあ、でも今日は俺の方が無理みたいやけど』
「え…?」
『何や夕べ帰ってから、手術で切ったとこが痛みだしてなぁ…。ずーっとベッドん中やし。あんま動かれへんねん』
「え、大丈夫…?昨日、車なんか運転したから傷口が開いたんじゃ…」
『それは大丈夫やってんけど…。まあ先生が言うには術後、暫くはこんな事もある言うてたしな。痛みどめはもーてるから』
「でも…そんなんじゃご飯も作れないじゃない。ちゃんと食べてから薬飲んでるの?」
『いや…実は昨日から何にも食うてへん。って、あれ〜?もしかして心配してくれてるん?』
「そ、そりゃ少しは…っ」
急にからかうような言い方をする大和に、はぐっと言葉に詰まる。
何だかんだ言っても、大和には色々助けてもらっているのだ。
だからこそ大和に、『なら…ご飯作りに来てくれたりする?』と、珍しく控えめに言われた時、ためらいもなく「いいよ」と言っていた。
『うっそ…ほんま?ほんまに来てくれるん?』
「で、でもご飯作ったらすぐ帰るからねっ。私だって忙しいんだから―――――――」
『やり!めっちゃ嬉しい』
そう無邪気に喜ぶ大和に、は少し照れくさくなったが、とりあえず一時間後に行く、とだけ告げ、すぐに出かける用意をした。
連休に入ってから勉強や習い事も出来ていないのは気になったが、今夜帰って来てからやればいい、と言いきかせ、部屋を出る。
楓から、道明寺家の一員となったからには色々学びなさいと言われている以上、そういった事をおろそかには出来ない。
「あら、ちゃん。出かけるの?」
下へ降りて行くと、リビングから椿が顔を出した。
は一瞬ためらったが、隠しごとをするより、素直に話した方が椿も喜ぶと、簡単に事情を説明する。
案の定、椿は特に怒るでもなく、「食事もしてないなんて可愛そう」と快く了承してくれた。
「それで…司にはその…」
「分かってる。あいつには言わないわ。また暴れられても困るしね」
「そ、それはないと思いますけど…。って、いうか司、また出かけたんですか?」
「ええ。夕べ遅くにね。どうせ総二郎達と一緒でしょ。心配しなくても大丈夫よ」
「はい…。でも最近はずっとそんな感じみたいで…」
「家でちゃんと顔を合わせるのがつらいのよ。ホント情けないったら」
椿は呆れながらそう言うと、の為に車を用意してくれた。
「運転手には言っておいたから、送ってもらいなさい」
「ありがとう御座います。ご飯作ったらすぐに帰ってきます」
「そうねぇ。体調悪い時は心細くなるだろうし可哀想だけど…大和くんもちゃんの事好きみたいだから、長居するのは危険かもね」
「そ、それは大丈夫だと思いますけど…。今は大和も弱ってるし」
「あはは。そうね。もし襲いかかって来たら、切ったお腹、思い切り蹴飛ばせばいいのよ」(!)
大和が聞いていたら青くなりそうな事をサラりと言って、椿はを送りだした。
大和のマンションまでは車なら、そうかからない。
約束の一時間後には到着し、は部屋のチャイムを鳴らした。
「あ、大和。私」
『…ほんまに来てくれたんや。あ〜今開けるから』
スピーカー越しにそんな事を言われ、すぐにオートロックの扉が開いた。
以前も一度来ている事もあり、迷うことなく部屋の前へと行くと、同時にドアが開いて、パジャマ姿の大和が顔を出す。
「いらっしゃーい」
「こ、こんにちは」
「ぷ…何やそれ。とりあえず入り」
何と言っていいのか分からず、普通に挨拶をしたに大和は軽く噴き出しながら彼女を招き入れる。
が入ると、前に来た時と同じように、かすかに大和の香水の香りがした。
「あ、歩きまわって大丈夫なの?」
リビングに通されたは、横っ腹を手で押さえるようにしてキッチンへと向かう大和の姿に、そう声をかけた。
大和は冷蔵庫から飲み物を出すと、「アイスティーでええ?」と、グラスのある棚へ手をかける。
しかし腕を伸ばすと痛むのか、顔をしかめる大和を見ては「私がやるから」と、グラスを二つ、取ってあげた。
「おおきにー。やっぱ今日、優しいやん。外、槍とか雹とか降ってへんかった?」
「降ってたら私は今ここにいません!それより寝ててよ。動きまわったら痛いんでしょ」
「そうやけど…せっかくちゃんが来てくれたのに寝てるのも、もったいない思て」
「何言ってるのよ。いいから病人はベッドに行ってて」
はそう言いながら渋る大和の背中を押して、寝室へと無理やり連れて行く。
カーテンの引かれたままの薄暗い、だだっ広い部屋。
そこは以前と変わらぬ殺風景さで、前と同じようにベッドの脇にはお兄さんと一緒に写っている写真が置いてあった。
少し違うと言えば、部屋の隅に置かれた大きな観葉植物くらいだろう。
「相変わらず何もない部屋よね。無駄に広すぎなくらいなのに何もないし」
「シンプルイズベスト言うやん?」
ベッドに腰かけながら、大和が笑う。
「…シンプルっていうより殺風景じゃない。まあ…観葉植物が増えた分、花沢類の部屋ほどじゃないけど」
つい言ってからハッとした。
大和は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに意味深な笑みを浮かべ、を見あげる。
「へえ。花沢クンの部屋なんか、いつ行ったん?」
「い、いつだっていいでしょっ」
自分で口を滑らせた事とはいえ、この不意打ちに顔が赤くなる。それを見て大和は面白くないといったように目を細めた。
「ふーん。その様子やとF4の皆と一緒って感じでもなさそうやなぁ」
「な、何がよっ」
「もしかして、ちゃん一人で行ったんちゃう?」
そこでぐっと言葉に詰まった。普段へらへらしているくせに、どうして、こうも勘が鋭いのか。
「あー図星や。顔真っ赤やし」
「う、うるさいなあ。別にいいでしょ。私が誰の部屋に行こうと」
これ以上、大和と話していると、司とケンカしている理由までバレてしまう気がして、はすぐに寝室を出ようとした。
が、その瞬間、腕を掴まれ、引き戻される。
「な、何よ」
「いつ行ったん?花沢クンの家。彼がフランス行く前?」
大和の問いに、は何と応えようか迷った。
類が今、帰って来てる事を大和は知らないのだ。その間、大阪へ帰っていたのだから当然だろう。
「だ、だから、いつだっていいじゃない。それより…ご飯作らせてくれないなら帰るわよ」
「えー。もう…優しい思たら、すぐこれや」
「はいはい。っていうか、私そんなにレパートリーないし上手じゃないからね。それでもいいの?」
「ちゃんが作ってくれるなら何でもええよ。っていうか、前に作ってくれたおかゆ、めちゃ美味しかったで」
「あ、あんなの簡単じゃない…。今日は…カレーにしようかなと思って。内臓の病気じゃないし、お肉も野菜もしっかり食べないとね」
「うっそ、俺めっちゃカレー好きやねん。やり!」
さっきは一瞬不機嫌になったものの、すぐに機嫌よく笑う大和に、は苦笑を洩らした。
「じゃ、すぐ作るから、待ってて」
そう言い残し、はキッチンへ行くと、下準備をし始めた。
肉と野菜を切り、軽く炒めてから、煮込む事、小一時間。その間、サラダやスープもネットで調べたレシピ通りに作っておく。
量を多めにしたのは、今日以降も食べれるように、と考えての事だ。
「これで、よし、と。後は少し煮込むだけだわ」
カレーは何度か母と作った事がある。が作る料理の中で一番失敗の少ないものだ。
まあ多少まずくても大和だしいっか(!)
そんな酷い事を考えながら、大和の様子を見に寝室を覗いた。
「あれ…寝ちゃったんだ」
布団にくるまり、寝息もたてず眠っている大和を見て、はかすかに微笑んだ。
そっと中へ入り、顔を覗きこめば、子供のような寝顔が見える。
「こうしてると花沢類と同じく、天使の寝顔なんだけどなあ」
寝ている大和は以前にも見たが、普段おちゃらけている姿とはまるで別人のようだ。
この端正な顔立ちから、コテコテの関西弁が飛び出すとは、彼を知らない人から見れば、あまり想像できないかもしれない。
「ホント綺麗な顔だけど、しゃべると確かに芸人さんっぽいもんね」
ベッドの脇に座り、は小さく笑いを噛み殺した。
その時―――――リビングの方から携帯の鳴る音が聞こえてきて、僅かに鼓動が跳ねる。
(―――――――電話だ!)
その着信音だけで相手が分かり、急いでリビングへと戻った。バッグから携帯を出し確認すれば、思った通りの名前が表示されている。
は軽く深呼吸すると、緊張した手で通話ボタンを押した。
「も、もしもし」
『あ……?』
たっぷり数秒、開けてから、少しだけ掠れた声が聞こえてきて、は自然と笑顔になった。
「…うん。もしかして…花沢類ってば寝起き?」
『……ん。今さっき起きた…。…、いつ帰ったの?』
「って、え…?もしかして、あれからずっと寝てたとか…」
『…そう…かも。何か外も明るいし』
今は昼なのだから明るくて当たり前だ。そう突っ込みたいのをは何とか堪えた。
(この人はいったい何時間寝てたんだ?)
内心ちょっと呆れながらも、花沢類らしいなぁ、とつい笑顔になるのは、類のそういうトボケたところも好きだからだ。
『…ごめん。俺が呼んだのに…寝ちゃって』
「う、ううん。いいの。昨日は歩きまわって疲れたでしょ」
『…んぁ〜確かに足が痛いかも』
「やっぱり。それ温めのお風呂に入ってマッサージしたら少しは楽になるよ」
『……マッサージ…。ん、やってみる』
寝起きのせいか、類はまるで子供みたいに話す。そんな事でさえ、は頬がゆるむのを感じた。
『……は…今、家…?』
「…え?」
そこで不意に訊かれ、は何と応えようか迷った。類も当然、大和の事は知っている。
司ほど大和に悪い印象は持っていないだろうが、一人暮らしの男の家、しかも食事を作りに来ている、などと言って変な誤解をされたくはない。
とはいえ、嘘もつきたくなかった。
「あ、あの…今はちょっと出先なの。もう少しで帰るけど」
『……足は大丈夫…?』
「うん。もう痛くないよ。花沢類が手当てしてくれたおかげ」
『…なら良かった……帰り…気をつけて。また転ばないように』
「そんな、しょっちゅう転ばないってば。花沢類も足、ちゃんとマッサージしてね」
『……あい。じゃあ…また』
そう言われると少し寂しく感じた。―――――――もう少し、この声を聞いていたい。
そんな事は言えるはずもなく、もなるべく明るい声で「またね」とだけ言って電話を切った。
「はあ…何か緊張した…」
一気にテンションが上がったせいか、は思い切り息を吐きだすと、ソファに凭れかかった。
昨日もそうだが、類が相手だと、どうしても緊張してしまう。
「…と、いけない。煮詰まっちゃう」
ふと、キッチンの方からグツグツと煮立つ音がして、はすぐに火を止めに行った。
見ればご飯も焚けている。
「出来たぁ…。後はスープをあっためるだけね」
その前に大和を起こそう。
は携帯をバッグに戻すと、再び寝室へと戻った。―――――――が、ベッドの上に起き上がっている大和を見て、「わっ」と声を上げる。
「な、何だ、大和。起きてたの…?」
「……電話の音で目が覚めてん」
「……っそ、そっか…ごめん」
一瞬ドキリとして笑顔が引きつる。今の会話を聞かれたかな?そう思いながら大和の様子を伺うと、明らかに不機嫌そうだ。
「あ、あの…あ!ご飯出来たから―――――――」
「今の電話、花沢クンからなん?」
「………えっ?」
ストレートに訊かれ、は一瞬、返答に困った。しかし聞こえたなら誤魔化しても無駄だろう、と、そこは正直に頷く。
「…うん」
「ちょぴっと聞こえた会話やと…もしかして帰って来てるん?彼」
「え?あ…うん、まあ…。先々週…だったかな。急に帰国して」
「そうなんや…」
大和はそう言いながら息を吐きだすと、枕を背に寄りかかった。
「鬼の居ぬ間に口説こう思ててんけどなぁ」
「…な、何それ…」
「何って…そういう意味やん」
大和は苦笑気味に言ってを見上げた。口調とは裏腹に、その瞳は真剣だ。
何となくまずい空気のような気がして、は誤魔化すように、「バカじゃないの」と部屋を出て行こうとした。
が、先ほどと同じように手首を掴まれ、ハッととする。
「何よ、放して――――――――」
「まさか…付き合うてへんよな?」
「……え…?」
「何や、さっきの会話、そんな感じに聞こえてん。それにあの花沢クンがちゃんに電話してくるて珍しい思て」
大和は殊の外、真剣な顔で訊いて来る。その真っすぐな視線に、は困ったように俯いた。
「ひ、人の電話、聞かないでよ」
「好きな女が他の、それも想いを寄せてる男と話してんねんで?気になんのは当たり前の事やん」
「そ、そんな事言われても…困る…」
ハッキリと気持ちを伝えて来る大和が、何故か司とだぶって見えて、は胸が痛くなった。
あんな風にもう人を傷つけたくはない―――――――――。
「わ…私…大和の気持ちに応えられない…。友達としてなら―――――――――」
「何やそれ。俺は友達なんて思てへん」
その言葉に思わず顔を上げれば、大和と目が合った。その強い眼差しに、かすかな怒りが見え隠れしていて、ドキッとする。
昨日の司と同じ目だ、とは思った。ここで曖昧にしてしまえば、また同じことの繰り返しになってしまう。
「わ、私は……花沢類が好きなの……。だから……ごめん」
思い切ってそう告げると、掴んでいた手がするすると離れて行く。
ハッとして顔を上げれば、大和は「そぉか…」とだけ呟き、に背を向け、寝転がった。
「…や、大和…?」
「薄々は分かっとったけど…直接言われるときついもんやなあ…」
「……ご…ごめん」
「まあ、ええわ。俺も諦めるつもりはないから」
「……え…?」
その言葉に驚けば、大和はゆっくりと振り向き、かすかに笑った。
「前にも言うたやん?簡単には諦めへんて」
「…な…だ、だって――――――――」
「俺も……そろそろ本気だすつもりやったし」
大和は驚いているにそう言うと、「覚悟しててや?」とだけ言って、意味深に微笑んだ―――――――――
「司、朝食は?」
連休明けの月曜日。早朝、家に戻った司が着替えをしていると、椿が顔を出した。
「食わねー」
「そう。今日から学校だけど、きちんと行くのね」
「…うっせぇな。関係ねぇだろ」
「関係あるわよ!毎日毎日、遊び歩いて、いつも朝方、そうしてコソコソ帰って来る。こんな生活、いつまで続けるつもり?」
「……だから放っとけよ。帰って来てんだから、それでいいだろ」
司は羽織ったシャツのボタンを止めながら、部屋を出て行こうと歩きだす。その行く手を塞ぐように、椿がドアの前へ立った。
「何だよ…どけよ」
「あんた、類とは仲直りしたの?F4から外すって言ってるようだけど、まさか本気じゃ――――――――」
「うるせぇな!類なんか知るかよ!」
「知るかよって…。あんた達は子供の頃からの親友でしょ?一体、いつまでスネてれば気が済む―――――――」
「姉ちゃん…類がいた頃のF4はもう終わったんだよ。俺はあいつだけは許さねえ」
「許さないって…どうする気?」
椿を押しのけて出て行こうとする司に、そう問いかければ、司は怖い顔で振り返った。
「…あいつの居場所、なくしてやる」
「…………っ?」
椿が何か言う前に、司はそのまま家を出て行く。その姿を見ながら、椿は嫌な予感がして、深く息を吐いた。
「はあ…連休明けの学校ってきつい…」
欠伸を噛み殺し、は休み時間になってすぐ、カフェテリアへと向かう。ついでに、もう一度欠伸が出て、目に涙が浮かんだ。
一昨日の夜から一気に勉強をしたせいで、少しばかり寝不足のせいもある。
今日も学校が終わった後は、家にヴァイオリンの先生が来る予定だった。
「明日はピアノでしょ…。その後はお茶…。明後日は午後から舞踊…。はあ……時間が足りない…」
どれも楓のたてたプランだったが、道明寺家の名に恥じないよう、しっかり学ぶのは当然の事だ、とも分かっている。
ただ、今は司の事や類の事で、やはり気持ち的に集中出来ない。
こんな時にこそ、あらゆる事を学んできた椿のアドバイスが欲しかった。
しかし今朝はまだ眠っていたのか朝食にも顔を見せず、結局会えないままだった。
「はあ…司のバカも相変わらず出かけてばっかりだし…まともに話も出来ない」
一応、司の帰る時間帯を狙って早くに起きてはみるのだが、なかなかタイミングが合わず、いつも出かけた後だった。
学校へ来ているかとも思ったが、今日はまだ姿を見ていない。
一体いつまでこんな生活が続くんだろう、と溜息が出るが、今のにはどうしていいのかすら分からなかった。
考える事が多すぎるのだ。
(花沢類もあれから電話もメールもくれないし…。大和は大和で訳の分からない事を言ったきり、音沙汰ないし…もう勝手にしてって感じよ)
道明寺家に来てから今日まで、何となく周りの人間から振り回されてる気がして、は溜息交じりでカフェテリアのいつもの席へと座る。
午後の授業前に一息入れたかった。
しかしが行った瞬間、周りにいる生徒達から一斉に視線を向けられる。
司達といる事で前からそんな傾向にあったが、今日はそれとはまた違う意味合いのものだ。
「しっかし花沢さんも落ちたもんだよなぁ」
「ホントだぜ。あんな居候女かまってF4脱退するなんて」
そんな会話が聞こえてきて、が振り返れば、そこにはクラスメート浅井達の取り巻きである男子生徒がいる。
今朝、学校に来てから何度となく投げつけられた言葉だ。
この前、F4がモメていた事は、すでに学校中に知れ渡っていた。
「何だよ。文句あんのか?」
その男子生徒達は嫌な目つきでを見ていたが、後ろから女子の団体が歩いて来るのを見て、さっと道を開けた。
真っすぐの方へ向かって歩いて来るその女子達は、隣クラスの生徒だ。
「あんたのせいよ!」
目の前に来るなり、そんな言葉をぶつけられ、は戸惑うように顔を上げた。
その女子生徒は涙を浮かべ、を睨みつけている。
「あんたのせいで花沢さんはF4を出されたんでしょう?!どうやって騙したの?!」
「だ、騙したわけじゃ…」
「騙したに決まってるじゃない!じゃなきゃ、あの花沢さんが、あなたなんか相手にするわけないでしょう?!」
「そうよ!道明寺さんの好意で家に置いてもらってるクセに、2人を騙して傷つけるなんて最低!」
「…………っ」
その言葉に、は言い返す言葉も見つからず、僅かに目を伏せた。
騙したわけじゃない。しかし司を傷つけた事は本当だ。類に迷惑をかけている事も知っている。
だからこそ、は何も言えなくなった。
「サッサと道明寺さんの家から出て行ってよ!」
「花沢さんにも近づかないで!花沢さん、可愛そう…。こんな下品な人のせいでF4外されるなんて―――――――――」
「そーゆーの、余計なお世話って言うんだよ」
「―――――――っ?」
不意に聞こえたその声に、は驚いて顔を上げた。
「は…花沢さん…」
今の今まで目を吊り上げ、怒鳴っていた女子生徒達も、後ろに類がいるのを見て、真っ赤になっている。
類は相変わらず、涼しい顔で歩いて来ると、その場にいる女子生徒を冷めた目つきで見下ろした。
「のこと下品って言う、あんたらの方がよっぽど下世話な女だと思うけど?」
「げ、下世話…?私達が…?」
「……花沢類…」
いつも他人の事には興味がない、と言っていた類が、こんな風に助けてくれた事で、思わず胸が熱くなる。
「い、いいの。私、気にしてないから――――――――」
「よくないよ。こいつら、どんなに自分が人を傷つけてるか、分かってないんだよ」
「………っ」
花沢類の言葉に女子生徒達も顔を引きつらせた。
「…花沢さん!がっかりしました!こんな人、かばうなんて、本当に腑抜けになっちゃったんですね!」
「もう今日限りでファンやめます!ばかばかしくって、やってられないわ」
「道明寺さんに2人とも、やられちゃえばいいのよっ!――――――――行きましょ!」
「―――――――――っ」
(どうしよう、私のせいで花沢類まで、こんなひどい事、言われるなんて――――――!)
言い捨てて去って行く女子生徒達に、一瞬で顔が熱くなり、は唇を噛みしめた。気を許したら泣いてしまいそうだ。
しかし、次の瞬間、額にコツンと指が当たり、
「気にすんなって」
「き……気にすんなって、だって花沢類があんな事、言われて……っ」
「は?俺…?!」
「え?」
類は自身が気にしていると勘違いしたのか、驚いたように振り向くと、「あー」と苦笑を浮かべ、頭を掻いた。
「俺、あんまり、あーゆうの気にならないんだよね」
「…へ?」
「ガキの頃、すげー暗くて、皆に不気味がられてたからさ。言いたい奴には言わせとくってヤツ?あんたもそうだろ」
「う、うん…!」
―――――――――やっぱりカッコいい、花沢類!
さっぱりとした顔でそう言い切る類に、思わず笑顔になった。
その時、外の方で大きなどよめきが起こり、ふと2人は顔を見合わせる。
「な、何か騒がしくない?」
「そうだね」
言いながら、2人が何となく中庭へと出てみれば、生徒たちが一斉に門の方へと走って行くのが見えて、と類も同じように門へと歩いて行く。
すると、ちょうどそこへ大きなリムジンが横付けされ、それを出迎えてるのはF3の面々だった。
「な、司…?いつ学校に…」
はその姿に驚いたが、周りの生徒達の関心はリムジンに向けられていた。
「超すげー。ベンツのリモだぜ?」
「芸能人でも乗ってんのかな」
「ってか、西門さん、美作さん、道明寺さんが出迎えてるぜ?」
「ただごとじゃねえよ、ありゃあ。一体、誰が乗ってんだよ?」
そんな事を騒ぎながら、生徒達がじっと車の方を見つめていると、不意に運転手が降りて来て司の前に立った。
「連れて来たか?」
「はい」
「よし。開けろ」
司がそう命令すると、運転手は軽く頷き、後部座席のドアを開ける。すると中からアルマーニのスーツを着た、長身の男が降り立った。
「どーもー。出迎えご苦労さん!」
「…や、大和?!」
何故大和が道明寺家のリムジンから降りて来たのか分からず、が唖然としていると、司はそのまま大和の前へ行き、
「ヘラヘラしてんじゃねえ!」
と、思い切り大和の頭にげんこつを落とした。
「いったいなあぁ!!人をいきなり呼び付けておいてしばくとはええ度胸やないかっ!この前の続きがしたいゆーなら受けてたつで?!」
「うるせえ!つーかその関西弁もやめろ!」
「アホ抜かせ!大阪人から関西弁とったら、ただの人やっちゅうねんっ」
「あぁ?てか、ねんねん言うなっ。このお笑い芸人がっ」
(な、何で大和と司が―――――――?)
2人のやり取りを呆然と見ながらは頭が混乱してきた。同時に周りの生徒達もざわつき始め、
「おい、あれ…結城大和じゃねえの?」
「ああ、大阪の結城グループの御曹司だろ?道明寺グループの最大のライバルの…」
「な、何であいつが道明寺さんと?」
「しかもスーツって…。あいつ普段から制服だったじゃん」
そんな事を言いあいながら、事の成り行きを見守っていると、司が不意に真面目な顔で大和を見た。
「いいか。お前は今日からF4の一員だ。F4の名に恥じないよう振舞え。関西弁もやめてもらう。いいな」
「……はあ?俺が……F4?」
「な……っ」
司のその発言にどよめきが起こり、も当然唖然とした。しかし司は至って真面目な顔で、
「分かったなら返事しろ。結城大和」
「…そ…そら、ほんまおおきにー。光栄でおます〜司坊ちゃん」
「……っ(ピキッ)」
当の本人も困惑気味ながら、思い切りふざけたコテコテの関西弁を口にした。(しかし半目で棒読み)
その瞬間、またしても司が、「ふざけんなぁっ!」とキレる。
それを見て、総二郎とあきらは頭を抱えた。
「俺、何か具合悪くなって来た…」
「俺も…」
そんな2人を無視し、散々大和をいたぶっていた司は、不意に集まっている生徒達へと向き直り、静かに口を開いた。
「いいか。花沢類はF4から脱退した。これからは、この結城大和がF4の一員だ。こいつをバカにする奴がいたら、この俺が許さねえ」
自分は散々イジメ倒していた司に、生徒達も唖然としたが。すぐに大和の方へとすり寄って行く。
「結城さん!宜しくお願いします!」
「は?」
「結城さん!今までチャラ男とかバカにしてすみませんでした!教室までお供します!」
「な、何やねん、急に…。――――――あ、ちゃん、どないなってんねん、これっ」
わらわらと寄って来る生徒達に、大和は動揺しながら、ふとがいる事に気付き、助けを求める。
だがは司の今の発言に、言葉もなく立ちつくしていた。
(な、何考えてるのよ、司…!)
そっと隣にいる類を見上げれば、彼はいつものような無表情でその光景を眺めている。
それが返っての胸を痛くさせた。
「あ、あの花沢類…」
「ちゃん!ちょぉ、説明してえなぁ」
「……大和…」
そこへ群がる生徒達から逃げるように大和が来た。
「こ、こっちが説明してもらいたいわよ。何で大和が司と…?」
「知らんてー。夕べいきなり連絡来て、話があるから明日の朝、車を迎えに行かせる。スーツ着て待ってろ言われてん。ほんで乗って来たら、このざまやし」
「な、何よそれ…じゃあ大和も事情知らないの?」
「見たら分かるやろ。話がある言うし、てっきりちゃんの事か思てたのに…。何で俺がF4やねん」
大和のその話に、これは司が勝手に進めた事なんだと知った。
でも何故、あんなに嫌っていた大和を?
そんな事を考えていると、不意に司が達の方へ歩いて来た。
「おい、お笑い芸人」
「…あんなぁ…道明寺クン。前からゆーてるけど、俺には大和ゆうイケてる名前が―――――――」
「お前にもう一つ言っておく」
「…何やー?今度は関東弁の練習でもしろてか?」
「こいつらと、二度と話をするな」
「………は?何でやねん」
唐突に言われ、大和は驚いたように司を見る。しかしその目は真剣で、それが本気なんだと分かった。
「…司…何でこんな事……」
「そうやで。そんなん指図されても俺は――――――――」
「うるせえ!」
反論を許さないというように一喝すると、司はと類を見据え、
「―――――――と花沢類。この2人は、一週間以内に学園から追放する。あと…は道明寺家からも出て行ってもらう」
「―――――――――っ」
その言葉に、は目の前が真っ暗になった。

久しぶりに大和を書いたら、おかしな事に;