春の嵐、
到来F














「―――――――と花沢類。この2人は、一週間以内に学園から追放する。あと…は道明寺家からも出て行ってもらう」



その司の一言に、は言葉もなく、その場に立ちすくんだまま、動けない。
そこまで司を傷つけたんだ、という事実で胸が、ただ苦しい。

「どんな事があっても、目の前から消えてもらうぜ」
「お、おいマジかよ、司!相手は類とちゃんだぜ?!」
「るせえ!あきら!てめえは黙ってろっ!」

この件は2人も知らなかったのか、総二郎とあきらは司の暴走に青くなっている。

「いい加減にしろよ、司!いつまで、こんな事続ける気だ?もういいじゃねぇかっ」
「うるせえつってんだろ!いいから行くぞ!」 

総二郎の説得にも耳を貸さず、司はそのまま歩いて行く。しかし、その後ろ姿を見ていたは震える足で、何とか一歩、前へと踏み出した。

「待って……」
「……………」
「ちょっと待ちなさいよ!!」

無視して行こうとする司に、は思わず怒鳴っていた。

「わ、私はともかく…何で花沢類まで追放されなきゃならないのよ!そんな権利が司にあるの?!」

の言葉に、司がゆっくりと振り向く。その目を見た時、はそれ以上、何も言えなくなった。

「…行くぜ、総二郎、あきら」

司は再び歩き出し、そのまま学園の方へと消えた。はその後ろ姿を見つめるだけで、追いかける気力もない。

「何よ…そんな目で見ないでよ…」

何もかも、見透すような、そんな目で見ないで―――――――


「ま、しょうがねぇな」
「……え?しょうが…ない?」

泣きそうになった瞬間、ポツリと類が言った。
類は呑気に空を見上げ、

「道明寺家は学園に多額の寄付金をよせてんだよ。ケタ違いのね」
「…そ、それは、そうかもしれないけど―――――――」
「あいつが寄付を打ち切るって言えば……学園側は俺やあんたを退学にする事くらい、一日でやるよ」
「…そんな……」
「ま…はもうすでに道明寺家の娘だし…退学やら家を出て行けってのは司の一存じゃ無理だと思うから、安心しなよ」
「…………」

(って、安心なんか出来ないってばっ!例えそうでも花沢類が退学にさせられるかもしれないってのにっ)

呑気に微笑む類に、の顔が引きつった。そこへ大和も苦笑いを浮かべると、溜息交じりで空を見上げる。

「はあ…ちゃんもやっかいなヤツに惚れられたもんやなあ」
「……ちょっと大和…。あんた、楽しんでるでしょ」
「まっさか。俺かて今日の展開にはビックリクリクリ〜やわ」
「古い!って言うか、この前、何か言ってたけど…本気出すってこれの事じゃないの?実は花沢類を陥れようとしてF4に―――――――」
「ちゃうちゃう。ちゃうってー。俺の本気はこんなもんやないから」

大和はそう言って笑うと、ボーっと会話を聞いている類にニッコリ微笑んだ。

「何やえらい久しぶりやなあ、花沢クン。まあちょうど良かった。あんたに聞きたい事あってん」
「…俺?」
「そ。あんた…ちゃんの事、どう思てるん?」
「ちょ、ちょっと大和!」

いきなり核心をつく質問に、は真っ赤になった。

「あんたがちゃんに手ぇ出したから、道明寺クンはあないにキレてはんのやろ?だいたい事情は読めてきてん」
「や、やめてよ!そんなんじゃないってばっ」
「あんなぁ、ちゃんもええ機会やし、花沢クンの本心訊いたらええやん」
「……………っ」

類の本心、と言われ、は内心ドキっとした。言われなくても、それを一番聞きたかったのはなのだ。
しかし当の本人が何も言ってくれない以上、無理やり聞き出す事はしたくなくて、これまで触れられないでいた。
それに今はそんな状況でもない。目下のところ、司の追放をどうやって阻止するか、考えなければいけないのだ。
は無言で立ったままの類を見上げ、

「は、花沢類。答えなくていいから――――――――」

「大切だよ」

長い沈黙のあと、不意に類が口を開いた。その瞬間、の思考回路が停止する。
類は真っすぐ大和を見据えると、もう一度、「大切だと思ってる」とだけ言った。
類のその発言に、大和は僅かに眉を上げると、

「そら…惚れてるいう意味でか?」
「…………っ」

その問いに、の方が赤面する。しかし、たっぷり時間を置いた後、類は一言―――――――

「分かんない」

ドキドキしながら待っていたもそれにはズッコケそうになり、大和は実際にズッコケていた。(さすが大阪人)

「わ、分かんないって、子供かっ!」
「だって本当に分かんないし。言葉とかで伝えるの苦手だから、俺」
「へ、へえ……そうきたか…。なかなか、やるな…」
「別に何もやってないけど…」
「………………」

類の天然攻撃に、さすがの大和も顔が引きつる。そもそも大阪人にとって天然ボケが最大の天敵なのだ。(!)

「ほ、ほな、言葉に出来ひんくらい、ちゃんに惚れてる、と…」
「しつこい…だいたい何でそんな事、あんたに言わなきゃならないわけ?」

何度も同じ事を繰り返す大和に、類も口をへの字に曲げる。
その顔が子供やっちゅうねん!と内心突っ込みたかったが、大和は何とかそれを堪えて笑顔を見せた。

「な、なら俺がちゃんを口説こうが、花沢クンには関係ないんやな?」
「ちょ、大和!もういい加減に――――――――」

がそう怒鳴ろうとした時、類は無表情のまま、

「それはやだ」

「――――――っ!」

またしてもアッサリ言われ、大和は思い切り半目になった。

やだ、、て…ほんまガキかっちゅうねん!)

あまりに突っ込みがいのある類を見て、大和は実家からハリセンを持ってきたら良かった…(!)と、どうでもいい後悔をしていた。

「もう!いい加減にしてよ。バカ大和!」
「ってか、ちゃん。こいつはアカン。こんな天然クンは女心なんか一生分からんで?」
「…天然…クン?」

類は自分がそう称された事に、キョトンとした顔で首を傾げている。それには大和も「ほら見い!」と、類を指差した。

「こんなんで、あの道明寺クンから守ってくれる思うか?俺の方がよっぽど頼りがいあるやん」
「あ、あのね。守るって何言ってんの?いいから、もう花沢類に絡むのやめて――――――――」
は俺が守るよ」
「……へ?」

不意に聞こえたそのセリフに、も大和も一瞬固まる。しかし類は至って真面目な顔で、

「巻き込んだのは俺だから…俺がを守る」
「……花沢類…」

きっぱりとそう言ってくれた事で、目の奥が熱くなる。
普段、口数が少ない類だからこそ、嬉しい。
類のたった一言で、の重苦しかった心が、一気に軽くなった気さえした。だが――――――――問題が一つ。

「へえ…。ほなら…お手並み拝見といこうやないか」

大和も不敵な笑みを浮かべ、類を見返す。その間にはバチバチと火花が散っているように見えて、は少しだけ頭が痛くなった…。













「おい、司!マジ、考え直せって!」
「るせえ!俺はやるって言ったらやる!」

あのまま学校をさぼり、久しぶりに昼間の自宅へ戻って来た司は、自分を追いかけて来た総二郎達を睨み、ソファにふんぞり返った。

「でもよー。ちょっと姑息すぎやしねえか?寄付をカサに退学なんて」
「そーだよ。今まで赤札貼られて自主退学する奴らはいても、F4自ら退学させる奴なんかいなかったじゃん」
「そこがクールなF4だったのによ〜」
「養女になったちゃんはともかく…。司、少しは考えてみろよ。相手は類だぜ?幼馴染の…ガキの頃から一緒だった類なんだぜ?」

総二郎が必死に訴える。しかし司は怒ったように立ち上がると、「類だからだよ!」と怒鳴りつけた。

「類だから…親友だからこそ、俺はあいつを許せねえんだよ!」
「…司…」
「あいつがマジでを好きだと思うか?!」
「す、好きなんじゃねえの?」
「あいつが好きなのは今も昔も静だけだよ!静が結婚するかもしれねえから、を利用して忘れようとしてるにすぎねーんだよ!」
「司……お前……」

普段の司とは違う、どこか悲しげな顔で叫ぶ姿に、総二郎は何も言えなくなった。
そこへ勢いよくドアが開き、「うるさいわねえ!」と、椿が顔を出す。

「何よ、大声出して…。またケンカ?」
「…姉ちゃんには関係ねえ」
「司の姉ちゃん!ちょっと姉ちゃんからも司に言ってやってくれよー」
「るせえ、総二郎!言ったらぶっ殺すぞ!」
「…………何の事よ。また何か企んでるの?司」
「何でもねえよ。姉ちゃんには関係ねえつったろ」
「………(ピキっ)てめ、姉に向かってその口の聞き方――――――」
「るせえなあ…寝る!!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ、司!」

司が早々退散するのを見て、椿は怒鳴ったが、言う事など聞くはずもなく。
そのまま自分の部屋へと上がったようだった。

「ったく、あいつ…。後でボコボコにしてやる!」
「……………(ゾッ)」
「……………(怖)」

椿がバキバキと指を鳴らす姿に、総二郎とあきらは顔が引きつった。
これ以上、ここにいては自分の身も危険だ。
そう思いながら触らぬ椿に祟りなし、とでもいうように、足音を忍ばせ、リビングを出て行こうとする。
が、一足遅く、2人は一瞬で首根っこを掴まれ、恐る恐る振り向いた。

「待ちなさいよ。何を企んでるのか話すまで帰さないわよ」
「「……は、はい」」

天下のF4も、道明寺椿にかかれば子猫のような扱いだ。
仕方なく2人は諦めて、椿の前に正座(!)した。

「で?司は何をしようとしてるの?」

まさに仁王立ちといった椿に、総二郎の喉がゴクリ、と鳴る。
あのデカイ司を子供の頃から鉄拳制裁のみで鍛えて来た恐姉なだけあり、その迫力は相当な物だ。
でもここで椿が間に入ってくれれば、司の暴走を止められるかもしれない、と2人は思った。
そこで今日あった出来事を全てアッサリ話すと、椿の頭から角が…いや顔が般若のごとく変化していく。

「あんのバカ…!!!2人を退学?!しかもちゃんをこの家から追い出すって?!何考えてんの、あいつは!!」
「そ、そうなんだよ、姉ちゃん…」
「俺達もそう思ったんだけどさ…」

怒りのオーラをビリビリ感じ、総二郎とあきらもかなりの弱腰だ。
それでも椿が味方になってくれれば、心強い、とばかりに、「どうすりゃいいかな」と総二郎が尋ねた。
一瞬、頭に上った椿も、すぐに気持ちを切り替え、そうねえ…と首を傾げる。

「あの猛獣を止めるには…やっぱりちゃんかしら」
「でもあいつ、ずっとちゃんの事、避けてるし…話題を出そうもんなら、すげえ剣幕で怒りだすからなあ」
「それだけ好きって事よ」

椿がそう言って苦笑すると、総二郎とあきらも納得したように溜息をついた。

「今回の事でよ〜〜〜く分かったよ…」
「ああ、俺も」
「俺達が思っていた以上に、司はちゃんにマジで惚れてる」

総二郎はそう言って肩を竦めると、

「面倒くさそうだけど…羨ましい気もするよな。俺なんか、一人の女にあんなに入れ込む事、出来ねえし」
「ますます類は危ねえよ。退学させられちまうぜ?」
「バカね。それを阻止しようってんでしょ?ちゃんの事だって、簡単に追い出せるわけはないんだから」
「でもあの司だぜ?いくら養女になってるからって、んなの関係ねえっつって勝手に追いだしそうじゃねえか」
「そんな事したら、私が黙ってないわ。むしろ安全なところへちゃんを連れて行くわよ。こんな家にいるより、よっぽどいい」
「さすが、頼りになるねえ。英徳の元女王は!」
「元は余計よ!」

バコッと総二郎の頭を殴り、椿は目を吊り上げる。道明寺家の人間は、人さまの家の坊ちゃんでも関係ないらしい。
総二郎が頭を押さえ転げている(!)のを尻目に、椿は何かを考え込むよう、ソファに身を沈めた。

「とりあえず…司が次にどう動くか、よね…」

椿はふと呟き、明日にでも学園へ顔を出してみよう、と考えていた。













次の日、昨日の騒ぎが一気に広がり、が学校へ顔を出した頃には全員がその話で盛り上がっていた。

「聞いたかよ。やっぱ退学させられるみたいだぜ?」
「だろうなあ。道明寺さんを裏切った奴はそうなる運命だって」
「花沢さんも悲惨だよなあ。巻き込まれた形でさあ」
「え、でも俺、あの2人は付き合ってるって聞いたぜ?」
「マジかよ。あの花沢さんが女、奪いあうようなイメージなくねえ?」
「でもそれで道明寺さんが激怒して今回の騒ぎになってるっつー話だけど…」

そんな話が廊下のあちこちで聞こえて来る。
事実を知らないクセに、と思いながらも、何を言っても無駄だ、と無視する事にして、自分の教室へと向かう。
が、教室に入った途端、浅井三人組がニヤニヤしながら近づいてきて、は溜息をついた。

「聞いたわよー?退学ですって?」
「………」
「遂に道明寺さんにも見捨てられたようねえ」
「……あなたには関係のない話よ」
「あら、開き直るの?花沢さんまで巻き込んだ最悪の女のクセに」
「ほーんと!天下のF4が分裂なんて信じられない!」
「代わりに入ったのが、あの結城大和ってのも驚きだけど…あなたへのあてつけって事かしらねえ」

浅井達は好き勝手言いながらの周りを囲む。他のクラスメートも、それを遠巻きに見ながら笑っているようだった。

「だいたい花沢さんがあなたを本気で相手にしてると思ってるわけ?」
「………っ」
「そうよ。花沢さんは昔から静センパイ一筋なんだから。あなたなんか勝てるわけないでしょ?」
「…うるさい…っ!」

力任せに教科書を机に叩きつける。一番触れられたくない事を言われ、さすがのもカッとした。
浅井達も突然怒鳴られ、目を丸くしながら驚いている。そんな三人を押しのけるようにして、

「あなた達に言われなくても私が一番分かってるわよ!」

と、一人、教室を飛び出した。
悔しくて、胸が痛い。しかし、ここでは泣くまい、と必死に涙を堪えていた。
その時、一人の生徒が慌てたように廊下を走って来ると、

「道明寺さんが遂に校長へ直談判しに行ったぜ!」
「マジ?いよいよ死刑執行かよ」
「………っ?」

(司…本気だったんだ…)

それを聞いてはすぐに校長室へと向かう。すでに覚悟は決まっていた。

私の事はいい。お父さんの会社がつぶれて…運よく道明寺家に来れただけだもの。
退学になったって、家を追い出されたって、そんなものは構わない。
だけど…花沢類は違う。花沢類だけは守らなくちゃ―――――――

その事だけを考えながら必死に走る。昨日、類が言ってくれた言葉だけで、充分だ。

"は俺が守るよ"

例え類の気持ちが自分になくても、静さんの事を忘れていないとしても。
ああ言ってくれた気持ちだけでは幸せだった。

(絶対に…退学になんかさせない…)

階段を一気に駆け上げり、校長室へと急ぐ。が、次の瞬間、誰かとぶつかりそうになり、は避けた拍子に転びそうになった。

「す、すみません!」
「……って、あら、ちゃん!」
「え…?」

その声に顔を上げると、そこには意外な顔があった。

「つ、椿さん?!」
「良かった!ちょうど探してたの」

椿はそう言いながら、の方へと歩いて来た。しかしそれを見ていた周りの生徒達から、一斉にどよめきが走る。

「嘘…ね、ねえ、あの方もしかして…!」
「ほら、第82期、卒業生の…伝説の人物…」
「道明寺司さまのご姉弟…!」
「道明寺椿さまよ!」
「うそー!アメリカにいらしたんじゃなかったの?!」
「私、一度でいいからお会いしたかったのー!」

さっきとは打って変わって、そんな声があちこちから聞こえて来る中、は唖然とした顔で椿を見上げていた。

「な…何で椿さんがここに…?」
「説明は後。今は一緒に来て」

椿がの手を引っ張る。相変わらず強引だな、と思いながら歩き出しただが、その瞬間、周りの女子生徒達から悲鳴が上がった。

「やーん、何であの子とー?」
「そりゃ親戚だから椿さんだって」
「道明寺さんや椿さんと親しいなんて、ホントむかつくー」

まさか椿の事にまで嫉妬されるとは思わず、は盛大な溜息をついた。

「あ、あの…椿さんって噂通り、有名なんですね」
「あら、ちゃんも有名人じゃない。皆、知ってる感じよ?」
「そ、それは…」

司のせいです、とは言えず、笑って誤魔化す。
そもそも英徳に転校してからというもの、周りの視線が凄過ぎて、安息の地とは言えないような場所だった。
それでも、最初は両親の為、慣れない校風にも我慢して、何とか頑張って来た場所だ。
今日で退学になる、と思うと、少しは寂しい気もする。

(そっか…。退学になったら、あの非常階段で花沢類と会う事もなくなるんだ…。その前に道明寺家を追い出されたら…花沢類に会う事すら出来ない…)

そんな事を考えていると、何となく泣きたくなったが、椿はの様子に気付かず、どんどん先を歩いて行く。
そして校長室まで立ち止まる椿に、は驚いて足を止めた。

「あ、あの…椿さん…?」

どうしてここへ?と問いかけようとしたその時。校長室から聞きなれた怒声が響いて来て、思わず息を呑んだ。

「いいから退学にしろ!簡単だろ?!」
「や…そ、それは…くんも今や道明寺家の人間であり、花沢くんも花沢社長が何て言うか…」
「2人一緒じゃなきゃ意味ねえんだよ!何なら、うちの金で建てた校舎、全部壊してやってもいいんだぜ?!」
「そ、そんな――――――――」

校長の悲痛な声が漏れ聞こえて来る。それを聞いていた椿は、拳を震わせながら、徐にドアを開け放った。

「司あぁぁーーーーっ!!!!!」

「ね、姉ちゃん…?!」

バーン!という派手な音、そして椿の怒鳴り声に、他の生徒達も集まって来る。
はどうしようと思いながらも校長室を覗きこんだ。
すると――――――――パン!パン!パン!!という音と共に、司のうめき声が響き渡った。
どうやら椿が力任せの往復ビンタ(!)を喰らわせているらしい。
司はぐうの音もなく、その場に倒れ込み、その光景を見ていたは一瞬で顔が青くなった。

「な、何しやがる…」
「…司…お姉さんは情けないったらありゃしない!何であんたはそんなに卑怯なの?!」

椿はそう怒鳴ると、校長の前にバンっと手をついた。

「とにかく、この話はチャラよ!いい?」
「じょ、冗談じゃねーよ!いいから退学にしろっ!」
「え、あ…いや…」
「退学にしたら承知しないわよ、校長!」
「オッサン!退学にしなかったらどうなるか分かってんのかっ?!」
「……そ、それは」

2人から責められ、校長も冷や汗をかいている。それを見ていたは、覚悟を決めて中へと入った。

「待って下さい!」
「………っ?」
ちゃん…」
「私…私を退学にして下さい」

いきなり間に入って来たかと思えば、の発言に椿と司は驚いて顔を上げる。

「これで、いいでしょ?司…」
「…………」

司は黙ってを見ていたが、そこに騒ぎを聞き付け、大和が顔を出した。ついでに総二郎やあきらも後から駆けつける。

「あ〜アカンって、ちゃん!それに道明寺の社長さんには何て言うん?せっかく養女にしてくれてんから――――――」
「大和は黙ってて!もともと…私がまいた種なの…。私がいなければ元通りになるでしょ?」
ちゃん…」

その覚悟を聞いて、総二郎が司に視線を向けた。司は無言のまま、じっとを見つめている。
どっちへ転ぶのか、と思った、その時、不意に類が校長室へと入って来た。

を退学になんかさせねえよ。俺がやめる」
「……類!」
「俺が混乱の原因だ。俺が出てく」
「花沢…類…」

その一言に、は泣きそうになった。が、そこで大和も軽く咳払いをし、

「校長センセー。ちゃんがやめるなら俺もやめるわー」
「な…結城くん!そんな…!君のお父上には何と言えば――――――――――」
ちゃんおらんかったら、この学校もつまらんしー」
「……大和…」

大和のいきなりの退学宣言にが驚いていると、それまで黙っていたあきらも、

「司、類がやめるなら俺もやめるわ」

と言いだし、騒然となった。

「あきら!てめえ、裏切んのかよ!」
「もうたくさんだ!クールなF4はどうなっちまったんだよ!俺らの結束は何よりも固いもんじゃなかったのか?!」
「あきら、てめえ―――――――――」

怒り任せに司があきらの胸倉を掴む。その時、限界に来ていた椿が司の後頭部を思い切り殴りつけた。

「ってぇな!何す」
おだまり!!!!いい若いもんがウダウダウジウジ仲間割れして!聞き苦しいったらありゃしない!」

その椿の迫力と言ったら、とても言葉では表せない、とばかりに、その場が一瞬でシーンとなる。
それを見た椿は、目の前に並んでいる司達を見て、軽く息を吐いた。

「こうなったら正々堂々とスポーツで勝負しなさい」

「…え………ス………」
「……ス……………」
「………酢…?………」
「………違…………」
「………スポーツぅぅ…っっ…?!」
「…………………」

椿の提案に、全員がその場で固まった。

「そうよ。3対3で分かれて負けたチームが相手の要求をのむの。恨みっこなしよ」
「スポーツで対決なんて、んなダセぇ事、できっかよ!このF4がっ!」
「……じゃあ殴り合って殺し合いでもするつもり?」
「「「……う…っ」」」

殺気すら漂う椿の睨みに、司、総二郎、あきらは一瞬で血の気が引く。
こうなった時の椿は誰にも止められないのだ。

「これが一番フェアな方法よ。3対3…そうね、3ON3なんてどう?」
「ス、3ON3…?」
「バスケだよ。3対3で分かれて一個のゴールで点を取り合うんだ」

よく意味の分かっていないに、類がそう説明をする。司はそれまで黙って聞いていたが、不意に笑み浮かべると、

「おもしれえ。やってやろーじゃん。俺達が勝ったら潔く退学してもらうぜ」
「ちょ、ちょっと待って…。その3対3っていうのは………」

が戸惑いながら、その場にいる人物を見渡す。
当然、司側は総二郎とあきらのF3。
対して側といえば、類と………

「俺、俺!俺がおるやん」
「………………」

ニッコリ笑顔を見せながら自分を指差す大和に、は力なく頭を項垂れた―――――――












何の因果か、スポーツ対決をする事になり、放課後、達は学校のグランドへと集まった。
としては自分が辞めて終わるはずだったのに、という複雑な思いもあったが、こうして首の皮が一枚繋がった事だけでも充分だと思う。

(少しでも…花沢類と一緒にいられるんだし…精一杯、頑張ろう)

そう思いながら浸っていると、後ろでその気分を台無しにする声が聞こえて来た。

「なあなあ、あの三人、カッコばかりで実は運動音痴とかちゃうのーん?」

その問いに、靴ひもを結んでいた類は、ちらりと大和に視線を向け、

「中等部の頃、あちこちからスカウトが来るほどの万能さだよ。汗かくのがバカらしいってやんないけど」
「…うっひょー。さすがF4やなあ」
「……………(大和、あんた呑気すぎるわよっ)」

類の話を聞き、思わずの手からボールが落ちる。
自慢じゃないが、観るのは好きでもバスケはスポーツの中で一番不得意な分野なのだ。

(ど、どうしよう!前の学校の授業でバスケやった時もゴールした事なんか一度もないのに…っていうか、そもそもルールも良くわかってないのに)

司達がスポーツも得意だと知り、先ほどの決意が一気に萎んでいく。
そんなを見て類は立ち上がると、軽く彼女の頭を撫でた。

「やる前から諦めてどーすんのさ」
「花沢類…」
「その様子だと苦手なんだろ?なら教えてやるから」
「そうやで。俺も何気にバスケは得意スポーツや。良かったなあ、ちゃん。こないスポーツ万能なイケメン2人と組めて」

そこへ大和も加わり、の背中をポンと叩く。自分よりもずっと前向きな2人に、は自分が情けなくなった。

「そ、そうよね。私、頑張る」
「お、その調子や!ほな早速シュート打ってみい」

大和がへボールを放る。それを受け取り、は目の前のゴール前へと立った。
自分の身長よりも遥かに高いゴールを見上げ、ゴクリと喉が鳴る。
普通のバスケでも入らないのに、それよりも速いペースで行われる3ON3で、シュートが入るかどうか心配だった。

「…平常心、平常心…」

はボールを構え、軽く深呼吸をすると、勢い良く地面を蹴った。

「…えいっ」

軽くジャンプをした際、ゴール目がけてシュートを放つ。
が、ボールはゴールの脇に当たって跳ねかえり、の顔面めがけて戻って来た(!)
当然、それはの額にバインッと当たり、

「…っいったーい…っ!」
「だ、大丈夫か?ちゃん!」

その、あまりにレアな光景に目が点だった類と大和だが、がしゃがみ込んだのを見て大和が駆け寄った。

「あーおでこ、真っ赤」
「…うう…やっぱり…?」
「まあ…随分とレアな失敗ぶりやったしなあ」

あまりの痛さで涙目になっているに、大和も苦笑いを浮かべた。が、その時不意に後ろで、

…ぶはっ…!ぷくくく…っ」
「は、花沢類…っ」

今まで唖然と見ていた類だったが、急に笑いがこみ上げたらしい。盛大に噴き出したかと思えば、2人に背を向け、小刻みに肩を揺らしている。
失敗して落ち込んでいたは、更に恥ずかしくなり顔が真っ赤になった。

「は、花沢類、笑いすぎ!」
「だ…だって……ボール……も、戻っ……ぷぷ…っ」
「……………」

類はの顔を見るなり、またも噴き出している。さすがにムッとして唇を突き出したが、その顔すら今は笑えてしまうらしい。
今ではしゃがみ込んで地面を叩きながらゲラゲラ笑っている。そんな類につられ、大和も軽く吹き出した。

「花沢クンて、かなりのゲラやってんなあ」
「………そうかも。一度、笑い出すとあんな感じだもん」

額をさすりながら、は呆れたように呟く。それでも類が笑顔を見せてくれるのはにとって嬉しい事だ。
さっきの失敗がレアだと言うなら、にとって、類が爆笑している姿の方がよっぽどレアな光景だった。

「もー!花沢類も笑ってないで練習しようよ!」
「……はいはい」

やっと落ち着いたのか、類が涙を拭いながら立ち上がる。(泣いてたのか)
その時、後ろでドリブルの音が聞こえ、はふと振り返った。
瞬間、宙に舞った大和が、手にしていたボールをゴールへと叩きつける。そのジャンプの高さには思い切り口が開いた。

「へえ、やるじゃん」

大和のプレイに類も驚いたように目を丸くした。

「俺、これでも中学ん時、全国大会で優勝した事あんねん。ま、その後にグレてやめてもーたけどなあ」
「って、ていうか凄いじゃない、大和!」
「お、少しは惚れた?」
「ほ、惚れるか!」

力任せに大和を叩く。
そんなやり取りをしている2人を残し、類も軽くドリブルをすると、ゴール目がけてジャンプする。
そのままボールを思い切りゴールへ叩きつけ、これまたも口がポカンと開いてしまった。

「わお、花沢クンもやるやーん。ボーっとしてるクセにスポーツ万能てずるいわあ」
「結城だって上手いじゃん」
「嫌やなあ、他人行儀な呼び方。今は仲間なんやし大和ーて呼んでなー。俺も類〜って呼ぶし」
「…やだ」
「って、何でやねん!」

軽く類にあしらわれている大和を見ながら、は小さく吹き出した。
最初はどうなる事かと思ったが、この調子なら勝てそうな気がして来る。

(そっか…2人とも身長が高いから、あんなに簡単に届くんだ。それに…花沢類がスポーツしてる姿見れるなんて、激レアかも…)

「は…花沢類もバスケ上手いのね!スポーツするイメージないのに…」
「いいから練習しようぜ。俺と結城でサポートするから」
「う、うん…」

その時、類はふとを見つめながら、彼女の頭へポンと手を置いた。

「みすみす退学になんかさせてたまるかよ」
「……え?」
「俺にだって…守りたいものがあるんだよ」
「……花沢類…」
「ほら、行くぞ」

目の前の類が、普段から想像もつかないくらい頼りがいがあるように見えて、は思わず胸が鳴るのを感じた。

「あー!そこ!俺をのけものにしてイチャつかんように!」

暫し、ボーっと類に見とれているを見て、大和が目ざとく叫ぶ。
そんな事にさえ笑っている類が、今のには眩しく感じる。

"――――――――俺にだって…守りたいものがあるんだよ"

あの一言で、さっきまで重く圧し掛かっていた胸のつかえが、一瞬で消え去った気がした――――――











「…いっけない、遅くなっちゃった」

類に車で送ってもらい、道明寺家の門を抜けたところで時計を確認すれば、午後の8時を回っていた。
夢中で練習していた為、時間は全く気にしていなかったのだ。

(はあ…今日も習い事、サボちゃったな…)

ふと思い出し、溜息が出る。
と言って、今はそんな事をしている場合でもない。どっちみち道明寺家を追い出されれば、そんなものは必要なくなるのだ。
ただ類のいうように、司の一存では決められないから大丈夫だ、と思ってはみても、万が一という事もある。
あの楓も一人の母親だ。大事な跡取り息子の我がままをすんなり受け入れるかもしれない。金持ちは気まぐれなのだ。

(最悪、そうなったら…お父さんとお母さんにも迷惑かけちゃうな…)

ふと両親の顔を思い出し、胸が痛む。
父もせっかく指導係という責任ある立場を任され、楽しそうに働いているのだ。
それを今更奪うのはも嫌だった。
たった一人、花沢類を好きになったせいで、司を傷つけ、周りに迷惑をかけてるんだ。
そんな事を思うと心が折れそうになる。それでも、守ると言ってくれた類の為に、明日は出来る限り頑張ろうと思っていた。
――――その時、エントランスのドアを開けようとしたの背後で人の気配がして、ふと手を止めた。

「…だ、…誰っ?」

そう問いかけると、不意に庭の方から誰かが歩いて来て、思わず後ずさる。
月明かりの中、姿を見せたのは思いがけない相手だった。

「…つ…司…っ?」
「………………」

この時間、いつもなら家にいないはずの司が現れ、は鼓動が速くなるのを感じた。

「な…何でいるの…?何か用?」

司はその問いにも応えず、無言のままを見つめている。それが逆に不安を煽り、は少しだけ緊張した。

「わ、私達、今練習してきたとこなの。明日は簡単に勝たせないから…!私だってシュートが入るようになったし、そ、そりゃドリブルはちょっと苦手だけど、でも――――」

その瞬間―――――の体は司の腕に包まれていた。


「――――お前が一言、俺を好きだと言えば…明日の試合、取り消してやってもいい」


手から鞄が落ち、一瞬、何が起きたのかすら理解出来ず、頭の中が真っ白になる。

(司―――?!何?何が…起こったの…?私…何で腕の中にいるの…?)

背中越しに伝わる強い腕の感触と、司の香水の香りが鼻をつく。こんな時なのに、ひどく懐かしい気さえした。

(ダメ…頭が混乱して…気を失いそう…)

息苦しいくらい強く抱きしめられ、は体中の力が抜けそうになる。

「…痛…っ」

その時、腰を抱く腕に更に力が入り、その痛さでふと正気に返った。同時に僅かに体が離れ、司の顔をゆっくりと見上げる。

「…言えよ」
「……っ」
「お前が一言、言えばいいんだ」

司の顔には怒りもなく、ただ寂しげな表情でを見つめている。

「俺を、好きだと…言えよ」

その真剣な顔にの足がかすかに震え、思わず視線を反らした。

「…い、痛い…。腕、放して…」
「…………っ!」

その瞬間、司はカッと頭に血がのぼり、の体を力いっぱい、エントランス脇の柱に押し付けた。
背中の痛みに、も思わず顔をゆがめ、崩れ落ちそうになる。

「どこまでこの俺をバカにすりゃ気が済むんだよ!!」
「……つ、司――――――」

突然、唇を寄せて来た司に驚き、は抵抗しようと手を振り回した。しかしその手もすぐに拘束され、片方の手で無理やり顎を上げさせられる。

「…ダメ…やめて…っ――――――やだ…っ」

唇が触れ合いそうになり、必死に叫ぶ。その瞬間、拘束が緩み、はずるずるとその場に座り込んだ。
呼吸も荒く、体がかすかに震えている。そんなを見下ろし、司は薄く笑った。



「は…っそんなに嫌か」



――――違う。



「舌、噛み切りそうなツラ、しやがって」



――――違うの…。



「そこまで類が好きか…」



――――もしキスを受け入れてしまったら…私は自分を許せなくなる…



「何で…類なんだよ…。何で俺の親友なんだよ…」



司は小さく呟き、の前にしゃがみこんだ。



「…何だかアホらしくなってきたぜ…。なあんで、こんな女に惚れちまったんだよ」



―――-―ごめん。ごめんね、司……




司の想いが痛いくらいに伝わり、の目に涙が溢れて来た。

「天下の道明寺司さまが、お前のような凡人を好きだって言ってやってんのによぉ」
「…いっ」

先ほどボールをぶつけた額を、パチンと指で弾かれ、思わず目を瞑る。
それでも、さっきとは違う優しさを感じ、溢れた涙が頬を伝って行った。

「ホント…バカな女だぜ」

司はそう呟くと、不意に立ち上がった。

「あとで泣き見せたっておせえからな。明日は手加減しねーぞ。覚悟しとけよ」
「……の、望むところよ。司なんか…ボコボコにしてやるんだから…」
「上等じゃん、この野郎。それでこそだぜ」
「バカ…!そっちこそ夜遊びしまくって、フラフラで来ないでよね!」

その言葉に、司は笑いながら手を振り、そのまま門の方へと歩いて行った。これから総二郎達と会うのだろう。
その後ろ姿を、は見えなくなるまで見送っていた。
いつか、この夜の事を、死ぬほど後悔する時が来るかもしれない。でも……

"――――俺にだって…守りたいものがあるんだよ"

そう言ってくれた花沢類を、私は信じるって決めたから。花沢類の、透き通った瞳を、信じるって決めたから…

濡れた頬を手で拭いながら見上げた夜空には、星が一つ、を見下ろしていた。








次の日、やはり司は帰っておらず、は椿と一緒に家を出た。
これから学校の裏庭で、3ON3の対決をする事になる。

ちゃん、体調はどう?」
「大丈夫です。夕べ沢山寝ましたから」
「頼もしいわね」

椿は笑顔でそう言うと、の肩を抱き寄せた。

「いい?ちゃんは退学だとか、家を追い出される、なんて考えないで。今日の対決は司にこれ以上、文句を言わせない為の対決なのよ」
「……え、じゃ、椿さんはわざと、あんな事を…?」
「もちろん。あのままじゃ埒があかなかったでしょ?ならスポーツでも何でもいいから対決して、勝った上で黙らせたらいいの」

椿はそう言って優しく微笑む。その自信に満ちた瞳が、は大好きだった。
自分も椿のように堂々と生きていけたら、とふと思う。

「椿さん…私、頑張ります」
「そう!その調子よ」

椿は嬉しそうにの頬に軽く口づける。その時、車が校舎の前へと到着した。

「えっと…西校舎の裏庭でしたよね」
「ええ。私は先に行ってるわ」
「はい。じゃあ後で」

あと30分ほどで試合開始となる。は椿に手を振ると、着替える為に目的地へと急いだ。
が、その瞬間、嫌な物を見た気がして、一歩戻った。

「な…何よこれっ」

そこの電柱柱には、"退学をかけてバスケ対決!"と書かれた貼り紙が貼ってある。
そして裏庭へと続く門の前には、でかでかと"F4バスケ対決!"と書かれた垂れ幕まで飾られていた。

「…な…何でこんな大事に…」

まるで、どこかの運動会のような飾り付けまであり、は唖然としたまま歩いて行った。
とりあえず制服から動きやすいTシャツと軽めのパンツに着替える。そのままフラフラと会場に行けば、総二郎とバッタリ顔を合わせた。

「お、ちゃん。おはよ」
「お、おはよう…じゃなくて!な、何なんですか、あの垂れ幕とポスター!」
「あー。オレオレ。しゃべったの。やっぱギャラリーいねーとやる気でねーじゃん?」
「……………(オ…オレオレじゃない!!振り込め詐欺師か、あんたわっ!)」

ヘラヘラと笑う総二郎に、も思わず目を細める。全校生徒の前でやるだなんて最悪の流れだ。

「よ、夕べは良く眠れた?」
「あ…」

そこへ類がやって来た。どこかスッキリした顔で、緊張の色も見られない。

「うん…。ちょっと昨日の練習で筋肉痛だけど…」
「そう」

類は頷きながらも、機嫌がよさそうに鼻歌まで歌っている。それにはも唖然とした。

(な…何でこんなに余裕の顔なの?全然いつもと変わらない…。っていうか鼻歌まで歌っちゃってるし…)

でも、逆にいつもと変わらない類が頼もしく見える。

(私は…この人について行くと決めたんだ…。夕べ、そう決めたんだから…)

一瞬だけ過った夕べの司の顔。それを振り払うように頭を振ると、は髪を一つにまとめた。

「はーい、チケットあるよー!今なら最前列3万円と超お得だよー」
「きゃー買う買う!F4を間近で見れるなら10万円出してもいいっ!」
「ちょっと!私が先よ!」

門の辺りが騒がしいと見てみれば、何故かチケットを販売している。
別にプロの試合と言うわけでもないのにダフ屋までがいる事に、は驚いた。

「F4を近くで見れるだけで10万円って…。同じ学校なのに?一体どこのアイドルだっての」
「そら、F4ゆーたら、日本国中にファンがおるくらい有名らしいからなぁ」
「あ、大和…。おはよ」

他の生徒のバカ騒ぎに呆れていると、大和が苦笑交じりに歩いて来た。

「で、でも日本国中にファンって大げさじゃないの?」
「いやいや。F4の親は経済誌やらの常連や。その息子もまた、後継ぎとしても有名や。それも、あないイケメンやったら、そらアイドル並みに雑誌も売れる」
「そ、そう、なの…?」
「ちなみに俺も大阪いた頃は雑誌の取材、よぉ受けてんで?」
「え、大和も?あ、そっか…結城グループも油田やらの開発とかで有名だもんね」
「まぁな。で、中には御曹司トップ10なんてもんまであって、F4のメンバーはその中でも常に常連やし、有名、かつ顔が売れてるのは当然やろなあ」
「ト…トップ10…そんなものまであるんだ…」

知られざる世界を知り、は唖然とした。今や人気を競うのは芸能人だけではないらしい。

「ついで言えばお嬢様トップ10なんてーのもあって、道明寺クンの姉さんや、藤堂静が未だに上位に入るらしいわ」
「え!椿さんや静さんも?凄ーい」
「凄ーい、やあらへん。ちゃんかて、このまま道明寺家の養女やっとったら、そのうち取材やら、ぎょーさん来るやろ」
「え…わ、私?!い、いいよ、そんなの」
「いやぁ、ちゃんなら雑誌に載った瞬間、ファンがすぐつくてー」
「ファ、ファンなんかいらないもん…。それに私、椿さんや静さんみたいな完璧なお嬢様じゃないし」
「何言うてんねん。完璧なお嬢様なんかつまらんやろ?前から思っててんけど…ちゃんはもっと自分に自信もたなアカンで」
「じ、自信って言われても…」

そう言われ、ふと自分は今までどうだったんだろう、と考えた。
親の会社が倒産するまでは、道明寺家まではいかないにしろ、何の不自由もない生活を送って来たのだ。
それでもF4のメンバーのように贅沢三昧をするでもなく、派手に遊ぶでもなく。ごく平凡に生きて来たように思う。
どちらかと言えば奥手で、前の学校の友達のように彼氏をしょっちゅう変える事もなく、あの中では地味に生きていた気がする。
だからこそ、親の会社が倒産し、周りの人間が離れて行った時。
個人ではなく、自分達の生活レベルに合う友人関係を、皆が求めていたんだと知った時。
ショックではあったが、それはそれで仕方のない事だと、どこかで諦めていた。
自信などなかったから。自分自身を見てくれている人なんかいないと、分かってしまったから。本音を言う事が出来なくなった。

だからこそ、道明寺家に来て、司と会った時はひどく驚いた。
いつも自分に自信満々で、本能のまま自分の思った事や欲求をそのまま口に出来る司は、にとってカルチャーショックを受けるくらいの存在だったのだ。
司だけじゃない。F4全員と知り合った事が、にとって劇的なものだった。

皆に会って…私も少しは変われたような気がする…。
皆の前じゃ何も隠しごとなんか出来なくて。感情のまま自分の気持ちを口に出来ていた。
本心を誤魔化す余裕なんか与えてもらえず、心の準備をする事も出来ないくらいの勢いで、彼らは私の生活の中に入って来たから。
腹の立つ事も、嬉しい事も、悲しい事も、全部、素直に。私はいつの間にか、本当の自分を出せるようになってたんだ。
そして、そんな私を、司は好きだと言ってくれた――――。


「ええから、もっと自信もち!こーんなええ男らが、ちゃんに惚れてるんやから、堂々としとったらええねん」
「大和……」

いつものように明るく励ましてくれる大和に、はふと、先日の事を思い出す。
あの時、はハッキリと、花沢類が好きだと言ったのだ。なのに、大和が普段と変わらぬ態度で接してくれている事に胸が熱くなった。

「ありがとう…大和…。ごめんね、こんな事に巻きこんで」
「何言うてん。俺が好きで参加してんねんから気にせんでええ。それより……敵さんがご到着や。そんな顔せんとき」

背中をポンと叩かれ、はハッと顔を上げた。
少し離れたところに司が来ている。不意に目が合い、夕べの事を思い出した。

"好きだと言えよ"

"ホント…バカな女だぜ"

昨日は、久しぶりに司の笑顔を見た気がする。

、大丈夫?そろそろ始めるけど」

そこへ類が来て、は無言のまま頷いた。類も優しい笑みを浮かべると、そっとの手をとる。
いきなりの行動にドキっとして顔を上げると、類は優しく微笑んだ。

「あー!そこ!何、手ぇ繋いどんねん!」

大和が目ざとく見つけ、すぐに文句を言って来る。しかし類はふと笑みを浮かべ、大和の方にも手を差し出した。

「結城も、手出せ」
「…へ?俺、男と手ぇ繋ぐ趣味ないねんけど」
「いーからっ」

大和のボケに、類がぐっと目を細める。
この2人、なかなかいいコンビかも、とは内心思いながら、類が三人の手を重ねていくのを見ていた。

「今日は余計な事を一切考えないで。―――楽しく、一発、かましてやろうぜ」
「…うんっ」
「おう」

類の号令に笑顔で頷く。大和も軽くウインクをしながら親指を立てた。





「いい?ゲーム時間は10分。多く点を稼いだチームが勝ちよ。負けたチームは勝ったチームの要求に従う事。恨みっこなしよ」

椿が改めてルールを説明し、6人6様、互いに顔を見合わせる。

(…負けない。負けるわけにはいかない。ここで勝たなければ、花沢類と司の関係が壊れたままになってしまう。――――これ以上、迷惑はかけられない)

は目の前の司を見据え、そう決心する。

「もうーこの試合、勝負みえみえじゃーん」
「賭け率9対1だぜー?」
「GO!GO!F4!Fight!」

ギャラリーのあちこちから色々な声が聞こえて来る。
が特に驚いたのは、あの浅井とその仲間達が、チアリーダーの格好をして応援している事だった。

「じゃあ集まって。コインでオフェンスとディフェンスを決めるわよ」

椿の声に皆が中央へと集まる。
類はと大和に目をやると、

「いいか。一度ボールを持ったら死んでも離すなよ」
「う、うん」
「りょーかい」

椿がコインを投げ、それを手の甲で受け取る。コインは表を指していた。

「表だわ。司チームの攻撃から。――――じゃ、始めるわよ」

椿が片手を大きく上げる。次の瞬間、ホイッスルが鳴り響き、ゲームがスタートした。
まずは司がボールをキープして、ゆっくりと切り込む瞬間を狙っている。

「きゃー!道明寺さーん!頑張ってえーー!」

ギャラリーの声援が一層、甲高いものへと変わった。

「結城!司のディフェンスにつけ!隙みてボールを奪えっ」
「まかしとき!」
は総二郎をマークしろ!」
「は、はいっ」

類が冷静に状況を判断し、皆に指示を出す。
大和は司にピタリとマークし、シュートをさせないようコースを消していった。
しかし司はボールを股下から後ろへドリブルし、前を向いたまま、後ろで待ち構えていた総二郎へとパスする。
総二郎はそれを軽く受け取り、そのままシュートした。

「わぁぁ!F4一点先取!!」

F4のゴールに、ギャラリーが一斉に沸く。それを見て大和は薄く笑みを浮かべ、ぺロリと唇を舐めた。

「ノールックパスとは、なかなかやるやん、道明寺クン」
「うるせえ」
「そのクリクリ頭の中にもう一個、目があんのんちゃうん?」
「う、うるせえ!話しかけんなっ!」

大和の挑発に、司が目を吊り上げる。その間に類がボールをキープし、の方へ視線を送った。

(…来る)

はパスが来る事を確信し、自分のディフェンスについていたあきらへと目を向けた。
が、あきらはディフェンスにもつかず、呑気に突っ立っている。

(ノーマークじゃない…。私はマークする必要なしってわけ?)

ムッとしたが、これは逆にチャンスかも、と思った。ノーマークなら、シュートが下手でも入る可能性が高い。
その時、類がにめがけてボールを出した。

!」
「はい…っ」

類からのキレのいいボールを何とか受け取り、ゴール前でジャンプをする。
が、先ほどノーマークのまま立っていたあきらが凄い勢いで走って来た。
そしてよりも高くジャンプをし、のシュートしたボールをいとも簡単にカットする。
それを司へパスをし、そのまま司がゴールを決めた。

「きゃー!道明寺さーーーん!」
「いいぞーF4−!」

二点目も取られ、更にギャラリーが盛り上がる。
は軽く息を吸い込みながら、目の前でピースをしているあきらをジロっと睨んだ。

「み、美作さん…!!ノーマークと見せかけてボール奪うなんて最低っ!ホントにずるいんだからっ」
「いやいやちゃん。バスケってそーゆーもんやからぁー」

あきらに食ってかかるを大和は必死に止めながら苦笑いを零す。
あきらはあきらで、「ごめんねーちゃん」と困ったように手を合わせていた。

「花沢ボール」

すぐにゲームがスタートして、類がボールをキープする。
しかし思うようにパスを出させてもらえず、少しきつそうに見えた。

(…どうしよう。花沢類がボールをキープしてくれても、それをフォロー出来なければシュートまでいけない。大和も司を抑えるのに必死みたいだし…)

F4の三人は類が言っていた通りの腕前だった。スピードも技術も、素人のでは止められない。
と言って類と大和にだけ頼っていれば、確実に負ける。気付けばスコアは6−2と差を広げられていた。

「もーちょっとやってくれるかと思ったけど、これじゃ楽勝じゃん」
「やっぱF4は超すげーよ」

そんな声が漏れ聞こえて来て、は呼吸を整えながらも客席をジロリと睨みつけた。

(何よ何よ!花沢類だって本気出せば凄いんだから!た、ただ私が足を引っ張ってるだけで―――って、ダメじゃない、それ)

自分で思った事に自分で落ち込む、という器用な事をしながら、はそれでも諦めずに走る。
その時、椿がホイッスルを吹いた。

「7分経過!」

残り3分!と気持ちばかりが焦る。あと3点取るのがひどく遠い事のように思えた。
そこで8点目を取られ、攻撃が変わる。類がボールを持った時、前に立ちふさがったのは司だった。

「よう、類。勝負あったな」
「……まだ3分残ってんだろ。エラそーに言うなよ」
「3分で何が出来んだよ。意地を張るんじゃねえ。認めちまえよ」

その言葉に、類はふと笑みを浮かべ、司の目を真っすぐに見返した。

「俺はどんな事になっても、を守る」
「――――っ?ほざけ、この、」

司がボールを奪おうと手を出した瞬間、類はそれを身軽に交わし、そのままロングシュートを放つ。
それは綺麗な弧を描いてゴールへと吸い込まれた。これで8−4。再び差が縮まった。

「うわぁぁ、すげーロングシュート!」
「やっぱ花沢さんもハンパねえー!」

類のプレイに客席も沸き立ち始め、は思わず笑顔になった。

「すごおーい!花沢類!!カッコ良かったよ!」

そのまま類の方へ駆け寄って、背中をポンと叩く。
汗を腕で拭いながら、類も小さくピースを出した。

「………っ」

その光景を見ていた司は強く拳を握りしめ、後ろでドリンクを飲んでいる2人を睨みつけた。

「ボケっとしてんじゃねえよ、総二郎、あきら!」
「へ?何で急にいかってんの?」
「類一人、活躍したってなんぼのもんだよ」
「うっせえっ!口ごたえすんなっ」
「…ぎゃっ」

司は一人ブチ切れて、総二郎の頭をげんこつで殴る。その理不尽さに、あきらは呆れたように首を振った。

「いてぇーなあ!何すんだよ、てめ、司!!」

「おい、見ろよ。F4が仲間割れしてるぜ」
「大丈夫かよ」

ギャーギャー言いあいをしているF4を見て、客席もざわつき始める。
その様子を眺めていた類は、ふと何かを思いついたように、へ手招きをした。

「ど、どうしたんだろ。向こうモメてるけど」

「…え?」

不意に名を呼ばれ、が顔を上げると、類は荒い息を整えながら口を開いた。

「どんな事をしても勝つ?」
「え?う、うん…そのつもりだけど――――」

そう言った瞬間、腕を軽く引っ張られ、体が類の方へと傾く。そのまま額へキスをされ、一瞬思考回路が停止した。

「見ろよ!キスしてるぜ!」
「すげー余裕ー!」
「うそぉー!やだーっ!花沢さんがー!」

その光景を見ていた客席が、ゴールを決めた時以上にざわつき始める。その声でハッと我に返ったは、驚いたように類を見上げた。

「は、花沢類、な、何して…っ」
「し!笑って」
「は?」

いきなりキスをしてきたかと思えば、笑えと言う類に、は思い切り眉を顰めた。

「いーから笑えって」
「い、いきなり笑えって言われても……こ、こう?」
「ぶっ!すげえ顔…!」

戸惑いながら作った笑顔は不自然になり、その顔を見て類が思い切り噴いている。
それにはも真っ赤になった。

「な、何よ!自分でゆっといて!」
「ってゆーか、そこー!!何、堂々とイチャついてんねん!!花沢クンも抜け駆けは許さへんでっ!」

類との間に大和も加わり、こちらも賑やかになる。そんな三人を見て、あきらも訝しげに首を傾げた。

「何だぁ?あいつら…」
「………………」

その時、類達を見ていた司の顔が一瞬で変わった事を、あきらは気付かなかった。

「行くぞ、
「へ?あ、ちょ、ちょっと待ってよ、花沢類!」

すぐにゲームがスタートし、類が攻撃に回る。ボールをドリブルしながら切り込み、ゴール前にいる大和へとパスをした。
大和はすぐに振り向き、そのままゴールを決める。これで8−6。その差2点差まで追いついた。

「きゃー!大和、凄いじゃない!」
「本気を出せばこんなもんや。って言いたいとこやけど、今は何や道明寺クンの様子がおかしかって楽にシュート出来てんやんか」
「え…?おかしいって…」
「いやあ、さっきまでならガツガツこられて、なかなかシュートも打たれへんかってんけど…今は何やボーっとしとったからな」
「……どーせ夜遊びしすぎて眠くなったのよ」

はそう言いながら自分のポジションへと戻って行く。しかし類だけは意味ありげな笑みを浮かべ、司の方へ視線を向けた。

「花沢類、パスパース!」

次の攻撃時も類がドリブルで切り込んでくる。はゴール近くにいた為、軽く手を振った。
しかしその瞬間、司が何故か味方である総二郎を、「どけ!」と、突き飛ばし、凄い勢いで類の体に体当たりを喰らわせた。

「ファウル!花沢類、フリースロー!」

当然の事ながらファウルを取られ、類はきっちりフリースローを決める。そこでスコアは8−7。遂にF4へあと一点差まで追いついた。

「やったー!あと一点差!」

は手放しに喜んだが、類は司をちらりと見ると、すぐにディフェンスへと戻って行く。
それを見た司は強引にシュートを打ちに行き、類の頬に思い切り自分の肘をぶち当てた。

「オフェンスファール!花沢類、フリースロー!」

「遂に同点だ!こりゃ分かんなくなって来たぜー!」

この予想もつかぬ展開に、客席達も盛り上がる。
そこでやっと司の異変に気付き、あきらは溜息をついた。

「またかよ…」
「オイ、司!何なんだよ、ラフプレーばっかしやがって!」

総二郎が怒りながら司の方へ歩いて行く。しかし司の目は違う方向を向いていた。

「花沢類、頑張ってー!」

「――――っ?」
「まさか…」

そこであきらも気づき、唖然とした。

「そういう事かよ…。つーか…嫉妬してる場合じゃねえぞ、司…」

動揺している司に、総二郎は自分達がやるしかない、と、そこで何とか踏ん張り、再び逆転した。
しかし司がファールばかりを取られ、4点離しても、すぐに2点差までに詰められる。
これには次第に総二郎達も焦りを感じ、気付けば真剣にプレイしていた。

「…ったく、類の奴…」
「こうなる事、分かってたな」

総二郎とあきらは、またしてもフリースローを奪った類を、苦笑交じりで見た。

「…汚ないと言うなら言え。負けるわけにはいかないんだよ。を巻き込んだ…俺の責任なんだ――――」

類はそれをいとも簡単に決め、またも2点差まで追い上げる。
は大和と2人で、大喜びしながら、類の元へと駆け寄った。
その光景を見ながら、司は苛立ちを隠せずに、またも類へと向かって行こうと歩き出す。

「おい、司、待てよ!!落ち着け、お前!」
「…っうるせえ!」

暴走気味の司を、あきらが止めようとした。しかし司はあきらを思い切り殴りつける。
その時、「残り30秒!」との声が響き渡った。

「ど、どうしよう、花沢類…。残り30秒であと2点取るなんて…」
「2ポイントゴールしかない…。このラインの外からシュートすれば2点取れる」

類はそう言ってを見ると、

「司チームからの攻撃だ。じゃボールを奪うのは無理だから俺がやる。はここにいて何でもいいからゴールに向かって投げろ」
「…で、でも、もし外したら……」

不安げに言うに、類はかすかに微笑んだ。

「その時は……俺が時間を止めてやる」
「……花沢類…」

その一言で、の目に涙が浮かぶ。


「行くぞ」
「…うん」



――――私は…あなたがいたから頑張れたの…。家も財産も全て失って、道明寺家に来た時は本当に心細くて…



「…!」



だけど…花沢類がいたから――――もう、その言葉だけで充分だよ。



「そのまま打て!」


類からのパスがの手に吸い込まれる。はゴール目がけ、それを無心で放った。

(お願い!入って――――!)

このままじゃ終われない。負けたら司とも、類とも、向き合えない。
はそんな気持ちを託すように祈りながら、飛んで行くボールを見つめていた。
その間がまるでスローモーションのように感じられ、誰もがボールの行方を見つめている。

「あ…っ」

だが無情にもボールはボードに当たり、ゴール外へと弾かれた。

「外れた…」

一瞬、誰もがそう思った。しかしその時すでにゴール前まで走っていた大和が、落ちて来たボールを拾い上げ、

「……大和…っ?!」

「げ!いつの間に!」
「やべえ!」

その光景に、も思わず息を飲む。


「――――行け!!大和!!」


類も真剣な顔で、必死に叫んでいた。


「…言われなくても――――行くに決まってるやん!」


ゴール下、大和はふわりとジャンプする。
そのままネットにボールが吸い込まれた瞬間、客席から大歓声が起こった。

「すげえーぞ!!!」
「わぁああー!!一点差だ!」
「残り10秒!!」

ちゃん!あと一点差やで!」
「う…うん…」

大和が走って戻って来ると、はハッと我に返り、頷いた。
類もの頭を撫でながら優しい笑顔を見せる。その光景を、司は無言のまま、茫然と見つめていた。

「おい、司!」

不意に総二郎がパスを出す。しかし司は無反応のまま、立ちすくんでいる。当然ボールは司の胸に当たって落ちた。

「司…?!何やって――――」
「うるせえ!」

突然司がキレて、落ちたボールを足で蹴る。総二郎は驚いて、司へと駆け寄った。

「何やってんだよ!サッカーじゃないんだぜ?!」
「…………やめた」
「…は?」
「こんなガキみてえな遊び、バカバカしくてやってらんねーよ」
「おま…何言って…」
「下らねえ」

司の態度に、総二郎とあきらも唖然とした。客席も突然ゲームが止まり、ざわつき始める。
しかし司はそんな空気をも無視して、

「何でクソ汗かいて、こんな事、この俺がやんなきゃいけねーんだよ。やめだ」
「……やめだ…って?」
「お、お前が言いだした事じゃねえか!」

遂に我慢の限界とばかり、総二郎とあきらがキレた。
だが司は無反応のまま、踵を翻し、歩いて行く。それにはも驚いて、思わず「…司!」と呼びとめていた。

「…待って…。どこ行くのよ。勝負はまだ――――」
「もう。いいんだよ」

ゆっくりと振り向いた司は、真っすぐを見据え、

「勝手にしな」

それだけ言うと、一人校外へと歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、は唖然とした顔でく立ちつくしていた。

「…え?道明寺さん行っちゃったけど…試合中止なのぉぉ?!」
「うそー残り10秒だったのにー?!」

司の奇行に、さすがの生徒達も戸惑いながら騒ぎ出す。
それを聞きながら総二郎とあきらは同時に深い溜息をついた。

「……あいつって…昔からああいう性格だよな…」
「おお」
「皆でゲームやってんのに、いきなりやめた!とかゆーの」
「そーそー!昔から」

そこで互いに顔を見合わせ、

「「…自己中!!なヤツ!」」

そんな事を言いあいながら、呆れたように歩いて来た椿を見つけ、総二郎は噛みついた。

「姉ちゃん!まったく、どうゆー教育してんだよっ」

その問いに椿は苦笑いを浮かべ、長い髪を掻き上げた。弟の理不尽さに呆れているのは他の誰でもない椿なのだ。

「まあ…いいじゃないの。あんた達だって言ってたでしょ?結果は同じよ」

試合前、総二郎とあきらは、「負けるとカッコ悪いから試合は余裕で勝って、後で司を説得すりゃいい」と、椿に話していたのだ。

「ま、そりゃそーだけど…」

あきらは不服ながらも頷いて、小さく息を吐く。総二郎も同じように肩を竦めると、ボケっと立っていた類の元へ歩いて行った。

「類!お前、なまってねーな。超不健康そうな生活送ってるクセによー」
「まあ良かったよ。こうなってさ」

ヘラヘラといつものように寄って来た2人に、類は僅かに目を細め、

「よく言うぜ。追い出そうとしたクセに」

その一言に2人はズッコケたが、慌てて類の肩を抱く。

「ちょっと待て!俺達は一応勝って司を」
「どーだか」
「類!スネんな、バカ!何だ、その目は!」

ジトっとした横目で意地悪そうに笑う類に、総二郎とあきらも焦りながら言い訳している。
はその光景を見て、何故か胸が熱くなった。
このまま、類がF4の皆とケンカしたまま離れて行くんじゃないか、と心配していたからこそ、涙が溢れて来る。
その時、類がの方を見て、持っていたボールを放り投げた。

!」
「あ…」

そのボールを受け取り、顔を上げると、類は一言、

「面白かったな」
「…お…面白い……?」

一気に緊張感が解けたせいか、は口元が引きつった。
未だに震えが止まらない自分に対し、あまりにあっけらかんとしている類が羨ましくなる。

(さすが花沢類…。何事にも動じないのね…やっぱ大物かも…)

類は今も総二郎やあきらと言いあいをしながら、それでも楽しそうに笑っている。
その無邪気な笑顔は、やっぱりにとって嬉しいものだ。

「ねえ、司の事なんだけど…」

そこで椿さんが不意に口を開いた。

「あんな性格のヤツに付き合えるの、あんた達くらいなんだからさ。何とか立ち直らせてやってよ。頼むわ」

椿のその言葉に、ああ、やっぱりお姉さんなんだな、とは思う。
普段はケンカが絶えない2人だけど、今はこうして司の為に友達へ頭を下げる。
それが、どんなにダメな弟でも、愛してるんだな、とは胸が熱くなった。

「ああ…ったく。しょーがねーヤツだよなあ。手、かかるかかる」
「まあ、あいつ忘れんのもはえーから。バカだから」

総二郎とあきらは言いたい放題、言いながらも、司の事は充分理解している。
どんなに理不尽な事をされても、結局はこうして許してしまうのだ。

「さ!じゃあ、これから、うちでパァーっと打ちあげでもしましょ!」
「お、いいねえ!」
「んじゃー行くとしますか」

皆はそんな事を言いながら、それぞれ車に向かって歩き出す。
はボーっとそれを見ていたが、類が振り向き、「!」と呼んだ。

「え?あ…」
「行こう。ああ、結城も誘えば?」
「え…っ?」

そう言われて振り向けば、大和はその場で着替えをしている。
慌てて視線を反らしたが、今回の事ではかなり助けてもらった事は、も感謝していた。

「…じゃ、話して来る。花沢類、先に行ってていいよ」
「…いや。待ってるよ。を置いてったら、あの姉ちゃんに何されるか分からないし」

類のその言葉に軽く吹き出し、「じゃあ、ちょっと待ってて」と大和の方へ駆けて行く。
大和はちょうど着替えを終えて、外していたアクセサリーをつけているところだった。

「大和…」
「おう、お疲れさん。何や分からんうちに終わってもーたな」
「う、うん…。あ、あの…ホントにありがとう。大和のおかげで助かった」

がそう言うと、大和はふと手を止め、僅かに笑みを見せる。

「ええよ、別に。俺も楽しんだし」
「…でも…」
「まあ言うほど何もしてへんて。殆ど花沢クンが頑張ってくれてんから」
「そ、そんな事ないよ。大和だってあんなに頑張ってくれたじゃない。それにF4に入らされたり迷惑かけちゃったし…」
「あーそう言えば、あれどうなんのやろ。やっぱソッコーで首っぽいなあ」

大和はそう言って笑うと、困ったように見上げるの頭にそっと手を乗せた。

「せやから、そんな顔すんなて。俺なら何も気にしてへん」
「……うん」
「まあ…でも今回の事でちゃんがどんだけ花沢クンを好きか、よお分かったわ」
「……え、な、何それ…」

いきなり類の事を言われ、顔が赤くなる。少しだけ離れてるとはいえ、類が後ろで待っているのだ。
大和はそんなに苦笑いを浮かべると、軽く息をついた。

「見てれば分かるしな。まあ…俺にしたら、ちょぴーとキツかってんけど…。でも俺も花沢クンは好きやし」
「…す、好きって…」
「あ、変な意味ちゃうで。何やあの独特のボケっぷりが気に入ってもーてん」

大和はそう言って笑うと、

「ま、最初から俺はちゃんが彼を諦めるまで待つ決めてるし」
「……え?ま、待つ…?」
「見てて気付いてんけど…ちゃんと花沢クン、付きおうてへんやん?」
「………そ、それは…」

痛いところを突かれ、言葉に詰まる。としても今の類との関係が何なのか、良く分からないのだ。

「せやから…まだ勝負はこれからやっちゅー事で」
「しょ、勝負って―――――――」


そこに待ちくたびれた様子で類が歩いて来て、は言葉を切った。

「そろそろ、返してもらっていい?」
「は、花沢類…っ?」

その言い方には一瞬で赤くなったが、類は大和に不敵な笑みを見せる。
大和は軽く苦笑すると、「どーぞどーぞ」とおちゃらけた様子で肩を竦めた。

「っていうか結城も司んち、行くだろ?これから打ちあげだっていうし」
「いや…俺は遠慮しとくわ。何や疲れたし。それより…結城なんて他人行儀なー。大和でええ言うたやん」
「…やだ」
「やだて!」

またしても類の素っ気ない態度に、大和は大げさに悲しんで見せ、しかしすぐに意味深な笑みを浮かべる。

「せやけど、さっき…俺の最後のゴールん時、花沢クン、大和ー言うたやん?」
「…言ってない」
「言うたてー!!"行け!大和!"て叫んでくれたやん」
「…覚えてない」
「またまたー。俺の耳にはしっかり残ってんねんけどなあ」
「……、帰ろ」
「ちょいちょいちょーい!無視せんといてー!」

大和の相手も飽きたのか、類はの手を引いてスタスタと歩き出す。
で、そのやり取りに笑いを噛み殺していたが、類は口をとがらせ、「あいつ、うざい」と半目になっている。
それでも大和は諦めず、「類くん、バイバーイ」と大きな声で手を振っていた。

「大和、花沢類の事、好きだって言ってたよ」
「…俺は嫌い」
「何かね、ボケっぷりが気に入ったって」
「……俺は気に入ってない。ってかボケてねーし」

子供のように口を尖らせる類に、は密かに笑いを噛み殺す。
色んな事があったけど。少しづつ周りの人間関係が出来あがって行くのが、は嬉しかった。
だが、そこでふと司の顔が過り、どこへ行ったんだろう、と心配になる。

"もういんだよ。―――――――勝手にしな"

あれは、どういう意味だったのか。

(司はああ言ってくれたけど…あのままでいいわけない。もう一度…ちゃんと話したいのに…)

もし司が家に帰って来たら、もう一度2人で話をしよう。はそう決心していた。













類と大和。何気に合いそうな…(笑)



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