複雑な始まり
――――――オレがちゃんの婚約者、やから。
その一言がの頭の中でぐるぐると回っている。
司も同様に驚愕したような顔で、目の前の大和を見ていた。
「こ、婚約者だぁ…?」
何かの聞き間違いかと思った。しかし、ここまで互いの親達が顔を揃えている今の状況は、それが正しい事を示している。
「そうや。驚いたやろ〜」
青スジを立てている司にも動じず、大和がニヤリと笑う。その態度に司の口元がまたピクリと引きつった。
「ババァ…どういう事か説明しろよ…。何でこいつがの――――」
「口を慎みなさい、司さん。こいつなんて失礼でしょう。将来、あなたの義弟になるのよ?」
「はあ?義弟なんて冗談じゃねえ!勝手にオレ達の将来を決めてんじゃねえよ!何が婚約者だ…!オレは絶対反対だからなっ!」
「道明寺クン、お母さまに向かってそんな言い方したらあかんわあ」
「うるせえ!てめえは黙ってろ…!」
いつものようにヘラヘラ笑う大和に対し、司は我慢も限界とばかりに怒鳴る。
思ってもみなかった状況に、司も少なからず動揺していた。いや―――予感はあったのだ。あの雑誌を読んだ時から。
「…結城大和…。お前、最初からこのつもりでに近づいて来たのか…?」
「はて…。何の事やろ。オレかて相手がちゃんやて聞いてびっくりしたんやけど」
「嘘つくんじゃねえよ!」
「司さん!やめなさい!皆さんに失礼でしょう!」
大和の胸倉に掴みかかった司に、楓が声を上げた。他の親達は司達のやり取りに、どうしていいのか分からない様子で顔を見合わせている。
「さあ2人とも席へつきなさい。今夜は皆さんで食事をしながら今後の話をしましょう」
楓にピシャリと言われた司は、軽く舌打ちをすると大和から手を放し、不愉快そうに溜息をついた。
「チッ…やってられるか…。てめえらだけで話してろ。とにかくオレは婚約なんて反対だ!――――行くぞ!」
と、司は不意に後ろで呆然としたままのの手を取り、ドアの方へと走りだした。
一瞬、楓が「待ちなさい!」と叫んだが、その声を無視して廊下へと飛び出す。
そのままロビーを突っ切り、スタッフが止めるのも聞かず、司はの手を握ったまま、六本木の街中を走って行った。
そして数分いったところで足を緩めると、思い切り息を吐きだし、
「ここまで来りゃ大丈夫だろ…。ったく冗談じゃねえ…何が婚約だ!」
司は一人ブツブツ言いながら街中を歩いて行く。が、ふと思い出したように振り向くと、
「ってか悪かったな。ババァの策略に気付かねえで…。でも言っとくけどオレは――――」
と、そこまで言って言葉が途切れた。ついでに驚きすぎて顔がハニワのように固まっている。
それも当然の事で、司がだと思って連れて来た相手は、先ほど顔を合わせたばかりの、大河原滋その人だったのだ。
「う、おおっ?!な、何だ、てめえ!!」
「…何だってこっちのセリフよ…。あんたが急に私の手を引っ張って走りだしたんでしょっ!」
「し、知るか!オレはを…ってか、やべえ…。って事はあいつ、まだホテルに…」
そこで現状に気付いた司は徐に踵を翻し、ホテルの方へと走って行く。
しかし滋も慌てて着いて行くと、「ちょっと!待ってよ!」と司の腕を必死で掴んだ。
「るせえな!何でついてくんだよ!」
「お金貸して!」
「はあ?!」
いきなり突拍子もない事を言われ、司が目を吊り上げる。それでも滋は構わず自分の足元を指差した。
「見てよこれ!私、裸足なの。しかもノースリーブのドレス。こんな格好で歩けないでしょ?家に帰るからタクシー代を――――」
「んなもん持ってたらオレが乗ってる」
「…ごもっとも」
何故か偉そうに応える司に、滋もつい納得して頷く。
そもそも荷物などはホテルに預けたまま飛び出したのだから、司も財布などは全て置いて来たのだ。
「じゃ、じゃあ、せめて靴下とか貸してよ。これじゃ痛くて歩けないわ」
「あぁ?ふざけんな。オレに裸足で革靴履けってのかよ。何で会ったばっかの女にそこまでしてやんなきゃいけねえんだ!」
「何ですって?そもそも、あんたが私を連れだしたから、こんな事になってんでしょ?!悪いとか思わないわけ?!」
「思わねえな」
「……っ!!」
アッサリ言われ、滋は目が点になった。しかし司はそんな滋を無視してサッサと歩いて行く。
それには滋の堪忍袋がブチっと音を立てた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
スタスタ歩いて行く司を追いかけ、滋は思い切り後ろから飛びかかった。
「うぉ?!な、何だ、てめえ!おりろ!!」
首にしがみついて来る滋に驚き、司は振り落とそうと必死に体を振り回した。
しかしガッチリ抱きついている滋は全く離れようとはしない。
「放せ!!」
「嫌よ!あんた、おかしいんじゃないの?!」
「おかしいのは、てめえだろ!このサル!!おりろ――――」
そう叫んだ時。何を思ったのか滋は大口を開けると、司の耳に思い切りかじりついた。
「っう、わ!!」
その感触に驚いた司は、力任せに滋を振り飛ばした。
「…いったーい…!」
落とされた滋はガードレールに直撃したが、ふと見上げれば司が真っ赤な顔で耳を押さえている。
その様子に滋は小首を傾げると、
「ってか――――耳が感じるの…?」
「ブチ殺すぞ、てめえ!!!」
どうやら図星だったらしい。司は耳まで赤くすると、足早にその場から走って行ってしまった。
その後ろ姿を唖然としたまま見ていた滋だったが、
「…面白い」
そう一言、呟き、ゆっくりと立ち上がった。
「道明寺司、か。悪くないかも」
久しぶりに楽しめそうな相手を見つけた、とでもいうように滋は意味深な笑みを浮かべた。
「なあ…。まだ怒ってんのー?オレかて騙したつもりはないねんで?」
黙々と食事を続けるに、大和が困り顔で話しかける。
それすらも無視して、は大きなステーキをナイフで器用に切り分けた。
ここはホテルの上にあるレストランで以前にが父と食事に来た店だ。
本当ならあの部屋で両親ともども食事をする予定だった。
だが司が招いた思わぬ展開に、楓がと大和の2人だけで食事をしてきなさい、と提案したのだ。
ハッキリ言ってはそんな気分じゃなかったが、楓に言われたとあらば素直に聞くしかない。
仕方なく場所を移し、大和とこのレストランへと来たのだった。
「なあ、ちゃん――――――」
「っていうか、大和はいつ今回の話を知ったの?」
今まで黙々とステーキを口に運んでいたが不意に口を開き、大和はホッとしたように微笑んだ。
「…せやから…道明寺グループと事業提携するって話になった時に、あのオバはんからオレの親父に話が来てやなあ…」
「それ凄い前の話じゃないの。ならいつだって話す機会はあったよね。初詣に行った時もこの前のバスケの時も」
「う…そ、それは…そうやけど…。どうせならちゃんの驚く顔が見たいなあ思て…」
そう言った瞬間、がジロリと睨めば、大和はシュンと首を窄め、「すんません…」と謝った。
「まあそれは冗談としても…オレとしては今回の事、嬉しい話やったし断る理由もないけど…ちゃんはどうなんかなぁ思たら、何や怖くて言いだせへんかったわ」
「……怖い…?」
不意に真剣な顔で言った大和に、はドキリとしたように顔を上げる。
そんなに苦笑いを浮かべ、大和はゆっくりとワインを飲みほした。
「だってそうやん?ちゃんは花沢クンを一途に想い続けてるし…オレの事は男として見てへんし…。それでオレ達が婚約するっちゅう話がある言うても困らせるだけや思てん」
「…それは…」
「ま、どうせ断られるなら…今日まで隠してちゃんの驚く顔を見よかなぁ、くらいの気持ちやったわ」
「…じゃあ…もう満足したでしょ?」
は言いながらワインを飲むと、最後の一切れを口に運んだ。
ハッキリ言って今でも頭が混乱している。
いきなり現れた婚約者の存在だけでも驚くのに、その相手が昨日までは友達だと思っていた大和だったのだから当然だ。
そしてにはもう一つ気になっていた事があった。
「…司は…知ってたのかな。自分に婚約者がいるって事…」
ふと呟いたに、大和は苦笑しながらワインを注いだ。
「気になるん?」
「き、気になるっていうか…。だって…」
「いきなり2人で飛び出して行ったから、か?」
「…………」
その言葉にはゆっくりナイフとフォークを置いた。
(そうよ…何なの?司の奴…。いきなり手と手を取りあっちゃって…驚いたフリして実はあの子とすでに何かあるとか…?意味が分からないよ…)
さっきの司の行動は、も少なからず驚いていた。
あの状況で司が滋を連れて出て行ってしまった理由すら分からない。何が起こったのか、未だ頭の中が整理できていないのだ。
そんなの気持ちを察したのか、大和は苦笑気味に頬杖をついた。
「ショックやった?」
「…え?」
「道明寺クンに婚約者がいた事が」
「な、何で私が…っ」
「だって、そんな顔してるし」
「そ、そんなわけないでしょ!私は別に司が誰と婚約してようが関係ないもの」
「ふーん、ならええけど」
ムキになるに、大和は肩を竦めながら食後のコーヒーを口に運ぶ。
その姿を見ながら、はふと気になった事を尋ねた。
「ねえ…これからどうするの?」
「何が?」
「何がって…その…わ、私達の…」
「ああ、婚約の事?」
「……どうするのよ」
ニッコリ微笑む大和に、は気まずそうに視線を反らした。
大和はどこか楽しげにを見ると、
「さぁて、どないしよーかなぁ」
と、コーヒーカップを片手にニヤリと笑う。
「最初は驚く顔見るだけでええ思っててんけど…何や、こうしてちゃんと話してたら、やっぱ願ってもないチャンスやし、このまま婚約者でいたいなあ思えてきたわ」
「…ふざけないで。道明寺グループと結城グループの仕事の事も絡んでるんでしょ…?」
楓にとったら大和の父親はこれからの大事なビジネスパートナーだ。
にとっても楓に世話になっているのだから無下にする事も出来ない。といってにしたら大和と婚約なんて考えられるはずもなかった。
(そうよ…おば様だって大和と私の間に何があったかなんて知らないはずだし…。もし話したら断ってくれるかも―――)
あれこれ考えていると、大和はその心を見透かしたように小さく吹き出した。
「ああ…オレとの事、道明寺の社長さんに話しても無駄やで」
「…っ?」
思っていた事をハッキリと言われ、はドキっとしたように顔を上げた。
「オレの気持ちはもう話してあるし…あの社長さんも、それなら話を進めやすい言うて喜んでたくらいやからなあ」
「な…何でそんな勝手なこと言うのよ…っ」
「勝手とちゃう。オレは自分の気持ちを素直に言うただけや。隠す事でもないやん?」
「そ、そうかもしれないけど、でも私は――――」
「もう諦めたんやろ?花沢クンの事」
「…それは…っ」
「前にオレに言うたよな。あの夜で終わったて…」
大和は静かな口調で言いながら真っすぐにを見つめる。その真剣な瞳に、は言葉が詰まった。
確かに類との事はあの夜に終わった。いやキッパリ振られたようなものなのだから無理やりにでも終わらせるしかない。
もそう思う事で割り切れるようにはなってきたところだった。
だからといって、すぐ他の人へ気持ちが向くか、と問われれば、それはNOとしか言いようがない。
「花沢類の事は…関係ないよ…。ただ急に大和が私の婚約者だなんて言われて、すぐに受け入れられるわけないじゃない…」
「ほな考えてくれへん?」
「…え?」
「今までみたいにテキトーやなく…ちゃーんとオレの事、見て欲しいねん。そんで…今後の事もきちんと考えて欲しい」
「大和…」
普段とは違う、真剣な顔の大和にはドキっとした。
これまで幾度となく大和には告白めいた事を言われている。しかし、大和は待つと言ってくれていた。
その言葉に甘えてしまっていたとしては、改めて考えて欲しい、と言われ少しだけ動揺した。
「考えてって言われても…今の私は色々とやらなきゃいけない事があって、その事で頭がいっぱいだし…」
「正直、オレの事まで考えてる余裕ない、てか?」
「…そ…そうハッキリは言ってないけど…」
「でも同じ事やんかー」
大和は少しだけ唇を尖らせ、溜息をつく。その姿にも申し訳ない気持ちにはなるのだが、自分でもどうしたらいいのか分からない。
確かに類との事は仕方のない事だと理解したし多少なりとも吹っ切れて来た。
だからというわけではないが、今はやっと自分の夢に向かって本気で始動し始めたばかりでもある。
これから色々な事を学んで楓の役にも立ちたいと考えていたのだ。その矢先にふって沸いた婚約話はにとっても頭の痛い展開だった。
(おば様には恩もあるし役には立ちたいとは思うけど、でも…結婚なんて一生の問題なんだし自分の意思を無視なんて出来ない…)
そう思いながら目の前の大和を見る。大和は相変わらず仏頂面だ。
だがと目が合うと、不意に苦笑を洩らした。
「そない困った顔せんといてーな」
「…だ、だって…」
「オレかて好きな子を困らせるような事はしたないねん」
「だ、だったら大和の方から断ってくれるとか―――」
期待を込めて顔を上げる。しかし大和は一転、「それは出来へん」とキッパリ言い放った。
「さっきも言うたやん。オレとしては今回の婚約話は最後のチャンスや。それをアッサリ手放す思うか?」
「チャ…チャンスって…。会社の合併の事…?」
「それもある。でもオレはちゃんとの婚約はありがたい話やし?まあ最初に戻った思てちゃんも、ここは一つ素直に――――」
「何よソレ!最初の婚約話は元々親同士が本人を無視して勝手に決めてた事じゃない。それも大和じゃなくて、大和のお兄さんと」
「そうやけど、その後のオレの気持ちも言うたやん。それは今でも変わってへんしな。せやしオレから断るつもりもない」
「…大和…」
「とはいえ、ちゃんの夢を邪魔するような野暮な事もしたないからなあ…。ま、とりあえず返事は保留って事でええで」
大和はそう言ってニヤリと笑った。
「保留…?」
「ちゃんはやる事やって夢に向かって頑張ったらええ。その間、少しでも心の余裕が出来たらオレとの事を考えてくれたらええし」
「またそんな勝手な事言って…」
「待つとは言うたけど引いてばかりやとちゃんも、なかなかオレの事まで見てくれへんからな。多少は強引にいかんと」
「…………」
大和はそう言いながら笑っているが、は内心、いつも強引のクセに!と悪態をついた。
しかし今の大和には何を言っても無駄な気がしたので、そこは溜息だけにしておく。
この分だと大和から楓に断ってくれるというにとってのベストな形にはならなそうだ。
となれば、直接楓に頼んでみるしかない。
(そうよ…。おば様だって私がきちんと話をすれば分かってくれるはず…。私の夢を理解してくれたんだもの。今は結婚の事より将来の事を優先したいって言えば…)
はそう決心し、残りのワインを一気に飲み干した。
―――――その瞬間、携帯がかすかに震えているのに気付き、慌ててバックから取り出す。
…と、そこにはの怒りを再燃させる名前が表示されていた。
「誰?ああ、もしかして道明寺クン?」
「……うん」
少々半目になりつつ携帯を閉じたに、大和は苦笑気味で、「出えへんの?」と小首を傾げた。
「どうせ下らない用事よ。だいたい、あの滋さんって婚約者と一緒だろうし」
「やっぱ気になんねや」
「なってない!それより私、明日は早いの。そろそろ帰らない?」
「ええ〜デザート、まだ食うてへんやん」
「もうお腹いっぱい。明日は朝から習い事とか色々用事があるの。大和もお父様がこっちに来てるなら相手してあげなさいよ」
言いながら早々に席を立つに、大和も溜息交じりで立ちあがった。
それに気付いたウエイターが、「デザートがまだ…」と慌てたように言いに来たが、それを丁寧に断る。
「何でオヤジの相手せなアカンねん。オヤジなら今頃銀座のクラブで豪遊しとるやろ」
「……あっそ。なら大和も行ってくれば?結城の御曹司なら綺麗なお姉さま方にモテモテだろうし」
はそう言い捨てサッサとレストランを出て行く。その後を追いかけながら大和は苦笑いを浮かべた。
「そーやねん〜。オレって何でか年上のお姉さまにもモテんねんなあ〜。今は年下男って流行りやから〜」
おどけたように言いながら、到着したばかりのエレベーターのドアを手で押さえる。
「良かったじゃない。なら尚更、行ってくれば?」
先にが乗り込むと、大和も後から乗りこみ、ロビーのボタンを押した。
「行ってもええけど…お姉さまにテイクアウトされたらどないしょー思て」
「…されたらいいじゃない」
「でも一応、婚約者のいる身として、それはアカンやろ〜」
「まだ正式に婚約した覚えはありません」
「あらら…これまた冷たいお言葉…。ほな、ちゃんのお許しも出たし今夜はお姉さまの豊満な胸で寝かせてもらお」
「…どうぞご勝手に」
も半目になりつつ応えながら、エレベーターがロビーに着いたのを確認し、ドアが開いたと同時に降りようとした。
その瞬間、腕を強く引かれる。
気付けば中へ引きもどされ大和を見上げる格好になっていた。同時にエレベーターのドアが閉じる。
「な、何する…」
慌てて抗議しようと口を開いた瞬間、大和はニヤリと笑みを浮かべた。
「ちゃんてオレが言う事、ぜ〜んぶ冗談や思てるやろ」
「……え…?」
「オレかて好きな子に素っ気なくあしらわれ続けたら他の子ぉに目が向くかもしれへんで?」
「……大和…?」
いつもの軽口かと思えば、その顔はいつもより少しだけ寂しげで、は言いかけた言葉を呑みこんだ。
そんなを見て、大和は小さく息を吐くと、掴んでいた腕を離し、エレベーターの扉を開ける。
「…な〜んてな」
「大和…?」
「迎えの車、来てくれるんやろ?」
「…あ、うん…」
振り向いた大和はいつもの明るい表情で、はホッとしたように頷いた。
「そうか。ほな、ちゃんは車で帰り」
「…え、でも大和は…?」
「ちゃんの言うとおり、親父の相手でもしてくるわ〜」
大和は振り向きもせずエントランスまで行くと、軽く手を振った。
「送ってやれんでごめんな。ほなまた学校で」
「…大和?」
やはり少し様子がおかしい。その事に気付いたはすぐに外まで大和を追いかけた。
しかしすでに大和を乗せたタクシーは発車した後だった。
「…大和…」
傷つけてしまっただろうか。ふとそんな事を考える。
普段と同じように接したつもりだったは、さっきの大和の様子が少しだけ気になった。
"オレが言う事、ぜ〜んぶ冗談や思てるやろ"
最後に言われた言葉が耳に残り、軽く息をつく。
確かにそう言われればそうだ。大和とはいつも、あんなノリだった。
だからこそは告白された後も普通に友達として接する事が出来ている。
しかし、あの様子ではその事で大和を少なからず傷つけていたのかもしれない。
(でも…じゃあどうすればいい?いきなり婚約者だとか言われても困るよ…)
は夜空を見上げて深い溜息をつくと、ベルボーイに車を呼んで欲しいと頼んだ。
その瞬間、再び携帯が鳴りだす。着信の表示はまたしても司からだった。
「…しつこいなあ…」
今までの経験上、どうせ司と話してもケンカになるだけだ、とは携帯の電源をオフにした。
さっきの状況の事とか聞きたい事はあったが、それは後日、落ち着いた時でいい。
はそう思いながら、迎えの車が駐車場から出て来るのを待っていた。
その時、派手なクシャミが辺りに響き、ふと顔を上げる。すると前方から見覚えのある顔が、寒そうに歩いて来るのが見えた。
「あの子…」
エントランスの方に歩いて来るのは、先ほど司の婚約者として紹介された大河原滋、その人だった。
しかも良く見ればコートも着ず、ノースリーブドレスの格好のまま、足元は何と裸足のままだ。
(な、何で彼女がここに…!っていうか一緒に出てったはずの司は?!)
驚きつつ辺りを見渡したが、司の姿は見えない。だがその時、滋がふと顔を上げ、の方を見た。
「あ!!」
「……っ(ビク)」
滋は見知った顔を見つけ嬉しかったのか、笑顔のまま走って来た。
「あなた、さっき会ったよね!」
「え?!あ、は、はぃ…。きゃ…っ」
「良かったーーー!!」
応える間もなく滋にいきなり抱きつかれ、は驚きの声を上げた。
「ね、あなた、お金持ってる?!家に帰りたいんだけど、私ってばお金もないし携帯すら持ってなくて」
「…は?あ…い、いえ…私も今日はお財布おいて来ちゃったし…」
突然の質問に首を傾げつつ、滋から若干距離をとる。
今日はパーティと勘違いしていたのと送迎車つきなのだから、お金は必要ないと思って置いて来たのだ。
見た目にも分かるくらいガックリしている滋にそう説明すると、滋は深々と息を吐いた。
「そっか…。そうよね…。どうしよう」
「え、あ、でも迎えの車なら今来てくれるから、もし良ければお宅まで送りましょうか…?」
「ホント?!」
の言葉に、滋は天の助けと言わんばかりに瞳を潤ませる。
その様子を見ていると可愛そうになってきた。
確かにこの寒空の中、この格好で置いて行くわけにもいかない。
「ええ。今、ホテルの人に呼んでもらったから車はすぐ来てくれると思うし…。でも…」
そこまで言って、は一つ気になっていた事を尋ねた。
「司は…?一緒だったんじゃないんですか?」
そう口にした瞬間、滋の目が鬼のように釣り上がった。
「それが頭に来るのよー!ちょっと聞いてくれない?!」
「……ひゃ…っ!!」
またしても飛び付かれ、はその場にひっくり返りそうになった…。
「どうぞ〜入って〜」
滋は笑顔で言うと、裸足のまま大きなお屋敷の中へと入って行く。
は仕方なく滋の後からついて行くと、広い離れのような部屋へと通された。
「お邪魔します…」
何となく遠慮がちに部屋へ入りながら、は勧められるままにソファへと腰を落とす。
滋は寒い寒いと連呼しながら、軽めの部屋着へ着替えて戻って来た。
「何飲む?ビール?ワイン?それとも――――」
「あ、い、いえ…っていうか、私もすぐ帰るしお酒は…」
「えー!何で?来たばかりだし、もうちょっと付き合ってよ〜」
の言葉も聞かず、滋はそう言いながら電話で使用人に飲み物を頼んでいる。
その後ろ姿を見ながら、は溜息をついた。
(…どうしよう。彼女の強引さに根負けして来ちゃったけど…)
本来なら、滋を家まで送ってそれまでのはずだった。
しかし家に着くなり、滋が「是非お礼にお茶でも」と言ってきかなかったのだ。
(はあ…これも司のせいだわ。彼女を置き去りにするからっ)
車に乗った途端、滋は怒りが収まらない様子で、司と何が合ったかのかを話しだした。
それを聞いてはいかにも司らしい、と呆れ果てたが、滋にとっては青天の霹靂だったようで、しきりに「あんな男、今まで会った事がない」と憤慨していた。
(まあ、ある意味私も同じようなものだけど…。想像を超える司の言動には何度驚かされたか…)
これまでの事を思い返し内心苦笑していると、滋がお酒を持って戻って来た。
「お待たせ〜!さ、飲も!」
「あ、でも私、ホント明日早くて――――」
「まだ10時になったばかりじゃない。はい、ワイン!これ年代物で美味しいのよ〜」
滋はの手に強引にグラスを持たせ、さっそくワインを注いでいる。
その様子にはガックリと項垂れたが、諦めてそれを受け取った。
この数十分の間で、滋がどれだけ人の話を聞かないマイペースな性格かが、分かってきたのだ。
「はい、じゃあ乾杯〜!」
「頂きます…」
「やだなー堅苦しい!敬語なんていいし、私の事は滋って呼んで!私もって呼ぶから」
「……はあ」
ニコニコとそんな事を言ってくる滋は、ワインを一気に飲み干し、「あー生き返ったー」などと言って更に注いでいる。
それを横目にもグラスへ口をつけた。
「でもまで英徳なんてねー。どういう学校?」
「…え?どういうって…」
「ほら、道明寺司の通ってる学校だし、やっぱ変なとこなのかなーって」
「変…?」
「え、変でしょ、あいつ。そう思わない?一緒に住んでて」
「思いますけど…。心底、思い切り」
そこだけは意見が合い、がキッパリ言うと、滋も大口を開けて笑いだした。
「やっぱねー!は良くあんな奴と一緒に住んでられるわね」
「…まあ仕方なくと言うか…成り行き上…」
「だいたい、裸足の女の子、路上に置き去りにする?!お金もなくて、あの寒い中ノースリーブだったのよ?絶対、明日文句言ってやる」
「…司はそう言う奴だし…。え、っていうか…滋さん一応、あいつの婚約者…なんですよね。今まで会ってて気付かなかった?」
「…え?会ったのは今日が初めてだけど。そもそも婚約なんて親同士が勝手に進めた話だし」
「………え?!で、でも2人で一緒に逃げたじゃないですか。だから私はてっきり2人が以前から知り合いなのかと――――」
「ああ、あれ?何でだろ。あいつが私に一目惚れしたとか?あははっ」
「…………」
あっけらかーんと話す滋に、は思い切り半目になった。
確かに最初は初対面っぽかったし、おかしいとは思ってはいたのだ。
でもそれを聞いて余計に司の行動が理解出来なくなった。
(司の奴ぅ…私を好きだと言いながら、あっちもこっちも…。西門&美作コンビじゃあるまいし!)
さっき皆が来る前にキスまでしようとしてた事を思い出し、の中にも怒りが沸々と湧いて来る。
しかし滋はそんなの様子に気付きもせず、どんどんワインを注いで来た。
もでイライラしたおかげで、それを一気に飲み干すと、滋が「いい飲みっぷりだねー」と更に盛り上がっている。
「でもさぁー。道明寺司って結構面白いかもねー」
「…まあ違う意味では面白い時もありますけど(!)」
ふと普段のバカ発言を思い出し呟く。当然、滋にはその意味が分からず小首を傾げていたが、ふと笑顔になり、
「ま、さっきは腹立ったけど、良く考えれば私の周りに、あんな奴いなかったから、ちょっと新鮮だったなー」
「…でしょうね。司は珍獣みたいなものですから」
「あはは!も面白ーい!はい、もっと飲んで飲んで!」
半分本気で言ったの言葉を冗談と勘違いしたのか、滋は楽しそうに笑っている。
「そう言えばにも婚約者ってのがいたみたいだけど、あれからどうしたの?」
「ああ…あの後に食事して、さっき滋さんにホテル前で会う少し前に別れたの」
「ふーん、そうなんだ。彼も、なかなかイケメンだったじゃない?」
「…え、と、まあ…っていうか、あの状況でそこまで見てたの?」
「まーねー。いきなり関西弁で入って来たし、目立つルックスじゃん。で、は彼と結婚するの?」
「ま、まさか!大和…彼は友達だったし、いきなり婚約者とか言われても困るって言うか…」
「ふーん、の方も複雑なんだねー」
「………」
今日いきなり婚約者が現れたわりには落ち着いている滋の態度に、は内心呑気な人だな、と溜息をつく。
にとっては今日の出来事は人生の中で起きた大事件のうちの一つには必ず入るくらいの驚きだったのだが、根っからのお嬢様には事件にすら入らないらしい。
「ま、でもお互い、家の仕事の事情が絡んでるのは同じって事で今日は呑もうよ!友達になった記念パーティ!」
「…と、友達…?」
今日初めて会った子から友達と言われ、は多少戸惑ったが滋は構わずグラスをチン、と当てて来る。
「今夜は語り明かしましょ!」
滋の言葉には引きつった笑顔を見せつつ、ヤケクソと言わんばかりにワインを飲みほしたのだった…。
「しっかし、たった三日で戻って来るとはねー」
総二郎は着替えが終わると、司とあきらの待つ茶室へと顔を出した。
今日はカジュアルな格好ではなく、茶会に行く時と同様の着物姿。これからがお茶の作法を習いに来るのだ。
「う、うるせぇ!あっちの空気がオレ様に合わなかったんだよ!」
「って、空気合うかどうか分かるほど滞在してねえじゃん」
あきらと総二郎は言いながら呆れたように笑った。
「んで?その決心をさせたちゃんが夕べは帰って来なかったから、オレん家に来たのかよ」
「…おう。タマに聞いたら午後はお前んとこで茶道を習うって言ってたらしいしな。ってか、いつの間にそんな話になってんだ?」
「今までの先生が苦手で上達もしないっつーし、そこはオレが優し〜く指導してあげようかと思ってさ」
「てめ、変な下心出してんじゃねえだろうなっ」
司がムキになると総二郎は楽しげに笑った。
「そんな心配なら最初からニューヨークなんか行くなっつーの。で?ちゃん夕べはどこ泊ったんだ?」
「……知りたくもねえ…。ってか昨日は散々だったし――――」
「何だよ。帰国早々、またトラブルか?」
徐に顔をしかめる司に、例の如く総二郎とあきらが興味津々で身を乗り出す。
しかし司は「口にしたくもねえ」とそっぽを向いた。
そこで総二郎が、「まずは落ち付け」と、手早く抹茶を点てて2人の前に置いた。
「で?それほどヤバい状況なのか?」
「ヤバいってもんじゃねえよ!あのお笑い芸人がの婚約者だぜ?!オレはぜってー許さねえ!」
「「………は?」」
一人エキサイトしている司だが、事情を全く知らされていない2人は唖然とした表情で口を開けた。
「お笑い芸人が婚約者…ちゃんのって…?」
「どういう事だよ、それ」
全く理解出来ていない2人に、司は仕方なく昨日の出来事を簡単に説明した。
とは言え、自分にまで婚約者がいた事は省いておく。
「げーっっ!マジかよ!!よりによって結城大和と婚約?!」
「道明寺グループと結城グループの合同事業も胡散臭いって思ってたけど、それも関係してんじゃねえ?」
司の説明に2人は驚いたが、すぐに状況を把握した。
「どうせ、お前の母ちゃんが企んで……っつーか、まさかちゃんを養女にしたのも、そっから来てんじゃねえよな?」
3人の中でも一番冷静に物事を見れるあきらが言った。
その言葉に司と総二郎も顔を見合わせ、
「わかんね…。ってか、そこまで考えてなかったけど、実はニューヨーク行って早々、この記事見つけてよ」
総二郎とあきらは司の放り投げた雑誌を拾い、同時に眉を寄せた。
その表紙には『結城グループの跡取り息子が年内に婚約を発表か?』と大々的に書かれている。
中の記事には、大和が同じ学園の少女と熱愛中だ、と応えているインタビューまで載っていた。
「あの野郎…嘘ばっか言いやがってんなあ。何が熱愛中だ。完全な片思いじゃねえか」
「周りから固めていこうとしてんじゃねえの?アメリカの雑誌なら、こっちにはすぐバレないしよ」
あきらの言葉に司は顔をしかめると軽く舌打ちをした。
「それ読んだ時に嫌な予感がしてよ。んで速効で戻って来た。今後の事業展開とやらも道明寺グループと絡んできそうな内容だったからよ」
「で、帰国早々、嫌な予感が的中したってわけか。しっかし司の母ちゃんも結城の奴と婚約まで計画してたとはね…」
「ああ…。オレもあそこまで話が進んでたとは思わなかったぜ…。あのババァ、オレに隠れてコソコソと…っ」
怒りに任せ拳を握りしめる司に、あきらと総二郎も困ったように溜息をついた。
事業が絡んでいるのだから、楓は相当前からこの話を進めていたんだろう、と容易に察しはつく。
そしてそれを今更阻止するのが難しいと言う事も、同じ御曹司という立場上、2人は良く分かっていた。
「で…目下のところ問題はちゃんが夕べどこに泊ったかって事だよな。その流れで行くとちゃんは結城の奴と食事にでも行ったか…」
「ああ…ん?ってか、その話は食事会をやる場で発表されたんだろ?なら何で司はちゃんがどこ行ったか知らないんだ?」
総二郎の言葉に頷きかけたあきらは、ふとそこに気付き訝しげな顔で司を見た。
長年見て来てるのだから、司が黙って2人の婚約話を聞いていたとは思えない。
しかし司は視線を泳がせ、しどろもどろになっている。
「オ、オレは…その…頭来てその場からだな…その…」
「あー分かった!ぶち切れしすぎて一人でホテル飛び出しちまったんだろ!で、冷静になって戻った時にはすでに遅しってとこか?」
「バカだなー。そこでちゃんを連れ出してりゃカッコ良かったのによー」
「う、うるせえ!!それで失敗したんだよ!!」
痛いところをつかれ、司も真っ赤になって怒鳴る。同時に口を滑らせてしまった事で、慌てたように視線を反らした。
「失敗って何だよ」
「…う…」
総二郎の言うとおり"を"連れ出していれば何の問題もなかっただろう。
だが、間違えて他の女を連れて飛び出した、と言えば、2人に自分の婚約話までしなくてはならない。
「おい、司?何を失敗したって――――」
「な、何でもいいだろが!そ、それより、遅くねえか?!お前ホントに約束してんのかよ!」
とりあえず話題を変えようと、司は先ほど総二郎が点てたお茶をがぶりと飲んだ。
「…にがっ!」
「そこが美味いの!ったく…。味の分からねえ奴だな」
「こんなクソ不味いもん、わざわざ作る方がオレには理解不毛だ!」
「それ言うなら理解不能だろ…?はあ…バカは相変わらずだな」
「な、なにぃ〜〜?!」
総二郎に冷静に指摘され、司の顔が真っ赤に染まる。その時、廊下の方で「失礼します」という声が聞こえた。
「坊ちゃん、道明寺様がお見えになりました」
「あー、ここに通して」
総二郎は使用人にそう言い付けると、隣で固まっている司を見た。
どうやら待ち人が実際に来た事で緊張しているらしい。
「なーに固まってんだよ、司」
「な、な、何がだよ!」
「どーせ夕べの事、聞くのが怖いんだろ?バレバレだっつーの」
「そ、そんなんじゃねえっ」
と、司は怒鳴ったが、総二郎は自分の言った事が当たっていると確信して笑いを噛み殺した。
夕べがどこに泊ったのか、聞きたいけど聞きたくない。
今の司の心情はそんなところだろう。
と言って、総二郎も多少は気になる。あの結城大和がの婚約者として選ばれたというのだから尚更だ。
あきらも同じ気持ちだったらしく、チラリと総二郎を見てから、一人スネている司の肩に腕をまわした。
「まあまあ。司が聞けないならオレ達が探ってやるって」
「だからオレは別に――――」
「お、来たようだぜ」
もう一度、司が反論しようとした時、廊下の方で話声が聞え、三人は顔を上げた。
すると障子の向こうで、「お連れしました」という使用人の声。
「どうぞー」
総二郎が返事をすると、静かに障子が開いた。
「遅れてごめんなさい。ちょっと知人の家から来たから――――」
言いかけて入って来たは、その場に揃っている顔ぶれを見た瞬間、瞳を大きく見開いた。
「つ…司?何でここに…っ」
「いちゃ悪ぃかよ。総二郎はオレのダチだ」
「まあまあ、顔見た早々、モメないでさ。とにかく入りなよ、ちゃん」
あきらがいつものように場の空気を読みつつ笑顔で手招きすると、も気まずそうな顔のまま茶室へと入って来た。
司は司での顔を見れないのか、一人そっぽを向いている。
ホントに素直じゃねえな、と呆れつつ、総二郎はに笑顔を向けた。
「実は司の奴、夕べちゃんが家に帰って来なかったのを心配して、わざわざオレんちまで来たんだ」
「…えっ?」
「てめ、総二郎!余計な事言うな!」
あまりにストレート過ぎる言い方に、司の顔が真っ赤になる。
それをお構いなしで総二郎は戸惑い顔のと向き合った。
「何か午前中の習い事もキャンセルしたんだって?一体どこに泊ったの?さっき知人の家から来たって言ってたけど…」
「え…っと…それが…」
は言いにくそうな顔でチラリと司を見る。その態度が気になり、総二郎は僅かに身を乗り出した。
「まさか結城大和のとこなんて事は…」
「え…っ?な、何で?」
「司から婚約話の事は聞いた。まさか昨日はホントにあいつの家に…?」
「ち、違うわ!そうじゃないのっ」
何か誤解している、と気付いたも慌てて首を振る。そこでやっと司が、「なら、どこ泊ったんだよ」と口を挟んだ。
司、総二郎、ついでにあきらまでが答えを待つようにを見つめる。
その空気に気まずそうな顔をしていただったが、観念したように口を開いた。
「だ、だから…滋さん…司の婚約者の家に…」
「「…………は?」」
思わぬ返答に事情の知らない2人は目を点にし、司一人が思い切り目を剥く。
「司の………」
「こ、婚約者ぁ〜〜?!」
仰天する総二郎とあきらに、今度は司が弁解するはめになった。
「…マジかよ!信じらんねぇっ」
「つーか普通、そこで間違えるか?!」
夕べの事を説明され、2人は呆れたように司を見る。しかしだけは「間違えた振りじゃないの?」と冷めた顔で肩を竦めた。
「ふざけんな!ホントにお前と間違えたんだよ!だいたい知らない女、連れ出すはずねえだろ!」
「…どうだか」
「てめぇ…ってか、お前だって、あのお笑い芸人と仲良くメシまで食いに行って何もなかったのか?!」
「当たり前でしょ!その後に滋さんに捕まったんだから!そもそも司が彼女を置き去りにするから私が――――――」
「はい、そこまで!」
次第にエキサイトしだした2人に、あきらがストップをかける。
このまま行けば大喧嘩になって更に話がこじれると思ったのだ。
と司は仲裁に入ったあきらの声でハッと我に返り、互いにそっぽを向いた。
「ったく何でケンカになるんだ?誤解が解けて良かったじゃねえか」
「良くねえ!だいたい何であの猿女の家に泊ってんだ?」
「…猿女って…自分の婚約者でしょ?それに彼女、凄い強引で断れなかったのっ」
「オ、オレは婚約者だなんて認めてねえっ!誰があんな猿…っ」
「おい2人とも!いい加減にしろよ。もう少し冷静に話せないわけ?」
またしても口論の始まった2人に、あきらが呆れ顔で溜息をつく。
総二郎はすでに諦めたのか、茶室の端っこまで避難して一人抹茶を飲んでいた(!)
「とにかく事情は分かったし、夕べの件はいいだろ?それより今は今後の事を考えなきゃダメなんじゃねえの」
あきらのまともな発言に、と司はう…っと言葉を詰まらせ、渋々頷く。
確かに面倒な事になっているのは事実なのだ。
「しっかし大河原っていやぁ〜超お嬢じゃんか」
「あれだろ?アメリカの石油王と提携結んだ日本でも1、2を争う同族企業だよな」
「さすが道明寺グループ。選ぶ相手が違うよなあ。お前に大河原のお嬢、ちゃんには結城の坊ちゃんって」
と、総二郎とあきらは感心しきり。
だが当の司本人は気に入らないと言うように眉をしかめた。
「うちの財閥は唯一、石油が足らねーんだよ。だから大河原と、ついでに結城グループまで取り込もうって魂胆だろ?やり手ばばぁの考えそうなこったぜ」
「なるほど、ね。どっちかが破談になってもいいように保険をかけたって気がするな。こりゃ早めに手を打たないとマジで政略結婚させられちまうんじゃねーの?」
総二郎は顎に手をかけながら低く唸り、へ視線を向けた。
「でも具体的にどうすればいいのか分からないし…。とりあえず、おば様と一度きちんと話してみようかとは思ってるの」
「まあそれも一つの手だけど…鉄の女が相手じゃすんなりOKするとは思えねーし…」
「けっ!んな話、シカトしてりゃいーんだよ!それより腹減ったし、何か食いに行こうぜ!」
司は面白くなさげにそう吐き捨てると、の腕を無理やり引っ張る。
「オレ、朝から何も食ってねえんだよ」
「あーちゃんが心配で朝食も喉を通らなかったとか」
「うるせえぞ、総二郎!」
司が真っ赤になって怒鳴る。
しかしは慌てて、「行きたきゃ行けば?」と司の腕を振り払った。
「私は西門さんに茶道を教わりに来てるの。遊びに来てるわけじゃ――――――」
「あ〜いいよ。今日は止めようぜ」
「え…っ?」
総二郎は頭を掻きつつ立ちあがると軽く肩を竦めた。
「今日は集中出来なさそうだし、また日を改めよう」
「でもせっかく時間作ってもらったのに…」
「いいって。それよか目先の問題をどうするか考えた方がいい」
総二郎はの頭をクシャリと撫でると「着替えて来るわ」と言って部屋を出て行った。
は軽く息をつくと、一人仏頂面の司を見ながら、ふと滋の事を思い出す。
あの後も散々滋の話に付き合わされ、ワインも飲んだあげく酔っ払い、結局彼女の家に泊るはめになったのだ。
おかげで午前中に予定していた華道の方はキャンセルしなければならなかった。
(はあ…やる事いっぱいなのに問題が山積み…。司が帰って来たとたん、また騒々しくなったなあ…)
一晩経って考えてみても、やはり大和と婚約…なんて今は到底無理な話だ。
確かに楓には色々とお世話になっているし、望んでいる事はどんな事でも頑張れる覚悟はあるが、こと結婚に関してはそう簡単に答えは出せない。
(とにかく一度おば様と話してみなくちゃ)
は今日の楓のスケジュールがどうなっているのか、会社に電話して聞いてみようかと思っていた。
そこへ着替え終わった総二郎が戻って来た。
「どこ行く〜?どうせなら六本木まで出ねえ?」
「おう。なら久しぶりに"DeepBlue"行こうぜ。あきら、予約しろよ」
「はいはい…」
言いながらサッサと出て行く司に苦笑いしながら、あきらは自分の携帯でレストランに予約の電話を入れた。
その後をついて行きながらが外に出ると、すでに総二郎の家の車が待機している。
「いつもの個室、とれたぜ〜」
電話を終えたあきらが皆の方へOKサインを出し、車の方へと歩いて行く。
その時、門の外側から、「あー!」という甲高い声が響いて来た。
「見つけた!」
その場にいた全員が声のした方向へ一斉に顔を向ける。そして同時にと司だけが、「…あ!」という声を上げた。
「さ、猿…!!」
「…滋さん…?!」
西門家の門前。何故かそこには夕べ知り合った大河原滋が一人で立っていた。
「猿女…な、何でお前がここに…っ!!!!」
よりも司の方が動揺したように声を震わせている。
滋は真っすぐ司の前まで歩いて来ると、
「ご挨拶ね。あんたのおかげで私は体のあちこちが痛いのよ」
「…知るか!!言っとくけどな、婚約の話はチャラだぜ!オレは認めねえからな!」
怒った様子で怒鳴る司に、総二郎とあきらは互いに顔を見合わせている。
その時滋が意味ありげな笑みを浮かべ、腕を組んだ。
「…ふん。大きな口叩いちゃって、この純情少年が」
「…何?」
一瞬、訝しげに眉を寄せる司を横目に、滋は達の方へ、
「昨日この人ね、耳をかじったら真っ赤になってんのよ」
「………っ!!」
一瞬で司の顔が赤く染まる。同時にを始め、総二郎とあきらは目を丸くした。
(み、耳をかじる…?!)
の脳内で、司と滋がベッドの上でいちゃつく光景が浮かび、僅かに頬が赤くなった。
「てめえ…この…っ――――――」
その時、怒りで拳を握りしめた司が滋に向かって腕を振り上げようとした。皆がとめる間もない。
「婚約者として――――――」
しかし次の瞬間、滋は素早く身をかがめると、自らも拳を握りしめ、
「これから私が調教してあげる!!」
滋の拳が司の顎にヒットした―――――――

お久しぶりの更新です(汗)
遅くなって申し訳ございませんー!お詫びとして2話同時にアップしました…(^^;
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◆ゆう様◆
『フォームからコメントを送って下さり、ありがとう御座いました!お返事遅くなってしまって本当に申し訳御座いません(汗)
櫻子は迷ったんですが、あまり登場人物を増やすと書いてる本人が混乱しそうなので(笑)登場させませんでした。滋の絡む話を前提に考えてたので、今回は滋だけ(^^)
続きを楽しみにして下さってるなんて本当に嬉しいです。色々と時間がとれず更新が遅れがちで申し訳ないですが、その言葉を励みに今後も頑張りたいと思います!』
【投票コメントへのお返事】
◆類派なのですが、司の可愛らしさや健気さも捨てがたい…大和の報われなさも好きです。(大学生)
(コメントありがとうございます!花男のキャラは皆さん素敵ですよね!大和も多少は報われてほしい気もしますが…(笑)
◆大和が大好きです!ここまでオリキャラを好きになったのは初めてなので自分でもびっくりしてます!!(大学生)
(コメントありがとう御座います!大和を好きになって頂けて書き手としては凄く嬉しいです!そろそろ少しは彼を幸せにしてあげたいなあと思えてきました(笑)
◆花男、楽しく読ませていただきました。司もカッコいいけど、大和もカッコいい。関西弁いいですよね。(社会人)
(コメントありがとう御座います!楽しんで頂けてるようで嬉しく思います!意外に大和も自然に皆ととけ込めてるようで驚きです(笑)
◆もうすっごく面白いです!キャラクターがみんなそれらしくて、オリキャラの大和もすごく素敵ですv(社会人)
(コメントありがとう御座います!面白いと言って頂けて凄く嬉しいですよ〜!更新が遅くなってしまいがちですが今後とも皆さんの声を励みに頑張ります!)