再会と遭遇
「ここで夕飯食ってから帰る言うてたし、ここにおると思うわ。あ〜おったおった」
ホテルのビュッフェ・レストランへ入っていくと、大和のお父さんとお母さんが笑顔で手を振るのが見えた。
大和は二人を見つけると私の手を引いて、席の方へ案内してくれるウエイトレスについて行く。
自然と手を繋ぐ形になってドキっとしたけど、今日は大和の婚約者としてご両親と会うのだから、となるべく意識しないようテーブルの方へ歩いて行った。
「いやあ、さん。急に呼び出してもーて申し訳ない」
「いえ、お久しぶりです。――――あの……初めまして。と申します」
まずは結城社長に挨拶をし、そこで初対面のお母さんにも自己紹介をした。
大和のお母さんはボブの似合うスラリとした美人で、お洒落なパンツスーツをかっこよく着こなしている。
顔の雰囲気は大和とよく似ていると思った。けど――――。
「ちゃん!会いたかったわぁ!」
「………っ?」
顔を合わせた瞬間、大和のお母さんにいきなり抱きつかれて驚いた。
どうやら中身も大和にそっくりのようだ。(…この場合大和がお母さん似なんだろうけど)
「ちょ、おかん!何しとんねん!がビックリしてるやろー?」
「え?あ!嫌やわあ。ごめんなさいねえ、ちゃん!」
「い、いえ……」
大和のお母さんは笑いながら、すぐに体を離して豪快に笑った。
初対面なのに気さくな印象を受けて少しだけホッとしている私に、大和は苦笑しながら「ごめんなあ」と謝ってくる。
「おかんはにめっちゃ会いたがっててん」
「え…?」
「大和!そんな話は後でええから、とりあえず座りいな。ちゃんも、ほら座って」
「は、はい……」
見た目とは、あまりにギャップがあるノリで、お母さんは私と大和を向かいのソファへ座らせた。
「ちゃんは何飲む?夕飯まだやろ?っていうか、大和、はよメニューとってあげ」
「はいはい……ったく、いきなり仕切んねんから……」
大和はお母さんのノリに苦笑しつつ、私にメニューを取ってくれた。
「腹減ったやろ。何か軽く食うてこか」
「う、うん。そうね」
「このレストランは色々揃ってるし、好きなだけ食べてな。あそこで選べるから」
「あ、ありがとう御座います」
大和のお母さんが優しい笑顔でそう言ってくれた事にホっとしながら、メニューを開く。
説明を見れば、ここ、メープルホテル・赤坂では、ニューヨークテイストのステーキや築地市場から仕入れた鮮魚料理をはじめとする、
60種類以上のメニューがブッフェ台に並んでいるようだ。
目の前で調理するシェフズキッチンの他、鮮度が高く、彩り鮮やかなサラダ&フルーツバーや、アートの様なスイーツコーナー&ドリンクバー等など豊富にある。
大人の街というイメージの強い赤坂でも、最近は男女問わず幅広い年齢層をターゲットにしようと、色々工夫しているらしい。
けど、話もそこそこにいきなり食べるのは何だし、と、私と大和はとりあえずミルクティーとコーヒーを頼む事にした。
そんな私達を交互に見た大和のお母さんは、満足そうに微笑むと、
「何や、こうして並んどるとこ見ると、美男美女でお似合いやわぁ、二人」
「…え?」
「若い頃のうちとお父さんみたいやわー」
「はあ…」
「何、アホなこと言うて……。ごめんなあ、。雪子はいつもこんな感じやねん」
「へ?ゆ、雪子……?」
「大和、あんた、母親の名前呼び捨てするて何やねん。きちんと、おかん言いなさい」
呆れ顔で言う大和に、お母さんはポンポン言い返してくる。
その勢いに押されているのか、お父さん…結城さんの方は困ったような顔で、一つ咳ばらいをした。
「す、すまんな、さん。ああ、気にせんと飲んでええから」
「あ、はい…。頂きます」
ちょうど運ばれてきたミルクティーを見て、結城さんは気を遣ってくれたらしい。
大和は大和で、ふと私を見ると、「それよりに紹介させてえな」とお母さんに言った。
「親父の慶三は前に会うたやろ?んで、この人が俺の母親で、雪子。おかん、こっちが――――」
そこでお母さんは楽しげに笑うと、手をひらひら振って私を見た。
「紹介も何も、さんとこのお嬢さんは昔から顔は知っとるし、初対面て気がせえへんわ」
「え?」
「まあ、そらそうやけど……。一応流れがあるやん」
大和は呆れ顔で肩を竦めたが、大和のお母さん…雪子さんは嬉しそうな笑顔を浮かべて、私を見ている。
その時、ふと思い出した。大和のお母さんも私の顔だけは知っているという事を。
「さんに高校入学の時の写真見せてもーた時も思ったけど、また更にべっぴんさんになったなあ」
「え。あ、あの……あ、ありがとう御座います…」
「でも、ほんまに大和でええの?ちゃんなら他にもっとええ男おるんやない?」
「おかん!余計なこと言わんでええし!ってか、さっきはお似合い言うてたやろ!」
雪子さんの口撃(?)に大和はムッとしたように目を細めている。
結城さんはやっぱり困り顔で、申し訳なさそうに私を見た。
「うるさくてすまんね。大和と雪子は昔からノリが合うというか、こう……賑やかな会話になるいうか……」
「いえ。楽しそうで羨ましいです」
大和のお父さん、結城さんはオブラートに包んだ言い方をしていたけど、要はうるさい、という事だろう。
二人はさっきから何やら言い合いを初めて周りから注目を集めている。
東京のホテルは比較的、静かな方だから、余計に目立ってしまうらしい。
「あ、大和。私まだデザート食べてへんねん。ちょぉ運ぶの手伝って」
「は?運ぶ?どんだけ食う気やねん」
「ええやないのー。ここのケーキ、めっちゃ美味しいねんから。あんたもちゃんに何か料理、運んであげえな」
「ったく、しゃーないなあ……」
腕を引っ張られ、大和は渋々立ち上がると、
「あ、は何か食べたいもんある?」
「う、うん…。大和…さんに任せる」
「ほな適当にもってくる――――」
ご両親の前で呼び捨ては失礼かと、さん付けで言ってみれば(ちょっと鳥肌)歩きかけていた大和が驚愕したような顔で振り返った。
「って何で、さん付けやねん!」
「だ、だって……」
「ああ、さん。そない気を遣わんでええて。いつも通り呼んでやって」
雪子さんが楽しげに笑いながら言ってくれて、内心ほっとした私は、笑顔で頷いた。
そこで大和がニヤニヤしながら私を見ると、
「でも何や新鮮でドキっとしたわ。新婚さんみたいでええな〜」
「な、何言ってるのよ……」
「あ、赤なっとる。かわええ〜」
「……っ」
両親の前でも変わらず、そんな事をさらりと言う大和に、ますます顔が赤くなる。
でもここで、いつものように怒鳴るわけにもいかず、私は拳を握りしめながらグっと堪えていた(!)
「ほな、待っとって。ああ、親父、が、あんまりかわええからて、俺がいない時に口説いたらあかんでー」
「アホいいな!はよ、行け。雪子がうるさいねんから」
大和は笑いながら肩を竦めると、すぐに雪子さんの所へ歩いて行く。
それを見ていると、結城さんが、ふと私を見た。
「どうですか?大和の奴は……。何か、さんを困らせてたりせんやろか。遠慮せんと何でも言うてくれてかまわへんし」
「え?あ……そう、ですね……」
「やっぱり何かしよりましたか、あのアホが!」
「え?!あ、い、いいえ!そんな事ありません。大和にはいつも色々助けてもらってて……」
一瞬あれこれ浮かんだが(!)まさか父親相手にバカ正直に言えるはずもなく。私は笑って誤魔化した。
こうして話してみると、結城さんは大和が言うような厳しい父親には見えない。
「あの……さん」
「はい?」
改まって名を呼ばれ、驚いて顔を上げると、結城さんは言おうか言うまいか、迷っているように私を見た。
「大和から……聞いてるやろか?あの……」
「え?」
「海斗……。大和の兄の事を……」
その名を聞いてドキっとした。事故で亡くなったという大和のお兄さんだ。
「はい…。少しは。私と最初に婚約してたのはお兄さんだったって……」
「海斗は……さん、あなたのお父さんから写真を見せられて、驚いてましたよ。あの時の子や!ってね」
「あ……道明寺家のパーティで……」
「ええ、そうです。いきなり"初恋の子"や言うんで、私もさんも、そら驚いてなあ…。それで悪ノリして婚約なんて話になったんですわ」
結城さんは懐かしそうに笑うと、優しい眼差しを私に向けた。
「海斗にも……会わせてあげたかったと思うてね」
「……私も…会ってみたかったです。大和が凄く自慢してたので」
「そうですか。大和は……海斗をほんまに愛してた。海斗も大和を自分の分身や言うて大切にしとった……。それをぶち壊したんは……私なんです」
事故の原因の事を言ってるんだろう。結城さんはポツリと言って、大和の方へ視線を向けた。
大和は雪子さんと、色んなケーキを見ながらあれこれ選んでいるようだ。
時々ふざけあいながら笑いあう母と息子を見て、結城さんは溜息をついた。
「大和と……私との事も聞いてますか?」
「………」
「その顔は…聞いてるようですな」
結城さんは苦笑気味に言って、困ったように頭を掻いた。
「私と仲が悪い言うてましたか」
「い、いえ、昔はあの…大和には……特に厳しいお父さんだったと……。でも今は上手くいってると話してくれました」
曖昧に答える私に、結城さんは優しく微笑むと、
「大和は海斗ばかりを可愛がる私を恨んでたやろなあ、と思います」
「そ、そんな事……」
「大和にだけ厳しくしてたんも、ほんまの事です。せやから私を恨んで大和は家を出たんです」
「い、いえ……大和は……結城さんを恨んでたなんて一言も言ってませんでした」
「……え?」
「確かに……お兄さんと比べられること、つらかったみたいですけど…。でも大和はただ、認めて欲しかっただけなんだと思います」
「……認めて欲しい?私に?」
「はい…。どれだけ頑張っても認めてもらえないのが寂しくて、だから荒れて悪い事もいっぱいしたって……話してました」
一緒に初詣に行った時、大和から聞いた話を思い出した。
本当は家族から愛されたかった。ただ兄と同じように、自分の事も愛してほしかった――――。
大和がハッキリそう言ったわけじゃない。でも、大和の話を聞いて、私はそう感じたのだ。
勝手だとは思ったけど、そんな大和の思いを、結城さんに伝えたかった。
結城さんは私の話を聞いて、少しの間、何かを考え込んでいたけど、不意に困ったような顔で笑みを浮かべた。
「そうですか……。私は大和を思うていた以上に傷つけてたんやなぁ」
「……結城さん…」
「いや、私はね、海斗も大和も、同じように愛してたし可愛い思うてました。昔も今も、それは変わりません」
「え…?」
結城さんは苦笑いを浮かべ、大和へ視線を向けた。
「特に大和は私の若い頃にそっくりでね。やんちゃな所が可愛くてしゃーなかった」
結城さんはぽつりぽつりと優しい表情で話している。私は黙ってそれを聞いていた。
「ただ、海斗と違って大和は少しでも褒めると調子に乗ってまう性格でね。お調子もんというか……」
「……そ、それは少し分かる気が…」
小さく噴き出すと、結城さんも「やっぱりなあ」と苦笑した。
「ちょっと褒めると満足して飽きてまうのか、すぐ他の事に目が向く。それじゃあかんと、大和に対しては少々厳しくしよう思たのが間違いでしたわ」
「……間違い?」
「一時は大和も色んな事を頑張るようになりました。けど私は敢えて褒めずに突き放した。そうすれば、もっと頑張るかと思うてした事です」
はあ、と息を吐いて、結城さんは悲しげに微笑んだ。
「せやけど大和は自分だけ厳しくされてる思て、だんだん反抗的になっていって。私も若かったもんで、カっとして海斗を見習えなんて言うようになってしもうて」
「それで比べられてると思ったんですね……」
「そんなつもりで言うてたわけではないんですがね。子供に大人の言葉の裏など読めるはずもない。結果、海斗が跡継ぎやから大事にしてると思うようになっていったみたいです」
「……結城さんはお兄さん、海斗さんを跡継ぎと最初から決めていたんですか?」
「確かに私は海斗を跡継ぎと考えてました。長男ですしね。せやけど、それ以前に海斗は冷静に物事をよく観察し、本質を見抜く力がある子でした。人の上に立つ者として、そういった力は重要です」
「海斗さんはしっかりしてたんですね」
あの落ち着きのない(!)大和のお兄さんが冷静な人だったと聞いて、少し驚いた。
でも前に大和が「兄貴は優秀やった」と言っていたのを思い出す。
結城さんも私の反応に軽く苦笑いを零すと、
「双子ゆうても性格は正反対。すぐ熱くなって暴走する大和を、冷静な海斗が止める。それで上手く行ってましたわ」
「そうだったんですか。ますます海斗さんに会ってみたかった。大和を大人にした感じだったんでしょうね」
笑いながら言うと、結城さんは「海斗もそう言ってもらえて喜んでますわ」と、嬉しそうに微笑んだ。
子供の頃の初恋。そんな些細な理由で私を覚えててくれた人。
凄く純粋な人だったのかもしれない、と、ふと思った。
「私はね、海斗を跡継ぎにと決めてましたが、大和には別の会社を、あいつの自由な発想で作れる会社をやらせてあげよう思うてましたんや」
「え……?大和に会社って……」
「大和は海斗とは逆に、型にはまった場所は向いてない思うてました。せやから大和がほんまにやりたい事を見つけた時に、それをやらせてあげたいと思いましてね」
「……そうだったんですか。だから跡継ぎには考えてないと大和に?」
「それもあります。しかし何もせんでも私の会社に入ればええ、なんて甘えた考えを持たんように、と、それも敢えて言うてました。まあ大和はアホやから誤解してましたけどね」
苦笑気味に言う結城さんを見て、本当は二人の息子を誰よりも愛してた人なんだ、と感じた。
結城さんはお兄さんだけを愛し、大和の事を嫌っていたんじゃない。
二人の性格を考え、その性格に見合った育て方をしようとしていた。
(いいお父さんじゃない……大和)
互いの気持ちがすれ違って生まれた誤解のせいで、大和はつらい思いをしてしまったけど、幸せな時間はこれから、いくらでも取り戻せる。
「大和はさんを大切に想うてるようや。せやから、あいつの全てを知って欲しい思うてますねん」
「結城さん……」
どうして急にそんな話を私にしたのか。その理由が分かって、私はかすかに胸が痛んだ。
今は上手く行っているようだけど、大和はきっと父親の本音を知らないはずだ。
大和は、お兄さんが亡くなったから、結城さんが仕方なく自分に会社を継がせようとしてると誤解しているかもしれない。
結城さんもそれに気づいている。なのに本当の事が言えないんだ。
「最初はね、海斗の代わりになろうとしてる思うて心配してたんです」
「え……?代わりって……」
「海斗の初恋の相手で、あんなに会いたがってたさんやから、大和は代わりに海斗が出来なかった事をしようとしてたように思います」
「……大和も…そう言ってました」
「でもそんなんは違う。ほんまに大和が自ら望んでるわけやない。海斗の代わりなどする必要もない。そう思うてさんとの事を反対した事もあります」
「……はい」
「せやけど……大和は違う言いよった。最初はそうやったかもしれへん。けど今はほんまにさんが大切みたいですわ」
正反対の性格でも、根っこの部分は海斗とよう似てます、と結城さんは笑った。
私も同じことを思った。
確かに色々振り回されて悩まされてきたけど、大和は不器用で、お兄さんと同じように純粋なんだ、と改めてそう思った。
今回の婚約はおば様への恩返しの為、と受けた話だったけど、相手が大和で良かった、と思った。
今すぐには無理でも、これから先、一緒に過ごしていれば、大和の事を一人の男として見れる時が来るかもしれない。
そう実感していると、結城さんがふと私を見た。
「ところで…お父さんは元気かな?私は暫く会うてへんのやけど」
「あ、はい。元気にしてます。結城社長にはお世話になったとよく話していました」
「そうですか……。いや、突然の事やったからなあ……。何もしてやれんと悪い事した思うて……」
「そんな……。そのお気持ちだけでも嬉しいです。父もきっと同じことを言うと思います」
「ありがとう……。さんは優しいなあ。ほんま、大和にはもったいないわぁ。我が息子ながら……アホやしなあ」
「そ、そんな事は……」
思わず吹き出してしまった。
大和のお父さんも楓おば様に負けないくらい凄い社長さんなのに、ツラい話をした後だから、場を和まそうとこんな風に気を遣ってくれてるのかもしれない。それが本当に嬉しかった。
その時――――ふと背後に人の気配がした。
「おい、親父。アホはええけど、もったいないて何やねん。可愛い息子をそない落として楽しいんか?」
「あ………(アホはいいんだ……)」
気付けば戻ってきていたようだ。両手のトレーにたくさんの料理とケーキを乗せた大和が、仏頂面で立っていた。
でも結城さんは動じる事もなく、深々溜息をつくと、
「……どこが可愛いねん。デカすぎて、ちいとも可愛ないわ」
「でかいのはあんたの遺伝子のせいやろ。まあ、この男前の顔はおかん譲りやけどなあ。ほんま良かったわ、おかんに似て」
「何やと?お前、俺が不細工や言うてんのか」
「まあイケメンには見えへんなあ。な、もそう思うやろ?こないごっつい顔したオッサンが俺に似てる思うか?」
「……………(私に振らないで!)」
ポンポンと言いあう親子の会話に、私は引きつりながらも笑顔を見せるのだけで精一杯だ。
そこにお母さんまでが入って――これまた沢山のケーキを持っている――更にテーブルは賑やかになった。
「大和、そら言い過ぎやわ。お父さんかて若い頃は、かなりの男前やってんで?」
「えぇ〜ほんまに〜?」
「何やそのアホみたいな顔は。お父さんはな、大阪のアラン・ドロン言われててんから」
「……ってか古!アランドロンかて今はオッサンやろ」
「ほな今は誰が人気あんねん。あれか?この前来日しとった……ジョニー・デプー言う俳優さんか?」
「それ言うならジョニー・デップやろ。何やねん、デプーて!知らんなら言わんでええし。なあ?、うちのおかん、アホやろ?」
「……い、いえ……(だから私に振らないでってば!)」
私は必死にテーブルの下で自分の太腿をつねりながら笑いそうになるのを堪えていた。
そんな私に気づきもせず、大和は呑気にケーキをとりわけながら話を振ってくる。
いくら何でも初対面の母親に向かって、「アホです」とは頷きにくい。
でも雪子さんは少しも堪えた様子もなく、更に大和を煽りだした。
「アホて何やねん。あんたかて、昔、ジョージ・マイケルをジョルジオ・ミッチェルなんて無理やりローマ字読みしてたやろ」
「……ぶっ!(そんな歌手いないし!)」
「ちょ、!そこで笑うんか!」
「ほーら、ちゃんかて笑てるやないの」
もう我慢の限界とばかりに思わず吹き出すと、大和の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「聞いてぇな、ちゃん。あん時の大和ってば、どや顔しながら、『俺、英語読めんでぇ?』なんて言うて間違えとんねん。笑かすやろ?」
「余計な事まで言わんでええし!ってか、あれは小学生の頃の話やろ!英語読めただけ凄いやん」
「英語ちゃうやん。ローマ字やん。しかもジョルジーて!ミッチェルて!我が子ながら笑かすわぁて感心してんから」
「あれは海斗があかんねんて。海斗が最初にマイケル・ジャクソンを、ミッチェル・ジャンクションとか読んどったから、俺もあの読みはそう読むんや思てやなあ」
「ぶ……っ(すでに誰だか分からないし!)」
今はいないお兄さんの事を笑うのは気が引けたけど、その読み方はちょっと変!と思った瞬間、ラウンジに大きな笑い声が響き渡った。
「ぶははははっ!ジャンクションて何やねん!ローマ字にすらなってへんし、どう読めばそうなんねん!海斗も小さい頃はアホやってんなあ」
「ほんまやわぁ。まあ、でも海斗は5年生辺りで修正できてんけど、大和はずーっと修正できんと、アホなままやからなあ」
「あ?さっきからアホアホおっしゃいますけどな、そのアホな遺伝子、受け継がしたんは、あんたらやろ」
「スプーンで人を指すのやめえ。それにあんた、ちゃんの前で自分のアホさ加減を認めてどないすんの。呆れられて振られんで?」
大和も、結城さんや雪子さんも、普通にお兄さんの話をしている。それが何故か嬉しいと感じた。
こうして見ていると、過去にわだかまりがあった家族には見えない。
前に大和が言っていた。
"一番大切な存在を失った代わりに一番欲しいものを手に入れた"
それは、こんな風に家族と笑いあえる時間だったのかもしれない。
「ってか先にバラしたん、おかんやろ!余計なこと、ペラペラペラペラ話しくさって……。あ、!今のぜーんぶ小っさい時の話やから」
「……ぷ…っ。き、気にしてないから……」
慌てて弁解し始める大和に、私はまた噴き出してしまった。
それを見ていたご両親も「笑われてんでー」なんて言って楽しそうな笑顔を浮かべている。
その光景を見て、何故か私はホっとしていた――――。
「ほな、また来週のパーティで会いましょ、ちゃん」
あれから食事をしつつ、あのノリで二時間ほど話した後、飛行機の時間があるからと、秘書の人が二人を呼びに来た。
これから羽田へ向かって最終便に乗るらしい。
「はい。あの、今日はとても楽しかったです」
「私も楽しかったわぁ。うちは女の子おらんかったから娘が出来るかと思うと今から楽しみやし」
雪子さんはそう言って笑うと、大和の背中をバシッと殴った。
「ほな大和。あんたも安全運転でちゃん送るんやで?」
「痛いなあ…。分かってるてー。大阪とちゃうねんから飛ばさへんわ」
「手ぇも出したらあかんで?」
「えっ?」
いきなりそんな事を言いだす雪子さんにギョっとしていると、大和が大げさに溜息をついた。
「あんなぁ……。俺とは婚約すんねんから、手ぇくらい出させてぇな」
「ちょ、ちょっと大和……!」
その会話に赤くなった私を見て、大和も雪子さんも苦笑している。
「あらら、真っ赤やで、ちゃん。かわええなあ。こないに可愛いと、大和も辛抱たまらんやろ」
「そうやねん……。って、何の話やねん!下ネタやめぇ!ったく……」
大和は顔を赤くしながら気まずそうな顔でチラチラ私を見てくる。(でもちゃんとノッてボケる辺り、さすが関西人魂?)
あの大和がタジタジになるなんて、少しだけおかしかった。(お父さんはすでに諦めたのか溜息をついて項垂れていた…)
「へえ、あんた、いつから純情少年になってん。昔は部屋にアレコレ、いけないもん隠しとったクセに――――」
「あーあーー!余計なこと言わんでええし!はよ行かな飛行機!飛行機、出てまうで!あ、運転手さん、もう車出してええよ!」
大和は無理やり二人を車へ押し込めドアを閉めると、運転手さんの方へ走っていく。
それにはお母さんも大笑いしているのが見えた。大和は普段から雪子さんにからかわれてるみたいだ。
このお母さんにしてこの子あり、じゃないけど、雪子さんに育てられた大和があんな風に明るく育ったのも何となく分かる気がした。
「ほな、ちゃん。大和を宜しく頼みます」
雪子さんは窓を開けて顔を出すと、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「はい。あの…お気をつけて」
「おおきに。また来週、会えるの楽しみにしてるわ」
「それじゃさん、大和。気を付けて帰り」
「おお、親父もおかんとケンカせんと仲よう帰れよ。飛行機ん中で騒いだら放り出されんでー」
「アホか。そうなったら自分で飛んで大阪帰るわ」
「って、飛べるか!むしろ飛んでるとこ見たいっちゅうねん!」
雪子さんに突っ込みながらも「はよ、行けって。ほんまに乗り遅れるで」と、大和が二人に手を振れば、車はゆっくりと走りだす。
大和は車が見えなくなるまで、二人を見送っていて。その横顔は、どこか優しい気がした。
「ごめんなあ。アホな親で。疲れたやろ?」
ふと私を見て、大和が苦笑した。
「ううん。凄く楽しかった。お母さんも面白いし」
「しょーもないだけやて。でも……今日はありがとうな。二人とも何や楽しそうにしとったし」
そう言いながらも嬉しそうに笑う。大和のそんな姿を見てると、本当に家族の事が好きなんだな、と思った。
「ううん。でも、お母さん見た目は凄く若くて綺麗なのにノリは大阪〜って感じで驚いちゃった」
「ああ〜あの人、黙ってれば今でもナンパされんで?なんて、よお自慢しよるからな……。歳、考え〜っちゅうねん」
「お父さんとも……うまくいってるみたいだし良かった」
私がそう言うと、大和は僅かに目を伏せた。
「子供の頃は……親父もあんな感じやってん」
「え?」
「俺や海斗、おかんと一緒んなって、よお笑ってた。でも小学校、高学年辺りから、だんだん厳しなって……」
「……大和…」
「ま、その後は前に言うたとおりや。家出して、悪いこと散々やって…。親父と口もきかんようになって、あの頃は…明るいのが取り柄やったおかんも、いつの間にか笑わんようになってた」
そう言いながら、大和は小さく息を吐いている。
その言葉を聞いて、やっぱり今でもお父さんの本心は知らないんだと悟った。
「あ、あのね、大和……」
「ん?」
「さっき……少しお父さんと話したの。その……過去の事なんだけど」
「過去……?」
「うん。お父さんが大和にだけ何故厳しくしてたか……話してくれて」
私の言葉に、大和は小さく息を呑んだ。
今まで話せなかった結城さんの本心を、私が勝手に話していいものか分からない。
だけど、大和の今の顔を見ていると、話した方がいいような気がした。
それで誤解が解けるなら、心の奥に押し込めた、過去のわだかまりが消えるなら、それは家族の為にもいい事だと思ったから。
「……何を……話したん?」
大和はどこか不安げな顔で私を見ている。
そんな顔はもうさせたくない。そう思って私は先ほど聞いた話を、全て大和に話そうと決心した。
「……親父が……?」
先ほど、立ち話も何だし、とそのまま車へ戻った後、私は結城さんが話していた事をきちんと順序立てて大和に話した。
話をしている間、黙って聞いていた大和は、驚きと困惑したような表情を浮かべてシートへともたれかかった。
「だから…大和が思ってるような気持ちで跡を継いで欲しいと言ったわけじゃないと思うの。本当は、大和の好きにさせてあげたかったんだと思う」
大和は何も応えずに、黙って窓の外をぼんやりと見つめている。
その様子を見て、私はきちんと伝わったかどうか心配になった。でも、不意に大和が小さく吹き出し、突然笑い出した。
「ほんまかいな……ぁはははっ!アホくさ!」
「あ、あの大和……?」
私が戸惑っていると、大和は前髪をクシャリと掻き上げ、立てていた右膝の上に、顔を隠すよう額を置いた。
「ったく……ほんま、アホやなあ……」
「え?」
「親父も……俺も」
「大和……」
そう呟いた声はかすかに震えていて。私はそれ以上、何も言えなくなった。
お父さんの本心を、大和が理解してくれたんだ、と分かったから。
「はあぁぁぁ……。俺の青春、返せっちゅうねん」
しばらく沈黙が続いた後、不意に大和が苦笑気味にぼやいた。
その言葉の意味が分かるだけに、どう応えていいのかも分からない。
でもとりあえずホッとしていると、大和が不意に顔を上げて私を見た。
「……」
「え……?」
「おおきに!」
「え、きゃっ!」
突然、腕が伸びて来たかと思えば、凄い力で抱き寄せられ驚いた。
「な、何――――」
「めっちゃ嬉しい気持ちとビックリなんと、空しいのと何やグチャグチャやけど、でもやっぱ嬉しいわ!」
「大和……?」
大和はそう叫んで徐に体を離す。至近距離で見た大和の顔は、どこか吹っ切れたような、そんな顔をしていた。
「のおかげや。ほんま、ありがとう……」
「わ、私は何もしてないよ……?」
いきなりお礼を言われ驚く私を、大和は再び抱き寄せた。
「してくれたよ」
「え、な、何を?」
「がおらんかったら……きっと親父もそんな話はせえへんかった」
「そんな事……」
「あるよ。の存在が俺と親父を繋いでくれてんから」
「大和……」
耳元で聞こえる大和の声は、やっぱり震えてて。
きっと今でも心のどこかで寂しさを抱えていたんだ、と分かった。
だけど、もうそんな風にお父さんの気持ちを疑う事もない。自分の存在を憂う必要もない。
「何や、憑きもんが落ちたみたいな気分やわ……」
大和のその言葉で、私はそう確信した。
「……良かったね」
「ん、」
大和の背中をポンポンと軽く叩くと、子供みたいな声が小さく聞こえた。
でもそこで、抱きしめている腕の力が徐々に強くなっている事に気づいて、「大和?」と声をかけてみる。
「ん?」
「ん?じゃなくてっ。もう離してよ」
「アホか、嫌やし」
「は?アホ?っていうか嫌って何よっ!離してってば」
百歩譲って最初のハグは許しても、今のこの長ーい抱擁はおかしい。
しかも今は車内に二人きり。そして静かなホテルの駐車場、特にこんな夜は人気も少ない場所だ。
何となく身の危険を感じて逃れようと腕の中でもがいた。
「ちょ、!分かった……分かったて……いたっ!つねんなてっ」
狭くてあまり動けない中、大和の横っ腹を思い切りつねれば、悲痛な声が上がった。
「いいから離してってば。結城さんがお調子もんって言ってたけどホント、その通りだわ」
「……悪かったなぁ」
未だ私を抱きしめたまま、大和はスネたような声を出し、「ほな離してもええけど…」と言葉を続けた。
「な、何よ」
「俺からお礼させてくれたら離したるわ」
「お礼……?何の?」
聞いた瞬間、僅かに体が離れ、目の前に大和の顔が見えた。
ドキっとして身を引こうとする私に、大和は意味深な笑みを浮かべると、
「いい話を聞かせてくれたお礼……ゆう事で、大和クンからの熱ーいキッスなんてどぉ―――いだだだっ!」
予想通りの発言に呆れ、私は体が離れて自由になった手で、大和の両頬を思い切りつねってやった。
「いったいやん!何すんねんなあぁ」
「何するはこっちの台詞!さっきお母さんにも手は出すなって言われたでしょっ」
「あんなん口だけに決まってるやんかー。それに婚約者なんやし、そろそろチューくらいさせてくれてもええ思うけどー」
「な、何がチューよ!っていうか、その悪ガキみたいな顔、やめてっ」
赤くなった頬をさすりながら、目を細めて思い切り口を尖らせてる大和を見て、思わず吹き出しそうになった。
そこでふと、先ほど結城さんが言っていた事を思い出した。
(確かに甘やかすより厳しくしつけたくなる大和のこの性格……。結城さんの気持ちが今ホントに理解できたかも……)(!)
そんな事を思っていると、大和は目を細めながらも盛大に溜息をついた。
「ほーんま、は冷たいわあ。何気に凶暴やし」
「……きょ、凶暴って何よ。失礼な!」
「だってそうやん。すーぐ頭しばくし、つねるし、そうやってすぐ暴力に訴えるとこ、道明寺クンに似て来たんとちゃう?」
「に、似てるわけないでしょっ。司と一緒にしないでよ……」
いきなり司の名前を出されてドキっとした。
一瞬で昼間に見た滋さんとのキスシーンがプレイバックされる。
せっか忘れてたのに、と大和を睨んだけど、大和もまたジトっとした目で私を見ていた。
「その顔……道明寺クンと何かあったん?」
「な、なな何かって?」
「ぷっ。どもりすぎやろ。ほんま分かりやすいなあ、は」
「…………む」
「うはははっ。おもろい顔すんなてー。かて悪ガキみたいな顔なっとんで」
「なってないし」
「なってるてー」
大和はそう言って笑いながら、不意に私の顔を覗き込んできた。
再び目の前に大和のドアップが現れ、慌ててシートに背中をくっつける。
「な、何……?」
「道明寺クンと何があったん?そない動揺すること?」
「な、何もないってば……。あるわけないでしょ」
「ふーん。ほな、花沢クンは?」
「え、花沢類……が何?」
更に不満げな顔をする大和に、首を傾げると、大和は溜息交じりで離れていく。
そのままエンジンをかけると、ちらりと私に視線を向けた。
「昨日……必死でのこと守ろうとしてたやん?」
「あ、あれは……と、友達だからって言ってたじゃない」
「そうやけど……花沢クンはが惚れてた相手やからなあ。俺かて少し心配しててんで?」
「な、何を?」
「花沢クンがに惚れたら……きっとはまた花沢クンにいってまうんやろなあって」
「な、何それ……。あるわけないじゃない」
「……どっちが?」
「え?」
「あるわけないのは……花沢クンがに惚れること?それとも……そうなってもは花沢クンのとこへ行かんちゅうこと?」
大和はどこか真剣な顔で、そんなことを訊いてくる。
でも、そんなの私にだって分からないよ。
花沢類が私を、なんて、考えられないから。
「花沢類が好きなのは、昔も今も静さんだけだよ」
「……ほんまにそう思うてんの?」
「思ってるよ。だって本人がそう言ってたし。それに花沢類が私に優しいのは、ホントに友達としてだから」
「ほな、の方はどうやねん」
「え?」
「前は今すぐ諦めたりするのは無理やって言ってたやん?でも今はどうなん?もう吹っ切れた?」
「……そりゃあ…少しはね。その前に色々ありすぎて悲しんでる暇もなかったし。大和も知ってるでしょ?」
「ああ、俺との婚約話が出たからか」
「笑い事じゃないってば」
苦笑する大和に、私もつられて笑う。
ホントにこの一か月の間、色んな事がありすぎて、失恋のツラさと向き合ってる時間もなかった。
それが良かったのかどうかは分からないけど、思ったよりは元気でいれた気がする。(悩みは山積みだったけど)
「うわ、もうこんな時間?早く帰ろ。私、明日は料理教室で食事会あるから準備が忙しいの」
ふと時計を見て慌てて言うと、大和は溜息交じりで「はいはい」と苦笑しながら、車を出した。
「食事会て何するん?」
「一人ひとり、自分で料理を決めて作ったのを先生たちに試食してもらうの。味や盛り付けとか、そういうのも全てチェックされるのよね……」
「へえ。んで、は何作る気やねん」
「お花見弁当。もう時期外れだけど、見た目も綺麗だし、普通の料理よりも色々詰められて華やかでしょ?」
「何や美味そうやん。それ俺も食べれたりする?」
「えっ?い、いや、あの……先生の分しか作らないから……」
なーんて――――。ホントは自分の分と先生の分、二つを作らなければいけない。
一つよりも二つ作る事で、きちんと均等に盛られているか、偏ったりしていないか、そういうところも料理の腕がハッキリ分かる。
そこも審査対象に入ると言われたのだ。でもそんな事を言えば大和は「食べさせて」と言い出しかねない。
「何やー。食べたかったわ、の作った弁当」
案の定、大和はそんな事を言っている。内心ホッとしていると、大和はニッコリ微笑んで私を見た。
「ほな、上手く作れたら今度俺にも作ってな?」
「えっ?」
「何でそない驚くねん。嫌なん?」
「い、嫌とかじゃなくて……その、私そんなに料理が得意というわけでは……」
「そら分かってるよ。前に海斗がさんから聞いたのを教えてもーて知ってるからなあ。でも上手になる為に通ってるんやろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「それに前、カレー作ってくれたやん?あれめっちゃ美味かったし。、才能あるんちゃう?」
「カレーなんて誰が作ったって同じじゃない。ある程度、食べられる物になるわよ」
そう言えばそんな事もあったな、と思い出しながら、知らないうちに大和との思い出も増えている事に気づいた。
事業絡みの婚約ではあるけど、この先、こんな風に思い出を作っていけるなら、自然と大和の事を好きになれるのだろうか。
(そうなれたら……きっと一番幸せな形なんだろうな)
ハンドルを握る大和を見ながら、ふとそんな事を考えていた。
次の日、準備を手伝ってくれたタマさんにお礼を言って、私は早めに料理教室へとやって来た。
昨日の今日で、何となく司と顔を合わせるのが嫌だったのだ。
タマさんが言うには、司は夕べ遅くに帰宅したらしい。
(あの後、滋さんとデートでもしてたのかな。なんて言ってもキスした後なんだし……って、まさかそれ以上の関係になってたり?)
材料を出しながら、ふと二人がベッドに入っているシーンを想像をしたのがいけなかった。
途端に変な動揺が襲ってきて、そのせいで手が滑り、持っていた卵が足元に落下。派手に割れてしまった。
「あ〜何やってんのよ、私ってば……。材料無駄にしたら先生に怒られちゃうってのに」
すぐに床を拭いて、割れた卵の殻を拾いながらも深い溜息が洩れる。
一応周りを確認したが、まだ時間が早いせいで、教室には誰の姿もなかった。
「はあ……人のキスシーンなんか見るもんじゃないかも……」
それも自分の事を好きだと言っていた男のは、特に――――。
それだけで複雑な気持ちになるというのを、私は今回初めて知った。
最近、司の事を考えると、こんな風に落ち着かなくなる自分も嫌だった。
大和とは一応、仲直りと言えば大げさだけど、お互いに理解できるようにはなって来た。
俺を傷つけたと思わないでいい、と言ってくれたことで、少しだけ心の重石もとれたような気がする。
だけど司とはどうしても、大和みたいに接することが出来ない。
話す機会があっても、今日みたいに何故か避けてしまう。
きっと司も、私と顔を合わしたところで、大和みたいに気持ちを切り替えて話してはくれない気がした。
ここ最近、顔を合わせば怖い顔で睨んでくる司を思い出し、溜息が漏れる。
「難しい関係なのかな……私と司って……」
道明寺家に来た頃、良くケンカをしていた頃が懐かしい、とさえ思う。
あの頃はまだ、お互い何でも言い合う事が出来た。でも今はこんな風に会う事さえ避けてしまっている。
「はああ……」
自然と溜息が洩れて、私は手に持っていた卵の殻を捨てた。
「――――Bu hao yi si!」
「…ひゃぁ!」
突然、背後から声をかけられその場で飛び上がる。慌てて振り返ると、そこには一人の女の子が笑顔で立っていた。
「あ、あの……?」
レザーのジャケットに、細みのデニムパンツとハイヒール。腰まであるロングヘアーが印象的だった。
サングラスをしているからハッキリは見えないが、かなり目立つ顔……いわゆる美形顔だ。
彼女はこの教室の生徒じゃない。初めて見る顔だった。
「Ni ha o」
「へ?に、にぃ……はお……?」
って、中国人?!と聞きなれない言葉に思わず顔が引きつった。
女の子はニコニコしながら、こっちへ歩いて来たけど、不意に「あ…」と声を上げた。
「…いけない。また間違えた……。ごめんね、驚かせちゃった?」
「へ?」
いきなり日本語で話しかけられ、またしても驚いた。
「今度ここへ通うように言われて来たんだけどさー。どこ行けばいいのか分からなくて、ここ覗いたら世の中の不幸を全て背負ってますみたいな子がいるから驚いちゃったよ」
いきなりペラペラと話され、あげく不幸の塊みたいな言い方をされた私は一瞬、ムッとしてしまったらしい。
その子はケラケラ笑いながら、「怒んないでよ。ジョークだってば、ジョーク!OK?」と肩を竦めて見せた。
っていうか何なんだ、この子は?と思いながらも、ふと前にも会った事があるような気がして、マジマジとサングラスに隠れた顔を見てみる。
何となく彼女の面影や声が、知っている誰かに似ている気がしたのだ。
と、その時、その子が突然、「あれ?!」と驚いたように私の顔を覗き込んできた。
「な、何ですか……?」
「やだ……似てるとは思ったけど……」
「は?」
その子は驚いたように呟くと、私の手をぎゅっと握って来た。
「もしかして、?!じゃない?」
「な……何で私の名前………」
「やっぱり!ほら私よ!凛子!中1まで隣に住んでた――――」
女の子は言いながらサングラスを外す。その顔を見た瞬間、私の記憶の中の、懐かしい笑顔と重なった。
「う、嘘!凛子?!ホントにあの凛子なの?!」
「ーー!会いたかったよー!元気だったーー?!」
凛子は大騒ぎしながら思い切り私に抱き付いてきた。
その勢いで後ろに転びそうになりながらも、懐かしい笑顔に私もつられて笑顔になる。
見知らぬ中国人かと思っていた美少女は、私の幼馴染の一条凛子だった。
彼女は私が前に住んでた家の隣に住んでいて、同じ歳というのもあって、すぐに仲良くなった。
幼稚園、小学校、中学校と同じとこへ通い、いつも一緒に遊んでいたけど、中学1年になってすぐ、アパレル会社を経営していた凛子の父親がアジアへ本格的に進出する事を決め、家族で中国に引っ越して行ってしまったせいで離ればなれになった。
暫くは手紙やメールのやり取りをしていたけど、中学3年になり、受験シーズンを迎える頃には、お互い忙しくなって手紙どころかメールの数も少なくなっていった。
あげく、受験が終わって高校生になった頃には新しい生活に追われ、そのまま音信不通となっていたのだ。
「っていうか凛子、いつ日本に戻って来たの?!何で連絡くれなかったのよー!」
「3月に一人で戻って来たの。お父さんの会社もあっちで軌道に乗ったし、私ももう高校2年だから一人で帰国してもいいかと思ってさ」
「え、一人で戻って来たの?」
「だって日本が恋しくなったんだもん。って、それより私だって帰国前に手紙も出したしメールもしたんだよ?でも手紙はあて先不明で戻ってくるしメアドも変わってたじゃん」
凛子は唇を尖らせながら、私の額を思い切り小突いた。
「あ……」
「おかしいなーと思って家に行ってみたの。そしたら表札変わってるし、一応ピンポン押したら全然知らないおばちゃんが出て来るじゃない。びっくりしたのはこっちだよ!いつ引っ越したわけ?って」
凛子にそう言われ、ドキっとした。私の住んでいた家は抵当に入れられ、すでに他人の手に渡っているのだ。
「ご、ごめん。色々あって……」
「まあ……同じ中学だった子に電話して、だいたいは聞いたけどさ。それでもメールか手紙くれたら良かったのに」
「うん……でもほら、ずっと連絡途切れてたでしょ?だから何となくメール出しにくくて……」
そう言って誤魔化した。本当は凛子にも連絡しようかと思った事がある。
だけどお父さんの会社が倒産した時、周りにいた友達はみんな離れて行った。
もし凛子にその事を話して、同じように離れて行ったら、と思うと、怖くて連絡できなかったのだ。
でも私のそんな弱い心を吹き飛ばすように、凛子は明るい笑顔を見せてくれた。
「もう!水臭いなあ!私、が行くって言ってたから、こっちの高校も山の手にしたんだよ?がいると思ったから」
「え、嘘……ほんとに?」
「ホントだよー。だから私、今そこに通ってんの。でもは転校しちゃった後でさー。ガッカリしたの何の。参ったわ」
「そ、そうだったんだ……。ごめん」
そう言えば最後の手紙にそんな事を書いた気がする。凛子はちゃんと覚えててくれたんだ――――。
「っていうかさ、今、親戚の家にいるってホント?」
「え?それ、誰から……」
私が道明寺家にお世話になってるのを知ってるのは、中学の同級生でも知らないはずだ。
「あーほら。なんてったっけ。あのセレブ好きの女」
「へ?(セレブ好き?!)」
凛子はうーんと考え込むように腕を組んで、「あ、そうだ」と指を鳴らした。
「白木だっけ?白木唯!あの子、同じクラスなのよ、今」
「……えっええっ?!唯って、あの唯?!」
いきなり懐かしい名前が飛び出し、驚いた。唯とは、カナダで会って以来だ。
「私が転校してすぐ、クラスの子にの事を聞いたら、唯と一時仲良かったって教えてくれたからさ。声かけたんだけど……」
「え、唯に?」
「うん。そしたらあいつ、嫌〜な顔して、"なら親戚の家に居候してるわよ"なんてツンツンするからさー。頭来てそれ以上聞くのやめたのよ。自分で調べようと思ってさ」
「そ、そうだったんだ……」
きっとカナダでの事を未だに根に持っているんだろう。
「でもの親戚って、そんなの知らなかったし、ほら。前に遠い親戚で凄い金持ちがいるって話したくらいじゃない?」
「そ、そう……だったっけ」
ギクッとして思わず顔が引きつった。そう言えばあの頃、凛子にあれこれ話してたような気がする。
出来れば、あのことだけは思い出さないで欲しい、と思った。
「そうだよー。えっと何だっけ……何か寺とか桜餅みたいな名前の……」
「ど……道明寺……?」
「ああ、そうそう!道明寺!確か、そこの息子が初恋だーなんて言ってたよねえ?まさか今その家にいるなんて言わないでしょー?」
「……………」
凛子の記憶力の良さに脱帽し、私はがっくり項垂れてしまった。
「あれ、どうしたの?」
「何でもない……。ちょっと懐かしすぎて眩暈が……」
「やーだ、大丈夫?」
「っていうか凛子……あんた、そんな性格だったっけ?」
「え?」
「前はもう少し大人しかったような……」
そう、凛子は私の前では普通に明るい子だったけど、ここまでぶっ飛んだ性格ではなかった。
それに学校や知らない人の前では非常に大人しい内弁慶タイプの子で、髪もずっとショートへアだった気がする。
なのに今は黙っていれば、エキゾチックな美少女。しゃべれば滋さんを更に男らしくしたような、そんなボーイッシュな感じになっていた。
凛子は自覚しているのか、「そうかもねー」と言って笑っている。
「中国行って変わったかも。あっちって何でもハッキリ伝えなくちゃ伝わらないし、人見知りなんかしてたら生きてけないからさ」
「あ〜。何か分かる気がするけど」
「それに変わったって言うならも変わったよー?あんなに長かった髪もボブになってるし。だから最初すぐには気づかなかったんだもん」
「あ、こ、これは……まあ、色々あって……」
そこであの嫌な事件を思い出し、顔が引きつった。
せっかく伸ばしてた髪を切り取られたのは、あの司のせいだ。
まあ、その司が一人で助けに来てくれたのは事実だし、あの時はホントに嬉しかったんだけど――――。
「で、どうなの?今ホントにその初恋の男の子の家にいるわけ?」
「え?!あ、い、いや……それが……更に色々あって……」
まさかそこに居候してた私が養女になってます、とは簡単に説明しにくい。
そこは笑ってごまかすと、凛子は不満そうな顔で徐に目を細めた。
「、さっきからそればっか。色々って何よ。聞くから話してよ」
「え、あ……今はちょっと。長ーい話になりそうだし」
そこで他の生徒や見学する人達がやって来て、私は慌てて時間を確認した。
「やだ、もうこんな時間!私、今日料理作らなくちゃいけないの」
「ああ、食事会ってやつ?それ見学するように言われてきたの。じゃあ終わったらお茶でもしない?」
「うん!そうだね。じゃあ後で」
「Hao!じゃ、頑張って」
凛子は笑顔で手を振ると、他の見学者たちがいる方へと歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、夢でも見ている気分になった。
思いがけない再会のおかげでテンションも上がり、さっきの沈んだ気持ちも吹っ飛んでしまった。
「……早く準備しなくちゃ」
気分を引き締め、料理の材料を出して、下ごしらえをしていく。
時間制限はないが、あまり時間をかけてはいられない。
「これでよし、と。あとは順番に調理してかないと……」
そうこうしているうちに先生も入って来て、本格的に全員が料理を作り始める。
私も練習した通りに、鍋に火をいれ、調理に取り掛かった。
自分と同じ顔が、幸せそうに微笑みながら、ゆっくりと振り向くのを、大和は黙って見ていた。
海斗、と小さな声でその名を呟くと、海斗もまた、大和、と呼んでくれた気がして、目の前の笑顔に手を伸ばそうとした。
その時、どこからともなく、ゴジラのテーマソングが流れて来て、大和は思わず「何でやねん」と呟いた。
『感動の再会ん時に、ゴジラはないやろ!』
と、思い切り突っ込んだつもりだったが、実際は「むにゃほにゃにゃぃ……」と意味不明な言葉を口の中で呟いただけだった。
「……ん?」
口を動かした事で、ふと目が覚め、ついでに耳元で鳴っているゴジラのテーマソングを認識した時。
大和は一気に覚醒して枕元にある携帯へと手を伸ばした。電話がかかってきた際、このメロディが鳴る人間は一人しかいない。
「……何やねん、朝っぱらから……」
『……ご挨拶ね。あいにく、こっちは夜なの』
「……せっかく、ええ夢見てたのに台無しやわ…ふあぁぁ……」
文句ついでに盛大な欠伸をした大和は、受話器越しに聞こえる楓の溜息を聞きながら、「んで?何の用やねん」と訊いた。
『今度のパーティ用のスーツとドレスが仕上がったの。届け先を変更して、あなたのところへ送ることにしたわ』
「はあ?何で?前日にホテルで試着や言うてたやん……」
『二着に増やしたから、どちらがいいか届いたらちゃんを呼んで二人で決めてもらおうかと思って』
「……あっそ」
『水曜の午後に届くよう指定するから、ちゃんと受け取ってちょうだい』
「はいはい……。話はそれだけ〜?」
何度か欠伸を咬み殺しながら、大和は寝返りを打った。
夕べ、を送って帰って来た後も、気持ちが高ぶってなかなか寝付かれなかったのだ。
『夕べはどうだったの?ご両親とちゃんで会うと言ってたわよね』
「おかげさんで楽しい時間やったで?うちのおかんものこと、めちゃ気に入っとったしなあ」
『そう。なら良かったわ。ちゃんも完全に決心着いたようね』
「さあな……。内心どっかでまだ迷ってるかもしれへんけどな」
『何弱気な事を言ってるの?迷わせないようにするのも、あなたの仕事でしょう』
「はいはい……そうですねえ」
『ホントに呑気ね。その様子だとまだ清い関係のままなのかしら。女には慣れてるはずのあなたが珍しいったら』
「……ほっとけ」
『とにかく、ちゃんの気持ちが変わらないよう、あなたなりに頑張る事ね』
「言われんでも。ほな、切るで」
そこで通話を終え、大和は携帯を再び枕元へと放り投げた。
「いちいち癇に障るおばはんやわ……ふぁぁぁ……」
欠伸をしながら時計をみれば、午前9時を過ぎたところ。
嫌いな相手からの電話で起こされることほど不愉快なものはない。
(婚約パーティか……)
大和は天井を仰ぐと、小さく息をついて目を瞑った。
表向きはそうでも、実際は道明寺、結城、大河原と三大企業の提携、そして最終的には合併を示唆する為のものだ。
パーティには世界各国のマスコミを招待しているのだから、大々的に報じられる事になる。
そうなれば必ず利益を求め、あらゆる企業が近づいてくるだろう。そしてそれこそが自然と事業を拡大していく事になるのだ。
三つのグループが一つになれば、今以上に他社など寄せ付けない、世界一の大企業となる。
『お前が継いだ時の為にも、今から少しでも会社を大きくしておきたい』
昨日、慶三に言われた事を思い出し、大和はゆっくりと目を開けた。
会社を継ぐことに、それほど拘っていたわけじゃない。しかし慶三のその一言で覚悟が決まった。
大企業のトップになれば、一癖も二癖もある人間たちと渡り合わなければならないのだ。悩んでる暇などない。
「やるしかないなぁ……」
初めはの事を一番に考え動いていたが、夕べ、慶三の本心を聞いた大和は、本気で跡継ぎとしての自覚を持ち始めた。
(俺の代でつぶすわけにはいかへんしな……。まあが傍で支えてくれたら、何でも頑張れそうやけど)
ふとの笑顔を思いだし、笑みが零れる。
「今頃……弁当作ってる頃やろか……」
料理をしているところを想像しながら、大和は再び、目を瞑った――――
「だ、大丈夫?……」
食事会の後、後片付けをしている私のところへ、凛子がやって来た。
どうやら、この教室に通う手続きをしてきたようで、それを言いに来たらしい。
でも私はそれに喜ぶ元気もないくらいに、打ちのめされていた。
「そんな落ち込まないの!たかが料理を酷評されたくらいで」
「た、たかがって言うけど……今回は結構自信あったんだもん。なのに先生ってば―――――」
「"不味い!硬い!緩い!"だっけ?」
「不味いは分かるけど……硬くて緩いって何よ。どっちだってのよ。あげく、この不味さじゃお嫁にもらってもらえないわよって……ひどくない?!うちのお父さんでもあそこまで言わなかったわ!」
どん!とテーブルを叩けば、周りの生徒がギョっとしたように振り返る。
そんな私を宥めるように、凛子が肩を叩いてきた。
「で、でもまあ、見た目?は褒められたんだし良しとすれば?あとは味だけでしょ」
「料理は味が一番でしょ!見た目がひどくても美味しかったら、まだ可能性あるじゃない。でも味が不味いなんて致命的だし……」
自分で言ってて落ち込んできた。花嫁修業が聞いて呆れる。
こんなんじゃ本当にお嫁になんかいけないかも、と変な不安が襲ってきた。
と言って今のとこ犠牲者(!)になるのは大和くらいなんだけど。
(そうよ。大和だって、最初は気を遣って食べてくれたとしても、これが毎日続けば"離婚やー"とか言いそう……)
先生からの酷評が思った以上にダメージが大きかったのか。
まだ言われてもいない事まで想像して落ち込んでいると、凛子が見かねたように背中をバシッと叩いてきた。
「元気出せって!今すぐ結婚するわけじゃあるまいしさー!」
「………っ(ギクッ)」
「あれ?何その顔……。まさか……結婚するから、ここ通ってるわけじゃないよね」
「い、いや……それもちょっと色々……」
「まーた、それ?じゃあその色々っての聞いてあげるから早く片付けなさいよ。近くでお茶しよ!」
「う、うん……そうだね」
凛子のおかげで少し持ち直した私は、急いで片づけ自分の分の弁当を袋にしまった。
こっちは自分で食べるようにと言われたのだ。
『不味くてもきちんと食べて、何がどう不味いのか知るのも大切よ』
先ほど先生に言われた事を思い出し、また少し落ちかけたけど、凛子に急かされるように教室を出た。
「―――って言うわけで今、そんな感じかな?」
「………………」
凛子に引っ張られるまま、表参道沿いのカフェに来た私は、今日までに起きた出来事を簡単に説明した。
最初は興味津々で聞いていた凛子も、さすがについていけなかったのか、綺麗な顔がハニワになっている。
「あ、あの……凛子?大丈夫?」
「……Me igu a nx i …」
「へ?ちょっと……中国語になってるよっ」
「え?あ、ごめん!ちょっとまだ切り替え上手く行かなくて……っていうか、こそ、大丈夫なわけ?!何、その状況!」
凛子はドンとテーブルを叩き、カップがガチャンと音を立てる。
でもオープンテラスにいたおかげで、周りの客の耳には届かなかったようだ。
「お、落ち着いてよ、凛子…」
「落ち着いてられるほど呑気な話じゃないでしょ?知らないうちに幼馴染がじゃなくて道明寺になってたのよ?」
「だ、だからそれは事情が……」
「道明寺って!そんな寺だか餅みたいな名前の家に養女に入って、あげく恩返しの為に好きでもないお笑い芸人と結婚?!」
「い、いや…大和は芸人じゃないし……それは司のつけたあだ名……」
「んなの、どっちでもいい!だいたいその司?って奴も何なの?のこと好きだとか言って、あっさり金持ちのお嬢ちゃんと婚約するなんてっ」
「え、そ、それも仕方ないっていうか……」
「仕方ない仕方ないって!、あんたの意志はどこにあるのよ?自分の人生、勝手に決められちゃっていいわけ?いくら助けてもらったからって、今のご時世に政略結婚て、ありえないっつーの!」
またしてもドン!とテーブルを叩きエキサイトしている凛子を見て、今度は私がハニワになりそうだった。
昔はこんなにハキハキ話す子じゃなかったのに、人は成長するんだなあ、なんて呑気なことまで考える。
でも凛子が私の為に怒っているのは確かで、それは素直に嬉しかった。
「で、今の話ひっくるめれば、来週末に私の幼馴染は道明寺家の生贄として、お笑い芸人と正式に婚約発表する、と。そういうこと?」
「……い、生贄って大げさな……」
「はあぁ…。何が悲しくて、17の若さで将来の相手、決めちゃうのよ。しかも愛してもいない男と」
「で、でも大和はいい奴だし、一緒にいれば男としても好きになれるかなーなんて――――」
「私の経験上、いい奴なんて恋愛対象にならないの!そもそもって今までどのくらい恋愛してきたわけ?」
「え、ど、どのくらいって言われても……」
改めて聞かれると恥ずかしい。
言葉に詰まっていると、凛子は呆れたように溜息をついた。
「今、ざっと聞いた話だと、初めて付き合った浮気男とは手を繋ぐだけのお子ちゃま的関係で、倒産が理由で別れ切り出したバカ男とはキスどまり。
その後に本気で好きになった美少年とはキス以上の関係になりそうなところで、前の彼女が忘れられないと振られて終了」
自分の恋愛の歴史をあっさり語られ、徐々に顔が赤くなっていく。
良く考えれば、私は今日まで恋愛経験と呼べるような濃い恋愛はしてこなかったのかもしれない。
「っていうか花沢類にはハッキリ好きだって言ったわけでもないし……振られたって感じじゃないんだけど……」
「でも相手はあんたの気持ちに気づいてるっぽかったんでしょ?なのに"ごめん"なんて言われたんだし似たようなものじゃない」
「そ、そうかもしれないけど……ハッキリ気づいてたかどうかまでは分からないし…」
凛子の口撃に私は古傷――それほど前じゃないけど――をえぐられたような気がした。
「で、親戚だっていう道明寺家の坊ちゃんと、突然現れた昔の婚約者のお笑い芸人からは強引に迫られたあげく、最後にはお笑い芸人を選んだって事ね」
「そ、そんなあっさり終わらせないでよ…。これでも凄く悩んだんだから」
「あのね、は恋愛に関して経験ないんだから悩んだって無駄なの。もっと深い付き合いしてから悩みなさいよ。じゃないと相手の本当の姿も分からないわよ?」
「ふ、深い付き合いって…そんなの簡単にできるわけないでしょっ?」
「何でよ。脳内で恋愛してたって何の経験にもならないわよ?時には体をぶつけあって―――――」
「か、体をぶつけあう?!な、何言ってんのよ、凛子!」
「……そういう意味じゃないってば」
あまりに焦る私に、凛子は呆れたように目を細めた。
「相手に体当たりするくらい熱くなれって言ってるの。私だって好きでもない相手とセックスするなんて冗談じゃないわ」
「な、なんだ……。もう…紛らわしいこと言わないでよ」
「そっちが勝手に勘違いしたんでしょ?」
「う……そ、そうだけど……。っていうか、だ、だいたい、そういう凛子はどうなの?好きな人いるの?」
「好きな人なんていないけど、ボーイフレンドはいっぱいいるよ?」
「な、何それ。凛子だって好きでもない男と付き合ってるんじゃない」
「だって付き合ってみないと好きになれるかどうかなんてわからないじゃない。私は今、全身で熱くなれるような男を探してるの」
「……そういうもんなの?」
「私はね。でもにそんな付き合い無理なんでしょ?脳内恋愛しかしてないんじゃ婚約したところで相手を傷つけるだけだし止めておいたら?」
「……そ、そんな簡単にはいかないし」
耳が痛い事ばかり言われて、少し落ち込んだ。
でも凛子の言う通りかもしれない。今までの私は、頭であれこれ考えすぎてるところがあったのは事実だ。
「あの永遠のヒーロー、ブルース・リーも言ってたじゃない」
「は…?(何でブルース・リー?)」
「"Don't think!FEE〜〜L!"ってさ!」
「………"考えるな、感じろ"……?」
「shu o de du i!(その通り)」
凛子は得意げに指を鳴らすと、「頭で考えるよりも、心が動くままに相手を見るの」とニッコリ微笑んだ。
その意味くらいは分かる。花沢類を好きだと自覚する前、私の心は頭で考えるよりも先に、自然と彼が好きだと反応していたから。
あの島での夜、司を傷つけてまで、花沢類の元へ行った事が、私にとって心のままにぶつかっていった初めての経験だった気がする。
でも今の私には、例え心が誰かに反応したとしても、自由に好きになれるはずもない。
「……凛子の親は何て言ってるの?好きにしろって?」
「うーん、今のとこはね。でもいい家の男と見合いしろ、とは言ってくることあるけど」
「やっぱり、そういうもんなんだぁ」
凛子の父親はアパレル会社の社長だ。
会社が日本で軌道に乗って来た頃、中国、台湾、韓国、香港などアジアマーケットに目をつけ、中国に本社を移したのだ。
今では百貨店をはじめ、高感度なファッション性の高いチャネルに向けて、主に「1ブランド1ショップ」で展開しているらしい。
「やっぱり中国の人とか?」
「うーん、中にはいたけどね。向こうは大富豪とか結構いるしね。まあ、それでも道明寺グループの足元にも及ばないけど」」
「そ、そうなんだ。でもじゃあ凛子も将来は国際結婚なんてしたりしてね」
「それもいいけど私はやっぱり日本の男がいいかなあ。向こうのボンボンって、あまり品が良くないのよねえ」
「……日本のボンボンも品は良くないと思うけど」
ふと司の顔が浮かび、そう言うと、凛子は楽しげに笑いだした。
「ああ、道明寺家の坊ちゃん?まあ、聞けば相当ぶっ飛んでるって話だけど、品格って野蛮とかそういったものとは関係ないから」
「へえ……何か凛子ってば大人」
「何よそれ。だって英徳でたくさんのイケメン坊ちゃん達に囲まれてるんでしょ?男、見る目も養えるじゃない」
「……私の周りのボンボンは……ちょっと特殊というか……普通のボンボンよりぶっ飛んでるというか……うまく説明できないけど」
「ふーん、何だか面白そう。今度紹介してよ。そのF4っての」
「……いいけど……ちょっと一人、女癖が悪〜い人がいるし凛子、口説かれるかもよ?」
「大丈夫。私、中身の軽ーい男は大嫌いだし」
「そっか。じゃあ西門さんは一番ダメかも」(失礼)
「西門?ああ、茶道の時期家元ね。まあ、家柄は渋くて好みなんだけどなあ」
「そ、そうなの?凛子、茶道なんて興味あるんだ」
「だって長い間、伝統芸道を守ってきたわけでしょ?そういう歴史を受け継ぐ男って芯の強い男っぽいじゃない?」
「………………」
そう言われて頭の中に、あのフェロモン全開男の甘い顔が浮かんだけど、すぐに打ち消した。
そもそも西門さんは確かにカッコいいけど、凛子の言う芯の強い男、には全く見えない。
(そうよ、毎晩のように女をとっかえひっかえしながら、めくるめく大人の世界に君臨している人だもの!)(酷)
なんて変な想像をしていると、突然携帯が鳴りだした。
「あ、ごめん。ちょっと電話」
「あ、うん」
凛子は携帯を持って席を立つと、目の前の歩道まで歩いて行った。
「……ロ畏?」
中国語で出たという事は、向こうの友達なんだろう。
私は凛子の後ろ姿を見ながら、小さく息をついた。
昔よりも随分と大人になった凛子を見て、羨ましいとさえ思う。
小学校の時、大人しいという理由でいじめられてた凛子はもういないみたいだ。
多感期に中国という知らない国へ行って、いろいろ苦労したのかもしれないな、とふと思った。
(でもホント綺麗になったなあ、凛子ってば。昔は可愛らしいって感じだったのに、今は黙ってるとアジアンビューティって感じだし)
長い黒髪をかき上げながら電話をしている凛子は、女の目から見てもカッコいい。
元々細かったけど、今は出るとこ出ていてスタイルもいいし、きっとその辺のモデルにだって負けないだろう。
さっきからカフェにいる男の客がチラチラ凛子に視線を送っているけど、その気持ちも分かる気がした。
「はあ…何か置いてけぼりくらった気分だなあ」
思いがけない幼馴染の成長を間近で見て、少しだけ羨ましくなる。
私はこの1年間で、何か変わったんだろうか、と考えてみても、自分では良く分からない。
(まあ……悪い意味で周りの影響受けまくって、前よりは強くなったけど)
そんな事を考えて空しくなっていると、冷たい風が吹きつけてきて思わず首をすぼめた。
さっきよりも風が出て来たのを見て、今日は夜から冷え込むと予報で言っていたことを思い出す。
「身も心も寒いかも……」
なんてバカな事を呟いた時――――。
「―――お嬢さん、お茶しない?」
「………(ナンパ?)」
不意に背後から声をかけられた。
やっぱり凛子目当てで声をかけて来たか、と私は振り向きもせず、「しません」と一言。
でもすぐに、どこかで聞いた声だと気づき、徐に振り返った。
「よ」
「は、花沢類?!」
そこには花沢類が笑顔で立っていて、私は本気で驚いた。
「びっくりした……幻?」
「んなわけないじゃん。ってかビックリしたのはこっち。通りかかったらオープンカフェで寂しく独り言呟いてる女の子がいんだもん」
「………悪かったわね、寂しそうで」
「ってか、ここ、いい?」
と言ってから、花沢類はテーブルの上にあるカップに気づき、「もしかして誰かと一緒?」と言った。
「あ、あのね。私の幼馴染で――――」
と、言いかけた時、「、ごめーん!」と凛子が戻ってきた。
「友達に呼ばれたから行かなくちゃ……って、誰?この美少年」
「………びしょうねん?」
花沢類も、凛子の存在に驚いたのか、キョトンとした顔で私を見た。
「あ、あのね、この子は私の幼馴染で、一条凛子っていうの。で、凛子、この人は――――」
「あ!分かった!彼でしょ、キス以上した美少―――――んぐっ」
「り、凛子!あんた、友達に呼ばれたんでしょ?!だったら、さっさと行けば?!ね!ほらほら!急いで行かないと!」
間一髪、凛子の口を手で塞ぎ、ずいずいとカフェから追い出す。
そして歩道に出た時、その手を離せば、凛子が顔を真っ赤にして「何すんのよー」と口を尖らせた。
「呼吸困難で死ぬかと思ったじゃんっ」
「ご、ごめん!でも凛子が変なこと言いそうだったから――――」
「何でぇ?当たってたじゃない。あの人でしょ?が初めて本気で好きになった美少年て。すぐ分かった」
「な、なな何で?」
「だって、癒し系のほんわかした美少年って言ってたじゃない。彼、そのまんまなんだもん。ま、ほんわかってよりはボーっとしてるって方がしっくりくるけど」
さすが、成長した凛子は洞察力もハンパない。
「あ、あははは……そ、そっか、そうだね」
「って、何?偶然会ったの?」
「ま、まあ」
「ならチャンスじゃない!お望み通り私は消えてあげるから、二人でお茶してけば?」
「えっ?な、何でよ。そんなの望んでないし!私も一緒に途中まで行くってば」
「バカね〜!惚れた男と二人きりになれるのよ?お笑い芸人と婚約する前に思い出づくりでもしなさいよ」
「……あ、あのね。思い出づくりって…。それに私はもうとっくに吹っ切ってるの。今更そんな事ないから」
「ふぅ〜ん。でも彼……そっかぁ。なるほどねえ……」
「な、何よ……その顔」
凛子はニヤニヤしながら、花沢類と私を交互に見ている。
その意味深な目つきに、顔を顰めると、凛子は私の耳元に口を寄せた。
「で、どうだったの?……」
「……は?」
「彼、見た感じ草食系だけど、キス上手かった?あ、それよりキス以上って具体的にどこまでなわけ?」
「も、もう、凛子!!いい加減に――――」
「はいはーい。私は消えるわよ。じゃあ、また今度、料理教室でね〜!」
凛子はすぐに私から離れると、手を振りながら駅の方へと走って行った。
まるで台風のようだ、と唖然としながら、仕方なくカフェへと戻ると、花沢類が凛子の座っていた席へ、すでに座って待っていた。
「友達、帰ったの?」
「え?あ、う、うん、まあ……。えっと……ごめんね、騒々しくて」
「いや、ちょっと驚いたけど……」
花沢類は苦笑しながら、運ばれてきた紅茶を飲んでいる。
その様子から見て、さっき凛子が言いかけた言葉は聞き取れていなかったらしい。
私はホッと安堵の息を漏らしながら、椅子へと座った。
「どうしたの?何か疲れてるけど」
「そ、そう?凄く久しぶりに再会したから、おしゃべり弾んじゃって……」
「そっか。でもにあんな幼馴染がいたとはね。知らなかった」
「あ、うん……この間まで中国に住んでたんだけど、最近帰国したんだって」
「へえ。じゃあ懐かしかったんじゃない?」
花沢類は相槌を打ちながら、優しい目で私を見ている。
何となく照れくさくて、紅茶を飲むふりをして視線を反らした。
「そ、それより花沢類はどうしたの?珍しいじゃない、こんな時間に一人で出歩くなんて」
「ンー。散歩。時々ブラブラ街を歩きたくなるんだ」
「へえ……でも風も強いし肌寒いのに」
「寒いの好きだから」
「ああ……前にカナダでも言ってたよね」
あの時も、「寒いのが好き」だという花沢類に、変なの、と言った覚えがある。
今もまた同じことを思いながら、あの雪の日の夜を思い出して懐かしくなった。
あの時は花沢類のことが好きだと自覚したばかりで、隣にいるだけでドキドキしていた。
「そう言えば、今日は食事会だって言ってたっけ」
「え?あ、う、うん。さっき終わったとこ。そこで凛子とも偶然会って……」
「そっか。で、上手く行った?花見弁当」
「…………」
「ああ、その顔は……失敗したとか」
「わ、笑わないでよ」
小さく噴き出す花沢類に抗議をしながら、ふと、初めて二人でデートをした時の事を思い出した。
あの時、こんな風に自然と話せてたら良かったのに、なんて今更だけど。
「ん?何?」
「え?あ、な、何でもない」
知らないうちにじっと見入っていたらしい。花沢類がふと私を見るから、慌てて首を振った。
(不思議……こんな風に話せる日が来るなんて、あの頃は思いもしなかった)
私が変わったのか、それとも彼が変わったのかは分からないけど。
でも今のこの時間も、幸せだと感じてる私がいる。
「……そ、そう言えば……昨日はその…ごめんね」
「昨日……?」
私の言葉に、花沢類はキョトンとした顔で首を傾げた。
「えっと……プリン、ぶつけちゃったし……」
「……ああ、あれ」
思い出したのか、花沢類は小さく噴き出している。
「別に。そんなに痛くなかったし」
「で、でも……ごめんね」
「いいって。怒ってないよ。俺もからかいすぎちゃったし」
「……………」
そこで、何故あんな事になってしまったのかを思い出し、ドキっとした。
またあの会話にならないよう、何か別の話題を振ろうか考えていると、花沢類は苦笑しながら頬杖をついた。
「でも俺、女の子にあんな事されたの初めて」
「……え?あ……そ、そりゃそうよね。天下のF4、花沢類にプリンぶつける女の子なんて……」
いたら私が驚く。
「ご、ごめん」
「別に責めてるわけじゃないし。何か……新鮮だったから」
「……し、新鮮」
「そ。やっぱって面白い子だなあってシミジミ思ったっていうか」
「……それって……褒めてないよね」
「え、そお?」
「そうだよ。面白いって言われて喜ぶのは大和くらいでしょ」
「ああ……」
花沢類はしばし考え込むように天井を仰ぎながら、不意に「そう言えば」と私に視線を戻した。
「昨日、あいつの車で帰ったって?」
「……えっ?(何でバレてる)」
「わざわざ俺に教えに来てくれた女がいてさ」
「……そ、そう……(誰よ、余計なことしたの!)」
「俺、二人きりになるなって言ったよね。何度も」
「う……だ、だけど昨日はほら…大和のご両親が私に挨拶したいって言うから……」
大和の名前なんか出さなければ良かった、と後悔しながら言い訳すれば、花沢類は軽く息を吐いて椅子へもたれ掛かった。
「じゃあ危ない事は何もなかったって事だ」
「え?あ…うん。大和はそんな人じゃないし……」
まあ、昨日は少しだけ抱きしめられたけど。と思いながら、笑って誤魔化しておく。
花沢類もそれ以上、大和の事を聞いてくることはなかった。
「ところで、西門さん達はまだ戻らないの?」
「あーうん。夕べ電話があったみたいなんだけど俺、寝てたから」
「……そ、そう」
(それって何か報告あるから電話したんじゃ…)
そう思いながら、緊急事態の時は絶対に花沢類に電話するのはやめよう、と心に誓う(!)
「はあ……何か温泉とか行きてーなー」
「は?」
突然、そんな事を言いだした花沢類は、笑いながら肩を竦めた。
「何か時々無償に行きたくなるんだよね」
「…っていうか、花沢類のイメージじゃないよ」
「好きなんだよ、温泉」
「私も好きだけど……ずっと行ってないなあ。前はお父さんたちと一緒に――――」
と言いかけた時。
「司〜!ここ!この席、空いてるよ〜!」
「――――――っ!」
背後から良く知ってる、というか今は聞きたくなかった声が聞こえて来て、一瞬飲みかけた紅茶のカップを落としそうになった。
目の前の花沢類も、目を丸くして私の後ろを見ている。そこで、「あれ?!?」と名前を呼ばれ、恐る恐る振り向いた。
「やーん!偶然!」
「し…滋さん……」
と言った瞬間、その隣に唖然とした顔で立っている大男に目が行く。
「よ、司」
「……類……」
司は驚いた顔で私と花沢類を交互に見ている。
私はまともに司を見れなくて、そのまま帰ろうかとバッグを持った。
でもそこで空気を読まないのが滋さんだ。
「ねね、こっち座ってい?いいよね〜」
「え、あ、あの――――」
「いいよ」
「………っ!(って、何でそこでOKだすかな!花沢類!)」
KYが二人もいるという奇跡に近いこの状況の中、私は心の底から溜息をついた。
「じゃあ隣同士に座れば?はこっちね!」
「え、ちょ、ちょっと!」
滋さんに腕を引っ張られ、無理やり花沢類の隣に座らされる。
滋さんは当然司と並んで座り、ふと私達を見て笑顔になった。
「もしかして二人もデート?この前も一緒だったよね」
「え?あ、ち、違うの。彼とはさっき偶然会って――――」
「彼、花沢さんだっけー。の彼氏?」
「だ、だから違うって――――(人の話を聞け)」
「違うけど」
そこはきちんと否定してくれた花沢類に、とりあえず安堵の息を漏らす。
でもそこで顔を上げると、恐ろしいほど怖い顔をした司と目が合い、ドキっとした。
(……って、何でそんなに怖い顔してるわけ?)
慌てて視線を反らすと、向かいに座った滋さんに、「そっちはデート?」と聞いてみた。
「そーなのー。ね?司」
「……………」
「そーなんだー。いいねえ、若い人たちはー。ね?花沢類」
「……………」
この空気に耐えられず、そんな意味不明な事を口にしながら、私はこの場をどう切り抜けようか考えていた。
「やだーこうやって座るとWデートみたーい」
「…………ッッッッ」
「ほおーんとねー」
「……司、血管キレそうだよ」
人が誤魔化してるというのに、隣にいる花沢類はそんな事をポツリと呟く。
確かにさっきから司の額がピクピクしてるのは気配で分かってた。
でも何でそんな顔をしているのかすら分からないから、触れたくなかったというのに。(花沢類のバカ)
「司ってば、何でそんな顔してるの?」
「うるせえっ!」
「やーね、この人ってば照れてんの」
「い、いいじゃない。若さってそういうものよ」
って、私はどこのおばさんなの?!と自分で突っ込みたくなった。
だけど、ここまで来ると引き返せない。
滋さんはそんな空気を知ってか知らずか、不意に私の方へ身を乗り出すと、
「さっきもねー。"寒い・眠い・帰る"の1点張りだからさー」
「うんうん」
「ホテル入ろうとしたら司ってばすごい勢いで逃げるのよ〜」
「ホッ……(ホテル?!)」
その大胆発言に唖然としていると、花沢類も「ホテル?」と、驚いたようにつぶやいた。(何故そこに反応する、花沢類)
(っていうか、やること早いわ、滋さんてば…っ)
動揺を落ち着かせようと紅茶を飲みながら、変な感心をしていると、更にとんでもないことを言いだした。
「昨日キスしてもらったから、もういいかなーって思ったのに――――」
「サッサル!てめえ、ペラペラしゃべんじゃねーよっ!!」
そこで司が顔を真っ赤にして怒鳴りだし、私は顔が引きつっていくのが分かった。
「いいじゃない。女の子がここまで言ってるんだし、ホテル行ってあげればいいのに」
「…………ッ」
ついそんな事を口走った私を、司はムッとしたように睨んだ。でもすぐに視線を反らすと、黙ったまま、コーヒーを口に運ぶ。
それにはホっとしたけど、滋さんはそんな空気にも気づかず、嬉しそうな笑顔を見せた。
「そーよねー!やっぱもそう思うよね?!」
「う、うん」
「あ、そうだ!ねえ、車でちょっと郊外出たとこに、うちの別荘があるんだけど、明日休みだし4人で一緒にこれから行かない?!」
「は?」
突然の滋さんの提案に、私は思い切り固まった。
っていうか、この4人で出かけるとかありえなさすぎる。
「ふ、二人でどうぞー?邪魔しちゃ悪いもん。ね?花沢類」
慌ててそう言いながら花沢類の服を引っ張る。それは話を合わせて、という意味だった。
なのに……やはりKY男には通じるはずもなく―――――。
「温泉ついてる?」
「ついてるよ〜露天風呂!」
「じゃ、行く」
「――――――ッ!!(は、花沢類―――!!)」
「やったぁ〜!決まり!じゃあ、うちの車、外に待たせてあるから、行こう!」
「お、おいサル!待て、おい!」
滋さんは飛び跳ねんばかりに喜びながら、嫌がる司を引っ張りながらサッサと歩いて行く。
そういう私も花沢類に引っ張られ、無理やり車へと押し込められた。
(何で?何でこうなるの?)
勘弁して、と思いながら、溜息しか出ない私を、無言のままでずっと睨み続ける司。
「今日ねー。可愛い下着つけてんのー!良かった〜!」
空気を全く読む気などなく、はしゃぎ続ける滋さん。
「〜〜♪〜〜♪」
露天風呂がそんっなに嬉しいのか、花沢類!
(はあ…キスに引き続き、とうとう生でロマンポルノを見る日が来たか…。って、すでに高速だし…!)
もう、どうにでもして、と項垂れる私……。
4人4様。
それぞれの思いを乗せて、車は夜の高速を飛ばして行った―――――。

続けて更新ですが、一部は残り1〜5話くらいで終了となりそうです。
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