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自分の意志とは裏腹に、何故かこんなところまで来てしまった――――。



「ほらあーもっと食べて飲んでっ!」

「………………」

「………………」

「………………」

「どーしたの?三人とも!あんまし盛り上がってないわよー!」

「………(盛り上がれるわけないでしょ!このメンバーで!)」

と心で突っ込みながら、一人元気な滋さんの姿に顔が引きつる。
彼女は私達にお酒を注いで回りながら、楽しそうにはしゃいでいるけど、司も花沢類も元々おしゃべりな方じゃない。
さっきから黙々と飲んで食べるだけで会話がほとんどない状態だった。

(このしらけきった空気……こんな時、西門さんと美作さんコンビがいてくれたら盛り上げてくれるんだけどな)

普段はあのパーティ好きなところが時々うるさかったりするけど、こういう場で二人は何気に頼りになる。
大阪に行っていなければ電話で呼び出したいくらいだった。

「ほらー、花沢さんにお酌、お酌!」
「……え?あ……」

ボーっとしていると、滋さんに呼ばれてハッとした。
慌てて徳利を持つと、空になっていた花沢類のお猪口にお酒を注いでいく。

「は、はい、どーぞ」
「お、サンキュ」

花沢類は日本酒もいける口らしく、美味しそうに注がれたお酒を飲んでいる。
私もこの場の緊張をほぐそうと、慣れない日本酒を口に運べば、花沢類がお酌をしてくれた。

(何か…変な感じ。この組み合わせもそうだけど……。あの花沢類と、いつの間にか自然に接する事が出来てる)

昨日、大和に、もう吹っ切れたのかと聞かれた時も、前のような痛みは感じなかった。
大和に言ったように色々ありすぎて悲しんでる暇すらなかった事が、返って良かったのかもしれない。
それに、こんな関係になれた事の方が嬉しかった。気まずくなるより、よっぽどいい。

「これ、何?」
「え?」

お酒を飲みながらボーっとしていると、花沢類が私の荷物を指さして聞いてきた。
バッグの横に置いてある紙袋。その中には例の花見弁当が入っている。

「あ、これは…その……」

あまり、この話題には触れたくない。
そんな私の心情にも気づかず、花沢類は紙袋の中から中身を取り出した。

「これ、もしかして例のお弁当?」
「ちょ、ちょっと!勝手に出さないでよ……っ」

私が慌てて取り返そうと手を伸ばした時、滋さんが「えー何、何?」とこっちへ歩いてくる。

「な、何でもないの!は、花沢類、返してよ」
「え、何で?どんなの作ったか見たいし」
「な、なら後で写メで送るから!」
「今ここにあるのに、わざわざメールで送るなんて変じゃん」

花沢類は笑いながら言うと、勝手に重箱の包みをほどいて行く。

「あ、ちょっと――――」

私が抗議をしようとした時には、すでに蓋を開けてしまっていた。

「うわ、綺麗!これ、が作ったの?」
「う……まあ……」
「すげ。何で隠そうとしたわけ?よく出来てんじゃん!」

滋さんと花沢類は、弁当を見ながら感心している。
確かに見た目は先生にも褒められた。でも……

「ほら、司!見てー。凄い綺麗なお弁当!」
「ああ……。お前が作ったのかよ」
「え?あ、うん……料理教室で」
「へえ。豪華で美味そうじゃん」

不意に司に話しかけられ、ドキッとしたけど、普通に会話が出来てホッとした。
でもその間に、花沢類は弁当のおかずへ箸を伸ばしながら、

「これ、食べていい?美味しそうだし」
「えっ?!あ、ダ、ダメ!」
「だって二つ作って、あとの一つは自分用って言ってたじゃん。ちゃんとの分は残しておくから」
「そ、そういう問題じゃなくて――――」

と叫んでみたものの、時すでに遅し。
花沢類は卵焼きをパクっと口に入れてしまった後だった。それを見た滋さんも笑顔で箸を持つと、

「私も食べたーい!」
「え、ちょ、滋さん、ダメだってば!」
「いーじゃん!この茶巾寿司、可愛いし、司ももらいなよ」

滋さんは人の話も聞かず、司にまでお皿へ取り分けてしまった。
みんながそれを口にするところを見ていた私は一気に顔が青くなっていく。

「ん……?」
「………っ?」
「……………」

食べた瞬間、三人それぞれ、微妙な顔で首を傾げているのを見て、私はがっくり項垂れた。

……この卵焼き、やわやわ……」
「う、うん……この茶巾寿司も……硬い、かな?」
「……だから言ったのに……」

先生から散々酷評された弁当なのだから不味くて当然だ。
花沢類と滋さんは微妙な顔で箸を置くのを見て、私はすぐに弁当を奪い返すと、元通りに包んでいく。
でもふと、もう一人、食べていた人物が何も言っていない事に気づいた。
ハッと振り返れば、司は取り分けられた茶巾寿司と卵焼きを黙々と口に運んでいた。

「つ、司?無理して食べなくても……」

絶対、最初に文句を言うかと思ったのに、司は何も言わず全部それを平らげてしまった。

「……まあ…いいんじゃね?見た目は綺麗だし」
「え……?」
「……前に食べたババロアの方が美味かったけどな」
「………司…」

まさか司がそんな事を言ってくれるとは思わなくて、何故か泣きそうになった。
前にカナダで作ったババロアだって、決して美味しいわけじゃなかったのに。

「そ、そうだよ、!見た目はプロ級なんだし、もっと練習すれば完璧になるってば」
「う、うん」

滋さんはハッとしたように笑顔を見せてフォローをしてくれたけど、それは先生にも言われた事だ。
やっぱり美味しくなくちゃ、料理なんて意味がない。
なのに花沢類も、「やわらかいけど卵焼きの味は美味しかったよ」と言ってくれた。

「あ、ありがと……」
「何かトロトロのオムライスの卵みたいで」
「わ、悪かったわね……」

最後はちゃんと落としてきた花沢類にムッとしたけど、でも少しはやる気も出て来た。それに……

(司がああ言ってくれなかったら、私、立ち直れなかったかも……)

頑張った時ほど、成果が出なければ自信を失うから、本音を言えば料理は諦めようかとさえ思っていた。
でも、今はまた、頑張ろうという気力が出てきた気がする。

「はい、も飲んで飲んで!料理なんて私も最初は散々だったんだから」
「滋さんも?」
「うん。でも習いに行って少しづつ上達してきたから、だって大丈夫だよ。あ、ほら。花沢さんに味見してもらいながら練習すれば?」
「え、俺?」
「そうよー。誰かの為に作る事で女の子って、そういうの頑張れちゃうから。ね?
「う、まあ……」
「ふーん。じゃあ、今度俺に何か作ってよ」
「え?あ……い、いいけど……」
「俺、お好み焼きがいいなあ」

花沢類はそんな事を言いながら、私にニッコリ微笑んだ。
花沢類とお好み焼きと言えば、大阪での食べ歩きを思い出す。
お好み焼きなんて食べないだろうと思っていた花沢類が、「美味しい」と感動して、最後にはたこ焼きの店を二人で梯子するはめになったのだ。
あの日が随分と昔に思えて、懐かしくなった。

「あ、あれくらいなら……何とか」
「ほんと?楽しみ」

花沢類は嬉しそうに言いながら、鼻歌なんて歌っている。
滋さんはそんな私達を見ながら、ニッコリ微笑むと、

「でも、ほーんと二人、お似合いね〜」
「えっ?」

「…………ッッッ」

いきなり言われた一言にドキっとした瞬間、今まで黙っていた司が突然、徳利を掴み、それごと酒を飲み干してしまった。

「司〜!そんな飲み方したらダメだよ〜!」
「……………」

滋さんが呆れたように注意をしているけど、何故か司は真っ直ぐ私を見ている。……いや、睨んでいるといった方が正しい。
正面にいるだけに私も目を反らせず、蛇に睨まれた蛙状態になってしまった。

(っていうか、何なの?司ってば…っ!何でこんな睨むわけ?!さっきまで普通にしてくれてたのに……)

あまりにジーっと見てくるせいで変な汗が出てきた私は、隣で呑気にお酒を飲んでいる花沢類の腕を、肘で軽く突いた。

「は、花沢類、何か話して盛り上げてよ…」
「へ?」
「へ?じゃなくて……何でもいいから……この雰囲気なんとかして」

小声で哀願すると、花沢類はキョトンとした顔で私を見ながら、「……あのさ」と口を開いた。

「俺、風呂入ってきていい?」
「…………っ!」

大和じゃないけど思い切りずっこけた。
別に凄く期待してたわけじゃない。(だってあの花沢類だし)
だけど今くらいは空気を読んでほしかった、と一人項垂れる。

「いーよ。男湯は出て、廊下の右だから」
「分かった。んじゃお先〜♪」

「………!(は、花沢類!三人にするかっ)」

更に空気を読まない滋さんがアッサリ了承すれば、花沢類は鼻歌まじりで部屋を出て行ってしまう。
その時滋さんが、「も一緒に入ってきたら?」と、とんでもない事を言いだした。

「は、入るわけないでしょっ」
「何で?だってあの人でしょ?一緒にいるとボーっと出来る人って。の好きな人!」
「………っ」
「そーでしょ。当たり?!」
「や……あの…」

予期せぬ話の流れに動揺しながら、言葉を詰まらせた。
司の前で、この話はタブーだったから、どんなリアクションをすればいいのか分からない。
でもその時、司はふっと笑みを見せて私を見ると、

「そーだよな。ベタ惚れだったもんな」

「…………っ」

そう言って、司は静かに酒を飲んでいる。私は何も返す言葉がなくて、ただ放心していた。

「やっぱりー!そうだと思ったんだ♪――――あ、司、私達もお風呂行こうよっ」
「あ?やだね」
「何でぇ?ケチ!」
「ケチじゃねえ!ってか、いちいちくっつくなっ」

司は無邪気に話しかけてくる滋さんに怒鳴りながらも、淡々とお酒を飲んでいる。
その表情からは何を考えているのかすらも読み取れない。

「いーもん。じゃあと入ってくるから。行こ、
「え?あ、うん……」

司と行くのを諦めたのか、滋さんは私の腕を引っ張った。
そんな気分でもなかったけど、この場に司と二人きりになるのも気まずくて、私は滋さんに引かれるまま、その部屋を出て風呂場へと向かった。

(やだ……何で放心してるの?私ってば……。でも…司があんな風に言うなんて思いもしなかった)

ふとそんな事を考え、バカだなと自分で呆れる。
ただ、最近の司の行動が理解出来なくて、つい、あれこれ考えてしまうのがクセになっていた。


「はーあったかーい。幸せ〜」

滋さんはお湯に浸かると、両腕を伸ばして気持ちよさそうに目を瞑った。
私も肩まで浸かりながら、ふと夜空を見上げれば、綺麗な星や満月が辺りを明るく照らしてくれている。
この辺は空気も綺麗で東京みたいに空が濁る事もない。
ただ避暑に来るには時期少し早いせいか、夜になると肌寒く、温泉がちょうどいい湯加減に感じた。

、どうしたの?元気なーい」
「え?そ、そんなことないよ。それより…滋さんちも凄いのね。温泉付きの別荘があるなんて」
「そーお?でもここ凄く古いんだよ。明治からあるからね」
「め、明治?凄い」
「天井なんて抜けそうで怖いよ。新しく建て替えしようって言ってたんだけど、そのうち重要文化財になるっていうからさ」
「そ、そう。それも凄いね。私は好きだよ?歴史のある建物」
「そ?なら良かった」

滋さんはニッコリ微笑んで、私と一緒に夜空を見上げる。
その横顔を見ていると、あの朝、泣きながら喜んでいた姿を思い出した。

「滋さん」
「え?」
「良かったね。司のこと……」
、そう思ってくれる?」
「うん、もちろん」
「ありがとっ」

滋さんは私のそんな一言で凄く嬉しそうな顔をする。

「体、洗おっと。は?」
「もう少し入ってる」
「そ?じゃお先に」

こんなにも明るく笑いかけてくれる。
でも、私は最悪なほどに、嘘つきだ――――。だって、どこかで、傷ついてる。
二人のキスを見てから、どこか体に傷が出来てる。

良かったね――――。

今、口にした自分のその一言で、初めて気が付いた。
何故、顔を合わせたくなかったのか。何故、大和の時のようにふるまえないのか。

"――――お前が誰を好きだろうと俺は諦めねえ"

司の真っ直ぐな気持ちが重くて、自分でも司の事をどう思っているのか分からな過ぎて。
色々な理由を言い訳にしながら曖昧にしてきたのは私なのに。何で今更、こんなに傷ついてるの――――?

(死ぬほど………勝手な女だ……。ホント、最低だよ……)

顔までお湯に浸かりながら、強く目を瞑る。今の自分を全て洗い流したい気分だ。
一気にお湯へ潜ると、頭の奥がジンジンと疼いた。全身がやけに熱い。

「……っ?そんなに入ってたらのぼせる……」

かすかに滋さんのそんな声が聞こえた。
でも応えようとした時、私は全身の熱に飲み込まれたかのように意識が遠くなっていくのを感じた――――。










「チッ、酒がねえ」

一人部屋に残って酒を飲んでいた司は、空になった徳利を見て溜息をついた。
と言って、いくら飲んでも全く酔えない。むしろ頭がさえていく一方だった。

「ったく。何してんだか……」

その場に寝転がり、ボーっと天井を眺める。
こうして一人になると、つい考えてしまうのはの事ばかりだ。
最近、よくと類が一緒にいるのは司も気づいている。
そんな事でさえ気になって仕方がない。
学校にいる時ならまだしも、こんな休みの日に二人で会っていたのを見た時は、心底驚いた。

(やっぱ、あの二人……)

ふと嫌な記憶がよみがえり、司は軽く目を瞑った。その時―――廊下の方からバタバタとうるさい足音が響いてきた。

「…かっ!誰か来て!が……っ!!」

「――――っ?」

滋のその慌てた様子にドキっとして、司は一気に飛び起きた。
同時に、シャンプーの泡を頭に乗せ、浴衣を羽織っただけの状態で、滋が部屋に飛び込んでくる。

「あ、司!が風呂で倒れて――――」

「…っ風呂、どこだ?!」

「ろ、廊下…右のつきあたり――――」

それを聞いた瞬間、司は滋を押しのけ、部屋を飛び出した。
司のその様子に動揺しながら、滋もその後を追いかけようと廊下に出ると、目の前には司が唖然とした顔で立ち尽くしていた。




「司……?」

滋がそう声をかけても司は振り向くことなく、ただ、目の前の光景を黙って見つめている。
その視線の先には、意識のないを抱く、花沢類の姿があった。

「平気みたいだよ。水も飲んでねーし」
「…………」

類が少し驚いたような顔で言うと、司はゆっくりと踵を翻し、滋へ声をかけた。

「滋。寝室、案内してやれよ」
「う、うん……」

そう頷きながら、滋は廊下を歩いて行く司を黙って見ていた。

「どこ?寝室」
「え?あ……こ、こっち」

動こうとしない滋にしびれを切らした類が訊けば、滋はハッとしたように振り向き、用意した寝室へと案内をする。

、大丈夫かな……」
は元々貧血持ちだけど、のぼせただけなら大丈夫だよ。さっきお酒を結構飲んでたから酔いが回ったのかもしれないし」
「そ、そっか……。やだ、そんな時に私、お風呂に誘っちゃって……」

少し動揺しながら滋が咲きそうな声で言う。湯船に沈んでいくを見て、本当に驚いたのだ。
類はを抱え直しながらも、ふと滋を見ると、

「少し休めばすぐ元気になるよ」
「……う、うん……。あ、ここなの」

部屋につくと、滋は布団を用意させておいた寝室へ類を通した。
類はを寝かせると肩まで布団をかけてから、「氷水、用意してもらってもいい?」と滋へ言った。

「あ、うん。今持ってくる――――」
「ああ、それは誰かに頼んでくれていいから。君も早く着替えた方がいいよ」
「え?あ、」

類に言われ、自分の格好を見下ろしていると、素っ裸に浴衣一枚を羽織っただけだという事に気づいた。
帯も当然しておらず、前が全開になっている。

「や、やだ。私ってば……」

慌てて前を隠すと、滋は苦笑しながら、「今、氷水、持ってくるよう言ってくるね」と部屋を飛び出す。
とりあえずは類に任せておけば大丈夫だろう。
滋はすぐに使用人の一人をつかまえ、氷水とタオルをの部屋へ持っていくよう頼んでおくと、一度風呂場に戻って全身の泡を洗い流した。
そして今度はきちんと浴衣を帯で締めると、司の待つ部屋へと戻る。

(司……凄く動揺してた……)

先ほどの光景を思い出すだけで、胸の奥がズキズキと痛んだ。

『――――っ風呂、どこだ?!』

滋の存在など目にも入っていないような司の慌てぶりに、少なくともショックを受けていた。

(司はまだのこと……?)

ふとそんな思いがよぎり、思い切り頭を振る。
そして軽く深呼吸してから、部屋へと入れば、司は椅子に座り、ぼんやりと外を眺めているのが見えた。

「司……?」

そう呼んでも振り向かず、滋はもう一度、「司…」と呼んでみる。でも司は返事もしない。

「…っ司ってば!」
「……んだよ。うるせえな」

やっと振り向いたかと思えば、司は冷めた視線を滋に向ける。
その無表情ともいえる眼差しは、滋の胸を更に痛くさせた。

、のぼせたみたい。花沢くんに任せてきたから大丈夫だと思うよ」
「……………」
「あ、そうだ。マ、ママがね!大学に入ったら道明寺家に住んで4年間、花嫁修業しなさいって」
「…………」
「4年、二人が待てなければ在学中に結婚してもいいって」

滋は司を後ろから抱きしめながら、何とか言葉を紡いだ。
司を抱きしめる腕に少し力を込めて、祈るように返事を待つ。
それでも司は何も応えず、滋の手をゆっくりとほどいて行った。

「司――――」

「お前、それでいいのか?」

静かに立ち上がり、滋へと向き直った司は、真剣な顔で問いかけてくる。

「親の敷いたレールの上、歩いて満足かよ」
「…………」
「もちろん俺もお前を責めらんねえ。将来も決まってるし学校もエスカレーターだしよ」
「好きな人は……自分で決めたいってこと?だって私に決めてくれたんだよね」

声を震わせながら、何とか言葉を絞り出しても、司は僅かに目を伏せるだけだった。

「何で今更そんなこと言うの?!」
「…………」
「…こっち見て!!」

視線を反らしたままの司を見て叫ぶと、滋は覚悟を決めたように帯を解いて浴衣を脱ぐと、自ら肌を晒していった――――。











「……ん、きもちわる……」

少しづつ意識が戻ってきた瞬間、頭がぐわんぐわん揺れているのに気づいて僅かに顔を顰めた。

「大丈夫?」
「……ん、」

ゆっくりと体を起こしながら、今の声が花沢類だと認識した私は、部屋の明るさに目を細めた。

「ほら、水」
「あ…ありがと…」

手にコップを持たされ、私はそれを一気に飲み干した。

「あれ……私……?」

素直に水を飲んだはいいが、一瞬、何故ここにいるのか分からず、目を擦りながら部屋を見渡せば、花沢類が目の前に座っていた。

、のぼせてブッ倒れたんだよ」
「え、あ…そっか……私お風呂入ってて、急に朦朧として来て……」

と言いながら何だかスースーするなと自分の胸元を見下ろした瞬間、布団がはらりと落ちて裸の胸が視界に飛び込んできた。
同時に、目の前にいる花沢類と目が合う。

「き…きゃぁぁぁっ!な、ななな何で……?!」
「あ、浴衣、そこにあるよ」

花沢類は平然とした様子で指をさしている。
とりあえず傍にあった浴衣を掴んですぐに羽織ったものの、ばっちり見られた事で顔が真っ赤になった。

(って言うか何でこんな…っ!そ、そりゃお風呂に入ってたんだし仕方ないけど……っ)

と、そこで誰が運んでくれたんだろう、と恐る恐る振り向いた。

「あ、あの……花沢類が……助けてくれたの…?」

出来れば滋さんであってくれればいい、という一縷の望みを持って訪ねた。
けど、私の願いもむなしく。

「うん」

とあっさり認められ、私は更に全身まで熱を持ち、またのぼせてしまいそうだった。


「…………み、見た……?」

「見たよ。しゃーないでしょ、あの場合」

「………ッッ!!(そりゃそうだけど!フツー、こういう時は同性が…!)」


平然と答えられ、私はがっくりと項垂れた。
そりゃ確かに花沢類とは一度、そうなりかけた事がある。でもあの時は素っ裸になったわけじゃない。
しかも意識のない時に見られたという何とも言えない恥かしさに襲われ、私は泣きたくなった。

「し、滋さんは……?」
「ああ、もう寝てんじゃないの?」
「え、」
「司とあの子。俺とが相部屋だって」
「な……っ何それ……相撲部屋じゃないんだから……」

知らないうちに部屋まで決められ、しかも花沢類が一緒だと聞いて、私は固まった。

「わ、私、滋さんに変えてもらうよう言ってくる……」
「よせよ。最中かもしんねーじゃん」
「…………(最中?)」

と、そこでハッとした。一瞬にして、脳内に司と滋さんの、そういう場面が浮かぶ。

「そ……そっか……。私ってば気の利かない……」
「止めたいなら別だけど」
「え……?」

そう言われて振り向くと、花沢類は僅かに笑みを見せて、

「ドア、蹴り倒してやろうか?」
「な……何で……止めるのよ」

ドキっとしたのを隠すように聞けば、花沢類は真剣でいて、真っ直ぐな視線を私に向けた。

「だって……ずっと泣きそうな顔してる」

泣きそう?私が?そう問いかけたいのに言葉にならない。
花沢類があまりに真剣な顔をするから。

「そ、そんなわけないじゃない……」
「あるよ。気づいてないの?」
「……き、気付くも何も……私は……」

私は―――?
何だというんだろう。
それ以上、言葉が出てこない。

その時、不意に花沢類が立ち上がり、部屋の電気を消した。

「は、花沢類……?」
「もう寝よう」
「う…うん……」

何も応えない私を見て、花沢類はそれ以上、問い詰める事はせず、静かに布団へ寝転がった。
内心ホッとしながら、私も寝ようとした時、ふと、ある事に気づいた。

「ね、ねえ、花沢類……」
「ん?」
「布団……これ一つしかないの?」
「そうみたいだね。でもいーじゃん。大きいし。も早くおいでよ」
「お、おいでよって……」

言われても!と冷静な花沢類に心の中で突っ込みながらも、もう一つ布団を下さいと言いに行くわけにもいかず、私は仕方なく布団の端へ横になった。
またこうして花沢類と二人きりになるなんて、想像すらしていなかったのに。

(でも…緊張で倒れそうだったあの時とは少し違う……)

同じ布団に並んで寝てる事が不思議な気分だったけど、前よりも落ち着いた気持ちでいられた。
こんな夜に、一人じゃなくて良かった、と、ふと思う。

ドア、蹴り倒してやろうか――――?

何故、花沢類があんな事を言ったのか。私はあまり考えないようにしながら目を瞑った。

(今の私は……扉をけ破ってまで行く、司への気持ちに自信がない…)

ただ、確かに、今の私は司のことで傷ついている。今日、それがハッキリと分かった。
心のどこかで、血が流れている。そんな痛みが、確かにあるから。だけど――――。


「花沢類……もう寝た?」
「まだ」

私の問いに即答してくれる花沢類は、私にも分からない私の気持ちが、分かるのかな。

「……やっぱり、お布団がもう一つあれば良かったのにね…」
「いーじゃん、あったかくて。この家、さみーよ」
「うん……」

今夜、私の傷はもう一つ、増えるのかもしれない。

「花沢類……」
「ん?」
「手、繋いでもいい……?」
「……いいよ」

でもその傷を癒すのは、やっぱりこの人なんだ。
そっと繋いでくれた手の温もりを感じた時、何故かそう思った。

「花沢類……ありがと」
「何が……?」

傍にいてくれて――――。そう、言おうと思ったけどやめた。
寝返りを打って、花沢類の方を向けば、彼は天井を見つめている。

「お、お風呂で……助けてくれて」
「ああ。ちょうど風呂から上がった時に、あの滋って子がすげー声で廊下を走り抜けてったから」

そう言いながら、花沢類は思い出したように小さく噴き出した。

「それにしても、あの子、凄いな。キョーレツ」
「だよね。でも……何か憎めなくて可愛いんだ。やることなす事、おませな小学生の女の子みたいで憎めないの」
「司と似てるようで似てねーな。あいつの我がままは超高校生級だから」
「ぁはは…っ。ホント、そうだよね」

今までの司の我がままっぷりを思い出した途端、吹き出してしまった。
そんな私を、花沢類が優しい目で見ている。

「やっと笑った」
「え……?やだ……私、そんな暗い顔してた?」
「してたなんてもんじゃねーよ。すげー仏頂面」
「う、嘘!あれは司が怖い顔で睨んで来るからうつっただけだもん。司のバカが悪いのよ」
「お、調子出てきたじゃん。さっきまで半べそかきそうだったくせに」
「…だからそんな事ないってば!」
「いてっ」

恥かしさのあまりガバっと起き上がり、花沢類の顔に枕を思い切りぶつければ、花沢類もまた、逃げるように起き上がって笑った。

「その調子、その調子。どうぞ、俺で良けりゃ八つ当たりなさい」
「な、何それ!お兄さんぶっちゃって…っ」
「実際お兄さんだし」

もう一度枕で殴れば、花沢類は笑いながらそんな事を言う。
こんな風に、花沢類と何でも言い合えるようになるなんて、今日まで思ってもみなかった。
花沢類は楽しそうに笑っていて、その笑顔を見ていると、痛かった心が癒えていくような気がして。

「痛いって、
「八つ当たりしろって言ったの花沢類じゃない」
「こえー。やっぱてSっ気あるんじゃねーの?」
「そういう花沢類は最初に会った頃、ツンデレっぽかったじゃない。優しいかと思えば時々凄く素っ気なくて」
「そうだったっけ?俺、には結構、心開いてた気がするけど」

でも今みたいな笑顔は見せてくれなかったから。
その笑顔を見ていると、ああ、やっぱり苦しい時はここ、、に戻ってきてしまうんだな、なんて、そんな事を思った。
もう前みたいに苦しくて、どうしようもない気持ちではなくて、この気持ちを恋とは呼ばなくなっても。
私はきっと、ずっと、花沢類が好きだ――――。


「ギブギブ!」
「えーもうギブアップ?」
「だって、だんだん殴る力が強くなってんじゃん。何か恨みでもあるの?俺に」

花沢類は笑いながらも、訴えるように目を細めている。私もつられて笑いながら、ふと過去の事を思い出した。

「恨みなんて……あ、あるある!いっつも私の部屋に来ては勝手に寝ちゃってたでしょ」
「あ〜」
「で、それを司に見つかって、一度ベッドから叩き落されたんだから」
「………俺、寝ようかな」
「あ、逃げる気?ずるい!」

聞こえないふりをして布団に潜ろうとする花沢類の服を引っ張る。

「まだ殴り足りないって?」
「そうそう――――」

と言って笑った時だった。――――突然ガシャン!と派手にガラスの割れる音がして、ドキッとした。

「な、何?今の音……。ど、泥棒?!」
「……司たちの部屋からじゃねーの」
「だ、だってガラスの割れる音がしたよ?」

そう言った瞬間、今度はガシャーーンッ!と派手に何かが壊れる音が響き渡って、私はその場で飛び上がった。

「ね、ねえ。やっぱり見に行った方、良くない?司が無理やり襲おうとしてるのかも――――」
「司があ?」

オロオロする私に、花沢類は不思議そうに首を傾げた。

「俺はむしろ逆だと思うけど。あ……また何か割れた」
「な、何言ってるのよっ。そんな事…そんな事あるかもしれないけど、でも……私やっぱり見てくるっ」
「あ、おい――――」

またしても何かが割れる音がして、私は急いで部屋を飛び出した。
何もないならそれでいい。けど、こんな音がするなんて普通じゃありえない。
私は暗い廊下を走って行くと、音のする部屋の襖を勢いよく、開けた。

「滋さん―――!」

でも、そこで視界に飛び込んで来たのは、割れた窓ガラスと、散らばる欠片。そして―――司の上に跨っている滋さんの姿だった。
その光景を見た瞬間、後頭部を何かで殴られたような痛みが走る。

「ご……ご、ごめんなさい……。お取込み中とは知らなくて……あの……ごめんなさいっ!!」

それ以上、何も言えず私はすぐに襖を閉めてその場から走り去った。
今、見た光景が脳裏から離れない。
横たわる司の上に、滋さんが乗っていて。乱れた浴衣からは白い肩と、太腿が覗いていた。
それがやけに厭らしくて、心臓がバクバクと物凄い速さで脈打っている。

「…痛っ」

慌てて走ったせいか、自分の部屋の前でコケた瞬間、目の前の襖が開いた。

「何してんの……?」
「な、何でも……なかった!」

ガバっと顔を上げれば、花沢類がキョトンとした顔で私を見ている。

、顔真っ赤……。何か見たの?」
「み、見てない!見てないわよ、滋さんが上になってたなんて見てない……っ!」
「上?」
「きゃっ、何言ってんの?花沢類っ!」
「……………」

私はすぐに起き上がると、部屋に戻ってすぐに布団へ潜り込んだ。
未だに心臓がドクドクとうるさくて、顔が熱くて、息が苦しい。

(もう嫌……!何でこんなとこ来ちゃったんだろ……私のバカ!)

強く目を瞑って必死に見てしまった記憶を消そうとした。なのに浮かんでくるのは――――。

……」
「………っ」

静かな声が聞こえて、ドキっとした。

「手、貸して」
「………え?」

振り向いた時、花沢類も布団の中に潜り込んできた。そしてすぐに私の手が大きな手に包まれる。

「このまま寝てもいい?落ち着くし」
「……う、うん……」

薄暗い部屋の中、花沢類の優しい眼差しと目が合って、一瞬ホっとした。

手を繋いでほしかったのは私の方だったのかもしれない――――。

「……あ、ありがと、花沢類……」
「何が?」
「ううん、何でもない。お休み………」

そう言って軽く手を握る。

「お休み、

花沢類はそう呟いて、かすかに手を握り返してくれた。












10分前――――。


「服、着ろ」

滋の浴衣が床にはらりと落ちたのを見て、司は眉ひとつ動かさないまま、言った。

「……何で?何でそんなに冷静に言うの?私…いつもふざけてるけど、ふざけてこんな事してるんじゃないよ?何にも感じないのっ?!」
「感じねえ」
「………っ」

冷めた表情のままの司に、滋は床へ落ちた浴衣をそっと拾い上げた。

「そ、そっか…。男の人ってチラリズムが好きなのよね…。全部見せるんじゃなく……」
「滋」
「じゃ、こんなのどうかしら?チラって感じで――――」
「…滋」
「それとも浴衣じゃなくてガーターベルトとかしてみる?」
「聞けよっ!話があんだよ!」
「嫌よ!聞きたくないっ!」
「お前には――――」
「あわわわわわわ!!!」
「――――するって言っておいて」
「ピーポーピーポーギーギーガーガー!」
「――――悪いと思ってる」
「……………っ」

司の声を遮るように叫んでいたが、最後の言葉を耳にして、滋の瞳に涙が浮かんだ。

「何……言ってんのよ…。何、謝ってんのよ!冗談じゃないわ、あったまくる!ハッキリ言いなさいよっ!」

怒鳴りながら、滋はその場にあった椅子を持ち上げた。司はそれでも視線を反らすことなく、真っ直ぐに滋を見る。


「――――お前じゃダメだ」

「……………ッ!」


その言葉を聞いた瞬間、手に持った椅子を、滋は思い切り窓へと叩きつけた。
ガシャァァァンと派手にガラスが割れ、その場に欠片が飛び散ったが、司は動じる事なく、静かに言葉を続けた。

「……俺が今、考えてんのは、何で今日あいつらが一緒だったのか。今―――あいつらが何をしてんのか。はまだ類のことを」
「もういいっ!やめて!!」

聞きたくないというように、叫ぶ。
滋はその場にあった花瓶をも叩きつけると、司の胸倉を掴んだ。

「まだが好きなのっ?は今日お風呂で私に笑っておめでとうって言ってくれたのよ!司の事なんか何とも思っちゃいない!」
「…………」
「それでもいいの?!だったら何で私と付き合ったのよ……っ!!」

滋は力任せに司を押し倒し、必死に叫んだ。

「何で……私と付き合ったの?!司のウソツキ……っ」
「…………」

司の胸元へ自分の拳を何度も叩きつけながら、泣き叫んだ。その時―――ガラっと襖の開く音がした。

「滋さん…っ!」

その声に、滋はゆっくりと顔を上げた。襖が開いた事で、廊下の明かりが入口を照らしている。
そこに立っていたのは、驚愕した様子のだった。

「ご……ご、ごめんなさい……。お取込み中とは知らなくて……あの……ごめんなさいっ!!」

顔を真っ赤にして、震える声でそう叫ぶと、は慌てたように襖を閉め、走って行ってしまったようだ。
その姿を黙って見ていた司は、ふと泣きながら自分を見下ろしている滋へと目を向けた。

「……お前の好きにしろ。気がすむまで殴れよ」
「…………っ」

司の一言でカっとしたように、滋は手を振り上げた。
でも、殴ろうとしたその手は空を切り、力なく司の胸へと置かれる。同時に、涙が一粒、司の額へと零れ落ちた。

「う……っ…う……好きだったのに……ひどいよ……ひどい……」
「……悪かったよ」
「……ひっ…く……」
「ごめん……」

自分の胸元で泣き崩れた滋を、司はそっと抱きしめながら、何度もごめん、と呟いた――――。












外から、ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえて来て、類はふと目を覚ました。

「ふあぁぁぁ………」

僅かに体を起こし、豪快に欠伸をしながら両腕を伸ばすも、低血圧のせいで頭がぼーーっとしている。
ふと、隣を見ればそこには誰もいなかった。誰が寝ていたような気はするが、そこまで思考回路が働かない。

「……………」

類はそこで考えるのを止め、再び布団に潜りこむ。こうして、嵐のような一夜が明けた――――。





「……はあ」

私は夜が明けた頃、庭へフラフラと出てきた。日本庭園のような庭を歩いて行くと、大きな池が現れる。
そこにしゃがみこんで、水面に映る自分の疲れ切った顔を見ていると、溜息しか出てこない。

(一睡も出来なかった…。あの情景が目に焼き付いて……)

滋さんは半裸で、しかも司の上に乗っかっていたのだ。忘れたいのに、なかなか頭から離れてくれず、私は思い切り頭を抱え込んだ。

(ああ、嫌!!何より憎いのは自分のタイミングの悪さよ!何もあんなとこ見なくたって――――!)

花沢類のいう事をきちんと聞いておけば良かった、と後悔しながら項垂れていると、不意に背後で砂利を踏む音が聞こえてハッとした。

「よう」

「…………っ(げ!)」

振り向いて固まった。歩いてきたのは今、一番会いたくない相手、司だった。

「お、おはよ……」

ぎこちなく言葉を返したけど、自分で顔が赤くなっていくのが分かり、僅かに俯いた。
司は隣まで歩いてくると、少し離れてしゃがみ込み、私の鼓動が一気に早くなっていく。

(ど、どうしよ…何か話しかけなきゃダメ?き、昨日は邪魔してごめんね……いや、脱童貞おめでとう?って何言ってんだ私!)

こんな言葉しか思い浮かばず、私は変な汗が噴き出してきた。

「……お前」
「な……何…っ?」

と、そこへ不意に司が口を開き、心臓が飛び出るかと思った。

「寒くねーのかよ。そんな恰好して」
「へ?あ……かっこ?」

司は自分の服に着替えていたけど、私はまだ浴衣のままだ。
でも今は緊張のせいで少しも寒く感じない。

「へ、平気……」
「そか」

それっきり司も黙り込んだ事で、その場がしーんとなる。大和や花沢類とは真逆だ、と思った。
最近、司とはどんどんぎこちなくなっていってる気がする。前は、こんな事なかったのに。
ケンカして、怒鳴りあってた頃が懐かしい。でもそれはきっと、私が強烈に意識してるからだ。

(だって、司とは手を繋いで眠れない……)

この間から、司の男の部分を見せつけられて、私は動揺してる。
自分が好きだと言われてた頃には感じなかった。
でも、他の人に見せる司のそう言う顔を、客観的に見てしまった時、私の中で小さな変化が起きたのかもしれない。

「私……戻るね」

いたたまれず、そう言って立ち上がれば、司はふと私を見上げた。

「俺、先に帰っから。類にそう言っといて」
「……分かった」

顔も見ないまま、私はそれだけ言ってその場から走り去る。
まるで知らない人と話をしたみたいな気分だった。

「……花沢類?」

すぐに部屋へ戻り、声をかけてみても、花沢類は未だに布団の中で眠り込んでいた。
その間に素早く着替え、先に滋さんのところへ向かう。
司が起きてたなら、滋さんも起きてるだろう。そう思って部屋の前で立ち止まる。襖は開きっぱなしのままだった。

「あ、あの……滋、さん?起きてる?」

夕べの光景を振り切るように恐る恐る声をかけて中を覗くと、滋さんは布団の上でボーっと座っていた。

「あ、……」
「あ、の……私、そろそろ帰ろうかと思って……」
「あ……ほんと?私は……もう少しここに残るから、運転手に送らせるね」
「う、うん。ありがと……」

滋さんの顔を見て驚いた。泣きはらしたように目が真っ赤だ。

「あの……さっきお庭で司に会って…あいつ、先に帰るって……」
「あ、ああ、うん、そう。な…なんかね、司ってば照れてるみたい。やあね。夕べあんなに激しかったのに」

(激しいって……この部屋を見ればわかるけど……)

またしても夕べの光景が脳裏をよぎって、私は顔が赤くなった。

「……っあ、じゃ、じゃあ……私、行くから。色々ありがと……」
「……気を付けてね。また連絡する」

滋さんは私から顔を反らし、最後までこっちを見ようとはしなかった―――――。




「………」

ボーっと窓の外を眺めていると、隣から伸びた手が不意に私の頬を引っ張る。
無反応な私を見て、花沢類は目の前で何度か手を振って見せたりしていたけど、それでも反応する事さえ出来ずにいると、今度は私の髪を勝手にいじりだした。

「ねえ、花沢類……」
「ん?」
「人のエッチシーン見ちゃうって嫌なものだね……」
「んーーー。不幸だね、ハッキリ言って」

花沢類は私の髪を縛って遊びながら、苦笑している。

「だよね…。すんごい気分悪い…。忘れたいのに頭の中でぐるぐる回ってるもん。エッチビデオ見る男の心理って分かんない」
「うーん、笑い話で済む場合もあるとは思うけど、人に寄るんじゃないの。司の見たから気分悪いんだよ」
「な、何言って…っ。誰のを見ようと同じだよっ」

そう言って花沢類を見れば、彼は私の顔を見て「ぶはっ」と思い切り吹き出した。

「な、何笑って――――」

と、慌てて窓ガラスに自分を映すと、何故か私の髪が何か所もちょんまげのように結ばれている。
それにはムカッとして、花沢類をジロっと睨んだ。

「な、何これ!」
「どわははは…っ!」
「(ムカ!)何してくれてんのよ、花沢類!」

夕べの続きじゃないけど、車に積んであるクッションで思い切り殴れば、花沢類も楽しそうに応戦してきた。
きっと彼なりに、私を元気づけようとしてくれてるのかもしれない。

それから二時間ほどで車は東京について、家が近づくにつれ、私は何となく気分が重くなっていった。

「はあ……」
「帰りたくないの?」

窓の外を眺めながら溜息をつくと、花沢類が目を擦りながら訊いてくる。
私よりも寝ているクセに、まだ眠たいらしい。

「うーん……」
「司と顔、合わせるの嫌なんだ」
「だ、だって……」

今は西門さん達もいないから、司がどこかへ出かけているとは考えにくい。
家に帰ってまた顔を合わせるのは、今の私には少しきつかった。

「でもずっと避けてばかりもいられないだろ。同じ家に住んでるんだし、学校でだって会うだろうし」
「そ、そうだけど……」
「それにケンカしてるわけじゃないんだから普通に接すればいいじゃん。前はそうしてたのに」
「う……」

前のように出来れば苦労はしない。それが出来なくなってるから、困ってるのに。
そんな私の心情も知らず、車は静かに家の前で停車した。

「ほら、早く帰って休みなよ。今日、寝てないんでしょ」
「う、うん……」

一睡もしてないのだから眠いのは眠い。それに凄く疲れてる。
明日からまた忙しい日常が待っているんだから、今夜はゆっくり体を休めないと。
そう思い直し、車から降りると、「あ、俺もここでおりますから。どうも」と、花沢類が運転手に言っているのが聞こえてきた、

「な、何で?」
「司が帰ってるか確認してから帰る」

花沢類はそう言って車を降りると、思い切り両腕を伸ばして微笑んだ。

「それに一人じゃ帰りにくいんだろ?」
「花沢類……」
「ま、すぐ帰るけど。最初だけね」

そう言いながら花沢類は道明寺家の門の中へと入っていく。
私は少しホっとしながら、その後に続いた。

「お帰りなさいませ、さま。まあ!花沢さまとご一緒でしたか」

エントランスへ入ると、使用人の人が慌てて出迎えてくれた。
そこへタマさんも顔を見せると、

「あらあら。無断外泊なんて誰としたのかと思えば、花沢さんの坊ちゃんでしたか」
「タ、タマさん…!あ、あの、違うの!いや違わないけど、これには事情があって……ごめんなさい。連絡もしないで」

そこで連絡を入れるのを忘れてた事を思い出し、私は怖い顔で歩いてくるタマさんに素直に謝った。

「料理教室に行ったきり戻らないので誘拐でもされたのかと、この子たちも心配してたんですよ」
「あ、あの……ホントにごめんなさい」

他の使用人の人達にも謝ると、「いえ、ご無事で良かったです」と笑顔で言ってくれる。
こんな風に私のことまで心配してくれるなんて考えもしなかった。

「で、司坊ちゃんは一緒だったんじゃないんですか?」
「え?司……帰ってないの?」
「ええ、夕べから。まあ多分お嬢さんと一緒だとは思って、あたしゃ言うほど心配はしてませんでしたけどね」
「ホントに今朝までは司も一緒だったの。でも先に帰るって言ってたのに……」

そう言いながら花沢類を見れば、彼も何か考え込むように首を傾げている。
まさか帰ってないとは思っていなかった私は、少しだけ心配になった。

(でも今朝だって会った時は特に変わった様子もなかったけど……)

あれこれ思い出してみても、さっぱり分からない。

(思い当たるとすれば、滋さんとのことだけど…彼女の言った通り照れてる、なんて事はない、よね……?)

そう思いながら、またしても例のシーンが頭に浮かび、思い切り頭を振る。
忘れたいのに気付けば考えていて、私は深々とため息をついた。

「ま、そのうち帰ってくるよ。心配なら電話入れてみれば?」
「う、うん……夜になっても戻らなければ連絡してみる」
「そうしなよ。じゃあ俺は帰るから」

花沢類はそう言って欠伸をしながら歩いて行く。
きっと帰って彼も寝るんだろう。

「あ、あの……色々ありがとね、花沢類!」

外まで見送りに行くと、花沢類は苦笑しながら「何もしてないけどー?」と軽く手を上げながら歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら、心の中でもう一度、ありがとう、と呟いた。

まだこの時の私は、司と滋さんの間に何があったのかなんて、分かるはずもなかった―――――。











ちょっと長くなったので一端切ります。


Q(投票処)にコメント、ありがとう御座います<(_ _)>

◆「花より男子の連載、今まで出会った夢小説の中でいっちばん大好きです!久しぶりに更新して下さりありがとうございます!(大学生)」
(コメント、ありがとう御座いますー!一番好きだなんて言って頂けて感無量(涙)励みになるコメント、本当にありがとう御座います!)



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