盗賊と殺し屋



その殺気には屋敷に入った時から気づいていた。
――只者じゃない。
クロロはそう思いながらも、たった一人で目当てのモノが置いてあるであろう地下へと向かう。
他の団員達には外の見張りを片付けるように頼んでいた。世界的にも有名な大富豪の屋敷は見張りやボディガードの数が半端じゃないからだ。
だが全てが片付く頃には、自分も目当てのモノを盗み出し戻れるだろう。そう思っていた。

気配を殺し、慎重に階段を下りていく。しかし先ほどから感じる殺気が、今夜の仕事は思ったよりも簡単じゃないことをクロロに示していた。
外には大勢いた見張りも屋敷内には人っ子一人いない。もちろん屋敷の主でもある男の姿さえ見当たらない。この殺気を放ってくる人物を、よほど信頼しているのか。
クロロはいつでも攻撃出来るよう"ぎょう"で辺りを見ながら警戒しつつ進んでいった。

「ここか?」

目当ての部屋を見つけて、ゆっくりと扉に近づく。だが、その瞬間クロロは一気に後ろへと飛びのいた。キィンと甲高い金属音が響く。クロロのいた場所には無数の針が刺さっている。

「――へぇ。今の避けるなんてさすが"旅団クモ"のリーダーね」

突然暗闇から声がしてクロロは視線を向けた。いつの間にいたのか。視界の端に一つの影が浮かび上がる。

「……誰だ」
「あなたを狩る者なんて誰でもいいじゃない」

声がゆっくりと近づいてくる。クロロは警戒しながら、一歩一歩と後退したあと。素早い動きで手にナイフを握った。まずは様子見と言ったところだ。

「へぇ。"クモ"のリーダーって意外と若いんだ」
「――ッ」

闇から姿を現した敵の姿に一瞬息を呑む。全身黒ずくめ。長い髪をたらした女。暗闇でも分かるほどに怪しい光を放つ大きな瞳。
この女があれほどの殺気を放っていたのか――。
見れば随分と若く、20歳前後といったところか。それでも女が放つ殺気はその辺の雑魚とは比べ物にもならないほどに禍々しいものだ。

「君、この家のオッサンが雇った殺し屋?」
「そうよ。宝物が大物の盗賊に狙われてるって情報が入ったから、そいつを殺せってね」

女はそう言いながらニッコリと微笑んだ。その笑みはこの場面に相応しくないほどに柔らかいもので、クロロは僅かに息を呑む。
だが、その瞬間を見逃さず、物凄い速さで女が間合いをつめて手刀をクロロに突き出した。ギリギリで交わしたはずが、僅かに痛みが走った左腕を押さえる。今の一撃がかすったらしい。少しすると真っ赤な血が滲み出てくる。

「なかなかやるね。君」
「あなたもね」

そう言っている間も女は攻撃の手を休めない。物凄い速さでクロロの背後に回り、再び手を突き出してくる。それを何とか交わしながら、クロロも持っていたナイフで応戦した。
一瞬、ナイフが女の髪を掠める。長い髪がさらりと流れて、クロロの攻撃を交わす女はまるで舞いでも舞っているかのように美しい。

「――ッ」

女が再びクロロの方へ向かってくる。彼でなければ目で追えない速さだ。
クロロは後ろに飛びのいたが、それよりも一瞬、女の方が早かった。
目の前に来たかと思った瞬間、女が視界から消えてクロロの反応を鈍らせた。
風の動きで女が下へしゃがんだことに気づいたクロロが念を込めた腕で防御するのと同時。そこへ激しい突きが当たる。
その瞬間、クロロは物凄い勢いで壁に弾き飛ばされ、大きな穴が開いた。
女の拳を防御した腕にビリビリとした痛みが走る。しかし再び殺気を感じたことですぐ飛び起きた刹那。女の発したオーラでの攻撃が、屋敷の壁を木っ端微塵に吹き飛ばす。
今の今までクロロが倒れていた場所は瓦礫の山と化し、それを見たクロロはふぅっと小さな息をつく。

「ほんと凄いね、君。名前聞いてもいい?」
「ここで死ぬ人に名乗る必要はない」
「……言ってくれるね。俺、まだ本気の半分も出してないんだけど」
「知ってる。私もよ」
「あ、やっぱり?」

クロロは笑いながらも女の攻撃を回避し、次の手を考える。
こうなれば能力を使うか――。
クロロは女の手刀をまたしてもギリギリで交わすと、右手に自分の能力でもある"盗賊の極意スキルハンター"を取り出した。

「それがあなたの能力ね。確か他人の能力を盗む力だっけ。そして盗んだ能力は自分も使えるようになる」
「そこまで知ってるんだ。参ったな」
「ちっともそんな顔してないくせに」

女の瞳がかすかに光った。

「私の能力も奪ってみる?」
「難しいな。だって君、まだ奥の手隠してるでしょ」
「さあ。どうかな」

女は笑うと右手をゆっくりと握り締めた。だが、すぐに開くと、その細い指先には鋭い爪。
――あれで切られたらバラバラにされるな……ここは防御力のあるものを使うか。
こんな状況でもクロロは冷静に見極め、盗んだ能力の中から強化系の力を取り出した。

「へぇ、面白い」

クロロの変化を見て女が笑う。その余裕たっぷりの笑みにはクロロも苦笑するしかなかった。
なかなか度胸のある女だ。出来れば団員にしたいな、と呑気なことまで考える。

「でもそれくらいの強化じゃ私の攻撃を止められない」
「――ッ」

言った瞬間、鋭い爪がクロロの喉元を掠めていく。避けたつもりが僅かにかすったようだ。
首筋に小さな痛みを感じ、クロロは軽く舌打ちをした。
言うだけのことはある。そう言いたげに視線を向ければ、女はニヤリと笑って次に左手をゆっくりとクロロに向けた。
たったそれだけのこと。なのにクロロは嫌なものを感じて冷や汗が頬を伝っていく。
――何だ?この感じ……全身が総毛だっている。
ジリっと女から距離をとる。それでも女は淡々とした表情でクロロを見つめていた。

「悪いけど、あまり時間がないの。一気に行くわ」
「……そう冷たいこと言うなよ。もう少し君と戦っていたい」
「嫌よ。モタモタしてたらイルミやヒソカの邪魔が入りそうだし」
「……ッ?」

女の言葉にクロロは耳を疑った。女が何気なく出した名前は彼もよく知る人物だったからだ。

「イルミやヒソカ……って、君、2人を知ってるの?」
「……そっちこそ。まさか知り合い?」

クロロの言葉に初めて女の顔に動揺の色が浮かんだ。

「知ってるよ。まあ一応、友人って感じかな」
「……友人?敵の間違いじゃないの?」
「そうとも言うね。まあ、でも時々一緒に飲んだりもするよ」
「……」

女はいつの間にか無表情に戻っていた。ジっとクロロを見つめ、何か考えているようだ。
その時、もう一つの気配を感じてクロロは横に飛びのいた。

「――あれ?まだ終わってなかったんだ」
「……イルミ!」

女が驚いて振り返ると、そこには同じく長い黒髪をたらした無表情の青年が立っている。まさしく今、名前の出ていた男だ。

「イルミ……お前……」
「や。クロロ」

相変わらず表情のない顔で右手を上げるイルミを見て、クロロは僅かに警戒を解いた。
イルミから殺気は感じられない。彼とは少し前からの付き合いだ。

「って言うか……2人は知り合い?」
「まあね。はオレの妹だよ」
「えっ!じゃあ彼女もゾルディックの――」
「そう。強いだろ」

淡々と答えるイルミに、クロロも思わず苦笑いを零した。

「なるほどね。どおりで……。って、じゃあ、まさかイルミも俺を――」
「うん。オレとの依頼主は一緒だから」
「げ……マジ?」
「ちょっとイルミ……!どういうこと?ターゲットと知り合いだなんて言ってなかったじゃない」

と呼ばれた女は戸惑うようにイルミとクロロを見ている。

「言う必要もないと思ってさ。どーせオレは依頼主を襲ってきた奴らを殺せって言われてただけだし」
「それより何でイルミが下りて来たの?あのオッサンは?」

は怪訝そうに言いながら目を細めた。その間もクロロへの警戒は解いていない。
それを感じたクロロは大した女だ、と感心していた。
兄の知り合いと分かってもなお、任務を遂行しようとしている。さすがゾルディック家の人間だ。

「ああ、アイツね。殺られた」
「は?誰に!」
「もちろん"クモ"の奴に。オレの傍から離れなきゃいいのに外での騒ぎを聞いて必要以上にビビちゃってさ。慌てて屋敷から逃げようとしたんだ」
「な……それ黙って見てたの?!」
「守れとは言われてないからね。あくまでアイツを襲ってきた奴だけ殺したよ」
「――ッ」

イルミの「殺した」という言葉を聞いて、クロロは僅かに息を呑んだ。自分の仲間が殺されたのを知り、軽く息を吐き出す。

「でもそれを見てパニックになったアイツが屋上からヘリで逃げようとした時、下から念による機関銃の弾が飛んできて撃たれて死んだ」
「じゃあ……」
「うん。オレ達の依頼人は死んじゃったからクロロを殺る必要もないよ」
「――ッ?」

イルミの一言にクロロは驚いて顔を上げた。それを聞いたも途端に「なーんだ」と言って右手を元に戻す。
女の殺気も完全に消えて、クロロはそこで全ての警戒を解いた。イルミがああ言った時はたいがい本心だ。

「良かったね、リーダーさん。これでお宝ゲットできるわよ」
「でも仲間を一人失ったのは痛いな……」
「悪いけどオレも仕事だからさ。でも殺したのは見たこともない奴だったから新入りじゃないかな」

少し落ち込んだ様子のクロロを見て、またしてもイルミが淡々と答える。

「ああ、アイツか……。自分から団員殺して入って来たわりには呆気なかったな。まあ相手がイルミってのもついてなかったけど」

そう言いながらクロロは能力を解くと、サッサと歩いていくを見た。さっきまでの気迫はもう一切感じられない。

「お前の妹、凄いな」
「うん。はかなり才能あるよ。子供の頃から僕が鍛えたし」
「へぇ……」
「あれ、その顔……もしかしてに興味でも沸いた?」

楽しげに笑みを零すクロロを見て、イルミは僅かに眉を上げた。その黒目が怪しく光ったのをクロロも見逃さない。

「うん、かなり。腕も立つけど、いい女だし」
「そりゃオレの妹だからね。でもダメ。はオレのものだから」
「え、イルミってシスコン?な、あの子、旅団に入れちゃダメ?」
「……旅団に?」
「さっきお前が殺したから、まーた一人減っちまったし」
「それは悪かったけど。でもは入らないと思うよ。何か興味を持てることでもあれば別だけど」
「興味……?彼女、どんなものに興味があるんだ?」
「強い奴……例えば……ヒソカみたいな」

イルミは無表情で応えると人差し指を立てた。
またしても出たその名前に、クロロは眉を顰めた。

「強い奴に興味ってどういう……」
は強い男と戦うのを好む。自分の能力を上げる為の勉強ってとこ。まあヒソカはがオレ以外で初めて会った強敵だから興味を持ったんだろうけど、危ない奴なのは間違いないから近づくなとは言ってある」
「心配してるのか?」
「そりゃそうだよ。ヒソカはを口説こうとするからね。腹立つだろ?はオレのものなのに」
「……かなりシスコンだな、イルミ」
「そういうんじゃないよ」

無表情のままイルミはすっと目を細める。僅かながら表情のない瞳に殺気がこもった。

「イルミでも妹は大事にしてるんだな」
はゾルディック家唯一の女の子だから可愛がるのは当然だよ」
「へえ……」

あまり他人に執着しなさそうなイルミが、何故か妹に異常ともいえる執着を見せている。だが彼らの家が特殊なのはクロロも知っているので、それが普通だと言われれば、そうなのか、と思わざるを得ない。

「一応、クロロにも言っておくけど、に手を出そうとか考えないでね」
「……」

イルミが表情のない顔でクロロ見つめる。淡々とした口調ではあるものの、かなり本気らしい。
その視線に気づいたクロロは笑って誤魔化した。

「ま、俺も諦め悪い方なんだ。あんな子、なかなかいないしね」
「……手を出したらクロロでも許さないけどね」

イルミはそれだけ言うと、「じゃあ、そろそろ帰るよ」と一瞬で姿を消し、の後を追いかけて行った。

……か。お宝盗みに来た場所で、またしてもお宝発見ってとこかな」

イルミを見送ったあと、クロロは心底、楽しげに呟いた。


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