試験会場にて


私は今、ハンター試験会場に来ている。私が家出をした後、弟のキルアも家出をしたと聞き、次の日すぐに合流した。一人で家出をするより可愛い弟とする方が断然楽しい。
そのキルアが言った。

「暇だしハンター試験でも受けてみない?」

キルアからその話を持ちかけられた時、ふとイルミの顔が浮かんだ。

"ハンターになれば色んなことが免除されるし便利なんだ"

以前そんな話を聞かされたことがある。その時は「然るべき時が来たらオレと一緒に受けに行こう」と言ってくれた。だから一瞬だけ躊躇したけど、自由を満喫すると決めた以上、ハンター試験を受けるのはいい機会だ。キルアの提案に乗ってみることにした。

「へぇ……ここまで辿り着けた人って意外と多いのね」

小さな試験的なものを突破して辿り着いた場所。そこは地下深くにある地下道で、薄暗い一本道のようなところに大勢の人間がひしめき合っていた。全員ハンター試験を受けに来た受験生らしい。

「まあ、あれくらい分からなきゃ試験すら受ける資格がないってことだろうなぁ」

集まった連中を見渡しながらキルアが笑う。確かに一人ひとり観察してみると、集まった全員がそれなりに実力はあるようだ。見えるオーラも平均値を超えている。
そこへ小太りの男が話しかけて来た。男はトンパと名乗り「お近づきの印に」と缶ジュースを私とキルアに差し出した。それを受け取った時、トンパがほんの僅か笑みを浮かべたのを私もキルアも見逃さなかったけど、喉が渇いてたので有り難くいただいた。

「む……毒かと思ったけど違うっぽい」
「なかなか美味いじゃん」

キルアはそう言いながら一気にジュースを飲みほしてる。私達に大抵の毒は効かない。
そういう訓練を幼い頃からガッツリ受けている。あの男の様子から何かを仕込んであるとは思ったけど違うんだろうか。

「ジュースよりお酒が良かったなぁ」

そんなことをボヤきながら私も缶ジュースを飲みほした。案の定トンパがこっちを伺うように見てることから即効性の毒ではないようだ。どっちにしろ効果はないだろうしアイツは放置しておこう。キルアもほぼ同意見だった。

「ねえ、
「ん?」
「試験終わったら次はどこ行く?」
「うーん……特に考えてなかったかも」

突発的に飛び出して来ただけで別にどこかへ行きたかったわけじゃない。キルアはもう暗殺の仕事はしたくないと言ってたけど、私はそういう明確な理由があるわけでもなく、ただ逃げ出して来ただけだ。この場合、キルアを説得しなくちゃいけないんだろうけど、彼の人を殺したくないと言う気持ちは尊重してあげたい気もする。私も時々は普通の女の子としての生活に憧れることがあったから、キルアの気持ちも理解できた。ただ、キルアの才能をこのまま腐らせるのは私としても望んでない。
少し考えこんでいると「は仕事以外に何かやりたいことねーのかよ」とキルアが笑った。

「せっかく自由になったんだし旅行でもしようぜ。も前に仕事関係なく旅したいって言ってたろ」

キルアはスケボーで遊びながら「行ったことのない国がいいなぁー」とワクワクしたように言った。キルアも幼い頃から暗殺者としての厳しい訓練を受けさせられて来たから、あまり子供らしいことも出来なかったし、まして旅行なんてしたこともないから、今は家族や仕事から解放された気分なんだろうな。

そんなことを考えながら大勢のハンター希望者達を眺めていると、さっきのトンパが今度は三人組に話しかけているのが見えた。キルアと同じ年頃の黒い髪をした男の子と、スーツ姿のオジサン、そして一見女の子かと見間違るような色白の男の子。彼らにも私とキルアにくれた缶ジュースを渡している。いったい何を入れたんだろうと気になって、ジュースを飲んでいる黒髪の男の子の様子を伺ってみた。私とキルアには効かなくても他の人間は別だ。どういう症状が現れるのか見れば大抵の毒は分かる。けれど、その男の子は飲んですぐに口からジュースを吐き出していた。

(へえ……何か気づいたっぽいけど黒髪の子は味覚がいいのかな。味的には特に分からなかったけどなぁ)

続けて観察してみる。黒髪の男の子がジュースを吐き出すと、残りの二人は口もつけずに中身を捨てていた。トンパが謝ってるところを見ると三人は何かを盛られたということに気づいた様子でもない。とりあえずトンパの目論見は失敗したようだ。結果、知りたかったことは分からずじまいでつまんないなーと思いつつ、試験が始まるのを待っていた。

その時――「ぎゃぁあ!」という悲鳴が通路奥から聞こえて来た。近くにいた人間が一斉に声の上がった方へ視線を向ける。その異変に私とキルアは目くばせをして、声のした方へと移動していく。どうも空気的に受験生同士のケンカといった感じじゃない。人混みをかき分けて歩いて行くと、一か所だけが空いている場所があった。周りが一斉に避けたのか見事にそこだけ人がいない。その空いたスペースの中央に立っている人物を見て、私は本気で叫びそうになった。

「アーラ、不思議。腕が消えちゃった。種も仕掛けもございません♡」

真っ赤な髪をなびかせ、まるで奇術師のような風貌の男。妖しい笑みを浮かべているアイツは――。

(――ヒソカ?!)

まさかの人物がいたことで心臓が飛び出したかと思うくらいに驚いた。そしてマズい。

「おオ、オレのぉぉ……腕がぁああ!」

ヒソカの前には一人の男がいた。男の両腕は肘から先が綺麗に消えている。鮮やかなほどの切り口で出血はしていない。本当にただ腕が消えたように見える。

「気をつけようね。人にぶつかったら謝らなくちゃ」

ヒソカがにこやかな顔で男に諭しているが、腕を失った男の耳には聞こえていないだろうなと思った。そんなことより、ヒソカに見つかってしまったらと思うと焦りが出て来る。今はキルアが一緒にいるのに――。

「げ、アイツ何だよ。ヤバイ空気ぷんぷんじゃん。同業者?」
「さ、さあ……ああいう危ない男はスルーが一番よ」

キルアはまだ念能力を使えない。というか念というものがあることすら知らない。だからヒソカの本当のヤバさは見えてないし伝わってもいないだろう。イルミがこれから教えようとしていたはずだから私も迂闊にキルアの前では自分の力を使えないし、イルミからもキルアの前で念を使うことは禁じられている。今、そのことを思い出した。

(ヒソカに見つかってもキルアが傍にいれば"ドールハウス"で逃げることは不可能……)

――何でこんな場所に来てるの?ヒソカってば。
私は深い溜息をつきつつ、キルアを連れてそっとその場を離れた。

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