次の日も普通に登校し、教室へとやって来た。
すると昨日、あの変な子供を追いかけていた男の子が「おはよう、さん」と声をかけてくる。
知らない人と話すのは苦手だから少し戸惑ったけど私も普通に「おはよう」と挨拶をした。
「えっと・・・・」
「ああ、僕は沢田綱吉。ツナでいいよ?」
ニコニコしながら、そう言われてちょっとだけ笑顔が引きつる。
人見知りをする私にとって、無駄に愛想のいい人、というのが一番苦手だった。
「あの――――」
「あ、そう言えば昨日、学校の裏庭にいたよね?何してたの?」
「え?あ・・・・別に」
気付いてたんだ、と思いながら、ふと昨日の子供の事を思い出す。
「えっと・・・・沢田くんは何してたの?子供を追いかけてったようだけど・・・・」
「えっ?あ、あれ?いや、あいつらは・・・・」
「沢田くんの弟・・・・とか?」
「う、うん・・・・まあ、そんなとこ、かな?」
明らかに動揺したような顔で笑っている沢田くんを見て首を傾げる。
別に弟だろうが親戚の子だろうが私には関係ないのに。
そう思いながら自分の席へ座ろうとした。その時、何かが頬をかすめていき、顔を上げてみれば――――
「あ」
昨日の小鳥がバタバタと飛んできて、私の肩へチョコンと止まった。
「また迷子なの?」
私の頬にくちばしを当ててくる小鳥が可愛くて微笑むと、目の前の沢田くんが驚いたように私を見ている。
「そ、その鳥・・・・さん、どうしたの?」
「え、この子は――――」
そう言いかけた時、背後に人が立つ気配がした――――
――02.ヒバリの女
「誰に断ってこの子に声かけてるのかな、君」
冷んやりとした声と共に、私の肩がグイっと抱き寄せられ驚いた。
「あ、あなた――――」
「ヒ、ヒバリさん・・・・!!!!」
「・・・・???」
昨日、会った雲雀恭弥を見て私も驚いたけど、目の前の沢田くんはそれ以上に驚いて後ろに飛びのいている。
しかも教室中が一気にザワザワし始め、心なしか皆の顔が怯えてるような気がした。
「あ、あの・・・・雲雀、さん?もしかして小鳥を探しに?」
いつまでも肩を抱き寄せている手を避けてくれない彼を見上げれば、彼はクスリと笑った。
「違うよ。君を探してたんだ」
「はい?」
彼の言葉に目をパチクリさせていると、教室の中が一気にどよめいた。
「の奴、転校早々、何やらかしたんだ?ヒバリさんに目つけられるなんて悲惨ー」
「可愛い顔して、実は前の学校で相当、悪かったとか?」
「あーあー俺、狙ってたのに関わらない方がいいみたいだな?」
一斉にクラスメートが勝手な事を言い出すのを聞いて少しムっとしながら、何故、皆はこんなに怯えてるんだろう?と首を傾げる。
「良かったね」
「え・・・・?」
不意に雲雀恭弥が口を開き、顔を上げると、不適な笑みを浮かべながらこう言った。
「これで君が好きな一人の時間を邪魔する奴はいなくなったよ?」
「・・・・え?」
そんな事を言われて驚いている私を、彼は笑いながら見ている。
そしてグルリと教室を見渡すと、とんでもない事を口にした。
「言っておくけど・・・・彼女は僕の大切な子だから、誰も手を出さないでね」
「――――は?」
その言葉にまたしても教室の中がざわめきだす。
だが騒がした当の本人は私を見ると優しく微笑んだ。
「もし何か困った事があったら僕のところにおいで」
「え、あ・・・・あの小鳥はっ?」
そのまま教室を出て行こうとする彼に声をかければ、雲雀恭弥は「ソイツ、君に預けておくよ」とだけ言って颯爽と廊下へ消えた。
「・・・・あ、預けるってそんな――――」
そう言いながら慌てて廊下に出たが、彼の姿はすでになかった。
「嘘でしょ・・・・。何なの、あの人・・・・」
肩に乗ったままピーと声をあげる小鳥を見て小さく息をついた。
いったい、どういうつもりなんだろう?ワケが分からない。
だいたい大切な子って何?昨日、会ったばかりじゃない。
しかも話したのだって、ほんの少しなのに――――
そう思いながら教室へ戻ると、さっきとは打って変わってシーンと静まり返っていた。
そのくせクラスメートの視線は一斉に私に向いている。
「あ、あの――――」
ガタガタッ
近くにいた人に雲雀恭弥の事を聞こうと声をかけた途端、慌てて自分の席へ戻っていくクラスメートに言葉を失う。
(何なの?どうして皆、視線すら合わせようとしないの?)
そう思いながら教室を見渡すも、皆はそれぞれの友人と話し出し、私は完全に浮いた状態。
確かに一人でいても平気だけど、意味も分からないまま避けられるのって気持ち悪い。
軽く息をついて自分の席へ座ると、隣にいた子が自分の机を持って、後ろへと行ってしまった。
そして、「おい、ダメツナ!お前がの隣に座れよ!」などと言って、
先ほど話しかけてきた沢田くんの机を無理やり私の隣に置いた。
それに驚き唖然としてると、沢田くんは恐る恐るといった顔でやってきて静かに席に着く。
時々チラチラ私を見るから徐に顔を向けると、ドキっとした顔で目をそらされ、少しだけムっとした。
「沢田くん」
「な、何っ?」
私が話し掛けると、彼はビクっとして引きつった笑顔を見せた。
でも視線は廊下に向いていて、もしかしたら雲雀恭弥が戻ってくるんじゃないかと気にしてるようだ。
その怯え方に私も呆れて溜息が出てきた。
「あの。
怯えてるとこ申し訳ないんだけど」
「え、え?」
「一つだけ教えてくれる?」
「な、何?」
さっきとは違う困ったような笑顔を見せる彼に、私は軽く苦笑した。
「さっきの人・・・・いったい何者?何で彼が来たら皆、驚いたような顔をしてたの?って言うか、あなたもだけど」
「え、や・・・・え?もしかしてさん・・・・。ヒバリさんのこと知らない、とか?」
目を丸くしている沢田くんを見て、「知らないから聞いてるのよ」と言えば。
「え、じゃ、じゃあ何でヒバリさんがさんのとこに来たわけ?」
「だから知らないわよ・・・・。会ったのは昨日が初めてで、話したのだって少しの時間だもん」
「え、そ、そうなんだっ。何だ・・・・。僕はてっきりヒバリさんの彼女さんかと・・・・」
「はあ?私、転校してきたばかりじゃない。一日で彼氏なんて作れるわけないでしょ?」
「そ、そうだよね・・・・。あはは」
私の言葉に沢田くんは乾いた声で笑っている。でもすぐ笑うの止めると――――
「でもじゃあ・・・・なんでヒバリさんはあんなこと言ったんだろう・・・・」
「私が知りたい・・・・。ねぇ、彼って何なの?」
もう一度尋ねると、沢田くんは頭をかきつつ、「実は――――」と言って彼の事についてやっと口を開いたのだった。
沢田くんに聞いた場所へ向かいながら、私はすれ違う人たちの視線を痛いくらいに浴びていた。
一年の子も二年の子も会う人、会う人が皆して私の事をジロジロと見ている。
「ねーねー聞いた?」
「聞いたー!転校生の事でしょ?」
「ビックリしちゃったー!」
「ほーんと!でも私、ショックー!密かにヒバリさんのファンだったのに〜!」
(・・・・ショックって・・・・。私の方がショックよ。それに何で彼のファンがショックを受けてるわけ?)
「おい、あの子だろ?例の転校生」
「そーそー!やっぱ可愛いよなー。純情そうでさー。うちの女子はギャルっぽいのとか気取った女しかいねえからなあ」
「あー分かる!ってか、さすが
ヒバリさんの女だけあるよな」
「でも話しかけられもしないなんてクラスメートの奴らも大変だよなー?」
「――――っ?」
(ちょっと待って・・・・。今、何だかすごーく、おかしな言葉が混ざってた気がするんだけど・・・・)
思い切り足が止まり、ぐりんと振り返ると、今まで噂話をしてた人たちが一斉に目をそらす。
そして今の話を聞こうと歩いていけば、逃げるように皆、いなくなってしまった。
「な、何なのよっもう!」
誰もいなくなった廊下にポツリと取り残され、私は本気で腹が立ってきた。
「そんなにアイツが怖いわけ?ってか私はアイツの彼女じゃないんだからーっ!」
思い切り叫ぶと、再び廊下を歩いていく。確かに、さっき沢田くんから聞いた話を考えれば、皆が怖がるのも分かる。
分かるけど、何もそこまでしてビビらなくても!
私にはそんな怖い人にも思えなかったし、沢田くんが言うような人なら、この子の事だって可愛がらないと思う。
目的地について軽く深呼吸をしながら、未だ肩に止まっている小鳥に目をやる。
私が顔を向けると、ピーと声を上げて鳴くから、少しイライラが収まって小鳥の頭を指先で軽く撫でた。
「ごめんね、そろそろご主人様のところに返さなくちゃね」
そう言って目の前のドアを見上げる。
"応接室"と書かれたそのドアは、どことなく重厚で少しだけ緊張してきた。
まさか・・・・いくら凶暴な不良(?)の彼でも、いきなり殴りはしないだろう。
この子を返しに来ただけだし・・・・。この子を返して、さっきの事を聞いたらサッサと帰ればいい。
沢田くんが「きっとヒバリさんなら休み時間はそこにいると思う」と教えてくれたのだ。
「よし」
軽く息を吐き出し、目の前のドアを軽くノックした。
すると暫くして、「誰?」と返事が返って来た。
この声は間違いない、と確信して「ですけど」と応えればドアが静かに開いた。
「やあ、待ってたよ」
「・・・・へ?」
「どうぞ?」
雲雀恭弥は沢田くんの話で聞いた"恐ろしい不良"とは思えないほどの笑顔を見せ、私を中へと促した。
そっと中を覗けば何だか高級そうな家具が置いてあり、生徒が勝手に使っていいのか、と少しだけ不安になる。
「どうしたの?入らないの?」
「え、で、でもここって応接室でしょ?生徒が勝手に入っても――――」
「平気だよ。ここは風紀委員が使用するって僕が決めたから」
「え、き、決めたって・・・・」
「大丈夫だよ。おいで」
雲雀恭弥は渋る私を見て痺れを切らしたのか、腕をグイっと引っ張って私を中へと通した。
そのままソファに座らされ、何故かコーヒーまで出された私はワケが分からないまま、そのコーヒーを飲みつつ、軽く息をつく。
気付けば隣には彼が座っていて、少しだけ警戒して体を離した。
「ぷ・・・・。何、僕のこと警戒してるの?」
「そ、そういうわけじゃ・・・・」
「別に怖がらなくていいよ。君には何もしないから」
「・・・・べ、別に怖がってなんかいません」
何でも見透かしたような事を言う彼にムっとして、ついムキになれば雲雀恭弥は一瞬キョトンとした顔をした後、思い切り笑い出した。
「あはは・・・・ホント、君って面白いね」
「は?」
「僕に怒鳴ってきた女も君が初めてだよ」
そう言いながら額に手を当て、楽しそうに笑っている彼にちょっとだけ緊張感がほぐれた。
「あ・・・・あの・・・・」
「ん?」
落ち着いたところで本題に入ろうと顔を上げると、いつの間にか笑うのやめた彼が私の顔を覗き込んできた。
至近距離で目が合い、ドキっとしたが、視線を反らし「この子、返します」と言って小鳥を指へ乗せた。
「ああ、ありがとう。コイツ、すっかりに懐いたみたいだね」
「そうですか・・・・って何でいきなり呼び捨てなんですか・・・・?」
名前を男の人に呼び捨てにされたのなんて初めてで、一瞬ドキっとしてしまった。
が、彼は「名前で呼びたいんだ。いいだろ」なんて勝手な事を言いながら、自分の指に止まっている小鳥にキスをしている。
その横顔はやっぱり優しく見えて、皆があれほど怖がる方が不思議な気がした。(確かにちょっと変わってるけど)
「あの・・・・。それで聞きたい事があるんですけど――――」
「何?」
隣と言う近距離で見つめられ、何だか顔が熱くなってくる。
だいたい、こんな密室に男と二人きり、という状況になったのでさえ初めてなのだ。
「だ、だからさっきのことなんですけど・・・・」
「さっき?」
「わ、私の教室で皆に言ったでしょう?」
「ああ・・・・僕、何て言ったっけ」
「は?覚えてない・・・・んですか?」
思ってもいなかった返事に唖然とすると、彼は軽く笑い出した。
「嘘だよ。ちゃんと覚えてる。"彼女は僕の大切な子だから、誰も手を出すな"って言った事だろ」
「な、そ、そうですっ」
どこまでもトボケた彼にイライラしながらも、さっきの台詞を改めて言われて顔が赤くなった。
「ど、どういうつもりですか?おかげで凄く迷惑してるんです」
「迷惑?」
「そうです!そのせいで変な誤解をされて、学校中の人が私を避けるし――――」
「だっては一人でいるのが好きなんだろ?なら良かったじゃないか」
「・・・・な・・・・っ」
あっけらかんとした言葉にまたしても開いた口が塞がらない。
そんな私を見て、彼はまた楽しそうな笑みを浮かべた。
「それに本心だしね」
「・・・・は?」
「さっき言った事。僕は君を凄く気に入ったんだ」
「はあ?何言って・・・・。だいたい会ったばかりだし、私の事だってよく知らないじゃないですか」
からかってるんだ、と少しキツイ口調で言った。
でも彼は更に楽しそうな顔をするだけで一向に懲りてないようだ。
「いいね、その強気なとこも。今までにいないタイプだよ」
「あ、あのですね・・・・。私はあなた・・・・ヒバリさんの事も知らないし――――」
「恭弥でいいよ」
「・・・・え?」
必死に話してるのにこの男と来たら、ソファの背もたれに肘を置いて優しい笑みを浮かべながら私を見つめている。
そんな風に見つめられると、今度は違った意味で顔が熱くなってきた。
(最初も思ったけど・・・・。やっぱり、こうして見るとヒバリさんて綺麗な顔・・・・)
「どうしたの?」
「え?な、何でもないです・・・・」
「そう?それより・・・・これから一緒にサボらない?」
「は?」
「午後は退屈な授業しかなくてね」
「あ、ちょ、」
そう言って彼は強引に私の腕を引っ張った。
が、急な事で立ち上がった瞬間、足がよろけたところを彼の腕が支えてくれる。
「危ないよ」
「あ、ありがと・・・・う」
そう言ったものの、胸元に抱き寄せられ耳まで赤くなったのが自分でも分かる。
「あ、ご、ごめんなさい・・・・」
慌てて離れようと、体を捩った。なのにそのまま腰を抱き寄せられ、逃げる事すら出来ない。
「ちょ、ちょっと・・・・離して下さい・・・・っ」
「へぇ。顔、真っ赤だよ?恥ずかしいの?」
「な、べ、別に私は――――」
「可愛いね」
「――――ッ」
耳元でそんな事を言われ、鼓動がドクンと跳ね上がる。
茹蛸のまま、もう一度逃げようとした、その時――――耳にぺロリと生暖かいものが触れてビクっとなった。
「な、何する―――」
「だって真っ赤で可愛いし」
「な、な、」
ケロっとそう応えた雲雀恭弥はクスクス笑いながら、「何だか倒れそうだし離してあげるよ」と言って、やっと私を解放した。
その瞬間、頭で考えるよりも先に、手が出ていた。
―――パンッ!
乾いた音が響き、同時に私の右手がジンジン痛み出す。
そこでハっと我に返り、目の前の彼を見た。
雲雀恭弥は唇が切れたのか、かすかに血が滲んだところを舌でぺロリと舐めながら私を見ている。
「・・・・へぇ。やっぱり気が強い」
「ご、ごめんなさ・・・・」
一歩、彼が近づいてきた時、沢田くんが話していた彼の
武器の事が頭に浮かんだ。
殴られる、と思ってギュっと目を瞑る。
でも次の瞬間、体温が感じたのは殴った事で痺れている右手だった。
「手も真っ赤だ。相当、強く叩いたね」
「・・・・・っ?」
てっきり怒鳴られるか殴られると思ったのに、彼は私の掌を指でなぞりながらそんな事を言っている。
そして、ふと私を見ると、
「でも痛くなかったから大丈夫だよ」
「え、で、でも血が・・・・」
「平気。でも悪いと思ってるなら・・・・サボるの付き合ってもらおうかな」
「は?あ、ちょ――――」
雲雀恭弥はニヤリと笑ってそう言うと、今度こそ私の腕を掴んだまま廊下へと出た。
その時、午後の授業を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ、あの、ヒバリさん、チャイムが――――」
「恭弥でいいって言ったよね」
「え、で、でも先輩だし・・・・」
どんどん歩いていく彼に必死について行きながら首を振ると、彼は苦笑しながら呟いた。
「僕がいいって言ってるんだから素直に呼べばいい」
「・・・・で、でも――――」
内心、困っていると、教室に戻ろうとしている生徒達が私たちを見ながら、何やら騒いでいる。
沢田くん曰く、学校でも町内でも有名な雲雀恭弥は、歩くだけで注目の的らしい。
そして、そんな彼に手を引かれ――いつの間にか手、繋いでるし!――2人で一緒に廊下を走りぬける私もきっと今じゃちょっとした有名人なんだろう。
でも・・・・と前を行く彼の背中を見た。
強引でワケ分からなくて、凄くイライラするけど。何だか、その背中は妙に男らしく見えて。
こんな風に強気で連れ出してくれる彼が、ちょっとだけカッコいい、なんて思ってしまった。
「どこ行く?」
皆の注目の的になった後、昨日、彼と出会った場所に連れて行かれ、バイク用のヘルメットを渡される。
本当なら学校をサボるなんていけない事なのに、何故かワクワクしてる自分がいて。
「の行きたい場所、どこにでも連れてってあげるよ」
普通の女の子なら、素直に喜んでしまうような甘い言葉を、彼は無表情のまま口にした。
「殴ったお詫びに付き合うんだし、あなたの好きなところでいいよ・・・・」
そう言った私に、彼は皮肉たっぷりの笑みを浮かべて、颯爽とバイクにまたがった。
「じゃあ、飛び切りの場所に連れてってあげるよ」
そう言った彼は今までで一番、優しい顔をした。
きっと、それが私しか知らない彼の素顔なんだろう、と、この時思った――――
ヒロインちゃんのイメージって何となく柴●コウな感じ・・・だったらいいなって話(え)