「じゃあ、また明日。学校で」


雲雀恭弥はそう言うとエンジン音を響かせ、帰って行った。
それをボーっと見送りながら、さっきまでの時間が何だか夢のような気がして、
彼の姿が見えなくなった時、その思いがいっそう強くなった。









――03.日常からのエスケープ







次の日、学校に行ったら案の定、クラスメートや他のクラスの生徒達も、私を遠巻きに見てくるだけで話しかけてこようとはしなかった。


(やっぱり、なぁ。昨日、二人でサボった事で、ますます勘違いされちゃってる・・・・)


そりゃ彼があんな宣言をしちゃった後に二人で派手に出て行ったんだし。
当然といえば当然なんだけど・・・・これじゃ友達なんて出来そうもない。
まあ一人でいる方が気楽だし、それはそれで別にいい。
ただ雲雀恭弥との誤解だけはちょっと困る・・・・かなぁ、なんて。


私が教室に入っていくと、皆がサっと道を開けるように離れていく。
そんな光景を見てると逆に笑いが込み上げてきた。


(そんなに雲雀恭弥が怖いんだ。恐ろしいものを見るような目で私を見ちゃって・・・・)


少し呆れながらも溜息をついて自分の席へと向かう。その時、後ろから肩をポンと叩かれドキっとした。


「よ、有名人さん」
「・・・・え、あの」


振り向くと、そこには同じクラスらしい男子が爽やかな笑みを浮かべて立っている。
昨日の沢田くんではなく、知らない顔だった。私が戸惑っていると、


「俺、山本武。宜しくな」
「はあ・・・・宜しく」


彼のケロっとした態度につられ、挨拶をすると他の生徒がまたしても騒がしくなった。


「おい、山本!に話しかけたらヒバリさんに睨まれるぞっ」
「そーだよ!昨日だって二人で――――」
「だから?」
「―――――ッ」


クラスメートの言葉にあっけらかんと答えた山本武は、そのまま私の席の前に座り、ニカっと笑顔を見せた。


「俺、一昨日から休んでて、さっきクラスの奴から聞いたばっかりなんだけどさ。ってヒバリさんと付き合ってんだって?」
「え、あの・・・・」
「ああ、座んないの?」
「・・・・・」


この人、私の前の席なんだ。そう言えばずっと空いてたっけ。
てっきり空席か、私を避けるためにいなかっただけかと思ってた。
そう思いながら自分の席につくと山本くんは後ろを向いたまま、ニコニコしている。
この人いったい何なんだろう?と思いつつ、周りを見れば、皆は関わりたくないのか全員が視線を反らしている。


「あの・・・・山本くん」
「ん?」
「私、雲雀さんと付き合ってませんけど」


さっきの質問に答えると、彼は目を丸くして、「あ、そーなの?」と笑った。


「何だ。ツナの奴がうちのクラスの転校生と仲良くしたらヒバリが怒るからやめろ、なんて言うし――――」
「あ、あのツナって?」
「ああ、沢田だよ、アイツ」


山本くんはそう言って後ろでビクついたように、こっちを見ている沢田くんを指差した。
彼は慌てて視線を反らしたけど、そこでそう言えばあの子、名前が綱吉だったっけ、と思い出す。


「そんなに彼が怖いんだ」
「え?」
「雲雀恭弥。皆、凄く怖がってるでしょ」


そう言ってクラスを見渡すと、山本くんはケラケラ笑い出した。


「まあ仕方ないんじゃねーか?あの人は確かにぶっ飛んでっから」
「・・・・はあ。まあ・・・・そうだね。飛んでると言えば飛んでるかも・・・・」
「あははっ。だろ?」


山本くんは楽しげに笑うと、「で、ホントのとこ、どーなの?」と再び聞いてきた。


「え、どうって――――」
「だからヒバリとデートしたんじゃないの?」
「デ、デートってそんなんじゃ・・・・!」
「おろろ・・・・。んな真っ赤になんなくっても・・・・」
「や、山本くんが変なこと言うからじゃない」


そう言って顔を背けると、彼はやっぱり楽しげに笑っている。


「まあまあ、いいじゃん。興味あんだよ」
「な、何が?」


彼の言葉に視線を戻すと、山本くんはニヤリと笑った。


「だってあのヒバリが他人に興味持ったなんて初めて聞いたし」
「え?ああ・・・・彼は群れるのが嫌いみたいね・・・・」
「そーそ。だから何か気になるじゃん。って凄い存在かもな!」
「・・・・・」


(何なの、この人・・・・。凄く能天気?)


ヘラヘラと笑っている山本くんを見て、何だか虚勢張ってるのもバカらしくなってきた。


「で、どこ行ったんだ?」
「え?」
「昨日」
「どこって・・・・」


山本くんは本当に興味津々といった様子で私を見てくる。
このままだと話すまで聞かれそうな気がして、仕方なく口を開いた。


「えっと・・・・雲雀さんの小鳥、いるでしょ?」
「え?ああ・・・・。あの小鳥ね。あれが何?」
「その小鳥と出会った場所だって・・・・」
「は?え、もしかして・・・・あそこに連れてかれたの?」
「え?あそこって・・・・山本くん知ってるの?」
「あ、いや・・・・まあ、ちょっと、ね」


山本くんは私の質問に苦笑いをこぼすと、頭をガシガシかいている。


「しっかし・・・・何だって、あんなとこに行ったんだ?あの人」
「あそこから見る夕日が綺麗なんだって言うから廃墟ビルの屋上に行ったんだけど・・・・。ホントに・・・・綺麗だったの」
「へぇ・・・・。何だ、あの人って案外ロマンティックなのかもな」


山本くんはそう言って笑うと、「それで、それで?」なんて聞いてくる。
でも返事をする事が出来なかった。
この時の私の脳裏には、昨日見た綺麗な夕日と、雲雀恭弥の瞳が浮かんでいたから。


あれは、そう。


まるで日常とはかけ離れた夢のような時間だったかもしれない――――










学校を出て、彼のバイクにまたがって。
気付けば私は見た事もない場所に連れてこられた。


「ここ・・・・どこ?」


目の前の錆びれた門を見上げて尋ねると雲雀恭弥はニッコリ微笑んだ。


「元、黒曜センター跡地」
「え、跡地って・・・・じゃあ上に見える建物も廃墟ってこと?」
「そう。でも人が来ないし気に入ってる。まあ――――ちょっと嫌な思い出もあるんだけど、それを忘れない為に時々来るんだ」
「・・・・・?」


雲雀さんはそう言うと門が壊れた場所から中へ入っていく。
それを見ながら私はついていくのが少しだけ躊躇われた。


(え、ちょっと待って・・・・。飛び切りの場所って・・・・ここ?!)


さっきの言葉を思い出し、首をかしげる。


(ああ・・・・彼の感性が分からない)


なんて思っていると、雲雀さんが振り向いて手招きをしている。


「どうしたの?怖くないからおいでよ」


怖いわけじゃ・・・・ないけど。

仕方なく言われたとおり、彼の後について中に入る。


「足元、気をつけて」


そう言いながらさり気なく手を差し出してくる。
少し迷ったけど、その手をそっと握った。
だって足元を見れば確かに平坦な道とは言えなかったから。


(いや道と言うより・・・・獣道?大丈夫なのかな、入って)


素直に手を握る私に彼はちょっと微笑むと、ゆっくり上へと歩いていく。
ふと彼の横顔を見上げると何だか楽しそうで、肩に乗った小鳥もふわりと空へ飛び立った。
まるで案内をするかのように、私たちの前を優雅に飛んでいく小鳥は一番上にある建物の方へと飛び去っていった。


「あ・・・・小鳥が行っちゃったよ?」
「大丈夫だよ。アイツは上で待ってる」


雲雀さんはそう言うと少しだけ手を強く握り、見えてきた建物前の階段を上がっていく。
私は何も言えないままついていったが、目の前の建物を見て"お化け屋敷"みたい、なんて思った。
でもまだ午後だし明るいから、それほど怖さは感じない。


(ああ、もう5時間目が始まってるな・・・・)


「・・・・・」


建物内に入って唖然とした。
何だか外観よりもボロボロで、ところどころ亀裂も入ってるし、階段なんて途中で壊れていた。


「あっちから上がれるから」
「え、あ、上がるの?」
「うん。この上から見る夕日が綺麗なんだ」
「夕日・・・・」


雲雀さんは慣れてる足取りで一階奥の通路を歩いていく。
すると本当に上へと続く階段があった。
・・・・非常用の梯子だけど。


「こ、壊れない・・・・?」


一応、上へと続いてるようだけど、あまりにボロボロで少し心配になる。
でも彼は「平気だよ」と言いながら淡々と梯子を上がって行った。
上を見上げながら躊躇っていると、「手、かそうか?」と声が聞こえてくる。


「だ、大丈夫・・・・」


何だか冒険してるみたい、と思いながら開き直って梯子を上がった。
すると雲雀さんが待っていてくれて手を出してくれる。


「ありがと・・・・」


お礼を言って彼の手に掴まると、辺りを見渡した。


「ここは・・・・」
「かつてのボーリング場。この上は映画館だったみたいだよ」
「そう。雲雀さんは、ここ、よく来るの?」
「一人になりたくなったら時々ね」


彼はそう言って立ち止まると私を見下ろした。


「な、何?」
「・・・・名前で呼んでくれないんだ」
「え?名前って――――」
「恭弥」
「・・・・?」


彼が無表情のクセに優しい瞳で見つめるから、何となく目を反らせなくて。


「きょ・・・・恭弥・・・・さん」


つい素直に、その名を口にする。(でも敬語)
男の人の名前を面と向かって呼ぶなんて初めてで、何となくくすぐったい気分になりながら視線を上げると、
彼、雲雀恭弥はふっと嬉しそうな笑みをこぼした。


「さんはいらないけど・・・・まあ、いいか。よく出来ました」
「な、バ、バカにして――――」
「してないよ」


彼はそう言うとちょっと笑って再び歩き出した。
三階に行くと彼の言ったとおり、昔、映画館だったと思われる場所に出る。
雲雀さんはそこも通り過ぎると通路奥にある非常階段と書かれた扉を開けて外に出た。


「この上、屋上になってるんだ」


そう言って彼は階段を上がっていく。
それについて行きながら、彼の背中を見ていると、何故か不思議な気持ちになってきた。

ついこの前までは全く知らなかった人と、今はこうして手を繋いで知らない場所にいる。
何だかあまり現実味がなくて、これは夢なのかな、なんて変な事を考えた。
今日まで、こんな予想も想像すらもつかない出来事に直面したことなんてなかったから。
こんなに傍にいるのに心の中がまるっきり分からない人間と一緒にいた事なんてなかったから、余計にそう思った。


「わ・・・・」


屋上にたどり着くと、辺りには高いビルなんて他にないから、遠くまで見渡せるほど眺めは良かった。


「この旧道には殆ど車は通らないから静かでいいんだ」


雲雀さんはそう言うと私の手を離し、屋上の柵の方に歩いていく。
屋上の周りに張り巡らしてるソレは今はもう柵の役割りを果たしておらず、少しでも身を乗り出せば遥か下に落ちてしまいそうだ。


「あ、危ないよ・・・・?落ちたりしたら――――」
「平気だよ。そんなにとろくない」


雲雀さんは苦笑気味に唇の端を上げると空に足を投げ出し崩れかけのコンクリートに腰を下ろした。
下にいる時は気づかなかったけれど、屋上ほどの高さがあると、やっぱり風が強い。
サァァと風が吹くと、雲雀さんのネクタイがパタパタとはためき、彼の綺麗な髪は浚われて行く。


もおいでよ」


私が後ろに立ったままでいると、雲雀さんは後ろに手をつき顔をこっちに向けた。
高所恐怖症ではないけど高い場所を好きでもない私にとって、彼の隣にいくというのは、それなりに勇気がいる。
でも私を見つめる彼の髪は気持ち良さそうに風に吹かれていて、気付けば私は足を進め、雲雀さんの隣にしゃがんでいた。
そのまま腰を下ろし、恐々と足を下ろすと、隣で彼が微笑む。


「気持ちいいだろ」
「うん。眺めもいいな」
「空を飛びたくなる」
「え?」
「アイツみたいに」


そう言って雲雀さんは視線を上に上げた。
私もつられて見上げると、いつの間にか頭上をあの小鳥が旋回している。


「あ・・・・あの子、ちゃんと来てたんだ」
「アイツは僕が好きなんだ」
「・・・・ホント、そうみたいね」


サラリとそんな事を言う雲雀さんに、ちょっと笑いながら答えると、彼はそのまま私の顔を黙って見つめている。
コンクリートについた手が触れそうなくらい近くにいるから、その距離で見つめられると自然に鼓動が早くなってしまう。
そのまま見つめあう勇気はなくて、ふと視線を外し、前の景色へと向ける。
その時、彼が静かに口を開いた。


は?」
「・・・・ぇ?」
は僕のこと好きになってくれないの?」
「・・・・えっ?」


いきなりの、それも答えの困るような質問にドキっとして、再び彼の方を向いてしまった。
目の前の彼は特に表情も変えず、ただ黙って私を見ている。


「す、好きになるも何も・・・・よく知らないし・・・・。だ、だいたい雲雀さんだって私の事なんか全然知らないでしょ?」
「うん、知らない」
「・・・・・」


アッサリと肯定されて言葉を失う。
でも、だったらどうして彼はこんな風に私を連れ出したんだろう。
そんな事を考えてると、雲雀さんは空を見上げて僅かに笑みを浮かべた。


「でも僕と同じ空気を持ってたから」
「え・・・・?」
「僕は他人と群れるのも一緒に行動するのも嫌いだし、助け合いとか友情とか、そんなものを言い訳に群れてる奴らは噛み殺したくなる」
「(か、噛み殺す?!)じゃ・・・・じゃぁ・・・・。何で私と一緒にいるの・・・・?」


素朴な疑問だ。きっと彼は他人を信用してない。必要としてない。
なのに私にはこうして近づこうとする。心を開こうとする。 だから訊いてみた。
私の問いに、雲雀さんは不思議そうな顔をした。
まるで自分でも分からない、と言いたげな。
そして彼の口から出て来た言葉は私の感じたものと同じだった。


「さあ・・・・何でだろうね。でも君と一緒にいても不快じゃないんだ」
「どういう・・・・意味ですか?」
「・・・・そういう意味だよ」


そう言って微笑む雲雀さんは、私の欲しかった答えをくれようとはしなかった。
でも今思ったことを素直に言ってくれたんだ、と何となく感じたのは、私も彼と同じように、一緒にいても"不快"じゃないと思っていたからだろうか。


その後は二人で特に会話する事もなく、ただ黙って遠くの景色を眺めていた。
そこだけ時間が止まったような、不思議な時間が流れて、まるで日常とはかけ離れた空間にいるような、そんな錯覚。
でもこれが現実なんだと気付いたのは、上にあった太陽が傾き、オレンジ色の光を放ちだした頃だった。


「綺麗・・・・」


思わず口から零れた。
あたり一面がオレンジ色に包まれていき、私たちもその中に溶け込んでいく。


「・・・・これを君と二人で見たかったんだよね」


不意に雲雀さんがそう呟いた。
その横顔を見上げると、やっぱり優しい目をしている。


「退屈な授業を受けてるより、よっぽどいいだろ」


皮肉めいた笑みを浮かべて私を見る雲雀さんに、私はちょっと笑いながら素直に頷く。


「殴ったお詫びに付き合ったのに、こんな綺麗な景色を見せてもらって何だか申し訳ないかも」


こんな軽口を言えるくらいの余裕が出来て彼に微笑んだ。
でも苦笑いを浮かべるかと思った雲雀さんの顔は何故か寂しげで、黙って私を見つめている。
その時、さっきよりも強い風が私の髪をさらい、目の前でゆらゆらと揺れた。


「綺麗な・・・・髪」
「・・・・え?」


雲雀さんはそう呟いて私の髪を手に取った。
男の人にそんな事を言われたのは初めてで顔が自然と熱くなる。


「・・・・っ?」


その時、僅かにその髪を引っ張られ、視線を上げれば、彼の顔が目の前にゆっくり下りてきた。


「あの――――っ?」


それは、ほんの一瞬だった。
夕日を浴びた彼の顔が近づいてきたと思った瞬間、私の言葉は彼の唇に遮断され、口内へと消えた。
それは軽く触れる程度のもので、気付いた時には唇が離れ、目の前の彼の瞳には驚いた表情の私が映っていた。


「・・・・殴ったお詫びなら、これでいいよ」


彼の声は耳に届いてるのに、頭の中には入ってこなかった。
ファーストキスだった、と気付いて真っ赤になるのは、まだ少し後のこと。
この時はそんな事すら考えられないほどで、自分に何が起きたのかなんて冷静に考えられるほどの時間を、彼はくれなかった。


「・・・・ん、」


髪を掴んでいた手が離れたと思ったら、その手が今度は頬に触れ、そのまま首の後ろにまわされた。
かすかに引き寄せられたときには、もう唇を塞がれていて、無意識のうちに彼のシャツをぎゅっと握り締める。
初めて触れる他人の唇は、少し冷んやりとしていて、逆に自分の唇は熱いくらいの熱を持ち始める。
僅かに離れては、また触れる。
時折、彼の舌が私の唇を掠め、ピチャリと水音をたてた。
今日まで知らなかったその行為に体全体が心臓になったみたいで、
知らないうちに息を止めていたのか、苦しくて体が震えた。


「・・・・・」


私の異変に気づいたのか、不意に唇が解放され、いつの間にか瞑っていた目をゆっくりと開ければ。
雲雀さんはぺロリと自分の唇を舐めて、意味深な笑みを浮かべた。


は甘いね」


指で私の濡れた唇を拭うと、その手で頬をそっと包んだ。


「・・・・何だか・・・・胸が痛いよ」


小さく零れた彼の言葉は、ふわりとふいた風にかき消された。


覚えてるのは泣きそうなくらい綺麗な夕日と、悲しげに微笑む彼の顔――――













「…い!おい、?」
「・・・・え、な、何?」


いきなり肩を叩かれ、ハっと我に返ると、目の前で怪訝そうに私の顔を覗き込んでいる山本武がいた。


「どうしたんだよ、ボーっとして」
「え、あ、ご、ごめんね」
「急に黙るからビックリしたよ」
「あ、ちょっと寝不足で・・・・」


そう誤魔化すと、山本くんは苦笑気味に私の顔を覗き込んできた。


「あー♪雲雀さんとのデートがあまりに良くて眠れなかったとか?」
「な、何言って・・・・。そんなんじゃないよ・・・・」


強く言い返せないのは、さっき初めて言葉を交わした相手、というのを差し引いても、彼の言った事が少なからず当たっていたからかもしれない。


「そ、それにデートじゃないってば・・・・。ただ一緒に学校サボっただけで――――」
「でも一緒に夕日を見たんだろ?ならデートっぽくないか?」
「ち、違うったら・・・・。それより前向いてよ、そろそろ先生来くるよ?」
「おっと、いけね!んじゃ、また後で続き聞かせてくれよ」


山本くんはそんな事を言って、やっと前を向いてくれた。
続きって言われても話せるわけないじゃない、と内心、思いつつ私も教科書を出す。


(そう言えば・・・・今日はまだ一度も雲雀さんを見てないな)


この日の授業はハッキリ言って、ちっとも頭に入らなかった。


結局――――雲雀さんは今日、一度も私の前に姿を現さなかった。





「おう、!今日も雲雀さんと一緒に帰るのか?」


靴をはきかえていると後ろから山本武と沢田くん、そして確か同じクラスの目つきの悪い男の子の3人が立っていた。


「か、帰らないわよっ」


山本くんの言葉にそう言い返すと、彼は「なーんだ。2ショット見たかったのになー」なんてヘラヘラ笑っている。
すると目つきの悪い男の子が、「バカか、てめぇ。下らねー」と言って、ジロっと私を見た。
その目つきの悪さにドキっとすると、沢田くんが慌てたように間に入る。


「あ・・・・彼は獄寺くんって言って同じクラスなんだよ?今日は遅刻してきたけど――――」
「知ってる。一昨日もいたし。あの・・・・宜しく、です」


一応クラスメートだし、と挨拶をすると、彼は照れくさそうに顔を反らし、「どーも」なんてぶっきらぼうに呟いた。
そして無造作に胸ポケットから煙草を取り出し咥えると、堂々と火をつけ始めてギョっとした。
でも沢田くんも山本くんも慣れてるのか注意すらしない。
あげく沢田くんは怯えたように「雲雀さんが来る前に早く帰ろう」なんて言っている。


「つか、ホントにこいつ、ヒバリの女なの?」
「ご、獄寺くん!」


獄寺くんの遠慮のない言葉に、気の弱そうな沢田くんがギョっとしている。
山本くんは相変わらずニコニコしていて、「昨日、一緒に夕日見たんだってさ」とケロっとした顔で言った。
それには私も顔が赤くなる。


「ちょ、ちょっと山本くん――――」
「マジで?!あのヒバリと夕日?!」


山本くんの説明に獄寺くんが心底驚いた顔で私を見た。


(もうー何で言うかな・・・・)


内心そう思いながら、ここはサッサと帰るべきだ、と3人を無視して歩き出した。
が、すぐに腕を掴まれ振り向けば、山本くんが爽やかな笑みを浮かべている。


「待てよ」
「な、何よ・・・・」
「俺達、これからツナんち遊びに行くんだけど、も一緒に来ないか?」
「は?」
「お、おい山本・・・・さんに近づいたら雲雀さんが黙ってないってば!」


案の定、ビビリの沢田くんが慌てたように彼を止める。
が、そんなの、ものともしないのが、この山本武なんだと、この時知った。


「でも付き合ってないって言ってたぞ?なあ?
「そ、そうだけど――――」
「まーいいじゃん!そういう事なら行こうぜ、!ヒバリがヤキモキする姿、見てぇし!」
「は?」


今度は獄寺くんまでが、そんな事を言い出しギョっとした。


(彼は雲雀さんに何か恨みでもあるんだろうか・・・・)


「あ、あの私は――――」
「いいからいいから!ツナんち面白い奴いっぱいいるんだ。紹介するよ」
「な、い、いいいってば!ちょっと放して――――」


山本くんは私の抗議を無視して腕を引っ張りながら歩いていく。
沢田くんも、もう諦めたのか項垂れるようについてきて、獄寺くんに至っては鼻歌なんて歌いだした。


「アイツの慌てる姿、見れると思うと楽しみだぜ〜。つかアイツでも女に興味もつんだな!」
「お、おい獄寺くん!もし雲雀さんに聞かれたら・・・・ってひゃぁぁ!!!!」

「・・・・・っ?!」


いきなりの悲鳴にビックリして、私と山本くんは振り向いた。
すると沢田くんが横を向いてぶるぶる震えている。
その横にいる獄寺くんは持ってた煙草を投げ捨て、何だか赤いものを何本も手にするのが見えた。(って何だ、アレは!)


そして二人の視線の先には――――



「ヒ、ヒバリさん・・・・っっ」



風紀と書かれた腕章をつけた雲雀恭弥が学ランをなびかせ真っ直ぐ門に向かって歩いてくるのが見えた。
彼の後ろにはこわもての男が二人、少し離れてついてきている。


「ほ、ほらみろ!山本、すぐさんを放した方がいいって!またぶっ飛ばされるよっ?」
「十代目!大丈夫ですよ!この俺が逆にコイツで吹っ飛ばしてやりますから!」


(またぶっ飛ばされる?十代目?ふっ飛ばす?何言ってるの?この人たち・・・・)


よく分からない会話をする二人に唖然としたが、こっちに歩いてくる雲雀恭弥を見た時、一気に心臓が早くなった。
昨日の今日で、どんな顔をして会えばいいのか分からない。


「ヒ、ヒバリさん!ち、違うんです!俺達、別にさんにちょっかい出す気は――――」
「何言ってんだ、ツナ!俺達クラスメートなんだぜ?誰に遠慮する事もないだろ」


青ざめた顔で言い訳する沢田くんに、山本くんが明るく笑った。
獄寺くんは獄寺くんで、「かかってこい、ヒバリ!」と叫び、ライターの火をつけている。 (って、この人何する気だ!)


けど・・・・



「――――そこ、どいてくれる?急いでるんだ」


「・・・・・っ」


「あ゛ぁ゛?!」


目の前に立ちふさがった獄寺くんに、雲雀恭弥はそれだけ言うと、そのまま彼の横を通り過ぎた。
そして私の方まで歩いてくると、チラっと視線を向けてすぐに反らす。


「あ、あの――――」


私が声をかけようとした瞬間――――彼は無言のまま、私の横を通り過ぎて行った。


「何だ?あれ・・・・。全然やる気ねーじゃん。ホントににちょっかいかけたらヒバリが怒るんですか?十代目」
「おかしいなぁ・・・・。昨日は殺気漂うオーラを放って"誰も手を出すな"って言ってたんだよ?」
「ふーん。まあでも、これで邪魔されずにと遊べるな♪んじゃ、行くか」


山本くんはそう言って笑顔で振り向いた。
だけど私の足は固まったように動かなくて、それ以上に何も考えられない。


ただ、先ほど一瞬だけ見せた彼の私への冷めた視線だけが脳裏に焼きついている。


"じゃあ、また明日。学校で"


昨日の帰り際、優しい笑みを浮かべながら彼が言った言葉だけが空しく響いて、私の胸を苦しくさせていた――――











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