考えてみた事もなかった。
自分が男の態度や言葉で一喜一憂するなんて。
でも今の私は間違いなく雲雀恭弥に惹かれている事は確かで、私が一喜一憂してしまう対象というのが彼だ。
恋愛映画とかで良く聞かれる"好きだよ"とか"愛してるよ"なんて甘い台詞を言われたわけでもないし、言ったわけでもない。
なのに私は彼の家に泊まり、朝から仕掛けられた熱いキスを受け入れてる。
こんな風に誰かと触れ合ったりしている自分なんて想像すらしてなかった。
そこから生まれる色々な感情が、こんなにも苦しいんだって事も――――
「じゃあ放課後にね」
「・・・・う、うん」
恭弥の言葉に頷くと、彼は軽く笑みを浮かべ、私に触れるだけのキスを落とした。
軽いキスなのに、ちゅっと触れ合っただけで今朝の激しいキスを思い出し、また鼓動が早くなる。
それに今は恭弥の部屋じゃなく、学校の敷地内だからなおのこと。
あれから二人で少し眠り、その後に朝食を食べて、私は一度、家まで送ってもらった。
家で簡単に着替ると、学校に行く準備をして、軽く荷造りをさせられ、再び恭弥の家まで戻ったのだ。
と言うのも…恭弥が、「寂しくなったら、いつでも僕のとこに来たらいい」なんて言って、いつでも泊まれるよう私用の着替えを家に置いておくなんて言い出したから。
最初は驚いたし、まさか社会人でもないのに男の人の家に着替えを置いておく、なんて、そんな恋愛ドラマのような事を自分がするなんて思いもしなかった。
でも断れないのも分かってた気がする。
バカみたいだけど、恭弥のことが好きだと認識してしまってから、ずっと一緒にいたいなんて思ってる私がいるから。
それも学校に来る事さえ、煩わしいと思うほど――
恋愛の力って凄い、なんて、恭弥と別れ、教室に向かいながら思う。
「よ、!」
「あ・・・・山本くん、おはよう」
教室に入ろうとしたところで肩を叩かれ挨拶をすれば、山本くんはニヤリと笑いながら私の耳元まで身を屈めた。
「朝から仲いいのな?お前ら」
「・・・・・っ?!」
意味深な言い方に、さっきのキスを見られてたんだと気づいて頬が赤くなる。
「あ・・・・れは――――」
「偶然、通りかかったら見えてさ。まあ、いいじゃん。やっと付き合う事にしたんだな?良かったじゃん」
「な、何言って・・・・!べ、別に付き合うとか、そんな話は――――」
「はあ?まだしてないのにキスなんかしてたのか?」
「ちょ、声が大きい!」
山本くんの口を塞いで辺りを見渡す。
でも他の生徒達が登校してくる時間は廊下は騒がしいからか、誰にも聞えてなかったようだ。
ホっとして手を離すと山本くんはニヤニヤしながら、「今更、照れんなって」と背中をバシっと叩いて教室へと入って行った。
それには溜息をつきつつ、後ろから続くと、すぐに獄寺くんもやって来る。
「あ、、おはよ!アイツは?」
「おはよ。アイツって?」
「ヒバリだよ。アイツ、昨日は逃げやがって・・・・」
獄寺くんはそう言うと軽く舌打ちをして、「今日こそはぶっ殺してやる」なんてエキサイトしている。
そう言えば昨日、恭弥とバイクに乗る時に獄寺くんが怒ってた事を思い出した。
それも何だか花火のようなものを投げてきて、それを恭弥が弾き返したら大きな爆発音がした事も。
見れば確かに獄寺くんの顔はバンソウコウだらけだ。(沢田くんは更に包帯だらけだったけど・・・・)
「な、どこにいる?」
「さ、さあ・・・・さっき別れたし。自分の教室じゃない?」
「アイツが授業なんか受けるかよ。クソ・・・・いいや、自分で探す」
「え?あ、獄寺くん、ケンかはダメ――――」
慌てて彼を追いかけ、廊下に出たが、獄寺くんは凄い速さで走って行ってしまった。
「もう・・・・どうして男子ってケンカばっかりするんだろ・・・・」
(ヒドイ怪我とかしなきゃいいけど・・・・)
そう思いながら授業開始を告げるチャイムに急いで教室へと戻った。
昼休みに獄寺くんも教室に戻ってきたけど、特に怪我をしてないところを見ると恭弥は見つからなかったんだろう、と気にも留めなかった。
「なあ、。昼はどうする?ヒバリと食うのか?」
教科書をしまっていると、山本くんが振り向き、ニヤっと笑う。
それには視線を反らしながら、「別に約束はしてないけど・・・・」と答えた。
「そっか。んじゃ俺達と一緒に屋上で食おうぜ。天気いいしさ」
「・・・・え?でも私が行ったら、また・・・・」
「大丈夫だって!そんなの気にしてたら、とクラスメートやってられねーじゃん」
山本くんは呑気にそう言うと、お弁当を持って立ち上がる。
沢田くんは案の定、引きつった顔をしていた。
でも私と目が合うとニッコリ微笑んでくれる。(彼のこういう優しさが不幸なんだわ、きっと)
「じゃ、じゃあ・・・・俺、先に行ってるね」
ビクビクしながらも笑顔で言うと沢田くんは獄寺くんと一緒に先を歩いていく。
よほど恭弥の事が怖いみたいだ。
「あはは、ったく、しょーがねーなー。ツナは」
「・・・・・・・」
呑気に笑っている山本くんを見て、内心、"半分は山本くんのせいのような気がする"と思ったが敢えて口には出さない。
とりあえず恭弥に見られなければいいだけの話だ。
「あ、でもよ。ヒバリんとこ顔出さなくていいのか?約束してなくても待ってんじゃねーの?」
「ま、まさか・・・・」
そんな話をしながら屋上へと向かう。
山本くんは本当におせっかいと言うか、お世話好きな人なのかもしれない。
「でもよー。もし待ってたらマズイんじゃない?」
そう言われると、そんな気もしてくる。
でも今朝だって「放課後ね」って言ってたし、別にお昼を一緒に、とは言われなかった。
そりゃ私も一緒にお昼食べたいな、とは思ったけど、言われてもいないのに会いに行くのは照れくさい。
まだ好きだと気づいたばかりで戸惑う事も多いし、特に恭弥は強引だから気づけば流されてる自分がいて、少しだけ怖くなる事もある。
でも恋愛ってこんなものなのかもしれないな、なんて思ったりもするんだけど・・・・他の人達はどうなんだろう?
あれこれ考えていると屋上についてしまって何となく恭弥に会いに行くタイミングを逃した気がした。
とりあえずサッサとご飯を食べて、後で応接室にでも行ってみよう、と思いながら山本くんの後から屋上の外へと出た。
「・・・・え?ヒバリさんが女の子と?」
「そうなんっスよ〜」
外に出た途端、そんな会話が聞こえてドキっとする。
山本くんはチラっと私を見ながらそのまま二人の方に歩いて行って、「お待たせ」とその場に座った。
沢田くんと獄寺くんはハッとした顔で私を見たけど皆の方に歩いて行くと、山本くんが無邪気な笑顔を浮かべた。
「で、ヒバリがどうしたって?女の子って?」
「ちょ、ちょっと山本・・・・その話は――――」
「何だよ、だって気になるよなあ?」
「別に・・・・」
どうして、この男は空気が読めないんだ、と思いつつ、その場に座る。
沢田くんも獄寺くんも私に気を遣っているようで、気まずそうな顔のまま互いの視線を合わせていた。
それでも山本くんはケロっとした顔で私を見ると、
「強がるなよ。もし浮気してたらぶん殴ってやりゃいいじゃん」
「あ、あのね、別に私は強がってるわけじゃ――――」
「そ、そうだよ、山本!それにヒバリさんだって、ただ女の子と応接室で話してたってだけで浮気とかじゃないと思うし!」
沢田くんはバカ正直にそこまで言うと、アっといった顔で口を押さえている。
ついでに獄寺くんはサっと視線を反らし、その様子で気づいた。
彼は恭弥を探して応接室に行き、その場面を見たんだろう。それでケンカもしないで戻ってきた・・・・。
何となく話が見えてきて私は溜息をついた。
「とにかく。私はそんな事でいちいち気を遣ってもらわなくてもいいし心配もしてないから」
そう言ってお弁当を食べ始めると、三人は顔を見合わせ、再び私を見た。
「でもなぁ・・・・あのヒバリが女の子と二人きりで話してるなんて滅多にないし。俺、そんなのくらいだと思ってたからさ」
「獄寺くん、何が言いたいの?」
「い、いや別にその・・・・」
「ヒバリさんは群れるのが嫌いなんだし、きっと委員会か何かの話をしてただけだって」
沢田くんが引きつった笑顔でそう言ってくるのを見て、軽く息をついた。
「だから気にしてないってば。それより早く食べないと時間なくなっちゃうよ?」
「あ、う、うん。そうだね・・・・」
苦笑しながら、そう言うと沢田くんもホっとした顔でお弁当を食べ始めた。
ホント優しすぎるという性格も困ったもんだ、と思いながら、やっぱり心の奥がザワザワするのを感じ鼓動が早くなってくる。
気にしてないといえば嘘になる。
でも彼らの前でそんな顔は出来ないし、ホントに何でもない事なのかもしれない。
まあ確かにあの恭弥が女の子と二人きりで話してた、なんて想像もつかないけど――――
そう思いながらも、やっぱり昼休みが終わる前に恭弥のところに行ってみよう、と思っていた。
(来ちゃった・・・・)
あんなに気にしてないと言ってたわりに、どんどん不安になってきちゃって。
急いでお弁当を食べた後は、三人を上手く誤魔化して来てしまった。
恭弥はまだいるんだろうか。
ふと考えながら応接室のドアを軽くノックする。
でもすぐに「誰・・・・?」という声が聞こえて、ホっと息をついた。
良かった、まだいたんだ。
私はそのまま返事もせずにドアを開けた。
「あら・・・・?あなた、一年生?」
「――――っ?」
恭弥は一人じゃなかった。
最初に振り向いたのは恭弥の隣に座っていた女の子で、私を見るとゆっくりと立ち上がる。
淡い栗色の髪を胸元まで伸ばし、スラリとしたスタイルで凄く綺麗な人だ。
見た事がないから同じ学年ではない事はすぐに分かった。
「どうしたの?」
恭弥が立ち上がり、私の方に歩いてくる。
いつものように無表情だから、何を考えてるのか分からず、言葉に詰まった。
そんな私をも見て恭弥は僅かに笑みを浮かべた。
「・・・・ああ放課後まで待てなかった、とか?」
「ち、違・・・・っ」
「え?ああ、この子がそうなの?恭弥」
「ああ。だよ、弥生」
弥生――――?
親しげに彼女の名を呼ぶ恭弥にドキっとした。
彼女だって恭弥の事を呼び捨てにしているから、二人はそうとう親しいんだろうという事が分かる。
「へぇ、そうなんだ。可愛い子じゃない。まだ初々しいわね」
弥生と呼ばれたその人は、「私は上本弥生。宜しくね、ちゃん」とニッコリ微笑んだ。
私は、「宜しく・・・・」と言いながらも、二人がどんな関係なのかが気になって恭弥の方に視線を向ける。
でも先に口を開いたのは彼女の方だった。
「私と恭弥は家が隣同士で幼馴染なの」
「え・・・・?隣」
「ええ、と言っても正確には恭弥の家の裏側に当たるから通りから見ると見えないんだけどね」
そう言われて夕べ恭弥の部屋の窓から見えた裏側の大きなお屋敷を思い出した。
「あ・・・・あの家・・・・」
「ああ・・・・ちゃんは恭弥の部屋に行った事があるのね。彼の部屋の向かいが私の部屋なのよ」
「え・・・・?」
「恭弥の部屋って何もないでしょ。昔っからシンプル過ぎて味気ないの。ちゃんもそう思わなかった?」
「・・・・・・っ?」
その言葉にドクンと鼓動が鳴った。胸のずっと奥の方が苦しいくらいに重くなる。
(彼女は・・・・恭弥の部屋に入った事があるんだ)
そう思った瞬間、胸に痛みが走って息苦しくなってきた。
その時チャイムが鳴り、ハッと顔を上げると恭弥が心配そうな顔で歩いて来た。
「どうした?具合でも悪い?」
「べ、別に平気・・・・。戻らなくちゃ」
そう言って恭弥から離れようとしたが、すぐに腕を掴まれ引き戻される。
「それより僕に何か用事だったんじゃないの?」
「そういうわけじゃ・・・・・。何でもないから」
「そう?じゃあ・・・・後でね」
恭弥は優しく微笑みながら私の額にキスを落とした。弥生さんの前でそんな事をされ、一瞬で顔が赤くなる。
「恭弥ってば。彼女、真っ赤じゃない、可哀想よ?」
弥生さんのその言い方が何だかバカにされたように感じて、私はそのまま応接室を飛び出した。
後ろから恭弥が「!」と呼んだのが聞えたけど、聞こえないふりをして廊下を走っていく。
よく分からない怒りが込み上げてきて涙が出そうになった。
嘘つき・・・・彼女だって家に入れてるじゃない・・・・。
そりゃ幼馴染かもしれないけど彼女の態度はそんな感じじゃなかった。
まるで恭弥は私のものよ、とでも言いたげな目で私を見てた気がする。
ホントに・・・・ただの幼馴染なの――――?
初めて経験する"嫉妬"という感情が、こんなにもツラくて苦しいものなんだって、この時初めて知った――――。
「おい、」
放課後になり、帰る用意をしていると山本くんと獄寺くんが歩いて来た。
「さっき・・・・ヒバリとケンカでもしたのか?」
「え?」
「いや何だか怖い顔で戻ってきたし・・・・。俺、余計なこと言っちゃったかなって後悔してさ」
そう言って頭をかく山本くんに、獄寺くんも、「お前が悪い」と文句を言っている。
そんな二人を見て心配してくれてたんだ、と少し嬉しく感じた。
「ううん、別にケンカなんかしてないよ?」
「そっか・・・・?なら・・・・いいけどさ。ああ、今日も一緒に帰るのか?」
山本くんにそう言われ、一瞬迷ったが小さく頷いた。
約束は約束だし、さっきあんな形で戻ってきてしまった事も恭弥にちゃんと誤らなくちゃと思ったのだ。
「そっか。じゃあ心配ないな・・・・」
「良かったじゃん。まあ、あのヒバリが浮気なんて―――――」
そこで言葉を切った獄寺くんは、少し驚いたような顔で廊下の方を見ている。
そんな彼を見て私も振り返ると、
「ちょっといい?ちゃん」
「や・・・・弥生さん?」
入り口のところから手招きをしているのは、さっき恭弥に紹介された幼馴染の上本弥生だった。
「おい・・・・大丈夫か?」
「大丈夫よ?じゃあ・・・・また明日ね?」
心配そうな顔をしている二人にそう言うと、私は鞄を持って弥生さんの方へと歩いていった。
「ごめんね?すぐ済むわ」
彼女はニッコリ微笑むと、そのまま歩いて私を応接室へと連れて行く。
そこに恭弥はいない。
きっと待ち合わせをした裏庭で、私が来るのを待っている。
「何か私に用ですか?」
彼女の魂胆が分からなくて警戒しながら尋ねると、弥生さんはソファに座りながら足を組んだ。
スラリとした身長に見合った細くて長い足が色っぽく見えて、思わず視線を反らすと彼女は小さく笑って私を見た。
「ちゃんは恭弥と会ったばかりなんですってね」
「・・・・はい。最近、転校してきたから――――」
「ええ、恭弥から聞いてるわ?私も最近、友人から学校で広まっている噂を聞いて恭弥にさっき尋ねたの」
「え?噂って・・・・」
「"雲雀さんが一年の転校生と親しくしてるみたい"って。私、先週まで足を骨折して入院してたのよ。だからソレを聞いて驚いたの」
弥生さんは余裕の笑みを浮かべながらゆっくりと足を組みかえる。その拍子に白い太腿がスカートの隙間から見えてドキっとした。
とても怪我をしてたとは思えないほど綺麗な足で、バレエでも習ってるのかもしれないと思った。
それほど歳も変わらないのに彼女はどことなく大人っぽくて、恭弥と並んでても違和感がなかったのを思い出す。
「で・・・・ちゃんは恭弥のこと好きなの?」
「え・・・・?」
「だって会ったばかりでしょ?恭弥のこと何も知らないじゃない?なのに好きになれるものなのかなって」
「それは・・・・」
「ほら恭弥って普段は他人と接触するのがあまり好きじゃない人だから、いったいどんな手を使ったのかなって思ったの」
「わ、私は別に――――」
「やっぱり・・・・体?」
「な・・・・い、いい加減にして下さい!」
ハッキリと侮辱をされたのが分かってカッとなる。でも怒鳴ってみたところで彼女は動じるでもなく、クスクス笑い出した。
「その様子だとヴァージンみたいね。真っ赤になっちゃって可愛い」
「ふ、ふざけないで!そんな話なら帰ります・・・・・っ」
いつまでも余裕でいる彼女にイライラして部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。
「恭弥・・・・キスが凄く上手いでしょ」
「―――っ!」
その言葉に足が固まったように動かなくなった。そのままゆっくりと彼女の方に振り向く。
弥生さんはそんな私を見て笑みを浮かべたまま静かに歩いて来た。
「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃない。それとも自分が恭弥の初めてキスした相手だとでも思ってたの?」
「そ・・・・そんな事は―――――」
「恭弥の初めての相手は私よ?ちゃん」
「・・・・・・っ」
目の前に歩いて来た弥生さんを見上げながら、私はぎゅっと唇を噛み締めた。
「恭弥の親と私の親は昔から仲がいいの。だから将来は私たちが結婚してくれたらって言ってくれてるわ?」
「け・・・・っこん?」
「ええ。私も恭弥が相手ならそんな嬉しい事はないし。彼ほどの男なんて早々いないでしょ?」
「・・・・知りません。勝手にしたらいいじゃないですか」
「あら、勝手にしていいの?あなたも恭弥が好きなんでしょ?」
「・・・・あなたには関係ない」
「あっそ。まあ恭弥も気まぐれだから、そのうち飽きると思うけど」
「・・・・失礼します」
それだけ言うと私は部屋から飛び出し、思い切り走った。
後ろから彼女の笑い声が聞えてきた気がして耳を塞いで必死に走る。
息が出来ないほど苦しくて、胸の奥がどんどん痛くなっていくのを感じながら正門に向かった。
彼との約束なんてもうどうでもいい。今は顔を見たくない。
こんなに苦しいなら好きにならなければ良かった。
校舎を飛び出すと彼が待つ場所へは行かずに門を抜ける。
早く一人になりたかった。その時――――
「あ・・・・!」
「――――っ?」
懐かしい声が私の耳に届き、足を止めて振り向いた。
「南條・・・・くん・・・・?」
「やっぱりだ・・・・。久しぶり!」
そう言って目の前に歩いて来た男の子を、信じられない思いで見上げた。
「ど・・・・して、ここに・・・・?」
彼は前の学校で同じクラスだった。なのに何故、並盛中に彼がいるのか、と目を疑う。
そんな私を見て彼は照れくさそうに笑った。
「いや・・・・今日は部活休みだったからさ。に会えるかなぁなんて思って・・・・」
その言葉を聞いて、本気で驚いた。
「私に・・・・会いに来てくれたの・・・・?」
「まあ・・・・って、おいっ。ど、どうした?」
あまりに懐かしい顔を見て気が緩んだのか、今まで我慢していた涙がポロポロと頬を伝っていった。
「おい、・・・・?な、何で泣くんだよ・・・・っ」
「ご、ごめ・・・・何でも・・・・ないから・・・・」
「何でもないって顔じゃねーだろ?つか・・・・送るし帰ろう・・・・」
南條くんはそう言って私の肩を抱くと、そのまま歩き出した。
そんな私たちを帰宅中の生徒達が興味深げに見ていく。
制服が違うから南条くんはかなり目立ってるようだ。
「ほら・・・・これで拭けよ」
「あ・・・・ありがと・・・・」
家に向かって歩きながら南條くんはハンカチを貸してくれた。
それで涙を拭きながら、軽く深呼吸をする。
「大丈夫か・・・・?」
「うん・・・・もう平気。ごめんね?」
「い、いや謝らなくてもいいけど・・・・。ああ、あれか。まだ今の学校に慣れてないとか?」
南條くんは心配そうな目で私を見ている。そんな彼に軽く首を振った。
「そんなんじゃないの・・・・。南条くんの顔見たら懐かしくて・・・・」
「そ、そう?それなら・・・・いいけどさ」
南條くんはホっとしたように微笑むと、私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。
私はまだ信じられなくて、彼のよく日焼けした顔を黙って見上げる。
「あ、あんま見んなよ・・・・」
「だって・・・・驚いちゃって・・・・」
「こっちだって驚いたよ。やっとが出てきたと思ったら急に泣き出すし」
「ご、ごめん・・・・」
無防備に泣いてしまった事が今更ながらに恥ずかしくなって頬が赤くなる。
何て言っても南條くんは、恋愛に興味のなかった私が密かに憧れていた人だから。
「ほら・・・・、急に転校が決まったし、あまり話も出来ないままだったろ?」
「う、うん・・・・」
「で・・・・電話しようか、とか色々迷ってたんだけどさ。いきなり来て驚かせてやろうかなぁ、なんて思い立って・・・・」
「ホント驚いたよ・・・・?幻かと思った・・・・」
「大げさな奴だな」
私の言葉に南條くんはやっぱり照れくさそうに微笑んだ。
その笑顔は変わってなくて、さっきまで苦しかった胸のつかえも少しづつ和らいでいく。
「またの事だからクラスの奴と打ち解けてないのかなって心配だったんだけど・・・。どうだ?新しい学校は」
「・・・・うん、まあ。何とかやってるよ?クラスも・・・・まあまあ楽しい人も居るし」
「へぇ。珍しいな?人間嫌いのお前が。でもそれなら安心したけど」
南條くんはそう言って笑うと、日に透けて光っている茶色い髪を軽くかきあげた。
私は彼のサラサラした茶色い髪が凄く好きだった。
彼はサッカーをやっている。
よく日焼けした肌と同様、「髪も紫外線で焼けてくんだよなー」なんて本人は困ってたけど、私は彼の髪が太陽の光に反射してキラキラ光るのが好きだった。
クラスでなかなか皆に馴染もうとしない私に、いつも気軽に声をかけてくれた人が南條くんだ。
そんな優しい性格のせいか、南條くんは女の子からも男の子からも人気があったっけ。
他の男の子は苦手だったけど、彼は私が気軽に話せる唯一の人だった。
他愛もない思い出話をしながら歩いて行くと、私の家が見えてきて、南條くんはそこで足を止めた。
「ここが新しい家?綺麗だな」
「うん。あ、寄ってく?」
せっかく来てくれたんだし、と、そう言えば南條くんは軽く首を振った。
「いや今日はやめとくよ。が元気にしてるか見に来ただけだし・・・・」
「・・・・うん、ありがとう。嬉しかった」
「い、いや・・・・別にお礼なんていいけど・・・・。つか、お前少し変わったな?」
「・・・・え?」
「何か・・・・前より素直になった気がする」
「そ、そう?」
「ああ。それに綺麗になった・・・・かな?」
「な、何言ってんの・・・・?転校してそんなに経ってないじゃない・・・・」
彼の言葉が恥ずかしくて視線を反らすと、南條くんも照れたように頭をかいた。
「いや前から可愛かったけどさ・・・・」
「何よ、それ・・・・。そっちこそ変わったんじゃない?前はそんな事言わなかったし・・・・」
私が軽く睨むと、南條くんは指で鼻をかきながら少しだけ俯いた。
「まあ・・・・言わないで後悔したからな・・・・」
「・・・・え?」
その言葉に首を傾げると、南條くんは不意に顔を上げた。
真剣な瞳で真っ直ぐに見てくるからドキっとして目を伏せる。
「また・・・・来てもいいかな・・・・」
「え?あ・・・・それは・・・・いいけど・・・・」
どういう意味なのか分からずに頷くと、彼はホっとしたような顔をした。
「そっか。良かった・・・・。じゃあ・・・・今度来る時はメールでもするよ」
「あ、うん・・・・」
「じゃあ、今日はもう帰るよ」
南條くんはそう言って手を振ると、ゆっくり歩き出した。でもすぐに振り返ると、
「あのさ・・・・。何があったか知らないけど・・・・俺で良ければ相談に乗るから。いつでも連絡してこいよ?」
「南條くん・・・・」
「じゃな!」
「あ―――――」
南條くんは笑顔で手を振って帰って行った。
次第に小さくなっていく背中を見つめていると、まるで昔の自分に戻ったような気がする。
前も時々は彼と一緒に帰って、こうして背中を見送った。
なのに・・・・あの時ほど胸がドキドキしてなくて小さく溜息が出る。
一人になった途端、さっきの事を思い出す。
あんなに苦しいなら、やっぱり恋愛なんてしたくない。
昔の自分に戻りたい。そう――――強く願った。
その時、遠くからバイクのエンジン音が聞こえてドキっとした。
振り返れば学校の方角から見たことのある影が近づいてきてハッと息を呑む。
それはアっという間に私の前に来て、静かに停車した。
「・・・・恭弥」
目の前にバイクを止め、怖い顔で降りてきた彼に心臓がドクンと音を立てる。
一歩、後ずさって家の門に入れば彼が追いかけて来た。
「待ってよ、何で逃げるの」
「放して・・・・っ」
「やだ。だいたい何で来なかったの?待ってたのに」
「きゃ・・・・」
グイっと腕を引き寄せられたかと思えば彼の腕に強く抱きしめられた。
でもそれは一瞬で、すぐに離れた恭弥は私を冷たい目で見下ろしてくる。
「何で来なかったの?」
「そ、それはだから――――」
「って言うか。一緒に帰った男って誰」
「・・・・え?」
「うちの生徒から聞いたんだ。が他の学校の制服を着た男と帰っていったって・・・・」
恭弥の目は本気で怒ってるのか、いつもより威圧感が感じられて言葉が出てこない。
もし南條くんの事がバレたら彼はまた暴力を振るうんじゃないか、と怖くなった。
「きょ、恭弥には関係ないでしょ・・・・?」
「どういう意味、それ」
「どういう意味も・・・・そのままの意味よ・・・・」
怖いのを我慢して言えば、恭弥は、「ふうん・・・・」とだけ呟き、目を細めた。
いつもの意地悪な顔をとは違う。彼は本気で怒っているようだ。
「何を怒ってるのか知らないけど・・・・僕は約束を破る人間は嫌いなんだ」
「・・・・・・っ」
「理由すら話せないわけ?」
冷たい声にまた涙が溢れそうになり、唇を噛み締めた。
本当なら弥生さんが言ってた事を確かめたい。
でも、もしそれを認められたら、と思うと怖くなる。
それは私が恭弥の事を本気で好きだという証拠で。だからこそ、こんなにも胸が痛いんだ。
「・・・・黙ってたら分からないよ」
「ま、前の学校の友達が来たから一緒に帰って来ただけだよ・・・・」
「前の学校?」
恭弥は軽く眉を上げると、小さく息をついた。
「だから何?それだけで僕との約束を破った理由にはならないだろ」
「わ、悪いと思ったけど、ホントに久しぶりで――――」
「じゃあ、そいつの名前は?」
「な、何で・・・・そんなこと言わなくちゃダメなの?」
「・・・・言えないんだ」
「・・・・痛っ」
ぎゅっと手首を掴まれて痛みが走る。
こんなに恭弥を怒らせてしまったんだ、と思うと、さっきと同じような痛みが胸を走った。
それと同時に怒りも込み上げてくる。
「な、何よ・・・・。そっちだって他の女の子と話すことくらいあるでしょっ?」
「何それ。開き直ってるわけ?」
「ち、違うけど・・・・。ただ恭弥だって私以外の子と話したり、キスしたりしてるじゃないっ!」
「・・・・・・っ?」
「あ・・・・」
つい思ったことが口から出てしまって小さく息を呑んだ。
恭弥は少し驚いたような顔で私を見ている。
「どういう意味?僕が誰とでもキスしてるって言いたいの?」
「そ、そうじゃないけど・・・・私ばかり悪いみたいに言うから――――ん・・・・っ」
いきなり唇を塞がれ、言葉が途切れた。
恭弥は私の腰を強く抱き寄せ、覆いかぶさるようにキスをしてくる。
最初から舌を絡められると苦しくて涙が零れ落ちた。
「ん、ゃ・・・・っ」
強く吸い上げられて唇を甘噛みされた瞬間、体に熱を持つのが分かる。
こんな場所で激しくキスを仕掛けてくる恭弥が怖くなった。グイっと胸を押し返すと、冷めた目が私を射抜いた。
「・・・・こんなキスするのはだけだよって言っても信じられない?」
「恭・・・・弥・・・・」
一瞬だけ悲しそうな顔を見せた彼にドキっとした。
恭弥は私を放し、小さく溜息をつくと、そのまま門の方に歩いていく。
が、不意に立ち止まると、さっきとは違う優しい目で私を見つめた。
「僕は・・・・を痛めつけたいんじゃないよ、優しくしたいんだ」
「・・・・・・っ」
その一言が胸に刺さって一気に涙が溢れてくる。気づけば帰ろうとする彼の背中に抱きついていた。
「ごめ・・・・ん・・・・恭弥・・・・」
「・・・・?」
「・・・・って・・・・。だって・・・・」
違うの、ホントは分かってた。恭弥が本当の自分を見せてくれてるって。
彼女のいう事が本当だとしても、そんなのは過去の事で、今はちゃんと私を大切にしてくれてるって分かってた。
なのに・・・・嫉妬して、恭弥の事を傷つけた。
「ごめんね・・・・」
彼の背中に顔を押し付けて呟くと、恭弥がゆっくりと振り向いた。
「は・・・・僕のこと、ちゃんと好きなの?」
涙で濡れた顔を上げると、夕日に染まった恭弥の優しい瞳が、かすかに揺れていた。
彼を見てると、胸の奥が痛くて、涙が止まらなくなる。
痛くて、痛くて、なのに好きという想いは次から次に溢れてくる。
「好き・・・・って言ったら・・・・?」
震える声で小さく呟くと、彼の指が頬の涙を拭った。
「偶然だね、僕も同じこと言おうと思ってた」
恭弥はそれだけ言うと再び私の唇を塞いだ。
さっきよりも優しく、それでいて情熱的に唇を貪る。
舌を絡ませ、水音を立てながら口内をあますことなく愛撫しては、強く腰を抱き寄せてくる。
「ん・・・・っ」
苦しいのに、甘い吐息が洩れて恭弥の胸にしがみ付くと、唇が不意に離れた。
でもすぐにそれは頬や耳朶に滑り落ち、軽く甘噛みされてビクンと体が跳ねた。
「ゃ・・・・恭・・・・弥・・・・。誰かに見られ・・・・る・・・・。・・・ん、」
自宅の玄関の前でこんな風に抱き合ってるなんて、死ぬほど恥ずかしい。
それでも恭弥は私の首筋にキスをしながら、制服の中に手を滑り込ませた。
「ひゃ・・・・ちょ・・・・」
ドアに背中を押し付けられて首元を舐められると、本気で恥ずかしくなってくる。
その時、家の前を近所の主婦が二人、楽しげに話しながら歩いていくのが見えてドキっとした。
でも辺りは薄暗くなっていて人通りも少なく、家の敷地に入ってる私たちには気づかない。
それでも、いつこっちを見るかとヒヤヒヤしていると、鎖骨の辺りにチクリと小さな痛みが走った。
「・・・・ん、恭弥・・・?」
私が名前を呼ぶと、顔を上げた恭弥と目が合う。
熱っぽい彼の瞳に胸がドキドキとうるさくて、聞えてしまったらどうしよう、と恥ずかしくなった。
「あ、ちょ・・・・っと」
背中に侵入していた手がスルスルと肌を撫で上げ、ビクンとした。
恭弥は私の反応を楽しむように目を細めると、唇をぺロリと舐めて赤い印をつけた場所にちゅっとキスをする。
その感触だけで力が抜けそうになり、体を捩った。
「ダ、ダメ・・・・」
「何が?」
「な、何って・・・・」
こんな時にも意地悪な恭弥に、また泣きそうになる。
すると彼は楽しげに唇の端を上た。
「僕、こんなにイライラして人を待ったのなんて初めてなんだ。だからその分のお仕置きはさせてもらうよ」
「な・・・・何言って・・・・ひゃ・・・・」
彼の指先にツツ・・・・と背中をなぞられ、また体が跳ね上がる。
そしてその指がブラジャーのホックにかかった時、一瞬で顔が熱を持った。
「ちょ、ダメ・・・・っ」
本当にこんな場所で?と焦って叫ぶと、恭弥は小さく噴出し笑い出した。
「・・・・クックック・・・・の今の顔・・・・可愛いね」
「な・・・・っ」
「本気で、ここで襲われるとか思った?」
「・・・・・・っっ」
その言葉に今度は耳まで赤くなると、恭弥は意地悪な笑みを浮かべた。
「を抱く時は・・・・ちゃんとベッドの上にしてあげるよ」
この一言で全身の力が抜けた気がした。
ただ胸の奥が熱くて、痛くて、苦しい。
恭弥が好きで、好きで、どうしようもないくらい。
こんな想いがあるなんて、と自分で怖くなった―――――。
知らないでよかったのに、
こんな狂おしさ
今回は嫉妬がテーマで、まだ続きますのよ(* ̄m ̄)
だんだん雲雀の「似非度」が増していく気がしますのよ。
なのに嬉しいコメントを頂いておりますのよー(>д<)/
●この小説を読んでいると無性にドキドキしますww
(ありがとう御座います〜!ドキドキして頂けて嬉しい限りです!)
●雲雀さんが大好きですvvこちらの夢の雲雀さんがとても格好よくて、何度も読みなおしてしまいます!!
(ひゃー当サイトの雲雀、カッコいいなんて嬉しいwしかも何度も読み直して下さってるなんて〜゜*。:゜+(人*´∀`)
●いっそ狡み殺してくださいw
(ホント、私も噛み殺されたいです(* ̄m ̄))
●噛み殺すようなキスを、ってタイトル見ただけでドキドキしちゃいました!(夢小説を読んでさらにドキドキさせてもらいましたvv)
(ヲヲ!タイトルでドキドキ、読んでドキドキなんて、書いた甲斐があります!凄く嬉しいですよーっ(>д<)/
●前よりも雲雀さんにトキメキを感じるようになりました!
(前より雲雀にトキメキを!う、嬉しいです…(*TェT*)