私の好きな人は天下無敵の唯我独尊男で、私はいつも彼の強引なペースに流されてしまう。

それもまた、本気で嫌なわけじゃないんだけど――――。






「・・・・じゃあ、そろそろ終わろうか」
「うん」


放課後、恭弥の家で、いつものように一日の復習をする。
こんな日々も私にとったら幸せで、恭弥を独り占め出来る唯一の時間だ。
別に学校でも会えるけど、恭弥は学校に行くと風紀委員の仕事がある。
それ以外に周りから好機の目で見られるのが嫌だった。
特に先日、紹介された弥生さんは私と恭弥の関係が面白くないのか、時々廊下で会うと私の事を冷ややかな目で見てくる。
そんな事、恭弥には言えないんだけど・・・・・。


、今日はどうする?」
「え・・・・?」


恭弥は紅茶を飲みながらソファに座りなおした。


「どうする・・・・って・・・・?」


その言葉に首を傾げると、恭弥は私の唇に軽くキスを落とす。
ドキっとして顔を上げると、彼は不満げな顔で目を細めた。


「あれから一度も泊まってないだろ」
「あ・・・・」


最初の日以来、私は恭弥の家に泊まってはいなかった。
最近は珍しく母親の帰りが早いから泊まれなかったというのもある。でもやっぱり弥生さんの事が気になっているのは確か。
彼女は意味深な言葉を私に言った。その事を私は今日まで恭弥に確かめられずにいた。
あの日は上手く誤魔化された感じで終わっていて、恭弥には詳しい話も聞けていない。
彼女の態度を見ていると、二人は過去に何かあったんじゃないかと思う。それに泊まるとなるとやっぱり――――。


"を抱く時は・・・・ちゃんとベッドの上にしてあげるよ"


あんな大胆な事を言われたのだから何となく意識をしてしまう。
恭弥の事は好きだけど、まだ心の準備が出来てないのだ。


「・・・・?」
「あ、うん・・・・。えっと・・・・」
「明日は休みだし今日は泊まっていけば?そうすればもう少し一緒にいられるし」


私の顔を覗き込みながら恭弥は微笑んだ。その笑顔につられて私も笑みを返す。
確かに明日は学校もないし、そうしてもいいかな、と思った。
ただ・・・・そうなるとやっぱり恭弥のあの言葉が浮かんで意識してしまう。
そんな私に気づいたのか、恭弥は小さく笑った。


「別に何もしないよ」
「・・・・えっ?」
が怖がる事はしない」
「恭弥・・・・」


思いがけず優しい言葉を言ってくれた彼に胸の奥が熱くなる。
恭弥は私の気持ちを分かってくれてるんだ。
そう思うと、さっきまでの不安はどこかに消えてしまった。


「じゃあ・・・・明日は起きたらどっか連れて行ってくれる・・・・?」


恭弥とはデートらしいデートもした事がない。
いつか二人でどこかへ出かけたいと思っていたから、さり気なく言ってみる。
でも、恭弥は戸惑ったような顔で、「ああ・・・・明日は・・・・ちょっと用事があるんだ」とだけ言った。
それには私も一瞬、言葉を失う。


(用事・・・・って、じゃあ何で泊まってく?なんていうわけ?)


てっきり明日はずっと一緒にいれるものだと思っていたからか、私は一気に落胆した。
そんな私の気持ちなど気づきもしないのか、恭弥は教科書やノートを片付けながらチラっと私を見た。


「どうする?帰るなら送ってくけど。ああ、でも泊まるなら明日の夕方――――」
「・・・・帰るっ!」
「・・・・?」
「一人で帰れるし送らなくていいから。どうもお邪魔しました!」


それだけ言うと鞄を持って部屋を飛び出した。
一気に長い階段をおりて外へと向かう。恭弥は驚いた顔をしていたけど構うもんか。
良く分からない苛立ちが私の胸の奥で燻っていた。


・・・・!」
「・・・・・・っ」


門を抜けようとした時、後ろから恭弥の声が聞こえてドキっとした。
一応、追いかけて来てくれたんだ、と内心ホっと息をつく。
でも門を出たところで、「あら」という声が聞こえて足を止めた。


さん、じゃない?」
「・・・・え?」


名前を呼ばれて振り向くと、歩いてきたのは恭弥の幼馴染、上本弥生だった。


「こ・・・・こんばんは」


こんな時に会いたくなかった、と思いながらも挨拶をすると、彼女は意味ありげな笑みを浮かべた。


「あの・・・・?」
「――――弥生?」
「あら恭弥。ちょうど今から行く所だったの」


私を追いかけてきた恭弥に弥生さんはいつものような優しい微笑を見せる。
恭弥も恭弥で、「何かあった?」なんて声をかけているから、私はその場にいるのが何となく気まずくなった。


「うん、ちょっと明日の事で」
「ああ・・・・」
「・・・・・・っ?」


(明日?明日って・・・・何?)


チラっと私を見ながらそう言った弥生さんに、胸の奥がドクンと鳴った。


「でも取り込み中ならまた後でいいわ。どうせ恭弥、彼女のこと送るんでしょ?」
「いいえ、私は一人で帰れますから」
――――」
「・・・・さよならっ」


恭弥が何か言いかけたのも聞かず、私はその場から走り出した。
この間からずっとある、胸の奥の痛みがまた疼きだす。

これは嫉妬だ。
私は弥生さんに嫉妬してる。

恭弥の言葉でホっとはしてたけど、やっぱり彼女の事が気になって仕方がない。
親同士が結婚を望んでる二人。
それは真実なのかもしれないけど・・・・恭弥はどう思ってるんだろう?
私の事は――――?
やっぱり形がないと不安で仕方がないよ。


「追いかけてもくれない・・・・」


一気に走った後、後ろを振り返ると真っ暗な道が続いているだけで、また悲しくなった。

明日は弥生さんと約束してたの?もしかして今までも時々、彼女とそうやって会ったりしてたの?
私の知らない二人の時間があるの――――?


「バカ・・・・」


私は恭弥の事は何も知らないのと同じだった。

改めて気づいた時にはもう遅い。

知ってしまったこの狂おしいくらいの想いは、心の奥底に深く根付いてしまっていた。








カーテンの向こうから日差しが入っているのを、ボーっとした頭で眺めていた。
結局、夕べは色々と考えこんでしまったせいで熟睡できず、少し頭が重い。


(何よ・・・・。電話の一つくらいかけてくれてもいいのに・・・・)


枕元に置いた携帯に目をやり、溜息をつく。
普段ならサイレントにしておくけど、夕べは鳴ったらすぐ分かるようにしておいたのだ。
でも携帯は一向に鳴る様子もなく、目が覚めた時も一応確認はしてみたけど恭弥からの着信はなかった。
夕べは弥生さんと、ずっと一緒にいたんだろうか――――。そんな事ばかりが頭を過ぎる。
それに今日だって彼女と約束をしてるみたいだった。二人はホントにただの幼馴染なの?

時計を見れば午前11時。起きる気分でもなく、私は再び布団に潜った。


(せっかくの休みなのに、一人で過ごすなんて寂しい・・・・)


前なら普通に好きなことしたり、一人で出かけたりしてたはずなのに、今はどうやって一日を過ごしてたのか分からなくなった。


(もういい。今日はこのまま一日中寝てやるっ!)


そんな事を思いながらギュっと目を瞑ると、軽くノックをする音が聞こえてドキっとした。


・・・・いるの?」
「お母さん・・・・?」


休みの日、朝から母がいるなんて珍しい事もあるものだ。
そう思いながら布団から顔を出すと、静かにドアが開いた。


「あらやだ。まだ寝てるの?外はいい天気よ?」
「・・・・夕べあまり眠れなかったの。それより何?」
「ああ、そうそう。あなたに電話よ?男の子から♪」
「えっ?」


それを聞いてガバっと起き上がる。もしかしたら恭弥かもしれないと思ったのだ。
でも彼なら何故、携帯に電話してこないんだろう?


「ありがと、お母さんっ!」


戻っていく母にそう言ってから部屋の電話をとる。


「・・・・もしもしっ?」


ああ、もう少し素っ気なく出れば良かったかな、なんて思いながら受話器を耳に押し当てると、


『あ、か?』
「・・・・・っ?」


聞えてきたのは恭弥の声じゃなかった。


「・・・・南條・・・・くん?」
『ああ、おはよ。まだ寝てたか?』


受話器の向こうからクスクス笑う声が聞こえてくる。
恭弥からじゃなかった事に、私は小さく息を吐いた。


「う、うん・・・・。それより・・・・何で携帯にかけてこなかったの?」
『ああ、だってお前、携帯の番号、変えただろ。メールも送ったらアドレス違いで返って来ちゃうしさ』
「あ・・・・そう言えば・・・・」


そうだった。
引っ越して来た時、この辺は前の携帯だと電波が悪く、母が買い換えると言うので私も一緒に変えたんだった。
しかも新規購入だと安いからそっちにしろと言われ、まあ番号を変えても、かけてくる友人もいなかったから、と番号も新しいものにしたのを思い出す。


「ご、ごめんね?」
『ったく・・・・。新しい番号、教えてこないなんて、も案外冷たいんだな』
「ご、ごめん・・・・」


だって、まさか南條くんから電話がくるなんて思ってもみなかったんだもの。


「え、でも家の番号は誰から聞いたの?ここのは誰にも――――」
『ああ、それはのオヤジさんに聞いたよ、もちろん』
「あ・・・・そっか」


父は前の家にそのまま住んでいる。それを聞いて納得した。


「あ、それで・・・・何か用事だった?」
『あ、そうそう。さ、今日は暇?』
「え?」
『まあ今まで寝てたんなら暇か』
「わ、悪かったわね・・・・」


痛いところをつかれて苦笑すると、南條くんが明るい声で笑った。


『だったら今日、出てこないか?どっか行こうぜ』
「え、どっかって・・・・」
『天気もいいしさ。俺も今日は部活も休みだし暇なんだよね』


そう言われて一瞬、言葉に詰まる。
確かに暇は暇だけど、南條くんと二人で出かけるなんて初めての事だ。


「えっと・・・・」
『ああ・・・・。ダメならいいんだ。ただ、何してるかと思って電話しただけだし・・・・』


言葉を濁すと南條くんは慌ててそう言った。それには少しだけ罪悪感を感じる。
そう、それに恭弥だって今日は弥生さんと出かけるはずだ。だったら私だって遠慮する事はない。
恭弥は私と過ごす事より、弥生さんと出かける方を選んだんだから。


『あ、じゃあ寝てるとこ悪かったな。また――――』
「あ、あの南条くんっ」
『・・・・え?』
「今から用意するから少し待たせちゃうけど・・・・いい?」


思い切ってそう言うと、南條くんはホっとしたように、『ああ、待つのは慣れてるし』と言って軽く笑っている。
その後、1時間後に近くの駅で待ち合わせる事にして、電話を切った。



「ん〜何を着ていこうかなぁ・・・・」


軽くシャワーに入った後、クローゼットから何着も服を出して首を捻る。
初めて男の子と、それも密かに憧れてた南条くんと出かけるんだからTシャツにジーンズなんて格好では行けない。


「この前買ったワンピ、着ちゃおうかなぁ・・・・」


まだ一度も袖を通していない服を胸に当て、鏡の前に立ってみる。
レトロな柄とデザインが一目で気に入って、貯金を下ろしてまで買った服だ。
本当はいつか恭弥とデートをする時に着よう、なんて思ってた服でもある。
でも実際、恭弥と出かける時はバイクが多いし、普段は制服のままで行動しているからあまり意味のない事に気づいた。


「いいや、これ着ちゃおう」


どうせ恭弥とデート、なんて夢のまた夢でしかない。
あの男が行こうなんていう場所は、人気もなくて殺風景な場所ばかりだ。
そりゃ景色は凄く綺麗で、普段は見れないようなものが見れるから、それはそれで楽しかったんだけど・・・・。
だいたい学校の帰りに寄り道する程度だし、デートなんていえるものじゃない。
本当はたまに休みの日に待ち合わせとかして、二人で買い物したり、映画を見に行ったりなんて事もしてみたいんだから。
でもきっと恭弥は「人ごみは嫌いなんだ」とか言って、付き合ってもくれないんだろうけど。


「あ・・・・いけない。遅れちゃうっ!」


ふと時計を見れば、約束の時間までに20分もない。
慌てて服を着替えて、それに合うようなバッグを選び、簡単にリップも塗りなおす。
こんな風に普通の女の子がするような事をしたのは、恭弥と会ってからだ。
まさか、それが他の男に会うためにする事になろうとは思ってもいなかった。


「これでよし、と」


(でも南條くんは元々、私が憧れてた人だし・・・・。やっぱり、そんな人から誘われれば嬉しくもなる)


ふと前の学校のクラスメートを思い出す。
私に意地悪な事ばかり言ってたグループは南條くんのファンばかりだったし、少しだけやり返す事が出来たような気がする。


「あ・・・・。でもだから・・・・私を目の敵にしてたのかな・・・・」


何となくそう思った。
南條くんはクラスで浮いてる私を、よく気にかけてくれていた。
確かにその前から軽く無視とかはされてたけど、ハッキリ意地悪をされたりするようになったのは、南條くんと話すようになった頃からだ。


(もしかしたら、彼女達はそれが面白くなかったのかもしれないな・・・・)


今頃になって、そんな事に気づき、軽く苦笑する。
でも、そう言う女心が分かるようになったのも、何だかんだ言って恭弥と会ってこんな気持ちを知ったからだ。
私だって恭弥と親しげに話す弥生さんに嫉妬をしてるからこそ、分かる。


(恭弥・・・・もう出かけたのかな・・・・)


携帯をバッグに入れようとして、ふと画面を眺める。
出来れば少しでいいから声が聞きたい、なんて思った。
でも、あんな帰り方をして、今更私から電話なんか出来ない。
それに恭弥だって連絡すらくれないんだから・・・・


「何よ、バカ。私だって恭弥以外の人と出かけるんだから・・・・」


小さく文句を言って携帯をバッグに突っ込むと、ハッと腕時計を確認した。
すでに残り10分を切った事に気づき、慌てて部屋を飛び出す。
待ち合わせをしている駅まで約10分ほど。


「走れば間に合うかな・・・・」


靴を履きながら時計を見ていると、そこへ母が顔を出した。


「あら、やっぱり出かけるの?」
「あ、うん」
「ふーん。あ、デート?」
「そ、そんなんじゃないけど――――」
「あー分かった♪この前、泊まってきた彼氏でしょ」
「ち、違うってば・・・・。彼氏なんかいないもん・・・・」


母の言葉に顔を赤くしつつ、立ち上がると、「そう?最近、綺麗になったじゃない」なんて笑っている。
女は恋をすると凄く綺麗になるのよ?なんて事まで言い出す母に、「行って来ます!」とだけ告げると、私は急いで駅まで走った。
確かに最近、お肌の艶もいいし、自分でもこれって恋してるから?なんて思ったりもした。でも母にまでバレてるとは思わなかった。


「侮れないなぁ、お母さんってば・・・・」


さすが娘を放置してまでも、自分の恋愛を優先してきただけの事はある、と変なところで感心する。
確かに少し前までの私はそんな母を嫌って避けていた。
でも今となれば物分りのいい母親だし、娘の私から見ても綺麗だなって思うから、それならそれでもいい、なんて事を思えるようにはなった。
自分も人を好きになると、こんなにも他人の気持ちが理解できて、心が広くなれるんだ、なんて変な事を考える。


「少しは大人になったって事かな・・・・」


なんて呑気に呟いてみても、その自分の恋が今、どこにあるのか正直分からなかった。



「――――南條くん!」


駅まで走っていくと、南條くんはすでに着いていたようで、私を見つけた途端、笑顔で手を振ってきた。


「ごめんね!遅くなっちゃって・・・・!」
「いや、女の用意には時間がかかるって、姉貴を見て知ってるから俺もゆっくり来たし」
「あ、そっか。南條くんには五つ上のお姉さんがいたんだっけ・・・・」


軽く息を整えながら二人で歩き出す。
今日は休日だからか、駅前も沢山の人で賑わっていた。


「俺、七つ上にも姉貴いるんだ。周りは女だらけだよ」
「そうなんだ。私、一人っ子だから羨ましいな」
「ええ?一人の方がいいって。上に兄弟いたらパシリさせられるだけだし」
「でも南條くんのお姉さんって凄い美人なんでしょ?前にクラスの子が話してるの聞いた事があるもの」
「いやいや・・・・外では取り繕ってても家に帰ればその辺のオバサンと一緒」
「オバサンって・・・・まだ22歳と19歳じゃない」
は14歳じゃん」
「わ、私と比べるのは変だよ・・・・」


そう言い返すと南條くんは楽しげに笑った。


「さて、と。どこ行く?俺、この辺って詳しくないし、が決めてよ」
「え、でも私もあまりこの辺は・・・・」
「もしかして引っ越してから近所を探索してない、とか?」
「ま、まあ・・・・」
「ったく。らしいな」


南條くんはそう言ってクシャっと髪を撫でてきた。
何だか昔のノリで懐かしささえ感じる。


「で、でも南条くんが、わざわざ出てきてくれたんだし・・・・少しなら案内できるよ?」
「う〜ん、そうだな。あ、じゃあショッピングビルとか入ってみる?」
「あ、そこなら時々買い物に行くし分かるかも」
「よし。んじゃ決まりな」


と、南條くんは爽やかな笑顔を見せる。それは転校する前、私が好きだった笑顔だ。
南條くんは周りの人を明るくするオーラがある人だったから、この笑顔に何度も元気をもらった。


「どうした?置いてくぞー」
「あ、ごめん」


スタスタ歩いていく南條くんを慌てて追いかける。
彼は身長も高ければ足も長いし、そうなるともちろん歩くのも早い。


「ごめん、俺、歩くの早いよな」
「え?あ、いいよ。私が遅いだけだし」
「いや、ついクセでさ。に合わせるから」


南條くんはそう言って歩く速度を落としてくれた。
そんな小さな気遣いすら、今の私には嬉しくなる。


(恭弥はこんな優しい雰囲気じゃないもんなぁ・・・・。いつも何を考えてるか分からないし・・・・意地悪だし)


ふと恭弥の事を思い出し溜息をつく。
が、南條くんが訝しげな顔で振り返ったのを見て、慌てて笑顔を作った。

こんな時に恭弥のことなんか考えちゃダメだ。
あんな奴、弥生さんとどこにでも行っちゃえばいいのよ。
私にだって休日に誘ってくれる男の子くらい、いるんだから・・・・。


「これに似合いそう・・・・って、何、怖い顔してんだ?」
「えっ?!あ、そ、そう?まだ少し寝ぼけてるのかな・・・・」


ビルの中にある沢山のショップを覗きながら、気づけば怖い顔で歩いていたらしい。
笑って誤魔化しながら、南條くんが取ってくれた帽子を手にしてみた。


「これ可愛い」
「だろ?に似合いそうだと思ってさ。かぶってみろよ。ほら」


南條くんは私の手から帽子をとって頭の上に乗せてくれた。


「お、可愛いー鏡見てみれば?」
「う、うん・・・・」


いきなり可愛い、とか言われて照れくさかったが、言われたとおり鏡で見てみる。


「その服に合うんじゃん?」
「うん、ホント。ちょっと50年代風でいい感じ」
「んじゃ、それにすれば?」
「う〜ん、でもこの間も服買ったばっかりだしなぁ・・・・」


帽子の値段を見ながら暫し考える。
すると南条くんが私の手からひょいっと帽子を取って微笑んだ。


「え?」
「これは俺からプレゼントするつもりで見てたんだけど」
「えぇ?い、いいよ、そんな――――」
「いいって。これは、あの時のお礼だと思ってさ」
「え・・・・お礼って・・・・?」
「ほら、が転校する前、部活中に破いた俺のユニフォームを縫ってくれた事があったろ?」
「あ・・・・」


言われて思い出した。そんな事もあったっけ。南条くん、あんな事も覚えててくれたんだ。
確か放課後、居残って南条くんのいるサッカー部をコッソリ見学してた時だ。
接触プレーで南條くんのユニフォームが破けて、彼がかなりへコんでたから私が縫ってあげるって言ったんだった。


「俺さ、正直驚いたけど凄く嬉しかったんだよね」
「・・・・え?」
「うちは女が多いくせに裁縫とか出来ないのばっかでさ。母さんも苦手なの知ってたし、ホント困ってたんだ」


南条くんはそう話しながら照れくさそうに笑った。


「なのに・・・・同じ歳のが綺麗に直して持ってきてくれたの見て・・・・すげー感動したって言うか・・・・」
「あ、あんなの簡単だよ・・・・?」
「その簡単な事が出来ない女に囲まれて育ったんだよ、俺は」


そう言って苦笑すると、南條くんは不意に真剣な顔をした。


「ああ、女の子ってみたいな子のこと言うんだろうなって思った」
「そ、そんな・・・・大げさ」
「いや、マジ感動。だからお礼とかしたかったんだけど、その後にすぐ転校しちゃったしさ。気になってたんだ」


だから、これは俺の気持ちだし受け取ってよ、と南条くんは帽子を軽く振ってレジへと向かう。
どうしようか迷ったけど何度も断る方が失礼かもしれない、と素直にその"お礼"を受け取る事にした。


「はい」
「あ・・・・ありがとう」
「それ被っててよ。今日の服にピッタリだし」
「あ、うん」


言われるがままに帽子を出して被って見せると、南條くんは嬉しそうに微笑んだ。


「うん、やっぱ可愛い」
「・・・・あ、ありがと・・・・」
「じゃあー次はどこ見る?って、もう昼過ぎたしだし腹減らない?」


私が赤くなりつつお礼を言うと、南條くんも照れくさいのか、そんな事を言いながら歩き出した。
その後をついて行きながら、あの南條くんに帽子を買ってもらう日が来るなんて、と少し変な感じがした。


(そう言えば・・・・私、男の子に物をプレゼントしてもらうの初めてかも)


改めてそこに気づく。同時に恭弥以外の人から貰った事で罪悪感も感じた。

でも・・・・別にいいのかな・・・・。
私と恭弥ってどういう関係なのか、未だハッキリしてないし。
いや家に泊まったりキスだって・・・してるから付き合ってるって言ってもいいんだろうけど。(じゃないと凄く大人すぎる関係だし!)
恭弥があんな風だから、私だって分からなくなるよ・・・・。


「…?」
「あ、ごめん。何?」
「あ、いや・・・・何か食べる?腹減ったろ?」
「そ、そうだね。私も朝から何も食べてなくて」
「そりゃ、あの時間まで寝てたんだしな?寝ぼすけちゃん♪」
「も、もう・・・・。それは言いっこなしっ」


軽く額を突付かれ苦笑すると、南條くんも楽しそうに笑っている。
こんな風に明るく笑いえある関係はやっぱり楽しい。

それから二人で近くのカフェでランチを取り、その後は南條くんの「映画見ようぜ」という一言で映画館へと向かった。









「あぁ〜面白かった!やっぱ、いいよなぁ、アドベンチャー物は」


映画館を出ながら、南條くんは、う〜んと両手を伸ばした。


「南条くん大笑いしてるんだもん」
「だって面白くなかった?ジャックのシーン」
「面白かった!海賊なのにトボケてるとこが、また可愛いよね」


そう言ってパンフレットを見せると、南條くんも笑顔で頷いた。


「良かったよ。が同じ趣味でさ」
「うん。私も1が大好きで、2も見たかったから」
「そっか。女の子って恋愛物とか好きなのかなーって思ってたし、がこの映画が見たいって言った時、助かったーって思ったよ」
「そうなんだ。でも私は恋愛物より、こういう方が好きだな」
「そうなの?なら良かったよ。前の彼女は恋愛物ばっか選んでくるし困った事がある――――」
「南條くん・・・・・?」


そこで急に言葉を切った彼に驚いて顔を上げると、彼は困ったような顔で微笑んだ。


「いや何でもない」
「・・・・・??」


どうしたんだろうと首を傾げたが、南条くんはそこで話しを変えてしまった。

今、確か"前の彼女"って言ってたけど・・・・南條くん付き合ってる子いたんだ。
でも何で話を変えたんだろ。思い出したくない別れ方だったのかな。


「なあ、これからどうする?」
「え?あ・・・・」


ふと空を見上げれば、すでに日は落ちて薄暗くなってきている。
時計を見れば午後の7時になろうとしていた。


「思ったより映画が長かったし遅くなっちゃったかな。親に怒られない?」
「あ、うん。うちは結構その辺アバウトなの。お母さんも出かけてると思うし」
「そう?なら・・・・まだ一緒にいれたりする?」
「え・・・・?」


南條くんの言葉が何となく意味深でドキっとして顔を上げると、彼は僅かに視線を反らした。


「いや・・・・が良ければ、だけどさ・・・・」
「う、うん・・・・私は別に・・・・」


そう言いかけた時、ふと恭弥の顔が頭に浮かびハッとした。


(あまり遅くならない方がいいかな・・・・。って言うか・・・・帰りに恭弥の家に寄ってみようか・・・・)


昨日の今日で何の連絡も来なかった事を思い出し、少しだけ不安になってきた。
昨日は一方的に私が怒ったような形で帰って来てしまったし、その事も気になる。



「あ、あの南條くん、ごめん。私、ちょっと――――」


「あら、さん・・・・じゃない?」


「―――ッ?」



不意に名前を呼ばれドキっとした。聞き覚えのあるその声に、ゆっくりと振り返る。


「やっぱり。――――ほら恭弥、さんよ?」


そこには綺麗に着飾った弥生さん、そして隣にはスーツを着た恭弥が驚いたような顔で立っていた――――。






一瞬、体が固まってしまった。
まさかこんなところでバッタリ会うなんて思いもしなかった。


「偶然ね?こんな時間に、こんな場所で会うなんて」
「・・・・そう、ですね」


二人の格好を見て私は視線を反らしてしまった。
弥生さんも恭弥も大人っぽい格好をしていて、並んでると普通にお似合いのカップルに見える。
明らかに大人のデートといった雰囲気だ。


「おい、・・・・知り合い?」
「え?あ・・・・」


そこに事情の知らない南條くんが話しかけてきた。
彼といるところを恭弥に見られた事で、更に鼓動が早まる。


「えっと・・・・同じ学校の・・・・先輩」
「あ、そうなんだ。初めまして。俺、の前の学校のクラスメートで南条と言います」
「そう。転校してからも会ってるなんて仲がいいのね」
「・・・・・・」


弥生さんはそう言ってニッコリと微笑む。
その笑顔だけ見ていれば、本当に綺麗で恭弥と並んでも見劣りしない。
でも言葉には明らかに私を責めるような響きがあった。
そこでハッとした。
前に恭弥が南條くんの事を聞いてきたことがあったのを思い出したのだ。
こんなところで南條くんを殴ったりしたら――――。

そう思って慌てて顔を上げると、


「あ、あの恭弥。彼は――――」
「弥生、そろそろ時間だ。早く行かないと遅刻するよ」
「ああ、そうね。ちょっと買い物で時間とりすぎちゃった」
「いつもだろ?」
「また、そんなこと言って。――――あ、じゃあさん、私たちはこれで。これから両家が集まって月に一度のお食事会なの」
「そ・・・・うですか。それじゃ・・・・」


私が軽く会釈をすると、二人は並んで向かいにある大きなホテルへと入っていった。
きっと食事会は、ああいったホテルの高級レストランでするんだろう。
二人があんな格好をしていたのも、それで理解できる。


(何よ・・・・恭弥のバカ・・・・)


恭弥は私の話を聞こうとも、顔を見ようともしなかった。
それもショックだったけど、恭弥の親と弥生さんの親が一緒になって食事をするという事実もショックだった。


"恭弥の親と私の親は昔から仲がいいの。だから将来は私たちが結婚してくれたらって――――"


前に弥生さんに言われた言葉が何度も頭の中で響いて、胸が締め付けられる。
ぎゅっと拳を握り締め、涙が溢れるのを堪えた。


「おい・・・・?」
「ご、ごめんね、南條くん・・・・。私、やっぱり帰るね」
「え?あ、おい・・・・!」


限界だった。
このままだと南條くんの前で泣いてしまいそうだった。


恭弥はもう、私の事なんかどうでもいいのかもしれない。
いつも他の男の子と話したりすればあんなに怒るのに、さっきは何も言おうとしなかった。


一気に大通りを走って家へと向かう。
胸が痛くて、苦しくて、体中までもが軋むように痛く感じた。


恭弥の冷めた瞳が、私の心まで凍りつかせる。


「はあ・・・・苦し・・・・」


思い切り走ったせいで息苦しい。家の近くまで来て、やっと足を緩めた。
その途端、我慢していた涙がポロポロと零れ落ち、小さく嗚咽が洩れる。
手で涙を拭っても、また溢れてくるのを止められない。



――――!」


「―――ッ」



その声にビクっとなって振り返ると、南條くんが走ってくるのが見えてすぐに涙を拭う。
南條くんは息も整えないまま私の両頬を大きな手で包んだ。


「ど・・・・うした?急に・・・・帰るって・・・・」
「ごめん・・・・。何でもないから・・・・」
「嘘・・・・言うなよ。何でもないって顔じゃないだろ・・・・?」


南條くんは大きく息を吐き出し、何度か深呼吸をした。


「はぁ・・・・。、足早いのな。部活で鍛えてる俺でも追いつくのは苦労したよ・・・・」
「南條くん・・・・」


おどけたように笑う彼に、胸の奥が締め付けられる。
こんな気持ちの時だから、彼の優しさが嬉しかった。


「ごめんね・・・・。急に帰ったりして・・・・」
「いや・・・・。さっきの人たちが原因なんだろ・・・・?」
「・・・・え?」
「それくらい分かるよ」


南條くんはそれだけ言うと小さく息をついた。


「さっき・・・・、"恭弥"って呼んでたよな、あの彼のこと」
「あ、あれは――――」
「もしかして・・・・彼氏?」
「・・・・・・っ」


そう問われても私には何て答えていいのか分からなかった。
南條くんの綺麗な瞳が、不安げに揺れている。何でこんな目で私を見るんだろう。


「なあ・・・・答えてよ」
「ち、違う・・・・。あの人はそんなんじゃ――――」
「だったら・・・・何で急に帰った?それまで楽しそうにしてたのに」
「それは・・・・」


言葉につまり俯くと、南條くんは、「ごめん・・・・」とだけ呟いた。


「俺が・・・・責める事じゃないか・・・・」
「・・・・ううん、そんな事――――」
「でも俺の知らない奴を・・・・が名前で呼んでるのを聞いてさ・・・・。すげぇショックだった」
「え・・・・?」


ドキっとして彼を見上げる。
こんな風に南條くんと向き合うのは初めてで、整った顔立ちを見つめながら、やっぱりかっこいいな、なんて場違いなことを思った。
南条くんはそんな私を見ながら、苦笑いを浮かべると、


「やっぱ気づいてなかったか・・・・」
「え、気づいてなかったって・・・・」
「俺の気持ちにってこと」
「・・・・・っ?」
「俺、好きでもない子に会いには来ないよ・・・・」
「な、南條くん・・・・?」


真っ直ぐな瞳が私を見つめている。まさか、そんな事ってあるわけない。
学校の人気者で、いつもクラスの中心にいサッカー部のエースが――――私を好き、だなんて。


「さっきさ・・・・。が急に帰るって言い出した時・・・・俺、来るの遅すぎたかなって思った」


南条くんはつらそうな顔で目を伏せると、髪をクシャリとかきあげた。


「もっと早くに来てたら・・・・さっきの奴にとられる事もなかったかもしれないなって・・・・」
「南條くん・・・・」
「まさか、二ヶ月やそこらで、人見知りの激しいに好きな奴が出来るなんて、思いもしなかった俺が悪いんだけどさ」
「あ、あの私は・・・・」
「好きなんだろ?さっきの奴のこと・・・・」
「・・・・分からない」
・・・・」
「ホントに・・・もう分からないの・・・・」


頭の中がグチャグチャで、もうどうしていいのか分からない。
恭弥の冷たい態度にも、疲れた。
胸が痛いのも、もう嫌だ。
こんなに誰かを思って苦しいのも、耐えられない――――。

恭弥が欲しくて、どうしようもなくなるこの切なさも、もう限界寸前。


ねぇ、私を不安にさせないでよ――――恭弥。










好きじゃないよって




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ちょっと久々に更新ですσ(o^_^o)
まだ続くよー☆彡



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ちゃんと毎日目を通してますよ(*・∀・`)ノ
毎回、励みになっております〜(*TェT*)






●雲雀さん万歳!!風紀委員長様愛っ!!
(雲雀、バンザーイ♪\(●~▽~●)У)


●ここの雲雀様素敵すぎです!!かっこいぃ!!/// 
(あ、ありがとう御座いますー!今後も頑張ります!(>д<)/


●雲雀さん大好きです。此処の雲雀さん素敵です!惚れます!
(当サイトの雲雀が素敵だなんて感激です!私も惚れちゃいますよ?(* ̄m ̄)


●どど、どうしましょう!!雲雀さんにこんなにどっぷりつかってしまうなんて…!!さっ、最高です!! 
(ど、どうしましょう!そんな風に言っていただけて大感激ですよー゜*。:゜+(人*´∀`)