あの夜、私は生まれて初めて失恋というものを経験した。

それは想像してた以上に痛くて、痛くて、苦しいものだった。

こんなに苦しいなら、もう人なんか好きにならない。

そう思いながら朝まで泣き明かした。


なのに――――彼と出逢わなければ良かった、という気持ちは何故か一度として沸いてこなかった。








「・・・・ごめんね」


私がそう言うと南條くんは分かっていたかのように小さく頷いた。
傾いていく夕日が彼の横顔を綺麗に染めていく。

あの夜から一ヶ月が過ぎて、少し気持ちが落ち着いた頃、私は南條くんと会って今の自分の気持ちを素直に伝えた。


「そんな顔するなよ。俺、を困らせるために会いに来たわけじゃないんだ」
「南条くん・・・・」
「俺が悪いんだよ。もっと早く伝えておけば良かった」


そう言って照れ臭そうに笑う南條くんは、やっぱり私が憧れてた頃の彼とちっとも変わらなくて、少しだけ胸が痛くなった。
でも知ってしまったから。もっと強くて、痛みの伴う想いを――――


「でも・・・・それでいいのか?何だか責任感じるよ。俺が会いに来たせいで、あの彼氏とダメになったようで・・・・」
「ううん、違うの・・・・。もともと上手くいくような関係でもなかったんだ。さっきだって・・・・」


そこで言葉を切った。
学校を出る時、つい見上げてしまった応接室の窓。
そこに恭弥の姿を見つけてドキっとした。でもその隣には――――


「そっか・・・・。まあ俺にはよく分からないけど・・・・。でも今の見てたら少しは安心したよ」
「・・・・え?」
「いやほら・・・・。今の学校でいい友達も出来たみたいだし」


そう言われて、ふと沢田くんや山本君たちの事を思い出す。
恭弥の事で元気のなかった私を何度となく元気付けてくれた人たち。昔の私なら考えられない事だ。


「ちょっと変わってるけどね」
「あ〜分かる気がすんなぁー」
「え?」


皆と会った事あったっけと首をかしげると、南條くんはチラっと後ろを振り向き、


「さっきから覗いてる人がいるんだけど・・・・・。彼らだろ?」
「えっ?」


その言葉に驚いて振り向くと、公園の入り口の辺りで素早く隠れる影が見えた。


「あ・・・・」
「さっきからコソコソこっちを見てんだ。きっと心配して追いかけてきたのかもな」


南條くんはベンチから立ち上がると、昔と変わらない笑顔で言った。


「じゃ・・・・俺帰るよ」
「あ、うん・・・・」
「元気でな」
「南條くんも・・・・」
「うん。あ、たまには俺の試合も見に来いよ。友達と一緒にさ」
「うん」
「じゃ、彼らに宜しく!」


そう言って南條くんは明るく笑うと、手を振りながら帰って行った。
それを見送ってから軽く息をつくと、そのまま彼らが隠れている場所まで歩いていく。
その瞬間、植え込みがガサゴソと動きだした。これじゃ隠れてますと言ってるようなものだ。


「げ・・・、こっち来たぜ?」
「え、え、どうしよ・・・・っ」
「ちょ、マズイってっ!」

「何がマズイの?」

「「「うわっ」」」


上から覗き込むと案の定、例の三人が飛び上がって植え込みから顔を出した。


「あ、よ、よお!偶然だな、!」
「・・・・何が偶然よ、獄寺くん。皆も何してるの?」


引きつった顔の獄寺くん、沢田くんは視線を泳がしながら頭をかいている。
でも山本くんは相変わらずのニコニコ顔で、


「いやーが心配だーってツナが言うもんだからさ。でも見つかっちまったか!」
「・・・・あのね。心配するような事じゃないって、さっきも言ったでしょ?」


今日の帰りに南條くんと会うことは彼らに話してある。


「あ、う、うん、そうだね。ごめん・・・・」


呆れたように言うと、沢田くんはシュンとした顔で頭を項垂れた。
彼のそんな顔を見てしまうと私もこれ以上何も言えない。


「とにかく・・・・心配されるような事は何もないから」
「そ、そうだよね」
「いやでも、もしあの男が逆ギレしてを襲ってきたらこれで吹っ飛ばそうと――――」
「獄寺くんも・・・・。その危ない花火はしまってて」
「花火じゃねーよっ!」
「あはは!まーだ持ってたのか、花火!」


山本くんが豪快に笑うと、獄寺くん、そして何故か沢田くんの顔が引きつっている。
そんな二人に気づきもせず、山本くんは両腕を伸ばしながら爽やかな笑みを浮かべた。


「んじゃーツナんち行って明日の補習の勉強でもしますか」
「え、オレんちーっ?」
「いいーっすねー!十代目!俺が教えてさしあげますよ♪」
「ほら、も行こうぜ?」


いつもの強引さで勝手に話を進めると、山本くんは私の腕を引っ張って歩いていく。
その手の強さが少しだけ嬉しかった。


山本くんはあの夜の事を何も聞いてはこなかった。
沢田くんも、そして獄寺くんも事情は知ってるはずなのに何も言って来ない。
今はそれが凄く嬉しくて、彼らといるとホっとしている自分がいる。
皆がいなかったら、この痛みに耐えられなかったかもしれない。


学校で時々恭弥を見かける。
でも声をかける事も出来ず、ただ視線で追うだけ。そのたびに思い知らされた。
恭弥の事をこんなにも好きになってた自分がいることを。
あの夜、恭弥が私に何を伝えたかったのか、今となっては聞けないけど。
でも例え知ったとしても、どうすることも出来ないなら知らない方がいいのかもしれない。
恭弥が最後に選んだのは私じゃないという事だけは確かだ。


もうすぐ――暑い夏も終わる。









「恭弥、まだ帰らないの?」


応接室のドアが開き弥生が顔を出した。


「何?先に帰っていいよ」


窓の外を見たまま振り向きもせずに応える恭弥に、弥生は不満そうな顔で溜息をつく。


「今夜は皆で集まる日よ?一緒に帰ろうって今朝、言ったじゃない」
「・・・・だから先に帰ってていいよ。まだ時間はあるだろ」


それだけ言うと、恭弥は窓を開けた。
少しだけ冷たい風が気持ちよくて目を瞑る。
その時、明るい笑い声が聞えてきて、恭弥はゆっくりと目を開けた。
下を見ると下校していく生徒達の姿が見える。
その中にを見つけて、恭弥はかすかに微笑んだ。


「何よ、あの子じゃない。まだ気にしてるの?」
「・・・・そんなんじゃないよ」
「そうかしら。恭弥ってば最近、冷たいわよ」
「・・・・・」


弥生の言葉に応えないまま、帰っていく数人の影を視線で追いかけていた。
だが一瞬だけ、がこっちを見たような気がして窓を閉める。
それが気に入らないと言わんばかりに、弥生は恭弥の背中に抱きついた。


「あの子も案外したたかよね。恭弥から手を引いたと思えば、あんな子達と毎日のようにつるんでるなんて」
「・・・・何が言いたいの」


弥生から離れ、ソファに腰を下ろすと恭弥は軽く息をついた。


「先月の食事会の夜だって他の男とデートしてたし、この前だってクラスの男の子と自転車を二人乗りしてたわよ?」
「・・・ふうん」
「興味ないって顔ね。信じていいのかしら」


恭弥の隣に座り体を寄せると、弥生は軽く口付けた。


「恭弥が他人に興味を持ったなんて初めてだと思ったけど・・・・本当はそれほどでもなかったの?」
「持ったって無駄だっていう事を思い出したよ。そういう弥生だって他人に興味なんかないだろ」
「あら、私は昔から恭弥に興味があるわ」
「両親の手前は、だろ」
「どうかな・・・・。でも本気で興味がない男にヴァージンはあげないわ」
「・・・・セックスってもんに興味があっただけだろ?弥生は」
「恭弥も・・・・そうでしょ?違うの?」
「さあ。僕は・・・・知りたかったんだ」
「何を・・・・?」
「抱き合う事で・・・・埋まるものなのかどうか――――」
「え・・・・・?」


そこまで言って言葉を切った。


「もう帰りなよ。僕はもう少ししたら帰るから」
「・・・・そう。分かった。無理強いはしないわ。これでも聞き分けはいい方なの」


弥生は恭弥に軽くキスをして立ち上がった。


「今夜の食事会の後・・・・。恭弥の部屋に行くわ。いいでしょ?」
「今日はやる事があるんだ」
「じゃあ終わるまで待ってる。久しぶりなんだし、いいでしょ?」


弥生の言葉に恭弥は苦笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。


「聞き分けいいんだろ?今夜は一人でいたいんだ」
「・・・・・・っ」


それだけ言うと、恭弥は弥生に軽くキスをして、そのまま応接室を出て行った。


「・・・・恭弥!」


閉じられたドアを見て、弥生は軽く唇を噛み締めた。
唇から伝わった感触で疼くのと同時に、胸の奥がジリジリと焼け付くように熱くなる。


「・・・・あんな子になんか渡さないんだから」


会った時から恭弥だけを見てきたのは私だ。
例え――――恭弥が気づいていなくても。


「恭弥のこと何も知らないような子に渡すもんですか」


小さな呟きが、静かな部屋の中に零れ落ちた――――。











「え、んちの母ちゃん、旅行に行っちまったの?」
「うん。夕べいきなり言い出して。まあ、いつもの事なんだけど」


勉強も終わって一休みしながら、夕べの母の事を思い出した。
いつになく楽しそうに荷造りをしてた母は朝起きた時、すでにいなかった。
どうせまた男と一緒なんだろう、と思うと呆れて言葉も出ない。


「じゃあ家に一人って事?寂しくない?」


沢田くんが心配そうな顔で私を見る。
彼らしいなあと思いながら私は軽く肩を竦めた。


「別に寂しくないよ?慣れてるし・・・・結構、気楽」
「そうかぁ?でも物騒だろ。女の子一人でいたらさー」
「そうでもないよ。ホント慣れてるの」


そう言って苦笑すると、獄寺くんがうんうんと頷いた。


「俺も一人暮らしだし、まあー気楽っちゃ気楽だよな?」
「そりゃ男はいいけどさ。は女の子なんだし・・・・。何ならツナんちに暫く泊めてもらえばいいのに」
「何で俺んちーっ?!山本んちでもいいじゃんっ!」
「バーカ。俺んちは親父と2人だしそうもいかねーだろ。そのてんツナんちは母ちゃんもいるしだなー」
「い、いいよ!心配しないで。そっちの方が気を遣っちゃう」


山本くんの言葉に慌てて首を振ると、沢田くんもホっとしたような顔をした。
それでもすぐに、「気は遣わなくていいけど・・・・」と微笑んでくれる。
その時、下から「ご飯よー」という声が聞こえてきた。


「あ、いけない。そろそろ帰るね」
「え?何で?も食ってけよ」
「何で山本が言うのーっ?」


ケロっとした顔で言った山本くんと、いつものように突っ込む沢田くんに思わず苦笑した。


「いいってば。そんなしょっちゅうご馳走になってたら悪いし」


ここのとこ、学校帰りに沢田くんの家に集まる事が多くなって、そのたびに何だかんだと夕飯に誘われている。
沢田くんのお母さんもあまり気にしてないのか、いつも優しく迎えてくれる。
この家にはリボーンくんの他にもたくさん居候がいるから気にならないみたいだ。
(だいたいランボくんもイーピンも風太くんも、どこの子なんだろう?親戚って言うけど似てないし・・・・)


「別に気にする事ないぞ、
「・・・・あ」


不意に後ろから声がしてリボーンくんが顔を出した。


「リボーン?また勝手なこと言って――――」
「うるさいぞ、ツナ。それに今夜はママンが大量に料理を作ってるからの分くらい軽くある」
「はあ?何、大量って!今日何かのお祝いだっけっ?」


沢田くんはそう言いながら部屋を飛び出していったけど、皆は勝手に「やったーご馳走になろうぜ」などと喜びながら後を追いかけていった。


も食べていけ。今日はご馳走だぞ」
「え、でも何かお祝い事なら――――」
「祝い事は祝い事でも今夜はツナのパパンが帰ってくると決まった前祝いだからな」
「え?沢田くんのお父さんって・・・・生きてるのっ?」
「生きてるぞ」


それを聞いて少し驚いた。
いつ来てもいないし、沢田くんも何も話そうとしないから、てっきり亡くなってるものだと思っていたのだ。


「そうなんだ・・・・。じゃあお仕事か何かで家を空けてたとか」
「まあ、似たようなもんだな」
「ふーん。リボーンくん詳しいのね」


そう言って皆の散らかしたカップやお皿をお盆に乗せて片付けていると、「下りて来いよー」と下から呼ぶ声が聞こえてきた。


も来い。一人じゃ帰せないぞ」
「うん・・・・」


やっぱり不思議な子だな、と思いながら素直に頷く。
確かに今、一人で家にいても考えたくない事まで考えてしまいそうだ。


「寂しいならのママンが帰ってくるまで、ここにいろ」
「・・・・・っ?」


その言葉にドキっとして振り返ると、リボーンくんは何かも見透かすような顔で私を見ていた。


「寂しいわけじゃ・・・・」
「そうか?」
「きょ、恭弥の事を言ってるなら私はもう――――」
「俺は何も言ってない。それに・・・・それは二人の気持ち次第だからな」
「・・・・え?」
「ほら行くぞ。早く行かないとご馳走を食べ損ねるからな」


リボーンくんはそれだけ言うと、サッサと部屋を出て行く。
私もその後に続きながら、ふとあの夜の事を思い出した。
私を見ようとしない恭弥の横顔だけは、今も忘れられない。
あの言葉が・・・・頭から離れない。

"言わなくても分かって欲しいって思うのは・・・・僕の我がままなんだろうね"

そう・・・・。我がままだよ。
私はそんなに大人じゃない。
どんな事があっても傍にいる、なんて言えるほど大人じゃないもの。

恭弥はただ、親のしいたレールから少しだけはみ出したかっただけなんだ。
もう・・・・忘れなくちゃ。

そう思うのに心はホントに正直だ。
前の自分に戻って、恭弥と出会う前の自分に戻って・・・・。痛みも苦しみも知らなかった頃に戻れたら。
恭弥への想いが心の中から綺麗に消え去ってくれれば、どんなに楽なんだろう。


「寂しくなんか、ない」


自分に言い聞かせるように呟くと、何かの呪文のように胸の痛みの中へ溶け込んでいく気がした。











「大丈夫?」


最後のお茶碗を吹き終わると、沢田くんが顔を出した。


「うん、もう終わったわ?」
「ごめんね。母さんってば作りすぎたうえに酔っ払って寝ちゃうんだもん・・・・」
「いいよ。それにおばさんも嬉しかったんじゃない?凄く久しぶりに帰ってくるんでしょ?お父さん」


洗い終わったお皿に布巾をかけて振り返ると、沢田くんは困ったような顔で頭をかいた。


「オレは・・・・今更どんな顔して会えばいいのか分からないけどね」
「そうなの?」
「だってオレとしてはいないもんだって思ってたのに今頃になって帰ってくるって言われても・・・・」
「沢田くん・・・・」
「あ、って、ごめんね?変な話しちゃって!」


そう言いながらも、すぐいつものように笑いかけてくれる。
でも私はそんな沢田くんの気持ちが少し分かる気がした。


「・・・・うちも似たようなもんなんだ」
「え?」
「今は別居中だけど一緒に住んでる時から殆ど家に帰ってこなかったし・・・・。今だって会いにも来ないもん」
さん・・・・」
「まあ・・・・来られても困るけどね」


私がそう言うと、沢田くんは「ホント、そうだね」と微笑んだ。
"大人の事情"っていうものを理解するには、私たちはまだ子供すぎるのかもしれない。
今は自分たちの事だけで精一杯なんだ。

(そう言えば・・・・恭弥の家はいつ行っても誰もいなかったな・・・・)

ふと思い出して改めて思った。
住み込みのお手伝いさんはいたけど、お母さんも、お父さんも一度も会った事がなかったっけ・・・・。
もしかしたら恭弥も"大人の事情"ってやつに振り回されてるのかもしれないな。
そもそも私たちくらいの年齢で、もう婚約者が決まってるなんておかしいもの・・・・。
でも・・・・恭弥はそのおかしい状況をすんなり受け入れてる。
やっぱり私と彼はもともと住む世界すら違ったのかもしれない。


さん?どうしたの?ボーっとして」
「え?あ・・・・何でもない」


慌てて笑顔を作ると、沢田くんはすぐに心配そうな顔をする。


「もしかして・・・・雲雀さんのこと――――」
「か、関係ないよ。彼とは元々何でもなかったっていうか・・・・。だから沢田くんだって、もう怖がらなくて大丈夫だよ?」
「オ、オレは別にそんな・・・・いや、怖かったけどさ。でも・・・・ホントいいの?オレはやっぱり雲雀さんはさんのこと――――」
「い、いいの!あんな我がままな人、私も疲れちゃうし・・・・っ」


(そう、疲れるんだ・・・・。恭弥と一緒にいると泣いたり、怒ったり、辛い事が多すぎて・・・・苦しいだけ)


「そっか・・・・。なら・・・・仕方ないね」


それだけ言うと沢田くんも、それ以上、恭弥の事は何も言わなかった。


「はぁ〜それにしても明日は何だか憂鬱だなぁ・・・・」
「それは補習?それとも――――」
「う〜ん。どっちも、かな?」


苦笑しながら肩を竦める沢田くんに、私もつられて笑う。その時ふと思いついたことを口にした。


「あ、じゃあ明日、皆でどこか遊びに行かない?」
「えっで、でも学校・・・・」
「どーせ補習だけでしょ?それに日曜日だし――――」

「はーい、オレ、賛成!」

「「獄寺クン!」」


いつからいたのか、そこに獄寺くんが顔を出した。


「行きましょうよー、十代目!オレも補習だりーと思ってたんスよ!」
「いいな〜それ♪で、どこ行く?」
「や・・・・山本くん?」


そこに山本くんも加わり、結局明日は皆で街中まで出ることになった。
私も最近、休みの日は家にこもってるばかりだったし、いい気分転換になるかもしれない。

少しづつ変わっていこう。それで早く忘れるんだ。恭弥と過ごした短い時間なんて――――。

楽しそうに明日の相談をしている皆を見ながら、心の中で何度もそう誓った。











いつもの食事会を終えて家につくと、そのまま部屋へ戻って、すぐにジャケットを放り投げネクタイを毟り取る。
首元を緩めてホっとすると、ベッドに体を投げ出すように倒れこんだ。
ふと開けっ放しのクローゼットの中に視線を向けると、可愛らしいバッグが無造作に置いてあった。


・・・・」


触れるたび、真っ赤になって俯く彼女を思い出し、僕は軽く目を瞑った。
その時、ノックの音がしてドアが開く。
誰、と聞かなくても、香水の香りですぐに分かる。


「・・・・何?今日はダメだって言わなかったっけ」
「恭弥がサッサと帰るからじゃない。もう少しだけ一緒にいたかったのよ」


ギシッとベッドが軋む音で、彼女が座った事が分かり、ゆっくりと目を開ける。
そのまま仰向けになると、顔の横に細い腕が置かれた。


「一緒にいて・・・・何がしたいの」
「恭弥は・・・・?何がしたい?」


意味深な笑みを浮かべながら唇を近づけてくる弥生に、僕は苦笑を零した。


「悪いけど・・・・。そんな気分じゃないんだ」


体を起こすと弥生はちょっと笑って僕の体を押し倒した。


「じゃあ・・・・その気にさせてあげる」
「へぇ・・・・」


お手並み拝見、と呟いて目を閉じると、すぐに塞いでくる濡れた唇。
その隙間から柔らかい舌が滑り込んできて、僕のそれと絡み合った。
こっちからは何も仕掛けず、黙って彼女の好きなようにさせていると、ゆっくり唇が離れてそれが下降していく。
首筋に口付けながら彼女の指が起用にシャツのボタンを外していき、それを追うように唇が滑り落ちていくと甘い刺激が伝わってきた。


「随分・・・・慣れたもんだね」
「そんな意地悪言ってもやめないわよ」


クスリと不適な笑みを浮かべ胸元を肌蹴させると、今度は舌を使って刺激してくる。
そのままズボンのベルトを外しジッパーを下ろすと、すぐに彼女の手が侵入してきた。


「恭弥・・・・」


甘い刺激と共に艶の含んだ声が零れ落ちる。彼女の手が、舌が、覆うものを失った僕の体を這いまわって、全身に疼きが走る。
なのに、どこか神経が麻痺してるかのようで快感というには程遠い。
僕は軽く息をつくと、腕を伸ばして弥生の顔を上げさせた。


「・・・・恭弥?」


快楽を得ようとする貪欲な眼差し。
それが中途半端に止められた事に対する戸惑いで揺れ、今まで僕自身を含んでいた唇が厭らしく濡れていた。


「もういいよ、弥生」
「な、何よ、それ――――」
「その気にならないってこと。今夜は帰りなよ」


体を起こすと脱げかけてたシャツを脱ぎ捨て全裸のままバスルームへと歩いていく。


「・・・・恭弥!」


背中から投げつけられる怒りのこもった声を無視してドアを閉めると、すぐに熱いシャワーを頭からかぶった。
確かに体は疼くのに、心が冷えたまま。この疼きは弥生を求めていない。・・・・彼女じゃない。
僕がめちゃくちゃにしたいほど抱きたいのは――――。




バンッ




「・・・・・ッ」




不意にドアの閉まる音がしてシャワーを止めた後にバスローブを羽織った。
軽く濡れた髪を拭きながらバスルームを出ると、そこに弥生の姿はなくてホっと溜息をつく。


別に弥生が嫌いなわけじゃない。
子供の頃から知っていて、僕と同じように忙しい家に生まれた彼女は、同じような寂しさを持つ妹みたいな存在だった。
互いに異性として意識するような年齢になり、傷を舐めあうような関係になってもそれは変わらなくて。
でもそれを愛情だと勘違いはしなかったし、弥生も同じだと思っていた。
愛だとか恋だとかいう感情なんて良く分からない。
彼女の親と僕の親が将来結婚してくれれば、と勝手に言っていた事が現実味を帯びてきた時も、それならそれでもいいとさえ思った。
それが利益の絡む婚約へと変わっても、この歳で将来を決められてしまっても、それでいいと。
弥生も昔から他人に固執しない性格で、だからこそ彼女なら煩わしくない関係でいられると思っていた。
そう思ってた、はずだった。こんな想いを知るまでは――――。


何にも誰にも興味をもてなかった僕が、何もかも目に入らなくなるくらい、惹かれたのは初めてだった。


・・・・」


何度この名を呼んだんだろう。どうしてこんなに彼女が欲しいんだろう。
こんな昂ぶりは知らない。心の奥から突き上げてくる衝動を抑えきれない。

彼女が他の男といるのを見るだけで、体中の血が沸騰する。

誰も触れるな――――。誰にも触れて欲しくない。

そんな勝手な思いが溢れてくる。

彼女を傷つけたのは――――僕なのに。











きみと見た空の色さえ




                まだ忘れられない












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はい今回から三部突入ー(>д<)/
少しだけ飛んで原作で言うと、ちょうど10巻辺りってとこでしょうかねw
相変わらずオマセな中坊ですが(笑)この先どうなるんだ…(オイ)
が、頑張ります…(;^_^A
三日酔いなのか、今日も何だか喉が渇くHANAZOさんでした…(ダメ人間)
まだ時間あるので続きでも書いてきます(よ、働き者ー)(待て)





●雲雀さんかっこいいですvvv
(ありがとう御座いますー(´¬`*)〜*


●弥生さんには失礼ながら、山本よく言ってくれた…!と思ってしまいました(^O^;)最後がとても切なかったです(>_<、)本当に
(ヲヲ!やはり悪女がいないと盛り上がりませんね(笑)ちょっと切ない展開になってきちゃいましたが最後までお付き合い下さると嬉しいです♪)