何度も諦めようと決心をして、それでも忘れられなくて。

傷つくたびに粉々に砕け散る心を、必死でつなぎ合わせる。

でもやっぱりダメなのかもしれない。

一度、崩れたピースは何度だって、そう、簡単に崩れるから――――。




今、この瞬間、恭弥が弥生さんを抱いてるのかと思うと心が凍りつきそうになる。

今夜、ディーノさんが傍にいてくれて、本当に良かった。ディーノさんの優しさで、私は救われたから――――。








一週間後――――


ちゃん、おはよー」


自分の席で授業の用意をしていると、同じクラスの京子ちゃんが声をかけてくれた。
彼女とは沢田くん達の事で話すようになり、何となく最近は一緒にいることも多い子だ。
女友達なんていなかった私にとって、彼女との時間は凄く楽しい。


「おはよう、京子ちゃん」
「うふふ」
「・・・・何?ニコニコしちゃって」


私の顔を見るなり笑い出す京子ちゃんに首を傾げると、彼女は前にある山本くんの席に座った。


「見たわよー。今日も彼と一緒に来たのね」
「・・・・え?彼?」
「もー。トボケちゃって!あのカッコいい男の人よ」
「あ・・・・ディーノさん・・・・」
「そうそう。沢田くんの知り合いなんでしょ?前にも何度か会ったことあるけど」
「うん、まあ」
「彼、優しいのね。毎日、ちゃんの送り迎えしちゃって」
「え・・・・っ?」


いきなりそんな事を言われて驚いた。
だってディーノさんはそんな事をするために学校に来てるんじゃなくて――――。


「あ、あの違うの、京子ちゃん!あの人は別に私とは関係なくて・・・・」
「またまた!隠さなくていいわよ。羨ましいなぁ、あんなカッコいい彼氏が出来て」
「え、だから彼氏じゃなくて・・・・」
「あ、いけない。チャイム鳴っちゃった!じゃ、後でね」
「あ・・・・っ」


京子ちゃんはそう言いながら慌てて自分の席へと戻ってしまった。


「はあ・・・・。完全に誤解してる・・・・」


ディーノさんは別に私を送り迎えするために学校に来てるんじゃない。
恭弥に会いに来てるだけなのに・・・・。
ただ・・・・確かにあの夜から毎日ディーノさんとは一緒に学校来るようになっちゃって、帰りも何故か私を待っててくれる。
と言うのも・・・・肝心の恭弥が待ってても来ないからだとかで、


"アイツ、あの日から学校来てないらしい"


三日前、ディーノさんはそう言って溜息をついていた。
あまりに姿を見せない恭弥に困り果て、ディーノさんが部下に探らせたようだ。


(恭弥・・・・どうしちゃったんだろう・・・・。これじゃ敵が来た時、危険が増えるだけなのに・・・・)


とは言え、ディーノさん曰く、恭弥は指輪の話をしようにも聞こうとはしなかったようで、まだ何も知らないとのことだった。
沢田くんもリボーンくんと着実に修行して成果を出してるようだし、山本くんも、お父さんに剣術を習ってると言っていた。
獄寺くんは一人で修行してたけど、話を聞けばドクターシャマルも重たい腰を上げて昨日から一緒にやってるらしい。
京子ちゃんのお兄さんはリボーンくんの仲間のコロネロくんと一緒に修行をしてるようで、一番、仕上げが早い、なんてディーノさんが羨ましがってたっけ。


恭弥・・・・どうして姿を見せないの?
ホテルでバッタリ会って以来だから余計に気になってしまう。
そう言えば弥生さんの姿も見えないし・・・・もしかしてまだ二人で――――。


二人が抱き合う光景が頭に浮かび、慌てて首を振った。
幾度となく、あの日からそんな光景を想像しては勝手に胸を痛くしてる自分に笑ってしまう。
いくら恭弥の事を好きだと再確認したって、もう・・・・どうにもならないのに。


"それ――――僕の小鳥なんだけど"


初めて会った時、こんなにも彼の事を好きになるなんて思ってもいなかった。
最初はただ、彼が何を考えてるのか分からなくて、どう接していいのかすら分からず戸惑うばかりだった。
恭弥の飄々とした態度にイライラさせられたし、転校早々目立つハメになって迷惑だとも思ってたのに・・・・。


この手で恭弥を思い切り殴った。
その後、二人で学校を抜け出し彼のバイクに乗せてもらった。
夕日の中・・・・初めてのキスを、恭弥と交わした――――。


恭弥にはそうじゃなくても、私にとったら全てが初めての体験で、あの日の夜は全然、眠れなかった。
次の日も、あの出来事は夢だったんじゃないかって実感すら湧かなくて・・・・。
きっとあの時から・・・・私は恭弥に少しづつ惹かれてたんだ。
魔法にかかったみたいに、それまでの狭い世界が変わっていって、代わりに恭弥の世界に引きずり込まれた。
まるで違う自分を見るように、ゆっくりと彼の色に染まっていく自分が怖くもあったけど。
そんな事でさえ幸せに感じたことも・・・・確かにあった。


あの時は何も知らないからこそ――――幸せだったんだ。

出来ることなら・・・・何も知らない頃の自分に戻って、こんな想いを断ち切ってしまいたい。

そんな事をただ願いながら――――私は必死に恭弥を忘れようとしていた。










放課後、校舎を出ると門にディーノさんが寄りかかるようにして立っていた。


「ねね、あそこにいる人、すっごいカッコいいー!どこの国の人かなあ」
「ホントだー!誰待ってるんだろ」
「どうせ誰かの彼氏でしょー。でも外国人の彼氏って羨ましくない?」


そんな声が横を通り過ぎていく。
確かに傍から見てもディーノさんはカッコいい。ただ立ってるだけなのに絵になってしまう。


「あ、ちゃん」


その時ディーノさんが私に気づき、手を振ってきた。
瞬間、私を追い越していったさっきの女の子達が驚いたように振り返るのが分かる。
慌てて俯くと、ディーノさんが、もう一度「ちゃん?」と呼ぶのが聞こえる。


「あ・・・・ディーノさん・・・・」
「どうした?暗い顔して」


ディーノさんが駆け寄って来て顔を覗き込んできた。
それを見ていた女の子達が訝しげな顔でヒソヒソと話している。


「ねぇ、あの子、確か雲雀さんとデキてるって噂のあった子じゃない?」
「ホントだー。何、雲雀さんとあのカッコいい人、二股かけてんの?」


そんな会話が聞こえてきてドキっとした。


「あーでも雲雀さんって実は上本さんと家族公認の仲なんでしょー?」
「嘘!マジ?あの噂ホントなの?幼馴染だからって事かと思ってたのにっ」
「だって前よりも学校内で一緒にいること多いし今も二人で休んだりしてるんだってー」
「わー何かエッチ!って言うかショック〜!雲雀さん憧れてたのにぃ〜」
「じゃーあの子は遊びって事?」
「どっちにしろ、もう別のイケメンにかまわれてんじゃん。やな感じー」


そんな噂話や中傷の声にギュッと唇を噛み締めると、それに気づいたディーノさんが私の手を不意に握った。
ドキっとして顔を上げると、「帰ろっか」と優しく微笑んでくれる。
そのまま頷いて二人で門を抜けると、いつものようにロマーリオさんが車の外で待っていてくれた。


「今日も・・・・来てなかったんですか?」


車に促されるまま乗り込みながら尋ねると、ディーノさんは苦笑いを零した。


「ああ・・・・参ったよ。アイツ、どこに雲隠れしやがったんだ」
「家には・・・・」
「帰ってないらしい」
「そう・・・・ですか」


ふと過ぎる弥生さんと恭弥の姿に、膝の上で手を握り締めた。
きっと二人は一緒にいる。今もこの瞬間、二人は・・・・。


「あ、なあ。腹減らない?」
「え・・・・?」


不意にディーノさんが言い出し、顔を上げると、「オレ、また昼飯食べれなくてさ!」と苦笑している。
きっと恭弥がいつ来てもいいように、どこにも行かず待ってたんだろう。

ホント・・・・ディーノさんは優しい。
恭弥が姿を現さないこと、凄く困ってるはずなのに。
恭弥が誰と一緒なのかも分かってるから私に気を遣ってるんだ。


「あ、そうだ。山本んち行って寿司でも食おうか。どのくらい修行が進んだか知りたいだろ」
「はい。でも・・・・恭弥を探さなくていいんですか?」
「アイツは異常なくらい負けず嫌いだからな。そのうち出てくるよ。今は一人で鍛えてるかもしれねぇし」


ディーノさんは明るく笑うと、


「それより・・・・いい加減、敬語なんか使わないで普通にしゃべってくれない?」
「・・・・え?」
「それだと、いつまでも他人行儀で寂しいっつーか・・・・」
「・・・・・・ッ」


そう言いながら照れ臭そうに頭をかくディーノさんにドキっとする。
それでも彼は困ったように笑いながら、


「それに敬語使われると、自分が凄いオッサンのように思えるから悲しいって言うの?」
「あ・・・・。やだ、そんなつもりじゃ・・・・」


慌てて首を振りながらも、そんなこと気にしてたんだ、とつい噴出してしまった。


「あー笑うなよー」
「だ、だって・・・・。歳とか気にするように見えないから」
「そっかー?これでもオレだって少しは気にしてるんだぜ?」
「どうしてですか?」


こんなにカッコいいし、若くしてマフィアのボスなのに、と首を傾げると、ディーノさんは肩を竦めて苦笑いを零した。


ちゃんから見ればオッサンの部類に入るだろーなーとか思ってさ」
「え・・・・?」
「まあオレとしては年齢差なんて気にしてなかったんだけど・・・・ちゃんはかなり若いしさぁ。やっぱ多少は気になるでしょ」
「そ、そんな事・・・・気にしてたんですか」
「そんな事ってヒドイなぁ。これでもマジなんだけど」


ディーノさんはそう言って笑うと、私の頭をクシャリと撫でた。
この一週間、この優しい手に何度助けられたんだろう。
思い切って甘えたい、なんて思わせるような大きな優しさが、ディーノさんにはあるんだ。


「いい雰囲気のとこ悪りぃけど・・・・。ついたぜ、ボス」


「・・・・・・・ッ!」


その時、ロマーリオさんが気まずそうな顔で振り向いて、ディーノさんは顔が真っ赤になっていた。





「お、いたいた!」


山本くんちから程近いトコにある道場に来ると、ディーノさんは中を覗いて私に手招きした。
大きな道場に圧倒されながら歩いていくと、"あさり組"と書いた提灯が入り口に飾ってある。


「ここは?」
「あー山本のオヤジ、昔、剣道やってたみたいでさ」
「そうなんだ。あ、それで山本くん、お父さんに指導受けてるんだ」
「ああ。と言っても・・・・奴が教わってんのは剣道じゃねぇ」
「え?」
「"時雨蒼燕流しぐれそうえんりゅう"っていう流派の剣だ」
「"時雨・・・・蒼燕流"?」


ディーノさんに中を見て、と促され、窓から中を覗いてみると、そこには竹刀を構えている山本くんと、道着を着ている山本くんのお父さんがいた。


「次!七の型!」
繁吹しぶき雨」


その声と共に山本くんの構えた剣が流れるように動いた、と思った瞬間、目の前にあった藁が綺麗に飛び散った。


「凄い・・・・」
「へぇ、さすがだな。もう、ここまで上達してやがる」


ディーノさんは感心したように息を吐き出すと、「このままじゃ出遅れそうだ・・・・」と小さく呟いた。
それが恭弥の事だって分かる。本当に時間がないんだ。

もうすぐ最強の暗殺部隊が日本へやって来る――――!




「お、!ディーノさん!来てたのか」
「あ・・・・」


こっちに気づいた山本くんが歩いて来て、扉を開けてくれた。
すると後ろから山本くんのお父さんが顔を出し、さっきの気迫溢れる顔が急に笑顔で崩れる。


「おぉー!この前のお嬢ちゃんじゃねぇかっ!」
「オヤジ・・・・。お嬢ちゃんって・・・・」
「何だよ、ちゃんだろ?ちゃんと覚えてらぁ!」


おじさんはそう言って笑うと、「せっかく来てくれたんだし寿司でも食ってってくれよ!」と汗を拭きながら出てきた。


「そこのイケメンな兄ちゃんも一緒にどうだ?」
「あ、はい。そのつもりで来たんですよ」


ディーノさんはそう言うと、山本くんの肩をポンと叩き、おじさんと一緒に歩いていく。
その後から私と山本くんもついて行った。


「ヒバリ・・・・まだ現れないのか?」


山本くんはタオルで汗を拭きながら、心配そうな顔をしている。
この戦いは一人でも欠けたら意味がないものだと言うから、そっちも不安なんだろう。


「うん・・・・今日も来てなかったの。このままじゃマズイでしょ?」
「どうなんだろうなあ・・・・。オレもいまいち良く分からないまま稽古つけてもらってっけど・・・・アイツだけは倒したいって思うよ」
「アイツって・・・・?」
「ああ、ほら。この前バジルを襲ってきた奴だよ」
「あ・・・・あの怖そうな人・・・・」


ふと思い出し、あの時の恐怖が蘇ってくる。
あの人が・・・・・最強の暗殺部隊の一人で、一度はその部隊のトップ候補にまでなった男。
あんな人ごみで暴れてケロっとした顔をしていた。
別に誰が傷つこうと関係ないというような、そんな冷たい瞳をしてた。
あんな人がいる暗殺部隊と戦うなんて・・・・危険すぎる。


「・・・・どうした?。元気ないじゃん。あ、腹減ったか?」
「山本くん・・・・」
「・・・・ん?」


軽く深呼吸をして思い切って顔を上げると、山本くんはいつもの笑顔で私を見ていた。


「どうしても・・・・戦うの?戦わないと・・・・ダメなの?」
・・・・」
「マフィアの世界なんて私にはよく分からないけど・・・・。でも向こうは大人でこっちは皆、まだ中学生なのに・・・・」


そう言いながら山本くんを見上げると、彼はキョトンとした顔をしている。


「オレも事情とかよく知らないけど・・・・。ツナが困ってるなら手助けしたいとは思ってるよ」
「山本くん・・・・?」
は・・・・見守ってくれてたらいいよ。皆、絶対に勝つからさ」
「でも――――」
「もちろん、ヒバリもな!そのうち、ひょっこり来るよっ」
「ひゃっ」


バンっと背中を叩かれ、前に転びそうになりながらも、明るく笑う山本くんを見上げた。
この人は天然なのか、人を元気にする力があるみたいだ。


「おーい!山本!ちゃん!早く来いよー」


店の前からディーノさんが手を振っている。
それを見て二人で走っていくと、おじさんがすでに店の中で魚をさばいていた。


「オヤジ、間に合うか?悪いな、開店遅らせちまって」
「大丈夫だよ!まま、二人もそこ座ってくれよ!開店前にパパッと握っちまうから」
「あ、はい・・・・。じゃあご馳走になります」


ディーノさんとカウンターに座ると、山本くんが中に入って手伝いを始めた。


「おう、武!お前も食えよ。腹減っただろ」
「オレは後でいいよ。それより・・・・ディーノさん、寿司とか大丈夫か?」
「ああ、オレはジャパニーズスシは大好きだぜ」


そう言ってるそばから出てきたばかりの大トロを口に運ぶディーノさんは、「ボォーノ〜!」と叫びながら喜んで食べている。


「何でぇ、そのイケメン兄ちゃんはイタリアの人か」
「ああ。ツナの兄貴分なんだ」


山本くんがそう説明すると、おじさんは渋い顔をして私とディーノさんを交互に眺めた。


「いやぁ・・・・武とちゃんがくっついてくれればと思ったけど、こうして見ると負けそうだなぁ、武!」
「はあ?何言ってんだよ、また・・・・」


おじさんの言葉に山本くんは呆れたように溜息をつきながらも小鉢に簡単な突き出しを出してくれた。


「何ってお前、オレがちゃん気に入ってるの知ってるだろが。あ!ひょっとして彼女の最強の恋人って、この兄ちゃんか?」
「ちょ・・・・オヤジ!違うよ!」


おじさんの言葉にドキっとすると、山本くんは慌てたように言葉を遮り、「それより、これが好きだし握ってあげて」とおじさんの背中を叩いている。
その様子におじさんは首をかしげていたけど、私は内心ホっとした。
今ここで恭弥の話をされるのはつらいから・・・・。


「食べてる?」
「え?あ・・・・うん。美味しいね。ディーノさんは――――」
「オレはもう二人分は食ってる」
「・・・・・」


見れば確かに出されたお寿司がぺロっとなくなっている。
美味しそうに食べている姿は普段よりも少し幼く見えて、つい笑みが零れた。


「何笑ってんの?」
「ううん・・・・。ディーノさんが美味しそうに食べるから」
「ああ、だってホントに美味いし・・・・イタリアじゃこんな美味しいスシは食えないからさ」
「あ、そっか。あ、これも食べていいよ?私、大トロ食べないから」
「えっもったいない!何で?あ、嫌いか?」
「き、嫌いじゃないけど――――」
「ははーん。、ダイエットしてんだろ」
「――――ッ!」


言いにくいことをアッサリ口にする山本くんをジロっと睨むと、おじさんが楽しそうに笑った。


「何でぇ!ダイエットなんかしなくても十分細いのに」
「え、って言うか・・・・その・・・・」
「まあ女の子は気になるだろうし・・・・じゃあ、このヒラメ食え。これなら低カロリーだしな。あとマグロは赤身握ってやるよ」
「・・・・す、すみません」


皆の前で暴露されたことで顔が赤くなりながらも座りなおすと、隣でディーノさんがクスクス笑っている。


「そんな笑わなくても・・・・」
「だって・・・・女の子はどの国でも同じなんだなと思ってさ」
「というか・・・・ここ一週間、ディーノさんが美味しい物ばかりご馳走してくれるから2キロも体重増えちゃったんですっ」
「え、オレのせい?」


そこで真実を口にすると、ディーノさんはキョトンとした顔で私を見た。
初めて食事をした日から、ディーノさんはほぼ毎日のように夕食に誘ってくれていた。
恭弥が姿を隠したのが何となく自分のせいのような気がしたのと、「男だらけで食うのが嫌」というディーノさんの子供みたいな言葉につられ、 ついつい誘われるままご馳走になってたんだけど・・・・。
最初はイタリアンから始まり、次にフレンチ、中華・・・・と、どれも好きで嬉しいんだけど、困った事にディーノさんが頼む料理はどれも高カロリーな物が多く、 その上美味しい物ばかりだから、つい食べ過ぎてしまうのだ。
案の定・・・・夕べ体重計で量ってみれば"2キロ+"という事実にガックリ来てしまった。


「オ、オレのせいって事はないですけど・・・・どれも美味しかったし・・・・」
「だったらいいじゃん。オレ、美味そうに食ってくれるちゃん見てるの好きだし」
「・・・・っ!で、でも・・・・これ以上太りたくないからカロリーは控えたいんですっ」
「何で?オレ、ポッチャリでもちゃんなら可愛いと思うけど・・・・。イタリアのマンマ(母)は凄いぜ〜?
ポッチャリどころか、こっちでいう力士みたいになっから!あはは!」


「「「・・・・・・(フォローになってない)」」」


楽しそうに笑うディーノさんに、私や山本くん、おじさんも目が細くなる。
確かにイタリアの女性は若い時は大柄だけどスタイルもよく、綺麗な人が多い。
でもテレビとかで見てると、中年辺りのおばさんは確かにでっぷりしてる人が多いような気がした。


「そりゃオリーブオイルが体にいいって言っても入れる量がハンパじゃねーだろうしなー。ピザやパスタもカロリーは高いし」
「そうなんだよなー。だから日本の女の子の細さにビックリしてるんだ」


山本くんの言葉にディーノさんは苦笑いを零し、ふと私を見た。


「という事だし、ちゃんはもっと太った方がいいって。何だか倒れそうなくらい細いぜ?」
「あ、あの・・・・だから太ったんです!2キロも――――」
「たった2キロだろ?大丈夫!そんな気にする事ないしオレはそんな事で嫌いにはならないから♪」
「ディ、ディーノさん・・・・・っ」


ディーノさんの言葉に顔が赤くなると、目の前にいた山本くんが訝しげな顔をした。


「あれ・・・・まさかディーノさん、のこと口説いてんスか?」
「あ、バレた?」
「ちょ、ちょっと!」
「何でぃ、そうなのか?」


そこにおじさんまで加わるもんだから焦って立ち上がると、ディーノさんが嬉しそうに前へ身を乗り出した。


「彼女みたいに奥ゆかしい女の子って、オレ会ったの初めてなんだよ」
「おう、よく見てるな、兄ちゃん!オレもそう思って武のガァルフレンドってやつにならねぇかって誘ったんだ」
「オイ、オヤジ!」
「へぇ〜。それじゃあ山本もオレのライバルっつー事かな?」
「か、勘弁してくださいよ・・・・」


ディーノさんがニヤリと笑うと、山本くんは苦笑いのまま後ろへ後ずさった。
というか勘弁して欲しいのはこの私なんだけど・・・・と言いたいのに言えない雰囲気だ。


「お、女の奪い合いか?頑張れ、二人とも」

「―――ッ?!」

「リ、リボーンくん?!いつの間に・・・・っ」


いきなり聞き覚えのある声が聞こえて隣を見ると、いつの間に来たのかリボーンくんが座っていて、何故か凄い勢いでお寿司を頬張っていた。


「いつ来たんだよ、リボーン!」
「たった今だ。それより・・・・食わないのか?ディーノ。いらないならオレが――――」
「た、食べるって!ったく・・・・相変わらずだな。それでツナは?」
「ああ今来るぞ。ほら――――」


リボーンくんが入り口を見たその時、扉が開いてバジルくんに背負われた沢田くんが入って来た。


「さ、沢田くん、大丈夫っ?」
「おい、ツナ!」


私と山本くんが駆け寄ると、沢田くんはグッタリしながら顔を上げて、


「ああ・・・・山本・・・・。さんも・・・・来てたんだぁ・・・・」
「ど、どうしたの?どこか怪我でも――――」
「いえ、ちょっとハードな修行をしてるので疲れてるだけです」


バジルくんはそう説明すると、座敷に沢田くんを寝かせた。


「何か久しぶりだな、こうして顔合わせるの」
「そうだねえ・・・・。山本はどう?修行の方は・・・・」
「まあ順調だよ。そろそろ仕上げだ」


言って山本くんは竹刀を持ち上げてみせた。


「で、ツナはどうなんだ?」
「オレは・・・・見ての通り毎日ハードだよ〜。体中が痛いし」


沢田くんは何とか体を起こすと、カウンターでディーノさんと寿司の取り合いをしているリボーンを睨んだ。


「リボーンの奴が急に寿司が食べたいって言うから来たけど・・・・まさかさん達もいるとは思わなかったよ」
「あ、うん・・・・。学校の帰りに寄ってみたの」
「そっか。でもディーノさんも一緒って事は・・・・もしかしてヒバリさんはまだ?」
「うん・・・・。ディーノさんも焦ってるみたいで」
「だよなぁ・・・・。それにまだリングの守護者が全員揃ったわけでもないし・・・・」


沢田くんが大きく溜息をついた。
きっと色々な事が不安なんだろうと思ったけど、私は何も言えなかった。
そこへディーノさんが歩いて来ると、私の頭にポンと手を乗せ、


「そろそろ送る」
「え?あ、もうこんな時間・・・・」
「あ、寿司の土産貰ったから帰ってから食べな」


そう言ってディーノさんは土産用の箱を私に渡した。


「え、いいの?お土産なんて・・・・」
「ああ、いいよ。オヤジの気持ちだろ。それにの分、殆ど赤ん坊に食われてないしなぁ」
「ホントね」


振り返ってみれば、リボーンくんがお腹をさすりながらお茶を飲んでいる。


「お、、帰るのか?」
「うん。もう遅いし・・・・」


そう言いながら自分の鞄を持つと、リボーンくんが振り向いた。


「そうか。じゃあディーノ――――」
「言われなくてもオレが送るよ」


そう言いながら私の肩を軽く抱くと、ディーノさんはおじさんに挨拶をして外へと出た。
私もおじさんを手伝っている山本くんとグッタリしている沢田くんに軽く手を振って店を出ると、通りの向こうから笹川先輩が走ってくるのが見えた。


「あ、京子ちゃんのお兄さんだ」
「ああ、了平か。修行が終わったようだな」


笹川先輩はこっちまで走ってくると、私たちに気づき足を止めた。


「お、君は確か――――」
「あ、あの・・・・京子ちゃんや沢田くんと同じクラスで・・・・」
「ああ・・・・そうか!野球小僧の彼女だったな!」
「――――は?」
「恋愛というのはいいものだ!頑張れ!オレも頑張るっ!極限!」(?)


笹川先輩はそう叫ぶと、山本くんちの寿司屋へと勢いよく入って行ってしまった。


「・・・・・」
「・・・・・」


残された私とディーノさんは互いに顔を見合わせ、同時にぷっと吹き出すと、


「アイツ、おもしれぇ〜っ!」
「な、何か勘違いしてるみたい・・・・。そう言えば時々ズレたこと言うって前に沢田くんも困ってたっけ・・・・」
「まあ、でもアイツ、相当鍛えられてるな。コロネロにかなり気に入られたんだろう」


そう言いながら二人で歩き出すと、ディーノさんは軽く息を吐き出した。


「皆・・・・着々と力をつけてるな」
「ディーノさん・・・・」
「後は・・・・雷の守護者と霧の守護者・・・・。そして雲の守護者である恭弥、か・・・・」


不安げな顔で夜空を見上げるディーノさんに、少しだけ胸が痛くなる。
このまま恭弥が現れなければ、何も知らないまま敵に襲われる事になるのだ。


「あ、あのディーノさん、私、やっぱり心当たり探して説得――――」
「いいよ」
「・・・・え?」


驚いて顔を上げれば、ディーノさんは困ったような顔で微笑んでいた。


「今、恭弥と会うのは・・・・ツライだろ?」
「でも、このままじゃ・・・・」
「いいんだ。今、ロマーリオにも捜索を頼んであるし、部下が総出で恭弥の行方を追ってる。明日には見つかるよ」


こんな時も気遣ってくれるディーノさんに、やっぱり胸が痛くて僅かに目を伏せた。
すると彼はちょっと苦笑しながら私に背を向けると、


「それに・・・・オレもちょっと嫌なんだ」
「え・・・・?」


その意味が分からず顔を上げると、ディーノさんは照れ臭そうに頭をかきながら振り返った。


ちゃんが恭弥と会うの・・・・」
「ディーノ・・・・さん?」


ふと足を止めると、ディーノさんは真剣な顔で私を見ていてドキっとした。
この一週間、一緒にいる時間も多かったけど、こんな風に真剣に向き合うのは初めてで、鼓動がどんどん早くなっていく。
いつもみたいに"なんちゃってな"とか言って笑うんじゃないかと思ったけど、ディーノさんはちょっと微笑んだだけで再び歩き出した。


「・・・・・」


何となく沈黙になった。このままじゃ気まずい空気になりそうで、私は話題を変えよう、と明るく切り出した。


「あ、あの、そう言えばまだ聞いてなかったけど・・・・雷と霧の守護者って誰なのかな?ディーノさん知ってる?」
「えっ?あ、ああ・・・・。えっと・・・・知ってるっていうか・・・・」


ディーノさんもドキっとしたように笑いながら、「まあいっか」と肩を竦めた。


「霧の守護者はまだハッキリ言えないけど・・・・雷の守護者は・・・・ランボだよ」
「えっ!」


その名前を聞いた瞬間、本気でビックリした。


「ラ、ランボって・・・・あのランボくんっ?」
「ああ。アイツはボンゴレじゃないけど素質で選ばれた。まあ本人は分かっちゃいないけどな」
「そんな・・・・だってまだ子供なのにっ」
「でもアイツも一応、マフィアだよ」
「で、でも・・・・」
「大丈夫だって。皆でサポートすればさ」


ディーノさんはそう言うと優しく微笑み、足を止めた。


「あ〜残念。もうついちゃったよ」
「あ・・・・」


気づけばすでに私の家の前だった。


「あの・・・・送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。って、今日も明かりついてないけど・・・・大丈夫か?」
「いつもの事だし慣れてます」
「そう?なら何かあったらすぐ携帯鳴らして。飛んでくるからさ」
「ありがとう・・・・」


そう言って顔を上げた時、不意に抱きしめられてビクっとなった。


「あ、あの――――」
「早く・・・・元気になれよ」
「・・・・・ッ?」


その言葉に顔を上げると、額に軽くキスをされ、一瞬で頬が熱くなる。


「お休み」
「あ・・・・お休み、なさい・・・・」


ディーノさんは笑顔で手を振ると、そのまま来た道を走るように去って行ってしまった。
それを見送りながらそっと額に触れると、熱があるように火照ってるのが分かる。
この間されたものより、ずっと優しいキスで鼓動が少しづつ早くなっていった。


"早く元気になれよ"


ディーノさんが何をさしてそう言ったのか分かるから、余計に切なくなる。
もうどうしようも出来ないのに・・・・。


「悩んでるなんてバカだよね・・・・」


ポツリと呟き、家の方に歩いて行く。ふと窓を見れば真っ暗なリビング。
母は今日も出かけているらしい。小さく息をつきながらドアに鍵を差し込んだ。その時――――。

背後からコツ・・・っと靴音が聞こえ、ドキっとした拍子に鍵を下に落としてしまった。
チャリンっという金属音が響いたのを聞いて、慌てて鍵を拾おうとしゃがむ。
その時、背後の靴音が、だんだんとこっちへ近づいてきた。


「だ、誰?誰かいるの?」


振り返り、声をかけてみる。
一瞬、暗くて分からなかったけど目が慣れてくると、門のところに誰かが立っているのが分かった。


「だ、誰・・・・?ディーノ、さん?」


ちょうど影になっていて顔が見えない。
その時、一瞬イタリアから来るという暗殺部隊の事が頭を過ぎる。

でも、まさか・・・・。まだ早すぎるし、そもそもリングなんか持ってない私のところへ来るはずがない。

その時、その人影がゆっくりと私の方へ歩いて来た――――。










「恭弥・・・・?どこ?」


テラスに出てると、後ろから弥生の声が聞こえた。
少し冷たい風はガウン一枚羽織っただけの、僕の体温をゆっくりと奪っていく。


「ここにいたの」


弥生もガウンを羽織って、外へ出てきた。


「今日も月が綺麗ね」
「・・・・もう秋だしね。日が落ちるのも早い」


それだけ答えると部屋の中へと戻った。
そのままベッドに寝転がれば、弥生がすぐに覆いかぶさってくる。


「別荘に来て正解ね。今時期は静かでいいわ」
「そろそろ紅葉で観光客が押し寄せるよ」
「その時は帰ればいいじゃない。それとも次は沖縄の別荘に行く?海外もいいわよね」
「面倒だよ・・・・」
「もう・・・・恭弥が珍しく学校休んで別荘に行きたいって言ったのよ?もっと楽しそうな顔してよ」
「・・・・眠いんだ」
「もう〜!外は暗いと言っても、まだ夕方じゃない」


それだけ言って寝返りを打つと、弥生はつまらないといったように携帯を取って着信履歴を確認しだした。
その音を聞きながら、軽く目を瞑る。


あれから何日経っただろう。
あの夜の次の日、どうしても学校に行く気がしなくて、弥生を強引に誘い彼女の家の別荘へとやって来た。
病気以外、学校を休んだ事さえなかった僕が、無断欠席なんて自分でも信じられない。
それでも学校へ行けば、あの男はまた僕の前に現れる。
彼と理由も分からないまま戦うのは面白かったけど、今は無理だ。
どうしても・・・・との事を考えてしまうから・・・・。


ハッキリ確認したわけでもない。
もしかしたら何でもないのかもしれない。


何度もそう思っては、もう関係ない事だと振り切ろうとした。
なのに、気づけば思い出すのは。
ディーノの隣にいるの姿だ。
そのたびに思い知らされる。彼女への想いに嘘はなかったと――――。


「ねぇ、恭弥!これ見て!」
「何だよ・・・・」


不意に弥生が体を揺さぶってきて軽く目を開ければ、目の前に携帯電話の画面があった。
そこには携帯カメラで写したらしい写真が画面に出ていて、その被写体に気づいた瞬間、胸の奥が嫌な音を立てる。


「これ、友達から送られてきたの。今日の放課後に見かけたんですって」
「・・・・・・」
「これ、あの子よね?それで・・・・こっちはこの前のホテルで一緒だった男の人」


そう言って弥生はクスクス笑うと、


「あの子もやるわね、ホント。友達のメールからだとこの彼、毎日あの子の送り迎えなんてしてるらしいわよ?」
「・・・・・・」


無言のまま弥生を見れば、彼女は楽しそうに唇の端を上げて携帯を開いた状態で僕に見せた。


「手なんか繋いじゃって。やっぱり彼、新しい恋人だったのね」


弥生の声は聞こえてるのに、何も応えることが出来なかった。
ただ腹の奥底から湧き上がってくるどす黒い感情を抑えるのが精一杯で、何か言葉を発したら爆発してしまいそうなほどに血が沸騰してくるのが分かる。


「これで恭弥もスッキリしたでしょ?何も罪悪感なんか感じる必要ない・・・恭弥?どうした――――キャッ・・・!」

「――――僕に触るなっ!!」


弥生の手が僕の腕を掴んだ時、それを思い切り振り払ったのは――――誰にも触れて欲しくなかったから。


「触るな・・・・」

「きょ、恭弥・・・・っ?」


そのままベッドを降りて素早く着替える僕を、弥生は驚いたように見つめている。


「ちょっと恭弥・・・・。何してるの?どこへ行く気っ?!――――恭弥!!」


脱いだガウンをベッドへ放り投げるのと同時に、僕はその部屋を飛び出した――――。











「だ、誰・・・・?」


ゆっくり近づいてくる影に怯えながらも、足がすくんで動けない。
もっと注意をはらっておけば良かった、と後悔しても遅い。


(何とかディーノさんの携帯を鳴らせれば・・・・)


ポケットにある携帯を探るように手を入れる。

その時、暗がりにいた人影が月明かりの下に姿を現した――――。



・・・・」

「――――恭・・・・弥・・・・?」


目の前に現れたその人に、私は自分の目を疑った。
今・・・・ここにいるはずのない人なのに。


「ど、どうして・・・・」


月の光の下に浮かぶ恭弥は、どこか冷たい目で私を見ていた。


「元気そうだね」
「そう・・・・見える・・・・?」


そんなわけないじゃない。そう叫びたいのに、言葉に出来ない。

どうして?どうして恭弥がここにいるの?
もうサヨナラしたはずじゃないの?
そう言ったのは恭弥じゃない・・・・。


「どこに・・・・行ってたの?ずっと学校にも来ないで」
「心配してくれてたの?」
「そ、そんなんじゃ・・・・ただ恭弥が来ないと困る人が――――」
「それってあの男?ディーノとかいう」
「・・・・・」


冷たい声、冷たい微笑み。
恭弥が分からない。こんなに冷めた目で私を見つめる恭弥が――――怖い。


「恭弥・・・・」


なのに・・・・このまま抱きついてしまいたい、なんて、私はどうかしてる。


「あの男は何者?どうして僕の前に現れる」
「それは・・・・」
の恋人なんだって?ああ・・・・。もしかして・・・・僕に仕返しでもしてって頼んだ?」
「違う――――!!」


その言葉にカッとして怒鳴ると、恭弥はクスクス笑いながらゆっくりと近づいてきた。


「こ、来ないで・・・・」
「ねえ、あの男と・・・・もう寝た?」
「・・・・・ッ」
「この前の夜、ホテルで一緒にいただろ?」
「あ、あれは別に――――」
「どうだった?初めて男に抱かれた感想は――――」
「―――ッ」



パンッ



頭で考えるより先に恭弥の頬を思い切りひっぱたいていた。


「最低・・・・」


声が震えて涙が頬を伝う。
その時、恭弥は下唇を舐めたままニヤリと笑って、私の腕を思い切り引き寄せた。


「最低でもいいよ。僕は・・・・」
「・・・・・・ッ?」


抱きしめる腕の力が強くなったと感じた瞬間、片手で顎を持ち上げられ覆いかぶさるように深く口付けられた。


「――――ん、ゃ・・・・っ」


驚いて暴れると、熱い唇はすぐに離れていく。
涙目で見上げると、恭弥は冷めた眼差しで私を見下ろしていた。


「そんな顔しても・・・・煽るだけだよ」
「な・・・・」


そう言った瞬間、恭弥は私の手から鍵を奪い勝手にドアを開けた。


「な、何するの――――」


私の腕を掴んだまま家の中へと入っていく恭弥の姿に、ただならぬ雰囲気を感じて背筋が凍りついた。
何とか留まろうと足に力を入れると、恭弥は怖い目で私を見て突然私の体ごと抱き上げる。


「や、何するのっ?」
の部屋は?二階?」
「ちょっと・・・・どうしたの?恭弥っ」


必死に止めようとするのに、抱え上げられてる私の抵抗なんか小さなものでしかない。
恭弥は勝手に階段を上がり、開けっ放しの部屋を見つけると、「へぇ、ここ?」と言って中へと入った。


「・・・・ぃやっ!」


そのまま乱暴にベッドに放り出され、スプリングが軋む。
すぐに体を起こそうとしても、恭弥が素早く上に圧し掛かってきた。


「や・・・・ぁ!」


カーテンの開け放した窓から月明かりが差し込んで、私を見下ろす恭弥を照らしている。
涙で歪んで見える恭弥の瞳は、今まで見た事もないくらい冷たくて喉の奥が痛くなった。


「恭・・・弥・・・・」
「震えてるの?可愛いね」


耳から聞こえる恭弥の声も、私の知ってるそれとは違って、冷めたような感情のない声。
それでも僅かに鼻を衝く恭弥の香水の香りに、鼓動が一気に早くなっていく。


「キスして・・・・めちゃくちゃに抱きたくなるほど――――可愛い」


耳元で囁かれる言葉に気が遠くなる。目を瞑れば私の知ってる恭弥がいるから。

そう――――このまま夢を見ていたかった。だけど・・・・・。



「アイツと・・・・キスした?」



違う――――。私の知ってる恭弥じゃ、ない。



「僕とアイツ、どっちのキスが感じたの?答えてよ」
「恭・・・・」
「それとも・・・・やっぱりそれ以上の事もした?」
「・・・・・・」
「あの夜、アイツに抱かれた?どんな風に抱かれた?」
「もう・・・・やめて・・・・」


頬が熱い。彼の吐息がかかる耳も、首筋も、体中が、熱くて苦しい。


「僕とも試してみようか」


艶のある恭弥の声。
何度、好きだと感じたか知れない。


この声に、この強い腕に、本当に愛されてるなら――――何をされたってかまわないのに。


愚かな想いがチラリと脳裏を掠める。
何てバカなんだろう。ここまでされても、恭弥に愛されたいと思ってしまうなんて。
でも彼の心は私には向いて、ない。


「離して・・・・いや・・・・っ」
「そんな怯えた顔されたら・・・・逆効果だよ、・・・・」


恭弥の唇が耳朶から涙で濡れた目じりに触れていく。
思わず恭弥の胸元をぎゅっと掴むと、低い笑い声が響いた。


「その反応が・・・・煽るんだって分からないかな」
「・・・・・っ」


ギシッとスプリングが軋んだと思った瞬間、恭弥の重みを体に感じ、ぎゅっと目を瞑った。
少し冷たい唇を押し付けられ、ぺロリと舐められると、ビクっと体が跳ねる。
何とか逃れようとすると、首の後ろに腕を入れられ、上を向かされた。
薄く開いた唇を強引に塞がれ、ピクっと背中が引きつるように跳ねたのと同時に隙間から舌が滑り込んでくる。


「ん・・・・ゃ・・・・ぁっ」


弄ぶように舌を絡み取られ、強く吸い上げられると頭の芯が熱くなる。
前にされたキスよりも、もっと激しくて息が苦しい。


「・・・・は・・・・んぁ・・・・」


抵抗すればするほど更に深く口内を犯す舌に、次第に身体中が痺れてくる。
優しさも感じられないキスなのに、恭弥の熱を感じて鼓動が早くなっていく自分に、朦朧としながらもおかしくなりそうだ。


「・・・・ぁっ」


急に呼吸が楽になったと思った瞬間、首筋に甘い刺激が伝わり、ビクンと跳ねる。
恭弥の舌が首から耳に移動するたび、厭らしい水音がかすかに聞こえて羞恥心を煽った。


「や・・・・っ」


強引に膝を割りながら器用に胸のボタンを外していく恭弥の手を慌てて止める。
でも恭弥は私のその手を片手であっさりと拘束して、頭の上に押さえつけた。


「・・・・抵抗されればされるほど逆効果だって言ったよね」
「恭弥・・・・こんなの嫌だ・・・・」


私の事を好きじゃないなら、いくら恭弥でも嫌――――その気持ちすら、伝わらないの?


「・・・・ひゃ・・・っ」


肌蹴られた胸元に唇を押し当てられて、ビクっと体が跳ねる。
鎖骨からゆっくりと降りていく舌に、身体が勝手に反応するのが怖い。


「・・・・の肌・・・・凄く綺麗だよ」
「・・・・やっ」


必死に体を捩るのに、恭弥の力には敵わない。
胸の膨らみに押し当てられた唇に、強く吸い上げられビクンと跳ねる。
身体に鋭い痛みが走った直後、下着の上から優しく舐められて声にならない声が洩れた。


「・・・・ぁっ」


瞬間、隙間から滑り込むように侵入してきた指が胸の先を擦るように掠めて体が跳ねる。


「・・・・声、出してよ」


そんな事を言いながら、恭弥は何度もキスを繰り返した。
冷んやりとした指先が、敏感になった胸の先を擦るたびにビクビクと身体が震える。


「――――やっ・・・・ん、」
「そう、その声・・・・。もっと聞かせて」


喉の奥で笑いながら恭弥は行為を続ける。
弄ぶような指先と、ズレたブラから覗く胸の先を舐めあげる舌に、身体の中心から熱が湧き上がってくる気がした。
初めての感覚に必死に抵抗しながら足をばたつかせると、恭弥が顔を上げて私を見つめる。


「泣くほど嫌なんだ・・・・」
「離して・・・・っ恭弥なんか・・・・嫌いっ!こんな・・・のやだ・・・・」
「じゃあアイツならいいってわけ?」


声のトーンが変わったのを感じて見上げると、恭弥がフラっと体を起こした。
拘束されてた手が解放され、慌てて肌蹴た胸元を隠す。


「僕には・・・・泣くほど抵抗するクセにアイツならいいんだ」
「ち、違う・・・・ディーノさんは関係ない・・・・!」


震える声で必死に答える。
どうして恭弥がこんなに冷めた目で私を見るのか、もう何も分からない。


「・・・・何もなかったわ?何も・・・・」
「・・・・・・」


言葉にするたび涙が溢れては頬を伝っていく。
恭弥はただ、そんな私を黙って見おろしていた。
でもその視線は、目の前にいる私を見ていない。


「恭弥・・・・?」

「僕は――――」


ふと視線を外して僅かに目を伏せた恭弥に、ハッと息を呑む。
その瞳が少し潤んでいて、恭弥が泣いてるように見えた。


「もう・・・・忘れたいだけなんだ・・・・」







そんな自分の声が遠くで聞こえる。


ただ・・・・君が他の男の手に触れられてるのを見るだけで嫌だ、なんて――――愚かで、浅ましく、醜い感情。


また・・・・君を傷つけてしまった。


こんな僕なんか、いっそ君の手で、















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ちょいと久々の更新です。
日記を読んで下さってる方は知ってると思いますが、
只今、管理人かなり体調を崩してまして病院通いな体なもので。゜(゜´Д`゜)゜。
更新もまちまちになるかと思われますが、どぞご了承下さい。<(_ _)>





●雲雀さんにこんなふうに不器用に愛されたいです。
(雲雀なら不器用でも十分に幸せしてくれそうですよね!(*ノωノ) 嬉しいコメント、ありがとう御座います!)


●弥生さんに嫉妬しちゃいそうです笑
(ヲヲ!弥生サンに嫉妬ですか!憎まれ役で登場させたので、嫌って頂けた方が私も嬉しいですー(笑)


●HANAZOさんの書く小説は読みやすくて人物の気持ちがとても伝わってきます。
(ヒャー読みやすいなんて言って頂けて凄く嬉しいです!登場人物の感情が少しでも伝わればいいなと思いながら描いてますので(*・∀・`)ノ


●雲雀夢には毎回ドキドキしっぱなしです(笑)これからも頑張ってください!!
(毎回ドキドキ!今後も何とかドキドキワクワク(違)な展開で頑張りたいです!)


●甘くて、切なくて、続きがとっても気になります!!
(甘いけど切ない…というのは私の作品には最も多い傾向です(笑)続きも頑張りますね!)


●なぜか私の中の弥生像はビアンキさんです(´@ω@`)(外見と声が)
(えぇぇっ弥生はビアンキキャラですか(笑)弥生はそうですね〜、一見お嬢様ですね、お蝶婦人?(古ッ)


●切なさがたまらないです!!!
(ありがとう御座います(>д<)/