「二人とも、中学入学おめでとう」
僕の両親、そして弥生の両親からお祝いと称して食事に連れ出された。その時、告げられたんだ――――。
「お前達、婚約しなさい」
元々その話はだいぶ前からあった。
僕は興味がなくてどっちでも良かったし、婚約しろと言われた時も、親たちにとって都合がいいんだろうとしか思わなかった。
弥生は将来、自分の親の会社を継いで更に大きくすることが夢だったみたいだから、それなりに喜んでいたように思う。
でもそれが僕への気持ちをカモフラージュするためのものだったなんて、気づきもしなかった。
いや、その前に興味すらなかったんだ。
物心がついた頃から、弥生は僕の傍にいた。
親同士が友人だった事と、同じ歳だった事も手伝って、僕らが一緒にいるのは、ごくごく自然な事になってた。
その頃からお互いの親は仕事で家に帰って来ない事が多く、そうなると必然的に一緒に過ごすようになる。
お互い同じ境遇だったから彼女の寂しさは手に取るように分かったし、また弥生もそうだったみたいだ。
その頃から僕は他人に興味を持たなくなってた。
でも弥生の事は少し手のかかる妹のように思ってて、婚約が決まった時にかすかな違和感はあったけど、でもこれからも一緒にいる事が普通なんだと思ってた。
ずっと弥生が僕の隣にいるんだろうと、漠然と思ってたんだ。
でも・・・・初めて心から手に入れたいと思うものが見つかった。
弥生や親からの重たすぎるほどの期待を、今更裏切る事は出来なくて、一度は諦めたもの。
もう一度、彼女をこの腕に抱けるなら、今の僕は何でもするだろう――――。
「・・・・・」
「・・・・・」
互いに無言のまま向き合う。
ポタ、ポタ、と体から赤い雫が落ちて地面を染めていく。
「・・・・こんなものなの?」
「へっ。ジョーダン。まだまだ、これからだ」
ディーノはそう言いながら唇の端を上げて笑う。
僕は再びトンファを構えた。すでに腕の感覚がない。でも、それでも―――
目の前のこの男に彼女を渡すわけには行かない。
指輪だとか、マフィアだとか関係ないんだ。そんな事情なんて、どうでもいい。
ただ・・・・僕はこの手で彼女を守りたいと、それだけ強く思っていた――――。
「いよいよ今夜だね・・・・」
朝食の後、リビングで寛ぎながらそう言うと、沢田くんはビクリとした顔で私を見た。
「さ、さっきから震えが止まらない・・・・」
そう言って沢田くんはかすかに震えている自分の手をジっと見つめた。
「逃げ出したいよ・・・・」
「沢田くん・・・・」
朝、学校に行く時間。起き出してきた時から、沢田くんはそう言いながら時計を気にしていた。
リング争奪戦は今夜、並盛中学校で行われる。
それまで普通に学校に行け、とリボーンくんに言われたようで、沢田くんはさっきから溜息をついていた。
「こんな時に学校で授業なんて受けられないって・・・・」
「そうだよね・・・・。でも私からしたら羨ましい。私だけ留守番だし・・・・」
「はあ・・・・。代わってあげたいくらいだよ」
沢田くんはそう言って頭を項垂れた。
そんな彼に苦笑しながら、正直、私もそうしてあげたいと思った。
この間は結局ディーノさんに学校へ行っていいかどうか聞くのを忘れたし、リボーンくんに聞こうにも姿を見せない。
沢田くんと修行はしてるみたいだけど、その後はどこかに行ってしまうらしく沢田くんも知らないと言っていた。
まだ霧の守護者が姿を見せてないところを見ると、色々と忙しいのかもしれない。
(ディーノさんからもあの日以来、連絡ないし・・・・)
ふと携帯を取り出し開いてみる。
最後の履歴は私があの夜、ディーノさんにかけたものしかなく、メールだって一度も届いていない。
こんな事は初めてで少し不安になった。
「どうしたの?さん・・・・」
私が携帯をボーっと見つめていると、沢田くんが訝しげな顔で覗き込んできた。
ドキっとして顔を上げると慌てて携帯を閉じる。
「な、何でもない」
「そう?ああ・・・・。もしかしてディーノさんのこと心配してるの?」
「あ・・・・うん」
「まだ連絡ないんだ」
「・・・・うん。前なら夜には戻ってきたりしたのに・・・・。どうしたんだろ」
小さく溜息をつくと、沢田くんは少し困ったように視線を泳がせた。
何か言いたそうな顔に見えて、私は軽く首をかしげると沢田くんの顔を覗き込んだ。
「何・・・・?何か知ってるの?」
「あ!い、いや、知ってるというか・・・・」
沢田くんは目に見えて動揺したように視線を反らす。
「お願い、知ってるなら教えて?ディーノさんに何かあったなら――――」
「ち、違・・・・!そうじゃないよっ?」
私の言葉に沢田くんは慌てたように首を振った。
「え、じゃあ・・・・何で隠すの?」
「や、だから・・・・。そういうわけでもなかったんだけど、さ」
困ったように頭をかく沢田くんは、思い切ったように息を吐き出しながら私を見た。
「実は、さ。リボーンから聞いたんだけど・・・・。この前の夜、ヒバリさんがやっと姿現してディーノさんと今、修行中らしいんだ」
「えっ?恭弥が・・・・?」
「うん。で、もう戦いまで時間がないし、このまま休まずギリギリまで二人は続けるらしい」
「そうだったんだ・・・・」
「さんに伝えようと思ってたんだけど・・・・さ。ヒバリさんの事もあるし、なかなか言い出せなくて」
「沢田くん・・・・」
ドキっとして顔を上げれば、沢田くんは心配そうな顔をしていた。
彼は事情を知ってるし、今はディーノさんと付き合ってるっていう事もきっと知ってるんだろう。
沢田くんなりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「私は・・・・もう大丈夫だよ?恭弥の事は忘れたの。だからディーノさんと付き合ってるんだし」
「さん・・・・」
「でも・・・・恭弥の事は心配してたからディーノさんと一緒にいるなら安心かも」
「そっか。ならいいけど。でも・・・・」
「・・・・ん?」
「ヒバリさん・・・・。どうして急に姿を現したんだろうね」
沢田くんはそう言って私を見つめた。その真っ直ぐな視線にドキっとする。
私だって一瞬思った。どうして恭弥は今頃になって、ディーノさんと修行をする事にしたんだろう。
恭弥は明らかにディーノさんを避けてた。
それはこんな戦いに巻き込まれたくないからだって思ってたのに・・・・。なのに何故、今頃――――。
「オレは・・・・さんに関係してると思うんだけど」
「・・・・え?」
不意に沢田くんが口を開いた。真剣な顔で見つめてくる彼の視線とぶつかり思わず目を伏せる。
「な、何で私が関係してるの?恭弥はもう私の事なんか気にもしてないよ」
「そうかな」
「そ、そうだよ」
「でもディーノさんから今回の事情を聞いてるんだろうし、がヴァリアーに襲われかけた事だって知って――――」
「ま、まさか!だったら何?それで恭弥が一緒に戦う事にしてくれたって言うの?」
「うん・・・・」
「あ、ありえないよ、そんな事・・・・」
「でもヒバリさんは誰より仲間とかいって群れる奴が嫌いな人だよ?気まぐれなんかで手を貸すような人じゃないと思う」
「沢田くん・・・・」
いつもハッキリしない沢田くんが、キッパリとそう言ったのを聞いて驚いた。
恭弥が指輪の守護者になってくれたのは私が心配だから・・・・?まさか・・・・そんなはずない。
「さん・・・・?」
「ありがと、沢田くん。でも恭弥は・・・・私の事なんて、とっくに忘れてるよ」
「でも――――」
「ホントにもういいの。それに・・・・今はディーノさんがいるし」
そう言って微笑むと、沢田くんはかすかに微笑んでくれた気がした。
その時、チャイムが鳴って騒がしい声が玄関の方から聞こえてくる。
「十代目ー!お迎えに上がりました〜♪」
「ツナー学校行こうぜー」
玄関に出て行くと、獄寺くんと山本くんが笑顔を浮かべながら立っていた。
獄寺くんは何故かその手に段ボール箱を抱えている。
「さすがに昨日は眠れなくてな。落ち着かねーから学校行こうと思ってさ」
「山本・・・・」
自分と同じ気持ちの人がいる、と思ったのか、沢田くんは嬉しそうな笑みを浮かべた。
が・・・・次の瞬間、山本くんは満面の笑みを浮かべて両腕をググっと伸ばすと、
「いやー!ワクワクすんなー!」
「な――――ッ!!」
自分が思っていたのとは違う反応に、沢田くんはガ〜ンとした顔で口をポカンと開けている。
そんな沢田くんを見て、山本くんは苦笑すると、
「大丈夫だって」
「え・・・・?」
「最初はオレ、自分があのロン毛に勝つ事しか考えてなくてさ。未だに状況もよく分かってねーしな。
でも皆が揃った時、思ったんだ。
オレじゃなくて・・・・オレ達の戦いなんだって。一人じゃねーんだぜ、ツナ。皆で勝とうぜ!」
「山本・・・・」
さすが山本くんと言うべきか。彼の一言で沢田くんの顔から、不安が消えた。
その時、「ったりめーだ!!」と獄寺くんも声を上げた。
「あんな奴らにボンゴレを任せられるか!相手が誰だろうが蹴散らしてやりますよ!勝つのは俺たちです!任せてください、十代目!」
「獄寺くん・・・・」
獄寺くんの言葉に一瞬、ギョっとした顔をしてた沢田くんも、だんだんと笑顔になってきたみたいだ。
「沢田くん」
「・・・・え?」
「震え、止まったんじゃない?」
「え、あ・・・・。ホントだ」
私の言葉に、沢田くんは自分の手を見て嬉しそうに微笑んだ。
「んじゃ学校行こうぜ、ツナ」
「う、うん」
「にしても・・・・。霧のリングの奴は何してんスかねー。この大事な時に顔も見せずに」
「どんな奴だろーな」
山本くんは相変わらずワクワクしたような顔で言った。
獄寺くんは、顔を顰めつつ、
「アホ牛よりまともな奴である事を願うばかりだぜ」
「た、確かに・・・・」
沢田くんも頭を項垂れながら溜息をついている。
すると山本くんが、「ヒバリも最近見かけてなかったよな。アイツと手合わせしてーんだけど・・・・」と私の方を見た。
ドキっとして目をそらすと、獄寺くんは呆れ顔のまま、「どこに雲隠れしてんだか」と肩を竦めている。
「あ、ヒバリさんならディーノさんと修行してるはずだよ」
沢田くんが二人にそう説明をすると、獄寺くんは少し驚いたように、「よく姿見せたな」と目を丸くしている。
その言葉に沢田くんは私の方を見たけど、私は視線を反らす事しか出来なかった。
「じゃあ学校行って来るね。さんは家にいて」
「・・・・うん。行ってらっしゃい」
「じゃな、!危ねーし家から出るなよ?」
山本くんはそう言って私の頭をクシャっと撫でると、そのまま皆で出かけていった。
急に一人にされると妙に家の中が静かな気がして小さく溜息をつく。
沢田くんのおばさんやビアンキさんたちは皆で買い物に出かけてしまったらしく、朝からやけに静かだ。
いつもならランボくんとイーピンがじゃれあってて凄く賑やかなのに。
そう思いながらキッチンに行って紅茶を淹れた。静かな部屋に一人でいると、余計な事まで考えてしまう。
でも恭弥・・・・来てくれたんだ。それは正直言って少し驚いた。
ディーノさんから恭弥がまた来なかったと聞いた時点で、きっと彼はこの戦いには参加する気がないんだろうと思ってたから。
それなのに・・・・自ら出てきてディーノさんと修行してるなんて。
戦いは今夜だ。
ディーノさんは今、出来るだけ長い時間が欲しいだろう。
きっと必死なんだ。恭弥を鍛えるために・・・・。
「はあ・・・・」
学校を休んでるんだから、自分で予習復習をしておかないといけない。
なのに今は勉強をする気分にはなれなかった。
今この瞬間、恭弥とディーノさんが修行しているのかと思うと胸が苦しくなってくる。
「今夜・・・・か」
静かな部屋に溜息が洩れ、時計の音がやけに耳についた。
その日の夕方、沢田くんは久しぶりにリボーンくんを連れて学校から戻ってきて、今夜の準備を始めた。
「おい!ホントにランボも連れてくのかよっ」
「仕方ねーだろ。守護者なんだ」
「行く行く!ランボさんも行っとく!」
「・・・・コイツ、何も分かってねーな」
鼻をホジホジしている(!)ランボくんを見て、沢田くんは呆れたように溜息をついた。
「でも・・・・大丈夫なの?」
私も心配になって尋ねると、リボーンくんは、「さあな」と無責任な事を言っている。
それには私も心配になってきた。
「相手は殺し専門の人たちなんでしょ・・・・?」
「ああ、でもランボだってマフィアだしな。雷のリングの守護者として立派に
戦死してくれるさ」(!)
「ちょっと!せ、戦死なんてダメよ!!」
「ジョーダンだ」
「・・・・っ!」
淡々と答えるリボーンくんに、思わず眼が細くなる。
するとリボーンくんは私の前まで来て、ふと真剣な顔を見せた。
「今、ディーノが必死にヒバリと戦っている」
「あ・・・・うん。聞いた」
「そうか。まあ今夜から学校で争奪戦が行われるから、ディーノがヒバリを外へ連れ出してると思う」
「え、でも恭弥も指輪の守護者なのに・・・・今日いなくていいの?」
「ヒバリは皆より遅れてるし仕方ねえ。それに学校で戦う事がバレたら、アイツ怒るだろ?」
「え?」
「ヒバリは学校が好きな奴だからな。戦いの最中に校舎が壊されたりしたら、それこそ修行にならないし場外乱闘になりかねない」
「あ、そ、そっか・・・・」
「だからディーノはヒバリを学校から連れ出して、よそで修行してるはずだ」
そう言ってリボーンくんはジっと私を見つめた。
その瞳を見てると、心の奥まで見透かされているかもしれない、とふと思う。
"だから抜け出して学校に来ても二人はいないぞ"
そう・・・・言われてるような気がする。
「ー♪」
少し気まずい思いをしていると、そこへランボくんが走ってきた。
「隠れんぼしよー!」
「え、隠れんぼ?」
ランボくんは楽しそうにグイグイっと腕を引っ張ってくる。
すると沢田くんが慌てたように立ち上がった。
「ダメだって、ランボ!もう行かなくちゃいけないんだから」
「いーやーだー!ランボさん、と隠れんぼするんだもんね!」
「コラ!離れろ、ランボ!!」
「ちょ、ちょっとっ」
抱きついてくるランボくんと、そのランボくんを引っ張る沢田くんで、一時大騒ぎになった。
最終的にランボくんは部屋中を逃げ回り、勝手に隠れんぼを始める始末。
それでもリボーンくんが暴れるランボくんを一喝してその場は収まり、三人は何とか戦いの場になる並盛中学校へと出かけていった。
「はあ・・・・。ダメだ。ドキドキして眠れない・・・・」
一人お留守番という状況の中、私は溜息をついて寝返りを打った。
深夜だというのに、やけに頭が冴えている。
今頃あの怖そうな殺し屋軍団と皆が戦ってるんだ、と思うと心配でたまらない。
(今日は誰が戦うんだろう。ランボくんは大丈夫かな・・・・)
そんな事を考えていると、いてもたってもいられなくなってきた。
(少し・・・・。そう少し様子を見るくらいなら・・・・大丈夫よね)
あれこれ悩むこと数分。
どうしても気になった私は布団から飛び出した。急いでパジャマからワンピースに着替えると上からカーディガンを羽織る。
音を立てないよう静かに廊下へ出ると、コッソリと沢田くんちを抜け出した。
「うわ・・・・風が少し強いなぁ。空気が湿ってるし・・・・。朝には雨でも降りそう」
それでも外に出たところでホッと息をつく。どうやらおばさん達には気づかれなかったようだ。
そのまま久しぶりに通る学校までの道を必死に走っていく。こんな時間だから真っ暗で少しだけ怖い。
それでも皆が心配だという気持ちの方が勝っているから不思議なものだ。
「はぁ、はぁ・・・・」
一気に走ったせいで息が苦しい。
それでも目の前に校舎が見えて来ると更に足を速める。
「あ・・・・」
門の向こうに人影が見えて、慌てて足を止める。
一瞬、沢田くんたちかと思ったけど、すぐにそれは違うと分かった。
「あの人たち・・・・」
門の辺りをウロウロしているのは、この間ランボくんや私を襲ってきた奴らと似たような格好をしていた。
きっと見張りをしてるんだろう。
「どうしよう・・・・」
これじゃ中へ入る事は出来ない。
仕方なく私は方向転換して裏口へと向かった。
「良かった、誰もいない・・・・」
裏口は人の気配もなく、ホっとしながら敷地内へと足を踏み入れる。
それでも、いつ奴らが見回りに来るか分からない。
(早く皆を探さなくちゃ・・・・)
ゆっくりと足を進めながら何度となく後ろを振り返る。
夜の校舎はシーンと静まり返っていて、どこか不気味だ
その時――――裏庭の方で人の声らしきものが聞こえた気がして足を止める。
「あ・・・・明かり」
裏庭の方へ走っていくと急に前方が明るくなり、こっちまでその光が洩れてきている。
その場所から皆の声がかすかに聞こえて来た。
「あそこなんだ・・・・」
私は皆のいる方へ歩いていこうとした。でも、すぐに立ち止まってふと考える。
このまま行けば皆に見つかり、家を抜け出した事がバレてしまう。
それに敵もまたウロウロしているかもしれない。
「どうしよう・・・・」
そう思いながら辺りを見渡した。
「あ、そっか。教室から下が見えるかも」
自分の教室から裏庭が見える事を思い出し、私は踵を翻した。
夜間も開いている職員や用務員用の裏口から中へ入ると、真っ暗な廊下を歩いていく。
さすがに中は外よりも不気味で、自分の靴の音が響くたびにドキっとした。
「夜の学校で何でこんなに怖いんだろ・・・・」
早歩きで上に向かいながら、急いで教室へと向かう。
当然、電気はつけられないので、月明かりだけを頼りに廊下を進んだ。
「はあ。ついたぁ・・・・」
何とか自分の教室に辿り着くと窓の方へそっと歩いていった。
教室は外からの眩しいくらいのライトで明るく照らされている為、廊下ほど怖くもない。
見つからないよう窓の端っこから外を見てみると、裏庭に巨大なリングが設置されていて驚いた。
「嘘・・・・。何あれ」
まるで本物の格闘技会場みたいなセットに、私は唖然とした。
しかも十分すぎるほどのライトに照らされている為、リングの上に誰がいるのかも眩しくて見えない。
あまりの光の強さに私は一旦、視線を外し、少しだけカーテンを閉めた。
「これじゃ何も見えないじゃない・・・・」
溜息をつきながら壁に凭れると、再びそっと外を覗く。
するとリングの周りに沢田くん達がいるのがかすかに見えて、思わず身を乗り出した。
沢田くんの周りには獄寺くん、山本くん、リボーンくん、そしてランボくんが足元で眠っているのが見える。
眩しすぎるライトを遮るよう、皆は黒いサングラスをしていた。
「今日、戦ってるのはランボくんじゃないんだ・・・・」
それが分かって少しだけホっとした。
「でもじゃあ今戦ってるのは・・・・」
今いなかった人は誰だっけ、と暫し考える。
そして、いつもやたらとテンションの高い笹川先輩を思い出した。
彼は確か"太陽のリング"だったはずだ。
「じゃ今あそこで戦ってるのは・・・・笹川先輩?」
眩しくて見えないリングを見下ろし、私はぎゅっと手を握りしめた。
沢田くん達を見ていると時折大きな声で叫んだりしていて、何となく不利な状況になっているのが分かる。
それを見ていると心配になってゆっくりと鍵を外し、静かに窓を開け放った。その瞬間――――
「・・・・ぐわぁぁぁっ!!」
闇を劈くような叫び声に私はビクっとなった。
「ロープは電熱の鉄線で何百度にも熱せられています」
「そんな・・・・!メチャクチャだよ〜!!」
そんな声が下から聞こえてきて、思わず息を呑んだ。
(電熱・・・・?そんなものがリングの周りに張り巡らされてるっていうの?)
そんなものに触れたら大怪我どころの話じゃない。
「笹川先輩・・・・」
(これが・・・・戦いなんだ。あの殺し屋達は本当に皆を殺すつもりでこの戦いをしてるんだ)
そう思ったら恐怖で足が震えてきた。
私達の歳で本物の殺し合いをしなければならないなんて、普通じゃありえない。
"ヒバリもリングの守護者だからな"
リボーンくんの言葉を思い出し、ドクン・・・・と鼓動が跳ねる。
(じゃあ・・・・恭弥もこんな戦いに参加しなくちゃならないの?あんなプロの殺し屋たちと戦わなきゃならないの?)
「いや・・・・。こんなの・・・・やだよ・・・・」
戦ってボロボロになっている姿が頭に浮かび、涙が溢れてくる。
分かっていたはずなのに、そう言う戦いだって聞かされてたはずなのに。
実際に目の当たりにしてしまうと、恐怖が私を支配した。
沢田くんも、獄寺くんも、山本くんも、ランボくんも、そして恭弥も――――こんな戦いをしなくちゃならないなんて。
(止めなくちゃ・・・・。こんな戦い、無意味だ)
マフィアだとか、指輪だとか、そんなのどうだっていいじゃない。
どうしてそんなものの為に皆が戦わなくちゃいけないの?怪我をしなくちゃいけないの?
もしかしたら・・・・死んでしまうかもしれないのに。
ぎゅっと唇を噛んで後ずさる。リボーンくんともう一度話してみよう。
そう思って教室を出ようとした。
その時――――いきなり携帯の着信音が響き渡り、心臓が止まるかと思った。
(いけない・・・!窓開けたままだっ)
下手をすれば下にいる敵にまでバレてしまう。
私は急いで携帯の音を切ると、すぐに窓を閉めた。
(バレなかったかな・・・・)
心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
そっと息を吐き出すと、ポケットから携帯を取り出し誰からの着信だったのかを確認した。
「嘘・・・・ディーノさん?」
履歴を見て驚いた。そこにはディーノさんの名前がある。
私はすぐに電話をかけなおした。
『もしもし・・・・。?』
ワンコールで出たディーノさんの声は少し心配そうだった。
「も、もしもし・・・・。あのごめんなさい。今、かけてくれたでしょ?」
『ああ・・・・。夜中にごめん。寝てたか?』
「う、ううん。起きてたよ」
『・・・・なら良かった』
ディーノさんはホっとしたように息を吐き出すと、『電話出来なくてごめんな?』と優しい声で言った。
「ううん・・・・。事情は沢田くんから聞いたから」
『そっか・・・・。じゃあ今、オレが恭弥といるって――――』
「うん・・・・聞いてる。あの・・・・修行は?」
上手く行っているのか尋ねると、ディーノさんは深く息を吐き出した。
『まあ何とか、ね。今は山ん中で修行中なんだ。接近戦じゃないから少し休んでるとこ。の声、聞きたくてさ・・・・』
「山の中って・・・・よく電話通じたね」
ディーノさんの言葉が少し照れ臭くて、すぐに話題を変えると彼は苦笑したようだった。
『ああ、オレの携帯は衛星電話だから、場所はどこでも関係ねーんだ』
「そっか・・・・。あ、怪我とか・・・・してない?」
私の問いにディーノさんは一呼吸置くと、『・・・・どっちの?』と聞いてきた。
その言葉にドキっとしたけど、「どっちも・・・・」とだけ答える。
ディーノさんは苦笑しながら、『ごめん。意地悪だったな・・・・』と溜息をついた。
『こんな事で嘘言っても仕方ないから正直に言うけど・・・・』
「う、うん・・・・」
『体中、傷だらけだよ・・・・。ったく恭弥のやろー本気で殺そうとするんだぜ?』
「ホ、ホントに・・・・?」
『まあ・・・・。オレも本気ではやってるけどね』
そう言って笑うディーノさんに、私もつられて笑った。
でもこんな呑気に笑ってる場合じゃない。
「あ、あのディーノさん・・・・」
『・・・・ん?』
「えっと・・・・」
何て言おうか迷っていると、ディーノさんはクスクス笑いながら、
『どうした?あ、オレに会いたくなった?』
「え、え?!」
『・・・・そんな驚かなくても・・・・』
「ご、ごめんなさ・・・・」
へこんだような声を出すディーノさんについ謝ると、彼は小さく笑いながら、
『冗談だよ。で、どうしたの?』
その声はあくまでも優しい。
私は軽く深呼吸をすると、さっき思った事を伝えてみることにした。
「あの・・・・この戦い・・・・。止めて欲しいんです」
『え・・・・?』
「どうしても・・・・戦わないとダメなんですか?私は・・・・皆に戦って欲しくない・・・・」
『・・・・』
受話器の向こうからは戸惑うような声が聞こえてきて、私は心臓がぎゅっと縮んだ様な気がした。
分かってる。私の言っている事は彼らにとっては迷惑なんだってこと。
ディーノさんだってマフィアの世界に住む人で、その世界なんて私には到底理解できる物じゃない。
彼らからしたらこの戦いは凄く大事な事で、意味のあるものなんだって、それも分かってる。
でも・・・・頭では理解できても心が拒否してるんだ。
大事な仲間たちが傷つけられようとしていて、それを黙ってみている事しか出来ないなんて。
この前まで楽しく笑ってた皆が、怪我をして血を流してるっていうのに私は何も出来なくて。
恭弥だって・・・・何も関係なかったはずなのに――――。
『・・・・』
暫くの沈黙のあと、ディーノさんが静かに口を開いた。
『ごめん・・・・。止めさせる事は・・・・出来ないんだ』
「ど、どうしても・・・・?」
『ここまで来たら戦うのをやめても・・・・ボスの決定に背いたと見做されて全員殺されるから・・・・』
「――――ッ」
その一言に私は言葉を失った。
(どっちにしろ・・・・彼らは傷つくんだ)
そう思ったら、やっぱり涙が溢れてきた。
『?大丈夫か・・・・?』
「はい・・・・。ごめんなさい・・・・。勝手なこと言って・・・・」
『いや・・・・の気持ちも・・・・分かるよ』
「ディーノさん・・・・」
申し訳なさそうな声を聞いて、胸が痛んだ。
ディーノさんだって、決して戦いたいわけじゃないんだという思いが伝わってくる。
『そんな声出すなよ・・・・』
「・・・・え?」
『今すぐ・・・・飛んで行きたくなるだろ?』
「・・・・・っ」
ドキっとしていると、受話器の向こうから苦笑する声が聞こえてきた。
『今、赤くなってるだろ』
「え、な、何で・・・・?」
『は分かりやすいからさ。はぁー早くに会いたいよ。会って思い切り抱きしめたい・・・・』
「・・・・・っ」
またしても、サラリとそんな事を言われて顔が赤くなる。
だからと言うわけじゃないけど、こんな時に油断していた。
ふと窓に目を向けると、あんなに明るかった窓の外が、気づけば暗闇へと戻っている事に気づきハッとした。
それと同時に突然、教室のドアが大きな音を立てて開けられ、思わず息を呑む。
『?どうした?』
気配で分かったのか、受話器の向こうからディーノさんの声が不安げなものへと変わる。
でも――――それに応える事は出来なかった。
「うっわー。マジでネズミちゃんがいるしー!マーモンすげぇー」
「当然だよ」
ドアの所に金髪の男と小さな子供が立っていて、驚きと恐怖で足が竦んだ。
『おい・・・・っ?そこに誰かいるのか?おい・・・・っ』
「・・・・・・」
すぐ傍ではディーノさんの声が聞こえてる。
だけど一言でも発すれば、殺される、と思った。
「へえ。まさかネズミがこんな可愛い女の子とは思わなかったね。王子ラッキー♪ ししっ」
「ダメだよ、ベル。このネズミはボスへの土産にするんだから」
「えー?何でだよー。それってズルくね?」
金髪の男はそう言いながらニヤニヤ笑っている。
頭に何故かティアラをのせているその異様ないでたちに、得体の知れない不気味さを感じた。
隣にいる子も小さいけど嫌なオーラを放っていて、危険だと全身が私に伝えている。
この二人はヴァリアーと呼ばれる殺し屋軍団のメンバーだ。
以前、襲われかけた時、ロン毛の男と一緒にいたのを覚えている。
『おい、!どうした?返事してくれっ』
「――――ッ」
受話器の向こうからディーノさんの声がするのに、と唇を噛み締める。
すると金髪の男が携帯に気づいたのか、ニヤリと口端を上げた。
「あれれー?電話中だった?」
「・・・・っ」
「それ、こっちに渡せよ。じゃないと――――」
「・・・・・っ?」
いつ出したのか、男の手に数本のナイフが握られているのを見て、自然と足が後ろへ下がった。
その瞬間、ヒュンっという音がして今まで私が立っていた場所にナイフが2本、突き刺さる。
「きゃ・・・・っ」
「動いちゃダメダメ。うしし♪」
「・・・・・・っ」
ニヤニヤしながら近づいてくる男に冷や汗が流れた。
怖くて逃げ出したいのに、恐怖で足が竦んで動けない。
「誰と話してたのかなあ?」
「あ・・・・っ」
男は私の手から携帯を奪い、それを耳に当てた。
「あれ、まだ繋がってんじゃん。もしもーし、こちらベルフェゴール。そちらは誰ですかー?」
『・・・・・っ?!』
急に聞こえた男の声に、ディーノさんは息を呑んだようだった。
その時、男は携帯のスピーカーボタンを押して私にニヤリと笑って見せた。
『てめぇ・・・・。ヴァリアーのベルフェゴールか!』
携帯のスピーカーからディーノさんの怒った声が響く。
それを聞きながら金髪の男は軽く首を傾げた。
「んー?オレのこと知ってんのー?つか、あんた誰ぇー?」
『キャッバローネのディーノだ・・・・』
「ほえー!マジかよ。何で跳ね馬がこの女と電話なんかしてんのー?」
『てめえ!に手ぇ出したら、ただじゃおかねえ!!』
「へえー。この子、って言うんだ。かーわいいよねー。ししっ」
金髪の男はケラケラ笑うと、私の髪を手で掬って口元へと持っていった。
ビクっとなった私を見て、男はニヤリと笑う。
「の髪、すげぇーいい匂いすんねー。何、は跳ね馬の彼女?」
『黙れ!そいつに手を出すな!!』
「悪いけどそれは約束できねーなー。今からこの子、ボスんとこ連れてくしさー。ししっ」
『何・・・・ザンザスだとっ?』
「・・・・・っ」
ザンザス、と聞いてビクっとなった。あの夜、見た恐ろしいほどの殺気は今でもハッキリ覚えている。
あんな危ない奴のところへなんか行きたくない。怯えた私を見て男は楽しそうに笑っった。
「まあ、悪く思わないでねー?こんな場所に忍び込んで盗み見してるが悪いんだしさ。じゃねー」
『おい!待て――――』
そこで男は電話の電源まで切ると、私の携帯を自分のポケットへと仕舞いこんだ。
「ベル、お遊びはそれくらいにしなよ。行こう」
「はいはいっと。んじゃちゃーん。今からボスんとこ連れてくし一緒においで」
「・・・・やっ」
グイっと腕を掴まれ思い切り抵抗する。すると男の顔から急に笑みが消えた。
「悪いけど王子に逆らうとかないから」
「な・・・・」
「大人しく来ないと体中、穴だらけになっちゃうよ?」
「――――ッ」
目の前にナイフを出され、血の気が引いた。怖くて足が震える。
そんな私を引きずるように廊下に連れ出すと、男は満足げに微笑んだ。
「そうそう。やれば出来るじゃん?うしし!」
「おい、ベル。移動するまでその女を眠らせるよ」
「・・・・・・っ」
そう言って私に近づいてきた子供を見た瞬間、私の体中の力が吸い取られていくような感覚に陥った。
「あぁー何で眠らせるかな」
「いいから黙って運ぶよ。ルッスーリアが負けたせいでイライラしてるんだ」
「へーへー。分かりましたよ」
「・・・・・・・」
遠のく意識の中でその会話を聞いたのが最後だったような気がする。
私は、崩れるように男の腕の中へと落ちていった――――。
暗い闇の中で私は一人、彷徨っていた。
体中が痛くて、手足も鉛のように重たい。
助けて・・・・助けて・・・・。苦しい。
必死に叫ぼうとするのに声が出ない。
遠くに見える小さな明かりに手を伸ばしても届かない。
誰か・・・・私をここから助けて――――。
そう願うのに、私の体はどんどん深い闇へと落ちていく。その時、頭の中で声が響いた。
――――
暖かい響きで、私の名を呼ぶ。
どこかで聞いた事のある、懐かしい声。
・・・・。今すぐ・・・・助けに行くから―――――。
ハッキリとそう聞こえた時、頭に浮かんだのは恭弥の顔だった。
「ん・・・・」
ふと意識が戻って、その眩しさに顔を顰める。
(何・・・・頭が痛い・・・・)
何故こんなにズキズキと頭が痛むのか分からなくて、わずかに寝返りを打とうと体を動かす。
そこで異変に気づいた。
「・・・・っ?」
体が固まったように動かない。ゆっくりと目を開けて、私は愕然とした。
「お、気がついた?」
「――――ッ?」
そう言って私の顔を覗き込んだのは、あの金髪の男だった。
「あなた・・・・」
「大丈夫?マーモンの術にかかったから少し頭がボーっとすんだろ」
「じゅ・・・・つ・・・・?」
そう呟いた時、喉の奥がくっつくような感じがして軽く咳き込んだ。
カラカラに喉が渇いてるのか、すぐに吐き気が襲ってくる。
「ああ、喉渇いた?」
「や・・・・」
顎を掴まれたことで拒否するよう首を振ると、男はムっとしたように唇を尖らせた。
「まだ抵抗する元気あるんだ。そんな状態で」
「こ・・・・ここは?」
よく見てみると私は大きなベッドに寝かされていて、手足は紐のようなもので固定されていた。
さっきから手足が動かなかったのはこのせいか、と軽く唇を噛み締める。
「んーここはボンゴレが経営してるホテルでここはオレの部屋♪ 一般客は泊まれないVIP専用ルームだぜ?」
「な、何で私を・・・・?」
どうやら私は学校から連れ出されたらしい。私を浚った目的が分からず警戒しながら男を見た。
眠らされていたせいで、目がチカチカする。
「何で?ああ、あんたを浚った理由?」
男の言葉に頷くと、彼は楽しそうに笑ってベッドの上に這い上がってきた。
「あんた、ディーノの彼女なんだろ?それで沢田綱吉やその仲間とも交友関係がある」
「・・・・え?」
「だったら情報くらい知ってんだろ。教えてよ」
「じょ、情報・・・・?」
「そ。あ、オレさあ、嵐の守護者なんだけど向こうの守護者ってどいつ?どんな武器使うのかちょっと教えてくんない?」
「な・・・・」
男はベッドに腹ばいになると、肘を突いてニカッと私に笑いかけてくる。
敵のクセに呑気な態度の男を見て私は唖然とした。
「そんな事で・・・・私をさらったの・・・・?」
「そんだけじゃねーけど。ま、敵の情報知るのも戦いのうちだしねー。そっちは霧の守護者もまだ姿見せてないじゃん?」
「・・・・・・」
「ねー教えてよ。嵐の守護者ってどんな戦い方すんの?弱点は?」
「お、教えるわけないでしょ・・・・?あなたは敵なんだから・・・・」
怖いのを我慢してそう言うと、男は「ふーん」と言いながら私をジっと見つめてくる。
前髪で顔半分が隠れている男はどんな表情をしているのか分からない。少し怖くなって思い切り顔を背けた。
「な・・・・何?」
「あんた、こうして見るとホント可愛いじゃん」
「・・・・・は?」
「ディーノなんかやめてオレにしねえ?オレ、王子だしバカみたいに贅沢させてあげられるけど?」
「な・・・・何言って・・・・っ。ふざけないで!」
どこまで本気なのか分からず、私は男を睨みつけた。
それでも男は怒るどころか楽しげにベッドに寝転がって笑っている。
「怒った顔も可愛いー♪ オレに面と向かって怒鳴った女、初めてだわ。うししっ」
「・・・・?」
「こーんな状況なのに、あんた気が強いね。マジ気に入ったかも」
「な、縄を・・・・ほどいて・・・・」
「ん?ああ、それ縄じゃなくてワイヤーね。オレの武器の一つ。暴れても切れないから無駄だよ?つか暴れたら手首からスパっといくし気をつけな♪ ししっ」
「私を・・・・どうするつもり?!」
手足を拘束しているものの正体が分かり、ゾっとしながらも男を睨む。
なのに男は、「オレ、ベルフェゴール。ベルでいいよ。つか、あんた名前なんだったっけ?忘れちった」なんて呑気な質問をしてきた。
「・・・・・」
「あれ。教えてくんねーの?なーまーえー。あ、忘れたこと怒ってんの?」
「・・・・・」
「ふーん。無視かよ。王子、無視とかありえねーし」
ベルと名乗った男は少しだけムっとしたように唇を尖らし、私の方へと這って来た。
そしてナイフを取り出しニヤリと笑う。
ビクっとして顔を上げるとベルは私の耳元に口を寄せて、「しゃべりたくないなら声、出すなよ?」と囁いた。
「・・・・やっ」
プツっという音がして、胸元のボタンがナイフに弾かれていくのを信じられない思いで見ていた。
「一つ、二ーつ♪」
「や・・・・やめてっ!」
「あれぇ?しゃべりたくなかったんじゃねーの?」
三つ目のボタンをナイフで弾きながら、ベルは「うしし♪」と笑った。
「お願い・・・・やめて・・・・」
手足の自由を奪われた状態では、ベルという男にとって私は抵抗できない子供と同じだ。
しかもこの男は殺しを仕事にしている暗殺集団のメンバーで。このままだと、なぶり殺しにされる気がした。
「あれ・・・・泣いてんの?」
恐怖と悔しさで溢れた涙を見て、ベルは四個めのボタンにかけていたナイフをベッドに放り投げた。
そして横に寝かされている私の上に跨るように覆いかぶさると、上から黙って見下ろしてくる。
私は怖くて強く、目を瞑った。
(助けて・・・・助けて!誰か――――恭弥・・・・!!)
一瞬、脳裏に懐かしい笑顔が過ぎって私は自分で驚いていた。
この時、頭に浮かんだのは、ディーノさんじゃなくて。
心の奥で名前を呼んだのは――――諦めたはずの人の名前。
「泣くなよ。泣く女、襲ってもつまんねーじゃん?」
「・・・・ひっ」
ベルはそう言いいながら顔を近づけてくると、目じりから零れた涙をぺロリと舐めた。
逃げられない状況での恐怖が足元から這い上がってくる。
「ししっ。すげーその顔、そそるし可愛い。つかボスから好きにしていいって言われてるし、もうオレのもんだからね?」
「・・・・っ。お願ぃ・・・・。私を・・・・帰して・・・」
「帰す訳ないじゃん?今日からあんたはオレのもんになったの。助けなんか待ってても無駄だからさー諦めなよ」
「・・・・やっ」
顔を近づけてくるベルから顔を反らすと、首筋をねっとりと舐められビクっとなる。
その瞬間、手首を締め付けているワイヤーで肌が切れたのを感じた。
「・・・・・・っ」
ピリっとする痛みにまた体が跳ねて、痛みで動けなくなる。
「あーあー。動いちゃダメじゃん。せっかく綺麗な肌なのにさー」
「・・・・いやっ」
ベルは楽しげに笑いながら、切れた手首から流れる血をぺロリと舐めとっていく。
そのたびに痛みが走り、体に力が入った。
そんな私を観察するように見ていたベルは、体を起こして私を見下ろしながらニヤリと笑う。
「へえ、その様子だと・・・・もしかしてヴァージン?」
「・・・・・っ」
「ディーノと付き合ってるクセにまだヤってないんだ。オレってラッキー♪」
「・・・・や・・・・。離して・・・・お願いっ!」
「やだよ。オレ、ヴァージンの子とヤったことないんだよねー。試させてよ」
「や・・・・っん、」
不意に唇を塞がれ、ビクンと背中が跳ねた。
「マジ、その反応そそる」
唇を触れ合わせながらベルが喉の奥でくつくつと笑う。
だんだんと彼の様子が変わっていくのが分かって、私はゾっとした。
「ゆっくり調教してから頂こうと思ったけど、我慢できねー」
「――――ッ」
ベルはそう言うとワンピースの胸元を左右に引き裂いた。
「い・・・・やぁあっ」
「いい声出すね。もっと啼いてよ」
「・・・・・ッ?!」
ベルは私が泣いている姿を見て興奮してるかのように自分の唇をぺロリと舐めた。
この男は普通じゃない――――。
そう思った時、恐怖が全身を支配した。
「や・・・・んんっ」
無理やり唇を塞がれ、言葉が途切れる。
強引に侵入してくる舌に口内を犯されていくのを感じながら、涙が溢れてきた。
厭らしく動く舌が私の舌を絡め取り吸い上げてくる。同時にベルの手は肌蹴た胸元へと伸びて下着を無理やり押し上げた。
「・・・・ゃあっ」
「かーわいい。まだ小ぶりで色気ねーけど、たまにはお前みたいなのもコーフンすんね。しし♪」
「・・・・・ぃや・・・・んっ」
知らない男に体を見られている恥かしさで涙が溢れてくる。
そんな私を見ながらベルは更に興奮したように胸元へと顔を埋めて来た。
「・・・・やめ・・・・ぁあっ」
空気に触れて硬くなった胸の先をべっとりと舐めあげられ、体がビクンっと跳ねる。
ベルの舌の動きに反応するように何度も背中が反り返り、そのたびにワイヤーが手首に食い込んで行くのを感じた。
「・・・・いい反応じゃん。調教のしがいあるよ、お前」
耳元でそう囁き、舌なめずりをするベルに、体が震えた。
感じた事もない恐怖に、声すら出せない。本当は誰にも触れられたくなんかないのに――――。
バンッ!
その時、突然大きな音と共にドアが開き、ベルがギョッとしたように体を起こした。
「う゛お゛ぉい!!何してんだぁ?ベル!!」
「・・・・・・っ」
一瞬、その声を聞いて、体が固まった。
(この声・・・・まさか――――)
「スクアーロ!邪魔すんなって!いいとこなのにさあ〜っ」
ベルは私の上から避けると、軽く舌打ちをした。
それでも私の体は恐怖で震えたまま、目の前に立つ男にまた恐怖を感じる。
「何だぁ?その女・・・・。奴らの仲間じゃねぇーか」
スクアーロと呼ばれた男が私に視線を向ける。それはあのロン毛の男だった。
「ああ、この子?今日からオレの女ー♪ ししっ」
「チッ。まーた下らねーもん浚ってきやがって・・・・」
「下らなくねんじゃね?色々楽しめるし。スクアーロには貸さないよ」
「うるせえ!ガキにゃ興味ねえんだよ!それよりボスが呼んでんぞぉ?」
「はあ?もう?」
「いいから行くぞぉ。そろそろ雷の守護者対決の時間だ」
「え、嘘!マジそんな時間?うげえ」
スクアーロの言葉にベルは顔を顰めると、それでも素直に起き上がった。
「ちぇっ。その前にスッキリしてこーと思ったのに。王子、興ざめー」
「んな暇あるかぁ。オラ、サッサと行くぞぉ!」
「あ、待てよ。ったく、せっかち鮫ヤローめ」
ベルはそう言って舌打ちをすると、震えている私に視線を向けた。
ビクっとなって身構えると、ベルは再び這って来て私の頬に軽くキスを落とす。
「待っててねー。帰ってきたら、たーっぷり可愛がってあげるからさ」
そう言って今度は唇にキスをすると、ニヤリと笑いながら部屋を出て行ってしまった。
「・・・・・っ」
そこで一気に汗が噴出し、全身の力が抜けていく。
もう私には指一つ動かす力は残っていなかった。
「・・・・ぅ・・・く・・・・」
次から次に溢れてくる涙が耳を零らしていく。私は顔を横に向けてシーツにそれをこすり付けた。
次第に感じてくるのは両手首の痛みと、心の痛み。暴れたせいで、だいぶ手首の傷が深くなっている。
そこから流れる血が、真っ白なシーツを赤く染めていった。
バカだ・・・・私。
皆の忠告も聞かないで、のこのこと学校に行ったりしたから・・・・。
いう事を聞いてちゃんと家にいれば、こんな事にはならなかったのに。
ディーノさん・・・・。どうしたんだろう。今頃、心配して探してくれてるのかな・・・・。
ふと、さっきの電話を思い出し胸が痛む。ディーノさんは必死に私を守ろうとしてくれてた。
それなのに私は――――。
私が恐怖の中で必死に助けを求めたのは、恭弥だった。
とっくに諦めがついてたと思ったのに、まだ心の奥で恭弥を求めてたなんて。私は・・・・バカだ。
「恭弥・・・・」
もう一度、助けて。
あの時のように、私を。
それまで呼び続けるから――――。
じみにヴァリアーと絡みましたね(笑)
しかも管理人の好みで王子登場!彼はSとMの両面を持ってそうだ(笑
今回は悪役です(;^_^A
いつも投票処に励みになるコメントをありがとう御座います!<(_ _)>
●今まで読んできた中で一番大好きなお話です。何度泣いて、何度トキメイたかわからないくらいです!(高校生)
(ひゃー;;い、今まで読んだ中で一番大好きなんて…感激です!!(*TェT*)しかも泣いて頂けた&ときめいただなんて!凄く励みになります!)
●ひばりとヒロインの今後に期待しています。思いあっているのに、結ばれない事はよくあることなので、恋ってタイミングが大事だな〜としみじみ感じます。(大学生)
(ホント恋はタイミングですよね〜!人の気持ちもズレてしまうと、その恋は成立しないし;;雲雀とヒロインは気持ちのすれ違いで離れちゃいましたが、今後どうなるか暖かく見守って下さいませ★)
●もう大好きで大好きで、いつも読むたびにジーンってしてます!(高校生)
(ひゃー大好きだなんてありがとう御座います!ジーンとして頂けて、私までジーンです(*TェT*)
●胸がキュンキュンです!!(高校生)
(胸キュンですか!そう言って頂けると嬉しい限りです!これからも胸キュンになってもらえるよう頑張りますね♪)
●ヒロインや雲雀さんの気持ちがすごく伝わってきて、自然に涙が溢れてきます。(高校生)
(二人の思いに共感して頂けてるようでホントに嬉しいです!私まで嬉し涙が…(゚ーÅ) ホロリ
●この連載の雲雀さんが大好きです!!甘い部分もあるけど、あくまで雲雀さんらしくて…vv(高校生)
(大好きだなんてありがとう御座います!雲雀はなかなか甘く描くのが難しいキャラです(笑)彼はやはり毒を吐いてる方が似合ってますね(笑)
●雲雀夢大好きです!!(高校生)
(ありがとう御座います!(´¬`*)〜*