チャイムの音と共に、クラス中がざわめき始める。
終業式を終えて憂鬱な通知表さえもらえば、後は長い夏休みに入るだけ。
今年の夏は、色々な事がありそうな、そんな予感――――。
夏だから太陽が熱いからあんまりにも苦しいくらい君が好き
「おい、」
鞄に通知表やら、机にしまったままだった教科書を無理やり押し込んでいると、前の席からお声がかかった。
顔を上げれば、爽やかな笑顔が私を見ている。
「夏休み、どうすんだ?」
「まだ決めてないよ」
「そっか。ヒバリと、どっか行くとか?」
「と、特に話してないけど・・・」
恭弥の名を出され、一瞬ドキっとする。
この学校の風紀委員としても、そして他の色んな意味でも有名な雲雀恭弥は、今では私の恋人で、学校中でも公認の仲になりつつある人。
ここまで来るのに色々とありすぎるくらいの出来事があったけど、それらを乗り越えて、やっと安定した日々を過ごしている。
「なーんだ、そっかぁ。てっきりはヒバリとデート三昧かと思ってたんだけどなぁ」
「そ、そんな事は・・・」
言葉を濁しつつ、笑って誤魔化す。
というか私だって、少しはそれを期待してたわけで、これまで色々な事がありすぎたせいか、私と恭弥は落ち着いた時間というものを、一緒に過ごした事は殆どない。
だからってわけじゃないけど、今年の夏休みは、恭弥とたくさん一緒にいたいなと思っていた。
でも今日は終業式だと言うのに、はっきり言って具体的な事は何も決まっていない。
昨日も一緒に帰ったけど、結局私から「夏休み、どこか行かない?」とは言い出せず、また恭弥も恭弥で何も言ってはくれなかった。
だから今日こそは、と思ってるんだけど・・・・。
「そういう山本くんは、どこか行く予定あるの?」
「オレは明日から一週間、野球部の合宿あるんだけど、帰ってきてから、じーちゃんの家に行こうと思ってんだ」
「おじいさんの家?」
「ああ。じーちゃん、江ノ島に住んでんだよ。そこで海の家やっててさ」
「へぇ、そうなんだ!いいね、海の家って」
「ツナ達も一緒に来る予定なんだけど・・・も予定が何もないなら一緒に来ないか?」
「え?私?」
いきなり誘われ、言葉に詰まる。
そりゃ確かに今のところ予定はないけど・・・ホントは今日の帰り、恭弥に夏休みの予定を聞こうと思っていたのだ。
そう思って返答に困っていると、後ろから、「バカか、お前」という、獄寺くんの声が聞こえてきた。
「はヒバリとデートに決まってんだろーが」
「ご、獄寺くん・・・」
「いや、でもまだ決まってないらしいぜ?」
「たとえそうでも、これから予定組むかもしれねーだろ?邪魔すんなよ。ね?十代目♪」
その声の先には沢田くんが困ったような笑みを浮かべながら立っている。
「そうだね。そ、それにさん誘ったりしたら、ヒバリさんも黙ってないと思うし・・・」
そう言いながら頭をかいている。
きっと以前、私にかまったせいで恭弥に「咬み殺す」という制裁を加えられたりしたから、怖いんだろう。
なのに山本くんはその事をすっかり忘れたように笑うと、
「だったらヒバリも誘わね?」
「は、はあ?!」
「ちょ・・・山本・・・。それはマズイんじゃ・・・」
彼の一言に呆気に取られていると、獄寺くんと沢田くんが呆れたような顔をした。
それでもその空気に気づかないのが山本くんだ。
彼は爽やかな笑顔を浮かべ、「そーだよ、それがいいじゃん♪」などと呑気な事を言っている。
「よ、よくないよ!群れるの嫌いなヒバリさんがオレ達と海の家に来るわけないだろ?」
「そーっスよねぇ?十代目!おい、野球バカ!アイツが来るわけねーだろ?余計な事は言うなコラ」
「そっか。じゃあ・・・」
「え・・・?」
「ヒバリがイヤだって言うなら仕方ないけど、もし聞いてみてOKのようだったらオレに電話くれよ。オレ達はいつでも歓迎だからさ」
「・・・う、うん」
「「・・・・・・(全然、分かってねー!!)」」(ツナ&獄寺の心の突っ込み)
大きく口を開けている二人などお構いなしに、山本くんはおじいさんの家の住所を書いたメモを私に渡し、これまた爽やかな笑顔で帰っていった。
皆を見送った後、私はいつものように恭弥がいる応接室まで向かう。
終業式を迎えた学校は普段よりもにぎやかで、楽しげに明日からの予定を話し合っている生徒達が、浮き足立って帰って行く。
それを眺めていると無性に恭弥に会いたくなって、私は廊下を一気に駆け抜けた。
「え・・・ホント?」
「うん。言ってなかったっけ?夏休みの間、色々と忙しいんだ」
「き、聞いてない・・・」
その一言に、私はガックリ項垂れた。
今日こそ夏休みの予定を二人で立てようと思っていたのに、恭弥はアッサリ、「風紀委員の仕事があるんだ」と言い放ったのだ。
「夏休みと言っても部活もあるし、生徒達も気が緩んで色々面倒な事をやったりするからね。僕が見張ってないと風紀が乱れるんだ」
「で、でもずっとって事じゃないんでしょ・・・?」
淡い期待を持って尋ねてみる。
だけど恭弥は、これまたアッサリと「いや、休み中ずっとだよ?もちろん」と平然とした顔で言った。
それには何となく納得いかない思いが込み上げてくる。
「そんな・・・。だったら・・・夏休みの間は会えないの?」
「どうして?が学校に来れば会えるよ」
「そ、そうだけど・・・」
そういうのじゃ意味がないのに、と思いながら溜息をついた。
私は学校以外で、というか、恭弥とのゆっくりとした時間が欲しいのだ。
せっかくの夏休みに学校でデートなんて空しすぎるし、風紀委員の片手間に会われても落ち着かない。
その前に・・・恭弥は私より風紀委員の仕事の方が大事なんだろうか。
そう思うと、妙に悲しくなってきた。
「・・・?どうかした?」
「じゃあ・・・遊びにも行けないって事・・・?」
「どこに?」
「だからえっと・・・。あ、あのね。山本くんに海の家に誘われてるんだけど、恭弥行かない?」
「海の家・・・?」
「うん。山本君のおじいさんが経営してるんだって。目の前は海だって言うし・・・」
「何で僕がアイツらと海に行かなくちゃいけないわけ」
「う・・・・」
想像通りの答えに私はそれ以上、何も言う事が出来なくなった。
でも恭弥は怖い顔で歩いてくると、
「もしかして、アイツらと行く気なの?」
「えっ?」
「アイツらとは関わるなって言ってるよね」
「それは・・・」
怒ってるような顔でそう言われ、私は言葉に詰まった。
だけどよく考えてみたら恭弥とはどこにも行けなくて、なのに山本くん達とは遊んじゃダメ、なんて、ちょっと理不尽な気がした。
「でも私だって夏休み、どこかに出かけたい・・・」
それも、恭弥と一緒に。
そう言ったつもりだったのに、恭弥はムっとした顔でソファに腰を下ろした。
「ふぅん・・・。そんなにアイツらと遊びたいんだ」
「そ、そうじゃないってば!私は――――」
「勝手にしたら?僕は行きたくないし。が行きたいなら好きにすればいい」
「な・・・何よ、その言い方・・・」
「はアイツらと遊びに行きたいんだよね。僕と一緒にいるより、そっちがいいなら好きにすればいいよ」
「そういう意味じゃ・・・・」
そう言いかけたけど恭弥には何を言っても無駄な気がして、私は言葉を飲み込んだ。
「もういい・・・。勝手にするっ!」
売り言葉に買い言葉とは、この事だ。
思ってもみなかった恭弥の態度にカッとなり、そんな言葉を口にすると、私は応接室を出ようとドアノブに手をかけた。
でもその瞬間、凄い力で腕を引っ張られ、気づけば恭弥の腕に抱きしめられていた。
驚いて抗議をしようと口を開きかけたけど、恭弥は無理やり顎を持ち上げ、強引なキスを仕掛けてくる。
ドンっと背中が壁に当たったのが分かった。
「ん・・・ゃ・・・っ」
最初から舌を侵入させ口内を愛撫してくる激しいキスに、私は意識が飛びそうになった。
普段から強引なところはあるけど、こんな乱暴にされた事はない。
舌を絡ませ吸い上げられると、ビクンと体が跳ねる。
いつもより激しい口付けに、体の力が抜けそうになった。
「・・・・んッ」
息が出来ず苦しくなってきた時、不意に唇が離れ、首筋へと伝っていく。
その感触にビクっと肩を竦めると、首筋にチクリとした痛みが走り、ゆっくりと目を開けた。
浅い呼吸を繰り返しながら目の前の恭弥を見上げると、冷たい視線が突き刺さる。
恭弥は呆然としている私の体を離し、軽く指で唇を拭った。
「は僕のものだから」
「な・・・」
その言葉に驚いていると、恭弥は私に背を向けていつもの机に向かう。
「・・・これから仕事があるんだ。だからまだ帰れない」
資料を手に取り、普段と変わらない顔でそれらに目を通している恭弥に、私は自然と涙が込み上げてきた。
「何よ・・・。恭弥のバカ!」
泣き顔を見られたくなくて、私は一気に応接室を飛び出した。
そのまま外に出るとすでに他の生徒達は殆どが帰った後で、数人歩いているだけだ。
その中を顔を隠すように走りぬけて自宅へと走った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
途中、足を止め振り返ってみたけど、恭弥が追いかけて来る様子もなく、再び涙が込み上げてくる。
何でこんな事になっちゃったんだろう・・・。何でこんな日にケンカしてるんだろう。
そんな事ばかりが頭に浮かんで、悲しいのと腹立たしい気持ちがグチャグチャだ。
「何よ・・・。恭弥のバカたれ」
(私の気持ちも知らないで・・・いつも勝手なんだから!)
そんな事を思いながらも、そのうち追いかけて来てくれるんじゃないか、とか、電話をくれるんじゃないか、と変な期待をしながら家に向かう。
だけど恭弥が追いかけてくることも、謝罪の電話をかけてくることもなかった。
「・・・はあ」
家に帰るとすぐに自分の部屋に向かい、ベッドにダイヴする。
深い溜息と共に胸の奥がズキズキと痛んで涙が出てきた。
「何が、"は僕のものだから"よ・・・。そう思うなら何で勝手にしろなんて言うの・・・?」
少しは恭弥の事を分かったつもりでいたのに、また彼の事が分からなくなる。
私はただ、恭弥と一緒に夏休みを過ごしたかっただけなのに・・・・。
「ホントに知らないんだから・・・。山本くん達と遊びにいっちゃうんだからねーー!」
だんだん怒りが込み上げてきて、私は体を起こすと枕を床に投げ捨てた。
ぼふっというマヌケな音と共に、床に転がった枕を見て深い溜息が洩れる。
仕方なくそれを拾い元に戻すと、制服を脱ごうとクローゼットを開けた。
そして、ふと扉についている鏡に目をやれば――――。、
「あ・・・・」
鏡に映る自分の姿に、思わず顔が赤くなった。
「嘘でしょ・・・。何これ・・・・」
少しだけ乱れた襟元から見えたのは、首筋に残る赤い跡。
そこで、さっき恭弥にキスをされた事を思い出した。
「あの時・・・つけたんだ・・・」
強引なキスで戸惑っていたから、そこまで気づかなかった。
「な、何考えてんのよ・・・。これじゃ水着も着れない――――」
そう呟いてハッとした。
「まさか・・・。これ、わざと・・・?」
だからあの時、"僕のもの"って言ったんだ。
これはそう言う意味でつけたキスマーク・・・・。
そこに気づいた時、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
「信じられない・・・・」
頬が熱くなり、思わず両手で包む。
私がこういうの凄く恥ずかしいこと分かってて、わざとつけたんだ。
これじゃ皆とも会えないって分かってて・・・・。
「恭弥のバカ・・・。そんなにイヤならそう言ってよ・・・」
それとも・・・恭弥は私の事を好きっていうより、ただ自分の所有物だとしか思ってないの?
何とも言えない気持ちが込み上げてきて、軽く唇を噛む。
外では夏の始まりを告げるように、蝉の鳴き声が響いていた――――。
「あら?一人?」
静かな応接室のドアが突然開き、弥生が顔を出した。
「ああ・・・遅かったね」
「ごめんね。ちょっと同じクラスの男に捕まっちゃって。全く・・・ちょっと優しくしたら勘違いするんだから」
弥生はそう言いながら髪をかきあげると、僕の方に歩いて来た。
「それより・・・あの子は?」
「帰った」
「え、でも今日、一緒に帰るんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど・・・ちょっとね」
深い溜息をつき椅子から立ち上がると、弥生は苦笑いを浮かべながら僕の肩に手を置いた。
「もしかして・・・ケンカでもしちゃった?」
「うるさいな・・・。関係ないだろ?」
「あら、関係あるわよ。元婚約者がこんなにへコんでるんだから。――――慰めてあげましょうか?」
妖しい笑みを浮かべながら、弥生は僕の顎を軽く持ち上げた。
その手をどけると、弥生はクスクス笑いながら、「ここじゃ落ち着かない?」と机に寄りかかる。
それに苦笑しながら、バイクのキーを取った。
窓の外を見ればすでに日は傾き、オレンジ色の太陽が沈みかけている。
「送るよ。続きは僕の家で話そう」
「・・・そうね。その方が落ち着くし」
そう言って笑うと、弥生は静かにオレの後から歩いて来た――――。
夏休み、三日目。
未だに恭弥からの電話はこない。
「何なのよ・・・・」
夏休みだというのにどこにも出かけず、自分の部屋にこもって、携帯と睨めっこをしている自分がバカらしくなってきた。
あのケンカ以来、どう仲直りをしようか考えながら、いっそ私から電話しようか、とも思ったけど、
そのたび、「私は悪くない」と思い返し、私から電話をする事はなかった。
相変わらず、母は家にいる事は少なく、夏休みだからという理由で、家の掃除、洗濯は、ほぼ私がやっている。
そんな事をしていると、三日なんてアっと言う間だった。
その際も携帯を常に持ち歩き、寝ている間も音は消さずにおいたのに、一向に鳴る気配がない。
こんな事を繰り返していると、だんだん諦めモードになってくる。
「はあ・・・。暇。退屈・・・。死にそう・・・」
ベッドに寝転がり、うだうだとするだけで、大事な時間は少しづつ過ぎ去っていく。
「どっか出かけようかなぁ・・・・」
窓の外を見ればいいお天気で、何だか部屋にいるのがもったない気がしてくる。
けど休みに一人で出かけるなんて、やっぱり空しい。
「山本くんは今週まで合宿でしょ?沢田くんは・・・何してるんだろ。獄寺くんと遊んでるのかな・・・」
ふと彼らの事を思い出す。
皆、山本くんが合宿から帰ってくれば、前に言ってたように、海の家にお邪魔する予定なんだろう。
「いいなぁ・・・海。暫く行ってないし・・・私も行きたいかも」
そんな独り言を呟きながら体を起こす。
そして出窓のところに置いてある鏡を見ながら、首筋に残ったままの赤い痕を指でなぞった。
「いつ消えるのよ・・・」
それは未だにシッカリと残っていて、薄くなる気配はない。
どうやら、かなり強く吸ったらしい。
「何よ・・・。ホントに勝手なんだから・・・・」
恭弥の顔を思い出し、悪態をついてみる。
自分は一緒に出かけられない、だけど皆と遊ぶのもダメ、なんて、あまりに勝手すぎる。
しかも私が海にいけないように、こんなものをつけるなんて・・・。
「はあ・・・。やめよ。考えてたら腹が立つし」
再びベッドに寝転がり、携帯に目をやった。
恭弥は今頃、学校で風紀委員の仕事をしてるんだろうか。
確かに夏休みといっても、サッカー部や陸上部、テニス部に水泳部・・・。
それらが学校で部活動をするのは分かっている。
そして生徒が来てると言う事は、風紀委員が取り締まる仕事だって、出てくるのも分かる。
だけど・・・少しくらい時間を作ってくれたっていいのに。
草壁さんだっているし、何も恭弥一人で仕事をしなくたっていいのに・・・。
・・・そりゃ、恭弥の言うように私が学校に行けば会えるけど、でも・・・そんなんじゃデートなんて言えないもん。
「・・・恭弥のバカたれ!少しは女心も分かれってのよ!いいわ、謝ってこないなら、私にだって考えがあるんだから。
この夏休みの間に恭弥より、うーんと素敵な人見つけて、浮気してやるんだからね!こんなキスマークなんか、いくらでも隠せるんだからー!」
あれこれ考えてると無性に腹が立ってきて、思わずそんな事を大声で口走った。
が、その瞬間、反論するかのように携帯が鳴り出し、慌てて起き上がる。
そして携帯に飛びつくと、急いで通話ボタンを押していた。
「も、もしもし!恭弥?!」
『・・・・・・ッ』
「・・・もしもし?」
『あ・・・あの・・・ちゃん?』
「・・・・・・ッ?」
焦って出たのはいいけれど、受話器の向こうから聞こえてきたのは恭弥の声ではなく、可愛らしい女の子の声だった。
「あ・・・京子・・・ちゃん?」
『うん。ごめんね、突然電話して』
「あ、ううん・・・。こっちこそ・・・ごめんね」
出た瞬間、恭弥の名前を口走ってしまった事が恥ずかしくなり、つい謝っていた。
それまで強がってたくせに、たった一本の電話でこれほど心が動揺している自分におかしくなる。
「あ・・・それでどうしたの?」
気を取り直しそう尋ねると、京子ちゃんは明るい声で、
『あ、あのね。ちゃん、今日暇?』
「え?」
『もし暇だったら会えないかなーって思って』
「あ・・・うん、暇は暇だけど・・・」
『ホント?良かった!実はね、今、沢田くん達と一緒にいるの』
「え?沢田くん?」
『うん。夏休み、ランボくんたちと遊ぶ約束してたから。それで今、駅前にいるんだけど、ランボくんがちゃんに会いたいって言い出して、だったら呼ぼうかってなったの』
「あ、そうだったんだ・・・。じゃあ・・・用意してすぐ行く。30分もかからないと思うし」
『うん、じゃあ駅前のゲームセンターにいるね』
「うん、すぐ行くね!」
そこで電話を切ると、私は急いで出かける用意をした。
Tシャツとショートパンツを脱ぎ捨て、一応、夏らしくキャミソールワンピを身に着ける。
そして先ほどシャワーに入ったまま放置していた、乾きかけの髪も簡単にセットして軽くメイクもした。
「これで、よし、と。急がなくちゃ」
バッグを選び、それに必要なものを詰め込むと、私は急いで家を飛び出した。
家に一人でいるより、皆と会って話してた方がいい気分転換になりそうだ。
「わ・・・暑い・・・」
ここずっと家の中にこもっていたからか、ギンギンに照りつける太陽に思わず目を細める。
少し前までの梅雨など嘘のようで、もう夏真っ盛りといった感じだ。
「はあ・・・。やっぱりこんな日は海に行きたいなぁ・・・」
そう呟きながらも、急いで駅へと向かう。
いつも遊びに行っているゲームセンターが見えてくると、そこの前で京子ちゃんが待っていてくれた。
「ちゃん!」
「京子ちゃん、久しぶり!」
と言っても三日ぶりだったけど、夏休みという気持ちがあると、ついそんな気がしてしまうものだ。
京子ちゃんはいつものように可愛らしいワンピースに、帽子をかぶっていて、腕にはランボくんを抱っこしている。
「ー!」
「わ、ランボくん、元気だった?」
いきなり京子ちゃんの腕から飛び降り、抱きついてきたランボくんを抱き上げる。
「ランボさんは元気だもんね!は元気だったか?」
「う〜ん。まあまあかな?」
ふわふわの頭を撫でながらそう応えると、京子ちゃんは、「ランボくん、ちゃんを呼べ呼べって大変だったの」と笑っている。
「じゃあ、暑いし中に入りましょ?沢田くんと獄寺くんも中にいるの」
「そうね。私、喉渇いちゃった」
そう言いながら中に入ると、店内はエアコンが効いていて涼しかった。
生き返るような気持ちで奥に行くと、そこには沢田くんと獄寺くんがいて、傍にはイーピンが一緒に遊んでいる。
「あ、さん」
「こんにちは、沢田くん、獄寺くん」
「よう、。元気だったか?」
二人は遊んでいたゲームを止めて、ランボくんとイーピンに譲ると私の方に歩いて来た。
「元気って言うか・・・外に出たの久しぶりなの」
「え、そうなのか?オレ、てっきりヒバリと遊んでるのかと思ってた」
「うん。僕もそう思って、さっきも呼ぶのマズイんじゃないかって言ってたんだ」
沢田くんはそう言って笑いながら、ランボくんと遊んでいる京子ちゃんを見た。
「そんな事ないよ?ホント暇だったし・・・。恭弥は風紀委員の仕事があるって言うから会ってないんだ」
自販機の前にある椅子に座りながらそう言うと、沢田くんと獄寺くんは互いに顔を見合わせた。
「え、じゃあ・・・二人で出かける約束は?」
「出来なかった。って言うか、あの日・・・実はケンカしちゃって・・・」
そう言って苦笑すると、二人は驚いたように向かいの椅子に腰をかけた。
「ケンカって・・・マジ?」
「うん・・・。ちょっと、ね。だから終業式の日以来、話してもいないの」
「え、大丈夫?」
「だ、大丈夫!だって私は悪くないし」
自分に言い聞かせるようにそう言いながらも、心のどこかで小さな罪悪感はある。
もっと素直になっていれば、あんなケンカをしなくても良かったんじゃないかって、思ってしまう。
私の話を聞きながら、二人はそっか、と言って息を吐き出した。
「何だ、原因はヒバリのヤキモチか・・・。オレ、てっきり、またあの女がらみかと――――」
「ご、獄寺くん!」
「え・・・?あの女って・・・?」
「あ、いや・・・」
獄寺くんはマズイといった顔で、頭をかいた。
沢田くんは困ったように視線を反らしていて、何となく嫌な予感がする。
「ね、ねぇ・・・。何の話?教えて」
「え、あ、いや、そんな大した事じゃ・・・」
「だったら言えるじゃない。あの女って何の事?」
そう問い詰めると、獄寺くんと沢田くんが顔を見合わせ、溜息をついた。
「実は・・・京子ちゃんが見たらしいんだけど・・・」
「うん」
「終業式の日・・・帰りにヒバリさんがあの弥生先輩と・・・。その・・・バイクで二人乗りして帰ってったって・・・」
「・・・え?」
「あ、いやほら・・・。たまたま会って、そうなっただけだと思うんだけどさ!」
沢田くんは気を遣ったように、そう言いながら笑って誤魔化している。
けど私の脳裏には、あの人の不適な笑みが浮かんでは消えた。
あれ以来、彼女は恭弥とも普通の関係に戻ったと聞いてる。
でも二人きりで会うことは殆どないって、恭弥も言ってたのに・・・・。
「あ、あの・・・さん?あまり気にしない方が・・・」
「き、気にしてないよ?だって二人は幼馴染なんだし・・・そう言う事もあるわよ」
そう言って微笑むと、沢田くんはホっとしたように息を吐き出した。
きっとこんな形で話してしまった事を気にしてるんだろう。
しかも私と恭弥は今、ケンカ中だ。
少しでも余計な事は言わないでおきたかったに違いない。
「あ、あのさ・・・。早く仲直りしなよ。ね?」
「う、うん・・・。そう、だね・・・」
沢田くんが気にしないように、笑顔で頷く。
だけど私の心の中は不安でいっぱいだった。
あのケンカの後、恭弥は弥生さんと会っていたのだ。
しかも彼女をバイクに乗せて、二人で帰っている・・・。
それを聞いてしまうと、やっぱり面白くない。
「あ、それより・・・、どうすんだ?」
「え?」
獄寺くんは自販機からコーラを取り出すと、プルタブを開けてそれを一気に飲み干した。
「ほら、山本んちのじーちゃんがやってるっていう海の家。行かないのか?」
「あ・・・それは・・・」
「ヒバリとケンカしたんだろ?だったら一緒に来ねぇ?」
「でも獄寺くん・・・。それはマズイんじゃ――――」
「大丈夫っスよ!だいたいケンカしたのに、電話もかけてこなければ会いにも来ないって、ひどくないっスか?」
「そ、それはそうだけど・・・。ヒバリさんにもヒバリさんの考えがあるかもしれないし・・・。ね?さん」
「え?あ・・・うん・・・って言うか・・・恭弥はまだ怒ってるだけだと思うけど・・・」
あの時の恭弥の怒った顔を思い出し、溜息をつく。
すると獄寺くんが、追い討ちをかけるように、「ヒバリってホントにの事、好きなのかよ」と呟いた。
自分でもそんな事を思っていたから、その言葉はズシっと重く圧し掛かる。
「ご、獄寺くん!そんなこと言ったらさんが気にするだろ?」
「だって十代目もそう思いません?を束縛するクセに、自分は仕事があるからって、そんなの付き合ってる意味ないじゃないっスか」
「そ、そうだけど・・・。でもヴァリアーに襲われた時だって必死にさんを守って――――」
「い、いいの!沢田くん!私も・・・そう思ったりする事あるし。恭弥の気持ち、未だに分からない時あるから・・・」
「さん・・・」
私の言葉に沢田くんは困ったような顔をした。
彼は優しいから私が傷つかないように、と思ってくれてるんだろう。
「やっぱり・・・行こうかな?海の家」
「・・・え?」
「そんな感じだし・・・。家で一人でいるのも憂鬱になっちゃうから」
「でもヒバリさんにバレたら・・・」
「いいよ、バレても。それに恭弥だって好きにしたらって言ってたし・・・」
その後に僕のものだって言ってたけど、でもあれも私を束縛したくて言っただけかもしれない。
だから、あんな事・・・・。
「ね、だから山本くんが合宿から帰ってきたら、私も一緒に行きたい。いい?」
恭弥の面影を振り払うようにそう言えば、獄寺くんは笑顔で頷いてくれた。
「もちろん、いいぜ!ね?十代目♪」
「う、うん・・・。そりゃ嬉しいけど・・・。大丈夫かなぁ・・・」
沢田くんはやっぱり少し不安なのか、そんな事を言っている。
そこへランボくんが乱入してきた。
「やったー♪が来るならランボさんも行くもんねー!」
「げ!アホ牛も来る気かよ!」
「ランボさんも行くもんね!皆が行くなら行くもんね!」
「うっせぇ!てめーが来たら邪魔だろうが!留守番してろ、アホ牛!」
「ランボさんは邪魔じゃない!行くもんねーったら行くもんねー♪」
「だー!うるっせー!」
ランボくんと獄寺くんのいつものバトルを見ながら、京子ちゃんもイーピンも楽しそうに笑っている。
その時、ふと沢田くんが私を見た。
「あれ・・・。そこ、蚊に刺されたの?赤くなってる」
「え?あ・・・っっ」
(しまった・・・!慌てて出てきたからこれ隠すの忘れてたーー!)
「こ、これ・・・は・・・その・・・」
「ン?何だ?どうした?ああ、蚊に刺されたのか?蚊取り線香、たかないとダメだろ、夏は」
「そ、そうだね・・・。そうする・・・・」
沢田くんに続き、獄寺くんもそんな事を言いながら笑っている。
当然、ランボくんやイーピンもこれが何の痕なのか、知るはずもない。
京子ちゃんでさえ、「わ、結構赤くなってるね。でも私も夕べ刺されたの」なんて笑っていて、私も笑顔がだんだん引きつってくる。
結局、恭弥の防衛策は、彼らには全く通用しないと言う事が分かった気がした。でも内心ホっとしていると――――。
「それはキスマークってやつだぞ」
「あ、リボーン!」
「ちゃおっス!待たせたな」
いつの間に来たのか、後ろにはりボーンくんが立っていた。
しかも隣にはディーノさんが苦笑いしながら立っていて、私は顔が一気に赤くなってしまった。
「キスマーク??それ何だ?美味いのか?」
「ラ、ランボ!」
無邪気な笑顔で訊いて来るランボくんに、更に顔の熱が上がる。
沢田くんや獄寺くんたちもそこで気づいたのか、二人とも顔が真っ赤だ。
だけどリボーンくんだけは平然とした顔のまま、私の前まで歩いてくると、
「ヒバリとうまくいってるようだな、」
「え、いや、あの・・・。こ、これは・・・そういうんじゃなくて・・・・」
どう応えていいのか迷っていると、リボーンくんは笑いながら後ろで困ったように笑っているディーノさんを見た。
「ディーノがいるからって気にしなくていいぞ。ディーノはそんな事じゃへこたれないからな」
「えっ?」
「おいおい、リボーン・・・。オレだってへコむ時はあんだぜ?」
「そうか。でもはヒバリとうまくいってるんだし、邪魔するなよ」
「ホントにうまくいってたら、ね」
ディーノさんは意味深な笑みを浮かべると、「久しぶり」と私に微笑んだ。
その優しい笑顔を見ると、やっぱりホっとする。
「お久しぶりです。元気でしたか?」
「まあ・・・ちゃんに振られた以外では」
「・・・・え」
「意地悪な事言うな、ディーノ。お前、まだ未練あるのか」
「そんなすぐに忘れられるか。オレはこう見えて一途なんで」
そんな事を言いながら、ディーノさんは笑っている。
そこに獄寺くんが割り込んできた。
「おい、跳ね馬!いくらとヒバリがケンカ中だからって、そこに付け入ろうなんてすんなよなっ」
「ちょ、獄寺くん!(余計な事をーーー!)」
「え・・・?ヒバリとケンカ中って・・・。どういうこと?」
「う・・・あ、あの・・・」
獄寺くんの天然を恨みつつ応えに困っていると、沢田くんは苦笑しながらも説明してくれた。
「へぇ・・・。それで連絡もないってわけか」
「う、うん・・・」
「ったく・・・。ヒバリも不器用な奴だな」
「え・・・?」
「ま、まあ、でもさ、皆で海に行く事になったんだし、そこでパーっと憂さ晴らせばいいじゃねーか!」
獄寺くんは空気を変えようと、明るく私の背中を叩いた。
その言葉にディーノさんが反応した。
「海って?」
「山本くんのおじーちゃんがやってるっていう海の家に行くんです」
「へぇ、ホントか?リボーン」
「ああ、ホントだぞ。オレはすでに水着も浮き輪も買ってある」
「・・・気が早いな。でも・・・楽しそうじゃん。オレも行こうかな」
「えっ?ディーノさんも?!」
「何だよ、ツナ。イヤなのか?」
「そ、そうじゃなくて・・・。何か大所帯になってきたなと思って・・・」
沢田くんはそう言いながらも、チラっと私の事を見た。
私とディーノさんが気まずいんじゃないか、と気にしてくれてるようだ。
そんな気持ちも無視して、「大勢の方が楽しいぞ」と、いうリボーンくんの一言で、結局ディーノさんも一緒に海の家に行く事になってしまった。
こんな事は予想もしていなかった私は何となく恭弥に後ろめたさを感じつつ、それでも4日後、合宿から帰って来た山本くんからの連絡を受けて、皆で江ノ島にやって来た。
「すっげーえ!こんな人いますよ、十代目!」
「やっぱ夏休みだからね」
ビーチの周りには女子高生や、中学生らしき人たちが大勢、泳いだり寝転んだりしている。
その人の多さに驚きながら、私達は山本くんの案内で、彼のおじいさんがやってるという海の家に向かった。
人ごみを抜けて少し歩いて行くと、目の前に木で作られたトロピカルな建物が見えてきた。
「あそこなんだ」
「へぇーお洒落な建物じゃん」
山本くんの言葉に、獄寺くんが軽く口笛を鳴らす。
彼はすでに水着に着替えていて、いつでも海に飛び込める勢いだ。
「んじゃ荷物だけ置かせてもらって、早速泳ぎましょう、十代目!」
「え?!いきなり?!」
「もちろんです!やはり海は来た瞬間に飛び込まないと!」
何故か暑く燃えている獄寺くんに、沢田くんは顔が引きつっている。
来る前にチラっと話してたけど、あまり泳ぎが得意じゃないらしい。
「おーっす、じーちゃん!」
山本くんは担いでた荷物を置くと、店内に入っていく。
皆もそれに続くと、中も客でごった返していた。
「おう、武か!ちょうどいいところにきた!ちょっと手伝ってくれぃ!」
奥の厨房からそんな声がして皆で顔を見合わせていると、中からファンキーなおじーちゃんが顔を出した。
「お、来たなぁ〜。お前らが武のクラスメートか」
「こ、こんにちは」
「どうも・・・」
こんがり焼けた肌にアロハシャツ、そしてカラフルなサングラスをしているおじいさんに、皆は目が点になりながらも挨拶をした。
(確か山本くんの話だと、おじいさんは70歳を超えているという話だったけど・・・どう見てもそんな歳には見えないわ・・・)
おじいさんは、「挨拶など後でいい。それよりお前ら、手伝ってくれ!人手が足りないんじゃ」と、言って、獄寺くんの腕を掴み、奥へと引っ張って行った。
「お、おい、オレは泳ぎに――――」
「泳ぐ?そんなもん後じゃ!それよりお前、焼きそば作っておいてくれ!あ、あとお前!お前はカキ氷の係りじゃ」
「え、オ、オレーーっ?」
沢田くんも無理やり連れて行かれると、いきなりカキ氷を作らされている。
そして戻ってきたおじいさんは、私と京子ちゃんを見てニヤリと笑った。
「ほう・・・。こんな
可愛い子ちゃんも一緒じゃったとはな!なら君達は呼び込みをしてくれ!若い男を引っ掛けられるじゃろ」
「え、えぇ?!呼び込みって、あの・・・(って言うか、可愛い子ちゃんって死語なんじゃ・・・)」
「ほぉ、お前さんはなかなかのイケメンじゃな!ならお前も呼び込みじゃ。海は
ギャルが多いから、簡単に引っかかるじゃろ!」
「え、オレ?!(ギャ、ギャル?!ってそれも死語だろっ)」
おじいさんはディーノさんに対してもそんな事を言うと、奥からエプロンを三つ持って来た。
「ほれ、これつけて客を呼んできてくれ」
「あ、いや、あの・・・」
「早くせえ!海の家は時間との勝負なんじゃ!他の店に取られたらどうするっ」
「は、はい!」
おじーさんの迫力に、つい負けてしまい、私と京子ちゃんは返事をしてしまった。
それを見ながら山本くんが苦笑いしながら歩いてくる。
「いやぁ〜わりぃ。じーちゃんに騙されたみたいでさ」
「え、騙されたって・・・」
「いや、夏休み友達と遊びに行くっつったら、じーちゃん、ただで泊めてやるから大勢友達連れて来いなんて言うし、ラッキーって思ったんだけど・・・こういう事だったんだな!あはは!」
「あはは、じゃない!こういう事だったんだって、ちょっと・・・」
「ま、たまにはこんなのもいいだろ?午後になったら空くと思うし、それまで頼むよ。オレも厨房、手伝ってくるからさ」
「え、ちょ、ちょっと山本くん!!」
呑気に奥へと入っていった山本くんに呆気に取られたが、京子ちゃんもディーノさんも、「仕方ないか」と言いながら、何故かエプロンをつけている。
それには私も諦めるしかなかった。
「あれ・・・。リボーンくんたちは?」
「ああ、そういや・・・。さっき、あのじーさんから、"子供はその辺で遊んでろ"って言われてたぞ」
「え、と言う事は・・・・」
ディーノさんの言葉に思わず店の外へ出てみると、波打ち際の辺りにリボーンくんが浮かんでいるのが見える。
何故かラッコの水着を着て(!)大きな浮き輪で浮かんでいるようだ。
その手前の浜に、イーピンとランボくんが砂遊びをしているのが見えた。
「はあ・・・いいなぁ、アイツらは・・・・」
そんな三人を見てディーノさんは溜息をつくと、「ほんじゃ・・・ナンパでもしてきますか」と言って、人の多いビーチへと歩いていった。
それを見て私と京子ちゃんも仕方なく歩いていく。
少し行くと若い男女がたくさんいて、ディーノさんは慣れたように女の子達に声をかけ、上手に海の家に連れていくのが見えた。
「さすがイタリア人。上手いなあ、ディーノさん。やっぱりカッコいいからかな」
「・・・で、でも私達はどうする?」
「知らない人に声なんかかけられないよね・・・」
京子ちゃんと二人、そんな事を言いながらビーチを見渡す。
すると、数人の男の子たちが声をかけてきた。
「ねぇねぇ、もしかして二人で来てるの?だったらオレ達と合流しない?」
いかにも軽そうな大学生くらいの男の子達が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
それを見て京子ちゃんと顔を見合わせていると、その中の一人が、「君達、海の家のバイトか何か?」と聞いて来た。
店の名前が入ったエプロンをしているから、それに気づいたようだ。
「あ、はい、そうなんです!良ければ来ませんか?」
京子ちゃんが上手い具合に、そっちの話しに持っていく。
すると男は、「どうしようかなぁ」と言いながら、私達の顔を覗き込んできた。
「じゃあ、もし行ったら・・・後で一緒に遊んでくれる?そしたら行ってあげなくもないけど」
「え?遊ぶって・・・」
「オレら、近くの民宿に泊りがけで遊びに来てるんだよね〜。だから夜、花火する予定なんだけど、一緒にどう?」
「でも私達もツレがいますから」
私がそう言うと、男は「ふーん・・・」と言って、私の方に歩いて来た。
「いいじゃん、そんなの放っておいて。それより・・・君、凄く可愛いし、携帯のメアド教えてよ。東京戻っても会いたいなぁ」
「・・・は?」
「メアド教えてくれたら、店に行ってあげてもいいんだけどな」
男はそう言うと、私の肩に腕を回してきた。
その慣れ慣れしさがイヤで、「やめて下さい」と言えば、周りの男達が楽しげに笑っている。
「かーわいい♪ 純情そうで、もろ好みなんだよなあ」
「ちょ、ちょっと・・・っ」
そう言いながら腰に手を回してくる男に、ゾっとした。
京子ちゃんも他の男に腕を掴まれ、「バイトなんかいいから遊ぼうぜ」などと言われている。
慌てて助けようとしても男の腕が腰から離れず、逃げられない。
「ちょっと・・・!離してくださいっ」
「メアド教えてくれたら離すけど?」
「な・・・」
耳元でそんな事を言ってくる男が気持ち悪くて、何とか振り切ろうとした。その時――――。
「オレのメアドで良ければ教えようか?」
「――――ッ」
その声が聞こえた瞬間、男が凄い勢いで私の体から離れ、気づけばその男は砂の上に吹っ飛んでいった。
「ディ、ディーノさん!」
「大丈夫?」
「あ、はい・・・」
「ったく・・・ちゃん達に客引きは無理だな」
「う・・・」
苦笑しながらそう言われ、私はシュンと項垂れた。
その時、他の男達が、「何だてめー!」とこっちに歩いてきた。
でもディーノさんが睨みつけると、力の差が分かったのか、「チッ、こんなガキに本気で声かけるかよっ」と言いながら走って逃げて行く。
「・・・ガキだって」
「やな感じね」
「ほっとけ。負け惜しみだろ。こんな可愛い子、逃したんだからさ」
ディーノさんは笑いながらそう言うと、「もう戻ろう。どうせ、あんな奴らしかいない」と言って海の家に戻っていく。
それを見ながら京子ちゃんと顔を見合わせると、苦笑しながらもついて行った。
結局、その後もウエイトレスをさせられ、夕方までビッチリ働かされると、やっと店じまいの時間がやって来た。
「ご苦労さん!もう海で泳いできてもいいぞ」
「マジ?!やったー!って、もう太陽ねーじゃねーかよっ!」
獄寺くんがそう言いながらエプロンを投げ捨てる。
それを見ておじーさんは笑いながら、店の片付けをし始めた
私や京子ちゃんはそれを手伝いながらもかなりクタクタで、もう海で泳ぐ元気すらない。
「あれ・・・獄寺くんと山本くん、泳ぎに行っちゃった」
「ホントだ。あんなに文句言ってたのに」
夕日の中、泳ぎまわっている二人を見て笑いながら、最後の椅子を片付ける。
そこへ、おじーさんが歩いて来た。
「ご苦労さん。よくやってくれた」
「いえ。何気に楽しかったです。初めての体験でしたし」
「あっはっは!たまには太陽の下で働くのも楽しいじゃろ。いや、実は急にバイトが辞めちまってね。困ってたところなんじゃ。でも明日から新しいバイトが来るし、もう大丈夫じゃよ」
「そうですか。良かったぁ・・・」
思わず本音を言うと、おじーさんは楽しげに笑い出した。
その豪快さは確かに山本くんのお父さんと、良く似ている。
「武のやつ、いつもは部活で忙しいなんて言ってなかなか来てくれなかったんじゃが・・・。今年はこんなに友達を連れてきてくれて嬉しいよ」
「そうだったんですか」
「ああ、ここはもういいし、二階で休みなさい。ちゃんと部屋を用意してある」
「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
そう言って京子ちゃんと二階に上がると、そこはペンションのようになっていて、何室か部屋があるようだった。
当然、私と京子ちゃんで同じ部屋にして、そこに荷物を運ぶ。
「なかなか広いね」
「うん、綺麗だし。はぁ・・・海の風が気持ちいい」
窓を開けて風を入れると、かすかに潮の香りがした。
下を見れば獄寺くん、山本くんに続き、ディーノさんや沢田くん達も、浜辺で遊んでいる。
「皆、元気だねー」
「ホント。沢田くんなんて、さっきまでダウンしてたのに」
今日だけでカキ氷を何百人前と売った沢田くんは、片付けも出来ないくらいにクタクタで、さっきまで座敷で寝てたくらいだ。
それでも今は皆と楽しそうに(?)海の中で泳いでいる。
・・・・いや、手足をバタつかせているところを見ると、もしかしたら溺れてるのかもしれない・・・。
「こんなの久しぶり。お兄ちゃんも誘えば良かったかなぁ」
「笹川先輩が来たら、もっと騒がしくなりそうね」
「うふふ、ホントね」
そんな話をしながら、暫し二人で潮風にあたる。
ふと空を見上げれば、すっかり太陽も沈み、ところどころに綺麗な星が光り始めていた。
「昼間、あんなに人がいたのに・・・今は私達だけね」
「うん。あ、でも向こうで花火してるみたい」
「・・・昼間の男だったりして」
「・・・・」
私の言葉に、京子ちゃんは思い切り顔を顰めた。よほどイヤだったのだろう。
まあ私も右に同じく、と思いながら、なるべく、あっちには近づかないで置こうと思った。
「ね、ちゃん」
「ん?」
「一つ・・・聞いていい?」
「何?」
ふと顔を上げれば、京子ちゃんが心配そうな顔をしながら、「ヒバリさんの・・・事なんだけど」と言った。
「・・・え?」
その名前を出され、ドキっとしていると、京子ちゃんは困ったように目を伏せた。
「あの・・・さっき獄寺くんに聞いたの。私が余計な事を言ったせいで、ちゃんが嫌な思いしてるんじゃないかって思って・・・」
「え、あ・・・そんな事ないよ?」
先日、獄寺くんに聞いた恭弥と弥生さんの話を思い出し、慌てて首を振った。
「でも・・・ヒバリさんとケンカしてるんでしょ?そんなこと知らない時に話しちゃって・・・」
「い、いいの。それに京子ちゃんは見たことを話しただけだし…私も気にしてない」
「・・・ホントに?」
「う、うん。だって、あの二人は幼馴染だし、一緒に帰る事だってあるわよ」
「そう・・・そうよね。それにヒバリさん、ちゃんにゾッコンみたいだし」
「そ・・・そんな事は・・・」
京子ちゃんの言葉に、一瞬顔が赤くなった。
そんな私を見て彼女はクスクス笑うと、「だって、あのヒバリさんがヤキモチ妬くなんて、昔の彼を考えれば、想像も出来なかったし」と肩を竦めた。
「そ、そうなんだ・・・」
「うん。ヒバリさんは他人には興味ないって感じだったの。でもちゃんにだけは違ったでしょ?きっと凄く好きだからだよ」
「そ、そうかな・・・」
「不安でもあるの?」
「・・・それは・・・」
痛いところをつかれ、言葉に詰まった。
不安なら、いっぱいある。
私より委員の仕事の方が大事なの?とか、何であれから一度も電話くれないの?とか。
言い出したらキリがない。
だからこうして皆で遊びに来る事で、忘れたかった。
「仲直り・・・しなくていいの?」
その問いには答えられず、私は「お風呂入ってくるね」と言って、部屋を出た。
やっぱり恭弥の事を思い出すと、どうしても胸がざわついてしまう。
山本くんのおじーさんにお風呂の場所を聞き、大浴場へと向かった。
「わ、大きなお風呂・・・」
海の家から少し離れたそのお風呂は、昔風のタイルで作られていてかなり大きく、まるで銭湯のようだった。
体中、砂だらけで、早くスッキリしようと、最初にシャワーを使って髪や体についた砂を落とす。
そして洗い終わると、すぐにお風呂の中に入った。
「はあ・・・。気持ちいい・・・・」
海に来た途端、いきなり働いた疲れがじんわりととれていくようだ。
壁に凭れて目を瞑っていると、このまま眠ってしまいそうになる。
こんなとこで寝ちゃったら大変だと目を開ければ、上の方にある窓から細い三日月が光って見えた。
「仲直り・・・かあ」
先ほど京子ちゃんに言われた言葉が、ぐるぐると頭を回っている。
出来れば私だって恭弥と仲直りしたい。
でも・・・電話すらくれない恭弥を思うと、どうしても自分から素直に謝ると言う事が出来ないのだ。
それに弥生さんをバイクに乗せて帰った、と聞いて、何ともないフリをしていても、心の奥は不安でいっぱいだった。
あの日は私と一緒に帰る約束をしてたのに、どうして弥生さんと会ってたの?
二人きりで会ってないって言ってたけど、今までも陰でコッソリ会ってたんじゃないのかな・・・。
そんな思いが溢れてきて、息苦しくなってくる。
このまま連絡がなかったら、私と恭弥はどうなっちゃうのか、それが一番、怖かった。
「ふう・・・。あつ・・・。もう出るかな」
この時期、あまり長くお湯につかってたら倒れそうだ、と、すぐに湯船から出た。
脱衣所に出ると少し涼しく、ホっと息をつきながらバスタオルを体を巻く。
そして持って来た着替えを出そうと、バッグに手を伸ばした瞬間――――。
ガラッ
「きゃっ!」
「うわ!!!」
あまりに急な事で、暫し体が固まってしまった。
が、目の前の人物も同じだったようで、目を丸くしたままその場に突っ立っている。
「ディ、ディーノさん・・・っ?」
「え?わ、悪いっ!!」
「え、ちょ・・・」
顔を真っ赤にして勢いよく扉を閉めるディーノさんを見て、私は叫ぶ暇すらなかった。
「いや、ホント悪い!すまなかった!」
「も、もういいです・・・」
いきなり頭を下げるディーノさんに、思わず苦笑しながら首を振る。
お風呂場を出た時、外でディーノさんが待っていたのだ。
「食事の前にシャワー浴びようと思って海から風呂場に直行したんだ。まさかちゃんが入ってるなんて知らなくて――――」
「も、もうホントにいいですから。それに見られてないし」
そう言って笑うと、ディーノさんはやっと顔を上げ、困ったように笑った。
「バスタオルで見えなかったから大丈夫。まあ・・・本音を言えば、ちょっと残念だけど」
「・・・ディ、ディーノさんっ」
「あはは、ジョークだよ。ホント、可愛いな、ちゃんは。顔、真っ赤」
「・・・ディーノさんが変なこと言うからですっ」
そう言って顔を背けると、ディーノさんは楽しげに笑った。
「まあ・・・もし見てたら恭弥に殺されっからな、オレ」
「な・・・何ですかそれ・・・。そんな事・・・・」
「あるだろ?アイツはちゃんにベタ惚れなんだし」
ディーノさんはそう言うと、私の頭に手を乗せ優しく微笑んだ。
前もこんな風に励ましてもらった事がある。
こういうところはちっとも変わってない。
「ホントにそうかな・・・」
「え?」
「恭弥は・・・ホントに私の事、好きなのかな・・・」
ディーノさんの優しさに、今まで我慢してたものが崩れ、ついそんな事を口走ってしまった。
ディーノさんは困ったような顔で、私の顔を覗き込んでいる。
「ちょっと・・・散歩しようか」
「え?」
「もう涼しくなってきたし・・・夜の海を散歩するのも悪くない」
ディーノさんはそう言うと、私の手を引いて浜辺をゆっくりと歩き出した。
辺りは波の寄せる音しかしなくて、夜空には綺麗な三日月。
何となくホっとしながら、二人でノンビリ歩いていく。
「ケンカって・・・そんなにひどいの?」
「え?あ・・・」
「ちょっとだけ事情聞いたけど、恭弥が勝手にしろって言ったんだって?」
「うん・・・。無駄だとは思ったんだけどここに誘ってみたの。そしたら、行くはずないだろって言われて・・・。私は恭弥と一緒に遊びに来たかったんだけど・・・そうとってもらえなくて、そんなに遊びに行きたいなら好きにしろって・・・言われちゃった」
そう言って足を止めると、ディーノさんは黙って振り向いた。
月明かりに見える、その表情は少し悲しそうに見えた。
「そりゃ恭弥の本心じゃないだろ」
「え?」
「本心でそう言ったんなら・・・こんなもん、つけねーよ」
「・・・・・ッ」
不意に首筋を指でつつかれ、ドキっとして顔を上げれば、ディーノさんは苦笑いを浮かべていた。
「これでも・・・ちょっとはショックだったんだぜ?これ見た時」
「いや、あの・・・これは別に・・・・」
「まあ、恭弥とどういう関係になろうが、オレには関係ないかもしれないけどさ」
「え、ち、違うんです!別に私と恭弥はそんなんじゃなくて、これは恭弥がケンカした腹いせにつけたっていうか・・・」
「・・・くっくく・・・」
「ディーノさん・・・?」
必死に訴えていると、いきなりディーノさんが笑い出し顔が赤くなった。
「あははっ。ホント、可愛いよ、ちゃんは・・・」
「え?あの・・・」
「そんな必死に言い訳しなくてもいいって」
「い、言い訳じゃなくて、ホントに――――」
「分かってるよ。恭弥とは何もないんだろ?」
「う・・・わ、分かってるなら聞かないで下さいっ」
ムキになって言い返すと、またしても吹き出され、ムっと口を尖らせる。
きっとディーノさんにとったら、私なんてほんの子供で、ただの意地っ張りにしか見えないんだろうな、と思うと、自分でイヤになった。
「ごめん、ごめん。ちゃんがムキになるから可愛くてさ・・・」
「人をからかって楽しむの止めて下さい」
「ごめん。もうしないよ」
そう言ってクシャリと頭を撫でてくれるディーノさんは大人の余裕があって、羨ましいとさえ思う。
私にも、もっと余裕があって、恭弥のことをもっと理解できてたら、あんな事くらいでケンカなんかしなくて良かったかもしれない。
そう思っていると、ディーノさんが不意に、「でもマジメな話・・・」と、静かに口を開いた。
「恭弥はちゃんのこと、ちゃんと好きだよ」
「・・・え?」
「そのキスマークは腹いせにつけたもんじゃなくて、ちゃんに悪い虫が近づかないようにっていう、思いなんじゃねーかな」
「ディーノさん・・・」
「アイツも素直じゃねーからなぁ・・・。口では上手く言えないんだろうけど・・・。でもちゃんに対する気持ちは本気なんだって、オレには分かるよ」
「・・・・?」
「オレだってちゃんのこと、好きだったし。だから分かるんだ」
「・・・ディーノさん」
そう言ってニッコリ微笑むディーノさんは、やっぱりお兄さんのような優しさが溢れてる。
こんな私を好きだと言ってくれる、ディーノさんは私なんかにはもったいない人だ。
「分かってやれよ。恭弥の気持ち」
「恭弥の・・・気持ち?」
「ああ。アイツ、今頃、絶対気が気じゃないと思うぜ?」
「そ、そうかな・・・。電話もくれないし・・もしかしたら弥生さんと一緒かもしれないし・・・・」
「電話かけないのはちゃんも同じだろ?それに・・・その弥生って女とは何でもないよ。今更どうにかなってるくらいなら、初めからちゃんを選らばないさ」
「・・・・・」
「素直になって恭弥に電話しろよ。アイツ、絶対待ってるから」
「ディーノさん・・・・」
その言葉に思わず顔を上げる。
するとディーノさんは苦笑いを浮かべながら、「――――そうだろ?恭弥」と、後ろの方へ声をかけた。
「な・・・・っ」
その言葉に驚いて振り向くと、そこには気まずそうな顔の恭弥が立っている。
自分の目が信じられなくて、目の前にいる彼が幻なんじゃないかと、何度も目を擦った。
「恭・・・弥?本物・・・?」
「うん」
「な、何で、ここに・・・」
いるはずのない彼がどうしているのか分からず、ディーノさんを見上げる。
するとディーノさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、
「オレが電話したんだ。"早く迎えにこねーと、ここには悪い虫がうようよいるぞ"ってね」
「えぇっ?」
「そうでも言わねーと恭弥も素直にならねーからな。ま、悪い虫がうようよっていうのは嘘じゃないし?」
そう言ってニヤリと笑うディーノさんに、昼間の男達を思い出した。
すると恭弥は軽く舌打ちをして、「うるさいな。咬み殺されたいの?」と、ゆっくりこっちへ歩いてくる。
それには慌てて間に入った。
「ちょ、やめてよ・・・。ケンカしないで」
「は黙っててよ。勝手にこんなところまで来たクセに」
「な、勝手にって・・・。恭弥が好きにしろって言ったんじゃない!」
「ホントに来るとは思わないだろ?良かったよ、万が一の為に虫除けしておいて」
「な・・・」
そう言って私の首筋を指差す恭弥に、顔が赤くなる。
だいたい恭弥だって、あの時行くなって言ってくれれば、最初からこんな下らないケンカなんてしなくて済んだのに。
「何よ・・・。電話くれなかったくせに・・・」
「だってかけてこなかったよ」
「な、何で私がかけるの?私は悪くないものっ」
「僕だって悪くない。だいたいが何でそこまで怒ってるのか、分からないね」
「だ、だから私は――――」
そこで言葉を切った。
何で私、こんなに腹を立ててるんだろう・・・。
(私は・・・夏休み、恭弥と一緒に過ごしたくて、だから、風紀委員の仕事を優先した恭弥が許せなくて・・・・)
「私・・・私は・・・恭弥と一緒にいたかったんだもん。でも恭弥は風紀委員の仕事があるって言うから・・・」
「でも会えないって言ったわけじゃない。僕だってそれくらい考えてたよ」
「・・・え?」
その言葉に顔を上げると、恭弥はポケットから数枚のチケットを出した。
「これ・・・」
「と行こうと思って弥生に頼んでたチケット。まあ、行けるのは夜しかないけど。それ全部観に行きたいって言ってただろ?」
「・・・・・」
そのチケットを受け取ると、それは全て私が夏休みに見たいと言っていた、映画の指定席チケットだった。
それも"VIP"と書かれてるから、年間チケットのようなものだろう。
きっと恭弥は時間の空く夜に、私を映画に連れていってくれる気だったんだ。
そこに気づき、泣きそうになった。
「これ・・・弥生さんに・・・?」
「うん。アイツ、映画が好きで、色々な映画館のVIP席とか取ってるから頼んでおいたんだ」
「じゃあ・・・。あの日弥生さんと一緒だったのは・・・」
「・・・?よく知ってるね。まあ、あの日は頼んでおいたチケットを弥生が持ってくるって言うから待ってたんだけど・・・は先に帰っちゃったしね」
「じゃあ・・・二人でバイクで帰ったってのも・・・」
「遅くなったし送っただけ。何?僕と弥生の事も誤解してたの」
「・・・・・・」
痛いところをつかれ、顔が赤くなる。
すると恭弥は呆れたように溜息をついた。
「・・・ホント、は何も分かってないね」
「・・・え?」
「僕がどれだけ心配したと思ってるわけ」
「心配って・・・」
「ディーノから連絡が来て、これでも急いで飛んできたんだけど」
「・・・・・っ」
そう言って抱きすくめられると、我慢できなくて涙が零れた。
バカな自分が情けないのと、恭弥の気持ちが嬉しいのとで、グチャグチャだ。
「ご、ごめんなさ・・・」
「・・・いいよ。僕も悪かったから」
恭弥はそう言いながら、強く抱きしめてくれた。
ずっと恋しかった腕の中で、涙が止まらなくなる。
「はあ・・・。これが"犬も食わない"ってやつだな」
後ろでディーノさんの呆れたような声が聞こえる。
彼にも、ホントに迷惑をかけた。
そう思っていると、不意に恭弥の腕が離れた。
「お、おい何だよ、恭弥・・・・」
「恭弥・・・?」
急に怖い顔をした恭弥に驚いていると、彼は「悪い虫って、あんたなんだろ?だったら咬み殺さないと」と平然と言いのけた。
それにはディーノさんもギョっとしている。
「バ、バカヤロ!オレは違うよ!オレが悪い虫だったら、お前に電話するはずないだろが!」
「なら何でが風呂に入ってるの覗いたのさ」
「あ、あれはだから呼びに行ったら、たまたま――――」
「たまたま・・・が裸だった?」
「「裸じゃない(ねえ!)!!」
思わずディーノさんと二人で反論する。
そうか、さっきディーノさんが来たのは、恭弥の事で私を呼びに来たからだったんだ。
そう気づいたけど、目の前でムっとしている恭弥はまだ怒っているようだ。
「・・・ふぅん、仲いいね。もしかしてディーノ、相談のるフリして、を口説こうとしてた?」
「す、するか!オレは純粋にお前らが心配で――――」
そこでディーノさんが言葉を切った。
そして素早く背後に視線を走らせると、
「おい、恭弥・・・」
「・・・何」
「内輪もめしてる場合じゃねーぞ。ホントの悪い虫がうようよ出てきやがった・・・」
「・・・・へえ、悪い虫って、コイツらの事だったんだ」
「あ・・・っ」
その言葉に振り返ってみると、昼間、声をかけてきた大学生達が、ニヤニヤしながら歩いてくるのが見えた。
「あれれ〜?昼間の子じゃん。ラッキー♪ 探してたんだよね〜」
「そんな奴らと遊ばないでオレらと飲もうぜ」
だいぶ酔っているのか、手にはビールを持ちながらフラフラと近づいてくる。
見れば、昼間よりも人数が多く、少なくても10人はいるようだ。
だからなのか、男達は昼間よりも堂々とした様子でこっちに歩いてくる。
「オレら女っ気なくてさあ。さっきの子も呼んで一緒に遊ぼうよ〜」
昼間、私を抱き寄せてきた男が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
慌てて恭弥の後ろに隠れると、男は笑いながら肩を竦めた。
「何、そのボーヤが彼女のナイトって事?」
「てっきり、そこの金髪の奴かと思ったけどなあ?」
そう言いながら笑っている男達にムっとしていると、ディーノさんが深々と溜息をついた。
「おい、恭弥・・・。任せていいか?」
「・・・当然」
「だったらオレ、見学してるし、宜しくぅ♪」
「見物料、高いよ?」
「って、金とんのか!お前はマーモンかっつーの!」
呑気に突っ込むディーノさんに、どうする気なのかと恭弥を見上げる。
すると、「は下がってて」と言って、トンファーを構えた。
それを見て慌てて離れると、男達は笑いながら恭弥を囲みだす。
「何それ〜?そんなオモチャで何しようってのかな〜?」
「オレ達、大学のボクシング部なんだよね〜。ボーヤ一人じゃ死んじゃうかもよ?」
「うるさい虫だね。ゴチャゴチャ言ってないでかかってきたら?」
「・・・んだと、コラァ!大人しくしてりゃいい気になりやがって!そんなもんでオレ達全員どうしようってんだよ!」
「・・・咬み殺す」
「な――――」
恭弥が言った瞬間、目の前にいた体の大きい男が綺麗に吹っ飛んだ。
それを見て唖然としていた男達も、慌てて拳を構える。
でも恭弥はそんなものをものともせず、男達が殴りかかってきたところを次々に交わし、一撃で倒していった。
「嘘・・・」
「お、思ってたより早かったな」
一瞬でやられ目の前で、うんうん唸りながら倒れている男達に唖然としていると、ディーノさんは呑気に伸びをしながら立ち上がり、恭弥の方に歩いていった。
「どうだ?害虫駆除した気分は」
「・・・まだ終わってないけど、ね!」
「わっ!バカ!何でオレまで駆除すんだ!」
歩いていったディーノさんに、いきなりトンファーを向けた恭弥は、ニヤリと笑いながら、「あんたが一番危険だから」と言った。
それにはディーノさんも、慌てたようにホールドアップしている。
「オレはもうとっくに諦めてるよ!」
「どうだか」
「ホントだっつーの!それに心配ならお前がシッカリ捕まえてればいいだけの話だろ!」
「・・・・・」
そのディーノさんの一言で、恭弥は一瞬、動きを止めると、ゆっくりとトンファーを下ろし、「それもそうだね」と溜息をついた。
そしてホっとしているディーノさんを尻目に、私の方に歩いてくると、
「じゃあ・・・そろそろ帰ろう」
「・・・へ?」
「いつまでもここにいたって仕方ないだろ?僕はを迎えに来たんだ」
「で、でも皆が・・・・」
「大丈夫だぞ」
「・・・リボーンくん!え、皆も・・・」
その声に振り向くと、いつの間にか皆が外に出てきていた。
「なーんか外が騒がしいから来てみれば・・・」
「何だよ、ヒバリ来てんじゃん。良かったな、」
「ひぇぇ・・・。こ、これ全部、ヒバリさんがやっつけたのっ?」
獄寺くんは呆れ顔、山本くんは嬉しそうな顔で歩いて来たけど、沢田くんだけ、砂浜に転がっている男達を見て青い顔をしている。
それを見て、恭弥は溜息をついた。
「何、ぞろぞろと・・・何の群れ?」
「あ?!お前、に寂しい思いさせて、今頃ノコノコきてんじゃねーよ!」
「ご、獄寺くん!」
「でも十代目!アイツ、ちっとも女心分かってねーし――――」
「獄寺くんだって分かってないだろ?!いいからケンカしないでよ〜」
いつもの二人のやり取りに、山本くんが楽しげに笑っている。
でも恭弥は一人、不機嫌な顔で、「は帰らないの?」と訊いて来た。
一瞬、迷ったけど、でも皆はニコニコしながら私を見ている。
「帰りなよ。せっかくヒバリさんが迎えに来てくれたんだし」
「沢田くん・・・・」
「そうだぞ、。一番一緒にいたい人といるのがいいしな!」
「山本くん・・・」
「けっ!オレは認めてねーけどな!」
「ご、獄寺くん、あまりヒバリさんを刺激しないでっ」
沢田くんは青い顔をしながら、獄寺くんのTシャツを引っ張っている。
その時、ランボくんが私を見つけて走って来るのが見えた。
「〜〜!ここにいたの〜?一緒にご飯食べようだもんねー!・・・
ぐぴゃ!!!」
「きょ、恭弥!!」
私に抱きつこうとしたランボくんが、一瞬で吹っ飛ぶ。(!)
「何で殴るのっ?」と私が怒ると、恭弥は涼しい顔のまま、
「に近づく虫は子供でも許せないからね」
「あ、あのね――――」
「おいおい、何騒いどるんじゃ」
「じーちゃん!」
そこに山本くんのおじーちゃんが歩いてきた。
昼間のファンキーな格好とは違い、今はステテコ姿、ついでに頬が赤い所を見ると、少し酔っているようだ。
「何じゃ、メシ食べないで、こんなとこでギャーギャーと・・・・」
フラフラ歩いて来たおじーさんはそう言いながら、ふと足を止め、恭弥を見た。
そして驚いたように近づくと、
「ヲ、ヲヲヲ・・・!!き、君・・・っ!」
「・・・・・???」
「なかなかのイケメンじゃな〜〜っっ!!どうじゃ?わしんとこでバイトせんか?!君なら、若い
ギャルがわんさか――――」
「・・・咬み殺すよ?」
「「「「「――――ッ!!!!」」」」」
いきなりおじいさんにトンファーを構えた恭弥に、皆は慌てておじいさんを非難させたのは言うまでもない・・・・。
「ホント、信じられない・・・」
「・・・何が?」
「恭弥が」
「僕が?何で」
「もういい・・・」
二人で夜の浜辺を散歩しながら苦笑いを零すと、恭弥は呆れたように溜息をついた。
結局あれから、時間も時間と言う事で、恭弥も今夜は一緒に泊まる事になったのだ。
「僕にはの方が信じられないけど」
「え・・・なんで?」
「あのまま電話もしてこないで、勝手に他の男と旅行に来るなんて、普通信じられないだろ」
「りょ、旅行じゃないもん。ただ海の家に遊びに行くって言うから・・・・」
「泊りがけなら旅行と同じだよ。しかも海なんて・・・・」
そう言いながら恭弥は不満そうに目を細めた。
私は何も言い返す事が出来なくて、「ごめん・・・」と小さく謝れば、恭弥がふと足を止める。
「ごめんは聞き飽きた」
「でも・・・ごめんね」
それしか思い浮かばず謝ると、恭弥も呆れた顔で苦笑している。
でもそのまま私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「・・・会いたかった」
「うん・・・・」
「どれだけ心配したか分かってる?」
「し、心配って、沢田くん達は別にそんな心配するような人たちじゃ――――」
「男ならどんな奴でも同じだよ。現にディーノだって来てた」
「あ、あれは偶然・・・」
「アイツ・・・。何て電話してきたと思う?」
「え?悪い虫がいるって・・・言ったんじゃないの・・・?」
そう言いながら少しだけ顔を上げると、怒ったような顔の恭弥と目が合った。
「その後、こう言ったんだ。"お前が彼女を迎えに来ないなら・・・オレがイタリアにさらってっちまうぜ"ってね」
「え・・・」
「だから急いでバイク吹っ飛ばしてきた。何度、白バイやらパトカーに追いかけられたか・・・・」
「ご、ごめ・・・・」
溜息交じりでそういう恭弥に、やっぱり謝る事しか出来ない。
でも恭弥はふっと笑みを零し、私の頬に軽くキスを落とした。
「僕がこんなに慌てるのって・・・の事くらいだって、分かってる?」
「・・・・・っ」
その言葉に顔を上げた瞬間、熱い唇が重なり、私の言葉は恭弥の口内に吸い込まれてしまった。
何度も触れ合い、少しづつ深くなっていくキスに、体中の熱が上がっていく。
「・・・熱いよ、の体」
「・・・うん・・・」
僅かに離れた唇が恋しくて、もう一度触れて欲しいと思ってしまう。
海から吹かれる潮風が火照った頬に心地よくて、私は少しだけ背伸びをして恭弥の唇に、自分からキスを落とした。
「・・・・珍しいね、からキスしてくるなんて」
「・・・う、い、意地悪・・・」
唇を離した途端、意地悪な笑みを浮かべる恭弥に、顔が赤くなる。
だけどもっと触れていたくて、思い切り恭弥に抱きついた。
そんな私を抱きしめながら、恭弥はふと顔を覗き込んで来た。
「な、何?」
至近距離で目が合いドキっとしていると、恭弥は少しだけスネた顔を見せて、「僕の気持ち疑うのは、これで最後だからね」と言った。
あまりに耳の痛い言葉に、再び"ごめん"と言いかける。
でもその言葉を言う前に、また唇が重なった。
触れ合うたび、恭弥の唇の熱が伝わってくる。
大好きな人の腕の中で、聞こえてくるのは静かな波の音だけ。
それだけで、何だか夢の中にいるみたい。
会えないと思っていた人が、こうして私を抱きしめている夢のような時間。
"真夏の夜の夢"って、こういう事を言うのかな。
ふと、そんな事を考えていると、
「・・・ん、」
不意に唇が離れ、首筋を伝っていくのを感じ、身を捩った。
するとまたしても、同じ場所にあの痛みが走り慌てて顔を上げれば、意地悪な笑顔が私を見下ろしている。
「少し薄くなってたから、またつけたけど、文句ないよね?」
「・・・な・・・」
「は僕のものだって、言ったろ?」
「・・・うん」
やっぱり恭弥には敵わないなぁ、と、この時思った。
だって文句なんか言えなくなっちゃうくらいの熱いキスが、私の唇に降ってくる。
体の芯から溶かされるような、そんなキスをされながら、いつか恭弥の全てが欲しい、と思った。
こんなにも、苦しいくらい、恭弥が好きだから――――。
暑い夏は、まだ始まったばかり・・・・。
どんだけー?と言う事で(オイ)
雲雀夢の番外編でした〜(;^_^A
ちょっと久々に雲雀を書きたくなって、書き始めたのはいいけど、何だか収集がつかなくて、コメディですか?みたいな;;
ベタなネタでラブラブを描こう!なんて思ったのに、気づけば他のシーンが長くなりすぎて、
二人のシーンが少ない、という誤算が…(汗)
ま、まあ…いいや、ドタバタコメディで…と開き直りのアップで御座います…
ちなみに、作中、登場する山本のじーちゃんは私のオリジナルキャラですので、あしからず(笑)(殆ど想像で書いてました;)
雲雀夢にも未だ、素敵なコメントを頂いてるので、ちょっとした夏休みネタをば…σ(o^_^o)
いつも励みになるコメントをありがとう御座います♪
■初めて読んだ時、物語の展開にハラハラさせられてとても面白いと思い次が気になって仕方ありませんでした。
これからどんな展開になるのか楽しみにしています^^(高校生)
(ありがとう御座います!何だかんだと長くなってしまった作品で、一応完結してるんですが、これからも番外編など描いていきたいと思ってます(^^)
■リボにハマったので、この機会にと読んでみて...感動しました!!雲雀さんがすごく好きになりましたw(高校生)
(ありがとう御座います!この作品を読んで、雲雀が好きになったなんて嬉しい限りです(>д<)/
■雲雀さん最高です!!このサイトを見てヤバイくらいはまりましたVD(中学生)
(ヤ、ヤバイくらいハマっただなんて嬉しいです!これからも頑張りますね!)
■ここの雲雀夢連載を読ませていただいてから、以前よりさらに雲雀さんを好きになりました!かっこよすぎて困るくらいです!!(高校生)
(当サイトの雲雀夢を読んで、更に好きになって頂けたなんて感激です!これからもカッコいい雲雀を描いていけるよう頑張ります♪)
■雲雀さんは当然のこと、ここのサイトの雲雀さん夢が大好きなので!!!(高校生)
(当サイトの雲雀が大好きなんて、嬉しいお言葉ありがとう御座いますー(*TェT*)
■これからも応援してます!!(大学生)
(ありがとう御座います(>д<)/
■雲雀さんが一途でとっても素敵です。(高校生)
(素敵なんて嬉しいです(*ノωノ)
■最初から最後まできゅぅっと心臓を締め付けるような感覚に陥りました。HANAZOさまの書く雲雀夢に骨抜きです。(その他)
(そんな風に言って頂けて凄く嬉しいです!ほ、骨抜きですか;こんな青春時代を夢見て描いてみました(笑)そう言って頂けてとても励みになります!)
■雲雀さん夢大好きです!切ないのが混じっててすごく魅力的だと思います。(高校生)
(ありがとう御座います!恋愛って切ない方が燃えますよね!(笑)これからも、そんな話を描けるよう頑張ります!)
■雲雀さん、すごくかっこよかったです(>_<)(高校生)
(ありがとう御座います!)
■自分の思いにようやく素直になれた二人へ。いつまでも応援しています!頑張れ、雲雀君!ヒロイン!(大学生)
(やっと元鞘に納まりましたね(笑)これからも波乱含みでしょうけど、二人にはラブラブでいて欲しいものです(^^)
■ここの雲雀様大好きやーーー!!!(大学生)
(ありがとうぉーーーー♪)