リング争奪戦も無事に終わって、また並盛中に穏やかな日々が戻ってきた――
Embracing each other is not love
(あ、雨・・・)
ふと窓の外を見れば、ポツポツと水滴がぶつかり、すぐにそれは本降りになっていった。
その時、ちょうどチャイムが鳴り、今日最後の授業が終わった事を告げる。
「あーでは今日はここまで。最後のとこ、復習もかねて来週までの宿題にする」
「「「「え〜〜!!」」」
先生の一言に、クラスの皆からブーイングが飛んだけど、結局それも空しい抵抗で終わった。
「はぁ〜せっかくテスト終わったばっかで明日は休みだってのに宿題なんてだりぃーよな」
前の席の山本くんがそんな事を言いながら振り返る。
争奪戦の時の怪我はすっかり良くなったのか、右目のバンソウコウも取れ、前以上に元気そうだ。
「はヒバリと帰るのか?」
「あ、うん」
「そっか。仲良くやってんだ」
「ま、まあ・・・・」
サラリと言われ、照れ臭いのを誤魔化すように笑う。
恭弥ともあれからは平和そのもので、特にケンカもなく過ごしている。
と言ってもあの後にすぐテストが始まり、二人でゆっくりデートをする暇もなかったのが正直なところ。
今日は久しぶりに一緒に帰る約束をしていた。
「じゃあ私、帰るね。山本くんは雨なのに部活?」
「ああ。室内でトレーニング。っといけね。んじゃオレ部活行くし。もヒバリとケンカすんなよ?」
「し、しないもん」
そう言いながら急いで教室を出ると、恭弥のいる応接室へと向かう。
久々に二人で過ごせるのかと思うと、足取りも軽くなった。
一気に階段を駆け上がり、廊下を走っていくと、応接室が見えてくる。
が、私はすぐ異変に気づき、足を止めた。
「あれ・・・」
見れば応接室のドアが開いたままで、そこには数人の女の子が群がっている。
その光景に首を傾げつつ歩いて行くと、女の子の可愛らしい声が聞こえてきた。
「それじゃ雲雀さん、次の委員会で♪」
そう言って一人の女の子が出てくると、周りにいた子達も、「失礼しまーす」と言いながら、こっちに歩いてくる。
見たところ同じ学年の子たちらしい。
「きゃー♪ 雲雀さん、今日もかっこ良かった!」
「ほーんと!クールなんだけど、どこか可愛いし〜!」
「やっぱ委員になって正解だったね。雲雀さんとお話できるんだから♪」
「それに前は怖くて近寄りがたい空気だったけど、最近何となく優しい気がするのよね〜」
その会話に驚きつつ、彼女達とすれ違う。その際、その子達が一瞬だけ私を見た気がした。
「・・・ね、あの子、雲雀さんの・・・」
「・・・嘘、あの子が弥生先輩から雲雀さんを奪ったって子?」
「マジ〜?って言うか、全然普通じゃん?色気もないし。弥生先輩の方がちょー綺麗じゃん」
「ホーント。雲雀さんとは不釣合いって感じー。何かの間違いじゃない?」
「そーよ。噂先行で実際、二人が一緒にいるとこ見た人って少ないし」
「そーだよねー私らだって見た事ないじゃん」
「・・・実はただの噂だったりして」
「ありえるー」
「・・・・・」
そんな会話が聞こえてきて、私は足を止めて振り返る。
それには彼女達もギョっとしたように慌てて廊下を走っていってしまった。
「何よ・・・。好き勝手言ってくれちゃって・・・」
どーせ私は弥生さんより綺麗じゃありませんよっ!っていうかあの人と比べないで欲しい・・・・。
私は自分にお金かけられるほど余裕のあるお嬢様じゃないんだし、もとの土台が違いすぎるんだから!
だいたい一緒にいれなかったのだって、あんな戦いがあったからだし、その後のテスト期間で会う余裕もなかっただけなんだから・・・。
それに――――。
「不釣合いだって・・・分かってるもん・・・・」
自分で口に出してみると、何だか妙に切なくなった。
恭弥は頭が良くて、何でも器用にこなすし、ケンカも強い。
それに今の子達みたいな隠れファンがいるくらい、かっこ良くて、皆からも一目置かれてる存在だ。
なのに私は頭もそこそこ、顔だって弥生さんみたく綺麗じゃないし、色気もない上に、スタイルだって痩せてるだけで胸もない。
だから恭弥がどうして弥生さんじゃなく私を選んでくれたのか、未だによく分からなかったりする。
弥生さんの方が断然綺麗だし、スタイルだってボンキュッボンだし、あの歳で色気すら漂ってる。
いつも綺麗にメイクをして、髪だって綺麗に巻いてふわふわだし、どこから見てもモデルのような人だ。
彼女と恭弥が並んでると、ホントにお似合いだとすら思ってしまう。
そんな事を考えながら溜息をつくと、一瞬ふわりと甘い香りが鼻をついた。
さっきの子達の香水の匂いだろう。香水だけじゃなく、同年代の子は殆ど学校にメイクをしてきている。
でも私は興味がなくて、メイクなんてたまにしかした事がない。
「やっぱり・・・した方がいいかなぁ・・・」
私だって一応、年頃の女の子だし、それに恭弥っていう彼氏まで出来たんだから・・・。
「何、落ち込んでるの?」
「――――ッ」
あれこれ考えていると、不意に背後から声がしてドキっとした。
慌てて振り返ると、そこには意外な人が立っていた。
「弥生さん・・・」
「廊下に突っ立って溜息ついてるなんて、そんなにショックだった?」
「え・・・?」
「さっきの子達のこと」
「・・・・・ッ」
何もかも見透かしたような目で笑う弥生さんに、私は顔が赤くなった。
「・・・聞いてたんですか?」
「通りかかったら聞こえちゃったのよ。ここの階って静かじゃない?声が響くの」
弥生さんはそう言って微笑むと、軽く髪をかきあげた。
その仕草が凄くさまになっていて、女の私から見ても綺麗だなって思う。
「それにしても・・・あんな事くらいで落ち込んでるようじゃ、恭弥となんて付き合えないわよ?」
「・・・・・」
「恭弥ってああ見えて何気にファンが多いの。ほら、女ってクールな男に弱いじゃない」
クスクス笑いながら弥生さんは私の前に立つと、ニッコリ微笑んだ。
「油断してたら盗られちゃうわよ?」
「・・・・・ッ」
ドキッとして顔を上げる私に弥生さんは苦笑いを浮かべると、「その様子じゃ何も進展してないみたいね」と肩を竦めた。
その言葉の意味が分からず、「進展・・・?」と問えば、彼女は意味深な笑みを浮かべて私の耳元に口を寄せた。
「恭弥とセックス、してないんでしょ?」
「――――ッ」
その一言に耳まで赤くなった私を見て、弥生さんは声を上げて笑った。
「かーわいい。真っ赤になっちゃって」
「か、からかわないで下さいっ」
意地悪な笑みを浮かべている弥生さんにそう言うと、彼女は気にした様子もなく壁に寄りかかった。
そして上から下まで舐めるように私を見ると、「まあ、確かに色気はないわね」とハッキリ言う。
「・・・わ、悪かったですね」
「色気は大事よ?男なんて単純なんだから」
「・・・・・」
「恭弥だってあんな顔して結構凄いのよ?アイツの好み、教えてあげましょうか」
「・・・な・・・何ですか好みってっ」
ムッとして言い返すと、弥生さんはまたしてもニヤリと笑い、
「どんなプレイが好きか・・・知りたいでしょ?」
「プップレ・・・ッ?べべべ、別にそんなの知りたくありませんからっ!」
そう強がってみたところで、真っ赤な顔の私が何を言っても説得力がない。(っていうか恭弥ってそんなに凄いの?!)
こんな事を聞かされると、やっぱり気になってしまう。
弥生さんと恭弥との間にあった、全ての事を・・・・。
「ふふ、ホント、純情で可愛いのね、ちゃんって」
弥生さんは顔を背けたままの私を見て、余裕の笑みを浮かべながらクスクス笑い出し、ムッとしてしまった。
「・・・バカにしてるんですか?」
「あら、バカになんかしてないわよ?心配してるだけ」
「心配・・・?」
「ええ。この私が諦めたのよ?なのにちゃんってば、いつまで清く正しい男女交際なんか続ける気?」
「・・・・・・」
「恭弥を自分のものにしたいなら・・・サッサとヴァージンあげちゃいなさいよ。私みたいに♪」
「・・・・・ッ」
その言葉にズキっと胸が痛む。
いくら過去の事だと思っても、二人の間にあった関係が今も私を苦しめる。
それは恭弥との関係が、いつまで経っても進展しないからなのかもしれない。
弥生さんは恭弥の全てを知ってる。なのに私は知らない・・・・。
その差はどう頑張ってみた所で、埋められないと思った。
「・・・言われなくてもそうします」
「あら、やっとその気になってくれた?」
「そ・・・その気っていうか・・・・。私は恭弥が好きだし・・・それくらいの覚悟はあります」
いつまでも勝ち誇ったような彼女を見据えてそう言いきると、弥生さんはクスクス笑いながら肩を竦めた。
「そう、それくらいの意気込みを見せてくれないとね。私も恭弥を諦めた意味がないし」
「・・・・・・」
「大丈夫よ?痛いのは最初のうちだけ。すぐ気持ち良くなるから。恭弥はその辺の男よりずっとうまいしね」
「・・・・・ッ」
その言葉にカッと頬が熱くなる。
弥生さんはふふっと笑うと私の肩をポンと叩いて、「じゃ、頑張って♪」と、廊下を歩いて行った。
悔しくて振り返ると、途端に涙が溢れてくる。それをグっと堪えて、思い切り息を吐き出した。
「いい匂い・・・」
弥生さんはいつもいい香りの香水をつけている。
何だかそれだけで、大人の女性のように思えた。
やっぱり・・・綺麗だったな、弥生さん。腹も立つけど・・・言うだけの事はある。
確かに私には勝てるだけの色気もないし・・・・・。
"サッサとヴァージンあげちゃいなさいよ"
そんな簡単に言われても・・・。
さっきはつい売り言葉に買い言葉で、あんなこと言っちゃったけど・・・やっぱりまだ少し怖いのもある。
と言って、このまま彼女と恭弥の繋がりに振り回されたくはない。
"この戦いが終わったら・・・エレナの全てを僕のものにするから"
その時、ふと恭弥に言われた言葉を思い出し、ドキっとした。
あの時は先の見えない戦いがあったから気持ちも盛り上がってたけど・・・今考えると、凄い台詞だ、と顔が赤くなる。
いや・・・恭弥になら全てをあげたいとは思う。
それは嘘じゃない。
というか恭弥以外、考えられないし・・・・。でも怖いのと、それに――――。
「はあ・・・。せめてもう少し胸大きくしようよ・・・・」
自分のささやかな胸を見下ろし、溜息をつく。
こんなんじゃ色気が出ないのも当然だ、とガックリ来た。
いつか未遂で恭弥に襲われた時に見られた事もあったけど、改めて抱かれるとなると・・・とてもじゃないけど裸なんか見せられない。
(って言うか見せたくないかも・・・・・)
「・・・大きくしたいなら協力するけど?」
「――――ッ!!」
その声に鼓動が跳ね上がり慌てて振り向くと、苦笑いを浮かべた恭弥が壁によりかかるようにして立っていた。
「きょ、恭弥・・・」
「いつまで経っても来ないから迎えに行こうと思ってたとこ。こんなとこで何してたの」
「あ・・・。ご、ごめんね」
時計を見れば約束の時間が10分も過ぎてて、私は素直に謝った。
でも恭弥は怒った様子もなく、「もういいよ」と言って私の手を引き寄せる。
「それより・・・何で胸なんか大きくしたいの」
「――――ッ!!」
その言葉にギョっとすれば、恭弥は意味深な笑みを浮かべている。
さっきの独り言を聞かれた事に、また顔が赤くなった。
「べ、別に大した事じゃ・・・・」
「そんなの気にしなくていいよ。僕はちょうどいい大きさだと思うけど」
「・・・・・・っ」
今度は耳まで赤くなった私を見て、恭弥は小さく噴出した。
「ホント女の子って変なとこ気にするね」
「へ、変な事って・・・・」
「男は思ってるほど気にしてないよ。特に僕は」
「・・・・ホントに?」
「僕は大きくても小さくてもどっちでもいい。のだったら」
「・・・・・・ッ」
恥ずかしい事をサラリと言ってのける恭弥に、ますます顔の熱が上がっていく。
そんな私を見て恭弥はクスクス笑うと、
「どうしたの?、ちょっと変だね」
「そ、そんな事は・・・」
そう言って恭弥を見上げる。彼は優しい目で私を見つめながら、そっと額と頬にキスを落とした。
ちゅっと音を立てながらキスをする恭弥に顔が赤くなる。
「へ、変なのは恭弥じゃない」
「・・・どうして?」
「だって・・・何か優しいし・・・機嫌いいし」
「・・・僕が機嫌いいと変なわけ?」
「う・・・」
途端に目を細める恭弥に言葉が詰まる。でも彼は怒ったわけではないようで、そんな私を見て楽しそうに笑った。
ホントに機嫌がいいなぁ、と思っていると、恭弥は繋いだ手を握り締めた。
「今日は久しぶりにとゆっくり会えるんだから、機嫌がいいに決まってるだろ」
「・・・恭弥」
その言葉に顔を上げると、恭弥は「帰ろうか」と言って微笑んだ。
それには素直に頷くと、手を繋いだまま歩き出す。
こんな些細な事が凄く幸せで、心の中が満たされていく。
今ならきっと何も怖くないのに、と思いながら、恭弥の手を握り締めた。
先ほど降ってきた雨も本降りで、今日は二人で相合傘をして歩く。
こんな風に恭弥とノンビリ歩くなんて初めてのことで、ちょっとだけ照れ臭いけど、私が濡れないように傘を寄せてくれる彼の優しさが、今は心に沁みるくらい嬉しかった。
恭弥はおしゃべりな方じゃないから特に話をするわけじゃない。
でも気まずいというよりも、何も話さないこの時間が心地いいと感じる。
それは恭弥だからなんだろうな、とふと思った。
雨の匂い、傘に雨粒が当たる音、そんな当たり前のものさえ、恭弥といると愛しい思い出になっていく。
「・・・濡れるよ?」
「え?」
「離れないでこっちにおいで」
気づけば少し端に寄っていたようだ。雨で肩が濡れていて、それに気づいた恭弥がそっと体を抱き寄せてくれた。
ちょっと体が密着したくらいで、鼓動が勝手に早くなっていく。
「・・・?寒いの?」
「う、ううん大丈夫・・・・」
「でも・・・足も濡れちゃったね」
恭弥はそう言って苦笑いを零し、足元を指差した。
雨脚が強いせいで、アスファルトから跳ねた雨粒が足を濡らしているのだ。
「寄ってく?」
「え?」
不意に恭弥が立ち止まって私を見下ろした。
いつの間にか目の前には別れ道があり、曲がれば自分の家、真っ直ぐ行けば、恭弥の家がある。
多分、帰るといえば、恭弥は家まで送ってくれるだろう。
でもテストも今日で終わったし明日は休みだ。まだ恭弥と一緒にいたい、と思った。
その思いが通じたのか、恭弥はクスっと笑うと、私の顔を覗き込んでくる。
「結構降ってるし、少し寄っていきなよ」
「う、うん・・・」
素直に頷くと、恭弥は意味深な笑みを浮かべ、「今日は素直だね」といつもの意地悪を言う。
普段の私ならムキになってたかもしれないけど、今日だけは気持ちに余裕がなかった。
弥生さんに色々と言われた事で、小さな不安が少しづつ胸の中に広がっていたせいもある。
私の手を引きながら歩いていく恭弥を見上げながら、少しだけ強く彼の手を握り締めた。
「・・・どうしたの?」
「な、何でもない・・・」
心の中の色んな思いを知られたくなくて、私は笑顔で首を振った。
恭弥もちょっと微笑むとそれ以上何も言わず、黙って家の中へと入っていく。
「今、バスタオル持ってくるから」
恭弥は私を自分の部屋へ連れて行くとそのままバスルームへ行き、すぐに戻ってきた。
そして少し濡れた私の髪や肩を、優しく拭いてくれる。
「寒い?」
「少し・・・」
「シャワー入る?体、冷えてる」
何気なく言われたその言葉と、頬に触れてくる手にドキっとした。
別にそう言う意味で言った訳じゃないって分かってるのに、勝手に頬が熱くなる。
「い、いい・・・。恭弥こそ入ったら?少し濡れちゃったでしょ」
赤くなった顔を見られたくなくてそう言いながら離れると、恭弥は苦笑しながら私の手を掴んだ。
「僕はあとでいい。いいから入っておいで。風邪引くよ?」
と、私をバスルームへと連れて行った。
「い、いいよ・・・」
「どうしたの?素直かと思えばまた意地張って。何かあった?」
訝しげな顔をしながら目の前に立つ恭弥に、「何もないよ」と言っても、彼はどこか疑うような目で私を見ている。
「もしかして・・・さっき弥生に何か言われた?」
「えっ?な、何で?」
鋭い突っ込みにドキっとして顔を上げる。恭弥はそんな私を見て小さく溜息をついた。
「やっぱりね・・・。さっき会ったんだろ」
「う、うん・・・。まあ。でも・・・何で分かったの?」
「弥生、さっき応接室に来たから」
「え?あ・・・そうなんだ」
そう言われてみると、確かに応接室に行ったのなら、あの階に弥生さんがいたのも頷ける。
でも今度は何で彼女が恭弥のところに行ったのかが気になり、「何の用だったの?」と尋ねてみた。
二人は別れてからも、普通に会ったりしているのは知っていた。家族ぐるみの付き合いだから、それは仕方ないと分かってる。
でもやっぱり少しは気になってしまう。恭弥はそんな私の不安に気づいたのか、苦笑いを浮かべるとそっと私の頭を撫でた。
「貸してたノート返しに来ただけ」
「ノート・・・・?」
「うん。テストに出そうな箇所を教えてって言われてね」
「そ、そっか・・・」
それを聞いて少しホっとする。もう何もないと分かっていても、弥生さんと恭弥は特別な関係だったからこそ、心配になるのだ。
「もしかして・・・少しは疑った?」
「え?あ・・・疑ったってわけじゃ・・・・」
「じゃあ弥生になんて言われたの?」
「それは・・・・」
「また意地悪されたとか――――」
「そ、そういうんじゃなくてっ」
心配そうな顔をする恭弥に慌てて首を振る。私の事が原因で弥生さんとモメて欲しくはない。
嫉妬の気持ちはあっても二人にケンカ別れして欲しいとは思ってないのだ。
恭弥は俯いた私の顔を覗きこむと、「じゃあ何を言われたの?」ともう一度、訊いて来た。
「べ、別に大した事じゃ――――」
「だったら言えるよね」
「・・・う」
ダメだ。恭弥相手に誤魔化しは通用しない。
そう思いながら、顔を覗きこんでくる恭弥から、僅かに視線を反らした。
「だ、だから・・・。その・・・恭弥は・・・モテるから油断してると盗られちゃうわよって・・・・」
「盗られる・・・?誰に」
「他の・・・女の子に・・・?」
「・・・・・・」
急に黙り込んだ恭弥にドキっとしながら恐る恐る顔を上げると、恭弥はムッとしたように目を細めていた。
何となく怒ってるような気がして、思わず顔が引きつってしまう。
「何それ・・・。僕が浮気するって言われたの」
「え?や・・・。そういうわけじゃ――――」
「だったら何?それにが弥生にそう言われて動揺するって事は、も疑ってるんだ。僕が浮気するって」
「ち、違・・・思ってないもん、そんな事・・・っ」
「じゃあ何を気にしてるわけ?」
「そ、それは・・・・」
"恭弥とセックス、してないんでしょ?"
先ほど弥生さんから言われた言葉を思い出し、顔が赤くなってしまった。
こんな事、恭弥に言えるはずもない。何もないからこそ不安なんだってこと・・・・。
「・・・?」
「あ・・・あの、だから浮気の心配とかじゃなく・・・。恭弥がモテるって聞いてちょっと・・・不安になっただけなの・・・」
「同じ事だろ」
「お、同じじゃないもん・・・」
「同じだよ」
恭弥は少し怒ったように言うと、そのままバスルームを出て行ってしまった。
せっかく久しぶりに二人きりで会えたのにケンカはしたくない。
慌てて後を追いかけると恭弥はイライラしたように濡れた髪をバスタオルで拭いていた。
「あ、あの恭弥・・・」
「シャワー入っておいで。話はそれから」
「は、話って・・・。そんな怒る事ないじゃない」
「弥生にどんな事を言われたのか知らないけど、それだけで僕が浮気するかもって心配されちゃ怒りたくもなる」
「ご…ごめんなさい・・・」
恭弥が本気で怒っているのを感じ、胸がズキンと痛んだ。別に本当に浮気を心配してたわけじゃない。
でも恭弥からすれば、私が弥生さんに言われたあんな言葉に惑わされてる事が許せないんだろう。
「いいよ、もう。それより・・・シャワー入っておいで。ホントに風邪引くよ」
シュンと項垂れた私を見て、恭弥は小さく息を吐くと、再び私をバスルームへと入れた。
無言のまま閉じられたドアを見て、一瞬帰った方がいいかとも思ったけど、このまま週末を迎えるのも嫌だ。
きちんと後で話そう、と思いながら、制服のジャケットを脱いだ。
少し濡れたからか、シャツ一枚になると途端に寒気を感じ、ボタンに指をかける。
けどその時、ドア一枚隔てた向こう側から携帯の着信音が聞こえてきて、その指が止まった。
「もしもし・・・。ああ・・・」
かすかに恭弥の声が聞こえてくる。誰からの電話だろう、と思いながら、何気なくドアに耳を当てた。
すると元々不機嫌そうだった恭弥の声が、更に苛立った声になる。
「弥生・・・余計なこと言っただろ」
その名前を聞いてドキっとした。その電話が弥生さんからのものだと分かり、鼓動が僅かに早くなる。
いったい何の用だろう、とそのまま会話を聞いていた。
「いい加減にしてくれない?僕らのことは放って――――え?うん・・・。で?・・・・へえ。なるほどね・・・。だからか」
恭弥は小さな声で話していてハッキリ聞こえず、内容が分からない。
それでもさっきよりは機嫌が直ったのか、普通に会話してるようだ。
「ああ・・・。分かった、そうする。でも・・・これ以上、彼女をからかうなよ・・・。じゃあね」
ピッと電子音が聞こえて、電話を切ったのが分かり慌ててドアから離れる。
二人は何を話してたんだろうと気になりながらも、これ以上ここにいればシャワーに入ってない事がバレてしまいそうで、すぐにシャツを脱ごうとした。
でもその時、不意にノックの音が響き、ビクっと肩が跳ね上がる。
「・・・。そこにいるんだろ」
「・・・・・・ッ」
恭弥のその一言に、しっかりバレてる!と冷や汗が浮かぶ。どう返事をしようか迷っていると、目の前のドアが急に開いた。
「あ、あの・・・・」
「聞いてた?」
「えっ?」
中へ入って来た恭弥はそう言いながらニヤリと笑った。その何もかも見透かしたような笑みに顔が赤くなる。
シャワーの音がしない事で、私がドアの向こうで会話を聞いてるとバレたんだろうけど、知ってて聞くなんて意地悪だ、と思った。
「今、弥生から電話がきたよ」
「・・・そう」
「気になる?何を話したのか・・・・」
「べ、別に・・・」
いつもの意地悪な言い方に少しだけムッとして顔を反らすと、恭弥はクスクス笑いながら私を抱き寄せた。
そのいきなりの行動に驚いて顔を上げると、さっきとは打って変わって機嫌の良さそうな恭弥と目が合う。
「な、何・・・?」
「全部、聞いた」
「・・・え?」
「弥生がに何て言ったのか」
「・・・・・ッ」
ドキっとした私を見ながら恭弥は微笑むと、ゆっくりと身を屈めて私の耳元に顔を埋めた。
熱い吐息が耳にかかり、一瞬で頬が赤くなる。
「・・・サッサとヴァージンあげろって言われたんだって?」
「――――ッ」
耳元で囁かれたその言葉に思わず後ずさると、恭弥は苦笑いを浮かべながら私を壁に押しつけた。
上から見下ろしてくる瞳はどこか楽しそうで余裕すら感じる。それが悔しくて、軽く唇を噛んだ。
「もしかして・・・。何もない関係だから浮気されるかもって、それを心配してた?」
「・・・べ、別にそんなこと――――」
「ふーん。でも弥生がそう言ってたけど?」
「な、なんて・・・?」
「"プラトニックのままだと女は不安になる。あの子もそうみたいだから早く抱いちゃった方がいい"ってさ」
「な・・・!勝手にそんな――――」
「だから僕も、そうするって答えておいたよ」
「・・・・な・・・」
意味深な事を言う恭弥に顔が赤くなる。ついでに腰を強く抱き寄せられ、鼓動が跳ねた。
「ちょ・・・恭・・・弥・・・?」
「そう言えば・・・こうしてに触れるのも久しぶりだね」
「・・・・・・ッ」
クスっと笑う恭弥は、さっきとは別人のように機嫌がいい。私の額や頬にキスを落としながら、ゆっくりと背中をなぞっていく。
その感触にビクっとしながら、「や・・・」っと首を振るも、すぐに恭弥の手が頬を包み、上を向かされた。
その瞬間、唇を塞がれ同時に恭弥の舌が口内を侵食していく。
「・・・ゃ・・・ん、」
最初から深く口付けられ体が強張る。そんな私の頭を抱き寄せ、恭弥の手が掬うように髪の中へ入り込んできた。
絡められた舌が熱くて、頭の芯がジーンと痺れるような、蕩けるような、そんな甘さを帯びている。
気づけば抵抗する力など消えていて、されるがままに恭弥の唇を受け入れていた。
「・・・んっ」
背中を撫でていた片方の手が、するりと服の中へ入り込む。
制服のシャツの下はブラジャー以外何も身につけてはおらず、じかに肌を撫でられビクンと肩が跳ねた。
やめて、と訴えるように体を捩っても、これだけ密着していれば逃げる事さえ敵わない。
その間も恭弥の舌に翻弄され、吐息が薄く漏れてしまう。
まるでこの行為を自ら望んでいるような感覚になり、恥ずかしさで顔が火照っていく。
「・・・ん・・・ぁっ」
服の中に侵入した恭弥の指が背中から前に移動し、下着越しに胸の膨らみを覆う。包むように揉みしだかれ、強く首を振った。
「や・・・ぁっ・・・恭・・・弥・・・」
唇を介抱されたと思った瞬間、首筋に舌が這う感触に体を捩る。ドクドクと早鐘を打つ鼓動が苦しくて体中が熱い。
抵抗しようにも恭弥の手が動くたびに力が抜けそうになり、足がフラつきそうになるのを何とか堪えた。
「ちょ・・・恭弥・・・や・・・だ・・・こんな・・・・」
「ん?ベッドに行く?」
恭弥はそんな事を言いながらも慣れた手つきでシャツのボタンを外しながら、露になった肌にも口付けていく。
その感触に意識を持っていかれて拒否の言葉も出てこない。
気づいた時には全てボタンが外され、肌を滑り落ちていく恭弥の唇が、下着越しに胸の尖りへと触れた。
その甘い刺激にビクンと体が跳ねる。
薄いレースのブラジャーからは胸の中心が薄っすらと透けて見えて、今の刺激でツンと上を向いているのが自分でも分かる。
恭弥はそこへ舌先を伸ばし、レース越しにそこを舐めあげた。
「・・・んっ・・・や、やめ・・・恥ずかし・・・いよ・・・」
「何で?凄く可愛いけど」
「・・・恭・・・っぁ」
艶っぽい笑みを見せながら、恭弥は舐め上げた中心をそっと口に含んだ。
下着越しとはいえ、敏感なところを舌先で弄ばれて全身に甘い痺れが走る。
同時に背中を撫で上げた指先が下着を押し上げるように引っ掛けられ、更に鼓動が跳ね上がる。
「や・・・ん・・・ッ恭弥・・。っ」
何をしようとしているのか気付いて思い切り体を捩ると、恭弥が胸元から顔をあげ、クスっと笑った。
「本当に嫌なの?」
「・・・・ッ」
「こういう事しないと不安なんじゃなかった?」
「・・・・恭・・・弥・・・?」
その言葉にドキっとして力を抜くと恭弥は優しく私を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
いきなり行為を中断した恭弥に戸惑い顔を上げると、額にちゅっとキスをされる。
「恭弥・・・?」
「が不安なら・・・って思ったけど、まだその覚悟は出来てないみたいだね」
「え・・・?」
「まあ・・・。こんなとこで本当に抱く気はなかったけど」
アッサリとそう言ってクスクス笑う恭弥に、私は耳まで真っ赤になった。
そんな私を見て、恭弥は肌蹴たシャツの前を引き合わせると、もう一度、今度は唇に軽くキスを落とす。
「・・・僕は前ほど焦ってないし、嫌がるを無理やり抱くつもりはないよ」
「恭弥・・・」
「自然にそうなればいいって思ってた。だから弥生が何を言おうと気にすることはないから」
「・・・・うん・・・」
「でも・・・が抱いて欲しいって言うなら僕は喜んで頂くけど」
「な・・・・っ」
恭弥はそう言って意地悪な笑みを浮かべたけど、すぐに私の頭を抱き寄せた。
胸元に顔を寄せると、かすかに恭弥の香りがして、何だかさっきとは違うドキドキが襲ってくる。
さっきのように強引にじゃなく、こんな風に優しくされると、このまま抱いてくれてもいいのに、なんて思うのは私の我がままなのかな。
「体、あったまったみたいだね」
「え?あ・・・」
確かにさっきの行為で今は体中が火照っている。その事に気づき、赤くなった。
恭弥は何もかも分かっているのか、そんな私の頬にキスをすると、「風邪引くからシャワー浴びておいで」と苦笑いを浮かべた。
「それとも・・・このままベッドに運んで、さっきの続きしてあげようか?」
「・・・っ!シャ、シャワーでいい・・・っ」
またしても意地悪なことを言う恭弥から顔を反らすと、彼は楽しげに笑っている。
そして不意に耳元に顔を近づけると、
「別に今すぐセックスしなくても・・・僕は以外の女を抱くつもりはないから。変な心配はしなくていいよ」
「――――ッ」
余裕たっぷりに微笑むと、真っ赤になった私にキスを落とし、恭弥は静かにバスルームから出て行った。
一人になった途端、体中の力が抜けて、その場にへたり込む。
未だ肌に残る恭弥の熱にドキドキしながら、そっと自分の体を抱きしめた。
「はあ・・・。やっぱり敵わない」
そう、結局は恭弥の方が、一枚も二枚も上手だ。
私の不安を全て分かって、少し強引だったけどこうして安心感をくれる。
恭弥の一言で、さっきまで胸の奥にあった不安なんか吹っ飛んでしまった。
そう、別に焦らなくてもいい。恭弥の言うように自然にそうなれば・・・・・。
きっとその時は怖くない。今なら心からそう思える。
「ありがと・・・・恭弥」
いつか、貴方と抱き合えたらいい――――。
本日5月5日は雲雀の誕生日ですね(´¬`*)〜*
いったい何歳になるのだー(笑)
と言う事で番外編でした。