知らない街――01







一体、何がどうなってるんだろう――――?

今の今まで目の前に恭弥がいたはずなのに・・・・ここは、何処?
一瞬の出来事で、私は白昼夢でも見てるんじゃないかって、本気でそう思った。

私は今日も普通どおりに学校に行って、お昼休みに恭弥とお弁当を食べて、
帰りも恭弥と一緒に帰ろうと思って応接室へ迎えに行ったはずなのに。

普段と何も変わらないはずだったのに――――。






数分前――――



「あ、あの子だ」

廊下を歩きながら、ふと窓の外を見ると、恭弥がいつも連れてる小鳥が旋回してるのが見えて、思わず足を止めた。
あの子も恭弥が出てくるのを待ってるのかな、と笑みが零れる。
あの戦いが終わって、平和な日常が戻ってきた。
恭弥もやっと怪我が治って今週から学校に顔を出せるようになったし、沢田くん達も相変わらずだ。
こうして普段の生活に戻ると、あのリング争奪戦も現実にあったのかな、なんて思ってしまう。

(ホント・・・。ここに転校してから色んな出来事があったなぁ・・・)

普通なら考えられないことばかりが自分の身に起こった事を思い返し、苦笑が漏れる。
転校早々、恭弥と出会って、恋に落ちたと思ったら、すぐに失恋したり、沢田くん達と少し変わった友達関係になったり、ディーノさんみたいな素敵な人に告白されたり・・・。
そう、それに変態男に浚われてひどい目にあったりもして、普通ではありえないほどの体験を短い期間で経験した。
でもそのおかげといっては変だけど、恭弥とも上手くいったし、やっと平和な日常で普通に恋が出来る時間が戻ってきたって気がする。 と言っても・・・恭弥も退院したばかりで特に進展もしてないんだけど・・・・。


「あ、いけない・・・」


ふと思い出して再び歩き出す。今日は恭弥と一緒に帰る約束をしてるのだ。
退院してからすぐは恭弥も溜まっていた委員の仕事で忙しかったけど、今日でそれもやっと終わったらしい。
久しぶりに二人で過ごせる時間だから、少しでも長い時間、一緒にいれるといいな、と思いながら応接室へと向かう。


「――――恭弥、終わった?」


ノックしてすぐに応接室を覗くと、恭弥が驚いたように振り向いた。


?」


ホントはバイクのところで待ち合わせてたんだけど、ホームルームが早く終わったから待ちきれなくて迎えに来てしまったのだ。
ちょうど片付けていたのか、恭弥は手にしていた資料を机に置くと、ゆっくりこっちへ歩いてくる。


「随分と早いね」
「うん、ホームルーム、早く終わったから――――」
「そんなに僕に会いたかった?」
「・・・う」


クスっと笑いながら余裕の笑みを浮かべる恭弥に、一瞬で顔が赤くなる。
余裕があるのはいつも恭弥の方だから、ちょっとだけ悔しい。


「そ、そういうわけじゃないもん。ただちょっと早めに終わったから・・・・」
「ふーん。じゃあ・・・会いたくなかったんだ」
「そ、そんなこと言ってない――――」


少しづつ近づいてくる恭弥にドキドキしながら強がってみたけど。
結局のところ私は恭弥に見つめられると、触れられると、何も言えなくなってしまう。


「あ、あの」
「何?」


恭弥は意味深な笑みを浮かべながら、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。
背中に壁が当たったのを感じ、あっと思った時にはすでに遅く、恭弥の腕が逃げ場を遮るように顔の横へ置かれていた。
こういう時、変に強がると恭弥もイジワルになる事は十分に分かっている。


「僕に・・・、会いたかった?」


ゆっくりと身を屈めながら、分かりきった事を訊いてくる恭弥は最高に意地悪だと思う。
顔の熱が徐々に上がっていくのを感じながら、私は観念するしかない、と諦めて、小さく頷いて見せた。
その瞬間、視界が陰って気づいた時には唇が重なっていた。


「・・・ん、」


恭弥の舌が唇に触れて、僅かに肩が跳ねる。
恭弥が強引なのはいつもの事だけど、学校でこんなキスをされる事に恥ずかしさを覚え、私は軽く身を捩った。
それが無駄な抵抗だというのは分かっている。案の定、恭弥は私の腰を抱き寄せて、更に深く口付けてきた。


「・・・ん、恭・・・・」


顔を上に向けられたせいで口が自然と開いてしまう。
強引に侵入してきた舌で激しく口内を愛撫されて、私は必死に恭弥の腕に掴まった。
恭弥のキスはいつも甘くて強引なのに、どこか優しい。
でもやっぱり凄く恥ずかしくて、体中の血が沸騰してる気がする。


「ん・・・」


体の力が抜けそうになった時、唇を解放されてゆっくりと目を開けた。
至近距離にある恭弥の瞳には惚けた顔の自分が映っていて、それを見た時、また恥ずかしさでいっぱいになる。


「あ、あの」


濡れた自分の唇をぺロリと舐める恭弥に頬が赤くなる。
そんな私を見て恭弥はクスっと笑うと、熱を持った頬にもちゅっとキスを落とした。
そのまま首筋、鎖骨、と唇を這わせていく。


「ん、恭・・・弥、やめて――――」
「・・・ずっと触れられなかったし、我慢できない」


そう言ったのと同時に彼の指が胸元のリボンを解いて、シャツのボタンを器用に外していく。
ドキっとして体に力を入れた時、隠れていた部分にもキスをされ、ビクッとなった。
舌先で首筋を舐められるたび、くぐもった声が漏れてしまう。
体を離そうとしても壁に押し付けられているせいで逃げることも出来ない。

僅かに引けていた腰を再び抱き寄せられると、足の間に恭弥の膝が割って入ってくる。
自然と足を開く格好で立つハメになった私は、恥ずかしさで顔が熱くなった。
制服のスカートが短いせいで、恭弥の足が動くたびにめくれ上がって私の太腿が見え隠れする。
それが凄く恥ずかしくて何とか恭弥の体を押し戻そうとした。その時――――


「ちょ・・・恭・・・弥・・・ぁっ」


腰を抱き寄せていた手がするすると下降して、私の太腿を撫で上げていく。
徐々に内側へと滑らせて、その手が今度はゆっくりと上へ上がってくるのが分かった。


「ゃ・・・っぁ・・・んっ!」


内腿を撫で上げていく手はそのままスカートの中へと入り、私の中心部へと触れた。
その瞬間、ビリビリとした痺れが全身に走って、私は思わず恭弥の腕にしがみついた。


「・・・ぃや・・・っ」
・・・・」


耳元で、艶のある恭弥の声に名前を呼ばれると、体の力が抜けそうになる。
中心部をゆっくりと撫でる指の刺激で、全身が僅かに震えた。


「ぃや・・・やだ・・・こんな・・・・とこで――――」
「じゃあ・・・どこならいいの?」


指の動きは止めないまま、恭弥が小さく笑った。そのまま首筋に唇を押し付けてくる。


「ん・・っぁ・・・・っ恭・・・や・・・っ」
の体・・・凄く熱いよ」


首筋に顔を埋めている恭弥が小さく笑った。その瞬間、彼の吐息が肌にかかり、更に体が跳ね上がる。
こんな事が続けばそのうち心臓が止まってしまうかもしれない。
なんてバカな事を考えながらも与えられる刺激から逃れようと、必死に恭弥の腕を止めるように掴んだ。
行為を中断されて、恭弥は少しスネたように目を細めると、

「何・・・?」
「な、何・・・って・・・は、恥ずか・・・しいよ・・・」
「じゃあ、どこだったら恥ずかしくないの?」
「・・・・・・ッ」


不意に顔を上げた恭弥と至近距離で目が合う。一瞬で頬が熱くなり言葉に詰まった。
最近の恭弥は出逢った頃よりも少しだけ・・・・強引になった気がする。
二人きりになると、こんな感じで以前よりもスキンシップが多くなってきた。それも凄くエッチだったりする。
多分、ディーノさんの事があってから、更に独占欲が強くなってるような気がした。

そんな事を考えていると、恭弥は小さく息をついてジっと私を見つめた。


「恭弥・・・?」
「そろそろ・・・限界」
「・・・へ?」


いきなりボソっと呟く恭弥に、一瞬何の事かと首を傾げると、彼は熱っぽい瞳で見つめながらそっと私の頬に触れた。


「前に・・・僕がに言ったこと・・・覚えてる?」
「・・・え?」
「"この戦いが終わったら・・・エレナの全てを僕のものにするから"って言ったこと――――」
「――――ッ」


その一言に今度こそ心臓が止まりかけた。(!)


(そう、そうだった・・・。確かそんなことを言われた気がする・・・!)(オイ)


あれはリング争奪戦の、雲の守護者同士の戦い、前日・・・・。
あの時は生きるか死ぬかっていう戦いをしてた時だから、気持ちも昂ぶっててそれほど深くは考えてなかった。


(でも・・・やっぱりあれって、そいういう・・・意味だったのかな・・・・)


「ぷ・・・っ。、真っ赤になってる」
「だ、だって・・・・っ」


真っ赤になっていく私を見て、恭弥はクスクス笑っている。
ホント、悔しいくらい余裕なんだから。


「だって・・・。何?」
「・・・イ、イジワル・・・」
が応えてくれないからだよ」
「そ、そんなこと急に言われても――――」
「急じゃないよ。前に言ってるんだから」
「・・・・・・・(揚げ足取り!)」
「それとも・・・嫌になった?」
「ち、違・・・・」
「じゃあ・・・いい?」
「・・・ぅ」


イジワルな事ばかり言ってくる恭弥に、ちょっとだけ涙目になる。
恭弥の言ってる事は分かってるし、私も恭弥が好きだからそういう事するのだって本気で嫌なわけじゃない。
ただ怖いのと、恥ずかしいっていう気持ちくらい、分かって欲しい。


「どっち?」
「ど、どっちって・・・・」


ニヤリと笑う恭弥にどう応えていいのか分からず、ホントに泣きそうだ。
私が極度の恥ずかしがりやだというのは恭弥だって十二分に知っているクセに、わざとそんな態度をする。
でもそんな事を言えば更に自分の首を絞めかねないから、ここは黙って返事の代わりに恭弥の胸に体を預けた。


・・・?」
「・・・・・・」
「黙ってるなら・・・・OKってとるけど?」
「・・・・・・」


恭弥のその言葉にドキっとしたけど、そこは素直に頷いた。
私の気持ちなんかとっくにお見通しだったのか、恭弥は軽く苦笑いを零しながら、そっと私の髪にキスをする。


「じゃあ・・・今日うち、寄ってく?」
「・・・・・・・」


その問いに一瞬言葉がつまったけど、覚悟を決めた以上、もう少し一緒にいたいのは私も同じだ。
素直に頷けば、今度ば額にちゅっとキスをされ、ゆっくりと唇が離れていった。


「じゃあちょっと片付けるから待って――――」


――――その時だった。激しい音と共に応接室のドアが開き、何かの塊が転がり込んできた。(!)


〜〜!!ツナがいなくなったーー!!」
「ラ、ランボくんっ?」


突然の乱入に思わず目が丸くなる。
しかも恭弥の腕はまだ私の腰を抱いたままで、こんなとこを見られてしまったと慌てて離れようとした。
でもその前に恭弥がトンファーを構えたのを見て、ギョっとした。


「君、不法侵入だよ」
「待って、ランボくんはまだ子供なんだし――――」
「あーー!!そこのお前!ランボさんのから離れろ――――ぴゃっ!!
「あ、ランボくん――――!」


ランボくんが飛び掛った瞬間、恭弥は平然とした顔で彼を叩き落した(!)


「誰の、だって?」
「ちょっと恭弥・・・何も殴ること――――」


床に転がったランボくんを見て慌てて駆け寄ろうと、恭弥から離れる。
その瞬間、ランボくんの体から何か大きな物がゴトッと落ちた。
黒いそれはバズーカのようにも見えたけど、ランボくんの事だからオモチャか何かかと思った。
でもそれが突然ボン!という音がしたと思った瞬間――――

私の目の前から、ランボくん、そして恭弥の姿が、消えた――――。










「え・・・な、何・・・。ここ、どこ?」

キョロキョロと辺りを見渡し、唖然とする。自分は今の今まで学校の応接室にいたはずだ。
すぐ傍には恭弥がいて、今後の二人の関係が進展するかどうか、なんて甘い(?)話をしてたはず・・・。
でもそこにランボくんが突然、乱入してきて・・・恭弥に殴られたランボくんを抱き起こそうとしたんだっけ。
そう、そこまでは覚えている。でも・・・その後、気づけばここに立っていた。


「・・・何で?」


本気で自分の目を疑った。
これが噂の白昼夢ってやつ?なんて、まだ少し呑気な事を考えながら、目の前のビルを見上げる。
それは知っているようで、自分の記憶とは明らかに変わっている、並盛の街並みだった。


「駅前・・・よね。学校の近くの・・・」


そう・・・。少し様子は変わってるけど・・・。あの本屋も、ペットショップも・・・見覚えがある。
ただ隣にあったランジェリーショップやゲームセンターがなくなっていて驚いた。


「嘘・・・。何で?確か今朝はあったはず・・・」


朝、学校に行く時、この道を通る。
その時は確かにあったはずの店が今はなくなり、見た事もないビルが並んでいた。


「な、何なのこれ・・・。私、どうしちゃったの・・・?」


こんな場所に来た覚えはない。
私は確かに恭弥と応接室にいたはずだ。あれは夢なんかじゃない・・・!

だんだん自分の置かれている状況が不安になって、私は一気に走り出した。
どういうわけか知らないけど、学校にいたはずの自分が今は駅前にいる。
瞬間移動なんて信じちゃいないけど、でもまさに一瞬の出来事でそんな気分だった。
ただ、自分がどうすべきなのか、と考えれば、やっぱり学校に行ってみるしかない、と思った。


「あった・・・!」


目の前に見慣れた校舎が見えてきて、ホっと息をつく。
ここに来る途中の道も、記憶とは多少異なった風景になっていて、そんな事あるわけないのに正直、学校がなかったらどうしよう、と心配になったのだ。
でも学校はそこにある。なら恭弥もあそこにいるはず――――。

そう思いながら校門の前まで走って行った。
数人の生徒が学校から出てくるのが見えて、何となく安心しながら、そのまま学校の敷地内へと入る。
・・・が、いつものように玄関に入ろうとして、ふと足を止めた。小さな違和感を感じたのだ。


「え・・・?」


一歩後退して見慣れているはずの校舎を見上げてみる。
そして何が引っかかったのかが分かり、愕然とした。


「嘘・・・」


そこは今朝、見た校舎とは明らかに違う、綺麗な建物があった。


「な、何よこれ・・・。新築したみたいに綺麗じゃない・・・」


真っ白に塗られた壁を見て、呆然とする。
今朝見た時は、確かに壁は汚れ、生徒が書いた落書きまであったのだ。
でも今はそれがなくなっている。
一瞬、ペンキを塗りなおしたのかと思ったけど、そんな感じじゃない。
落書きされた場所だけならまだしも、校舎全体が綺麗になってるのだ。
そんな事ありえない。いくらなんでも校舎全体のペンキを塗りなおしてたなら、授業中でも気づくはずだ。
でも・・・そんな事をしてた記憶はない。


「どういう事・・・?」


ワケの分からない不安に少しづつ鼓動が早くなっていく。
それでも応接室まで行ってみようと、学校の中へ入った。
見れば私はまだ上履きのままだ。こんな格好で学校の外にいた自分も不自然だ、と思った。
そして、おかしな事は学校内でも起きていた。


「・・・・ッ」


上に上がろうと階段へ向かう。
でも中までが、まるで新しい校舎のように綺麗で、私は驚いた。

違う・・・。何がどうなってるのか分からないけど・・・でも。
この学校は今朝まで私が通っていた学校じゃない・・・!


「恭弥・・・」


混乱しながらも足が勝手に動き、応接室へと走って行く。
どこもかしこも綺麗な廊下に、どこか他人の学校に来ているような、そんな感覚になりながら、私は必死に走った。
そして応接室まで来ると、ノックもせずに勢い良くドアを開ける。


「恭弥・・・!!」

「・・・・・っ?」


さっきまでいたはずの応接室。いつも恭弥が座っている椅子。
そこにいる人影を見て、私は思わず彼の名を叫んでいた。


「・・・君・・・誰?」
「――――ッ」


窓の方を向いていた椅子が、ゆっくりと振り返る。
そしてそこに座っている人物を見て驚いた。

黒い髪・・・冷たそうな鋭い視線・・・。一瞬、恭弥と面影が重なる。
でも、だけど――――。それは恭弥とは違う、別人だった。


「・・・あなた・・・誰?」
「・・・それはこっちが聞きたいんだけど」


私を見て驚いた様子の男の子は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、訝しげな目で見てくる。
でもそれは私も同じだ。この応接室は恭弥以外の生徒は誰も来ないはずだ。
それなのに目の前の男の子は、当たり前といったようにあの椅子に座っていた。
それすらも普段と違い、頭がおかしくなりそうだ。


「君・・・見たことない顔だけど・・・。どこの生徒?」
「そっちこそ・・・。見たことないんだけど・・・転校生?」
「オレ?まさか。一年の頃からここに通ってる」
「・・・・・」


一年の頃から・・・?ていう事は・・・先輩だろうか。でもこんな人、いた?
いくら学年が違ったとしても、彼くらい目立つ容姿なら一度くらい見かけたことがあっても良さそうなものなのに。

目の前の男の子は黒髪に切れ長の目が印象的で、どことなく雰囲気が恭弥に似ていた。
でもその肝心の恭弥がいないんじゃ、話にならない。
っていうか何でいないんだろう。放課後は必ずここにいるはずなのに・・・。

全てがいつもとは違い妙な不安を覚える。
自分はいったいどうしちゃったんだろう、と怖くなってきた。

(とにかく・・・恭弥の家に行ってみよう)

そう思い直し、踵を翻そうとした。その瞬間、不意に腕を掴まれ強い力で引き戻される。
見れば目の前の男の子が私の腕をしっかり掴んでいた。


「な、何ですか・・・?」
「まだ話の途中だろ?どこ行く気?」
「離してください・・・っ」


強く掴まれた腕に顔を顰めながら睨みつけると、その男は僅かに片眉を上げ、すぐに目を細めた。
嫌だ・・・。こういうところもどこか恭弥に似ている。


「君、一年?」
「・・・二年です」
「へぇ。オレ、三年」
「だから何ですか・・・?」
「後輩は・・・先輩のいう事、聞くもんだろ?」
「な・・・」


ふふん、と鼻で笑うその男にムッとしながら、唇を噛み締める。
早く恭弥の家に行きたいのに、とんだ足止めだ。


「離してください・・・。私、用事が――――」
「どんな用事?」
「・・・関係ないでしょ?」
「お、先輩に対してそんな口、利くんだ。いけない子だよな〜」


男はそんな事を言いながらクスクス笑っている。それを見てムカッと来た。


「離して・・・っ」
「いいじゃん。まだ話そうよ。オレ、デートすっぽかされて暇なんだよね。だから君が相手してくれない?」
「・・・は?」
「君、近くで見ると、めちゃ可愛いじゃん。目、悪いから分かんなかった」
「ちょ、近寄らないで下さい・・・っ」


身を屈め、顔を覗き込んでくる男に、慌てて怒鳴る。
でも彼は少しもこたえないといった顔で、楽しげに笑い出した。
こんな軽そうな男を、少しでも恭弥に雰囲気が似てる、なんて思った自分に腹が立ってくる。


「気が強いなあ、君って。いいじゃん、ますますオレ好み♪ 顔も――――」
「な、やだ・・・っ」
あいつ、、、に似てるな・・・」
「・・・・・っ?」


ボソっと呟いた男の言葉に戸惑い、一瞬気が緩んだ。
逃げようとした時、それよりも早く男の腕が私の肩を抑えつけ、壁に押し付けてくる。


「痛・・・っ」


ドンと背中をぶつけて顔を顰めると、男はニヤニヤしながら私を見下ろしてきた。


「いい眺めだな♪もしかして・・・誘ってんの?」
「・・・は?」
「ここ・・・開いてるぜ?」
「な・・・・っ」


男にいきなり胸元を指差され、ドキっとした。
慌てて視線を下げると、リボンは解かれシャツもボタンが外されたままになっている。


(あ・・・!さ、さっき恭弥に・・・!!)


いきなり移動した事で驚いていて、すっかり忘れていた。
その時、不意に男の指がシャツの中に入りこみ、ギョっとした。


「女の子の服が乱れてると、妙に色っぽいよなぁ」
「ちょ、何するのよっ!」
「何って・・・ナニして欲しい?」
「は・・・?あなた、おかしいんじゃないのっ?いきなり、こんな事して――――」
「言ったじゃん。デートの相手してって。今から君はオレとデートするんだよ」
「・・・な、冗談じゃ――――ゃっ!」


あまりの言い分に頭が来て怒鳴ろうとした瞬間、いきなり冷んやりとしたものが太腿に触れた。


「・・・・ちょっ」
「へえ、いいケツしてんじゃん」
「・・・きゃっ・・・」


男の手が太腿から撫で上げるように這い上がり、スカートの中へと入った瞬間、お尻に触れたのを感じ、ゾっとした。
慌てて体を捩ったものの男の力に敵うはずもなく、私の両手は後ろに固定され、更に壁に押し付けられた。


「痛・・・っな、何するのっ?!」
「何って・・・決まってるじゃん。オレがこれから女としようとしてた事♪」
「・・・・・っ」
「ナイスバディ〜だけがとりえのバカ女がしつこく誘ってきたから相手してやろうと思ってきたのに、時間になっても来やしねーし・・・」
「だ、だからって何で私が――――」
「これからヤれるって思ってたし、オレのここ、かなりその気なんだよね〜。このままにしておくと体に悪いし?」
「・・・や・・・っ」


そう言って下半身を押し付けてくる男にゾっとしたのと同時に、お腹に何か硬いものが当たって血の気が引いた。
経験がなくたって、それが何かは分かる。


「・・・ぃやっ・・・やだっ・・・」
「何だよ。どーせ初めてじゃないんだろ?こんなに可愛いんだし男の一人や二人、いそうだもんな?その中にオレも混ぜてよ」
「最低・・・!離してよっ大声出すわよっ?」
「いいよ〜?でもこんな時間じゃ誰も来ねーよ。ここは先生方も近寄らないしね〜」
「――――っ」


そう言ってニヤリと笑う男に、本気で身の危険を感じた。
この男は会ったばかりの私を本気で襲おうとしている。


「ま、ちょっと細すぎて胸もねーけど・・・。それもまた別の意味でそそるし、いっか♪」
「きゃ・・・やだってば・・・っいやっ」


男の手がスカートをたくし上げ、お尻のラインを何度も撫で上げてくる。
気持ち悪くて逃げ出したいのに、凄い力で壁に押し付けられているから、動かす事も出来ない。
壁と体の間で挟まれ動かせない両手首も、男が動くたびに壁に押し付けられて鈍い痛みが走る。


「そんな純情そうな顔してたって、どーせ男と遊んでるんだろ?女なんて皆、こうすれば最後は本性出すんだよな」
「きゃっ―――やめてっ」


もう片方の手で胸を揉んでくる男に、涙が出てきた。
会ったばかりの名前も知らない男に体を触られてるのかと思うと、今すぐ舌を噛み切りたくなる。
その時、お尻を撫でていた手が少しづつ動き、ビクっとなった。
本能で男が何をしようとしてるのかが分かり、ゾっとする。
その瞬間、男の指が下着の隙間から入ってくるのを感じ、全身に力が入った。


「いゃぁっっやめ・・・てっ」
「演技にしちゃ上手いな」


動かせない体を力いっぱい動かしても、男の指は止まらない。
ゆっくりと、確実に、一番触れられたくない場所へと進んでいく。


「ん、や・・・ぁっ」


悔しくて涙がボロボロと頬に落ちる。
でもそんな私を見て、男はわずらわしげに目を細めた。


「嘘泣きしても無駄だって。早く本性出せば?」
「・・・や・・・ぁっ」


男の唇が首筋に押し付けられ、ビクっとなった。

誰か、助けて・・・恭弥――――!

心の中で必死に叫び、本気で舌を噛み切ろうかと思った。
何がどうなってるのかサッパリ分からない。
恭弥といたはずなのにその恭弥はどこにもいなくて、私は今、名前も知らない会ったばかりの男に襲われている。
この非現実的な状況に、頭がおかしくなりそうだ。
その時――――応接室のドアが派手に開く音がして、ハッと息を呑んだ。



「ジン〜!ごっめーん!担任に捕まっちゃってさぁーー♪」


「「――――ッ?!!!」」



その甘ったるい声に私も、そして目の前の男も一瞬で固まった。
そしてその声の主も、こっちに気づき、唖然としている。


「・・・ア、アヤ・・・!!」
「な・・・!ジン・・・あんた何して・・・・」

アヤと呼ばれた派手なメイクに茶髪のギャルチックな女は、私の体を拘束している男を見て固まっている。
そしてジン、と呼ばれた男は慌てたように私の体を離し、目の前で固まったままの女に駆け寄った。
それを横目で見ながらも、拘束を解かれた事でホっとしてその場に座り込むと、一気に体が震え始める。
ドクドクと早鐘を打っている鼓動のせいで変に息苦しい。
その時、バッチーンっという派手な音が部屋に響き、別の意味でドキっとした。


「ジン!!あんた何のつもりよっっ!!」
「や、違・・・アヤ、これには事情が――――」
「ふざけないでよね!!今日は大丈夫だっていうから予定空けたのに、もう他の女と・・・!!」
「だ、だからそれはお前が遅いからてっきりすっぽかされたのかと――――」
「だからって何で待てないのよ!!最低!!」
「ちょ、待てアヤ、今からラブホにでも行って仲直り――――」
「誰が行くか!!」


そう叫んだアヤという女は最後にもう一発、男の頬をひっぱたいて、応接室から飛び出して行った。


「待てよ、アヤ!」


それに負けじと男も追いかけて部屋を出ていく。
その光景には唖然としたが、おかげで少しだけ恐怖で強張っていた体が和らいだ。


「な・・・何なのよあいつ・・・!!」


一人になって、さっきのは夢だったのかと思った。でも体を這い回る男の手の感触だけはハッキリ残っている。
知らない男に辱められたという事実に、体中の熱が顔に集中した。
さっきの女の子が来てくれなかったら、私はあの男に処女を奪われていたかもしれない。
そう思うと本気でゾっとする。

悔しい・・・。何であんな奴に触られなくちゃいけないの?!
恭弥にだって直接は触らせなかったのに・・・・。

恭弥の顔が浮かび、不意に涙が溢れた。
恭弥に会いに来たはずなのに、代わりにいたのがあんな女たらしの変態だなんて笑い話にもならない。


「・・・今度見かけたらボコボコにしてやるんだからっ!いっそ恭弥に咬み殺されちゃえっっ!」


誰もいない応接室でそう叫ぶと、私は思い切り溜息をついた。
未だに自分の置かれている状況が把握できず、不安は募る一方だ。


「そうだ・・・。恭弥・・・どこにいるんだろ・・・」


何とか力が戻ってきてゆっくり立ち上がると、机の上に何か恭弥に関するものがないかと探してみた。
何でもいい。さっき見ていた資料でも、普段書いている風紀委員のノートでも。
ここに恭弥がいたという証拠が見つかれば、少しは安心できる。
でも机の上にも、引き出しの中にも、どこにもそれらしいものは置いてなかった。

(やっぱり家に行ってみようか・・・)

そう思っていると、不意に静かな部屋の中でウィーンウィーンという変な音が響き渡った。
何事かと音のする方へ目を向けると、ソファの上に携帯が落ちていて、それがバイヴ機能で反応している。


「携帯・・・。もしかして恭弥の――――」


淡い期待を持ってすぐにそれを拾うと、ディスプレイを確認してみる。
でもそこには"ナギサ"という女の名前が出ていて、ん?と眉を寄せた。
良く見れば、その携帯は恭弥のものと全然デザインが違う。これは携帯電話というよりも、小さな液晶テレビのような感じだ。


「まさか・・・。これ、さっきの変態男のじゃ・・・っ」


その事に気づき、思わずゾっとして捨てようかと思った瞬間、再び応接室のドアが開いてドキっとした。
さっきの男が戻ってきたのかと思ったのだ。


「ん?まだ残ってたのか。君も早く帰りなさい。校舎を閉めるからね」
「あ、は、はい・・・」


ドアの陰から顔を出したのは、あの男じゃなく先生らしき人だった。
でもその人も見た事がない顔だ。

(おかしいな。教師だったら、それこそ知ってそうなものなのに・・・)

そんな事を思いながらもその教師に急かされ、応接室を出る。
出来れば屋上にも恭弥を探しに行きたかったけど、その先生は見張るように玄関までついてきたので仕方なく諦めて外へ出た。
すでに日は落ちて、ふと時計を見れば夕方の6時になろうとしていた。


「・・・はあ。ホントなら今頃、恭弥の家にいたはずなのに・・・」


全く説明しようもない事に巻き込まれ、深い溜息が零れる。
それでも恭弥に会いたくて。彼に会えばこのおかしな現象の理由も分かるような気がして、私は急いで恭弥の家に向かった。
その時、手の中にあるものが震えだし、「きゃっ」と声をあげ、立ち止まる。
見ればさっきの携帯を握っていて、それがまた鳴っていることに気づいた。


「いけない・・・。さっき持ってきちゃったんだ」


捨ててこようと思ってたのに、と後悔しつつ、また女から?と震え続ける携帯を睨む。
もう一度、あの場所に置いてこようにも、すでに学校は開いていない。
と言って、いくら憎むべき変態男の携帯でも、その辺に捨てておくわけにもいかず、どうしようと考え込んだ。
その間も携帯からはバイヴの音が鳴り響き、一向に止む気配もない。


「はあ・・・。どうしよ・・・。鳴ると気になるし・・・いっそ電源切ろうかな。でもこれ、どうやって電源切るわけ?」


そう思いながら画面を見る。
するとそこには女の名前ではなく、"自宅"という文字が表示されていた。


「自宅って事は、まさか・・・アイツの親からかな」


と言いつつ、勝手に出るわけにも行かない。でもこのまま持ってても仕方がないのも確かだ。


「そーだ。親に拾いましたって言って取りに来てもらえばいーんだ」


本人だったら二度と顔は合わせたくないが、親だったら安心だ。
そう思ったら何となく落ち着いて、私は軽く深呼吸をすると画面に出ているボタンに触れてみた。


「も、もしもし・・・」
『あ!やーっと繋がった〜♪』
「――――ッ」


恐る恐る出てみれば、受話器の向こうから聞こえてきたのは、二度と思い出したくもないアイツの声だった。


『あれ?もしもし?聞こえてる?』
「・・・・・」


何も応えないでいると、あの男は訝しげな声で何度も声をかけてくる。
出来れば話なんかしたくない。
と言って、一度出てしまったのだから切るわけにもいかず、私は仕方なく、「もしもし・・・」と応えてみた。


『あれその声・・・。もしかしてさっきの子?』
「・・・そうですっ」
『何だ、君が拾ってくれてたんだ。ちょーど良かったよ。明日にでも探そうと思ってたんだ。あ、今どこ?』
「は?」
『は?じゃなく!携帯、取りに行くから今いる場所言ってよ』


あっけらかんと、そんな事を言い出す男に、私は心底、呆れてしまった。
あんなヒドイ事をしたクセに、全く反省の色が見えない。


「あの・・・出来れば会いたくないんですけど」
『えぇ?何だよそれ。携帯ないと困るんだよ』
「だったら・・・その前に私に謝って下さい」
『え、謝る・・・?何で?』
「・・・・・・ッ」


まるで自分がしたことを忘れたかのように言う男に、さすがの私もブチっと切れた。
先輩だろうが何だろうが、そんな事はもう関係ない。


「あんたがさっき私にした事よ!!」
『――――ッ!!』


思い切り怒鳴ってやると、受話器の向こうから息を呑む気配が伝わってきた。


『・・・お前なぁ!つか・・・・・・・だっけ?いきなり大きな声出すなよ。鼓膜やぶれんだろーがっ!』
「そんな事しりません。そっちが悪いんで――――」


そこで息を呑んだ。こいつ、今なんて言った?
確か""って・・・・。


「な・・・なんで私の名前・・・」


あの男に名乗った覚えもない。
そう思いながら携帯を握り締めると、受話器の向こうからクスクス笑う声が聞こえてきた。


・・・っつーんだろ?あんた』
「な、だから何で――――」
『生徒手帳・・・持ってるんだ』
「え・・・?」
『さっき君の胸ポケットからこっそり抜いておいた』
「な――――っ」
『返してほしかったら・・・素直にオレの携帯、今から言う場所まで持って来いよ。ちょっと聞きたい事もあるし』


逃げてもあんたんちの住所バレバレだから無駄だぜ?


受話器の向こうで楽しげに笑う男の声に、私は背筋が寒くなった――――。










「お♪ やっと来たか」
「・・・・・・」

指定された近くの公園に行くと、あの男はすでに待っていた。
ベンチに座りながら煙草をふかしている男を見て、さっきの恐怖が蘇る。
人気のない公園に呼び出すなんて何を考えてるか分からない。そう思って少し離れたところで足を止めた。


「・・・生徒手帳、返してよ」
「え?何?」
「・・・っ!だから!生徒手帳返して!携帯なら持ってきたわ!」
「そんな離れてないで、こっち来たら?」


私の態度に男は余裕の笑みを見せると、私の生徒手帳を持った手をひらひらと振っている。


「嫌よ。こっちも投げるから、そっちも手帳投げて」
「何、警戒してんだよ。あ、それとも何か期待しちゃってる?」
「は・・・?」
「期待させて悪いけど・・・。オレ、外でヤル気ねーから。オレとヤリたいならホテル行こうぜ」
「・・・なっそんなわけないでしょっ!バカじゃないのっ?あんたみたいな男と誰が!私には恭弥っていう彼氏がいるのっ!」


あまりに舐めた態度の男に思わず怒鳴ると、男は少し驚いたような顔で私を見た。
その驚きように違和感を感じ、「何よ、その顔・・・」と言えば、男の顔から、初めて余裕の笑みが消えた。


「あんた・・・姉さんとか・・・いる?」
「はあ?何言ってるのよ・・・。いいから早く返してよっ!」


急に顔から笑みが消えた男に一瞬戸惑ったけど、サッサと恭弥の家に行きたくて一歩、男に歩み寄る。
すると男が急に立ち上がった。


「あんた・・・つったよな」
「何よ今更・・・。その手帳、見たんでしょ?」


何だか様子のおかしい男に首を傾げる。
男は私をマジマジと眺めながら、手帳に視線を戻すと、「同姓同名だと思ってたけど・・・」と呟いた。
その言葉の意味が分からず眉を寄せる私を、男は唖然とした顔で見つめてきた。


「顔も似てて・・・名前も同じ・・・?それに恭弥って・・・どういう事だ?」
「・・・は?何ブツブツ言ってるの?」


生徒手帳と私を交互に見ながら、男は急に頭をガシガシと掻き毟っている。
そんな彼を見て驚いてしまった。


「ちょっと――――」
「つか、あんたの彼氏ってマジで恭弥って言うわけ?」
「え・・・?」
「応えろよ。その恭弥って奴、苗字は?」
「・・・・・・・」


いきなりの質問攻め、それも恭弥のことを聞かれて私はギョっとした。


「な、何よ・・・。あなたも並盛中の生徒なら知ってるでしょ?風紀委員長の雲雀恭弥――――」
「――――はあ?!」


よくは分からないけど恭弥の名前を出せば、この男も変な事はしないだろうと、そう思った。
案の定、男は目を見開いて本気で驚いているようだ。


「風紀委員長・・・の、雲雀・・・恭弥・・・だって?」
「そうよ。私彼と付き合ってるの。だから変な真似したら――――」
「ちょ、待てよ!でもそれって・・・!い、いや、つか恭弥の彼女って・・・えぇ?何だよそれっ!」
「・・・な、何?何言ってるの?」


私の説明に、男は混乱したように取り乱し、かなり動揺している。
でも次の瞬間、男の言葉に、私が愕然とした。



「ちょっと聞いてんの――――」

「あのさ!恭弥が風紀委員してたのって10年も前だぜ?!しかも彼女って・・・あんたいったい何者なんだよっ?」


「――――は?」



信じられないその一言に、今度は私が口を開ける番だった――――。









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ちょっと雲雀夢、番外編書くのに10年後のネタにしてみました(笑)
だって10年後の雲雀が、これまた男前でっっっ!(ヨダレ)(オイ)
かなり男の色気を振りまいてたので、コロリとやられましたよ(*ノωノ)



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