変装――09
一度、一緒に食事をして以来、白蘭は毎晩のように、をディナーに誘ってきた。
その度に高価なドレスや靴、宝石類を贈り、それにはもさすがに困っている。
今日もまた、新しいドレスと靴、それも今回は白蘭が自ら届けに来て、は思い切り溜息をついた。
「…いい加減にして…。毎日毎日、こんな高価な物、贈られても困るわ」
「いいじゃん。あ、それより、このケーキ、凄く美味しいから食べてみて」
の苦情を気にする様子もなく、白蘭はテーブルの上に並べられた色とりどりのケーキを指差し、ニッコリ微笑んだ。
「もう普通に食事も出来るようになったし食べられるよね」
「……っていうか私の話、聞いてる?」
「聞いてるよ。でも好きな子に贈り物をするのは男として当然だし、気にしないで」
「き、気にするわよ」
ケロッとした顔で答える白蘭に、もガックリ項垂れる。いつもこんな風に交わされてしまうのだ。
敵のボス、とは分かっていても、白蘭を相手にしていると、そんな緊張感はどこかへ消えてしまいそうになる。
「――失礼します」
と、そこへ伝達係のレオナルドが入って来た。レオナルドは顔を顰める白蘭に、何か緊急の報告をしている。
その姿を横目で見ながら、は先日の事を思い出していた。
"――ボクが逃がしてあげよう"
白蘭がいない時、レオナルドがに言った言葉。その真意が未だに分からない。
レオナルドはどう見ても白蘭の忠実なる部下のように見える。なのに何故あんな事を言ったのか……
あれ以来レオナルドとは二人で会うチャンスもなく、そんな話をする機会もない。時々こうして白蘭に何かを報告に来るものの、レオナルドは至って普通だ。
おかしな素振りも見せず、従順な部下という態度で白蘭に接している。だからこそ、あんな事をどういうつもりで言ったのか、には全く見当がつかなかった。
「ちゃん」
「…え…っ?」
不意に名を呼ばれ、はハッと顔を上げた。
「ボク、ちょっと仕事で席外すけど、ちゃんはここでノンビリしててくれる?」
「……どうぞご勝手に」
「冷たいなぁ」
の言葉に苦笑いを浮かべながら、白蘭はソファから立ち上がった。それでも顔を背けているを名残惜しそうに見つめると、すぐに戻るから、とだけ告げて部屋を出て行く。
その様子を横目で見ていたはホっと息をついた。そして飲みかけのカップを置くと、ソファから立ち上がり、窓際の方へ歩いていく。大きな窓の外には、イタリアの街並みが広がっていた。
「……イタリア、か…」
この景色を見るたび、胸が痛む。こんな遠い場所まで連れてこられてしまっては、逃げようという気持ちすら沸かない。
運良くこのアジトから逃げ出せたとしても、その後はどうすればいいのか。警察に駆け込むとしても、まず言葉が分からないし、パスポートだって持っていない。
マフィアに浚われたという話が伝わる前に、最悪、不法入国者として逮捕されてしまうかもしれないのだ。といって、このままでいいわけがない。
今は大人しく(?)している白蘭だって、いつ態度が豹変するか分からないし、そうなればには抵抗する術すらないだろう。
「はあ…。あの人……ホントに逃がしてくれるのかな…」
ふとレオナルドの言葉を思い出し、は深々と溜息をついたのだった。
「グロがやられたって、どういうこと?まだ待機中って事だったよね」
廊下を歩きながら、白蘭はレオナルドに尋ねた。先ほどに見せていた優しい顔とは一変、今はかなり厳しいものだ。
「はい…グロ・キシニア隊長は日本に向かってすぐ、単独で動き、黒曜ランドという場所にて何者かと戦闘になったものと思われます」
「…単独で…黒曜ランド…ねぇ」
「記録装置レコーダーによると妨害電波ジャミングによりレーダーが感知出来なかったようですが、リングを使用しての戦闘があったようです。
グロ隊長のサブボックスは発見されず、メインボックスは大破してるとの事で…。幸い雨のマーレリングは離れた場所から発見されたとの事でした」
レオナルドの説明に、白蘭は何かを考えるよう眉を顰めた。リングでの戦闘の末、あのグロ・キシニアがやられた、というのは白蘭にとっても予定外の事だ。
「この事、正チャンに報告は?」
「入っていると思います」
「あっそ。じゃーちょっと様子見とでもいこうかな」
白蘭はいつもの笑顔を浮かべながら、自室へと入り、モニター前に座った。普段なら敵に傍受されないよう、保護回線を使い連絡を取り合っているが、今回は特別だ。
驚かしてやろう、というイタズラ心も働き、入江正一のプライベートコードへのアクセスを直接押してすぐに声をかけた。
「聞いた?正チャン♪」
『…わぁっ』
その突然の呼びかけに、案の定、モニター向こうの入江正一は飛び上がって驚いている。
想像通りのリアクションをする入江に、白蘭は笑いを噛み殺した。
「グロがやられたって聞いたら、正チャンどんな顔するかと思って抜き打ちコール♪」
『白蘭サン!!ノーマル回線じゃ傍受されますよっ』
「そん時は回線開きっぱなしの正チャンの責任って事で一つ」
『あ、あなたって人はっ……っていうか!どうして黒曜ランドのこと、僕には教えてくれなかったんですかっ?』
入江の剣幕に苦笑いしつつ、白蘭は頬杖をついた。
「だってボクも知らなかったんだもん」
『え?!』
「さすが下種だよね、グロ君は。どーやって抜け駆けしたんだか」
そう言って肩を竦める。入江は呑気に笑う白蘭に言葉を詰まらせながらも、このまま話していては危険だ、と判断した。
『とにかくこの回線は危険です。保護回線でちゃんと連絡させてください』
「うん。じゃーねー」
そこで素直に回線を切ると、白蘭は目の前にあるジェリービーンズを指で摘んだ。思ったとおり、入江は慌てていたようだ。
それも当然のことだろう。昨夜、日本に到着したばかりのグロ・キシニアが、どうして黒曜ランドのことを知りえたのか…
白蘭はジェリービーンズを口に放ると、徐に立ち上がった。それを見て、すぐにレオナルドが駆け寄ってくる。
「戻られますか?」
「うん。ああ、それと車を用意させるよう、連絡しておいてくれる?」
「はあ…どこかへ出かけられるんですか?」
「うん。ちょっと小腹が空いちゃって」
「分かりました。ではすぐ用意させます」
レオナルドはそう言って、すぐに走って行く。それを見送りながら、白蘭はのいる部屋へと戻った。
ドアを開けると、は驚いたように振り返り、すぐに視線を窓の外へと戻す。その頑なな態度に白蘭は苦笑いを零した。
「どう?イタリアの景色は。綺麗だろ」
「……景色はね」
「あれれ…機嫌悪いなぁ。お腹でも空いたの?」
「空くわけないでしょ。さっきからケーキだの何だのと食べさせられてるんだから」
はそう言ってテーブルの方へ目を向ける。その上には食べきれないほどのケーキが未だ残ったままだ。
「そっか。じゃあ…ボクはこれから食事に出るんだけど――」
「…どうぞ行って来てください」
ピシャリと言われ、白蘭は小さく息を吐くと、困ったように微笑んだ。一筋縄でいかないのは未来も過去も同じようだ。
(――でも、諦めないよ)
心の中でそう呟きながら、白蘭は「じゃ、すぐ戻るから」とへ声をかけ――当然返事はない――静かに部屋を出た。
オートロックで鍵が閉まるのを確認しながら、小さく息を吐く。彼女の前ではなるべく冷静に、と思ってはいても、やはり拒否され続けるのは辛いことだ。
「はあー。ホント、雲雀恭弥を消したくなっちゃうね」
頭をかきつつ、つい本音が零れる。に想われている男、というだけで、その名を口にすれば胸の奥にどす黒い感情が湧いてくるのだ。
――ボンゴレ…どこまでも邪魔な存在だ。
白蘭は軽く親指を噛み締めた。
「…白蘭サン。車の用意が出来ました」
そこへレオナルドが戻ってきた。
「ああ、うん。ありがとう」
「久しぶりですね。白蘭サンが外食だなんて…」
「ちょっとラーメンが食べたくなってさぁ〜。美味しい店があるんだ」
「お一人で?」
「彼女はお腹がいっぱいだってさ。まあ今はまだ外に出すわけにもいかないしね」
「…そうですね。――あ、ではお気をつけて」
白蘭がエレベーターに乗り込むと、レオナルドは手前で立ち止まり一礼した。
「何かあったらすぐ連絡して」
「はい」
手を振る白蘭に、レオナルドもニッコリ微笑む。が、扉が閉まった瞬間、その顔から笑みは消えていた。
白蘭が出て行った後、一応ドアノブに手をかけてみたが、やっぱり鍵がかけられていて、は溜息をついた。
仕方なくソファに座ると、ポットから暖かい紅茶を注ぎ足す。幸いにも紅茶や食事は好みのものを用意してくれるので苦労はないが、ずっと室内にいるストレスは、そろそろ限界だった。
この部屋を出れるのは、白蘭と食事をする時くらいで、後はずっとここにいるだけだ。建物の外には当然出させてももらえない。
(これじゃ外部とも連絡なんかつけられないし…本当に一生、ここにいなくちゃならなくなる…)
右も左も分からない異国の街ではどうする事も出来ない気がした。
(恭弥は…どうしてるのかな…。ここへ来てから何日経ったんだろう…)
ふと雲雀の顔を思い出し、胸が痛くなる。こんなにも会わない日など、なかった気がした。
学校に行けば会える。そんな平和な日々だったのに、いきなり未来へ飛ばされ、今は敵に捕まっている。
自分がどれほど安易な考えで皆のところから出てきたのかという事を思い知らされ、は改めて自分の愚かさを呪った。
その時、不意にドアの方でかすかな物音がして、ドキっとした。慌てて振り返ると、かすかにドアが開くのが見えて、白蘭が戻ってきたのか、と一瞬だけ警戒する。
「…誰?白蘭…?」
そう声をかけてみる。しかし返事はない。いつもと違う空気に、は僅かに緊張した。
この部屋の鍵は白蘭、そしてドクターであるレベッカ――に何かあった場合の緊急時の為――以外、持っている者はいないはずだ。
レベッカは呼ばれない限り、ここへは滅多に来る事はない。
「誰なの…?」
僅かに開いたドアを見つめながら、はゆっくりと立ち上がった。すると、突然、そのドアの向こうからひょいっと誰かが顔を出した。
「あ…あなた…っ」
「こんにちは」
柔らかい笑顔で挨拶をしたのは、あの、伝達係のレオナルドだった。その姿を見た途端、先日言われた言葉を思い出し、鼓動が早まっていく。
レオナルドは廊下の様子を伺うと、に「入ってもいいですか?」と微笑む。が無言のまま小さく頷くと、レオナルドは滑り込むように室内へと入ってドアを閉めた。
「あ、あの…何でここの鍵……」
疑問に思ったことを口にすると、レオナルドは意味深な笑みを浮かべた。それは普段見せる彼の顔じゃなく、まるで別人のようだ。
「鍵はドクターレベッカのものをちょっとだけ借りてコピーを作りました」
「…え…何で…」
「…この前、僕が言った事、覚えてますか」
いきなり核心を突いてくるレオナルドに、は言葉もなく、ただ頷いた。
レオナルドはにソファを進めると、自分も隣へ座り、ニッコリと微笑む。その笑顔からは何も読み取れなかった。
「でもどうして…あなたは白蘭の部下でしょ?私を逃がして何の得が――」
そこまで言った時、レオナルドの表情そのものが変化したことに気づき、ハッと息を呑んだ。
普段の物腰の柔らかい笑みは消え、どこか冷めたような微笑と、この前と同じように右目の色が少しづつ変わっていく。
その瞳の奥に、ハッキリと"六"という数字が浮かび上がった時、はかすかに身震いし、レオナルドから少しだけ体を離した。
(――違う。さっきまでの彼じゃない)
何故かは分からないが、レオナルドの異変を本能で感じた。
「あなた…誰…?」
「君の味方ですよ、一応ね」
「どういう意味…?」
「私の名は六道骸。ああ、この姿は借り物です。私の意識だけがここにある」
「………何言って…」
言っている意味がサッパリ分からない。身体が借り物で意識だけが六道骸という人物?それはどういう意味なんだろう。
しかしその名を聞いて急に頭の奥で何かが弾けた。――六道骸。その名は以前にも聞いたことがある…
「あ、あなた、もしかして恭弥と前に――」
「ええ、戦った事があります。彼から聞いてますか」
「詳しくは…。山本くん達から少し…」
「そうですか」
「で、でも何故あなたが白蘭の部下に?それに借り物の姿って…本物のレオナルドは――」
「そんなに一気に聞かれても困りますね。まあ簡単に説明しましょう。まずは本当の私の姿をお見せします。その方が早い」
レオナルド…否。六道骸はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。その瞬間から、その身体がおぼろげになっていくのを見て、は息を呑んだ。
目の前にいるのは確かにレオナルドのはずなのに、その身体が陽炎のように揺らぎ始め、見る見るうちに姿形が変わって行く。
そして次にハッキリと姿が見えた時、そこには見知らぬ黒髪の男が立っていた。
「初めまして――signora」
紳士らしく挨拶をすると、骸はの掌を手に取り、そこへと軽く口付けた。それでもその驚くような変化に、は言葉もないまま固まっている。
骸は彼女の様子に苦笑しつつも、目の前に跪くと、優しい目でを見つめた。
「私の本当の肉体は、今別の場所にあります。でも僅かな時間なら、こうして別の肉体に出てこれる」
「……な、何それ…意味が――」
「分からなくても無理はない。でもこれは現実です」
「じゃ、じゃあレオナルドは……」
「本物のレオナルドはすでにこの世にはいない。私が借りていたのはグイド・グレコという人物です」
「……っ?」
「そんな事より……大切な話をしましょう。あまり時間がない」
訝しげな顔をしているにそう諭すと、骸は軽く息をついた。
「私がここに侵入していたのは、これまでベールに包まれていた白蘭の謎をこの目で確かめる為です。ですがそんな時、ここにあなたが連れてこられた」
「私を…知ってたの…?」
「ええ。以前、遠くからあなたと、そして雲雀恭弥が一緒にいる姿を見ていましたからね。ここへ来た時は驚きました。まさか白蘭があなたにご執心だとは…」
その言葉には言葉が詰まり、頬が赤くなった。その姿を見て、骸は苦笑している。
「あの雲雀恭弥でさえ、あなたに本気のようですね。今、日本で彼は必死にあなたを探しているようだ」
「…え、そんな事まで分かるの?!」
「もちろんですよ。私のもう一つの肉体は日本に在る」
「じゃ、じゃあ本当に私をここから逃がしてくれるのっ?私、帰りたいの!皆のところへ…!」
思わずそう叫んでいた。目の前の男を信じられない思いは多々あるが、諦めかけていたものが叶うかもしれないと思うと、そんなものはどうでも良くなってしまう。
必死に訴えるを見て、骸は優しく微笑んだ。涙を溜めた瞳に指を伸ばし、そっと溢れ出る涙を拭い取る。
「…女性の泣き顔はあまり好きではありません。帰してあげましょう」
その言葉に、は僅かに息を呑んだ。
「ですがそう簡単には行きません。私も今は気軽に動けない。ここから逃がせたとしても、日本につく前に見つかってしまうのがおちだ」
「じゃ、じゃあどうやって…」
「不本意ですが…外部と連絡を取ってみます」
「…外部…って…」
「ここはイタリアですよ?ここには何があると思いますか」
「……あ……ボンゴレ…」
「そうです。マフィアごときに救いを求めるのは最悪の気分ですが…可愛いお嬢さんの為です、そこは我慢しましょう」
骸は苦笑交じりにそう言うと、の頭をそっと撫でた。
そんな骸の言葉に、は以前、リボーンから聞いた話を思い出していた。
骸は過去に色々とあってマフィアを恨んでいる…確かそう言っていたはずだ。今の台詞を聞けば、それが本当の事なのだと分かる。
「今日のような隙を見て、あなたを建物の外へ逃がします。その後の事はボンゴレの人間が動いてくれるでしょう。守護者の大切にしている女性だ。きっと来てくれます。その人たちに日本まで連れて行ってもらえばいい」
そう言われ、は胸がいっぱいになり、祈るように手を握り締める。その様子を見ながら、骸はゆっくりと立ち上がった。
「私はそろそろ戻らねばなりません。今はどの部隊も任務へ赴いているので、ここは手薄ですが…あまり姿を隠していると怪しまれてしまいます」
「…あ、ま、待って…」
「大丈夫です。その時が来たらお知らせしますから。あなたはそれまで大人しくしていて下さい。くれぐれも白蘭に気づかれないように」
「わ、分かってる…。そうじゃなくて…」
は慌てて骸へ駆け寄ると、長身の彼を見上げた。
「…あなたは…ボンゴレの霧の守護者だけど…恭弥とは敵だった人でしょう?なのにどうして私を助けてくれるの?危険を冒してまで…」
の問いに、骸は僅かに眉を上げた。自分を真っ直ぐに見つめてくる、の澄んだ瞳は、自分がすでに失ってしまったものだ。
(…あの男が惚れてしまうのも分かる気がしますね…)
内心そう思いながら、骸はに向かって優しく微笑んだ。
「…かつて戦ったあの雲雀恭弥がしょぼくれてる姿は見たくありませんから」
「……え」
その答えに、の頬が赤くなる。それには骸も苦笑いを浮かべた。
「それに…言ったでしょう?可愛いお嬢さんの泣き顔は見たくない、と。女性は好きな男の傍にいるのが一番いい」
「…骸さん…」
「…ではそろそろ戻ります。外部と連絡がつき次第、隙を見て報告しますので待ってて下さい」
そう言った瞬間、骸の姿が再びおぼろげになり、気づけば普段のレオナルドが目の前に立っていた。
「では失礼します」
「え?あ…」
いつもの爽やかな笑顔で頭を下げられ、もつられて頭を下げる。が、顔を上げた時、そこにはすでに骸の姿はなかった。
「……嘘…みたい…」
不意に静けさを取り戻した部屋に佇み、は息を吐き出した。自分が見た光景が未だに信じられない。
人の肉体に入り込むなんてことが出来ること事態、夢のようだ。それでも一人になった途端、急に力が抜けた気がして、はその場に座り込んだ。
「六道骸……そっか…。ボンゴレの霧の守護者は本来あの人だったんだ…」
リング争奪戦の時、戦いの場に姿を現したのは、あの可愛らしい少女だった事を思い出す。では今日本にいるもう一つの肉体とは、あの少女の事だろうか。
あれこれ考えてみても、やっぱり良くは分からなくて、は溜息をついた。それでも、ここから逃げ出せるかもしれない希望が見えた事で、先ほどまで重苦しかったものが消えた気がする。
(もう少しの我慢だ…。きっと骸さんが助けてくれる…私を日本へ…帰してくれるわ)
そう何度も自分に言い聞かせながら、は窓の外を見た。気づけば外はオレンジ色に包まれていて、先ほどまであった太陽がゆっくりと傾いている。
その景色を見ても、はもう寂しいとは思わなかった。
その頃、日本のボンゴレアジトでは、謎の暗号化されたデータが送られてきていた。
「どうだ?」
リボーンが暗号の解読をしているジャンニーニに問いかける。ジャンニーニはせわしなく指を動かしながら、軽く頷いた。
「画像データのようですね。もう少しで解読できます」
送られてきたデータは暗号化されていた。
しかもその暗号は、ボンゴレの暗殺部隊、ヴァリアーのものではないか、という見解で、近くで見ていた獄寺は、青い顔をしながらその作業を見守っていた。
「本当にヴァリアーかな…」
「でもよ…暗殺部隊つったら…」
「あの人たちしか思い当たらないけど…」
山本の言葉に、獄寺とツナが呟いた。その隣では草壁が「しかし世の中には多くのソレが存在しますよ」と呑気に説明している。
でもいくら多くの"ソレ"がいようと、天下のボンゴレアジトにそんな物を送ってくる暗殺部隊といえば、やはり一つしかないのだ。
「おっいけそうですよ」
その時ジャンニーニが嬉しそうに声を上げた。
「やはり暗号コードはボンゴレのものです。デジタル署名も一致」
「え、つー事はやっぱ…」
「ボンゴレ特殊暗殺部隊……っ?」
「再生します」
驚く皆をよそに、ジャンニーニはEnterキーを押した。その瞬間―――
『…
う゛お゛ぉい!!!』
―――――――ッ
その建物中に響いたのでは、という大きな声に、その場にいた全員が秒殺されたかのように、固まった。
『首の皮はつながってるかぁ?!!クソミソカスどもぉ!!!』
「出やがった!!」
「じゅ、十年後の…」
「スクアーロ!!」
映像に映し出された、その姿に、獄寺とツナは、驚きの声を上げ、山本は嬉しそうにその名前を呼んだ。
しかし一緒に聞いていたラル・ミルチだけは白目を剥いて、「ボリュームを下げろ…聞くに堪えん…」と青い顔をしている。それくらいスクアーロの声の大きさは衝撃だったようだ。
『いいかぁ?クソガキどもぉ!!今はそこを動くんじゃねぇ!!外に新しいリングの反応があったとしてもだぁ!!』
「…っ黒曜ランドの事だな」
リボーンがそこに気づき、呟く。だがその時、スクアーロの背後に、もう一人、懐かしい顔が映し出された。
『ジっとしてりゃ分っかりやすい指示があるから。それまでいい子にしてろって事な!お子様達♪』
「ナイフ野郎!…つか髪、伸びてやがる」
リング争奪戦の時に戦った獄寺が、ベルフェゴールを見て声を上げた。映像に映る二人は、あの頃の名残を残しながらも、確実に雰囲気が変わっている。
皆が唖然としている中、映像の中のスクアーロは突然現れたベルフェゴールに、怒り出した。
『う゛お゛ぉい!!てめーー何しに来た!!』
『王子ヒマだし、ちゃちゃいれ』
『口出すとぶっ殺すぞぉ!!』
『やってみ』
『う゛お゛ぉいっっ』
『うしし♪……いてっ』
「お、ぉい…何かモメてんぞ…」
いきなり映像に二人の戦闘が映し出され、その場にいた全員が再び固まった。相変わらず荒くれ集団だ、と内心思いながら、ツナはその凄まじい光景に溜息をついてる。
「これ…いつまで続くの…?」
その時、一旦、戦闘を止めたスクアーロがモニターの前に戻ってきた。
ベルフェゴールのナイフがかすったのか、額から血を流しているスクアーロのアップが画面いっぱいに映し出される。
しかし怪我をしてもスクアーロは元気のようだ。
『う゛お゛ぉい!言い忘れてたけどなぁ!面白い情報を教えてやる!今――』
『あのさー最近イタリアにあるミルフィオーレの本部に日本人の女の子が連れてこられたって話があんだよねーそれってそっちと何か関係あるのー?』
「――――ッ?!」
『う゛お゛ぉい!!てめーー横からでしゃばんじゃねえ!!!三枚におろすぞぉ?!』
『やってみろよ!』
「……な…今のって…」
再び戦闘を始めた二人だったが、ツナ達はそれよりも今のベルフェゴールの言葉が気になり、皆の方に振り向いた。
獄寺や山本、そしてリボーンも、険しい顔をしている。
「今の……日本人の女の子って…まさか――」
「…クソ!ケンカなんかしてねーで、もっと詳しい話を言いやがれっ」
スクリーンに向かって獄寺が叫ぶ。しかしその期待は裏切られ、再びスクアーロの顔がアップで映ると、
『話はそれだけだぁ!!またこの世で会えるといいなぁ!!それまで生きてみろぉ!!』
ブツッ
「あ!切れた!」
「こ、これだけ?!」
突然切れた映像に、全員が唖然とする。結局、何が言いたかったのか、良く分からないままだ。
「あれだけじゃ分からないよ!ねぇ、こっちから連絡とか出来ないの?!」
「…そうですねぇ…。彼らが今どこにいるのか…」
「っつーか今の話、もしだったらやべぇだろ!もっと詳しい情報ねぇのかよ…!」
「それに分かりやすい指示って何だろう…」
エキサイトしている獄寺に対し、ツナは青い顔でリボーンを見ている。そこへジャンニーニが一つの監視モニターを見上げた。
そこには建物内部の映像が映っていて、今は通路を歩いている一人の男を映し出している。
「どうやらあの方のようですよ。イタリア帰りの……」
「え…っ?」
その言葉に皆が一斉にモニターを見る。だがその前にドアが開き、そこから懐かしい顔が姿を現した。
「――笹川了平、推参!」
「芝生っ?!」
「お、お兄さん!!」
突然現れた了平に、獄寺とツナは驚いた。しかも了平の腕の中には、リング争奪戦の時、骸の代わりに霧の守護者として戦ったクロームがいる。
「あ…その子、クローム髑髏!!」
「黒曜ランドで敵と戦闘になって負傷したのを連れて来たんだ。手当てしてやってくれ」
「え、じゃあ黒曜ランドの反応はやっぱりクロームだったんだ…」
了平の説明を聞いて、全員が理解した後、クロームを医務室へと運んだ。命に別状はないが意識がないようだ。
「彼女、大丈夫かな…」
「さあな。骸の力が保たれていればあるいは助かるだろう。クロームは骸がいる間は生きていられるんだ」
「リボーン…」
そこへ足音が聞こえてきて、一気に医務室のドアが開けられた。飛び込んできたのは了平の妹、京子だ。
「お兄ちゃん…!!」
「おお、京子!10年前はこんなに小さかったか?」
「良かった!無事で!」
京子は了平の無事な姿にホっとしつつも、泣きながら抱きついた。
「な、泣くな…!見ての通り、ピンピンしている!なっ?」
「…うん…」
腕の中で泣きだした妹にオロオロしながら、了平は京子の頭を優しく撫でた。
(二人見てると10年前と一緒だな…。お兄さんも昔のままみたいだ…)
その光景にツナがホっとしていると、獄寺が怒ったように歩いて来た。
「おい芝生頭!何でお前がここに来るってヴァリアーが知ってたんだよ!」
「ん?ああ、もちろん、オレもそこにいたからだ!そして伝言を持ち帰った!」
「お兄さんがヴァリアーに…?」
「ベルフェゴールの指示のことだな」
「いったい何スか?」
山本が尋ねると、了平は拳を握り締め…
「それが極限に忘れた!!」
「―――ッッ?!」
(むしろ、この人成長してねーーっ!!)
了平の言葉に、全員がずっこけそうになったその時。そうさせた張本人がニカッと笑って、胸ポケットから一枚のメモを取り出した。
「だが心配はいらん!ちゃんとメモしてある!オレにしか分からんようにな!」
「10年で一つ覚えたな」
リボーンの一言に、ツナ達も苦笑しながら、とりあえずは安堵する。肝心の指示が分からなければ、どうすることも出来ないのだ。
「京子、せっかく了平が帰ってきたんだ。何か美味しいもんでも作ってやれ」
京子がいては話しづらい、という顔の了平に気づき、リボーンが助け舟を出す。京子は何の疑いもなく、分かったと笑顔で頷き、キッチンへと向かった。
ソレを見てホっとしたところで、
「さあ、話してくれ」
「よし、話そう」
リボーンに促され、了平は大きく頷いた。
「オレはある案件について、ボンゴレ10代目の使者としてヴァリアーに出向いてな」
「オレの?!」
「そうだ。そしてその最中、ボンゴレ狩りが始まったんだ。10年前から来たお前達のことは、ある情報筋よりヴァリアーに伝えられ、オレもそこで知った。
この事を知るのは残存しているボンゴレと、同盟ファミリーのトップのみ…信じぬ者も多いがな」
「同盟ファミリーって、ディーノさんのキャバッローネも?!」
「ああ。あそこも健在だ」
「良かった!」
兄貴分のディーノが無事だとしって、ツナはホっと息をついた。了平は軽く頷くと、再び説明し始める。
「それでお前たちがいると仮定し、ファミリー首脳により、大規模作戦が行われた」
「…さ、作戦って――」
「ここにいる10代目ファミリーへの支持は……5日後に、ミルフィオーレ日本支部の主要施設を破壊することだ」
「――――ッ」
了平の話に、皆は言葉を失った。その中、ツナは「それって…殴り込み…?」と一人、青い顔で呟いている。
「急だな…」
さすがのりボーンも、その話には表情を曇らせた。ハッキリ言って今のツナ達の戦闘力では、到底ミルフィオーレの隊長クラスには敵わない。
「…あ、そうだ。それより、さっきベルフェゴールが言ってた話が本当なのかどうか聞いた方が良くねえ?」
相変わらずマイペースな山本の言葉に、ツナがハッと顔を上げた。
「そうだ!ねえ、お兄さん!さっきヴァリアーの人が言ってたんだけど、イタリアにあるミルフィオーレのアジトに日本人の女の子が連れてこられたって――」
「ああ!そうだ!その話もあったな!極限に忘れるところだったぞ!」
了平はガハハっと笑い、頭をかいている。ソレを見て、なんて呑気なんだ、と呆れつつ、ツナは溜息をついた。
「その話、本当なの?」
「ああ、何でもミルフィオーレに送り込んだスパイからの情報らしい。まあ女を連れ込むなんぞ、奴らは日常茶飯事らしいが、この時期に、それも日本人の少女をアジトに連れて来た、と聞けば、何やら怪しいだろう?しかもそれがボスの白蘭らしい。なのでもしやボンゴレに関係する誰かが人質にされたのかもしれない、と、今はそれを調べてもらっている所だ」
「リボーン…!!」
その話を聞いて、ツナは青くなった。リボーンも難しい顔で頷いている。
「どうやら間違いねーみたいだな…」
「ん?何の事だ?」
事情の知らない了平は一人、首をかしげている。しかし山本から簡単に説明され、突然「雲雀の女が行方不明だとっ?!」と目を剥いた。
「ど、どういう事だ?!雲雀の女と言えば、確か京子やお前らのクラスメートの――」
「だよ……数日前から行方不明なんだ…。ヒバリも今、必死に探してる」
山本が溜息混じりで説明すると、了平は唖然とした顔で、その場に立ちつくした。
「ゆ、許せん!!か弱い少女を拉致するとはっっ白蘭めぇ〜〜!!今の話が本当ならば、本部に連れてこられた少女と言うのは間違いなくその子だろうっ」
「…オ、オレ、雲雀さんに知らせてくる――」
「やめておけ!」
ツナが慌てて出て行こうとした、その時、リボーンがドアの前に立ちふさがった。
「何でだよ!雲雀さん、あんなに心配して探してるんだぞ?!居所が分かったなら知らせるべきだろっ」
「まだその少女がだとハッキリしたわけじゃない。それに例えそうだったとしても、今雲雀に言うのはマズイんだ」
「何がだよっ!」
リボーンの説明に納得いかないといったように食って掛かるツナに、それまで黙っていたラル・ミルチが口を開いた。
「話せば雲雀は間違いなく、イタリアへ飛ぶ」
「……ラル・ミルチ…っ?」
「そうなれば…5日後の襲撃は雲雀抜きで戦うハメになる。そういうことだろう。リボーン」
「そうだぞ」
「だ、だからって――」
「冷静になれ、ツナ。今、ここで雲雀に抜けられてみろ。オレ達はかなりの痛手を食うぞ。5日後の計画には雲雀が必要だ。それくらい分かるだろ」
「だ、だけど……」
リボーンの言葉に、ツナは力なくその場に座り込んだ。せっかく不明だったの居場所が分かったかもしれないのに、それを雲雀に言わないのは卑怯な気がしたのだ。
もちろんリボーンのいう事も分かる。たった5日間で自分達がどれほど強くなれるのかも分からない。だからこそ雲雀は絶対に必要だ。
でも最近の雲雀を見ていれば、やはり居場所くらいは教えてやりたい、とツナは思った。
「…さんの事も話して、5日後の襲撃の事も話せばいいだろ…?そしたら雲雀さんだって分かってくれる」
「本当にそう思うのか?」
「……っ」
「あの雲雀が、のことを後回しにして、5日後の計画を手伝ってくれると、本気でそう思ってるのか?」
「それは…」
雲雀の気性は分かっている。のためなら、きっと何の躊躇いもなく、自分達を見捨てるだろうと言う事も。
「心配するな。もしが白蘭のところへいたとしても、白蘭はを傷つけたりしない。奪ってまで手に入れようとしてるんだからな。今頃、大事に扱われてるはずだ」
「そ、そうかもしれないけど…!でもさんは不安なはずだよ!いきなり知らない国まで浚われたなんて――」
「分かってる!だからこそ入江正一を潰さなくちゃいけねーんだ!少しは理解しろ。このバカツナ」
リボーンの言葉に、ツナはハッと息を呑んだ。リボーンだって心配してないわけじゃない。ただ今は入江正一が率いるミルフィオーレ日本支部を潰す方が得策だと言っているのだ。
片腕の入江を倒せば、本部も相当な痛手になるだろうし、そうなれば白蘭を叩くのも今よりは楽になるかもしれない。
その事を理解し、ツナはやっと「…分かったよ」と頷いた。二人のやり取りを聞いていた獄寺や山本も、同じように頷くと、
「で、具体的に何をどうすればいーんだ」
「5日後ってすぐだぜ…?」
「だがこの機を逃すと、次にいつミルフィオーレに対し、有効な手立てを打てるのか分からんのだ」
「オレ達のアジトだって敵にいつ見つかるか分からんのだ。早くて悪い事はない」
ラル・ミルチも了平の意見に賛成のようだ。それでもツナだけは未だ不安げな表情で俯いた。
「でも…何か…こんなマフィアの戦争に参加するって…オレ達の目的と違うって言うか…」
「目的は入江正一を倒す事だろ?合致している」
「でも…」
ラル・ミルチの言い分に、ツナは困ったように顔を上げた。それでもリボーンは皆を見渡すと、
「了平がクロームを連れて来た事で、オレが出した最初の条件もクリアしたしな」
「…条件…?」
「守護者集めっスよ、10代目♪」
「あ!そう言えば………何気に全員揃ってる…!」
「よほど皆の日ごろの行いがいーんだな!」
「バカか!ノー天気な言い方すんな!」
山本のとぼけた言葉に、獄寺がいつものように怒鳴る。そしてツナの方に爽やかな笑顔を向けると、
「ボンゴレの守護者としての宿命が、オレ達7名を引き合わせたんスよ」
「――――!!(この人、照れずに言ったーー!!)」
獄寺の台詞に顔を赤くしながら、ツナは口元を引きつらせた。そこへ了平が歩いてくる。
「まあ、他にも話す事はいくつかあるがそれは後だ。いいか、沢田」
「え…」
「確かにこの作戦はボンゴレの存亡をかけた重要な戦いだ。だが決行するかどうかはお前が決めろ」
「なぁ?!オレがーーっ?」
了平の言葉にギョっとして、ツナは一瞬で青ざめた。
まあ、当然の反応だろう。了平はそんなツナを見てニヤリと笑みを浮かべている。
「現在、ボンゴレの上層部は混乱してるし、10年前のお前たちを信用しきったわけじゃない。ヴァリアーもあくまでボンゴレ9代目の部隊という姿勢だ。
お前の一存で作戦全てが中止になるような事はないだろう。だがアジトのことは、ここの主であるボンゴレ10代目が決めるべきだと、オレが極限に言っておいた!」
(お、お兄さん…)
「でかくなったな。了平」
リボーンの一言に、了平はニカッと笑みを浮かべた。
「期限は本日中だ。中止の場合は首脳にオレが伝えに行く。しっかり頼んだぞ、沢田!」
「なっちょっと!」
ツナの肩をガシっと掴むと、了平は明るくそう言いはなった。そしてふとラル・ミルチに目を向けると、小声で「師匠の話はまた…」と告げる。
その言葉に、ラル・ミルチはハッとしたように顔を上げた。
「さーて、オレは極限メシ食って寝るっっ!!」
「そんな!困ります!待って下さい!」
オレの役目は終わったと言わんばかりに部屋を出て行く了平に、それまで黙っていた草壁が慌てて追いかけていく。それを見ながらツナは盛大な溜息をついた。
「どうしようリボーン!!責任重すぎるよーー!!」
「ボスが情けねー声だすんじゃねぇ。まずは5日後にお前の納得できる戦力を確保出来るか考えるんだ」
「で、でも」
「5日後に予想されるクローム髑髏の状態と、お前たちの修行の仕上がりだな」
ラル・ミルチがそう呟くと、ツナもやっと現実が見えてきた。
「そうだよね…戦いに…なるんだもんな…」
「なーに。修行についちゃオレ達が何とかするって。なー?獄寺!」
「あ、ああ…。――任せてください、10代目!」
山本に肩を叩かれ、獄寺は顔を引きつらせながらもツナに親指を立てる。だが、姉のビアンキだけは冷めた目で弟を見ていた。
淹れたてのお茶から暖かそうな湯気が上がっているのを黙ってみながら、雲雀は両腕を着物の袖へと通した。
それを合図に、草壁はゆっくり顔を上げると、了平から齎された情報を告げるべく、静かに口を開いた。
「私見ですが…クロームが黒曜ランドにいるという情報は、六道骸からヴァリアーへ齎されたものかと」
「………」
「笹川了平は沢田の決断後、ここへ来ます。その前にクローム髑髏に会っておきますか」
雲雀はゆっくりと湯飲みを口に運びながら、その問いに小さく首を振った。
「いいよ。骸はそこにはもういないんだろ?」
「へい…おそらく…。それと恭さん。クロームとイタリアで接触していた例の男の身元が割れました」
「…そう」
「名はグイド・グレコ。17歳、イタリア人。15人を殺した凶悪犯で、一年前に脱獄したらしいです」
「ふうん。それってまるで――」
「へい…かつての骸そのものです」
「間違いなさそうだね…」
雲雀は納得したように微笑むと、湯飲みを置き、草壁を見た。その瞳はいつもの強気なものではなく、どこか疲れている。
そんな雲雀を見ていると、草壁は思わず、先ほど聞いた情報を口にしてしまいそうになった。だがそれはリボーンからもきつく止められている。
「それで…他に情報は?」
「い、いえ…特には…」
「…ミルフィオーレ本部の情報も?」
「…へ、へい。特に…聞いてないです」
「そう…」
雲雀は小さく溜息をついた。その表情はどこかガッカリしたような、そんな顔だ。
きっと了平がイタリアから戻ったと聞いて、向こうでの異変はなかったかどうか、それを知りたかったに違いない。
これだけ並盛を探してもの行方は分からないままだ。だとすればはすでに遠い所へ連れて行かれたのではないか…これが雲雀の考えだろう。
その気持ちが痛いほど分かるだけに、のことを隠すのは草壁も辛いところだった。しかし5日後の襲撃には雲雀が必要だという事もよく分かっている。
本人は嫌がるだろうが、この世界を知り尽くし、そして強烈な力を持つボックスを使いこなせる雲雀は、未やボンゴレの大事な戦闘要員だ。
絶対に外すわけには行かない。そして…草壁にはもう一つ、の情報を言えない理由があった。
今、がイタリアにいるかもしれない、という情報を雲雀に教えれば、彼は間違いなく、イタリアへと飛んでいくだろう。
それこそ敵のアジト本部に一人で乗り込み、を助けようとするに違いない。でもそれはいくら雲雀と言えど、危険な事だった。
本部には各部隊長、そして白蘭、ユニというボスがいる。彼らの力は未だベールに包まれていて謎が多い人物だ。
そんな何の情報もないまま敵地へ乗り込めば、さすがの雲雀も無事ではすまないだろう、と草壁は考えたのだ。
を救うには他の仲間からの援護が絶対に必要になる。それが揃うまでは迂闊に動かない方がいい…
(そう、例え後から恭さんにお叱りを受けても…)
雲雀の寂しげな横顔を見ながら、草壁は心の中で決心を固めていた。
「はい、お土産」
白蘭が差出した花束と、透明の袋――可愛くラッピングされている――の中には、色とりどりのジェリービーンズが入っていた。
「何これ…」
「何って花とジェリービーンズだよ。あ、これ嫌い?」
「嫌いじゃないけど…」
何で外に食事に行った人からこんなお土産をもらわないといけないんだろう、と思いつつ、そこは素直に受け取った。
それを見て白蘭は嬉しそうに微笑むと、の隣に腰を下ろした。
「ボクの留守中、何か変わった事はあった?」
「別に。私はずっとここにいるのよ?あるわけないじゃない」
内心ドキドキしつつも、普通に答える。骸のことは決してバレてはいけない。
白蘭は笑顔のままの顔を覗きこむと、「ボクがいなくて退屈だった?」と笑った。
「そんなこと言ってないでしょ。静かで良かったわ」
「何だか寂しいなぁ。そんな風に言われると。ボクは一人でランチ行って寂しかったのに」
白蘭はそう言いながら、他愛もない話を始めた。最近ラーメンに凝ってるんだ、とか、そこのオヤジが面白くて、とか、そういった話を楽しげにしゃべっている。
「あとね、近所に可愛いお店がオープンしてたんだ。今度も連れて行ってあげるよ」
「い、いいよ。私は別に…」
「何で?ずっとここにいるのも、そろそろ退屈でしょ?」
「……分かってるなら私を帰してよ。そしたら退屈な事もないわ」
何とも素っ気ない言葉。やっぱり手強いな、と内心苦笑する。そして彼女がこうも手強いのは、あの男の存在が一番の要因だろう。
「…そんなに雲雀恭弥がいいんだ」
そう口にするだけで神経を逆なでする。白蘭が良く知る彼女も、雲雀に心底惚れていたのだ。
そしてやっとの思いで手に入れた彼女もまた、白蘭に背を向ける。急ぐつもりはないが、そろそろ苛立ちも限界だった。
「あんな無愛想なヤツのどこがいーの?」
「…無理やり浚う人よりはずっといいわよ」
「ふふ…嫌味?でもこうしないと…君とゆっくり話す事も出来ないからさ。それに…過去の君にも会いたかったんだ」
「…じゃあもう十分じゃない」
「十分……?まさか」
会ったらやっぱり手放したくなくなったよ、と笑う。その言葉に、は思い切り白蘭を睨んだ。
でもそんな事をしたところで、白蘭の気持ちが変わるわけではない。
「ボクは欲しいと思ったものは必ず手に入れる。これまでもそうしてきたんだ」
「私は……絶対、あなたのものにはならない」
たとえ囚われの身でも、心までは自由にさせない、と言いたげに、顔を背ける。
白蘭はそっぽを向いたままのを、寂しげな瞳で見つめると、小さく息をついて、彼女のその頬へと軽くキスをした。
「なるよ―――ボクが全てを手に入れたら、ね」
ちょっと繋ぎですので短め。
原作ではどんどん危ないヤツが登場してきましたね〜;;
■雲雀さん超カッコイイですwこの連載で惚れました///もう画面が直視できません(笑)(高校生)
(ひゃー;直視できないなんて嬉しいです(笑)この作品で惚れて頂けて光栄ですよー゜*。:゜+(人*´∀`)
■全く違和感がないのがすごいですっ(高校生)
(ヲヲ;;違和感ないですか!そう言って頂けてると励みになります♪)
■何回読み直しても素敵です!読むたびに、もう全部読み返してしまった・・と思います。続編が出るとは思っていなかったので、本当に嬉しいです。
しかも、続編もますます楽しくなってきて目が離せません。大好きで仕方ないです。(大学生)
(何度も読み返して下さってる様でありがとう御座います!続編、喜んで頂けて私も嬉しい限りです♪これからも頑張りますね(>д<)/
■これからも頑張って下さい!!応援してます!!!(高校生)
(ありがとう御座います!頑張りますー(´¬`*)〜*