帰郷――13
なかなか繋がらなかった回線が突然繋がり、白蘭が映った時、入江は心の底から安堵の息を漏らした。
「白蘭サン!!」
『ん?』
「ん?じゃないよ!無事だったんですね!」
動揺している入江とは裏腹に、白蘭は好物のマシュマロを頬張りながら、呑気に笑った。
『うん、元気』
「あの伝達係!伝達係は今どこに?!」
『ああレオくん?明日の新聞に載るんじゃないかな?変死事件か何かで。名前はちょっと変わるけどね』
「え…じゃあ…」
その意味深なニュアンスに、入江は言葉を切り、白蘭は満面の笑みを浮かべた。
『そーそー。彼の中身ね。六道骸くんだったよ』
「――――ッ」
白蘭の一言に、その場は一瞬、静まり返った。
「六道骸って…ボンゴレの霧の守護者ですか…っ?」
『うん』
「じゃあ白蘭サン…六道骸を葬ったと?」
『まあね』
「まあねって――」
『それより面白くなってきたよ正チャン。骸くんからは聞き出せなかったけど…近々ボンゴレは残った力で何か大きな事を企んでそうだ。諜報部と僕の勘を合わせると、ほぼ間違いないね』
白蘭はソファに凭れかかると、軽く肩を竦めた。
「………大規模な攻撃作戦ですか?」
『うん…恐らく全世界規模のね。もちろん日本も含まれるよ』
「しかし…ここには過去から来た10代目ファミリーしか……っまさか彼らもこの基地に攻撃してくると?」
『そーいうこと』
「…………」
淡々と話す白蘭に、入江は小さく息をついた。
「確かにそうなれば僕らにとっては願ってもない事ですが…イタリアの現ボンゴレ本部が彼らを作戦に組み込むでしょうか…?第一彼らが命を懸けてまでここに来る理由がないと…」
『彼らはまがりなりにもガンマとグロを倒したんだ。戦力に数えられるのは当然さ。それに理由だってあるよ。正チャンには謝んなきゃなんないけどね』
「……?」
入江が首を傾げると、白蘭は深々と息を吐き出し、前に身を乗り出した。
『骸くんにしてやられてさ。ミルフィオーレの情報がネットワークから少しづつ漏れるようにコンピューターに細工されてたんだよね』
「な…!ではここの情報も?!」
『アレの存在を10代目ファミリーが知ったら何が何でも行くだろうね、そこ…。それに…もう一つ骸くんにやられてさ。――彼女がここから逃げちゃって』
「………は?」
白蘭のいう"彼女"が誰の事なのか、すぐに理解し、入江は更に目を見開いた。
「…まさか…に逃げられた…って事ですか?」
『ムカツクだろ?骸くんは僕らの情報に興味を持っても、彼女の存在に興味を持つなんて思わなかったしさ。逃がすなんて夢にも思わなかったよ』
白蘭はそこで初めて落胆した表情を見せたが、入江もその言葉を聞いて、内心驚いていた。
確かにあの六道骸は成り行き上、ボンゴレの霧の守護者という立場にあるが、元々はマフィア全体を憎んでいる男だ。
その骸が、ボンゴレ雲の守護者である雲雀の恋人を、わざわざ危険を冒してまで助けるなどとは到底思わない。
「…何してるんですか…。僕がせっかく手を貸したのに…」
『ごめーんね。でもまあ…心配はいらないよ。情報漏れは止めたしボンゴレ本部がそれを知っても日本に増員する余裕もない。これはビッグチャンス♪ボンゴレリングを一網打尽にして、彼女を奪い返す、ね』
「また簡単にそんな事を……」
この状況でも楽しんでいる白蘭に、入江は溜息をついた。どうせ実際に動くのは自分たちなのだ。
『って事で忙しい正チャンの為にスペシャルボーナスを用意したんだ』
「………ボーナスね…」
『僕が思うに、正チャンと肩を並べられる数少ない――』
「増援でしょ?いりませんよ」
『―――ッ?』
不意に冷たい眼差しをモニターに向け、深々と息を吐き出す入江に、白蘭は眉を顰めた。入江がこういう顔をするのは滅多にない。
「足手まといなんです。そーいうの」
『正チャン?もしかして――』
「研究したかったけど後回しにします。僕だって隊長らしく振舞おうと頑張って来たんだ。でも人のやり方見てるとハラハラするしお腹が痛くて仕事が手につかない……」
入江はそこまで言うと、ふぅ、と小さく息をつき、自らの指に光るリングを見つめた。
「僕が直接やりますよ。彼らの迎撃とボンゴレリング……そしての奪取は」
『………ついに来たね。最も信頼する部下がそう言うなら止める理由は何もないや。――任せたよ、正チャン』
白蘭がニッコリ微笑むと、入江は冷めた目でモニターを見上げた。
「じゃあしばらくほっといて下さいね、白蘭サン」
『えっ?ちょ、他の事は全部任せるけど、とりあえずちゃんに乱暴な真似だけは――』
慌てて叫ぶ白蘭を尻目に、入江は早々にモニターを切った。そして後ろに待機している部下を睨むと、
「非常召集だ!ハンガーを全部上げてくれ!白いのも黒いのもだ!」
「はっ」
命令を受け、部下が急いで走って行く。それを見ながら、入江は息をついた。
このピンチを逆手にとり、相手を一網打尽にする事など簡単だろう。
「ったく…。初めからこうしていれば良かったんだ…後は…」
予定外の緊急事態に、入江はウンザリしながら、どうやって雲雀の手に戻ったを奪い返すか、考えていた。
「ガンマを倒したほどの男、か…。侮れないな…」
そう呟くと、入江は再び、重苦しい溜息をついたのだった。
「あァ…もうあと30分でそっちに着く…。あ?あ〜まあ無事っちゃ無事だぜ。酔っ払って寝てる以外はなァ」
そう言った瞬間、受話器の向こうからは抗議の声が飛んできて、スクアーロは顔を顰めた。
「う゛お゛ぉい!そうギャンギャンわめくなァ!無理やり飲ませたわけじゃねぇ!」
いつものように一喝すると、相手も溜息交じりではあったが、それ以上の苦情を言ってくることはなく、スクアーロは落ち合う場所を聞いてから電話を切った。
それを見計らうように、ベルフェゴールが欠伸を噛み殺しつつ、シートから身を起こし、うしし、と呆れたように笑う。
「あちらさん何だって?」
「…起きたのかよ…」
「そりゃあんな大声だされりゃ誰でも起きるって。まあ…ちゃんは未だに夢ん中だけどね♪」
その言葉に、スクアーロは後ろの補助ベッドで寝ているに視線を向けた。先ほど飲んだワインが相当効いているのか、あれほど騒ごうが起きる気配もない。
「フン…呑気なもんだァ…オヒメサマは」
そう言いつつ、を見る目は優しい。突如言い渡されたこの慌しい任務も、スクアーロにとったら退屈ではなかったようだ。
「…奴らは空港で待機してる。そこで女を引き渡せば、オレ達の仕事は終わりだぁ」
時計を確認しながら言うスクアーロに、ベルフェゴールは僅かに眉を顰めた。
「何それ。ちゃんをアジトまで送るんじゃねーの?手柄は横取りかよ」
「そんな時間はなくなった」
「どういうこと?」
「…骸から流れてきていた情報が数時間前、急に止まったらしい」
「……え、じゃあ」
「女を逃がした事で正体バレるのが早まったんだろ…。まあ、それでも本部は沢田達を仕向けるんだろうがなぁ」
「…ふーん。じゃあオレらも遊んでる場合じゃねーって事か」
ベルフェゴールも事情を素早く理解し、手の中でまわして遊んでいたナイフを人差し指の上に立てる。
そしてに再び視線を向けると、
「ま、寂しいけど、あと30分でお別れだね」
「ケッ。どーせテメーは嫌われてンだろぉ?」
「…余計なお世話。もっと時間あったらこっち向かせるくらいのこと出来たぜきっと」
「こんなガキにそこまで興味持つなんて珍しいじゃねーか」
苦笑しつつ、シートに腰を落とす。そんなスクアーロにベルフェゴールもまた笑った。
「べっつにー。ただどんな状況でも必死って感じで可愛いじゃん。相変わらず雲雀恭弥一筋でムカつくけど」
「ま、ガキのわりには根性あるし、マフィアの女には向いてるかもなぁ」
未だスヤスヤと眠ったままのを見ながら、二人は笑った。
「ったく呑気なもんだぜぇ」
そう言いつつ最初はただボンゴレリング守護者の女、としか意識していなかったのに、今ではその存在を認めている自分に多少なりとも驚く。
この10年、会ってはいなかったが、雲雀と共にイタリアまで来ていたことは、ルッスーリアから聞いていたし、雲雀を影で支えていた事も聞いている。
あの少女がそこまでになったのか、と、ふと思い出しては懐かしく思っていたりもした。
「不思議な女だ…」
弱いくせに強くて、ただ真っ直ぐ雲雀を想っている…どんな状況でも弱音を吐かない…本当は怖かったはずなのに。
「骸もほだされたかぁ…?」
そう呟き、着陸態勢に入った飛行機を伺うように、窓の外へと目を向ける。
この空の下にはを迎えに、一人の男が待機していた。その男もまた、あの少女に惹かれていた過去がある。
「さて、と……そろそろ着陸するし、その女を起こせ」
「あいあいさー♪」
スクアーロの言葉に、ベルフェゴールが後ろへと歩いていく。それを見ながら、スクアーロは小さく息を吐き、窓の外に見える日本の街並みを見下ろした。
「あいたた……」
着陸したのを感じながら、は割れそうに痛む頭を抑えた。起きたものの、あれだけ飲んだワインは抜けず、思い切り二日酔いになったようだ。
「ほら、これ飲め」
「あ…ありがとう。スクアーロさん」
薬を手に取り、水でそれを流し込む。スクアーロとベルフェゴールは呆れ顔のまま、肩を竦めた。
「動けるかぁ?そろそろ下りねーと」
「え……もうアジトについたんですか?」
ドキっとしたようには顔を上げた。もうすぐ雲雀や皆に会える…そう思うと、頭痛くらい屁でもない。
だがスクアーロは苦笑すると、「まだ並盛ですらねぇーよ」と言った。それを聞いて、もガッカリする。
「…じゃあここは?あ、もしかして空港?」
「当たり前だ。ここから車でアジトに連れてってもらえ」
下りる用意をしながら、スクアーロが笑った。それを聞いては軽く首を傾げると、
「連れてってもらえって…スクアーロさん達が一緒じゃないんですか…?」
「…オレ達はここでお別れだァ。こっちも色々と忙しいんだよ」
「え…」
「ごめーんね。寂しいと思うけど――」
「寂しくありません!」
「あらら…冷たくね?せっかく日本まで運んでやったのに」
プイっと顔を反らすに、ベルフェゴールが苦笑する。それにはも気まずそうな顔で、「それは感謝してますけど」と付け足した。
「…でも…じゃあ誰が私をアジトに?」
「会えば分かる。いいから下りろ」
スクアーロはそう言っての背中を押した。開かれた扉からは長い階段が伸びていて、恐る恐るそこを下りていく。
辺りを見渡すと、その場所は空港内にある自家用機専用の滑走路のようだ。そのど真ん中に飛行機は止められている。
「チッ。まだ来てねぇーな…」
の後から下りてきたスクアーロは、辺りを見渡すと小さく舌打ちした。だが階段途中から飛び降りたベルフェゴールが、「あれじゃね?」と、前方を指差す。
滑走路の周りにはVIPが乗りつける車専用の道路があるのだ。そこに二台のベンツが入ってくるのが見えた。
「…あれは…?」
不安そうに見上げてくるに、スクアーロは心配すんなとだけ言って、車の方へと歩き出した。
ベンツも三人の姿を見つけると、スピードを緩め、静かに止まる。その瞬間、後ろのドアが開き、慌てたように誰かが下りてくるのが見えた。
その人物を見て、は驚いた。
「ちゃん!!」
「…ディ、ディーノさんっ?!」
懐かしいとさえ思う人の姿に、は思わず走り出していた。イタリアに連れて行かれてからあった不安、そして二度と皆の元へ戻れないんじゃないかという恐怖。
ディーノの顔を見た瞬間、そういったものが溢れ出てきて、涙が溢れてくる。
「無事でよかった……!」
駆け寄った瞬間、強く抱きしめられ、はディーノに思い切りしがみ付いた。安心感で涙がポロポロと零れてくる。
「うっわー。何あれ。ずっりーオレも抱きしめてあげたのに」
「お前がやったら殴られるぞぉ」
二人が抱き会うのを見ながらスネるベルフェゴールに、スクアーロが言った。これでとりあえずの仕事は終えたとばかりに、ディーノに声をかける。
「う゛お゛ぉい、ディーノ!後は任せたぜぇ」
「ああ……助かったよ、スクアーロ」
「別に大した事はしてねぇ。オレ達は一足先に戻ってる」
「分かった。彼女はオレが皆のところへ連れて行くよ」
ディーノがそう言うと、もゆっくり顔を上げた。その顔は涙で濡れている。ここに来るまで、助けた時でも涙を見せなかったが泣いている姿に、ベルフェゴールも小さく肩を竦めた。
「んじゃーまったねー♪ちゃん」
ちょっと面白くないと思いながらも、明るく手を振る。それを見て、は涙を拭きつつ、微笑んだ。
「……あ、あの……ありがとう」
それまで、にどんなに優しく話しかけても嫌な顔をされていたベルフェゴールは、その笑顔を見て、何となく嬉しさを感じた。
「いーって。また浚われたら、今度はオレが助けてやるよ」
その言葉に、は小さく笑った。それだけで、この退屈な仕事をした甲斐があったような気がして、ベルフェゴールも「うしし♪」と笑う。
そしてスクアーロと共に再び飛行機に乗り込むと、下で見上げている二人に手を振った。
「任務完了♪」
「ああ……戻ったら…また戦場だぁ」
「たっのしみー♪やっぱ戦ってねーと退屈だよマジで」
そう言いながらナイフをくるくると回し、ベルフェゴールがシートにもたれかかる。それでもその顔はどこか、つまらなそうで、スクアーロは苦笑いを零した。
「それもそうだなぁ…」
離陸した瞬間、スクアーロも窓の外を眺めながら、そう呟いた。
二人の乗った飛行機を見送った後、はディーノと共に、車でアジトへと向かっていた。
「本当に良かったよ、無事に帰って来てくれて…」
「ごめんなさい、心配かけて…」
優しく頭を撫でるディーノに、は目を伏せた。10年後のディーノは前以上に大人の魅力たっぷりに、「いいよ無事なら」と微笑みかける。
「でも…皆がそんな事になってる時に、私ってば心配事増やしちゃったみたいだし」
ディーノから、今の皆の状況を聞いたは、申し訳なさそうに俯いた。
骸からの情報で、すでにミルフィオーレ日本支部を襲撃しようとしているとは思いもしなかったのだ。
「まあ…恭弥はそれどころじゃないって感じだったけどね」
「…え?」
「のこと、必死で探し回ってたみたいだから」
「……恭弥が…」
「でもさっきジャンニーニに連絡入れておいたから今頃、ちゃんの無事を恭弥も聞いてると思うし。大丈夫だよ」
落ち込んでいるを安心させるように、ディーノは微笑んだ。だがは浮かない顔で小さく首を振る。
「でも私が抜け出したせいでこんな事になっちゃったし…皆に合わせる顔ない…恭弥にも…」
「何言ってんだよ。ちゃんは皆が過去へ帰れると思ったから言うとおりにしただけだろ。その辺の事、話せば皆も分かってくれるよ」
「……ディーノさん…」
「そんな顔しないで。やっと日本に帰って来れたんだし」
ね?と笑うディーノに、も小さく頷く。車の窓から見える見慣れた景色にホっとした。
「でも…ディーノさんがどうして日本に?今、イタリアも大変なんでしょ?」
「ああ、まあね。オレもちゃんを送り届けたらすぐ戻る事になってる」
「え…そうなんですか?」
「まあ、こっちの様子を見に来たついでに、スクアーロから上手い具合に連絡が入ったんだ」
ツナ達にミルフィオーレ日本支部を襲撃しろと命令を出したものの、どれほどの戦力になるのか。その辺の事を本部は密かに知りたがっているのだ。
「沢田くん達、大丈夫なんですか…?実際に会ってみて思ったけど…入江正一は一筋縄じゃいきませんよ?」
「ああ…ヤツは頭が切れるらしいからね。だけど…ツナ達もかなりいいとこまでいってるようだからさ」
「…恭弥も、もちろん行くんですよね…」
「ん?ああ…恭弥は…攻撃の要だしね…」
「…そう…ですよね……」
ふと、リング争奪戦の時のような戦いを想像し、は小さく息をついた。その様子に、ディーノも苦笑すると、
「…ちっとも変わってないな」
「え…?」
「そうやって恭弥の心配ばっかりしてるとこ」
「だ、だって…そんな変わりませんよ。私は過去から来たんだし…」
「まあそうなんだけど…オレからしたら10年前のちゃんに会えるなんて…何だか凄い懐かしい気がするからさ」
そう言われ、ハッと息をのむ。10年前、ディーノの優しさに甘えてしまった自分を思い出したのだ。
「あの…あの時はその…ごめんなさい」
「ん?どうして謝るの?」
「だって…ディーノさんはあんなに優しくしてくれたのに――」
「あ、あーそんなこといーって!オレだって分かっててちゃんの心の弱みにつけ込んだんだから」
そう言っての頭を撫でる。そうされると、まるで10年前に戻ったかのようだ。
「…まあ恭弥はあんな性格だし、色々と大変だろうけど……それでもちゃんの事だけは大切に想ってる…それだけは信じてやれよ」
「……え…?」
不意にそんな事を言われ、はドキっとした。まるで今、不安に思っている事を分かっているかのような口ぶりだ。
「あ、あの…信じてやれって?」
「え?ああ……いや、さっきちょっとスクアーロに聞いてさ」
「スクアーロさんに?」
「ワインでヤケ酒したんだって?」
「――――ッ」
苦笑いするディーノに、は顔が赤くなった。あまり記憶にはないが、確かに途中からフワフワといい気分になってきたのは覚えている。
その後は雲雀の事を思い出しただけで、何故か泣きたくなって、心の中の不安もぶちまけたくなったような気がする。
「あ、あれはその…ちょっと気が緩んだから……」
「オレに言い訳しなくても恭弥には言わないよ。他の男の前で酔っ払ってクダ巻いたなんて知ったら、恭弥のヤツ、ヴァリアーのところに乗り込んで行きそうだし」
「ま、まさか……っていうか私、何言ったんだろう…」
途中からスッカリ記憶が飛んでいて、は不安になった。
「ま、殆どは白蘭や入江正一への愚痴とかだったらしいけど……恭弥の事は浮気者って叫んでたらしいよ」
「えっっ」
苦笑しながら説明するディーノに、は真っ赤になってしまった。それすら記憶にない。
「や、やだ…私なんでそんな…」
「しょうがないよ。酒飲むとさ。感情が昂ぶるから、その時の気持ちがはっきり出る事もあるし」
「…その時の…感情?」
「そ。楽しかったら、まあ美味い酒になるんだろうけど、何か不安がある時や、悲しい時に飲むと、普段抑えてるもんがガーッと出ちゃうっつーか」
「そ、そうなんだ…。もうお酒は飲まないようにしなくちゃ……って、私未成年なのにワインなんか飲んじゃった」
「たまにはいいんじゃない?ちゃんは我慢しすぎなんだよ。もっと自分の感情を素直に出して恭弥にぶつけてやればいい」
「……ディーノさん…」
「恭弥はちゃんに素直にぶつけすぎだけどな」
ディーノのその一言に、がやっと笑顔を見せた。その笑顔にホっとしながらも、窓の外を眺める。そろそろ日本も夜明けが近いのか、空が白み始めていた。
その時――激しい爆音と共に、前を走っていた護衛の車のボンネットが爆発した。
「…ボス!ミルフィオーレだ!!」
「クソ…!もう来やがったか!」
運転していたロマーリオの機転で、すぐに横道に入る。ディーノは後ろを確認しながら、驚いているに頭を伏せて置くように言った。
「ど、どうして……」
「白蘭はまだ諦めてなかったって事だよ……多分こっちにいる部下に待ち伏せさせてたんだろう…並盛のどこに現れてもいいように…」
「そんな……」
座席の下に頭を伏せながらも、は浚われた時の恐怖に怯えた。目覚めた時、そこはすでに日本じゃないと知った時の絶望は、二度と味わいたくない。
激しい爆音を聞きながら、は強く目を閉じた。追ってに追われたまま、皆のいるアジトに逃げ込むわけにもいかない。
「…チッ!やっぱホワイトスペルの奴らが動いてんな…これ以上ボックスで攻撃されたらやばい。振り切れるか?ロマーリオ!」
「任せてくれ!絶対にちゃんを渡しゃしねーよ!」
そう言ってロマーリオは思い切りアクセルを踏み込み、ハンドルを派手に切る。狭い道でUターンさせると、追いかけてくる敵の中へと突っ込んで行った。
そこにディーノもムチを出し、空から攻撃しようとするホワイトスペルの連中を次々に落としていく。
その間、はずっと耳を塞ぎ、目を瞑っていた。ただ脳裏に浮かぶ、皆や、恭弥の元へ帰ることだけを願う。
(帰らなくちゃ…そして伝えなくちゃ…。白蘭に聞いた事を全て…過去へ戻る術はないかもしれない、と……そして恭弥に――)
「…ちゃん!ちゃん!」
「……っ?」
突然体を揺さぶられ、が慌てて顔を上げると、目の前にはディーノの優しい笑顔がある。
「…終わったよ」
「え…?」
「追っては全部倒したから安心して」
そう言われ、恐る恐る窓の外を見ると、遠くにあの神社が見える。後ろにはもう誰もいなかった。
「…思ってたより敵の数が少なかった。多分予想より早く着いたから応援も間に合わなかったようだな」
「良かった……」
「怪我はない?」
「あ…私は大丈夫です…」
「そっか…良かった。怪我でもさせたらオレが恭弥に殺されるしね」
ディーノのその言葉に、は照れ臭そうに笑った。その時、普段の優しい顔に戻ったロマーリオが振り向いた。
「もう着くぜ、ちゃん」
「……あ…」
その言葉にドキっとして窓の外を覗くと、以前獄寺たちを探しに来た神社が目の前現れた。
「ここ……」
「恭弥のアジトの方がいーだろ?まあ、この時間ならあいつも寝てるかもしれないけど――」
そう言いながら窓の外を見ながら、ディーノは言葉を切った。
「……恭弥…」
同じく外を見ていたの声が震えるように、その名を呟く。それを見て、ロマーリオはゆっくりと車を止めた――
10分前――
静かすぎるほどの寝室で、雲雀は軽く寝返りを打った。チラリと時計を見れば、すでに午前2時は過ぎていて、小さく息を吐き出した。
連日のツナとの修行のせいで、疲れているはずなのに、こうして夜中にふと目が覚めて、その後に眠れない日々が続いている。
明日には例の作戦を決行しなければいけないのに、の事を考えるとどうしても力が湧いてこない。
いて当たり前の存在がおらず、しかも今、敵の、それもに執着している男の下にいるかもしれないと思うと、体中の血が沸騰するような感覚にさえなる。
その繰り返しで、雲雀の心が休まることなどなかった。その時―――静寂の中、突然の騒音が聞こえてきた。
「…恭さん!!」
ドタドタとうるさい足音を響かせ、寝室前まで来た草壁に、雲雀は慌てて起き上がった。
普段なら、こんな無作法なマネは絶対にしない男だ。緊急事態があったのだろうと、雲雀は布団から抜け出た。
「…どうしたの、哲」
「へい!たった今、ジャンニーニの元にディーノさんから連絡が入ったとの事で――」
「が見つかったのか?!」
思い切り襖を開け放ち、尋ねると、草壁は泣きそうな顔になりながら首を振った。
「い、いえ…見つかったも何も………ディーノさんが今からさんをここへ連れてくると――」
「………ッ?」
思ってもみなかったその朗報に、さすがの雲雀も言葉を失った。
「どういうこと…?彼女はどこに――」
「へい。それがディーノさんの話じゃ、ヴァリアーの連中が彼女をミルフィオーレの本部から助け出したと……」
「…じゃあやっぱりは…白蘭のところにいたんだね」
「へい…どうやらそのようで…」
「それで…どうして彼女が本部にいると?何故奴らがを…」
の事になると、いつも冷静な雲雀でも多少は動揺する。そんな心情を察して、草壁はディーノから聞いた詳しい話を、そのまま雲雀に伝えた。
「……じゃあ骸が……?」
「どうやらそうらしいです…。ミルフィオーレの本部に入り込み、ヴァリアーに情報を流してたらしいんですが…その段階でさんを見つけたようだと…」
「…それでヤツがを助け出し、ヴァリアーの連中が彼女を日本に連れて来た……そういうこと?」
「へい…。それで極秘に日本入りしていたディーノに、ここまで連れて行くよう頼んだようです。我々が動けば、入江に動きがバレる事を恐れてそうしたようで…」
「…だから僕への連絡がこんなに遅くなったの?…まどろっこしいマネするね…。すぐに僕のところへ連絡すればいいものを…。でも…が無事なら全部許すよ…」
雲雀は心の底からそう呟くと、すぐに着物を脱ぎ捨て、服を着替えた。
それには草壁も驚き、顔を上げる。
「恭さん…どこに行くんです?」
「…を迎えに出る」
「え、でもまだ少し時間が――」
「分かってるよ。それでも……ジっと寝てなんかいられない」
雲雀はそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。草壁も慌ててその後を追う。その時、二人の足元を何かが駆け抜けていくのを感じ、足を止めた。
「にょぉぉん」
「……何これ」
「こ、これは獄寺殿の…」
足元にチョコンと座り、大きな目で二人を見上げてくる仔猫に、草壁は冷や汗を垂らした。雲雀は自分のアジトに、アチラ側の人間が入る事を極度に嫌うのだ。
それは飼っている動物――ボックス兵器だが――でも同じだろう、と思いながら雲雀に視線を向ける。
だが意外な事に、雲雀は深々と息を吐くだけで、怒ってはいないようだ。
「こいつ、返しにいってきて」
「へ、へい…分かりました」
雲雀の気が変わらないうちに、草壁はその仔猫を抱き上げると、急いでボンゴレアジトの方へと走って行く。
その後姿を見送りながら、雲雀は出入り口に向かった。
(…無事で良かった……)
色んな疑問も残るが、それでもが無事に戻ってくると知り、雲雀はホっとしていた。
それと同時に、を浚った男への怒りが沸いてくる。どうやったのかは知らないが、自分の手の中からを浚って行った事は、やはり一番許せない。
「白蘭………いつか噛み殺してあげるよ…」
外に出て、白み始めた空を見上げると、雲雀は軽く拳を握り締めた。その時、遠くから車のエンジン音が聞こえた気がして、雲雀はふと振り向いた。
そして階段の方へゆっくり歩いて行くと、遥か下の方に黒塗りの大きなベンツが走ってくるのが見えた。
その瞬間、雲雀は小さく息を呑み、下へと続く階段を駆け下りていく。向こうから上がってくるのを待ってなんかいられない。
下まで下りきった時、ベンツも徐々にスピードを緩めていく。そして雲雀の手前でゆっくりと止まった。
「………」
後部座席のドアが開くのを、雲雀は静かに見守っていた。走り出したい衝動に駆られるのを必死に堪える。
でもその時、懐かしささえ感じる愛しい顔が見えた時、雲雀は走り出していた。
「……恭弥…」
「……!!」
その手を引き寄せ、強く強く抱きしめる。も雲雀の胸に顔を押し付け、声を殺して泣いているようだ。そんなを更に強く抱きしめた。
「………困った子だね…君は僕に心配ばかりかける」
「…ご…めんなさ……ぃ」
何度も髪に唇を寄せながら、本音を漏らすと、は震える声で雲雀にしがみ付く。
その時車から下りてきたディーノを見て、雲雀はゆっくりと視線を向けた。
「…やあ。久しぶりだね、ディーノ」
「相変わらず、殺気丸出しだな、恭弥」
「こんな時じゃなきゃ、噛み殺したい所だよ」
「おいおい…オレはちゃんを連れて来てやっただろが」
「連絡が遅いよ。がミルフィオーレの本部にいると分かった時点で僕に連絡すべきだ」
「それが出来ない事情があったんだろ。つーかそれはヴァリアーの連中に言ってくれ。オレだって聞いたばかりだったんだ」
肩を竦めながらそう話すディーノを見て、雲雀もそれ以上の追求はしなかった。
「じゃあオレは仕事があるから行くけど……彼女をもう離すなよ?」
「あなたに言われなくても分かってる。サッサとイタリアに帰ったら?」
「冷たいねぇ…久しぶりの再会だってのに……ま、いーや。んじゃ、ちゃん、今日はゆっくり休むといい」
ディーノの言葉には慌てて顔を上げた。
「ディーノさん…!」
「ん?」
「ホントにありがとう……」
「それもヴァリアーの連中に言ってくれよ。あ、あと六道骸にもね。オレは何もしてやれなかったからさ」
「そんな事……ホントにありがとう…」
がやっと笑顔を見せると、ディーノも笑顔で手を振り、ロマーリオの待つ車へと乗り込んだ。
それを合図に、車はすぐに発車され、最後にクラクションが鳴り響く。二人が去っていくのを見送りながら、は心の中でもう一度、ありがとう、と呟いた。
「…戻ろう、」
「……う、うん…」
不意に手を引かれ、ドキっとした。そのまま雲雀についていきながら、が顔を上げると、雲雀が突然足を止めた。
「…あ、あの…恭弥…ホントにごめんなさい…。勝手に抜け出して…私、過去へ返す方法があるって入江正一から言われてそれで――」
「いい…分かってる」
怒っているのかと思い、謝ると、雲雀は意外にも優しい顔でを見つめた。
そしてゆっくり屈むと、の唇にそっとキスを落とす。その突然の行為に、の頬が赤くなった。
「…やっと……僕のところに帰ってきた」
「……うん」
「もう…絶対に誰にも渡さない………」
を抱きしめ、耳元でそう呟く雲雀の掠れた声は、どこか寂しげに震えているように聞こえた――
やっとこご帰還です;;
アニメでも夜襲のとこまで来ましたねー☆敵が罠にかかった時の雲雀の台詞が鬼カッコいいウィッシュ(待て)
しかし…リボも原作に近づいてるけど…終わったりしないよね(゜ε ゜;)
あーーお腹空いた…(オイ)
■一つ一つの言葉がとても優しく丁寧で、これでもかとゆうくらい雲雀さんへの想いが伝わってきました。辛いことも多いけど、それほど強く想い合える彼らがとても魅力的でした。凄く私自身も恋をしたくなりました。(大学生)
(ありがとう御座います!そう言って頂けると凄く励みになりますよ〜(*TェT*)恋愛って辛い事もあるけど、それ以上に幸せを感じたり出来る素晴らしいものですよね)