未来の関係――02








「オレの名前は雲雀仁。あんたが言う雲雀恭弥の従兄弟だよ。そんでっつーのは恭弥の恋人で・・・
今は確か24歳だったはずだぜ?」
「――――は?」


明らかに私は動揺している。
多分、色々おかしな事が続いて混乱してるんだ。
じゃなければ目の前のこいつが頭がおかしいんだ、うん絶対そうだ。
だってこの男、私の事を24歳って・・・ありえないじゃない、そんなの。


「あんた・・・何言ってるの?私はまだ14歳よっ。それに恭弥だって今――――」
「だから・・・その恭弥も25だっつってんの!!つかホントにあんた、っていうのか?ただの同姓同名ってだけじゃ・・・」
「はあ?だから意味わかんないそれ・・・」
「でも顔だってよく見ればスゲー似てるし。いや最初から何か似てるとは思ってたけどさ・・・。いやでもそんなバカな話――――」
「ちょ、ちょっと!一人でブツブツ言うのやめて!余計に混乱するでしょっ」


ワケの分からない事ばかりでイライラしてきた私は、つい大声を出してしまった。
ジンと名乗った男はギョっとしたように振り返ると、またしても人の顔をジロジロ見てくる。


「やっぱ似てる・・・」
「はぁ?」
「そうやって怒鳴るトコ。妹・・・なわけねーよな、同じ名前なんだし・・・。つかどうなってんだ?」
「よくわかんないけど・・・。それは私が聞きたいわよっ」


恭弥と放課後デートをする予定だったのに気づけば瞬間移動してて、しかもこんなバカ男に襲われかけたあげく、意味不明な話を聞かされてる。
その状況だけで本気で泣きたくなってきた。


「と、とにかく・・・生徒手帳返して!私、行くとこあるの」
「あ、ああ・・・」


男から無理やり手帳を奪うと、代わりに彼の携帯をその手に押し付けた。
そのまま踵を翻し歩いて行くと、ジンという男が慌てて追いかけてくる。


「ちょ、ちょっと待てよ!どこ行く気だ?」
「恭弥のとこ!恭弥に会ったらハッキリするもの。だいたい恭弥にあんたみたいな従兄弟がいるなんて聞いた事もないし」
「ちょ、待てって!つーか・・・あんたの言ってる恭弥とオレの言ってる恭弥はどう考えても同一人物だろ?」
「それは・・・」
「オレは嘘なんかついてない。だったら・・・おかしいだろ、この状況。オレ、24歳のあんたに何度も会った事あるし――――」
「き、気持ち悪いこと言わないでよっ!」
「でもそーなんだよっ!信じないんだったら今からのとこ行こうぜ?まだ会社にいる時間だ」
「ちょ、っ」


そう言って私の腕を掴むジンの手を慌てて振り払った。


「やめてよ!私は恭弥のとこに行きたいのっ!それに会社って・・・・」
「オレも行った事はないけど、は駅前のビルに事務所があるって言ってた。そこに行けばハッキリする」
「駅前・・・?」


それを聞いて、さっき自分が立っていた場所を思い出した。
駅前のビル街・・・。そこに突然、放り出された私が見たのは、私が知らない並盛の街並み。
そして彼がいう"24歳の"は駅前のビルで働いている。
何か・・・関係あるんだろうか。


「ちょ、ちょっと待って!引っ張らないでよ」
「いいから確かめようぜ。このままじゃ気持ち悪い」
「それは私もそうだけど・・・。その前に私は恭弥に――――」
「無駄だよ」
「え・・・?」
「恭弥は今、家にいない」
「な、何でそんな事が分かるわけ?」


ドキっとして尋ねると、ジンは困ったような顔で振り向いた。


「オレにも分からないけど・・・時々いなくなるんだ。携帯も繋がんねーし――――」
「あ・・・!!」
「な、何だよ・・・っ」


ジンの言葉に私は今まで忘れていた事を思い出した。
急いでポケットを探ると自分の携帯が入っている。
鞄なんかは持ってなかったが、携帯だけは制服のポケットに入れたままだったのだ。


「そうよ・・・。携帯でかけてみればいーんだ・・・。混乱しててすっかり忘れてた!」
「・・・だから繋がらないって今言ったろ?」


ジンは呆れたように溜息をついている。
それでも私は、まだ信じられなかった。


「それはあなたが言う恭弥の話でしょ?」


そう言って恭弥の番号を表示すると、すぐに通話ボタンを押してみる。
きっと急にいなくなった私を恭弥は心配してる。
だからすぐ電話に出てくれるはず・・・。
そう祈るように携帯を握り締める。けど聞こえてきたのは耳を疑うような音声だった。


『・・・現在この番号は使われておりません。番号をお確かめになって――――』

「嘘・・・」


コンピューターの冷たい声が流れてくるのを聞いて、私は思わず携帯を落としてしまった。
カシャン、という音と共に、足元に落ちた携帯の電池が外れ、地面に転がっていく。


「お、おい。どうした?繋がらなかったのか?」
「嘘だ・・・。。だって今朝だってモーニングコールしたのに・・・」
「・・・は?大丈夫か?」


ジンはそう言いいながら私の携帯を拾うと、電池を戻し電源を入れている。
そしてそれを見るなり、「つか、すっげー古い機種だなっ。今時スマホじゃないなんて」と変な声を上げた。
でもすぐに「えっ?」という声を上げ、信じられないようなものをみた顔で私に視線を向ける。


「・・・お、おい!何だよ、この2007年って!」
「・・・え?」


呆然としている私の体を揺さぶりながら、ジンは青い顔で私を見た。


「やっぱおかしいって!だって今、2017年だぞ?」
「――――ッ?」
「嘘だろ・・・?つか、何だよこれ・・・ありえないって」
「あんたこそ何言ってるの?今は2007年・・・」


そこまで言って言葉が途切れた。
ジンが私の目の前に自分の携帯をかざしたのだ。


「見ろよ。あんたに返してもらってから別にいじってないぜ?ここ、2017年ってなってるだろ?」
「な・・・」
「それと・・・あんたの携帯に入ってる恭弥の電話番号・・・オレが登録してんのと違う」
「・・・え?」
「でもこの番号・・・。確かに5年前まで恭弥の番号だった・・・」
「どういう、意味・・・?」
「恭弥は5年前、携帯変える時に番号も変えたんだ」
「ご、5年前って・・・何それ」
「よく分からないけど・・・あんたの知ってる恭弥とオレの知ってる恭弥は同一人物ってのは間違いない。でも・・・10年の時差があるみたいだ・・・」
「10年・・・?」


ジンが言った言葉に私は愕然とした。
さっき恭弥と一緒にいた時から、あの変な瞬間移動するまでの間に10年という月日が経っている?
そんなバカな話などあるわけない。でも10年というキーワードに聞き覚えがあるような気がした。


よく思い出して・・・。さっき恭弥といた時何が起きた?そう・・・ランボくんが突然やってきた。そこで何があった?
全てはそこから始まっている事を思い出し、私は必死で考えた。
その時、以前、沢田くんが話してくれた事を思い出した。

"ランボは不思議なものを持ってるんだ。そのバズーカに当たると10年後の自分と入れ替わるんだよね"

前に"ランボ"という同じ名前の男の人が沢田くんの家にいた事があった。
でもその人は子供のランボくんと似ても似つかない人で、驚いている私に沢田くんが困った顔でそう説明してくれた事がある。
10年後・・・入れ替わり・・・。
そう、その話を聞いて、私は何かの冗談かと思って笑ったんだった。そしたら沢田くんが――――。

"ホントだってば!ランボが持ってるバズーカがそれなんだ!"

(そうだ・・・。あの時、沢田くんは確かバズーカって・・・)

「って、えぇぇっ?バズーカ!!」

「――――ッ!!」


頭の中の霧が晴れたような気がして、私は思わず声を上げた。
その声で驚いたのか、ジンは「ビックリするだろっ」と胸を押さえている。
でも私はただ唖然としたまま自分の携帯を見つめた。

あの時、ランボくんが床に飛ばされて、その拍子に何かが落ちた。
私はオモチャか何かかと思って気にもしなかったけど、でもあれを見た瞬間、変な音がして・・・気づけば私は駅前に立っていた。
という事はまさかアレが・・・沢田くんの言っていた"10年バズーカ"!!


「お、おい・・・。どうした?急に黙り込んで――――」
「嘘・・・」
「・・・え?」
「ま、まさか私・・・。10年後の自分と入れ替わ・・・」
「・・・は?」


それ以上、口に出しては言えなかった。
あまりに現実味がなさすぎて、まだ信じられない。
でもこの摩訶不思議な現象はそれ以外に考えられない。
ランボくんが未来の自分と入れ替われるって事は、教えてもらって一応納得はしてたけど・・・。
でも他の人まで入れ替われるなんて聞いてない――――!


「・・・?」


(っていう事は・・・ここは10年後の世界で・・・目の前にいるこいつは本当に恭弥の従兄弟?!)


呆然としている私を訝しげな目で見ているジンを見ながら、私は本気で言葉を失った。

っていうか・・・そう言われて見ると、確かに似てる。
黒い髪に、切れ長の瞳・・・。雰囲気こそ違うけど、でも確かに彼は恭弥に・・・恐ろしいくらい、よく似ている。


「あなた・・・ホントに恭弥の・・・従兄弟・・・?」
「あ?あ、ああ・・・。何だよ。まだ疑ってたのか?」
「・・・今、信じた」
「え?」


あまりに非現実的な状況だけど、でも信じざるを得ない。携帯が繋がらないはずだ。
駅前だって、学校だって、多少変わってるのもムリはない。
だって10年も経てば、それなりに町も人も変わる。
でもそうだ・・・。この世界でも私は・・・恭弥と恋人同士なんだ・・・。

ふと先ほどジンが言っていたことを思い出し、そこだけはホっとした。


「お、おい・・・。どうしたんだよ。大丈夫か?」
「大丈夫・・・だと思う」


何とかそう応えると、ジンはホっと息を吐き出し、


「良かった・・・。急に黙りこんだりブツブツ言い出すからおかしくなったかと思ったぜ」
「おかしくなりそうだよ、今でも・・・」
「そりゃオレもだよ。オレの知ってるが制服着て、目の前に立ってるんだからさ」


そう言いながら苦笑しているジンに、ふと気になっていた事を思い出した。


「ねえ」
「ん?」
「さっきから・・・。人の事、って呼んでるけど・・・あなたとそんなに仲がいいの?10年後の私は」
「10年後?」
「あ、っとだからその・・・」


何て説明しようか困っていると、ジンは訝しげな顔をしながら私の顔を覗き込んだ。


「あのさ・・・。ひょっとしてお前・・・。過去から来た・・・とか?」
「えっ?!な、何で――――」
「うっそ。マジで?」


ギョっとして顔を上げると、ジンは驚いた顔をしながら、


「つかそれしか考えられないし・・・。名前も同じで顔も似てて、しかも歳が違うだけで俺の知ってる二人と同じ状態って事だろ?あんた」
「お、同じっていうか・・・」
「それに今、思い出したんだ。確か未来と現在を行き来出来る方法があるって」
「えっ?知ってるの?!」
「ああ。聞いた時は嘘だと思って大笑いしたんだけどさ。武がそんなこと言ってんの思い出した。ランボが持ってる武器の中に10年バズーカってのがあるって」
「・・・武?!」
「え、知ってんの?って、ああ、そっか・・・。過去でも二人は友達なんだっけ・・・」
「た、武ってまさか・・・。山本・・・くん?」
「そう、その武。オレ、可愛がってもらってんだよね〜。野球部の後輩だし」
「えぇぇぇっ?!」


その言葉に驚いたのと同時に、恭弥の従兄弟が野球部と聞いて、更に驚いてしまった。(どう見てもチャラ男なのに!)







「どーぞ。誰もいないし遠慮しなくていーよ」
「お、お邪魔します・・・」


そう言って恐る恐る、靴を脱いで上がらせてもらう。
結局あれから、話を整理しようという事になって、近くにあるジンの家に来る事になった。
最初の印象は最悪だったけど恭弥の従兄弟と分かり、なおかつ私が恭弥の彼女だと分かった彼は、「何もしない」と約束してくれたので、安心してお邪魔する事にしたのだ。
ジンの家も、恭弥の家と同じくらい大きくて少し緊張しながらリビングに上がった。


「何か飲む?」
「え、あ・・・じゃあ・・・いただきます」
「コーラとビールと、ウーロン茶しかないけど、どれがいい?」
「(ビールって・・・)じゃあ、コーラ」
「OK」


ジンはそう言うと冷蔵庫からコーラをとって、こっちに投げてきた。
それを受け取りながらリビングの中を見渡してみる。どれも高級そうな家具やや物ばかりで綺麗に片付いている。
でも何となく生活感のない雰囲気に見えて首を傾げた。


「ねえ。君のご両親は?旅行にでも行ってるの?」


私の問いにジンは軽く笑うと、隣に座りながら、コーラのプルタブを外し、それを一気に飲み干した。


「まあ・・・。そんなようなもんだな。男のとこに入り浸ってんだろうから」
「え?」
「オレんちオヤジは死んでいないんだ。ババァと二人暮しでさ」
「そ、そうなんだ・・・」
「ババァはオヤジが死んでから男とっかえひっかえしては遊び歩いてるし、殆ど帰って来ないよ」
「・・・・・っ」


そう言って失笑するように笑うジンの横顔は、年齢よりもはるかに上に見える。
彼の家庭環境がきっとそうさせてるんだろうと思って、それ以上は聞かない事にした。


「それより、さっきの話だけどさ」
「う、うん・・・」
「マジで10年バズーカでこっちに来たなら・・・。通常は5分ですぐ戻れるらしいんだ」
「ホント?」
「ああ。オレ、武とか隼人とかと仲いいんだ。だから色々あいつらの事情は聞いてるし、周りにいる奴の事もある程度聞いてるから、それは確かだったと思う」
「そう・・・。じゃあ何で私、戻れないんだろ・・・」
「う〜ん・・・。ゴメン。オレも分かんない」


ジンの言葉に溜息をついてコーラを口にする。
とにかく今、私は10年後の世界に来ている事だけは確かで。という事は過去にこの世界の私が・・・。
つまり24歳の私が過去に行っているという事になる。
あの状況からしてきっと私は24歳の私がいた場所に、24歳の私はあの瞬間まで私がいた場所に飛んだはず。
という事は・・・。24歳の私がいきなり恭弥と鉢合わせしている可能性もある。


「どうしよ・・・。恭弥ビックリしてるよ・・・」
「でも過去の恭弥もリング争奪戦とかに加わってたんだし事情は知ってんだろ?だったら10年バズーカの事だって知ってるんじゃないの」
「それが恭弥ってば戦いには参加したけど、そんなに詳しい事は知らないと思うの。ディーノさんが説明したとは思うんだけど、ランボくんの持ってる物まではちょっと・・・」
「ああ、ディーノも恭弥には手を焼いたって言ってたしな。最初は話も聞かずに攻撃してくるから大変だったーって」
「え、ジンくんはディーノさんの事まで知ってるの?」
「ああ。時々恭弥に会いに来るからな、あの人。その時にね」
「そ、そう・・・。でも・・・詳しいのね、色々と」


従兄弟にしては知りすぎてると思いながら尋ねると、ジンは楽しげに笑い出した。


「だってオレ、ディーノに恭弥の後を継げとか言われてるし?」
「え・・・?」
「オレ、マフィアの素質あるらしーんだ。それもいっかなーなんて思ってる。オレ、恭弥に憧れてるからさ」
「憧れ・・・?」


意外な言葉を聞いて驚いた私に、ジンは初めて15歳らしい笑顔を見せた。


「ガキの頃に親戚が集まった時に会って・・・。何てゆーか、あの強いオーラに凄い惹かれてさ。オヤジが死んで泣いてばっかだったオレに、恭弥は凄く強くて眩しい存在だった」


照れ臭そうにそう話す彼にさっきの軽い雰囲気はない。あれは彼なりの虚勢だったのかもしれない、とふと思った。


「だから・・・大きくなっても恭弥の後ばっか追いかけてた。まあ、オレはこんなだし?恭弥はあの性格だから、軽くあしらわれてるんだけどさ」
「そっか。そんなとこも変わってないんだ、恭弥ってば」


彼の話を聞きながら、大人になった恭弥にも会ってみたい、なんて思った。


「でも・・・」
「え?」
だけはオレに優しくしてくれる」
「・・・・っ?」


そんな事を言われてドキっとした。でも彼の言う""は今の私じゃない。
そう思っていると、ジンは私を見ながら嬉しそうな笑顔を見せた。


はオレの事、弟みたいに思ってくれてて・・・。普段は優しいけど時々怒るんだよなあ。さっきあんたが怒鳴ったようにね」
「・・・怒る?」
「ほら知ってのとおり、オレ素行も女癖も悪いしよく怒られるんだよな」
「・・・・・・」


苦笑しながら肩を竦める彼に、思わず目が細くなる。
未来の私もきっと同じ気持ちで彼を怒ったのかもしれない。


「オレ・・・。お袋見てるから女なんか信用してないし、皆、尻軽のバカだと思ってる。でも・・・だけは違うんだよね」
「・・・え?」
は恭弥に一途で、純粋で真っ直ぐな性格っつーか。だから凄く・・・いい女だと思う」
「・・・・・っ」


そう言って私を見つめる瞳はどこか優しい、そんな温かさがある。
思わずドキっとして視線を反らした。恭弥と同じ瞳でそんな風に見つめられると、思わず錯覚してしまう。


「さっきは・・・ゴメン・・・」
「・・・・・・っ?」


私が視線を反らした事で誤解したのか、ジンは少し悲しそうな顔で目を伏せた。


「・・・あの」
「さっきも言ったけどオレ、女なんて信用してないからさ。特に学校の女とかはホント軽いのばっかで、そんなの相手にテキトーにバカやってたんだ。だからさっきも――――」
「もう・・・いいよ」
「え・・・?」
「さっきは凄く腹が立ったけど・・・。でも、もういい。気にしてない」
・・・」
「それに襲われたわけじゃないし・・・未遂だったから」


そう言って軽く睨むと、ジンは顔を赤くしてもう一度、ゴメン、と謝ってくれた。
多分、こっちが本当の彼なんだろうなって思う。
きっとジンはお母さんに、それだけ傷つけられてきたんだ。


「何か・・・変な感じすんな」
「え?」
「いや、だって・・・オレの知ってるはもう社会人で大人だし。でも今は・・・同じ学校の制服着て隣にいるから、さ」
「・・・そ、そんなに変わってるの?私・・・」
「いや・・・まあ変わってるっつっても髪が伸びてもっと、こう・・・・」
「・・・何よ、その手つき」
「・・・・・!!」


体の線を現すように手を動かしたジンを軽く睨めば、慌ててその手を引っ込めた。
その態度もさっきと違いすぎておかしくなる。


「ホント、やらしーんだから。まだ15でしょ?」
「や、普通だろ?オレくらいの年齢なら」
「そ、そうかな・・・。沢田くんとか山本くんや獄寺くんはそんな事なかったけど――――」
「えー?武も隼人も同じだって!あいつら二人、今もモテまくってるみたいだしテキトーに遊んでんじゃね?まあ十代目だけは彼女一筋だけど・・・」
「えっ!!沢田くん彼女出来たの!」
「あ、ああ・・・。な、何でそんな驚くんだよ・・・」
「だ、だって・・・私の知ってる沢田くんはオクテだし、彼女とかもいなかったから・・・っていうか相手の子ってもしかして・・・」
「ああ、何かその子も同じ中学の同級生って言ってたな・・・。確か名前は――――」
「京子ちゃん?!」
「あ、そうそう。そんな名前。ほら了平の妹って言ってたぜ」
「嘘・・・。ホントにそうなんだ・・・・」


その話を聞いて、何だか人事ながら嬉しくなった。
多分、沢田くんは京子ちゃんの事、好きなんじゃないかなぁ、なんて思ってたから。


「そっかぁ・・・。今、あの二人付き合ってるんだ・・・。変な感じ」
「その驚きようじゃ10年前って・・・皆、ホントにへタレだったみたいだな」
「へタレって・・・ジンくんが早熟すぎるだけでしょ?」
「恭弥だって似たようなもんなんじゃねーの?が恭弥は10年前から何も変わってないって言ってたぜ?あの嫉妬深さとあっちの方は♪」
「――――ッ?!」


ニヤリと笑うジンの言葉に、一気に顔が赤くなった。
あ、あっち?!あっちってどっち?!・・・っていうか何で、私ってばそんなこと、こいつに話してるのよ!!
10年後の私っていったい、どんなキャラなの?!


「あれれ〜?真っ赤だぜ?やっぱ恭弥って凄いの?」
「なななな何がっ」
「ぶはは!どもりすぎだっつーの!その様子じゃ、まだエッチしてないな」
「は?!(何で分かるのっ?)」


ケラケラ笑っている彼に唖然としていると、ジンは笑いながらも、「図星って顔だな」とお腹を抱えている。
それにはムカッときて、「うるさいわねっ今日するとこだったの!!」と思わず口を滑らせてしまった。
瞬間、ピタリと笑うのをやめたジンに、私は慌てて口を押さえた。


「へぇ・・・。そうなんだ♪」
「ち、違う・・・今のはその・・・っ」
「ったく、恭弥も何してんだか・・・。ま、さっきのあんたの反応じゃ、うっかり手は出せないか。惚れた女なら尚更」
「・・・な、何よそれ」
「恭弥も案外、ヘタレだったんだなって事!」
「え?だ、だってさっき10年前と変わらないって言ってたって――――」
「ああ、あれ?あれは・・・嘘♪ ちょっとカマかけただけ」
「・・・はぁぁ?!」
がそんなこと言うわけねーだろ?めちゃくちゃシャイなのに」
「・・・・・(こ、この男!!)」
「ああ言えば本当のこと言うかな〜と思っただけ・・・って、何だよ、怖い顔して・・・」
「・・・サイテー」


目を細めながらそう呟くと、ジンは苦笑しながら肩を竦めた。


「それ、よく女どもに言われる」
「分かってるなら直せば、その性格!!」
「え〜何で?これでもモテてるし、いーじゃん」
「そ、そういう問題じゃないっ」


(前言撤回!こいつホントに恭弥の従兄弟なの?この軽さはどう考えても恭弥と対照的すぎるわよっ)


そう思いつつ隣にいるジンを睨むと、彼は呑気に煙草なんか吸っている。
未成年のクセに、と思いつつ、小さく溜息をつくと、「で、これからどうする?」とジンが訊いて来た。


「どうするって言われても・・・。元の世界に戻る方法なんて知らないし」
「だよなぁ・・・。普通は自然に戻るって言ってたし。ああ、じゃあランボに聞いてみれば?何か分かるかもしんないし」
「え・・・ランボって・・・。あのランボくん?」
「ああ。オレ、連絡先分かるぜ?たまに呼び出しておごらせてるから♪」
「・・・・・」


ジンの言葉に思わず半目になった。
ランボくんは10年後の世界でも、イジメられてるんだ・・・と不憫に思った(!)
でもとにかくジンの言うとおり、ランボくんを頼るしかない。
どうにか帰る方法を見つけないと、過去の自分と未来の自分が入れ替わったままになってしまう。


「じゃあ・・・電話してみてくれる?」
「了解♪」


ジンはそう言うと携帯で番号を表示し、通話ボタンを押した。
でもすぐに舌打ちすると――――。


「くっそ!あいつ着信拒否にしてやがる!!」
「・・・・・えぇ?」


その言葉にガックリと項垂れてしまった。(っていうかイジメすぎたからでしょっ!)


「ったく、あのバカ牛!今度会ったらタダじゃおかねえ・・・。二度と女も紹介してやんねーからなっ」
「・・・・・(そんな事してたのか!)」


とても15歳とは思えないその言動に、私は呆れつつも本気で困ってしまった。
(というか15歳の男の子にイジメられてるランボくんっていったい・・・・。って、この世界じゃランボくんとジンは同い年くらいか))


「じゃあ・・・どうしよう。やっぱりこっちの恭弥を探して――――」
「でも恭弥を捕まえたとこで解決策があるかどうか疑問だけどな。その前に見てビックリすんだろうなー。あ、面白そうだし驚かせてやろうか♪」
「あんた・・・あんまり真剣に考えてないでしょ。何気に楽しんでない?」


一人、楽しそうなジンにムッとして言えば、彼は笑いながら煙草の煙を吐き出した。


「だって面白そうじゃん。オレ、恭弥がギョっとする顔見たいし?それに・・・・」
「それに?」
「何か、さ。中学生のがこうして隣にいるのって・・・ちょっと嬉しいしテンション上がる〜って感じ?」
「嬉しい・・・?」
「あ、い、いや・・・。だからその・・・知らない頃のを見れたっつーか・・・・」


ジンはそう言いながら困ったように頭をかいている。その顔が少し照れ臭そうで、つい苦笑が零れた。
何だか軽かったり、どうしようもなかったりするけど、憎めない性格だな、と思う。


「・・・と恭弥は中学の頃、知り合って付き合いだしたんだろ?」
「え、あ、うん・・・まあ」
「その話は聞いてたしさ。だから何つーか・・・。こうして隣にいるあんたの事、恭弥は好きになったんだなぁと思ったら凄い不思議っていうか」
「???」
「オレの知ってる二人は端から見ててもお似合いでさ。こう何でも分かり合えてるっていうか、とにかく凄くいい雰囲気なんだよね」
「そ、そう・・・なの?」


そんな事を聞いて顔が赤くなる。
今だって恭弥の考えてる事が分からない時があるのに、10年も経てばそんな事もなくなるんだろうか。


「見ててこっちが照れるくらい仲いいし」
「・・・ホント?」
「ああ。まあ・・・。恭弥はああいう性格だから、も我慢してる事あるんだろうけど、オレから見れば凄く幸せそうだぜ?」
「そ、そう・・・なんだ・・・」


自分すら知らない自分のことを言われると、妙に照れる。
だけど未来の私が幸せそう、と聞いて、やっぱり私も幸せな気持ちになった。


「そんな二人を見てて出逢った当時の二人ってどうなんだろうなーとか思ってたし、いわば今いるは俺の知ってるのルーツって事だろ? だから何か会えて嬉しい。恭弥から少し話を聞いて、その頃のに会ってみたかったなって思ってたし」


ジンはそう言いながら、やっぱり照れ臭そうな顔をする。
まるで初恋の相手のことを話してるような感じで、そんな顔をされるとこっちまで照れ臭くなるから不思議だ。


「まあ・・・。とにかくランボや恭弥に連絡つくまで、ここにいろよ。お袋なら帰って来ないしさ」
「え、でも迷惑でしょ・・・?」
「そんなわけないだろ。だいたい、ここ出たっても行くとこないじゃん」
「そ、そうだけど・・・」
「いいから、ここにいろよ。オレ、別に・・・変なことしないし・・・」
「そ、そんな事は思ってないよ・・・」
「そう?なら・・・良かった」


ジンは意外にもホっとしたような顔で微笑んだ。
その笑顔はやっぱり恭弥とダブるくらいに、よく似てる。


「あ、そーだ。武とかにも連絡入れてみる?何か知ってるかもしれないし・・・恭弥の行方ももしかしたら――――」


そう言ってジンが立ち上がった時、突然チャイムが鳴り響いた。


「げ・・・誰だよ、こんな時に・・・」


その音を聞いて徐に顔を顰めたジンに、私は苦笑しながら、「さっきの子じゃないの?」と言ってやった。


「まさか!アヤにはあの後にもう一発殴られて散々だったし」
「ああ、じゃあ"ナギサ"ちゃんかもね」
「は?何でその名前・・・」
「だってジンくんがかけてくる前、携帯が鳴ってナギサって名前が出てたから」
「うわ、勝手に見るなよ・・・。つかナギサとはもう終わったし」
「向こうはそう思ってないんじゃない?」
「げ・・・マジ勘弁して・・・」


そう言いながらジンはウンザリ顔で項垂れている。
その間もしつこくチャイムは鳴り続けていた。


「ほら早く出なさいよ。私、隠れててあげるから」
「え、いや・・・逆にいてくれた方がいいんだけど・・・」
「嫌よ。勘違いされて殴られてもかなわないし!いいから早く出てっ」


そう言ってジンの背中を押すと、彼は渋々ながらに玄関の方に歩いて行った。
私は私で見つからないよう、リビングの隣にある和室に身を隠す。
これで女の子が乱入してきても、とばっちりを受けないで済む。


「それにしてもホント、女癖悪いんだから。過去に戻ったらちゃんと教育しなくちゃ・・・って過去のジンくんはまだ5歳くらいか・・・。何か変な感じ」


そんな事を思いながらそっと襖を閉めると、玄関の方で鍵を開ける音がした。



「誰ぇ?って・・・あーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」


「――――ッ?!」



その時、突然ジンの叫び声が家中に響き渡り、息を潜めていた私もギョっとした。
そんなに驚くほどの人が来たんだろうかと思いながら、やっぱり女の子かな、と襖を少しだけ開けて覗いてみる。
でもここから玄関の方は見えない。その瞬間、ドタドタと足音がして、ジンが慌てたように戻ってきた。


「お、おい!!!出て来いよ!!きょ、恭弥が来た・・・。恭弥だぞ!!」
「えっ!!」


その声に驚き、思わず襖を開け放つ。
その時、玄関の方から静かに一人の男の人が入って来た――――。



「・・・・っ?!・・・・・・・?」

「きょ、恭・・・弥・・・?」



驚いたような顔で入って来たのは、私がよく知ってる人であって、そうでない10年後の恭弥だった――――。







「・・・、なの?」

恭弥はジンが言ってたように、今まで見た事がないくらいに驚いた顔をしていた。
でも私は目の前にいる25歳になってるであろう恭弥に、言葉が出てこない。
さっきまで会ってた恭弥とは違う、大人びた顔・・・。
それは恭弥であって恭弥ではない、全く別人を見ているような、凄く変な感覚。
自分の心臓が凄い速さで打っているのが分かる。その時、恭弥がゆっくりとこっちに歩いてきた。


・・・」
「あ、あの恭弥、私、実は――――」
「何か・・・若くなってない?」
「・・・・・・っ!」


その一言にズッコケそうになった。いや、ジンは思い切りズッコケている。
恭弥って、天然の気があったっけ?


「あのさ、恭弥!若くなったんじゃなくて、彼女は例のランボのバズーカでこっちに来た、過去のなんだって!」


そこでジンがランボくんのバズーカの事を含め詳しく説明すると、恭弥は驚いたように、再び私に視線を戻した。


「10年バズーカ・・・」
「そう!オレも驚いたけど・・・」
「・・・ホントに?」
「え・・・あ、の・・・」


ゆっくりとこっちに歩いて来た恭弥は、そっと私の頬に手を伸ばした。
その感触にドクンっと鼓動が跳ねる。


「ホントに・・・過去から来たの?」
「う、うん・・・。そうみたい・・・」


私を見つめる目の前の人は確かに恭弥なのに、その大人びた雰囲気にドキドキする。
大人らしく、シックなスーツ姿に少しだけ伸びた身長、低くなった声・・・・。それら全てが私をドキドキさせる。


「じゃあ・・・は・・・」
「今、過去にいるって事だろ?」


ジンがそう言うと、恭弥は私の頬から手を離し彼の方へ振り返った。


「事情は分かったよ。ちょっと驚いたけど・・・。でも・・・何でジンのところにいるの?」
「・・・・・ッ?!」


不意に怖い顔でジンを睨んだ恭弥にドキッとした。
ジンも彼の空気が変わったことに気づき、顔が引きつっている。


「い、いやあの・・・偶然・・・会ったって言うか・・・」
「偶然・・・?どこで」
「学校の・・・応接室・・・?」
「学校?」
「あ、あの恭弥・・・。私、過去で応接室にいたの。恭弥と・・・過去の恭弥と一緒に。でもそこにランボくんが来て気づけば駅前に立ってたの。だから・・・」
「学校に戻ったってこと?」
「う、うん・・・。恭弥のとこに戻ろうと思って・・・。でもそこに恭弥はいなくて代わりにジンくんがいたの」


そこまで話してチラっとジンくんを見ると、彼は何故か思い切り首を振って人差し指を口に当てている。
何をしてるのか分からなかったが、すぐに"あのこと"を言わないで、というお願いだと分かり、先ほどされた事を思い出した。
会ったばかりの彼に乱暴されそうになった事は思い出したら腹も立つけど、今ここでそんな事を言えば、きっと恭弥を怒らせることになる。
そんな気がしてジンくんに小さく頷いて見せた。


「そこで少し話したら恭弥の従兄弟だって言うし・・・。事情も少し知ってるみたいだったから助けてもらおうと思ったの。他に誰を頼っていいか分からないから・・・」


そこまで話して恭弥を見上げると、彼は黙って私を見つめていた。
何もかも見通すようでいて、凄く優しい目に何故か恥ずかしくなって俯く。
瞬間、頭にそっと手が乗せられ、ドキっとして顔を上げると、恭弥は目を細めながらも微笑んでいた。


「心細かった?」
「・・・え?」
「でももう大丈夫だよ。僕が傍にいるから」
「恭弥・・・」


そう言って優しく頭を撫でてくれる恭弥に、今まで堪えてきた不安が急に薄らいで涙が溢れてきた。
知ってるようで知らないこの世界でやっぱり心細かったから、こうして恭弥に会えてホっとしたのかもしれない。
恭弥は泣き出した私をそっと抱き寄せ、「もう大丈夫だから」と優しく言ってくれる。
その少し低い声に安心して、私はぎゅっと彼の服を掴んだ。


「ジン。は僕が連れて行くよ」
「あ、ああ・・・。それはいいけど・・・でもどうすんだ?5分経っても戻らなかったし、どうやって過去に――――」
「それは僕が考える。ジンはあの変な牛男に連絡しておいて」
「変な牛男・・・って、ああ、ランボか。まあ・・・携帯は繋がらないし、オレも心当たり探してみるよ」
「頼むよ。僕は家にいるから何か分かったら連絡して」
「OK」


ジンはそう言って片手を上げると、私にニッコリ微笑んだ。


「またな」
「う、うん・・・。あの・・・色々ありがとう」
「礼なんていーよ。結局何も出来なかったし」
「でも・・・恭弥に会わせてくれたから」


そう言って微笑むと、ジンはハッとしたがすぐに苦笑を漏らした。


「偶然だよ。恭弥が勝手に来たんだ」
「・・・何か言った?」
「べ、別に何も」


恭弥がジロっと睨むと、ジンは顔を引きつらせ首を振っている。
どうやら彼は恭弥にかなり弱いみたいだ。(強い人なんて見たことないけど)


「今日、と外で食事する約束をしてたのに事務所に行ってもいなかった。こんな事初めてだからね。またジンが迷惑かけて彼女を呼んだのかと思ったんだよ」
「ちょ、オレ、そんな迷惑かけてる?」
「かけてるだろ?学校サボって煙草を吸ってたとこを補導された時も、が代わりに警察に迎えに行った。ケンカして補導された時も――――」
「あ〜分かったって!オレが悪かったよっ」


ジンが降参するように項垂れると、恭弥はクスっと笑って私に微笑んだ。


「ジンはいつも君に迷惑かけてるんだ。何故か君にはなついててね」
「お、おい恭弥・・・」
「とにかく・・・ジンは言った通り、あの男を捜してよ」
「はいはい・・・。分かったよ」
「じゃ宜しくね」


恭弥はそれだけ言うと、私の手を引いて家の外へと出た。


「乗って」
「へ?」


外に出た瞬間、家の前には大きな車が止まっていて驚いた。


「こ、これ・・・恭弥・・・の?」
「うん」


そう言ってドアを開けてくれる恭弥に、私はただ驚くばかりで促されるままに助手席へと乗り込む。
恭弥はドアを閉めると、すぐに運転席へと乗り込み慣れた手つきでエンジンをかけている。
そんな姿を見てると私の知らない恭弥がいる事に、また胸がドキドキしてきた。


「・・・どうしたの?大人しいね」
「え?あ・・・」


ハンドルを回しながら、恭弥がチラっと私を見る。その瞬間、目が合うだけで顔が熱くなった。
さっきまで会ってた恭弥と同じ人でありながら、彼は私の知ってる恭弥じゃない。
どう話していいのかすらも分からず、私はただ黙って俯いた。
恭弥はそれ以上何も言わずに、無言で車を走らせている。
沈黙が気まずくて窓の外に目を向けると、恭弥の家とは違う方向へ向かってるのが分かった。


「あ、あの・・・」
「何?」
「どこに・・・行くんですか?」
「何で敬語?」
「え、あ、だって・・・」


つい敬語になってしまう私に恭弥は小さく笑って、「普通に話してくれて構わないけど」と言った。
そしてスピードを緩めると、見知らぬマンションの駐車場に車を入れる。


「ここ・・・は?」
「ここは僕らのマンションだよ」
「・・・えっ?」
「下りよう」


エンジンを切って車を下りると、恭弥は助手席に回ってドアを開けてくれた。
ありがとう、と言って車から降りると、そこは広い駐車場スペースで、恭弥が止めた場所には"2012"と番号がある。


「あ、あの恭弥・・・さっき僕らのって言ってたけど、それって――――」
「だから・・・僕とのって意味だよ」
「えっ?」


苦笑しながら私に手を差し伸べる恭弥の言葉に、私は驚いた。
という事は・・・私と恭弥は今――――。


「僕とは5年前から一緒に住んでるんだ」
「――――っ」


そう言って微笑むと、恭弥はそっと私の手を繋ぎエレベーターへと乗り込んだ。






「わ・・・。広い・・・」


部屋に案内されて中へ入った瞬間、あまりに広いリビングに驚いた。
ソファといった家具類もシックでお洒落な感じで、恭弥の実家の部屋と少しだけ雰囲気が似ていると思った。
キッチンにはお揃いのカップやお皿が並んでいる。それを見て私もここに住んでるんだ、と思うと、胸がいっぱいになる。

(私・・・ホントに恭弥と同棲してるんだ・・・。何か嘘みたい・・・)

恭弥は慣れたように部屋の電気をつけると、カーテンを閉めてふと振り返り、ゆっくりと私の方へ歩いて来た。


「何か・・・変な感じだね」
「・・・え?」
なのに・・・今朝までの君とは違う・・・」
「・・・・・・っ」


彼の手が頬に触れ、ビクっとなった。知らない人に触れられてるようで、少しだけ怖い。
こうして近くで見上げて見ると、身長があの頃より少し伸びた事がハッキリ分かる。
それに髪も少し切ったようで、前髪が短い。
そんな違いを見つけるたび、目の前の恭弥が10年後の彼なんだと、改めて実感する。
恭弥も同じ事を思っているのか、懐かしそうに目を細めながら、優しい表情で私を見ていた。


「その制服も・・・今より少しだけ短い髪も・・・全部・・・懐かしい。最初に会った頃の君だ」
「恭・・・弥・・・?」
「君が過去から来たのに・・・まるで僕が過去に戻ったような気になる」
「あ、あの・・・」


私を見つめる恭弥の瞳が、本当に愛しいと言いたげに細められる。
その事が更にドキドキを加速させ、頬が赤くなった。
25歳の恭弥は私が想像してたよりも、ずっとカッコ良くて、鼓動がどんどん早くなっていく。
その時、頬にあった彼の手がゆっくりと離れて、代わりに唇に触れられた。


「・・・・・っ」


恭弥の綺麗な指先に優しくなぞられ、ビクっとなる。
一気に熱が顔に集中して彼を見上げると、切れ長の目が僅かに細められた。


「・・・キス、していい?」
「・・・・えッ?」


その一言にドキっとした。私の知ってる恭弥ならそう聞いてきた後、私が応えなければ強引にキスを仕掛けてくる。
でも目の前にいる恭弥はそれを躊躇っているように見えた。
それでも唇をなぞる指は止まらず、私の神経が一気にそこへと集中する。


「これって・・・浮気になるのかな・・・」
「・・・え?」
「君はだけど・・・今のじゃないし、なのにキスなんてしたら・・・浮気になるかな」
「あ、あの・・・・」


そんな事聞かれても困る!と思いながらも恭弥を見上げると、唇をなぞっていた指が不意に離れ、再び頬に添えられた。


「でも・・・我慢できない」
「恭・・・・ん、」


恭弥が身を屈めた瞬間、唇が僅かに触れ合った。でもそれはすぐに離れ、至近距離で恭弥と目が合う。
その熱い視線でドクンっと鼓動が跳ねた。
いつも以上に恥ずかしくて、恭弥なのに知らない人にキスをされてるような、そんな気持ちになる。
強く目を閉じると、また唇が重なった。


「・・・ん、・・・んっ」


さっき以上に深く合わされた唇から割って侵入してくる舌に体が跳ねた。
無意識に離れようとした腰を抱き寄せられ、絡み合ってる舌が更に深く繋がる。
優しく甘噛みしたり、吸い上げてくる巧みなキスに頭の芯がボーっとしてきた。
舌が動くたび、耳の奥で厭らしい水音が響いてくる。それが聞こえるたび、体の奥から熱が溢れてきた。
普段の恭弥よりも少しだけ違う、私の知ってる恭弥のキスよりも、もっと大人のキス・・・。
いつもと違うそのキスに、さっき恭弥が言ったようにちょっぴり浮気をしてるような、そんな気がしてきた。


「・・・っん・・・っ」


徐々に深くなっていく口付けに、体の力が抜けてきた。必死に恭弥の服を掴んでいるのに足元がぐらつく。
その時、僅かに唇が離れて一気に空気が送り込まれると呼吸が楽になってくる。
・・・・と思った瞬間、突然体が浮いた。


「きゃ・・・っな、何・・・?」


パっと目を開ければ、恭弥が私を抱き上げ奥の部屋へと入っていく。
その突然の行動に固まったままの私に、恭弥は軽くキスを落とした。
そして気づけばベッドに押し倒され、私は真上に見える恭弥の顔を見上げていた。


「きょ・・・恭・・・弥・・・?」


いきなりのその行動に戸惑っていると、恭弥が片手で自分のネクタイを軽く緩めた。
その仕草にドキっとして身を硬くすると、額に軽くキスをされビクッとなる。


「あ、あの・・・恭――――」
「今すぐ・・・抱きたい」
「――――ッ?!」


熱いまなざしで見つめられたあげく、そんなセリフを言われて一気に顔が熱くなった。
恭弥は緩めたネクタイを片手で引き抜くと、そのまま私に覆いかぶさり再び口付けてくる。
今度は最初から舌を入れられ、その性急さに少しだけ体を捩った。


「・・・んっ・・・・や・・・っ」


それでもキスはどんどん深くなっていく。さっき以上に激しく舌を絡められ、呼吸もままならない。
両頬を押さえられ、顔を固定されたまま何度も恭弥の舌に翻弄される。
その時、頬を包んでいた彼の片方の手が胸元に下り、制服のリボンをいとも簡単に解いていった。


「ん・・・きょ・・・や・・・待っ・・・」
「待てない・・・」


何度も口付けながら、囁くように呟く。
恭弥の息が乱れているのを感じ、本気なんだという事に気づいた。
シャツのボタンが次々に外され、露になった首筋に唇が押し付けられる。
その瞬間、ビリビリと電気が走るような衝撃と同時に、甘い疼きが走った。


「ん、や・・・っぁ・・・」


首筋から鎖骨、と恭弥の唇が下りていくたび、体がビクリと跳ね上がる。
その先にある行為が容易に想像できて、怖いと感じた。
いつか恭弥と、と思ってた。だから今日、彼に求められた時は覚悟を決めた。
でも今、私を抱こうとしている恭弥は私の知っている恭弥じゃない。


「や・・・やめて・・・恭・・・弥・・・んっ」
・・・」


シャツも下着も乱されて、肌が露出したところに彼の唇が触れていく。
同時に、余裕がないと言うように、恭弥は私の足の間に膝を割って入れてきた。
胸の先に恭弥の舌が触れるたび、体が自分のものじゃないみたいにどんどん熱を持って、感じた事もない疼きが全身を覆っていく。
甘い刺激が休むことなく襲って次第に体の力が抜けてきた時、不意に涙が浮かんだ。


「・・・や・・・だ・・・。恭弥・・・怖・・・い・・・」


私の知ってる恭弥も強引だけど、こんな風に私を抱いたりしない。
そう思ったら瞳の奥が熱くなって、涙が零れ落ちた。


「・・・ゃ・・・だ・・・っひ・・・く・・・っ」
「・・・・・・?」


薄暗い寝室に私の泣き声が響き、不意に恭弥が顔を上げた。
そして泣いてる私に気づき、驚いたように頬に触れてくる。


「泣いてるの・・・?」
「だ・・・って・・・恭弥が・・・」


止めようと思っても、一度出た涙はすぐには止まってくれない。次から次に溢れ出す。
それには恭弥も驚いたのか、指でそっと拭ってくれた。


「・・・泣かないで」
「・・・ひ・・・っく・・・」
「・・・ごめん・・・」


子供みたいに泣いている私の額にそっとキスをすると、恭弥は乱れた服を直してぎゅっと抱きしめてくれた。
その瞬間、鼻をつくのは私が知ってる恭弥の香りで、たったそれだけで恐怖が和らぎ、安心感が込み上げてくる。


「・・・ごめん、。怖かった?」
「・・・う・・・ん・・・」
「・・・ごめん。いつもしてるようにしたつもりだったんだけど・・・君は僕の知ってるじゃないんだよね」
「・・・・・っ?!」


その言葉にドキっとして目を開けると、恭弥は困ったような顔で微笑んでいた。


「・・・わ、私・・・」
「あれ、その顔・・・。まさか未だに僕とはプラトニックな関係だって・・・思ってたんだ」
「・・・・・っ」


ふっと笑った恭弥は、ちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべながら私の頬にキスをした。


「一緒に住んでるんだから・・・そんなはずないと思うけど」
「・・・そ、それは・・・」
「でも・・・普段の君とは違うのに・・・怖がらせてごめん」
「恭弥・・・・」


そう言って困ったように微笑む彼は、やっぱり私の好きになった恭弥だって思った。
でもその瞬間、彼が不意に意味深な笑みを浮かべた。


「でもその分だと・・・過去の僕はまだを抱いてないようだね。もうとっくに抱いてるかと思ったんだけど・・・」
「・・・・へ?」


ホっとしたのもつかの間。恭弥はイジワルな笑みを浮かべると、私の耳元に唇を寄せた。



「だって僕らは―――――ちょうど10年前に結ばれたんだから」


「――――ッ?」



耳元でそう囁かれ、私は一瞬で顔が赤くなった。


「出来れば・・・もう一度、の初めてをもらいたいところだよ」


真っ赤になって固まっている私に、恭弥はとんでもない事を囁き、そっと唇にキスを落とした。

過去でも未来でも、私は彼に振り回されてるんだ、なんて、恭弥の唇を受け止めながら、漠然と思う。

それでも彼の言葉に、未来の私はどんな風に恭弥に抱かれてるんだろう、なんてバカなことを考えた――――。









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うーん、10年後の恭弥は難しい・・・
でもカッコいい&セクスィー゜*。:゜+(人*´∀`)
未だに雲雀夢に投票&コメントをして頂き、本当に嬉しいです!
いつもありがとう御座います!





■恋をした時の甘くて切なくて、もどかしい気持ちを思い出させてくれるこのシリーズが大好きです。二人がちゃんとくっついてからの微笑ましい日常に癒されてます。(大学生)
(ヲヲ…そんな風に言って頂けて嬉しい限りです!今回は番外編ですが、二人を描く事になりましたので、喜んでいただけるといいな(´¬`*)〜*

■雲雀夢のラブラブな感じが大好きです。(高校生)
(ありがとう御座います!雲雀夢は"甘エロ"目指しております(笑)

■とっても感動して、見てよかったと心から思えました!!!本当に楽しませていただき、ありがとうございました。(中学生)
(感動していただけた上に見て良かったなんて言ってもらえて感激です!!これからも頑張りますので、また宜しくお願いしますね♪

■長編大好きなので、読み応えあって幸せです(高校生)
(短編苦手な私はつい長編になってしまいがちなのですが、読み応えがあると言って頂けてホントに嬉しいです!これからも楽しんで頂けるような長編を書けるよう頑張ります!

■こちらの雲雀夢が大好きです!(その他)
(ありがとう御座います!大好きなんてもったいないです(*ノωノ)

■読まないジャンルなのでおためし気分で読んだら嵌った。自分でもビックリしてます。(社会人)
(ヲヲ…読まないジャンルなのに目を通して頂いたようで嬉しいです!しかもハマっただなんて感激!(*TェT*)

■いつの間にか引き込まれていました。色々な意味で違和感を感じさせないヒロイン、雲雀にも魅力があって素敵なお話でした。(大学生)
(引き込まれるって何かいいですね!凄く嬉しいお言葉です!素敵といって頂けて、ホントに感激です!これからも頑張りますね(>д<)/

■REBORN夢最高です!!ひばりさんカッコイイ!!この夢を読むといつも思ってしまいます。(高校生)
(ありがとう御座います〜!カッコいいと言って頂けて嬉しい限りです♪

■本当に「夢」を見させて頂いています。いつも素敵な夢をありがとうございます♪(社会人)
(好きなキャラと夢を見れるドリームって、ホントいいですよね(笑)そんな風に言って頂けて凄く嬉しいです!)

■デスノもテニプリも好きなんですけど…雲雀様に惚れました!(中学生)
(ほ、惚れたなんて照れます(●ノ∀`)照照(お前ぢゃナイ…)

■ひばりさん最高です!このお話を読んでると、もっとかっこよくなってるんです!!本当に最高です(高校生)
(ありがとう御座います〜!そう言って頂けてホントに嬉しいです!これからもカッコいい雲雀さまを描けるよう頑張ります!





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