陰謀A――06
その空間は一言で言うと"和"の空気が満ちている場所だった。
長い廊下のいたるところまで、全てが障子や木彫り格子でデザインされている。
恭弥のいう"研究室"兼"アジト"。ここがボンゴレのアジトと繋がっているみたいだ。
それを証拠に真っ直ぐ歩いていくと、前方の壁が突然開いてそこからリボーンくんが顔を出した。
「ちゃおっス」
「リボーン!!どうしてリボーンがここに?!」
沢田くんが驚いたように案内してくれた草壁さんを見上げる。
「我々の施設とあなたのアジトは繋がっているのです。もっとも不可侵規定により今まで一度もここを開いた事はありませんが」
「群れるのを嫌う、あいつらしいシステムだな」
リボーンくんが納得したように頷く。
そこで恭弥の姿がない事に気づいた。
「あ、あの・・・恭弥は・・・」
「恭さん・・・。いえ、ヒバリは自室へ一度戻られました。彼らは私が運んでおきますので、さんはどうぞ彼の傍に」
「は、はあ・・・。でも・・・大丈夫ですか?獄寺くんと山本くん・・・」
「大丈夫ですよ。すぐ治療させます。――――リボーンさん、医務室に案内してくれますか?」
「おう、こっちだぞ」
「では・・・ヒバリの部屋は奥の廊下を左に曲がったところにあります」
草壁さんはそれだけ言うと、獄寺くん達を背負ってリボーンくんに着いて行ってしまった。
血まみれの彼らを見て心配だったけど、今の私に出来る事は何もない。
言われたとおり恭弥の部屋へ行こうと廊下を歩いて行った。
それにしても・・・と辺りを見渡し、溜息をつく。
話に聞いていたとは言え、これだけの施設を作っている事に心底驚かされる。
ボンゴレのアジトもそうだけど、やっぱり10年前と比べたら何もかも未知の世界だった。
「・・・ここ、かなぁ」
角を曲がったところに、大きな襖が現れた。一旦、足を止めて様子を伺う。
すでに気配に気づいていたのか、中から「?」という恭弥の声が聞こえてきた。
「う、うん」
「入って」
その声に一瞬、躊躇った。
先ほど会った恭弥はかなり怒っていたからだ。
一度ならず二度も約束を破って、抜け出したあげく危ない所を恭弥に助けてもらった。
一応、理由はあったけれど、恭弥が怒るのも無理はない。
それに・・・私は少し怖かった。
話に聞いていたとは言っても、目の前で命をかけた戦いを見せ付けられて心の底から不安になったのだ。
ヴァリアーとの戦いも凄かったけど、未来の敵はそれ以上に恐ろしいものを感じる。
この先、皆がどうなるのか不安になるのは仕方のない事だ。
そんな事を考えていると不意に目の前の襖が開いた。
「何してるの?」
「きょ、恭弥・・・その格好・・・」
待ちきれないといった顔で出てきた恭弥は、何故か黒の着物を着ていた。
いつも見ていた彼とは雰囲気がガラリと変わって、大人の男を思わせるその着物姿にドキっとしてしまう。
「ああ・・・ここにいる時はこっちの方が楽なんだ。それより突っ立ってないで入ったら?」
「・・・うん」
恭弥に促され部屋の中へと入る。
そこも広い和室となっていてちょっと驚いた。真ん中に座布団や木彫りの机、そして壁には掛け軸なんかが飾ってある。
奥へ進むと襖が開いた先に庭が見えて、テレビなんかで良く見る"
鹿威し"までがあり更に驚いた。
この空間の何もかもが和の世界だ。
「お茶でも飲む?」
「え?あ・・・うん」
出された座布団に座ると、恭弥が慣れた手つきで急須から湯のみにお茶を注いでくれる。
「はい。コーヒーが良ければ言って。用意させるから」
「あ・・・うん。でも日本茶でいいよ?何かホっとするし」
私の言葉に恭弥はちょっと微笑むと、自分もゆっくりと湯のみを口に運ぶ。
着物姿で静かにお茶を飲む恭弥は、なかなかサマになっていてカッコいい。
「凄いね、ここ。恭弥が作ったの?」
「ああ。哲にも手伝ってもらったけどね」
「でもどうして和室なの?何だかどっかの家元のお家みたい」
「言ったろ?この方が落ち着くんだ。外に出ると疲れることばかりだからね。休む場所はこういう方がいい」
「でもマンションもあるのに・・・未来の私はここの事、知ってたの?」
「もちろん。平日は仕事があるからってマンションに帰ってたけど、週末にはここで一緒に過ごしてたよ」
「そうなんだ・・・」
その変わった生活に多少驚いたけど、未来の私も少なからず恭弥が何をしていたのかは把握してたらしい。
そう、それに未来の私だってボンゴレ関連の会社に勤めているんだから、きっと組織の内情を詳しく知っているに違いない。
今の自分ではいまいちピンとこないけど。
「それより・・・」
と、不意に恭弥が私を見た。
ドキっとして顔を上げると、恭弥は静かに湯飲みを置く。
「今後はどんな事情があろうと勝手な行動はしないでくれる?」
「・・・え?」
「赤ん坊からも聞いただろ?今は危険な状況なんだ。さっきみたいな隊長クラスに見つかれば、助かる保証はない」
「うん・・・」
真剣な表情の恭弥を見て、彼が本気で心配してくれてるのが分かる。
確かにあんな化け物なみに強い敵に見つかれば、私なんかは一瞬で殺されるだろう。
あのヴァリアーと互角の戦いをした獄寺くんや山本くん達だってあれだけやられてたのだ。
でも恭弥は・・・そんな男を一瞬で倒してしまった。
過去の恭弥も恐ろしいほど強いけど、未来の彼は更に強くなっている。
「ホントに分かってる?」
「・・・・・ッ」
不意に恭弥の手が頬に触れてドキっとした。顔を上げた瞬間、唇が重なって頬が熱くなる。
でもそれはすぐに離れ、気づけば私の身体は恭弥の腕の中に包まれていた。
「無事に過去へ戻れる方法が分かるまで・・・は僕の傍にいて」
「恭弥・・・・」
「じゃないと・・・心配でゆっくり仕事もしてられないよ」
「ご、ごめんなさい・・・。でも・・・」
そこは素直に謝る。だけど私にだって言い分はあった。
「あの時は仕方なかったの・・・。結果、恭弥に心配かけたけど、でもジンを放っておく事は出来なかった・・・」
恭弥の言うようにジンを見捨てる事など出来なかったし、放っておけと言われても次にまた同じ事があれば、やっぱり私は助けに行くだろう。
自分が皆のように戦えるわけじゃないと、もちろん分かっている。
ただ仲間が危険な目に合ってるのに何もしないというのは出来ない。それは理屈じゃないのだ。
恭弥は無言のまま私を見つめていた。私も彼を見つめ返す。暫しの沈黙の後、恭弥は深々と息を吐き出した。
「・・・ホント、分かってないようだね。は」
「・・・分かってない?」
「自分が狙われてるって事をさ」
「わ、分かってるよ。だけど仲間が殺されるかもしれないって時に私だけ安全な場所で何もしないでいるなんて出来ないもの」
私の言葉に恭弥は僅かに目を細めた。きっと呆れてるんだと思う。
でも私は恭弥みたいに非情になれないし、自分達だけ無事ならいいとも思わない。
「が助けに行っても何も出来ないだろ。さっきだって殺されかかった」
「そ、そうだけど・・・」
「だったら足手まといになるだけだよ。ここで大人しくしてればいい」
ピシャリと言われて思わず言葉に詰まった。確かに恭弥の言うとおりだ。
戦う事も出来ない私がのこのこと出ていったって足手まといになるだけ。
それは良く分かってる。だけど・・・・。
「前から思ってたけど・・・恭弥は他の皆に冷たすぎるよ・・・」
「・・・・・・」
「ジンは恭弥の従兄弟でしょ?なのに放っておけだなんて・・・私には分からない」
「・・・どこ行くの?」
だんだん頭に来て立ち上がると、恭弥は怖い顔で私を見上げた。
「皆の怪我の具合が気になるし様子見てくる。恭弥は仕事でも何でもすれば?」
それだけ言い捨てると私は部屋を飛び出した。何だかひどく悲しくて目の奥が熱い。
恭弥が心配して言ってるというのは分かってる。だけど頭ごなしに怒られては、素直にいう事を聞く気にはなれない。
今の恭弥は凄く大人だけど私はまだ子供だ。その現実に少し距離を感じて、寂しくなった。
「・・・恭弥のバカ」
零れそうになった涙を手で拭うと、私は皆のいるアジトへと歩いて行った。
「いいんですか?放っておいて」
「・・・哲か」
静かに入って来た部下に、ヒバリはゆっくりと視線を向けた。
「聞いてたの?」
「いえ・・・声をかけようと思ったら耳に入ってきて。彼女が出てきたので思わず隠れてしまいました」
草壁は苦笑しながらヒバリの方に歩いて行った。その表情はどこか不安げだ。
「・・・彼女に本当の事を伝えてはいかがですか?」
草壁の言葉にヒバリの表情が僅かに歪んだ。が、それも一瞬の事で、ゆっくりと湯のみを口に運ぶ。
気持ちを落ち着かせようとしているのかもしれない。
「言えば余計な不安を与えるだけだよ」
「でも、もしまた彼女が奴らに見つかれば・・・」
「分かってる。でも言った所で彼女がいう事を聞くとは思えない。は――――優しいからね」
最後の台詞を、普段はあまり見せないような優しい笑みを浮かべながら呟く。
そんなヒバリを見ながら草壁は小さく頷いた。彼女のそういうところも好きなのだろう。
一筋縄じゃいかない、決して自分の思い通りにはならないのそういうところを、ヒバリは気に入っている。
そして自分以外の者に優しいところも・・・自分にはないものだった。だからこそ憧れる。
「今回の件での事は百蘭にバレたかもしれない・・・」
「はい・・・」
「の事、見張っておいてくれる?」
「恭さんは?」
「僕はやる事がある。宜しく頼むね」
「分かりました」
草壁は深々と頭を下げると、静かに部屋を出て行った。
一人になったところで、ヒバリは少し考え事をしながらもゆっくりと立ち上がる。
そのまま奥の部屋へと歩いていった。
「・・・よ。」
アジトにある医務室に行くと、意識の戻ったジンがベッドの上で手を上げた。
その姿に心底ホっとする。
「もう大丈夫なの?」
「まあ、ね。軽い脳震盪だって。ま、身体のあちこちが痛いけど、これでも武や隼人と一緒に普段は鍛えてるから何とかね」
「・・・はあ。でも良かった・・・。大した怪我じゃなくて」
ベッド脇の椅子に腰を下ろして安堵の息を漏らすと、ジンは気まずそうに頭をかいた。
「草壁さんに聞いたよ。恭弥があの雷野郎を倒したんだって?」
「うん・・・」
「そっか・・・。恭弥、怒ってたろ。にメールしたこと」
「・・・・・」
ジンの問いに私は言葉が詰まった。ジンは全てお見通しのようで「やっぱな」と苦笑いを浮かべている。
だけど・・・さっき恭弥に言った事は嘘じゃない。どんな理由があろうと彼を見捨てていい理由にはならないのだ。
「いいよ、怒らせておけば。私だって間違った事したなんて思ってないもの」
「あれ・・・ケンカしたのか?」
「別にケンカってわけじゃ・・・」
一方的に言いたい事を言ってきたのは自分だ。
恭弥は何も言ってはこなかったし、もしかしたら今頃呆れてるかもしれない。
「ははーん。だから元気ないんだ」
「そ、そんな事ないよ・・・」
「嘘つけ。後悔してるって顔してるぜ?恭弥とケンカした時は10年後のお前もいつもそんな顔してた」
「・・・そうなの?」
「ああ。恭弥とケンカするたびそんな顔してたな」
「未来の・・・私も?」
「ま、恭弥はあんな性格だから。でも恭弥は冷静で、いつもが一方的に怒るだけだけどな」
ジンの言葉に顔が赤くなった。どうやら未来の私もそれほど大人とは言えないらしい。
「だって・・・他の皆には冷たいし」
「ま、仕方ないよ。恭弥は弱い奴は生きる価値なしって思ってるとこあるし」
「・・・そうだね。草食動物は嫌いだったっけ・・・」
「そうそう」
ジンは軽く噴出すと上半身を起こした。
「ところで隼人や武は?まだ意識ないの?」
「うん。今ちょっと覗いてきたけど・・・怪我がひどいの。完治にはもう少しかかるって」
「そっか・・・。クソ!あの二人があそこまでやられるなんてな・・・」
悔しげに呟くとジンは唇を噛み締めた。でも不意に顔を上げると、
「恭弥は?」
「・・・さあ。自分のアジトにいるんじゃない?何かここと繋がってたみたいでビックリしちゃった」
「ああ・・・。あの扉、開けたんだ」
「ジンも知ってたの?」
「まあね。ボンゴレの奴らと群れるのはイヤだって言って、その扉も緊急時までは開けないって言ってたから」
「恭弥らしいね」
他人と極力、関わろうとしないのは昔からだ。
それはただ単に、恭弥が強い人間にしか興味がないからだと最近分かってきた。
「何か飲む?持ってきてあげる」
「サンキュ。でも・・・ここにいていいのか?恭弥が怒るんじゃ――――」
「いいの。私にだって自由にする権利くらいあるし。放っとけなんて冷たいこと言う恭弥に今は会いたくない」
プイっと顔を反らす私に、ジンは困ったように笑った。
「仕方ないよ。が狙われてんだ。恭弥だって気が気じゃないはずだ」
「それは・・・。心配してくれるのは私だって嬉しいよ?でも・・・」
言いよどんでいると、ジンは小さく溜息をついて頭をかいている。何か言いたそうだ。
「そうじゃなくて・・・はただ命を狙われてるとかじゃないんだ」
「え?」
「あ・・・いや、何でもない。ってかマジ喉渇いちゃった。何か飲みもん持ってきてくれるか?」
「・・・うん。分かった」
ジンの言葉が気になりつつも、今は答えてくれない気がして私は一旦医務室を出た。
キッチンに行けば何かしらジュースが置いてあるはずだ。
「安心したら私も喉渇いちゃった・・・。何か飲もうかな」
色々ありすぎて疲れていた。溜息をつきながらそのまま静かな廊下を歩いて行く。
と、その時、前方に見覚えのある後姿が見えた。
(あれは・・・草壁さん・・・?)
彼が皆のいる部屋に入っていくのが見えて私はそっちに足を向けた。
閉じられたドアを見上げ、何となく入るのを躊躇っていると、中からかすかに話し声が聞こえてくる。
思わずドアに耳をつけてみた。どうやら今後の作戦を話し合ってるらしい。
「・・・敵アジトの・・・並盛駅地・・・・ショッピン・・・モール・・・入江正一が・・・・・」
断片的に聞こえてくるけど内容がよく分からない。入江正一というのは敵の隊長だったっけ?
そんな事を考えていると不意にドアが開いた。突然の事で耳をつけていた私の身体は当然のように前のめりになる。
「きゃ・・・っ」
転ぶ、と思った時、私の身体は何かに包まれた。
「あれ・・・姉?」
「・・・・・っ?」
誰かに抱きとめられたと気づき、慌てて顔を上げる。そこには見知らぬ少年が私を見下ろしていた。
「あ、あの・・・?」
「やっぱり姉だ。リボーンに聞いたよ。過去から来たんだってね」
「・・・へ?」
親しげに微笑む目の前の少年に目が点になった。どう考えても見覚えがない。
そんな私の心情に気づいたのか、少年はクスっと笑うと「僕だよ。フウ太」と微笑んだ。
その名前に思わず目が丸くなる。
「えっ!嘘・・・でしょ?ホントにフウ太くん?」
「久しぶり」
「やだ・・・。凄く大きくなってる・・・」
「そりゃ10年も経ってるからね」
「そ、そうだね。って、ゴメン」
やっと理解できた私はフウ太から離れると、部屋の中にいる人たちを見渡した。
そこにはリボーンくんや沢田くんを始め、草壁さんやラル・ミルチ、ジャンニーニといった顔が揃っている。
そしてそこには見覚えのある人がリボーンくんを抱っこしたまま座っていた。
「あ・・・ビアンキ・・・さん?!」
「まあ、なの?久しぶりね!」
彼女、獄寺くんのお姉さんとはヴァリアーとの戦いの時、沢田くん宅でお世話になった事がある。
「ビアンキとフウ太は情報収集から帰って来たんだ。色々と新しい情報が手に入ったし、これで動きやすくなる。良くやったなビアンキ」
「リボーン・・・
ゥ」
リボーンくんの言葉にビアンキさんは嬉しそうに頬を赤らめた。―――何故か彼女はリボーンくんにゾッコンらしい―――
「これからツナ達の修行をするんだ。は京子達とサポートを頼む」
「うん!分かった・・・って、京子ちゃん、戻ってきてるの?!」
その一言に驚いた。先ほど皆が出て行ったのは彼女を探す為でもある。
あんな事があってスッカリその事を忘れていた。
「ああ。無事に戻ってきたぞ。京子は友達の家にいたんだ」
「そ、そう。良かったぁ・・・。それで彼女のお兄さんは――――」
「了平は今イタリアに行ってたようだ。もちろん無事だぞ」
「そう・・・良かった!それで京子ちゃんは・・・?」
「部屋にいる」
「分かった。行ってみる。じゃ、フウ太くん、ビアンキさん。また後で」
二人に手を振ると、私は急いで京子ちゃん達の部屋へと向かった。
無事だと聞いて心の底からホっとする。
「っと、いけない。ジンにジュース頼まれてたんだっけ」
そこで思い出し、途中でキッチンに寄った。そこでコーラやジュースを数本持つとそれをジンに届ける。
「あれ・・・何だ、寝ちゃったんだ」
医務室に戻るとジンは安心しきったように眠っていた。
先ほど死にかけたのだ。精神的にも疲れたに違いない。
起こすのも可哀想だと、持って来た飲み物をベッド横の棚に置くと、そのまま医務室を後にした。
途中、獄寺くんや山本くんの様子も気になって隣の医務室を覗いたけど、まだ意識は戻ってないようだ。
仕方ない、と声をかけずにそのまま京子ちゃん達のいる部屋へと向かった。
「あ、ちゃん」
「京子ちゃん!大丈夫だった?」
部屋に行くと彼女は無邪気な笑顔で出迎えてくれた。見たところ怪我もしてないようでホっとする。
「もう・・・心配したんだよ?」
「ゴメンね。どうしてもお兄ちゃんが心配で・・・」
「分かってる。お兄さん、イタリアに行ってるんだってね。無事で良かった」
「うん」
京子ちゃんは嬉しそうな笑顔で頷くと、「あ、そうだ」と言って何やら紙袋を差し出した。
「これ花が用意してくれたの」
「黒川さんが?」
黒川花とは同じ中学のクラスメートで、京子ちゃんの親友だ。
――――そうか。京子ちゃんがいたのは黒川さんの家だったんだ。
そう思いながら中を覗いてみると、それは女性用の下着だった。
「これ・・・」
「ないと困るでしょって。ちゃんの分もあるわ」
「え・・・いいの?」
「もちろん。買い物行くにも簡単には行けないし」
「わ、助かる。私もどうしようかと思ってたの。黒川さんにお礼言っておいてね」
「うん。あ、これがちゃんの分だから」
「ありがとう」
京子ちゃんから袋を受け取ると、そこにハルちゃんがやって来た。
「見てくださいよ〜!ハルのパンツ、これですよー」
「わ、斬新だね・・・」
「花ちゃん、ハルのキャラ絶対勘違いしてます・・・」
見せられたパンツには、何故か屋形船の絵柄が入っていて思わず噴出しそうになった。
それと同時に、まさか私のも何か変な柄じゃ、と不安になる。
袋を開けて中を確認してみると、こっちは普通のレースのついたもので内心ホっとした。
「それより・・・皆の怪我は大丈夫なのかな・・・」
ふと京子ちゃんが思い出したように呟いた。
「まだ意識が戻ってないの。でも命に別状はないみたい。沢田くんは左腕を怪我したけど元気だったよ」
「そう・・・ならいいけど・・・」
不安げな顔で息を吐き出す京子ちゃんにハルも目を伏せる。
まだ先は見えないままで、これからどうなるか分からないのだから不安になるのも仕方がない。
でも今は皆を信じて、自分達に出来る事をしなければ。
「あのね。これから暫く沢田くん達が修行するんだって。だから私達にサポートして欲しいってリボーンくんが」
「うん。そうだね。私達に出来る事はそれくらいしかないし・・・」
「はひ!じゃ早速、夕飯の準備をしましょ♪」
ハルちゃんが元気良く手を上げる。それに頷き、私達はキッチンへと向かった。
「さん」
今夜の献立は何にしようか、と話してると、不意にドアが開いて草壁さんが顔を出した。
「あ、草壁さん。今夜の食事、こっちでしませんか?」
「あ、いえ・・・私は結構です。それより・・・そろそろヒバリの元へ戻ってはどうですか」
「え?」
「我々の施設にさん用の部屋を用意しました。着替えなども揃えてあります」
「でも・・・」
「もちろん、こちらへ続く扉も封鎖はしません。好きな時に出入りできます。それなら構わないでしょう?」
「それ・・・恭弥に頼まれたの?」
「はい」
恭弥なりの譲歩なのだろうか。でもそれなら本人が直接来るべきだ。
「・・・恭弥は?」
「ヒバリは今、用事があって出かけてます。夜には戻ってくるかと。その後はこちらで沢田綱吉達の修行を始めるそうです」
「え・・・修行って・・・恭弥が沢田くん達と?」
「はい。ここでの戦い方を覚えない限り、今の敵には勝てないですからね」
「で、でもあんなに群れるのが嫌いなのに、沢田くん達に戦い方を教えてくれるって言うの?あの恭弥が――――」
そこまで言うと、草壁さんはふっと笑みを漏らした。
「ご存知の通り、ヒバリは弱者が嫌いな方です。ですが強くなる可能性を秘めた弱者になら、興味も沸く」
「・・・どういう意味ですか?」
「沢田綱吉はもっと強くなる可能性がある。そして、その強くなった彼をヒバリは見てみたいのかもしれません」
「恭弥が沢田くんを・・・」
「ええ。それともう一つ・・・」
「もう一つ・・・?」
「あなたです」
「え?」
「あなたが彼らを心配して危険な場所へも行くと言うなら・・・彼らを強くすればいい」
「・・・・・・ッ」
思わず息を呑んだ。その意味は、恭弥が私の事を思ってしてくれたという事に他ならないからだ。
「ヒバリは何だかんだ言っても、友達思いのあなたを気に入ってるようですね」
「草壁さん・・・」
いきなりそんな事を言われて、顔が赤くなった。
後ろで聞いていた京子ちゃんやハルちゃんもニヤニヤしながら私を見ている。
「あ、あの・・・」
「私は先に戻っています。あなたも食事の準備が終わったら戻って来て下さい。夕食は是非ヒバリとお願いします」
草壁さんはそれだけ言うと、キッチンから出て行った。
暫し呆然としつつも、恭弥がそこまで考えていてくれた事は素直に嬉しい。
「良かったね、ちゃん」
「えっ?」
「ラブラブじゃないですか!羨ましいです〜!」
京子ちゃんとハルちゃんにからかわれて顔が赤くなる。
慌てて冷蔵庫を開けると「それより何作ろっか」と誤魔化した。
そんな私を見て二人は笑いを噛み殺している。
「じゃあ・・・怪我人用の食事と分けて作りましょ」
京子ちゃんはそう言って私に微笑んだ。
夜になると再び草壁さんが私を呼びに来た。
皆に食事を出した後、何となく一人では戻りにくかった私は、そのまま草壁さんの案内で恭弥のアジトへ向かう。
「ここがあなたの部屋です」
「わ・・・旅館みたい」
案内された部屋も和室で、とても落ち着く雰囲気だ。二部屋もあって隣には布団が敷いてある。
そこには着替えようの浴衣が畳んで置いてあった。
「これ・・・」
「それはパジャマ代わりです。一人で着れますか?」
「あ、はい。中学に上がった時、母に習いましたから」
「ならそれを着て先ほどの部屋へ来て下さい。食事の用意がしてあります」
「あ、あの・・・恭弥は・・・」
「もう戻ってきて、あなたをお待ちですよ」
草壁さんはニッコリ微笑むと、そのまま静かに部屋を出て行った。
一人になってホっと息をつく。ボンゴレのアジトとはまた違った雰囲気の部屋を、ぐるりと見渡した。
恭弥の趣味なのか、落ち着く造りになっている。かすかにする木の匂いが、ホっとさせてくれた。
「それにしても私まで浴衣って・・・」
綺麗に畳んである浴衣を広げて苦笑いを零す。でもたまには気分転換にいいかもしれない。
浴衣は黒地にピンク色の桜の花が散らしてある、絞りの浴衣だった。
季節外れだけど、ただ寝るだけに用意したものにしては高価そうな浴衣だ。
「・・・着れるって言っちゃったけど覚えてるかな」
しばらく着ていなかった事もあって少し不安もあったけど、案外手にして見ると身体が覚えているようだ。
無事に着る事が出来て軽く息をつく。
部屋にある鏡で確認すると、草壁さんに言われたとおり先ほどの部屋へと向かった。
薄暗い廊下を歩いて行くと、襖の向こうからかすかな灯りが漏れてくる。
あそこで恭弥が待っているんだと思うと、少し緊張した。さっきは気まずいまま出てきてしまっているからだ。
恭弥の冷たさに腹が立ち、怒って出てきてしまったけど、先ほど草壁さんから聞いた話だと恭弥なりに考えてくれてるらしい。
そう気づいて、さっきの事を謝るべきかどうか。いや、謝る気持ちはあっても、どうしても彼の前だと緊張してしまうのだ。
でもこのまま逃げるわけにもいかない。私は軽く深呼吸をすると、静かに襖を開けた。
「・・・遅いよ」
「ゴ、ゴメンなさい」
恭弥は先ほどと同じように着物を着て座っていた。
少し違うのは、彼の前にある木彫りのテーブルの上にズラリと並んだ豪華な料理。
どれも高級料亭が出すようなものばかり並んでいる。
「座ったら?食事にしよう」
「う、うん・・・」
促されるまま恭弥の前に座る。
慣れない格好での正座にどうしようかと悩んでいる私を見て、恭弥はふと笑みを浮かべた。
「いいよ。足崩しても」
「え、でも・・・」
「いいから気にしないで。の座りやすい格好でいい」
「・・・うん」
それじゃ、とお言葉に甘えて足を崩した。少しホっとして顔を上げると、恭弥が黙って私を見ている。
その視線にドキっとして目を伏せれば、彼はクスっと笑った。
「思った通り、良く似合う」
「え・・・?」
「その浴衣」
「あ・・・ありがと」
「それ君のなんだ。浴衣だからサイズはそれほど気にならないだろ」
「あ、うん・・・。そっか、私のなんだ」
「もここで過ごす時は和服だからね」
恭弥はそう言って微笑むと「食べなよ」とテーブルの上の料理に目を向けた。
こうして見ると、ホントに旅館に来ているような気がしてくる。
「これ凄いね。誰が作ったの?」
「哲だよ」
「えっ」
それには思わず驚いてしまった。まさかあの草壁さんに、こんな繊細な料理が作れるなんて思わない。
「哲の腕は本物だから安心して食べていいよ」
怪訝そうな顔をしていたのか、恭弥は私の顔を見ると軽く噴出して自分も箸を取った。
それを見て私も箸を取ると、目の前に並んでいる料理に目を向ける。
前菜の白魚とじゃが芋のミルフィーユや、刺身のお造り。和牛のステーキまで揃っていた。
どこかの料亭のコースが一気に出てきたみたいなメニューだ。
その豪華な料理に、空腹だった私のお腹が小さく鳴って頬が赤くなる。
「早く食べなよ。お腹空いてるんだろ」
恭弥は笑いを噛み殺しながらも、前菜を食べ始めた。
私もいただきます、と箸を揃えると彼と同じように前菜を口に運ぶ。
「美味しい・・・!」
「言っただろ。鉄の腕は本物だって」
「え・・・恭弥いつもこんな食事してるの?」
「まさか。がいる時は作ってもらうよ?いない時だけ哲が作る」
「そ、そうなんだ・・・。でも私、負けそう・・・」
目の前の料理を見て少しだけ自信を失う。恭弥は楽しそうに笑うと「そんな事ないよ」と微笑んだ。
「の作ってくれる料理も全部美味しいからね」
「あ、ありがとう」
別に今の私が作ってるわけじゃないけど、ついお礼なんか言ってしまった。
恭弥は軽く微笑むと、再び食事を続けている。
私もお腹が空いていたせいで、その後は殆ど会話をする事もなく黙々と食事を続けた。
「はあ・・・美味しかった!」
メインのステーキを食べ終えたところで、私は軽く息を吐き出した。
恭弥はすでに食べ終えていて、ゆっくりとお茶を飲んでいる。
「満足?」
「うん凄く!こんな料理食べたの初めてだったし・・・ホント美味しかった」
「いつでも哲に頼めばいい。でも僕はの作ってくれるカレーライスの方がいいけどね」
「え、カレー?」
「うん。の作るカレーは凄く辛くて美味しいんだ。あれは僕にもマネ出来ない味だな」
「そ、そうなんだ・・・。でも私、カレーはお母さんに習っただけだけど・・・」
「そうみたいだね。でも色んなスパイスを上手くミックスして作るのは、後で自分が考えたみたいだよ」
「へぇ・・・そっか。今度色々やってみよう」
一緒に住んでるとはいえ、母は外出が多い。必然的に食事も自分で作るようになった。
カレーは唯一、母親が直接教えてくれた料理だ。
「頼むよ。久しぶりに食べたいしね」
「こっちにいる間にマスター出来ればいいけど」
そう言って笑うと、恭弥は黙って微笑んだだけだった。
その笑顔を見て、ふとさっき自分が言った言葉を思い出す。
"恭弥は他の皆に冷たすぎるよ"
ひどい事を言った気がして、軽く目を伏せる。恭弥は恭弥なりに考えてくれてたのに私は・・・。
「どうしたの?食べ過ぎてお腹が痛くなった?」
「ち、違うもん・・・」
不意に黙った私を見てクスクス笑う恭弥に、ムっと唇を尖らせる。からかう様子は昔とちっとも変わらない。
ただ"10年前"より何となく言葉は優しい気がする。
「あ、あの・・・さっきは・・・ゴメン・・・ね」
「さっき?」
「だから・・・恭弥のこと冷たいだなんて言って・・・」
「ああ、その事」
思い切って謝罪したのに、恭弥は特に気にもしてないといった様子で笑った。
「いいよ。本当の事だから」
「・・・嘘。恭弥は冷たくないよ」
「君が言ったんだよ?」
「だ、だから謝ってるじゃない・・・」
揚げ足をとる恭弥にムキになって言い返す。これじゃいつまで経っても仲直りできない。
いや、そもそも恭弥がケンカをしたと思っているかどうかすら謎だ。
「僕は弱い奴は嫌いなんだ」
「・・・うん」
「弱いクセに無謀な行動をして死ぬなら、それは本人が悪い」
「・・・うん」
「だから放っておけって言った。無謀な奴のせいでが危ない目に合うのは許せないからね。でもそれでに冷たい奴と映るなら、僕は冷たい人間なんだろうね」
「で、でも恭弥は皆の修行を手伝うんでしょ?さっき草壁さんから聞いたよ?」
その一言に恭弥の表情が明らかに変わった。というか小さく舌打ちしたように思う。
「余計なことをペラペラと話したようだね、哲は」
「・・・ぁ」
しまった、と思った。私も出来れば舌打ちしたい気分だ。
きっと草壁さんは気を利かして教えてくれたのだろう。でもそれは恭弥の意思とは違うものだった。
明らかに怒っている恭弥を見て、心の中で草壁さんにゴメンなさい、と謝っておく。
きっと後で恭弥に"咬み殺す"という名の制裁を加えられるだろう。
「勘違いしないで欲しいんだけど、僕は沢田綱吉の為に相手をするわけじゃない」
「・・・え?」
「10年前から来た彼に10年後の彼と同様の力を引き出させ、戦うのが目的だよ」
「え、戦うって味方なのに――――」
「僕には味方なんかいない。奴らも僕にとったら、咬み殺すだけの相手だよ」
恭弥はそう言って憮然とした顔をした。
でも私はそれだけじゃないと確信していた。だからもう、そんな彼を"冷たい"と思うことはない。
「何笑ってるの」
「ちょっと嬉しくて」
「何が?」
「何でもない」
「・・・・・」
恭弥は訝しげに目を細めるとゆっくりと湯のみを置いた。
そのまま立ち上がった彼を見てドキっとする。
「どこ行くの?」
「は先にお風呂に入っておいで」
「え、お風呂・・・。でも・・・恭弥は?」
まさかその間に草壁さんを咬み殺すつもりじゃ・・・と不安になった。
けど意外にも恭弥は軽く笑うと「心配しなくてもいいよ」とだけ言った。
「赤ん坊と少し話してくるだけだから。さっき行けなかったしね」
「そ、そう・・・」
「は先に寝てていいから。部屋も別だし安心だろ」
「・・・う」
痛いところをつかれて顔が赤くなる。大人の恭弥といると、いつか流されてしまいそうで怖かったのは事実だ。
恭弥は何でもお見通しなのか、クスクス笑いながら私の前にしゃがんだ。
「安心しなよ。別に手を出そうなんて思ってない」
「・・・え、あの」
「と言っても、がそうして欲しいって言うなら話は別って前にも言ったよね」
「な・・・」
その言葉にドキっとして彼を見上げた。その瞬間、唇が塞がれ、目を見開く。
「・・・キスくらいは許してよ。これでも我慢してるんだから」
「・・・・・ッ」
ゆっくりと唇を離した恭弥は意味深な笑みを浮かべて、私の頬にキスを落とした。
その表情が艶っぽくて、勝手に鼓動が早くなっていく。
普段でも10年後の彼は男の色気がありすぎるのに、着物姿は余計に反則な気がした。
恭弥が動くたび胸元がかすかに肌蹴て、やたらと色っぽい。
「・・・」
こんなに近くで名前を呼ばれるだけで、鼓動が跳ねる。
切れ長な彼の目を見つめている自信がなくて、僅かに目を伏せた。
その瞬間、恭弥の手が私の頬に添えられドキっとする。視線を戻した時には、もう唇は重なっていた。
「・・・ん、」
先ほどの軽いキスとは違い、今度は最初から舌が唇を割って侵入してくる。
僅かな抵抗で恭弥の胸を押そうとしたけど、それもすぐに拘束された。
舌を絡め取られて熱い吐息が漏れる。舌が混じり合うたび、心臓が爆発しそうな勢いで動き出すから呼吸が苦しい。
思わず逃れようと身体を引いたけど、何もない空間にそのまま床へ倒れそうになった。
このままじゃ押し倒されてしまう――――そう思った時、背中に恭弥の腕が回って私の身体を支えてくれた。
「・・・恭・・・んっ」
唇が解放されて安堵した瞬間、首筋に彼の唇が押し付けられた。
ビクっと肩が跳ね、口付けられた首筋からは甘い刺激が走る。
恭弥は少しづつ唇を下降させていくと、私の肩先にも軽く口付けた。
浴衣が肌蹴ていくのが分かり、熱が顔に集中していく。
「きょ、恭弥・・・っ」
この下にはもちろん下着などつけていない。このまま肌蹴てしまえば裸と同じだ。
そこに気づき、慌てて彼の肩を押した。
それでも恭弥は肩から首筋まで唇を這わせると、背中を支えていた腕をゆっくりと動かして私の頭をそっと撫でた。
「恭・・・弥?」
私の髪に指を入れて梳くように撫でる。首筋にキスしていた唇は、いつの間にかまた私の唇を塞いでいた。
再び彼の舌に翻弄されながら髪を撫でる手が優しくて、徐々に身体の力が抜けていく。
気づけば抵抗していたはずの私の手も彼の胸元を握り締めるだけで、そのまま彼のキスを受け入れていた。
どれくらいそうしていたんだろう。不意に唇が解放されて、私はゆっくりと目を開けた。
目の前には艶っぽい笑みを浮かべた恭弥の顔がある。
「・・・そんな顔されたら今すぐ抱きたくなる」
「な・・・」
カッと頬が熱くなった。同時に我に返って恭弥から慌てて離れる。
それが気にらなかったのか。恭弥は何ともいえない表情を浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。
「露骨に逃げられると傷つくんだけど」
「だ、だって・・・」
「さっき言ったよね。手を出す気はないって。何もしないよ」
あんなキスをしておいて・・・と思ったけど、恭弥にとったら今のは"何かした"うちに入らないのだろう。
恭弥から言わせればキスの延長ってだけ。それに動揺している私は、彼にとったらまだ子供なのかもしれない。
「お風呂・・・入ってくる」
気持ちを落ち着けよう。そう思って何とか立ち上がると、恭弥は「そうしなよ」と微笑んだ。
こんな時でも余裕があるのは恭弥の方で、それが少し悔しかった。
「じゃ・・・僕は赤ん坊のところに行って来るから」
「・・・行ってらっしゃい」
私の頭を軽く撫でると恭弥は静かに部屋を出て行った。途端に体中の力が抜けてその場にへたり込む。
ドクドクとうるさいくらいに動く胸を押さえながら、思い切り息を吐き出した。
「もう・・・これじゃ眠れない」
疲れているはずなのに頭だけが妙に冴えてしまった。
お風呂に入れば少し落ち着くかもしれない、とすぐに風呂場へ向かう。
確かここへ来る途中にあったはずだ。長い廊下を何度か曲がると"湯"と書いた暖簾が見えた。
それすら純和風で、本当に温泉にでも来たみたいだ。
「わ・・・広い」
中へ入って驚いた。見た目だけじゃなく、お風呂もどこかの温泉のように岩で囲ってある。
「恭弥って凝り性なのかな」
ふと笑みが零れる。自分の興味があるものには、とことん拘るようだ。
ゆっくりお湯に浸かると全身に血が巡っていくのが分かった。
未来に来てからは、こんなにノンビリお風呂にさえ入ってなかった。
「気持ちい・・・」
白く濁ったお湯を手で掬い、顔を洗う。さっきの緊張もほぐれてきたのか、心拍数も少しづつ正常に戻ってきた。
未来に来て二日・・・。今頃、過去の恭弥は何をしてるんだろう。ふと思い出して寂しくなった。
多分、未来の私が恭弥に色々と説明してくれてるはず。今はそれを信じて帰る方法を探すしかない。
「いけない。寝ちゃいそう・・・」
考え事をしていたら少し眠くなってきた。だいぶ身体も温まったところで湯船から出る。
素早く身体を拭いて浴衣を着なおすと、また薄暗い廊下を歩いて部屋へ向かった。
他に誰もいないのか、静まり返っている廊下はやけに怖い。
草壁さんまでいないのかなと思いながら、自分の部屋の襖を開ける。
その瞬間――――携帯の着信音が鳴り響いて、驚いた私はその場で飛び上がった。
「な・・・何よもう・・・っ」
人は驚きすぎると腹が立つらしい。静まり返った屋敷の中での携帯音はかなり心臓に悪い。
こんな時間にいったい誰だ、と荷物の中から携帯を取り出す。が・・・ディスプレイを確認して首を傾げた。
「非通知・・・?」
未来で出会った人の中に非通知設定の人はいない。一瞬、イタズラかと思って電源を切ろうとした。
でも何となく気になって少しの間、様子を見てみる。
(もしかして・・・この時代のお母さんかも・・・)
ふとそう思った。
未来の私とお母さんが、どれくらいの頻度で連絡を取り合っていたかなんて分からないけど、その可能性はある。
考えてる間も携帯は一向に鳴りやまない。
もしイタズラなら切ってしまえばいいか。そう決めて通話ボタンを押すと「もしもし?」と小声で電話に出てみた。
『・・・・・』
「もしもし?・・・誰?」
何も応えない相手にやっぱりイタズラか?と思って切ろうとした。
が・・・不意に『さん?』という男の声が聞こえてきてドキっとした。
聞き覚えのない声だ。
「・・・誰ですか?」
相手が名乗るまで私も認めない方がいい。少し警戒しながら尋ねてみる。
なのに相手は答えないまま『今、一人ですか』と言葉を続けた。
その態度にムッとして「名乗って下さい。じゃないと切りますよ?」と文句を言ってみる。
相手はかすかに苦笑したようだった。
『聞いてた通り、気の強い人のようだ』
「・・・聞いたって・・・誰によ。どうしてこの番号を知ってるの?」
『そんなもの調べればすぐに分かります。あなたの場合は何年も同じ番号ですしね』
一向に名乗ろうとしない相手に、イライラも頂点に達していく。
一瞬、未来の私の知り合いかとも思ったが、相手の口調だとそうでもないようだ。
いったい何の用があるというのだろう。
「だからあなた誰よ?何の用?」
『・・・その様子だと周りに人はいなさそうだ』
「・・・え?」
『もしいたら、すぐに誰かが代わりそうですしね』
「ちょっと・・・何なの?」
男のふざけた態度に本気で腹がたってきた。
名前すら名乗らず、何の用事かも言わない奴を相手にしているほどお人よしではない。
本当に切ってやろうか、と思ったその時――――。
『さん。あなた――――過去へ戻りたくないですか?』
「――――ッ?」
思わず息を呑む。電話の相手は私が過去から来ている事を知っている人間らしい。
そんな人はここにいる仲間だけのはずだ。ううん・・・もしかしたら――――。
「あなた・・・もしかしてミルフィオーレファミリーの人・・・?」
受話器の向こうからクスクスと笑う声が聞こえてくる。
『察しがいいですね。そうですよ。その通りです』
「・・・・・っ」
当てずっぽうで言ったはずがアッサリと相手が認めて、私は言葉を失った。
だいたい敵のファミリーが私に何の用があるというのか。
『僕はホワイトスペル、第二ローザ隊・隊長Aランク。入江正一です』
「・・・入江っ?」
『その様子だと僕の名前くらいは知ってるようですね』
「・・・・・」
その名を聞いて、ここへ来た時にされた話を思い出した。
指輪の守護者を集め、入江正一という人物を倒せば皆は過去へ帰れる――――リボーンくんが言ってた事だ。
という事は先ほどこの男が言っていた"過去へ帰りたくないか"という問いは、かなり信憑性がある。
(――――でも・・・何故この男は私に電話なんか・・・)
『なら話は早い』
「・・・何の話?」
『どうですか?一度、僕と直接会って話しませんか?』
「何それ・・・。そう言われて私が会うと思うの?だいたいどうして私に電話したのよ」
『あなたは
未来へ来るべき対象じゃなかったからです』
「どういう・・・」
『それはあなたが良く知ってるはずだ。あなたはアクシデントで未来に来てしまった。違いますか?』
そう言われてハッと息を呑んだ。確かに私はランボくんの10年バズーカに間違って当たった。
他の皆もそうだと思ってたけど、話に聞くと皆は背後から撃たれたようで、相手がランボくんだったのかすら分からないらしい。
(じゃあ・・・私以外の皆はコイツらに仕組まれて未来へ来たって言うの――――?)
「だから何なの?あなたの目的は何?」
『・・・・・』
「ちょっと聞いてるの?」
不意に黙ってしまった入江正一に苛立ちを覚え、つい声を荒げる。すると彼は深々と溜息をついた。
『僕は・・・もう嫌なんですよ・・・』
「・・・は?」
『これ以上・・・白蘭さんにはついていけない』
「白蘭って・・・?」
『僕らのボスです。彼は力を得てから変わってしまった・・・。こんな無駄な殺し合いをするのは僕はもう嫌なんだ』
入江正一の言葉に私は何も言えなかった。
本気で言ってるのかどうかも分からない。ただ声の感じから、嘘をついているようにも思えなかった。
「・・・だからって私にどうしろって言うの?そんなに嫌なら、この戦いをやめろって言えばいいじゃない」
『分かってませんね・・・。そんな事を言えば僕はすぐに殺されてしまいます』
「あなた隊長なんでしょう?凄く強いんじゃないの?ガンマって男も凄く強かったわ」
『・・・僕は彼とは違って武闘派じゃない。どっちかと言えば、戦略担当なんだ。頭を使う方が得意でね』
「あっそ。だったら他の隊長さんにでも頼めばいいじゃない」
『他の隊長達は白蘭さんを支持している。僕の言う事なんか聞いてくれませんよ』
「じゃあ・・・私に何をしろっていうの?」
『何も。ただ僕の指示に従って過去へ戻ってくれればいい』
「何それ?それで何が変わるのよ」
脈絡のない話をされ、だんだん苛立ってきた。
だいたい何で私なのか未だに分からない。
『あなたなら僕の話を信じて動いてくれると思ったから・・・こうして電話をかけました』
「・・・どういう、意味?」
『ボンゴレの・・・他の連中はきっと僕の話を聞こうともしないはずだ。そうでしょう?』
確かに・・・沢田くんはともかく、あの獄寺くんが「ハイ、そうですか」と素直に敵を信じるはずがない。
それに恭弥だって・・・・。
『ですがあなたは違う。過去へ帰りたいんでしょう?』
「そりゃそうだけど・・・」
『僕の言うとおりにすれば必ず過去へ帰れます。もちろん他の皆さんも』
「でも・・・皆が過去へ戻ったとして・・・あなたに何のメリットがあるの?」
『指輪の守護者さえ集まらなければ戦争はひどくなりません。未来では沢田綱吉はすでに抹殺されている』
「・・・あんた達が殺したクセにっ!」
『否定はしませんけど、やったのは僕じゃない。僕は反対だったんだ。ボンゴレは必要なファミリーだと今も思ってる』
その言葉は真剣だった。この男はどうやら互いのファミリーは共存していけばいいと思ってる。
過去から来てしまった守護者がいれば、今後もっと大きな戦争になって、どちらかが死に絶えるしかなくなる。
だからこそ過去から来た守護者達は過去へ返したい・・・。それには守護者とは関係のない私が必要・・・そう言うこと?
『あなたは雲の守護者の恋人だそうですね。彼を戦争に巻き込みたくないでしょう?』
「・・・そんな事まで・・・」
『あなたは抹殺リストに入っている。それくらい調査済みです』
「・・・そうだったね。だったらあなたが私をおびき出して殺そうとしてもおかしくないって事でしょ」
『そんな事はしない!僕はこの戦争を止めたいだけなんだ・・・!早くしないと手遅れになる』
「だからって今、皆を過去に帰したらこの時代の仲間はどうなるの?あんたの仲間に襲われるんじゃないの?」
『それは大丈夫です。白蘭の目的は・・・ボンゴレリングなんですよ』
「ボンゴレ・・・リング・・・?」
『ええ・・・。今この時代には存在しないボンゴレリング・・・。それが必要だからこそ守護者をわざわざ過去からこの時代へと連れて来たんです』
「そんな・・・」
彼の話に驚いて言葉を失った。確かに話のつじつまは合っている。
10年後のこの時代、沢田くんは「争いの種になるならリングなんかいらない」と破壊したと言っていた。
狙いだったリングがなくなった事を白蘭が知って、だったら、と過去から守護者を集めようとしてもおかしくはない。
『分かりましたか?守護者はこの時代にいちゃいけないんです。リングさえなくなれば白蘭がボンゴレ狩りをして守護者をおびき寄せる必要もなくなる』
「そりゃ・・・そうだけど・・・」
『ですから一刻も早く僕と会って欲しいんです。僕のアジトに過去へ帰れるマシーンがある。あなたさえ帰せば他の皆も自動的に戻れますよ』
「え、私さえって・・・なんで?」
『過去から来た人達は僕の作ったプログラムで全員リンクしてます。一人帰れば同時に他の仲間も帰れるはずです』
「・・・ホントに?」
『はい。信じてください・・・。頼みの綱はあなただけなんです・・・。僕の話をまともに聞いてくれるのは・・・』
切々と訴える彼に、私はどうしていいのか分からなくなった。
彼のいう事が本当ならば、確かに守護者である皆は帰った方がいい。百蘭という男の狙いが彼らの持つリングならば・・・
あのリングにどんな意味があるのかは良く分からないけど、敵に奪われてはいけないものだというのは、過去のリング争奪戦を見て分かっている。
『さん・・・僕と会ってくれますか?』
「で、でも私だけで決めれる問題じゃ・・・。他の皆にも――――」
『それはダメです!絶対に僕の事は言わないで下さい・・・っ』
「な、何で・・・?だって皆も戦いなんかホントはしたくないって思ってるし・・・」
『そうじゃありません。誰が敵の隊長である僕の話をまともに聞いてくれるんですか。反対されるに決まってます』
「そ、そうかもしれないけど私が説得してみるし・・・あなたも沢田くんに会えばいいんじゃない?彼、話が分かる人だし」
『ダメです・・・。僕は彼らから命を狙われている。それにあなたが僕の事を話したとして、反対されればあなたに監視がついて僕のとこへ来れなくなるでしょう?』
彼のいう事も一理ある。確かにこの話を恭弥であれ、沢田くんであれ、誰かに話したとして・・・。
皆に信じてもらえなければ、私が勝手に出て行かないように監視がつくだろうし、それこそ恭弥が何ていうか・・・。
『この事は誰にも内緒にして下さい。それに守護者達にバレれば警戒されて僕の裏切りが白蘭に発覚する恐れがある』
そうなれば僕は確実に殺される――――入江正一は消え入るような声で呟いた。
といって、私一人で勝手に彼と会っていいものか・・・。もしこれが罠だったら?私は彼らの抹殺リストに入っているのだ。
「もう少し・・・考えさせて」
『さん!もう時間がないんだ・・・っ』
「分かってるけど・・・でもやっぱり私一人で決められない・・・」
今日だって勝手な行動をして恭弥を怒らせたばかりだ。また同じ事をして心配かけたくない。
『・・・そうですか。残念です』
不意に受話器の向こうから溜息が聞こえた。やや彼の声に苛立ちが混じっている。
『本当ならこんなマネはしたくなかったんですが・・・僕も必死なのでね』
「・・・どういう意味?」
彼の言い方に嫌なものを感じ、軽く携帯を握りしめた。
『・・・あなたのお母さんが死ぬかもしれない、と言ったら?』
「・・・は?」
『守護者の家族ならリスト入りは当然だけど、あなたは守護者じゃない。だから母親は抹殺リストに入ってすらいなかった。でも・・・僕が昨日、リストに入れておきました』
「な・・・っ」
『あなたが大人しくいう事を聞いてくれれば今すぐにも消すつもりでした。でも・・・この際仕方ないですね』
「そんな・・・っ」
『どうやらボンゴレ側もあなたの母親の事まではノーマークだったようです。護衛もついていなければ保護もしてない。闘い好きのブラックスペルの連中に見つかれば、すぐにあの世行きです』
入江正一の言葉に唇を噛み締めた。怒りで手が震えてくる。
『母一人子一人なんでしょう?』
「・・・卑怯者!やっぱり最低だよ、あんた達!」
『何とでも。言ったでしょう。僕も必死だって。僕は戦争を止めたいだけだ。でも一人じゃ出来ない。あなたの協力がなければね』
互いの目的は同じでしょう?と入江正一は笑った。
『あなたが僕のところに来てくれた時点で、リストから母親の名前は消してあげます。あのリストは僕が作ったから簡単ですよ』
「・・・くっ」
『ああ、それともあなたの友人もリストに入れましょうか?例えば――――並盛に来る前にいた学校のお友達とか』
「・・・・っ?!」
一瞬、懐かしい顔が浮かんだ。転校した後に唯一、私に会いに来てくれた友達の顔が。
(――――南条くん!)
何もかも用意周到だ。私の弱みを確実についてくる。
『どうしますか?ここへ・・・来てくれる気になりましたか?』
彼の言葉が何度も頭の中で繰り返される。同時に色んな人の顔が脳裏を過ぎった。
「どこへ・・・・行けばいいの」
震える声を搾り出すと、受話器の向こうで彼が笑った気がした――――。
ちょっと久しぶりの雲雀夢です。
いつも投票処に励みになるコメントを、ありがとう御座います<(__)>
■このサイトさまの雲雀が大好きです!(高校生)
(大好きだなんて嬉しいです!(´¬`*)〜*
■雲雀さん大好きです!新規が楽しみです!!(高校生)
(ありがとう御座います!今後も頑張ります☆)
■雲雀さんにますます惚れてしまいました!!(高校生)
(ありがとう御座います!そう言って頂けて嬉しいです!)
■雲雀さんすごくカッコイイです!!最高!!(高校生)
(カッコいいと言ってもらえて嬉しいです!これからも頑張りますね☆)
■こちらのサイト様の雲雀が一番しっくりきます!(高校生)
(ヲヲ…当サイトの雲雀を気に入って頂けて感激です(*ノωノ)ありがとう御座います)
■雲雀さん大好きです!楽しみにしていますVv(高校生)
(ありがとう御座います!)