不穏な影――09








綱吉が覚醒してからも激しい修行は続いていた。
山本はリボーンと最終段階に達し、獄寺も未来の自分が残した武器を使いこなすまでに至った。


「皆、大丈夫・・・?」


ボロボロな姿で夕飯のテーブルについている三人を見て、京子が心配そうに言った。
ツナはすでに食事を終え、テーブルに顔を突っ伏しながらウトウトし始めている。


「ま、何とかな」


山本は軽く肩をすくめると、隣でとうとうイビキをかき始めたツナを見て苦笑した。その山本も多少疲れた顔をしている。


「はひ・・・あまり無理しないで下さいね」


洗い物をしていたハルも、ボロボロのツナを心配そうに見ながら呟いた。


「ああ、でもまあ・・・多少は無理しねぇーとな。あまり時間もかけてらんねーし・・・。の事も心配だ。なあ?獄寺」


山本の言葉に獄寺は無言のまま立ち上がると、お皿もさげずにドアの方へと歩いていく。
その様子が少し気になり、山本も一緒に立ち上がった。


「おい・・・まだ修行する気か?今日はもう止めておいた方が――――」
「うっせぇっ。時間かけてられねーっつったのはてめぇだろうが!オレ達はもっと力をつけなきゃダメなんだよ!」


拳を握り締めて厳しい顔で振り返る獄寺に、山本の顔から笑みが消えた。


「未だにの行方もつかめてねぇ・・・。あいつは助けを待ってるかもしれねぇのに・・・」
「獄寺・・・」
「もし入江正一って奴のアジトにいるなら今すぐ助けに行ってやりてぇよ・・・。でもそれには、まだ力が足りねぇ・・・っ」
「・・・そうだな。俺もお前と同じ気持ちだよ」


山本は歩いてくると、獄寺の肩にポンと手を乗せた。その顔にはいつもの笑顔が戻っている。


「でも疲れた体で無理して、怪我でもしちまったら元も子もねえだろ?少しでいいから休め」
「・・・・・」
「おい獄寺――――」


山本の言葉に獄寺は拳を強く握ると、そのままキッチンを出て行こうとした。
が、ドアを開けて振り返ると、「ちょっと・・・寝てくらぁ」と一言、言ってから出て行く。
それには山本や京子、ハルもホっとしたように息を吐き出す。


「・・・ちゃん、大丈夫かな・・・」


ふと京子が呟いた。


「心配すんなって。絶対に助けるから」


食べたお皿を片付けながら明るく笑う山本に、京子もやっと笑顔を見せる。
そこへ突然ドアが開き、ランボとイーピンが走ってきた。


「うわーん!京子ー!」
「わ、どうしたの?ランボくん!」


急に泣きながら抱きついて来たランボに京子は驚いた。見ればランボの頭に大きなタンコブがある。


「あのねランボさんね、に会いたくて隣に行ったの!そしたらヒバリがランボさんを殴ったんだもんねっ」
「「「・・・・・・・」」」


ランボの訴えに三人は互いに顔を見合わせると、困ったように笑った。
大方、勝手に侵入してあちこち走り回ったんだろう。あの雲雀が怒るのも無理はない。


「あのなランボ・・・。この前も言ったけどは今、隣にもいないんだ」
「何で?どこ行ったの?」
「ん〜。ちょっと出かけてるんだ。だからヒバリも機嫌が悪い。もう隣には行くなよ?」
「・・・分かった。ランボさん、もう行かない」


山本の説明を理解したのかしてないのか。
ランボは素直に頷くと――単に雲雀が恐いだけだろう――京子に「オヤツちょーだい!」といつもの調子でおねだりしている。
それには京子も苦笑しながら、「アイスあるよ?」と、ランボを抱っこして椅子へと座らせた。

(・・・ヒバリも相当、心配してんだろうなぁ・・・・)

アイス!アイス!と騒いでいるランボやイーピンを見ながら、山本は小さく溜息をついた。
さっきは獄寺にああ言ったが、本音を言えば山本も内心は相当焦っている。
雲雀や草壁の話でが浚われたかもしれない、という、だいたいの根拠や理由は分かったが、まさか敵のボスに惚れられてる、などと、そんな事を聞かされては、の事を友達以上に想っている山本も心中穏やかではいられなかった。


「グズグズしてらんねぇ・・・か」


小さく呟くと山本は厳しい顔でキッチンを出た。今は少しでも力をつけて、一刻も早くを助けにいかなくちゃならない。
今、自分達に出来る事をしよう、と、山本はトレーニングルームへ行く為、エレベーターホールへと歩いて行った。


「・・・てめぇ一人ヌケガケかよ」
「ご、獄寺・・・」


エレベーターの前には獄寺が仏頂面で立っていた。その手には自らの武器であるボックスが握られている。


「寝に行ったんじゃなかったのか」
「けっ!てめぇにだけ先を越されるなんて冗談じゃねぇからな」
「・・・ははっ。オレ達って似た者同志だよな」
「全然、似てねぇ!」


呑気に笑う山本に、獄寺がムキになって怒鳴った。そんないつもの態度に、山本はホっとしたように肩を竦める。


「じゃ・・・の為にも修行しに行くとしますか」
「おう」


覚悟を決めたように互いを見ると、二人は静かにエレベーターへと乗り込んだ。
扉が閉まり、一瞬、廊下が静かになる。少しして奥から雲雀と草壁が姿を現した。
ランボが勝手にアジトへ来ないよう、ちゃんと見張っていろ、と言いに来たのだが、キッチンから話し声が聞こえて様子を伺っていたのだ。


さんは、いいお友達がいますね、恭さん」
「興味ないよ・・・」


表情も変えず一言呟く。その横顔には僅かながら苛立ちが見え隠れしている事を草壁は気づかなかった。
以前、山本が雲雀に対し、「のこと大事にしないなら・・・オレがもらうから」と言った事を、雲雀は今でも覚えている。
普段とても単純そうに見える男が、あの時だけは真剣な眼差しで雲雀を見た事を。
の事をクラスメート以上に想っているのは明らかで、それは少なからずあの時の雲雀を動揺させた。
あの時代の山本が、今ここにいる。そして多分、今もの事を想っている。
それは当然だろう。
10年という月日を過ごしてきたこの世界の雲雀とは違い、彼らはあのリング争奪戦の後、すぐに未来へと飛ばされたのだから。
そんな短い間にアッサリ忘れるほど、山本は器用そうには見えない。


「・・・恭さん?どうしました?」
「何でもない。あの子供の事は哲に任せるよ。二度と来ないよう、きつく言っておいてくれる?」
「は、はい。恭さんは・・・」


一人歩いていこうとする雲雀に、草壁は心配そうな視線を向けた。
このところ沢田綱吉の修行と同時に、の捜索も寝る間を惜しんでしているのを知っている。そろそろ身体が心配だ。


「あの子供に睡眠を邪魔されたからね。もう少し休んでくる」
「分かりました。ではお休みなさい」
「お休み、哲」


雲雀は振り向きもせず、静かに自分のアジトの方へと歩いて行った。
それを見ながら深々と頭を下げると、草壁は小さく溜息をついた。
これ以上無理してはさすがの雲雀も倒れてしまうんじゃないか、と心配なのだ。


さんの行方が分からないんだから気持ちも分かるが・・・」


そう言う草壁も同じようにの事が心配だった。この10年近く、ずっと傍で二人の事を見てきたのだ。
並盛中の頃はあれほど他人を寄せ付けなかった雲雀が、と出逢い、恋をした事で少しづつ変わっていくのを草壁はずっと見守って来た。
あの雲雀がと居る時だけは、それまで一番近くにいた草壁でさえ見た事がないほどの優しい顔をする。
それは草壁を驚かせ、そして同時に喜びを与えてくれるものだった。
誰よりも強い雲雀を心から尊敬し、どんなに理不尽な事で殴られようと傍に居る事を望んだ草壁にとって、雲雀が一人の少女を愛する事で優しさを知った事が嬉しかったのだ。
雲雀の中の孤独を知っていたからこそ、という存在に救われた雲雀を見て、草壁はホっとしていた。
だからこそ二人の間を引き裂こうとする人間は許せない。
これまでも雲雀がの傍に居られない時は、自分が彼女を見守ってきた、という思いもある。

さん・・・。必ず・・・見つけ出してみせます)

草壁は決心も新たに力強く拳を握り締めた。










静かな部屋の中で雲雀は和服に着替えると、ホっと息をついた。
そこは寝室ではなく、と二人で共有している部屋だ。壁には用の着物がかけてあり、それがどこか寂しげに見えた。
棚の上に視線を向けると、そこには写真たてが飾ってある。
中にはがあの小鳥を指に乗せ、微笑んでいる姿が映っていた。もちろんこの世界のだ。
ついこの間まではあの着物を着たが笑顔で傍にいたのに、もう何年も会っていない気がして、ふと胸が痛くなる。
いなくなってしまったが大切なように、この時代のの事も雲雀は大切に想っている。


「まるで恋人が二人いるみたいだ・・・」


自分の頭の上でスヤスヤ眠っている小鳥を鏡に映しながら、ふと苦笑いを零した。


「君は何年経っても僕を心配させてばかりだ・・・」


静かに座り机の上に写真たてを置く。写真の中のをそっと指でなぞると、無性に寂しくなった。
昔は一人でも平気だったというのに、今ではが傍にいないと安心して眠れない。
だがそんな自分が弱くなったとは雲雀ももう思ってはいなかった。心から愛する存在が出来ただけ。ただ、それだけだ。
この10年、めまぐるしく過ぎ去って行く中、の存在だけが雲雀を癒す事が出来た。
もちろん常に仲が良かったわけじゃない。何度もぶつかり、ケンカもした。若さゆえに傷つけあうような事もあった。
でもその度に二人で乗り越え、絆を深めてきた、そんな10年間だった。
に近づく男が後を絶たないせいで苛立ち、嫉妬をして心配する事も多かったが、雲雀はそれでも彼女を手放そうと思った事は一度もない。
人を好きになると、自分では想像も出来なかった感情に振り回され、疲れる事も数え切れないくらいにある。
でもそれ以上に色んなものを互いに与え合ってきた。
雲雀にとって、はそんな存在だ。とても大切で、代わりのきかない愛しい女性。
だからこそ、白蘭という男に渡すわけにはいかない。
白蘭にとってがどれだけの存在なのかは知らないが、自分に比べたら彼女のほんの一部分しか知らない男だ。


「必ず・・・助けるから。どんな状況になっても諦めないで――――」


心のうちを押し殺して呟くと、写真に映るが僅かに微笑んだ気がした。













イタリア・ミルフィオーレファミリー本部――――



「――――未だ信じられん」
「だがアフェランドラ隊からの報告書によれば信憑性は高い・・・」
「第一、ジョークで全17部隊長ミューティングなど、やらんでしょう」
「しかしぃ・・・。いさかかぁ・・・突飛すぎやしませんかね・・・。過去のボンゴレファミリーが・・・この時代にタイムとラベルなど・・・」


広いミューティングルームに集まった部隊長たちは、戸惑いを隠せないといったように口々にそんな事を言い合っている。
上座に座っている白蘭は黙ってみんなの話を聞いていたが、不意にニッコリ微笑むと椅子へと凭れかかった。


「正チャンが頑張ってくれたから出来たんだけどね。そりゃぁもう10年バズーカを膨大な時間をかけて調べてくれてさ」


白蘭のその一言にその場が一瞬でざわついた。


「10年バズーカだとっ?」
「あの辺鄙のボヴィーノに伝わるという・・・10年バズーカの事ですか!」
「バカな!あれはあくまで言い伝えレベルの架空の兵器のはず!!」


口々に反論し始める部隊長たちに、白蘭は困ったように頭をかきながら溜息をついた。

(オッサン達は頭が固くて嫌になるよ・・・)

内心呆れつつ、その場を抑えるように白蘭は身を乗り出した。


「それならボンゴレの死ぬ気弾も言い伝えだと思われていたし、ボックスだって、つい最近までは夢物語だったんだよ?」
「――――ッ!」
「・・・・むぅ」
「ですが仮にそれが事実と受け入れたとして・・・理解に苦しむ点はあります」


口を閉ざす者が多い中、一人の部隊長が口を開いた。黒いスーツを着ているところからブラックスペルの男だ。


「ボスはそれほど重要な問題を何故一部の人間、しかもホワイトスペルの人間の一部とだけ共有しているのでしょうか」


核心を突いた質問に、周りの部隊長たちもそうだと言いたげに頷く。だが白蘭は笑顔を絶やさず、皆を見渡した。


「そんなの、この様子を見れば分かるだろ?タイムトラベルの話をしたところで、君たち信じないから」


その一言に先ほど口を挟んだブラックスペルの部隊長も、ぐっと言葉を詰まらせる。
だが一人だけ、無表情のまま白蘭を見つめている者がいた。
白蘭の対面に座っている、元ジッリョネロファミリーのボスで、ブラックスペルを束ねるユニだ。
その視線に気づいた白蘭はふと笑みを消し、冷ややかな視線で見つめ返した。


「既成事実を示したら、すぐに教えようと思っていたんだ。――――本当だよ、ユニ」
「・・・・・・」


白蘭のその言葉にも反応せず、ユニは黙秘したままだ。
そこで口を開いたのは、またもブラックスペルの部隊長だった。


「まだ分からない事があります。その技術を持ってして何故ボンゴレなんです?わざわざ狩っている連中を・・・」
「彼らを一度消したぐらいじゃ物足りませんかな?ボス」


『――――まるで分かってないねぇ』

「・・・なにっ?」


そこへ今まで黙っていた白いスーツの男が口を開いた。ホワイトスペル第8グリチネ隊、隊長のグロ・キシニアだ。
綺麗に切りそろえられたオカッパ風の髪型に、淵なしのメガネをかけているその男の目は、まるで蛇のように、どこか薄気味悪い。
この場に実際に来ていない彼は机の上に映る円状のモニターの中から、このミューティングに参加していた。


『この計画の狙いは幼いボンゴレファミリーなんてカモではなく・・・むしろ奴らがしょってくるネギの方でしょう』
「ネギ・・・?」


その説明に皆、一様に首を傾げる。彼らの様子を見て、グロ・キシニアはニヤリと不気味な笑みを浮かべ――――。




『リング、リング、ボンゴレリーング』


「――――ボ、ボンゴレリング?!」




その名を聞き、一斉にざわつき始めた部隊長をよそに、白蘭はニッコリ微笑んだ。


「さすがグロくん。鋭いなぁ」
「し、しかし確かに最高峰のリングとしての魅力は分かるが…」
「すでに我々には同等の力を持つマーレリングがあるのですし・・・・」
「・・・ッ!まさか・・・っ」


その時、一人が何かに気づいたように白蘭を見た。それには白蘭も満足そうに微笑む。


「分かってくれたみたいだね。・・・そ。ボクが欲しいのは究極権力の鍵――73トゥリニセッテだよ」







(やっぱユニ、怒ってたなぁ・・・)

ミューティング後、白蘭は一旦部屋へ戻るとソファへと腰を下ろし、一息ついた。
すぐにの様子を見に行ったのだが、ちょうどドクターの検診を受けていて部屋に入れてもらえなかったのだ。


「はあ・・・。あの女医さん怖いんだよなぁ・・・」


検診中はたとえボスでも入室は許可できません!と強く言われた事を思い出し、白蘭はガシガシと頭をかいた。
その時ノックの音が聞こえ、「失礼します」と、伝達係のレオナルドが入ってくる。


「お、レオくん。の検査終わったって?」
「あ、い、いえ!あの・・・第11ヴィオラ隊から緊急連絡が入りまして・・・」
「なーんだ。そっか」


待っていた答えとは違い、白蘭はガッカリしたように好物のマシュマロを口へと放り込む。


「で、緊急連絡って?」
「あ、はい。それがB級以上の部下4名を何者かに暗殺されたとの事です。ありえない状況での殺害という事で現在調査を急いでいます」
「・・・そろそろモグラが動き出す頃合か」
「モグラ?」


訝しげに首を傾げるレオナルドに、白蘭は振り向き微笑んだ。


「聞いたことない?――――ボンゴレの特殊部隊、ヴァリアー」
「・・・あのヴァリアー?!」
「うん。間違いないでしょ」


白蘭はマシュマロを指で潰して遊びながら、ソファに凭れかかった。


「まあ・・・でも良かったかな」
「・・・は?」
「迷ってたんだよね。日本のボンゴレリング回収の増援に第8グリチネ隊と第11ヴィオラ隊のどっちを送ろうかさ・・・。レオくんならどっちにする?」
「い゛っっ?」


突然そんな難問をぶつけられ、レオナルドは顔が引きつった。


「じ、自分でありますか・・・?ヴァリアー相手なら、さしもの第11部隊もすぐには動けないかと・・・」
「って事で・・・第8グリチネ隊に日本へ向かうよう、伝えてくれる?」


「――――その必要はないですよ」


突然聞こえたその声に、レオナルドがギョっとしたように振り向いた。白蘭も「あれ?」と言って苦笑いを浮かべている。


「グロくん。来てたんだ」
「頭の固いジジィどもと同席するのは苦手なので、あの場へ赴くのはご遠慮させてもらいましたよ」


グロ・キシニアは厭らしい笑みを浮かべながら白蘭の方へ歩いて来た。その言い草には白蘭も苦笑いするしかない。


「それで?わざわざボクのところに足を運んでくれたのは何でかな?」
「ちょっと面白い噂を小耳に挟んだもので」
「面白い噂・・・?」


グロ・キシニアの意味深な言葉に、白蘭の顔から笑みが消えた。


「ええ、貴方が一人の少女を日本から浚ってきた、と・・・」
「・・・・ああ、そのこと」


予想通りの発言に白蘭はすぐに笑顔を見せた。この男が興味を持つのも無理はない。
無類の女好きで、しかも気に入った女をいたぶる修正のある変態男ならば。


「悪いけど・・・彼女は君にあげられないよ、グロくん」
「ほう・・・。と言う事は・・・もう一つの噂も事実のようだ」
「もう一つ?」
「貴方がその少女・・・いや、この時代の女に夢中になっている、と」
「さすがグロくん。耳が早いね。ま、別に隠してたわけじゃないからいいけど」


そう言ってクスクス笑うと、白蘭はマシュマロを口に放り込んだ。


「貴方がそれほど夢中になる女・・・私も興味が沸きましてね」
「・・・言っただろ?君にはあげないって」


そこで食べかけたマシュマロを机の上に放ると、白蘭はゆっくりとグロ・キシニアを見上げた。
その瞳には静かな怒りが浮かんでいる。
これ以上、詮索すると殺す、とでも言いたげなその視線に、グロ・キシニアは僅かに苦笑いを浮かべた。


「貴方がそこまで守ろうとする女とは・・・。ますます興味がそそられる。が・・・・私は任務で忙しい」


そう言って不意にドアの方へと歩いていく。
グロ・キシニアはドアを開けて、もう一度白蘭を見ると、


「確か――――我が第8部隊に日本へ発て、というご命令でしたね」
「うん。遠いけど頼むね。正チャンだけじゃ大変だし」


警戒を解かないまま白蘭が微笑むと、グロ・キシニアは「了解した」と一言、言って静かに部屋を出て行った。
そこでやっと白蘭も警戒を解き、再びマシュマロを食べ始める。
その二人のやり取りをハラハラしながら見ていたレオナルドは、ほぉぉっと溜息をついて、白蘭の前に立った。


「あ、あの・・・入江正一氏に第8部隊が日本へ発ったと連絡しますか?」


それまで厳しい顔つきだった白蘭も、その問いにはふと笑顔を見せる。


「いや・・・正チャンにはまだ言わない方がいいな。彼のようなタイプ、正チャン嫌いだから――――。下種なのに強い、グロ・キシニアみたいな男はさ」



その言葉を聞いて、レオナルドはゴクリと喉を鳴らした。そして恐る恐るドアの方へ振り返ると、


「グロ隊長は・・・お強いんですか」
「うん。かなり。ま、あの性格だから敵という獲物をいたぶるのが趣味の変態くんだよ」
「はあ・・・。変態、ですか・・・」
「そ。女子供でも平気でいたぶる。好みの女は犯してボロボロにして、最後は殺す・・・。悪趣味だよね」


苦笑しながら白蘭は徐に立ち上がった。


「出来れば絶対に・・・彼女と会わせたくないよ」
・・・さんですか?」
「うん。はもろにグロくんのタイプだから」
「そ、そうですか。綺麗ですもんね、彼女」


レオナルドの言った何気ない一言に、突然白蘭がクルリと振り返った。
一瞬、白蘭が怒ったのかと思って、レオナルドは慌てたように一歩後ずさる。


「あ、す、すみません。余計な事を――――」
「レオくんもそう思う?」
「・・・へ?」
「ボクも初めてを見た時、何て綺麗な子なんだろうって見惚れちゃってさ」
「あ・・・分かります。さんはオリエンタルな美しさが自然に出ていて、イタリアの女性にはない魅力がありますよね」
「だよね。でもレオくんにもあげないよ。彼女はボクのものだから」
「は、はい」


ニコニコしながら言われ、レオナルドは慌てて頷いた。どうやら怒ったのではなく、を誉められた事で喜んでいるようだ。


「そろそろ会いに行ってもいいかな。検診、終わった頃だよね」
「あ、そうですね。多分、ドクターも戻られたかと・・・」
「ボク、あの女医さん苦手。すぐ怒るし・・・」


そう言って肩を竦めながら白蘭はの部屋へと歩いていく。
そして後からついてきたレオナルドに、「紅茶、二人分、用意してくれる?」と頼んだ。


「ボクの世話係、今買い物に行ってるらしいんだ」
「分かりました」


言われたとおりレオナルドは部屋に用意してある、紅茶用のポットから、ティーカップへと紅茶を注いでいく。
それを見ながら白蘭は寝室のドアを小さくノックした。


?入るよ――――」


そう言ってドアを開けた瞬間、何かが飛んできて白蘭の顔面にヒットする。
ぼふっという鈍い音と共に床へ落ちたソレは、大きな枕だった。


「・・・ったぁ・・・」


白蘭は鼻を擦りながら枕を拾うと、ベッドに上半身を起こしているを見た。
その細い腕には点滴の針がささっていて、かなり痛々しい。
は怖い顔で、「来ないで」と威嚇するように、白蘭を睨みつけている。
そんな彼女を見て苦笑いを浮かべると、白蘭はゆっくりとベッドの方へ近づいた。


「・・・ヒドイな。枕は投げるものじゃないでしょ」
「・・・来ないで。一人にしておいてよっ」


まるで毛を逆立てている猫のようなに、白蘭はふと笑みを零した。
その笑顔は優しさを帯びていて、彼女のそんなところも可愛いと言いたげだ。


「白蘭さま。紅茶を持ってきました」
「ああ、そこに置いてくれる?」


白蘭の言葉を待ってから、レオナルドが紅茶のカップを二つ持って寝室へと足を踏み入れる。
そして言われたとおり、ミニテーブルの上にそれを置いた際、僅かにを見るが、思い切り目が合って慌てて反らした。


「もういいよ、レオくん。後は呼ぶまで誰も近づかせないで」
「は、はい。では・・・失礼します」


レオナルドは白蘭とに頭を下げると、すぐに部屋を出て行った。
それを見てから寝室のドアを閉めると、白蘭は紅茶のカップを手に取り、の方へ持っていく。


「はい。紅茶。好きだよね」
「・・・いらない。また薬でも入れたんでしょ」
「入れてないよ。こんなに衰弱してるちゃんにそんなの飲ませるはずないだろ?」


白蘭はベッドに腰をかけると、温かいカップをの手に持たせた。


「あったまるから飲みなよ。ボクも一緒に飲むし」


自分のカップを持つと、白蘭はのカップにカツンと当てた。


「カンパイ」


嬉しそうに紅茶を飲む白蘭を見ながら、久しぶりに嗅いだ紅茶の香りに引き寄せられ、もそっとカップに口をつけた。


「・・・美味しい」
「だろ?この茶葉が気に入ってイギリスから取り寄せてるんだ。香りもいいしね」


そう説明すると、白蘭は「味覚が合うのって大事だよね」とトボケた事を言って微笑んでいる。
それにはも顔を顰めながら溜息をついた。白蘭はいつもこんな風にしれっとしていて、怒っている自分が疲れてしまうのだ。


「あれ・・・今日は怒らないんだ。"そんなわけないでしょっ"とかさ」
「言ったってあなたには無駄だもの。怒るのも結構、体力使うし疲れるの」
「あれ・・・何か呆れてる?そっちの方が寂しいんだけど・・・。だったら怒鳴られた方が嬉しいなぁ」


そっぽを向いてしまったに、白蘭は困ったように頭をかいた。
だが、ふと針の刺さっているの腕を見て心配そうな顔をした。


「・・・体の具合はどう?ドクター何だって?」
「・・・変な薬のせいでボロボロだって」
「えっホントに?!」
「・・・・・っ?」


突然慌てたように立ち上がった白蘭にギョっとした。
しかも立ち上がった勢いで、白蘭の手に熱い紅茶が跳ねて、「あっちっ!」と大騒ぎしている。
それにはも驚いて、目を丸くした。
大きな組織のボスだというのに「火傷した」と嘆いている白蘭に思わず噴出してしまう。


「あ・・・笑った・・・」
「・・・・っ」


ぷっと噴出したに気づき、それまで騒いでいた白蘭も驚いたように呟いた。
そして少しづつ顔に笑顔が戻ると、嬉しそうにベッドへ腰をかけた。


「やっと笑ってくれた」
「わ、笑ったのはあなたがドジだから――――」
「それでも嬉しい。もっと見せてよ」
「ちょ・・・」


不意に頬へ白蘭の手が添えられ、ドキっとした。
自分を見つめる白蘭の瞳は本当に嬉しそうで、いつものように怒る事が出来ない。


・・・?笑ってよ」
「そ、そんなこと言われても・・・。だ、だいたい笑ってって言われて笑える人なんて赤ちゃんか子供くらいだよ・・・」
「今のはまだ子供じゃん」
「む・・・。そ、そりゃイタリア人に比べたら日本人の私なんか子供に見えるだろうけど――――」


そこで言葉を切った。白蘭が顔を反らし、肩を揺らして笑っているからだ。


「な、何がおかしいのよっ」
「だ、だってちゃん、物凄ーい口尖らせてるから・・・。そこが子供みたいだしさ」
「・・・・っ」


白蘭の指摘に慌てて口元を隠す。


「ほ、ほっといてよ・・・。どーせ私は子供――――」
「可愛いよ、そう言うところも」
「・・・・・・」


いきなり真面目な顔でそんな台詞を言われ、思わず頬が赤くなる。それを見て白蘭はふっと笑みを零すと、


「この時代の彼女も・・・今ここにいる君も、そういう可愛いところはちっとも変わってない」
「えっ!わ、私って24歳になっても子供っぽいの・・・?」


白蘭の言葉には落ち込んだように眉を下げた。その顔すら子供のようで、白蘭はまた噴出しそうになる。


「そう言う意味じゃないよ。言っただろ?可愛いところだって」


そう言っての頭をそっと撫でる。優しい眼差しで見つめられたは、思わず目を伏せてしまった。
白蘭は敵のボスながらかなり整った綺麗な顔立ちで、こんな風に見つめられると困ってしまう。


「わ、私なんかのどこがいいの?自慢じゃないけど意地っ張りだし泣き虫だし勉強だって苦手だし・・・。スタイルも良くないよ?」
「・・・え?」


自分の事をこき下ろすのも空しいが、そこは思っていることを口にする。
そんなの言葉に、白蘭は一瞬面食らったような顔をした。


「でもあなたはその・・・まあカッコいい方だし。大きな組織のボスでお金だって持ってるんだろうから、もっとお似合いの女性とか・・・いるんじゃない?」
ちゃん・・・?」
「それにほら。イタリアって美人な人が多いって聞くし・・・。同じイタリア人なら気も合うでしょ――――」
「それって遠まわしに諦めろって言ってるわけ?」
「――――う」


ジトッとした目で見られ、は言葉に詰まった。でも言った事は本心だ。
国も違うし、そもそも今のは14歳なのだから、マフィアのボスである白蘭につりあうはずもない。
こんな日本人の子供を自分達のボスが囲ってると分かれば、部下からも色々と苦情も出そうだ(!)


「だ、だって・・・。中学生の私と・・・マフィアのボスのあなたがつりあうわけないでしょ・・・?」
「関係ないよ、そんなの。つりあうとかあわないとか、そんな事で君を好きになったわけじゃない」


小さく息を吐き出した白蘭は、黙ってを見つめた。


「ボクはこの時代の君と会って、その意地っ張りなところも泣き虫なところも全部好きになったんだ」
「・・・・・っ」
「ああ、でもこの時代の君はかなりスタイルも良かったよ?だから心配しないでも、そのうち君の胸だって大きく――――」
「ほ、ほっといてよっ!」


気にしている事を言われたは顔が真っ赤になった。そんなを見て白蘭も楽しそうに笑っている。
そしての頭を撫でながら、そっと顔を覗き込む。


「ゴメン。気にしてた?」
「・・・べ、別にっっ」
「クックック・・・」


真っ赤になりつつもそっぽを向くに、白蘭は笑いを噛み殺している。
それにムッとしつつ「笑いすぎ」と文句を言えば、白蘭がふと意味深な笑みを零した。


「なら・・・ボクが大きくするの、手伝ってあげようか」
「・・・は?」
「ボク、こう見えてマッサージは上手なんだ ちょーど今はベッドの上だし――――」
「ちょ、ちょっと何する気・・・?」


ニコニコしながら両手を怪しく動かし近づいてくる白蘭に、の顔も引きつった。


「ナニって・・・もちろん胸を大きくする為のマッサージを――――」
「きゃ・・・近寄らないでっ変態!ロリコン!やぁぁぁっ」


少しづつ近づいてくる白蘭にはパニックになった。枕を持って大きく振り回し、思い切り白蘭を殴っている。


「ちょ、いててっ!嘘・・・ジョークだって・・・っ!何もしな・・・っぃてっ!」


ボフッボフッと音がするたび、白蘭の悲鳴が上がる。
だが、あまりに腕を振り回したせいで、の腕から点滴用の針が抜けてしまった。


「・・・ぃたっ」
ちゃん・・・?!」


小さな悲鳴にハッとして、白蘭は慌てての腕を掴んだ。
その行動にドキっとして「やっ・・・っ」と叫んだが、白蘭は腕を離そうとしない。


「バカ、動くなって」
「・・・・っ」


真剣な顔の白蘭を見ても暴れるのを止めた。針の抜けた場所からは薄っすらと血が出ている。


「あ、ちょ・・・」


その時、白蘭がその傷口にそっと口付けた。
それにはも驚いて手を引きかけたが、強い力で掴まれていて、逃げる事も出来ない。
いきなり傷口を舐められ、ドキっとした。


「・・・・ひゃっ」


は慌てて腕を引いたが、白蘭はすぐに唇を離すとベッドの脇にあるタオルをとって、それを傷口に当てた。


「今、ドクター呼んでくるから待ってて」
「え・・・い、いいよ。針が抜けただけだし――――」
「暴れたせいで傷口が少しだけ裂けてる。血管にさしてたんだ。血が止まらなくなるよ?」
「う・・・」


そう言って目を細める白蘭に、は子供のように首を窄めた。だって血は嫌だ。
ここは素直に言う事を聞いた方がいいと判断して、渋々ながら頷いた。
途端に白蘭は笑顔になりの頬にそっと口付ける。


「ちょ、」
「ボクもふざけすぎた。ゴメンね」
「・・・え?」
「さっき。ホントに襲われる〜とか思った?」
「・・・・・」


クスクス笑う白蘭に、もまた頬が赤くなる。


「でもひどいよなぁ。思い切り殴るし、変態とかロリコンとか言うし・・・」
「そ、それはだから・・・」
「ちょっと傷ついたな・・・。ボクはちゃんだから好きなのに・・・」
「や・・・あれは・・・その・・・」
「他の子だったらいくら何でも14歳の子に好きだとか言わないよ・・・」


そう言いながらシュンと項垂れる白蘭に、は困ってしまった。
どうも白蘭と話してると調子が狂ってしまう。


「あ、あの・・・白蘭?」
「お詫びに・・・・食事付き合ってもらわないとねぇ」
「え?あ・・・っ」


慌てて顔を覗きこむと、白蘭はニッコリ微笑みながら顔を上げた。
今の落ち込みようは演技だったんだと気づき、一瞬で顔が赤くなる。


「な・・・・」
「そろそろいーだろ?食事。この前は食べ損ねたし・・・。それにも点滴だけじゃ可哀想だしね」
「い、いいよ、このままで・・・」
「ダ〜メ。これ以上、食べなきゃ栄養失調になるよ?それに・・・これ以上、痩せたら胸もなくなると思うなぁ」
「・・・・・・ッ」


その言葉に今度は青くなる。確かにここへ連れて来られてからは何も口にしてないし、最近自分でも痩せたとは感じていたのだ。
心配そうに自分の胸を見下ろすを見て、白蘭は小さく噴出すと、ゆっくりと立ち上がった。


「と言う事で・・・今夜こそ一緒にディナーね」
「え、ちょっと――――」
「シェフに日本人を雇ったんだ。だから日本料理も出せるし・・・楽しみにしてて」


白蘭はそう言うと、ドクターを呼んでくる、と部屋を出て行ってしまった。
一人になった瞬間、ホッと息をつきベッドに横になる。怪我をした腕がチクチクと痛んだが、さっきよりは出血も軽くなったようだ。


「・・・ああやって話してると・・・悪い人にも見えないんだけどな・・・」


誘拐された事は腹も立つが、何となく憎めない性格だ、とは思った。
でも白蘭の命令でボンゴレファミリーの皆が襲われてるのも事実だ。
獄寺や山本をいたぶっていたガンマという男を思い出し、はぎゅっと目を瞑った。
あの時、雲雀が来てくれなければ、皆は確実に殺されていただろう。


「あ・・・そう言えば・・・・」


ふと思い出した。あの時、ガンマがを殺そうとしたにも関わらず、名前を聞いて「殺せない」と言った事を。

(そうだ・・・。あの男は確か・・・)

"オレはお前を殺せない、という事だ。とにかく・・・お前をイタリアへ連れて行く。いい土産になりそうだ"

(そう、私をイタリアに連れて行こうとしてた・・・。それに土産って何の事だったんだろうと思ったけど、それってもしかして・・・白蘭へって事?)


今更ながらに、あの時のガンマが言った言葉の意味が分かり、はゆっくりと目を開けた。
自分を抹殺リストから外させたのも、きっと白蘭なんだろう。


「そういうことか・・・・」


深く息をついて、はベッドに顔を埋めた。
まさか敵のボスから好意をもたれるなんて思いもしてなかったが、これでつじつまが合う。
白蘭は前から自分を狙っていたのだ。それも過去から来た事を知っていて――――。


「私なんかの・・・どこがいいのよ・・・。変な人」


そこまでしても自分を求めてくる白蘭に、正直は戸惑っていた。

(白蘭は未来の私と、どこで出会ったんだろう。日本?イタリア?どっちにしろ傍には恭弥もいたはずだ。なのに・・・)

いくら考えても白蘭の気持ちが分からず、は溜息をついた。その時、コンコンと小さなノックの音がして、ふと顔を上げる。
白蘭がドクターを連れて戻ってきたのかと、ドアの方へ視線を向ければ、そこから顔を出したのは先ほど白蘭と一緒にいたレオナルドだった。


「あ、あの・・・白蘭ならドクターを呼びに・・・」


無言のまま自分を見つめているレオナルドに、は訝しげに首を傾げた。何となく、さっきと雰囲気が違うように見える。
先ほど見た時は人の良さそうな柔らかい表情をしていたが、今は無表情で黙ってを見ていた。


「あ、あの・・・?」


ゆっくりと近づいてきたレオナルドに、何となく警戒しながら体を起こす。何故かさっきとは別人に思えて、は戸惑った。


「な、何か私に用ですか・・・?」


何も言わないレオナルドに若干の恐怖を感じながら、は布団を握り締めた。
が、その時、レオナルドが僅かに微笑み、


「君は・・・本当に、あの雲雀恭弥の恋人?」
「え?あ、まあ・・・」


いきなりそんな質問をされ、首を傾げた。白蘭の部下なら、自分の素性もてっきり知っていると思ったのだ。
レオナルドは、「そう・・・君が・・・」と小さく呟き、ふっと微笑んだ。


「あ、あ・・・。恭弥を知ってるんですか・・・?」
「知ってますよ。よ〜くね」
「え・・・・」


何となくその口調から、意味深な響きを聞き取り、は目の前のレオナルドをジっと見つめた。
彼もミルフィオーレファミリーの一員なのだから、敵でもある雲雀の顔くらいは知ってるだろう。
でも見たところ彼は戦闘要員ではないみたいだ。では"よく知る"くらいに、どこで雲雀と会ったんだろう、と思った。


「彼は君がここにいる事を知らないみたいですね」
「え、あ・・・多分。何も言わないで出てきちゃったし・・・」
「そうですか・・・。では・・・・」


レオナルドはそこで言葉を切ると、ニッコリ微笑んだ。


「僕が逃がしてあげましょう」
「・・・え?」
「だからそれまで・・・大人しくしてる事です」
「え、あの―――」
「し・・・。白蘭が戻ってきた・・・。もう一度雲雀恭弥に会いたければ、僕の事を言ったらダメですよ?」


レオナルドはそう言って少し屈むと、の唇に自分の人差し指を当てた。
その時、初めて近くで彼の瞳を見たは、ハッと息を呑んだ。
レオナルドの右の瞳だけが、薄っすらと赤みがかっている。


「あ、あなた――――」


そう言いかけた時、隣のドアが開く音がした。その瞬間、レオナルドは素早くベッドから離れ、寝室のドアの方へと歩いていく。


?ドクター連れて来たよ・・・って、あれ・・・?レオくん、ここで何してるの」
「すみません。こちらにいらっしゃると思って、お呼びしに・・・。入江正一氏から連絡がありました」
「・・・正チャンから?ふぅん・・・」


白蘭は僅かに目を細めたが、すぐにいつもの笑顔を見せる。


「うん、分かった。ありがとね、レオくん」
「いえ・・・。では僕はこれで・・・」


レオナルドはそう言って一礼すると、部屋を出て行こうとした。が、白蘭が「レオくん」と不意に呼び止める。


「何ですか?」
「今度からボクがここにいる間は・・・そういった伝達は電話でしてくれる?」
「え・・・?」
「あまりボク以外の男は彼女に近づいて欲しくないんだ。――――分かるよね?」


ニッコリと微笑む白蘭に、レオナルドはかすかに息を呑み、「し、失礼しました」と深く頭を下げた。
そんなレオナルドの肩をポンポンと叩き、「いいよ。今度から気をつけてくれればね」と、優しく声をかける。
レオナルドは顔を上げるともう一度、軽く頭を下げて静かに部屋の外へと出て行った。
彼を見送る白蘭の顔に、いつの間にか笑みが消えている。そこへ再びドアが開き、白衣を羽織った女性が入って来た。


「今の子、何だか青い顔してたけど大丈夫かしら」
「ああ、ドクター。レオくんなら大丈夫だから、早くの手当て、してくれない?」
「はいはい・・・。分かってるわよ」


ドクターと呼ばれた女性は白蘭を押しのけ(!)奥の寝室へと入っていく。
そしての腕から外れた点滴を見て、はぁっと溜息をついた。


「・・・ったく。何したらこんな豪快に外れるのよ」
「ご、ごめんなさい、レベッカ先生・・・。つい動かしちゃって・・・」


シュンと項垂れるを見て、ミルフィオーレファミリー専属の医師でもあるレベッカは頭をガシガシとかいた。
女性らしかぬその動作に、後ろで見ていた白蘭も軽く苦笑いを零す。
彼女は普段からあまり自分の身なりには構わない方で、いつもボサボサの長い髪を一つに束ねていた。
だが腕は確かで、だからこそ白蘭も彼女に高い給料を払って雇っているのだ。
ボスでもある白蘭を平気であしらうほどに、度胸も据わっている。


「私だって忙しいのよ?こんな事くらいで呼ばれちゃたまらないわ・・・」
「ご、ごめんなさい」
「・・・私はボスに言ってるのよ?」


レベッカはそう言って後ろで笑いを噛み殺している白蘭を睨んだ。突然説教の矛先が自分に向けられ、白蘭もギョっとしている。


「まあ若いから仕方ないけど・・・弱ってる子相手に無理強いしちゃダメだって言ったでしょ?」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。彼女の体力が戻るまではセックス禁止って言ってるの!どうせ我慢できずに無理やり乗っかったんでしょう」
「な・・・っ」


レベッカの爆弾発言には一気に赤くなった。
白蘭でさえ頬がかすかに赤くなり、何と返答していいものか困ったように頭をかいている。


「レ、レベッカ先生!私、彼とは何もしてませんっっ」
「えぇ?だったら何で点滴が外れるのよ・・・。かなり動かなけりゃ外れないわよ?」
「だ、だからそうじゃなくて・・・。これは私が彼を・・・って、あんたもそこで笑ってないで先生に説明してっ」


壁に凭れかかり肩を震わせている白蘭に気づき、は真っ赤な顔で怒鳴った。


「ゴメンゴメン・・・。があんまり可愛いからさ。でもまあ・・・なるべく我慢するよう心がけるよ、ドクター」
「ちょ・・・そんな言い方したら、まるであなたと私が何かあったみたいじゃないっ」
「照れなくてもいいよ、ちゃん。別に恥ずかしい事じゃないしね。愛し合ってる者同志なら普通にする事だから
「あ、愛し合ってもないし愛し合うつもりもないっ!誤解されるようなこと言わないで――――」
「はいはい。痴話ゲンカはそこまで!今度は反対側の腕に点滴針さすから大人しくしてね」
「・・・う・・。は、はぃ・・・」


一向に聞く耳を持たないレベッカに、も渋々腕を出す。後ろでは未だに白蘭がお腹を抱えて笑っていた。


「はい、終了っと。こっちの傷も消毒しておいたから」
「あ、ありがとう御座います・・・」


傷の消毒をしてバンソウコウを貼ってくれたレベッカにお礼を言うと、彼女は欠伸をしながら立ち上がった。


「じゃあボス。後は宜しく」
「うん。ありがとう、ドクター。あ、でも今夜、と食事をするつもりなんだ。その時はコレ、外してくれる?」
「了解。じゃあ・・・言った通りセックスは自粛して下さいねーボス」
のためだからね。仕方ない。今夜は我慢するよ」
「今夜は、じゃなく体力戻るまでは絶対にダメです」
「ちぇ。ボクの体、それまで持つかなぁ」
「ちょっとレベッカ先生に変なこと言わないでっっ!」


二人の会話を聞いていたが真っ赤になって怒鳴る。またしても白蘭に枕を投げつけたのは仕方のない事だった。









『今日は随分と機嫌がいいんですね、白蘭サン』
「んー?そーお?そうかなぁ」

そう言いながらニコニコとモニターに映る入江正一を見る。
口ではああ言いながらも思いきり顔に出ている事を、本人は気づいていない。


『何かいい事でもありましたか?例えば彼女の事で』
「まぁね。ちょっとだけ普通に会話出来た事かな」
『それだけ・・・ですか?』
「それだけって何だよ・・・。これでも苦労したんだからさぁ」


溜息交じりの入江正一にムッとすると、白蘭は思い切り目を細めた。そんな白蘭に入江正一も苦笑するしかない。


『良かったですね・・・。まあ頑張って彼女の心を開いてください』
「正チャンに言われなくても開いてみせるよ。それより――――ガンマの容態は?」


テーブルに肘をついて唇を尖らせると、白蘭はマシュマロを指で弾き、入江正一が映るモニターにぶつけた。
一瞬だけ画面いっぱいに映ったマシュマロに苦笑しながらも、入江正一は報告書へ目を通す。


『重症でしたが・・・命に別状はないとの事です。時期に意識が戻ると思いますよ』
「ふーん。生きてたんだ。やっぱブラックスペルの皆はしぶといね」
『またそう言う事を・・・。ただでさえ強い隊長は少ないんですから死なれちゃ困るんですよ』


呆れたように言って、入江正一は小さく息をついた。


「で・・・。ボンゴレリングの方は?」
『必死で探してますよ・・・』
「まあ頑張ってよ。報告待ってるから」
『・・・はい』


そこで通信が切れてモニターの画面が暗くなる。それを眺めながら白蘭はふっと笑みを浮かべた。


「相当テンパってるなぁ、正チャンは。ま、ボクが仕事増やしちゃったからなんだけど」


そう言いながら立ち上がると白蘭は自室へと向かい、そこで着ていたホワイトスペル専用の白いスーツを脱いだ。
代わりにクローゼットの中からディナー用の黒いスーツに着替える。
そして部屋の電話を取ると厨房にいるシェフを呼び出した。


「ああ、料理長?今夜の食事、前に言ったとおり日本食にして欲しいんだ。うん、あ、それとなるべく軽いものを頼むね」


そう言って嬉しそうに微笑む。が、受話器を置くと、ふと部屋に飾られている花へと目を向けた。
白蘭は好んで部屋のあちこちに色んな花を飾らせている。


「ダチュラの花・・・か」


白蘭は意味ありげに呟くと、花瓶から一輪だけ手に取り、それを口元へと運んだ。


「そろそろ・・・かな」




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アニメの方も入江くんが登場しましたねぇ。
そろそろ雲雀が登場するシーンも近づいてきて今からドキドキワクワクです。




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